佐久間まゆ「めぐりめぐるは」 (44)


【はじめに】

○公式設定から逸脱した個人的な解釈、推測、キャラづけがあります。

○誕生日おめでとう。これからもよろしく。



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「喜んでくれるかなぁ」

 佐久間まゆは今にもスキップしてしまいそうなくらい、はじけそうな気持ちを胸に押しとどめて、事務所への帰路を急いだ。

 灰色の町並みは平日と思えないほどの人の数で、日も落ちようかという頃合いにもかかわらず、その喧騒を保っている。
 まゆの進む先が、都内でも有数の通行量を誇る巨大ステーションだからであろう。

「ふんふ~んふーん、ふふっ」

 行き交う多くの人々が、仄暗い黒だか淀んだ深緑だかの疲労の色をその背に負ってうごめく中、つい鼻歌などさえずりながらフワッフワ歩いているものだから、パステルカラーで控えめにこさえたコーデでも目立って仕方ない。

 ましてや目下売り出し中のアイドル、佐久間まゆなのだ。

 鼻歌の後にちょっとした含み笑いをこぼせば、すれ違う人から視線が奪われ、押しとどめきれなかったスキップの軌跡に、肩をぶつけ合って立ち往生する会社員男性諸賢が続出するのも無理はない。


(いけない、いけない。はしゃぎすぎないようにしなくちゃ)

 自分の撃墜スコアがもりもり更新されていることに気づいたのか、まゆは浮ついた心に自戒をこめた。
 しかし、右手に持った荷物のことを思い出すと、自然に頬が緩む。

(プロデューサーさん、驚くかなぁ)

 今日は9月7日、佐久間まゆが現事務所に移籍してから幾度目かの誕生日である。

(普段、お世話になってますから。ふふふ、逆プレゼントなんてしたら、喜んでくれますよね、きっと)

 右手に持った紙袋――シックな風合いの黒い紙質で、中央に『Takeo Murata』とファッションブランドのロゴがスタイリッシュに印字されている――の中にある小包に意識が向く。

 そのきたるべき時を想像したら、先ほどの自戒などどこ吹く風。
 プロデューサーの意表を突かれた顔、その後すぐに変わるであろう、ちょっと照れくさそうな、でも隠し切れていない嬉しそうな笑み。
 それらを思い描くことは、まゆにとってこの上なく甘い夢想である。

 フワフワスキップで再び疲れたサラリーマンを落とし始めようとする一歩前で、駅構内への入り口前に広がるロータリーに見知った顔がいることに気づいた。


 少年が好みそうなカッコいい自転車とともに、背丈は高くないものの凛々しい後ろ姿の少女がいる。
 深い緑をうっすらまとった長い髪が爽やかに風にそよぐ。

 まゆは彼女に近づき、声をかけた。

「光ちゃん?」

「あっ、まゆ姉! 偶然だね!?」

 同じ事務所の後輩、南条光であった。

 光の横に視線を移すと、おばあちゃんが一人立っていた。少し背が曲がっているが、品の良い洋服を着こなし、シルバーのフレームがきれいなメガネをかけ、ブラックの小さな袋を手に下げ、アーガイル・チェックの洒落たキャメルカラーのキャリーケースをわきに置いている。

「実はさ、おばあちゃんが道に困ってたから、放っておけなくて」

「孫に会いに来たんですけども、バス停がどこにあるかわからんくなってしまってねぇ」


 おばあちゃんが行き先をメモした地図を差し出す。

「これはあるんだけども、こんなに広い駅は慣れませんで。自分がどこにいるかもわからんところでした」

 まゆはその地図をのぞきこみ、その後、光と目を合わせた。

「このバス停は反対側の方ですねぇ。光ちゃんは場所、わかりますか?」

「それが、アタシも詳しくなくて。今日はたまたま友達の家に行った帰りで、ちょっと通っただけなんだ。面目ない」

 そういって光は照れ笑いをした。

 思わずまゆも笑ってしまった。(さすが、光ちゃん)と心の中で賛辞を贈り、そして、腕時計を確認した。

「わかりました。それじゃあ、まゆがバス停まで連れて行ってあげますよぉ」


 ***

「いや、遠慮しておきます」

 プロデューサーは柔らかい声色で、しかし毅然とした態度で言い切った。

 いつもお世話になっているディレクターとはいえど、今日の晩酌の誘いには断じてのれない。

「ん、そうかそうか。キミも忙しいものなぁ」

 幸いなことにこのディレクターは、仕事以外のつきあいについてもサバサバしていて、こういった断りをネチッこく気にするタイプではない。

 豪快に笑いながら「仕事か? それとも、デートかな?」などと冗談を飛ばしながら、プロデューサーの肩を叩いた。

(いい人なんだけどね……)

 苦笑いを浮かべながら、叩かれた肩をさするプロデューサー。
 彼は芸能事務所『グラスリッパー・プロダクション』のキュート部門を担当している。


 今日は、担当の一人である佐久間まゆの誕生日だ。

 平日でお互いに仕事があるわけだから、また日をあらためてお祝いしようかと提案したが、彼女の熱望により、今日この後、事務所で顔を合わせる約束をしている。

 こういうときの彼女の押しの強さに、プロデューサーが勝つことは、ほぼない。

 ただ、担当アイドルに懐かれるというのはまんざらでもないもので、プロデューサー自身もこれ以上の仕事は入らないように苦心するぐらいには、楽しみにしていた日でもある。

(今、仕事をしているのは……雪乃さんと智絵里だけか)

 ディレクターとの打ち合わせが終わり、手帳を確認する。

 同じく担当アイドルである相原雪乃と緒方智絵里は一緒の仕事だ。
 現在、都内に滞在中の世界的サーカス団へ取材の仕事である。

(二人ともしっかりしてるし、雪乃さんがいるから大丈夫だよな……)

 特に雪乃は彼よりも業界歴が長く、今日も率先して「こちらは任せて、まゆちゃんを喜ばせてあげてください」と送り出してくれた。


「それじゃあ、お疲れさまでした」

「おう、おつかれ。この後のデートも楽しんでくれぃ!」

 すっかりデートと決め込んでいるディレクターに一礼し、プロデューサーは帰路を急いだ。
 今なら約束の時間の二十分前には事務所に着けるであろう。

 最寄り駅に向けて歩きながら、プロデューサーは鞄に忍ばせたまゆへのプレゼントに意識を向ける。

(喜んでくれるだろうか……)

 一瞬、そんなことを思うが、何を渡しても喜んでくれるという確信もあった。
 佐久間まゆはそういう子だ。


 とはいえ、いい加減な気持ちでプレゼントを選んだわけではない。
 心がこもっていれば、何でも喜んでくれる。そうでなければ、笑顔を見せながらも内心泣いてしまうだろう。
 佐久間まゆはそういう子だ。

 彼女の涙は見たくない。
 だからこそ、今年も気合を入れて選んだ。
 が、なにぶん朴念仁と友人たちにからかわれる気質なもので、女心をおさえたチョイスができたかについては、全く自信がない。

「ふぅ……」

 仕事の疲れと、自分のセンスのなさを嘆くため息ひとつ。
 日が落ち始め、茜色に染まりつつある空を眺めて独り言をつぶやいた。

「まゆが欲しいものは何だったろうなぁ」


 ***

「このバスです」

 まゆは目の前の看板に表示されているバスの番号を指さしながら言った。

「ええと、これは……どこですかい?」

「たぶん、あそこのバス停じゃないかな? もうすぐ来るから行こう、おばあちゃん」

 光はおばあちゃんのキャリーケースをひきながら、一行を先導する。
 自転車は適当な駐輪場に置いてきた。

「いやはや、本当にありがとうございます」

 おばあちゃんは並んで歩くまゆに向かって頭を下げた。

「気になさらないでください。困ったときはお互い様ですから」
「それに、最初に声をかけた光ちゃんのおかげです」

「ええ、ええ。ほんに良い子ですなぁ……」

 おばあちゃんとまゆは、胸を張って前を進む光の後姿に優しいまなざしを向ける。


「あ、ここ、ここ! おばあちゃん、ここでチケットを買うんだよ」

 光は券売機の前で立ち止まった。光はキャリーケースと一緒に列の外で待ち、おばあちゃんを前に、その後ろにまゆが並ぶ。

 電車の券売機ほどではないにせよ、やはり人が多い。
 黙々と列が進む中、おばあちゃんが財布を取りだした時だった。

 列の横を歩いて出ていく、恰幅の良いおばちゃんが、おばあちゃんの財布にぶつかってしまった。

 手にしていた小さな袋と一緒に財布が落ちる。
 その拍子に財布の中身も少しばかり散らばってしまった。

「あらあら。大丈夫ですか、おばあちゃん」

 まゆはプレゼントをわきに、両手で財布の中身を拾い集める。
 おばあちゃんも「しまった、しまった」と手を伸ばし、おばちゃんも「あぁ、ごめんなさいね」と苦しそうに屈んで手伝った。
 光はキャリーのためにその場を離れられず、心配そうに様子を見ている。
 財布の中身を拾い集めた後に、二人はやっとチケットを買った。

 光が「大丈夫、おばあちゃん」と声をかけると、「なんともないよ。ありがとねぇ」とおばあちゃんはほほ笑んだ。


 バスが来た。

「それじゃあ、ありがとうねぇ。ほんに助かりました」

 おばあちゃんは深々と頭を下げると、バスに乗り込み、窓際に座る。

 まゆと光は発車するバスに向かって手を振りながら見送った。
 バスの後ろは、近々開催されるサーカスの広告で全面彩られていた。

 二人は、光が自転車をとめた駐輪場へと歩き出す。

「まゆ姉は仕事帰り?」

「そうですよぉ。今から事務所に帰るところです」

「あ、そっか、今日、誕生日だもんね。おめでとう!」

「うふ、ありがとう、光ちゃん」

「えへへ。そうだ、こっちこそありがとね。案内してくれて」

「どういたしまして。……光ちゃんは、自転車でよくこの辺りに来るの?」

「あんまり来ないかなぁ……。友達の家がこの近くってのは言ったけど、普段は電車で行くんだ」
「でも今日は、新しい自転車買ったから乗りたくって。思ったより時間かかったけど、楽しかったよ」

「あらまぁ。どのくらい時間かかったの?」

「四十分!」

「思ったより長い!?」

 光はやんちゃな男の子が照れたような笑みをこぼした。
 まゆは驚いたが、それ以上に光の元気の良さに感心した。


 駐輪所が近づく。空は茜色に染まり始めている。

「まゆ姉はこの後、プロデューサーさんに会いに行くんでしょ?」

「はい」

「あれ? じゃあ、その黒い袋は?」

「これは、まゆからプロデューサーさんへの逆プレゼントです」
「普段、お世話になっているから、こうしたら驚いて喜んでくれるかなぁって」

「いいね! サプライズってやつだ! でも、珍しいね。なんだかお土産みたいなプレゼントで」

「えっ?」まゆはきょとんとした。

「えっ?」光もきょとんとする。

「だって、和菓子でしょ? ちょっとお洒落な」

「えっ!?」まゆは驚いた。

「えっ!?」光も驚く。

 まゆは恐る恐る右手に持った紙袋を持ち上げ、よく見てみる。
 渋い風合いの黒い紙質で、中央に『Take Mura Ya』と和菓子ブランドのロゴが格調高く印字されている。
 中身に意識を向けてみると、小包とは言えない重量感が、今更ながら実感された。


「ひやゃあ!?」

 今まで聞いたことのない、素っ頓狂なまゆの叫び声を聞き、光は一瞬で事態を把握した。

「さっきのおばあちゃん!」光も叫ぶ。

「荷物が!?」

「入れ替わってるー!?」

 まゆは、膝から崩れ落ちる。
 すぐさま心配して光が駆け寄るが、声をかけるよりも前に、まゆは自らの足で大地を踏みしめた。
 目つきが変わっている。

「光ちゃん……自転車、貸してもらってもいい?」

 光は無言で力強くうなずくと、すぐさま自転車を出してきて、まゆに託す。

「まゆ姉、バスの行き先、覚えてる!?」

「ええ、しっかりと」

「気をつけて」

 光の送別の言葉に、まゆも力強くうなずき返し、ペダルを踏み、車輪を回転させる。

「スカート! 巻き込まないようにねー!」

 既に後ろとなった光の大きな声。
 大丈夫、裾が長いスカートの扱いは心得ている。
 思いっきり立ちこぎしていくその姿は、普段運動を苦手としているとは思えないほどのペースで加速し、光の声は届かなくなった。

「久しぶりに! 全力で! こいじゃいますよぉ!」


 ***

(キャラ違くないか!?)

 電話口で慌てている様子を聞き、プロデューサーも冷や汗が出る。

「落ち着いて、雪乃さん、何があったかもう一度説明してくれるかい」

「は、はい……すーっ、はぁー……」

 たった今はいった一本の電話は、雪乃からの電話であった。
 彼女にしては珍しく動揺している様子で要領を得なかったのだが、今の深呼吸で少しは落ち着いたらしい。
 声のトーンもいつも通りに戻りつつある。

「それが、取材先のサーカスがたいへんなことになってて。――きゃあ」

「大丈夫か!? 雪乃さん!」

「――だ、大丈夫です。動物たちが逃げ出してしまって」
「大きい子は専門の飼育員さんたちが対処しているのですけど」

「……きゃああ、プロデューサーさん、助けてぇー……」

「猿が、一匹、ここで大暴れしてるんです!」

「えっ? いやいや、待って、今、後ろで誰か叫んでたよね?」

「智絵里ちゃんです! ――あっ、今度はこっちに、きゃ!」

 しばしの無言。プロデューサーの手に嫌な汗がにじむ。


「も、もしもし」今度は智絵里の声だ。

「大丈夫か、智絵里!?」

「は、はい……。ケガとかはしてません。でも……」

「でも?」

「……お、おしりを触られました」

 猿、許すまじ。

「あの子、素早くてすごく賢いみたいで、女性スタッフさんたちを追いかけまわしてるんです」
「――今は雪乃さんが」

「わかった。まずはみんなで安全なところに逃げるんだ。落ち着いてね。僕もすぐに行く」

 プロデューサーは努めて柔らかく言った。

 まゆの誕生日が気にならなかったと言ったら、それは嘘になる。
 むしろ、真っ先に腕時計を確認した。
 しかし、不貞の猿を許しておくことは、できない。

 おそらく、時間通りにはいかなくなるだろう。
 道中、メールをひとつ、送っておこう。
 まゆなら許してくれる。

「さて……ここはひとつ、ちゃっちゃと片づけて、一刻も早く帰ろう!」


 ***

「そう簡単には帰しませんよぉ!」

 なんだか楽しくなっていた。

 人にはぶつからないよう細心の注意を払いながら、普段は考えられないほどの速力で自転車をこいでいると、非現実的な感覚になっていくものだ。

(おばあちゃん、ごめんなさい。悪くないってわかってるけど)
(アクション映画の主人公になったつもりにでもならなきゃ、この速さ……保てないんですっ)

 どちらかというと悪役のセリフだが、あまりアクション映画は観ないまゆを責めないであげてほしい。
 実際、足は疲労の極致であった。

「見えたっ!」

 必死で自転車をこぐまゆは、その視界にバスを捉えた。
 おばあちゃんが下車予定のバス停がちょうどそろそろだ。
 そこでおばあちゃんを掴まえれば、それで済む。

 息を切らせながらもう少しの辛抱と、足を動かし続ける。


 バスがタクシー乗り場を通り過ぎ、目的地に停まったのが見える。

「あっ、おばあちゃん。無事に降りたみたいでよかった!」

 キャリーを担ぎながらおばあちゃんが降りていく。
 どうやら、お孫さんと思しき高校生ぐらいの男子がお迎えに来ているようだ。
 和やかに挨拶を交わしている。

「おばあちゃ~ん!」

「んん?」

 おばあちゃんの前に滑り込むまゆチャリ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「あらまぁ、さっきの」

「ばあちゃん、どなたさん?」

「こちらのお嬢さんなぁ、さっき助けてくださって」

 男子への返答を遮るように、まゆは黒い袋をかかげた。


「はぁ、はぁ……おばあちゃん……この……荷物」

 おばあちゃんはそれを不思議そうに見ている。
 一方の男子は、何かに気づいたかのような驚愕した表情でまゆを凝視した。
 後ろでプシューというバスのドアが閉まる音が響く。

「私の荷物と……はぁ、はぁ……入れ替わってたみたいで」

「あ、あぁぁ」
納得したようにおばあちゃんはうなずく。

「ありがとねぇ。わざわざ届けてくれて」

「い、いえいえ、大丈夫ですよぉ。それで、私の紙袋は……?」

「……あっ」

 おばあちゃんがハッとし、男子がパクパクと口を動かす中、ブロロロとバスの発車音が、まゆ達を置き去りにしていった。

「バスの中……」


 おばあちゃんは口元に手を当てたまま、あんぐりしている。
 男子は相変わらず金魚のようだ。
 まゆはクラっときて、後ずさった。
 そこで、タクシー乗り場の看板が目に入る。

「――おばあちゃん、この自転車、近くの駐輪場にしまってもらってもいいですか?」

「も、もちろん、ええけど……」

「私、タクシーで行きます!」

 言うやいなや、まゆは自転車をおばあちゃんに任せて、タクシーに乗り込むべく駆け出した。

「て、てか、ばあちゃん、今のって」

 やっとのことで言葉を絞り出した男子に応えることなく、おばあちゃんは「ごめんなぁ、ありがとうなぁ、ご恩は必ず」とまゆに声をかける。

 タクシーのドアに手をかけながら、まゆはおばあちゃんとその隣の男子にウィンクを一つ贈り、そのままタクシーへと乗り込んだ。
 男子はその姿を呆然と見送りながら、独り言をこぼす。

「――応援しよ」

 まゆはタクシーの運転者に向かって勢いよくお願いをする。
 いまだにアクション映画の主人公のままのようだ。

「あのバスを追ってください!」


 ***

「追われてますよ! どんどん近づいてくるッ!」

 プロデューサーもまた、全力で走っていた。

 あの電話の後、すぐさま取材先に駆けつけたプロデューサーは、ほぼ同時に到着したサーカス団の支配人とともに、不埒な猿の気をひき、大切なアイドルおよび女性スタッフを引き離すことに成功した。

 しかし、代償として今度はプロデューサー達が猿に追われる羽目になってしまった。

 サーカスのテントがちらほら設置されている敷地内、上空の茜色もだいぶ紺色へと色を変えている。

 猿は先ほどまでハーレム気分で上機嫌だった分、冴えない男に邪魔をされた恨みも凄まじく、完全に敵意むき出しで追ってくる。

「ウキャキャキャキャギャー!」

「さっきまでと雲泥の差だ! あんなに楽しそうに追いかけっこしてたじゃないか!?」

「おっ、コヤツがさっきは楽しんでいたこと、わかるのかね!? キミ、見どころあるよ」

 一緒に走っている支配人が、場にそぐわない冗談を言うことに若干イラッとしつつ、プロデューサーは返答する。

「恐れ入りますっ! 今はシャレにならないぐらい、アイツが怒ってるのもわかりますよ!」

「おっ、流石だねぇ! 愉快、愉快」

「こんな時に、全然愉快じゃないですって! 他の飼育員さんとかは来ないんですか!?」

「みんな大物捕りで出払ってしまってね。そろそろ来る頃だが」

 この支配人、丸い体型の割に軽々と余裕そうに走る。
 プロデューサーは運動不足がたたり、今にも足がもつれそうだ。


「「プロデューサーさん!」」

 そのとき、雪乃と智絵里の呼ぶ声が聞こえた。
 聞きなじみのある心地よい声だ、と彼は思った。

「おっ、可愛い声で少し気が緩んだかね、こんな時に」

「はぁ!? あなたほどじゃありませんッ!」

「ハハッ、愉快、愉快」

「今助けます、プロデューサーさん」

 智絵里の声に続いて、ぞろぞろと屈強な男たちが集まってきた。

「ウキ!?」

 猿の進行が止まる。
 プロデューサーはぜぇぜぇと肩で息をしながら、智絵里や雪乃のいる方へと合流すると、彼女たちが連れてきた集団が猿を取り囲む。

 サーカスの従業員、というよりは私設小隊の傭兵のような面構えである。

「さぁ、形勢逆転だ。諸君、コヤツは我が息子のお気に入りだ! お手柔らかに頼むよ」

 先ほどまでと同じような飄々とした調子で、支配人はその小隊――もとい飼育員たちを指揮し始めた。

「ウキェエエッーー!」

 不穏な空気を感じ取って、猿は大きな喚き声を上げた。
 その迫力たるや、一介の猿とは思えず、多くの者がたじろいだ。
 その一瞬の隙を突き、近くの積み荷、飼育員の頭、壁、屋外ダクト、天井と伝って、その姿を消した。

「逃がしたか。追え!」

 小隊……ではなく、飼育員たちに指示をした後、支配人はつかつかとプロデューサーたちの方に歩みを進める。


「いやぁ、今日は大変申し訳なかった。原因究明ののち、必ずや取材を再び行おう」

「いえ、そちらも大変でしたね。取材は、やはり十分にはできませんでしたか」

 支配人にかわって、智絵里がうなずく。
 雪乃も「はい。予定の半分ほどしか……」と残念そうに言った。

「ですが、また後日、予定を組んでいただけるなら、是非にと思っています」

 雪乃さんの言葉に智絵里も同意のようだ。

「……僕の方からも、できればお願いしたいです。ですが、予定調整は可能でしょうか?」

「ふむ。ここにプロデューサーがいて、この支配人もいる。今、調整すればよかろう」

 そういって、支配人は笑った。
 プロデューサーは戸惑ったが、たしかにこのタイミングを逃すと難しくなる。
 正直なところ、まゆのこともあるので今すぐにでも帰りたかったが、二人の仕事をお蔵入りさせるわけにもいかない。


「わかりました。では、今、調整いたしましょう」

「うむ、よろしく頼む。それでは、乗りたまえ」

 手帳を開くプロデューサーを尻目に、支配人のそばに車がつき、ドアが開く。

「えっと?」

 ぽかんとしているプロデューサーを支配人が促す。

「どうした? 私は部隊と一緒にアヤツを追わねばならん。道中で話をつけよう」

(とうとう部隊って言っちゃったよ、この人)

 プロデューサーは呆気にとられたままながらも、心の中でツッコミをいれた。

「もちろん、最後は送っていくぞ。そちらのお嬢さん二人は別の者に送らせよう。ささ、乗った乗った」

「プロデューサーさん、気をつけてくださいね」

「まゆちゃんには伝えておきますわ」

 二人から自分の鞄を渡されながら、プロデューサーはお礼を返した。
 そして、支配人に言われるがまま車に乗る。
 鞄の中のプレゼントを確認すると、先の見えない捕り物につきあわされる不安が頭をもたげてきた。
 それを飲み込む。

「はぁ……どこに行ったんだろうなぁ、あの猿」


 ***

「あそこにいた! 時速五十キロぐらいで走ってます!」

 タクシーの運転手に向かって身を乗り出さん勢いで、まゆは言った。

「あぁ、お客さん、おとなしく座ってて。シートベルトの意味なくなっちゃうよ」

「あ、ごめんなさい……」

 少し頭を冷やしながらも、まゆの視線は前方を走るバスから一瞬たりとも離れない。

「なんだって、あのバスを追っているんですか?」

 不安な様子で尋ねる運転手に向かって、まゆは言った。

「愛、ゆえです」

「?」

 不安にいぶかしさを加えた表情となった運転手はそのまま黙って、バスとの距離を詰めた。

 次にバスが停まったのは、大きな停留所だった。
 どうやらしばらくバスは動かないらしい。

 まゆはタクシーの清算をすまし、急いでバスの元へ向かった。
 なかったら?
 道中で誰かに持っていかれていたら?
 考えればキリのない不安を払うように、まゆは顔を振った。


 バスに近づいたところ、ちょうど添乗員が出てきた。

「あ、あのっ、バスの中に黒い小さな紙袋が、ありませんでしたか?」

 疲れと緊張から高まる胸の鼓動。
 声が震えそうになるのをかろうじてこらえている。
 すると、添乗員は「これですか?」と、黒い紙袋をひょいとかかげた。

 その袋には、たしかに『Takeo Murata』とファッションブランドのロゴが印字されている。

「あ、あぁ……」

 感動のあまり声が出ないまゆの様子を見て、若干申し訳なさそうにしながら、添乗員は説明した。

「落とし主の方ですか? お手数をおかけしますが、身分確認と記録をしておく必要がありますので」
「あそこの詰め所まで一緒に来ていただけますか?」

「――は、はい」

 嬉しさと安堵のあまりに、絞り出した声はとてもか細かった。
 そして、色っぽかった。

 その色気の直撃を受けた添乗員は目の前の少女がアイドルだという事実を知ってか知らずか、声を漏らす。

「――応援しよ」

「はい?」

 今度はまゆが不思議そうな表情を作る。

「あ、いえ、失礼いたしました。それでは、こちらに――」

 添乗員が詰め所に向けて歩き出そうとした、その時である。

 バスの天井の上から、幼児ほどもあろうかという影が跳び、二人が声をあげる間もなく、添乗員の手からまゆのプレゼントを奪い去った。

「キキーッ!」

 ひどく機嫌の良さそうな上ずった声で鳴くそれは、都内のこんなところには全く似つかわしくない猿であった。

「え、え~……」

 まゆの口から信じられないといった嘆息が漏れる。

 添乗員も「げっ!? なんで、こんなところに猿が!?」とうろたえる。

「け、警察に連絡を」

 詰め所へと駆け出す添乗員の後ろで、少女の声が響く。

「返してっ! それは、プロデューサーのものです!」

 添乗員が振り返ったときには、既にまゆは猿に向かって詰め寄っていた。

「あ、危ないですよ!」

 添乗員の忠告も聞こえない様子で、まゆはどんどん猿との距離を詰める。

「さぁ」まゆが手を伸ばした。

「ウキ……」さすがの猿も後ずさる。

「……ウキャー!」

 次の瞬間には、まゆの伸ばした手を無視して、猿はプレゼントと共にどこかへ走り去っていった。


「ぬぐぐぐ……」

 アイドルとしてはいささか荒っぽい悔恨を表す。
 しかし、やはり次の瞬間には、まゆは駆け出していた。

「負けません、負けませんよ!」

 言葉ではこう言ったものの、この連続した不運に対する弱気は心の中で大きくなっている。

(どうして? こんなことが続くのは、まさか神様の天啓?)
(まゆの用意したものはプロデューサーさんがいらないようなものだったんですかぁ?)
(ねぇ、神様??)

 おそらく、佐久間まゆ史上、最速で走りながら、まゆは叫んだ。

「だったら、プロデューサーが欲しいものって何だったんでしょう!」


 ***

「あのバスです!」

 プロデューサーは、停留所に停まっているバスの天井を指さした。

「よし、じゃあ行ってみよう」

 サーカスの支配人は車を停留所に入れるよう指示を出した。
 どうやら他の捕獲隊もこの周辺で猿の痕跡を確認したらしい。

 プロデューサーは、智絵里と雪乃の仕事について調整が終わった後も、降りるタイミングを見つけられず、代わりに例の猿の影を、バスの天井上に見つけてしまったわけだ。

 一行が停留所に降りると、バス添乗員の詰め所が何やら騒がしい。
 もしやと思ったプロデューサーが声をかけてみる。

「どうかしましたか?」

「あ、お客様、実は猿が現れまして、ちょっとした騒ぎになっていたのです」
「先ほど警察にも電話しまして。申し訳ございません」
「して、どこまでのチケットをご購入ですか?」

 プロデューサーは予感が当たってしまったことにため息をつきながら、額に手をやった。

「どうかされましたか?」

「ああ、いえ。すみませんが、チケットではなく、その……猿の方に用事なのです。どちらに行きました?」

「はぁ……あそこの高架橋がある交差点の方向に」
「そういえば、女の子が追いかけていきました。危ないと止めたんですけど、ものともしない様子で」

「そうでしたか、ありがとうございます」


 いつの間にかやり取りを後ろで聞いていた支配人が、すぐに電話をかける。
 どうやら部隊に指示を出しているようだ。

(それにしても気になるな……)

 その追っていった女性のことである。

 猿とはいえ、結構な猛獣であるはずだ。
 それに対して、ものともせずに追跡できるとは、なんと勇敢な女性なのだろう。
 きっとこの支配人が率いる傭兵部隊にいるような、屈強な猛者に違いないだろう。

「では、私たちは周辺の探索をしつつ、高架橋に向かうが、キミはどうするかね?」

 支配人がプロデューサーに尋ねた。
 プロデューサーは鞄の持ち手をいっそう強く握りしめて答えた。

「最後まで見届けますよ」

 なんとなくではあったが、気になったのだ。
 その女性が。

 おそらくは屈強な、猿より大きい類人猿タイプであろう女性――ではなかった場合の可能性が。

 か弱い女性が何らかの理由で追っていったのだとしたら……プロデューサーには関係のないことのはずなのに、どうしても気になってしまった。

 すっかり暗くなってしまった空を見上げて、プロデューサーはつぶやく。

「この騒動に決着をつける手柄は、果たして誰のものかな……」


 ***

「まゆのです!」

 高架橋の上、その真ん中で、とうとう猿の前に立ちはだかったまゆは、息を切らせながらも大きな声で宣言した。

「いいですか、その紙袋は、プロデューサーのために用意した、まゆのものなんです。その中身は――」

「キィ……」

 まゆの異様な迫力を前に、猿は恐怖を覚え始めていた。

「その中身は、プロデューサーのものなんです。返してください」

 ゆっくりと、力のこもった声で猿に語りかける。
 猿は高架橋の手すりに上り、臨戦態勢を取る。

「……お願いだから、返して」まゆの声がわずかに震えた。


 次の瞬間、猿に向けてスポットライトのように光が当たった。

「キーッ!」

 驚いた猿は、その拍子にプレゼントを落としそうになる。
 まゆは心臓が止まるかとも思ったが、なんとか猿の手元に紙袋はぶら下がったままだ。

 周りを見てみると、屈強な男たちが投擲網や刺又、照明機、挙句の果てには銃らしきものまで構えている。

(ど、どういうことなの……)

 事情が全く呑み込めない。
 自分と猿を取り囲む異様な部隊がいったい何なのか、そんなことを冷静に考えるほどの余裕は今のまゆにはない。

 なんだか、猿もこの部隊も、全てがまゆのプレゼントを狙っている、そんな気がした。

(おかしい、おかしいですよぉ……あのプレゼントはプロデューサーさんへ渡すものです)
(まゆの愛はたしかに詰まってますけど)
(人類を滅ぼすウイルスでもなければ、世界を救う聖杯でもないんですよぉ……)

 膠着状態を続ける猿と部隊の間にあって、まゆのまとうオーラが急激に緊張感を増した。

「……まゆは、プロデューサーに喜んでほしいだけなんです」

 そのつぶやきは、その場にいた誰の耳にも入らない。
 代わりに、まゆの内に秘めた情愛の中でも、特に切っ先の鋭いものが呼び覚まされ、久しぶりにその目に宿る。

 まゆはゆっくりと顔を上げ、部隊を見まわす。
 場の空気が変わる。誰もがその目に射抜かれた。

 そうして、最後にプレゼントを持った猿に向けて、その視線を貫き通す。

「……あなたたち、邪魔」


 猿はすくみ上った。
 その一瞬の隙を逃すまいと、まゆの後ろから、猿の背後から、怒涛の勢いで部隊が猿へと駆け寄っていく。

 まゆは、刺又や網が入り乱れる、そのただ中で、プレゼントに向けて走った。
 それしか見えていなかった。
 だが、足が思うように動かない。
 限界だった。

 猿は部隊によって取り押さえられ、その手に持っていた黒い紙袋は宙に放り出された。

 その軌跡を追って、まゆはやっとのことで足を動かし、高架の欄干に身体を預ける。
 その紙袋が高架の下に落ちていく様は、ひどくゆっくりとして見えた。
 まゆが伸ばした手も空しく、紙袋は高架下を通る軽トラックの荷台の上にふわりと着地した。

 暗がりの中、かろうじて読めた「つくば」ナンバーの軽トラックは、そのまま高架下を通る道路のはるか先へと消えていった。

「あぁ……プレゼントが……」


 ***

「あぁ! プレゼントが!」

 プロデューサーは大慌てで、鞄を自分の体より高く掲げ、すごい勢いで突撃していく部隊の渦中で、必死にまゆへのプレゼントを守った。

 高架橋に続く階段の中ほどで部隊の後方に合流していたプロデューサーは、猿周辺で何が起こっているか、全くわからないまま、突然の激流に巻き込まれたのである。

 全てが通り過ぎた後、騒ぎの中心である猿から少し離れたところで、プロデューサーは「ふぅ」と安堵した。

 目の前の道路を、軽トラックが走り去っていく。

 そこへサーカスの支配人が近づいてくる。

「ご苦労様だった。おかげさまで、無事にアヤツを保護することができたよ。礼を言おう」

「いえ、僕は何もしてませんから」

「ほう、知らないのか」

「はい?」

「なら、今回の件の最大の功労者の元に案内しよう。キミも良く知っている方のはずだ」

 支配人が何を言っているかわからないまま、プロデューサーはとりあえず連れられるままに、高架橋上の人だかりの中心に向かう。

 そうしてそこで、自分の目を疑った。


 飼育員たちから代わるがわる感謝の言葉を述べられて、握手をせがまれているのは、自分がおそらく誰よりもよく知っているアイドル、その人であったからだ。

 彼女はひとりひとりにいつも通りの笑顔で対しているが、その笑顔の内にある心は泣いているらしい。

 それがプロデューサーにはよくわかった。
 だから、思わず駆け寄った。
 できるだけ、優しい声を意識して、その名を呼ぶ。

「まゆ」

 その声を聞いて、佐久間まゆはすぐさま振り返った。

「プロデューサー……さん?」

 すると、笑顔を貼りつけたその目から、ポロポロと涙が零れ始めた。


(あぁ、何度目だろうか、彼女の涙は)
(昔は全く見せなかったそれも、僕を信頼してくれるようになってから、何度か見せてもらったね)

 周囲が戸惑いを見せる中、プロデューサーは彼女のそばにそっと立った。

(その涙だって美しいよ。でも――僕は見ていて辛い)

「あれ? まゆ、もしかして泣いちゃってます?」

 少し屈んで、まゆに視線を合わせて、プロデューサーは微笑んだ。

「うん、涙が出てる。…………どうした?」

「まゆ、プレゼント、用意してたんです……」

「プレゼント?」

「はい、プロデューサーさんの」

 そう言いながら、まゆは自分の涙を必死にぬぐった。


「やっぱり、泣いちゃってますね、まゆ」

 プロデューサーはゆっくりとうなずいた。

「いつも、もらってばかりで、何もしてあげられてないですから……
「喜んでほしくて……用意したんですけど……うっ、ぐすっ」

 ますます涙が零れてくる。
 それでも、まゆは続ける。

「落としちゃって……がんばって追いかけたんです。でも……ごめんなさい」

 周りの人々はみな神妙な面持ちで聞いていた。
 プロデューサーの目も心なしか潤んでいる。
 しかし、優しいまなざしはそのままだ。

「まゆ、ありがとな」

 プロデューサーはまゆの頭を撫でた。


「いつももらってばかりなのは僕の方さ」
「まゆの可愛い姿、いじらしい姿、元気な姿、仕事に真剣で、人に優しくて、たまに周りが見えなくなるくらい一生懸命になる、そんなまゆに」
「僕はいつも生きる力をもらってばかりだよ」

 まゆはうなずきながら聞いている。

「ここにいる俺たちだって」

 周囲から、努めて明るくしようとする声が飛んだ。

「佐久間まゆちゃんだろ! いつもテレビで応援してるよ!」

「おう、いっつも元気もらってるぜ、俺もよ」

 様々な声援が飛び交い、高架上はにぎやかになった。

 まゆは少し驚いたような表情で顔を上げる。
 目の周りが赤くなってしまっているのも、周りのファンたちには可愛く見えていることだろう。

 思わずプロデューサーも笑顔になった。

「ほら、聞いただろ、こんなにもまゆからもらっている人がいる。だから、謝らなくてもいいんだよ」
「何もしてあげられてない、なんてことはない。僕も、ここにいるファンの皆様も、みんなそう思ってる」

「はい」

 まゆの涙が止まる。


「それに、今日はまゆの誕生日だ。ちゃんと主役らしく、プレゼントを受け取らなくちゃ」

 プロデューサーは鞄の中から小さな可愛らしい包みを取り出す。
 包みの角が一つ、クシャっとなってしまっていることに気づき、少し慌てた。

「あぁ、ごめん……ずっと鞄の中に入れてたから、さっきの騒ぎでちょっと不格好に!?」
「あぁ、でも、中身は絶対きれいなままだから、その、嫌がらずに受け取ってくれると嬉しい」
「たぶん、あぁいや、自信あるけど、気に入ってくれると思う。えっと」

 この段になって、急にしどろもどろになるプロデューサーを見て、むしろ周囲がやきもきし始める中、まゆはなんだかとてもおかしくなってきた。

「ふふっ、うふふ。ありがとうございます、プロデューサーさん。そして、みなさん!」

 まゆに笑顔が戻った。

 周囲に歓声が上がる。そして、誰ともなく、メロディが流れ出した。



「ハッピーバースデー、とぅーゆー」


「ハッピーバースデー、でぃあ、まゆちゃん」



 高架上の合唱の中、まゆは周囲を見回して、深く一礼した。
 さっきまでの涙は消え、少し赤みを帯びた頬にはすっかり笑顔が戻っている。

 そして、まゆは真っすぐとプロデューサーに向き直し、小さな声で言う。

「でも、せっかくのプレゼント、プロデューサーさんに渡したかったな」

 プロデューサーが応えた。

「めぐりめぐってちゃんと届いているよ、まゆの気持ちは。みんなのところへ、僕の胸へ」


以上となります。
お読みくださった方々、ありがとうございました。
本作は後日、別の媒体でも公開する予定です。
また、続編のようなものも近いうちに出せたらいいなぁ、と思っていますので、機会がありましたらよろしくお願いいたします。

まゆ、誕生日おめでとうー!

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