小早川紗枝「繋がる言葉、伝わる心」 (16)

カチッ カチッ

時計の針が進む。
手の中のスマートフォンとの睨めっこは続く。
仕事で連絡を取るのに必要だからと、「彼」に持たされたピンク色のそれを、まだ使いこなせてはいない。
あまり機械は得意ではなかったが、今日はずっと手放せないでいた。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1508326525

カチッ カチッ

時刻はまもなく0時を回るところ。

普段、こんな時間まで起きていることはない。

あったとしても、半分意識は夢の中、というのがほとんどだった。

だけど、今日は別。

眠くなるどころか、目は冴えていく一方だった。


理由は、画面に映る「彼」の連絡先。

かれこれ数時間、このタイミングで電話をかけるべきかどうか、ずっと悩んでいた。


「彼」が、この時間でも起きていることは知っていた。

最近めっぽう忙しく、今日も事務所に泊まり込むのだと聞いていたから。

でも、こんな時間にかけるのは、やっぱり非常識ではないか。

教養のない女だと思われたらどうしよう。

そんな迷いが、発信ボタンを押せずにいた。

カチッカチッ

悩んでいる間にも、時計の針は進んでいく。

もうすぐ、日付が変わる。


「―――うん」


目を閉じて、ひとつ大きく深呼吸。

覚悟を決めよう。

ここで怖気づいては小早川の名折れだ。

いざ。

時計の秒針が頂点を指すのに合わせて、発信ボタンを押そうと―――

プルルルル!!プルルルル!!


「ひゃうっ!??」


初期設定の着信音とともに、スマートフォンがひとりでに震えだす。

驚きで、素っ頓狂な声を上げてしまった。

落ち着けたはずの心臓が、バクバクと激しく暴れる。

せっかく人が覚悟を決めたというのに、いったい誰が―――


『プロデューサー」


画面に浮かぶ文字列を認識した途端、さらに鼓動が激しくなる。

今まさにかけようとした相手から、電話がかかってきていた。


どうしよう。

どうするべき?

思考が追いつかない。

あぁもたもたしてたら切れてしまう。

とにかく出ないと。

「―――もっ、もしもし」

『―――もしもし、紗枝か?』


聞きなれたはずの、聞きたかった声が耳に届く。

顔が熱くなるのを感じる。

これが電話で本当によかった。

とても、見せられる状態ではない。


『悪い、もしかして、寝てたか?』


なんとか落ち着こうとしていたのだけど、黙っていたので不安にさせてしまったらしい。

慌てて否定する。


「うぅん、平気。まだ起きとったから」

『そうか?ならよかったけど……珍しいな、こんな時間まで起きてたなんて』

「う、うちかてたまには夜更かしもするんよ?」

『そうなのか?10時くらいには熟睡してそうなイメージだったんだけど……』

「うっ……」

さすが、こういうところはしっかり見抜かれている。

とにかく、誤魔化さないと。


「と、ところでPはん?こないな時間に、どないしたん?」

『あー……ちょっと用事が、な。別に、大した事じゃないんだけど……』

「あら、大したことやないのに、寝てるかもしれないうちに、わざわざ電話かけてきたん?」


照れ隠しに、憎まれ口をたたいてしまう。

悪い癖だと、自分でも思う。


『それを言われると弱いんだけど……』

「じょーだんや、じょーだん。それで、用事って?」

『まぁ、その……なんだ』


『誕生日、おめでとう』


「!!」

『ほら、日付変わって、今日が誕生日だろ?』

「せ、せやけど、なんで、わざわざ……」

『まぁ、メールでもよかったんだけどな。既読がつかないと、少し寂しいかなって思って。それに……』

「……それに?」

『一番に、伝えたいなって』

あぁ、本当に。

この人は、ずるい人だ。

欲しい言葉を、欲しい時にくれる。

そんなことが、こんなにも嬉しくなる。


そもそも、こちらの要件も、似たようなものだった。

誕生日、その一番に、彼の声が聞きたい。

でも、こちらから掛けるのは、なんだか催促しているようではないか。

はしたないと思われないだろうか。

それが怖くて、さんざん悩んでいたのだけど―――


通じているんだと、思ってしまう。

胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。

「……おおきに、おおきにな。うち、すっごく、嬉しい」

『―――そっか。それなら、よかった』


どこか、気恥ずかしそうな彼の声。

見えなくても、伝わってくる。

きっと照れ隠しで、頬をかいているに違いない。

電話の向こうの彼の仕草が目に浮かぶ。


『それじゃ、長くなると悪いし、明日もあるからな』

「うん、そやね」

『あんまり夜更かしはするなよ』

「はいな。Pはんも、ほどほどにな」

『おう。じゃあ、おやすみ』

「……おやすみなさい」

ピッ

通話が切れる。

もう通じてはいないスマートフォンを、きゅっと胸に抱く。

時間にしては、さほど長くはなかっただろう。

要件も、誕生日を祝ってくれた、一言だけ。

それでも、その一言が、たまらなく嬉しかった。

「おやすみなさい、Pはん」


もう一度呟き、布団をかぶる。

さっきまでとは打って変わって、トクン トクンと心臓が脈打っている。

とても、心地良いリズム。

いまなら、いい夢が見られそうだった。

あっという間に、意識がまどろんでいく。

願わくば、この幸せな時間が。

来年も、この先も。

ずっと、ずっっと。

続いていきますように。

以上になります。

短めですが、紗枝誕SSでした。
紗枝ちゃん誕生日おめでとう!

HTML化依頼出してきます。
ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom