心「アイドルになる前に、知らない女の子と電話してたんだよ」 (20)


アイドルになる前の佐藤さんは、すこし寂しがりだった。

親元を離れて一人暮らしをはじめてからも、たまに妹のよっちゃんに電話したりした。
だけど、妹もそれなりに忙しかったので、もちろん話ができない日もあった。

「もうアイドルになれたの?」って言われるのが嫌で、友達にはあんまり電話しなかった。
でも佐藤さんは、レッスンの愚痴も、日々の鬱憤も、全部をさらけだせる相手が欲しかった。

そんな人だから、ネットで話し相手を募集することにした。



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自分とおなじような人は、意外とたくさんいるってことを佐藤さんはそこで知った。

みんながみんな、何かしらの悩みを抱えたりして生きていて、
誰かの紹介文を読んでは、佐藤さんはほんのすこしだけ共感した。

それで、しばらく経ってから一人の女の子から連絡がきた。
その子は、佐藤さんと一回り近く歳が離れていた。どうにも女子高生らしい。

まあ、できるなら女の子がいいなと思っていたので、佐藤さんはひとまずその子と話をすることにした。


「あーあー、もしもし?」

「こ、こんにちは」

ヘッドフォン越しに聞こえてきた女の子の声は、すこしうわずっていた。
緊張してんだろうなと思った佐藤さんは、なんかかわいいなーと心の中で笑った。

「えーっと、高校生なんだっけ」

「はい、そうです」

「まあ、いいや。ちょっとはなし聞いて欲しんだけどさ~。っていうか聞け☆」

佐藤さんは、その日満足するまでその子と話をした。
女の子は、話が終わるまで相槌をうちながら聞いてくれた。

だけど、なんでかアイドルの話はしなかった。なんでだろうな。


佐藤さんは、昼間はアイドルの養成所に通っていて、
夜は飲食店でのアルバイトのシフトが入っていたので、
その女の子と話すのはいつも決まって夜中だった。

それなのに、女の子は佐藤さんが「今、話せる時間ある?」と聞けば、
必ず「分かりました」と返してくれた。

佐藤さんは、ちょっと不思議に思っていた。
この子は、いつも何してんだろ?


女の子は、よく言えばおとなしい性格だった。悪く言えば、くそマジメ。
だから、佐藤さんの話をよく聞いてくれたけど、自分の話はあんまりしてくれなかった。

そんなわけで、佐藤さんは思い切って女の子に聞いてみることにした。

「あのさー」

「はい」

「この時間まで、いつも何してんの?」

そう聞いた後、女の子はしばらく黙っていた。仕方なく佐藤さんも黙った。


「特に、なにもしてないです」

「へー、そっか」

何もしてないってなんだよ、と佐藤さんは思った。

「あー、それじゃあ学校は?」

「……学校には、行ってないです」

ここらへんで、なんとなく女の子がどんな人なのか察しがついた。


「あー……もしかして、引きこもりってやつ?」

「…………はい」

なるほどな、と佐藤さんは微妙な気持ちになった。
それで「なんかあったの?」と聞いてみた。

「……クラスのみんなと、うまく馴染めなくて」

「ふーん、そうなんだ」

そういえばそういう子もいたよな。佐藤さんはずっと昔のことを思い出していた。


「楽しくないの、学校?」

「……ひとりの方が、好きです」

「そっか、ならいいけど」

そう言う癖に、こうやって電話はするんだな。
佐藤さんはそんな風に思っていたけど、それは口にしなかった。

たぶん、この子はいじめられてんだろなと、佐藤さんは気づく。
言い出しにくいことを胸にため込んだまま、ここでこうやって気を紛らわしてんだろうな。

そう考えたら、この子のことがちょっと可哀そうに思えた。

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