【モバマスSS・北条加蓮】《今に至るまでの話》 (31)

加蓮が主役。
中学2年生~現在までの話です。


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北条加蓮は母の車に乗りこんだ。

フロントガラスには水滴が付いていた。

母はワイパーを作動させた。

ワイパーが2、3回往復すると水滴は伸びた。

前が見えるようになった。

曇天が見えた。

昨日は雨だった。

今はもう止んでいた。

「加蓮。シートベルト」

母に言われて加蓮はシートベルトをした。

頭はボーッとしていた。

久し振りに高熱を出した。

母は加蓮の身体が弱いことを嘆いたりしなかった。

加蓮が弱音を吐けば微笑んで励ましてくれた。

冷たいポカリを額に押し付けてくれた。

車が動き出すと加蓮は目を閉じた。

身体が熱いのがわかった。

頭が重かった。

大丈夫かと母が声をかけてきた。

薄く笑った。

加蓮はへーきと軽い口調で言った。

心配はかけたくなかった。

身体が弱いならせめて平気そうなところを見せてあげたかった。

笑うたびに加蓮の心は締め付けられるような気がした。

加蓮は入院した。

またかと思った。

もはや当たり前のことになっていた。

病院は彼女の居場所だった。

少し動けるようになると加蓮は病院の売店に向かった。

入院食は飽きていた。

入院中は決められた食事以外食べないようにと言われていたが、あまり守っていなかった。

もっとも、売店は品揃えが豊富なわけではなかった。

加蓮が買えるのはせいぜい菓子パンだ。

加蓮はジャムパンとヨーグルトをレジへ持っていった。

売店のおばさんとは顔なじみになっていた。

言葉を交わすことはほとんどなかった。

おばさんは菓子パンを買うことを注意したりしなかった。

加蓮は菓子パンを買うことに抵抗はなかった。

小学生の頃はとても悪いことをしているような気持ちがあった。

それももう慣れてしまった。

売店に1人の女の子が入ってきた。

自分と同い年くらいの子のようだった。

女の子は私服だった。

薄く化粧をしていた。

下手くそだと加蓮は思った。

女の子は健康そうだった。

家族の付き添いで来たのかもしれないと思った。

女の子と目が一瞬合った。

加蓮は彼女に背中を向けた。

購買を出た。

目端に涙が浮かんだ。

トイレの個室に逃げこんだ。

加蓮はしばらく泣いた。

母がいないことを祈って部屋に戻った。

母も父もいなかった。

ほっとした。

布団に潜り込んだ。

パンとヨーグルトの入った袋をトイレに忘れたことに気付いた。

加蓮は取りに戻らなかった。

次の日、トイレに寄ってみた。

ちょうど清掃の女性が袋を手に持っていた。

女性は袋を「燃えるゴミ」と書かれた大袋の中に放り込んだ。

加蓮は何も言わなかった。

加蓮は1週間ぶりに登校した。

友達に大丈夫だったのかと聞かれた。

平気とぶっきらぼうに答えた。

「ちょっとずる休み」

友達は加蓮の冗談に笑った。

ノートを見せてもらい、それから他愛もない話をした。

3限目に体育があった。

女子はダンスだった。

加蓮は体育館の隅にいた。

指で髪をもてあそんでいた。

入院している間に少し傷んでしまった。

枝毛がいくつもあった。

見学している中に加蓮と親しい人はいなかった。

加蓮は友達が少なかった。

やることもなく体育の様子を眺めていた。

失敗してはしゃぐ子を見て眉を寄せた。

いちいち騒がなくていいのにと思った。

加蓮はあくびをした。

チャイムが鳴ると友達と一緒にクラスへ帰った。

汗ひとつかいていない体操着を脱いで、制服に着替えた。

「加蓮。制汗剤あるかな?」

加蓮はあるよと答えた。

鞄の中から取り出して渡した。

制汗剤のスプレーは去年から買い換えていなかった。

加蓮はまた入院した。

3日目に熱は下がった。

売店でインスタントのスープを買って飲んだ。

窓から病院の中庭を眺めた。

中庭には大きな木があった。

名前も知らなかった。

加蓮は木を見るたびにO・ヘンリーの『最後の一葉』の話を思い出した。

「あの葉が散った時。私は死んでしまうの」

話に登場する病人はそう信じていた。

加蓮は信じていなかった。

私はそれほど重い病気であるわけではない。

私は病気がちなだけだ。

加蓮はわかっていた。

身体から力が抜けるような気がした。

学校の勉強をしようかなと思った。

何もしなければ追いつけなくなるからだ。

ネイルアートの雑誌でも読もうかなと思った。

今月号が出たはずだった。

加蓮はそのどちらもしなかった。

昼間から寝ているので眠りに落ちることもできなかった。

無気力に空を眺めた。

もういいやと呟いた。

その日は快晴だった。

加蓮は吐き気と頭痛に苦しんでいた。

熱が出ていた。

病院全体は年中26度に保たれている。

気温の変化に左右されることはない。

夜になると厚い雲が出てきた。

熱は下がった。

頭痛はおさまった。

朝からおかゆしか口にしていなかった。

それでも何も食べたくなかった。

先ほどまで父がそばにいた。

父は売店で買った漫画を読んでいた。

加蓮にゼリーを買ってきた。

あとで食べるよと加蓮は言った。

父は家に帰った。

加蓮はイヤホンを付けた。

テレビを付けた。

ベッドに横になって眺めた。

薄暗い部屋の中、画面の向こうには華やかな世界があった。

音楽番組だった。

人気のロックバンド。

注目度が急上昇しているアイドル。

ややニッチなパンク。

シンガーソングライターと名乗る女性。

音楽に合わせてキレのあるダンスを披露する男性グループ。

加蓮は口を開いた。

「か」と小さく声を出した。

微笑んだ。

小さな頃はよく真似していた。

4人の患者が寝ている病室では真似することもできなかった。

加蓮はテレビを消した。

イヤホンを外した。

病院の夜は静かだった。

中学3年生になると加蓮の体調は徐々に良くなっていった。

入院することはなくなった。

走っても大丈夫だと言われた。

半年以上休まずに学校に通うことができた。

父も母も嬉しそうだった。

「もう元気なんだから勉強しなさい」

「それ関係なくない?」

「ほらほら。文句言ってないでやりなさいな」

母が病気がちだったことを冗談交じりに持ち出してくると辟易した。

加蓮は苦笑して「はぁい」と返事した。

彼女の願いは叶った。

病気がちな面は影を潜めた。

加蓮は「普通の女の子」になれた。

心に歪みを抱えたまま。

高校生になると加蓮は部活に誘われた。

「合唱部はどう?」

「ダンス部興味ない?」

「バレー部は?」

「バスケ部楽しいよ」

「ボランティア部で充実しよう!」

加蓮はすべて断った。

アタシはいいやと首を振り、帰宅した。

自分には根気がないのだから続くはずもないと思った。

ネイルアートは上手になっていた。

入院生活から離れたので髪をカールした。

地毛を強調するように明るい色を入れた。

制服を着崩した。

休みの日には服屋を回った。

友達と出かけた。

食べたかったものを食べ、着たかったものを着た。

出かけたいところに出かけた。

楽しかった。

嬉しかった。

憧れていた生活を過ごした。

空虚さを感じた。

加蓮はベッドに寝転んだ。

ネイルアート部はないものかと考えた。

仮にあったとしても「全国優勝」を口に出すような部だったら入らないだろうと思った。

加蓮が街を歩いていると男に声をかけられた。

ナンパだろうと訝しんだ。

足早に立ち去ろうとした。

怪しい者ではありませんと声が聞こえた。

怪しい者でないはずがなかった。

加蓮は振り返らずに立ち去った。

声が聞こえなくなった。

いつの間にか交差点に来ていた。

ビルに設置された大型のモニターにはアイドルが映っていた。

笑顔だった。

歌っていた。

踊っていた。

加蓮は微笑んだ。

何を頑張っているんだと冷笑した。

涙が出そうになった。

モニターから目を逸らした。

ここにはもう来たくないと感じた。

「こんにちは。少し時間いいかな?」

加蓮が街を歩いているとまた声をかけられた。

どこかで聞き覚えのある声だった。

どうでもよかった。

棘のある声を出した。

「何? ナンパならあっち行ってくれる?」

「いや、アイドルのスカウトなんだ。名刺を受け取ってもらえないかい?」

男は名刺を渡してきた。

【Free-schoolプロ】と書かれていた。

名前に見覚えはあった。

多くのアイドルを輩出している事務所だ。

加蓮は男の顔を見た。

男は微笑んでいた。

加蓮はむすっとしたまま名刺を突き返した。

「いらない。アイドルなんかなる気はないし」

「受け取るだけ受け取ってもらえないかな」

「この名刺が本物だって証拠はないでしょ。事務所の名前を語っちゃう詐欺なんて、イマドキいくらでもあるよ?」

「ホームページに名前が載ってる。確認してもらえば本物だってわかるよ」

「ごめん。確認する気にもなれない」

「ひと目見てピンときたんだ。キミはアイドルになるべきだ」

「なるべきとか勝手に決めないで。それにアンタの勘なんて信じられないし」

「大丈夫。俺の勘に狂いはないから」

男は自信満々に言った。

加蓮は自然と笑ってしまった。

「何かおかしかった?」

「いや、アンタ。そんな強気で言い切ってさ、失敗した時の責任とか取れるわけ?」

「いや?」

「馬鹿みたい」

「大丈夫。キミが頑張れば必ず成功するから」

「頑張れば、ね」

加蓮は「じゃ、一応」と名刺を受け取った。

家に帰ってからホームページを確認することはなかった。

本物か詐欺かなどどうでもよくなった。

親指と人差し指で名刺をつまんだ。

ピラピラともてあそんだ。

3日後、加蓮は連絡を入れた。

「話。もう一度聞かせてくれる?」

1週間後、加蓮は事務所と契約した。

しばらくしてレッスンが始まった。

レッスンのたびに加蓮は自信をなくした。

長い時間動くことはできなかった。

ダンスにキレもなかった。

歌すら平々凡々だった。

プラスに捉えられる要素がなかった。

トレーナーの厳しい指導が嫌になった。

プロデューサーに愚痴を漏らした。

「キツいし、脚痛いし、喉も痛いよ」

「そっか。辞める?」

「ううん。もっと頑張る」

加蓮は逃げたくないと思った。

始めることから逃げていたのだから、続けることから逃げたくはなかった。

彼女は負けず嫌いだった。

プロデューサーはその意気だと笑った。

プロデューサーはハンバーガーとポテトを食べた。

加蓮は顔をしかめた。

「私がジャンクフードを制限してるのは知ってるよね?」

「うん。この前、聞いた」

「なのに目の前で食べるわけ?」

「つい」

「ついじゃないよ。まったくもう」

ウーロン茶をぐびぐびと飲んだ。

コップを机に強く置いた。

プロデューサーを睨みつけて、レッスンに向かった。

気分は最悪だと思った。

ひと月経っても毎日が嫌だった。

レッスンは厳しかった。

同じ事務所のアイドルは華やかな世界で活躍していた。

加蓮は地道に続けるしかなかった。

走り、踊り、声を出し、文句を言って、帰って寝た。それを繰り返した。

ふた月経つとその生活に慣れた。

苦しい日々だった。

加蓮は弱音を吐いた。

辛くて苦しくてみじめだとこぼした。

そしてもっと頑張ると言った。

加蓮は友達に明るくなったねと言われた。

母からはよく笑うようになったわねと言われた。

加蓮は笑顔で否定した。

「毎日、苦しいことばっかりで嫌になるよ。今日も筋肉痛だしね」

加蓮は寝付けない日が無くなったことに気が付いた。

そして、空虚さが消えていたことに気が付いた。

しばらくすると加蓮に仕事が来た。

ミニライブの仕事だった。

ライブ前日、加蓮は不安を感じていた。

プロデューサーは帰って早めに休めと言った。

加蓮は従わなかった。

不安に押し潰されそうだった。

だから夜の公園でダンスの練習をした。

レッスンで繰り返したことを確かめた。

何度も確かめた。

汗をかいた。

身体は火照った。

夜は眠れなかった。

緊張と寝不足で身体は思うように動かなかった。

ライブ中、加蓮は倒れた。

目の前が反転して、白くなった。

「あ」と呟いて意識が飛んだ。

事務室に運ばれた。

目覚めると額に冷えピタが貼ってあった。

プロデューサーが隣に座っていた。

大丈夫かと声をかけられた。

大丈夫だと加蓮は答えた。

それから泣いた。

悔しくて泣いた。

帰って休めという言葉は正しかった。

裏切ってしまったと泣いた。

積み上げてきたものがすべて崩れてしまったような感覚があった。

ああ、またやってしまった。

せっかくの居場所がなくなってしまう。

居られなくなってしまう。

加蓮は怖かった。

とめどなく涙が溢れた。

プロデューサーに謝って、それからスタッフに謝った。

事務室は、溜息と失望が入り混じった重い空気で満ちていた。

帰りの車の中でプロデューサーは加蓮を叱った。

「休むことも大事な仕事だ」

その後でプロデューサーは謝った。

「加蓮。不安にさせてごめんな」

加蓮は首を振った。

自分が全部悪いのだと思った。

後悔してももう遅かった。

加蓮は泣かないと決めた。

「2度と同じことはしない」

加蓮は言った。

拳をぐっと握りしめた。

プロデューサーから借りたハンカチがくしゃくしゃになった。

次の日。アイロンをかけて返した。

ライブの日から加蓮は愚痴を漏らさなくなった。

以前よりも素直になった。

体力は相変わらずなかった。

だから付けることにした。

歌は上手くなかった。

だからたくさん練習することにした。

ダンスが下手だった。

だから目一杯、集中して踊ることにした。

加蓮はのめり込んだ。

プロデューサーは「変わったな」と言った。

加蓮は首を傾げた。

我が身を振り返った。

思わず?が緩んだ。

頑張れるんだと初めて知った。

まだ何もできるようになったわけではない。

結果を出したわけでもない。

問題はこの先だと思った。

だが、それでも加蓮は言った。

「プロデューサー」

「うん?」

「私を見つけてくれてありがとう」

加蓮の?が顔が赤く染まった。

加蓮は集合場所に向かって歩いていた。

数ヶ月前に組んだトライアドプリムスのメンバーも一緒だった。

凛は先に集合場所に着いていると連絡が来た。

加蓮は奈緒と2人で歩いていた。

電車に乗り遅れるのではないかと奈緒は焦っていた。

早歩きになっていた。

加蓮は自分のペースで歩いた。

「おい。加蓮、早くしないと遅刻するぞ!」

「まだ大丈夫だよ」

「10分前行動ってプロデューサーさんも言ってたろ! 余裕を持とうぜ!」

「うん。余裕を持ってゆっくりと行こう」

「そういう余裕じゃねーよ!」

加蓮は笑った。

奈緒は歩くペースを緩めた。

加蓮に合わせてくれた。

「仕方ねえな」とため息をついた。

2人で歩いていると交差点に差し掛かった。

ビルに大きなモニターが設置されていた。

例の交差点だ。

加蓮は顔を上げた。

モニターから目を逸らした。

「お」と奈緒が声を漏らした。

加蓮は早歩きになった。

「おい。加蓮、ちゃんと見ろよ。綺麗な子が映ってるぞ」

奈緒はニヤニヤとしながら言った。

うるさいよと加蓮は返事をした。

気恥ずかしかった。

モニターには1人のアイドルが映っていた。

笑顔だった。

歌っていた。

踊っていた。

テロップが表示された。

【トライアドプリムス・北条加蓮】

終わり

以上です。
お付き合いいただきありがとうございました。

定期的に書きたくなるシリアスです。以前も似たような雰囲気の話を書いてます。よろしければ読んでみてください。

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では

なんでいつも「頬」が出ないんだあなたは

>>29
何度目でしょうね…すみません

?は「ほほ」です
頬ですね

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