白菊ほたる「黄昏に迷い道」 (15)


・「アイドルマスター シンデレラガールズ」の二次創作です。
・Twitterに投稿したデレステSSを修正、まとめたものです。
・独自設定あり。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1506132997



―――ふと気付くと、私はペロさんの後に付いて、夕暮れの道をゆっくりと歩いていました。
ペロさんは、黒い毛並みに表情豊かな長い尻尾、金色の目の猫さん。
綺麗な赤い首輪はきっと雪美さんが選んだのでしょう。
雪美さんもペロさんも、私の素敵なお友達です。

鮮やかな夕陽が沈んで行き、全てを赤く照らします。
ペロさんの毛先も夕陽を照り返して、きらきらと輝いていました。
―――あれ?
私はふと立ち止まって、首を傾げました。
私は一体、いつからペロさんと歩いていたのでしょう?

夕陽もすっかり姿を隠してしまっています。
私はいつから歩いていたのでしょう。
いままで、どこを歩いていたのでしょう?


ほたる「―――ペロさん?」

立ち止まったまま、先をゆくペロさんに声をかけます。
ペロさんは振り向いて、にゃあと一声鳴きました。

銀色の目が私を見ます。
―――銀色?

ほたる「えっ…」



私は唐突に、自分が追っていた猫がペロさんでは無かったことに気がつきました。
驚きに、思わずちいさく声が出ます。
その驚きが、伝わったのでしょうか。
私がペロさんだと思っていた猫はぱっと走り出し、どこかに姿を消してしまいます。

その姿は黄昏の影に紛れて、それきりどこにも見つけることができません。
そして―――私はあたりを見回して、ようやく自分が見ず知らずの場所にいることを悟りました。

もう日は沈んで、空の縁に赤味が残るばかり。
見慣れた物、帰路の手がかりになる建物はどこにもありません。
アスファルトの路面すら、普段とは違って見えるのです。
ここは、どこでしょう。
事務所はどっちでしょう。
どの方向に進めば事務所に近づけるのか、それすらもよく解りません。
不安を抑えて、ポーチからスマホを取り出します。
地図が呼び出せれば、自分の位置がわかります。
もしよく解らなかったとしても、事務所に連絡して教えてもらうことが出来るでしょう。
だけど、その期待ははかなく破れました。
いくらスイッチを押しても、スマホは反応してはくれません。

ほたる「充電は、まだたくさん残っていたはずなのに―――」
うっかりそう声に出すと、不安はみるみる形をとって、大きくなってきます。

私は、迷子になっているのです。


???「―――白菊」

不安を和らげるように穏やかに、私を、呼ぶ声がしました。

???「白菊、こっちだ」

前のほう。
いつの間にか、背広姿の男性が、私に手を振っています。
あの声、あの影―――

ほたる「プロデューサー、さん…?」
モバP「ああ」

『プロデューサーさん』は、笑って頷きました。
その笑顔の印象がいつもと少し違って見えるのは、黄昏時で陰影が強調されて見えるせいかもしれません。

モバP「なかなか帰って来ないから、心配したぞ―――さあ、こっちだ」

ついておいで、と言うように『プロデューサーさん』が歩き出します。
私はその後に―――

ほたる「―――」
モバP「白菊?」

その後について行こうかどうしようか、ほんの僅かに、迷いました。


皆さんは、小さいころ迷子になったことがありますか?
自分がどんどん小さくなって、周りの景色がどんどん大きく、恐ろしいものに変わっていくような感覚を知っていますか?
ようやくお母さんに見つけてもらった後も、あまりに不安が大きくて。
周りが見慣れない場所だったせいか、迷子の自分を探す不安でいつもと違う表情をしているその人が、本当にお母さんかどうか確証が持てなかったり。
いつもと違う道からたどり着き、いつも違う角度から見た我が家が、まるで違う家のように見えたりしたことがありますか?

私がそのとき『プロデューサーさん』に感じた不安は、多分そういうものでした。
だけど、幼いころのその不安が正しかったことはありません。
お母さんはやっぱりお母さんで、たどり着いた家に感じていた違和感は、やがて消えてしまうものなのです。
私はすみません、と小さく謝って、『プロデューサーさん』の後に続いて歩き出しました。


空の端に残っていた赤も消えました。
寮暮らしの私は、夜出歩くようなことは殆どありません。
『プロデューサーさん』の案内で事務所に近づいているはずなのに、中々見知った景色にたどり着けないのは、そのせいなのでしょう。
それでもしばらく歩くうちに見慣れた建物が景色に混じってきます。
あれはなじみの本屋さん。
あっちは、事務所の帰りに私がいつもよく利用するCD屋さんです。
私はようやくほっ、と息をついて―――

「―――?」
よく見知ったはずのCD屋さんの店先に不思議なものを見つけて、思わず立ち止まってしまいました。

それは4人のアイドルが、揃ってポーズを取っているポスターです。
その4人の中に、私が居ました。
他の3人は―――知らない子です。
『GBNS、待望のセカンドシングル◎月×日発売予定、ご予約は―――』
4人の笑顔の下で、明るいフォントが踊っています。
GBNS、というのがユニットの名前なのでしょうか。
何と読むのでしょう。
私は、その名前を知りません。
それに、ポスターの中で私が着ている衣装(すずらんをモチーフにしているみたいです)も、見たことがないものです。
もちろん、こんなポスターの撮影をした覚えもありません。

―――私は、まだかけだしのアイドルです。
何件もの事務所を転々としてきたけど、プロデューサーさんに拾ってもらうまではまだちゃんと仕事をできたこともなくて。
先日ようやく、皆さんに支えられて初仕事を終えたばかりの、本当にかけだしのアイドルなのです。
初シングルだってまだ先の話なのですから、セカンドシングルなんてあるはずがありません。


ああ、でも、もしかしたら。
このポスターで笑う「私」は、実はよく似た別人なのかも知れません。
ポスターの中の私と、他の三人の女の子たちは、無言で視線を交し合っていました。
そこにはお互いへの信頼と友情が満ち満ちているように感じられます。

誰かとユニットを組んで、活動する。
それは今の私には出来ないこと。
もし、以前の事務所でそうだったように、その子たちに嫌われてしまったら?
もし、自分の不幸にその子を巻き込んでしまったら?
そう考えると、心の奥が鈍く痛むのを感じずにはいられません。

でも。
すずらんの衣装を纏って、私の知らない人たちと確かな信頼を結んだ『白菊ほたる』は、ポスターの中で眩しく笑っています。
堂々としたポーズは、きっと様々なことを乗り越えてきた証なのでしょう。
そっくりな顔だからこそ、私はポスターの中の『白菊ほたる』と私が積み重ねてきたものの差を、強く感じずにはいられませんでした。


モバP「―――白菊」
ほたる「あ…す、すみません」

思ったより長く、足を止めていました。やや遠ざかった『プロデューサーさん』に追いつくために、私は一度考えるのをやめて足を速めました。
事務所までもう少しです―――

モバP「お疲れ様。さあ、早く中に入って」

ようやくたどりついた事務所。
『プロデューサーさん』が私を促します。
事務所の中から、いくつもの笑い声が聞こえてきます。
知った声も、知らない声もありました。
穏やかな笑い声が、見慣れたドアが、周囲の暗さと心細さを解きほぐしてくれるような気がして。
私はドアノブに手をかけて―――

モバP「―――白菊?」

ドアノブに手をかけたままで止まってしまった私に『プロデューサーさん』が不思議そうに問いかけます。

ほたる「―――駄目です」
モバP「どうしてだ。皆、心配していたぞ。入って『ただいま』と言って、安心させて―――」
ほたる「…駄目です」

私はドアノブから手を離して、弱々しく首を振りました。


ほたる「このドアは、開けられません。冗談でも『ただいま』なんて言えません」
モバP「……」
ほたる「…だって、ここは、あの子のためのドアだから」

ドアノブに手をかけた瞬間、私は不意にそれに気付きました。
ここはきっと、あのポスターで笑っていた『白菊ほたる』の事務所なのです。
きっと、私と同じように不幸な『白菊ほたる』が、ここで踏ん張って。
友達を作り、経験をつみ、ユニットを結成して。
たくさんの努力と信頼を積み重ねてきたのです。
それらを持たない私がこのドアを開けること。
それは冒涜のように思えました。

目の前の『プロデューサーさん』は、唐突な言葉に戸惑っているかもしれません。
アイドルとして輝き。
仲間の信頼。
一緒に支えあえる友達。
『白菊ほたる』が勝ち取ったそれらのものは、今の私には眩しくて、羨ましくて―――
もしこのドアを開ければ、私は『白菊ほたる』として迎えられるのかもしれません。
色々な眩しいものが欲しくないはずはありません。
だけど、私にはどうしても、ドアを開くことができなかったのです。
だって。
ほたる「…このドアは、いつか、私が自分で手に入れなきゃいけないドアなんです」
モバP「……」
ほたる「私が、拾ってもらった場所で。私が踏ん張って積み重ねて―――このドアを作りたいんです」
ほたる「だから―――ごめんなさい」


モバP「―――そうか」

しばしの沈黙のあと、『プロデューサーさん』は穏やかに言って笑いました。
まるで道を開くように、私のそばから離れます。

そのかわりに闇の中から黒い猫が現れて、私のそばに寄り添います。

ほたる「―――ペロさん?」

金色の目。
たしかに、ペロさんです。
ペロさんは私をちらりと見ると、闇の中に歩き出しました。


モバP「ペロについていきなさい。それで帰れるだろう」
ほたる「―――はい」

『プロデューサーさん』に聞きたいいくつものことを飲み込むと、私は明るいもので満ちたドアから背を向けて。
ペロさんに続いて、駆け出しました。

モバP「頑張れよ。がんばれよ、ほたる―――!」

『プロデューサーさん』の声援を背に受けて、暗闇の中を、まっしぐらに―――



―――暗い夜の体験は、それでおしまい。
私はずいぶん遅い時間になってようやく事務所に帰りつき、プロデューサーさんにとても怒られ、3日間の外出禁止処分となりました。
何度か探してみたものの、あのときの事務所も、ポスターも、私が迷った場所も見つけることはできません。
そもそも、あれは本当にあったことなのでしょうか。
今となっては確かめようもなく、唯一事情がわかりそうなペロさんは、そ知らぬ顔でにゃあというばかり。

…それでも気になって、私はときどきあの出来事に思いをはせます。

『白菊ほたる』は、あのドアに帰りつけたのでしょうか。
『プロデューサーさん』は私のことを知っていたのでしょうか。
最後に何故、私に声援を送ってくれたのでしょう。


そして。
私もいつか、あの明るいドアを手に入れることが出来るのでしょうか。

デレP「白菊。次の仕事で、年代が近い子と組んで仕事をしてもらおうと思うんだが―――」
ほたる「―――はい!」

会った事もない『白菊ほたる』。
彼女は、今もきっとあの場所で頑張っています。
私もそれに負けず、ここで頑張って行きたい。
いつか笑顔で、あのドアを開けるために―――

おしまい。
最後まで読んでくださってありがとうございました。

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