少女「好きです、先輩」 (122)

※百合エロ注意

春。
晴れて志望校に入学できたわたしは、さっそく仲良くなった友だちと部活動見学に来ていた。
わたしは早産だったゆえに身体が弱く、体育系ではなく文化系の部活に入ろうと考えていたけれど、その友だちに付き合って体育系の部活を見て回っていた。




「はーい! では皆さんの一つ上の先輩かつ、うちの部のエース、女先輩が泳ぎのお手本を見せてくれまーす!」

女「……部長、ハードル上げるのやめてくださいよ」

部長「事実でしょ? さあさ、泳いで泳いで!」

女「もー……」




長い髪をまとめてからキャップを被って、エースと呼ばれた女の子がスタート台に立った。
わたしたちが今来ているのは、学校内でもかなり施設の整った屋内プール場。
そこで、女子水泳部の見学をしている。
なんでも、開校当時は女子男子共に水泳部がかなり強かったらしい。
しかし年々落ち目になって部員も減ってしまい、今では女子水泳部の部員数が二桁にすら届いておらず、男子水泳部に関しては既に廃部になってしまったとか。
ヤル気のある子募集!! と、腕を大きく振って部長さんが叫んでいた。

部長「準備できた? じゃ、あたしがスタートの合図するから!」

女「お願いします!」

部長「よーい……」




部長さんが、ホイッスルを鳴らす。
その瞬間に、先輩がプールに飛び込んだ。




少女「……すごい」




平泳ぎで、すいすいと泳いでいく。
レーンから外れることはもちろん、進行方向が斜めになってしまうこともなく、真っ直ぐに。
程なくして50メートルの距離を泳ぎきり、プールの端に手を付いた。
見学に来ていた新入生たちから、歓声が上がる。
先輩が水面から顔を出して、ゴーグルを外した。

部長「……ふむ、自己べより下だねえ。 緊張した?」

女「するに決まってるじゃないですか!」




そう言って頬を赤く染める、先輩。




部長「とゆーわけで! 誰でも1年間やればあれだけ泳げるようになります! 部員大募集中なので、ぜひ来てくださ~い!!」




ぶんぶんと部長さんが手を振る中で、新入生たちは次の部活へと向かっていく。
その流れの中で、わたしだけがその場に立ち尽くしたままだった。




少女「かっこいい……」




そう思った。
見惚れていた……と、思う。 たぶん。
スタートを待つ姿も、飛び込む姿も、泳ぐ姿も。
エースと呼ばれた先輩の、その姿に。

―――――――――――――――――――――――




少女「よいしょっ……」




中身の詰まった”ポカリ”と書かれた青い水筒をカゴに詰めて、持ち上げる。
あの後、わたしは女子水泳部のマネージャーになっていた。
先輩の泳ぐ姿を見たあの時、一緒に見ていた友だちに心配そうな声色で声をかけられるまで、わたしはプールサイドにぼんやりと立っていた。
見ていたのは、先輩の姿。
プールから上がろうとしている先輩を、ぼーっと見ていた。
早く次に行こうと友だちに急かされてはっとして、一言謝ってから屋内プール場から出ようとしたところで、声をかけられた。

『水泳部、興味ある?』

振り向くと、水に濡れたままのあの先輩が、にっこりと笑顔を浮かべてわたしを見ていて。
わたしは反射的に頷いてしまってから、慌てて身体が弱くて激しい運動はできないと付け加えた。
それを聞いた先輩は、顎に人差し指を当てて少し考えて。

『ちょっと待ってて』

と言ってその場を離れて、部長さんのところに向かった。
わたしは友だちに先に行っていてと伝えて、先輩を待った。
他の部員たちが泳ぐ姿を見ながら待っていると、さっきと同じ笑顔を浮かべた先輩が戻ってきて。

『うちのマネージャー、やらない?』

その言葉に、わたしはまた反射的にぶんぶんと首を縦に振ってしまって。
そうして、わたしはマネージャーとして女子水泳部への入部が決まったのだった。

少女「失礼しまーす」




屋内プール場に入って、中を見渡す。
マネージャーとなってはや一ヶ月。
夏の大会に向けて、部員みんなが一丸となって練習に励んでいる姿が見られる。




少女「水筒持ってきましたー!」

部長「あいよー! ありがとねー!」




水筒の入ったカゴをプールサイドに置いて声をかけると、部員たちが集まってきた。
今年の入部人数はわたしを含めて3人。
例年通りらしい。




「ぷはーっ! いやあ、やっぱマネージャーがいるっていいねえ!」

「こういうのやってくれると、その分を練習に充てられるからいいよね」

少女「今までは誰がやってたんですか?」

部長「当番制だよ。 月曜はこの人、火曜はこの人って」

少女「へえ……」

部長「マネージャーもいてくれたらなあとは思ってたんだけど、それよりも部員が欲しかったからそっちの募集には手が回らなかったんだよねえ。 よかったよ、少女がいてくれて」

少女「は、はい、頑張りますっ」

部長「これをキッカケに部員がもっと増えてくれたらいいんだけどねー……ま、その辺はうちのエースの活躍次第ってとこか!」

「えー、部長、私たちもですよー」




ふと、水筒を飲んでいる輪の中に、件の先輩だけがいないことに気が付いた。
プールを見ると、ちょうど彼女が泳ぎを止めて上がってくるところだった。
慌ててタオルと水筒を持って、彼女のところに向かう。

女「ふう……」

少女「お、お疲れ様です先輩っ! これっ、タオルと水筒です」

女「わ、ありがとう!」




先輩はキャップを外してから、タオルを受け取って顔を拭いた。
そのタオルを首にかけて、水筒に口を付ける。




女「んく、ふう……よしっ! ありがと、少女ちゃん」

少女「え、あ、はい、あの……」




タオルと水筒をわたしに渡して、再びプールに入ろうとする先輩。




少女「休まなくてもいいんですか?」

女「まだ大丈夫! 体力は有り余ってるから!」




手をピースさせて、にこっと笑う先輩。
いつもそうなのだ、この人は。
体力の限界まで練習して、部活が終わる頃にはぐったりとしている。

女「あ、タイム取ってもらってもいいかな?」

少女「は、はい! ちょっと待っててください!」




他の部員よりも、先輩は練習量が多い。
部員を増やすために結果を残さなければと、プレッシャーを感じているらしいと部長さんが言っていた。
首にかけていたストップウォッチとタイムを記録する兼泳ぐ姿を録画するためのタブレットを手に持って、先輩の待つレーンに向かう。




少女「お待たせしました!」

女「ううん、お願いね」

少女「はい!」




ゴーグルを着けて、先輩はスタート台に立った。




少女「よーい……」




わたしがホイッスルを鳴らしたと同時に、プールに飛び込む先輩。
ストップウォッチを持ちつつ、先輩の泳ぐ姿を追いかけながらタブレットで撮っていく。

少女「……はぁ」




わたしには、水泳に関する知識があまりない。
マネージャーになってから勉強こそしているけれど、それでもまだルールがわかった程度だ。
けれど……先輩の泳ぐ姿は、やっぱり綺麗だと思う。
もちろん、他の部員たちも綺麗に泳いでいる。
でも、先輩のは何かが違う。
何が違うのかはわからないけれど、そのせいでとびきり綺麗に見えてしまう。




女「ぷはあっ!」




先輩がプールの端に手を付いた瞬間に、ストップウォッチを止めた。
キャップとゴーグルを外して、先輩がプールから上がってくる。




女「どうだった?」

少女「更新はされてないです」

女「そっかー……撮ったの見せてもらってもいい?」

少女「はい」




先輩にタブレットを渡す。
録画した泳ぎを見ながら、先輩はうーんうーんと唸った。

女「どこが悪いのかな……少女ちゃん、なんか変なところ無かった?」

少女「え……えと」




先輩に泳ぎについて質問をされたのは、初めてだった。
しかし悲しいかな、素人目では悪いと思えるところが無い。
生憎今の水泳部には外部コーチがおらず、顧問も知識のない先生なので頼りにできない。




少女「……無かったです。 とっても綺麗でした」

女「……」




わたしがそう返すと、先輩はきょとんとした顔を浮かべて。




女「えっ……綺麗?」

少女「はい」

女「き、綺麗……私の泳いでるところが? 初めて言われたなあ。 へー、ふーん……」




ぽりぽりと頬をかきながら、自らの泳ぐ姿が映る画面を眺める先輩。




女「ま、まあ、変なところがないんならいいんだけど……いや、よくないかぁ。 なーんでタイム伸びないんだろ……」




そう独りごちる先輩の横顔もまた、見惚れてしまうほど綺麗だった。

―――――――――――――――――――――――




部長「それじゃ、今日は解散! 各自気を付けて帰ること!!」

「はーーい!!」




部活動が終了する時間になって、部長さんが部員たちに向かって声をかけた。




少女「戸締まりはわたしがやっておくので」

部長「ありがとね、助かるよ。 でも、掃除はみんなでやれるよ? いっつも一人は大変でしょ」

少女「大丈夫です! もう慣れましたし、皆さんも疲れてるでしょうし」

部長「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

少女「わたしにできることはこれくらいしかありませんから。 無理になったら言いますから、心配しないでください」

部長「……うん、わかった。 信じるよ。 じゃ、また明日ね」

少女「はい、また明日」




部長の後にならって、部員たちが更衣室へと歩いていく。
その中で先輩だけが流れに逆らって、プールサイドのベンチに横たわった。




女「つかれたー……」

少女「風邪引きますよ、先輩」

女「んーう……」




掃除用具入れからモップを取り出しながら、先輩に声をかけた。
寝る一歩手前のような声が返ってきて、思わず笑ってしまう。

少女「寝ちゃダメですよ、先輩」

女「寝ないよー……いっつも寝てないよー……」




マネージャーを始めて一ヶ月。
最初の頃は先輩も解散後に部長さんたちと一緒に着替えて帰っていたのだが、いつしか解散の後にベンチに倒れ込んで、着替えもせずにわたしが掃除をしている間にお昼寝するようになってしまった。
今ももう既に寝息を立てている。




少女「まったくもう……」




風邪を引いてしまったら大変なのに……とは思うものの、それほど疲れていることも確かなわけで。
それに。




女「んー……」




先輩の寝顔を見ることができて、嬉しくなってしまうわたしがいた。
こうして一人で掃除をしているのだって、先輩の寝顔を独り占めしたいから……とか、そんなワガママな理由だったりする。




少女「……っと、いけないいけない。 お掃除お掃除」




いつまでも先輩の寝顔を見ているわけにはいかない。
バスタオルを先輩の体にかけてから、わたしは掃除を始めた。

―――――――――――――――――――――――




少女「ふうっ……こんなものかな」




プールサイド全体にモップを掛け終えて、一息つく。
あとは今日使ったタオルを洗濯して、更衣室に干しておけばお仕事は終わり。
なのだが。




女「むにゃむにゃ……」




相変わらず、先輩はすやすやと寝息を立てたままだ。
毎度毎度心地よさそうな表情で寝ているため心苦しくなるのだが、いい加減起こさねばならない。




少女「先輩、起きてください。 もうお掃除も終わってしまいましたよ」

女「うぅん……あと五分……」




初めの頃は声をかけたらすぐに起きてくれたのに、今ではこの通り。
泳ぐ姿はカッコいいのに、水から上がればだらしなくなってしまうのが先輩だった。

少女「プールの鍵、掛けちゃいますよ」

女「んぐ」




目を擦りながら先輩が渋々と起き上がる。




少女「おはようございます、先輩。 タオル頂けますか?」

女「ふぁい……」




タオルを受け取り、カゴに放り込む。




女「ん~~~~っ……とっ! カゴ、私が持つよ」

少女「ありがとうございます」




先輩と並んで、部室兼女子更衣室に向かう。
女子更衣室には洗濯機があり、そこでいつもタオルを洗濯している。




女「タオル、洗濯機に放り込んでおくね」

少女「お願いします」




先輩が洗濯機にタオルを詰めている間に、わたしは洗剤を棚から取り出した。
洗濯機に洗剤を入れ、スイッチを入れる。




女「ふわぁぁ……あー、なーんでタイム伸びないのかなー……」




そんなことを言いながら、先輩はするすると水着を脱いでいく。
なるべくその姿を見ないようにしながら、わたしもその後ろでジャージから制服に着替える。

少女「知識のあるコーチがいてくれたらいいんですけどねー……」

女「そうなんだよねー……それも今年の結果次第だって顧問の先生が言ってたんだけど」




ふう、と先輩がため息を吐き出す。




少女「すみません、わたしに知識がなくて……」

女「いやいや、少女ちゃんは頑張ってくれてるよ。 部員のみんなもすごく楽になったって感謝してるし」

少女「で、でも、もっと役に立てるように頑張って勉強しますからっ! わたしは泳げませんけど、知識ならきっと……」

女「あれ、泳げないの?」

少女「はい。 今まで体育の授業は全て見学だったので」

女「ああ、そっかそっか。 海とか行ったことないの?」

少女「無いです。 両親は忙しい身なので……」

女「そっかぁ……水泳部のマネージャーになったのって、やっぱり泳いでみたいから?」

少女「いえ……」

女「あ、違うんだ。 どうしてなろうと思ったの?」

少女「秘密です」

女「えー!」




あなたの泳ぎに見惚れてしまったから……だなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。
着替えを終えた頃には洗濯も終わり、先輩と一緒にタオルを干してから更衣室を出た。

少女「すみません、毎回手伝ってもらってしまって」

女「気にしないでよ。 少女ちゃんいっつも頑張ってくれてるし、これくらい手伝わないと気が済まないもん。 それに、少女ちゃんが来る前は自分たちでやってたことだしね」

少女「……ありがとうございます、先輩」




優しく微笑んでくれる先輩を見て、やっぱりわたしはこの人のことが好きなんだと自覚する。
いつからだったろう。
もしかしたら、先輩の泳ぎを初めて見た時からかもしれない。 つまり、一目惚れ。
その時からずっと、わたしは先輩のことを見ていた。
泳ぐ時だけじゃない、先輩の所作はどれも綺麗に見えて。
水着の時に晒されている白い肌も、水に濡れた長い髪も。
先輩の全てが、わたしには輝いて見えた。
女の子同士なのに……とか、考えてしまうけれど。
もしかすると、好きになってしまったから先輩の泳ぐ姿が他の人よりも綺麗に見えてしまうのかもしれない。




女「最近、暑くなってきたよね」

少女「そうですね……でも、水着のまま寝るのはよくないと思いますよ」

女「ね、寝てないから! ごろごろしてるだけだから!」




守衛さんに鍵を返して、学校を出る。
先輩もわたしも電車通学であり、降りる駅こそ違うものの電車に乗るまでは帰り道が同じなので、最近は毎日一緒に帰っている。
それが嬉しいから掃除が終わるまで先輩のことを起こせないし、起きてほしくない……なんて、思ってしまう。

女「……うーん」




今日の先輩は、口数が少なかった。
電車に乗って並んで吊革に掴まっている今でも、ずっと何事かを考えている。
タイムが伸び悩んでいることについて考えているのかな……と思ったところで、先輩が口を開いた。




女「……少女ちゃん、泳いでみない?」

少女「へっ?」

女「そうだ、泳いでみようよ! 私が教えるから!」

少女「えっ、なっ、えっ?」




急な提案に、思考が追いつかない。




女「大丈夫大丈夫! そんな私たちみたいに本気で泳ぐわけじゃなくて、市民プールとかでのんびり泳げるようにするだけだから!」

少女「え、でも、あの」




大会が近いのにと続けようとしても、すぐに遮られてしまう。




女「そうしようそうしよう! 少女ちゃん、水着持ってる?」

少女「い、いえ、持ってないです」

女「そっかそっか。 水泳部には予備の水着があるから、それを使おう! じゃ、明日の部活は少女ちゃんに水泳指導ね!」

少女「あのっ、先輩の練習は」

女「いーのいーの! それじゃ、また明日!」




ぶんぶんと手を振って、先輩は電車を降りていった。
大会は二ヶ月先まで迫ってきているのに、本当にやる気なのだろうか。

続きはまたのちほど

―――――――――――――――――――――――




翌日の部活。




女「よーし! ではまず、水に顔をつけるところから始めよっか!」




先輩は本気だったらしい。
わたしは水着に着替えさせられており、先輩から泳ぎの指導を受けていた。




少女「あの……先輩」

女「だめだよ少女ちゃん、今は『先生』でしょ?」

少女「え……っと、先生、質問が」

女「はい、どうぞ」

少女「先生の練習はいいんですか?」

女「大丈夫だって! 部長からのお墨付きもあるし!」




妙にハイテンションのまま、先輩が答える。
そう、部長からはすでにお許しが出ている。
なんでも、先輩は根を詰め過ぎだから気分転換が必要だとかなんとか。

女「準備運動が終わったらプールに入るよ」

少女「は、はい」




本当にいいのかな。
確かに先輩は練習を頑張りすぎている気がしていたけれど、それでも練習を放ってわざわざわたしに泳ぎ方を教えるなんて。
……という申し訳無さを感じる一方で、先輩を独占できて嬉しいという気持ちが芽生える。
どうやらわたしは、かなりワガママな性格をしていたらしかった。




女「プールに入ったこともない感じかな?」

少女「び、ビニールプールなら小さいときに」

女「あははっ、なるほどね。 じゃあ水に顔をつけるのは平気そうだね」

少女「ええ、それくらいなら」

女「そっかそっか、じゃあバタ足の練習から始めよう!」




先輩に手を引かれて、プールに入る。




女「深いから、掴まっててね」

少女「は、はい」




必然的に先輩の体に密着することになり、心臓がうるさいくらいに自己主張を始めた。
どうか、先輩にバレていませんように……。




女「緊張してる?」

少女「え……あ、はいっ」

女「やっぱり? すんごくドキドキしてるもんね」




うげ、バレてた。

女「安心して、ちゃんと私が見てるから。 じゃ、さっそくバタ足から始めよっか。 私の両手を握って」

少女「は、はい」

女「力を抜いて、足を浮かせて……」




言われた通りに体を水面に浮かせる。
これくらいなら、よく温泉とかで遊びでやっていた。




女「おっけー。 次に足で水を叩くように動かして……」




先輩の指導が続く。
せっかく教わっているのだから、泳げるようになりたい。
そう思いながら、先輩の教えに従っていく。




女「ゆっくりでいいからね。 辛くなったらいつでも言って。 すぐに休憩にするから」




優しく、気に掛けてくれる先輩。
その先輩の為にも、頑張らないと。

―――――――――――――――――――――――




少女「わ、わ、わっ」

女「体に力を入れないで。 慌てないで、リラックスして」

少女「は、はい」




何度かの休憩を挟みつつ、特訓は続いた。
わたしは今、先輩に手を引かれてプールを泳いでいる。




女「いい感じだね。 手を離してみるから、私のところまで泳いでみて」

少女「はいっ……ん……!」




先輩の手が離れ、数歩分先輩と距離が離れる。
それだけで恐怖が押し寄せてくるけれど、先輩の言いつけ通り体から力を抜いて、力み過ぎないように手足を動かした。
程なくして、鼻に柔らかいものがぶつかった。




少女「わぷ」

女「おっと。 すごいよ、泳げたじゃん!」

少女「え……」

女「あそこから、ここまで。 底に足も付いてなかったし、ちゃんと泳げてた!」

少女「え……わたし、泳げて……」




確かに後ろを見ると、先輩が手を離した時よりもプールの端が遠くなっている。
そっか、わたし、泳げたんだ。
達成感が込み上げてきて、思わず先輩に抱きついた。

少女「せんぱいっ、わたしっ、泳げましたっ!」

女「おっ、おうっ? う、うん、やったね!」

少女「はいっ! ありがとうございますっ、先輩っ! 先輩のおかげです!」

女「そ、そうかな? ちゃんと教えられてたかな」

少女「もちろんです!」




自分が泳ぐなんてことすら考えたことのなかったわたしを誘ってくれたのも、水との接し方を教えてくれたのも、泳ぎ方を教えてくれたのも全て先輩だった。
一日でここまでできるようになるなんて、びっくりだ。




少女「……先輩。 水泳って、楽しいですね」

女「あ……」




泳ぐことが、こんなに楽しいなんて。
今まで泳いだことがなかったわたしにとって、初めての感覚だった。




女「…………っ」

少女「わっ」




急に、先輩から抱きしめ返された。
こんなことは初めて……というか、そもそも先輩に抱きつくことすら初めてだったことに気が付き、大変なことをしてしまったと今更ながらに恥ずかしさで死にそうになってくる。

女「……」

少女「……」




それでもわたしが腕を離すことはなく、また先輩も腕を緩めることはなかった。
水の中なのに、すごく温かい。
心地よくて、溶けてしまいそうで……。




部長「うおっほん!!」

少女&女「 「!!!!」 」




突然わざとらしい咳払いが聞こえて、驚いて先輩から体を離した。




部長「お二人さん。 イチャついてるところ悪いけど、そろそろ解散の時間でね」

少女「いいいイチャついてなんかいませんよっ!!」

女「そっ、そうだよっ……て、あっ、えっもうそんな時間!?」

部長「君たちが自分たちの世界に入り込んでる間にね。 他の部員たちにはもう帰ってもらったよ」

少女「あ、う……」




部長さんの言う通り、既に周囲にわたしたち以外の人はいなくなっていた。




部長「キリが悪そうだったから、終わるまで見てたよ。 やったね少女、泳げるようになったんだ」

少女「は、はい。 先輩のおかげで……」

部長「どうよエース、気分転換になった?」

女「……はい、とても」

部長「ふふ、そっかそっか。 じゃ、後片付けはお願いね」

少女「はい」




ひらひらと手を振って、部長さんはプール場から出て行った。
後に残されたわたしと先輩の間に、若干気まずい空気が流れる。




女「……私たちも帰ろっか」




照れたように笑って、先輩が言った。

―――――――――――――――――――――――




『少女~、ご飯よ~!』

少女「あ、はーい!」




その日の夜。
泳げるようになったという感動から、興奮冷めやらぬわたしは家に帰って部屋に飛び込み、今日のことを思い出しながらベッドでひたすら足をバタバタさせていた。
お母さんに呼ばれて、慌てて現実に戻る。




母「なんだか今日は機嫌が良いのね。 何か良いことでもあったの?」




リビングに入った途端に、食器を並べていたお母さんからそう尋ねられる。
そんなにわかりやすいかな……と思いつつ、頷いた。




少女「先輩に泳ぎ方を教えてもらって、泳げるようになったの」

母「あら、よかったじゃない。 身体は大丈夫だった?」

少女「うん。 マネージャーの仕事で体力が付いたみたい」




入学前と比べてかなりたくましくなれたような気がする。
実際、疲れにくくなったし。




母「そう、良いことだわ。 でもあまり無理はしないようにね」

少女「はーい」

―――――――――――――――――――――――




それから、期末テストなどなど色々な行事とともに時間は過ぎて。
学校は今、夏休みに突入している。
あの後、伸び悩んでいた先輩のタイムは嘘のように伸び始めて、地区大会では入賞を狙えそうなレベルにまでなった。




女「ぷふぅ~~……」

少女「お疲れ様です、先輩。 これ水筒です」

女「ありがとー……」




先輩がプールから上がって、プールの縁に腰を掛けた。
そのまま水筒のキャップを外して口をつける。




少女「そろそろ休憩したほうがいいですよ。 朝からずっとじゃないですか」




水泳部は今、一週間後に迫った地区大会に向けて朝から夕方まで猛練習中である。
先輩は朝に来てからお昼になった今まで、休憩を挟まずにずっと泳ぎ続けていた。




女「今なんか調子よくって。 感覚を忘れたくないんだよね~」




そう言って再びプールに入ろうとする先輩の腕を掴んで、引き止める。

少女「ダメです。 今から10分休憩です」

女「い、いや、だから今調子よくって……」

少女「ダ・メ・で・す、休憩です!」

女「お、鬼~~!!」




じたばたと抵抗する先輩の腕を掴んでずるずる引っ張り、ベンチまで連れてきた。
丁度休んでいた部長さんが、苦笑いで出迎える。




部長「休憩は大事だよ、エース。 調子が良いのはわかるけど」

女「うぐう……」

「マネージャー! タイム計ってー!!」




先輩が部長さんの隣に腰掛けたところで、他の部員から声がかかった。




少女「はーい、今行きまーす! 部長さん、先輩をよろしくお願いしますね!」

部長「はいよ」




タブレットを掴んで、部員のところへ向かった。

部長「……頑張ってるよねえ」

女「少女ちゃんですか?」

部長「うん。 なんかあの子が入ってから、ウチに活気が出てきたような気がする」

女「みんな、去年よりもヤル気があるように見えますもんね」

部長「なー……雑用を少女がやってくれるようになったから、余裕ができたんだろね」

女「何でも押し付けるのはよくないですよ、部長」

部長「違う違う、少女が進んでやってくれちゃうんだよ。 私たちもやるって言ってるのに」

女「……」

部長「助かるっちゃ助かるんだけど……あの子は大丈夫なのかな。 大会が近いからみんなあの子に頼っちゃってあっちこっち行ったり来たりしてるし、あの子も休めてなさそう……っと。 私は練習に戻るけど、君はまだ休んでいること! いいね?」

女「……はい」

少女「よーい……」




ホイッスルを鳴らして、ストップウォッチをスタートさせる。




少女「んー……」




夏休みに入ってから、部員みんなのタイムが伸び始めている。
先輩に触発されたのかはわからないけれど、すごくいいペースだった。




「ぷはあ~っ! どうだった?」

少女「ちょびっと縮まりましたよ」

「お、ホント? やった、また自己べ更新だ」

「マネージャー! 次はあたしー!」

少女「はいはーい!」




別の部員に呼ばれて歩き出そうとしたところで、誰かに腕を掴まれた。
今のタイムを計った部員かな? と思い、振り返ると……。

少女「……あれ、先輩?」




先輩が、怒っているような表情を浮かべてわたしの腕を掴んでいた。




少女「ダメですよ、先輩。 まだ5分も経ってませんよ」

女「タイム計るの私がやるから、少女ちゃんは休んでて」

少女「え……いえいえ、わたしの仕事ですし」

女「少女ちゃんだって、朝から休んでないでしょ。 マネージャーだからって休憩を忘れちゃだめだよ」

少女「せ、先輩に言われたくないですよ!? それに、休憩が必要なほど疲れてませんし」

女「いいから休んで。 10分間ベンチから動いちゃダメだからね。 動いたら怒るからね」

少女「う…………はい」




いつになく真剣な表情で迫られ、頷いてしまう。




女「じゃあ、これは没収」

少女「あう」




にっこりと笑って、ストップウォッチやらホイッスルやらを剥ぎ取っていく先輩。




女「ちゃんと休んでるんだよ。 絶対だからね」

少女「わかりました」

女「お待たせー!」




先輩が駆けていくのを見届けてから、渋々とベンチに向かう。

少女「……」




ベンチに座って、ぼんやりと周囲を見渡した。
みんなが頑張っている中で、わたしだけ座っているというのは何とも落ち着かない。




少女「……あ」




ふと、カゴに詰まった水筒が目に入る。
もう空だろうし、スポーツドリンクの補充でもしようかな。
水分補給は大事だし、飲みたいときにカラだったら辛いだろうし。
先輩はタイムの計測をやっているからこちらを見ていないだろうと思い、立ち上がってカゴの所へ向かう。




女「こら」

少女「ひっ!?」




後ろから、先輩の声がした。
恐る恐る振り向くと、そこには笑顔の先輩が。




少女「せ、先輩……計測は……」

女「もう終わったよ。 あとは自分たちでやらせてる……それより」




笑顔こそ浮かべているものの、先輩の目は笑っていない。




女「動くなって言ったよね」

少女「い、いえ…………はい」

女「休憩もう10分プラスね」

少女「ええ~!? あっあのっ、ちゃんと10分間おとなしく休みますからそれだけは……!」

女「ダメ」

少女「えええ……」




がっくりと肩を落とす。
いつの間にか、わたしと先輩の立場が逆転していた。

女「体は大事にしないと。 少女ちゃんは特にね」

少女「こ、これくらいなら大丈夫ですよ? 無理な運動がダメなだけで……」

女「ね?」

少女「……はい」




とぼとぼとベンチに戻り、腰掛ける。
先輩もわたしの隣に座った。




女「まったくもう。 他人には休め休めって言っといて、自分は放ったらかしなんだから」

少女「すみません……」

女「これからは言われなくても休んでよ、自分で時間決めて。 ……私もそうするからさ」




本当に大丈夫……なんだけど。
先輩が、心配してくれている。
申し訳なく思う気持ちもあるけれど、それが嬉しく感じてしまうわたしもいて。




少女「……はい」




反抗することなく、素直に頷くのだった。

―――――――――――――――――――――――




地区大会が翌日に迫った、ある日。
今日は明日に備えて部活が休みとなっていたが、わたしは朝早くに学校へとやって来ていた。
単純に、明日大会で使うモノを学校に忘れてきてしまった為である。
プール場の鍵を借りようと守衛さんを訪ねると、もう既に水泳部員に貸出中だという。
誰かが自主練でもやっているのかなと思いながら、プール場のドアを開いた。




少女「あ……」




真っ先に目に見えたのは、誰かが泳ぐ姿。
ブレることなく真っ直ぐに、速く。
誰が泳いでいるのかなんて、すぐにわかってしまった。
水泳部に入ってから何度も何度も見続けてきた、その後ろ姿。
見るたびに、綺麗だなって思う。




女「ぷふぅ~~…………あ」




プールの端に手を付いてから、先輩が水面から顔を出した。
そのまま振り返った先輩と、目が合う。




女「少女ちゃーん!」

少女「先輩」




水面から、ぶんぶんと手を振る先輩。
プールの縁まで近づいて、わたしも声をかける。




少女「おはようございます、先輩。 いつからいたんですか?」

女「ん? えっと……30分前くらいかな」




プール場の壁に掛かった時計を見て、先輩が答えた。




少女「自主練ですか?」

女「そんな感じ。 ふはぁ~、ちょっと休憩~」




そう言いながら、先輩はプールから上がって縁に座り込んだ。

少女「わたし、水筒作って来ますね」

女「え、いいよいいよ。 自分でやるし」

少女「わたしの仕事ですから。 ちょっと待っててください」




立ち上がろうとする先輩を制して、更衣室に向かう。
更衣室で今回の目的、忘れ物であるタブレットを回収してから、水筒とスポーツドリンクのパウダーを持って水道へ。
水道でスポーツドリンクを作り終えて、先輩の元へと戻る。
先輩はプールの縁に腰掛けたまま、ぷらぷらと足を揺らしていた。




少女「お待たせしました、先輩」

女「ありがと、少女ちゃん」




先輩に水筒を手渡してから、先輩の隣に腰掛けた。




女「んく……ぷはぁ~~っ! っと、そうそう、少女ちゃんはどうして学校に?」

少女「忘れ物を取りに来たんです」




答えながら、タブレットを見せる。

女「あー、なるほどね」

少女「鍵を借りようとしたらもう借りられていたので、びっくりしちゃいました」

女「あはは。 じゃあ、もう帰っちゃうの?」

少女「いえ……先輩が帰るまでいようかな、とか」

女「え……えっ、そんな、帰ったほうがいいよ。 いつまでいるかわかんないし」

少女「わたしは大丈夫ですから。 それに、マネージャーがいたほうが何かと便利じゃないですか?」

女「……もう。 無理しちゃだめだからね」

少女「はい!」




諦めたように笑う、先輩。
それに釣られて、わたしも笑ってしまう。




女「んー。 そしたら、せっかく二人きりなわけだし……遊ぼっか!」

少女「あそっ……!?」

女「こんな立派なプールで二人きりなんてなかなかないよ!? こんなおっきなプールを貸し切り状態なんだよ!? もう遊ぶしかないよね!」

少女「ええっ!? で、でもっ、明日大会ですし」

女「気分転換だよ気分転換! 着替えに行こ!」

少女「わわわあっ!?」

―――――――――――――――――――――――




女「ふんふんふ~ん♪」

少女「……」




先輩の勢いに押されて、スクール水着を着ているわたし。
先輩は鼻歌なんて歌いながら、ビート板を探している。
本当にいいのかな……せめて休むとか……。




女「あっ、あった!」




先輩がプールサイドの隅っこからビート板を二つ発掘して、こちらに持ってくる。
それを受け取りながら、やはり疑問を口にしてしまう。




少女「あの……やっぱり、せめて帰って休んだりとか……」

女「だめだめ! ほら、せっかくなんだから楽しも?」




にっこりと笑って、先輩が手を差し出してくる。
もちろん遊ぶのが嫌というわけではなく、先輩に対する申し訳なさからなんだけど……。




少女「……先輩が、そう言うなら」




当の本人はすごく楽しそうだし、何よりわたしも先輩と二人きりで遊べるなんて貴重な出来事を無碍にはしたくなかった。
だから、私も笑い返して先輩の手を取った。

女「よっし! じゃあこれで遊んでるときに先生とか来ても共犯だからね!」

少女「ちょっ、それは酷くないですか!?」

女「あっはは! とびこめー!」




我先にと、先輩がプールに勢いよく飛び込んだ。
さすがにわたしは飛び込めないので、梯子を使ってプールに入っていく。




女「少女ちゃん、ビート板使うの初めてだよね? 見ればわかると思うけど、こうやって浮き輪みたいにプカプカ浮かぶんだよ」




そう言いながら、先輩はビート板に上半身を乗せた。
なるほど、確かに浮いている。




少女「こ、こう……でしょうかっ……」




わたしも真似して、上半身の体重をビート板に預けてみる。
すると不思議なことに、わたしは何もしていないのにぷかぷかと水に浮かぶではありませんか。

少女「お、おお……!」

女「ふふっ、できてるできてる」




泳ぐときとは違う、不思議な感覚。
しがみついてみたり、バランスボールに乗っかるようにお腹で支えてみたり。




女「面白いでしょ?」

少女「はい!」




海もプールも行ったことのないわたしにとって、初めての感覚だった。
こうしてビート板を使って水に浮かぶのも、誰かと一緒にプールで遊ぶことすらも。




女「小学校の頃のプール授業ではさー。 友達と一つのビート板にしがみついて、漂流者ごっこーとか言って遊んでたんだよね」

少女「ふふ、変な遊び方ですね」

女「ねー、私もそう思う」

少女「でも、面白そうです」




プールのすべてが新鮮だった。
泳ぎを教わったのもそうだし、こうして遊んでいることだってそうだ。
だから、ただ浮かんでいるだけであっても楽しそうだと思えてしまう。

女「そう? じゃあやってみよっか!」

少女「えっ」

女「簡単だよ。 こうやって、ぷか~って浮いてるだけ」




そう言って、先輩がわたしのビート板にしがみついてきた。
必然的に先輩との距離が近くなるので、心臓が一際大きく脈を打ち始める。




女「このまま、ぐえ~とかごぼごぼ~とか言いながら、ただ浮かんでるだけ」

少女「ぐえ~……」

女「ふふふっ。 ぐはぁ……」




二人で一つのビート板にしがみついて、思い思いのうめき声を上げながらぷかぷかと水面に浮かぶ。
目の前にある『ぐえー』といった感じの先輩の顔を見て、思わず頬が緩むのを感じる。
こんなことでももちろん、何をするにも全力な先輩。
そんな先輩が、すごく眩しかった。

―――――――――――――――――――――――




女「ぶはぁ……遊んだ~……」




プールサイドにタオルを敷いて、大の字に寝転がる先輩。
先輩が遊ぼうと提案してから早二時間ほどが経った今、わたしたちは休憩のためにプールサイドで休んでいた。




少女「先輩、ちょっとだらしないですよ」

女「ねむーい……」

少女「寝るのはダメです」

女「んー……」




既に寝る寸前の声。
明日は大会だというのに、風邪を引いてしまったら大変だ。




少女「せんぱーい、風邪ひきますよー」

女「っ!!」




耳元で囁いたら、先輩が勢いよく飛び起きた。
効果があったらしい。

女「……起きる」

少女「はい、そうしてください」




先輩はもそもそと床に敷いたタオルを羽織ってから膝を抱えて座り直し、膝に顎を乗せた。




女「うーん、楽しかった」

少女「わたしも楽しかったです」

女「……そっかそっか」




うんうんと頷いて、先輩が俯く。




女「……明日、大会なんだよね」

少女「そうですよ。 風邪なんて引かないでくださいね」

女「大丈夫! 私、体強いし!」




にっこりと笑って、先輩が答えた。
本当にそうなんだろうなって思わせてくれるような、安心させてくれる笑顔。
けれど……その表情は、急に曇る。

女「でもね……不安なんだよね」




俯いて呟いた、先輩。
不安。
今まで、先輩がそんな言葉を口にしたところを見たことがなかった。
いつだって明るくて、どこまでもポジティブで。
それが、先輩なのだと思っていた。




女「去年の話ってしたっけ? 私ね、去年も地区大会に出たの」




……そういえば、聞いてなかった。
部活全体の去年の大会の結果も、それより前の結果も。
マネージャー失格だ……なんて落胆しているわたしをよそに、先輩の話は続く。




女「去年から部内では一番のタイムだったから、すっごく期待されて。 私もそれに応えなきゃって思って、頑張って練習したんだ」




……そっか。
先輩の感じていたプレッシャーは、去年からずっとだったんだ。




女「でも……本番では、ダメダメだった。 あんなに練習したのに、結果はビリ。 正直、すっごく泣きそうだった。 でもその時の部長とか先輩たちが、プレッシャーをかけすぎてごめんって謝ってきて。 先輩たちは何も悪くないのに……これは泣いてる場合じゃないなって思ってさ」




俯いていた顔を上げて、辛そうな笑顔を浮かべる先輩。
そんな顔を見ていられなくて、思わず顔を逸らしてしまう。

女「だから……また練習した。 たくさんたくさん、練習してきた。 明日のために。 でも……去年のことを考えると、不安になっちゃう」




明るくて、ポジティブで。
どんなことでも全力で取り組む先輩。
強い人だと思っていた。
でも……こうして膝を抱えて呟く先輩は、こんなにも小さかった。
繊細なところだって、先輩にもあるんだ。
大舞台に立って緊張してしまうことだって、あるんだ。




少女「……大丈夫です、先輩」

女「……そうかな」

少女「わたし、ちゃんと見てますから」




ならせめて、わたしだけでも先輩のことを見守りたい。
いや、見守ることしかできないけれど。
それが先輩の支えになってくれると信じて。




女「……!」




はっとしたように顔を上げた、先輩。




少女「先輩が頑張ってたところ、全部見てました。 タイムが伸びなくて悩んでたところも、伸びて嬉しそうにしてたところも。 わたしだけじゃないです、部員のみんなだって見てますから。 だから、先輩は自信を持ってください。 わたし、頑張って応援しますから!」

女「少女ちゃん……!」




先輩の暗い表情が、晴れていく。




女「うん、うん、そうだよね。 もう去年とは違う。 だって少女ちゃんがいるもん」




ぐっと拳を握って、そんなことを言う先輩。
……勘違いしてしまいそうな言葉だった。

女「うん、じゃあ、少女ちゃんにお願いがあるの」

少女「お願いですか? わたしにできる範囲なら、何でもしますけど……」

女「あのね、私、明日頑張るから。 だから……3位以内に入れたら、少女ちゃんと一緒に遊びに行きたい!!」

少女「えええ!?」

女「だ、だめかな」

少女「だ、だめというか、別に普通に誘ってくれたら行きますよ……?」

女「そ、それじゃあダメなの!! ヤル気の問題!」




……先輩は、結構謎だ。




少女「……わ、わかりました。 3位以内ですね」

女「よっしゃあ、ヤル気湧いてきた!! うおおお練習じゃー!!」

少女「わあ!? 急にプールに飛び込んだら危ないですよー!!」




こうして、明日の大会の結果次第で先輩と遊びに行くことが決まったのだった。

―――――――――――――――――――――――




やって来た、地区大会当日。
部員全員が各種目で頑張っている中、わたしはそれを観客席から固唾を呑んで見守っていた。




部長「ぶはーっ! 疲れたー!!」




自らの種目を終えた部長さんが、観客席にやって来た。
わたしの隣にどっかりと座って、大きな溜息を吐き出す。




少女「お疲れ様でした、部長さん。 入賞、おめでとうございます」

部長「にひひ、自分でもびっくり」




個人メドレーを担当していた部長さんは、決勝を終えて2位入賞という結果を残した。
昨晩慌てて調べたのだが、ここ数年間の我が水泳部では最高の記録である。




部長「他の子たちはどんな感じ?」

少女「皆さん、昨年よりも活躍してますよ」




1位2位という者こそいないが、3位をもぎ取っていたり、メダルには及ばずとも4位に入賞したりと活躍が凄まじい。
去年の記録が嘘のようである。

部長「んで、次はエースか」

少女「……はい」




次のレースは先輩が出る種目の、50mの自由形決勝。
場内アナウンスを聞いて、部長さんが一瞬表情を翳らせた。
去年の先輩を見ていたから、心配なのだろう。




少女「大丈夫ですよ、部長さん。 先輩、あんなに練習したんですから」

部長「……そうだよね。 あたしたちも頑張って応援しないと!」




出場する選手たちが、プールサイドに集まってくる。
その中に、先輩の姿があった。




女「……!」




観客席を見上げた先輩と、目が合う。
部長さんと一緒に手を振ると、先輩も笑いながら手を振り返してくれた。
そのまま先輩は、スタート台に立った。




少女「先輩……」




舞台で戦うのはわたしではないのに、わたしの心臓はどくんどくんと脈を打ち、手も震えてしまっていて受験の時以上に緊張していた。
先輩の努力が報われて欲しい。
ただそれだけを願って、先輩の姿を見つめる。

女「っ!」




スタートの合図が切られ、選手たちが一斉にプールに飛び込んだ。
思わず、タブレットを持つ手に力が入る。




部長「おお……」




部長さんが、感嘆の声を漏らした。
無理もない。
スタートこそ他の選手たちと肩を並べていたが、泳ぎ始めてからは先輩の速さが圧倒的だった。
その泳ぐ姿は、大会という大舞台である為かはたまた先輩の努力の成果なのか、いつにも増して美しく見えてしまう。




少女「あ……」




祈る間もなく、勝敗はあっけなくついた。
もちろん、一番に手を付いたのは……。




女「────!!」

少女「先輩っ……!」




プールの中から顔を出してわたしたちに向けてピースサインを送る、先輩だった。

―――――――――――――――――――――――




遥か頭上に広がる青い空。
ここぞとばかりに爛々と輝く太陽と、その光を反射する地上の白と青のコントラスト。




女「海だーーーーっ!!」




砂浜から海に向かって、人目も憚らずに先輩が叫んだ。
大会が終わって、一週間後。
わたしと先輩は、電車を乗り継いではるばる海に来ていた。
先輩は宣言どおり3位以内……どころか見事1位を掴んだので、約束した通り遊びに来たというわけだ。




女「天気もいーし、今日は最高に海日和だよ!」

少女「は、はいっ!」




そんな中、わたしは初めての海に緊張していた。
漂う潮の香りと、波の音。
テレビでしか見たことのなかった景色が、目の前に広がっている。
人もたくさんいるし、先輩とはぐれてしまわないか心配だ。

女「去年は水泳部のみんなで来たんだよねー」




レジャーシートを敷きながら、先輩が言った。




少女「去年もこれくらい混んでました?」

女「これよりすごかった」




去年は海が海水浴客で埋め尽くされていたほどだそうで、仕方なく砂浜でビーチバレーでもして遊んでいたらしい。
そうしたら、一緒にやらないかと人が集まってきてなぜかビーチバレー大会が始まったとかなんとか。




女「今年は空いてるほうだよ。 これならいっぱい泳げるだろうし!」




そう言って着ていたシャツを豪快に脱ぐ先輩。
下に水着を着ているのだろうけど、思わず顔を逸らしてしまう。




女「ぶはー! 脱いでもあっつい! 少女ちゃんはちゃんと日焼け止め塗ってきた?」

少女「は、はい」

女「そっかそっか、ならよかった。 これくらい日差しが強いと、焼けたら大変だよ」




水着姿になって、先輩は砂浜に敷いたレジャーシートに腰を下ろした。
わたしもその隣に腰を下ろす。
先輩が着ているものは、普段部活で見る競泳用の水着ではない。
水色を基調としたギンガムチェックの色合いと、フリルがあしらわれているために可愛らしい見た目ではあるものの、なんとビキニである。
確かに普段から『競泳水着って窮屈で苦しいんだよね』とは言っていたけれど、まさかこんな露出の多い水着を着てくるとは。
普段はその競泳用の水着に押し潰されて隠れてしまっている先輩の大きな胸が、これでもかと言わんばかりに強調されてしまっている。
その点わたしはワンピースタイプのものなので、部活で先輩から泳ぎを教わる時に着ているスクール水着と大差ない。 と思う。

女「ちょっと休んだらさっそく海に入ろっか! あ、浮き輪とかあると楽しいかもだし、その前に海の家に寄って借りないとね」




楽しげに話しながら周囲を見回す先輩を見て、頬が緩むのを感じる。




少女「海の家……といえば、焼きそばですよね」




本で読んだりテレビで見た印象のままそう漏らすと、先輩が意外そうな表情を浮かべた。




女「そうそう! 少女ちゃんって、結構食いしん坊?」

少女「ちっ、違いますよ!? テレビとかで得たイメージで」

女「あはは、そうだよね。 部活に持ってくるお弁当ちっちゃいし」

少女「人並だと思いますけど……」

女「んじゃまあ、そろそろ行こっか! 少女ちゃんは平気?」

少女「え?」




……そっか、どうして最初に休憩を入れたのかわからなかったけれど。
わたしのことを気遣ってくれてたんだ。




少女「……はい、大丈夫です。 ありがとうございます、先輩」




思えば、これまでも先輩はわたしのことを気遣ってくれていたんだ。
泳ぎを教えてくれた時もこまめに休憩を挟んでくれたし、マネージャーとしての仕事中にちゃんと休憩しろと怒られたりもした。
それに気が付いたら、またうるさいくらいに心臓が自己主張を始める。




女「そっか。 じゃあ、行こっ!」




輝くような笑顔を浮かべて、立ち上がった先輩が手を差し伸べる。
片手で胸を押さえながら、その手を取った。

―――――――――――――――――――――――




女「ぶはっ! 少女ちゃーん、こっちこっちー!」

少女「もー、先輩に追いつけるわけないですってばー!」




先輩は華麗に泳ぎながら、わたしは浮き輪を使って先輩の後を追いかける。




女「ほらっ、こっち!」

少女「わあっ!?」




先輩に手を引かれて引っ張られながら、遊泳区域のギリギリまで沖合に移動する。





女「わあ、ここまで来るとふっかいなぁ」

少女「だ、大丈夫ですか? やっぱり戻ったほうが……」




正直、少し怖い。
先輩でも底に足が付かないのなら、わたしも当然付かないし。
ここはプールと違って海だから何が起きるかわからないし、もしかしたらサメとか出てくるかも……。

女「あっはは! 大丈夫、サメなんてこんなとこまで来ないって! ごめんね、もうちょっとだけ付き合って」

少女「う、うう……先輩がそう言うなら……」




そう言いながら、遊泳区域の限界を知らせるポールのところまでやってきた。




女「ふー……ここが限界かぁ。 見て、砂浜まで結構遠い」

少女「……うわあ」




振り返ると、確かにかなりの距離を泳いだようだ。
お昼を過ぎてそろそろ日が沈み始める時間帯であるが、まだ泳いでいる人は多い。
しかし、さすがにこれほど砂浜から遠く離れた場所まで泳いできている人はおらず、周囲に人はいない。




女「見て、少女ちゃん。 空がオレンジ色になってきた」

少女「わ……ほんとだ」




日が傾き、空が紅く染まり始めている。
そろそろ遊泳時間が終わる上に、気温も下がり始めるため砂浜に戻ったほうがいいのでは……と思って、先輩に向き直ったけれど。




女「……」




空を見上げる先輩の横顔が、あまりにも綺麗で。




少女「……」




わたしは何も言えないまま、ただ先輩の横顔を見つめてしまう。

少女「……あ」

女「あ……ふふっ」




わたしの視線に気づいたのか先輩がわたしの方を向いて、ふわりと微笑んだ。
普段とは違う先輩の雰囲気に、胸が高鳴る。




女「ね、少女ちゃん」

少女「わっ……は、はい?」




先輩が、浮き輪の縁に両腕を乗せてきた。
必然と顔が近くなってしまうから、思わずのけぞってしまう。




女「少女ちゃんってさ、彼氏いる?」

少女「え? な、なんでですか?」

女「ちょっと気になっちゃって。 これからのために」

少女「これから……?」

女「うん、これから。 どう?」



どこか不安げに、先輩がわたしの目を覗き込んでくる。




少女「い、いませんけど……」




わたしがそう答えたとたん、先輩の表情がぱあっと明るくなった。




女「そ、そっかそっか……ごめんね、変なこと聞いちゃって」

少女「い、いえいえっ、その、お恥ずかしい限りというか、その」




海の上でペコペコと謝り合う、わたしたち。

女「そ、そんな、恥ずかしがることじゃないよ? 私もいないし、ね?」

少女「あっ、そ、そうなんですか……」




それを聞いて、ほっとしてしまう。
……わたしに可能性があるわけじゃないのに。




女「でも……そっか。 ならひとまず、安心かな」

少女「あ、安心……?」

女「……うんと、えっと」




顔を真っ赤にしながら、先輩が視線を彷徨わせる。
こんなに動揺している先輩を見るのは、初めてだ。




女「あの……ね、私が初めて少女ちゃんに泳ぎ方を教えてあげた時のことって覚えてる?」

少女「え? はい、もちろん覚えてますけど……」




忘れるわけがない。
わたしにとって、初めて泳げるようになったというとても大切な思い出だし。




女「じゃあじゃあ、その時に言ってた言葉って覚えてるかな?」

少女「その時に言ったこと……えと、たくさんあって、ちょっと」

女「あ、あはは……だよね。 ごめんね」




ぽりぽりと頭をかいて、先輩が謝ってきた。
なんだか今の先輩はおかしい。
大会の前日以上に、何かを不安がっているように見える。

女「あのね……私が大会で優勝できたのって、少女ちゃんのおかげなんだ」

少女「え」

女「あの時……少女ちゃんが泳げるようになった時に言ってくれた言葉が、モチベに繋がったというかなんというか……や、ヤル気に繫がってくれて!」




何かを紛らわすように、先輩が笑顔を浮かべた。
そのまま俯いて、続ける。




女「私さ、去年のことがあったから、今年はもうがむしゃらになって練習してたんだよね。 とにかく大会で結果を残すためにって。 だから……だから、泳ぐことが楽しいって気持ちを忘れてた」

少女「あ……」




泳ぐことが楽しい。
それは確かに、わたしがあの時先輩に向かって言った言葉だ。

女「それに気づかせてくれたのが、少女ちゃん。 思い出せた?」

少女「は、はい」

女「よかった。 私だけが覚えてるのは恥ずかしいし。 それでね……それを言われた時から、なんとなく少女ちゃんのことが気になっちゃって、ずっと少女ちゃんのことを見てたの」

少女「え」

女「一人で私たちのために頑張ってる少女ちゃんを見て、すごいなって思って……ドキドキして」

少女「え、あの、せ、せんぱい、ちょっと待ってください」




心臓が痛いくらいにドキドキしていて、思考が追いつかない。
でも、先輩がこの先に何を言おうとしているのか、気が付いてしまった。
心の準備がしたくて、思わず止めてしまう。




女「ううん、だめ。 あのね、私……少女ちゃんのことが好きって、気付いたの」

少女「…………」




空を見上げる。
相変わらず綺麗に赤みを帯びており、きっと今夜は星がきれいに見えるんだろうな、なんてぼんやりと考える。

女「お、女の子同士が変っていうのはわかってるけど……っ」




きっ、と顔を上げて、先輩がわたしを見た。
その表情はすごく真剣で……先輩から目を離せなくなるほどで。




女「少女ちゃんが好きです! 私と、付き合ってくださいっ!!」




すぐには答えられなかった。
頭の中が真っ白になってしまって、何にも考えられない。




女「わあっ!? ごっ、ごめんねっ、やっぱり気持ち悪かったかな!?」

少女「え……そんなことないです、けど……?」




急に先輩が慌てだしてから、気づいた。
頬を伝う、冷たい液体の感触。
そういえば目頭が熱くて、視界が妙に歪んでいる。

女「ご、ごめんねごめんね」




先輩は必死に謝りながら、わたしの頭を撫でている。
嬉しいけど、違う。
この涙は、気持ち悪いとかじゃなくて。




少女「あっ、あのっ……先輩。 違うんです、わたし、嬉しくて……」

女「え、嬉しい……?」

少女「わたしも先輩のことが好きだったから、その」

女「へ……わっ、わっと!?」

少女「わわっ、先輩っ!」




先輩が浮き輪に乗せていた両腕を滑らせてしまうも、なんとかわたしが先輩の腕を掴んで支えた。




女「あ、ありがと少女ちゃん。 えへへ、私も嬉しくなっちゃって」




にへ、と柔らかい微笑みを先輩が浮かべる。




女「そっかそっかぁ、少女ちゃんも私のことが好きだったかぁ」

少女「う……は、はい。 好き、です」




改めて言うと、とても恥ずかしい。

女「えへへぇ……あわっ、わあっ!?」

少女「先輩っ!?」




再び先輩が腕を滑らせ、今度こそ見事に海に落ちてしまった。




女「ぶはーっ! びっくりした~!」

少女「せ、先輩、大丈夫ですか!?」

女「う、うん、平気ー……」

少女「……ぷっ、ふふふっ」




海に落ちたというのに、相変わらず頬が緩みっぱなしの先輩がおかしくて、つい笑ってしまう。




女「あーっ! ちょっと、なんで笑うの!」

少女「ご、ごめんなさい、だって先輩が……ふふふふっ」

女「もーっ! あはははっ!」




海の端っこで笑い合う、わたしたち。
その特異なシチュエーションのおかげで、しばらく笑いが止まらなかった。

女「あはははっ……あー、笑いすぎて疲れたー……」

少女「わたしもです……あ」




浮き輪にぐったりともたれかかった所で、砂浜からアナウンスの声が聞こえてきた。
どうやら、遊泳時間終了を伝えるアナウンスらしい。




女「……そろそろ帰ろっか、少女ちゃん」

少女「はい、先輩」




微笑み合ってから、先輩に手を引かれて砂浜に戻った。

―――――――――――――――――――――――




少女「先輩、水筒です!」

女「ありがと少女ちゃん。 ふ~~……」

少女「そろそろ休憩時間ですよね?」

女「うーん、もうちょっと泳いでたいな~とか……」

少女「ダメです」

女「わ~……」




わたしと先輩が恋人という関係になってから、一週間が経とうとしている。
わたしたちの関係が変わろうとも部活は変わらずにやって来るわけだけれど、わたしも先輩も普段通りに過ごしているため、わたしたちの関係は誰にもバレていない。
再びプールに入ろうとする先輩の腕を掴んでベンチまで引っ張るわたしを、部長さんを含めたほかの部員たちが生暖かい目で見ていた。

「なーんか最近、あの二人妙に仲良くなってない?」

「わかるー!」

「ブチョーはどう思います?」

部長「あーー……そうだなあ。 じゃあ一つ、君たちだけにうちの部活のヒミツを教えてあげよう」

「秘密……?」

部長「そう、女子水泳部の秘密。 先代の部長と副部長が付き合ってたって話、知ってる?」

「 「 「ええ~~~~っっ!!?」 」 」

部長「しっ! 静かに!! あの二人には秘密だから!」




……そんな衝撃の事実が明かされているとは露知らず、わたしと先輩はベンチに腰掛けて談笑している。




「……だいじょぶみたいです」

「なんか、完全に二人の世界って感じですし」

「先代の部長と副部長って、二人とも当然ながら女の子でしたよね?」

「それが水泳部の秘密、ですか?」

部長「いや、これだけじゃなくて。 部長と副部長は去年付き合い始めたんだけど」

「はあ」

部長「一昨年も、そのまた一年前も……うちの部内で一組ずつカップルが生まれてるんだって」

「え、じゃ、じゃあ……」

「水泳部の秘密って……」

部長「そ。 毎年、女の子同士のカップルができる!」

「 「 「な、なあんだってええぇぇぇぇぇっっ!!!!??」 」 」

少女「ひゃわっ!?」

女「なっ、なになに!? どしたの!?」




急に大きな叫び声が聞こえて、思わずそれが聞こえた方を見ると、プールサイドの一角に集まっていた部員たちが「しまった」とでもいうような表情をしてわたしたちを見ていた。
目が合うと、慌てたようにブンブンと手も首も振ってにこやかに笑った。

「あ、あはははは、何でもないよ~!」

「うんうん、どうぞごゆっくり~!」

少女「は、はあ……?」

女「虫でも出たのかと思った……」




安心して、休憩に戻るわたしたち。




部長「……とまあ、ここまで言ったらわかると思うんだけど。 今年はあの二人なんじゃないかなーってあたしは思った」

「 「 「あー……」 」 」

「女の子同士でそういうのって考えたことなかったけど、なんか……」

「それを聞くと、なんかやっぱりなって感じがするよね」

「前々からかなり仲良かったしなあ……マネージャーが独り占めされちゃったかー」




こうしてわたしたちの気付かぬうちに、部員全員にわたしたちの関係がバレてしまっていたのだった。

―――――――――――――――――――――――




女「ねー少女ちゃーん? 今日のみんなさー、なんか変じゃなかった?」




プールサイドを掃除中。
わたしとはプールを挟んで向かい側をモップ掛けしている先輩が、大きな声でそう尋ねてきた。




少女「え? えーと……そうですね、なんか妙にニヤニヤしていたというか、生暖かい目で見られていたような気がしますー!」




言われてみれば確かに、今日の部員のみんなはどこかおかしかった。
なんというか、まるでわたしたちを見守るかのような、優しいようなからかうような目をしていて……。




女「だよねー! さっき解散した時も、なんだか悟ったような顔してたしさー!」

少女「もしかして……わたしたちの関係がバレちゃったとか?」

女「あはは、ないないないって! みんなのいる前ではそんなに変わってないでしょ、私たちっと」

少女「終わりましたね」




端に着いて、先輩と合流する。
先輩からモップを受け取って、わたしの持っていたモップと一緒に掃除用具入れに押し込む。

女「でも今は……二人きりだし、ね?」

少女「あ……先輩……?」




その間に、先輩に背中から抱きしめられた。
背中に感じる柔らかな感触に、ドキドキと鼓動が早くなる。




少女「もう……誰か戻って来たらどうするんですか?」

女「誰も来ないって。 今までそんな人いなかったでしょ」

少女「た、確かにそうですけど」

女「ん……うーん、こうしてると落ち着く……」

少女「先輩……」




肩に先輩の顎が乗せられて、頬と頬が密着する。
すぐ横に先輩の顔があると思うと、恥ずかしくなってしまって顔全体が熱くなってしまう。
今、わたしが横を向いたら。
キス、とか……できてしまうのかも、しれない。

少女「……先輩、あの」

女「うん?」




付き合い始めて一週間程度。
ハグなら数え切れないが、キスはまだしたことがない。
でも、気になってしまうのも仕方ないわけで。
最近、先輩の唇に無意識に視線が吸い寄せられてしまうほどで。




少女「あ、あの……わたしっ……」




キスしたい、と言ったら、先輩は許してくれるだろうか。
もしも断られてしまったら、わたしは立ち直れるだろうか。




女「!!」

少女「わひ……むぐっ!?」




そんな葛藤をしていたところで、プール場のドアが開く音がした。
先輩から離れないと────と考えた瞬間、わたしの身体は先輩と向き合う形になるようにくるりと回転させられて、先輩に手で口を塞がれたまま掃除用具入れに押し込まれた。
先輩も掃除用具入れに入ってきて、ドアが閉まる。
その間、本当に一瞬。
何が起きたのかすぐには理解できないほど、先輩の行動は鮮やかだった。

少女「あっ、あの……先輩? どうして……」




けれど、わざわざ掃除用具入れに隠れなくとも、わたしと先輩が離れたらそれで済む話だったのでは。
そう思い、小声で先輩に尋ねた。




女「ご、ごめん……今考えたら私もそう思うんだけど、パニクっちゃって」




申し訳なさそうな表情を浮かべて、先輩が謝ってくる。
その間に、ぺたぺたぺたと裸足でプールサイドを歩く音が聞こえてきた。
足音からして、複数人いるらしい。




『あれー? マネージャーいないのかな?』

『鍵は開いてたんだし、トイレかもよ』

『かなー……まいいや。 忘れもの、忘れもの……』




どうやら、忘れものを取りに戻ってきたようだ。
それなら、きっとすぐにいなくなるはず。




女「……」

少女「……っ」




できれば、早くいなくなってほしい。
掃除用具入れは狭く、おのずと先輩と身体が密着してしまう。
先輩の顔もすぐ目の前にあって、先輩の吐息が感じられてしまって頭がおかしくなりそうだ。

『あったあった!』

『あった? んじゃ、早く帰ろ』

『おっけー!』




忘れものが見つかったのか、プール場のドアが閉まる音が聞こえた。




少女「……行ったみたいですね」

女「……」

少女「先輩?」

女「……ごめんね、少女ちゃん」




急に、再び謝られる。




少女「え……あ、いえっ、まあその、プール場に二人きりでいるのも怪しまれるかもしれませんし……」




そう、よく考えてみればそうなのだ。
他の人たちは今もまだ先輩がプールにいるなんて考えていないだろうし。

女「ううん、私が謝ったのはそうじゃなくて」

少女「え?」




先輩が顔を傾けたと思えば、不意に唇に何か柔らかくて温かいものが触れた。
ふにふにしていて、少し湿っているような。
唇から感じる心地のいい感触に浸っていると、ふと先輩の顔がさっきよりも近くなっていることに気が付く。
その先輩は目を閉じていて、感じる吐息が熱くて……。




少女「~~~~っ!?」




そこまで気が付いて、ようやくわかった。
わたしは今、キスをされているのだと。
この唇に感じる柔らかい感触の正体は、先輩の唇なのだと。




女「ぷは……」




先輩の唇が、離れる。
途端に、唇が寂しくなる。




女「……急にごめんね」




恥ずかしそうに笑って、先輩が言った。
そっか。
さっき謝ってきたのは、これからキスしちゃうけどって意味だったんだ。
……なんて、ぼんやりとした頭で考える。

女「しょ、少女ちゃん? 大丈夫?」

少女「えぁ……? はひ、大丈夫、です……」




先輩からキスをされて嬉しくて、気持ち良くて頭がぼんやりとしていた。
さっきよりも胸の鼓動が激しくなっていて、重ね合わされた先輩の胸に、恐らく伝わってしまっている。




少女「あ、あの……先輩……」

女「な、なに?」

少女「……んっ!」

女「んっ!?」




もっとしたい。
先輩をもっと感じたい。
そう思って、掃除用具入れの中で背伸びをして、先輩の唇に口付ける。
先輩は驚いたからか一瞬身体を強張らせたけれど、すぐにわたしの背中に両腕を回してきて、顔を傾けてより深く唇を重ねてきた。




少女「んふ……んぅっ」

女「ちゅ、ん……」




唇を吸い合ったり、擦り合わせたり。
呼吸も忘れて、先輩の唇に夢中になる。




少女「ん、う……ふはっ、はあっ……」

女「あ……」




息苦しくなって、先輩から唇を離した。

少女「はあっ、はあっ……はっ、ふっ!? んっ、んうぅっ!?」




わたしが荒く息を整えて口を開いたところに、再び先輩の唇が重なった。
開いた口に先輩の舌が入り込んできて、舌先がわたしの舌と触れ合う。




少女「んぅ!」

女「んんっ! れろっ、れろ……」




触れ合った瞬間、唇を触れ合わせるのとは全く違う感触に思わず声が漏れた。
先輩の舌の動きに合わせて、わたしも拙い動きで舌を絡ませる。




少女「んちゅ、ちゅる……はふ、ちゅぷ……」




粘膜と粘膜が擦れ合う粘着質な水音が、掃除用具入れの中で響く。
その音を意識するたび、より興奮が高まっていく。




少女「んんっ……はふっ、んく、んくっ……」




先輩の唾液が流れ込んでくる。
味なんてしないはずなのにそれはとても甘くて、とても熱い。




少女「ぷはぁ……はぁっ……」

女「んふぁ……はふ……」




数本の唾液の糸を引きながら、わたしと先輩の舌が離れた。
わたしと同じように荒く息を整える先輩の目尻には、涙が滲んでいた。

女「はぁっ……やばい、気持ちよすぎる……」




照れたように笑って、先輩が言った。




少女「わ、わたしも……ハマっちゃいそうです……」

女「しょ、少女ちゃん……」




ごくり、と先輩が唾を飲み込んだ音が聞こえた。
けれど先輩はすぐに首をぶんぶんと横に振ってから、微笑んだ。




女「そ、そろそろ出よっか! まだお仕事もあるもんね!」

少女「は、はい! そうですね!」




誤魔化すように笑い合ってから、わたしたちはようやく掃除用具入れから飛び出したのだった。

―――――――――――――――――――――――




その日の夜。
お風呂に入って夕食も食べ終えたわたしは、自分の部屋のベッドの上で一人、枕を抱えて悶々としていた。




少女「す、すっごい濡れてた……」




先輩とキスをした時。
どこがとは言わないが、それはもうパンツがすごいことになってしまったくらい、濡れてしまっていた。
お恥ずかしながら、ディープなそれをする前から……初めて先輩からキスをされた時から、既に濡れていた。




少女「ううう、こんなの先輩に知られちゃったらドン引きされる……」




そう思いながらも、熱く火照った身体が冷める気配は一向にない。
脳裏に浮かぶあの時の光景を振り払おうとしても、唇に残る感触がそれを阻んでくる。




少女「柔らかかった……先輩の唇……」




振り払うことを諦めて、余韻に浸ることにした。
先輩の唇を思い出しながら、唇に人差し指と中指を当ててみる。
……全然違った。

少女「唇だけじゃなくて、舌も……」




舌はもちろん、唇とは全く違った感触だった。
ハマってしまいそうになるくらい気持ちよくて、夢中になってしまったのを覚えてる。
今思い返せば、変な声が出ていた気もする。
それが今更になって猛烈に恥ずかしくなってきて、うめき声を上げながら枕に顔を押し付けた。




少女「ううううう……」




恥ずかしい。
恥ずかしい、けど……また、したい。
気持ちよかったからというのもあるけれど、何より先輩がわたしを求めてくれていたと感じられたのが嬉しかったから。 わたしだけじゃなかったことがわかって、嬉しかったから。
キスされて抱き締められて、わたしが先輩のモノになれたという感覚を、もう一度味わいたいから。




少女「先輩……」




身体の火照りは収まらない。
そっと下腹部まで指を滑らせてズボンの中に手を入れ、パンツ越しに秘部に触れてみる。
……パンツまでしっとりと濡れてしまっていた。
着替えたばかりだけれど変えなければならないので、仕方なくパンツごとズボンを脱いだ。

少女「ぅあ……またすごい濡れてる……」




試しに指先で触れてみると、ヌメヌメとした感触を指先に返してくる。




少女「あ……う、んっ……」




割れ目をなぞるように擦ると、ぞくりと快感が背筋を走る。
止めないとと頭では考えるものの、指先はより快楽を求めて勝手に動いてしまう。




少女「ん、んっ……」




止めないと。
先輩で、こんなの。
だめなのに、だめなのに。




少女「ふぁ、んっ、くぅっ……」




もっともっと、先輩が欲しい。
触ってほしい、触りたい。
もっともっと、先輩を感じたい。

少女「あ、あ────ひぅ!?」




指の動きが早くなって、段々と頭の中が真っ白になってきたところで。
急に、スマホから着信音が鳴り響いた、
快楽に沈みかけていた意識がその音に引きずり出され、一気に頭が冷やされていく。
手をウエットティッシュで拭ってから慌ててスマホを手に取ると、画面には先輩の名前が表示されていた。




女『……もしもし、少女ちゃん?』




すぐに電話に出ると、先輩が呼びかけてくれた。
その声にはなんとなく元気が無いような、どこか不安そうな感じが含まれているような感じがした。




少女「は、はいっ、もしもしっ?」

女『あ、やっほー、少女ちゃん。 起きてくれててよかった』




どうやら、わたしが寝てしまっているかもしれないと不安だっただけらしい。




少女「どうしたんですか? こんな時間に」

女『そろそろ寝ようかなーって寝っ転がったまでは良かったんだけど、なんだか急に少女ちゃんとお話したくなっちゃって』

少女「先輩……」




嬉しい。
胸が温かくなっていく。
たぶん、今のわたしの顔はかなりニヤついてしまっていると思う。

女『これから寝るとこだったかな? 迷惑だったりした?』

少女「いえいえ! わたしはいつでも先輩と話したいと思ってますから、平気です!」

女『そう? 私だけじゃなかったなら嬉しい。 少女ちゃんも、いつでも電話とかしてくれていいからね?』

少女「は、はい! します!」

女『う、うん!』

少女「……」

女『……』




ふと、黙り込んでしまう。
いつでも話したいと思っているけれど、電話は初めてで緊張してしまう。




女『……ご、ごめんね。 電話する前は話したいことがいっぱいあったはずなんだけど、少女ちゃんの声を聞いたら全部吹っ飛んじゃったみたいで』




えへへ、と先輩が恥ずかしそうに笑う。




少女「気にしないでください。 電話をかけてくれただけでも、すっごく嬉しいですから」

女『少女ちゃん……』




きっと、わたしが先輩を求めているのと同じくらい、先輩はわたしを求めてくれている。
それがわかっただけで、嬉しくて身悶えしてしまいそう。

女『もう遅いし、あんまり長話はダメかな。 明日も部活来るよね?』

少女「はい、もちろん」

女『そっか。 じゃあ……少女ちゃんに会えるの、楽しみにしてるね』

少女「え」




一瞬で、顔全体が熱くなった。




女『好きだよ、少女ちゃん。 また明日』

少女「え」




どくん、と心臓が大きく跳ねる。
思えば好きだと言われるのは、海で告白された時以来かもしれない。




少女「あっ、あのっ────」




何か言葉を返そうとしたところで、すでに通話が切れていたことに気が付いた。
慌ててメールで、『わたしも先輩が大好きです。 明日もたくさんお話しましょう』と送る。




少女「~~~~っ!!!!」




スマフォを放り投げて、勢いよく枕に顔を押し付けた。
やばい、恥ずかしすぎる。 嬉しすぎる。 幸せすぎる。
今まで、恋愛に興味がなかったわけじゃない。
どこのクラスの男子がカッコイイとか、彼氏自慢とか、そんな話を散々されてきたし、実際憧れてもいた。
そんなわたしの初恋相手が女の子だったことには驚きだけど、初恋が叶ってしばらく経ってみると、恋愛とは憧れ通り、いやそれ以上に素敵なものだったとわかった。
好きな人が、わたしを好きでいてくれる。
それだけのことが幸せで、幸せで、とにかく幸せで。

少女「ううう、先輩……」




早く明日になってほしい、早く先輩に会いたいと思うけれど。
ふと、妙に下半身がスースーすることに気が付く。




少女「……? …………ああああぁああぁぁぁあああ!!!?」




ようやく、下半身がすっぽんぽんであったことを思い出した。
初めての先輩からの電話を、電話越しに好きだと伝えてくれた瞬間を。
わたしは、下半身丸出しで終えてしまったのだ。




少女「あああ……」




さっきとは別の恥ずかしさがこみ上げてくる。
このままふて寝してしまいたい気分にすらなってしまう。
しかしそういうわけにもいかないので、結局わたしはシャワーを浴び直すことにしたのだった。

―――――――――――――――――――――――




少女「夏休み、もうすぐで終わっちゃいますね」




ある日、部活終わりの電車の中。
いつも通り先輩と並んで吊革に掴まっている時に、ふと漏らした言葉。
別段悪いような意味で言ったのではなく、先輩と想いを通じ合えたこの夏休みは一生忘れない、みたいなことをその後に続けようとしたのだが。




女「………………」




わたしの言葉を聞いて先輩の顔が真っ青になったのを見て、そんなものはすぐに引っ込んだ。




少女「せ、先輩? 大丈夫ですか?」

女「大丈夫じゃない……」

少女「ええ!?」




まるで死人のような表情を浮かべる先輩。
体調が優れないのだろうか。

女「夏休みの宿題、全然手を付けてない……」




力が抜けて、吊革から手を放してしまいそうになった。




女「どうしよう少女ちゃん!! あと一週間しかない!!」

少女「お、落ち着いてください先輩!」




吊革から手を放してしがみついてくる先輩を、必死に宥める。




少女「一週間頑張れば、きっと終わりますよ。 ね?」

女「無理……今までできなかったのに一週間丸々集中なんてできるわけない……」




……まあ確かに。
先輩、勉強苦手なんだ……。




女「あああどうしよう! また超怒られる……!」

少女「また!?」

女「実は去年は間に合わなくて怒られた挙句、宿題が終わるまで学校に居残りさせられました……」

少女「うわあ……」




なんと、前科つきであった。
今年もまた間に合わないとなれば、追加で課題を出されるかもしれない。

女「うう、どうしよう……いやどうしようも何も、終わらせるしかないんだけど……」




文字通り頭を抱える先輩。
タイムが伸び悩んでいたと思えば、今度はこれである。
……いや、これはちょっと自業自得な感がないでもない。
しかし、ここで自業自得だからと放っておくわたしではない。 なぜならわたしは先輩のカノジョですから!




少女「先輩、良い方法があります」

女「え、なに!?」




瞳を輝かせて、先輩が勢いよくわたしを振り返る。




少女「集中できないのなら、誰かが監視していればいいんです」

女「監視……」

少女「はい。 というわけで、わたしの家で一緒に宿題をやっつけましょう! 先輩が終わるまで、わたし見てますから!」

女「少女ちゃん……!」

―――――――――――――――――――――――




女「お邪魔しまーす!」

少女「どうぞ上がってください、先輩」




翌日。
わたしと先輩は部活を休み、朝早くからわたしの家に集まって宿題に取り掛かることにした。
最寄りの駅で先輩と合流し、玄関に入ったところでリビングからお母さんが顔を出した。




母「あら、初めまして。 あなたが噂の先輩ね。 少女からよく話を聞かせてもらってるわ」

女「あ、どうも初めまして! 少女ちゃんの先輩をやらせてもらっております女と申します!」

母「少女がお世話になってるみたいで、ありがとうね」

女「いえいえそんな、むしろ私のほうがお世話になってるといいますか」

少女「もう、お母さん。 余計なことは言わなくていいから!」




ぺこぺこと頭を下げ合う二人を宥めて、先輩を部屋へと案内する。
昨晩のうちに大掃除をしたから、おかしなところは何もないはず……!




女「お、お邪魔しまーす……」




家に入る時よりも緊張した面持ちで、先輩が部屋に入ってきた。

少女「クッションにでも座ってください。 今テーブルを出しますので」




あらかじめ部屋に置いておいた折り畳み式のテーブルを広げて、部屋の中心に置いた。
今日はこれが勉強机になる。




女「……なんか、恋人の部屋って緊張しちゃうね」




腰を下ろしてもそわそわと落ち着かない様子な先輩が、呟いた。
わたしも恋人が部屋にいるというだけでかなり緊張しているけれど、そうも言っていられないのである。




少女「さ、さあ、始めましょう! 今日一日で終わらせるくらいの勢いで!」

女「そ、そだね!」




持ってきたカバンから宿題と思われる冊子を取り出している先輩の姿を見ながら、ふと疑問に思ったことを口にしてみる。




少女「一応聞いてみたいんですけど……進捗はどれくらいで?」

女「ゼロです」

少女「えっ」

女「ゼロです」

少女「アッハイ」




全然手を付けていないとは言っていたけれど、まさか本当にその通りだったとは。

女「ちなみに、少女ちゃんのほうは?」

少女「わたしは少しずつやっていたので、もうすぐで終わります」




面倒な読書感想文は初日で終わらせたし、量の少ない国語も早めに終わらせた。
残りは量が多くてちまちま進めていた数学の課題数ページのみである。




女「…………」




裏切られた、という表情を浮かべる先輩。
非常に心外である。




少女「が、頑張りましょう、先輩! 今日で終わることができたら、残りの休みは部活や遊びに集中できますから!」

女「そだね……」




意気消沈した様子で、のろのろとシャーペンを手に取る先輩。
実に幸先の悪いスタートである。

少女「あの……わたしが教えられないのは申し訳ないんですけど……」

女「ん? 大丈夫だよ、宿題程度のレベルなら自分だけでできるし」

少女「えっ?」

女「あっ、さては私のことを勉強できない情けない先輩だとでも思ってたな? テストで平均点以上は普通に取ってるからね!」




聞けば、毎度学年20位以内には入っているらしい。
テスト前はテスト嫌だ嫌だと言っていたような記憶があるのに。
裏切られたのはこちらのほうである。




少女「じゃあなんで宿題やらないんですか」

女「昔からなぜか宿題が嫌いで……まあ勉強自体も嫌いなんだけど。 宿題って言葉がもう嫌いほんと嫌い」

少女「……まあとにかく、ちゃんと終わらせましょうね」

女「はぁい」




渋々と宿題に取り掛かる先輩。
それに倣って、わたしもシャーペンを手に取った。
先輩には申し訳ないけれど、残り数ページしかないだけあって一時間も経てばすぐに終わってしまった。
先輩の進みを見てみると、あまりよくないようである。

女「……もしかして、もう終わっちゃったとか?」

少女「……はい」




がっくりとテーブルに突っ伏する先輩。
泳いでいる時はあんなにカッコイイのに、宿題の前ではこれである。
何か対策を考えないと……。




少女「うーんうーん……そうだ! 今日中に宿題を終わらせることができたらご褒美、とかどうでしょうか!」

女「ご褒美……ご褒美! 確かにいいかも! 大会もそれでヤル気出たし!」




大会もそれで乗り越えたのなら、きっと宿題も乗り越えられるはず。




少女「内容はどうしましょう? また遊びに行くとか?」

女「うーん……」




先輩が、顎に指を当てて考える。

女「…………!」




ぼむ、と急に先輩の顔が真っ赤になる。




女「……ご褒美って、何でもいい?」

少女「もちろんです。 前にも言いましたが、わたしにできることなら何でも」

女「そ、そっかそっか……それじゃあ、えっと……」




もじもじと両手を弄びながら、言い淀む。
なんだか、告白された時のような歯切れの悪さだ。




女「あ、あの、引かないで聞いてくれる?」

少女「え? はい、先輩がそう言うなら」

女「じゃあねじゃあね、あのね……私、少女ちゃんとえっちしたい」

少女「…………うえええええええっ!!?」




今度は、わたしの顔が真っ赤になる番だった。

女「だ、ダメかな!? いやダメだよね!! ごめんやっぱり忘れて!!」

少女「いえいえダメではないです!! ダメではないですけど!!」

女「えっ、いいの!?」

少女「いっ…………いい、ですけど。 先輩はそれでいいんですか?」

女「いいよ!! いいに決まってる!!」




がばりと起き上がって、すごい勢いで問題を解き始める先輩。
なんとも現金なものだけど、まさか先輩がわたしと……えっちがしたいなんて。
なんとなくというか、無意識的に先輩はそういうのとは無縁なものだと思っていた。
恋は盲目とよく言うけれど、なるほど確かにそうかもしれない。
……なんて冷静そうに分析しているけれど、実際は宿題を進める先輩の手を見ながら緊張と恥ずかしさでもじもじしているだけの始末。
ご褒美が決まってから先輩のペースは凄まじく早くなったが、宿題の量はかなりのものなため、時刻はお昼を跨いだ。
一度中断してお昼ご飯を食べてから再開して、数時間後。
そろそろ夕方になろうとしている今、一度休憩を挟むことにした。

女「……」

少女「……っ」




先輩が、熱のこもった瞳で見つめてくる。
宿題の残りページが少なくなるにつれてわたしの身体は熱く火照ってしまっていたため、その目を直視できない。




女「……少女、ちゃん」

少女「っ、ぁ……」




先輩がテーブル越しに手を伸ばして、わたしの頬に触れてくる。
それだけで、変な声が漏れてしまう。




少女「だ、だめです、先輩……」

女「ほっぺに触ってるだけだよ……?」

少女「そ、それだけでも……わたしが、我慢できなくなっちゃいます……」

女「っ……!」




より一層、先輩の視線に熱がこもる。
わたしと先輩の視線が絡み合って、吸い寄せられるように顔が近付く。

少女「んっ……!」




テーブル越しに、唇と唇が触れ合う。
すぐに先輩の舌が口の中に入り込んできて、わたしの舌と絡み合う。




女「んちゅ、はっ……キスは、いいよね……?」

少女「はふっ……キスは、えっちじゃありませんから……」




そう言い訳しながら、キスはより深くなっていく。
口内が先輩の舌で撹拌され、混じり合った唾液が熱く喉を焼く。
まだ足りないと、席を移動して先輩に抱きついた。
先輩もわたしを受け止めて、すぐにキスを再開する。




少女「ちゅる……くちゅっ、はっ、んちゅっ……」

女「れろっ、れるっ……んんっ、んちゅっ、ちゅくっ……」




もっと欲しい。
もっと、先輩が欲しい。
今すぐにでも、先輩に触れて欲しい。
そんな欲望がどんどん膨らんできて、秘部からはすでに下着まで濡れている感触を返してくる。

少女「ぷはあっ……はあっ、はあっ……先輩、もっと────」

母「少女ー? ちょっと買い物に行ってくるけど、何か買ってきてほしいもの…………あら」

女&少女「 「!!!!!!」 」




がちゃりと、ドアが開いた。
あまりに突然の来訪者に、わたしと先輩は離れることすらできずに固まってしまう。
数秒、いや数十秒か、沈黙が流れる。




女「あっ、あのっ!!」

少女「あわっ」




突然先輩が沈黙を破り、弾けるように立ち上がった。




女「わ、私っ、少女ちゃんと交際させていただいてますっ!! 遊びのつもりは全然なくて、少女ちゃんがいてくれると落ち着くというか、その、少女ちゃんがそばにいてくれたから大会で結果を残すことができたし、これからもずっとそばにいてほしいって思ってるんです!」




震える声で、先輩が叫ぶ。




女「もちろん好きになった理由は他にも沢山あります! でも、そばにいてほしい、一緒にいたいって気持ちになるのはどれも同じです! そして私の独りよがりだけじゃなくて、少女ちゃんのことも幸せにするって決めています! 同性というのは理解してますし、きっと難しいこともあると思いますけど、少女ちゃんと一緒なら絶対に乗り越えてみせます! だから、私と少女ちゃんの仲を認めてくださいっ!!」




そうまくし立ててから、先輩は頭を下げた。

母「……少女、あなた随分と良い子を捕まえたのね」

少女「え」

母「顔を上げて、女さん。 娘の恋愛に私が口を挟むつもりなんて元からなかったけれど、あなたのような人が相手なら安心できるわ。 素直に話してくれてありがとう、少女をよろしくね」

女「え……は、はい!」

母「で、それはそれとして。 何か買ってくるものは?」

少女「え……あ、えと、ないけど……」

母「そう、じゃあ行ってくるわ。 お邪魔したわね」




ひらひらと手を振って、お母さんが部屋を出ていった。




女「…………はぁぁぁぁぁ」

少女「だ、大丈夫ですか!?」




力が抜けたように崩れ落ちる先輩を、慌てて支える。




女「びっくりしたぁ……緊張したぁ……」

少女「先輩……」

女「でもよかった、認めてもらえて……認めてもらえて、ほんどによがっだよおおおおお!!」

少女「わーっ!!?」




ふにゃりと力の抜けた笑顔を浮かべた先輩が一変、急に泣き出し、しがみついてくる。

女「ぐすっ……いつかは少女ちゃんの両親と話さなきゃって思ってたけど、まだ覚悟とかできてなくてっ……急にその機会が来ちゃったから頭の中が真っ白になっちゃったけどっ……」

女「言いたかったことはぜんぶ伝えられたからっ、ほんとによかったああああぁぁぁっ!!」

少女「先輩っ……」




あれが、先輩の気持ちなんだ。
ずっとわたしといたいという、気持ち。




少女「先輩、顔を上げてください」

女「え? んっ」




涙で濡れている先輩の唇に、キスをする。
嬉しかった、先輩の行動と言葉が。
わたしは何もできなかった、言えなかったのに、先輩は咄嗟にあれだけのことをしてくれた。
嬉しくて、幸せで、泣きそうだった。




少女「んっ、は……先輩、好きです、大好きです。 どうしようもないくらい、あなたのことが好きです。 だから……もっとわたしに、触ってください」

女「っ!?」




先輩の右手首を掴んで、その手をわたしの胸に当てた。
嬉しくて、先輩のことが大好きで、心臓の鼓動が早くなってしまっていることが伝わっているだろうか。

女「……いいの? まだ宿題、終わってないけど……」

少女「残りあとちょっとくらい、先輩なら今日じゃなくても終われますよね?」

女「……っ!!」

少女「あっ、んむっ……!」




先輩に押し倒され、乱暴にキスをされる。
再び体が火照り始めて、先輩のことしか考えられなくなる。




女「はっ、んちゅっ……ずっと、我慢してたの……」

少女「ちゅる……ふぁ、先輩……?」

女「初めてキスした時から……少女ちゃんに触ってほしくて、触りたくて、ずっとずっと我慢してたの」

少女「あっ、や、先輩っ……ひゃ、うっ!」




先輩がわたしのシャツの上から手を滑らせて、お腹をなぞってシャツの袖を掴んだ。
そのままシャツをたくし上げられて、ブラが露わになってしまう。
今日はこんなことになるとは思っていなかったからスポーツブラなんて色気も何もないものを着けていたので、今更ながらに恥ずかしくなってくる。




女「でももう、我慢できない。 少女ちゃん、大好きだよ。 だから、少女ちゃんの心も体も、ぜんぶ私にちょうだい」




熱っぽく荒く息をしながら、先輩がそう懇願してきた。
答えなんてもう、決まっている。
それはきっと、初めて先輩を見た時から。




少女「……はい、先輩。 わたしのぜんぶ、先輩にあげます」

女「少女ちゃんっ……!」

―――――――――――――――――――――――




気が付けば、窓から差し込む夕陽の光がわたしの部屋をオレンジ一色に染めていた。
カラスの鳴き声が遠くから聞こえる。
そろそろベッドから起き上がらないと、お母さんが帰ってくるかもしれない。
そう思って、心地よい倦怠感のあった身体を無理やり起こそうとして────




少女「わぷっ、んっ、むっ……ふっ、んんっ……」

女「んむ、はふ……れろっ、はむ……」




隣で息を整えていた先輩に腕を引っ張られ、倒れ込んだ所に覆い被さられてキスをされる。
くちゅくちゅと舌が絡み合う水音、わたしと先輩から漏れる吐息と声。
さっきまで散々お互いの身体を堪能したのに、それらを聞くだけでまた先輩の身体が欲しくなってきてしまう。




少女「ふはぁっ……はあっ、はあっ……」

女「んぁっ……はっ……はぁっ……」




先輩とわたしの間に、唾液の橋ができる。
それが途切れてしまうのが名残惜しくて、すぐに先輩とわたしを唇で繋ぐ。
指と指を正面から絡めて握り合って、肌と肌が擦れ合う。
胸も、おへそも、脚も。
ぜんぶが先輩と密着して、溶け合ってしまいそうなくらい熱くて、気持ちよくて、心地いい。

少女「はふっ、ちゅっ、くちゅ……」

女「んふ、はっ、ちゅむっ……んっ、んんっ!」

少女「んんんっ! はっ、せんっ、ぱいっ……!」




不意に秘部に感じる、熱い感触。
さっきまで何度も感じていた、感触。
先輩が腰をくねらせ、強く押し付けてくるたび、より強くその感触を感じる。




女「あ……はっ、はぁっ……っ、んっ!」

少女「はぅっ! んっ、はっ、やっ、ひゃぁんっ!」




唇と唇とのキスの時とは違う、いやらしく、粘着質な水音。
わたしと先輩の秘部がキスをして、擦れ合って、絡み合って。
さっきも気持ちよすぎてこれで何度もイッてしまったのに、またすぐにイキそうになってしまう。




女「はあっ、はあっ、んんっ! 少女ちゃんっ、私またっ……!」

少女「わたしもっ、ですっ! 先輩と一緒にっ……!」




気付けばわたしも、先輩に合わせて腰を動かしていた。
腰をくねらせ、時には先輩と唇を重ねながら、興奮を高め合って二人で絶頂へと昇りつめていく。

女「あっ……! いくっ、いっ、くぅっ……!」

少女「せんぱ、いっ……ふっ、ふぁっ! あんんっ! ひゃううぅぅぅぅっっ!」

女「んくぅぅっ、はぅうううっっ!」




もがくように抱き合って、絶頂に身を震わせる。




女「~~~~っ……はっ……ふぁああっ……!」

少女「んんんっ……はひっ、はぁっ……!」




先輩とのえっちは、すごかった。
一人でするのとは全然違う。
気持ちいいのがずっと続いて、こんなに幸せでいいのだろうかと思ってしまうくらい幸せで。




女「はあっ、はあっ……はあああぁぁ……」




一際大きな溜息を吐き出してから、先輩はわたしの胸に顔を埋めた。




女「うー……離れたくない……」

少女「わたしもです、先輩……」




先輩の髪から香る、先輩のにおい。
すごく安心してしまう香りで、このまま眠りたくなってしまう。

女「今更なんだけど……体、大丈夫? かなり無理させちゃったと思うんだけど」

少女「ちょっと疲れたくらいですから、平気です。 水泳部のマネージャーになってから結構体力ついたんですよ? わたし」

女「そっか……」




ふう、ともう一度溜息をついてから、先輩が顔を上げた。
その表情はとても満足げで、思わずわたしも頬が緩む。




女「どうにかなっちゃいそうだったくらい、気持ちよかったぁ……」

少女「先輩、何回もイッてましたもんね」

女「少女ちゃんだって人のこと言えないでしょ? 私にぺろぺろされて泣きながら何回もイッてたくせに」

少女「うぐ」

女「おかしくなっちゃう~こわれちゃう~とか言いながら何回も何回もむぐっ」




思い出したくなくて、先輩の口を両手で塞ぐ。
実際、本当におかしくなりそうだった。
先輩に舐められて、やめてと言ってもやめてくれなくて。
何回も何回も、何回も……。




少女「うううっ……!」

女「ふふふっ、可愛いなあ少女ちゃんは」




先輩に抱きしめられるのは好きだけど、恥ずかしさで死にそうだった。

女「……そろそろ帰んないとなぁ」

少女「……そうですよね。 これ以上暗くなったら危ないですもんね」




わたしを抱きしめる腕に、力がこもる。




女「少女ちゃんと一緒に暮らしたいなあ」

少女「っ……先輩、そういうこと急に平然と言わないでくださいよ、もう」

女「なんで? ドキドキするから?」

少女「そうです」

女「でも、少女ちゃんもそう思うでしょ?」

少女「……」




先輩と暮らす。
朝起きたら先輩が隣で寝ていて、家に帰れば先輩が待ってくれている。 あるいは、家にいたら先輩が帰ってきてくれる。
ご飯はどうしよう、先輩は料理できるのかな?
お弁当とか作ったら喜んでくれるのかな……。




少女「……思います、すごく」

女「だよね! 私は大学に進むつもりなんだけど、大学行ったら少女ちゃんと一緒に暮らしたいな。 そしたらずっと一緒にいられるのに」




そっか。
当たり前だけど先輩はわたしよりひとつ年上だから、卒業してしまったらこれまでのように部活で会うこともできなくなってしまう。
大学に行けばまた色々と忙しくなってしまうだろうし、これまでのように一緒に過ごすことは難しくなる。
先輩はそこまで考えてくれてたんだ。
わたしは浮かれているばかりだったのに。

少女「……先輩」

女「うん?」

少女「わたしを好きになってくれて、本当にありがとうございます」

女「ふふふっ。 そんなの、お礼を言うことじゃないよ」

少女「そんなことありません。 わたしのことをちゃんと考えてくれる先輩が相手で、本当に良かったって思ってるんですから」

女「そしたら、こっちもありがとうだよ。 私、少女ちゃんと会ってからずっとお世話になりっぱなしだもん。 今日だって、少女ちゃんのお陰で宿題をあそこまで進めることができたんだし」

少女「先輩……好きです」

女「わたしも好きだよ、少女ちゃん」




想いを伝え合って、キスをする。
これからは、わたしも先輩との将来を考えよう。





女「さてと! いい加減帰らないとね!」

少女「また来てくださいね、先輩」

女「ふふふ、もちろん! でも、今度は少女ちゃんが私の家に来てほしいかも」

少女「ふふっ、はい。 もちろん行きます!」

女「うん、約束!」




身だしなみを整えた先輩を、見送る。
こうして別れる時は寂しいけれど、明日になればまた会える。
そう思えば、明日が楽しみになってくる気がした。
夜になったら電話するのもいいかもしれない。


……翌日、部活での着替え中にわたしと先輩が体のあちこちにキスマークをつけていることを部員のみんなに指摘され、わたしたちの関係がバレてしまうのだった。

―――――――――――――――――――――――




それから。
地区大会で優勝した先輩は全市の大会にも出場したけれど、結果を残すことまではできなかった。
他にも全市に出場した選手はいたが、先輩と同様に入賞までいった者はいなかった。
しかし先輩は落ち込むことなく、来年の全市大会でまた結果を出せばいいと前向きだった。

『私には、少女ちゃんがついてるからね!』

……なんて、嬉しいことを言って。
先輩は他にもいくつかの大会に出てメダルを取ったり、あるいはメダルとまではいかなくとも入賞するまでにはこぎつけ、多くの結果を残していた。
そんな先輩が学校から表彰された時は、わたしは自分のことのように嬉しかった。
そうして3年生が引退する時期になって、次の部長は先輩が選ばれて。
わたしたちは水泳部員とマネージャーとしてあれこれ活動しながら、合間合間にデートしたりして。
忙しくも幸せに過ごしながら、早くも次の年度がやって来て。

少女「このタブレットは、選手が泳いでる所を撮影したりタイムを記録するもので」

後輩「ふむふむ」




去年の部員たちの活躍から、今年は部員がたくさん入ってくることになった。
マネージャーも一人増えて、わたしにかわいい後輩ができることになった。
今はマネージャーとしての仕事をいろいろと教えてあげている。




女「少女ちゃーん、そろそろ解散するよー!」

少女「はーい! んじゃ、いったん集まろっか」

後輩「はい、先輩!」




先輩の一声で、部員みんなが集まってくる。
先輩……先輩かぁ。
中学のころは部活に入っていなかったから、先輩と呼ばれるのは初めてだ。
そう呼ばれるのも敬語を使われるのも、なんだかくすぐったい。




女「はい、以上で今日は解散! また明日ね!」




ぞろぞろと、部員たちがプール場から出ていく。
今日のところは後輩ちゃんには帰ってもらうことにした。

女「んじゃ、私たちはいつも通り仕事を終わらせちゃおっか」

少女「はい! でも、明日からは後輩ちゃんも一緒になりますよ」

女「あー、そっかそっか。 仕事教えなきゃいけないもんね」




話しながら、掃除用具入れからモップを二つ取り出す。




少女「今年はたくさん入りましたねー!」

女「うんー! 去年頑張った甲斐があったよ! この調子だと、来年にはコーチがつくかもしれないんだって!」




来年。
来年には……もう、先輩はこの学校にいない。




少女「……今年は、無理なんでしょうか」

女「もうちょっと部員がいないと厳しいんだって。 今年また頑張れば来年もきっと部員が増えるから、きっと大丈夫だよ!」




先輩はそう言うけれど。
しっかりとしたコーチがいたら、きっと先輩はもっと上に行けるのに。
なのに、あんなに頑張ったのに、先輩は報われないなんて。
それが悔しくて、わたしは何も言えなかった。

―――――――――――――――――――――――




女「桜もそろそろ見納めかなー」

少女「……」




学校から駅までの、帰り道。
桜の木を見上げて先輩がそう呟くけれど、わたしはさっきのことで頭がいっぱいだった。




女「ね、少女ちゃん。 浮かない顔してるけど、どうしたの?」




それを見かねてか、先輩が声をかけてくれた。
わたしが考えても仕方のないことだし、思ったことを口にしてみる。




少女「先輩、今年で卒業しちゃうじゃないですか」

女「うん、そだね」

少女「なのに、今年中にはコーチが来てくれませんから……先輩は、それでいいのかなって」

女「……ああ、ふふふっ」




それを聞くと、先輩はくすくすと笑った。

少女「わ、笑いごとじゃないですよ! だって先輩はあんなに頑張ったのに、コーチがいたらもっと活躍できるのに! なのに、先輩がいる間は無理なんて……」

女「ううん、いいんだよ少女ちゃん」

少女「いいわけないです! わたし、悔しくて、悲しくて……」

女「少女ちゃん……」

少女「……わたし、やっぱり納得できません。 顧問の先生に抗議を────」

女「少女ちゃん」

少女「あう」




先輩に頭を撫でられて、続きを遮られてしまう。
わたしはこんなにも悔しいのに、先輩は笑顔を浮かべていた。




女「ありがとう、少女ちゃん。 わたしの為にそこまで考えてくれて。 ごめんね、悩ませちゃって」

少女「そんな、先輩は悪くありません!」

女「んん、そうかな……まあとにかく、私はいいの。 あのね、理由聞いてくれる?」

少女「……はい」




理由……別に活躍せずとも、大会で結果を残せなくても構わないという、理由。
去年の地区大会まではあれだけ拘っていたのに、それがもういいと言う。

女「理由なんて、たいしたことないんだ」




先輩がわたしより3歩ほど前に出て、わたしを振り返った。




女「私、水泳がすっごく楽しいの! もともと好きで始めた水泳だけど、最近は────ううん、少女ちゃんを好きになってから、さらに泳ぐことが好きになったの!」




夕陽を背に、笑顔を浮かべる先輩。




女「去年までの私はとにかく結果を残すことだけに拘ってたけど。 少女ちゃんのおかげで水泳が楽しいって気持ちを思い出せて、わかったんだ」




先輩に告白された時のことを、よく覚えている。
その時も、わたしのおかげで水泳が楽しいものだということを思い出せたと、言っていた。




女「結果なんて、いいの。 だって私が楽しく泳いでたら、勝手に付いてくるものなんだもん!」




そう言って見せた先輩の笑顔は、これまで見てきたものよりもずっとずっと明るくて、眩しくて。

女「だからね、少女ちゃん。 私は楽しく泳げたらそれでいい。 少女ちゃんが見てくれてる時に泳げれば、それでいい。 だって、少女ちゃんが見てくれてる時が一番楽しいからね!」

少女「先輩っ……!」




思わず、先輩に抱き着く。
先輩の言葉を聞いて、わたしは先輩のことを何も知らなかったのだと理解した。
先輩は、水泳ができたらそれでいいんだ。
結果を残したいわけじゃない。
ただただ、きっと────わたしに楽しく泳いでいる姿を見せるために。





女「少女ちゃん、ありがとう。 少女ちゃんがいなかったら、今の私は絶対になかった。 少女ちゃんがいてくれたから、水泳が楽しいって思い出せた。 ぜんぶぜんぶ、少女ちゃんのおかげなんだよ」

少女「っ……せんぱいっ、わたしも先輩がいなかったらっ……!」




先輩がいなかったら。
わたしは、どうなっていただろう?
文化系の部活に入るつもりだったけれど、なにか部活に入っていただろうか?
その部活では、今のような素敵な出会いは会っただろうか?
……きっと、考えても無駄なのだろう。
だって、今のわたしには今しかないんだから。

少女「先輩。 あなたに会えて、本当によかった。 先輩のおかげでわたしはたくましくなれたし、恋をすることができたから」

女「私もおんなじ。 少女ちゃんに会えたから、恋ってものがどんなものなのか知ることができたから」




今のわたしには今しかないけれど。
でも、未来を思い描くことはできる。
前に先輩は言っていた、大学に進学したらわたしと暮らしたいと。
わたしも、おんなじ気持ちだ。
だから、今はそれを目標に頑張ろう。




女「好きだよ、少女ちゃん」

少女「好きです、先輩」




それをひそかに胸に誓って、先輩と唇を触れ合わせた。

終わりです、ありがとうございました。

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