【ミリマス】歌織「分かってます。音無さんにはナイショですね?」 (34)

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一瞬、世界が無音になりました。

でも次の瞬間には地鳴りのような声援と、
触れずにいても火傷しそうな人の熱気で会場全体が包まれる。

ここは一つの大きな舞台。

命を燃やすきらめきで、見る者を魅せる迫力の――。

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「なにボーっとしてるですか歌織さん! ほら来た、来た、来たぁっ! ドンドン上がって来ましたよ!」

「ひ、人の声がこんなに強く……。ど、どこです? 私には何がなんだか」

「あの外を凄い勢いで上がって来る!」

「外を……ああ、あの!」

「五、四、そのままそのまま……行け、行け、行けぇ!」

「が、頑張れーっ! 負けないでー!」

「俺に夢を見せてくれぇぇ!!」

どよめき、静寂、歓声、落胆。
聞くところによれば数万人の人々が、一抹の夢に沸くところ。

そうしてそんな"ファン"とも呼べる大観衆の注目を、一身に受け止めているのはお馬さん。

……只々勝利するために、舞台を駆ける競走馬たち。

ゴール手前の一直線。ほんの十数秒ほどの時間の中に、
これだけ多くの感情が渦巻き立ち込め消える場所。


「入った! ゴール、決まりましたねっ!」

「くあー、ああぁぁ……!」

「ど、どうしたんですプロデューサーさん?」

「判定ッスよ、写真判定! 結構ギリギリでしたから……」

それでも、興奮し過ぎるのは少々考え物ですね。

……さて、自己紹介が遅れました。私の名前は桜守歌織。

現在は765プロダクションと言う名前の、芸能事務所で"アイドル"をしている二十三歳。
特技は歌とゴルフでして、趣味で乗馬もやっていたり。

すぐ隣で祈るように手を組むのは、私をこの道にひっぱり込んだ
765プロダクションのプロデューサーさん……なんですけど。

「……頼むぅ~、手持ちを全部賭けたんだぁ~!」

「えぇっ!? アナタはなにを考えて……」

驚く私、見返す彼。お仕事帰りの空いた時間、
「良かったら、これから馬を見に行きません?」という彼の提案に、てっきり乗馬クラブにでも顔を出すものと思ったのに。

連れて行かれた先は競馬場。
それは確かに、ここでも馬は見られますけども……。


「なにって、歌織さんが最初に言ったでしょう? 俺とパドックを見てる時、あの赤いのは随分調子が良さそうだって」

プロデューサーさんのその言葉に、私はビックリ仰天です。
そのまま「いえいえいいえ!」と否定するように両手を横に動かすと。

「あ、あれはレースの話じゃありません! ただ『あの子は元気が良さそうですね』と――」

「ほら! 予想屋歌織のお墨付き」

「止めて下さい! それで結果が外れていたら、私を責める目をしています!」

「『見てください、プロデューサーさん。あの艶やかな瞳の輝きが、「絶好調だぞ」って私の勘に語り掛けて』――」

「やだっ! どうしてそんなに……細かく覚えてるんですか!?」

真っ赤になってしまう私。

もう、ホントにプロデューサーさんったら、意地の悪い目をしています。
短いお髭も生やしてますから、いつもの人相がますます悪者じみてます。

……私は慌てて両手を組むと、あたかも彼の真似をするように、電光掲示板へと身体を向けて呟きました。


「どうか外れてませんように……!」

「あれ? 歌織さんも馬券買いました?」

彼の質問には答えずに、祈る思いで発表を待つ。

胸のドキドキが止まりません。期待と不安と苛立ちで、ああ、お腹がキュンとする。

「病みつきになるでしょ、この瞬間。当たるも八卦、当たらぬも八卦」

「……心と体に悪いです。こんなドキドキ、知りません」

「それが快感になってくんですよ。競馬の醍醐味ってヤツです」

はぁ……。この心細さと興奮が、ない交ぜになった感覚を私はどこかで知ってました。

……あっ、そうです! この緊張は出番待ち。
ライブや舞台のお仕事で、自分の番を待つ時の気持ちとよく似ていて。

「出ました、結果!」

「ホントっすか!?」

「ええ、プロデューサーさんの選んだ子は――」


チラリと隣に目をやると、そこには肩を落とした彼の姿。
力なく垂らした両手から、馬券が涙のようにこぼれます。

「二着……。この組み合わせは買ってねぇ」

「全部、外れちゃいましたか?」

「次! 次のレースで取り返す!」

「すっからかんじゃないんですか!?」

驚く私、見返す彼。デジャブを感じられたせいか、
私には彼が次に口にする言葉が手に取るように分かりました。

「歌織さん!」

「……お金ならお貸ししませんよ?」

「そこを何とかこの通り!」

言うが早いか、彼はその場で美しい土下座を披露なさいました。狭い場所なのによくやります。

周りの目なんて気にせずに、必要とあらば頭を下げられるトコはとても感心しますけど
(実際ふだんのお仕事でも、彼はしょっちゅうペコペコしています)

相手は取引先でもなんでもない、ただの一人の女なワケで。

「お、なんだなんだ?」

「ケンカか何かか?」

「兄ちゃん土下座が決まってるねぇ」

当然、ざわざわしだす周りの人。彼は恐らく、この空気を狙って頭を下げたんです。

要するに一種のパフォーマンス。私が居心地悪くなって、
「分かりました、少しで良いなら貸しますから」なんて折れるのを待ってるつもりでしょうが……。

残念ですけどプロデューサーさん? 私はこういう時こそ落ち着いて、
毅然と振る舞うように教えて貰っているんです。


「そういうの、とても困ります」

だから呆れたように腕を組み、私は彼のことを少々厳しい顔で見下ろすと。

「アナタの土下座に価値が無いのは、劇場の皆さんからキツク言われて知っています。
……そ、そんな目で見てもダメですよ? 絶対渡しませんからね」

生まれたての仔馬のような目をしている、彼に向かって言い放つ。

……うぅ、それでも、でもです。
何も悪いことは言ってもやってもないハズなのに、胸に広がる罪悪感。

「……そんなこと言って歌織さん。俺がこうして地面に張り付くのは、アナタのせいでもあるんですよ?」

「わ、私のせい?」

「そうですとも!」

するとプロデューサーさんが勢いもよく立ち上がり、私にググッと詰め寄って。

「俺はアナタの言葉を信頼して、このレースに全財産を預けたんだ。友人として仲間として、
そして担当プロデューサーとしてアイドルの言葉を信じたんだ!」

彼の表情は真剣で、その言葉には凄みもあり……。
だけど、そんな、そんなのって!


「アナタという素敵な女性の発言を、趣味である乗馬を通して培った、馬を見る目を信じたんだ!」

「勝手な人!」

「でもその結果が招いた無一文です! ……歌織さんいつも言ってますね? 『自分は大人です』ってさぁ」

彼がこちらの顔をジッと見ます。
その強い視線から逃げたくて、私は後ずさろうとする。

でも次の瞬間、後ろに下がりかけていた私の肩は、
プロデューサーさんの手によって「待った」をかけられたのでした。

「責任とって……下さいね?」

茶目っ気タップリで言われたのは、どこか身に覚えのある台詞。
そうして肩から手を離すと、今度は両手を後ろで組んでしゃなりと体を捻って見せる。

でもその仕草、声音の使い方は……。

「……今のは、もしかして私の真似ですか?」

「おっ、分かります? 似てません?」

「似てません!」

全く! それはアナタにスカウトされた後、アイドルになるために事務所を始めて訪れて、
私が照れ隠しに使った台詞(フレーズ)じゃないですかっ!


「酷いです! アナタという人は平然と、想い出に手垢をつけていく!」

「固いこと言わずに歌織さん。一緒に垢にまみれましょ? 俗世に染まっちゃいましょう?」

「わ、私を悪い道に引きずり込む気ですね……!」

でも彼は、私の言葉に大げさなまでに首を振り。

「悪い道だなんてそんなそんな……。歌織さんだって大人だもの、こんなのお酒と一緒ですよ。
ギャンブルの付き合いにはよくある光景、無責任な金の貸し借りです」

「そ、その言い方は失礼ですよ! なんでも大人扱いすれば、私が言うことを聞くと思ってません?」

私は両手で肩を抱くようにして、自分の身を守るポーズを取って下がりました。

けれどプロデューサーさんは「心外だな」といった顔になり、しれっとその距離を縮めます。

「思ってません、ませんけど……。ただ、ちょおっと歌織さんの持つ器量がね」

彼が私の顔から視線を外し、その目線を競馬場から見上げることのできる青空へ――。


「……千鶴さんならセレブだから、少しは用立ててくれるのになぁ」

「うっ」

「このみさんも、文句を言いつつ一回は。風花だって口ではイヤイヤ言ってても、体は正直者ですし」

「お、お金の貸し借りの話ですよね?」

「そうですよ? 一体なんだと――いえ、ナニか勘違いするようなこと言いました、俺?」

ニヤニヤほくそ笑みながら、プロデューサーさんが私に視線を戻しました。
……うぅ、酷いセクハラを受けた気もしますが、ここで突っかかっていては手の内です。

「……はあ、分かりました」

肩をすくめてちょっとため息。私は「えっ? ホントにいいんスか? なーんか悪いっすね~」なんて、
白々しく頭を掻いてる彼に向けて一枚の馬券を差し出しました。

「お貸しできるお金は無いですが、こちらの馬券でよろしければ」

「……馬券? 一枚の?」

「さっきのレースの当たり券です。まさか私も、本当に当たるだなんて思ってはませんでしたけど」


そう、仕事帰りの寄り道で、こんな話になるなど予想外。

プロデューサーさんは恐る恐るといった様子で私から馬券を受け取ると、
その番号を確認して驚いたように言いました。

「これ、さっきの一着じゃないですか!」

「だから本当に当たっちゃうなんて、夢にも思っていなくって」

「でも、それでも凄いっすよ歌織さん! 単勝ドンピシャと当てちゃって――」

けれども、彼はそこまで言ってピタリと動きを止めました。
眉の間に皺をよせ、何やら釈然としない顔で訊いてきます。

「待って下さい。どうして俺に勧めた馬じゃあ無いんです?」

その瞬間、今度は私が恥ずかしさで動きを止める番。

「そ、それはその……。アナタが言って、くれたから」

「言った? 言ったって……俺がですか? 何を? ドコで?」

「うぅ~、覚えていませんか? 全く身に覚えがない?」

「え、えぇ。なんのことやらサッパリで……」

「……その子は、あの、二人でパドックを見てる時に、アナタが決めてくれた子です」


特にこれと言った理由も無いハズなのに、なぜだか無性に照れ臭い。
……私はしばらくもじもじとしてましたが、結局勇気をもって最後まで、しっかり彼に伝えました。

「『この馬、上品な感じが歌織さんにそっくりだと思いませんか?』って」

「ああ!」

途端、彼も合点がいったようで。

「『綺麗な毛並み、気品の溢れる佇まい。美人なトコロもそっくりだ』――」

「分かった、思い出しましたから! ……なんでそんなに覚えてるんですか!?」

「お、女の人ってそうでしょう?」

自分で言って、だけど答えになってない気もして。
でもそれは、聞いていて嬉しい言葉でしたから。

「初めての馬券でしたから、願掛けも兼ねてコレにしようと」

「それで当たっちゃったワケですか」

「恥ずかしながら、そうですね。プロデューサーさんのアドバイスで、見事に当たっちゃいました」

「そ、そうですか。俺のせいで」

「はい……。ついついうっかり、ドンピシャです」


なんとなく決まりが悪くなって、真っ直ぐ彼を見られません。
向こうもソレは同じみたい。照れ臭くって、恥ずかしくって。

当選順を待つ時より、もっと大きなドキドキが耳元で鳴ってる気がします。
頬っぺたがとっても熱くって、身体の奥がキュンとしちゃってるそんな感じ。

「ですからこの子は二人が協力した、その結果だと私は思うワケでして」

「そ、そうですね! 俺のアドバイスが無くちゃ、そもそも買ってないワケですし」

だからそう、自然と口調も早口になって、語尾にもドンドン力がこもっちゃう。
ただの馬券を"この子"だなんて……やだ、今の私ったらちょっと変。

でも、伝えたい言葉は止まりません。
嬉しい気持ちを表そうにも、他に良い言い回しも浮かばないの。


「だから、この子がこの世に生まれたのは、プロデューサーさんあってこそで!」

「お、俺があってのこの子ですか……!」

「は、はい! プロデューサーさんあってこそ!」

「俺が作った――」

「私と作った――」

その一瞬だけ、彼と私が重なり合った気がしました。
も、もちろん心が、気持ちがですよ?

「文字通り、私たち二人の間にできた……競馬の、当たり単勝です」

震える心でしっかりと、事実を相手に伝えきる。

直後、世界を無音が支配して、沈黙、歓声、ファンファーレ! 
次のレースが始まって、競馬場が再び喧騒に包まれます。

……ですがもう、私たちはレースどころじゃありません。
どちらが先と言うでもなく、お互いに決まり悪げに顔を見合わすと。

「で、出ますか?」

「ですね……」

そそくさと二人肩を並べ、逃げるようにその場を後にしたのでした。

===

「はい、はい、分かってますよ音無さん。寄り道せずに帰ってます! 
でもちょっとだけ、渋滞に巻き込まれちゃいまして――」

スタジアムの中、お土産売り場にもなっているキャラクターショップのすぐ前で。

私は店先に展示されている可愛いお馬さんのぬいぐるみを物色しながらも、
耳だけはプロデューサーさんの電話の方へと向けてました。

「車の音が聞こえない? なんだか地鳴りみたいな声がする? ……す、鋭い。
流石は音無さん……って、いえ全然! パチンコなんかもしてませんって!」

電話を片手に話す彼は、叱られながらもどこか嬉しそうにしています。
その顔は、表情は、決して私たちのような"アイドル"には向けられることの無い笑顔。

……知ってたつもり、なんですけどね。


「愛する音無先輩に、小生嘘はつきません! あ、待ってまってよ呆れないで! 帰りますから切らないで――」

自分で言うのもなんですが、現役アイドルと一緒に居て、だけど心は全然余所を向いていて。
……なんだか悔しい気がします。負けてるような、つまらないような。

そんなもやもやを指先に込めて、ついついぬいぐるみの鼻先をピンと人差し指で弾いてみる。

「……終わりましたか? 音無さんへの報告は」

「それが途中で切られちゃいました。『年上をからかうんじゃありません!』って凄い剣幕」

プロデューサーさんはそう言って、不思議そうに首を捻りますけども。
軽々しく人に「愛してる」なんて、本来なら口にしない方が良い言葉です。

……そう、アナタのような人は特に。


「本当に、お二人は仲が良いですね」

「遠慮がないってだけですよ。事務所で一、二の古株ですし」

「でもプロデューサーさんたちのやり取りは、まるで恋人同士みたいですよ?」

「歌織さんまでよしてください! この前だって青羽さんに、
『お二人のご結婚はいつですか?』って訊かれた時の小鳥さんは――」

顔を真っ赤に狼狽えて、派手に取り乱していましたね、ええ。
傍から見てればとても仲良し。……なのに、どうして付き合っていないのか凄く不思議。

「それで……。どうします? そのぬいぐるみは買うんですか?」

プロデューサーさんがそう言って、私の持っていた馬のぬいぐるみを指さします。

「それがですね、記念に一頭……でも、どれにしようかが決められなくて」

「色や数字が違うだけで、どれもおんなじ顔をしてますよ」

「本気で言ってるんですか? よく見ると、どの子もみんな違ってます」

「そうですか?」

「そうですよ!」

すると、プロデューサーさんは私の隣に座り込み、
一緒に連れて帰る馬の品定めを開始したのでした。

必然、近づく距離と距離。


「なるほど。確かにまぁ、縫製のバラつき具合で顔も違ってきますわな」

「どこの人です? その喋り方」

「コイツの顔なんて見てください。同じ馬のハズなのに、こっちはイケメン、こっちは駄馬」

「タレ目も可愛いじゃないですか。とっても優しそうなお顔」

「分かってませんね歌織さん、馬はカッコよくてぇなんぼですよ!」

それからしばらく。彼はここの縫い目が甘いだとか、やれ綿のバランスが悪いだとか。
マスクの出来具合にしても、鋭い観察眼で細かくダメだしし続けて。

「……かぁー、なっちょらん! ゼンゼンこいつらはなっちょらん!」

「そんなに不甲斐ないですか」

「無いですね! 茜が作る人形を、揃って見習わせたいぐらいですよ!」

それでも最後に残った一匹を、手に取った瞬間言ったんです。


「むむっ!? こ、こいつぁ……!」

「どうしました? 決まりました?」

「……酷い!」

「はい?」

「滅茶苦茶酷い出来栄えです! この場に居る中で最悪の!」

プロデューサーさんがそう言って、その子を私に見せてくれます。

ちまっとデフォルメされたプロポーション。体つきは可愛らしいですが、
素人目にも一目でわかる程ガタガタに縫われた装飾品に、ボサボサになった尻尾の毛。

「きっとコイツは見栄えが酷いから、奥の方に転がってたんですよ。
こんなのを前に置いてると、全体の雰囲気が悪くなりますし」

「確かにこの子は……。商品として見た場合、随分くたびれちゃっていますけど」

「歌織さんだって分かるでしょう? 面構えは中々悪くないものの、全体的なバランスが……。
仕方ない、ここは俺がキープしといた奴をですね」

だけど、私だってこの子を見た時に思ったんです。

やり場のない、行き場の無い、
気づいた時にはもう既に、どこにも居場所を持っていない。

……でも、その瞳はちっともへこたれてません。
見た目は多少ヨレてますが、感じる愛嬌は馬一倍。


「プロデューサーさん」

「はい、なんです?」

「私、この子が欲しいです。この子に決めてもいいですか?」

困った人だと言うように、彼が私を見ています。
困った人ですと言うように、私も彼を見返します。

「……ホントに後悔しませんね?」

「ええもちろん。……だって、アナタと選んだ子ですから」

すると彼は、最後の確認をするかのようにぬいぐるみをあちこち見回して。

「……まっ、決めるのは歌織さんですから。それじゃ、サクッと買って帰りますか」

そう言って立ち上がる、プロデューサーさんの手にもお馬さん。
思わず私は驚いて、彼に尋ねてしまいました。

「その人形は? プロデューサーさん」

「これですか? 音無さんへの貢物」

パタパタ走らせるように動かして、彼が笑って答えます。

「このまま機嫌が悪くっちゃ、領収書がいつまでたっても片付かない」


その言葉に、チクリと痛む胸の奥。

……だから、かな? 少し意地悪になってしまうのは。

「……怒りませんか? 音無さん」

「でも、なんだかんだ飾ってくれますから。なーに、誠意と謝罪の形ですよ」

そういうことじゃ、ないのだけど。
でも、このまま黙って見過ごすのは、なんだかとても悔しいから。

「私……いです」

「えっ?」

「欲しいです! 私、やっぱりその子も欲しいです!」

「はぁっ!? い、いきなり何を言いだすんです?」

「一匹だけじゃ寂しいから、もう一頭ぐらい欲しいかなって――」

聞き返して来た彼に詰め寄って、私はワガママを口にします。
でも彼は、私に奪われたりしないようにぬいぐるみを高く持ち上げて。


「だ、ダメっすよ歌織さん! これは小鳥さんへのプレゼントで――」

「でも、一番いいお馬なんですよね?」

「そりゃそうです!」

「だから私も欲しいんです。一番いいのと、一番悪いの、二つ一緒に持っていたい……!」

そう、まるで自分の持ってる気持ちみたいに。

「こ、子供みたいなワガママを……」

「それに馬券を――」

「うっ!?」

「馬券をお譲りしましたよね?」

その為になら、私は自分の悪い一面も包み隠さず見せて行きます。
むしろ、自分から見てもらいたいとも思ってるかも。

……私が誰に対しても優しいのは、分け隔てなく接するのは、
別に自分という人間が聖人だからじゃないのだから。

「その借りを、私に馬で返してください」

「そんな、歌織さん! アナタはそんな非情な人じゃあないハズだ!」

「ふ、ふっふ……。実は、案外とそうでもないんじゃないかって、最近は思ってるところなんですよ?」

「か、歌織さん。目が、笑ってませんけど……!」

「当然です! 後悔はしたくないですから。全力なんです、今の私!」

こんな気持ちを意識させたのは、こんな自分がいるのを私に気づかせてしまったのは――

本当にもう、アナタのせいなんですからね?

===

「全く、その押しの強さには負けました」

結局、レジを通った私の手には二頭のお馬のぬいぐるみ。

「それと、馬に対する情熱も」

「情熱?」

「そうでしょ? じゃなきゃどうしてあんなに怖い顔で、俺に迫ったりするんです」

……そういうことにしておきましょう。
静かに微笑みで受け流すと、私は自分の紅茶に口をつけて。

今、私たちは競馬場内のカフェの席。すぐに帰るだなんて言って、
それでもダラダラ居座るのは、サボりの常套手段なんだと彼が言います。

「要は連絡さえとれればいいんです。電話が繋がる、これ重要」

「でも、他の子のお仕事なんかはどうするんです?」

「それはバッチリ抜かりなし。実は、もう少しで他の現場が終わるです。
そうしたら、『丁度いいや』とそっちに車を持ってって」

「まぁ! 悪いことを……呆れちゃいます」

「時間の有効活用ですよ。戻って出直すよりもずっと良い」


コーヒーに口をつけながら、彼が悪びれも無く笑いました。
それが余りに屈託の無い、少年みたいだったから。

「それがアイドルプロデュースのコツですか?」

「分かって来たじゃあないですか」

私も、ついついつられて微笑んじゃう。

「……しかし、なんですね」

「なんですか?」

「これ、一着は一着でも元々人気のある馬ですし、倍率も低いから歌織さんの賭けた金額も――」

「あ……サンキュー円」

正確に言うと、全部で390円。生まれて初めての馬券でしたから、
あまり大きなお金を賭ける勇気は無くて。

まだ払い戻しはしていない券を手に持って、プロデューサーさんが続けます。


「そう。この額じゃ、当たっても大して増えません」

そうして彼は、私と馬券を交互に見比べると。

「初めて買って、しかも当たった馬券なんですから。
……やっぱり俺なんかに渡すんじゃなくて、歌織さんが記念に取っといても」

確かにそれは、嬉しい心遣いだと言えました。
記念品として取っておく、それもいいかと思います。

「ですが、プロデューサーさんは先ほど無一文になってしまったと」

「あー……そのことなら全然へいちゃらですって。そこらで下ろせばいいんですし」

まぁ、そう言われればそうですよね。
実際、この場所にはATMだってありますし……。

あれ? ちょっと待ってください?

「あの、プロデューサーさん?」

「はい?」

「お金を持ってないんですよね? なのにさっきはぬいぐるみを買おうとしたり、今もコーヒーだって飲んでます!」

「あちゃ、バレました?」

「私に頼るおつもりでしたね!?」

「まっ、まっ、怒らないで。ちゃんとお金を下ろして返しますから」

本当に、この人の普段はいい加減でちゃらんぽらん。

そんな彼のことですから、私は返された馬券をまじまじと見つめつつ
気になっていたことを訊いてみることにしたんです。


「ちなみに、もしこれが大当たりしていたら?」

すると彼は身を乗り出し。

「そんときゃあもちろんおこぼれを――」

「あげません!」

ぴしゃり、嬉々として口を開いた彼を一喝。
ああ、もう、全くもってこの人は!

「決めました。この当たり券の面倒は、私が一人で見てみせます!」

「そんな、初めての人には大変ですよ? 機械の操作だったり色々と――」

「こ、子供扱いは止めてください!」

「もちろんですよ、桃子扱いしかしてません!」

「それは! ……え、えぇっと?」

桃子ちゃん扱いと言うことは、子供かしら、大人かしら? 
それとも娘だったりするのかしら?

「一人の立派なレディとして、扱っているつもりです」

「……もう! ホントに、本当に!」

「お手をどうぞ、歌織さん。宜しかったら最寄りの払い戻し機まで俺がエスコート致しますよ?」

冗談めかして言いますから、怒っていいやら悪いやら。


――結局、この日の馬券は今も私のお財布の中。
それからもプロデューサーさんとは相変わらず、仕事帰りにあちこち遊びに行きますけど。

「歌織さん。どうですこの後、馬を見に?」

そういうの、大人の癖に大変不真面目だなって思いますけども。
だけど一々誘われて、嫌な気がしていないのもまた事実。

「……ついて行くのは構いませんが、また前みたいに叱られちゃいますよ?」

「それは黙っててくれればバレません。特に――」

「分かってます。音無さんにはナイショですね?」

「その通り! あの人が一番、怒らせちゃうと怖いのなんの……!」

二人、子供みたいに笑い合う。

そんな少しのスリルの積み重ねが、私の中身を知らない自分に変えて行きます。
だからきっと、こういう関係も悪くない……かな?

二人だけが持っている秘密って、いつでもドキドキしますから♪

===
以上おしまい。『MEG@TON VOICE!』凄く良くて、無性に歌織さんが書きたくなったんです。

…んで、競馬。ネタも二つ浮かんだんですが、競馬については『じゃじゃ馬』と
『マキバオー』ぐらいしか知らなくて、今回は無難な方のネタを選びました。
実際に馬を買ったこともないですし。妙なトコは脳内補完してくだされば幸いです。

もう一つの競走馬と絡めた"アイドル"歌織さんの話もいつかは書いてみたいなぁ。

では、お読みいただきありがとうございました。

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