【ガルパン】好きな食べ物の少し長い話。 (54)

先日は投下させて頂いた短文に好評を賜りありがとうございました

今回も短文が五本用意出来ましたので、これから投下させて頂きます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1506250551

【エリカ編】

私の好きな食べ物はアイアシェッケという事にしている。
これを言うとほぼ確実に、質問がひとつ返って来る。

アイアシェッケって何ですか、と。

平たく言えばドイツの四角いチーズケーキ。
訊かれたら答えられるように、Wikipediaの項には定期的に目を通す。
もはや暗誦できそうだ。

アイアシェッケを知っている人は滅多に居ない。
少なくとも私の周囲には居ないし、売っている所も見た事が無い。
どこかで売っているとすればケーキ屋さんとかなのかしらね。
でも、そういう場所でも見掛けない。
見落としているだけかも知れないけど。

話は逸れるけど、好物というものは時として人に強烈なインパクトを与える。
顔や態度が第一印象になるならば、好物はその第一印象を塗り替えかねない、謂わば第二印象になり得る。

分かりやすく、マカロンを例にしましょう。

例えば、厳ついおじさんの好物がマカロンだったら面白いわよね。
そのおじさんが可愛くさえ見えて来るかも知れない。
好物の印象が、それとは真逆の第一印象を塗り替えてしまうパターン。

もちろん逆もある。
可愛い女の子が、好きな食べ物はマカロンですと公言した場合、それは元々のイメージの補強になる。
本当は餃子とかが好きで携帯ストラップにしているとしても、それを隠してマカロンと公言する事は、イメージ作りに大いに貢献する事になる。

つまり、周囲にイメージが伝わりやすい好物は、良くも悪くもその人自身のイメージに大きく関わってしまう。
現に隊長は雑誌の記事でカレーと答えてえらい目に遭っている。

隊長が本当にカレーが好きなのかは分からない。
一緒に食事をする機会はこれまで何度もあったし、カレーを食べた事もあったと思う。
だけど、それで好物を食べるテンションになった隊長は見た事が無い。
あったら絶対覚えてる。

隊長の事だから、好きな食べ物が思い付かなくて万人受けする食べ物を咄嗟に答えたのかも知れない。
だけど今、隊長は渾名がカレーになるんじゃないかというぐらいカレーのイメージが強くなってしまった。
さっきの例で言えば前者のパターンね。

だから私は、周囲にイメージが伝わりづらいアイアシェッケが好物という事にしている。
周囲のイメージを、好物によって塗り替えてしまう事が怖いから。

白状するなら、実際にアイアシェッケを食べた経験は一度も無い。
嫌いな訳じゃない。
そもそも食べた事が無いんだから、好きも嫌いも無い。
何せ、売っている所さえ見た事が無いんだし。

でも、曲がりなりにも好物に設定した食べ物なんだから少なくとも悪い印象は持っていない。
いつか食べられる機会があれば、是非とも食べてみたいと思う。

でも、それ以上に、本当の好物を周囲に打ち明けられたら良いなと思っている。
イメージを塗り替えてしまう事を恐れずに。
自分に対しても周囲に対しても、正直になれたら良いな、と。

私の、本当の、好きな食べ物は。

【ハンバーグ編終了】

【ツチヤ編】

金曜日。

ファミレス。

ドリンクバー。

このご時世にドリンクバーが金曜日限定、しかも23時閉店。
およそファミレスとは思えない健全な営業。
学生によって自治運営されている学園艦ならではだ。

実際、私なんかは、24時間営業のファミレスがあったら何時間でも粘ってしまう気がする。
そういう子達が居るからこそ、治安維持の目的もあって24時間営業をしないんだと思う。

話の種は尽きない。
粘っているつもりは無いけど、気が付くと物凄く時間が経っていたりする。
見回りの風紀委員に捕まって帰される事もあるけど、大抵は閉店時間近くまでうだうだ話している。
家に帰る頃には何を話したか覚えていない事も多々あるから、大した内容じゃないんだけどね。
だらだらと、ぐだぐだと、まさに駄弁るってやつ。

というわけで、今、私はファミレスでとある先輩と駄弁っている。
普段は自動車部の先輩達とばっかりつるんでいるから、新鮮で楽しい。

私は人と喋るのが好きなんだなあ、と思う。
ドリンクバーはお喋りのツールとして最適だから好きなんだ。
一人だったら5分と居られない気がする。

22時半。
店員さんがラストオーダーの聞き取りに来た。
世界のケーキフェアという期間限定メニューが気になったけど、私達は追加注文はせず、会計をして店を出た。

今夜は先輩の家に泊めてもらう予定だ。
お泊まりデートって事になるのかな。
かなりウキウキしてる。

まあ、駄弁る場所を変えるってだけの事なんだけど。

このデートのメインは実は明日。
だから今日は、言うなれば前夜祭だ。

この学園艦は明日、横浜に寄港する。
私と先輩は、そこで全く同じ店に行く予定でいた。

学年的にはひとつ下の、戦車道の先輩。
阪口桂利奈ちゃんと私には、共通の好物がある。
それは、ラーメン。

戦車道の訓練の後、桂利奈ちゃんが話しているのが聞こえた。
土曜日、つまり明日、横浜のとあるラーメン屋の行列に並ぶ予定だと。
私も同じ事をする予定だったので、話し掛けたら意気投合した。
桂利奈ちゃんは先輩と呼ばれる事に憧れがあったらしく、そう呼んであげるととても嬉しそうにする。

だから今日は、桂利奈ちゃんと前夜祭。
ああ、早く土曜日にならないかな。

【ツチヤ編終了】

【アリサ編】

一口ちょうだい問題。

一口ちょうだいという発言によって巻き起こる問題の数々を纏めてそう呼ぶらしい。
とあるお笑い芸人がテレビで言っていた。
名言だなと思う。

食事には計画というものがあるわ。

特に急ぐ理由も無ければ、人は一番楽な速度で食事をするものだと思うの。
それが速いか遅いかは個人差。

食べる順番も大切ね。
ラーメンのチャーシューや、ケーキのイチゴなんかは代表格。
最後に食べるか否かでちょっとした議論になる。
お弁当のおかずだって、無意識にでも一番心地良い順番で食べるものよ。
個数が目に見える唐揚げに対するご飯のペース配分なんかも、人は無意識に行うでしょう。

一口ちょうだいという発言は、その計画の全てを乱す。

しかも、拒否権があるパターンは滅多に無い。
拒否する事も出来なくはないけど、恐らく人間関係に影響が出てしまう。
かなりデリケートな問題なのよ。
だから、不快感を露にする事もなく一口差し出す必要に迫られるの。

更に問題なのは、一口ちょうだいと発言する当人は往々にして悪意ゼロであるという点。
これを辞めさせるには、まず一口ちょうだいという発言が如何に不快かをゼロから説かなくてはならないの。
もちろん、説いたところで通じる保証も無いから、それが原因で仲違いする可能性も充分にある。
そんなリスクを侵すくらいなら、残念ながら一口差し出す方が簡単なのよ。
もはや忖度ね。

そして、私の身近に常習犯が一人居る。

我らが隊長、ケイ。
彼女もご多分に漏れず全くの悪意ゼロで、私の皿から一口を持っていく。

私の好物はミートボールスパゲティ。
隊長に一口ちょうだいと言われたら、決まってミートボールをひとつ差し出す事にしている。
だから、私のミートボールスパゲティは、ミートボールがひとつ足りない。

ちなみに、一口ちょうだい問題には、実は不快に感じない相手のボーダーラインというものがある。
よくある例を挙げるなら、家族や、親友や、憧れの人など。
つまり、一定以上好きな相手であれば、一口ちょうだい問題は発生しない。

食事には計画というものがある。
私のミートボールスパゲティは、ミートボールがひとつ足りなくなるまでが計画の内なのよ。

【アリサ編終了】

【そど子編】

22時半。
店員さんのラストオーダーに、冷泉さんは何だか難しい名前のケーキを追加注文した。

メニューを見返すと、世界のケーキフェアというのをやっていた。
冷泉さんが注文したのはドイツのチーズケーキらしく、アイアシェッケと書いてあった。

私は何も頼まず、ドリンクバーのお茶ばかりを繰り返し飲んでいる。

今、会計を済ませて帰っていった二人は間違いなく大洗の戦車道チームのメンバーだったけれど、見逃す事にする。
今の私に彼女らを叱る資格は無い。
閉店間際のファミレスに屯するなど、普段では考えられない事。
普段の就寝時間が21時だから、この時間にこんな所に居るのは例外中の例外。
夜回りの当番がある日は別として。

風紀委員の仕事には誇りを持っている。
学園艦の平和を守る、正義の味方のようなお役目。
普段なら、風紀の乱れを発見すれば即座に注意する。
例え、迷惑がられようとも。

正義の味方でありながら、嫌われ役なのも自覚している。
嫌われる事を恐れていては風紀委員は務まらない。

私は風紀委員、私は風紀委員、と、常に自分に言い聞かせている。
他人は勿論、自分自身の風紀に乱れが生じないよう、常に気を配っている。
嫌われたくないからといって、仕事の手を抜いては本末転倒。
善き風紀は、善き自分から。

だけど、今回はそれが仇となった。

私は昔から、他人の咀嚼音が大嫌い。
それだけならまだ分かってくれる人も居る。
大きい咀嚼音は嫌われるものだと思う。

だけど最近、小さな咀嚼音まで気になってしまう。
ゴモヨとパゾ美と三人で食事をしている時に気が付いた。
彼女達の行儀が悪い訳では決してない。
何せ彼女達だって風紀委員なのだから。
口を開けて咀嚼する事などあり得ない。
そんな彼女達の口の中の小さな咀嚼音が、どうしても気になってしまう。

それだけでなく、今の状態はもっとまずい。
よりによって、好物のとんかつに齧り付いた時の事。
自分の咀嚼音まで気になり始めている事に、気が付いた。

そんな、生き物として仕方ない筈の、防ぎようもない音が、気になって仕方ない。
風紀委員としてあるまじき醜態であると、心が警鐘を鳴らす。
いよいよ私は、ご飯が食べられなくなってしまった。

3日ほど、咀嚼する必要の無いゼリーなどで凌いでみたけれど、長続きする訳もなく。
今日になって、冷泉さんに相談する事にした。

ゴモヨとパゾ美に相談する事も考えたけど、万が一、理解を示してくれたとしたら、それはそれで怖い。
あの二人だって風紀委員なのだから、私と同じ状態になってしまわないとも限らない。
実際、廃校騒ぎで私が自暴自棄になった時、二人も全く同じような状態になってしまった。
何度思い返しても、彼女らに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
あの時、誰よりしっかりすべきは他ならぬ三年生の私だったのに。

だから、彼女達に軽率に相談する気にはなれない。

pixivで見たことあるけど、その人なのか

そんな事を話していたら、もうこんな時間。
アイアシェッケとやらが運ばれてきた。
冷泉さんは、それを食べながら一言。

気にするな、と言ってくれた。

すごく簡単な言葉なのに、憑き物が落ちたように、気持ちが楽になった。
遅れて気が付いたけど、冷泉さんがケーキを咀嚼する音が気にならなくなっている。
何故だか、ぼろぼろと涙が零れて止まらなくなり、私はお店の迷惑にならないように突っ伏して泣いた。

冷泉さんは、私が泣き止むのを待って、ケーキの最後の一口を食べさせてくれた。

【そど子編終了】

【麻子編】

今日のそど子は髪を後でひとつに束ねている。
今の自分は風紀委員ではないという気持ちの表れなのかも知れない。

しかしまあ、これはこれでカモフラージュが簡単で良いなと思う。
ここから確認出来るだけでも大洗の生徒が何人か屯しているが、おかっぱ頭が居ないだけでだれも気付かない。

そど子は真面目だ。
今回の事は、そど子が真面目過ぎるが故に起きた、謂わば災難。

>>19
その人です

恥ずかしながら生の反応を頂きたくなったもので

とにかく話させる必要があった。
話すことで状況が整理出来る事もある。
私がではなく、そど子自身がだ。

そど子はもう、自分がどんな状態にあるか気付いている。
しかし、気付いている事に気付いていない。
ややこしいが、そんな状態だ。
だから、話すことで整理をさせた。

そど子は真面目で、自分が風紀委員であることを常に意識しているという。
善き風紀委員であるために、周囲を正し、克つ自身を正している。
だがそれは、言い換えれば過敏になっているという事。
風紀を正している内に、どんどん小さな事まで気になるようになってきて、終いには粗探しのようになってしまった。

それが続けば、悪い事と嫌いな事の境界が曖昧になってくる。
悪い事とは、即ち風紀の乱れに繋がる事。
嫌いな事とは、ただ個人的に嫌いなだけで、必ずしも風紀の乱れに繋がるとは限らない事。
その区別が付かなくなれば、それは公私混同に繋がる。

そど子の場合、それが他人の咀嚼音という形で現れた。

私は食べ物を注文する訳にも行かず、暫くドリンクバーだけの時間が続いた。
ポテトでも頼もうかと思ったが、そど子が頑なに拒んだのだ。
少し、店に対して居心地の悪さを感じたが、仕方ない。

話して整理をした事で、ようやくそど子自身、自分の状態を把握するに至った。
いや、把握は出来ていたのだが、整理が出来ていなかったのだ。

自分がどんな状態にあるか。

それを異常と判断する力は残っているか。

原因は。

解決策は。

そど子の中でバラバラになっていた欠片を繋ぎ合わせた。

丁度、ラストオーダーを聞き取りに来た店員さんにアイアシェッケを注文してみた。
食べてみたかったから。

やはり、そど子は拒まなかった。
もう大丈夫。
そど子は解決策にも辿り着いている。

しかし、風紀委員としてのそど子がそれを認めない。
それが分かっているから、そど子自身、思考を進められずにいる。
進めたところで自分で否定する事が分かっているから。

だから、その最後の一欠片は私が示してやらねばならない。
そど子、その解決策で合ってるぞ、それで行け、と。

即ち、気にするな。

明日は土曜日。
この学園艦は横浜に寄港する。

陸にとんかつでも食べに行こうか、そど子。
お前の後ろの席で聞き耳を立てている、髪を結んだ二人組も誘ってやろう。

【麻子編】

以上です、乱文失礼致しました。

恥ずかしながらpixivのアカウントを持っています

そちらに書き溜めた短文に手直しを加えて投下させて頂きました
マナー違反でしたら申し訳ありません

よほどクオリティが高くない限り同じネタはすぐに飽きられるという創作における残酷な現実を目の当たりにさせていただいたような気がする。

>>30
その通りですね
身の程を知る良い切欠になったのだと思います

お付き合いありがとうございました

乙ー

面白かった。
またこっちの方にもスレ建ててくれたら嬉しいな

渋とか見ない人間だって居るんだぜ俺みたいなのとか
気にせず上げてくれたらいいのよ

>>32
>>33
>>34
ありがとうございます
弁解になりますが、宣伝の意図はありませんでした

マナー違反でないのなら良かったです
今後はあまり目立たないようにこちらのスレに再掲をさせて頂きますね
お目に留まった際はまたよろしくお願いいたします

こっちでまとめて載せてもらえると見る時楽だから
気にせず載せちゃってください

私の書いてるSSなんてほぼ見てる人いないけど気にしてないし、何よりガルパンSSは最近へってるから
よほど変でない限りそうそう叩かれないと思います

>>36
ありがとうございます
早速ですがひとつ手直しが終わりましたのでお付き合い願います

「好きな食べ物の長い話。」

【丸山紗希編】

辺り一面の草原に、僅かな肌寒さを含んだ風が通り抜ける。
夏も終わりに向かっているのだと感じた。

装填手とは、暇な仕事である。

暇だが、楽ではない。
砲弾の種類はひとつではないし、その悉くが酷く重い。
十五の小娘には文字通りの重労働となる。
しかし、装填する状況以外は暇なのだ。
楽と暇とは、似て非なるものである。

もう一人の装填手である宇津木は通信手も兼ねているので何時でも忙しない。
だが私は装填専門なので、現状は実に暇である。
少なくとも、物思いに耽る時間がある。

声には出さない。
声には出さないが、今、私は無性にきんつばが食べたい。
きんつばで甘くなった口の中に、熱い昆布茶を流し込み、ほう、と息を吐きたい。

安物でも構わない。
今、私が欲しているのは好物ではない。
好物を口にするという行為だ。

特に近頃は碌なものを食べていない。
そういった欲も増そうというものだ。
声には出さないが、そんなような事を考えている。

好みが渋いと言われる。
誉められているのか、小馬鹿にされているのか、判然としない。
どちらでもないのかも知れない。

只の反射で言っている場合もあるのだ。
操縦手の阪口などは完全に反射である。
紗希ちゃん渋いね、と。

詰まる所、渋いとは何なのか。

良いのか悪いのか。
言葉としては誉め言葉の類なのであろうが、時折、どうにも誉められた気がしない事がある。
それは、渋いという言葉に微かな侮りの響きを感じ取っているからか。
恐らくは、渋いと言った当人ですら気が付かない程の、微かな響き。
そんなものが気になるのは、その微かな侮りが、私の内にある、侮られたくないという意志と衝突しているからかも知れない。

衝突するから響き、響くから無視できなくなる。
だから近頃は、渋いと言われるだけで条件反射のように内心うんざりしてしまう。
相手に一切の悪意が無いと分かっていても、私の意志に衝突するのだ。

私の意志。

私にも意志はある。
顔にも声にも出ない質であるだけで、感情も人並みに持ち合わせている。
時々、感情が希薄だと勘違いされる事がある。
感情はあるが、感情表現が希薄なのだ。

言い方は悪くなるが、私から感情表現を奪ったのは父である。
と言っても、虐待などの理由ではない。

父は、私が片親である事を私以上に気に掛け、何不自由無く育ててくれた。
本当に、何不自由無く。
身の周りの全てに介入し、過保護という言葉では足りぬ程、甲斐甲斐しく私を育てた。
私の気持ちを不思議な程に汲み、理解し、把握した。
何時しか私に出来るのは首を縦か横に振る事だけになっていた。
思えば、私を育てる事、それ自体が父自身にとっての支えであったのかも知れない。

しかし何時までもその様な生活を続けられる筈も無い。
まあその気になれば、進学せず家に籠る人生もあったのかも知れない。
少なくとも父にはその気があった様に思う。
だから私は父の頭を冷やす目的もあって、父の手を離れ学園艦に乗った。

反発も覚悟していたが、父は何も言わず私の言い分に従った。
私の気持ちを汲み、理解し、把握したという事なのだろう。
逆に父の心配もしないではなかったが、毎月の仕送りが途切れぬ所を見るに無事なのだと思う。
私一人が生活するには過剰なまでの金額である。
いつかこの金で孝行をしてやろうと思っている。

まあ、それはそれである。
育ててくれた事には勿論感謝をしているが、父のお陰で現在に至るまで、私の感情表現は希薄なままだ。

もっと、主張する必要はあるかも知れない。
私の好みは渋くなんかないよ、普通だよ、と。
友人達の豊かすぎる感情表現に埋もれないように。

そんな友人達は、何やら喧々諤々と話し合っている。
作戦会議の様相であるが、要するに、如何すれば良いか分からないという様な意味の事を、口々に叫んでいるのだ。
山郷と大野の砲手二人も、遣り場の無い戦意を持て余している。

弾を込める装填手が暇なのだ。
それを撃つ砲手はもっと暇に違いない。

如何すれば良いか分からない状況。
ここで私も同じ事を言えば、満場一致で如何すれば良いか分からなくなってしまう。
それは酷く、厭だ。

という事は、私が主張をする絶好の機会なのかも知れない。
千載一遇とは正にこの事か。

私は渋くなどない。
もっと、年相応の気概を見せ付けるのだ。
そう思い、辺りを見渡す。

蝶が飛んでいた。
曲がりなりにも戦場の只中で暢気なものである。
しかしそれが活路に繋がった。

蝶の飛ぶ先に、嗚呼。

澤、おい車長、あれを見ろ。
後にしろとは何事だ。
蝶ではない、その先だ。

「観覧車」

【丸山紗希編終了】

以上となります
お付き合い、ありがとうございました

ああ、それは抗えません
済みません、ブレッブレで

スレを別けて紗希編を再掲させて頂きます
それとお詫びに新しいネタも書きます

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