海未「甘える。ですか?」にこ「そうよ!」 (15)



「私が?」

「ええ」

「にこに?」

「私に」

「甘える。ですか?」

「そうよ!」

「私が?」

「えぇ……って、もういいわ!」

昔のRPGのようにループしそうな会話の流れに、堰を切ったようにこが叫びます。
なぜにこがこのようなことを言い出したのか、時はほんの数分前に遡ります。



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今日は穂乃果が風邪をひいた雪穂の看病、ことりが衣装製作の仕上げ、希が久々に両親と会うなどなど、それぞれの用事が重なってしまい、練習は中止になってしまいました。
私は少しだけ弓道部に顔を出し、歌詞の作成に取り掛かろうと部室に入ると、そこではにこが動画の編集をしていました。

二言三言挨拶を交わし、椅子に座ります。ふと思うと、にことこうして2人きりになるのは今までありませんでした。なにか会話を……そう思っていると「そういえばさ」と、にこが椅子ごと体を反転させて私に話しかけてきました。

「穂乃果から聞いたんだけど、あんたって毎日日舞の稽古やってるんだって?」

「へ?あ、はい。スクールアイドルを始めてからは放課後の分は減らしてもらいましたが、一応早朝と、帰宅してから……」

「マジで……?それに加えて弓道部との掛け持ちに、μ'sの練習も仕切ってて歌詞も書いてるんでしょ?すごいわね」

「いえ、そんなこと……私にとっては、当たり前のことですから」

にこの言葉に私は少しだけ困ってしまいます。今まで何度か言われることはありますが、どうも慣れません。
弓道は高校に入ってからですが、日舞は物心ついた時から習ってますし、小さい頃から学級委員などで仕切ることにも慣れていて、歌詞は中学の頃のポエムの応用いやなんでもありません。
とにかく私にとっては特にすごいことをしている意識は無いので、こういう事を言われてもどう反応いいか未だにわからないのです。

「……」

私の返答ににこは腕を組み、不満げな顔をします。な、なにか気に触る事を言ってしまったのでしょうか?
少しだけ不安に思っていると、にこは徐ろに立ち上がり、私の近くまで来ました。

「……ねぇ海未」

「は、はい?」

「私に甘えなさい!!」

「……はい??」



そして今に至ります。

「にこ……大丈夫ですか、疲れてません?」

「なぁんでにこが心配されてんのよ!」

子供のように地団駄を踏むにこ。彼女の容姿と相まって、とても私より年上には見えません。
まぁそれは普段の行いからも言えることなんですが……

結局にこの勢いに圧され、私はにこに膝枕してもらうこととなりました。
渋々と細くて白い太腿に頭を載せます。すると見た目とは裏腹に、それはとても柔らかく、健康的な暖かさがありました。
にこの体がちょうど私の頭に影を作ってくれて、体は日に照らされ、暖かい毛布をかぶっているような心地よさがあります。

髪を撫でられる。
擽ったく、少し恥ずかしいですが、それはどこか安心させてくれます。
そういえば、最後に頭を撫でられたのはいつだったでしょうか?


確かあれは5歳のころ、お母様の大切にしている壺を割ってしまって、謝りに言った時の事です。
母は、私のことを抱きしめて、正直に話したことを褒めてくれて、怪我がなくてよかったと、頭を撫でてくれました。
叱られなかった安堵と母の暖かい優しさに、大声をあげて泣いたことを今でも覚えています。
にこに撫でられると、当時の記憶がゆっくりと、底から水面に上る泡のように、ゆっくりと浮かんできました。





……だから、でしょうか。




「海未?」

「………え?」

気づけば視界が滲み、涙が溢れていました。



「ち、ちがいます!これは……!」

慌てて涙をぬぐいますが、拭っても拭っても、蛇口の栓が壊れてしまったかのように、涙は止まってくれません。
そのうち、嗚咽まで漏れてしまいます。
恥ずかしくて、情けなくて、申し訳なくて、すぐに起き上がろうとしましたが、にこに頭を押さえつけられてしまいました。

「に、にこ……?」

「いいから。大丈夫だから、寝てなさい」

ポンポン。
あやすように頭を軽く叩くにこ。子供扱いされているようで少し気恥ずかしくなりましたが、不思議と嫌な気はしませんでした。

「……あんたにとっては、当たり前のことで、褒められたってピンとこないんだろうけどね……」

なんでしょう、この感覚。
にこの言う通り、私は誰かに褒めてもらいたいからとか、そういう下心のためにやっているわけではありません。
だって、私にとっては普通で、普段通りなのですから。

だけど……

にこ「海未は、頑張り屋さんで、すごい子なんだから」

そういいながら頭を撫でて、にこは鼻歌を歌い始めました。
悔しいですが、流石は下に3人の弟妹を持つ姉と認めざるを得ません。普段はあんなな癖に、こういう時はしっかり「お姉さん」をしている。

「……にこは、ずるいです」

ぎゅっと、にこの手を握ります。それは、私より小さいのに、私の手の方があたたかく包まれてるようでした。
本当に、ずるい。そんなこと言われたら


これからも、甘えたくなっちゃうじゃないですか……



---夢を見ました。


青みがかった黒髪を腰まで伸ばした女の子が、公園のブランコに1人で泣いています。
そこに、桃色のリボンのツインテールの子が駆け寄り、何やらポーズをとりました。それは、とても見覚えのあるもので……気づけば泣いてた女の子は笑顔になっていました。
ツインテールの子が、長髪の子の手を引き、走り出します。
それはどこか懐かしい光景で、遠い昔に、こんなことがあったかような……


穂乃果「どへー!疲れたぁー!!」

海未「こら穂乃果!はしたないですよ!」

穂乃果「だぁって、海未ちゃんいつもより厳しいんだもーん!!」

海未「そんなことありません!いつも通りです!」

練習が終わった途端屋上に大の字に寝転ぶ穂乃果。それを注意すると駄々をこねる子供の様に頬を膨らませ、ことりが「まぁまぁ海未ちゃん」と宥めるように私の肩に手を置きます。まったく、ことりは穂乃果に甘いんですから……。

ことり「……でも海未ちゃん、確かに今日はいつもより張り切ってたよね」

海未「なっ、こ、ことりまで……!」

絵里「というより、何だか疲れが取れてスッキリしたって感じよね。昨日何かあったの?」

穂乃果だけならともかく、ことりと絵里からも言われるということはそうなのでしょう。しかし私としては本当にいつもと変わらないつもりだったのですが、絵里の「昨日」という言葉につい反応してしまいました。

海未「昨日……」

心当たりがあるとすれば、一つしかありません。少し離れたところで、凛と一緒にじゃれあっているにこに目を向けます。
昨日は、にこに「頑張り屋さんですごい子」と言われて、凄く嬉しくて……だから、もっと頑張っている姿を見せたいと、もしかしたら無意識に思ってしまっていたのかもしれません。
次に甘えた時に、また褒めてもらえるように……。



けどこの感情は、誰かに話すには少しばかり恥ずかしいので、私は人差し指を口につけて、誤魔化すように笑うのでした。




「---内緒、です」



















しかし、私は気がついて居ませんでした。



ことりがこの時、名前に反する猛禽類のような視線で私達を……いや、にこを見つめていたことに……。





その後、私がたまににこに甘えていることに気がついたことりもにこに甘え始め、2人でにこを取り合うことになるのですが、それはまた別のお話---。





おしまい

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