ハロウィンの夜、兄妹が知らないおねーさんに悪戯される話(50)


回覧板:町内の皆様へ


10月31日はハロウィン、夜には仮装をした子供達が近所を訪ねて回る日です。

お菓子の用意があり子供達を受け入れて頂けるお宅は、ジャック・オ・ランタン(紙に描いた絵などでも構いません)を玄関に飾ってあげて下さい。

町内の子供達にはそれを目印に訪問するよう伝えます。

できるだけたくさんのお宅で子供達を迎えて下さいますよう、ご協力お願いします──


妹「──お兄ちゃん、なに見てんの?」

兄「ん、回覧板きてたんだ」ペラッ

妹「お隣に回して来ようか?」

兄「あとで頼むわ。さて……ハロウィン、どうするかな」

妹「あー、その案内なんだ」


兄「ハロウィンは今年も平日だから、親父は仕事だしなぁ」

妹「そうだねぇ……お父さん、だいたいこの時期から年末までは帰り遅いし」ウーン…

兄「ウチみたいな父子家庭はこういう時が難しいよな」

妹「仮装した子供を迎えようにも、ウチにも子供しかいないってね」


兄「ま、親父がお菓子代だけ出してくれるなら俺が迎えてもいいんだけどさ」

妹「お兄ちゃんが?」

兄「来年には高校生だ、もう仮装してお菓子もらおうって歳じゃないし」


妹「そっか……私、どうしよっかな」

兄「お前はまだ中一なんだし、子供達に混じればいいと思うよ」


妹「クラスの子も何人か仮装するって言ってたけど……でも衣装の準備とか、ちょっとだけ面倒くさかったり」テヘヘ

兄「ワシがお裁縫とかできなくてすまんのぅ……」ゲホゲホ

妹「おじいちゃん、それは言わない約束でしょ」クスクス


兄「お前がしたいようにすればいいけど、俺に気を遣う必要は無いからな?」

妹「うーん……じゃあ、私も家で子供達を迎える側になってみる!」フンス

兄「当日までに決めればいいよ。とりあえず回覧板には『受け入れ可』にハンコ押しとく」ペタッ


妹「んじゃ、お隣さんに持ってってきまー」

兄「へいへい、頼んだ──」


……………
………


…10月30日、夜


妹「──40袋目ぇっ!」

兄「あと10袋作っとくぞー」ガサガサ


妹「けっこう大変……やっぱり箱にドサッと入れて掴み取りさせる方式にすればよかった」

兄「『可愛い袋に小分けしてリボンかけよう!』とか言い出したの、お前な」ヤレヤレ

妹「めっちゃリボン結ぶの下手で最初の十何個かやり直ししたのは、お兄ちゃんのせいだしー」


兄「カントリーママンが足りなくなってきたぞ……」

妹「お兄ちゃんが2枚ずつ入れるからじゃん、チロロチョコで代用しとこうよ」


兄「しっかし、まさか親父がこんなにお菓子代くれるとはな」

妹「封筒開けたら諭吉さんだったからびっくりしたよ」

兄「こんだけ買っても、4千円近く残ってるぞ」

妹「サイゼリ屋で豪遊しちゃう? しちゃう──?」フンスフンス


…ガチャッ


父「──ただいま……うわ、リビングすごい事になってるな」

兄「おかえりー。ごめん、今がいちばん物が溢れてるタイミングなんだわ」

妹「お風呂できてるよー」


父「ほほう、こりゃまた凝った包装にしたなぁ」

妹「せっかくのお祭りだしね」


父「父さんが子供の頃にはハロウィンなんて意識もしなかったが」

兄「まあだいぶ浸透したな……って思うのは、ここ数年だよね」


父「2人とも、このイベントは好きか?」

妹「うん、好き」

兄「ただの平日にお楽しみイベントがあるって考えると、そりゃ嫌いじゃないよ」

父「……それはよかった」ニコッ


妹「よかったの?」

父「ああ、こういう行事をちゃんと楽しめるのは素直の証しだ」

兄「いぇーい、反抗期真っ最中だぜー」ヘッヘッヘッ

父「本当に酷い反抗期なら、たぶん自覚せんよ」ハハハ…


父「しかし、それなのに2人とも子供を迎える側でよかったのか?」

兄「俺はいいんだよ、子供好きだし」

妹「私もー」


父「そうか……すまんな」

兄「いいんだってば、仕事忙しいんでしょ?」

妹「そうそう、それにお菓子を用意して迎える側もやってみたかったっていうか」

父「うん、うん……大きくなったもんだ」

兄妹「よせやい」テヘヘ


父「ところで、お釣りは?」

兄妹「よせやい」プイッ


……………
………


…ハロウィン当日、夜


ポニテ「──わ、やった! 板チョコ入ってる!」キャッキャッ

スポ刈「ずりぃ! 俺のなんかチョコはブラウンサンダーだぞ!」

メガネ「でも代わりにじゃがぴこ入ってるじゃん」


兄「中身はちょっとずつ変えてるけど、そんなに大差ないようにはしてるぞー」

妹「チョップチュッパスはどれにも入れてるしね!」


スポ刈「ほんとかよー? 仮装の出来で選んだりしてない?」

兄「だったらお前の『トイレットペーパー顔に巻いただけミイラ男』なんか、うみゃー棒1本だわ」

スポ刈「なにぃっ!?」ガーン

メガネ「ざまぁ」プププッ


妹「ポニテちゃんの仮装は気合い入ってるね!」

兄「うん、可愛いオオカミ少女だ」

ポニテ「えへへー、お母さんが先月から作り始めてたんだ」テレテレ

メガネ「僕の吸血鬼衣装もなかなかでしょ?」キラーン

兄「そうだな、色白だしよく似合ってるぞ」


スポ刈「んじゃ、そろそろ次の家に行こうぜ!」

ポニテ「9時までには帰れって言われてるし、もうあんまり時間ないんじゃない?」

メガネ「さっき会った本屋の兄ちゃんに訊いたら、その時で8時20分って言ってたけど……」


兄「本屋の……って、俺のクラスの?」

スポ刈「あ、そうか。兄ちゃん同級生だっけ」

ポニテ「ぜんぜんリアルじゃないゾンビの仮装してて、笑っちゃった!」

兄「まじかー、見たかったな」


メガネ「板金屋の兄ちゃんにも会ったよ……っていうか、お化けシーツ被ってたから声しか判らなかったんだけど」

兄(そっか……あいつら、今年も近所回ってたのか)


ポニテ「それじゃ、ありがとー! お邪魔しました!」ペコッ

兄「ん……こちらこそ、来てくれてありがとな」

妹「来年も待ってるよー」ニコニコ


……パタンッ、タタタタッ
カエッコシヨウゼー
ヤーダヨー……


妹「ふぅ……喜んでくれたね」

兄「もうお菓子袋もほとんど無いぞ」

妹「ぐぬぬ、たっぷり残ったら今後のおやつライフが充実するとこだったのに」

兄「せっかく袋分けしたんだから、貰われた方が嬉しいだろ」

妹「それはそうなんだけどね」


兄「……結局お前は仮装しなかったけど、本当に良かったのか?」

妹「ちょっとだけ寂しい気もするけど、迎える側をやるのも楽しいし。やっぱり子供達って可愛いしね」

兄「ほほう、さすが中学生。親父の言う通り大きくなったもんだ」


妹「お兄ちゃんの妹なのは変わらないんだから、内緒で用意してるスペシャルお菓子袋とかくれてもいいんだよ?」

兄「ねーよ」

妹「世知辛ぇぜ……」フッ…


妹「でも、ほんと去年より更に盛り上がってる気がするねぇ」

兄「ただの仮装イベントとしてだけどなー」


妹「外国のハロウィンって、もっと違う感じなのかな」

兄「発祥を言えばケトル人の収穫祭であり、魔除け祈願だったりしたらしいよ」

妹「誰そのヤカン星人、もしかしてケルト?」

兄「ケルトって言ったけど?」

妹「ほっほーう」


兄「ごほん……なんでも日本のお盆みたい側面もあって、死者の魂が家族の元へ訪れる日だとか」

妹「へー、詳しいね」


兄「でも同時に悪い霊なんかも現れるから、ジャック・オ・ランタンはそれを近寄せないためのおまじないなんだってさ」

妹「我が町内では『お菓子の準備がありますよ』サインだけどね」


兄「ランタン、まさか我が妹が本当にカボチャくり抜いて作ってるとはな」

妹「遊びに全力です」フンス

兄「なかなかよく出来てたよ、あれなら霊も寄って来られまい」

妹「だけどそれじゃ、良い霊も近寄れなかったりするのかな?」


兄「……そこまでは調べてないな」

妹「よく知ってると思ったらネット知識だったかー」

兄「やかましいわ」


妹「さーて、まだ来るかな?」

兄「もう8時半も過ぎてるし、どうかな」

妹「9時になったらお風呂入ろっと」


……ポツ、ポツ
サーーーーーーッ……


妹「……あれ? 雨降りだした?」


兄「あー、こりゃもう来ないわ。街中で仮装してる人とか大変だろうなー」

妹「ランタン片付けてくる!」ガチャッ

兄「俺がやろうか? ロウソク熱くて出せないだろ──」


ザーーーーーッ
ピチョン、ピチョン……


妹「わ、けっこう降ってる!」

兄「ちょっと大粒だな」

妹「私の力作ランタンがー! 上にも穴開けてたから火が消えてるよ……」

兄「悪霊が来たりして──」


魔女「──あの、ごめんください」


妹「ん?」

兄(女の人……魔女の仮装してる)


魔女「急に降りだしてしまって……その、できれば」

兄「ああ、雨宿り。玄関でもいいですか?」

妹「どぞどぞ!」


魔女「すみません、お邪魔しますね」

兄「大変でしたね。靴履く時の椅子だけど、どうぞ掛けて」

魔女「ええ、ありがとう」ニコッ


兄(大人……それも大学生とかじゃないよな。30歳はきてないだろうけど……)

魔女「さっきまで月が見えてたのに……びっくりしたわ」

兄「天気予報もこんなの言ってなかったですよ」


妹「タオル持ってきたー」タタタ…

魔女「まあ、色々とありがとう。ごめんなさいね」

兄「帽子どこか掛けますか?」

魔女「ううん、髪のセットをこれで押さえてるから脱げないの」


妹「すごく本格的な衣装、素敵だなぁ」キラキラ

魔女「あらあら、嬉しいわね」ニコニコ


兄(目深気味に帽子被ってるからハッキリは判らないけど、けっこう綺麗な人だよな……)

魔女「……なにか?」

兄(……おっぱい大きいし)


妹「ハロウィンパーティーとかでも行ってたの?」

魔女「ええ……地元まで帰ってきたところではあったんだけど、あんな大粒の雨じゃ堪らないわ」

兄「メイクもしてるし、女性は大変でしょうね」

魔女「ふふ……お化粧が落ちちゃったら歳が誤魔化せないし?」

兄「そ、そんなつもりじゃ」ゴニョゴニョ


妹「でもメイクもホント綺麗、ほっぺのお星様シールとかで可愛さもバッチリだし」

魔女「若さ故の可愛さにはとても勝てないわよ」


兄「妹の場合、まだ子供の可愛さですけどね」

妹「だまらっしゃい」ムムッ

魔女「あはは、兄妹で仲良しなのねぇ」


兄「普段はもっと生意気ですよ、おねーさん来てるから鳴りを潜めてるけど」

魔女「でも貴方くらいの歳で素直に妹を『可愛い』と言えるなんて珍しいと思うわよ」

妹「そういえば初めて言われた気がする」

兄「言葉のあやってヤツだな」

妹「感じ悪っ!」ベーーーーッ

魔女「ふふふ、お邪魔したのが楽しいお家で良かった」クスクス


妹「パーティーは何人くらいで?」

魔女「たったの2人っきりよ」

妹「2人きり! もしかして恋人!」フンスフンス

魔女「さあ、どうかしら?」


妹「いいなぁ、大人になってするハロウィンパーティーとか……そういうの憧れちゃう」

魔女「お祭りはいくつになっても楽しめばいいのよ。私、ハロウィンは大好きなの」


兄「パーティーが……じゃなく、ハロウィンが好き?」

魔女「ええ、ちょっと思い出深くってね」

妹「恋バナの予感!」

魔女「あら、さすが女の子ね。実はハロウィンにプロポーズされたのよ」


妹「えっ、おねーさん結婚してるの?」

魔女「あらあら、未婚に見えたなら嬉しいわ」

兄(旦那さんがいるのに、2人でパーティー? ……まあ、女性の友達となら有り得なくもないか)


魔女「だけどそのエピソードが面白くって、余計に思い出深くなっちゃったの」

妹「聞きたいでーす!」


魔女「ハロウィンってだんだんと浸透してきてるけど、以前はもっと影が薄かったでしょ?」

兄「そうですね、僕が小学校の低学年の頃は町内で仮装してる子なんかいなかったし」

魔女「私の夫……当時は彼氏ね、その頃はハロウィンに何をするのかよく解ってなかったのよ──」


………



『──パンプキンパイ美味しかったよ、上手く焼けてたな』

『よかった、作った甲斐があったわ』


『ハロウィンにパーティーするなんて初めてだったけど、たまにはこんなイベントに乗っかって楽しむのも悪くないかも』

『ふふ……似合ってるわよ、フランケン・シュタイン博士』

『この怪物が博士なわけじゃないんだぞ?』

『あ、そっか……博士は造った人だっけ。あははは……』


『でもいくら仮装するって、チャームポイントまで隠さなくてもいいのに』

『ほっといて下さーい』

『ははは……まあいいけどさ。じゃあイベントに乗っかりついでだけど、本題に入ろうか』

『本題?』

『うん、プレゼント交換。気に入るといいんだけど──』


………



妹「──ハロウィンにプレゼント交換?」

魔女「そう、可笑しいでしょ? あの人ったら、クリスマスみたいにプレゼント交換するつもりでいたのよ」クスクス

兄「なるほど、そのプレゼントってのが」

魔女「ええ、婚約指輪だった。私は何も用意してなくって、だから……じゃないけど代わりに『OK』をプレゼントしたの」

妹「なにそれ、映画みたい!」キャーッ


魔女「でも彼、すごく恥ずかしかったみたいで『まさかプロポーズで一生の語り草を作ってしまうなんて』って嘆いてたわ」

兄「OKされたからいいようなものの、そりゃ凹むだろうな……」

妹「それでもやっぱり素敵なエピソードね、ハロウィンを好きになるのも納得だよ」


魔女「……あなた達は? 今日は仮装したり近所を回ったりしなかったの?」

兄「うん、今年は回ってくる子供達を迎える側になろうと思って」

魔女「そう……それは偉いけど、あなた達くらいの歳ならまだお菓子を貰う側でもいいのに」


妹「ハロウィンでも平日だから、お父さん遅いし……ウチはお母さんがいないから」

兄「でも町内の回覧板に『できるだけたくさんの家で子供達を迎えてあげて欲しい』って案内があって、それで決めたんです」


魔女「……偉いわ、本当に。子供達はたくさん来てくれた?」

妹「うん! 50も用意してたお菓子の袋、ほとんど無くなっちゃった!」エヘヘ

兄「みんな色んな仮装してて、迎えるのも楽しかったし……良かったかなって」


魔女「子供達も喜んだでしょうね」

兄「喜んでくれてたと思います、うん……喜んでた」

妹「すごく楽しそうにはしてたよ」


魔女「……でも、子供達の楽しそうな様子を見るとちょっと寂しかったりしない?」

兄「最後に来た子達が俺の同級生が仮装してるのを見たらしくて、そういうのを聞けば……少しだけ」

魔女「それは当然なの……大人達の代わりをしようとするのはとても立派だけど、あなた達は本当の大人じゃないもの」


兄「母さんがいないのも親父の仕事も、仕方ない事だから」

妹「私が生まれてじきにお母さんは病気で死んじゃったから……2人とも覚えてないし、そういう事には慣れてるんだよね」


魔女「慣れる事と理解する事は違うわよ?」

兄「……どういう意味です?」


魔女「どんなに母親のいない生活に慣れても、それを寂しいと思っちゃいけなくなるわけじゃないでしょう」

妹「でも、寂しがってたらお父さんに心配かけちゃうし」

魔女「親が子の心配をするのは、当たり前の事じゃない?」


兄「そうかもしれないけど……それでも心配な事は少ない方がいいじゃないですか」

魔女「それが慣れと理解の違いよ。あなた達は母親がいない事、お父さん1人で子育てをするには限界がある事を理解はしてる」

兄「でも、慣れてはいない……?」

魔女「そう、だってそれは慣れるものじゃない。あなた達が『寂しがっては見せない』けど『寂しいと思ってる』時点でね」


魔女「心配は少ない方がいい……間違いじゃないわ。でも親は『子供に感情を飲み込ませて』まで、それを望んだりしない」

妹「そんな風に思わせないようにしてたつもりなんだけどな……」

魔女「ふふ……それでも親には解るものよ」


『──2人とも子供を迎える側でよかったのか?』

『俺はいいんだよ、子供好きだし』

『私もー』

『そうか……すまんな──』


兄(……親父は、それを謝ってたのかな)

魔女「でも、あなた達はいい子よ。それは間違いない、私が保証するわ」ニコッ


妹「私は……今日のために仮装の準備をするのを、ちょっと面倒くさいと思ったの」

妹「お裁縫とか得意じゃないし、全部買って揃えるのも勿体ないし」

妹「でも、なによりも──」


『──ポニテちゃんの仮装は気合い入ってるね!』

『えへへー、お母さんが先月から作り始めてたんだ──』


妹「──友達は、けっこう皆お母さんが衣装を作ってくれるって」

妹「私は……たとえ自分で作っても、お母さんに見てもらう事もできない」グスッ

妹「きっと、本当はそれが……寂しかった」ポロッ…


兄「お前……そんな風に」ナデナデ

妹「ごめん、お兄ちゃんやお父さんに見せられたら充分なはずなのに……」ポロポロ…


魔女「……お母さんは病気で亡くなったんでしょう。だったら誰の事も恨んだりしてるわけはない」

魔女「ただ、こんなにも可愛い子達を遺して逝った事だけ……きっと悔しがってる」


魔女「本当は誰よりも、あなた達にハロウィンの衣装を作ってあげたかった」

魔女「それを着せて、何十枚も写真を撮って、お友達も招いてお菓子を振舞って……」

魔女「参観日も、運動会も、文化祭も、早起きしてお弁当を作って送り出して、見に行って」

魔女「そんな当たり前の愛情をかけてあげられなかった事が、すごく心残りだと思う」


妹「見せたかった……よ……」グスン

兄「……そうだな」


魔女「ごめんなさい……本当に」

妹「え?」

魔女「ううん……きっとお母さんは、そんな風にあなた達に謝りたいと思ってるわ」


兄「それは、それだけは違う……と思う」

魔女「……違うの?」


兄「だって謝られる理由が無い」

妹「うん」ゴシゴシ

兄「つまんない駄洒落とかも言うけど、あんな親父の元に俺を生んでくれて……妹も与えてくれて」

妹「成績そんなに良くないけど、2人とも身体はすごく健康だもん」


兄「物心ついてから会った事もないけど、それでも」

妹「うん……なんとなくだけど、お母さんの事……きっと大好きなんだよ」ニコッ


魔女「……っ」


妹「おねーさん、どうしたの?」

兄(下を向いて泣いてる? ……まさかな)

魔女「……大丈夫、なんでもないわ」フルフル


ピチョン……ピチョン……


兄「あれ? いつの間にか雨が上がってるみたいだ」

妹「9時もとっくに過ぎてる。お父さんも帰り始めた頃だろうし、良かったね」

魔女「通り雨だったのね。……じゃあ、そろそろ私はおいとましようかしら」

兄(なんで俺も妹も、今日初めて会った人にこんな話をしちゃったんだろう……)


妹「そういえば飲み物も出さなかったね、ごめんなさい……」

魔女「お構いなく、すごくいい寄り道だったわ」


魔女「来年、また子供達を迎える側になるのかは解らないけど……もしそうだったら」

兄「はい?」

魔女「今度は迎えるあなた達も仮装をして待っててみたらどうかしら?」

妹「あー、それも面白いかも」


兄「仮装した子を泣かすつもりでドア開けようか」ヘヘヘ…

妹「きっとあんなだけど、スポ刈くんが一番に泣くよ」クックックッ

魔女「こらこら、大人げないわよ……って、さっきあなた達を子供扱いしたけどね」


兄「海外なんかじゃ、迎える側も関係なく仮装してたりするらしいですね」

魔女「そうね、でもハロウィンに仮装するのはお遊びの意味だけじゃないから」


妹「他にも意味があるの?」

魔女「ハロウィンは死者が家族の元を訪ねてくる夜でもあるの……知ってる?」

妹「お兄ちゃん、さっき言ってたよね」

兄「どうせネット知識だけどな」


魔女「それはつまり、冥界の扉が開く……言い換えれば生者と死者の区別が曖昧になる日という事よ」

兄「仮装って、もしかして?」

魔女「ええ……生者が死者に似た姿になる事で、死者をハッキリと見分けられないようにするものなの」


妹「なんでそうしなきゃいけないんだろう」

魔女「自分が話している相手を死者だと認識すれば、自分が生者だという認識があやふやになってしまう。……そうしたらどうなると思う?」

兄「冥界に引っ張られる……?」ゾクッ

魔女「……そういう説もあるわ」クスッ


妹「でも、本当に死んだ人が家族のところへ来るなら──」


魔女「──生きてる人は死者を認識してはいけない」

魔女「だから死者は生者に、自らをこの世ならざる者だと悟らせてはいけない」


魔女「たとえ自分の家族に会ったとしてもね……ただ、願うだけ」

魔女「どうか愛する人達が健やかに過ごせますように……できるだけ先まで『自分の元へ来ませんように』って願うのよ」

魔女「生者は魔除けのランタンを焚いて悪霊もろとも死者を近寄せない、死者は近づかない……それでいいの」


魔女「だけどもし何かの偶然で、彼らが出会えたら」

魔女「名乗り出る事はできなくても、言葉を交わす事ができたら……それはきっと奇跡よ」

魔女「ハロウィンの夜がくれた、束の間でもかけがえのない奇跡の時間──」


魔女「──いけない、帰るなんて言っておいてまた長居しちゃったわね」フフッ

妹「もっといてもいいのに」


魔女「……うん、ありがとう。じゃあ、せっかく仮装してお邪魔したんだから最後に言わせて貰おうかしら」

妹「え? なんだろ?」

魔女「ふふっ、大人が子供に対して言うなんて可笑しいわね。まあいい……かな?」

兄「ああ……そっか、そういえば」


魔女「Happy Halloween……Trick or Treat──?」


兄「──Trick」

魔女「えっ?」

妹「私も……トリックがいい」

魔女「悪戯を選ぶの? 私があなた達に悪戯を……?」キョトン


兄「こんな事言うの失礼かもなんだけど……おねーさんと話してて『母さんってこんな感じかな』って思っちゃったんだ」

妹「悪戯でもなんでもいいから『何かをされたい』……可笑しいかな?」

魔女「ごめんなさい……悪戯なんて急には思いつかない」


フワッ、ギュッ……


兄妹「わっ……!?」

魔女「抱き締めるくらいしか、できないわ──」


………



…ガチャッ


父「──ただいま。ごめんごめん、やっぱり遅くなってしまった」パタンッ

兄「おかえりー」

妹「おかえりなさーい、子供達たくさん来てくれたよー」

父「そうか、そりゃあよかった。迎える側は楽しかったか?」


兄「うん、悪くなかったな。どの子も可愛かったし」

妹「それに最後に大人も来たしねー」ニコニコ

父「大人も? 仮装して来たのか? ……町内の役員さんかな」


妹「魔女の仮装した綺麗なおねーさんだったよ」

父「ほうほう、いいなぁ」


兄「おっぱいも大きかったし」プププッ

父「そこんとこ詳しく」キラーン

兄「たぶん二十代後半だと思うんだ」

父「なんと、旬じゃないか……」

妹「うわー、アホが2匹もいるー」


兄「あはは……大人だけど、ハロウィン大好きなんだってさ」

妹「素敵な思い出があるんだって、話してくれたよ」

父「そんなに仲良くなったのか」

妹「うん、すごくいい人だった。すごいんだよ、ハロウィンにプロポーズされたんだって!」

兄「それも『ハロウィンもプレゼント交換がある』って、勘違いした彼氏が指輪用意してたらしいよ。そりゃ思い出に残るよなー」


父「……それは、どんな人だった?」

兄「だから二十代後半くらいの……」

父「そうじゃなく、顔の特徴とか身長とか」

妹「帽子を深く被ってたから、あんまり判らなかったんだよね。綺麗とは思ったけど……」

兄「身長どのくらいだったかなー? 椅子に座ってもらったからなぁ……」


父「そうか……いや、なんでもない」フゥ

兄「なに? やっぱ町内の人だったりするの?」

妹「あ、そうだ……ほっぺたに星のシール貼ってたよ!」

兄「そんなん身体的特徴にはならんだろ、剥がせば無くなるんだから」

妹「ちぇー」


父「……貼ってたのは、目の下くらいか?」

妹「そうだよ、このへん」ツンツン


『──魔女の仮装もいいけど、そろそろシール剥がさない?』

『やーよ、せっかく隠しても笑われない日なんだから今日はこのまま』

『泣きぼくろは立派なチャームポイントだろうに……まあほっぺたに星なんて、無邪気で可愛くもあるけどさ』

『持つ人にはそういうのもコンプレックスだったりするのよ? それに泣きぼくろって呼ぶには少し下過ぎると思うの』

『そうかなぁ……僕にとっては、そのほくろも含めて──』


父「……さぞ、美人だったろうな」

兄「そうは言ってもモデルさんや芸能人ってほどじゃないよ?」

父「いや、きっとそれは──」


『──世界一の美人だよ』



【おわり】

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