【艦これ】吹雪「吹雪と吹雪」 (204)

艦これです。地の文ありです。私とあなた何が違うのっていう昼ドラ的なお話です。若干シリアスよりです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1508918701

一応書き溜めがあるますが、投下し終えると更新が遅くなるので一応過去のss達です。よかったらどうぞ。

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夕立「私、演習遠征嫌い」

夕立ちゃんはぽつりと呟いた。そして肩肘をついて、窓を流れる街角の風景をぼんやりと眺めている。

改ニになった夕立ちゃんは、どこか大人びて見える。中身はそんなに変わらないのに、そのよく知っていた横顔は、とうの昔に過ぎ去って、何かを悟った、そんな顔つきになってしまった。

私は取り残されたみたいでなんだか悲しい。

吹雪「どうして?鎮守府から出られる機会なんて滅多にないのに」

鎮守府から出られる機会は滅多にない。ほとんどの時間を私たちは鎮守府で過ごし、月に一度か二度ある訓練も出撃もない日に、外出する。

それ以外は、この演習遠征で知らない鎮守府にいく時だけ。

夕立ちゃんは私に目もくれないでこう言った。

夕立「私がどれだけ恵まれてるのか知っちゃうんだもん」


摩耶「おい吹雪!チョコいるか?」

私のすぐ後ろから摩耶さんと声が聞こえると、口元にチョコレートを押し付けられた。押し付けられた状態で上を向くと、摩耶さんと目が合い、にっと笑った。

吹雪「い、いただきます」

摩耶「ほれ、夕立。お前も食っとけ」

夕立「いただきます」

夕立ちゃんは摩耶さんからチョコを受け取る。その時見えた夕立ちゃんの赤い目は、ほんの少しだけ涙を含んでいた。なぜだかは、私は知らない。

摩耶「なんだぁ、今日の夕立は妙に辛気臭いなぁ。いつもの元気はどこったんだよ」

夕立「たまにはそんな日があってもいいじゃないですか」

摩耶さんはチョコレートの板を口で割り、そのまま食べだすと、夕立ちゃんをじっと見つめた。

そして特に表情を変えるわけもなく、まぁいいかと言う。

吹雪「摩耶さんは楽しそうですね」


摩耶「あったりめーだろ!てか私以外もみんなそんな感じだぞ?よく見てみろ」

そう言われて私はシートベルトを外し、マイクロバスの車内を見渡す。

不眠症の川内さんは耳栓とアイマスクをつけ眠っている。その隣で夕立ちゃんと同じ様に外の景色をみている神通さんが目に映る。

後ろを見た。一番奥の後部座席では榛名さんを除く三姉妹がポッキーゲームをして盛り上がっていた。

赤城さんはいつもどおり黙々と何かを食べている。

榛名さんはというと、一番前の席で提督と楽しそうにお喋りをしていた。

結構盛り上がっていたみたいだった。

私は座席に座りなおし、シートベルトを締める。

瑞鶴「さっきから吹雪静かじゃない。体調悪いの?」

前の席から瑞鶴さんが顔を出し、心配そうにこっちを見た。

瑞鶴「慣れないバスで酔った?」

吹雪「いえ!全然大丈夫です!」

瑞鶴さんの隣からもう一つ顔が現れ、私を無表情で見つめた。でもほんの少しだけ、瑞鶴さんと同じ様に心配そうにしているのがわかった。

加賀「酔い止め、あるから飲みなさい吹雪」

背もたれから腕を出す。その手には猫の顔があるポーチがあって、加賀さんは中を確認しながら取り出した白い錠剤を二つ私に渡した。

瑞鶴「さっすが加賀えもん!ほんとよく持ってるわね、そういうの」

加賀「備えあれば憂いなしです。あとロキソニン、胃痛薬もあるから痛くなったら言いなさい」

そう言って無表情で親指を立てる。笑っていいのかな


瑞鶴「吹雪飲み物ないわね。私の緑茶あげるから飲みなさい」

ペットボトルの緑茶を渡される。

加賀「緑茶はカフェインとタンニンが含まれているから飲み合わせが悪いわ。私の水を飲みなさい」

ペットボトルの水を渡される。

摩耶「んだよ、ジジイ臭えな。吹雪は大人だからな、コーヒーで飲むんだよ」

缶コーヒーを渡された。

それを見た加賀さんはため息をつき、眉間を抑える。

加賀「摩耶。あなた私の説明聞いてたのかしら?カフェインは厳禁...」

摩耶「そんなもん大して変わらねぇよ。あんま神経質すぎると、返って体に悪いぜ?」

瑞鶴「てか加賀さん吹雪にいいとこ見せようと必死すぎじゃない?なーんか癪なんだけど」

加賀「事実だから仕方ないじゃない」

吹雪「そもそも私飲むなんて言ってないんですけど....」

神通「吹雪さん、飲んでおきなさい」

いびきをかいて眠っている川内さんの奥から神通さんが顔を出してそう言った。うるさくてたまらない。そんな風に見えた。さっさと飲まして静かにしたいんだろう。

神通「あなた酔いやすいんだから。初めて海に出た時、ろくに滑れないからすぐ酔って吐いていたじゃないですか。バスも同じことです。酔わないうちに、飲んでおきなさい」


それもそうだ。私は初めて海に立った時、まともに立てず、しまいには一歩も歩くことができなかった。おまけに揺れ続ける海の上で吐いた。

大人しく私は酔い止め飲むことにする。口に錠剤を入れ、渡された三つの飲み物を太ももの上に置き、どれで飲むか考える。妙に視線を感じるのは我慢して。

瑞鶴「その薬って食後?食前?」

瑞鶴さんがふと呟いた。

加賀「大抵の薬は食後ね」

瑞鶴「吹雪、さっきから何にも食べてないよね」

摩耶「チョコしか食ってないな」

加賀「摩耶」

摩耶「がってん!」

後ろでがさごそと物を漁る音が鳴り響き、少し収まってからすぐに、目の前にたくさんのお菓子が現れた。チョコやポテチ、飴にガムになんでも揃っている。

加賀「さあ、錠剤を吐き出して。まずはどれでもいいから食べなさい」

吹雪「もう飲みたいんですけど...」

瑞鶴「にしてもよくこんなにお菓子持ってるわね摩耶」

摩耶「休日のドン・キホーテは私の縄張りだからな!」

加賀「ガムとチョコはダメよ。体に悪いから」

口に色々と突っ込まれる。そして瑞鶴さんも面白そうに袋を開けると私の口に突っ込んでいく。


金剛「Hey!!摩耶!duet time!!are you ok!?」

バス全体に金剛さんのテンションの高い声が響いた。それと共に歓声が上がり、大きな拍手の音も響く。

摩耶「おーけーい!!」

天井にあるテレビに映像が映し出され、大音量で音楽が流れ始めると、カラオケ大会が始まった。音楽が古い、私でも知ってる軍歌だ。

神通「まったく、うるさい人たちですねもう...」

相変わらず眠っている川内さんの隣で神通さんは呆れ顔をして、眠り始めた。

加賀「次は赤城さん、一緒に歌いましょうか」

ふと私は思い出す。こういう時一番楽しんで、盛り上げてくれる夕立ちゃんを。

ずっと静かな隣を見た。さっきと変わらず、夕立ちゃんは憂鬱そうな顔をして、外の景色を眺めていた。

それからずっと。目的の鎮守府につくまで、ずっとだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日はおしまいです。またがんばります。

すみません。摩耶さんは私じゃなくてアタシでした。間違えました、すみません。気をつけます


冷たい潮風。11月の風は夏場の涼しいと感じる風なんかじゃなくて、身に染みる、どこか痛さを感じる。

私達は目的の鎮守府に到着すると、すぐに大広間に移された。ここを共同に使って寝てほしいっていっていた。

その後司令官から明日から演習を始めると説明を受け、演習でやってきた艦娘と証明するカードを渡された。

肌身離さず持つようにと司令官は釘を刺したので、私はそれをポケットにしまう。

そして榛名さんと司令官はすぐに他の偉い人たちに挨拶回りをしに出ていった。

そしてみんな思い思いのことを始めた。枕投げを始めた人もいれば、相変わらず寝る人。

甘いものが苦手な事を隠し、無理して食べたせいで、気分を悪くしてトイレに駆け込む人。

私は少し酔ったから外の風をあたりに行こうと思い、今日一日中ずっと静かだった夕立ちゃんを誘った。

けど布団に伸びたまま手を振り、断られた。仕方ないから一人で回ることにした。

それにしても寒い。北海道の留萌ってところにある私達の鎮守府だけど、オホーツク海から流れてくる風の冷たさは、一段と違う。


私は手に白い息を吹きかけながら散策する。海岸沿いを歩き回り、防波堤へ。

そして戻っては色んな施設を見て回る。でもどれもこれも似たような建物ばっかりでつまらない。それに中に入れるわけじゃないから、なおさらつまらない。

そうこうしてフラフラと歩き回ると、私は人影を見つけた。たくさんいる、五人だ。少し近づいて、その人影が誰なのかを確認する。

加賀さんがいた。その後ろには北上さんと大井さん。そして疲れて苦しそうにしている朝潮ちゃん。あともう一人は、倒れ込んでいるからわからない。青色のセーラ服を着ているのを見ると、私と同じ吹雪型の駆逐艦なんだろう。

私は挨拶をしようと思って近づいた。

吹雪「あの、こんにちわ。出撃から帰ってきたんですか?」

それを聞いて吹雪型の人以外、みんな私の方を見た。

目が合った瞬間、私は背筋がぞっとした。何でかはわからない。

でも、嫌な汗が背中にまとわりついて離れない。まるで幽霊を見たみたいだ。そう感じた。

加賀「....あなた所属は?任務時間外は外出禁止なのは知っていますね」

そう言いながら私に詰め寄る。私の知っている加賀さんとは違う。

そりゃそうだ。この加賀さんは、私がよく知る加賀さんじゃない。見た目は全部おんなじなのに、まったくの他人。

鎮守府を出発する時、私は神通さんにこう注意された。

いくらよく知った艦娘がいても、中身はまったくの別物と考えなさい、と。


その意味が今はっきりわかった気がした。この加賀さんは、私の知ってる無表情で変なことをする優しい加賀さんなんかじゃない。

こうして近寄ってくるだけで寒気がして、息苦しくなる。怖くて目も合わせられない。

私は急いでこの鎮守府の艦娘じゃないことを伝える。

吹雪「あ、えっ、えっと。私は留萌の鎮守府から遠征で来た、吹雪です」

そう言って私は提督に渡されたカードがあることを思い出し、ポケットからそれを取り出して、この加賀さんに見せた。

私の持っていたカードを加賀さんは受けとる。そして。

加賀「疑ってごめんなさい。どうも最近は艦娘の入れ替えが激しくて、誰がうちの艦娘なのかよくわからないの」

相変わらず私はこの加賀さんと目を合わすことができない。加賀さんの手にあるカードだけをずっと見ていた。

吹雪「いえ、こちらこそすみませんでした...。勝手に歩き回って」

加賀「そうですね。別に悪事を働いたわけではないと思いますが、ふらふらと歩き回られるのは、あまりよろしくないですよ。混ざってしまったら、危ない。それにこちらの面目が立ちませんので」

吹雪「すみませんでした...。すぐに部屋に戻ります」

加賀「ええ、そうしてください」


私はちらっと倒れ込んでいる艦娘を見た。相変わらず顔は見えない。でもそんなことよりも気になったことがある。

ぼろぼろだ。セーラー服は大きく引き裂かれ、髪の毛が焦げた、嫌な匂いがする。それにセーラー服の白い部分には、ところどころ血が滲み斑点模様になっている。呼吸も少し浅い。

吹雪「あの、そこの艦娘の人は....」

私はカードを受け取るとつい質問してしまった。

加賀「あぁこれですか。いえ、お気遣いなく。気にしなくて結構ですよ」

大井「ねぇ、そろそろ休憩入りたいんですけど」

そう苛立った声が聞こえた。その冷ややかな声に私はまたどきりとして、萎縮する。

加賀「...そうですね。では二十分の休息をとります。指名されている艦娘は、各自補給と入渠をすませたのち、ここに集合してください。では吹雪さん。私たちはこれで失礼しますね」

そう言って加賀さん達は立ち去っていった。ここで死にかけた艦娘一人だけを残して。その時、誰一人も見向きしなかったのが、私は気になった。

吹雪「あの、大丈夫ですか....?」

私はすぐに駆け寄って艦娘に触れた。冷たい、全然体温を感じないほど冷え切っている。本当に、今にも死んでしまいそうだ。

いえ、大丈夫です。そう苦しそうに言った艦娘は、その時初めておもてをあげた。

吹雪「えっ....」

私たちは多分二人揃って同じことを口にしたはず。

瓜二つの顔。鏡を見ると必ず現れる、その顔。同じ身長、同じ体重。同じ髪型をした私。

倒れていたのは、吹雪。私だった。

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今日はおしまいです。誰も見てないと思いますがちまちま頑張ります。

吹雪「はい、水買ってきたから飲んで」

吹雪「あ、ありがとうごさいます」

私はこの吹雪さんに肩を貸し、なんとかベンチにたどり着き、水を買いに行った。そしてそれを吹雪さんに渡すと、無理やり喉に流し込みはじめた。

なんだか不思議な気持ちだ。私が目の前にいる。そして話している。

テレビでたまに見る、世にも奇妙な物語を演じているみたいだった、

ひとしきり水を飲み干した吹雪さんはベンチにぐったりとして、大きく深呼吸をした。

吹雪「ねぇあなたは補給しないの?他のみんなはしに行ったよ?」

残りの水を飲み干し、ペットボトルの蓋を閉めた。そして私を見る。

何を考えたのかわからないけど少し間、私と目が合い続けた。そしてこう答えた。

吹雪「私の分は、ないよ」


そう言って寂しそうに笑う。乾いた笑い。あの加賀さん達と同じ、幽霊みたいな、表情。

吹雪「どうして?鎮守府に帰ってきたら補給と入渠するのが当たり前じゃないの?」

鎮守府に帰ってきたら当然入渠をして傷を治し、補給をとって艤装に完璧にする。

そうでもしないと、そのまんまの姿で日常生活を送ることになる。

それは不便に決まってる。なにより、いつまでもそのまんまだと、死んでしまう。

当たり前か、そう吹雪さんは小さく呟いた気がした。

吹雪「ねぇ、あなたは他の鎮守府からきたんでしょ?よかったら、その鎮守府の話をしてくれない?」

吹雪「え、う、うん。いいよ」

急に話題を変えられた気がした。でも私はそんなことよりも、この吹雪さんが苦しそうにしているのをどうにか和らげてあげたいと思い、色々と話すことにした。


私の鎮守府では、みんな仲良しだ。

私の鎮守府では、よく喧嘩が起こるけどすぐ仲直りする。

私の鎮守府では、みんなが支え合って助けあって戦っている。私の鎮守府では。

色んな話をした。新しい話になるたび、吹雪さんの表情はどんどん明るくなっていく。

だから私も必死になって喋った。私は口下手だから上手く伝わってないのかもしれない。でも、目を輝かせて真剣に聞いて驚き笑う。

そんな吹雪さんを見るかぎり、伝わっていたんだと思う。

でもその時間はすぐに過ぎた。私たちに与えられていた時間はたったの二十分だけだから。

楽しそうに聞いていた吹雪さんは私に時間を聞く。そしてもうすぐ集合時間になるんだと知った。

吹雪「ありがとうございます。おかげで楽しかったです」


立ち上がった吹雪さんは私に頭を下げてお礼を言い。それを見た私も立ち上がり。

吹雪「ねぇ、本当にそのまんまで行くの?」

吹雪「はい。でも吹雪さんのおかげで、少しだけ楽になりました」

それじゃ行かないと。吹雪さんはそう言うと歩いていく。

私は思った。このまま行かせちゃいけない。

絶対に、吹雪さんは死んでしまう。そう思うと私の体を無意識に吹雪さんの腕を掴んでいた。

吹雪「....なんですか?」

またその幽霊みたいな顔。まだ生きているのに、死んだような顔。

そんな顔を見たら、何とかしてでも、なんとかしなくちゃいけない。

なにか、なにか手段があるはず。考えろ、考えなくちゃ、吹雪さんは出撃して死んでしまうはず。


吹雪「私、あの加賀さんに頼んで出撃やめさせてもらえるよう頼んでみるよ」

吹雪「無理だよ。あの人はそんな人じゃないから」

そんなわけない。私の知っている加賀さんは厳しいけど、絶対に優しい人だ。

私が困った時、自分の損なんか考えないで力を貸してくれて、私を強くしてくれた人だ。

神通さんは別人と考えろっていったけど、艦娘はみんな同じはず。

たとえ少し違っても、心のどこかには、私の知っているその人がいるはずなんだ。

吹雪「無理なんかじゃない!」

吹雪「無理だって」

吹雪「無理なんかじゃない!絶対!」

吹雪「だから無理だって!!」

吹雪「だってそのまんま出撃したら絶対死んじゃうんだよ!!そんなの、私だったら嫌だ。あなたは私だからわかる。死にたくない、そう思ってる」

吹雪「そんなに言うんだったら!!」

声を荒げて、私の腕を振り放った吹雪さんは一瞬躊躇いを見せたけど、こう言った。


私と入れ替わってよ。と。

入れ替わる。そうだ、その手があった。そうすれば吹雪さんは死なない。

吹雪「一回だけ、私と出撃を入れ替わってよ。そうしたら私は入渠もできるし、補給もできる」

私が吹雪さんの代わりに出撃する。その間に補給と入渠を済まして、また入れ替わる。

そうすれば誰も死なないですむ。私の返事は決まり切っていた。

ポケットに手を突っ込む。そして留萌の鎮守府に所属する艦娘だと証明になるカードを吹雪さんの手に握らせる。

その時吹雪さんは一度抵抗したけど無理矢理握らせる。そしてその体温が少しだけ戻った手をしっかりと包み込んだ私は。

吹雪「いい?絶対に入渠すること、それと補給もしっかりすること。約束だよ」

そう言って私は、吹雪さんの集合時間に向かった。

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今日はここまでです。どの吹雪さんが話しているのかわかりにくいと思いますが、あえてそうやっています。理由は話を進めていくと何となくわかると思います。また頑張ります。


瑞鶴「おかえり吹雪~。ってなんでそんなにボロボロなの」

笑顔で現れたのは瑞鶴さんだった。初めてみる、笑顔だった。

出撃する前に廊下ですれ違った「瑞鶴」さんはそんな顔をしてなかった。

ここの鎮守府のみんなと同じ、どす黒く淀んだ死んだ瞳をしていた。

そしてすぐに私を心配するよりも先に何か疑ったようだから、私は咄嗟に嘘をつく。

吹雪「あ、えっと。転んで...」

瑞鶴「転んで...?」

眉をひそめて私を見る。あぁダメだ。完全にバレた。

そう私は思ったけど、なぜか瑞鶴さんはすぐにお腹を抱えて笑い転げた。


瑞鶴「またそんなにボロボロになったの!?毎回毎回何したらそんな風になるのよ!?」

加賀「瑞鶴?どうかしたの?」

奥から加賀さんが現れた。私は無意識に後ずさってしまった。

真っ先浮かんだ、あの加賀さん。私をろくに見ないで、六人いた艦隊の一人が沈んでも、私が死にかけても先に進み続けた。

そのついさっきまでの記憶が鮮明に浮かび上がったからだ。

私を頭からつま先を確認し、ただでさえ怖くてたまらないその無表情にひとつ、私を疑う視線を飛ばした。そしてすぐに瑞鶴さんの方へ向くと。

加賀「瑞鶴?これは一体どういうこと?」

そう聞こえた私は下を向いた。もし、ここでバレたら私はどうなるんだろう。

加賀さんが知らない私が、あの吹雪さんと入れわかったことを知ったら、本気で怒るんだろう。

怒った加賀さんは、一体私をどうするんだろう。そう考えると、私はもう白状した方がいいと思い始めた。

瑞鶴「ま~た転んだんだってさ!もうほんとドジよね!」


そう言って笑いながら加賀さんの背中を叩いた。それを聞いた加賀さんは呆れ顔をして、私に、こんな言葉を使った。

加賀「はぁ...。またですか。まったく、大丈夫ですか?」

吹雪「は、はい?」

私に、そんな言葉を使うんだ、この加賀さんは。

そんなの、一生ないと思ってた。短い一生。一日生きるだけの期間の間に、そんな言葉を掛けてくれる人がいることに、私は驚いた。

加賀「ほら、歩けますか?....そうですね、どうせだったら私がおぶってあげます」

そう言って座り込み、私に背を向けた。

私はこの優しさにまだ甘えることしてしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


加賀「敵艦隊発見。数四、戦闘準備」

つらい、苦しい、痛い。

見たことない敵。みんなの動きについていけない。

大井「北上さん左お願い」

北上「はいよー」

加賀「朝潮はそこにいなさい」

朝潮「はい」

おかしい。何がおかしい。

加賀「あなたは、いつも通りよ。朝潮に付き添って、飛んできた弾を受け止めなさい」

私は、何をしている。いや、この人達は一体何を考えているんだろう。

私は加賀さんに命令されたとおり、朝潮ちゃんの元に行く。

この時点で私の艤装はすでにボロボロだ。さっきの吹雪さんと同じように、セーラー服の白には血が滲んでいて、艤装の砲塔はへし折れている。ろくに戦える状態じゃない。


私は気になって朝潮ちゃんを見た。この状況で、どう見たって足がすくんでいる、新人なんだろう朝潮ちゃんは、私をどう見ているのか、気になったからだ。

私を見てはないかった。その瞳は私たちの先にある北上さんと大井さん、加賀さんが織りなしている戦闘を必死に見ていた。私には一切気にかけていない。

私は目線を朝潮ちゃんからすぐ戻す。そして前を見た。

不自然に一本、海上に短い軌跡を描いた何かが、私達の元に向けていたのが見えた。

酸素魚雷だ。何度もみたあの気泡の航跡。魚雷のタンクに注入された圧縮空気の痕跡だ。

深海棲艦が発射する魚雷に似た何かは、不自然なほど、私達が使う酸素魚雷に似ている。そのおかげで、訓練の時には酸素魚雷を使って練習できるのだけど。

いつも通り私の体が無意識に回避運動を取り始めた瞬間、私は朝潮ちゃんは酸素魚雷に気がついているのかどうか、心配になった。


私の右隣にいる朝潮ちゃんは、まだ加賀さん達の動きに集中していて、私の回避運動にすら気がついていなかった。

残された時間が少ない中、私は判断を急ぐ。そもそもここで酸素魚雷を教えたとしても、放射状に発射された四つの魚雷を朝潮ちゃんは回避できるのか。

私にはそれが疑問だった。朝潮ちゃんはどう見たって新米だから。

私は朝潮ちゃんに抱きついて、その場から避難することを選んだ。

一本当たることを覚悟をしたけど、運良く、すんでのところで回避できた。

吹雪「大丈夫?」

何があったのかわからない。朝潮ちゃんはそんな顔をしていたけど、私が魚雷が来てたんだよと教えると。

朝潮「だ、大丈夫です。ありがとうごさいます....」

そう言ってすぐに立ち上がる。そしてまた艦隊の最前線に真剣に見つめ始めた。


この時、私は朝潮ちゃんを勘違いしていたことに気がついた。

朝潮ちゃんは私を見ていないんじゃなくて、見ないふりをしていたんだと思った。

朝潮ちゃんは辛い現実から必死に逃げようとしている。恐いんだ、今の現実を受け入れることが。

受け入れば、今すぐに泣いて叫んでしまいそうな恐怖に、耐えているんだ。

私は加賀さんに鍛えられた。だから普通に出撃して、当たり前のように帰ってこれる自信があったから、吹雪さんと入れ替わった。

確かに見たこともない深海棲艦はたくさん出てくるし、何より強い。

だけど「いつも通り」ならなんとかなるはずだった。みんなで助け合って戦う、いつも通りなら。

でも、ここはおかしい。私は本当にこの艦隊の一員なのか、そうは思えなくなってきた。

私は手のひらに爪を立てて覚悟を決める。何がなんでも生きなくちゃいけない。

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今日はおしまいです。土日なんで連投してますけど平日は不定期になりそうです。ちなみにこの話の七割くらいは完成しているので、途切れないよう頑張ります。


加賀「吹雪、痒いところはない?」

吹雪「はい、ないです」

私は今加賀さんに頭を洗ってもらっている。吹雪さんに言われたとおり、入渠をしている最中だ。

ほんの少し、この加賀さんに対する警戒心は無くなった、気がする。

でもまだ頭の中にいるあの加賀さんを思い出すと、どうしても受け入れにくい。

加賀「....吹雪。あなたさっきからどうしてそんなに緊張してるの?」

吹雪「え?そんな風に見えますか...?」

加賀「ええ、肩の筋肉のの硬直がいつもよりあるわ」

加賀さんは私の肩を優しくなぞる。

摩耶「そりゃ、今日お前ずっと吹雪にべったりだから、身の危険を感じてるんだよ」

鏡に映った摩耶さんは、加賀さんの後ろに立つと頭にお湯を思いっきり落とした。

赤城「ええ今日はなんだかべったりですね。たまには、私にもその好意を向けてもいいのに」

コンディショナーを丁寧に塗っている赤城さんは少し意地の悪い表情で加賀さんにそう言った。

加賀「....そんなにべったりしてましたか?」

瑞鶴「そりゃそうよっと。ほら加賀さん髪の毛洗うから少し前かがみ、前かがみ」

ぺちぺちと背中を叩いた音がする。

摩耶「お!なんだかいいなそれ。じゃああたしは瑞鶴の髪の毛洗ってやるよ」


瑞鶴さんの後ろにイスを置き足でシャンプーを取ろうとして思っ切りずり落ちた。

それを見た瑞鶴さんは少し笑い手に取ったシャンプーを渡す。

瑞鶴「洗うのはいいけど、適当にやらないでよ。長髪は手入れが大変なんだから」

摩耶「わかったよ...。おい金剛!風呂で伸びてるなら私の頭洗えよ」

金剛「自分で洗えばいいじゃないデスか...」

摩耶「お前バカか?瑞鶴の頭洗ってるのにどう洗えってんだよ?」

金剛「Leg」

摩耶「はぁ?エッグ?何馬鹿なこと言ってんだ?」

金剛「おーのー。はぁ...ok~やりますよ~」

おかしな人たちだな、本当に。なんでこんなに楽しそうに生きているんだろう。辛いことが多い現実の中で、こうやって笑えるのはなんでだろう。

ほんとうに、羨ましい。どうしてこの居場所が私じゃなくて、あの吹雪さんなんだろう。

私とあの人、何もかもが同じなのに、どこが一体違うんだろう。

でも吹雪さんが帰ってきたら、この居場所は返さなくちゃいけない。

それが約束だから。約束、だから。

私の脳裏に一瞬だけ最低なことが思いついた。頭を振って忘れようとするけど、どうしても、離れない。そんなこと、考えちゃいけないのに。

加賀「動かないで、洗いにくいですからね」

神通「......」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


朝潮ちゃんが震える右手を抑えて深海棲艦に砲を向けている。目にはいっぱいの涙を蓄え、足は竦んで、今にも倒れてしまいそうだ。

砲を向けられた深海棲艦はもう虫の息だ。体を覆う黒々とした皮膚からは、私たちと同じ、赤い中身が見える。

真っ赤に充血したその大きな瞳は、朝潮ちゃんだけをじっと見つめ続けている。まるでここにいるみんなの生き写しを見ているみたいだ。

死にかけた、幽霊みたいな、あの顔。

朝潮「無理です、できません...」

そう言って砲を下ろした。でもすぐにその砲はもう一度深海棲艦に向けられる。加賀さんの手が朝潮ちゃんの手を掴み、無理矢理狙わせたからだ。

加賀「やりなさい朝潮。できないとは、言わせません」

朝潮「もう嫌です!私は何回死にかけの深海棲艦を殺せばいいんですか!!」

何度も何度も。小さく引きつった声のささやきに、私は思わず目を逸らしてしまった。


吐き気がした。すごく気分が悪い。

でも私は、ふと思った。

私は死にかけた深海棲艦を倒していなくても、いつも深海棲艦を倒しているじゃないか。

それとこれ、一体何が違うっていうんだろう。

私は目の前で、大切な友達を一人、深海棲艦に殺された。

一緒に鎮守府に入ったその子はいつも明るくて、私が海の上を走るのに苦戦して、心が折れそうになった時、いつもアドバイスをして、助けてくれた。

今でも覚えている。血だらけで、下半身が無くなったその子は痛い痛い、提督にクソ提督なんて言ったことを謝りたいって、何度も何度も繰り返して、しまいには沈んでしまった、あの最後。

それから、私は誰よりも強くなって、みんなを守るためにもっと強くなって、一体でも多く深海棲艦を倒すんだって、そう決めた。


その憎くてたまらない深海棲艦の最後に、どうして目を背けた。

死にかけの深海棲艦を沈めることに生理的嫌悪があるから、なのかと思うと、私は目を背けることをやめた。

それはあんまりにも卑怯だと思ったからだ。

加賀「なら結構です」

加賀さんは朝潮ちゃんの手から離れた。それに驚いた朝潮ちゃんは加賀さんの方に向く。ほんの少しだけ、光が戻った気がした。

加賀「別に構いませんよ。殺しても殺さなくとも。私には何の関係もありませんから。私はただ、提督の指示でこうしているだけですからね」

でも朝潮、一つだけ忠告しておきます。

そう、顔色一つ変えず言うと、不意に私に視線を向け、ずっと蚊帳の外だった私を見た。つられて朝潮ちゃんも私を見た。

加賀「もし提督の命令を破れば、朝潮もああなってしまうんでしょうね。....提督はあなたに気をかけ、育て上げようとしている。でも選ばれたといえ、驕ってはいけませんよ。あなたの代わりにはいくらでもいるのですから。ただ偶々あなたが選ばれた、それを重々理解してください」


加賀さんは朝潮ちゃんの肩を優しく叩く。それとは裏腹に朝潮ちゃんは加賀さんに触れられると、思い出したように体が震え始めた。

そしてもう一度深海棲艦の方へ向き直す。一度深く深呼吸をし、深海棲艦を眺めるような顔で砲を向けると、死にかけた深海棲艦を撃ち始めた。

どうやっても逃げられないと、朝潮ちゃんは分かったんだろう。

加賀「まずは、深海棲艦を殺すことに慣れなくては。大丈夫、みんな通ってきた道です。乗り越えれば提督に認められ、幾分か楽になりますよ」

大井「はぁ、ほんとくっだらない。なに深海棲艦に同情してるのよ。撃てばはいお終い。それだけでしょ」

この加賀さんは提督に認められれば楽になるっていった。

でも、何が楽になるんだろう、それがわからない。

私には、心を殺して撃ち終え呆然とした朝潮ちゃんが、可哀想でしかたない。

加賀「終わりましたか。では次にいきましょう。進路変更せず、全艦、前進原速」

天気が変わってきた。空は雲行きを悪くして、今にも降り出しそうだ。

まるでこの艦隊を表しているようで、私は、なんだか、嫌だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ブラック企業の有り様に驚く吹雪さんでした。かなり順調に話が進んでいるので、もしかしたら明日もまた更新するかもしれません。またがんばります。

まったく関係ないですけど、軍艦の歴史とか大戦時の勉強ができる本とかマンガって何かないですか?手をつけようにも、何から手を出せばいいのかわからないので、ありましたら教えてもらえると嬉しいです。


入渠を終えた私達は浴衣に着替え、大広間に移動した。

移動中、この鎮守府にいる艦娘とは一人もすれ違わなかった。

大広間に移動すると昼食が用意されていた。

料理の名前がわからない私だけど、用意された料理はどれもこれもとても美味しそうだった。

私は席に着き、おぼつかない箸さばきで唯一知っているご飯を食べた。美味しい、これはこんなに温かくて、甘いものだったんだ。

夕立「ねぇ吹雪ちゃん、さっきまでこの鎮守府見て回ってたよね」

机のコップにオレンジジュースっていう黄色い飲み物を注ぎながら、夕立さんは言った。

私が知ってる夕立さんとは違って、どこか大人びて見える。私が知っている夕立さんは、さっき海に沈んでいった、私と同じくらいの小さい人だった。

ありがとうと言って私はオレンジジュースっていうものを飲んだ。甘くて、美味しかった。私の知らない味だった。

吹雪「う、うん。見て回ったよ」

夕立「ふーん....」

そう言って夕立さんもオレンジジュースを飲み、背もたれにもたれて、天井を向いた。そして飲み終えるとこう言った。

夕立「ここの鎮守府って、すごく評判悪いけど、何かわかったっぽい?」


評判が悪い、か。その通りだよ。さっき夕立さんは海に出てすぐに沈んだ。砲身を深海棲艦に向けることもなく、艦娘として役割を果たす前に、呆気なく沈んだ。それが普通と思ってたけど、どうやら違うみたい。

吹雪「うん。夕立ちゃんの言うとおりだよ」

私は無意識に言葉が強くなって言ってしまったことに気がついた。でもどうしてだろう、言葉は止まらなかった。

吹雪「歩いてたらね、私ここの艦隊にあったんだよ」

夕立「そういえばここの鎮守府の艦娘には誰にもあってないね。それで?どんな雰囲気だった?」

夕立さんはきつね色で、片方が赤い太い棒みたいなのを食べ始めた。

美味しそうだな、次はそれを食べようと思い、私は思い出を探る。

吹雪「ひどい人達だったよ。だって」

夕立「だって?」

私は心の中で私と入れ替わってくれた吹雪さんに謝る。

本当は入れ替わる前に言わなくちゃいけないことだったのに、言えなかった。私にさっさとカードを渡して行ったからだ。

いや違う。言えなかった。言ってしまえば、吹雪さんは私と交代してくれなかったはずだから。だって。

吹雪「ここの鎮守府、「捨て艦」やってるんだよ」

夕立「....やっぱり」


箸を置いた夕立さんは胡座をかいて、床を見続けた。何を考えているのか知らない。

吹雪「やっぱりってことは、知ってたの?」

夕立「知らなかったけど、評判が悪い鎮守府なんて、大体想像できるよ。それで、捨て艦の子は、誰だった?」

そう言うと夕立は顔だけをあげて私を見た。じっと見つめるその赤い目に、私は見透かされているような気がして、心臓がばくばくした。

吹雪「....ごめん。そこまではわからなかったよ」

私は嘘をつく。知っている。同じ吹雪型一番艦の吹雪だった。

その吹雪は、身も心も凍えきって、倒れ込んでいた。この世界に生まれたことを恨みながら。私はどうしてまだ生きてるんだろうと、自分に何度も問いかけて、次は死ぬんだろうと思っていた。

その時、吹雪さんが現れた。そしてこうして入れ替わり、私は今、こう考えている。


帰ってこなければいいのに。このまま、吹雪さんは沈んで、私がこの鎮守府の吹雪になる。

そうなれたら、私はずっと幸せになれる。最低だってことはわかっている。でも戻りたくない、戻りたくない。

戻れば、私はこの幸せになる機会を失って、もう一度あんな目にあう。そんなのは嫌だ。

この気持ちは、あの吹雪さんだってわかってくれるはず。私とあの人は同じ「吹雪」なんだから。

夕立「そっか....。よかったよ」

吹雪「え、何がよかったの?」

夕立「だってもしその倒れてる艦娘が吹雪ちゃんだったら、吹雪ちゃん優しいから、入れ替わると思ってたから」

まぁいいや。そう言って夕立ちゃんはまた食べ始めた。

私も、何も考えないでこの美味しいものを食べることにした。

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今日はここまでです。本を教えてくださった方、ありがとうございます。明日から買い漁ります。他にも知っている方がいましたら、いつでも教えてくれると嬉しいです。またがんばります。


吹雪「ねぇ大丈夫?」

私は朝潮ちゃんに話しかけた。この状況が怖くて、ずっと影に隠れて一度も話しかけなかったけど、あんなの儀式みたいなものを見せられたら、心配になって話しかけてしまった。

朝潮「.....」

朝潮ちゃんは反応しなかった。ただ前方を滑る加賀さん達の背中を見ている。

私はそんな朝潮ちゃんを見ると、なおさら話しかけてしまった。

聞こえなかったわけはないと思うけど、近づいて、肩にも触れてもう一度確認する。

吹雪「ねぇあんまり辛かったら私に話してくれても....」

朝潮「やめてください」

肩にかけた私の手を払いのけそう言った。もちろん私を見ないで。

さっきまで朝潮ちゃんは機会があれば私に反応した。反応してくれたけど、今回はさっきまでと全く違う。はっきりと、私を拒絶した。


朝潮「話しかけないでください」

吹雪「どうして?」

わかってるよ。朝潮ちゃんがどうして私を見ないのか。見ていても、見ないふりをしたのか、

朝潮「どうしてってッ!だってあなたは捨て艦だからよ!」

そう、私は捨て艦の艦娘の子と入れ替わっているんだ。

最初は気がつかなかった。でも、この艦隊に付いて行き、何回か戦闘をして気がついたんだ。

私は、最初からこの艦隊の頭数にも入ってないって。

朝潮ちゃんは立ち止まったけど加賀さん達はそれに気がつかないで、そのまま先に進んでしまった。

私と朝潮ちゃん、やっと二人っきりになった。朝潮ちゃんもそれに気がついたみたいで、ついに我慢していた涙を零してしまった。


吹雪「知ってるよ、私が捨て艦ってことは」

朝潮「じゃあなんでそんなに平気なのよ!あなた死ぬのよ!?休憩前まではそんな素振り一度も見せなかったくせに、どうしてそんなに余裕があるのよ!?」

吹雪「だって私には帰る場所があるから」

朝潮「....あなたまさか留萌の吹雪さん?もしかして、入れ替わったの?」

信じられないという表情をした。私は頷いた。

朝潮「正気なの!?他の鎮守府の艦娘と入れ替わるなんて....」

吹雪「捨て艦なんて知らなかったからね。それに、あんなにぼろぼろな私を見たら、見て見ぬふりなんてできなかった」

朝潮「あなた....自分どんなことをしたのか、わかってないのね」

自分が何をした。私はただ吹雪さんと入れ替わっただけだ。

そんな私を見透かしたように朝潮ちゃんはこう言った。

朝潮「他の鎮守府の艦娘と入れ替わるっていうのは、どれほどやっちゃいけないことか、あなた知らないのね。これは自分だけの問題じゃないのよ。この問題が明るみになったら、それぞれの司令官の監督責任になるし、なにより沈めたってなると、もっと話が複雑になるのよ?あなたがそれを知っても知らなくても、結果は同じなのよ?」


私はそこまで考えてなかった。ただ入れ替わって、終わったら、私は自分の居場所に、帰る。

帰る、私は、帰れるのかな。不意に今自分が置かれている現実に寒気がした。

私がもしも捨て艦だったら。あの時、倒れ込んでいた吹雪が、私で、もし入れ替わってもらえたら、なんて考えるだろう。

こんな人を物以下で考える艦隊に戻りたいって、そう考えるのか。

そんなわけない。自分を必要としている所にいる方が、ずっとずっと普通だ。

私、「吹雪」がそう思ったのなら、吹雪さんは同じことを考えているはず。だってわたしだから。

朝潮「さすがにマズイわね...。そうだ、カード。カード、持ってるわよね?」

吹雪さんに渡した、留萌の艦娘と証明できるカードのことを言ってるんだろう。でもそれは。

吹雪「渡しちゃった....」

朝潮「どうして思いつきで、手の込んだ自殺できのかしら、あなたは....」


そして、怒りを通り越して呆れ返り、涙も枯れた朝潮ちゃんはこう言った。もう諦めなさいと。

私には、留萌の吹雪と証明できる物が何もない。それを持っているのは入れ替わった吹雪さんだ。

もしも私が生き残って帰れたとしても、証明できないなのなら、私の帰る場所は、ここになる。

加賀さんごめんなさい。瑞鶴さんごめんなさい。摩耶さん、金剛さん榛名さん、夕立ちゃん、みんな、ごめんなさい。私は、取り返しのつかないことをしてしまいました。

朝潮「私は、この事を聞かなかったことにするわ。卑怯だと思わないで。さっきも言ったみたいに、明るみになったらかなり面倒なの。わかってちょうだい。それと、加賀さん達に入れ替わったって言っても無駄よ。あなたは今は捨て艦、そんな事言っても、死にたくない口実でしかないって言われるのが関の山よ」

私の逃げ道は完全に塞がれた。

ぽつり、ぽつりと、雨が降ってきた。まるで私をバカにしているみたいだ。

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今日はここまです。またがんばります。


金剛「雨、降ってきましたネ」

摩耶「そうだな...。まっ、元々外に出るつもりなんてないけどよ」

摩耶さんは早めに敷いた布団に大の字になる。雨が少し降ってきたとはいえ、まだお昼が終わってすぐだ。

私はまだ寝るのは早いんじゃないかなと思い、周りを見たけど、みんなやる事はやり尽くしたみたいで、持ってきた本を読んだり、お菓子を食べたりして暇を潰している。

赤城さんがおせんべいの袋を片手に窓を覗いた。

赤城「この雨、通り雨みたいですね。じきに晴れますよ」

比叡「あーあ、にしてもほんっとうに暇ですね。これなら、晴れてるうちに外歩き回ればよかったですよ。もう枕投げも終わっちゃいましたし、霧島は読書モードだし....」

神通「みなさん、少しいいですか?」

部屋の隅で正座をして、瞑想なのか、考え事を終えたのかはわからないけど、ずっと静かにしていた神通さんは急に立ち上がりそう言った。


神通「時間が余ったようですし、ここで一つ、私が考えたゲームをしませんか?」

摩耶「珍しいな、神通がゲームなんて。いつもそういうの乗ってくるたちじゃないだろ?」

ええまぁ、と素直に答えた神通さんは部屋の中心に移動した。

まだ寝てる川内さんを除き、暇で仕方ないみんなは、神通さんの周りに集まった。私も行く。

神通「簡単なゲームです。名前は、そう、ですね...。教えあおうみんなのことゲームです」

難しい顔をしてそう言った。

金剛「神通はネーミングセンスがいつも硬いですネェ」

加賀「硬い、というか小学校のレクリエーションの題名みたいですね」

神通「な、なら何かいい名前があるんですか!?」

恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、少しだけ声を大きくした神通さんは、その後顔を下にした。


赤城「それで、内容は?」

神通「....内容は題名どおりです。まず誰でもいいです、一人指名します。そして、その指名した艦娘の知らないこと、知りたいことを質問して、それに答え、質問された艦娘は次に誰かに質問ふる、という簡単なゲームです。まだ入隊してから日が浅い吹雪さんが、もっとみんなを知るいい機会になると思います」

そう言い終わると、横目で私を見た。なぜか、その目つきに少しだけ背筋がぞくりとした。

金剛「名前は見掛け倒しですネ....。やっぱコミニュケーションを重視した硬い内容デス....」

摩耶「ま、いいんじゃねぇの?どうせ暇だし」

部屋の中心に集まったみんなは円を組み座る。私は夕立ちゃんと加賀さんの間に挟まれた。

瑞鶴「加賀さんそこ変わろっか」

加賀「嫌です」

瑞鶴「じゃあジャンケン」

隣でジャンケンが始まった。私は夕立ちゃんを見た。眠たそうに目をこすっている。

瑞鶴「吹雪、隣座るわよ~」

吹雪「あれ、加賀さんは?」

加賀「負けました」

瑞鶴さんの向こうから手を振っている。準備はできましたね、と神通さんが言うと、順番を決めることにした。


神通「では、まずはわたし....」

金剛「Hey!赤城!Question ok!?」

神通さんを遮ってまず最初に質問したのは金剛さんだった。不満そうに頬を膨らました神通さんは、静かに退いた。

赤城「どうぞ」

おせんべいの全て一人で食べきった赤城さんは、次の食べ物に手を出した所で止まり、冷静に答えた。

金剛「なんで赤城はいつも食べてばっかなんデスカ?」

霧島「確かに、見るといつも何か食べてますね」

そういえば私が見てる間ずっと食べっぱなしだ。赤城さんはみんなより大きめのバッグを持ってきているけど、あのぱんぱんに膨れた中からはお菓子の袋がたくさん見える。

赤城「私がいつも食べている理由ですか。簡単ですよ、空腹が恐いからです。....昔、作戦時間中の補給で痛い目を見ましたからね...。それ以来空腹にならないよう気をつけているんです」

金剛「...ソーリー。聞いちゃいけないこと聞いてしまったみたいデスネ...」


赤城「気にしなくてもいいですよ。いい経験になりましたからね」

それにおかげでここにいれますから。そう呟いた。

赤城「じゃあ次は私の番ですね。摩耶さん、よろしいですか?」

摩耶「お、あたしか。なんでもいいぜ?」

赤城さんは一つチョコレートクランチを摩耶さんに投げると、意地悪そうに笑った。

摩耶「うへぇ...もう甘いのはいらないっての...」

赤城「どうぞ、食べてくださいね」

渋々口にチョコレートクランチを摩耶さんは突っ込んだ。

赤城「それで私からの質問は、あまり接点のなさそうな金剛さんと摩耶さんが、なぜそこまで仲が良いかです」

摩耶「なんでってそりゃ、似た者同士、マブダチだからだよ」

金剛「一緒にされたくないデスネ~....」


摩耶さんは隣に座るっている金剛さんの肩に手を置く。すると金剛さんは鬱陶しそうな顔をし、少しだけ体が逸れた。

それを見た赤城さんと、夕立ちゃんと私を除いたみんなはなぜか笑った。

比叡「そういえば、赤城さんはあの時まだいませんでしたもんね。知らなくても無理もないです」

赤城「似た者同士、とは?」

比叡「金剛お姉さまの反抗期ですよ!反抗期!」

摩耶「それだといつも私が反抗期みたいに思われるだろ....」

霧島「金剛お姉さまは初めから留萌にいるわけじゃないんですよ。まぁ元を辿ると川内さんと神通さんを除く私達は、みんな異動でやってきたわけですけど」

赤城「ええ、この鎮守府はそういう所ですから」

そういう所、私は何がそういう所なのか知らなけど、少しだけ引っかかった。

摩耶さんはあぐらをかき、腕を組むと、昔話をするように話し始めました。

摩耶「こいつ昔はかなりグレてたぜ。今こんな風にお淑やか気取ってるけどよ、初めて提督に会ってすぐに、あんたの事は信用しないからって言ったんだぞ」

金剛「気取ってないデスヨ....。素デス、素。吹雪も夕立も赤城も、勘違いしないでくださいネ...。まぁそう言ったのは事実デスけど...」

最後に口籠もりそう言った金剛さんは、大きく手を振り始め話の先を遮る。

金剛「あぁもう辛気くさいデス!next question!」

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今日はここまでです。金剛さんのお話はいずれやると思います。かなり長い話になると思います。赤城さんのお話もやると思います。たぶん初めてのクロスの話になると思います。またがんばります。


ぽつりぽつりと振り始めた雨脚が、だいぶ強くなってきた。

旗艦の加賀さんはこの雨を通り雨と判断したから、一時休憩を挟んで、雨が止むのを待つことにした。

どちらにせよ、加賀さんの艦載機の発艦ができないから、進むのは無理だ。

みんなカッパを着込んだ。そして段々と激しくなる波に飲み込まれないよう、バランスをとり、待機している。

雨は土砂降りに変わった。そんな中、捨て艦の私には元々カッパなんて物は用意されてないから、雨に打ちのめされながら、朦朧とした頭の中で色々と考えていた。

今頃、みんなは何をしているんだろう。

私は、もういつもの鎮守府に帰れないんだろう。

傷口に雨が染み込んでひりひりとして痛い。なんだか意識が朦朧とする。

とりとめの無い考え事が次々浮かび上がってくる。どれもこれも、これっぽっちもいいことなんか考えられなくて、ただ目の前の現実に打ちのめされる。


私は頭だけ後ろを振り返った。誰も私を見ない。事情を知っている朝潮ちゃんも下を向いて、何も無かったことにしている。

加賀さんは目を瞑り、じっと時間が経つのを待っている。

その光景に、私は、恥ずかしくなった。

吹雪「....みなさんは、恥ずかしくはないんですか?」

雨脚はより強くなっているけど、負けないよう、しっかりと言う。だけど誰一人耳を貸さないみたいだ。だから私は続ける。

吹雪「そうやって何も見ないふりをして、嫌なものは見ないつもりなんですか?」

私の知っている加賀さんは、こんな事はしない。大井さんだって、北上さんだって、朝潮ちゃんだって、違う。

私は信じていた。いくら全く違うって言われてても、同じ艦娘だから、根の部分は同じで、みんな私の知っている優しい人達だって、そう信じていた。

だから恥ずかしくなった。私の知っているみんなと、ここの人達を比べたことを


吹雪「みなさんは、弱いです。ただ言われるがままの操り人形で、捨てられるのを怖がっている。私にはそう見えます」

捨て艦なんてのが当たり前に起きているこの鎮守府。いくらでもいる自分の代わりに、自分の居場所をとられ、用済みになる事を怖がってる。

だから司令官に認められるため、なんて都合のいい口実を並べて、司令官の、都合のいいただの操り人形になっている。

だから私には、この人達がこう見える。

吹雪「だから、みなさんは捨て艦と変わらないんじゃないですか?」

捨て艦は、都合よく使われる艦娘のことなんだ。

捨て艦は一度だけの出撃で終わってしまう艦娘のことを言うんじゃなくて、二度三度、もっとだ。

使い物にならなくなるまで使い潰される、これからの艦娘も当てはまるんだ。


大井「ねぇうざいんだけど」

ずっと爪いじりをしていた大井さんは立ち上がると、私の方へ向かって歩いてきた。

大井「なに?捨て艦のくせして私達に説教するの?あんたこれから死ぬのよ。私達の心配する前に、自分の心配したらどうなの?」

大井さんは私の近くまで来ると睨みつけたきた。でも私は怖くなかった。だってこの大井さんは私の知ってる大井さんなんかよりも、ずっと心が弱くて、強がっているって知ったから。怖くなんかない。

私は今にも落ちてしまいそうな意識を集中させる。

吹雪「絶対に沈みません、私は」

大井「何言ってるのよ。あんたもう意識が薄れて、今にも倒れる寸前なんでしょ。何体もあんたみたいな艦娘見てきたから分かるわよ」

北上「大井っちもうやめなよ~。どうせもう死んじゃうだから、最後ぐらい好きに言わせてあげたら」

にやにやとした笑顔で大井さんに近づきそう言うと、私を見る。それもそうねと大井さんは納得すると。

大井「はぁ、いいわよ。どうせ今日の吹雪と会うのは最後なんだから。戯言くらいで流してあげるわよ」


北上「大井っちは優しいなぁ~。よかったね、大井っち怒ると怖いから」

腕を組み身を震わせた北上さんは、寒い寒いと言うと、興味を無くしたように後ろに下がっていった。

大井「それで、あんたさっき恥ずかしくないのかって、私達に言ったわね」

吹雪「そうです。捨て艦から目を背けて、見て見ぬふりをするのが恥ずかしくないんですか?ただ言いなりになって、立ち向かう勇気もないなんて。私はそんなの嫌です。絶対に」

大井さんは笑った。小馬鹿にするような笑いなんかじゃなくて、お腹を抱え、面白おかしくてしかたないように見える。そして目頭に溜まった涙を拭うと、私にこう言った。

大井「あんた青いわね。まぁしかたない、か。だってあんたは今日生まれたばかりで、何も知らないただの子供と変わらないものね。別に恥ずかしくないわよ」

吹雪「恥ずかしくない?」

恥ずかしくない、そんなわけない。自分が捨て艦になって、こんな扱いをされたことがないからそう言えるんだ。この人は。

大井「恥ずかしくないわよ。囮、犠牲、捨て駒、そんなのざらよ。だって今は戦時中だから。強いのが生き残って、弱いのは死んでいく。いい、冥土の土産で教えてあげるわ。弱い人はね、強い人の犠牲になるの。強い人を守る為に弱い人がいるの。じゃあここで一つ問題よ」

人差し指を立て私を試すような顔をした。


大井「絶対に負けてはいけない戦いに出ます。その時、指揮官のあなたは、その戦いにどれだけの戦力を投じようと考えますか?」

吹雪「.....戦える人はみんな出撃させます」

大井「....弱い人もですか?」

吹雪「出しません。弱い人を出しても死んじゃうだけですから、そんなの可哀想です」

大井「絶対に負けてはいけない戦いに、必要最低限の戦力を投じるんですか?保険も何もかけないで、私情を挟んだ作戦でその作戦が完遂できると思っているんですか?」

そう言われた私は口籠る。絶対に負けられない戦いに必要最低の戦力で立ち向かうのは、確かに不安だ。

保険をかける、そのもしもに備えて、盾や予備の人員を用意する。もし負けてしまうことを考えると、使える人は使ってしまいたい

でもそれはよくないことだ。弱い人を出せば、死んでしまうのは分かりきっている。死んでしまうのはよくないことなんだから。

私は言葉を出せなくなってしまう。言い返せないからだ。

大井さんが言うのは、間違えじゃない。でも間違っている。その矛盾がどうしても飲み込めない。

大井「....ほらどうしたのよ?何か言ってみなさいよ。感情論を剥き出しにして、それでも可哀想、間違ってるって言ってみなさいよ。何もわかってない子供みたいに」


吹雪「じゃあ!大井さんはどうなんですか!?自分が捨て艦に選ばれたら、同じことを言えるんですか!?」

大井「捨て艦に選ばれないよう頑張っているのよ?私が必要にならないなんて思われないよう、強くなっているから、私はこうして生きてるの。手段と目的を履き違えないでくれないかしら?」

吹雪「そんな根拠なんてないじゃないですか!さっき加賀さんは自分の代わりにいくらでもいるって言っていました。大井さんだって同じはずです!」

大井「私は自分が死んでいくのを何回も見たわ。その度に確信するの。私は必要とされてるって。だからって慢心して努力は怠らないわよ。あんたの言うとおり、いつだって捨て艦になる可能性はあるもの」

突然私の世界が崩れた。大井さんの姿は歪み、声が引き伸ばされて何処までも続いていく。そして私の視界が真っ黒に染まった。それに体に力が入らない。

さっきまで寒くてしょうがなかったのに、体が熱くて堪らない。そして私は倒れたんだと知ったのは、誰かの足が見えたからだった。

捨て艦を恨むなら、弱い自分を恨みなさい。ふわふわとした意識の中、大井さんの声が耳に響いた。

大井「ねぇ、あんまここでもう死んだら。深海棲艦に殺されるくらいなら、名誉の死を遂げたほうがいいでしょ?ここであんたを殺した後、私を恨んだって構わないけど、次にあんたが私を殺しにやってきた時は、こうは優しくはできないから」


加賀「大井、あなた何をしようとしてるの」

大井さんが今、私に何をしているのかは見えないからわからない。でも確実にまずい状況になっているのは、感覚でわかる。

私に向けられている、意識。私が深海棲艦に向ける意識と、深海棲艦が私に向ける意識。それと同じ。

大井「見てのとおりですよ。それに、どうせ捨て艦なんですから、過程は違えど結果は同じです。どちらにせよもう保たないでしょうし、辛いだけですから、私が楽にしてあげるつもりです」

加賀「...わかりました。ですが、私は何も見ていません。北上も朝潮も、いいですね。あなた達は何も見ていない」

北上「はいよー」

朝潮「わかりました」

私は声を出そうと必死に息を吸う。でも吸った空気は喉に突き刺さり、吐き出そうとすれば、まるで返しがついたみたいに喉をえぐる。

嫌だ、そんなの嫌だ、まだ死にたくなんかない。私は帰るんだ、元の鎮守府に。

だせ、声を出せ。動け、指先一つでも。そのどれか一つができれば、嫌だっていう意思表示ができるんだ。だから動いて。

大井「じゃあね吹雪。今度から、吹雪を見た時はあなたのことを毎回思い出してあげる。でもまぁ、数が多かったら、いつか忘れそうだけど。その時はごめんなさいね」

激しい雨音に混じり、重く鈍い鉄の音が聞こえた。聞き覚えのある音だ。これは砲弾が装填される音。

そして私の五感の全てが何も感じなくなる。暗闇が延々と続き、その時を否応なく待つ。

大きな爆発音が一つ、周りに響いた。そのまま、私の意識はぷつりと切れる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日はここまでです。大井さんにひどいことを言わせてしまいましたけど、前作の大井さんと対比してほしくて喋らせました。私とあなたがこのお話の主題ですので、気分悪くされたらすみませんでした。またがんばります。


榛名さんは、眼鏡を集めるのが趣味らしい。

最近はアンダーリムの眼鏡が流行りで、色違いをいくつも集めていて、それを一生懸命手入れする姿が理解できないと、霧島さんは言った。

それに榛名さんの視力は眼鏡なんかつけなくても問題ないらしい。

加賀さんは夜中になると、いつのまにか部屋にいないらしく、何をしているのかと聞かれた。

自分でも知らないらしい。そもそも初耳だと言ったら、神通さんが加賀さんは夜中に夜勤の方と被らないように食堂に行き、ご飯を食べてましたよと言った。

夢遊病が疑われ、渋々本当は知っていますと白状した。

みんな私の知らない事だらけだった。意外な一面があったり、ああやっぱりなと、発見が沢山あった。


しとしとと、雨音がする外を見た。ふと頭の片隅に、たぶん、いくら吹雪さんが強くても、もう助からないだろうと、思いうかんでしまった。

だから、仕方ない。帰ってこれないなら、私はこのまま吹雪さんを演じて、私がここの吹雪にならないといけない。

ひどいことをしてるっていうのは、わかってる。私がそんな事されたら嫌だから。

でも私が演じるしかないと考えるなら、あの吹雪さんだって、この状況が逆だったら同じことを考えるはず。

だって私と同じ「吹雪」だから、考えることは同じはず。

私は視線を戻して、わいわいと楽しく盛り上がってるみんなを見た。

加賀さんは顔が青ざめている。それを見てすごく笑っている瑞鶴さんに摩耶さん、比叡さん、そして金剛さん。

赤城さんは霧島さんと夕立ちゃんにお菓子を渡していた。


私は神通さんと目があった。そして私は特に何もなかったようにして、今度の話題に耳を傾ける。

でも、なぜかもやもやした。私はみんなが笑っている雰囲気を利用して笑い、あくまでも自然に周りを確認した。

そして、もう一度神通さんと目があった。

摩耶「じゃあ次は誰を餌食にしてやろうかなぁ?」

この質問大会を始めたのは神通さんだ。みんな楽しそうにしているのに、なぜか発案者の神通さんは笑っていなかった。真剣に、何かを見定めていた。

たぶん神通さんは、私をずっと見ていた。私が気がつかなかっただけで、片時も私から目を離さずにいたんだ。だって今も私を監視する意識は途切れていないから。

私は急に怖くなった。もしかして本当はばれているんじゃないのか、いや最初から気がついていたのかもしれない。知っていたから、こんな楽しそうに、こんな事が。

こんなこと。そうだ私は今何をしてる。


摩耶「じゃあ次はふ、」

吹雪「あの?と、トイレ行ってもいいですか?」

私はできるだけ小さく手を挙げた。今すぐにでもここから逃げだして、この質問大会が終わるまでトイレに逃げ込まないといけない。そう思ったからだ。

私は今、自分が置かれている現実に寒気がした。

神通さんは、たぶん私に気がついてる。そうでもないと、こんなことは始めないから。

一体いつからだろう。私だって用心して、下手なことは喋らないようにしていた。

少しでもこの艦隊の関係について話し、答えに矛盾があれば、疑いの目を向けられるのはわかっていたからだ。

名前の呼び方は簡単だ。私だったらこの人をこう呼ぶ、って思いついたのが正解なのだから。

神通「では吹雪さんが戻ってくるまで中断にしましょうか」

今まで一言も喋らなかった神通さんは、その時初めて、小さく呟いた。私は立ち上がった所で青ざめ、急いで遠慮する。

吹雪「いえ!そんな私になんか気にしないで続けていてください」


神通「いいえ。これはまだ配属されて間もない吹雪さん達の為に催した企画ですから、当事者がいないのに進行するのは、意に反します。どうぞ、ゆっくりトイレに行ってきてください」

そう私を見据えて、きっぱり断った神通にみんな納得したようようで、一時中断してしまった。

私は緊張とストレスでぐるぐるになった頭を巡ぐらせる。

神通さんがいつから気がついていたのか。いや、そんなことよりも今どうこの場を切り抜け、企画を終わらせるか、それを考えないと。

瑞鶴「どうしたの吹雪?なんだか顔色悪いわよ?」

隣にいる瑞鶴さんは、私の顔を覗き込むと心配そうに見つめた。

その優しい表情が今の私には、どうしても裏があるんじゃないかと思えてくる。

本当は初めから私の正体を知っていて、弄んでいる。そんな風に思えて、しょうがない。

だからって表に出すわけにいかない。私は笑顔を無理やり取り繕う。

吹雪「....いえ、大丈夫、です」

私はもう一度座り直すと、深く深呼吸をした。

神通「トイレはいいのですか?」

そう言われて私はトイレに行こうとしていたのを思い出した。


吹雪「あ!えっと、大丈夫です。心配しなくても、いいですよ?」

加賀「神通。一つ質問してもいいかしら」

私を心配して静まった空気の中、加賀さんの無機質で冷たい、私がさっきまで抱いていた加賀さんのイメージに近い、あの声が一つ響いた。

神通「ええどうぞ」

加賀「私は神通を思慮深い艦娘と考えています。だから改めてお互いのことをよく知るために催しを開いた、そう言いましたが、真意は他にあると今確信しました。それを私は聞きたいのです」

神通「そうですね。茶番はもう終わりにしましょうか。では残り二つの質問で終わりとします。最後までルールに沿って切りよく終わらせましょうか。ちょうど、大富豪のテーブルゲームのように」

大富豪のゲームっていうのが私にはよくわからないけど、加賀さんは神通さんの一言に納得したようで、一度頷くと静かに目を閉じた。

でも何かに納得したのは加賀さんだけみたいで、それ以外の人たちはさっぱりわからない、そんな顔つきをしている。

腕を組み、難しい顔をして話を聞いていた摩耶さんは声を出した。

摩耶「あたしは神通に質問する」

神通「えぇどうぞ」

摩耶「どうしてこれを始めた?」

簡単ですよ、と、流れるように素っ気なく答える。少しも眉を動かさず、顔色一つも変えないで。そして何度も、よく見た、死人のような瞳が私を捉えた。

神通「そこの吹雪さんが、私たちのよく知る吹雪さんではないと思い、暴くため、これを始めました」


静まり、凍りついていた雰囲気が、さらに温度を下げる。そう感じたのは、私の正体が見透かされたと同時に走る悪寒と、冷や汗のせいだと、そう信じたい。

私に向けられる眼差しは、案じから、疑惑に変わったような気がしたからだ。

摩耶「....吹雪?それはほんとか?」

でもいくら私は疑われていても、それを覆すことができるんだ。

切り札、文字通りカードがある。それは吹雪さんから渡された、留萌の吹雪と証明できるカード。

私は疑いを晴らすため、ポケットに手を入れ、それを取り出し、床の上に置いた。

吹雪「....私は、吹雪ですよ。なんで、疑うんですか?」

神通「私たちのよく知る吹雪さんはお人好しで、馬鹿正直です。だから留萌の艦娘と物的に証明できても、あの吹雪さんなら、相手に入れ込んでしまい、カードを渡してしまうはずです」

もっと強く釘を刺しておくべきでした、と神通さんはこめかみを抑えながらそう言った。

でもいくら神通さんがそう言ったって、同じ吹雪なんだから、見分けることはできないはず。だからここまで馴染むことができたんだ。

吹雪「神通さん?なんで、信じてくれないんですか?」

まるで追い討ちをかけているみたいだ。絶対にバレないとわかっている安心感から、そう言ったんだと、私は今思いついた。そして、こうとも直感した。私は留萌の吹雪さんになろうとしている。


何を今更、私はずっと吹雪さんになろうとしていた。

いいやなりたかったんだ。吹雪が、吹雪さんを演じているっていう違和感を捨てて、本当に吹雪さんになりたかったんだ。

私と吹雪さんは何もかもが同じなんだ。身長も体重も、頭から足の先まで、考えることだって、多分同じはず。

それなのに、どうして私の居場所はここじゃないんだ。羨ましい、妬ましい、イライラする。

だからもう少し、後少しで、私は吹雪さんになれる。

ここで全部バレて、水の泡となるのだけは、ごめんだ。防げるためだったら、なんだってやれる。

神通「私は吹雪さんの元教育係ですから、よく吹雪さんのことは見ていました。だから断言します。あなたは吹雪さんではないですね」

吹雪「そんなわけ、ないです。私は、私は!吹雪なんです!!」

神通「なら私はあなたに質問します」

あなたが初めて海上に立ち上がった時、どうなりました。そしてその後、あなたはどうなりました。


そんな簡単な質問なんだと、私は拍子抜けした。だって答えは一つしかない。

吹雪「普通に立ち上がって、海を滑りました」

生まれてまもない私は普通に海の上に立てた。それは軍艦だった頃の体感が、魂に残っていているからだ。

海の上に浮かぶ、その艦娘でいう、歩くと何も変わらない動作の一環。

それは私と同じ捨て艦で、今はもう一度暗い水底で眠っている夕立ちゃんも、それは同じだった。

だからはっきり言える。嘘も何も必要ない、艦娘ならできて当然のことのはず。

神通「....やっぱりですか。あのお人好しは....」

今まで目を伏せていた加賀さんは急に立ち上がった。そして瑞鶴さんの方を向くと淡々と話し始めた。

加賀「瑞鶴私と来なさい。今からこの鎮守府の出撃記録を調べに行きます」

瑞鶴「わかりました」

瑞鶴さんも立ち上がると急いで部屋を出て行く支度を始めた。

金剛「加賀、いつでも出撃できるよう海辺で待機してますね。どこに出撃したか判明したら連絡をください。比叡、霧島。外に向かいます」

摩耶「あたしもいく。いいだろ」

金剛「ええ一人でも仲間が多い方が助かります」

赤城「では私は提督と榛名さんを抑えておきます。公になったら面倒ですからね」

吹雪「ちょっ!ちょっと待ってください!」


私は、何も間違えていない。艦娘ならできて当たり前のことなのに、何を間違えたっていうんだ。

そんなの、艦娘としておかしい。海の上を進むことができない船なんて、欠陥品もいいところじゃないか。

神通「黙っててもらえませんか。今の私は虫の居所が悪くてしかたありません。それ以上喋られると、私はあなたを殺してしまいそうです。だから黙ってなさい」

身震いしそうなくらい冷ややかな声。私を見てはいないのに、言葉の刃物を喉元に突き立てられているような錯覚を感じた。

赤城「この雨は、通り雨ですから、今は小雨でも、いつやんでしまうかわかりませんね。でも幸いなことに、空母の艦娘が一体でもいれば行軍は中断して、今は雨が止むまで待機しているはずです。それにかけましょう」

赤城さんのどこか他人行儀な声が聞こえ、私はそっちを向いた。

窓辺で雨の様子を伺っていた赤城さんは、私の視線に気がつくと、少しだけ私を見つめ、そしてすぐに興味を失くしたようで、さっさと自分のするべきことを果たしに行った。


怖い、怖い。私はどうなるんだろう。

もしも吹雪さんが戻ってきたら、私はどうなるんだろう。

もしも吹雪さんは戻ってこなかった、私はどうなるんだろう。

二つに一つじゃなくて、両方とも、私にこの後突きつけられる現実は非情なものに違いないはず。だから怖い。

ねぇ、と私のすぐ近くで声がした。その声は私の右隣からしていて、そこに座っていたのはは夕立ちゃんだったはず。

案の定、私をじっと見つめている夕立ちゃんがいた。

吹雪「....なんですか」

夕立「入れ替わってたんだね」

吹雪「そうですよ?だからなんですか?」

どうせ夕立ちゃんは、私のことを卑怯な奴だって思っているはず。

私は捨て艦の吹雪の話をした。だから夕立ちゃんは、今吹雪さんがどんな状況下で戦っていて、ひどい目にあっているってことを知っているはず。

そこまで知っていて、私のことを卑怯者だって言わない人なんていない。

夕立「私の秘密教えてあげようと思ってさ。実はね、私、前の鎮守府で捨て艦だったんだよ。だから、痛いほどよくわかるの。あなたの気持ち」

雨、これから強くなるっぽい。私もこんな天気だった時に壊れたから、よくわかるの。

そう言って夕立ちゃんは雨脚が強くなってきた外の景色を見て、窓を滴る水滴と同じように、涙が頬を伝ってゆく。

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今日は終了です。また明日更新するかもしれませんし、しないかもしれません。またがんばります。それとあまり関係ないような気もしますが、今でも2ヶ月書き込みがないスレって落ちますか?2ヶ月経った後に更新したお話があって、見つからなくなったので、気になってます。


最近は管理されてないみたいだから2ヶ月過ぎても落ちない気がするけど原則は>>1の書き込みが2ヶ月もしくは1ヶ月一切書込みがなければ落ちる

>>97
ウェブ検索だと出てくるんですけど、スマホのアプリだと出てこないんで落ちたと思ってました。宣伝臭くてすみませんでした。またがんばります。


目を瞑ると現れる、壁のようにのっぺりと広がる暗闇とは違う、右も左も、後ろも前も、果てしなく続く、広大な闇の海原。

目を開くと現れたのそれだった。私は手を伸ばした、そんなような気がする。

どうして、ような気がしたのか。理由は手を伸ばしたはずなのに、闇に覆い隠されて、見当たらないから。

こんな真っ暗中に、私は立っているのか、寝そべっているのか、はたまた浮かんでいるのか沈んでいるのか、にっちもさっちもわからないけど、怖くないのが不思議でたまらない。

私は腕を体の隣に戻した。そして目を瞑り果てしない暗闇を遮って、耳をすました。静かに流れる水の音がする。

あぁ思い出した。ここが一体どこなのか。そうだ、私の体全てを覆い尽くすこの闇は、深海だ。

ソロモン諸島とフロリダ諸島に挟まれた海域。鉄塔海峡、アイアンボトムサウンドから少し離れたサボ島付近の海域。

ばらばらになったたくさんの私と、広がる鉄くずの墓場。水深5100メートルの海底。私の墓場だ。


流れる水の音に乗って、誰かの声が聞こえた。その声は泣いていて、すごく悲しそうだった。

どうして泣いているのか気になった私は、ばらばらになっている私を辿り、その声の元へと向かう。

すると私の胸の奥が、その悲しみに共鳴するように張り裂けそうに鼓動を始めた。

だれかがいた。私の記憶にはない、そのだれかの後ろ姿は、真っ白な髪の毛と、ワンピースでぽつりと闇の中に現れた。

ねぇどうしてないてるの。私はそうきいた。

すすり泣く声がやんで、その人はこういった。私は、いつまでここに、とりのこされているの。と。

いつまでもはないよ。いつかはここをぬけられる。だって私がそうだから。

おもしろいこというんだね。どうして作り物の吹雪が、そんなことをいえるの。そう自虐する笑い声といっしょに吐き出しされたことば。反論する。

どうしてって、わたしはあなただから、わたしがここをぬけだせたのなら、あなただって、いつかはわたしとおなじようになれるはず。


この姿でもそう言えるの。目の前の私は立ち上がった。

そうして全身が明らかになると、私はやっと気がついた。真っ白なのは、何も髪の毛と服だけじゃないと。

腕も脚も、全身が死人のように真っ白で、服だと思っていたワンピースは、まるで体と同化しているみたいに、くびれた曲線を描いていた。

でもそんな些細なことよりも、左腕の方に目が移った。

黒くてごつごつとした、魚の尾に水かきが広がったような腕。

そして体内の抑えきれない絶望は、内側から黒々とした皮膚に亀裂を生じさせていて、その絶え間なく広がる裂傷を塞ぐためにできた、まだ赤く、新しいケロイドが脈々と盛り上がっていた。

ゆっくりと、目の前の私は振り返った。

そしてその顔は、瓜二つの顔。鏡を見ると必ず現れる、その顔。同じ身長、同じ体重。同じ髪型をした私だった。

でも明らかに違うのは、おでこに生えた二つの角だった。


あの角には見憶えがある。あれは深海棲艦だ。そしてこの人は、深海棲艦の、私だ。

吹雪「この姿を見ても、マダそう言えるの?言えないよね。だってあなたは作り物の「吹雪」で、混濁した魂の塊だもん」

吹雪「....なにいってるの」

吹雪「そう、あなたはワタシ。でもあなたは「吹雪」じゃない。吹雪であっても「吹雪」じゃない」

わたしの質問をむしして、うたうようにまくしたてる。ことばであそんでいるみたいだ。

吹雪「だからワタシはアナタがうらめしいの。だってホンモノのワタシはココにトリノコサレテ、ホンモノの吹雪は沈むウンメイからのがれられない」

にくい。と、つぶやいて、わたしのほおに、さかなのおのようなてがふれた。

やけどするくらいにあつくていたくて、わたしはちいさく、ひきつったこえをだした。

フブキ「ネェ、ワタシト、カワッテヨ。アナタガワタシニナッテ、ワタシガ、アナタニナリタイノ。イイデショ?カンタンデショ?マザリキッタ、タマシイナラ、ヒトツイレカワッテモ、モンダイナイカラサ」

こわくなっタわたしは、メをつよくつぶっタ。するとわたしのテノかんかくに、いわかんがあらわれた。つめたい、ひふのかんかく。

フブキ「エ?」

吹雪「入れ替わった!!入れ替わった!!」

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少ないですけど今日はおしまいです。道草屋から始まり、とうとうサイトにクレカ登録した今日この頃。語感と言葉のリズムがとても勉強になります。身の上話ですみません。またがんばります。


誰かが見えた。誰かは、わからないけど、記憶の片隅にあるその人は、めんどくさがりで喋り方も適当だから、最初は怖いと思った人だ。

でも、誰かを守るっていうことを、いつも真剣に考えている、本当は優しい人だった。

その人が必死そうに何かを言ってる。それすらも聞き取れない。

私は落ちた。意識の底へと誘われ、世界は暗く閉ざされる。

匂い。五感のうち、嗅覚だけが私の存在を保証する。

その匂いは湿っているけど、ずっと嗅いでられる、あの人の匂い。

道着はすぐに匂いが篭るし、汗で黴るからと言って毎日洗濯を欠かさない、あの人の匂いは洗剤と柔軟剤の香り。

替えの服を用意すればいいのに、と私が言っても、必要最低限に拘るあの面倒い人の匂いだ。

そして再び、世界は深く閉ざされた。


今度は私じゃない誰かの記憶だ。火傷の跡だろう。赤色の斑点が広がるその手に、小さな私は乗っかっている。

私はその人の顔を見ようとした。でも靄がかかっていて、まるでわからない。だってこの記憶は、私じゃない記憶の断片だから。

でも頭に被っている帽子には見覚えがある。よく目立つ金色の錨に上に咲く、真っ白な桜花。そして金の桜葉と、まだ芽吹いてない桜の花蕾が施された紋章。

よくみるあの帽子だ。誰だろと、私がその顔に手を伸ばしたところで、ぷつりその映像は途切れた。

もっと底へ。もっと、もっと。

またあそこだ。真っ暗で、温かな水圧が私を覆い尽くし、ばらばらの私が何人も転がっている墓。

鉄底海峡に私は戻ってきている。でもだれの声もしない。みんな眠っているみたいだ。

私は、さっきの私を探すために、ばらばらの私に意識を繋げるように集中する。

でもできなかった。私は吹雪から独立しているからだった。思い出した。


ふっと、足元の暗闇が光を帯びた。。カーテンに差し込む太陽の光みたいな一束が、突き上げるように上に向かっている。

どこまでも、どこまでも伸びてもその先は見えない。光線はもっと増える。果てしなく広がる。

ふと私は初めての夜勤でみた夜明けの水平線を思い出した。

あの時と似ていると思った頃には、光の壁は私の足元まで近づいてきていた。

足が光に飲み込まれた時、私の両頬に熱い感触が伝わった。冷え込んだ体が熱いお風呂に入ると痛む、体温を無理やり奪い尽くそうとする痛みと同じ。

私は深海棲艦の私に邂逅していると察した。憎悪、悲嘆、絶望、流れ込んでくる感情。寒い、冷たい。

だから私も深海棲艦の私に感情を流し込む。押し返すように。でも今の私が抱く感情は、憎しみに対をなす、幸せじゃない。

私はだれ。この吹雪の体を動かしているのは、私のなの、それとも、深海棲艦のあなた。

実は入れ替わったと思っているだけで、私は捨て艦の吹雪さんと入れ替わってなくて、本当の私なのかもしれない。たくさんいる私。

支離滅裂な疑問。感情とは名ばかりで、整理しきれてないから、たんなる問いかけに近い。


教えて、教えてよ。そう何度も訴え続けると、流れ込む感情は途切れ途切れになり、ついには止んだ。

そして迫ってくる光が私の首元を覆い尽くしたところで、私に言葉が流れ込んできた。

私はいつでも吹雪を見ている。あなたでもあるし、あなたでもない、多くの吹雪を。でもそれは私だけじゃない。そしてあなただけの話でもない。よく覚えおいて。

痛みが離れていく。それは私の頬を包む手が離れていったということだ。目を瞑り、その時を待つ。光が私を完全に飲み込む。

首ががくりと落ちた。それに驚いた私の意識は一気に目覚めると、起きましたか、と私の左耳に小さく囁かれた。

それは午後の講習の最中に気持ちよく微睡んでいる私によくやってくる、あの人の起こし方だ。

吹雪「...ここは」

神通「どこだと思いますか?」

私は強く神通さんに引き寄せられた。お腹辺りに感じる温かみに誘われて、視点を移すと、私の小さい胸の下に神通さんの腕が巻きついていた。

そして私は自分が全裸なんだと知った。

急に恥ずかしくなってきた。そもそもどういう状況なんだろう。


吹雪「あの!!はい大丈夫です!」

立ち上がろうとして、神通さんの腕を解こうとした。そして私は絶句する。

神通「動かないで。あなたの大丈夫は何も大丈夫じゃないのだから。大人しく入渠が終わるまでじっとしていなさい」

左の肘から先が無かった。先端は丸く、皮膚で覆われているから中は見えないけど、そんなことより、その光景に怖くなって傷跡を湯船に漬けると、うごめいてどんどん腕が伸びていっている。

それに再生していく腕の中で、骨が形成されている感覚がもっと怖かった。

そしてまた神通に引き寄せられた。力が入らない私は元の位置に戻る。

沈黙。長い、沈黙。ぎゅっと抱きしめられた私は、まだ状況が飲み込めていない。私は記憶を辿ろうと思った。

体に打ち付ける激しい雨と、麻痺した体に向けられた、殺意。

何も見えないし、聞こえないと感覚だけが研ぎ澄まされるから感じることができた。そしてぷつりと切り離されたんだ。

吹雪「どうして、私は生きているんですか」

鳴り響いた砲弾の爆音は、確かに響いた。そして私は、自分の墓場。鉄底海峡にもういちど戻り。

頭の中がぐちゃぐちゃになる。その先を考えることを拒否するように頭痛が遮った。


神通「まるで自分は生きていてはいけないみたいな言い草ですね。まぁ、そんなことはどうでもいいです。ギリギリセーフ、と言ったことです」

吹雪「ギリギリセーフ?」

神通「ええ、ギリギリセーフです。金剛さん率いる艦隊が倒れているあなたを見つけた、ということです」

でもあの砲音は、と私が呟くと。

神通「言ったでしょう。ギリギリセーフと。....あなたは金剛さんに後でお礼を言いなさい。絶対にです。ここにいられるのは、金剛さんが決断したおかげなのだから。良いですね、絶対にです」

私はあの砲音は、金剛さんが放ったものだと察した。

一か八かだからだ。大井さんは私を撃とうとした。でも狙っていたのが艦娘じゃなくて、深海棲艦だったら。

もしそうだったら金剛さんは、他の鎮守府の艦娘に砲を向けたことになる。それがどれだけ問題になるかは、痛いほど私は実感している。

そんなリスクを背負って、しかも確証がないのに決断したと、神通さんは言っているんだ。





更新遅れて本当にすみません!バッテリー問題はなんとか解決したんですけど、それから先がてんやわんやで、書けれませんでした....。まだ続くのでまた頑張ります!

そして関係ないんですが、年末年始に一人旅行で呉に行ってきました。その時に撮った加賀さんと、以前横須賀に珍しくいた加賀さんの写真を貼ります。あまり上手ではないですが、お納めください。

呉の加賀さん
https://i.imgur.com/HDmAMM8.jpg

横須賀の加賀さん
https://i.imgur.com/6ytqZZo.jpg


吹雪「.....わかりました」

神通「でも、まぁすぎた話ですから、大雑把な金剛さんはそんな小さなことは気にしないでしょうね」

そう言われて、頬を赤らめて適当にあしらおうとする金剛さんの姿が想像できた。

金剛さんは、褒められるのは苦手だから、そうなったらすぐにその場から逃げようとする。

そしてそれを面白がっていつも褒めちぎるのは摩耶さんだ。あの二人はいつもセットだから。

神通「それに、例え間違っていても大した問題にはなりませんからね。私たちは」


それもそうだ。と思っていると、お腹辺りに伝わる力が強くなって、体がもっと神通さんに引き寄せられた。

背中に感じる神通さんの鼓動は、私よりもずっとゆっくりしていた。

そして私の後頭部に神通さんは顔を押し付けて、小さな声で、すり減らした心の破片を、私に向ける。

神通「なんで、あなたはいつもそうやって無謀を繰り返すんですか。あなたが繰り返す、その無謀は、身を滅ぼすことになる、自信しか与えないのに」

身を滅ぼすことになる、自信。曙ちゃんが死んじゃったのは、それが理由だった。

私はできる。期待以上の働きをして、認められよう必要とされよう、その誰だって抱く、当たり前の気持ちが、曙ちゃん自身を死に追いやった。


求めよ、さらば与えられん。なんて言うけど、私たちは艦娘だ。人間と同じで変わりようがない、ただの艦娘だ。

艦娘も人と同じで、何が何でも掴みたいものがある。

惨めでも、泥臭くても、周りに間違ってるって言われても、それでも掴みとりたかったものが、死んじゃった曙ちゃんにもあって、私にもある。

たぶん、私と曙ちゃんは、同じものを望んでいるはず。でも本質は違う。

私が望み、曙ちゃんが抱いていたそれは、強さ。

曙ちゃんは、たぶん認められたかったんだ。強さで、自分に存在理由を与えたかったんだ。

何者で、何物かわからない艦娘。そのあやふやが曙ちゃんは恐くて、たしかな、実態はないけど、空気のようにまとわりつく強さにすがることで、その怖さから逃げようとしていたんだ。


結果として、強さを得る過程で死んじゃった曙ちゃんだけど、曙ちゃんの求めていた答えは間違ってなんかない。

私たち艦娘は、強さでしか、自分に価値を与えられないから。

私だってそうだから、そう言える。みんなだってそうだから、強くやめてとは言えない。

強く言えないから、神通さんは恐れているんだ。私が曙ちゃんと同じ結末で終えてしまうことを。そして自分が苦しむことを。

神通さんは、曙ちゃんの介錯をした。

どうしても、連れて帰るにはリスクが高くて、途中で死んじゃうようなら、旗艦はその艦娘を楽にしないといけない。理由は他にもあるけど、それは私はまだ知らない。

それを神通さんはした。無理やり貼り付けた無表情と、あの目は忘れられない。

その時は、私は神通さんに対して、こう思ってしまった。仲間を殺す最低な人なんだって。

でもそれは正された。曙ちゃんの通夜の夜、私が一人海岸沿いの堤防で海を眺めていた時の話。


何も考えられなくて、何も考えたくない。私と一緒だった、大切な人が急にいなくなって、空いた心から、感情が吹き出してしまってた時、私を心配してやってきた、榛名さんがこう話してくれたからだ。

みんな死を恐れてる、恐くなんかない人や、艦娘はどこにもいない。

そして、神通さんは人一倍、死に敏感で怖がりなんだって。

コーヒーカップを両手で包み込み、私の知らない過去に想いを馳せていた、あの悲しみを帯びた目。

その榛名さんの姿を、私はどうしても忘れられない。もしかしたら、私が何も知らないだけで、もっと深い意味があるんだろう。

神通さんは、あれが初めての介錯ではないと、榛名さんは言った。

そして何度やっても慣れないし、慣れてはいけないと、神通さんは苦しんでいると話してくれた。


だから神通さんは、恐れてる。

私がもし、死にかけて、帰ることができなくなったら、またやりたくないことを、しなくちゃいけないから。

でも、私は。自分のやり方を変えることはできない。

私は、もう曙ちゃんのように、死んでいく艦娘を無視できない。したくなんかないんだ。そう決めたから。

吹雪「それでも、私は強くならないといけないんです。強くなる。誰よりも強くなるっていう目標が、私を今よりずっと強くできるはずですから」

神通「....そんなに、強くなることを焦らないでほしいのだけれど。死に急ぐと変わらないのだから」

吹雪「それでもです」

そう言うと、神通さんは小さく笑った。

笑いどころがわからない私は、馬鹿にされたのかな、たかが駆逐艦がそんな事考えるなんて、と思った。けど。


神通「....あなたと似たような事を、私に向けた人を知っています」

私の後頭部から神通さんは離れた。そして左肩に乗せ直し、頭をもたれる。

ずっと近くにきた神通さんに、私は質問する。

吹雪「それは誰、ですか?」

神通「さぁ、誰でしょうか。あなたの知っている人ですけど、その人について深くは知らない人です。いいえ、特定の人たちしか知らないですから、みんなもよくは知らないですね」

そう言ってはぐらかすと言葉を繋げる。

神通「あなたと似たような事を言った人は、結果として、大切なものをほとんど失いました。そして昔は誰よりも強かったのに、今では戦うことができなくなってしまいました」

私の知らない何かに、想いを馳せる。その懐かしみを帯びた声色は、やっぱり、悲しかった。


吹雪「じゃあ、その人は、今は不幸になったんですか....?」

誰よりも強くなる事を夢見た人が、今ではその末端すらも掴めなくなってしまっている、現状。

夢破れ、永遠に訪れることのない機会を、夢みるのだから、不幸になったはず。

神通「いいえ、その人は不幸じゃないですよ。今では違う幸せを見つけて過ごしてます」

もう一度、小さく笑った神通さん。

神通「それでも、その人は今でも悔やんでいるはずです。だから私には、あなたに死に急いで欲しくはないんです。今回のこともそうです。あなたがどんな意図を持って、入れ替わったかは、さっきの答えではっきりと解りました」


吹雪「.....すみませんでした」

神通「過ぎたことは、もうどうしようありません。次からは....。そういえば、次からは、って言うのは何度めですか。私は過去に何度も何度も言っているような気がしますね」

吹雪「すみませんでした....」

神通「それも聞き飽きました。何回謝ればいいと思っているんですか?だいたい、反省しているんですか?反省しているんだったら....」

神通さんが小言モードに入った。こうなってってしまったら、神通さんが収まるまで他のことを考えてやり過ごすしかない。

ふと、私は無くなった左腕を見た。

私は再生を続けるこの腕が、もしかした次に生えてくるのは、魚の尾ひれみたいなのじゃないかと、妙に不安になった。

なぜかは、理由は見当もつかない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

残り二話くらいで終わりそうです。でも結構長めでキツめの話になると思います。それとここまでで暗めの話になのに見ている人が多いことに驚いてます。ありがとうございます!またがんばります!


私は洗面台の前で左手をあげる。頭より上に持ち上げ、握り、開いたり、閉じたりする。

ぎくしゃくとした違和感はなく、少し前までこの左手は無かった、というの過去は嘘のように感じた。

神通「吹雪さん。遊んでいる暇はありません。さっさと髪の毛を乾かし、服を着替えてください」

神通さんが鏡の中に現れると、私の肩を掴み無理やり椅子に座らせた。

そしてドライヤーを手に取ると、適当に髪の毛を乾かし始めた。

さっきまでの落ち着いた雰囲気はなくなって、少し緊張感が神通さんから漂っている。

私は神通さんにされるがままにすることにした。下手なことを言える雰囲気じゃないからだ。


髪の毛を乾かし終え、私は後ろ髪を一束に纏めて縛る。

その間に神通さんも髪の毛をさっさと乾かしブラッシングを終えていた。そしてお互い服を着る。

神通「戻りますよ」

脱衣所の暖簾をくぐり廊下に出る。ぱたぱたとスリッパの乾いた音が、私と神通さんしかいないこの廊下に寂しく響く。とっても寒い。

神通「.....これから、何が起こるかわかっていますか?」

私の前を歩く神通さんは、振り返らずにそう言った。

何が起こるか。わかっている。私はこれから自分のしたことを、問いただされるのだろう。

朝潮ちゃんが言っていた、他の鎮守府の艦娘と入れ替わったことの責任を。

吹雪「はい、わかってます」

神通「....ならいいです」


ですが、と付け加えた。そして立ち止まらず、顔だけを振り返り、同情するような眼差しを私に向ける。

神通「あなたが思っているよりも、この話は良い結果で終わることだけはない。それを知っていてください」

それから先。私と神通さんとに会話はなかった。黙りこくり、誰ともすれ違わない、廃墟のような静けさの中を歩いて行った。

変な気分だ。まるで、なんかじゃないけど、今から怒られると、知っていてそこに向かう時は、もやもやとした気持ちとはまた違う。

何か、言葉に表せないのは、きっと私が未熟だからだろう。

そして乾いた音は鳴り止んだ。今まで私の知らない道だったけど、ここだけはわかる。

そう、ここは私達が案内された、大部屋の前だ。一度しか見たことがない、この部屋への扉は、以前より重みを増して、私を受け入れようとして佇んでいるのだと感じ取ってしまう。

開きたくない、このまま全部終わってしまいたい、自暴自棄が私に棲みついた。


神通「では私はここで」

神通さんは素っ気なく言うと、私に一礼した。思いもよらなかったその反応に、私は驚き、慌てて静止しようとする。

吹雪「え?神通さんは行かないんですか?」

私は神通さんと一緒に、この扉を開けて中に入るのだと思っていた。そうでもないと、私は拒んでしまうからだ。

嫌がらせか、と思ったけど、神通さんはそれを見透かしたように、私の肩に手を置いて、真剣な瞳が私を捉えた。

神通「吹雪さんの気持ちは理解できます。私も同じ状況に陥ったら、一人より二人で行った方が安心しますから」

ならどうして、と私は思うと、神通さんは言葉を繋げた。

神通「ですが、私にはやらなけらばならないことがあります」


吹雪「やらなければいけないこと?」

神通「私は提督と榛名さんに、やはり今回のことを報告しようと思っているんです」

朝潮ちゃんは言っていた。この問題が公になれば、かなり面倒な問題になると。だったら、黙って沈んでほしいと。

その避けてしまいたい結果を、あえて神通さんは選ぼうとしている。

でも私は、やめてほしい、とは言えない。そう言ってしまうのは、自分のエゴだからだ。

でも理由は気になる。これとエゴは全くの別問題だからだ。

吹雪「私からは、やめてって言えないですけど、神通さん。どうしてですか?」

神通「あの二人は、艦娘と人の死に敏感だからです。赤城さんが失敗するとは思えませんが、いずれ知ってしまうでしょう。そうなったら、なんで教えてくれなかった。と、むしろ激怒するはずです。だからです」


そうして神通さんは私に一礼すると、静かに去っていった。

一人取り残された私は、一度深呼吸をする。そして息を止め、肺に空気を溜め込んで目を閉じた時、ふと思い出す。

こうして扉の前で緊張して深呼吸をしたのは、初めての鎮守府に配属され、提督に挨拶を伺ったときだったと。

なんだか、懐かしみに心を寄せてみると、少しだけ落ち着く。

大体、物事っていうのはうまく終わる。その時だって緊張で張り裂けそうだった。

これからの不安や、周りとの関係。全ての事柄が不安に感じた。でも、なんとかなった。なら、今回だってなんとかなる。そうに決まっている。

私は勇気を出して、ドアノブに手をかける。手汗でねっとりとした手のひらから、ドアノブの、金属の冷たさを感じる。

そして捻り、恐る恐る、ゆっくり、引いていく。


入ってすぐに、私の胸の奥は張り裂けそうに鼓動を始めた。

私と最初に目があったのは私だ。私が部屋にいて、ぺたりと座り込み、怯えた瞳から感情が流れ込んでくる。

全て理解できる。不安だ。絶望だ。あの海岸沿いで倒れ込んでいたそのままの吹雪さんがいる。

場所が違うだけで、何も変わらない。死にかけた、幽霊みたいな表情で、そこに座っていた。

来ましたか。と声がした。無機質で機械的な冷たい声だ。私はその声を持っている人を、二人知っている。

一人は声色が持つ性質を、何も違えることなく純粋に、受け入れてしまった艦娘。

もう一人は、冷たさは表面上だけで、本心はどこまでも人情味に溢れた艦娘だ。

私はスリッパを脱ぎ捨て、急いで襖を超える。そして二人の声の主を見つけると、片方に息苦しさを感じたけど、もう一人が視界に映ると、安心して涙が出そうになった。

加賀「吹雪、こっちにきなさい」


私のよく知る加賀さんが手招きしている。その隣には瑞鶴さんがいて、周りにはみんながいる。

私は嬉しくなって目元を拭いながら返事をして、瑞鶴さんの元に向かう。

そして瑞鶴さんの隣に行き、私はすぐに謝った。

吹雪「瑞鶴さん。すみませんでした」

頭を下げて謝る。私ができることは、これしかない。それに本当に申し訳ないと、しっかり反省している。

でもそんな私の気持ちとは裏腹に、瑞鶴さんは、こう言い放った。

瑞鶴「ごめん、今そんな気分じゃないから。早く頭上げて」

今まで聞いたことのない、瑞鶴さんの声に、私はどきりとする。

いつも笑って許してくれて、笑い転げてくれる瑞鶴さん。

私は言われたとおり、頭をあげる。目の前の瑞鶴さんは、苦虫を噛み潰したような表情で、私から目線をそらしていた。


加賀「吹雪、神通はどうしたの?」

瑞鶴さんの隣のいる加賀さんは、私をちらりと見てそう言った。

吹雪「....神通さんは司令官と、榛名さんのところに」

加賀「....二度手間ですね」

二度手間、という加賀さんの一言に疑問を感じると、私達の後ろの方から声が聞こえた。

揃いましたか、と。椅子が軋み、誰かが立ち上がる音がした。

そして畳と踏みしめる音と共に現れた。その人は、神通さんが今さっきこの件を伝えようとした、一人だ。


榛名「では始めましょうか」

榛名さんが、目を伏せている金剛さんの影から現れると、一本芯が通ったしなやかな背筋と、さらさらして光に靡く黒髪を讃えながら、私達の前に立つ。

その背中は、誰よりもずっと強く感じた、そして。

下を向き座り込んでいる吹雪さん。

棒立ちしていて、何を考えているのかわからない加賀さん。

爪いじりをして不機嫌そうな大井さん。

ポケットに手を入れて、その中で指をリズムよく動かしている北上さん。

床をじっと見つめる朝潮ちゃん。

あの艦隊の人たちに、榛名さんは対峙する。

今日はおしまいです。ここからは榛名さんの出番になります。またがんばります。

あと敷波さんのお話はやりすぎました。すみませんでした。でも敷波さんの一本筋が通った確かなものを掴んだので、また違ったお話を改めて書きたいと思ってます。あとハッピーバレンタインです。榛名さんからチョコをもらう夢を見ます。寝ます。


どうして榛名さんがここに。そう小さく呟いた独り言に。

赤城「失敗しちゃいました」

そう赤城さんの声が聞こえたから、後ろを振り返ると、戯けた雰囲気で、舌を出し、ウィンクをしている赤城さんの姿が見えた。

その隣で、霧島さんがこめかみを押さえて、呆れた顔をしている。

赤城さんを除いて、みんな渋い顔をしている。それでも私は、いまいちわからない。

無理やり、この疎外感を私は飲み込むことにした。


榛名「まずこの件に関して、留萌鎮守府の提督は、黙殺すると決めており、公式に異議申し立てをしないことを先に述べておきます。そして滞りなく、明日の演習を行うつもりです」

それを聞いて、私は少し安心した。けど、誰も何も言われない、なんて都合のいい話は起きないとすぐに直感した。

そもそも、誰が悪いかなんてわかりきっている。勝手に入れ替わった私が悪い。

そしてその問題は、相手側にあるんじゃなくて、こっちにある。

相手に異議申し立てはしないと言っても、身内ならその配慮はいらないはずだ。

加賀「ええ、そうしてもらえると助かります。お互い、不利益になることは避けたいですからね」

榛名「はい、その通りです。今回の件は、何もなかった。そういうことにしましょう」


いとも簡単に話がついた。でも司令官がこの話を黙殺するなんて、想像できなかった。

それは私以外の人たちも同じで、みんな気がつかれないよう驚いた顔をしている。それほど意外な話なんだ。

司令官は、艦娘の処女航海の時にはお守りを渡す人だ。それも手作りで、一つ一つ自分で縫い、出撃の際手渡しをする。

それに異動してきてからの、最初の航海でも手渡しをするらしく、みんな司令官が作ったお守りを持っている。

それほど艦娘に対する思い入れが強い人だ。だから、下手をすればこの場に私はいなかったはずの問題を、何も言わないなんて、誰もが思ってもいなかった。

それに、留萌鎮守府創設初期からいる神通さんでさえ、司令官は激怒すると話していたのに、おかしい。

ずっと棒立ちしたままの、向こうの加賀さんは一礼した。そして立ち去ろうとした時だった。

顔を向こうに向けているから、表情が読み取れない榛名さんの声色が、冷たく、呼び止める。


榛名「まだ話しは終わっていませんよ。勝手に立ち去ろうとされては困ります」

ぴたりと動きが止まった加賀さんは、目だけを動かして榛名さんを捉えると、遅れて体が動き始め、また対面する。もう終わったものだと思っていたんだろう。

加賀「....終わっていないとは?あなたは先ほど、今回の件は何もなかった、と締めくくったではないですか」

榛名「ええ確かにそうは言いました。ですから、これから先は、提督も留萌鎮守府も関係ない、たんなる私怨です」

そちらの艦娘は、私達の吹雪さんに一体何をしようとしたんですか。

あくまで静かに、そして丁寧に。だけど、あえて言葉に棘がある言い方を選んだ榛名さんは続けてこう言った。


榛名「赤城さんから、吹雪さんがそちらの艦娘と入れ替わったとお話を伺った時には、まだ結果だけ明らかになっている状況で、ことの詳細は不明際でした。そしてもしもの事を考慮し、提督をこの件から引き剥がし、私に一任させるように仕向けたら、どういうことですか、これは。金剛お姉様からお話を聞くと、そこの艦娘は、倒れている吹雪さんに砲身を向けていた、と聞きました」

そこで加賀さんは、榛名さんから目線を外して初めて渋い顔をした。そしてその奥で大井さんは舌打ちを小さくつく。そして。

大井「見間違えじゃないですか?大雨ですし、仕方ないことですよね、北上さん?」

北上「ぅえ?....私にふるの....。うん、まぁー大雨だったし、ねぇ、見間違えることは、ありえるねー」

そう適当に流して、ことなきを得ようとした。

榛名「吹雪さん。それは、本当ですか」


振り返った榛名に、私は怖くなった。初めて見る怒りを露わにしている榛名さんは、今までの誰よりも、恐ろしかった。

本当の機械のような加賀さんよりも、初めて深海棲艦と戦った時よりも、ずっと恐ろしい。

私を射抜く眼光に萎縮して、声が出せずじまいになってしまう。うまく口が動かせない。

すると私の手がぎゅっと握られた。その手は、瑞鶴さんだ。

瑞鶴「吹雪、大丈夫だから。答えなさい」

私は瑞鶴さんと目が合う。そしてこくりと頷いて、本当に大丈夫だから、と私に思いが伝わってきた。

瑞鶴さんは、加賀さんの一番弟子だ。どんな道筋があって、師弟関係を超えた関係になったかは知らないけど、艦種も違う二番弟子の私の面倒をいつも見てくれる。

そんな瑞鶴さんに後押しされて、私は榛名さんの問いに答える。

吹雪「私は、大井さんに砲を向けられました」

榛名「だ、そうです」


大井さんが私に向けて明確な殺意と、弔いの言葉。そして重く、鈍い砲弾が装填される音は、紛れもなく、私に向かっていた。

私を気怠げに見ていた大井さんは、みるみる顔色を変え、私を睨みつけてきた。

余計な事を言って、ふざけるな。それは態度だけに現れず、我慢ならないとばかりに、加賀さんを押しのけて、大井さんは前に出てきた。

大井「ええそうよ。私はそこの吹雪を撃とうとしたわよ。何か悪い?」

加賀「大井、あなた....」

大井「加賀さんは黙っててください。話せないなら、私が代わりに話します」

榛名「この後に及んで、開き直りですか?」

榛名さんの呆れた声色を押し返すように、大井さんは強くまくし立てる。


大井「開き直り?違うわよ。そこの吹雪は進軍もままならないくらい、虫の息だったのよ。ねぇ知ってますか?旗艦は、死にかけの艦娘の介錯をしなくてはならないって決まりごと」

神通さんは、曙ちゃんの介錯をした。それは神通さんはその時旗艦で、大井さんが言うように旗艦は、死にかけた艦娘を楽にしなくてはいけないっていう決まりがあるからだ。

でも私にもわかる。大井さんの言っていることは、単なる言い逃れのことくらい。

急に私の手を握る瑞鶴さんの握力が強くなった。少し痛いくらいに。そして小さく、ふざけんな、と震える声で言う。

榛名「ええそうです。旗艦はその役割があります。ですが、私達の加賀さんが言うには、あなた達の旗艦は、そこの加賀さんでした。大井さん旗艦ではないあなたに、介錯をする権限はない。出すぎた行為です」


大井「だから?誰がやっても結果は変わらないのよ。私がやろうと加賀さんがやろうと、北上さんでも構わないわよ。それが出すぎた行為であっても、私達の鎮守府の方針は誰がやっても構わないの。それに関しては口出しは無縁よ。むしろそっちの方が、出すぎた行為だと私は思うわ」

榛名「そうですね。たしかに私は、あなた達の鎮守府の方針に口出しする資格はありません。どんな事をしていようとも、私達には関係がないことです。例え捨て艦をしていても。ですが今回は、こちらの吹雪さんが入れ替わってしまった。その場合、適用される規定がそちらであっても、吹雪さんの所属はこちらにあります。ですから、最終的な審査はこちらの規定に則り行われます。すなわち、あなた達のルールは吹雪さんには適応されません」

大井「笑えるわね」

大井さんは鼻で嘲笑う。そして腕を組み、芝居掛かった話し方を始めた。

大井「ねぇあなた達は、自分達の大切な吹雪を見分けられなかったじゃないの?そこに座ってる吹雪と入れ替わってても、全然気がつかなかったんでしょ?そうやって偽善者ぶって話してるけど、結局はそんなもんよ。証明できるカード一枚ないと、誰が誰だかわからない。表面上の薄っぺらい関係よ。そんな薄情な人たちに、とやかく言われたくないわ」


榛名「.....なんですって」

榛名さんの表面は見えない。だからお腹を抱えて笑い始めた大井さんに、榛名さんはどう映っているんだろう。

後ろ姿でも、威圧感を感じる榛名さんを前にして、どうしてそこまで余裕なんだ。

孤独で生きてきた人は、孤独を知らない。

不意に思い浮かんだ、矛盾したようで、まるでしていないこれに、私は哀しくなった。

この人たちは、孤独を知らないんだ。孤独だから、他人の痛みも、苦しみもわからない。

いいや、わからないはずはないんだ。もう、そんな感情は、この人たちには、残っていないんだ。

すり減って、壊して、最後に海に投げ捨てたんだ。そうすることで、この人たちは生きていられる。


大井「そんなに大切だったら、ちゃんと管理しなさいよ。首輪で括り付けるなり、忘れないように烙印を押すなりして、ちゃんと目印をつけとけば、こうはならなかったんだから。もっとも、そうしたところで、一番仲のいいあなた達がわからないようじゃ、提督自身すらもわからないんでしょうけど」

この人たちもう、人の気持ちに共感する器官を、壊されている。

この鎮守府で、ここの司令官に。もう、どうやっても治らないんだ。

榛名「....その通りです」

感情で高ぶっていた声色は、急に温度を下げ、とても寂しげになった。

それには大井さんも少し驚いたみたいで、ぴたりと笑い声は止まった。

二、三秒間が空いた後、榛名さんは噛み締めるように繋げた。

榛名「私たち艦娘は、その艦娘が前世がどんな軍艦であったかを分かっても、現世で個人を特定することはできないんです。どれだけ仲が良くても、です。私たちは、ゲームの中で生きているわけじゃなく、現実に生きています。何かしら識別できるような手段を講じていても、気休め程度にしかならない。それは、大井さんでもわかっているはずです」

今日はここまでです。台詞が長くてすみません。あと大井さん本当すみません。中々エグいこと言わせて。エクレアの大井さんは本当に素敵でした、本当に。また頑張ります。


大井「....ええ、その通りよ。艦娘は、その艦娘に宿る魂が何かを判別できても、たくさんいる同じ魂を見分けることができないわ。だから、私はこう言わせてもらいます。私たちは悪くない。悪いのは、勝手に入れ替わって迷惑をかけた、この吹雪よ」

そう言いながら歩き始め、座り込み床に釘付けになっている吹雪さんの元へたどり着くと、膝小僧で一度小突いた。力なく吹雪さんは揺れ動く。

大井「あんたが悪いのよ。あんたがあっちの吹雪と入れ替わったせいで、こんなめんどくさいことになったの。大体、あんたなんで生きてるの?捨て艦なら、最初に役割を果たした夕立みたいに、さっさと沈んでくれればいいよかったのに」


私は名前が挙がった夕立ちゃんを、ふと見てしまった。

いつも明るくて、元気で、頼り甲斐がある、私の大切な友達は、真後ろで泣きはじめていた。

夕立ちゃんは、自分が泣いていることに気がついていないみたいで、頬を伝っていく大粒の涙は、ぽたぽたと床に誘われている。

沈んでいった、知らない自分に泣いているんだ。自分がそれだったら何を考えて、動かなくなった体に必死に動けと命令しても、反応しない絶望を共感している。

たぶん、きっとそうだ。そして夕立ちゃんの隣にいる比叡さんが、ポケットからハンカチを取り出して、静かに夕立ちゃんに握らせた。

そうして夕立ちゃんは、自分が泣いていることに気がついた。


瑞鶴さんが私の右手から手を離した。そして床を踏みつける音がした瞬間。

加賀「瑞鶴やめなさい」

と加賀さんが瑞鶴さんを腕で静止していた。

瑞鶴「何でですか。加賀さんの命令でも、私はもう我慢できません。一発ぶん殴らないと気が済みません。退いてください」

私を包み込んでいた瑞鶴さんの手は、強く握りしめられて、今にもあの大井さんに掴みかかると同時に、飛んでいきそうだった。力みすぎて震えている。

加賀「それでもダメです」

瑞鶴「どいて」

加賀「ダメなものはダメです。いいですか、よく聞きなさい。瑞鶴あなたには、しっかりと見てもらいたいんです。吹雪、あなたもです。あれが、壊れる寸前で救いの手を差し伸べられなかった、艦娘の末路です」


その時始めて加賀さんは目を伏せた。そして大きく鼻で息を吸い込み、吐き出す。

ゆっくりと閉じた瞼を開け、よく透き通った瞳の、私が大好きな茶色は、ひどく澱んでいた。

加賀「あれは、もう自問自答を終え、結論を出してしまっています。そしてその信念に従い、戦っている。たとえ今更救いの手を差し伸べても、必ず拒絶します」

あの大井さんだって、最初は私の知っている、本当は優しくて、つい小言を漏らしすぎる世話焼きな大井さんだったはずだ。それが、どうして、こうなってしまったんだろう。

大井「黙ってないで何とか言いなさい。そうやって黙ってればそのうち解放されると思ってるの?ふざけないで。誰のせいだと思ってるのよ」


どんどん沈んでいく、かつての仲間達を見て、大井さんが行動しないわけがない。

絶対にここの司令官に直談判して、どんな手を使ってでもやめさせようとやけになったはずだ。

私の知っている大井さんはそうするはずだ。そして、昔のこの大井さんだって、そうしたはずだ。始まりは、同じだから。

大井「大体、入れ替わった理由はあんたにあるんでしょ。死にたくないから、上手な口実を並べて無理やり迫ったんでしょ」

吹雪「....違い、ます」

そうだ、大井さんは何も悪くないんだ。悪いのは、こうさせてしまった、司令官にある。

壊れてしまう使い方をした、司令官のせいだ。捨て艦なんてふざけた戦法をしたせいでこうなった。


でも、と私に、もう一つ考えがよぎる。違う、司令官だって悪くないと。

捨て艦をしなくてはいけない、この状況がおかしいんだ。根っからの悪人はいないはず。

悪いのは、この戦争を引き起こしている元凶。

深海棲艦が、悪いんだ。

悪いのは、全部深海棲艦だ。こんなのがいなかったら、争う理由なんて何もないんだ。

私は、歩き出していた。

大井「何が違うのよ!好き好んで捨て艦と入れ替わるわけないじゃない!」

吹雪「違うんです...違うんです!」

大井「何が違うのよ、じゃあ言ってみなさい」

私の腕が掴まれる。誰だかはわからないけど、それを振りほどいて、私は歩き続けた。


吹雪「それは....」

大井「ほら言えないじゃない。やっぱりあんたが....」

私は吹雪さんと大井さんこ間に割って入る。そして。

吹雪「違います。私の意思で入れ替わりました。だから吹雪さんのことを悪く言うのはやめてください」

そう目の前の大井さんに言ってやる。にやにやとした笑顔の大井さんは、ふーんと言って。

大井「じゃああんた自殺志願者なのね。なら本当にこの吹雪と入れ替わったら?望み通りの結果になれるわよ。それにそこの吹雪も幸せになれて、願ったり叶ったりじゃない」

吹雪「それは...できません」

大井「ほらできないじゃない。自分が可愛いんでしょ。死にたくない死にたくないって。そうやって可愛い自分を守ってる」


確かに私は死にたくない。そして吹雪さんの代わりに私はなりたくない。

それは、大井さんの言うところの、偽善者、なんだろう。だから私は大井さんに、その偽善を突き立てる。

吹雪「大井さんはなんで偽善者になれないんですか?」

私たちは一度みんな死んでいる。それは前世の軍艦時代に、死を体験して、生き返っているからた。

そして、ここにいる誰にだってわかるはずなんだ。死の恐怖を、その先に待つ、意識を保ったまま暗闇で動くことができない、生に囚われた牢獄、生地獄を。

大井さんは面食らってたじろいだ。

大井「なんでって、それは...」

吹雪「恥ずかしいからですか。だからできないんですか?」

その死を知っているからこそ、私たちは優しくできるはずだ。

大井「....意味がないからよ。そんなことしたところで、何も変わらない、からよ。変わらないから、何したって無駄なのよ!」


吹雪「そんなはずはないです。確かに大井さん一人じゃ何も変わらないかもしれません!でもみんななら!」

弱い者は強い者の犠牲になる。確かに、一人の力は権力を振りかざす、強い人に太刀打ちできない。

でも弱い人達が集まったら、形勢は逆転するはず。大は小を兼ねられても、大は大を束ねることはできない。

同じ力を持つことができるなら、その願いは叶うはずだ。

大井「みんなってだれよ。まさか加賀さんのこと?北上さん?朝潮?この鎮守府に勤めている艦娘のこと?理想を掲げるのは何も知らない子供だけよ。現実はね、不条理で満ちてる。そしてその不条理の中で、生きていくことを強いられてる私は、少しでもましな道を選んで生きていくって決めたのよ!!」

吹雪「どうして不条理の道から逃げようとしないんですか?どうして、そこからましな道を選ぼうとするんですか!?みんながみんな嫌なら、手を合わせて新しい道を造ることだってできるじゃないですか!」


大井「うるさい!あんた達だって何も変わらないじゃない!!あんた達の集まりだって元を辿ればどうしようもない奴らの集まりなんだから!」

大井さんが私を真剣に捉えて右手を挙げた。私は突然のことで対処できず、そのゆっくりと振り下ろされていく残像を追う。そして私は突き飛ばされて尻餅をついた。

榛名「そこまでです」

その振り下ろされた手を、榛名さんが掴み取っていた。掴みとられた手はまだ叩くことを止めようとせず、榛名さんの力と拮抗していた。

榛名「それだけはさせません。私の目の前だけでも、艦娘が艦娘を傷つける行為は、絶対にさせません」

そして榛名さんに掴みとられたままの大井さんの腕は、ゆっくりと体に密着させようと移動を始めた。

でもそれは、大井さんの意思ではないように見える。目を見開いて歯を食い絞り、驚いた顔でその動きを追っているからだ。


榛名「大井さん、落ち着いてください。私は吹雪さんの意見に対して、補足を述べるつもりはありません。そしてこれ以上あなた達への文句も失せました」

どうぞ、このままお引き取りください。その言葉の終わりと共に、大井さんの腕はあるべきところ戻る。そして榛名さんは握力を弱めて、離した。

大井さんは真っ赤に染まった手首を見つめると、摩って震えた声でこう言った。

大井「... バケモノね」

榛名「お好きにどうぞ」

そして大井さんは振り返ると、誰にも目をくれず、そのまま部屋を出ていった。

そして心配したかもしれない、後を追うように、北上さんも急いで出ていった。

ねぇ、と私の近くで、私の声がした。そのすぐ近くにいる私に、私は顔を動かす。


吹雪「....どうしたの?」

今にも泣きそうな、吹雪さんは、ごめんなさいと震える声で何度も言い始めた。何度も、何度も繰り返した。私は。

吹雪「いいんだよ、謝らなくて」

吹雪「だめ、なんです。謝らないと、だめ、なんです!だって私は!捨て艦だってのを隠して吹雪さんにその代わりに押し付けたんだから!」

吹雪「本当にいいの。吹雪さんだって、どうして私がそう言うのか、わかるはずでしょ」

この吹雪さんは、無力で誰の役にも立たなかった、昔の私だ。

吹雪「....わからないです。だって死にそうになったんですよ?それなのに、私を許せるわけがない」

そう、私と同じ吹雪さんだから、この気持ちは理解してくれるはずだ。壊れてしまった大井さんや加賀さんと違うから、同じ気持ち共有できる。

吹雪「だって、もしもあの時、倒れている吹雪さんが私で、あなたが私だったら、同じことするはずだもん。だから、私は怒ってないよ」

吹雪「そんな確証なんてないじゃないですか!」


吹雪「絶対にそうするよ。だって、私だったらそう考えるから」

そして吹雪さんは泣き始めた。おんおんと大きな声をあげて。

私は吹雪さんを抱きしめて、背中をさすってあげる。吹雪さんの体を、真冬の風に晒されたみたいに、冷たかった。

私は想像する。吹き付ける冷たい風に、傷口を嬲られて、深く絶望している姿を。

なんて考えるか。そうだ、こうやって考える。この世界に生まれたことを恨んで、どうして私は生きてしまったんだろうと。

何度も問いかけて、絶望を凝縮させては、次は死ぬんだろうと、違う絶望を混ぜ合わせる。

そして、吹雪さんが私と入れ替わってくれたら、私はどう思う、こう思う。

帰って来なければいいのにと。このまま私が、留萌の吹雪になれば幸せになれる。あんな目にあうのはごめんだと、絶対にそう考える。

だから私は、吹雪さんを恨まない。

榛名「.....加賀さん、一つ、意見してもいいでしょうか」

加賀「ええどうぞ」

榛名「一度、そちらの提督に具申してはどうでしょうか。この吹雪さんの扱いについて」


加賀「....この吹雪だけですか?それは不公平です。この吹雪の他にも捨て艦はいます。それは一日に五体ほど使われます。それなのに特別になんておかしいではないでしょうか?」

榛名「ええ加賀さんのいうとおりです。ですが、最初の一歩を踏み出すことは、必要でしょう?」

加賀「....それも、そうですね」

それを聞いて私は驚いた。そして吹雪さんも驚いたみたいで、加賀さんの方を向いた。もしかしたら。

加賀「この鎮守府には、確かに問題があります、それを認めましょう。私なりに、最善の行動を尽くしてみます」

吹雪「だって!!吹雪さん!!」

呆けた表情で吹雪さんは口を半開きだ。それを私は揺さぶる。

力なく大きく揺れる吹雪さんは、徐々に明るさを取り戻していき、幽霊みたいな、あの顔がなくなっていく。


吹雪「....本当ですか?」

加賀「ええ。本当です」

私は嬉しくなってもう一度吹雪さんを強く抱きしめる。

さっきまで冷え切っていた体は、ほんの少し温かみを帯びていた。そして吹雪さんも私を強く抱きしめ返してくれる。

吹雪「吹雪さん、これから頑張ろう」

吹雪「はい!今は全然弱いですけど、いつか、吹雪さんみたいな強い艦娘に、絶対になります!」

私は吹雪さんから離れて、しっかりとその見知った顔を見つめて。

吹雪「いい!次に私にあう時までには、強くなっててよ!約束だよ」

小指を差し出す。それを見た吹雪さんは、こくりと頷くて、差し出した指に小指を絡めた。

吹雪「はい!絶対に強くなります!でも、次会った時に、私より弱いのはだけはやめてくださいね?」

冗談めかしてそう言うと、吹き出して笑った。それにつられて、私も笑ってしまう。


加賀「吹雪、提督の元へ向かうわよ」

と向こうの加賀さんの、吹雪さんを呼ぶ声がした。その声に吹雪さんは振り向いた。そして。

吹雪「それじゃあ、行かないと」

吹雪さんは立ち上がると、一度私に頭を下げてる。ありがとうございました、そう礼を告げると、加賀さん、朝潮ちゃんと共に部屋を出ていった。

私は吹雪さんを見送った後、急に力でなくなってよろけてしまう。

ふらついて、倒れそうになったところで、誰かに支えられる。

摩耶「よし、よくがんばったぞ。吹雪」

そしてそのまま床に私を座らせる。摩耶さんに、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜられていても、抵抗する力が入らない。くたくただ。

瑞鶴「アホ吹雪、なんでこんなことしたのよ」

瑞鶴さんが、私の目の前に座り込む。すごく怒っているのが伝わってくる。でも、まぁいいかと言うと、笑って私を引き寄せた。


瑞鶴「おかえり。あと、さっきはかっこよかったわよ」

ぱん、と手を叩いた音がした。そして。

榛名「はい!みなさんこれで一件落着です!」

一気に緊張感漂う雰囲気が紐解かれ、解放される。

誰かは布団に飛び込み呻き声をあげるし、喜びの声をあげてある人もいる。

榛名「ですが吹雪さん」

そんな中、瑞鶴さんに強く抱きしめられたままの私に、榛名さんは近寄ってきた。

さっきまでの真剣さと違う、優しさに満ちた、いつもの榛名さんだ。


榛名「提督にこっぴどく怒られると思うので、それだけは覚悟してくださいね」

怖いですからねと、笑顔で榛名さんは言った。そしてこう続ける。

榛名「人によって、正しさは違います。みんな自分の道が、疑心暗鬼でも正しいと思っています。そして、その正しさを他者に証明するには、その人の正しさに優っていないといけません」

明日からの演習で、私達の正しさを証明してくださいね。

そう言うと、榛名さんは部屋を出ていった。たぶん、司令官の元へ向かったんだろう。

川内「あー!よく寝た。.....なにこの状況」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日ぶんはおしまいです。そして後一回の更新で終わります。たぶん来週あたりで終わらせます。またがんばります。


私はマイクロバスから流れる風景をぼんやりと眺める。

木々の間からは、見慣れた海原が広がっている。どこまでも続いているような、水平線。

それはいつか陸が遮ってしまって、どこまでも続く水平線、なんて嘘なんだと証明してしまう。

帰りの車内は、行きの活気付いてたのと違って、あんなり馬鹿騒ぎしていた金剛さんと摩耶さんでさえも、今は眠っている。

神通さんも、赤城さんも、司令官に榛名さん。それに夕立ちゃんも、みんな眠っている。

そんな中、私だけは、どうしても眠れない。


演習の結果は、私たちが、相手を完膚なきまでに叩き潰した。

歴然とした結果だった。相手の艦隊は、私たちには手も足も出なく、私たちはというと、ほとんど無傷の状態で終わった。

その結果に呆然していた向こうの司令官の顔が、今でも忘れられない。

そして圧勝したということは、私たちの正しさが向こうより優れていた、ということだ。

そして、私は入れ替わった事件の後、すぐに司令官に怒られると思っていた。

けど、司令官は演習中、すごく不機嫌だった。そのせいか、まだ私は司令官に怒られてない。

そのことについて、秘書艦の榛名さんは私を呼び出して、こう言った。


榛名「おそらく提督は吹雪さんを咎めません。ですが、二度と同じことをしないよう、肝に命じてください」

そして遠征が終わるや否や、私たちは挨拶する機会も与えられず、さっさと荷物を纏めて、こうして帰っている。それが原因で、みんな眠りこくっている。

相変わらず続く風景に飽きてしまった私は、加賀さんから貰った睡眠薬を五錠取り出して、飲み干す。

ついさっきも三錠飲んだのに、眠れない。本当にこれは睡眠薬なのかな、と思った私は一応確認するけど、やっぱり睡眠薬だ。もう一錠だけ飲んでおく。

不眠が続いている。原因は、眠りに落ちる寸前になると、一気に意識は呼び戻されるせいだからだ。理由は、もちろんわかっている。

私は鈍痛が響く頭を窓にもたれる。体が熱っぽいと、外の空気に冷やされた窓ガラスが、心地よく感じる。

私は目を瞑り、自然と意識が落ちてくれることに期待する。


それは笑い声だ。その笑い声はすごく自虐的で、聞いているこっちまで、やりきれなくなってくる。

頭を抱えて泣いてしまった人もいるし、全てがぐちゃぐちゃだ。抑圧された感情が破裂してしまっている。

私は目を開く。やっぱり眠れない。暗闇は、すごく怖い。そのまま引き摺り込まれてしまって、戻れなくなりそうだからだ。

私は強く髪の毛を引っ張り、頭を叩いた。忘れろ、忘れろ。痛さが和らいで消えて無くなるように、この痛みを孕む記憶も、霧が空中でなくなるように、跡形もなく、どこかに行ってほしい。

でも私の願いとは裏腹に、走馬灯のように、記憶が脳裏を駆け巡る。

まだ太陽が顔を出して間もない時間。今日から演習が始まるっていうのに、早起きしてしまった私は、性懲りも無く、また外に出たいと思った。

こっぴどく怒られて、外に出るなって言われていたのに、私は準備を始めた。


馬鹿だ。本当の馬鹿だ。ポケットに証明カードをしっかりと入れた私は、安心して外に出てしまった。

こう考えていたから、外に出てしまった。あの吹雪さんに会いに行こうと。探せば会えると思っちゃったんだ。

私は初めて吹雪さんと出会った場所に向かった。相変わらず風は私に突き刺さっていた。

昨日よりもずっと痛さは増していて、寒さで身を震わせながら、ゆっくりとむかって行ったんだ。

そのまま諦めて、まぁいいかで終わらせておけばよかった。

でも結局、遅かれ早かれわかってしまったことだ。だってそれを聞く機会は、ここにいる限りいつだってあるんだから。

例えば、この鎮守府の艦娘、人でもいい。誰かにすれ違ってしまえば、好奇心で私は尋ねてしまう。

例えば、演習が始まる間近。挨拶をする時に、当事者だった人に、私はなんとなく聞いてしまうはずだ。


どうやっても、逃れられなかったんだ。

やっぱりその人達は、そこにいた。早朝の冷え込んだ空気に反して、その人達からは湯気がもくもくと上がっていた。

私は少し戸惑った。あんなに迷惑をかけたのに、のこのことまた近づこうとしているのだから。

どれだけ恥知らずなんだ、私だったらどう思う。嫌に決まってる、顔も見たくない。そうに決まっている。

そうして私がもじもじしていると、向こうの誰かが一人気がついたみたいで、私の方へ歩いてきた。

だれか、決まってる。そんな昨日の些細なことなんか気にしない、心が強い人だ。

大井「あなた所属は?任務時間外は外出は禁止なのは知ってるわよね」

大井さんは眉毛一つ動かさない無表情で、そう言った。胸のあたりが急に苦しくなった。それはもちろん、昨日のことがあったせいだから。


私は何も答えず、ポケットに手入れて、カードを取り出そうとした、瞬間。

大井「別に出さなくていいわよ。わかってるから」

そう言われて白いため息を吐いた。そして汗が滲んだおでこを拭う。

吹雪「....わかってたんですか」

大井「私だって冗談の一つは言うのよ」

これがブラックジョークだと思った。そして、何の用。と大井さんは言葉を繋げた。私がそれに答えようとすると、なぜか、大井さんは私を制止する。

大井「わかったから、言わないでいいわよ。ついてきなさい」

そして後ろを振り返ると、元いた艦隊の方へ歩き出した。

私は黙ってついて行くことにした。こつこつ、こつこつと、コンクリートを踏みしめる音が、緊張で張り裂けそうな私を圧迫した。



そして、本当に昨日と同じメンバーがそこにはいた。加賀さん、北上さん、朝潮ちゃん。私は心から安心した。昨日起こった事件の内容とはかけ離れた感情が、今ではおかしい。

朝潮「本当に手の込んだ自殺をするんですね....」

私を見るやすぐに、朝潮ちゃんはそう言った。ひどく澱んで、昨日よりもました、無表情で。

そして、お疲れさまでした、と言うとすぐにこの場を立ち去って行く。一人いなくなった。

大井「どうしてって、顔してるわね」

その通りだ。私は、わからなかった。その声につられて大井さんを見た。相変わらず表情は冷たい。

大井「どうしてだと思う?聞いてみなさいよ、私じゃなくて、加賀さんに」


そう言い放つと、朝潮ちゃんと同じようにここから去っていこうとした。慌てた北上さんも、大井さんについていこうとして、一旦止まる。

北上「....まぁ、どんまい」

そして後を追いかけて行った。二人を消えた。人で作られていた壁は、もうとっくに、なくなったも同然だ。

私は、その壁で遮られていると思っていた人を探した。でも、そこにはいない。一気に血の気が引いた。

私は、どうしようもなくなって、加賀さんを見る。

吹雪「ねぇ加賀さん、吹雪さんは、どうしたんですか......?」

ねぇ言ってましたよね、加賀さんは。それは嘘だったんですか。

私と、私に期待させた、あの思いは全部嘘だったんですか。


ここまできて、やっと睡眠薬の効果が効いたみたいだ。

再生された記憶は、無理やり電源を落とされて、意識が眠りへとやっと、向かって行く。

そう、あの人は表情一つ、眉毛の一本も動かさないでこう言ったんだ。

そしてフレーズが頭からくっついて離れない。忘れようとして頭をかきむしっても叩きつけてもどうやっても頭から離れてくれない。

まただそうやって、この記憶は私をどれだけ苦しめれば気がすむんだ。

できるなら、次に起きた頃には、綺麗さっぱり、この演習遠征の記憶がなくなっていてほしい。

そう願い、私はようやく眠ることができた。

加賀「あぁあの吹雪なら、もう」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

おしまいです。おそらく気分を悪くした人もいると思います。特に大井さんにはひどいことを言わせましたので、本当にすみませんでした。

次は金剛さんと榛名のお話を考えてます。今回みたいなお話じゃないのを考えてますので、またみてもらえると嬉しいです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年12月10日 (日) 16:33:10   ID: wJDV-K0Y

これは続きが気になる

2 :  SS好きの774さん   2018年01月23日 (火) 01:14:20   ID: Pplou1NA

地の文ありで読みやすいの少ないから嬉しいわ

3 :  SS好きの774さん   2018年02月17日 (土) 02:29:20   ID: VCLwhA4J

うわあぞくぞくするねえ期待

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