高木順一郎「家宝」 (10)

高木「えー、毎度大勢のお運びありがとうございます、馬鹿馬鹿しい話を一席お付き合い願います」

高木「私も本業はアイドル事務所の社長業などしておりますが、その関係で方々に飲みに連れて行かれるものでして」

高木「最初の内は皆々当たり障りのない世間話などしておりますが、次第次第に酒も入り陽気になって来ます」

高木「するってぇと、やれ何か面白い芸の一つも見せろなんて話になりまして、そこで何も出来ませんとなるとこれは機嫌を損ねますな」

高木「酒の席とは言え機嫌を損ねないに越したことはありませんから、どうにかこの問題を上手くやっつけたい」

高木「ならばその場ですぐ出来て特別な道具もいらない芸でも覚えようと、こういう訳で私は落語など嗜んでおる訳です」

高木「お陰で冗談や洒落の類は多少の上達は見られたんですが、肝心要の一発芸としては、あー、少々選択がまずかったですなぁ」

高木「酒の席でのことですから、互いに酒を飲み交わしてから演る羽目になるのは分かっていたんですよ」

高木「酔っ払いが揃い揃って私は呂律が回らない、相手はぼんやり聞き流すってなもんで、いや実にあの選択はいけませんでしたなあ」

高木「これではいくら磨かれた芸を持っていたところで宝の持ち腐れ、今日はそんなような噺を一つ、演ってみたいと思います」

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P「ん、ここが貴音の家か。大層立派な作りじゃないかい、ええ? 家賃の方は一体どれぐれぇの、何、中へ? 」

貴音「少々散らかってはいますが、どうぞ中の方へ……」

P「そうだな、引っ越しの荷造りを手伝いに来たんだ。上がらないことにはどうしようもねぇやな、どれ、邪魔するよっ」

貴音「大したお構いも出来ませんが」

P「気にすんな、な? はー、中の方もこりゃ立派な……一人暮らしにゃ広すぎないかい、ええ? 広すぎない? あ、そう。ん?こりゃ」

貴音「あの、花瓶が気になるのですか?」

P「いやこの花瓶も家に見合ってまた立派で、こりゃどこぞの高名な先生の作と見たね。どうだい?」

貴音「はい、だいそうなる御仁の作かと記憶しております」

P「だいそう! かー、俺ァ骨董には詳しくないがそりゃきっと大層な大先生に違いない! どこでこんな掘り出し物見っけて来たんだい?」

貴音「駅から少々歩きました、大通りの商店です」

P「ふんふん、駅から? ズーっと歩いて大通り? あすこにゃ骨董屋なんてなかったような……店、店の名前なんてんだい?」

貴音「ええ、ですからだいそうなる名であったと」

P「……なんでい100円ショップじゃねえか、矢鱈に褒めて損したな。あ、裏に値札貼ってあらぁ、ホントに100円だ!」

貴音「あの、それよりも荷造りの方を……」

P「おっとそうだった! 玄関でうだうだやってても仕方ねえ、奥まで案内してくんな」

P「おー、なんだか悪いね、働く前から茶で一服たぁ……ん、美味いなこりゃ、独特の香りで品のある高級感だ」

貴音「ありがとうございます、良い葉を使いましたので」

P「やっぱりこうしてみるとこうー、貴音はお嬢様然としてるなあ! 急須を持つ手つき一つにしても滲み出るもんがあると言うか」

貴音「ふふ、ありがとうございます。もう一杯いかがですか?」

P「お、そいじゃ貰おうかね……んん、しみじみ美味いねえ、こりゃ何処の店のだい? 俺も一つ買ってみようかね」

貴音「ええ、近くの公園に生えていました雑草を」

P「ぺっ! ぺーっ! おま、お前! 雑草で煮出した茶出す奴があるか! さっきのあの、良い葉を使ったってな嘘か!」

貴音「はて、わたくしは雑草の中でも特別元気の良いもの選んだつもりでしたが……」

P「ややこしこと言うんじゃねぇ! ……ったく、とんだ箱入り娘の世間知らずだなこりゃ」

貴音「お茶請けを忘れていましたね、羊羹はお好きですか?」

P「ああ、和菓子にゃ目がねぇが……ちょいと待ちな、その羊羹ってのもコンビニの100円そこらのじゃ」

貴音「なんと! プロデューサー殿はわたくしがこの羊羹を買う所を見ておられたのですか?」

P「2回も続きゃ誰だって分からぁ! はぁ、ったくもう、なんでこう……もういい、茶はもういいってんだ、荷造りを始めんぞ」

貴音「はい、ではこちらの部屋にて……」

高木「と、このように二人してやれこの荷物はこっちの箱へ、やれその荷物はそっちの箱へと荷造りを進めておりました」

高木「タンスの中身も見る見る減って、戸棚本棚もすっからかん、押入れの中身も出しては仕分け出しては仕分け……」

高木「そうこうする内に、大きさにして50cm四方程でしょうか、紫紺の更紗に包まれた、桐の木箱が出て参りました」

高木「貴音嬢にこりゃなんぞと尋ねてみても、一向思い当たる節がないと言う」

高木「さてどうしたものか、どうにもこうにも中身を確認してみんことにはと、結びを解きまして、スッ……と蓋を持ち上げました」

P「はぁ、こりゃ、ひのふのみの……皿が十枚か。貴音、お前これ見ても何も思い出さねぇかい?」

貴音「ああ、恐ろしや恐ろしや……! なんまんだぶなんまんだぶ……!」

P「お、おい貴音、貴音よ、お前そんなに震えて念仏まで唱えて、どうしたい?」

貴音「お、思い出したのです……その皿は、その皿は我が家の家宝……」

P「家宝ってお前、家の宝って書いてあの家宝かい? そりゃおかしいじゃねえか、何だって手前ん家の家宝見つけて怖がんだ」

貴音「ただの家宝ではないのです、曰く付きの家宝なのです……ああ恐ろしや……!」

P「曰く付き? こんな皿なんだってんだ、何も怖がるこたねえや、どんな曰くが付いてるのか言ってみなよ」

貴音「は、はい、実はその皿は……」

P「ふんふん、この皿は?」

貴音「毒消しの、皿なのです……!」

P「毒消しの、皿? はあ、そりゃ一体何だい?」

貴音「その皿に盛れば河豚だろうと中り知らず、いくら食べても腹具合のおかしくならないという、まじないのかけられた皿なのです……!」

P「何だって!? たっ貴音! そ、そそ、そりゃあお前!」

貴音「ひいい、恐ろしや恐ろしや……! なんまんだぶなんまんだぶ……!」

P「……そりゃお前、良いこと尽くめじゃねえか。何をそんなに怯える必要があんだい」

貴音「……か、かの播州皿屋敷、名前ぐらいは、うう、ご存知でしょう?」

P「ああ、女中が主人から預かってた家宝の皿が、女中の留守の間に主人の手で一枚抜かれて、盗みの容疑で折檻されてっていう」

貴音「はい、主人の謀略にかけられた哀れな女中は井戸の中でその命を……それから毎夜すすり泣く声と共に現れては……」

P「いちま〜い、にま〜いってな例のアレだろ? なんでい藪から棒に妙な話しやがって、それとこの皿に何の」

貴音「この皿こそ、女中の主人が大切にしていた十枚一組の毒消しの皿なのです……!」

P「あん? お侍だかお代官だか知らねぇが、その主人の家宝がどうしてお前の家の家宝になるんでい、おかしいじゃねえか」

貴音「聞けば、わたくしのご先祖様は妙な品を集めるのが好きだったそうで、その内に巡り巡った毒消しの皿が……」

P「はあ〜、するってぇと何かい、こりゃ女中の怨念がみっちり詰まった皿屋敷の皿か」

貴音「ああ! 恐ろしいことを口になさらないで下さいまし! なんまんだぶなんまんだぶ、なんまんだぶなんまんだぶ……!」

P「ははーん、なるほど。怖くて仕方がなかったから押入れの奥の方に仕舞い込んであった訳か」

貴音「今の今まですっかり忘れられていたというのに、うう……!」

P「ええい、泣くな泣くなうっとうしい。この際こんな皿はどうにか始末を付けちまおう、俺も手伝うから、な?」

貴音「う、うう……ぐす、はひ……」

P「そうさなあ、そもそもこんな皿があるからいけねぇんだよな、思い切って叩き割っちまおう! そんですっきり忘れよう!」

貴音「なりません! 仮にも家宝をゴミ同然に扱うなど言語道断、何より割ればどのような祟りがあるか知れません、ぐす……!」

P「だ、駄目か? そんならこいつぁどうだ、どこぞかの寺で坊さんにお経でもあげてもらって、お祓いをしてもらうってなあ?」

貴音「お祓、い……?」

P「おうよ、そうすりゃ祟りに怯える必要もねえ毒消しの皿も使えると、こういうわけだ! どうでい、一石二鳥の名案だろう?」

貴音「なりましぇん! 今は祟りもなく平穏無事だというに下手に刺激すればどのようにゃ祟りが、あるか、うう、ひっく……!」

P「ああ、泣くなったら、呂律も回らなくなって来てるぞ……こ、これも良くなかったな、ならいっそどうだ、売り飛ばすってのは」

貴音「う、売い飛ばしゅ……?」

P「ゴミみたいに扱うわけでもねえし粗末にするわけでもねえ、祟りを恐れることもねえってんでこれ以上の妙案はねえぞ?」

貴音「なりましぇん! 家宝ゆえ手放したりはれきないのれふ! ぐしゅ、うう、ひっく……」

P「参ったなあ、結構良い値で売れそうだと思ったんだが、これでも駄目か。折角の家宝もこれじゃ宝の持ち腐れよ……」

貴音「しょのように言われれも……ぐすん」

P「なあ、もういっぺん聞かせてくれ。どうしてこんな高そうな物を今まで押入れの奥に眠らせて……ん、電話鳴ってるぞ? 出な」

貴音「ふえぇ……はひ、しぞうたかね」

高木「長々とお付き合い、ありがとうございました」

おわり

あとがき

社長の名前郎じゃなくて朗だよファック!

おわり

死蔵高値か

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