神谷奈緒「最高記録」 (16)


あたしたちアイドルは、たくさんの人からの期待に応えなくちゃいけない。

その上で予想を裏切っていかないと、とてもじゃないけど一番になんてなれっこない。

だからこそ、自分の最高記録を更新し続ける必要があるんだ。

中でも、あたしには、今までもらった期待の分だけ応えたい相手がいる。

その応えなきゃいけない相手が期待をかけるに足る存在であり続けるために。


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◆ ◇ ◆ ◇ ◆



夏休みも明けて、九月も半ば。

日中はまだ少し暑いけれど、朝夕は半袖じゃあ少し肌寒いくらいの、そんな季節。

いつもどおり帰りのホームルームが終わると、クラスメイトたちに手を振り学校を出て、目的地である事務所へと向かうべく、電車に飛び乗った。

スクールバッグからスケジュール帳を取り出して、今日の予定を確認する。

お仕事は取材が一件だけだし、今日はみっちり自主練できそうだ。

自主練のためにプロデューサーさんにレッスンルームを押さえてもらってるはずだから、その部屋番号も聞いとかないと。

ぱたん、とスケジュール帳を閉じて再び鞄に戻し、代わりにケータイを出した。

電源を入れて、メールから今日の取材で聞かれる事柄と、それに対するあたしの回答を確認する。

あたしとしての回答と事務所としての回答の擦り合わせだとか、まだ出しちゃいけない情報だとか、そういうのにも気を使わなくちゃだから、取材は結構疲れる。

でも、ファンのみんなはそれをアイドル神谷奈緒の言葉として受け取るんだから気合を入れないと。

よし、と心の中で呟いてケータイを鞄にしまうと、車内アナウンスが間もなく事務所の最寄駅に到着することを告げた。




事務所に着いて、すれ違う社員の人たちに挨拶をしながら更衣室を目指す。

自分のロッカーにスクールバッグを入れて、予め用意してあった私服に着替えた。

ドレッサーに向かってメイクを直し、ケータイだけ持って更衣室を出る。

プロデューサーさんに準備が完了した旨をメールで伝えると、すぐに返信が来て応接室の場所を指定された。




応接室に入ると、まだ記者の人はいなくて、プロデューサーさんがあくせくと準備を整えてる最中だった。

「おはよー」

「おー。おはよう、学校終わったばっかのとこ悪いんだけどさ」

「いいって、いいって。ほら、プロデューサーさんは応対ってか、出迎え? 行かなくていいのか?」

「もう少ししたら行ってくるよ。ここで奈緒は待ってて」

「んー」




しばらくした後に、プロデューサーさんが記者の人たちを連れて戻ってきた。

とりとめのない話を一言二言交わして取材が始まった。

予定されていたとおりの質問に、頭に叩き込んで用意してある言葉で答えていく。

途中で、一つだけ予定外の質問をされてプロデューサーさんに視線を投げた。

プロデューサーさんはそんなあたしの視線に対して、少し微笑むだけだった。

どうやら好きに答えていいらしい。

そう判断して、思ったままを伝えると、記者の人も満足したらしく、ほどなくして取材は終了した。




「んー! 疲れたなー」

記者の人たちが帰る際の見送りから戻ってくるなり、プロデューサーさんは大きく伸びをする。

「ホントになー、気疲れした」

「ははは、お疲れ様。奈緒はこれからレッスン行くんでしょ?」

「うん。ルーム、取ってくれてんだよな?」

「もちろん。スタジオの受付でで名前言えば鍵渡してもらえるよ」

「了解。じゃあ、あたしもう行ってもいいか?」

「うん。行ってらっしゃい」




スタジオに到着して、受付で名前を言ってレッスンルームの鍵を受け取る。

鍵についているキーホルダーを人差し指でくるくると回しながら、更衣室に入った。

トレーニングウェアに着替えて、ダンスシューズのつま先を鳴らす。

タオルとスポーツドリンク片手に、割り当てられたレッスンルームへと向かった。




ポケットから受付でもらった鍵を出して、扉を開ける。

ルームに一歩入った瞬間、ぱーんと大きな音があたしに襲いかかる。

堪らずあたしは「うわ、なんだよ、なんだよ!?」と反射的に声を上げて、ぎゅっと目を瞑る。

数秒経って、薄く目を開けると、声を殺して床で笑い転げているプロデューサーさんがいた。

なんなんだ。




依然として説明のないまま、床で笑い転げ続けるプロデューサーさんに「正座!」と声を投げつけた。

「……ごめん。ちょっとしたサプライズのつもりで」

「サプライズっていうか、ただのドッキリだろ! っていうかなんであたしより速いんだよ! 応接室の片付けは!?」

「千川さんにお願いしたら、いいですよー、って」

「アホなことでちひろさんの仕事増やすなよ!」

「いや、驚かせるのが目的じゃなくて……ほら、明日は誕生日だから……」

「え、そういうこと?」

「……あんなにびっくりするとは思ってなくて」

「それで? あたしを祝うために、先回りして、クラッカー構えて待機してたと」

「うん」

「そんな理由だと怒るに怒れないじゃねーかよ。もう」

「まぁ、その、なんか話が拗れたけどさ、誕生日おめでとう」

「ん。ありがとう」

「そして、これプレゼント」

そう言って、かわいいラッピングが施された紙袋をあたしに差し出す。

受け取ってもう一度お礼を言うと、プロデューサーさんはにっこりとして「開けてみて」と言った。

促されるままに、慎重に包みを開ける。

出てきたのは、小さな小箱で、ゆっくりと開くと、ぴかぴかした腕時計が入っていた。

「……どう、かな。気に入ってくれると嬉しいんだけど」

少し不安そうにあたしの顔色を窺うプロデューサーさんに対して、くるっと背を向ける。

「すっげー嬉しいよ!」

「ならよかった……けど、なんで背、向けるの」

「今のあたしの顔がめちゃくちゃニヤけてるからだよ! 察してくれよ!」

ひょいっと回り込んでくるプロデューサーさんをかわしながら、そう叫ぶとプロデューサーさんは声を出して笑った。




あたしのニヤけた顔を見ようとしてくるプロデューサーさん対見られたくないあたしの攻防はしばらく続いた。

そんな、ばかみたいなやりとりをひとしきりして、お互い笑い疲れるとそのまま床に座り込む。

「ったく、なんでプレゼント渡した方が渡された方より嬉しそうなんだよ」

「こんだけ喜んでもらえたら、そりゃあ……なぁ」

「もうわかった、わかったからニヤニヤすんなって!」




「それじゃあ、そろそろ戻るよ。自主練頑張って」

「ん。時計、ありがと。高かっただろ」

「んーん。そうでもないよ……って言うと安いやつみたいだけどさ」

「あー、うん、いいよ。分かってるから……大事にする」

「またニヤニヤしてる」

「そう言うプロデューサーさんこそな!」

言って、びしっと顔を指差してやったら、より一層にへぇっとした顔であたしを茶化した。




「さて、千川さんにお詫びのスイーツでも買っていかないと」

「あはは、そりゃ大変だ。……あ、ついでにさ、もう一個だけ聞いてもいいか?」

「ん?」

「どうして今日なんだ? 別に明日でもいいだろ?」

「明日は奈緒を貸してもらえないと思ったからなー」

「貸すって誰に?」

「ほら、渋谷さんとか北条さんとか。絶対奈緒に何かサプライズで用意してそうだろ?」

「あー……期待してないって言ったら、嘘になるなー」

「俺からのプレゼントも期待してた?」

「してたよ、すごく。でも今日だとは思わなかった」

「じゃあサプライズ成功だ」

「あたしの負けかー」

「勝ち負けとかあるの?」

「あるよ。あたしは負けっぱなし」

「これからも勝ち続けられるように頑張るよ。それじゃ、また明日」

ひらひらと手を振ってプロデューサーさんは行ってしまい、あたしは広いレッスンルームに一人となった。




腕時計の入った小箱を開いて、控えめに取り出す。

照明を受けて、ぴかぴかと光るそれをしばらく眺めて、右腕につけた。

ちょっとの重みが、なんていうか、すごく幸せで、ずっとつけていたい気分に駆られる。

けれどもこれから自主練が待っているため、そんなわけにもいかず、こいつとは少しの間お別れだ。

にしても、プロデューサーさんもかわいいとこあるよなぁ。

別に、プロデューサーさんが言ってくれれば、あたしはどれだけでも時間を取るのに。

なんて絶対言ってやらねーけどな、と脳内で自分で自分につっこみを入れて立ち上がった。




ぱちんと自分の両頬を軽く叩いて、気合を入れる。

入念にアップを行い、準備は完了だ。

ダンスシューズを手のひらでなぞって、床に打ち付けるときゅっという小気味の良い音が鳴る。

音楽プレイヤーの再生ボタンに手を触れる。

さぁ、次も、その次も祝ってもらえるように、あたしはあたしの最高記録を更新し続けないと。



おわり

終わりです。ありがとうございました。
そして、神谷奈緒ちゃん誕生日おめでとうございます。
これからも一ファンとして、応援させてください。

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