【ミリマス】七尾百合子「素敵な勘違い」 (28)

===1.

まず初めに、どれほど冷静沈着な人だって誤解をすることってありますよね。

人間誰しも理解しているごく当たり前のことだけど、
誰が、いつ、どんな風に物事を勘違いしてしまうかまでは……残念ながら、予測するなんてできないのだ。

さて……その日、私こと七尾百合子はウキウキとした足取りで劇場廊下を歩いていた。
手には昨日読み終わったばかりの話題作、『人の振り見て我が振り直せ』を持っていて――

あっ、この『人の振り見て我が振り直せ』は青春学園小説の傑作『ことわざ部』シリーズの最新刊。
一癖も七癖もあることわざ部員が集まる部活に毎回学園の生徒が悩み事を持ち込んでくる形で
ストーリーが展開するタイプのお話で、笑いあり涙ありバトルあり、時にシリアス時にロマンス、
もう現役学生なら絶対に、一度は読まなきゃ青春時代の半分以上を損してる――っとと! ストップ!!

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1507740175


「……あー、ダメダメ百合子。また一人で暴走しかけてた」

廊下で立ち止まり深呼吸。

好きな本のことを考えるとほんのちょっぴり少しだけ、勢いづいちゃうのは悪い癖――

この『ことわざ部』シリーズに出て来る冷静沈着な主人公のように、いつもいつでも平常心でいなくっちゃ。

……今回のお話にしてもそうだ。

一見平和そうなクラス、しかし裏では巧みにカモフラージュされたとある女生徒に対するいじめ問題が深刻化。

いじめられてる被害者の唯一無二の親友が彼女の微妙な変化を怪しみ
『ことわざ部』部室の扉を叩くところからこの物語は動き出し……

コンコンコン。
扉を三回ノックすると、古びた木製扉がギシギシ音を立て開けられた。

「はい?」

そして相談に来た私のことを出迎えたのは、小学生に見間違えちゃいそうなほど背の低い女の子。
童顔って言ったらいいのかな? 結構可愛い顔してる。


「すみません、手紙を出した者ですが……」

「ああ、アナタが今回の依頼人? ……なんだか間抜けそうな顔」

けどこの子、見た目の割に口が悪いぞ。

彼女に招き入れられると、私の視線は誇りっぽい部屋の中央にデンと置かれた机へと吸い寄せられていた。
もっと正確に言うならば、机そのものではなくてその上に組み立てられたトランプタワー。

「めっ! ですよ、副部長。その口のきき方はお客さんに対して失礼です」

そしてそのトランプタワーを作っていた、噂の『ことわざ部』の部長……くせっ毛ショートの髪型に、キッチリ着こなしてる制服。
彼女の姿はまるでそう、生徒会委員のようにカッチリした――きゃっ!?

「あ痛っ!」

突然感じた衝撃に、目の前から掻き消えるトランプタワー……だけじゃない。
教室も、木製校舎の木の匂いも、放課後の日差しも私の前から消え去って……うん? でも部長とあの子は消えてない。

「あいたたたぁ……あれ?」

劇場の廊下に尻もちをついた私と同じ体勢で、「ちょっと百合子さんドコ見てるの!」なんてあの口の悪い子が怒ってる。
そんな彼女の隣には、私たち二人に手を差し伸べる瑞希さんがスラッと立っていて。

「お二人とも怪我はないですか? ……よそ見してると危ないぞ」

「瑞希さん、よそ見してたのは桃子じゃなくて――」

「ごめんなさい副部長さん! 私、また物語の中に飛んじゃってて」

「――百合子さんの方だけど……ってゆーか副部長ってなに? 桃子は桃子なんだけど」


瑞希さんに支えられながらゆっくりお尻を持ち上げる。
それからスカートの埃をパタパタ掃い、私は床に落としちゃった本を拾い上げた。

「ああ、ごめんね桃子ちゃん。副部長って言うのはこの『ことわざ部』シリーズに出て来る女の子で――」

そうして説明を始めようとしたら、瑞希さんが嬉しそうに両手を頬に添え「なんと、七尾さんもそのシリーズを?」

「えっ? もしかして瑞希さんも?」

「はい。少々ご縁がありまして、全巻うちに揃っています」

「ホントですか! ……嬉しい! こんな近くに読んでる人がいるなんて!」

「見たところ七尾さんがお持ちのそれは最新刊。私も今読み進めている途中でして――」

そのまま読書談義が開かれようとしたところに副部長――じゃない、桃子ちゃんが割って入って来る。

「百合子さん瑞希さんこっち向いて! 桃子のことを無視しないの!」

でもこの台詞が彼女の口から出た瞬間、私と瑞希さんは顔を合わせて頷いてた。


「出ました、副部長の例のアレ」

「自分が蚊帳の外に置かれると、怒って注意を引くんですよね!」

「部で唯一の三年生。なのに時々子供っぽい副部長……萌え」

「そうそうそれですそうなんです! だから普段の口の悪さも許せちゃう♪」

そして私たちの会話は弾みだし……。

その間、桃子ちゃんはずーっと不機嫌そうな顔をして私と瑞希さんの会話を聞いていたんだけど、
別れ際には眉間にしわを寄せながらこう言ったの。

「百合子さん……その、『ことわざ部』シリーズとか言うの」

「うん、この本のシリーズがどうかした?」

「……小学生でも読める本? ……えっと、その、漢字的に」

===2.

――とまぁ、そんな嬉しい出来事があったことを私は親友の杏奈ちゃんとの
お喋りトピックに追加して、彼女の待っている楽屋の前までやって来た。

左手には例の『ことわざ部』(そもそもこれは杏奈ちゃんに押し付け――貸してあげようと思って持って来てた物なんです)

右手でドアノブを回しながら、私は楽屋の扉を開け……意図せず目撃してしまったのだ。
この劇場に潜んでいた、陰湿な闇の存在を。

「だからさ、杏奈もわかるよね」

「いつも遊んでるアタシらへの、いわゆる感謝の気持ちをさ」

「……はい。わかり、ます……」

「だったらちゃんと分かるよう、態度で示してくれなくちゃ……ね、歩もそう思うでしょ?」

「へっ? あ、ああ! ……そうだな、なるべく目に見えるような形でな」

……な、なにこれ!? なにこれ!? なんだこれっ!!?

開け掛けていた扉を思わず戻し、数センチだけ作った隙間から部屋の様子を覗き見る。
この瞬間、向こうがこっちに気づかなかったのは不幸中の幸いと言うべきか。

まるでどこかの家政婦がするように、しっかりと二つの目を凝らし、耳を澄ませて集中する。
一体みんななにしてるの? ……ううん、薄々予想はつくけども。


「どうするのり子、なんかある?」

「そういう恵美の方はどう?」

「まぁまぁ待てよ二人とも。杏奈が何か言いたそうだぜ」

部屋の中には杏奈ちゃん。それからのり子さんと恵美さん、歩さんの四人が一緒に立っていて。
でもみんな、楽しく会話してるって風じゃない。

なんだか怯えた杏奈ちゃんを囲み、ニヤニヤ笑ってるのり子さんたちの姿って言うのは……
そう、まるでいじめをしているいじめっ子。カツアゲをしている不良そのもので。

「あの……いくら、ですか?」

「はぁ?」

「え、えっと……杏奈、いくら出せば……」

「いくらって……。待って待って杏奈、勘違いしてる」

のり子さんがそう言って、杏奈ちゃんの首に腕を回す。
歩さんが杏奈ちゃんを挟んで反対側に移動する。

それから恵美さんが杏奈ちゃんの、正面に立って彼女としっかり目を合わすと。

「ねぇ杏奈、アタシら四人の関係はマブダチでしょ? マーブーダーチ。……お金なんてさぁ、いらないから」

するとのり子さんが「そうだそうだ」と相槌をうち。

「友情って、お金で成立しないよね。それじゃあまるでアタシたちが、杏奈を食い物にしてるみたいじゃんか」

「え、でも……杏奈、お金しか払えないし……」

「……ん? 待て待て杏奈、ホントにお金を出す気なんじゃ――」

歩さんが喋り出した途端、キュッと身を縮めて強張る杏奈ちゃん。
恵美さんが「いいから歩は黙ってて」と彼女の話を遮って

「アタシらはさ、もっと杏奈と仲良くしたいワケ。例えばそう……こんな風に」


次の瞬間、恵美さんが杏奈ちゃんのほっぺを引っ張った。
ふにふにもちもち柔肌が、恵美さんの手入れされた指でつままれたことによりみょんと伸びる。

「あ……!」

「おっと、アタシのことも忘れないでよ」

それからのり子さんまで杏奈ちゃんのサラサラヘアーを鷲掴み……
ぐしゃぐしゃぐしゃって音が聞こえそうな手付きで彼女の頭を撫で始めた!

ほっぺをつままれ、髪を弄られ、
杏奈ちゃんの「んっ……あっ……」なんて苦しそうな声が楽屋の中に響きだす。

「ひゃ……ぐしゃ、ぐしゃ……やら……!」

「ん~? 何言ってるか分かんないぞー?」

「もっと杏奈は、強めに撫でて欲しいのかな~?」

なんてこと! 杏奈ちゃんは二人にされるがまま。
さらにそこに、「えっと、アタシも何かしなくちゃな」と歩さんまで加わって――。

「うーん……よっと!」

「きゃあっ!?」

後ろから体を持ち上げられて、杏奈ちゃんが一際高い声を上げた。
それもそのハズ、歩さんの両手は高い高いするためにしっかりと杏奈ちゃんの胸を掴んでいて。


「ちょっと歩、なにしてんの!」

「それは流石にやりすぎってば!」

「えぇ? でも可愛がるなら――」

その時彼女が言った言葉を、私は聞き逃さなかった。

……可愛がる、それはいじめっ子がいじめの相手に使う言葉。
さっきから「遊ぶ」とか「感謝」とか「お金」なんてワードが出るたびに、まさかまさかと思ってたけど……。

私の中にあった疑念が、静かに確信へと変わる。
もしかしてだけど杏奈ちゃん、あの三人にいじめられてるっ!?

===3.

ショックだった。物凄くショック。

それは確かに、のり子さんたちはインドアな私や杏奈ちゃんとは違ってアウトドア派。
休日なんかは街に出て、ドライブやショッピングやスポーツに、汗を流すようなタイプの人たちだって思ってたけど。

でも、でも! 自分たちよりも弱い人を――この場合は、明るい暗いの暗い方を――
ワケも無くいじめるような人たちじゃないって、弱気を助け強気を挫く、そう言う人たちだって思ってたのに!


なのに……なのに、目の前の現実は残酷だ。

私の親友の杏奈ちゃんは、理由は分からないけどあの三人にいじめられてる。
その現場を、私はこうして見ちゃってる。……全然、私気づかなかった。

だって、だって劇場のみんなは仲間だから。
たまに意見がぶつかることはあっても、みんな仲良しだって思ってたから!


私の目には少なくとも、今までそう映っていたんだから……!


それに、許せないのはのり子さんたち三人だけじゃない……私もだ。私、七尾百合子自身もだ!

杏奈ちゃんの唯一無二の親友だって自負しながら、
彼女がいじめられている事実に私は今まで気づかずに、毎日を呑気に過ごしてた。

いつも彼女と二人でいたって言うのに、もしかすると杏奈ちゃんが必死の思いで出していた
些細な変化のSOSサインを見つけることもなく……

ああ、自分が不甲斐ない! 情けない! 消えてしまいたいけど消えちゃったら
杏奈ちゃんを助けられなくなっちゃうから消えたくないっ!

全く私はダメな奴だ。人に言えないほどの悩みを親友が抱えているというその時に、
自分は一体何をして……ああそうだ。私は本を読んでいた。『ことわざ部』シリーズ最新刊、『人の振り見て我が振り直せ』!!

でもここに、学園のトラブルを解決してくれる『ことわざ部』なんて無いんだから。
現実に起きた問題に、立ち向かうのは自分自身の意思だから。

私が……私が、勇気を出さなくちゃ! 

あの小説に登場した、女生徒の姿が杏奈ちゃんと被る。
だったら彼女を救い出す、物語を動かした親友は――。


「ちょっ、ちょっと待ったぁっ!!」

気づけば、扉を開けて叫んでいた。四人の視線が一斉に集まる。膝がガクガクと震えている。
いつも見ているのり子さんたちが、今は全然知らない人に見える。

「あ、あ……杏奈ちゃんを」

震えるな、声! 伸ばし切れ、背筋!
勇気を奮い立たせるよう、私は『ことわざ部』の本をギュッと胸元で抱きしめて。

「杏奈ちゃんを……はっ、放してあげてください!」

若干上擦ってはいたけれど、思ってたよりも大きな声。
自分自身でビックリする、こんな大きな声が出せたんだって。

きっとボイストレーニングのお陰かな? なんてなんて、この場から逃避しようとするな意識! 
今だけはちゃんと前を向け! ……まだ物語の途中なのに、他の物語に逃げ込んじゃったらダメじゃない!


「――杏奈を放せ? ……百合子、なんか誤解してない?」

「アタシたちはただ、仲良くお喋りしてるだけだけど――ね? 杏奈」

のり子さんと恵美さんが顔を見合わせ、私に向かってそう答えた。
そしてそんな二人に挟まれて、凄く驚いた顔をしている杏奈ちゃん。

そりゃそうだよね、だって、私に隠してたことだから。
自分がいじめられてることなんて、ホントなら誰にも知られたくないもんね。

「あ、はい……その、そうです」

ああ、かわいそうな杏奈ちゃん。

のり子さんに肩を掴まれて逃げ出そうにも逃げだせない。
正直に話したくても話せない。

おまけに歩さんがそんな三人の顔を順に見て。

「え、なんで百合子? それに、えーっと……みんなこのまま続け――」

次の瞬間、恵美さんが歩さんの肩に腕を回したかと思ったら、
そのまま引っ張るようにして杏奈ちゃんを囲んで円陣を組む。

そして、聞こえそうで聞こえないこしょこしょ話が始まった。

「あ……さん。アドリ……下手」

「興ざ……だよー」

「いや、急にそんな……超能力かって」

詳しい内容までは分からないけど、
でもきっと杏奈ちゃんをイジメて無いって言い訳なんかを考えてるのに違いない!


「んじゃ歩、空気読んでこ?」

「お、おう!」

恵美さんがポンポンと歩さんの肩を叩き、密談の輪がパッと開かれる。
それから、歩さんは両腕を組んで一歩こちらに足を踏み出すと。

「な、なんだぁー、百合子ぉ? 杏奈にー、えっと、用事でも……あるのかよー!」

「あります! その……見てました! 私!」

でもここで、歩さんに負けてちゃ他の二人を相手するなんてどだい無理だから。
私は緊張と一緒にごくりと唾を飲み込むと、まるで感覚の無い足を前に踏み出した。

「さ、三人が杏奈ちゃんに意地悪してるとこ……扉の隙間から、バッチリと」

言って、私はググッと歩さんのことを睨みつける。

今の私は"風の狩人”、その鋭く尖った眼光は、並み居る獣を怯ませる――
そう、よく妄想しているファンタジックな設定を、今こそ現実で使う時!

すると私の圧に押されたのか、「えっ? 百合子、怒ってる?」なんて歩さんが三歩後ろに下がり……

よし勝った! 私は自力で道を開き、そのまま歩みを進めていく。

>>13訂正
〇すると私の圧に押されたのか、「えっ? 百合子、怒ってる?」なんて歩さんが三歩後ろに後ずさり……
×すると私の圧に押されたのか、「えっ? 百合子、怒ってる?」なんて歩さんが三歩後ろに下がり……


「どうして杏奈ちゃんなのか、どうして皆さんがそんなことをしているのかは知りません。でも――」

「知らないなら、そのまま見て見ぬふりをしてればいいじゃん。……いちいち首突っ込んだりしないでさ」

でも今度は、恵美さんが私の行く手を遮った。
顔はニコニコしてるけど、その目は全然笑ってない……。

でもここで引いちゃったら杏奈ちゃんを助けるなんて夢のまた夢。
こんな時に使うべきは――。

「もう! 恵美はいつもそう!」

「うぇっ!? こと――百合子?」

「ホントはそんなことしたくないのに、友達のことが大切だから……自分に嘘をついてまでも、周りに合わせちゃうんだよね」

「え、まぁ……うん。そう……」

「私は、恵美が優しい子だって知ってるから。恵美の過去にどんなやましいことがあったって……そんな恵美を信じてる」

「こっ……百合子」

「だからもう、自分を偽るのは止めて。……分かるよね? どうしたらいいか」

「……うん、分かる……ごめんね杏奈」

「えっ……め、恵美さん……?」

まさかまさかの効果てきめん。しっかり者の琴葉さんみたいに皆に頼って貰えちゃったら……
なんて自分を想像して、密かに練習していた"優等生な私"がここまで彼女に効くだなんて!


シュンと俯いて道を開けた恵美さん。
私と杏奈ちゃんの前に、最後の刺客、のり子さんが仁王立ちして立ち塞がる。

流石に彼女の迫力は、他の二人より大きくて……だけど!

「私には、これが正しいことだって思えないから。大切な……親友がいじめられているのに、見て見ぬふりなんてしたくないっ!」

「なら力尽くでアタシを止めてみなよ? 荒っぽいのは嫌いじゃないよ!」

目の前で構えるのり子さんを真っ直ぐ見て、私はあの撮影を思い出しながら握った右手に力を込める。
……私はヒーロー、私はヒーロー! 今から放つ一撃は、悪を打ち破る正義の拳!

「……なーんてね。百合子、そろそろネタバラ――」

その時、のり子さんに隙が出来た。バトル物で例えるなら、強敵が油断をした瞬間と言うヤツだ。

――この一瞬を、逃せば私に次は無い! 囚われの杏奈ちゃんを助けるために、力を貸してっ! マイティ・セーラーっ!!

「キネティック・パワー、全っ開!!」

「えっ!?」

次の瞬間、私の放ったストレートは……見事に油断していたのり子さんの頬を捉えて彼女を床に打ち倒した。
ついでに勢い余った私の足が、その場で複雑に絡み合い――。

「ぶべしっ!」

「わきゃっ!?」

「あっ! あっ! ああっ!!?」

つんのめった体は誰に受け止められることも無く、目の前で呆気に取られていた杏奈ちゃんをも押し倒し――

どんがらがっしゃーん! 大きな音を鳴り響かせ、床に転がる私たち三人。
どうも肘まで入っちゃったようで、エビみたいに背中を丸めたのり子さんがお腹を押さえてヒクヒクしてる。


「ゆり、こぉ……ひどいぃ……」

「……マイガー。え、えげつねーなー」

「アタシ、百合子を見る目が変わりそー……」

そうして歩さんと恵美さんが倒れたのり子さんに近寄って
「大丈夫?」「あっちゃー、頬っぺた真っ赤になってるよ」なんて心配そうに声をかける。

……それにそう、二人だけじゃない。

「の、のり子さんしっかり! ……百合子さん……いくらなんでも、やり過ぎ……」

え、っとぉ……ど、どうして杏奈ちゃんは、そんな怯えた顔で私のことを見てるのかな?
それだけじゃなく、のり子さんの体に心配そうに手を置いて。

い、いじめられてたんじゃ無かったの? こういうのって基本的に、
「怖かった!」なんて泣きながら私の胸に飛び込んで来たりする展開じゃ……。


はっ! ま、まさかこれ、主人公の力が圧倒的過ぎて逆に引かれちゃったパターン!?
だとしたらマズい、マズいよぉ。せっかく勇気をだして助けたのに、完全に裏目に出ちゃってるもん!


「……これはまた、見事ですね」

「うひゃあっ!?」

「どうも本日の私には、七尾さんを見下ろす縁があるようです」

そしてまた、この場に新たな人物が。いつの間にやって来ていたのか、
私の傍にはこっちに手を差し伸べる瑞希さんがやっぱりスラッと立っていて。

「楽屋の前で不審に佇む七尾さんの姿をお見掛けして、なにをしているのかと思いましたが
……まさか、討ち入りとは恐れ入りました」

「してませんしてません! そんな物騒なことはしてません!」

「ですが現に、福田さんはこうしてのびています」

「これは、その、物語の行きがかり上、避けては通れない障害で――」

……って、そうだ! のり子さん! ……だ、大丈夫かな?
いくらなんでもやり過ぎた感が、今更になって沸々と……。

「あー、うぅ……クラクラする」

恵美さんたちに抱えられて、のり子さんがよろよろと立ち上がる。
それになぜか杏奈ちゃんも、一緒に肩を貸していて。

「百合子ぉ……さっきのパンチ、凄い効いた……」

「ああ、物凄かったよな。……目にも止まらぬ電光石火」

「喰らったのり子、飛んでたもん」

「……杏奈も、びっくり」

「ほ、本当になんかごめんなさい……。杏奈ちゃんを助けるのに、今しか無いって思っちゃって」

でも、あれ、なんだろう? ……目の前にいる四人の顔、いつも知ってる雰囲気だ。
杏奈ちゃんものり子さんに寄り添って、気に掛けるように彼女の顔を覗き込んでる。


「のり子さん、ごめんなさい……。杏奈、こんなことになるなんて……思わなくて」

それに……謝っ……てる? のり子さんに。
杏奈ちゃん、いじめられてたハズなのに?

「あー、平気平気、大丈夫。ちょっとジンジンしてるけど、歯が折れたりなんかもしてないし」

「でも……唇、切れて血がでてる……」

「杏奈が心配しなくても、それもすぐに元に戻るって! ……大体、アタシも悪いトコあったしさ」

そうして、のり子さんが杏奈ちゃんの頭に手を置いた。
さっき見た乱暴な手つきじゃない、ゆっくり優しく不安を取り除くように彼女の頭をひと撫ですると。

「……百合子」

「は、はいっ!」

「……ごめん! 面白半分にからかったらさ、アタシ、罰当たっちゃった!」

そう言って、のり子さんは照れ臭そうに歯を見せた。ううん、彼女だけじゃない。
恵美さんも、歩さんも、それになにより杏奈ちゃんも……どこかバツの悪そうな顔をして、こっちのことを見つめてる。


「えっ、からかったって……どういう?」

「……七尾さん、こちらをどうぞ」

そんなワケが分からなくなり始めた私の肩を、トントンと瑞希さんが叩く。
振り向けば、彼女は一冊の台本のような物を手にしていて。

「これは、今度の舞台の脚本です。……そこの机にありました」

「脚本……」

「中を覗けば合点がいきます。街の不良ABCに、それぞれ福田さん、所さん、舞浜さんが振られていて――」

「ん……それで杏奈が、いじめられっ子。……みんなで練習、してたんです」

「で、でも! ……でも、杏奈ちゃんたちがやってたの、とても劇の練習には見えなかったよ?」

狼狽えながら私が訊くと、のり子さんが頭を掻きながら言ってくれた。

「それなんだけど、台詞通りじゃイマイチ役が掴めなくて。アドリブ効かせてやってたら、ドンドンみんなふざけだして」

「そこに百合子が扉を開けて、『ちょっと待った』とか言うからさ」

「……いつもの、暴走。……ヒーロー役がいないから、ちょうどいいねって……杏奈が、みんなに話したの」

「んで、後は知っての通り……。まさかのり子が吹っ飛ばされるとは、夢にも思わなかったけど」

そう言って、四人が顔を合わせて苦笑する。
……でも、でも、あれが全部お芝居とその延長だったとすれば、私、私……!


「ご、ご、ごめんなさいっ!!」

多分これが、今日一番大きな声だった。
のり子さんの傍に駆け寄って、涙目になって頭を下げる。

「私、ホント、とんでもないことやっちゃって……。どうしましょう!? お詫びに何かできること……
あっ、そうだ! のり子さん、私を思い切り殴ってください!」

「はぁっ!? お、おいおい百合子落ち着きなよ」

「落ち着いてなんて居れません! それにのり子さんだけじゃない……歩さんも! 恵美さんも!
私、ビンタでもなんでも受けますからっ!」

ああ、ああ、やったやっちゃった! 私ってばとんでもないことしでかした!!
早とちりと勘違いを重ねに重ねたその結果、人に大きな怪我までさせて!

もう本当に自分が情けない! 許せない! 穴があったら入りたい!
でも、そんな私の肩にのり子さんは、優しくポンと手を置くと。

「いいからいいから、自分を責めない。誰にだって誤解や勘違いはあることだし」

ああ、なんて優しい人なんだろう! 女神のような微笑みは、慈悲の輝きで満ちている!

「ここは喧嘩両成敗。本当はそんな気無かったけど、百合子がそこまで望むなら――」

でも待って。どうしてのり子さんは笑顔で右手を構えてるの?
恵美さんが私を羽交い絞めにし、歩さんがそれを見て苦笑い。

杏奈ちゃんが心配そうにオロオロしだし、瑞希さんがグッと私に向けて親指を立てた。

「やっぱり後腐れは無い方が、お互いスッキリできるしね! それじゃあ百合子、歯ぁ食いしばれ~!」

あっ、ああっ!? 二秒後の自分の姿が見える! 左の頬を真っ赤に腫らし、
みんなに「申し訳なかったです」とトホホ顔で謝る自分の姿!!

やだ、私ったらいつの間に未来を予知する能力を――や、やっ! ビンタ、ビンタ! ビンタが嫌ああああぁぁぁっ!!

===4.

「はぁ~……まだ痛い」

「……大丈夫? 百合子さん」

「うん……。なんとかね」

さて、結論から先に言ってしまえば、のり子さんのビンタは痛かった。
でもわたしは、この痛みは青春の痛みなんだと前向きにとらえることにした。

例えるなら、河原の土手で決闘し、互いの力を認め合った主人公とライバルの気分かな。

それに私はまた勘違いからちょっとした騒ぎを起こしたけど、そのお陰で……嬉しいこともあったから。

「あのね、百合子さん」

「ん、どうかした?」

「杏奈を助けようとした時の百合子さん……かっこよかった」

「そ、そうかなぁ? 今さら思い返してみると、結構滑稽だったと思うけど……」

「ううん、そんなことない。……本当に、ヒーローみたい……だったから」

濡れタオルを私の頬に当てながら、杏奈ちゃんが恥ずかしそうに首を傾げる。


「だから……ありがと、です」

「……杏奈ちゃん」

「もし杏奈がね? 本当にいじめられてたりしたら……そうでなくても、何か困ったことがある時は……。
きっと百合子さんのこと、呼んじゃうな」

私は彼女の親友として、頼られる存在でいたいから。
私に向けられるこの笑顔を、守ってあげたいと思うから。

「う……うん! 私も杏奈ちゃんの声が聞こえたら、ヒーローみたいに飛んで行く!」

私が大きく頷くと、杏奈ちゃんがますます照れ臭そうにはにかんだ。

「嬉しい……です。二人の、約束……」

「しよう! 指切り!」

そうして小指同士を絡めあい、指切りの歌を口ずさむ。――現実は物語とは違うから、
自分たちに起きたトラブルを華麗に解決してくれる主人公みたいな人はいないけど……。

でも! だったらこう考えることだってできるハズ。
自分たちのトラブルだからこそ、自分たちで解決だってできるかも! 


……そういう素敵な勘違いは、私、いくらでもしちゃっていいと思うんです!

===
以上、おしまい。ネタ元は雑スレでのやり取りより。

それでは、お読みいただきありがとうございました。

まさか一晩で完成するとは、凄い....
最後まで百合子らしい話だった、乙です

>>1
七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/oNaYKxk.jpg
http://i.imgur.com/ntAZkuz.jpg

>>3
周防桃子(11) Vi/Fa
http://i.imgur.com/2CVIjwV.jpg
http://i.imgur.com/9ljd6Vu.jpg

真壁瑞希(17) Da/Fa
http://i.imgur.com/8edNqaH.png
http://i.imgur.com/Y9y6T06.jpg

>>6
望月杏奈(14) Vo/An
http://i.imgur.com/471KyIG.jpg
http://i.imgur.com/4eHfLZQ.jpg

所恵美(16) Vi/Fa
http://i.imgur.com/kzw1B6Z.jpg
http://i.imgur.com/Dsude19.jpg

福田のり子(18) Da/Pr
http://i.imgur.com/DFTdII3.jpg
http://i.imgur.com/NxxbLET.jpg

舞浜歩(19) Da/Fa
http://i.imgur.com/mCvqpEi.jpg
http://i.imgur.com/d5xXzBI.jpg

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