涼風青葉「かいしゃぐらし!」 (52)

【涼風宅】

「青葉ー、そろそろ出ないと会社遅刻するでしょう」

青葉「分かってるって。せかさないでよ、お母さんー」

「定期ちゃんと持ったー?」

青葉「もうー子供扱いしないでっ」

青葉「行ってきまーすっ!」


私の名前は涼風青葉
ゲーム制作会社「イーグルジャンプ」に入社して、社会人2年目の19歳

周りからはまだまだ子供扱いされるけど、だんだん大人としての自覚が出てきた気がします
今日は月曜日、また新しい一週間が始まりました
今日も一日、お仕事頑張るぞ!

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【電車内】

青葉「ふー、間に合ってよかった。1年も働いてて遅刻なんてしたらさすがに言い訳できないし」

ゆん「あ、青葉ちゃん」

青葉「あ、ゆんさん。おはようございます。ゆんさんもこの時間の電車ってことは」

ゆん「せやせや。ちょっと寝過してしもて。この電車に乗れなかったら遅刻確定やもん」

青葉「私、駅までちょっと走ったんですよ~。もう朝からへとへとで」

ゆん「うちもや~」

青葉「少しは運動もしなきゃって思ってるんですけど。平日は仕事だし、休みの日は家でゆっくりしたいしで、なかなかできないんですよね」

ゆん「わかるわかる。うちも忙しゅうて運動する時間なんてあらへんわ。そもそも好きやないし」

青葉「ですよねー。仕事はほとんど体使わないでいいから助かりますけど」

ゆん「せやな。少々運動できんでもそんなに困らへんもん。だったらまあ、無理にやらんでもええかなーって」

青葉「そうですよね」


何のことはない、ありふれた通勤風景
私の日常の一こま

そんな日常がずっと続くものだと、このときの私は信じて疑いませんでした
「やつら」が現れるまでは……

【最寄駅前】

ゆん「まだ時間に余裕はあるけど、ちょっと早足でいこか」

青葉「そうですね」

ざわ・・ ざわ・・

ゆん「ん、何やろ。向こうに人だかりができとるで」

青葉「事故でも起きたんでしょうか? それとも有名人とか? 私ちょっと見てきます!」

ゆん「あ、待ってーや。うちも行くわ!」


「おい、何だよあれ? 特殊メイク?」
「映画の撮影じゃね?」
「写真撮ってツイッターに上げようぜ」
「交差点の方に歩いて行くぞ」

青葉「……ゆんさん。あの男の人、肌が土気色をしていて……何だか動きがおかしいですよ。目も……ぎょろっとして焦点が合っていないというか」

ゆん「……確かに。何なんやろ。特撮やろか。けどどこにもスタッフとかおらへんし……」


キキィィィィィィ!
グシャッ!!


青葉「あっ」

ゆん「ひゃっ」


ふらふらとした足取りで車道に飛び出して行った男の人が、目の間で車に轢かれました
私が思わず顔を手で覆っていると、誰かが男の人のもとに駆け寄ったようです

「おい、あんた、大丈夫か? ん?」

ガブリッ

「ん、ぐっ……あっ……あああああっ」


「え、なにコイツ……轢かれたのに生きてっぞ」
「リーマンが噛まれたッ!」
「おい、あれってまさかっ!」
「えっマジ? マジこれやべぇよ!」
「おいケーサツ呼べよ!」


ゆん「あ、青葉ちゃん……」

青葉「あ、な、何ですか? 私、よく見てなくて」

ゆん「あれ……」

青葉「え……」

ようやく直視した私の眼に映ったのは、信じられない光景
車に轢かれたはずの男の人が、サラリーマン風の男性にかみついて

だらだらと血を流したサラリーマンの肌が、みるみる土気色に変わって行きました
そして、サラリーマンから口を放した男の人は、今度は慌てて車から降りてきた男性に飛びかかって……


青葉「ゆんさん……これ……夢ですか? 私、まだ寝ぼけっちゃってるんですか?」

ゆん「わからんわ……そんなん、私に聞かれても」


噛まれて倒れていたサラリーマンがむくりと立ち上がって
獣のようなうなり声を上げながら、一歩、また一歩とこちらに向かってきました

「に、逃げろッ!」


誰かが発したそのひと声を待っていたかのように、周りに集まっていた人達が一斉に駆けだします
私は目の前で起きた衝撃的な出来事に圧倒され、足ががくがくと震えて一歩も動けません


ゆん「青葉ちゃん!」


ゆんさんが張り上げた声が、私の心を現実に引き戻しました


青葉「ゆ、ゆんさん」

ゆん「逃げるで! とにかく逃げるんや!」

青葉「……は、はいっ!」

【街中】

ゆん「はぁ……はぁ……はぁはぁ」

青葉「はあ……はぁ……はぁ」

ゆん「とりあえず、ここまで来たら大丈夫やろ……」

青葉「そう……ですね。ならいいんですけど」

ゆん「あ、もう出勤時間過ぎとるで……私ら完全に遅刻やな」

青葉「あ、本当だ……。遅刻の理由……何て書けばいいんでしょうか」

ゆん「駅前で……『ゾンビ』見たってことでええんとちゃう?」

青葉「八神さんに笑われちゃいますね。いや、怒られるかも」

ゆん「はじめは爆笑するやろなあ」

青葉「……。あれ、……やっぱり『ゾンビ』だったんでしょうか?」

ゆん「わからへんけど。でも、めっちゃそれっぽかったやん」

青葉「はい、それっぽかったですね……」

ゆん「ま、まあ。ひょっとしたら何かの番組のドッキリ企画かも知れんし。外国とかだと結構エゲつないドッキリ番組とかあるやん」

青葉「あー、ありそうですね。あれは着ぐるみで、サラリーマンも車の運転手もみんなグルで」

ゆん「今戻ったら、もう何事もなかったように普通に戻ってるかも知れんし」

青葉「あー、かもしれないです。ていうか、絶対そうですよ」


「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


聞き覚えのある声がしました。さっき駅前で聞いた声
背筋が凍る思いっていうのはこういう時に使う言葉なのかも

ゆん「嘘やん……」

青葉「駅から……こっち反対側ですよね」


「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


青葉「あ、あっちからも……向こうからも!」

ゆん「あかん……もうあかん」

青葉「ゆ、ゆんさん……」

ゆん「私、さっきの全力疾走でもうへとへとなんや……足が動けへん。ちょっとぐねってしもて、とても走れんわ。青葉ちゃんだけでも、はよ逃げるんや」

青葉「む……無理ですよ。私だって足が痛くて……これ以上走れません……それに」

青葉「ゆんさんを置いて一人だけ逃げるなんて……そんなことできません!!」

青葉「う……うぅぅ……っ」

ゆん「そ、そんな泣かんといてーや青葉ちゃん……青葉ちゃん見てたらうちも泣きそう……なるやんっ……うっ」


「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


青葉「こんなことなら……もっと日頃から運動しとけばよかった」

ゆん「ほんまそれ。でもしゃーないやん。いきなりこんなことなるなんて……誰も想像つかへんよ」

青葉「まるで……ゲームや漫画の世界みたいですね。いきなりゾンビに襲われるなんて」

ゆん「ゲームの世界やったら、何か使えそうな武器とか装備できるのにな。何もあらへんわ」

青葉「漫画やアニメだったら……こんなとき、誰かが助けに来てくれたりしますよね」

ゆん「あーあるある。ありがちな展開やなあ」

青葉「誰か……助けに来てくれませんかね」

ゆん「来てくれたらヒーローやわ。惚れてまうわ」

青葉・ゆん((誰か……助けてっ……!))


キキィィィィィ!


「ゆん! 青葉ちゃん」

はじめ「大丈夫!?」

青葉「は……」

ゆん「はじめ……」


ブレーキ音を聞いて振り向くと、自転車に乗ったはじめさんがそこにいました


「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


その間にも、徐々に周りのゾンビが私たちのもとに近づいてきます
さっきよりもさらに数が増えているような

青葉「は、はじめさん……」

ゆん「助けに来てくれたん……?」

はじめ「話は後で! いいから乗って!」

青葉「乗るって言っても」

ゆん「自転車に3人は乗れへんよ! それにその自転車荷台ないし」

はじめ「しっかり掴まってればたぶん大丈夫! ゆんは後ろに乗って! 青葉ちゃんはー!」

はじめ「私が肩車するから!!」

青葉「ええええっ!?」

【路上】

シャァ――――!

はじめ「うおおおおおおおおッ!!」

ゆん「凄いわ! やるやんはじめ!!」

はじめ「何てゆーか……火事場の馬鹿力みたいな? とにかく二人を見つけた時に何とかしなきゃって思って! 私も遅刻してて良かったよ」

ゆん「さすがや! はじめが馬鹿でほんま良かった!」

はじめ「えーそれ褒めてるー?」

青葉「は、はじめさん。それだけの力があったら私たち二人が自転車に乗って、はじめさんは走った方がよかったんじゃ!」

はじめ「あ、なるほど! その手があったか……おっーとっ!」

ゆん「ひゃっ」

青葉「わわわわっ!!」

はじめ「ごめん、石にぶつかりそうになって!」

青葉「だ、大丈夫です!」

青葉(それにしても……高いなあ。これ、もし落ちたら大けがするよね? せめて目……つむりたいけど)

はじめ「青葉ちゃん、向こうのほうはゾンビいない?」

青葉「はい、いないです! この先は全然見当たらないです!」

はじめ「ま、何体かいてもあっちは動きが鈍いから、自転車なら逃げれるけどね」

ゆん「どこに向かっとるん? あっちにもこっちにもゾンビがうろついてて……安全なとこなんてないんとちゃうん?」

はじめ「とりあえず会社行こう! 他のみんなのことも心配だし」

青葉「そ、そうですね! 会社になら備蓄品とかいろいろあるし、食糧の蓄えとかもあるかも知れないですし」

ゆん「せやな! 知らん建物に隠れても勝手が分からんかったらかえって危ないわ。外にいたらそのうち囲まれて詰むやろうし」

青葉「頑張ってください! はじめさん!」

ゆん「あともうひと息や! 突っ走れ!」

はじめ(私、凄い頼られてる……! 何か私カッコよくない?)

はじめ「しっかり摑まってて! いくよおおおおっ!!」

シャァァァ――――――!

【イーグルジャンプ前】

キキィィィィ!!

はじめ「はぁー……はぁー……ぜぇー……さ、さすがにきついわ……」

青葉「す、すみませんっ」

はじめ「いや……あやまんなくて……いいがら……」

ゆん「大丈夫や。会社の近くにはゾンビは見当たらへん!」

青葉「急いで中に入りましょう!」

【エレベーター前】

ゆん「はよう! はよ降りてきてーな!」

はじめ「落ち着いて、ゆん! 今はゾンビは近くにいないし」


「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


青葉「! ゾンビの声が! 外からですよ!」

はじめ「やば! 近づいてきているみたいだ」

ゆん「お、やっと1階に来たで!」

ガラッ

ゾンビ「お……おおお……おぉぉぉぉお……」

青葉「へ……?」

はじめ「あ……」

ゾンビ「 く わ っ 」

ゆん「う……そ」

青葉「ゆんさん!!」

はじめ「ゆんー!!」


「全員耳をふさいで伏せてください!」


青葉「!!」


BANGBANGBANG!!

エレベーターの中から出てきたゾンビが、一番手前にいたゆんさんにかぶりつこうとしたその瞬間
目の前で凄まじい轟音が響いたかと思ったら、ゾンビの頭が弾けて倒れ込み、完全に動きが止まってしまいました


ゆん「……あ、あ」

青葉「い、今」

はじめ「何が」


「危ないところでしたね」カシャリ

青葉「う、うみこ……さん」

うみこ「窓から外を偵察していたらあなたたちの姿が見えましてね。何とか間に合いました」

はじめ「え、あの……うみこさん。それ、今、撃ちましたよね……まさか」

うみこ「M16アサルトライフルです。本物ですよ。とあるルートから最近偶然に入手しましてね」

うみこ「やはり至近距離での貫通力の高さは素晴らしい。惚れ惚れします。実射は初めてですが。こんなこともあろうかと、レプリカに紛らせて会社に飾っていたんですよ」

はじめ「ひえええっ!」

青葉「ちょ! それ犯罪ですよね!?」

うみこ「とにかく、今は避難するのが先決です。銃声に反応して近くのゾンビが集まって来るでしょう。ついて来て下さい。非常階段の方がまだ安全ですから」

青葉「……は、はい。わかりました」

はじめ「ラ、ラジャーです! 大佐!」

ゆん「あ……あの……助けてくれて本当にありがとうございます」

うみこ「……どういたしまして」


「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


うみこ「来ましたね。行きますよ。なるべく音をたてないように、腰を低くして素早く行動するように」

青葉・はじめ・ゆん「はいっ!!!」

【非常階段】

うみこ「ここまで来ればもう安心でしょう。この領域にはまだゾンビが侵入していないので」

青葉「この領域には……ってことは、ほかの所にはゾンビが侵入してたってことですか?」

はじめ「さっきのエレベーターのゾンビ、名前は知らないけど確か背景班の人だと思う」

ゆん「てことは、会社の中にもゾンビが紛れてたってこと……?」

うみこ「そのようです。誰が最初かは今となっては分かりませんが、次々に襲われてゾンビが急速に増えました」

うみこ「各ブースが区切られていて死角が多かったのが災いして、異変に気づいたころにはもう手に負えない状態になっていまして。まるで戦場でしたよ」

青葉「え、それじゃあ……会社の中に入るのはかえって危険なんじゃ?」

うみこ「それは大丈夫です。急ごしらえですがバリケードを張って、ゾンビ達を下層に隔離しましたから。上層階はとりあえずは安全です」

【上層階】

コウ「青葉! はじめ! ゆんも! ……よかった、みんな無事だったんだな!!」

青葉「八神さん! 八神さんも無事だったんですねっ!」

はじめ「八神さん、その腕のケガは……?」

ゆん「か、噛まれたんですか?」

コウ「いや、大丈夫。かすり傷だよ、これくらい。てか、噛まれてたらとっくにお陀仏だって」

青葉「よ、よかったぁ……」

ひふみ「コウちゃん、タオルと包帯持ってき……。……青葉、ちゃん!」

青葉「ひふみ先輩!」

ひふみ「よかった……青葉ちゃんも……無事だったんだね。皆も」

はじめ「はい! 何とか生還しました!」

ゆん「私も……。みんなに助けられてばっかでしたけど……何とか」

コウ「はじめのおもちゃの剣、勝手に使っちゃったから。……しかも折っちゃったよ、悪いね」

はじめ「いえ、そんなことどーでもいいですよ! こんな状況ですし」

青葉「あ、あの……八神さん」

コウ「ん、なに?」

青葉「他の皆さんは……? 遠山さんや葉月さんたちは…」

コウ「……」

うみこ「……」

はじめ「八神さん……」

ゆん「……」

ひふみ「ご……ごめん……ね……」

青葉「ひふみ先輩?」

ひふみ「私のせいで……りんちゃんが……」

ひふみ「ごめんね……うっ……ひっく……ごめんね……コウちゃん」

コウ「ひふみんのせいじゃないよ。だから泣かないで」

ひふみ「……コウちゃぁん……」

コウ「誰のせいでもないんだ」

コウ「もし、これが……誰かのせいだったとしたら。私はそいつを絶対に許さない。絶対に許さないから」

青葉「八神さん……」

いつも見ていた、私の知っている八神さん
真剣な表情で仕事に取り組んでいるとき
おどけて笑って見せるとき
どんなときにも見せたことのない八神さんの冷徹な目に、私は言葉にならない怖さと悔しさを感じました

私たちは何にも悪いことをしていないのに
どうしてこんな目に遭わなければいけないのか
どうしてこんな悲しい思いをしなければならないのか

そして、これから私たちはどうやって生きていけばいいのか

うみこ「ここに立てこもっていれば、とりあえずは安全を確保できるでしょう。食糧や武器の調達、外部との連絡手段の確保に情報収集と、課題は山積みですが」

はじめ「それって、つまり……」

ゆん「私ら……ここで暮らすってこと?」

うみこ「そういうことになります。さしずめ『かいしゃぐらし』と言ったところでしょうか」

青葉「かいしゃぐらし……」


こうして私たちの命懸けの籠城生活
『かいしゃぐらし!』が始まったのです――




                                       (未完)

目を覚ますと、そこは私の知っている家の部屋の天井ではありませんでした
けれども、まったく知らない天井というわけでもない

ここは、私の会社の天井


青葉「あれ……私、何で会社で寝てるんだろう」

青葉「あ、そうか! 納期ギリギリで仕事が終わらないから皆で会社に泊まって徹夜で仕事をしてたんだった」

青葉「まったく~。そんな大事なこと忘れちゃうなんて、だめじゃないか~涼風青葉!」

青葉「最近ちょっとたるんでるんじゃないかね? くまったくまった!」

「お……おおお……おぉぉぉぉお……」

階下から、あの忌々しい声が聞こえてきます
今日も同じ声で


青葉「……やっぱり、夢じゃないんだね」

コウ「おはよ、青葉。今起きた?」

青葉「八神さん……」

コウ「いやー、今日が天気が良くて気持ちいいな。絶好の仕事日和だ」

青葉「……」

コウ「……青葉、そんな暗い顔するなって」

青葉「……すみません、八神さん」

コウ「いやいや、謝んなくていいし」

青葉「でも……」ぐーきゅるるるるぅ~

コウ「……」

青葉「あ……」//////

コウ「ぷっ……あははっ。お腹減っててそんな暗い顔してたのかっ」

青葉「ち、違いますよ~っ! も~、八神さんったら! からかわないでください! こんなときに!」

コウ「……こんなときだからこそ」

青葉「……」

コウ「こんなときだからこそ、冗談でもいいから笑った方がいいと思うよ」

青葉「そんなの……でも……。笑うって……いっても……ひっく」

青葉「たくさんの人が……死んじゃって……。家族も……ねねっちやほたるんも安否さえ分からない……こんな、こんな状況で」

コウ「……」

青葉「あ、すみません……八神さん。それは八神さんだって同じですよね。会社がたいへんなことになって……八神さんも辛い思いをしてるのに」

青葉「私ったら……自分の事ばっかり」

コウ「あんまりうまいことは言えないけど、とにかく青葉は生き残ったんだ。死んだみんなの分まで頑張らないといけないと思う」

コウ「どんなに苦してても、生きてる限りは、さ。だから青葉、あんまり泣くなって」

青葉「八神さん……」


私は流れ落ちる涙を払いのけて、両こぶしを固く握りしめました


青葉「はい!」

青葉「八神さん。私もう泣きません!」

コウ「よっしゃ、その意気だぞ青葉!」

青葉「えっと、ほかの皆さんはどこに?」

コウ「屋上でゾンビを撃退するための訓練中。アハゴンが指導してる」

青葉「うみこさん、屋上にサバイバルゲームの訓練場を作ってましたもんね。まさかこんなふうに役に立つ日が来るなんて」

コウ「だね。何だかんだでそれなりに使える道具はあるし。青葉も護身術とかしっかり教わっときなよ」

青葉「はい。……うみこさんは凄いですよね。こんなことになって、私なんて前向きな気持ちになれなくて泣いちゃったりしてるのに」

コウ「まあ、本人は本人で、当然つらい気持ちもあるだろうけどさ」

青葉「……」

コウ「とりあえず、アハゴンの言うこと聞いてたら何とかなるだろうし。私はお役御免って感じかな。これからも頑張りなよ、青葉」

青葉「そんな、私の上司はいつだって八神さんですよ。そんな、お役御免だなんて」

コウ「私は絵は描けてもサバイバルなんて素人だし。たいして役に立たないよ。それに……」

青葉「それに?」

コウ「いや、何でも。とりあえず青葉も屋上に行ってきな。それと、ほい、朝食」

青葉「あ、ありがとうございます……」


もう湿気てしまったクッキーひとかけらと飴玉一つ
籠城生活3日目の朝、食糧の備蓄は限界を迎えていました


青葉「それじゃ、屋上行ってきますね。八神さんは、いかないんですか?」

コウ「ああ、私は……うぐっ……」

青葉「八神さん!?」


八神さんがゾンビとの戦闘で負傷した腕
ゆんさんとひふみ先輩が応急処置をほどこして、しっかり包帯を巻いているけれど、時々かなり痛むようです

青葉「八神さん、大丈夫ですか?」

コウ「大丈夫大丈夫、たいしたことじゃないからさ。私はちょっと休んでるよ。昨日は徹夜で見張りしてたから眠いし」

青葉「そうですか。分かりました。それでは、行ってきます」

コウ「行ってらっしゃい」


コウ(そろそろ……限界かも知れないな)

コウ「ごめん、青葉」

【下層階】


正直、傷を負った時点で覚悟はしていた
噛まれてはなくても、ゾンビの爪でひっかかれてできた傷だ

噛まれたら即ゾンビ化するみたいだけれどそうはならなかった
だから安心かと思いきや、病気には潜伏期間というものがあるらしい

もし、ゾンビ化の原因がゾンビ特有のウイルスによるものならば
ゾンビに接触した時点でウイルス感染し、潜伏期間を経て発症、つまり完全ゾンビ化する可能性が高い
阿波根はそう推測した
どうやらその通りだったらしい。噛まれても、噛まれなくてもゾンビに接触した時点で感染してしまったのだ
もうどうしようもない


私の傷は大きく膨らんで化膿し、ゾンビの肌のように土気色に変化していた
このまま全身に広がって、無抵抗なままゾンビになってしまうくらいなら
いっそ最期に死にもの狂いで他のゾンビを叩き潰して、少しでも青葉たちのために貢献しよう
そう思って、バリケードを張った階段の前に下りてきた

「お……おおお……おぉぉぉぉお……」ガリガリ


コウ「!……バリケードのすぐ先に1匹いるみたいだ」

コウ「よし、手始めにまずアイツを……!」


倉庫の工具箱から取ってきたバールのようなものを握りしめ、音をたてないようにバリケードの前に近づいていく
そして、そのゾンビを認識できる距離にまで近づいたところで
私は体が固まってしまった


りん「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


りんだった
私はバールのようなものを取り落としてしまった

コウ「りん……」

りん「お……おおお……おぉぉぉぉお……」


バリケードごしに対峙する、りんの変わり果てた姿

逃げ遅れたひふみんを助けようと必死になっていた私をかばって
ゾンビに噛まれてしまったりん
私はりんを助けたいと思ったけれども、みるみる姿が変化していくりんに恐怖を覚え、結局、諦めてしまった
りんはきっと見捨てた私のことを恨んで、ここまで這い上がってきたんだと思う

コウ「ごめんね……りん。私……りんのこと、助けられなかったや」

りん「お……おおお……おぉぉぉぉお……」

コウ「何? 私が来るの待ってたって? 一人で寂しかった?」

りん「お……おおお……おぉぉぉぉお……」

コウ「そっかそっか。分かったよ、ちゃんと朝早く起きて、ごはんも食べて、会議も出席するし」

りん「お……おおお……おぉぉぉぉお……」

コウ「もう、りんをひとりぼっちにはしないから」


今、そっちにいくよ。りん
もう、りんをひとりぼっちにはしないから




ガブリッ

三日目の夜
私はまた泣きました
もう泣かないって、心に決めたばかりなのに
私は本当に弱い子です

でもひどいじゃないですか、八神さん
さよならもいわずにいなくなってしまうなんて
八神さんなしで私は

私はどうやって生きていけばいいんですか
ねえ、教えてくださいよ
八神さん――

【喫茶店】

ねね「ていう夢を見たんだー」

うみこ「ここまで大風呂敷を広げておいて夢落ちですか。最低ですね」

ねね「だって~。昨日の夜、うみこさんから借りたゾンビ撃つゲームやってたからそのせいかも。あむっ、あ~、このパフェおいしい~」

うみこ「ああ、やってくれたんですか。どうです、ハマってきたでしょう? 次はサバゲーでも」

ねね「えー、でもすぐ飽きちゃったし。あ、うみこさんのも一口食べたいなあー」

うみこ「しょうがないですね。一口だけですよ」

ねね「あ~~~ん♪ んん~あまーい!」

うみこ「それにしても、その夢の中では桜さん自身は出てこなかったんですね。FPSのような臨場感が味わえなくて残念だったんじゃないですか?」

ねね「そんなことないよ~。むしろ私が出てこなくてよかったよ」

うみこ「どうしてです?」

ねね「だって第三者目線なのに、あおっちや八神さんの心の声が聞こえてきて、すっごい怖かったり泣きそうになったりしたし」

ねね「私がいたら絶対みんなの足引っ張って、たぶんゾンビになっちゃって、あおっちをもっと泣かせてたと思うし……だから」

うみこ「……そうですか」

ねね「もし本当にゾンビパニックが起きたら~って思うと、もうすんごく怖いよー」

うみこ「安心してください、もし現実にゾンビパニックが起こったりしら」

ねね「……したら?」

うみこ「私が桜さんを守ってあげますよ」ボソリ

ねね「え、今何て?」

うみこ「さて、雑談はこれくらいにしておきましょう。休憩時間も終わりです。仕事に戻りますよ」

ねね「あ、ちょっと待ってー! 今何て言ったの~!」

うみこ「さあ」

ねね「うみこさん~!」


                                            (完)

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