北沢志保「私は、デレてなんていませんから」 (25)

P「なあ、志保」

志保「なんですか」

P「志保は、俺のこと好きか?」

志保「……はい?」

P「だから、俺のこと好きかなって」

志保「……めんどくさい彼氏の演技?」

P「なんでそんな演技をしなくちゃいけないんだ……単純に、気になったから聞いたんだ。俺は志保といい関係を築けているのかどうか」

志保「それならそれで、もう少し言葉の選び方があると思うんですけど……まあ、いいです」

P「それで、どう?」

志保「………好きですよ、普通に」

P「普通に好きか」

志保「はい。普通に好きです」

P「そうか。昔は『嫌いじゃない』だったから、評価が上がったってことになるのかな」

志保「そうですね。あれからたくさんの仕事をいただいて、悩み事の相談にも乗ってもらって……プロデューサーさんには、いろいろと助けてもらいましたから」

P「俺はプロデューサーとして、大人として、できるだけのことをしただけだよ」

志保「それでも、私にとっては大きなことなんです。だから、ありがとうござ……ちょっと待ってください」

P「ん?」

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志保「大人として……ということは、理論的には私を子供扱いしているということになりませんか」

P「なるか?」

志保「なります。いつも子供扱いしないでって言ってるのに……」ムス

P「はは、ごめん。これからはちゃんと、ひとりの女性として志保を見るから」

志保「………」

志保「なんだか下心を感じます……」ススス

P「引くな。距離をとるな」

志保「私、子供じゃないので警戒心もあるんです」

P「その警戒心は過剰だ。俺に下心はないし、そんなつもりで言ったわけじゃない」

志保「本当ですか」

P「ああ、信じてくれ」

志保「……わかりました。今回は信じます」

P「今回だけなのか……まあいいや。せっかく志保がデレてくれたと思ったのに、結局また怒られちゃったな」

志保「私はデレてなんていませんから。他の子がどうかは知りませんけど、プロデューサーさんのこと、異性として意識なんてしていません」

P「いや。俺は単純に信頼度的な話をしただけで、異性として意識うんぬんのことは頭に入れてなかったんだが」

志保「………」

志保「デレてなんていませんから」

P「いや、だから」

志保「デレてないです」

P「あ、はい」

P「………」

志保「どうしたんですか。手鏡をじっと見つめて」

P「ああ、うん。実は、ヒゲを生やしてみようかなと思っているんだ」

志保「ヒゲを、ですか?」

P「そう。志保も言ってただろ、もっと渋さを増したほうがいいって」

志保「確かに言いましたけど……もしかして、私の好みに合わせて?」

P「きっかけは確かにそれだな。担当アイドルが言うなら、イメチェンしてみるのもありだろう」

志保「なるほど……プロデューサーさんが、ヒゲを生やす……」ジーー

志保「………」

志保「ぷっ」

P「おい、なんだその馬鹿にしたような笑いは」

志保「ご、ごめんなさい……プロデューサーさん童顔だから、ヒゲを生やした顔を想像したら面白くて……ふふっ」プルプル

P「つまり、俺には似合わないってことか」

志保「残念ながら、そうだと思います」

P「そうか。正直自分でも薄々気づいてたんだよな。だから鏡見て悩んでいたんだ」

志保「誰にでも、向き不向きはあります。イメチェンなら、他の方法を探してみましょう」

P「そうだな。でも残念だ、これで志保をデレさせられると思ったのに」

志保「前にも言いましたよ。私はデレません」

P「手ごわいなあ」

志保「そんなことより、コーヒー、いりますか? 必要なら私のぶんと一緒に淹れますけど」

P「ありがとう、頼むよ」

志保「わかりました。少し待っていてください」

志保「……ああ、それと」

P「?」

志保「似合う似合わないは別として……私のためにヒゲを生やそうとしてくれたこと、うれしかったです。なんとなく、ですけど」フフッ

P「志保……」

P「今のはデレじゃないか?」

志保「デレてないです。コーヒー没収しますよ?」




P「よーし、パスいくぞー。それっ」

志保弟「ないすぱーす!」

P「お、うまいなー。じゃあ次はもっと強いパスだ」

志保弟「うんっ!」


志保「そろそろ日が暮れるから帰りますよー」

志保弟「はーい!」

P「えー? 今から俺のミラクルシュートを披露しようと思ってたのに」

志保「保育園児より聞き分けのないプロデューサーさん、置いて帰りますよ?」

P「ごめんごめん、冗談」

志保弟「ゆーやけこやけ~~♪」


志保「ありがとうございます。保育園のお迎えに付き合ってもらうどころか、弟と一緒に遊んでもらって」

P「ちょうど時間があったからな。このくらいどうってことないよ」

志保「助かります。私、あまりサッカーは得意じゃないので……リフティングとか、あの子にいろいろ教えてあげてください」

P「任せとけ。スポーツの先生役は、俺がばっちりこなすから」

志保「ふふ、頼りにしています」

P「頼りにしています、か。出会ったころは頼りないって言われまくってたけど、少しは成長できたのかな」

志保「あれは、私が『頼れなかった』のも問題だったので……成長したのは、私のほうなのかも」

志保「プロデューサーさんは、はじめから成長しきっていたというか……うまく言えませんけど、そんな感じです」

P「そうか。なんにせよ、俺が力になれることがあるなら言ってくれ」

志保「はい」

志保弟「ねえお兄ちゃん、今度はキャッチボールしようよ!」

P「ああ、いいぞ。また遊ぶことがあったら、今度は野球を教えよう」

志保弟「やったー!」


志保「……やっぱり、大人の男の人が必要なのかもしれませんね」

志保「あの子にも………私にも」

P「志保?」

志保「あっ……いえ。なんでもないです」

P「………」

P「そういえば、志保はリフティングできるのか?」

志保「えっ? えっと、少しだけなら」

P「少しって、何回?」

志保「………2回」

P「ははっ、そうか。2回かー」

志保「バカにしてますか」

P「そんなことはないさ。だったら今度、みんなでリフティングの練習をしよう。弟君にも、志保にも、ばっちりやり方教えてあげるから」

志保「………」

志保「ありがとうございます」


志保弟「あっ! お姉ちゃんがデレてるー!」

志保「えっ? ちょっと、どこでそんな言葉……」

志保弟「お兄ちゃんに教えてもらったの」

P「ぎく」

志保「……プロデューサーさん。あとでこの子の教育方針に関してご相談があります」

P「は、はい」

P(教育方針って、いよいよ俺も家庭の一員みたいな扱いだな……はは)




P「ただいまー」

志保「おかえりなさい、プロデューサーさん。部屋のお掃除、軽くですけどやっておきました」

P「おお、ありがとう。志保は気が利くな」

志保「大したことじゃありません。この部屋は私も使っているので。コーヒー、淹れましょうか?」

P「お願いするよ」

志保「はい」



志保「どうぞ」コト

P「ありがとう。いただきます……うん、うまい」

志保「それはよかったです」

P「志保の淹れてくれるコーヒーは毎回おいしいんだよな。俺の好みをわかってるというか」

志保「これまでの付き合いで、ある程度は好みの味とかわかってますから」

P「さすがだな。きっといいお嫁さんになるぞ、志保は」

志保「お嫁さん……あの、プロデューサーさん」

P「うん?」

志保「プロデューサーさんは、ロリコンなんですか」

P「ぶふっ!?」

志保「汚いですよ」

P「お、お前がいきなり変なこと言いだすからだろっ」

志保「でも、14歳の私を何度もデレさせようとしてきますし……今度はお嫁さんだなんて」

志保「かなりの年下の女性に対してそんな態度をとる男の人は、ロリコンだと聞きました」

P「ロリコンってなあ。一度、自分の身体の発育具合をよく見てから言うべきだぞ」

志保「………」

P「どうして無言で距離を取るんだ」

志保「今この瞬間、ここに突破不可能の絶壁を建てました。侵入不可です」

P「待て待て待て」

志保「……すけべ」

P「ぐはっ」




カメラマン「はーいオッケー! 志保ちゃんお疲れ! いい表情だったよー」

志保「ありがとうございます。お疲れさまでした」



P「お疲れ。よく似合っていたよ」

志保「花嫁衣装を着るのは、さすがに緊張しましたけど……ブライダルの撮影、うまくいってよかったです」

志保「昔憧れた、絵本の中のお姫様みたいで」

P「志保は大人っぽいから、花嫁姿もジャストフィットだな。いつか本当に、式を挙げる日が来るんだろうな……」

志保「私の結婚式より、まずは自分の婚期について考えたほうがいいと思いますけど」

P「とんでもない正論の槍が飛んできた」

志保「これでも、少しは心配しているんです。プロデューサーさんのこと」

志保「このままだと、それこそ私の結婚と、タイミングが同じになってしまうかもしれないって」

P「俺の結婚と志保の結婚が同じタイミング、か」

志保「はい」

P「………」

志保「………あ。そ、そういう意味じゃ、ありませんから」

P「俺はどういう意味とも言ってないが」

志保「あ」

P「そういう意味って、どういう意味なんだ?」ニヤニヤ

志保「う、うぅ………と、ところでこの衣装、花嫁衣装にしては露出が多いような気がするんですけどこれはプロデューサーさんの趣味なんですかっ!」

P「露骨な話題転換だ!」

志保「気のせいです。私の質問に答えてください」

P「これはただ、世間の需要を考慮したうえでな」

志保「本当ですか? 自分の好みが入ったりしてませんか」

P「バカを言うな。花嫁の柔肌は独占したいから、俺の好みならもっと露出が控えめになる」

志保「………」

P「ゴミを見るような眼を向けないでほしい。牢獄で監守に睨まれてる気分になる」

志保「なら、プロデューサーさんは一生その牢獄から出れませんね」

P「デレないだけに?」

志保「3点」

P「採点厳しい」




志保弟「お姉ちゃん、ごはんまだー?」

志保「もう少しでできるから、プロデューサーさんと一緒に待っていてね」トントン

志保弟「わかったー」

P「なんか悪いな、家で晩御飯までごちそうになっちゃって」

志保「お買い物の荷物持ちをしてもらったんですから、このくらいは当然です」

志保「プロデューサーさんは純粋に、私や弟のことを考えてくれているから……下心があるようなら、家に招いたりなんてしません。手伝いを申し出られても、断っています」

P「信頼されてるんだな、俺」

志保「当然です。信頼していない男の人にご飯を作ってあげるような優しさ、私にはありません」

P「なんていうか、らしい答え方だな」





P「ごちそうさまでした!」

志保弟「ごちそうさまでした!」

志保「はい、よくできました。それじゃあ、洗い物してきます」

P「ああ、俺も手伝うよ、後片付けくらいはやらないとな」

志保「そうですか? それじゃあ、お願いします」

P「うん。とりあえず、食器運ぼうか」

志保「はい」

志保弟「………」

志保「どうしたの? ぼーっとして」

志保弟「お姉ちゃんとお兄ちゃん、ふうふみたいだね!」

志保「!?」

P「おおう」

志保「ぷ、プロデューサーさんっ」

P「俺はなにも吹き込んでないぞ」

志保弟「ママがねー、ふたりはお似合いだって」

志保「お母さんだった……!」

志保弟「デレてる?」

志保「で、デレてなんて……」

P「デレてる?」

志保「デレてないです」

P「俺に対する言い方厳しくない?」






志保「ん、しょっ……」

P「ただいまー……志保、なにしてるんだ?」

志保「あ、プロデューサーさん。少し、事務所の部屋の整理を……もうちょっとで届きそう」

P「脚立の上で背伸びすると危ないぞ。俺が代わろうか」

志保「平気です。このくらい、ひとりででき……っ!?」ガタッ

P「危ない!」





志保「いたた……」

P「大丈夫か、志保!」

志保「ぷ、プロデューサーさん……受け止めてくれたんですね。ありがとうございます……」

P「だから危ないって言ったのに……まあ、無事でよかった」

志保「すみません。おかげさまで、怪我はどこにも……」

P「志保? ………あ」

P(志保が急に黙ったタイミングで、ようやく気づいた。脚立から落ちる彼女を無我夢中で受け止めた結果、志保の顔が俺の顔のすぐ近くにあることに)

P(彼女が上で、俺が下。ちょうど俺が、彼女を抱きしめるような形になっていた)

志保「………」

P「………」

P(顔が、熱い。なぜだろう)

P(下心はないつもりだった。彼女はまだ14歳で、俺はずっと年上で)

P(けれど、日に日にアイドルとしての実力を身につけ、女性としての魅力を増していく彼女の隣にいるうちに、俺は自分でも気づかないうちに、志保のことを――)

志保「プロデューサーさん……」

P(早く離れてくれればいいものを。志保はまったく動こうとせず、揺れる瞳は俺の目をじっと見つめている)

P「………」

志保「………」

P(先に動いたのはどちらだったのか、それはわからない。けれど、俺達は互いの顔を少しずつ近づけていく)

P(志保のきめこまやかな肌。手入れされた睫毛。熱い吐息。近づくにつれ、はっきり見える。はっきり感じる)

P(唇と唇が今にも触れそうなその瞬間。俺は、彼女のそれが震えていることに)



志保「い、イヤっ!」

P(叫び声とともに、志保が逃げるように身体を起こした)

P(そのままの勢いで尻もちをつき、なおも俺から距離を取る)

P(そこでようやく、俺は自分が取り返しのつかないことをしかけていたことに気づいた)

P「志保……」

志保「ごめんなさい。私……その」

P「ごめん。志保が離れてくれなかったら、俺はとんでもないことをするところだった」

P「下心はないなんて言っておきながら、こんな……」

志保「………」

志保「私は、アイドルです。そして、あなたはプロデューサー。家に招くようになっても、どれだけ親しくなっても、その線だけは守りたい」

志保「でも私は、気づけばその線を取り払おうとしてしまう。あなたの優しさに甘えて、線を越えさせようとしてしまう」

志保「それは、ダメです。私は、デレてはいけないんです。そうしたら最後、きっといろんなものが壊れてしまう」

P「志保……」

志保「私は、夢を叶えたいんです。だから……デレません」

P「………」

P「わかった。俺は、その夢を叶える手伝いをする。それが、プロデューサーの役目だから」

志保「プロデューサーさん………ありがとうございます。そして……ごめんなさい」


P「それから先、志保が俺にデレることは一度もなかった」

P「彼女のプロデュースは順調に進んでいき。月日を重ねた末に、彼女はトップアイドルになった。幼い頃に夢見た、絵本の中のお姫様のような存在……志保は、まさしくそれ自身になったのだ」

P「そして。夢を叶えた彼女は、引退の時を迎え……俺のもとから、去っていった」

P「笑顔で別れの挨拶を終えた中、最後に彼女が見せた、寂しげな瞳。俺はそれを、一生忘れることはないだろう」

………

……


静香「プロデューサー……プロデューサー? 聞いてます?」

P「………はっ。ああ、静香。ごめん、少しぼーっとしてた」

静香「お疲れですか? それとも……また、志保のことを考えていたんですか?」

P「……ああ」

静香「まったく……」

P「ごめん」

静香「いえ、いいですよ。気持ちはわかりますし」

静香「でも――」


志保「お疲れ様です、Pさん。差し入れにケーキを買ってきました」


静香「止めたって勝手に来るんですから、何を考えても無駄ですよ」

P「……だな」

志保「仕方ないじゃないですか。Pさん、私が見ていないと心配なんですから」



P(そう。志保は確かに、一度俺のもとを去った。でも、すぐに戻ってきた。アイドル北沢志保ではなく、ひとりの女性の北沢志保として)

P(プロダクションの事務員でもないのに、部屋の掃除をしたり、茶葉やおやつの補給をしたり。正直な話、かなり助かっている)

P(ただ、あまりに頻繁に顔を出すものだから、俺も静香も『志保自身の生活は大丈夫なのか』と気をもんでいるのだが……)

志保「あの子もだいたいのことはひとりでできるようになったから、時間は結構余っているんです」

静香「なるほど。弟さんが独り立ちして寂しいから、プロデューサーの世話を焼いている、と」

P「俺もとっくに独り立ちしていると思うんだが」

志保「コーヒー淹れましょうか」

P「聞けよ」

志保「Pさん、昔は私のコーヒーをおいしいおいしいって飲んでくれていたのに……」

P「うっ……いや、それとこれとは」

志保「100杯くらい」

P「それは嘘」

志保「ふふ、冗談です」

静香「………」

静香(ずっと前から兆候はあったけど……本当に笑顔が自然になったわね。志保)

志保「今度、家を掃除しにいきますね。晩ご飯は何がいいですか」

P「カレー」

志保「わかりました。食材、買っていきますね」

志保「さて。どのくらい掃除しがいのある部屋になっているか、期待ですね」

P「やることがないくらい綺麗にしてから出迎えてやろう」

志保「Pさん、天邪鬼だって言われませんか?」

P「お前には言われたくない」

志保「ふふっ。なんにせよ、次にお邪魔するときが楽しみです」


静香「……アイドルという立場がなくなって、すっかりデレデレね。志保」

志保「え? デレてないけど」

静香「え」

志保「え?」

静香「あなた……この期に及んで、まだ『デレてない』って言い張るつもり?」

志保「ええ。私は、デレてなんていないから」

静香(それって、すでに完全に堕ちてるから、いちいち『デレ状態になる』必要がないだけなんじゃ……)

P「まあ確かに、事務所にいる時の志保はデレてはいないな。相対的に」

志保「別に、Pさんの家でもデレてなんていません」

P「そんなことはないだろう。この前なんてあんなに甘えてきて」

志保「確かにいろいろしましたけど、まだデレてないです」

静香「……え、なに。ふたりきりの時はどんなことしてるの……?」カアァ


P「じゃあ、志保はどうやったらデレるんだ」

志保「……そうですね。その時が来たら、じゃないですか」

P「その時?」

志保「絵本の中のお姫様は、いつか王子様に手を引かれる時がやってきます」

P「………その王子様って」

志保「ふふっ」



志保「その瞬間が来るまで、私はデレてなんてあげませんからっ」



おしまい


おわりです。お付き合いいただきありがとうございます
志保がかわいくて沼にはまりそうです

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