たまご粥 (25)

夏樹と拓海の出会いを妄想した

前作
塩見周子「ぜんざい」

多田李衣菜「サバの味噌煮」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504273802

夏の終わりが近づいて、吹く風が人々の頰をやさしく撫でる頃。

郊外の、うらさびれたアパートの一室。

木村夏樹はひどい風邪にかかっていて、重い身体をベッドに横たえていた。

汗は滝のように出るのに、どうしようもなく寒い。

ここ数日まともな食事をとれておらず、夏樹は弱り切っていた。

身体が衰弱すると不思議なもので、心も“やわ”になって、

普段の快活さがすっかり鳴りをひそめていた。

咳をすると、やけに大きく音が響く。

咳をしても一人、か。

夏樹は故郷が恋しくなった。

病気になるとみんなが心配して、やさしくしてくれた。

母親はわがままを聞いてくれるし、父親は、

仕事の帰りに夏樹の好きなものを買ってきてくれた。

バンドを組んでいた仲間も、ぞろぞろと家にやってきて、

見舞いの品を届けてくれた。

しかしそれも、夏樹がアイドルになって上京するまでの話……。

今の自分に後悔はない。

けれども、こうも寂しいと、

昔の思い出だけが輝いて、やるせなくなる。

夏樹はまだ、上位に食い込むような人気がなく、

ライブも、他のアイドルとの抱き合わせのみ。

人気者になるためにアイドルになったわけではないが、

夏樹は、東京での自分の居場所を見失っていた。

アタシは、ひとりぼっちになるためにアイドルになったのか。

そんな悲しいかんがえが頭をかすめた。

携帯には、申し訳程度の心配が添付されたメールが何件か届いてはいるが、

誰も見舞いに来てくれない。

プロデューサーや他のアイドルは、今の夏樹のように、

風邪に打ちのめされるような時間はないからだ。

かりに時間を見つけたとしても、うつされるのを嫌がって、

やはり夏樹を訪れることはないだろう。

ひときわ大きな咳が出て、のどが痛い。

時計の秒針の音が鬱陶しいくらい、頭に響く。

この意地の悪い風邪が治っても、みんな、アタシのことを忘れているんじゃないか。

胃袋は空っぽなのに、胸がはりさけそうだった。

その後夏樹が、半ば失神するような眠りに落ちていた頃、

玄関のチャイムが響いた。

通販でなにか頼んだっけ……。

セピア色がかった視界で、天井を見つめる。

なにもかもが面倒。

夏樹はしばらくじっとしていたが、チャイムは鳴り止まなかった。

のろのろとベッドから這い出して、夏樹はふらつきながら玄関に向かった。

鍵を開けると、スーパーの袋を手に提げている向井拓海がいた。

夏樹と同じ事務所に所属している。

顔は知っている。

ただ、それだけの相手だった。

「なんで…」

「住所なら、アンタのプロデューサーに教えてもらった」

そうじゃなくて、と言いかけた夏樹の身体が、床にくずれおちた。

「そんな身体で動いてんじゃねえよ」

お前がチャイムで呼んだんだろ。

夏樹はそう思ったが、拓海がベッドまで運んでくれるのに身を任せた。

何しに来たんだ。

うつるから帰れ。

言うべき言葉はいくつも思いついた。

けれども口からは出なかった。

夏樹は、それを風邪のせいにした。

拓海は台所と冷蔵庫の中身を見回して、言った。

「ろくなもの食ってないみたいだな…」

拓海はシンクの前で、てきぱきと料理の準備を始めた。

なぜ拓海がここまでしてくれるのか。

夏樹は戸惑った。

けれどもそれ以上に、言葉にならない、

あたたかい気持ちが胸につかえた。

お米をとぐ音。

まな板に包丁が当たる、トントントンという音。

それをベッドから聞いているだけで、涙が出そうになった。

ふつふつと鍋が揺れている。

拓海はどうやら、粥を作っているらしい。

夏樹の母親がそうしてくれたように。

「待たせたな」

拓海はスプーンと湯気をたてる皿と持って、ベッドの脇に腰掛けた。

夏樹はまぶしげに目を細めた。

粥の具はかきたまごと、小さく刻まれた鶏肉。

それからネギ。

かすかに生姜の香りもする。

夏樹はすぼまっていた胃が、にわかに動きだすのを感じた。

だが手が震えて、スプーンをうまく掴むことができなかった。

拓海はそれを察して、スプーンに粥をひとすくいのせて、

ふうふうと冷ました後、夏樹の口元まで運んだ。

熱で頭がぼんやりしていたせいか、

気恥ずかしさもなく、夏樹は口をあけた。

鶏肉からでた旨味が、舌に沁みわたる。

ふわふわのたまごが腫れたのどを癒す。

おいしい、と伝えるまえに、夏樹の頰にひとすじのしずくが流れた。

「熱かったか!?」

拓海が慌てて、おろおろとする様を見て、

夏樹は首をふるふると振った。

「……向井」

粥のおかげで、口をきく元気が出た。

「“拓海”でいいぜ」

「拓海……どうして、ここまでしてくれるんだ?」

見ず知らず、というわけではないが、

自分と拓海には「同じ事務所である」という以外に大きな接点はないはず。

けれども、拓海の見方はちがっていた。

「同じ事務所の仲間だから、じゃダメか?」

夏樹は衝撃を受けた。

そして、気づいた。

周りが冷たいとふてくされて自分こそが、

また一方で、冷たい視線で周りを見つめていたのだと。

粥を食べさせてもらっていた時には感じなかった恥ずかしさが、

ここで込み上げてきた。

拓海のやさしさがまぶしい。

夏樹は、プロデューサーが彼女に住所を教えたわけも理解できた。

「あー…でも」

拓海は頰をかいて、言葉を続けた。

「アタシにとっては、アンタが恩人だってのもあるかな」

恩人?

夏樹は目を瞬かせた。

夏樹は、拓海と直接言葉を交わしたことはない。

どんな恩があるというのだろう。

「アタシは最初、アイドルの仕事が嫌だったんだ」

拓海の表情に陰が差した。

「“アイドルなんてチャラついたもん、興味ねえよ”、が口癖だった。

でも今考えてみっと、他に進める道なんて無かったんだよな。

喧嘩ばっかして学も無えし、やりたい仕事も、特別な夢もなかった。

アタシのプロデューサーは、アタシを救ってくれたのに…それにも気づかないで」

夏樹は、モニターの奥で手を振る拓海しか知らなかった。

だからこそ、彼女が自分のもとを訪れるとは想像できなかった。

苦悩しながら、アイドルとして歩き出したことも。

「いつだったかな…アンタがライブに出てるトコを生で見たんだ」

拓海が、やわらかな笑みを浮かべた。

それを見た時、夏樹の心はじくじくと痛んだ。

「“凄え! こんなアイドルがいるのかよ!!”
 
そう思ったんだ。

見てるこっちのハートを熱くさせてくれるような、

そんなアイドルがいて……アタシもそうなりたいって、思えたんだ。

その日から…」

夏樹は、両手でゆっくり顔を覆った。

「たくみ…」

震える声で夏樹は名前を呼んだ。

「なんだよ」

拓海は少し嬉しそうに、返事をした。

おしまい

タイトルに名前入れ忘れてる
あああああああ

タイトルを間違えました

木村夏樹「たまご粥」

でお願いします。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom