佐久間まゆ「悪い人でよかった」 (195)


・モバマス・デレマス・デレステのSSです
・キャラの独自設定があります
・微グロ・微エロな表現があります
・人を選ぶ話かもしれませんのでご了承ください


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504717686


P「……まゆが最近、事務所に来ない?」

輝子「そ……そうなんだ、親友……」

乃々「し、仕事にはちゃんと来るんですけど……」

輝子「頑なに事務所には、来ようとしない……。な、なんでだろうな?」

P「言われてみれば、最後に事務所でまゆを見たのは……」

乃々「ず、随分前な気がするんですけど……」

P「……気付かなかった」

輝子「な、なにか心当たりはないか? なんだか心配なんだ……」

乃々「わ、私からもお願いするんですけど……。まゆちゃんがいないと、机の下がまゆさん分だけ寂しいんですけど……」

P「……分かった。気にかけておくよ」


ちひろ「そういえば、最近見ませんねぇ。まゆちゃん」

P「……はい」

ちひろ「まゆちゃんって……」

P「はい?」

ちひろ「まゆちゃんっていつでもPさんの隣にいる印象だったんですけどねー」

P「そ、そうですね」

ちひろ「Pさんのこと、大好きですもんねー」

P「そ、そうらしいですね……」

ちひろ「なにか心当たりはないんですか?」

P「送迎の車の中ではいつも通りですよ。番組の台本読んだり、撮影のイメージをしてたり、リボンを結んでたり……」

ちひろ「リボン?」

P「知りませんでしたか?」

ちひろ「そんなことしてるんですね。初耳ですよ」

P「落ち着くらしいんです。まゆなりのリラックス方法なんだって言ってました」

ちひろ「へー」

P「次にまゆに会うのは……」

ちひろ「三日後の送迎のときですね。それまでに事務所に来なければ、ですけど」

P「そうですか……」

ちひろ「……」

P「……」

ちひろ「……」


P「ちひろさ……」

ちひろ「分かってます。分かってますよ。Pさん」

P「え?」

ちひろ「はい。女子寮のマスターキーです。これがあれば自由に出入りできます」

P「え、で、でも……」

ちひろ「それを頼みに、私のところに来たんでしょう? どうぞ、持って行ってください」

P「……」

ちひろ「……いいですか。あなたが負い目を感じる必要はないんです。担当してるアイドルの不調に気付けなかった。そのことで落ち込んでるんですか?」

P「……そんなことは」

ちひろ「じゃあ、なんでそんな情けない顔してるんですか」

P「……情けない顔、してますかね?」

ちひろ「元から辛気臭い顔でしたけどね。今は拍車をかけて辛気臭いです」

P「……はは」

ちひろ「乾いた笑い。それも減点ですね」

P「……」

ちひろ「……大丈夫ですよ」

P「……根拠は?」

ちひろ「あら、自分の担当アイドルを信じるのに、いくつか理由が必要ですか?」

P「……そうですよね。言う通りです」

ちひろ「……なにを怖がってるんですか。らしくないですよ」

P「……」

ちひろ「……」

P「……行ってきます」チャリン

ちひろ「はい。精々、後ろから刺されないようにしてくださいね。Pさんの仕事はまだ残ってるんですから」

P「……そんな心配はしてませんよ」バタン

ちひろ「……」

ちひろ「……ふぅ」

ちひろ「……」

ちひろ「あーあ。いつからこんなに感傷的になっちゃったかなー、わたし」

P「……」コンコン

P「……」

P「……まゆ?いるのか?」コンコン

P「……開けてくれないか?」

まゆ「……Pさん、ですよねぇ?」

P「あぁ、そうだ」

まゆ「どうやって寮に入ったんですかぁ? ここは男子禁制ですよぉ?」

P「……まゆと話がしたかった、から……」

まゆ「ちひろさんですねぇ?」

P「……そうだ」

まゆ「……」

P「まゆ、ちひろさんを責めないでくれ。俺が無理を言って頼んだんだ」

まゆ「……分かってますよぉ」

P「……まゆ」

まゆ「……ちひろさんも、そう。私と同じ……」ボソッ

P「まゆ? なんて言ったんだ? 扉越しで聞こえにくいんだ」

まゆ「なんでもないですよぉ」

P「なんでもないことないだろ……」

まゆ「そう思うなら、持ってる鍵で入って来たらどうですかぁ? どうせ開けられるんですよねぇ? なんで入ってこないんですかぁ?」

P「……入っていいのか?」

まゆ「どうでしょうねぇ?」

P「どうでしょうねって……」

まゆ「好きなようにしたらいいじゃないですかぁ。あの時、私がされたみたいに」

P「……!」

まゆ「構いませんよぉ? なんなら入ってきて、そのまま強引に私を押し倒しても」

P「まゆ」

まゆ「昔から言ってるじゃないですかぁ。私、Pさんになら犯されたって……」

P「やめろ!!!」

まゆ「……」

P「やめてくれ……。そんなこと、言わないでくれ……」

まゆ「……」

P「まゆのしてほしいことなら何でもしてやる……。だからそんなこと……」

まゆ「いま」

P「え?」

まゆ「なんでもって、言いましたねぇ? Pさん?」

P「……え?」

まゆ「ついさっき、言いましたよねぇ? それともお得意の嘘ですかぁ?」

P「嘘じゃない! 本当だ!」

まゆ「本当に本当?」

P「ああ、本当だ」

まゆ「じゃあ……」キィ

P「!」

P「まゆ、開けてくれたのか……」ガチャ


P「……」

P「……え?」

まゆ「うふふ……。Pさぁん、なに驚いてるんですかぁ? さっさと入ってきてくださいよぉ」

P「ま、まゆ、その格好は、」

まゆ「あ、これですかぁ? 自分では似合ってると思うんですけど……」

P「ふ、服を」

まゆ「目、逸らさないでください……。ちゃんと私を見て……」ダキッ

P「!」

まゆ「うふふ、体、びくってしましたねぇ……。かわいいです、Pさん……」

P「う、うああ」

まゆ「ほら、見てください……。髪留めのピンクのリボン。手首足首に巻いた朱色のリボン。それと……、胸元の真っ赤なリボン……」

P「まゆ、やめてくれ……」

まゆ「やめませんよぉ? ほら。ドア、閉めちゃいますねぇ?」バタン

P「!」

まゆ「それに、うふふ、実は鍵、もう一つあるんですよぉ? 自分で付けたものなんで、ほら、こうやって二つとも鍵をかけちゃえば……」ガチャ、ガチャリ

P「おい、まさか……」

まゆ「はい、これで誰もこの部屋には入ってこれませんねぇ?」

P「嘘だろ、まゆ……」

まゆ「嘘じゃないですよぉ? 私はPさんと違って、正直ですから……」

P「…………まゆ……」


まゆ「ちなみに、取り付けたほうの鍵はダイヤル式です……。番号を知ってるのは私だけなのでぇ……」

P「俺を監禁するつもり……なのか?」

まゆ「監禁なんて……。私はPさんが話がしたいって言うから、言う通りにPさんを部屋に入れただけですよぉ?」

P「じゃあ鍵の番号を……」

まゆ「…………Pさぁん?」

P「……!」ゾクッ

まゆ「Pさんは何をしにここに来たんですかぁ? 私と話をするためって言っときながら、私、まだPさんと全然お話ししてませんよぉ?」

P「ま、まゆ……」

まゆ「なのにもうここから出ることしか考えてない……。これじゃまるで、」

P「まゆ……、俺が悪かった、悪かったから……」

まゆ「これじゃまるで、私が悪者みたいじゃないですかぁ? ねぇ、Pさん?」

P「…………まゆ……」

まゆ「まゆ、まゆ、って。さっきから私の名前、いっぱい呼んでくれる……。嬉しいです……、Pさん……」

P「……」

まゆ「ねぇ? もっと呼んで? 耳元で囁いて? もっと。もっと、『まゆ』って……。ほら……」ギュッ

P「お、おい……、抱き着くな……」

まゆ「なんでですかぁ? スーツに皺が出来るから?私が魅力的じゃないから?それとも……」



まゆ「私が凛ちゃんじゃないから、ですかぁ?」


P「!!!」


まゆ「うふふ……。Pさん、隠し事が苦手ですもんねぇ。全身が一瞬で強張ったのが伝わってきましたよぉ……? Pさんの胸板、大きくて逞しい……」

P「な、なんでそれを……」

まゆ「ほら、どうですかぁ? 凛ちゃん程じゃないですけど、私も結構あるんですよぉ?」ムニュ

P「あ、な、ああ」

まゆ「普段は少し締め付けが強い服を着てるから、脱いだら見た目より大きいんです……。それに私、他の人より柔らかいらしいですよぉ? まあ、他の人の胸なんか触ったことないから、本当かどうか分からないですけど……」

P「あああ、ああ」ペタン

まゆ「あらら、Pさん、座りこんじゃいましたねぇ。疲れちゃいましたかぁ?」

P「やめ……、やめて……」

まゆ「大丈夫ですよぉ?ここには誰も入ってこれませんから……。誰もPさんを苛めたり、責めたりしません……」

P「ゆるして……、ゆるしてくれ……」フラフラ

まゆ「許すも何も……。私は最初からPさんに怒ってなんかいませんよぉ?」

P「……え?」

まゆ「最近事務所に行かないのは、あそこじゃ集中できないからです……。ほら、台本とか確認するにはちょっとうるさいんですよねぇ」

P「そ、そうだったのか……? じゃあなんで……」

まゆ「なんで?なにがなんでなんですかぁ?」

P「……いや、なんでも、ない」

まゆ「うふふ、変なPさん。でもそんなところも素敵……」ギュウ

P「…………」

まゆ「♪」

P(俺は……どうすればいいんだ……)

P(誰か、教えてくれ……)



ちひろ「……なんでここにいるんですか?」

輝子「……フヒ」

乃々「……」

ちひろ「……そこ、私の机の下ですよ? Pさんの机は隣ですけど」

乃々「……し、知ってますけど……」

ちひろ「じゃあなんで?」

輝子「……ちひろさんなら……何か知ってるんじゃないかって……乃々ちゃんが」

乃々「えぇ……言ったのは輝子ちゃんだったと思うんですけど……」

ちひろ「……まゆちゃんのことですね?」

輝子「フヒ、流石ちひろさん……。察しがいいな……」

乃々「な、何か知ってるんじゃないですか……? 最近、事務所に来ないことについて……」

ちひろ「どうしてそう思うんですか?」

輝子「そ、それは……」

乃々「なんというか……」

ちひろ「?」

輝子「ちひろさん、だから……?」

乃々「そんな感じです、はい……」

ちひろ「……知りませんよ。私は、何も」

輝子「ほ、本当か? ならいいんだけど……」

乃々「……隠したり、してませんよね」

輝子「の、乃々ちゃん……。知らないって言ってるんだから……」

ちひろ「……」

乃々「分かってます……。分かってるんですけど……」

輝子「ど、どうしたんだ……?」

乃々「……ちひろさん、目を合わせようとしてきません」

ちひろ「……!」バッ

乃々「!」パッ

乃々「や、やっとこっち向きました……。なので私は目を逸らすんですけど……」

輝子「ちひろさん……?」

ちひろ「……」

乃々「……仕事の邪魔して、怒るのも無理無いと思うので……。私たちはここで帰らせていただくんですけど……」ノソノソ

輝子「の、乃々ちゃん、待ってくれ……」ノソノソ

ちひろ「…………」

ちひろ「……二人とも」

輝子「……?」

乃々「……な、なんですか」クル

ちひろ「……二人はまゆちゃんのこと、どう思ってます?」


卯月「……凛ちゃんですか?」

加蓮「そう。最近ちょっと元気が無いように見えるの」

奈緒「二人は何か心当たり無いか?」

未央「うーん。と言っても……」

卯月「最近はニュージェネでの仕事も無いので、プライベート以外は殆ど顔を合わせてないんですよね……」

未央「最後に会ったのは……二週間くらい前だったっけな。特に変わった様子は無かったと思うんだけど」

加蓮「そう……」

卯月「凛ちゃん、なにか悩みでもあるのかな……」

奈緒「直接聞いても『何でもない』の一点張りでさ。別に特別落ち込んでるわけじゃなさそうなんだけど……」

加蓮「表情に影があるというか。時々考え事してるみたいで周りの声に反応しなかったりするんだよね」

未央「ふーむ。それは心配ですな」

加蓮「うん。それで二人に聞いてみたんだけど」

卯月「ごめんなさい……。力になれなくて」

奈緒「いやいや! 二人が悪いわけじゃないからな!」

加蓮「そうだね。誰が悪いって言ったら、凛が一人で溜め込んでるのが悪い」

未央「全くだよ。こんなに思ってくれる仲間が沢山いるというのに!」


卯月「……あ」


未央「ん? どしたしまむー?」

卯月「いえ、あ、でも、言っちゃっていいのかな……」

奈緒「なんか思い当たることがあったのか!?」

卯月「……はい。関係ないかもしれないんですけど……」

加蓮「些細なことでもいいよ。教えて?」

卯月「でも……」

未央「でも?」

卯月「多分凛ちゃんは、このことを黙っててほしいと思うんです……」

奈緒「な、なんだよそれ。口止めされてるのか?」

卯月「いや、そういうわけじゃないんですけど……」

奈緒「じゃあ言ってくれても……」

加蓮「奈緒。そんな無理言っちゃ駄目だよ。誰にでも秘密はあるもんでしょ? 奈緒だって小学四年まで一人で髪の毛洗えなかったこと、誰にも知られたくな
いよね」

奈緒「そ、それもそうだ……って加蓮!? なんでそのこと知ってんだ!?」

加蓮「えー? この前奈緒ん家行ったときにお母さんから教えてもらったの。なんか仲良くなっちゃってさ。連絡先まで交換しちゃった」

奈緒「はああああ!?何やってんだ母さん!」

加蓮「ちなみに奈緒の可愛い写真と引き換えに恥ずかしい過去を教えてもらってる。他にはねー……」

奈緒「だああああ! 今その話は関係ないだろ! というか忘れろ! 記憶から消せ! 削除しろお!」

加蓮「できませーん。一度見ちゃったものは忘れるまでに時間がかかるもんなんだよ? それが面白いこと、衝撃的なことだったらなおさら、ね」


卯月「…………そうなんです」


奈緒加蓮「へ?」

未央「しまむー?」


卯月「あ、その、やっぱりちゃんと話したほうがいいかなって……」

奈緒「む、無理しないでいいんだぞ?」

加蓮「そ、そうそう。さっきのは奈緒の場合だけの話で……」

卯月「……それでもやっぱり、凛ちゃんが落ち込んでるのはほっとけません。私の見たことがその解決の糸口になるなら……」

未央「しぶりんは今、仕事中?」

加蓮「スケジュール的に、そうらしいね。携帯も繋がらないし……」プルルルル

未央「仕事中なら仕方ないかなー」

奈緒「本人の口から聞くのが一番なんだけどな……」

未央「本人が言いたくないようなこと、なんだよね?」

卯月「はい……」

奈緒「……」

加蓮「……」

未央「……うーむ」

卯月「……」

奈緒「……私は聞きたいと思う」

加蓮「奈緒……」

奈緒「自分が知られてほしくないことを他人に知られてるのは、弱みを握られてるみたいで気持ちのいいもんじゃないけど……。それでもそれが凛の為になる
かもしれないなら、私は知りたいと思うんだ。友達だし、な」

加蓮「……うん。私もそう思う。このままじっとしてるなんて、ね」

未央「……仕方ないですなー。こうなったら皆で共犯者になりますか!」

卯月「共犯者……ですか?」

未央「そ。しぶりんにとって他の人に知られてほしくないところを、しぶりんはもう見ちゃったんでしょ? じゃあしょうがないよ。それなら一人で抱え込ま
ずに、話しちゃえってこと。しぶりんの為になるかどうかは分かんないけど……、ま、思い違いだったら土下座でもなんでもしますよ。しぶりんの為なら、安
い安い」

加蓮「共犯ってことは、私もしなきゃいけないってことかー」

奈緒「今更土下座くらい。凛にはいくらでも恥ずかしい目に合わされたからな。どおってことないさ」

未央「っていうこと。さ、しまむー。言っちゃいな」

卯月「三人とも……ありがとうございます」

奈緒「考えてみりゃ、私だって凛の恥ずかしい話の一つや二つは知ってていいもんな」

加蓮「ふふっ。そうだね」

未央「これこれ二人とも。しまむー様が話されますぞ。静かになされ」

加蓮奈緒「は、ははー」

卯月「あの、で、では話します……」

加蓮「……」

奈緒「……」

未央「……」

卯月「あれは……久しぶりに凛ちゃんと番組の仕事をした後のことでした……」


まゆ「……Pさぁん?」

P「……どうした、まゆ?」

まゆ「うふふ、なんでもないです……」ギュッ

P「……寒くないか? 何か上に羽織るものでも……」

まゆ「大丈夫ですよぉ……? 私はPさんの隣にいるだけでぽかぽかするんです……」

P「そ、そうか……」

まゆ「うふふ……」ギュッ

P「…………」

P(あれから、俺はまゆに抱き着かれたまま、何もできずにいる)

P(……くそ)

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「どうかしましたかぁ?」

P「最近事務所に顔を出さない理由は分かった。俺はそのことを話しに来たんだ」

まゆ「……」

P「事務所が集中できないなら、対策するよ。小さい子にはなるべく騒がないように言っとくし……」

まゆ「……」

P「だから、なぁ。とりあえず抱き着くのをやめてくれないか? 動けないと色々と不便だし……」

まゆ「……お手洗いにでも行きたいんですかぁ?」

P「……あ、あぁ」

まゆ「残念ですねぇ……。私の部屋、お手洗いの水道が壊れちゃってるんです」

P「じゃあ普段はどうしてるんだ?」

まゆ「共有スペースのを使ってるんです」

P「……不便だな。ちひろさんには報告したか……って事務所に来てないんだったな」

まゆ「壊れたのもつい二、三日前だったんで……」

P「……じゃあ」

まゆ「…………仕方ないですねぇ。行ってきてください」ガチャ、ガチャリ

P「あ、ありがとう」

まゆ「私はここで待ってますねぇ……? もっとPさんと、お話ししたいですから……」

P「……あぁ」バタン

まゆ「…………行きましたかぁ」

まゆ「…………」

まゆ「……うふふ、うふふふふふ」


P「……」

P(やけにあっさり出してくれたな……)

P「……これからどうしようか」

?「あーっ! Pさん! なんで寮にいるんですか!」

P「……やけに響くこの声は」

茜「私です!」

P「ちょうどよかった。茜。ひとつ頼まれてくれないか」

茜「なんですか! Pさんの頼みならお安い御用です!」

P「流石、頼もしいな」

茜「あ、でも、そんなに複雑なことはできませんよ!」

P「大丈夫だ。ちひろさんのところに行って、まゆは大丈夫だって伝えてくれ。そう言えばたぶん分かってくれる」

茜「まゆちゃんですか?」

P「ああ」

茜「もしかして風邪でも引いてしまったんですか!? お見舞いに行かなければ!」

P「だから大丈夫だって。そのために俺が来たんだから」

茜「そうでしたか!なら安心です!」

P「あ、それと、まゆの部屋のトイレの水道が壊れてるってことも伝えてくれ」

茜「壊れてるんですか! 大変ですね!」

P「ああ。俺も直接見たわけじゃないが……」

茜「分かりました! では行ってきます!」ダッ

P「あ、おい!」

茜「うおおおおお! ボンバーーーーっ!」ダダダダ…

P「……行っちまったか」

P「さて……あとやらなきゃいけないことは……」ピッ

P「……」プルルル

P「…………もしもし?」


輝子「ま、まゆちゃんのこと?」

乃々「……」

ちひろ「そうです。まゆちゃんのことについて知りたいんでしょう?だったら教えてください」

乃々「……それは、何か関係あるんですか……? まゆちゃんが事務所に来ないことと……」

ちひろ「いいえ。直接は関係しません」

輝子「じゃあ、なんで……」

ちひろ「単純に興味があるんです。輝子ちゃんと乃々ちゃんが、まゆちゃんのことをどう思っているのか。どのような人だと感じているのか。それに……」

乃々「それに?」

ちひろ「私だけが一方的に情報を提供するっていうのも、不平等でしょう?」ニッコリ

乃々「……」

輝子「…………さ、流石ちひろさんだな……。ただでは教えてくれないってさ、乃々ちゃん……フヒ」

乃々「まあそんなことでいいなら……」

ちひろ「そんなことって言い方はないでしょう? 私はこのプロダクションの事務員ですから。アイドル達の円滑な関係作りも仕事の一つですよ」

輝子「び、敏腕だな……」


乃々「…………まゆちゃんは、大切な友達です」

輝子「……乃々ちゃん」

ちひろ「……続けてください」

乃々「……最初に私がこの事務所に来た時には、私はダメダメだったんですけど……。レッスンをさぼろうとしたり、ダンスを覚えられなかったり……。まあ
今でもそんな感じですけど……」

輝子(確かに……)

乃々「でも昔に比べて少しは強くなったと……思うんですけど……。それはPさんの指導のおかげでもあり、事務所の皆さんの温かさのおかげでもあり……」

ちひろ「……」

乃々「……なによりも、こんな私と一緒にユニットを……アンダーザデスクを組んでくれた……。まゆちゃんと輝子ちゃんのおかげ……。心からそう思うんで
すけど……」

輝子「…………私も同じ気持ちだぞ、ちゃん……」

乃々「……輝子ちゃん」

輝子「私はじめじめした日陰者だった……。そんな自分は嫌いじゃなかったけど……、もう一人の自分はどこか場所を探していた……」

ちひろ「……」

輝子「光がないと、影は出来ないもんな……。アイドルになって私も少しだけ、照らされた……。時には誰かを照らし、誰かを守る影を作る……。そんな存在
になれた……。でもそれは一人じゃできなかった……」

輝子「トモダチがいてくれたからだ……。まゆちゃん乃々ちゃんのことは、私にとって大切にしたいシンユウなんだ……」


ちひろ「……いい話ですね」


乃々「な、なんか顔が熱いんですけど……」

輝子「な、慣れないことはするもんじゃないな……フヒヒヒ」

ちひろ「それぞれが互いのことを想い合った団結力、それをパフォーマンスに昇華することができる確かなポテンシャル……。流石Pさん。アンダーザデス
ク、つくづくいいユニットですね」

乃々「ちひろさん……」



ちひろ「……でも、果たしてまゆちゃんはそう思っているでしょうか?」

輝子「……ど、どういうことだ?」

ちひろ「いえ、意地悪を言うつもりじゃないんですよ? ただ……」


茜「うおおおおおーっ!!! ボンバーっ!!!」バターン

乃々輝子ちひろ「きゃああああっ!?」

茜「ちひろさん、お疲れ様です!っと乃々ちゃんと輝子ちゃん! お取込み中でしたか! 失礼しました!」

ちひろ「あ、茜ちゃん。扉を開けるときはちゃんとノックしましょうね?」

乃々「心臓が止まると思ったんですけど……」

輝子「太陽が来た……フヒヒ」

茜「すいません! 走ってきたら止まらなくなりまして! そのままボンバってしまいました!」

ちひろ「そもそも事務所の中で全力疾走しないでください……。で、私に何か用ですか? 茜ちゃんの今日のスケジュールはもう終わってるはずなんだけど」

茜「はい! Pさんから伝言を受け取りました!」

ちひろ「Pさんから……? それはどこで?」

茜「女子寮です!」

乃々「女子寮……!?」

輝子「な、なんで……?」

ちひろ「……で、Pさんは私になんと?」

茜「はい!『まゆちゃんは大丈夫だ』と!そう言えば分かるらしいです!」


乃々輝子「!!!」


ちひろ「……そうですか。分かりました」

乃々「あ、茜さん!」

茜「おっと、乃々ちゃんのそんな大きな声を聴くのは初めてかもしれませんね! どうしましたか?」

乃々「まゆちゃんと会ったんですか!?」

茜「いえ、私自身は会ってませんが……あの口ぶりだとPさんは会ってたんじゃないですか?」

輝子「女子寮は男子禁制のはず……」

茜「まゆちゃん、病気なんですかね? そういえば最近、事務所で見ない気がします!」

乃々「……ちひろさん、どういうことですか?」

ちひろ「…………ふふふ。そんなにまっすぐな目の乃々ちゃんは珍しいですね」

乃々「誤魔化さないでほしいんですけど」

茜「んん? なんだか空気が重くないですか?」

輝子「茜さん……ちょっと静かにしててくれるか……? 大事なところなんだ……」

茜「了解です……!」

乃々「……女子寮に入るには専用の鍵が必要……。それも二十四時間体制で監視されてるはず。つまりアイドル以外が女子寮に入るには、ちひろさんが持って
るマスターキーを手に入れ、かつちひろさんの許可がないと……」

ちひろ「そうですよ。私がPさんにマスターキーを渡しました。頼まれたので」

乃々「隠してたんですか?」

ちひろ「まさか。今から話すつもりでしたよ。Pさんはまゆちゃんに会いに行ったから、まゆちゃんのことは心配しなくていいって」

乃々「……本当ですか?」

ちひろ「ほんとですって。ほら。今回はちゃんと目を合わせてるでしょう? 嘘をついてるように見えますか?」

乃々「……分かんないですけど。普段、人の目を見て話したりしないので」フイッ

ちひろ「あら。もったいないですね。そんなに綺麗な瞳なのに」


乃々「今もまだPさんは女子寮にいるんですか?」

茜「どうでしょうか……! 伝言を貰った後、一目散にここへ来たので……!」

輝子「茜さん……無理して声を抑えなくていいんだ……」

茜「そうでしたか!!!」キーン

輝子「……フヒ」

ちひろ「まだいるんじゃないですか? ここに戻ってきてないってことは」

乃々「……」

ちひろ「行ってきますか? 別にいいですけど、Pさんと一緒のまゆちゃんが、果たして話を聞いてくれますかね?」

乃々「そんなの、やってみなきゃ分からないんですけど」ガチャ

輝子「乃々ちゃん……」

輝子「……ちひろさん。最後に一つだけ、いいか?」

ちひろ「……なんですか? 早くしないと乃々ちゃんが行っちゃいますよ」

輝子「手短に済む、と思う……。ちひろさん。ちひろさんは、味方だよな?」

ちひろ「……当たり前じゃないですか。私は皆の味方ですよ」

輝子「……よ、よかった。…………でもその言い方……」

ちひろ「?」

輝子「…………ちひろさんにとっての『皆』の中に、まゆちゃんや乃々ちゃんが入ってると、私はすごくうれしいんだけどな……フヒヒ」バタン

ちひろ「……ふぅ」

茜「あのー。何の話をしてたんですか?」

ちひろ「あぁ。大丈夫ですよ。それよりも伝言、わざわざありがとうございます」

茜「構いませんよ! お役に立てたようでなによりです!」ガチャバタン

ちひろ「……」



ちひろ「……さて、と」ピポパ

ちひろ「…………」プルルルルル

ちひろ「……あ、もしもし?私です」


まゆ「…………」

まゆ「あ、着信……」プルルルル

まゆ「……」プルルルル

まゆ「……」プルルルル

まゆ「……」プルルルル、プツッ

まゆ「うふふ……誰にも邪魔はさせませんよぉ……」


未央「しぶりんが……!?」

加蓮「ぷ、プロデューサーと……!?」

奈緒「だ、だ、だだだ……抱き合ってたああぁぁぁ!?」

卯月「はい……」

加蓮「ちょちょちょ。それってほんと? 見間違いとかじゃなくて?」

卯月「見間違いじゃない、と思うんですけど……」

奈緒「まじかよ……」

未央「流石三代目。手が早いねー……って言ってる場合じゃないんだよね?」

奈緒「当たり前だろ! どっかの下品なゴシップにすっぱ抜かれでもしたら大変だぞ!」

加蓮「ちょっと待って。話を整理させて?」

卯月「わ、分かりました」

加蓮「こないだ……大体一か月前の番組収録の後、卯月と凛は挨拶を済ました。で、楽屋に戻ろうとしたんだよね?」

卯月「はい。そしたら凛ちゃんが『ちょっと用事があるから、先に楽屋に戻ってて』って言って、どこかに行っちゃったんです。トイレなのかな?って、その
時は思ったんですけど……」

未央「その時のしぶりんに、何か変化は無かった? いつもより雰囲気が暗かった、とか」

卯月「ごめんなさい……そこまではよく覚えてなくて……」

奈緒「凛は卯月が着替え終わっても戻ってこなかった……。着替えにはどのくらいかかったんだ?」

卯月「大体十分くらいだったと……。その日の収録はバラエティのゲストと番宣が主でステージは無かったから、衣装の着替えにそんなに時間はかからなかっ
たんです」

加蓮「いつまでたっても戻らない凛を不安に思って、卯月は探しに行った。そしたらPと凛の声がして……」

奈緒「隠れてこっそり見たら、二人が抱き合ってた……」

卯月「はい……。隠れて見るなんていけないことだと思ったんだけど……」

未央「仕方ないよ。そのまま見て見ぬふりをするのも勇気がいるし」

奈緒「何を喋ってたか聞こえなかったか?」

卯月「詳しくは聞き取れなかったんだけど、でも、怒鳴るような声じゃなかったです。いつもの凛ちゃんのような……」

未央「しぶりんはあれで結構情熱的だからなー。ぱっと見はクールだけど」

奈緒「というかさ、凛はPのことが……あー……そのぉー」

加蓮「え、気付かなかったの? 凛がPさんのこと好きだって」

奈緒「え?」

未央「いやいやかみやん……それはさすがに察しが悪すぎやしませんかね」

奈緒「ウソォ!? 皆知ってたのか!? そうだ、卯月も!?」

卯月「ごめんなさい、知ってました……」

奈緒「まじか……」


加蓮「というか逆に知らなかったんだね。あんなに露骨に態度変わるのに」

奈緒「えー? そうだったかぁ?」

未央「Pが来た瞬間にテンションが五割くらい上がる姿は、さながら主人を想う忠犬だよねー」

奈緒「待てよ……ということは。凛が元気無いのって、Pに告白して振られたからじゃないのか!?」

加蓮「そうだね。というかさっきからそういう話をしてるんだけど」

未央「かみやん……」

卯月「……」

奈緒「だあああああ! なんだよ皆して! 何も分かってなかったのは私だけってかあ!」



卯月「…………なにも分かってなかったのは私も同じです」

未央「しまむー?」

卯月「私、なにもしてあげられなかった。凛ちゃんは悩んでるはずなのに……私は見て見ぬふりをしたんです……」

加蓮「それは……」

卯月「しょうがなくないです。友達だもん……。それなのに、私は……」

奈緒「……私、Pに話を聞いてくる」

加蓮「奈緒!」

奈緒「だってさ! 少なくともPさんは全部知ってたはずなんだ! 凛の気持ちも……! なのになんで……」

未央「全部知った上で……ってことなんじゃない?」

加蓮「凛が元気ないっていうことは……十中八九振られたんだろうし」

奈緒「そんなの……、そんなの知ったことかよ!」

卯月「……私も行きます」

加蓮「卯月まで! ちょっと落ち着きなって!」

卯月「だって、何もしないまま見てるだけなんて……」

加蓮「それで問題がこじれちゃったら意味ないでしょ!」

奈緒「加蓮! さっきお前『このままじっとしてるなんて』って言ってたじゃんか! それなのにじっとすることを提案するのか!」

加蓮「それとこれとは話が別でしょ! 知ってるのと知らないのじゃ差があるってことくらい、分からないかな!」

奈緒「分かりたくもないな! そんな勝手な価値観なんか!」

加蓮「勝手なのはどっちの方!?」

卯月「ふ、ふたりとも……」

未央「ちょっとふたりとも! しまむーが困ってるでしょ! しぶりんの前に、まずは目の前の友達のこと考えるのが筋ってもんじゃないかな!」

奈緒「っ……」

加蓮「……」


未央「二人の気持ちはよーく分かるよ。私だって戸惑ってる。けどさ。私たちまで喧嘩してぎこちなくなったら駄目でしょ? まずは深呼吸、そっから話合お?」

奈緒「…………」スー

加蓮「…………」ハー

奈緒「……ごめん、カッとなってた」

加蓮「私も……ごめんね」

未央「……よっし。じゃ、どうしよっか?」

卯月「……番組の収録が終わるまで、まだちょっと時間があります」

加蓮「凛、事務所に寄ると思う?」

奈緒「どうだろ。今日はなんにも私たちと約束してないし……」

未央「直帰するかも? うーん……」

卯月「じゃあ、今から約束を取り付けましょう」

未央「今から?」

奈緒「メールでもするか?」

加蓮「なんて伝えようか? おいしいお菓子があるよーって?」

未央「そんな、かな子ちゃんじゃあるまいし……」

卯月「……いえ。私たちが行くんです」

未央「行くって……どこに?」

奈緒「もしかして、スタジオに?」

卯月「はい」

加蓮「さっきも言ったけど……それって大丈夫なの?」

卯月「……分からないです、けど……」

未央「けど?」


卯月「…………考えてみたら凛ちゃんってば水臭いですよ。私たちに何も話してくれないなんて。私たちがこんなに真剣に悩んでるのに……」

奈緒「あれ? 卯月?」

加蓮「なんかスイッチ入っちゃった?」


卯月「自分勝手なのは凛ちゃんのほうですよ!」

未央「おおっと」

卯月「私たち、友達なんだから! もっと信頼して話してくれてもいいのに! というか凛ちゃんには普段から言ってるんです! 『なにかあったらすぐに話
してね』って! 『私をお姉ちゃんだと思ってくれていいから』って!」

加蓮「いや、卯月をお姉ちゃんって言うには……」ボソ

未央「ちょっと頼りなさが……」ボソ

卯月「未央ちゃん? 何か言いましたか? 加蓮ちゃんも」ギロッ

未央加蓮「いえいえ何も言ってません」

卯月「……分かってますよ、私が頼りないなんて。でも、少なくとも私は、落ち込んでる凛ちゃんより元気です!」

奈緒「すごい自信の付け方だなぁ……」

卯月「こうなったら直接話を聞くまで帰れません! 私、行ってきます!」

未央「し、しまむー! 深呼吸! ほら吸ってー」

卯月「すぅー」

未央「吐いてー」

卯月「はぁー」

未央「……で、どうする?」

卯月「私、行ってきます!!」

未央「駄目だ。もう私ではこのしまむー神を止めることはできないよ」


加蓮「ど、どうするの?」

未央「……というわけで、多数決を取りたいと思います。行くか、待ってるか。挙手をお願いします」

奈緒「またいきなりだなぁおい」

加蓮「でもここには四人しかいないけど……半々に割れたらどうするの?」

未央「そうならないように特別に」

加蓮「特別に?」

未央「特別に卯月選手には両手を挙げる権利を与えるものとします」

卯月「がんばります!」

加蓮「ちょっと! それって実質……」

未央「文句は言いっこなし! はい! しぶりんをスタジオに迎えに行きたい人!」

奈緒「はい! 行く!」

卯月「はい! はい!」

加蓮「ちょっっっと!!! 結局私以外の三人全員挙げてるじゃん!」

未央「はい決定! 四対一でしぶりんお迎え隊結成が決まりました!」

卯月奈緒「いえーい!」

加蓮「……」

未央「……」

卯月「……」

奈緒「……」

加蓮「……未央?」

未央「……はい」

加蓮「……」ハァー

卯月未央奈緒「……」ドキドキ


加蓮「……しょうがないなぁ。共犯者、だっけ? なってあげるよ。私も」

卯月未央奈緒「あ、ありがとうございます!」

加蓮「ただし!」

卯月「……ただし?」

加蓮「……奈緒は今度私にポテトを奢ること」

奈緒「はああああ!? なんでまた私だけ!?」

加蓮「なんとなく」

奈緒「なんとなく!?」

未央「あー、なんとなくなら仕方ないなー」

卯月「勝ち取った物に比べたら安いもんですよ!」

奈緒「くっそ他人事だと思いやがって、覚えとけよ……!」

加蓮「楽しみにしとくねー」


茜「……おやおや皆さんお揃いで! お疲れ様です!」ヒョコッ

未央「おっ。曲がり角から誰かと思えば、茜ちん! お疲れさま!」

茜「賑やかでいいですね! どこか遊びに行くんですか!」

卯月「遊びに行くというより……」

加蓮「まあその足でポテト奢ってもらってもいいんだけど」

未央「スタジオにしぶりんを迎えに行くつもりなんだー」

茜「それはいいですね!」

未央「茜ちんは? レッスン上がったとこ?」

茜「いえ、Pさんにちひろさんへの伝言を頼まれたので! その帰りです!」

奈緒「Pが?」

卯月「珍しいですね、私たちに伝言を頼むなんて」

加蓮「ねー。しょっちゅう携帯で連絡取ってるのに」

未央「よっぽど忙しかったのかな?」

茜「いえ、そんなに忙しそうには見えませんでした!」

未央「あ、そうなんだ」

加蓮「……ちゃんと伝言できたの?」

奈緒「なんでそんな恐る恐る尋ねるんだよ」

加蓮「だって茜ちゃんって物覚えるの苦手そうだし……」ボソッ

奈緒「さらっと毒を吐くんじゃねえ」

茜「ご心配なく! 『まゆちゃんは大丈夫だ』と伝えるだけだったので!」

未央「あ、茜ちん」

卯月「えっとそれって、私たちが聞いていいことだったんでしょうか……?」

茜「…………まあ大丈夫なんじゃないですかね!」ペカー

奈緒「……そういうことでいいんじゃないか」


加蓮「まゆちゃん、何かトラブルでもあったのかな」

卯月「あ、そういえば加蓮ちゃんは……」

加蓮「うん。まゆちゃんとこないだユニット組んだところだから。ちょっと、ね」

未央「大丈夫ってPが言ってたんだったら大丈夫だって」

加蓮「……ん。そうだね」

奈緒「とりあえず今私たちは凛のことを考えないとな」

茜「凛ちゃん、なにかあったんですか!」

未央「最近元気ないらしくてね。茜ちんは何か知らない?」

茜「んー…………。すいません! 全く心当たりがないです!」

未央「そっかー……」

奈緒「なあ、そろそろ向かったほうがいいんじゃないか?」

未央「お、そうだね」

茜「おっと! 引き留めてしまったようで申し訳ありません!」

卯月「大丈夫ですよ!」

加蓮「ねえ、向かう前にお手洗い行っていい? スタジオ向かうんだし、ちょっとメイク直しときたいの」

奈緒「あ、じゃあ私も。ちょうど行きたかったんだ」

茜「あっ」

未央「? どしたの茜ちん」

茜「……もうひとつ伝言があるの忘れてました! もう一回ちひろさんの所に行ってきます! それでは!」ダッ

加蓮「やっぱり……」

卯月「こういうところが茜ちゃんらしいですよね」

奈緒「おーい、行くぞー」

加蓮「はいはーい」

未央「今行くよー」


茜(…………)ダダダダ

茜(…………)ダダダダ

茜(…………さっきの話。凛ちゃんがPさんと抱き合ってたって、本当ですかね?)

茜(…………もしかして、まゆちゃんのことと何か関係あるんでしょうか?)

茜(…………)ダダダダ

茜(…………考えすぎですかね!)


まゆ「……うふふ」

まゆ「うふふふふふふ」

P「……まゆ、俺だ」コンコン

まゆ「はい。今開けますねぇ」ガチャ

P「……」

P(……俺がいま出来る限りのことはした)

P(後は俺自身の問題だ)

P(俺の……けじめの問題だ)キィ

まゆ「遅かったですねぇ。場所が分からなかったんですか?」

P「……あぁ。あんまり女子寮に入ったことないから勝手が分かんなくてな」

まゆ「……他のアイドル達に見られませんでしたかぁ?」ガチャ、ガチャリ

P「…………茜に会った」

まゆ「あら、それは大変でしたねぇ。……まぁ茜ちゃんはいい子だから大丈夫だとは思いますが」

P「……」

まゆ「大丈夫。大丈夫です。私も、Pさんも、皆」

P「……そうか」

まゆ「このままで全てがうまく行くんです。誰にも邪魔はさせない……。誰にも……」

P「……」

P(……まゆは何を考えているんだ)

P(俺にきつく当たるわけでもなく、かと言って完全に束縛するでもなく)

まゆ「うふ、うふふふふ」

P(どこか、俺とは別の所を見ているような……。)

まゆ「うふふふふふふふふ」

P(…………目が笑ってない)


まゆ「……そういえばPさん?」

P「……なんだ?」

まゆ「……ちひろさんに助けを求めても無駄ですよぉ?」

P「……!?」

まゆ「あ。こんな風に動揺させるのもいいですね……。うふふ」

P「……」

まゆ「ちひろさんは私の味方……、いえ、共犯者、と言った方が正しそうです……。この計画を成立させるために、ちひろさんには協力してもらってるんです
よぉ?」

P「ちひろさんが……?」

まゆ「あは。Pさん、Pさん。そんなぼーっとしないでください。私を見て?」

P「……輝子と森久保もか?」

まゆ「あの二人は違いますよ? 二人は……そうですね。観客です」

P「……二人は何を見ているんだ?」

まゆ「それは勿論、私たちです。私たちは今、劇をしているんです」

P「……まゆが主役で、」

まゆ「違います。主役は私じゃありません」

P「……俺か」

まゆ「それもハズレ」

P「……」

まゆ「いいですか? この物語には主役なんか必要ないんです。もしいるとしても、それを決めるのは演者の私たちじゃありません。決めるのは見ている人た
ちです」

P「輝子と森久保が?」

まゆ「もぅ。そうじゃないですよぉ」

P「……」

まゆ「……もうそろそろこのお話は中盤に差し掛かってるころでしょうかねぇ」

P「まゆ、さっき電話をした。あいつは……」

まゆ「それ以上言わないでください」


まゆ「それ以上言ったら、私でもどうするかわかりませんよ?」

P「……」

まゆ「……ファンタジー? 推理モノ? SF? 違います。このお話は、れっきとした青春恋愛なんです。余計な要素を持ち込まないで」

P「……この前のこととは関係ないのか?」

まゆ「……全く関係ないと言えば、それは嘘です。だけどいつかやらなきゃいけない。そう思ってた。だからちょうどいい機会だったんです」

P「……そうか」

まゆ「……私たちはここにいるだけでいいんです。それだけで劇は進んでいきますから……」ギュッ

P「……」

まゆ「うふふ。うふふふふ」ギュウウウ

P「……」

P(劇、青春恋愛、か)


乃々「……」スタスタ

輝子「…………」テクテク

乃々「……」スタスタ

輝子「……な、なあ乃々ちゃん」テクテク

乃々「……」スタスタ

輝子「お、怒ってるのか?」スタスタ

乃々「……怒ってはないですけど」ピタ

輝子「そ、そうか……」

乃々「ただ……」

輝子「フヒ?」

乃々「ただ、考えてたんですけど。さっきのちひろさんが言いかけてたことを……」

輝子「あぁ……『果たしてまゆちゃんは』ってやつだな……」

乃々「……ちひろさんはいぢわるですけど。そんなこと言われたら、乃々は自信が無くなっちゃうんですけど」

輝子「ふ、普段は絶対あんなこと言わないのにな……」

乃々「……感傷的になってる暇はないんですけど」スタスタ

輝子「乃々ちゃん、そ、そのことなんだけどな……」

乃々「……どうしましたか?」ピタ

輝子「いや、あの……私たちはおとなしくしとくほうがいいのかも……って」

乃々「……え?」


輝子「フヒ、お、怒らないでくれよ……?私なりに色々考えたんだ」

乃々「……」

輝子「……たぶん今、親友がまゆちゃんと会って話をしてる。で、まゆちゃんって親友のこと、大好きだから、二人だけの時間を邪魔しないほうがいいか
な、って……」

乃々「……」

輝子「あとちひろさんがあんなこと言うのにも、意味があると思うんだ……。ちひろさんは賢いから……」

乃々「……」

輝子「……の、乃々ちゃん?」

乃々「……じゃあどうすればいいんですか」

輝子「……乃々ちゃ」

乃々「どうすればいいんですか!」

輝子「!!!」


乃々「森久保も分かってるんですけど! 自分はおとなしくしてたほうがいいって! 勝手なことして、周りに迷惑かけて、それで余計にこじらせて!」

輝子「うあ……」

乃々「いつもそうだったんですけど! どれだけ私が考えて行動しても失敗して全部裏目に出て、それで皆に煙たがられる!」

乃々「だから私は隠れることにしてたんですけど! だから私はいつも迷惑かける前に無理だって言ってたんですけど! ずっと、そうしてるつもりだったの
に……」

乃々「アイドルになって、Pさんが、まゆちゃんが、輝子ちゃんや幸子さんや小梅ちゃんや凛さんや色んな人が、私を引っ張り出してくれた!」

乃々「また森久保はなにもできないんですか? また無理って言って机の下に隠れるんですか? 安全な場所に引きこもって、ただじっと嵐が過ぎるのを眺め
ることしかできないんですか!?」

乃々「まゆちゃんは友達なのに! 私にとって、大切な友達なのに……」

乃々「う、ぐす」

乃々「うわあああああん」ビエー

輝子「な、泣くなよ乃々ちゃん……」

乃々「うああああああ」ビエー

輝子「そんなに泣いたら、私も、グス、泣きたく……」ジワ

輝子「う、うわああああああん」ビエー

乃々「うああああああん」ビエー

輝子「うああああああん」ビエー

乃々輝子「うあああああああん!」ビエー



ちひろ「……はい。ではそのように……ええ、はい。よろしくお願いします。失礼します」ガチャ

ちひろ「……」

ちひろ「……ふう」



茜「ちひろさーん!」バーン

ちひろ「きゃあ!? 茜ちゃん!?」

茜「Pさんからの伝言で、忘れてたことがあったんで言いに来ました!」

ちひろ「の、ノックをしましょうね……?」

茜「はっ! うっかりしてました! すいません!」

ちひろ「……で。その忘れてた伝言というのは?」

茜「はい! まゆちゃんの部屋のトイレが壊れてるらしいです!」

ちひろ「…………」

茜「ちひろさん?」

ちひろ「……それだけ?」

茜「それだけです!」

ちひろ「……そうですか。じゃあなるべく早く修理の人を向かわせることにします。わざわざ戻ってきてくれて、ありがとうね。もう伝言はない?」

茜「はい! 間違いなく伝言は全て伝えました!」

ちひろ「そう。じゃあ……」

茜「個人的にちひろさんに質問したいことは、まだありますけどね!」

ちひろ「え?」

茜「さっき乃々ちゃんと輝子ちゃんがここにいましたよね?」

ちひろ「え、ええ。それがどうしたの?」

茜「まゆちゃんのことで揉めてたみたいですけど、どうかしたんですか?」

ちひろ「あー……、そのことですか……」

ちひろ「……」

ちひろ「まゆちゃんは風邪気味なんです。それで今、Pさんが看病の為に特別に女子寮に入ってるんですよ」

茜「ははあ」

ちひろ「乃々ちゃんと輝子ちゃんはお見舞いに行きたいって言ってたんですけど、風邪が移ったら大変でしょう? だから私が二人をなだめてたんです」

茜「なるほど! そうでしたか!納得です!」

ちひろ「聞きたいことはそれだけですか?じゃあ……」

茜「てっきり凛ちゃんのことと何か関係があるんじゃないかと思っちゃいました! なーんだ!」

ちひろ「!!!」


茜「あれ? ちひろさん、どうしたんですか? そんなに驚くようなこと、私言いましたか?」

ちひろ「……り、凛ちゃんのことって?」

茜「あれ? Pさんから聞いてないんですか? こないだの収録終わりに、凛ちゃんから告白されたって」

ちひろ「……」

茜「ほら、凛ちゃんとまゆちゃんって結構仲がいいでしょう?」

ちひろ「……そうですね」

茜「それでまゆちゃんはPさんのことが好きだから。もしかしたら凛ちゃんに先を越されて落ち込んでるんじゃないかなって思ってたんです! なーんだ! 
風邪でしたか!」

ちひろ「……そう。まゆちゃんは病気なんです」

茜「あー、でもPさんは大変ですねえ。つきっきりで看病なんて」

ちひろ「……」

茜「逆にまゆちゃんにとってはちょっとラッキーかもしれませんね! 好きな人に看病してもらうなんて、そんなことなかなか無いですし!」

ちひろ「……質問はそれだけですか?」

茜「あ、はい!」

ちひろ「じゃあ帰ったほうがいいですよ。今日のレッスンはもう終わったんでしょう?」

茜「そうですね! ではお疲れ様でした!」ガチャバタン

ちひろ「……」

茜「そうだ!」バタン

ちひろ「……まだ何か?」

茜「まゆちゃんに『お大事に』と伝えておいてください!」

ちひろ「……分かりました」

茜「……ありがとうございます! それではお疲れさまでした!」バタン

ちひろ「…………」

ちひろ「……ふぅ」



未央「え、どういうこと? これ」

加蓮「どういうこともこういうことも……」

卯月「えーと、つまり?」

奈緒「どういうことなんだ?」

奏「なんで皆して私をそんなに不思議そうな目で見るのよ」

未央「え、だってここ……」

卯月「凛ちゃんの楽屋……ですよね?」チラッ

奈緒「あ、あぁ。確かにそうだった。ドアにも『渋谷凛様』って……」

加蓮「……凛が成長した?」

奏「普通に失礼ね。私に対しても、凛に対しても」

未央「この高校生には似つかわしくない大人の色気……か、奏ちんだ。間違いない」ペタペタ

奏「……人を記念品みたくぺたぺた触るのもどうかと思うけど」

卯月「り、凛ちゃんをどこにやったんですか!」クワッ

奏「あら、今度は誘拐犯扱い?」

加蓮「……」

未央「……」

卯月「……」

奏「……」

奈緒「え? えーと、えーと」

奈緒「……」

奈緒「つ、つまり凛と奏は、血の繋がった姉妹関係にあったということなんだよ!」

加蓮未央卯月奏「ナ、ナンダッテー」

奈緒「お前ら度々変なノリで私を貶めようとするのやめろよ!」バンッ

未央「あはは、ごめんごめんー」


加蓮「で、どういうことなの? なんで凛の楽屋に奏が?」

奏「あら、聞きたいのはこっちよ。どうして凛の楽屋にあなた達が?」

卯月「友達だからです!」

奏「遊びに来たってことね」

未央「理由はそれだけで十分だ! さあ今度はこっちの質問に答えてもらおうか!」

奈緒「なんで急にそんな熱いんだよ……」

奏「ふふふ、答えて欲しければ……」

加蓮「な、何か要求する気!?」

未央「駄目だ! こいつの話を聞いちゃいけない! 罠だ!」

奈緒「話聞かないとこっちの質問の答えも聞けなくなっちゃうだろ」

奏「簡単なことよ。生贄が一人、欲しいだけだから……」

卯月「い、生贄ですか!?」

奏「そこのやたらと毛の量が多い女、その子が欲しいの」

奈緒「いや、私かよ!」

未央「なんだ奈緒ちんか」

卯月「驚かさないでください~」

加蓮「どうぞどうぞ。こんな奴、こき使ってください」

奈緒「酷いなお前ら!? 私は仲間の頭数に入ってないのか!?」

加蓮「奈緒は旅の途中で勝手にパーティに入ってきた厄介者っていう設定だから」

卯月「食費が浮きますね!」

未央「あ、装備は置いてってね。後で売るから」

奈緒「さらに酷いな!? 離脱するメンバーの装備剥がすのはよくやるけど!」

奏「さあナオとやら、早くこっちに来て茶を汲むのだ」

奈緒「雑用係だこれ! 普通にめんどいやつ!」

加蓮「と言いつつ言う通りにする奈緒が好きだよ」


奏「さて……茶番はここまでにして」

奈緒「なんかめっちゃ疲れた……」

奏「あなた達、聞いてないの? 凛のこと」チラッ

卯月「凛ちゃんがどうしたんですか?」

未央「まさか……交通事故にでもあって……」

奈緒「や、やめろよ!」

加蓮「じゃあ誘拐……」

卯月「立てこもりの人質に……」

奈緒「そんなわけないだろ!な?」

奏「……」ズズズ

奈緒「な、なんで何も言わないんだよ!」

未央「やっぱり暴走トラックに……」

加蓮「身代金の要求が事務所に……」

卯月「今頃必死に説得を……」

奈緒「大概酷いな! お前ら実は凛のことそんなに心配してないだろ!」

奏「……」

卯月「……」

未央「……」

加蓮「……」

奈緒「あ、今のはごめん……。言い方が悪かった……」


奏「軽い風邪らしいわよ」

未央「なーんだ風邪か」

卯月「安心しました!」

加蓮「そんなことだろうと思った!」

奈緒「やっぱり私で遊んでるだろ! ちくしょう!」バン


加蓮「あっはは! ごめんね奈緒、反応が面白かったからつい……」

卯月「奏ちゃんがの口元が笑ってたから、たいしたことじゃないんだなーって察しがついたんですよねー」

奏「まあ軽いとはいえ風邪は風邪だし、移しても他の人に迷惑がかかるってことで、代わりに私が出ることになったってこと」ズズズ

未央「そうだったんだね。じゃあ今、しぶりんは家かー」

奏「知らなかったってことは、凛に知らせずにここに来たの?」

卯月「携帯、繋がらなくて……」

奈緒「じゃあ寝てるってことなのか?」

奏「そうなんじゃない? 私も詳しい病状とかは知らないけど」

加蓮「それにしても奏。収録、ぶっつけ本番だったってこと?」

奏「まあね。昨日事務所でレッスンしてたら、ちひろさんから伝えられたの」

未央「『しぶりんが風邪だから代わりに出てください』って? どっひゃー」

奏「そんなところ。どうでもいいけれどちひろさんの声真似、上手いわね」

未央「へへへ、あざっすー」


卯月「すごいですねー。私だったら絶対失敗しちゃうだろうな……」

奏「いくら私でも結構いっぱいいっぱいだったわよ……。おかげで疲れちゃった」

加蓮「ほら奈緒。奏の肩揉んであげて」

奈緒「なんで私が!?」

加蓮「さっき生贄に捧げられたでしょ?」

奈緒「まだその設定生きてたのかよぉ……」モミモミ

奏「あら、こっちもなかなか上手いじゃない。ありがと」

奈緒「いーえー。どーいたしましてー」モミモミ

未央「じゃあこっからどうする?」

卯月「はい!」キョシュ

未央「はいしまむー早かった!」

卯月「凛ちゃんの家に行こうと思います!」

未央「よく言った! 皆もそれでいい?」

加蓮「どうせ嫌って言っても行くんでしょ? まあお見舞いだと思えばいいよ」

奈緒「途中でマスク買ったほうがいいかもな。私たちも風邪になるわけにはいかないし」グイグイ

奏「そうね……あーそこきもちい」

加蓮「あれ、奏も来るの?」

奏「あら。ダメなの? これから直帰する予定だったから、せっかくだし付き合おうと思ったんだけど」

未央「駄目じゃないけど……」

奏「?」


卯月「ど、どうしますか?」ヒソヒソ

加蓮「……今日は本当にお見舞いだけにしない? 病人に辛いこと根掘り葉掘り尋ねるのも……」ヒソヒソ

未央「……そうしよっか。Pさんとのことは元気になってから聞いてみよう?」ヒソヒソ

卯月「……分かりました」ヒソヒソ

奈緒「おーい、なに三人で話してるんだ。私にも聞かせろよ」グリグリ

加蓮「奈緒はもう私たちのパーティから外れてるからね。チャットには入ってこれないよ」

奈緒「なんだよそれ……まあいいけど」モミグリ

奏「あっソコ……ソコ、イイわ……。もっと……あっああぁ……」

未央「……なんか流石の色気があるね」

卯月「同い年とは思えないです……」

奈緒「はい終わり。さっさと行こうや」

奏「……ふう、すっきりした。ありがとうね」

加蓮「じゃあ行こっか。途中にコンビニか薬局、あったっけ?」

未央「こっからだったら確かコンビニあったはず……」

奏「飲み物とかは……いらないわね。そういえば実家だもの」

奈緒「人数分のマスクだけ買っていくか」

卯月「行きましょう! 早く!」ウヅウヅ

未央「あー。卯月神がうづうづしてる。早く行って怒りを鎮めないと」

奏「パーティの中にラスボスがいたっていうアレかしらね」

奈緒「……その設定、気に入った?」

加蓮「さしずめ奏は、妖艶な踊り子ってとこだね」

奏「じゃあ加蓮は……病弱な白魔導士?」

奈緒「私は?」

加蓮「奈緒は……」

奈緒「……」ワクワク

加蓮「……毛深い商人?」

奈緒「とことん酷いな!?」

未央「ほら三人ともー早くー」

卯月「置いていきますよー!」

奏「あら、勇者様と拳闘士が呼んでるわ」

加蓮「今行きまーす」

奈緒「色々と納得いかねえ……」


P「……」

まゆ「……♪」

P「……なあ、まゆ」

まゆ「なんですかぁ?」

P「腹、減らないか?そろそろ夕方だぞ」

まゆ「……ほんとですねぇ。気付きませんでした」

P「……」

まゆ「どうしましょう。一応お菓子はありますけど……Pさんはそれだけじゃ足りないですよね」

P「……あぁ。だから……」

まゆ「じゃあ買い物に行きましょう」

P「……!?」

まゆ「あれ?どうしたんですかぁ?」

P「……いや、買い物か。いいぞ。一緒に行こう」

P(……何のつもりだ)

まゆ「近くのコンビニでいいですかぁ? あんまり長く部屋を開けたくないので……」

P「来客の予定でもあるのか?」

まゆ「そういうわけじゃないんですけど……」

まゆ「……」

まゆ「やっぱりPさんとはなるべく長く一緒にいたいですから……ね?」

P「……二人きりで、ってことか」

まゆ「そういうことです♪」

P「……分かった。行こう」

まゆ「はい♪……あ」

P「どうした?」

まゆ「ちょっと部屋の外で待っててくれますかぁ? 準備がしたいので……」ガチャ、ガチャリ

P「……あぁ」キィ

まゆ「すぐに済みますからねぇ」バタン、ガチャ


P「…………」

P(……劇、とまゆは言っていた。これは青春恋愛なんだ、とも)

P(俺とまゆは主役じゃない。森久保、輝子も違うらしい)

P(……ちひろさんはまゆと協力している)

P(…………)

P「……はぁ」

P(頭が痺れてきた)

P(腹が減ったからというのもある。けれどそれ以上に大きいのはまゆの存在で)

P(……)

P(駄目だ。俺が本当に好きなのは……)

P(…………)

P「……?」

P(待てよ)

P(そう言えば、もう一人、いる)

P(劇の登場人物足り得る、むしろ主役になり得る人が)

P(…………)

P「…………凛?」


まゆ「お待たせしましたぁ」キィ

P「!? あ、あぁ」

まゆ「ふふ。Pさん、さっきから変ですよぉ? ずっと上の空で何を考えてるんですかぁ?」

P「……なんでもない」

まゆ「…………ふーん」


まゆ「……凛ちゃんのことでも、思い出してましたかぁ?」

P「!!」

まゆ「……別にいいですよぉ? 男の人が好きな女の子のことを考えるのは、悪いことじゃないですから」

P「好きな、ってお前……!」

まゆ「それじゃPさん、行きましょうか♪」スタスタ

P「……」

P「……くそ」スタスタ


乃々「うぅ、ぐす、ひっく……」

輝子「おぇ……、ぐず、ふぅ……」

乃々「……急に泣き出したりして、申し訳ないんですけど」ヒック

輝子「ん、あぁ。だ、ダイジョウブだぞ……。私ももらい泣きしちゃったしな……ヒヒッ」

乃々「……誰も見てなくてよかった」

輝子「ほんとだな……。そんなの恥ずかしくて耐えられないな……」

茜「私は平気ですよ!」

乃々「うえっ!?」

輝子「ヒッ!?」

茜「再びこんにちは! どうしたんですか?」

乃々「あ、あああ茜さん」

輝子「い、いつからそこにいたんだ……?」

茜「いつからって……さっきですよ?」

乃々「さっきって、具体的には……?」

茜「具体的、ですか? えーと……」

茜「『じゃあどうすればいいんですか! 森久保も分かってるんですけど!』」

茜「からですね!」

乃々「……」

輝子「……」


茜「おや、二人ともどうしましたか? なんだか顔色が悪いですよ?」

乃々「…………」

輝子「…………」

茜「あ、泣き疲れて喉が渇きましたか? 私の飲みかけでよければ、お茶をどうぞ!」ゴソゴソ

乃々「…………む、」

茜「む?」

輝子「…………ヒ、」

茜「ひ? むひ? 虫刺されですか?」

乃々「……」

輝子「……」

茜「?」

乃々「むうううりいいいいいいいい!!!!!!!」ダダダダ

輝子「ヒャアアアアアッァアアぁアァアア!!!!!!!」ダダダダ

茜「うわっ! どこ行くんですかー! 乃々ちゃん! 輝子ちゃーん!」

茜「……行っちゃいました」

茜「うーん、どうしましょう……」

茜「…………」

茜「色々と気になるし、とりあえず追いかけますか!」

茜「うおおおお! ボンバーーーーーーっ!!!!」ダダダダ


乃々「来ないでくださいいいいいいい!」ダダダ

輝子「来るなあああああ! ほっといてくれえええええ!」ダダダ

茜「そういうわけにはいきません! 落ち込んでる後輩を励ましてこそのアイドルです!」

乃々「なんか立派なこと言ってますけど、私たちがこうなってる原因は茜さんなんですけど!?」

輝子「むしろそう思うなら追いかけてくるのを止めてくれ! それが一番の励ましだあ!」

茜「私は一度走り出したら止まれません!」

乃々「馬鹿なんですか!?」

茜「よく言われます!」

輝子「の、乃々ちゃん……」

乃々「輝子ちゃん!?」

輝子「わ、私はもう駄目らしい……。体力の限界だ……」

乃々「そんな! 一緒に逃げきるって約束したじゃないですか!」

輝子「ごめんな……。せめて乃々ちゃんだけでも……」

乃々「輝子ちゃん!」

茜「そうはいきませんよ!」ガッシ

輝子乃々「ひぃ!」


茜「さあ、追いつきました! 一切合切吐いてもらいますからね!」

乃々「い、一部始終聞いてたんでしょう!? 聞いた通りですけど!」ハァハァ

茜「え?どういうことですか?」

乃々「やっぱり馬鹿なんですか!? 余計に惨めで悲しくなるんですけど!」ハァハァ

輝子「リア充には分からない感情なんだ、きっと……」ハァハァ

茜「あーいや、そういう意味ではなくてですね……」

乃々「え?」

輝子「フヒ?」

茜「んー、なんて言えばいいんでしょうか。まゆちゃんのことについてです!」

茜「私にも協力させてください!」

乃々「き、協力って……」

輝子「……どうせ私たちには何にもできないんだ。机の下に隠れてるのがお似合いなんだ……グス」

乃々「……グス」

茜「あーあー! 泣かないでください! 大丈夫です」

茜「……二人は優しいだけなんです」


乃々「え……」

輝子「優しい……?」


茜「はい。傷つけられる痛みを知っているから。それを他の人に覚えてほしくないから。だから関わりを少なくしようとしてしまうだけなんです」

乃々「……」

茜「……私も昔はそうでした」

輝子「茜さんも?」

茜「はい。私、昔から考えるより先に体が動いちゃう性分でして。そのせいで色んな人に迷惑をかけてきました。えへへ」

輝子「……」

茜「……『お前は馬鹿だ』『もっと周りのことを考えろ』と言われたことも一度や二度じゃないですね。現に今さっきも乃々ちゃんから言われましたから!」

乃々「あ……。……ごめんなさい」

茜「あー! いいんですよ!さっきは突然追いかけた私が悪いんですから!」

茜「……あの頃は変に縮こまって、自分を見失いそうでした。自分ってなんだろう? って考えて、考えて、それで出会ったのが」


輝子「……アイドル」

茜「そうです! 正確には会ったのはプロデューサーですけど!」

茜「こう言ってくれたんです! 『お前は前だけを向いて、走り続けていればいい。周りは俺が見といてやるから』って!」

茜「それで気付いたんですよ! 私には支えてくれる人がいる。私も皆を支えながら、皆を引っ張っていけばいいんだ!」

茜「……ちょっとゴーマンかもしれませんね! でもそれを知ってからは毎日が楽しいんですよ!」


乃々「……私は茜さんとは違うんですけど」

茜「?」

乃々「茜さんは明るいです。眩しいです。太陽みたいです。……私もそんな風に前向きに割り切れたら、どんなに楽だったか」

輝子「……」

乃々「じゃあ茜さん。教えてほしいんですけど。私はどうしたらいいんですか?友達が困ってるかもしれなくて、でも迷惑になるかもしれなくて。私はどうし
たら、私のままで、前に進めるんですか?」

茜「んー……」

茜「……後ろ向きでいいんじゃないですかね!」

乃々「……どういうことですか?」

茜「えーとですね、無理に前を向くことはないんじゃないかな、ってことです」

乃々「じゃあどうやって……」

茜「後ろを向きながらでも、前には進めますよ!」

乃々輝子「!」

茜「……周りの顔色を見て、後ろばかり見て、でも前を向くことは怖い」

茜「大丈夫です。それも二人のいいところ。私は周りを見るのが苦手ですから!」

乃々「……」

茜「……まだ自信が持てませんか? じゃあこうしましょう!」

茜「私が前を向いて二人を引っ張ります! だから二人は後ろを向きながら、ゆっくり後ずさりすればいいんです!」

輝子「……」

茜「これで二人は前に進める。私は周りを気にせずに突っ走れる。どうですか!」

乃々「……グス」

輝子「……グス」

茜「あれ?」

乃々輝子「うわああああああん!!!」ビエー

茜「あああ!泣かないでくださいよぉ! よーしよしよしよし!」

乃々輝子「うわああああああん!!!」ビエー


茜「……どうですか?落ち着きましたか?」

乃々「はい……」ズビ

輝子「も、もうしわけない……」ズズ

茜「もー! 突然泣き出したらびっくりするじゃないですか!」

乃々「だって……」チラ

輝子「だって、な……」チラ

茜「? まあいいでしょう! で、どうですか? 私も協力させてくれませんか?」

輝子「それはいいんだけど……」

乃々「実際、何をすればいいんですか……?」

茜「そうですね……さしあたっては……」

茜「……まゆちゃんのことを教えてください!」

乃々「まゆちゃんのこと?」

輝子「いいけど……。そんなに詳しいことは知らない、かも」

茜「それでも私よりよく知ってると思うんです! 特に……」



茜「……凛ちゃんとの関係、とか!」


未央「……はい! やってきました! どこにでもある、普通のコンビニです!」

奏「なんだか説明口調ね……」

加蓮「奈緒、ほらかご持って」

奈緒「はいはい……」

卯月「マスクは……わぁ、色んな種類があるんですね」

未央「ほんとだね。色とか大きさとか。男性用女性用でも結構違うんだ」

奏「これは口の中が蒸れにくくて呼吸がしやすいのね。いいじゃない。これを人数分買いましょう」ポイポイ

加蓮「あ、奈緒ー!」

奈緒「ん?どうした……げっ」

加蓮「新発売のポテトだって! 買ってくれるって約束だったよね!」

奈緒「あー分かったよ……せっかくだし私も食べようかな」

未央「あ、ゴリゴリくん! 私、サイダー味がいいな!」ポイ

卯月「! じゃあ私は月見大福がいいです!」ポイ

奏「あら、じゃあ……ソフトクリームにしようかしら」ポイ

奈緒「おいおい! 加蓮以外は後で払えよ!」

未央「ちえー」

卯月「はーい」

奈緒「全く…………ん?」

加蓮「奈緒? どしたの?」


奈緒「いや、あれってPさんとまゆか?」

加蓮「Pさんとまゆちゃん?どこ?」

奈緒「ほら、向こうの通りの……」

未央「んーどれどれ……あ、ほんとだ」

卯月「二人っきりなのかな……何してるんでしょう?」

未央「さあ、スタジオに送り迎えしてるとか?」

奏「……さあ、どうなんだろ。向こうはこっちに気付いてないみたいね」

奈緒「……あ、向かいのコンビニに入ってった」

加蓮「まゆちゃん、変装も何もしてなかったけど……やっぱり仕事帰り?」

卯月「でも最寄りのスタジオはあっちですよ?」→

未央「で、事務所はこっち」←

加蓮「二人が歩いてきたのは……こっちからだったよね?」←

奈緒「じゃあ今から収録なのか?」

奏「でももう夕方だし……今からだと終わるのがだいぶ遅くなるわよ」


卯月「あ、そういえば茜ちゃんが何か言ってませんでしたか? Pさんの伝言……」

未央「あ、あれってまゆちゃん関連だったっけ?」

奈緒「……忘れちゃったなぁ」

未央「……何はともあれ、これは怪しいですなぁー」

加蓮「……うん。怪しいー」

奏「……怪しいわねー」

卯月奈緒「?」

未央「まゆちゃんのPへの愛はすごいからねー」

加蓮「恋する乙女だよねー」

奏「時々、妬いちゃうくらいだわ。あれくらい積極的になれたらって思うと……」

卯月「え!? 奏ちゃんってPさんのこと……」

奏「あら、恋愛感情は持ってないわよ。ただPさんにはいつもお世話になってるから……感謝の気持ちをいつか伝えたいなって思ってるの」

卯月「あ、そういうことですかー……。勝手にびっくりしちゃった」

加蓮「Pさんのこと好きって子は少なからずいるんだろうけどねー」チラ

未央「そうそう、まゆちゃん以外にもねー」チラ

卯月「え、そうなんですか? 知りませんでした!」

未央「そりゃねー……」チラッチラッ

加蓮「まあねー……」チラッチラッ

卯月「……?」

卯月「……」

卯月「……あっ」

卯月「そうですね! もしかしたらいるかもしれませんね! まゆちゃんの他にもPさんのこと好きな子!」

奏「?」


奈緒「おーい、なんやかんやしてるうちに会計終わらしといたぞー。自分の分のマスクとアイスとポテト取れー」

未央「おお、さんきゅー! 気が利くね!」

奈緒「で、Pさんとまゆはどうだ?」ヒョイ

奏「ありがと。二人はまだ出てきてないわね」

加蓮「そこそこ時間経ってると思うんだけど……あ」モグモグ

卯月「出てきましたね! やっぱり二人一緒です!」

未央「で、事務所側に戻っていく……と。こりゃ偶然会ったわけでもなさそうですな」ペロペロ

奈緒「あれも気になるけど……私たちは早く凛のとこ行ったほうがいいんじゃないか?だらだらしてたらほんとに暗くなっちゃうぞ」

卯月「そうですね。凛ちゃんの分のアイスも溶けちゃいますし」

加蓮「凛の分? ……あぁ、そういうことか」

未央「しまむーとしぶりんはよく月見大福を二人で分け合ってますからなー」

卯月「えへへ。喜んでくれるかな」テクテク

加蓮「きっと喜んでくれるよ。風邪で寝込んでるとき、ベッドで食べるアイスは格別なんだ」テクテク

奈緒「加蓮が言うと説得力あるよな……」テクテク


奏「でも分かるわ。体が弱って火照ってる時って、甘くて冷たいものが無性に欲しくなるのよね」テクテク

未央「多分体が欲しがってるんだろうねー……ん?」

卯月「? どうしたんですか?」

未央「…………なんでもないよ! はいしまむー、これ!」

卯月「ひゃっ!? 未央ちゃん、冷たいですー!」

未央「へへへ、ソフトクリーム攻撃だー! 白くて甘いものでべとべとになってしまえー!」

卯月「やめてくださいー!」キャッキャッ

奈緒「何やってんだあいつら……」

奏「仲いいわね、あの二人」

奈緒「ほんとだよ……ってあつっ!?」

加蓮「揚げたてポテト攻撃だー」

奈緒「それはまじで熱いからやめろ!」

加蓮「うりうりー」

奈緒「だあああ! しつこい! そこまでするなら食べさせろ!」

奏「……あなた達も十分仲いいわよ」

奈緒「?」

奏「さ、遊んでないで。早く凛の家に向かいましょ」

卯月「はい! 島村卯月、ちょっとべとべとするけど頑張ります!」

奈緒「だから加蓮はやめろって……熱い! いきなり口の中に放り込むなあ!」



未央(P、まゆちゃんと手、繋いでた?)

未央(……)

未央(……気のせいか)


まゆ「……」

P「……まゆ? どうした?」

まゆ「いえ、なんでもないですよ?」

P「……そうか」

まゆ「それにしてもPさん、それで良かったんですか?」

P「なにが?」

まゆ「ほら、そんな小さなおにぎり一つで足りるのかなって……」

P「……あんまり食欲がないんだ」

まゆ「そうなんですかぁ……」

P「……まゆこそ、それで足りるのか? 菓子パンと、アイスだけで」

まゆ「はい。私、小食なんです。それと……」

P「……?」

まゆ「……二人で分け合って食べられますから。パンと、ほら、このアイスも」

P「……そうか」

まゆ「はい♪」


P「……」テクテク

まゆ「……」テクテク

P(……)

P(まゆが言っていた劇の主役が、凛だとしたらどうなる?)

P(……)

P(主役、物語の中心、ヒロイン)

P(……青春恋愛、とも言ってたか)

P(……分からない)

P「……なあまゆ」

まゆ「なんですかぁ?」

P「……」

まゆ「……」

P「…………なんでも……!?」ギュッ

まゆ「うふふ♪ 手、繋いじゃいましたぁ♪」ギュッ

P「馬鹿、やめろ! こんなところ見られたら……」

まゆ「こんなところって、どんなところですかぁ?」

P「それは、アイドルとPが……」

まゆ「人目のつかない所で抱き合ってるところ、とかですかぁ?」

P「!!!」


まゆ「私、Pさんのことなら何でも知ってるんですよぉ?」

まゆ「あの日、あの時Pさんが何をしてたのかも」

まゆ「ぜぇんぶ」

まゆ「知ってるんですよぉ?」

P「う、あ……」

まゆ「……なら、これくらいは許してくれますよね?」ギュッ

P「…………」

まゆ「…………」チラッ

P「…………」

まゆ「……もういいです」

P「……え?」

まゆ「早く帰りましょう? アイスが溶けない内に」

P「…………」

P「…………あぁ」



P(飲み込んだ言葉は三つ)

P(なんであのことを知ってるのか。まゆは俺を憎んでいないのか。それと……)

P(この物語は、ハッピーエンドなのか)


茜「……」

乃々「あ、茜さん?」

茜「え? あっはい! なんでしょうか!」

輝子「いや、めっきり黙っちゃったから……どうしたんだ?」

茜「いえ、色々と考えていました!」

乃々「茜さんが……!?」

輝子「考える……だと……!?」

茜「あれ、私、もしかして馬鹿にされてますか?」

乃々「い、いや、そんなつもりじゃ……」

茜「まあ否定はしません! 考えるのは苦手です!」

輝子「だろうな……フヒ」

乃々「というか、考える要素が少なすぎるんですけど……。もっと情報が欲しいんですけど」

輝子「情報?」

茜「お、前向きですね! いい方向です!」

乃々「……つまり。茜さんは何か、まゆちゃんのことについて知ってるんですか?」

茜「聞きたいですか!」

乃々「そりゃあ……まぁ」

輝子「まぁ……な」

茜「それでは話しましょう! えーと……」

乃々輝子「……」ゴクリ

茜「実は……」

乃々輝子「実は……?」ゴクリ


茜「……まゆちゃんの部屋のトイレは壊れてるらしいです!」

乃々輝子「……」

乃々輝子「……」


乃々輝子「……は?」


卯月未央奈緒加蓮奏「……は?」

凛父「えーと……」

未央「ちょ、ちょっと待ってください!? 今、なんて言いましたか?」

凛父「えっと、凛は今、家にいないって……」

卯月「凛ちゃん、風邪じゃないんですか!?」

凛父「風邪? 今朝、家を出る時には元気そうに見えたが……」

奏「……」

奈緒「そういうことじゃなくて! 凛は今日の収録を風邪で休んでるんです! そうだよな、奏!?」

奏「……そうよ。そう、聞いていたわ」

卯月「今日は私たち、ずっとレッスンだったけど……」

未央「しぶりんのこと、一度も見てないよね……?」

加蓮「どういうこと……?」


凛母「あら、凛なら今日は帰ってこないわよ」

卯月未央奈緒加蓮奏「え!?」

奈緒「あの、帰ってこないってどういう……!」

凛父「ああ、あの子の所に泊まるのか」

奏「あの子?」

加蓮「あの子って、誰ですか!?」

凛父「えっと、なんて言ったかな。ささき……ささら……さくら……」

奈緒「誰だ……?」

凛母「もう、お父さん。まだ覚えてないんですか。『さくま』さんですよ」

凛父「ああ、そうだったな。思い出した。『佐久間』さんだ」

未央「『さくま』?」

卯月「……! 『佐久間』ですか!? 誰がそれを!?」ズイッ

凛母「え、ええと、凛からメールが来てたのよ。……ちょっと待っててね」


加蓮「佐久間、って……」

奏「……『佐久間まゆ』だったわね」

未央「あぁっ! 忘れてた!」

奈緒「凛がまゆのところに!? なんで!?」

凛父「ん?なんでって……なんでだ?」

奈緒「え、だって……」

凛父「二人はしょっちゅう遊んでたみたいだが……。凛が佐久間さんの所に泊まるのもそう珍しいことじゃないだろ?」

加蓮「…………知ってた?」

未央「…………知らなかった」

奈緒「マジかよ…………」

卯月「…………そう、だったんだ」

奏「…………」


凛父「ん? あれ? 俺、なんかまずいこと言ったか?」


凛母「お待たせ。あれ? 皆どうしたの?」

奏「……メールを見せていただけますか」

凛母「ああ、はい。今日の昼前に来てるわね」

奏「ありがとうございます。……読むわ」

卯月未央奈緒加蓮「……」コクリ

奏「……『お母さんへ。今日の収録が終わったら、佐久間さんの家に遊びに行きます。明日の昼までには帰ります』……終わりよ」

凛母「……凛に何かあったの? あの子、最近、元気がないみたいだったし……」

奏「……もしかしたら、何かあったのかもしれません」

奈緒「奏!? 何言ってるんだ!?」

凛父「何かって、交通事故とか!? 誘拐とか!? もしかして立てこもり事件の人質に!?」

凛母「そんなわけないでしょ」ペシ

凛父「いてっ」


卯月「……あの」

凛母「……あなた達、凛のお友達でしょう?」

未央「……はい」

凛母「そう……。いつもありがとうね」

奈緒「……」

凛母「……まあ、凛なら大丈夫よ!」

加蓮「え?」

凛母「あの子、ああ見えてかなり図太いんだから。というか図太くないと、いきなりアイドルになったりしないわよ」

凛父「母さん……」

凛母「それに、こんなに凛のことを想ってくれてる友達がいるんだから、ね?」

卯月「……はい」

凛父「そうか……そうだよな!」


凛母「そういえば卯月ちゃん、さっき何を言いかけてたの?」

卯月「あああの、これを。溶けちゃうんで」ガサッ

凛母「これ……もしかしてお見舞いに持ってきてくれたの?」

卯月「……」コクリ

凛母「……ありがとうね」

奏「お母さん、携帯、ありがとうございました」

凛母「はいはい。あら、あなた。凛にちょっと雰囲気が似てるわね」

奏「ありがとうございます」

凛母「ああでも、凛のほうがまだ子供っぽいかしら。見た目も、中身も」

未央「……皆、行こう。お邪魔しました!」

奈緒「そうだな。……お邪魔しました」

加蓮「……お邪魔しました」

奏「お邪魔しました」

卯月「……」

未央「しまむー?」

卯月「……」

卯月「凛ちゃんは、私の大切な友達です」

凛父母「……」

卯月「……お邪魔しました」ペコリ

凛父「……またみんなで遊びにおいで」

凛母「これからも凛を、よろしくね」

卯月未央奈緒加蓮奏「……はい!」


凛父「……いい子たちだな」

凛母「本当に。さて、仕事に戻らなきゃ」

凛父「おい。これ、冷蔵庫に入れたほうがいいんじゃないか?」

凛母「ああ、そうでしたね。プリンとゼリーと……月見大福」

凛父「……凛が好きなやつだな」

凛母「ええ……」グス

凛父「……全く。すぐに泣くんじゃないよ。ほらハンカチ」

凛母「ありがとう……」グスグス

凛父「……本当に。お前は幸せ者だよなぁ、凛」グス

凛母「私たちもですよ、お父さん」グスグス

凛父「……全くだ」グスグス


卯月「……凛ちゃん」

未央「……走ろう」タッ

加蓮「どこに向かうの?」タッ

奈緒「決まってるだろ。凛がいるところだ!」タッ

奏「じゃあそれはどこ?」タッ

奈緒「それは……まゆのとこじゃないのか? 女子寮のまゆの部屋に……」

加蓮「……もし、そこにもいなかったら……」

奈緒「いるに決まってるだろ!」

加蓮「……そうだよね。ごめん」

奏「……気になることがあるの」

未央「どうしたの?」

奏「凛が仮病で仕事をさぼってまゆの部屋にいる……。その行為自体に不自然な点は無いわ。誰だって、そういう気分になる時はあるもの」

卯月「……」

奏「でも今の状況は違う。第一、凛がそういうことをする子には見えないし」

奈緒「そりゃそうだ。凛が仕事をさぼったりしたことなんて、今までに一度も無かったし」

奏「……私がちひろさんから連絡を貰ったのは、昨日だった」

卯月「……あっ」


加蓮「そ、それって、おかしくない?」ゼェゼェ

奏「そう。さっき凛のお父さんは『今朝家を出る時には元気だった』と言ってたでしょ?」

卯月「代役を立てるくらいの風邪を前日にひいてるのに、今日になって元気に家を出るなんて……ありえないです」

未央「え、どういうこと? こんがらがってきた!」

奏「考えられるのは二つ。一つは『凛にとってどうしても今日の収録に出たくない理由があって、前日にちひろさんに嘘を言った』」

奈緒「それは……無理があるだろ。それなら今日、仮病がバレるリスクを背負ってまで家を出る意味がない」

卯月「…………凛ちゃんは今日、まゆちゃんにどうしても会いたかった……?」

加蓮「……」ゼェゼェ


未央「ちひろさんは仮病なんかじゃ騙せないと思うし……」

奏「えぇ。私もこの説には意義があるわ。そこでもう一つ。……私はこっちが正しいと思ってる」

未央「それは……?」

卯月「……」

奈緒「……」

加蓮「……」ゼーハー

奏「……」


奏「『ちひろさんとまゆが共謀して、凛をどこかに監禁している』」


卯月未央奈緒加蓮「……」

卯月未央奈緒加蓮「…………は?」


乃々輝子「……は?」

茜「まゆちゃんの部屋のトイレが壊れてるんです!」

輝子「いや聞こえてるぞ……というか、え?」

乃々「そ、それだけですか……?」

茜「あ、あと、まゆちゃんは大丈夫らしいです! どういうことでしょうね!」

乃々「それはもう聞いたんですけど……」

輝子「ぼんやりしすぎてる……」

茜「いやー!考えても全然分かりませんね!」

乃々「そんなのノーヒントに等しいじゃないですか……分かるわけないんですけど……」

茜「あ、後ろ向きに戻ってますね!?」

輝子「これは仕方ないと思うぞ……かくいう私も……フヒ」

茜「あらら、二人とも落ち込んじゃいました」


乃々「……」ドヨーン

輝子「……」ドヨーン

茜「……」

茜「よし!」ガシッ

乃々「うえっ!?」ガシッ

輝子「おおっ!?」ガシッ

茜「行きましょう!」

乃々「い、行くって……」

輝子「どこに行くんだ……?」

茜「そりゃあ決まってるじゃないですか!」

乃々「……まさか」

茜「まゆちゃんの部屋です!」

輝子「え……」

茜「考えても分からないことが分かりました! なら直接本人に尋ねるのが一番分かりやすいです!」

乃々「そ、それは」

茜「……怖いですか?」

乃々「……うぅ」

輝子「……」


輝子「……行こう、乃々ちゃん」

乃々「……はい」

茜「……おお!」

乃々「…………実は怖い、怖いんですけど……」

輝子「嫌われるかも、とか、迷惑がられるかも、とか考えたらな……」

乃々「でも……」チラッ

輝子「……うん」チラッ

乃々「……大切な友達をなくすことの方が、何倍も怖いから」

輝子「……私たちが進む方向、間違ってないよな? 茜さん」

茜「…………ばっちりです!」

乃々「……」

輝子「……」

茜「……行きましょう!」

乃々輝子「……はい!」


まゆ「ただいまぁ」キィ

P「……ただいま」バタン

まゆ「さ、Pさん。食べましょう? お腹が減ってなくても、何か口にしないと元気が出ませんよ?」

P「……あぁ」ガサ

P(……暗くなってきたな)モグ

まゆ「おいしいですかぁ?」

P「……あぁ」

まゆ「お茶、出しますねぇ」パタン

P「……ありがとう」


P(……分からない)

P(目の前にいる、まゆという女の子が、分からない)

P(俺をどうしたいんだ? なぜちひろさんと協力してるんだ?)

P(……凛のことも気がかりだ)

P(あのことを知ってるなら……まゆは真っ先に凛を恨むだろう)

P(もしかして凛もどこかで、同じように監禁されているのか?)

P(……ちひろさんは、なんでまゆに協力しているんだ?)

P(……もしかしてこれは、凛に対する復讐なのか?)

P(……分からない。分からないことが多すぎる)

P(俺は、なんのためにここにいるんだ)


まゆ「はい、温かい紅茶ですよぉ♪」

P「……ありがとう」

まゆ「……」

P「……」

まゆ「……心配しなくても、変なものは入っていませんよ」

P「……そうか」

まゆ「不安なら、口移しで飲ませてあげましょうかぁ?」

P「……大丈夫だ」ゴク


P(……一つできることがある)

P(自分を持つことだ。俺は俺だと、気を保つことだ)

P(いくら誘惑されても、唆されても、罪悪感を抉るような言葉を投げつけられても)

P(……俺はまゆを好きになることはできない)

P(……冷静になれ)

P(俺は……)



ダダダダ……



P「……ん?」

まゆ「どうしたんですかぁ?」

P「地震か? ちょっと揺れたような……」

まゆ「言われてみれば……」



ダダダダダダ



P「いや、音が段々近くなってないか!?」

まゆ「……もしかして」

P「なんだこれ!? 電車が駅を通過するときみたいな振動と音が……!」

まゆ「…………存外、早かったですねぇ……。まぁ、あの子がいたからこそ、でしょうか」ボソッ

P「どんどん……近づいて……!」



ドドドドドドド




ドン!

P「……」ドキドキ

まゆ「……」

P「……な、なんだったんだ?」

まゆ「……」



ドンドンドン!



P「! だ、誰だ!」

まゆ「あ、鍵なら開いてますよぉ」

P「え」



ガチャ


茜「とうちゃーく! そしておじゃましまーす!」

乃々「も、もうむぅーりぃー……」

輝子「景色がぐるぐる回って……頭がふわふわして……まるで浮いてるみたいに……」

P「茜!? 乃々と輝子も……どうしたんだ?」

乃々「え、あれ、Pさん?」フラフラ

輝子「な、なんでシンユウがここにいるんだ」グルグル

P「それは……」

まゆ「……」

輝子「分かったぞ乃々ちゃん、これは幻覚だ……」

乃々「幻覚ですか……確かにそれなら納得がいくんですけど……」

まゆ「……Pさんは私のために、ここにいるんですよ」

輝子「あ、まゆちゃん……」

乃々「こ……こんにちはなんですけど」

まゆ「はい、こんにちは。ここまで走ってきたんですかぁ?」

茜「はい! だいぶ駆け足で来ちゃいました!」

まゆ「そうですかぁ。どうぞ上がってください」

まゆ「喉が渇いたでしょう? いまお茶を出しますねぇ」パタン

茜「ありがとうございます!」

乃々「あ、おかまいなく……」

輝子「まゆちゃん、キッチンに行っちゃった……」

乃々「……」

輝子「……」

P「……」


乃々「……やっぱり元気ないみたいなんですけど」

P「……なんでお前らはここに来たんだ?」

輝子「まゆちゃんが心配だったからな……」

乃々「……Pさんと同じです」

P「……茜、お前が?」

茜「はい! あ、ちひろさんにはちゃんと伝言、伝えましたよ!」

P「あぁ、ありがとう……」


P(……どういう状況だ)

P(茜たちが来ても、まゆは動揺してる風じゃなかった。寧ろいつか来ることが分かってたようだった)

P(買い物から帰ったとき、わざと部屋の鍵をかけずに。監禁していた俺を隠そうともせずに……)

P(…………ん?)

P(……)

P(……なんか引っかかる)


茜「それにしても、ここがまゆちゃんの部屋ですか! 初めて入りました!」

P「ん……あぁ。部屋の間取りは他の部屋と変わらないけど……」

茜「なんというか、すごく『女の子!!!』って感じですよ!」

乃々「とっても可愛らしいです……私と輝子ちゃんは偶に遊びに来てましたけど」

輝子「でも、最近は来てなかったな……」

P「……」

茜「Pさんはなにか知ってますか? まゆちゃんが最近、元気ないことについて!」

P「……知らないな」

茜「そうですか! じゃあ部屋でなにをしてたんですか?」

P「……話を聞いてたんだ」

茜「そうですか! それで、まゆちゃんはどうですか?」

P「……どうって……さっき見た通りだよ」

乃々「あの、茜さん……?」

茜「そうですか! では『まゆは大丈夫だ』という伝言の意味は?」

P「……なぁ、茜」

茜「はい!どうしましたか?」

P「なんでまゆのことをそんなに俺に尋ねるんだ? そこに本人がいるんだから、直接聞けばいいだろう」

茜「おや、Pさんにそれを言われるとは心外ですね!」

P「……は?」

輝子「ちょっと、茜さん……」

P「……どういうことだ?茜」

茜「原因って、Pさんでしょう?」

乃々輝子「え?」

P「……え?」

茜「細かい事情は知りませんが……まゆちゃんが落ち込んでる原因って」


茜「Pさんが選んだのが、まゆちゃんじゃなくて、凛ちゃんだったからじゃないんですか?」


奏「……それ、本当なの?」タタタ

卯月「……はい。見ちゃったんです。Pさんと凛ちゃんが抱きしめあってるのを……」タタタ

奏「それで最近、凛の元気が無いように見えたのね……なるほど」

未央「え、気付いてたの?」タタタ

奏「なんとなくね。そんなことになってるとは思わなかったけれど」

加蓮「……『まゆが凛を監禁している』……ね」ゼーゼー

奈緒「そんなことあるわけない……わけでもなさそうだな」タタタ

卯月「まゆちゃんはPさんのことが好きで……」

未央「そのPをしぶりんが奪ったから、それで……ってこと?」

奏「そういうこと。なんでそこにちひろさんが絡むのかは分からない。けれど私を凛の代役に立ててスケジュールを埋めるのには、ちひろさんかPの協力が不
可欠よ」

奈緒「その二択なら……ちひろさんだよな。というかPが凛を監禁する理由がない」

未央「……とにかく、女子寮に急ごう」

卯月「乱暴なこととか、されてませんように……」


奈緒「そうだ、携帯! もしかしたら……」

奏「多分無駄ね。今日凛の電話に連絡して、応答が一度でもあった?」

加蓮「そっか。あのメールを送ったの、まゆちゃんだったら、凛の携帯はまゆちゃんが持ってることに……」

奈緒「何もしないよりましだろ!」ピポパ、プルルルル、プルルルル

加蓮「……」

未央「……」

奈緒「出ろ……! 凛、出ろよ……!」プルルルル、プルルルル、プルルルル

奏「……」

卯月「……凛ちゃん」

奈緒「………………」プルルルル、プルルルル、プルルルル



ピッ


奈緒「……!!! もしもし!? 凛か!? 私だ! 奈緒だ!」

未央「え!?」

加蓮「……!」

奏「……あら」

卯月「繋がったんですか!?」

奈緒「あぁ! 凛、今どこだ!? やっぱりまゆの部屋なのか…………え?」

未央「ちょ、ちょっと、しぶりん!? 無事なの!?」

卯月「凛ちゃん! 聞こえますか!?」

奈緒「……いや、待って。違う」

未央「違うって……どういうこと?」

卯月「え……どうしたんですか?」

奈緒「……凛じゃない」

卯月「……え?」

奏「……」

奈緒「その声……Pか!?」


茜「Pさんが選んだのがまゆちゃんじゃなくて、凛ちゃんだったから」

茜「だからまゆちゃんは落ち込んでるんじゃないんですか?」

P「…………」

輝子「……どういうこと?」

乃々「ぜ、全然話が飲み込めないんですけど……」

茜「どうなんですか? Pさん」

P「…………そうだ」

茜「そうですか! じゃあしょうがないですね!」

P「……茜、お前、どこまで知ってるんだ?」

茜「どこまでって言われても……私は噂を耳に挟んだだけですよ」

P「噂って……誰から?」

茜「それは……」

乃々「ちょ、ちょっと待ってほしいんですけど!」

輝子「そうだ。私たちにも分かるように話してくれよ……。親友とまゆちゃんが、どうだって?」

乃々「私たちに言ってないことがあったってことですか? 茜さん」

茜「ん? えーと。言ってなかったというか、確かめたかったというか……」

乃々「確かめ? なにを?」

茜「まゆちゃんの部屋に、Pさんがいるかです!」


輝子「いたから……それがどうなるんだ?」

茜「おおよその見当がついたんです! Pさんと、まゆちゃんと、凛ちゃんの関係。それと私が耳に挟んだ話を組み合わせると、自然にそういうところに落ち
着きました!」

P「……そうか」

乃々「だから、その耳に挟んだ話っていうのを聞きたいんですけど!」

茜「言ってもいいんですか?Pさん」

P「……今更だろ」

茜「では!」

P「でも、ちょっと待ってくれ。その話はまゆと一緒に、俺の口からしたいんだ」

P「……それでいいか?」

乃々「……分かったんですけど」

輝子「そう言えば、遅いな……まゆちゃん。紅茶って入れるのにそんなに時間かかるのか……?」

茜「それもそうですね……?」



……ルル



P「…………おい、何か聞こえないか?」

乃々「え……もりくぼには聞こえませんけど……」



……ルルル



P「……いや、する」

輝子「?」

P「まゆ!」ダッ

茜「Pさん!?」

P「……いない」

乃々「……え」

輝子「ま、まゆちゃん……?」



……ルルルル



乃々「……あ、聞こえる、聞こえます! これは……携帯の着信音?」

茜「……確かに聞こえますね」

輝子「ど、どこから……?」

P「ここからだ……」

P「…………」



「私の部屋、お手洗いの水道が壊れちゃってるんです」


P「…………」

乃々「……Pさん?」

輝子「まゆちゃん? いるのか? 返事してくれ」コンコン

茜「鍵がかかってるんですか? それなら私が……」

P「……いや、鍵はかかってない」

乃々「じゃあなんで……」

P「……」

輝子「まゆちゃん? 気分でも悪いのか?」コンコン

P「……」

P「……」

P「……」カチャ


P茜乃々輝子「!!!」


輝子「まゆちゃん!? どうしたんだ! まゆちゃん!」ガバッ

茜「大丈夫ですか! まゆちゃん!」

乃々「……まゆ、ちゃん。と……」

P「……」

P「……あぁ」

P「そういうこと、かよ」


P(そこにいたのは床に倒れて意識の無いまゆ。そしてもう一人)


P「……凛」


乃々「凛さんが、なんでここに……?」

茜「凛ちゃんも! 大丈夫ですか!」

茜「……二人とも、意識がありません! 救急車呼んできます!」

P「……」


プルルルル


P「……携帯が、二つ」

P「……」

P「……」ピッ

P「……もしもし」

P「……」

P「あぁ。俺だ」


卯月「Pさん!」ダッ

P「……おぉ。お前らか」

奈緒「凛はどうなったんだ!?」

P「……さっき、救急車で運ばれていった」

加蓮「うそ……」

未央「どこの病院!? 私たちも行く!」

P「346系列の一番近い病院だけど……お前らは今日は帰れ」

未央「なんで!」

P「今日はもう遅い。面会時間もあるし明日また……」

奈緒「遅いとか、そんなの関係ないだろ! 凛が心配なんだよ!」

卯月「そうです! お願いします!」


P「……駄目だ」

奏「……凛の状態は?」

P「詳しいことは分からない。けど俺たちが凛を見つけた時には、もう凛の意識は無かった」

奏「……そう」

加蓮「……眠ってるんだったら、私たちが行っても邪魔になるだけだね」

奈緒「加蓮!」

奏「そうね。私も同感だわ」

卯月「奏ちゃんまで……!」

加蓮「……勘違いしないでね。私だって凛のことが心配でたまらないよ。けど、目を背けちゃいけない。私たちにはできること、できないことがある。今、凛
のところに行って、私たちができることがあると思う?」

奈緒「それは……」

卯月「……じゃあ私たちができることって」

奏「事の始まりと顛末を知ること。つまり……」

P「……俺か」

奏「……話してくれるわよね? 知ってるんでしょ?」

P「それは……」


ちひろ「戻りました」ガチャ

P「! ちひろさん……! 二人の容体は?」

ちひろ「安心してください。さっき電話で確認したら、凛ちゃんもまゆちゃんも、睡眠薬をちょっと多めに飲んじゃっただけらしいです」

P「……!」

未央「睡眠薬って……!」

ちひろ「大丈夫ですよ。死ぬことはありません。ただ……」

加蓮「……目を覚ますかどうか、ってこと?」

ちひろ「……体が衰弱している原因は恐らく精神的なものだろうと。体には基本的に異常は無いみたいですから」

奈緒「……くそ」

卯月「……凛ちゃん」

未央「しぶりん……」

奏「……」

ちひろ「……で、Pさん。どうするんですか?」

P「……分かったよ。皆、今から俺のデスクに来てくれ。そこで話すから」

ちひろ「あ、乃々ちゃんと輝子ちゃん、それと茜ちゃんもいますからね」

P「……あいつらはまゆと病院に行ったんじゃないんですか」

ちひろ「私が引き留めました。あの三人だって、話を聞く権利はあるはずですから」

P「……そうですか」


茜「あ、Pさん! お疲れ様です! ちひろさんも!」

乃々「……」

輝子「……」

卯月「……あ、茜ちゃん」

茜「お、卯月ちゃん達も! お疲れ様です!」

奈緒「……茜はすごいな。いつも元気で」

茜「それだけが取り柄ですから!」

奏「……」

加蓮「……」

P「……全員揃ってるな」

ちひろ「……そうですね」

P「……」


P「……話すよ。俺が知ってること、全部」


P「……まず、今日あったことについて話す」

P「昼過ぎ頃、俺は森久保と輝子から相談を受けた。『まゆが事務所に来ない』って。そうだな?」

輝子「……ウン」

P「俺はちひろさんに相談した。そしたら女子寮の鍵を貸してくれた。無論、まゆの部屋のだ」

加蓮「……それで?」

P「話を聞くためにまゆの部屋に行った。俺はそこで監禁されてたんだ」

P「……内側から南京錠をかけられた。どうすることもできなかったよ。まゆの言いなりになるしかなかったんだ」

卯月「……凛ちゃんは、どこにいたんですか?」

P「……まゆは俺にと嘘をついていた。トイレが壊れているって。凛も俺と同じように、まゆに監禁されてたんだ」

奏「じゃあPさんが監禁される前から、凛はトイレにいたってこと?」

P「……そうなるな」

ちひろ「……トイレにあった二つの携帯。一つは凛ちゃんので、もう一つはまゆちゃんのでした。それとイヤホンが隠してありました」

乃々「イヤホン……?」

ちひろ「二つ携帯には今日の通話履歴が残ってました。それもかなり長い時間の」

P「……まゆは凛に、電話越しに俺たちの会話を聞かせていたんだ」


奈緒「な、なんでそんなこと……」

P「……一度だけ、一人でまゆの部屋を出ることができた。そのまま逃げるわけにもいかなかったから、偶々そこにいた茜にちひろさんへ伝言をした」

茜「『まゆちゃんは大丈夫』『トイレが壊れている』の二つですね!」

P「……ちひろさんもまゆとグルだったから、意味は無かったらしいけどな」

ちひろ「……さあ、なんのことでしょう?」

奏「ちひろさん。一ついいかしら」

ちひろ「なんですか?」

奏「私がちひろさんから凛の代役の連絡を受けたのが、昨日。凛は体調を崩してるって。でも今朝、凛が自宅から出るのを凛のご両親が見ている。それについ
てはどう説明するの?」

ちひろ「あら。昨日の時点で体調が悪くても、よく眠ったら翌日に回復するなんて。よくあることですよ。大事を取って、スケジュールは開けておいたんで
す」

奏「……そう」


P「お前ら、凛の家に行ったのか?」

卯月「……凛ちゃんも最近、元気がなかったから。心配で……」

加蓮「そーだ! Pさんとっまゆちゃんと言えば! 私たち、事務所の近くのコンビニで買い物してるの見たんだよ! どういうこと?」

P「……見られてたのか」

未央「……」

P「そうだ。まゆと二人で夕飯を買いに出た。すぐに部屋に戻ったけどな」

奏「いくらでも逃げる手段はあったんじゃない? 少なくとも、その間は」

P「……申し訳ないような気がしてな」

乃々「……」

P「……それからすぐ、部屋に茜たちが来た。まゆはすぐに部屋に入れた。特に困った様子でもなかった」

奈緒「諦めたってことか?」

P「……分からない」

卯月「……」

P「……まゆはお茶を入れにキッチンのほうに行った。俺たちは話をしながら待ってたが、やけに遅いことが気になって様子を見に行った」

輝子「あ、携帯の着信も……」

P「そうだ、着信音でまゆがトイレにいることが分かった。奈緒が凛にかけた電話だ」

P「……まゆと凛は倒れていた。意識が無かったから、救急車を呼んで病院に運んでもらった。……こういうことだ」


ちひろ「Pさん? 肝心な部分が抜けてますよ?」

乃々「そうです。Pさんがまゆちゃんじゃなくて凛さんを選んだって言うのは……」

未央「え、それってもしかして……」

茜「……ごめんなさい! 聞いちゃいました!」

加蓮「え、茜ちゃん?」

P「……茜。あの話は未央から聞いたのか?」

茜「正確には卯月ちゃん、未央ちゃん、加蓮ちゃん、奈緒ちゃんが話しているのを……」

卯月「あ……」

P「……そうか」

ちひろ「……私が言いましょうか。これは博打だったんですよ。乃々ちゃん」

乃々「……」

P「……どういうことですか」

ちひろ「言った通りですよ。まゆちゃんは博打をしたんです」

輝子「……博打?」

ちひろ「そうです。それも小さなものじゃなく、まゆちゃんはとても大きなものを賭けました」

乃々「……自分の恋心、ですか」

P「……!」


卯月「でも、なんでそんなことをしたんですか?」

加蓮「そうだよ! 凛を拘束したりして。そんなの不公平じゃん!」

ちひろ「…………Pさん? こうなったら話さざるを得ないですよね?」

P「……」

奈緒「まだ何か隠してることがあるのか? プロデューサー!」

P「……」

ちひろ「Pさんが話さないなら私が話しますよ?」

P「……いや、俺が言います」

輝子「……フヒ」

乃々「…………洗いざらい、吐いてもらうんですけど」

卯月未央奏茜奈緒加蓮「……」

P「……凛に抱き着かれて告白された。そのことは知ってるんだよな?」

輝子「あぁ……」

卯月「……私が見ちゃいました。ごめんなさい」

P「いや、卯月は悪くないんだ。悪いのは全部俺なんだよ」

未央「どういうこと?」

P「……あの日、あの時。俺が凛に告白されてたときに……」

加蓮「何かあったの?」

P「……同じスタジオで収録してたまゆを一人にするべきじゃなかったんだ」

奈緒「……くどいぞPさん! 何があったんだ! Pさんが凛の告白を聞き流してた間に、まゆに何があったんだよ!」

P「……」

P「…………強姦、レイプされそうになってたんだ」


輝子乃々卯月未央奏茜奈緒加蓮「…………え?」

P「…………まゆが襲われてたんだよ。番組のスタッフに」

乃々「え、それって……」

ちひろ「……熱狂的なファンだったらしいですね。まゆちゃんのファンは過激な人が多いですから」

加蓮「いや多いですからって……洒落になんないでしょ、それ」

卯月「Pさんはその時……あっ」

P「……俺は凛に告白されてた。スタッフは数人がかりのグルだったらしい。楽屋の警備員さんもそいつらに嵌められてた。まゆを守る人は誰もいなかったん
だ」

輝子「それでまゆちゃんは事務所に来なくなってたのか……」

奏「……初耳なんだけど」

ちひろ「他のアイドルがそれを知ったら仕事に支障が出るでしょう?」

P「まゆを襲った本人は警察に突き出した。各テレビ局、ラジオ局にも注意を厳重に喚起した。警備も増やした」

未央「……」

P「でも俺がやったのは後始末だけだ。結局まゆを助けたのは、幸運にもそこを通りかかった茄子さんだった」

ちひろ「突然まゆちゃんの楽屋だけ停電して、焦った犯人が机の角に小指を思いっきりぶつけ、転げ悶えてるところに楽屋のドアがいきなり倒れてきて下敷き
になったらしいです」

輝子「こ、幸運って怖いな……」


P「結果としては服を強引に脱がされそうになっただけで済んだ。だがまゆは深く傷ついた」

奈緒「当たり前だろ……!」

加蓮「奈緒、冷静になって」

奈緒「なんだよ! こんなの聞かされて冷静になんかなれるか! まゆの気持ちを考えると……!」

未央「……でも、誰も悪いわけじゃないんだよね。悪いのはまゆちゃんを襲った人で」

奈緒「じゃあ悪いのはまゆのそばを離れた、Pさんじゃないのか!? どうなんだよ!」

P「……」

未央「それは……」

ちひろ「……確かにPさんにも責任の一端はあります」

P「!」

奈緒「……だよな。そうなんだよな、Pさん」

P「……あぁ。さっきも言っただろ、悪いのは全部俺だ」

ちひろ「でもこれは本当に偶々起こった、不幸な事件だったの。誰も、誰かを責めたりはできない。Pさんもそのことについて負い目を感じる必要は、無いっ
てことです」

奏「……そうね。私も、そう思うわ」

奈緒「なんだよ……! 皆して大人ぶりやがって……!」ガチャ

加蓮「奈緒! どこ行くの!」

奈緒「病院だよ! 凛の所に行く! こんな話を聞くよりもずっと凛の方が心配だ!」

加蓮「待って! ねぇったら!」バタン

輝子「……」

乃々「……」

卯月「……」

未央「……」

茜「……」

奏「……」


P「……ちひろさん。自分がやったことは話しました。次はちひろさんの番です」

ちひろ「博打のことですか? Pさんなら大体の察しはついてると思ったんですけど」

P「……とても危険な賭けです。そこまでしてまゆが欲しがったのは、いったい何なんですか?」

奏「それはPさんの……」

P「いや、それは分かってるんだ。まゆは俺に好かれたがってた。そのために俺を拘束して、誘惑して、その様を凛に見せつけて……」

卯月「……」

ちひろ「なら何が分からないんですか?」

P「……まゆはいい子なんです」

ちひろ「……」

P「佐久間まゆっていう子は可愛くて、気が利いて、面倒見が良くて、料理が上手で……」

P「……何より、誰よりも恋愛に対してまっすぐなんです」

輝子「…………私もそう思うぞ」

乃々「わ、私も……」

ちひろ「……それはPさん達がそう思い込んでただけ、じゃないんですか?」

P「! 何を……!」

ちひろ「まゆちゃんはどこか歪んでる。ただの可愛い女の子じゃない。Pさんもそこにアイドルとしての魅力を感じたんでしょう?」

P「そ、それは……」

ちひろ「じゃあ監禁されてるときは? 『まゆちゃんがこんなことするはずない』って本気で思ってましたか?」

P「……くっ」

ちひろ「……この際だから言っときますけど」

ちひろ「私たちは所詮他人同士なんですよ。職場が同じで、同じユニットになって、一緒にいる時間が増えたところで、心の底から信頼できる仲間なんていな
いんです」

輝子乃々「うぅ……」

ちひろ「誰しも心の中に闇を持ってるんです。今回のことだってまゆちゃんの闇から目を背けていたPさんの責任……と言われても仕方ないですよね?」

卯月「……それは言い過ぎじゃないですか?」

ちひろ「あら、卯月ちゃんはそう思いますか?」

卯月「だってそんなこと言い出したら……まゆちゃんがPさんのことを好きな事自体を否定してるみたいで……」

ちひろ「……もしかしたらそうかもしれませんね」

卯月「え……」

ちひろ「成就しない恋なら、しない方がマシだったのかも」

P「ちひろさん!」


ちひろ「ふふ。分かってますよ。年頃の女の子にこんなこと、言うもんじゃないですよね」

卯月「……私も凛ちゃんのところに行ってきます」ガチャ

輝子「……わ、私も……」

乃々「……もういいです。もりくぼは疲れました」

奏「……ここは空気が悪いわ」

P「……」

ちひろ「……」

未央「……」

茜「……」

P「……未央と茜は凛のところに行かないのか?」

茜「……いえ! ちょっと気になることがありまして!」

ちひろ「まゆちゃんのことですか?」

茜「もちろん! でも凛ちゃんとまゆちゃんが病院でああいう状況なんで、とりあえずPさんとちひろさんに聞いてみようかなー、と思いまして!」

P「……いいぞ。もう隠してることなんてないし、なんでも聞いてくれ」

茜「はい! では僭越ながら……」

茜「これは乃々ちゃんと輝子ちゃんに聞いたことなんですが、まゆちゃんと凛ちゃんってそんなに仲が良かったんですか?」

ちひろ「特別仲が悪いわけじゃないですよね」

P「そうだな。むしろいい方だと思ってたが……実際はそうでもなかったってことなのかな」

茜「いえ、私もそう思ってたから混乱してるんです」

P「どういうことだ?」

茜「じつはですね……」



数時間前


茜「凛ちゃんとの関係……とか!」

乃々「ひっ」

茜「どうしましたか?」

輝子「あー……乃々ちゃんはちょっと凛ちゃんに苦手意識が……」

乃々「あーいえ……トラウマってほどじゃないんですが……」

茜「おおう、大丈夫ですか? 話すのがしんどいなら……」

乃々「……大丈夫ですけど。もりくぼは自分にできることをするって決めたんですけど……」

輝子「おお……乃々ちゃんが成長している……」

茜「そうですか! じゃあよろしくお願いします!」

乃々「と言ってもそんなに知ってることはないんですけど……精々仲がいいってことくらいしか……」

茜「仲がいい? それは初耳です!」

乃々「え……知らなかったんですか?」

輝子「私も知らなかった……。仲がいいって、どのくらいだ?」

乃々「頻繁に家に遊びに行くくらいには……? しょっちゅう凛さんからその話を聞かされてますし……」

輝子「え……そんなにか」

乃々「泊まりとかも結構してたみたいですけど……本当にそれくらいしか……」

茜「いえいえ! 十分ですよ! ありがとうございます!」

輝子「凛さんが……なにか関係しているのか?」

茜「んー……」

乃々「まさか凛さんと喧嘩して?」

輝子「そ、そうなのか? 茜さん」

茜「……」

乃々「な、なにか言ってほしいんですけど!」

茜「んー、わかりません!」

輝子「なんだそれ……」

茜「私の勘ですから! そんなに気にしないでください!」

乃々「はぁ……」

輝子「ほ、本当にダイジョウブなのか……」


茜「……と!」

P「頻繁にお互いの家に遊びに行く? それだけ仲が良かったら……」

ちひろ「こんなことにはならなかった? 仲が良かったからこそじゃないですか?」

茜「それはありますね! 仲がいいほど喧嘩するっていいますし!」

P「それを言うなら喧嘩するほど仲がいい……まあ意味はそんなに変わらないが」

茜「というか、私も最初はそう思ってたんです。でもそれだとなんだかぱっとしないんですよねー」

ちひろ「パッとしない……ですか?」

未央「あ、それ。私も思ってたんだよね。それを言いたくて残ってたんだけど……」

茜「おお! やっぱり未央ちゃんとは気が合いますね!」

P「未央、何が腑に落ちないんだ?」

未央「あー。ちひろさんがさっき言ってましたよね? 誰しも心の中に闇を飼っている、って」

茜「まさにそこです! 私ももやもやしてたんです!」

ちひろ「それがどうかしましたか?」

未央「えーと、怒らないでくださいよ?」



未央茜「私たちから言わせてもらうと、そんなのちゃんちゃらおかしいからね!」



ちひろ「……は?」


P「お、おい……」

未央「……今まで私たちは一緒に色んな困難を潜り抜けてきた。毎日のレッスンやライブツアー。ドラマや映画の役作りにも、皆で真剣に取り組んできたんだ
よ」

未央「そうだよね?」

P「……あぁ。それは間違いない」

茜「アイドルは皆に光を届けるんです。そのために、私たちはここまで頑張ってきて、これからも頑張ろうとしてるんです」

茜「……そしてそれはまゆちゃんだって、同じはずなんです!」

ちひろ「……だから?」

未央「だから今回のことも、そんな耳障りのいい言葉で簡単に片づけさせない。諦めない。まゆちゃんにはまゆちゃんの考えがあって、あんなことをしたはず
だから。私はその理由が知りたい」

茜「心の中の闇? 上等です! そんなもの、皆の力で振り払ってやりますから!」

P「お前ら……」
ちひろ「……そうですか。それじゃ精々頑張ってください」クル

ちひろ「私が知ってることは全部話しましたし、これ以上、協力できることはないですから」

未央茜「はい! ありがとうございました!」

未央「……プロデューサー!」

P「……なんだ?」

未央「……私は男じゃないし、Pみたいに大人でもないから分かんないけど」タタタ

P「?」

未央「……好きな人には好きって素直に伝えるべきだよ?」コソッ

P「……!? おまっ……」

茜「?」


未央「それじゃあ私も皆のところに向かいます! 失礼しました!」

茜「失礼しました!」

ちひろ「……ねえ、二人とも」

未央「? どうしたんですか?」

ちひろ「……どうしてそこまで信じられるの? 赤の他人同士なのに」

茜「そんなことないですよ! ね、未央ちゃん!」

未央「……そうだね、茜ちん!」

未央茜「だって凛ちゃんもまゆちゃんも、私たちにとって大切な友達だから!」

ちひろ「……そうだったわね」

茜「あ、あと私はもう一つ」

ちひろ「?」

茜「約束しましたから! 私は前だけ向いて突っ走るって!」


P「……行っちゃいました」

ちひろ「……」

P「……太陽みたいですね」

ちひろ「……えぇ。私には眩しすぎます」

P「……」ガチャ

ちひろ「凛ちゃんですか?それとも、まゆちゃんですか?」

P「…………ちひろさんは意地悪ですね」バタン





ちひろ「……」

ちひろ「……」


ちひろ『成就しない恋なら、しない方がマシだったのかも』


ちひろ「……」ハァ

ちひろ「……よく言ったもんよね。ほんと」


未央「やー、盛大に啖呵切っちゃったね」

茜「かっこよかったですよ!」

未央「褒めるな褒めるな。して、茜殿よ。一つ尋ねたいのじゃが」

茜「はっ、なんでしょうか!」

未央「……私たちができることって、なんだろうね」

茜「……探偵ごっこや謎解きをするつもりはありませんよ」

未央「だよね。そう言うと思った」

茜「……難しいですね」

未央「私たちがしたいのはさ。自己満足とか、事件解決とか、そういうのじゃないじゃん?」

茜「そうですね!」

未央「……じゃあ、具体的に何をしよう?」

茜「……さしあたっては、お二人が目が覚めるのを待ちつつ! 私たちは私たちの仲間を慰めるべきだと思います!」

未央「だよねー、そうなるよねー……」

茜「?」

未央「……ま、それは仕方ないか!」

茜「あの、未央ちゃん? それはどういう……」

未央「すとーっぷ! 女にはしぃくれっとの一つや二つはあるものですぞ、茜どの?」

茜「な、なにー! それでは仕方ありません!」

未央「うむ、理解が早くて助かるね」

茜「それじゃあ私は病院に向かいます!」ダッ

未央「いや、行動も早いな! 待ってよー! 私もしぶりんのところ行くんだから! 一緒に行こうよー!」ダッ


卯月「……」

奈緒「……」

加蓮「……」

奏「……」

凛「……」スースー

卯月「……ほんとに、眠ってる」

奈緒「そうだな。かわいいもんだ」

加蓮「……かわいそうに」

奏「……」

卯月「……死んでるみたい」

奈緒「卯月!」

卯月「だって……」

加蓮「いや、私もそう思う。凛は今、死んでるようなもんだよ」

奈緒「加蓮まで!」

奏「……凛の知らないところを覗いて、怖くなった?」

卯月「…………怖くなった、のかな。凛ちゃんが遠くに行っちゃって、帰ってこないんじゃないかって……」

奈緒「縁起でもないこと言うなよ……死んだりすることは無いって言ってたじゃんか!」

加蓮「目が覚めたとして、それは今まで私たちが知ってた凛じゃないかもしれないんだよ」

奈緒「凛は凛だろ……! そんなの私には関係ない」

奏「奈緒が気にしなくても、凛はどうかしらね」


卯月「……まゆちゃんがやったことは、凛ちゃんをどれだけ傷つけたんでしょうか」

奏「どうかしら。本人に聞いてみないと分からないわね」

加蓮「……まゆちゃんってちょっと変わってるとは思ってたよ。でもほんとにこんなことする子だとは、思わなかった」

奈緒「それほど抜け駆けされたのが許せなかったんだろ……」

奏「もしも私たちがその立場だったら?」

奈緒「……想像できないよ。そんなの」

加蓮「……」

卯月「誰が悪いわけでもないのに、なんでこんなことになっちゃったんだろ……」

奏「……恋って、そういうものよ」

奏「少なくとも誰かが誰かを好きになることは尊いこと。こじれたら色々と面倒になるけれどね」

奈緒「まゆがやったこともしょうがないってことか?」

奏「ちょっと行動力が過ぎたわね。ある意味計画的でもあったようだけれど……」

加蓮「はぁ……博打のこと? あれって勝算低すぎると思うんだけど」

奏「どうかしら。そんな当て馬にあのちひろさんが乗るとも思えないけれど」

卯月「……」

凛「……」スースー

卯月「……凛ちゃん」


乃々「……」

輝子「……」

まゆ「……」スースー

乃々「……かわいい寝顔ですね」

輝子「そうだな……」

乃々「……まゆちゃんがしたことは、間違ったことだったんですか」

輝子「ど、どうだろう。やったこと自体は悪いことだと思うけど……」

乃々「……」

輝子「まゆちゃんは私たちよりもずっと大人だったからな……。恋愛とか、私には分からない」

乃々「私にも分かりません……」

輝子「……私たちは、まゆちゃんを止めるべきだったのかな」

乃々「もっとちゃんと話を聞くべきだったのかも、ですけど……」

輝子「……」

乃々「……」

まゆ「……」スースー

乃々「……少なくとも、まゆちゃんは歪んでなんかいません」

輝子「あぁ。私もそう思うぞ」


未央「しぶりーん……っと、みんないるんだ」

卯月「あ、未央ちゃん……」

奈緒「遅かったな。何してたんだ?」

未央「いやーあのちひろさんに喧嘩売っちゃったよ」

加蓮「? なにそれ」

未央「いやいや。こっちの話こっちの話」

奏「……大丈夫なの?」

未央「だいじょぶだいじょぶ。で、お姫様はまだ起きてないの?」

卯月「……はい」

加蓮「まだ一回も起きてない。私たちが来てからもずっと眠ったまま」

奈緒「凛、未央も来たぞ? そろそろ起きてもいいんじゃないか? な?」

凛「……」スースー

奈緒「……くそ」

奏「……」

未央「……そっか」

奈緒「……なあ。未央はどう思う?」

未央「それは……まゆちゃんのやったことについて? それとも……」

奈緒「諸々含めたぜんぶについて」

未央「……中々難しいこと聞くねー」


未央「そうだなー、まずはちょっと信じられない気持ちがある」

加蓮「あー……それは私にもあるかもしんない。まさかこんなことになってるなんて思ってなかったよ」

奏「私なんか、あなた達が楽屋に来てなかったら、このことについて一切知らないままだったわよ」

奈緒「今日、私たちが卯月と未央に凛のことを相談してなかったら……奏と同じようになってただろうな」

加蓮「そう考えたら、こうやってしぶりんとまゆちゃんの境遇を少しでも知れたってことは、すごくラッキーだよね」

卯月「でも……私たちには何もできなかった……」グスッ

未央「それは違うよしまむー。私たちが今こうやってしぶりんの側にいてあげられるってことはとっても大事なことなんだよ」

卯月「でも……」

未央「……さっき茜ちんとも話したんだ。私たちがするべきことについて」

卯月「……」

未央「しぶりんとまゆちゃんが目覚めたとき、私たちがそこにいてあげられればいいな。って思うんだけど……どう?」

奏「……いいんじゃない?」

加蓮「私たちが口出しできる問題でもないからね……それがいいよ」


奈緒「……」

加蓮「奈緒? またへそ曲げちゃうの?」

奈緒「……いや。もうそれはやめた。凛とまゆの気持ちとかPの対応とか、釈然としないのは変わらないけどさ」

加蓮「へえ、偉いじゃん?」

奈緒「……眠ってる凛を見たら、な。無事に目を覚ましてくれさえすればいいやって……そういう気持ちになってくるんだよ」

奈緒「それと……さっき加蓮が言ってたこと、思い出した」

加蓮「なんか言ったっけ?」

奈緒「『できることとできないことがある。目を背けるな』って」

加蓮「あはは。そういや言ったね、そんなこと」

卯月「……」

凛「……」スースー

卯月「……」

未央「……しまむー?」

卯月「……ちょっと、一人にさせてください」

未央「……いいよ。私たちはここで待ってるから」

卯月「……ありがとうございます」


茜「まゆちゃん、こんばんはー……っと」

乃々「あ、茜さん……」

輝子「……流石に病院では静かにしてるんだな」

茜「ここに来るまでに看護師さんに三回も注意されましたからね!」

輝子「あ、やっぱり……」

茜「で、どんな感じですか?」

乃々「見ての通りです……反応も無いし起きる気配もありませんし……」

茜「ほあー……。人形みたいにかわいい寝顔ですねぇ」

乃々「……何してたんですか?」

茜「戦ってました!」

乃々「え、誰とですか?」

茜「ちひろさんとです!」

輝子「あー……」

乃々「あー……」

茜「な、なんですかその目は」

輝子「……茜さん。ちひろさんが言ったことについて、どう思う?」

茜「ちひろさんのどの発言についてですか?」

輝子「なんでもいい。例えば……」

乃々「『まゆちゃんは歪んでいる』って言ってました」

茜「ああ、言ってましたね」

輝子「私たちはそんなことないって思うんだけど……どうかな?」

茜「私は……歪んでない人なんかいないと思いますよ」

乃々「……」

茜「普通の人ってどこかしら歪んだり、罅があったり、弱点があったりするものですから!文字通り、完璧な人なんていないと思いますよ」


乃々「完璧な人なんていない……」

輝子「……」

茜「……耳元で『おはようございます!!』って叫んだら目が覚めたりしませんかね?」

輝子「そ、それはよくないと……」

茜「あはは。冗談ですよ!」

乃々「茜さんが言うと冗談に聞こえないんですけど……」

茜「二人はどうですか?」

乃々「え?」

茜「まゆちゃんの目が覚めたら……なんて声をかけるつもりですか?」

乃々「そ、それは……」

輝子「……」

茜「ああ、そんなに難しく考えないでいいですよ!」

乃々「……」

輝子「……」

茜「……二人とも考え込んでしまいました」

輝子「む、難しいな……フヒ」

乃々「んー……」

茜「ま、まあ考えることは悪いことじゃないですからね!」

まゆ「……」スースー

輝子「……ちょっと外の空気を吸ってくる」

乃々「……わかりました」

茜「いってらっしゃい!」

輝子「……ありがとう」


P「……」

P「……」

P「……俺はどうすればよかったんだろうな」

P「なぁ。教えてくれよ」

P「凛」

P「まゆ」

P「……ははっ」

P「俺なんかに答えてくれるわけないか」

P「……」

P「……俺が出来ること、しなくちゃいけないこと」

P「……」

P「……物語を、終わらせるんだ」


卯月「……」グスッ

卯月「……泣いちゃダメだよ。皆だって、泣いてないでしょ?」

卯月「だから……」

卯月「……凛ちゃん」グスッ

輝子「……フヒ」

卯月「!」

輝子「ご、ごめん、なさい。偶々なんだ。本当に偶々……通りかかっただけで」

卯月「み、見ちゃいました?」

輝子「……うん」

卯月「あはは……。かっこ悪いですよね、私」

輝子「……そんなことないと思う」

卯月「……輝子ちゃんは優しいですね」

輝子「……」

卯月「……」


輝子「凛さんは……?」

卯月「……」

輝子「そっか、凛さんもまだなんだ……」

卯月「……まゆちゃんも?」

輝子「……うん」

卯月「……」

輝子「……」

卯月「なんでこんなことに、って考えても、無駄なのは分かってるんです」

卯月「それでも考えちゃう。なんで、どうして、って」

輝子「……私も、だ」

輝子「……それで悲しくなって、何もできなかった自分が歯痒くて」

卯月「勝手に辛くなって」

輝子「そんな自分が嫌になって……」

卯月「……私、凛ちゃんのことなら何でも知ってると思ってたのかもしれませんね」

卯月「本当はそんなわけないのに」

輝子「……」

卯月「……」


輝子「……なんて言えばいいと思う?」

卯月「え?」

輝子「まゆちゃんが目を覚まして、私はまゆちゃんになんて声をかければいいんだろうな」

卯月「……」

輝子「……それがわかんなくて、逃げてきたんだ」

輝子「私は今日、まゆちゃんに会ってるんだ。なのに止められなかった。気付けなかった」

輝子「……どんな顔したらいいかも、分かんなくて」

輝子「……怖くなって」

卯月「……私もそうです」

卯月「凛ちゃんの顔を見るのが怖くなった。私の知ってる凛ちゃんじゃないような気がして、それで……」

卯月「……」グスッ

輝子「……」グスッ


輝子「……泣いてもいいのかな」

卯月「……もう泣いてるじゃないですか」

輝子「……卯月ちゃんもな」

卯月「……内緒にしてくれますか? これで終わりにしますから」

卯月「二人が目を覚ました時に、笑って迎えてあげられるように。弱い自分を倒すために……」

輝子「うん。大丈夫」

卯月「……ありがとう」

輝子「おあいこってやつだから……な」

卯月「……う」

輝子「……う」

卯月輝子「うええええん」

卯月「凛ちゃあああん」

卯月輝子「うええええええん」


凛「……」スースー

奈緒「……遅いな」

未央「そうだね。ちょっと心配になってきたな」

加蓮「迎えに行く?」

未央「いや、待ってるって言っちゃったからね」

加蓮「あ、そうだった」

奏「……こんなこと言うのはあれだけど、暇ね」

奈緒「……確かにな」

加蓮「そういや私たち、いつまでここにいていいんだろうね? もう夜中だし、手続きとかしてないし」

奏「別にいいんじゃない? ここって346の直系の病院みたいだし。そこらへんはちひろさんかPがどうにかしてると思うわよ」

加蓮「あ、そうだった」

未央「ちひろさんと言えば……退屈ついでにちょっと考えてみたんだ。なんでちひろさんが関わっているのか」

奏「あら、いいじゃない」

奈緒「なんだよ奏。随分乗り気じゃんか」

奏「他人の粗を探すのって存外楽しいものよ。特に秘密を多く抱えた相手だと、ね」


加蓮「……もしかして、奏って結構根に持つタイプ?」

奏「どうかしらね」

未央「あ、しぶりんが聞いたら嫌がるだろうし……ちょっとこっち寄って」

奈緒「はいはい……。で?」

加蓮「本田先生の中ではどういう結論になったの?」

未央「うん。ちひろさんは、まゆちゃんの計画を阻止したかったんじゃないかなって」

奏「それは……有り得るわね」

加蓮「うん。確かに」

奈緒「そうか? それなら最初から協力なんてしなきゃよかったじゃん」

未央「なんか弱みを握られてた……とか。完全に妄想の域になっちゃうけど」

加蓮「実は裏から手を引いてた……。十分考えられる話だね」

奈緒「確かにあのちひろさんが、黙ってまゆに従うとも思えないしなー」

奏「完全に無関係の私を巻き込んでまで……というか、凛の代役が私じゃないといけない理由って、あったのかしら?」

未央「む、それは一考の余地ありだね」


加蓮「……それにしても卯月、遅いね。病院だし滅多なことはないはずだけど……」

奈緒「……私だけでも探しに行こうか」

奏「これってどんどん生存者が減っていくパターンね」

奈緒「それこそ縁起でもないこと言うなよな……」

卯月「……すいませんー。遅くなっちゃって」

奈緒「卯月! ちょうど探しに行こうと……」

輝子「お、お邪魔します……」

奈緒「輝子! どうしたんだ?」

卯月「さっき偶然会ったんです。凛ちゃんの様子も見たいって」

奈緒「そうか……。まゆはどうだった?」

輝子「眠ってる。かわいい寝顔だった……」

未央「……」

卯月「? どうかしましたか?」

未央「……いや、なんでもない」

卯月「?」

未央「……もう大丈夫?」

卯月「……はい。大丈夫です」

未央「そっか。よかった」

加蓮「……」

奏「……」

凛「……」スースー


P「……」ガチャ

P「……」

P(……なにか、あるはずなんだ)

P(物語を終わらせる、なにか)

P「……」

P「……これって、不法侵入かな」

P「……」

P「……」ガサガサ

P「……」ガサガサ

P「……!」

P「……日記帳か」

P「……」ペラ

P「……これか」

P「……」

P「……これが、俺の役割だったのか」




『凛ちゃんへ』




P「……」

P「……くそ」


未央「……んがっ」

卯月「……ふふ、未央ちゃん。よだれ垂れてますよ」

未央「おっと失礼……。うとうとしてた」ジュルリ

奏「無理もないわね。一日中動き回ってたんだし。ほら。あの子は完全に入っちゃってる」

奈緒「ぐおおお、すぴいいい」スヤア

未央「これはこれは……いい爆睡っぷりですな」

輝子「いびきで凛さんが起きないか心配だ……」

加蓮「それはそれでいいんじゃない? 『奈緒、うるさい』ってさ」

奈緒「うえっ……?」

奏「眠り姫のお目覚めね」

奈緒「だ、誰か私の名前呼んだ?」ゴシゴシ

加蓮「呼んでない、呼んでないよー」

卯月「いい子のなおちゃんはもうちょっと寝てていいんですよー」

奈緒「い、いや。私だけ寝るなんて嫌だ」

未央「かみやん、よだれ」

奈緒「え、あっ」ジュルリ

加蓮「凛につけてたら大惨事だったねー」

奈緒「……そうか、まだ凛は寝てるのな」

卯月「……」


乃々「あ、あのー……」

卯月「あ、乃々ちゃん」

茜「こちらに輝子ちゃんがお邪魔してませんか?」

輝子「あ、はい」

乃々「戻ってこないからちょっと心配したんですけど……」

輝子「あ。そうだった……」

茜「私たちも凛ちゃんの様子を見たかったので。ちょうどよかったですよ」

輝子「ということはまゆちゃんもまだ……」

乃々「……はい」

輝子「……」

未央「こーら。また暗くなってるじゃん。くよくよしてても仕方ないよ」

奈緒「だな」

卯月「……はい」


茜「……そういえば。輝子ちゃん。答えは出ましたか」

輝子「……その時になったら。自然と言葉は思いつくと思うんだ」

輝子「こんなんでいいかな……?」

茜「上出来です! ね?」

乃々「……私にもできるでしょうか」

奏「安心して? ここにも長いことぐずってた子がいるから」

奈緒「私のことか。まあ否定はしない」

卯月「……」

奏「……ふふっ」

乃々「……頑張ります」

輝子「一緒に……な」


茜「……皆さんはいつまでここに?」

未央「そりゃ二人の目が覚めるまで……と言いたいけど、そういうわけにはいかないよね」

加蓮「とりあえず今晩はここに泊まるつもり。というか今から帰るにも電車ないしね」

奈緒「というかもうこんな時間か。始発までそう時間もないし、それで帰るかな」

奏「私もそのつもりよ」

茜「そうですか! じゃあそれまで皆で話しませんか?」

未央「いいね! なんについて話す?」

卯月「あの、私、考えたんですけど……」

奏「どうしたの? まゆちゃんのこと?」

卯月「はい。なんでそんなことしたんだろう、ってことが……」

加蓮「なんでって、Pさんと凛を引き離すためでしょ?」

卯月「あ、いえ……。それはそうなんだけど、私が気になったのはもっと細かいところで……」


乃々「……確かに違和感はあるんですけど」

輝子「それって……?」

卯月「私がもしもまゆちゃんの立場だったら、って考えたんです。自分より先にPさんに告白した凛ちゃんに嫉妬して、引き離すために二人を監禁する……」

卯月「……なんで二人で外に出たんだろう、って」

奈緒「……確かに。言われてみれば、そんなことする必要はないよな」

茜「それなら私も!」

未央「おぉ、なんだい茜ちん?」

茜「まゆさんはその前にも一度、Pさんを部屋の外に出してます。 しかもPさんだけで!」

加蓮「あー、茜ちゃんが伝言を預かったとき?」

茜「そうです! 私がまゆちゃんなら、絶対にPさんを一人で外に出したくないです!」

輝子「……確かに」


奏「茜ちゃんたちが来たとき狼狽える様子が無かった、っていうのも不自然ね。今の私たちじゃ、推論しか立てられないけれど」

乃々「……」

輝子「……乃々ちゃん? どうかしたか?」

乃々「…………まゆちゃんの目が覚めたら、そこらへんもちゃんと話してもらわないといけないんですけど」

卯月「……そうですね」

未央「……まゆちゃんは悪い人じゃないんだよね。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不器用なだけで」

加蓮「……そうだね」

奈緒「……全く、不器用だよなー! 凛も、Pさんも、まゆも!」

加蓮(え、奈緒がそれ言う?)

輝子「でも、私たちも同じ……。そのままのキモチを誰かに伝えるのは、思ったよりも難しい……んだよな」

茜「黙っているんじゃ、気持ちは伝わらないですからね!」

奏「……面倒な生き物ね。人間って」


乃々「……まゆちゃんが帰ってこないと、やっぱり机の下が寂しいんですけど」

卯月「……きっとこのことも時間が経てば、笑って話せるようになります」

加蓮「時間なんか必要ないよ。笑って迎えてあげよう。まゆちゃんや凛のためだけじゃなくて、皆の為にも」

茜「……あ、見てください!」

奈緒「どうしたんだ?」

茜「……朝焼けです! とっても綺麗ですよ!」

卯月「あ……ほんとだ……」

未央「……すごいね」

加蓮「……うん」

奈緒「……あぁ」

奏「……きれい」

乃々「ま、眩しい……」

輝子「綺麗だな……」

茜「太陽、って感じですね……」

卯月「……凛ちゃん、まゆちゃんとも、一緒に見たいですね」

未央「……見られるよ。だって毎日、陽は昇るんだし。ね?」

卯月「……はい」

加蓮「……ね、話は変わるけどさ。こないだの収録で奈緒がやらかしたこと、知ってる?」

奈緒「おい! それは秘密にするって約束しただろ!」

加蓮「いーじゃん。どうせオンエアでバレることなんだしさ」

未央「なになに? なにしたの?」

奏「興味があるわね」

卯月「気になります!」

茜「参考にさせてください!」

奈緒「なんでこう食いつきがいいかなぁ! もう!」

加蓮「えっとねー……」

奈緒「だああああ! 私をおちょくって遊ぶの、いい加減やめてくれえええ!」

「あははははは!」


凛「……」スースー


数日後の深夜、一人の患者が病室から抜け出した。看護師がそれを見つけ、戻るよう説得したが、患者は聞く耳を持たなかった。小指に赤いリボンを巻いたその患者は看護師の必死の制止も聞かず、七階の窓から身を投げ出した。

地面に頭を強く打ち、即死。血に塗れながらも、その顔は幸せそうに笑っていた。

*


まゆ「あはは、凛ちゃんってば、おかしいですね」

凛「えー? そうかな?」

まゆ「そうですよぉ。だってゲームに負けたほうが恥ずかしい話をするっていう罰ゲームなのに、それって奈緒ちゃんの話じゃないですかぁ」

凛「そうだよ。誰にとって恥ずかしい話かは決めてなかったからね。多分さっきの話を奈緒にしてあげたら、顔真っ赤にして恥ずかしがるだろうし」

まゆ「ずるいですよぉ。まゆは凛ちゃんの恥ずかしい話が聞きたかったのに」

凛「あはは、それはまた今度ね」

まゆ「むぅー」プクー

凛「そんなにほっぺた膨らませてもかわいいだけだよ。ほらこれ見せてあげるから。機嫌直して?」スッ

まゆ「あ、これは……」

凛「前に見たいって言ってたでしょ。ハナコの写真。沢山撮ってきたよ。どう?」

まゆ「……かわいいです」

凛「でしょ? あ、それはハナコが一緒に布団に入ってきたときで、それはお風呂からあがった後のハナコで、それは……」

凛「ってごめんね。横でわーわー言って。うるさかったかな」

まゆ「いやそんな、大丈夫ですよぉ?」

凛「まあゆっくり見てよ。私は本でも読んでるからさ」

まゆ「あ、はい……」


まゆ「……」

凛「……」ペラ

まゆ「……」

凛「……ペラ」

まゆ「……あ」プルルルル

凛「……ん。まゆ、どうしたの?」

まゆ「お母さんから電話みたいですよ?」プルルルル

凛「あれ、もうそんな時間?」

まゆ「はい」プルルルル

凛「ありがと」ピッ

凛「……もしもし?……うん。…………そうなんだ」

まゆ「……」

凛「……ううん、大丈夫。わかった。気を付けてね」

まゆ「……」


凛「え? ……大丈夫。まゆのとこだから。……うん、わかってるって、私から言っとくから」

まゆ「ご挨拶しましょうかぁ?」

凛「いや、いいよ。はい……はい。じゃあね、おやすみ」ポチ

まゆ「……どうしたんですかぁ?」

凛「うん。お母さんとお父さんがデートで帰ってくるのが遅いんだって。それで晩御飯は自分でどうにかしなさいってさ」

まゆ「あ、じゃあ……」

凛「うん。また厄介になってもいいかな? ……実はこないだ食べたまゆの料理がすごくおいしかったから、また食べたいなって思ってたんだ」

まゆ「構いませんよぉ。むしろ凛ちゃんなら大歓迎です」

凛「ありがとう! 何か手伝おうか?」

まゆ「大丈夫ですよ。凛ちゃんはお客さんなんだから、座って待っててください」

凛「そういうわけには……」

まゆ「……じゃあ食器を並べておいてくれますか?」

凛「! わかった。任せて!」

まゆ「ふふふ」


凛「ごちそうさま」

まゆ「お粗末様でしたぁ」

凛「まゆの料理はおいしいね。うちのお母さんより上手だよ。あ、食器運ぶね」

まゆ「そんな、いいですよ。お客さんなんだから……」

凛「私がしたいから、いいの」

まゆ「……じゃあお願いしますね」

まゆ「……」

凛「……一緒に、しよ?」

まゆ「……はい♪」


凛「さて、どうしようか?まゆは何かしたいこと、ある?」

まゆ「凛ちゃんがしたいことなら、なんでもいいですよ」

凛「そう言われてもな……。あ、じゃあアイス食べたいな」

まゆ「アイスですか……コンビニに買いに行かないと」

凛「私が行ってくるよ。何か欲しいものある?」

まゆ「じゃあまゆも一緒に……」

凛「いーの。私がしたいって言ってるんだから。まゆはゆっくりしててよ」

まゆ「……そう、ですか」

凛「……」

まゆ「……」

凛「じゃ、行ってくるね。近いからすぐに戻ってくるよ」

まゆ「……いってらっしゃい」


まゆ「……」

まゆ「……」

まゆ「……」

凛「ただいまー」

まゆ「あ、おかえりなさぁい」

凛「ふふふ」

まゆ「? どうしたんですかぁ?」

凛「いや、なんか新婚さんみたいだなぁって」

まゆ「……え?」

凛「いや、冗談だよ。冗談。まゆをお嫁さんにする人は幸せだろうなって思っただけ」

まゆ「そんな、まゆなんて……」

凛「ああ、そんな困った顔しないでよ。悪かったから。ほら、アイス食べよ?」

まゆ「あ、まゆのぶんも買ってくれたんですか? ならお金を……」

凛「大丈夫大丈夫。ほら。じゃん」ガサガサ

まゆ「これは……月見大福ですね」

凛「そ。私、これ好きなんだ。でも一人で二つ食べるのは欲張りすぎだから……ね?」

まゆ「…………凛ちゃんは意地悪です」

凛「一応アイドルだしね。夜食は控えるようにPからも言われてるし……」

まゆ「……Pさんですかぁ」

凛「?」


まゆ「……それじゃ、ありがたく頂きますねぇ」

凛「ん。これで私とまゆは共犯者だ……おいし」ヒョイパク

まゆ「まゆは無罪ですよぉ? 悪いのはまゆを唆した凛ちゃんです……ちべたっ」

凛「世の中には共謀罪ってのがあるんだよ。私の口車に乗った時点で、まゆは犯罪の片棒を担いだことになってるんだ」モグモグ

まゆ「理不尽です……」ペロペロ

凛「ぷにまゆになっちゃうね」

まゆ「でぶりんになっちゃえばいいんです……」

凛「辛辣だね」

まゆ「お互いさまですよぉ」

凛「ふふっ」

まゆ「ふふっ」

凛まゆ「あははははははっ」


まゆ「あ、凛ちゃん」

凛「どうしたの? まゆ」

まゆ「ついてますよ? ほっぺにアイス」

凛「え、ほんと? 取って」

まゆ「仕方ない凛ちゃんですねぇ……はい、取れました」

凛「ん。ありがと」

まゆ「……今日は泊まるんですかぁ?」

凛「……そうしようかな。実はもう連絡は入れてるんだ」

まゆ「そうだったんですかぁ。じゃあお風呂、入れますね。凛ちゃんから入っていいですから……」

凛「……」

凛「一緒に入る?」


まゆ「背中流しますねぇ」ゴシゴシ

凛「あー気持ちいい。あ、そこもうちょっと強めにお願い」

まゆ「このくらいですかぁ?」

凛「そうそう。まゆ、背中流すの上手だよね」

まゆ「うふふ、ありがとうございます」

凛「……なんか久しぶりだね。二人でお風呂に入るのって」

まゆ「そうですねぇ。やっぱりちょっと狭いですけど……」

凛「でもこのくらい狭いほうが、むしろ遠慮しなくていいよ」

まゆ「そうですかぁ?まゆは凛ちゃんがいいならいいんですけど……。流しますね」ザー

凛「ありがとう。じゃあ次は私の番ね」

まゆ「……」

凛「? どうしたの?」

まゆ「……いえ、なんでもないです。お願いしますねぇ」


凛「はー、やっぱりまゆの肌って綺麗だよね」コシコシ

まゆ「凛ちゃんの方が綺麗ですよぉ」

凛「いやー。私にはこの感じは無いなぁ。なんというか、きめ細かさ? 人形みたいというか」

まゆ「それを言うなら、凛ちゃんの肌にはハリがあります」

凛「そんなの後数年もしたら無くなるって。川島さんが言ってたもん」

まゆ「あれ、でも菜々さんは……」

凛「……あの人は例外中の例外だよ、まゆ」

まゆ「……そうですよねぇ」

凛「……ま、数年経ったら経ったで、それこそ川島さんみたいな大人っぽさがあったら、まだアイドルもやっていけるかな」

まゆ「……凛ちゃんはいつまでアイドルをするつもりなんですかぁ?」

凛「んー。考え中」

まゆ「……そうですかぁ」

凛「親もPもじっくり考えろって言ってるし。とりあえずは目の前のことに集中かな。泡、流すね」ザバー

まゆ「……ありがとうございます」

凛「先に髪、洗いなよ。浸かってるから」

まゆ「はい」


凛「……」

まゆ「……」

凛「……」チラッ

まゆ「……」

凛「……」ジー

まゆ「……」

凛「……」ジィー

まゆ「……」

まゆ「……どこ見てるんですかぁ?」

凛「……気付いてたか」

まゆ「そんなにじろじろ見られたら、嫌でも気づきますよぉ……」

凛「いやー、柔らかそうだなって」

まゆ「セクハラ……」

凛「同性の友達だからセーフ」

まゆ「凛ちゃんじゃなかったらはっ倒してますよぉ?」

凛「そもそも私以外とは一緒にお風呂に入んないでしょ」

まゆ「それもそうですけど……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……」


凛「……まゆの髪ってさ、いい匂いするよね」

まゆ「また変なこと言って……」

凛「ね。私も髪洗う時、同じシャンプー使っていい?」

まゆ「……」

凛「まゆ?」

まゆ「……それは駄目です。凛ちゃんはこっちのを使ってください」

凛「え、なんで?」

まゆ「……」

凛「……あ、ごめんね? 変なこと言って」

まゆ「いえ。こちらこそ……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……ねえ」

まゆ「なんですかぁ?」

凛「……私たちって、変かな」

まゆ「……」

凛「……ごめん。また困らせちゃった」

まゆ「……変じゃないですよぉ」

まゆ「まゆたちは、普通の女の子ですから」

凛「……そっか」

まゆ「……」

凛「……」


まゆ「電気、消しますねぇ?」

凛「うん。おやすみ」

まゆ「はい。おやすみなさい」カチッ

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……凛ちゃん?」

凛「……どうしたの?」

まゆ「……好きな人でもできたんですか?」

凛「……なんでそう思うの?」

まゆ「……なんとなくです」

凛「……そっか」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……まゆは凛ちゃんの味方ですよ」

凛「……ありがとう。でも、大丈夫だよ」

まゆ「そうなんですかぁ?」

凛「うん。だって好きな人がいるわけじゃないからね」

まゆ「あら。じゃあまゆの勘違いですか」

凛「ふふっ。そうだね」

まゆ「なんだか悔しいです……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……まゆ?」

まゆ「……」

凛「……」

凛「……おやすみ」


P「凛! 今回の収録はすごくよかったぞ! しっかりと、緊張せずに喋れたな」

凛「……まぁ、このくらいはね」

P「……」

凛「な、何?なんか顔についてる?」

P「いや、凛も最初に比べて成長したなーって思ってな」

凛「そ、そう?」

P「うん。見違えるくらいだ」

凛「……Pのおかげだよ」

P「……ありがとな」

凛「……」

P「……で、いきなり呼び出してどうしたんだ? まだ衣装も着替えてないじゃないか。待っててやるから早く……」

凛「……」ダキッ

P「り、凛?」

凛「……なんでもない」

P「なんでもないことないだろ。いきなり抱き着いてくるなんて。人が来たらまずい……」

凛「なんでもないから!」

P「!」

凛「なんでもないから、少しの間、このままでいさせて……」

P「……凛」


凛「…………」

P「…………」

凛「…………」

P「…………凛? もうそろそろ……」

凛「好き」

P「…………え?」

凛「……」スッ

P「……凛?」



凛「私、Pのことが好き」


P「…………」

凛「……おかしいよね。私みたいな女子高生が、Pみたいなおっさんを好きになるなんて」

P「……おっさんって歳でもないだろ。まだ三十代だ」

凛「でも、本気なんだ」

P「……」

凛「…………返事は?」

P「…………」



P「すまん」



凛「…………わかってたよ。そう言われることは」

P「…………すまん」

凛「……謝らないで」

P「…………」

凛「…………」

P「…………凛、俺は」


ドーン


凛「な、何? 今の音」

P「地震……じゃなかったな。楽屋の方からした……」

凛「……行ったほうがいいんじゃない?」

P「……」

凛「……」

P「……すまん」ダッ



凛「お邪魔します」

まゆ「はぁい。どうぞ上がってください」

凛「……」

まゆ「あら、浮かない顔」

凛「え、そ、そう?」

まゆ「えぇ。なんだか元気がないみたい」

凛「……」

まゆ「仕事で失敗でもしちゃいましたかぁ?」

凛「……うん。そんなところ、かな」

まゆ「……大丈夫ですよぉ。まゆは凛ちゃんがいい子だってしってますから」

凛「……」

まゆ「……今日は泊まるんですかぁ?」

凛「……いや、今日はやめとくよ」

まゆ「そうですかぁ。じゃあなにして……」

凛「……ごめん、まゆ。やっぱり私、帰るね」

まゆ「……いいですよ。何か事情があるんでしょう?」

凛「……ごめん」

まゆ「謝らないでくださいよぉ。まゆは凛ちゃんの友達ですから……」

凛「……ごめん」


ちひろ「……私はそれには加担できません」

まゆ「……そうですかぁ。残念です」

ちひろ「どうするつもりなの?」

まゆ「決まってるじゃないですか、そんなの」

ちひろ「……Pさんはあなたのことを好きになったりはしないですよ」

まゆ「凛ちゃんがいるからですか?」

ちひろ「……よくPさんを見てるんですね」

まゆ「当然です」

ちひろ「なんで私にそのことを話したんですか? 私はここの事務員です。アイドルが勝手に危ないことをしようとしたら、止めなきゃいけないんですよ?」

まゆ「だって、ちひろさんは私と似ています」

ちひろ「……」

まゆ「……私は悪い子です。他人を利用して、他人の心を覗こうとしてるんですから」

ちひろ「……まゆちゃんはいい子ですよ」

まゆ「本当にそう思ってますか?」

ちひろ「勿論です」

まゆ「……ありがとうございます」

ちひろ「……」


まゆ「私を止めますか?」

ちひろ「……いえ。他人の恋路を邪魔するのは事務員の仕事じゃないですから」

まゆ「……」

ちひろ「私とまゆちゃんは似てますか?」

まゆ「はい。とっても」

ちひろ「……事務員としての私はそれには加担できません。けれど」

ちひろ「……友達としてなら、協力させてもらいますよ」

まゆ「ちひろさんも悪い人になっちゃいますよ?」

ちひろ「もう十分悪い大人ですから」

まゆ「ふふっ」

ちひろ「……一つ、教えてくれますか?」

まゆ「なんですかぁ?」

ちひろ「……この計画が終わった時、まゆちゃんは幸せになってるんですか?」

まゆ「……当然です。そのための計画なんですから」


凛「……お邪魔します」

まゆ「……はぁい。どうぞ上がってください」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……どうしたんですかぁ?」

凛「……あのこと」

まゆ「……誰から聞いたんですかぁ」

凛「ちひろさんから……」

凛「わ、私、なんて言ったらいいか……」

まゆ「いいですよぉ。大事にはなりませんでしたし。それに……」

まゆ「凛ちゃんには、何も関係無いはずですから」

凛「……っ!」

まゆ「あら、どうしたんですかぁ?」

凛「まゆ、私……!」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「な」

凛「なんでも、ない」

まゆ「……お茶、淹れてきますね」


凛「……」

まゆ「お待たせしました……凛ちゃん?」

凛「あ、ありがとう……」

まゆ「ふふっ。変な凛ちゃん」

凛「……」

まゆ「……飲まないんですかぁ?」

凛「あ、ごめん……」

まゆ「謝るほどのことでもないですよぉ」

凛「……」ズズッ

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……で、何しに来たんですか? 今日は特に約束はしてなかったはずですけど……」

凛「! 私はまゆが心配で……」

まゆ「……今日の凛ちゃん、なんだかおかしいです」

凛「え、おかしいって……どういう……」フラッ

凛「あれ……? なんで私、倒れて……?」

まゆ「だってほら。顔色もこんなに悪いですよぉ?」

凛「あたま、が……おも……」バタリ

まゆ「……」

まゆ「……うふふ」


凛「んぅ……」

まゆ「あ、起きましたかぁ?」

凛「まゆ……?ここは……」ゴシゴシ

凛「……!」

凛「え、私、縛られ……!」

まゆ「はい。眠ってる間にちょっとイタズラしちゃいました」

まゆ「ちなみにここはまゆの部屋のトイレですよぉ」

凛「な、なんでこんなことするの」

まゆ「……」

凛「わ、私たち、友達でしょ?どうして……」

まゆ「……」

まゆ「……友達なんかじゃ」ボソッ

凛「え、何?なんて言ったの?」

まゆ「……なんでもありませんよぉ」ギュッ

凛「痛い!」


まゆ「大丈夫ですよぉ。ちゃんと跡が付かないように縛ってますから……うふふ」

凛「ちょ、ちょっと……なにするの!」

まゆ「何するって……大体想像できるでしょう?」

凛「…………まさか……」

まゆ「……凛ちゃんを監禁します。うふふ。私らしいでしょう?」

凛「まゆ、まさかPさんのこと……」

まゆ「そうですよぉ? 勿論、知ってます」

凛「!」

まゆ「……まゆっておかしいですよね。自分でも分かってるんです」

凛「まゆ、あのことは……」

まゆ「黙ってください」ギュ

凛「! むぐ、うーっ!」

まゆ「……まゆは悪い子です。でもそれで幸せになれるなら、まゆはどんなに悪い人にでもなってみせます」ギュッ

まゆ「…………はい。完成です♪ これで喋れない、動けない、何も見えない。でしょう?」

凛「うーっ! うーっ!」

まゆ「……ごめんなさい。でももう戻れないんです」

凛「……!」

まゆ「……静かにしててくださいねぇ?」パタン、カチャ


まゆ「すぐに済みますからねぇ……」ガチャ、ガチャリ

P「……分かった」バタン

まゆ「……」ガチャ

まゆ「……」カチャ

まゆ「……静かにしてますね。いい子です♪」

凛「……!」

まゆ「……喋れるようにしてあげます。でも大きな声は、駄目ですよ?」シュル

凛「! ぷはっ、けほ」

凛「……けほ……なんでPが……?」

まゆ「……なんででしょうねぇ?」

凛「……こんなこと、もうやめて」

まゆ「それはできません。ここまで来たら、あとちょっとなんですから」

凛「……まゆは何がしたいの?」

凛「私とPを監禁して、それで……」

まゆ「……さぁねぇ?」シュル

凛「!! ちょっと、どこ触って……!」

まゆ「どこって、脱がないとできないでしょう?」

凛「じ、自分でするから……」

まゆ「……そうですかぁ。じゃあまゆとPさんは買い物に行ってきますねぇ」

凛「……」




凛「……行った……のかな」

凛(やっぱりあのことが……でもこんなことになるなんて)

凛(……)

凛(Pに告白なんて、しなきゃよかったのかな……)


凛「……」

凛「……」

まゆ「……凛ちゃん」カチャ

凛「……まゆ」

まゆ「これを飲んでください」

凛「……これはなに? 毒?」

まゆ「ちょっと眠くなるだけですよぉ」

凛「……」ゴクッ

凛「それで、どうするの?」

まゆ「……こうするんです」ゴクッ

凛「! なんで……」

まゆ「……これでまゆの出番は終了です。後は、全てがうまくいくはず」

凛「そんな……こと」

まゆ「……うふふ」

凛「……ねえ、まゆ?」

凛「……私は、まゆの友達だよね」

まゆ「……はい」

凛「……じゃあ、大丈夫、なんだよ……ね」フラッ

まゆ「……大丈夫。大丈夫です」フラッ

凛「……」

まゆ「……」

凛「……」

まゆ「……凛ちゃん?」

凛「……」

まゆ「……」





まゆ「……ごめんなさい」



*


P「……」

凛「……」スースー

P「……」

凛「……」スースー

P「……」

P(凛はまだ、目を覚まさない)

凛「……」スースー

P(……凛。頼むから起きてくれ)

P(じゃないとこの手紙も渡せない。俺の気持ちも、伝えられない)

P(だから……)


凛「……」

?「……ゃん、……ちゃん」

凛「……ん、……誰?」

?「凛ちゃん、起きて。凛ちゃん」

凛「! その声はまゆ!?」バッ

まゆ「うふふ、そうですよぉ? やっと気が付きましたね」

凛「まゆ! えっと、その」

まゆ「ああ、大丈夫ですよ? 喋りたいこと、伝えたいことは全部、分かってますから」

凛「……ごめん」

まゆ「……分かってるって言ったのに」

凛「……」

まゆ「しかも謝らなきゃいけないのは私のほうです。凛ちゃんに乱暴なことをして……」

凛「そんな……何か事情があったんでしょ?」

まゆ「……」

凛「……ここはどこ?」キョロ

まゆ「……言うなれば、地獄ですかねぇ?」

凛「地獄!?」

まゆ「そうですよぉ」

凛「え! じゃあ私たち……」

まゆ「違いますよぉ? まゆはともかく、凛ちゃんはまだこっちに落ちてませんから」

凛「まゆはともかくって……!」

まゆ「……いいですかぁ? これからまゆが言うことを、しっかりと聞いてくださいね」

凛「……うん」


まゆ「……凛ちゃんは今、眠っています。それは深い眠りです。けど、起きなきゃいけない。わかりますねぇ?」

凛「……うん。分かるよ」

まゆ「それは沢山の人が待ってるからです。卯月ちゃんや未央ちゃん。加蓮ちゃんや奈緒ちゃん。ちひろさん。もちろん、Pさんも」

凛「……! Pも……」

まゆ「だから、起きてください。そして……」

凛「そして?」

まゆ「……まゆからの手紙を読んでください。まゆが凛ちゃんに宛てた、最後の言葉ですから」

凛「! 最後の、ってことはやっぱり……!」

まゆ「全く。こんな時間があるなんて、聞いてなかったですよぉ? なんだか恥ずかしいじゃないですかぁ……」

凛「まゆ! どこ行くの! 私も付いて行くから!」

まゆ「駄目ですよぉ? 凛ちゃんはまだこっちにきちゃ駄目です」

まゆ「そっちで、精々Pさんと幸せに暮らしてください♪」

凛「まゆ! まゆは私の……!」

まゆ「……聞きません。言わないでください」

凛「まゆぅ! どうして!」

まゆ「……さぁ。そろそろ目覚める時間ですよ」

凛「まゆ! ねえ! まゆ!」

まゆ「……そんなに名前を呼んでくれて」

まゆ「……ありがとうございます」

凛「まゆ! まゆ! まゆ!」


凛「…………!」パチッ

凛「……まゆ」

P「……!」

凛「……え?」キョロ

P「凛! 目が覚めたのか! 良かった!」

凛「へ? ぷ、ぷろでゅーさー!?」

P「すぐ医者を呼ぶからな! じっとしてろよ!」ダッ

凛「……! まゆは!?」

P「……!」ピタッ

凛「……私、夢を見たの」

P「……」


凛「…………まゆから何か、預かってない?」

凛「手紙……とか」

P「……!!!」

凛「……あるんだ」

P「…………」

凛「……見せて」

P「…………あぁ」

凛「……」

凛「…………読んでいい?」

P「……あぁ。勿論だ」

凛「……ありがとう」

P「…………俺は外にいるから。読み終わったら、呼んでくれ」ガラッ

凛「…………」

凛「…………」スー

凛「…………」ハー

凛「…………よし」

凛「……」ペリペリ

凛「……」パサッ

凛「……」


凛ちゃんへ

凛ちゃんへ。凛ちゃんがこれを読んでいるとき、まゆはもう凛ちゃんと話をすることはできないでしょう。なぜなら、まゆはもう死んでいるだろうから。

これは遺書ではありません。最後の最後に、自分勝手な私が縋りたかった一本の蜘蛛の糸です。悪魔の私が行く先はきっと地獄だから。凛ちゃんがこれを読むことで、まゆは凛ちゃんの中で永遠に生き続ける。だからこれは遺書ではありません。

凛ちゃんがPさんのことを好きになっていたこと、気付いてました。凛ちゃんは不器用だから、すぐに分かりましたよ?もうちょっと演技の練習をした方がいいかもしれませんね。

まゆがPさんのことを好きだから、遠慮してたんでしょう?ありがとうございます。でもそれは余計なお世話でした。そしてそれ以上に、まゆは凛ちゃんに嘘をついてほしくなかった。嘘をつく人は悪い人です。だから嘘をつく凛ちゃんは、悪い凛ちゃんです。凛ちゃんには悪い人になってほしくない。なんて、まるでまゆがお母さんみたいですね。

でも改めて考えてみると、凛ちゃんが悪い人でよかった。だってまゆも嘘をついていたから。悪い人だったから。これでおあいこ、お互い様です。

そうです。まゆは嘘をついていました。

凛ちゃんが告白してたとき、まゆがファンの人に襲われた事件のことです。実はあれはまゆが仕組んだことだったんですよ。不自然に思いませんでしたか?たまたま凛ちゃんがPさんに告白しているタイミングで。たまたま警備員さんが出払ってて。たまたままゆの楽屋に鍵がかかっていなくて、スタッフの中にまゆの熱烈なファンがいた、なんて。どう考えても出来すぎでしょう?

まゆがいつもPさんに盗聴器付きのGPSを付けていたこと、知ってましたか?知らなかったなら、これもまゆの悪いところの一つですね。実はPさんにつけてたものと同じものを、凛ちゃんにこっそり付けてたんです。場所はどこでもよかったんです。二人が一緒になったタイミングで、凛ちゃんがPさんに告白しているのが聞こえたとき。その時を見計らって、誰かにまゆを襲ってもらうようにしたんです。

あの収録の時は本当に運が良かったんですよ。たまたま、これは本当にたまたま、まゆが凛ちゃんと同じスタジオの収録で、尚且つ計画に協力してくれそうな男の人が番組スタッフの中にいたんです。協力と言っても、こっそりまゆの連絡先を渡して、楽屋に呼び出して誘惑しただけですけど。普通の男の人って単純ですよね。ちょっと流し目で見たり、ボディータッチしたり、奥の方の肌を見せるだけですぐに襲ってきました。まゆはスタンガンを隠し持ってたから、いいところで止めようと思ってたんですけど。まさか茄子さんが通りかかるなんて思ってませんでした。もしかしたら計画がうまくいったのも茄子さんのお陰だったのかもしれませんね。

なんでそんなことをしたかって?その理由だけは教えられません。凛ちゃんは知らなくていい。それはまゆの心の檻で飼い殺しておくことにします。この手紙は蜘蛛の糸と言いましたが、誰かが縋った蜘蛛の糸はいつか切れるものです。それならまゆは最初から切れ目を入れておきます。まゆが地獄に堕ちていく姿を、しっかりと目に焼き付けておいてくださいね。

ただ一つだけ言うとしたら。まゆは決して凛ちゃんやPさんが憎くてやったわけじゃありません。これはあくまでもまゆのための計画でした。その辺に転がっている滑稽な、青臭い幸せじゃなくて、私が本当に幸せになるための。

凛ちゃん。あなたは今、幸せですか?

凛ちゃんと二人で過ごした毎日は夢みたいに楽しかったです。一緒に夜ご飯を食べたり、一緒に映画を見て笑ったり、一緒に綺麗な夕焼けを眺めたり。思い返せば下らないことばかりしてたような気がするけど、まゆにとっては大切な宝物でした。凛ちゃんがまゆにハナコの写真を見せてくれたこと、ありましたよね?とてもかわいかったですよ。

でも、そのささやかな幸せは、まゆにとって本当の幸せじゃないんです。だからまゆはこの計画を立てました。そして、実行しました。

死ぬことは怖くありません。後悔もしていません。でもなんででしょう?文字を書く手が震えるんです。涙が溢れて、止まらないんです。文字が掠れて読みにくかったらごめんなさい。

さて、そろそろ垂らした糸が切れる頃です。まゆの下らない感傷は置いといて、凛ちゃんは自分の人生を選んでください。

最後に凛ちゃんへ。言いたいことは色々あるけれど、やっぱりこの手紙は凛ちゃんへの感謝の言葉で結びます。

時間は有限です。永遠のように感じてもそれは錯覚、嘘っぱちです。有限だからこそ儚く、美しく見える。そう思いませんか?そう考えたらまゆの人生なんか夢みたいに一瞬でした。でもその一瞬の隣に、凛ちゃんがいてくれて本当によかった。

ありがとうございます。

そして、さようなら。




おわり

以上です。
ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom