勇者「今日はここで食べるか」 魔物「ヒヒヒ……」(152)

勇者・魔王もののSSです

第一話『極悪!油に隠された邪神官の罠!』


勇者「俺の名は勇者。魔王を討伐するために故郷を離れて孤独な旅をしている」

勇者「世界平和のためとはいえ、この旅は過酷だ
   モンスターと戦い、未開の野山を超えて、時には砂漠や高山、氷雪の中を進み、魔王軍を撃退する」

勇者「疲労も溜まるし、戦いの恐怖や緊張感は心を蝕んでいく。おまけに携帯食や現地調達の食べ物は不味い」

勇者「なのでたまの人里での食事は俺の大切な安らぎの一時だ」

勇者「だから俺は人里に訪れた時は食事を最大限に楽しめるように準備をする」

勇者「空腹は最大の調味料。なるべくお腹は空かせておきたい。だがお腹がすきすぎると胃が荒れてしまって食べられなくなる」

勇者「人里に着く数日前から穀物系の食事を薬草と一緒に大目に食べて胃を拡張しつつ胃腸の調子を整える」

勇者「当日の朝は脂の少ない植物性の携帯食を香辛料と一緒に食べて適度な空腹を維持しつつ胃腸を活性化する」

勇者「そして予め調べておいた評判のいい名店でディナーを思う存分に楽しむというわけだ
    これぞ勇者式口福律法“ブレイブミールイーティングメソッド”!」

勇者「今日着いたこの町では豚肉が評判が良いらしい。そしてこの近くにトンカツの名店があるという……
   揚げ物は旅の途中じゃ食べられないからな……、今日はこの店でトンカツを食って魔王に勝つぞ!」

勇者「……、いかん、一人旅のせいで独り言で親父ギャグを言ってしまう癖がついてしまった」

???「キヒヒヒ……」


~トンカツ屋~
店員「いらっしゃいませー!」

勇者「ふーん、よさそうな店じゃないか。ふふふ。ディナータイムを少し外して客が少ない時間を選んだのも俺の計算のうちよ」

勇者「混んでると時間がかかるからな」

勇者「メニューは、ロース、ヒレが選べて、トンカツ定食1000ゴールド、上級トンカツ定食、1400ゴールド、特級黒豚トンカツ、1800……
   プラス300でカツ大盛り可能、プラス100でご飯大盛り、プラス200で味噌汁を豚汁に変更可能か……」

勇者「せっかくだし贅沢するか!すいませーん!特級黒豚トンカツ定食ロース、カツ大盛り、ご飯大盛りで豚汁付きを!」

店員「特級黒豚トンカツ定食ロース、カツ大盛り、ご飯大盛り、豚汁付きですね、かしこまりました!」
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店員「特級トンカツ定食になります。キャベツはお代わり自由となっています」

勇者「お、きたきた。美味しそうだ……、ん?でもなんか微妙に油の匂いがえぐいような……?
  でも揚げ物なんて久しぶりだし、こんなもんだっけな」

勇者「パク、もぐもぐ……、上手い!なんて上品な豚肉の旨味だ!火の通り具合も絶妙で柔らかい!これはすごいぞ!
   ……、うーん、でも豚肉は美味しいけど、衣がなんか臭みがあるような……、気のせいかな?」

勇者「まあでも美味しいことは美味しいし、こんなもんだろう」
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勇者「ふう、喰った喰った、やっぱトンカツは美味しかったなぁ。揚げ物を食べると力が湧いてくるよ
   旅の途中じゃ油をいっぱい使う揚げ物は作れないし……
   でも揚げ物を食べるのが久しぶりすぎたせいか、ちょっと油の匂いが鼻に付いちゃったな」

???「ブヒヒヒ……」

勇者「!何者だ!」

オークの邪神官「ブヒヒヒ!私は魔王様のしもべ、邪神官です」

勇者「なんだと、町の中には魔物が入れないように防壁があるはず……、なぜ!?」

オークの邪神官「ブヒヒ!この町は豚の出入りが激しい。その豚たちに紛れ込めば邪神官たる私には侵入など造作もない」

勇者「まさかそんな手があったなんて……、だが、ここで俺が貴様を倒せばいいだけのことだ!」

オークの邪神官「ブヒヒ、威勢のいいことです。しかしあのことを知ってもその態度は続きますかねぇ」

勇者「な、なんだ、あのことだと……、いったい何を言おうというんだ!」

オークの邪神官「……あなた、あの店のトンカツを食べた時に違和感はありませんでしたか?」

勇者「なに?いや、とても美味しいトンカツだと思ったけど……」

オークの邪神官「でも油の匂いがどこか鼻に付きませんでした?」

勇者「!!!た、確かに……、だ、だがそれがなんだというんだ、油は大抵独特の匂いがするものだ!」

オークの邪神官「ぶう、この程度のことすら分からないとは……、今日の曜日とあのお店の定休日を見てごらんなさい」

勇者「ん?今日は月曜日で、定休日は火曜日……、あと一日到着が遅れてたらくいっぱぐれていたということか」

オークの邪神官「ブヒヒ。まだ気が付かないのですか?」

勇者「くっ、さっきから何を言いたい!」

オークの邪神官「揚げ物専門店は大型フライヤーで揚げ物を作ります。そして油は使えば使うほどどんどん劣化していくもの……」

勇者「それくらい俺も知っている……、はっ、ま、まさか……」

オークの邪神官「ようやく気が付き始めたようですね……、美味しい揚げ物を作るには毎日新鮮な油を使うのが理想というもの
     しかし商売でそれをやるとコストが高く付くし、大型フライヤーは油の交換の手間もかかる」

勇者「つ、つまり、フライヤーの油の交換は定休日に行う……」

オークの邪神官「そう!その通り!そして今日は定休日直前……、油の交換は明日行う、
     つまり今日はもっとも油のコンディションが悪い日だったのですよ!」

勇者「あぁ……、そ、そんな……、じゃああの油の鼻に付く匂いは、油自体の本来の匂いではなく……」

オークの邪神官「そう、劣化した油の臭気だったわけです!」

勇者「あぁ……あが……ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ!」

オークの邪神官「ぶひゃーはははは!辛い旅の疲れをいやすために最高のディナーを食べたつもりが、
     実際は最悪のコンディションのトンカツを食べてしまった気持ちはいかがですか?」

勇者「そ、そんな……、俺の、勇者式口福律法“ブレイブミールイーティングメソッド”が、破られた……」

オークの邪神官「ぶふふふ、明後日に最高コンディションのトンカツを食べて口直ししようにも、あなたは明日には旅立たなければならない」

勇者「う、うぅぅぅ……ひ、酷い、こんなことがあってたまるかよ……、何のために俺は辛い旅を続けてきたんだ……」

オークの邪神官「ぶっくっく、ざまぁないぜ!休日とフライヤーの関係も分からないバカが、トンカツを食べる資格なんてねぇんだよぉぉぉ!」

勇者「あぎゃあああああああああ!」
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邪神官の邪悪な罠に嵌り、心を打ち砕かれた勇者
だがまだ全ての希望が潰えた訳ではない!負けるな、勇者!立ち上がれ、勇者!
魔王を倒して平和を取り戻すまでけしてくじけるな!

第二話『強襲!紅の鎧に身を包むもの』



勇者「俺の名は勇者。魔王討伐のため、日々過酷な旅を続けている」

勇者「辛い戦いの悲しみを癒す俺の唯一の楽しみ
   それは人里に着いた時にその土地の最も美味しい料理“マキシマムトレジャーオブタング”を最大限に楽しむことだ」

勇者「だが前回の町では邪神官の企みによりその楽しみは無残に打ち砕かれた……」

勇者「せめて次の町ではこの悲しみを癒してくれる料理と出会えればいいのだが」
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勇者「港町か。この町ではなんでもカニが名物らしい。ちょうど今の時期は新鮮なカニが水揚げされるとかで
   美味しいカニが食べ放題だという」

勇者「もちろん俺もカニは大好きだ。よし、金に糸目は付けずにお腹いっぱい食べるぞ!」

勇者「さて、どこで食べるかだが……、こういう時は魚市場にいくべきだろう」

勇者「お、やってるやってる!確かにカニがいっぱい売られてるな。しかし俺は料理は得意じゃないし、そもそも旅の途中だからな
   カニ自体ではなくカニ料理屋を探さなければ」

おばちゃん「美味しい美味しいカニ料理小屋だよー!3000ゴールドで取れたてのカニが食べ放題だよー」

観光客A「お、ここがカニ食べ放題のカニ料理小屋か!」

観光客B「3000ゴールドでカニ食べ放題だなんて最高だぜ!」

観光客C「行ってみよう!」

勇者「3000ゴールドか。普通の食事と考えると割高だが、十分予算範囲内だ。よし、俺も行こう!」

おばちゃん「いらっしゃい!どのカニでもよりどりみどりだよ!どんどん食べていってね!」

勇者「おお、カニがいっぱいだ……、ひとまず料金を先払いして……、よし、まずは生だ!」

勇者「殻から身を引き出して、ぱく、もにゅもにゅ……、うーん、新鮮なだけあって美味い!海の香りが強烈だぜ!
   液体と固体の中間みたいな独特の食感も官能的で美味い……。こういう漁港とかでないと新鮮な生のカニは食べられないからな!」

勇者「次は……、よし、茹でだ!このポン酢に漬けて、と、うん!美味い!茹でが一番オーソドックスだよな。王道で美味い」

勇者「次は焼きガニにいくぞ。うん、味が濃縮されてて身がしっかりしてて美味い!
   ハサミの身が一番弾力があって美味いな。お腹はちょっといまいちかな。やっぱりよく動かしてるところが一番美味しいんだな」

勇者「二匹目は一匹目よりちょっと身が痩せてるな……、まあでも個体差があるだろうし」

勇者「カニ汁に、カニ味噌か。うん、これこれ。よし、御飯も頼もう……」
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勇者「ふぅ、お腹いっぱいだ。3000ゴールドで取れたてのカニが食べ放題なんて、故郷や王都じゃ考えられないぞ」

勇者「よし、満足したところで次の魔王軍の砦まで急ぐとするか……」

???「きーひっひっひ!」

勇者「何ものだ!」

軍隊ガニ「きーひっひっひ!俺様は魔王様のしもべ、軍隊ガニよ!」

勇者「巨大なハサミを持った化け物蟹か……
   町は聖なるバリアで守られているはずなのに、どうやって入ってきたんだ!?」

軍隊ガニ「ふ、この町で水揚げされている松葉ガニに紛れ込んだのさ!」

勇者「なんて巧妙な……!」

軍隊ガニ「勇者よ!貴様に切り裂かれ、豚汁にされたオークの邪神官は俺の友だった。やつの仇をここで討たせてもらおう!」

勇者「やつの仲間か……、貴様も同じ目に合わせてやるぜ!」

軍隊ガニ「ふ、なかなかの気迫だ。だが、この話を聞いてもその気迫を維持できるかな?」

勇者「なんだと!?」

軍隊ガニ「貴様は漁港のカニ料理小屋で昼飯を食ってきたようだな」

勇者「それがどうした!手頃な価格で美味しいカニが食べ放題という素晴らしいお店だったぞ!」

軍隊ガニ「きーひっひっひ!愚かだな、勇者」

勇者「な、どういう意味だ!?」

軍隊ガニ「たかが3000ゴールドで、美味しいカニを何匹も食えると思っているのか?高級料亭でカニを食べれば一万ゴールドはするぞ?」

勇者「そ、それは、ここが漁港だから安くカニを仕入れることができるからだ!それに高級料亭は料理人への技術料もかかる!」

軍隊ガニ「だとしても原価的には1000ゴールド未満だぞ。カニと言えば高級食材なのに、それをドブに捨てるようなものではないか」

勇者「だ、だったら何だっていうんだ!実際に俺はそこで食事をして満足した!それが事実だ!」

軍隊ガニ「ふ、勇者ともあろうものがここまで愚かとはな。貴様、その店で喰ったカニの中には身が痩せているものもいたのではないか?」

勇者「はっ!た、たしかに何匹かはちょっと身が痩せていたが、だ、だが、野生のカニに個体差があるのは当然だ!」

軍隊ガニ「その通りよ。だからカニ漁師や魚市場はカニの身の良し悪しを丁寧に調べてランク付けする
      そして最上の特級や一級品は料亭向けに高く売るのさ」

勇者「なに……!?そ、それじゃあ、まさか……」

軍隊ガニ「その通りだ。貴様が食べた料理屋のような食べ放題店は、三級以下の安物のカニをまとめて購入しているのさ!」

勇者「ば、バカな……、そんなの、詐欺じゃないか……」

軍隊ガニ「ふん!何を言っている!値段設定を見れば三級以下のカニしかないなど一目瞭然!
      ああいう店は漁港のすぐそばでとれたてのカニをランチに食べるというライブ感を楽しむ観光客向けの店だ!
      ぼったくっている訳でもない!ただ貴様が世間知らずだっただけということよ!」

勇者「あ、あ、ぁ……」

軍隊ガニ「そして観光を十分楽しんだ観光客は夜に高級料亭や高級旅館などで一級や特級のカニを楽しむという訳だ!」

勇者「そ、それじゃ、俺は本当のカニの魅力を最大限に楽しめたわけじゃないってことか……?」

軍隊ガニ「当然だ。三級以下のカニを素人のおばちゃんが適当に焼いたり茹でただけのカニだぞ
      もちろん新鮮だし、三級以下と言ってもそこそこ美味しいから値段を考えれば悪いものではない
      だが料亭の一流の板前が調理した特級カニ料理に比べれば天と地ほども違うというものだ」

勇者「そ、そんな……」

軍隊ガニ「久しぶりの人里で、最高の食事を楽しみたいと思っていた貴様が三級のカニで大満足している様子は最高に滑稽だったぜぇ」

勇者「うぅ、もう俺は出発しないといけないから夜から営業の高級料亭には行けそうにない……」

軍隊ガニ「貴様のような観光地の料理の楽しみ方も分からない愚か者に高級カニ料理を味わう資格なんてないんだよぉ!」

勇者「う、うわあああああああああ!」
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軍隊ガニの卑劣な罠に陥り、窮地に陥った勇者
このままでは世界はモンスターに蹂躙されてしまう!諦めるな、勇者!戦え、勇者!
例え何度膝をつこうとも、立ち上がりさえすれば負けではないのだ!

第三話『大いなる罠!地獄への道は天国にも似て』


勇者「俺の名は勇者。魔王の野望を打ち砕くため、1人戦い続ける流浪のホーリーソルジャー」

勇者「だが俺は兵器じゃない。心を持つ人間だ」

勇者「戦ってばかりじゃ心が曇る。旅を続ける英気を養うために、時にはひたすら美味い食事に没頭したい」

勇者「普段は魔物と戦うために荒野を駆け巡る俺にとって、たまに人里を訪れてそこで最高の食事体験“アルティメットデリシャスエクスペリエンス”
    を味わうことは心身をいやす最高の喜び」

勇者「だがその機会を魔王のしもべたちによって二回も邪魔されてしまった……、
   日頃あまり人里に降りられない俺にとっては人里での食事の一回一回はとても貴重だというのに……」

勇者「今度こそ俺は至福の料理を味わって見せる!」
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勇者「ふむ、この町は……、うーん、なんかピンとくるものがないな……
   訪れる町の全てが必ずしも名産があるとは限らない……、どうするか」

勇者「よし、町の人に聞いてみるか。情報収集と言えば酒場だ。行ってみよう」
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勇者「マスター、この町で何か美味しいものはないかい?」

酒場のマスター「美味しいものねぇ……、この先に高級ステーキ店がある。高いけど値段分の味は保証するぜ」

勇者「ステーキ店か……。この辺りは牛肉が有名なのか?」

酒場のマスター「いや、このあたりじゃ畜産はやってねえな。その店は遠方の牛肉の名産地から高給ブランド牛を取り寄せてるって話だ
         実際すごく美味いぜ」

勇者「ふぅむ。牛肉は熟成に時間がかかるから新鮮さはあまり関係はない。それに地元民の評判もいいとなれば間違いはない、か
   でも単なる高級ステーキ店なら王都でも行ったことがあるし、このあたりの特産品でもないとなると、なんか面白くないな……」

客「おいおいおい、お二人さんよ、そういうことならこの町のとっておきの名産品があるじゃねえか!」

勇者「なんだって!?」

客「この町の周辺でしか捕れない川魚の料理だよ!これで町おこしをするためにずっと宣伝してきたんだ!ぜひ食っていってくれよ!」

勇者「おお、それだ!そういうのがいいんだよ!ステーキは美味しいけどブランド牛ならどこで食べてもそんなに変わらないしな」

酒場のマスター「そんなもんかねぇ。普段食ってる地元のもんよりもブランド牛のステーキのほうが俺は美味いと思うんだが」

勇者「それは地元民だからそう感じるんだよ。あんた、さっそくお店を教えてくれ!」

客「おう。ほら、メモに地図を書いたよ。ここから10分もあれば着くぜ」

勇者「ありがと!マスター、お会計!」

酒場のマスター「あいよ。ドリンクとつまみで500ゴールドだ。達者でな」

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勇者「ここが川魚料理の店か。ちょっと地味だけど渋い店構えじゃないか。これは期待できそうだ」

店員「いらっしゃいませ」

勇者「どうも。1人です」

店員「ただいまご案内いたします。……お客様は町の外からいらっしゃった方ですか?」

勇者「あ、はい。せっかくだからこの町の特産を食べてみたいと思いまして」

店員「それでは単品料理よりも川魚のコースはいかがでしょう?我らが地元の色々な料理が楽しめますよ」

勇者「それがいいですね!それでお願いします」

店員「かしこまりました」
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店員「お待たせしました」

勇者「お、来た来た。どれどれ、川魚の塩焼き、川魚の干物、川魚の味噌漬け焼き、川魚のつみれ汁、川魚の煮付け、それにご飯か」

勇者「じゃあまず塩焼きから……、お、美味い。ちょっと塩辛いけどご飯が進むな。川魚の旨味が凝縮されてるよ
   干物は……、こっちもちょっと塩辛いけど熟成された旨味がいいな
   味噌漬け焼きか。味噌の風味がいいね。この味噌も地元の物なのかな?
   つみれ汁はいい出汁が出てるな。煮付けも美味しい」

勇者「……」

勇者「うん、美味しかった。食べ終えたし、出るか」

店員「川魚のコース一人前で、4000ゴールドになります」

勇者「……あ、はい」

店員「またのご来店をお待ちしていますね」
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勇者「いやー、美味しかったなぁ!ステーキも美味しいだろうけど、やっぱりこういう地元の特産品を楽しむのが旅の醍醐味だよね!
   まあ俺は観光旅行してるわけじゃないんだけど!」

勇者「ほんとに美味しかったよ!ここに来てよかったなぁ!ほんと最高!いやっほーう!」

???「グフフフ」

勇者「何者だ!」

ミノタウロス「俺様は魔王さまのしもべ、ミノタウロス様よ!貴様に手足を引き千切られてカニ汁にされた軍隊ガニの仇を討ちに来た!」

勇者「巨大な牛の化け物か。どうやらまた俺のゴールデンデリシャスエクスペリエンスを邪魔しに来たようだが、無駄だ!
   今回俺はこの地元の最高の特産品を味わったんだからな!マジでほんとにガチで美味しかったんだからな!」

ミノタウロス「グフフフ。本当にそう思っているのかな?」

勇者「なにぃ!?どういう意味だ!」

ミノタウロス「ならば、その不自然なハイテンションはいったい何なのかな?」

勇者「……!な、なにを言っているんだ……、お、俺はけして不自然なんかじゃ……」

ミノタウロス「グフフ。本当はこう思っているんだろう?あの川魚、そんなに美味しくなかったと」

勇者「はぅっ!……、な、なにを……、うう、なぜ俺は反論できないんだ、あの川魚は美味しかったじゃないか……」

ミノタウロス「けして不味くはない。しかし同じような塩っ辛い味付けの魚料理がいくつも出てきても飽きる、そう思わなかったか?」

勇者「はぐぅ!?い、いや、そんなことはない……ちゃんと味の変化はあった……」

ミノタウロス「なんであんなのに4000ゴールドも払ったんだろう、それくらいなら無難にステーキにしとけばよかった、そう思っているのだろう?」

勇者「あ、あぁ、ああああ……」

ミノタウロス「グフフ、しばしば旅行者が陥る罠だ。旅先ではその地元でしか食べられない特産品を食べてみたい、と」

勇者「そ、それの何が悪いというんだ!その地元でしか食べられない美味しい特産品はいっぱいあるじゃないか!」

ミノタウロス「もちろんそれは否定はせん。だが、そういう美味しい特産品は大抵遠方まで評判が広まっているものだ
       町おこしのためにずっと宣伝しているにも関わらず全然知名度のない川魚が美味しいと思うかね?」

勇者「あぐぅぅう~~~、で、でも、もしかしたら美味しいかもしれないし、それにその土地でしかできない貴重な体験ができた!」

ミノタウロス「もちろん隠れた美味しい特産品もまだまだありうるだろう。だがそういうものに運よく出会うためには
       失敗も数多く積み重ねる必要がある」

ミノタウロス「失敗を貴重な体験だと楽しむのもまた旅の醍醐味の1つだな
       しかし貴様は失敗したことを認められず、必死に美味しかったと自分に言い聞かせて現実逃避しているではないか」

勇者「う、うぅぅ……」

ミノタウロス「外れを引くリスクを覚悟して珍品巡りをする心の余裕もなく、かといって無難に美味しい料理を選ぶ判断力もない」

勇者「あ、あわわわわ……」

ミノタウロス「お前、そんなんでよく勇者を名乗れるねぇ」

勇者「あ、あああ、あああああああああああああ!」

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ミノタウロスの恐るべきパワーの前に勇者はなすすべもなかった!
このまま勇者は敗北してしまうのか!?すべては無意味だったというのか!?
それでも我々は信じている!勇者の勝利を!頼む!負けないでくれ、勇者!



勇者「俺は負けない!魔王を倒す、その日まで!」

勇者「……」

勇者「ここしばらく毎日ミノタウロスの干し肉ばかりでうんざりだな……、次の町には美味しい料理があればいいけど」

以上です

続きを投下します

第四話『悲哀!愛を喪失する日』


勇者「俺の名は勇者。魔物の邪知暴虐を戒めるために剣を振るう最強無比のロンリーウォーリアー」

勇者「だがいくら俺が強いとはいっても無敵という訳ではない。時には戦いの重みに足が鈍ることもある」

勇者「そんな時、俺は美食を求める。鈍った足に再び歩きだす勇気をくれる
   そんな至高の美食時間“ビューティーディッシュスープリーム”を」

勇者「その貴重な機会を邪魔する魔物に、俺は容赦はしない」
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勇者「そろそろ夜だが、本当にこんな山の中にあるのか?」

勇者「高級地鶏料理店」

勇者「今回俺が訪れた村は典型的な田舎の農村だった。村人は親切にしてくれたし牧歌的な田園風景は美しかった」

勇者「だが、食べ物に関してはどうにもいまいちだった
   高級料理店は1つもなく、数少ない定食屋もそこら辺のおばちゃんが作った田舎料理って感じでちょっと素朴すぎる
   農村だけあって野菜の質はとても良かったけど、それだけじゃどうにもな……」

勇者「もっとガツンと来る美味しい料理が食べたいところだけど、観光地って訳でもない農村じゃこんなもんか」

勇者「次の町を目指そう、そう思っていた時だった。道を聞いたおじさんからこんな話を聞いた」

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村のおじさん『あんた、旅行者かい?実は今村おこしのために地元の地鶏を広めようって企画があるんだ』

村のおじさん『その一環で都会に料理を勉強しにいった村出身の料理人が高級地鶏料理店を開いてね』

村のおじさん『ブロイラーよりもずっと美味しいんだ。ちょっと山の奥の方なんだけど、ぜひ寄って行ってよ!』
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勇者「なんでも山の中の広大な敷地で伸び伸びと育てた最高品質の地鶏の味を楽しめるとか」

勇者「しかし村おこしの一環、というのがどうにも引っかかる。川魚では痛い目を見たからな」

勇者「お、見えてきた。看板があるな
   『地鶏専門料理店・端麗で上品な地鶏の旨味を楽しめる水炊きをぜひご賞味下さい』か」

勇者「しかし、ほんとに美味いのかな……、地元だけで盛り上がってる名物という可能性もある」

勇者「でも他に選択肢もないしなぁ。鶏肉ならそこまで外れってことはないだろう。いくか」

店員「いらっしゃいませ!地鶏専門料理店へようこそ!」

勇者「どうも。1人ですが」

店員「はい。ご案内いたします。お客様は初めていらっしゃった方ですか?」

勇者「はい」

店員「それでしたら、当店自慢の地鶏の水炊きコースをぜひお試しください
   うちの地鶏の端麗で上品な旨味を最大限に楽しめますよ」

勇者(コース……、なんだかデジャブを感じるな……)

勇者「そ、そうですね……、ひとまずメニューを見せてもらえますか」

店員「はい。お決まりになりましたら、および下さい」

勇者「ふむふむ、親子丼700ゴールド、オムレツ700ゴールド、鶏天うどん800ゴールド、地鶏ソテー定食1000ゴールド……
   地鶏やその卵を使った料理がメインってわけか。まあコンセプトからすれば当然だけど」

勇者「一品料理もあるな。焼き鳥串、各種どれも一本150ゴールド、唐揚げ一皿400ゴールド、軟骨揚げ一皿400ゴールド……
   こっちはどちらかというとツマミだな。お酒は地酒とビール、梅酒各種、蒸留酒、まあまあ豊富だな
   だが常在戦場を旨とする勇者の俺が酒を飲むわけにはいかない。今日は料理に専念しよう」

勇者「そして、これがお勧めの地鶏の水炊きコース3000ゴールド、川魚コースに比べれば良心的だけどちょっと高いな」

勇者「メニューにも『端麗で上品な旨味』って書いてるな。そんなに端麗で上品さを強調したいのか……」

勇者「さて、どうする……?以前の俺なら何も考えずに水炊きコースに飛びついていたところだが……」

勇者「よし、決めた!水炊きコースを選ぶ!……、だが、一緒に唐揚げも頼むぞ!
   唐揚げが外れの可能性は低い!どんなお店でも唐揚げは大抵美味いからな
   もしも水炊きがイマイチだったとしても唐揚げでカバーする作戦で行く!いつまでも昔の俺じゃないぜ!」

勇者「店員さーん!水炊きコース一人前と唐揚げ一皿お願いします!」

店員「かしこまりましたー!」
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店員「こちら、唐揚げになります」

勇者「お、きたきた。唐揚げけっこう量があるな。よし、それじゃあまずは唐揚げで空っぽの胃を落ち着かせるか!」

勇者「これはモモ肉の唐揚げか。レモンも添えてあるな。まずはそのままでいく!……美味い!
   パンチの効く香辛料の辛み、濃厚な脂の旨味!醤油とニンニクの下味もいい。やっぱり唐揚げに外れはないな」

勇者「次はレモンを絞ろう。1人だとレモンを絞るかどうか気を使わなくて済むから気楽だな」

勇者「うん、レモンの酸味がすっきりしててこれもいい。もし鍋がイマイチでもこれで十分元が取れたな」

店員「失礼いたします。こちら、水炊きセットになります。鍋が熱くなっておりますのでご注意ください」

勇者「あ、どうも。卓上コンロで温めるタイプか。よし、それじゃあ噂の上品で端麗なお鍋と行きますか」

勇者「まずは出汁の味を……、薄い……うーん、こんなもんか。上品ねぇ、単に薄味なだけな気も……」

勇者「ひとまず肉を食ってみるか……、これは胸肉か……地鶏ってだけあって普通の鶏肉よりも弾力があるな」

勇者「ん?なんだか、よく味わうとこれ凄く旨味が濃いぞ。噛みしめてると味がしみだしてくる……」

勇者「おお、だんだん味が分かってきた!こんな繊細なのに芳醇な味わいの鶏肉、初めてだ!
   唐揚げじゃ味付けが濃くてよく分からなかったけど、水炊きだと鶏肉の質の良さがよく分かる!」

勇者「この胸肉、食感もすごくいい!脂肪がほとんどないのにぱさついてなくてしっとりと上品な旨味が広がるぞ!
   モモ肉の脂の旨味も濃厚なのにすっきりしてて臭みが全くない!
   この手羽元、骨周りの味がまた最高だ!
   このつくね、軟骨が入ってる。肉の旨味と軟骨のこりこりした食感のコンビネーションが絶品だ!」

勇者「これは美味い!これは大当たりだ!」

勇者「端麗で上品ってのも納得できるな。唐揚げみたいな強烈なパンチがあるわけじゃないけど奥深い芳醇な味だ
   出汁が薄塩味なおかげで鶏の旨味をありのまま味わえる」

勇者「そして鶏の旨味を吸った山菜が美味しいな!普通の野菜と違って野趣っていうのかな?ちょっと癖があるけど
   鶏の上品な旨味のおかげで嫌味やえぐみを感じない、良い意味で野菜とは思えない力強い味だ」

勇者「お箸が止まらん!美味い!」

勇者「うっぷ、お腹がいっぱいだ……」

店員「最後に締めの雑炊になります」

勇者「おっと、鍋と言えば締めの雑炊だよな。うどんやラーメンもいいけど、玉子で閉じた雑炊も美味いんだよな」

店員「ご賞味ください」

勇者「じゃあ玉子が固まり切らないうちに……、うん!美味い!出汁を吸ったご飯が美味しい!
   そだけじゃない!この地鶏の玉子がまた濃厚で旨味が濃い!」

勇者「……、むぅ、しかし、お腹がきついな……、でももったいない!ぜんぶ食べないと!」

勇者「ふう、喰った喰った……、とても美味しかったな……でも胃がはちきれそうだ……、ちょっと苦しい
   でも食べ終わったのにずっと居座るわけにもいかないな。出るか。お会計お願いしまーす」

店員「かしこまりました。ご満足いただけましたか」

勇者「いやー、すごく美味しかったです。地鶏ってこんなに美味しいんですね」

店員「品種の良さはもちろんのこと、このあたりの広くて自然が豊かな放牧地で野生に近い状態で育てることで
   他の鶏にはない優れた肉質になるのです。この村ならではの味、ということですね」

勇者「なるほど、こんなに美味しいなら村おこしも成功しますよ。ごちそうさまです」

店員「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」

勇者「ふぅ、こんなに満足したのは久しぶりだ。これこそビューティーディッシュスープリームだな。……ゲフ」

勇者「おっと、これまた親父臭いゲップをしてしまった。誰かに聞かれてたら恥ずかしいな」

???「ケェッケッケッケ!」

勇者「む!なにやつだ!」

コカトリス「拙者は魔王様の忠臣、コカトリス!勇者よ!お主の首をもらい受けに参った!」

勇者「死を呼ぶ魔鳥と呼ばれた伝説の魔物か!相手にとって不足はない!かかってこい!」

コカトリス「ケェッケッケッケ!少し前からお主を観察していたが、お主のような未熟者が勇者とはな」

勇者「なにぃ!侮辱するか!」

コカトリス「狡猾で知られたオークの邪神官、攻防を兼ね備えた軍隊ガニ、怪力無双のミノタウロス……
      猛者として知られる彼らがお主ごときに破れたとは、にわかには信じられぬ」

勇者「痴れ事を!幾多の戦いの経験を積み重ねた歴戦のこの俺のどこが未熟者だというのだ!」

コカトリス「ふん、経験を積み重ねた歴戦の、だと?ならばお主、さきほどの店でなぜ唐揚げを注文したのだ」

勇者「決まっているだろう。戦士たるもの、常に最悪の結果に備えて行動すべきということだ
   万一メインの水炊きがイマイチだったときに備えて唐揚げでフォローする態勢を用意しておいたのさ!」

勇者「唐揚げは濃厚な味付けで、なおかつ揚げ物だ
   この方式なら肉質に味が左右され辛い、すなわちどんな店でも唐揚げが不味い可能性は低い!」

コカトリス「なるほどな……、だがその意味はあったのかね?」

勇者「……、結果的に水炊きはとても美味しかったからフォローの意味はなかった
   しかしそれはあくまでも結果論!
   実際には美味しい唐揚げと絶品の水炊きの両方を楽しめて最高の時間を過ごせたぜ!」

コカトリス「ほう、ではなぜ今そんなに苦しそうな顔をしているのだ」

勇者「……!な、なにを言っている……、俺は苦しくなんか……ゲフ……」

コカトリス「水炊きコースはコースだけあって量が多い。それに唐揚げも一緒に食べればそうもなろう
      だが重要なのはそこではない」

勇者「な、なにを言っているんだ」

コカトリス「この店のメインはどう考えても水炊きコース!ならばお主は水炊きを最大限楽しむことを優先すべきだったのだ!」

勇者「!!!」

コカトリス「料理の一番美味しい瞬間とは!空腹の状態から味わう最初の一口!しかるにお主はどうだ?」

勇者「う、うぅ……か、唐揚げを先に食べてしまった……」

コカトリス「唐揚げはどんな店でも外れは少ない。逆に言えばどこのお店でも味に大差がないということ
      濃厚な味付けと油の味は鶏本来の味をマスキングしてしまうからな」

勇者「ま、マスキング……?」

コカトリス「特定の味や臭いを感じさせなくするという意味の専門用語だ。なんだ、知らぬのか?」

勇者「はぅ!こ、こいつ、専門用語まで使いこなすとは……、ち、違う……、今までの相手とは比較にならない強敵!」

コカトリス「しかも濃厚な味付けと油のせいで舌も鈍ってしまったことだろう
      上品で端麗な水炊きの味が最初は分からなかったのではないか?」

勇者「あ、あぁ、ああああ!」

コカトリス「どうやら図星のようだな。そして量のある唐揚げを一気に食べてしまったことでお腹が膨れてしまい
      締めの雑炊は味を楽しむどころではなかったことだろう」

勇者「ぐわああああ!」

コカトリス「せっかくの美味しい食事の後の気分が胃もたれで上書きされてしまう。今の気分はどうだ?」

勇者「が、がはっ!ぐふっ!」

コカトリス「美味いかどうか分からない料理を警戒し、安心メニューでフォローするという方針自体は悪くない
      だがそれなら水炊きの味を確認してから追加すればよかったのだ
      唐揚げは出るのに時間のかかるものではないのだからな」

勇者「ぐぅぅぅぅ……」

コカトリス「つまりお主は恐怖に呑まれ、もっとも大切な料理を切り捨ててしまったのだ
      ケェッケッケッケ!勇者ではなく勇無者とでも名乗ったらどうだ?」

勇者「じ、自分を最適な空腹状態にして、料理を最高の状態で楽しむ
   この考え方は俺の勇者式口福律法“ブレイブミールイーティングメソッド”の最も基本となる骨子……」

勇者「俺はかつての川魚での失敗にとらわれすぎて、その基本を忘れてしまっていた……」

勇者「だ、だが、それなら体調を整えて明日またあの店に行けばいいだけのことだ!」

コカトリス「……ケェッケッケッケ!ケケケケェ!!!」

勇者「な、何が可笑しい!」

コカトリス「ケケケケェ!これが笑わずにはいられるものか!今のお主は愚かを超えて滑稽であるぞ!
      未知の美食を最大に楽しめる瞬間とは、初めての一口目なのだ!」

コカトリス「だが、勇者よ!お主は唐揚げで鈍った舌とはいえ、すでにあの水炊きを味わっておる!
      もはや二度と初めての感動は味わえないのだ!」

勇者「あああ……!!!お、折れた……、俺の中の大切な何かが、完全に……」

コカトリス「そうだ、それが絶望だ!自信を喪失して何もできまい!」

勇者「地鶏……、端麗で上品な地鶏の水炊きの感動……、俺はあの幸せを永遠に喪失してしまった……」

コカトリス「本当に大切なものの価値は失ってから分かるというが、まさに今のお主だな!
      どうだぁ?愛するものを自らの手で汚し尽くした気分は?
      ケェッケッケッケ!」

勇者「うぅ、ぐぐぐ、うおおおおおおおおおおお!!!」
       ・
       ・
       ・
かつてない強敵コカトリス!その凄まじい猛攻に勇者は力尽きた!
胸には穴が開き、臓腑は引き裂かれ、手も足もピクリとも動かない!
絶望の果てには暗黒の闇しかないというのか!?勇者よ!お前が負けたら世界はどうなってしまうのだ!

第五話『無残!心を踏みにじられた少年の哀歌!』


勇者「俺の名は勇者。苦しみを背負って幸せを届ける一振りの愛の剣」

勇者「だが今の俺は錆び付き罅の入ったブロークンソード」

勇者「かつて戦いで深い傷を負った俺は、美食を追い求めることすらできずにさまよう
   食喜喪失“ロストディッシュ”状態に陥っていた」

勇者「このまま、無為にたゆたうだけの生涯を送るのだろうか……」
       ・
       ・
       ・
勇者「久しぶりの人里だが、何を食べるかな、今日は……、半額の惣菜パンでも買うか……」

勇者「ん?高級焼き肉店?あっちには寿司屋?……、いや、だめだめ」

勇者「今の俺にあんな店にいく資格はない……」

勇者「はぁ……、まさか折れちゃうなんてなぁ」

勇者「勇者であり、冒険者でもある俺にとって剣はとても大切なものだ
   魔物と戦う武器であるのはもちろんのこと、山林で邪魔な枝を切ったり、穴を掘ったり、缶詰を開けたり
   調理にも使うし、サバイバルにおいてはまさに生活必需品だ」

勇者「できればそれぞれ専門の刃物が欲しいところだが、荷物が重たくなるのは避けたい
   わずかな荷物の重さの上昇が長期間のサバイバルでは体力の大きな消耗に繋がる」

勇者「魔物との戦いではそれは死につながる。なので俺にとっては一振りで全てが賄える魔剣聖剣は必須だ
   普通の鋼の剣じゃすぐ刃が痛んでダメになるからな」

勇者「俺が長年愛用している聖銀剣ミスリルソードはその全ての用途に耐えうる強大な聖剣だった
   しかもミスリルの破邪の効果で調理に使えば食中毒も防いでくれるという素晴らしい効果もある」

勇者「だが、経年劣化や金属疲労が溜まっていたのか、先日のとある作業中についに折れてしまった」

勇者「仕方がないから修理に出したものの、ミスリルの高騰のせいでとんでもない大金がかかってしまった」

勇者「これじゃ次の王様の資金援助の日まで、美食なんてとても無理だ」

勇者「冒険費用を使い切る覚悟で贅沢をするってのはさすがに本末転倒だしな」

勇者「ふぅ……。わびしいなぁ……、商店の半額タイムまでどこかで時間を潰すかな……」

子供1「おい!そろそろお祭りが始まるぜ!」

子供2「えへへ、今日は特別にお小遣いいっぱい貰って来たんだ」

子供3「早く行こう!」

勇者「ん?お祭りだって?よし……、俺も行ってみるか。いい気分転換になるかもしれないしな」
       ・
       ・
       ・

勇者「おお、やってるやってる。賑やかだなぁ。出店がいっぱいだよ」

焼きそば屋「焼きそばいらんかい~!1皿300ゴールドだよ~!」

タコ焼き屋「タコ焼き美味しいよ~。10個入りで350ゴールドだよ~」

タイ焼き屋「こしあん、つぶあん、カスタードクリームより取り見取りで一個200ゴールド!」

勇者「懐かしいなぁ。俺も子供のころはお祭りが大好きだったよ
   お祭りの料理って冷静に考えるとそんなに質がいいわけじゃないけど
   祭りの高揚感の中で食べるとすごく美味しく感じられるんだよな」

射的屋「景品を倒すことができたらプレゼント!100ゴールドで6発遊べるよ!」

輪投げ屋「輪を投げて棒に引っかけられたら景品があたるよ!」

金魚すくい屋「綺麗な金魚がいっぱいだよ~!楽しいよ~!」

勇者「ああいうのって簡単そうに見えて実は中々景品が取れないんだよな、取れても微妙なんだけど
   やるだけ馬鹿らしいけどこれもお祭りの風物詩ってやつか」

お面屋「さあさあ、古今東西の英雄たちのお面だよ!」

おみくじ屋「よってらっしゃい!おみくじを引けばその場で景品ゲットだ!」

勇者「ああいうのって絶対あとでゴミにしかならないんだよなぁ」

勇者「よし、せっかくだしここで食べ歩くか!どれもこれも子供のお小遣い向けで安いし、
   美食とは言い難いけど大切なのは食事を楽しむことなんだ」

勇者「おっちゃん!焼きそば1つ!」

焼きそば屋「あいよ!出来立てだよ!」

勇者「はふ、はふ、ズルズル……、うん、これこれ!この脂っこくて味の濃いソース味!
   下品でジャンクな味なんだけどなぜか心が浮き立つんだよな」

勇者「次はタコ焼きにするか!……、あっつ!中が凄く熱い!でもトロッとしてて美味い!
   タコ焼きって自分で作ってもなぜか屋台みたいなトロッとした食感にならないんだよなー」

勇者「お好み焼きにフランクフルト、イカ焼きも王道だよな
   お、バーベキュー串もあるのか、これは珍しいかも。よし、全部喰うぞ!」

勇者「次は味を変えてタイ焼きに行ってみるか。こしあんでいいかな。カスタードも捨てがたい……」

勇者「綿あめとカキ氷もいっておこう。そう言えばカキ氷のシロップは香料が違うだけで味は全部同じって本当なのかな」

勇者「おや、同じ種類の屋台もいくつもあるのか。よし、せっかくだし各屋台ごとに食べ比べてみるか!」

勇者「こっちのお好み焼きはうどんが入ってるのか、面白いな。焼きうどんっぽい
   こっちは、焼きそば入りか。うん、美味いな」

勇者「この屋台の焼きそばはソースが甘め、キャベツ多め……70点!
   こっちのは豚肉多めでソース辛め、よし80点!」

勇者「ちょっと喉が渇いたな。ジュースでも買うか。まだまだ食うぞ!」

勇者「お?高級牛串700ゴールド?高い!でも美味しい!これはもう何本か食べるか!」

ドーンドーン

勇者「ん?打ち上げ花火……?いや、そんなことよりもこのチーズお餅ってのを試してみないと……」
       ・
       ・
       ・
勇者「ふぅ、いやー、喰いまくったぞ。ひさびさに童心に帰ったな
   心を癒すのに大金を使った美食にこだわる必要なんてなかったんだな」

勇者「ただちょっと少年の心を思い出すだけでいい。それだけのことを忘れてたよ」

???「グフォフォ……」

勇者「む、魔王軍の刺客か!?」

キマイラ「いかにも。吾輩は魔王軍の幹部キマイラと申すもの」

勇者「キマイラ……、複数の動物の合成魔獣だったな。お前は見たところイノシシ、タコ、野牛の合成獣だな」

キマイラ「勇者よ。汝は吾輩に勝つことはできぬ。今まで我が同胞たちを喰ってきた報いをここで受けることになる」

勇者「なに!この俺の実力を知っての戯言か!?」

キマイラ「吾輩は知っておるぞ。汝がコカトリス殿を焼き鳥にする際に剣を折ってしまったことをな
     肉から骨を無理やり外そうとして剣でグリグリしてたらぼきりといってしまっただろう
     聖剣は頑丈だから経年劣化しないと思い込んでいたとは、剣士失格であるな」

勇者「な、なぜそれを……!だがそれがどうした!剣はちゃんと修理済みだ!
   今後は定期メンテを忘れないようにチェックシートも柄に貼ってある!」

キマイラ「グッフォッフォ。しかしその修理代金で金欠であることも調査済みである」

勇者「うう、こいつ、まさか俺のことを調査しつくしているというのか!?」

キマイラ「そして美食を楽しむ金がなかったために今日はお祭りの屋台で食べ歩きをしたようであるな」

勇者「し、知られている!俺の行動全てを!何もかもやつに筒抜けだったというのか!」

キマイラ「グッフォッフォ。もはや汝は丸裸も同然。吾輩からは逃れられぬぞ」

勇者「こいつは今までの単なる力自慢の魔物とは違う……、情報戦を得意とする頭脳派だというのか!」

キマイラ「グフォフォ。勇者よ、汝が吾輩に恐怖していることが手に取るように分かるぞ」

勇者「くっ、だが、貴様が何か罠を貼る前に速攻で切り捨ててしまえばいいだけだ!」

キマイラ「グフォフォ。果たして祭りの楽しみ方も知らない野暮な貴様にそれができるかな」

勇者「野暮!?俺が!?どこがだというのだ!俺ほどお祭りを小粋に楽しむ男はそうはいない!
   少年の日々を思い出し、童心にふけってお祭りに没頭する!これがお祭りの楽しみ方だ!」

キマイラ「グッフォッフォ。勇者よ、その考え方自体は正しい。しかし汝はその通りにできたのかな?」

勇者「なにぃ!当然だ!俺はかつての少年だったころのようにお祭りを満喫していたぞ!」

キマイラ「ふむ、では汝は射的はやったかな?輪投げは?」

勇者「ふん!バカな奴め!祭りの射的や輪投げは良い景品は絶対に取れないようになっているのだ!
   あんなものやるだけ損だということも分からんとはな!頭脳派が聞いて呆れるぜ!」

キマイラ「ではお面は買ったかね?キャラクターものの風船は?」

勇者「ますます下らんな。わざわざそんなゴミにしかならないものを買ってどうする!」

キマイラ「グッフォッフォ。勇者よ、語るに落ちたぞ」

勇者「何が!貴様に祭りの何が分かる!」

キマイラ「祭りを分かっていないのは汝だ、勇者よ。打ち上げ花火は綺麗だったか?」

勇者「……!!!そ、それはもちろん……綺麗だったとも……」

キマイラ「嘘をつくのはよくないな、勇者よ
     汝が祭りの終わり際の食べ物の安売りに夢中で花火を見てすらいないことは調査済みである」

勇者「……、そ、そういう訳じゃ……、ま、全く見ていない訳じゃないし……」

キマイラ「だが頭には残っていないであろう」

勇者「む、むぐぐ……」

キマイラ「子供のころの汝は祭りの余韻に浸りつつ打ち上げ花火に夢中になっていたのではないか?」

勇者「あ、あぅぅ……」

キマイラ「ようやく自分が子供のころの気持ちを少しばかり思い出したようだな」

勇者「し、しかし、その、俺は食事を、その、楽しみたくて……」

キマイラ「先ほどバカにしていた射的や輪投げ、これも汝が子供のころは夢中になって楽しんでいたのではないか?」

勇者「う、うぐぅ!」

キマイラ「童心に帰って祭りの雰囲気を楽しんだと言いつつ、汝は冷めた大人の目線でしか祭りを見ておらぬ」

勇者「ち、違う!食べることが好きな子供なら食べ物に集中することだって……」

キマイラ「旅をしている汝がゴミになるものを購入できないという事情は分かる」

キマイラ「だからといって、祭りの楽しみ方を真に理解している人間ならば、
     先ほどのような射的やお面を楽しむ子供を馬鹿にするような野暮な物言いはできまい」

勇者「ぐ、ぐはぁ!」

キマイラ「勇者よ、汝は童心に帰ったのではなく、単に贅沢な食事ができないフラストレーションを
     屋台の食べ物にぶつけただけにすぎぬのである」

勇者「うぐわああああ!」

キマイラ「だからお祭りの最後の楽しみである打ち上げ花火すらも覚えていないのだ
     童心が聞いてあきれる。不粋の極みであるな」

勇者「も、もうやめてくれ、うぅぅぅ」

キマイラ「そして、もう一つ……」

勇者「ま、まだ追い打ちをするつもりなのか……」

キマイラ「汝、このお祭りでどれだけ金を使ったか覚えているかな?」

勇者「え……、えっと、財布財布……、こ、これは……、一万ゴールド札が無くなってる……!」

キマイラ「確かに祭りの食べ物は安い。だがその分量は少なめで実はコスパは悪いのだ
     子供であればそれで十分だろうが、汝はすでに大人。しかも冒険をこなして体も鍛えられている」

勇者「ま、まさか……」

キマイラ「塵も積もれば山となる。あれだけ大量に食べれば7、8000ゴールドくらいになっているのではないか?」

勇者「あ、あぁぁぁぁ……」

キマイラ「中には値段が高い割りに量の少ない高級牛串などもあるからな。心当たりがあるのではないか?」

勇者「た、確かに、高級牛串、つい何本も食べたけど冷静に味を思い出すとそんなに美味しくなかった……
   こ、これがお祭りトラップ……」

キマイラ「実際は高級な肉なんて使っておらぬからな。だが粉物ばかりの中では特別感が出てくるというものだ」

勇者「は、はははは、8000ゴールドもあればお寿司や高級焼き肉だっていけたじゃないか……
   定食屋なら10回は食事ができる……
   俺、なにやってんだろ……」


キマイラ「真に祭りを楽しんだのであれば、思わぬ大量出費もまた一興といったところだが、
     ただ食べたかっただけの汝では笑って済ませることもできまい」

勇者「は、ははは……」

キマイラ「グッフォッフォ。ストレスで爆食いする勇者か。実に見ものであるなぁ
     次の資金援助日までどうやって生きていくつもりなのか」

勇者「うそだ、こんなの……、これは悪い夢だ……」

キマイラ「野暮、不粋、欲望も抑えきれずにひたすら食べ物を詰め込むだけ、金の管理もできない……」

キマイラ「汝、勇者ではなくて豚の間違いではないか?」

勇者「うぅ、うう、うぐぐぐぐぐがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
       ・
       ・
       ・
キマイラの巧妙な情報戦により弱点を丸裸にされた勇者!
これでは聖なる剣も役に立たぬ!力では勝てない相手にどう戦えばいいのか!?
悪夢を振り払うのは剣ではない!勇気なのだ!立ち上がれ、勇者!

第六話『奇怪!海の底から見つめるもの』


勇者「俺の名は勇者。邪悪を許さぬ熱き稲妻。星の光とともに正義を執行するディバインナイト」

勇者「だがそんな俺も鎧を脱げば1人の人間。飯を食わないと生きてはいけない」

勇者「しかしただ生きるためだけに喰うのであればそれは食事とは言えない。ただの補給だ」

勇者「食を通じて幸福を得る。そのためには食事に一切の嘘や誤魔化しは許さない」

勇者「妥協なき食の一時“クリアリングテーブルパーフェクトリィ”こそ俺が追い求めるものだ」

勇者「魔物たちにどれほど妨害されようとも、勇気を胸に秘めて歩み続ける!」
       ・
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       ・
勇者「お、ここは漁港か。へえ、大きな魚市場もあるんだな」

勇者「一時は金欠で大変だったが、思わぬ臨時収入が入ったからな。多少の贅沢はできる余裕がある」

勇者「よし、今夜はここで何か美味しい魚介を食べよう。でも以前のカニみたいな失敗はしたくない
   慎重に情報を集めるぞ!」

勇者「こういう時は一般向けの魚屋ではなく料理屋向けに魚を卸してる魚卸屋で聞くといいらしい
   自分とこが魚を卸してる料理屋の評判は気になるだろうからな」
       ・
       ・
       ・

魚卸屋「なに、美味しい魚料理の店を探してるって?そうだなぁ、寿司、刺身、海鮮丼、魚介の天ぷら、
     お勧めはいっぱいあるよ。どんなのが好みだい?」

勇者「そうだな……、今の時期の旬の魚が楽しめるところがいいんだけど」

魚卸屋「今の時期が旬で、ここの漁港の名産品と言えば、そりゃあ鯛だね!鯛と言えば魚の王様だぜ!」

勇者「鯛か!そりゃあ高級感もあって美味しそうだ!鯛が美味しいお店はあるかい?」

魚卸屋「あるある!あるとも!うちが最高級の鯛を卸してる魚料理屋があるんだ
     あそこの板前は超一流の鯛料理名人だぜ!」

勇者「ピーンと来た!それだ!ぜひそこを教えてくれ!」

魚卸屋「よし、地図を持ってくるよ。ほら、ここだ」

勇者「ありがとう!さっそく行ってみるよ!」
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勇者「あ、見えた見えた。年季の入った良い雰囲気だな。これは期待できそうだ」

勇者「すいませーん」

女将「いらっしゃいませ」

勇者「ここって鯛が美味しいって聞いてきたんだけど」

女将「はい。幸いにもお客様方からはそのようなご評判を頂いております」

勇者「じゃあ、鯛中心でお願いしてもいいかな」

女将「かしこまりました。それではお座敷にご案内いたします」

勇者「どうも。……お、座敷の雰囲気がいいなぁ。窓から見える庭の景色も綺麗だ。いいお店だな」

女将「ご注文です。鯛の寄り取りみどり、一人前」

板前「わかりやした。少々おまちくだせえ。おめえら、鯛の寄り取りみどりだ!準備しろい!」

弟子1「はい!」

弟子2「分かりやした!」

勇者「おお、動きがみんなきびきびしてる。いかにも熟練って感じだ。期待できそうだなぁ」
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女将「お待たせいたしました。鯛の刺身の姿盛り、鯛の身の天ぷら、鯛の骨の唐揚げ、
   松笠焼き、兜煮、胆のお吸い物、真子と白子の漬け焼き、それに白ご飯とお漬物になります」

勇者「こ、これはすごい!鯛が丸ごとが食べられるじゃないか!
   じゃあ早速、刺身の姿盛りからいこう。醤油とワサビを付けて、と、うん、美味い!なんて上品な味わいだ!
   鮪の鮮烈な風味もいいけど鯛の上品な旨味も負けてないよな」

勇者「しかしなんでこういう刺身って大根の千切りに敷いてるんだろうね……、これはいいか」

勇者「天ぷらか、塩とタレの両方あるのか。よし、半分は塩、半分はタレで食べよう
   ……、うん、美味い!塩は藻塩かな。潮の風味があって天ぷらの風味を増幅するよ。衣のサクサク感が心地いい
   タレもいいな。タレを吸った衣はサクサク感はなくなるけどしっとりして美味しい」

勇者「骨の唐揚げなんてあるのか。これは圧力釜で炊いてから揚げたのかな?硬いはずの鯛の骨が噛み切れるぞ
   こりこりの食感が面白いな。それに骨の髄から出る旨味がすごい!うーん、こんな珍味があったなんて」

勇者「次は松笠焼きって言ってたっけ。要は塩焼きだな。……ん?なんだ、皮にウロコが付いたままだぞ……
   外し忘れたのかな?いや、たぶん見た目の美しさのためだな。高級料理ってそういうところがあるよな」

勇者「ま、確かに面白い見た目だしこれも楽しんでこそだな。じゃあ皮を外して身をパクっと。うん、美味い!
   単なる塩焼きなのにすごい風味だ!絶妙の焼き加減で鯛の旨味が何倍にも活性化してるよ」

勇者「俺が自分で焼いてもこんなに美味しくはならないだろうな」

勇者「兜煮か。鯛の頭まるごとってのも凄いインパクトがあるなあ。どれどれ、複雑な頭の骨の中に身が詰まってて
   なんだか宝さがしみたいで面白いな」

勇者「おお、頬の身の芳醇な旨味!ゼラチン質でぷるぷるした唇の食感!首筋の身肉の弾力!
   どれも感動的な美味しさだ!煮汁の風味が効いてるよ」

勇者「おや、鯛の目が俺をにらみつけてるな。すまんすまん。これも自然の摂理だから許してくれ」

勇者「よし、次は胆のお吸い物だ。おお、兜煮みたいな強烈な味はないけど、じんわりと体に染み込む優しい味だ
   こういうの滋味っていうんだろうな。内臓特有の苦味が良い意味で味わいを複雑にしてて美味しい」

勇者「白子と真子か。嫌いな人もいるそうだけど俺は好きだな。豊かな味わいだよ。うん、美味い」

勇者「合間合間に食べたこのご飯も美味しいな。米がいいのか、炊き方なのかよく分からないけど
   そこらの食堂のご飯より格段に美味しい。この漬物も舌をリセットしてくれるな」

勇者「ふぅ……、食べた食べた。以前は魚より肉だって思ってたけど、魚もけしてお肉に負けてないよな
   美味しい魚料理はまったりとした幸せな気分になれる素晴らしさがある」

勇者「ごちそうさまです!」

女将「ありがとうございます。お料理はいかがでしたでしょうか」

勇者「いやー、すっごく美味しかったよ!ふだんあんまり鯛って食べないんだけど
   こんなに感動的だとは思わなかった!」

女将「ありがとうございます。板前にも知らせておきます」

勇者「またこの近くに来たら寄らせてもらうよ。それじゃお会計」

女将「一万ゴールドになります」

勇者「はい、じゃあまた」

女将「またのお越しをお待ちしております」
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勇者「ふう、まるで芸術品みたいな素晴らしい味わいだったな
   同じ種類の魚料理がいっぱい出てくるのに以前の川魚とはなんでこんなに違うんだろうな」

勇者「しかし一万ゴールドか、それに見合う味だったとはいえ、やっぱ高いなあ。魚の王様は値段も王様ってことか」

???「ギョ~ギョッギョッギョ!」

勇者「なに!いつの間に俺の背後に!」

殺戮魚「ギョ~ギョッギョッギョ!隙だらけだぜ、勇者くん!僕は魔王軍水の魔将!殺戮魚と人は呼ぶ!」

勇者「魚型の魔物か!どうやら魔法で空を泳いできたようだな」

殺戮魚「その通りさ!風の中を自由に泳ぐ僕の動きは誰にも捉えられないよ!」

勇者「面白い!俺の征くてを阻むというのなら刺身にしてやるぜ!」

殺戮魚「ギョギョギョ!ふふん、鯛の一番美味しいところを見逃すような間抜けに僕の動きを見切れるかな?」

勇者「なに!?それはどういう意味だ!」

殺戮魚「ギョギョギョ!言葉通りさ!君は鯛の美味しさを何もわかっちゃいない!」

勇者「ふざけるな!俺は鯛のありとあらゆる全ての身の美味しさを味わい尽くした!言いがかりはよしてもらおう!」

殺戮魚「ふーん、じゃあ、さっきのお店で出たものは全て食べたんだね」

勇者「当然だとも。もちろん兜煮の骨だとかの食べられない部位は残したが、料理は全て味わい尽くしたぜ!」

殺戮魚「じゃあ刺身のつまは食べたかい?」

勇者「つま?大根のことか?ふん、そんな貧乏くさいことができるか。だいたい大根は鯛じゃないだろうが」

殺戮魚「ギョ~ギョッギョッギョ!貧乏くさいのはお前のほうさ!あの大根は単なる飾りじゃない
    薬味としての意味があって胃腸を刺激して食欲を増進させ、舌をさっぱりさせる効果があるのさ!」

勇者「な、なんだと……!?大根にそんな意味があったなんて……」

殺戮魚「ああいうお店は大根も良いものを使ってる。それを食べないなんてもったいないなぁ」

勇者「くっ、だが所詮大根は大根だ!大したことじゃない!」

殺戮魚「じゃあ、松笠焼きはどうだい?ちゃんと食べたかい?」

勇者「ふん、当然だ。あの絶妙な焼き加減の鯛の身、素晴らしかったぜ」

殺戮魚「身?それだけかい?」

勇者「なんだ、何を言っているんだ……?魚の塩焼きなんだから身を食べる以外に何があるっていうんだ!」

殺戮魚「皮はどうしたんだい?松笠焼きなら皮が付いてるはずだぜ!」

勇者「皮?ウロコが付いてたから外したよ。それがどうした!」

殺戮魚「勇者くん!一流の板前ともあろうものが、ウロコを外し忘れたとでも言うのかい!」

勇者「なに!愚か者はお前だ!高級料理は舌や鼻だけじゃない。目でも楽しむものだ」

勇者「あれはウロコごと焼くことで出来上がる独特の松笠模様の見た目を楽しむためのものだ!」

殺戮魚「ギョ~ギョッギョッギョ!こんな間抜けが勇者だなんて!笑いが止まらないよ!ギョギョギョギョ!」

勇者「バカな、今俺はやつを完璧に論破したはずなのに、なぜ奴はあんなに余裕なんだ!?」

殺戮魚「これをごらん、勇者くん!君たち人間が書いた料理書だぜ!」

勇者「ん?『魚料理大全』だと?これがどうしたっていうんだ!」

殺戮魚「鯛の松笠焼きのところにフセンを貼ってあるから早く読んでごらん」

勇者「どれどれ……『鯛の松笠焼きはウロコごと美味しく食べられます』……、な、なんだとぉ!?」

殺戮魚「ギョギョギョ~!その通りさ!鯛のウロコは上手く火を通すと脆くなって美味しく食べられるのさ!
    その味わいは『鯛の美味しさの神髄はウロコごと皮を食べることにある』なんて言われるほどだよ!」

勇者「あ、ああ、ああああ!」

殺戮魚「ただしウロコを美味しく焼くのは難しいから鯛の松笠焼きを美味く作れる料理人はそうはいない
    そしてその数少ない熟練の料理人が、さっき君が食事をしてきた料理屋の板前さ!」

勇者「そ、そんな……、お、俺はそんな貴重な料理を食べ残してしまったっていうのか……」

殺戮魚「ギョギョギョ。君の食べ残しはまだそれだけじゃないんだぜ」

勇者「え、ま、まだあるっていうのか……?」

殺戮魚「君、兜煮はちゃんと食べたかい?」

勇者「と、当然だ!勇者の瞳は真実を見抜く!俺の目で骨の中の隅々まで見通して全ての身を食べつくしたはずだ!」

殺戮魚「ふーん、じゃあ当然目は食べただろうね」

勇者「目、目だと!?そんなグロテスクなものが食べられるはずが……」

殺戮魚「さっきの『魚料理大全』の魚の目のところにフセンを貼ってあるから読んでごらん」

勇者「魚の目だって?そんなはずが……、ひとまず読んでみるか、どれどれ
   『目が美味しい魚は多く、とくに鯛の目と目の周辺の身はトロリとした舌触りと芳醇な旨味を楽しめます』」

勇者「あ、あああああああ!嘘だ!嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だぁ!」

殺戮魚「ギョ~ギョッギョッギョ!宝物はすぐ目の前にあったのに、わざわざそれを捨ててくるなんて
    ほんとにバッカだなぁ!ここまで笑えるバカは君くらいじゃないかい?」

勇者「くぅ、魚を好きになったのは最近だったから、魚料理にはあまり詳しくなかったんだよぉ……」

殺戮魚「ギョギョギョ。いくら言い訳したところで君が一番美味しいところを見逃した事実は変わらないんだよねぇ」

勇者「くぅ、ま、また今度食べにいけば……」

殺戮魚「ギョギョギョ。僕、知ってるぜ。剣の修理費のせいで金がない君がなぜ高級鯛料理なんて食べれたのか」

殺戮魚「キマイラ先輩を捌いたはいいけど、大きすぎて自分1人じゃ全部食べきれなかったから残りのうち、
    牛部分を高級牛串屋に、タコ部分をタコ焼き屋に、猪部分をお好み焼き屋と焼きそば屋に売ったんだろう」

勇者「そ、それがどうした!キマイラの肉を売買してはいけないという法律はないぞ!
   捌いたばかりだから新鮮だし、毒はないし味も普通の動物と変わらない!違法性は一切ない!」

殺戮魚「的屋相手なんだからどうせ安く買い叩かれたんだろう?量が多かったからそれなりにはなっただろうけど
    そんなものすごい大金にはならなかったはずだ」

勇者「そりゃいくら無害で味も悪くないって言っても、普通の精肉屋じゃ買取してくれないし……」

殺戮魚「じゃあそのお金で、そう何度もあんな高級な鯛料理屋にいけるかな?」

勇者「あ、あああ!」

殺戮魚「そりゃ後先考えなければ行けるだろうけど、君の本業は勇者だ。冒険費用まで使い込む気かい?」

勇者「そ、それはできない……、次の援助日まで節約しないと……」

殺戮魚「そんな貴重な機会で一番美味しいところを逃した。その意味をよく考えてごらんよ」

勇者「う、うわあぁぁぁ……」

殺戮魚「板前さんだってがっかりしてるんじゃないかなぁ
     せっかく一生懸命作ったのに一番食べて欲しいところを残されたって」

勇者「うぅ、ごめんなさい、板前さん……、俺、知らなかったんです……」

殺戮魚「ね!これで君がどれだけ間抜けか分かったかい?」

勇者「あ、あばばばばばば……」

殺戮魚「ギョ~ギョッギョッギョ!君は鯛より生ゴミがお似合いだよ!ギョ~ギョッギョッギョ!」

勇者「ふぐぅ、ぎぎぎ、ぬあああああああああああああああああ!」
       ・
       ・
       ・
海のアサシン殺戮魚!その幻惑的な動きは勇者の瞳すら欺くというのか!?
やつの邪悪な牙は皮裂き肉抉り骨を断つ!一撃受ければ致命傷!
わずかな油断も許されぬその戦いを勇者は生き残れるのか!?





勇者「長年戦い続けてきた俺だが、まだまだ未熟」

勇者「己の弱さを謙虚に受け止めて自分を高め続けなければ真の食の喜びは得られない」

勇者「進もう、このどこまでも続く旅路を」

勇者「……こいつ、ウロコがじゃりじゃりする……」

以上です

続きを投下します


第七話『君と共に歩こう。いつまでも、どこまでも』



勇者「俺の名は勇者。鋼の体と黄金の心を持つ男」

勇者「魔物に虐げられる無辜の民を救うため、涙を兜の奥に隠して剣を振るうシャイニングセイヴァー」

勇者「兜の奥から涙が溢れそうになった時、俺を優しく癒してくれるもの、それは食の喜びだ」

勇者「力強い食材そのもの味。舌を震わせるシェフの技巧。未知の食べ物の興奮」

勇者「俺は歌い続ける。口をとろけさせる幸せの歌“メルティングテイスティラヴソング”を」
       ・
       ・
       ・
勇者「鯛料理を食べた港町から海沿いに進んでいたところ、俺は次の町に着いた」

勇者「ここしばらくは安食堂とかで料理を食べて過ごせたが
   この町を超えるとしばらく人里はない。また携帯食と現地で採集した食べ物で過ごす日がやってくる」

勇者「自分を奮い立たせる意味も込めてここで何か美味しいものを食べたい」

勇者「しかし金の余裕がない。安くて美味しい、そういうB級グルメで穴場を探すか」
       ・
       ・
       ・

勇者「くそ、だめだ。さっぱり見つからん。高級店か安食堂かチェーンの居酒屋ばかりだ」

勇者「携帯食や消耗品をここで補充するためにもあまり贅沢はできん」

勇者「かといって安食堂やチェーン店で妥協はしたくない」

勇者「仕方ない。穴場探しはいったんおいて、先に消耗品や携帯食を買いに行くか」
       ・
       ・
       ・

~ スーパー ~

勇者「旅の携帯食と言えば缶詰とか干し肉とかのいかにも保存食ってやつを想像する人は多いだろう」

勇者「しかし俺は冒険に便利な魔法具をいくつか持っている」

勇者「そのうちの1つがこれ、魔法の力で食べ物を冷蔵保存できるクーラーボックスだ」

勇者「さすがに凍結はできないが、低温で生ものをしばらくは保存できる
   数日分程度ならフレッシュな野菜や生肉をこれで運んで食べられるって訳だ」

勇者「ずっと保存食ばかりじゃ萎えるからな。最初の数日だけでもフレッシュな食べ物を食べられるのはありがたい」

勇者「何を買うかな……、順当にお肉と野菜でいいか?」

店員「ただいま地元の名品海産物フェアをやっておりま~す!ぜひ御覧くださ~い!」

勇者「おや?面白そうだな。そういえばこの町も海のすぐそばだ。海産物が豊富でもおかしくないな」

勇者「何か保存の効くものがあれば買ってみるか」

店員「珍品名品が揃ってますので、ぜひご覧になっていってくださ~い」

勇者「どれどれ、色々あるな。ん?海ブドウ?なんだこれ?」

店員「海ブドウというのは小さなブドウのような見た目の海藻の一種で
   プチプチした歯ごたえと海の風味が楽しめます。どうぞご試食ください」

勇者「どれどれ……、ん!これは今まで食べたことない味だ。珍味ってやつだな
   癖があってすごく美味しいって訳じゃないけど後を引く味だ。悪くないぞ!」

店員「活けのエビと貝もございます。どうぞご試食ください」

勇者「じゃあ生の活けエビを。うん!弾力があるのにねっとりしてて、甘みも深い!活けのエビってこんなに美味しいのか!」

店員「活け貝です。こちらは焼きでどうぞ」

勇者「うーん、肉厚で噛み応えがあるな!この濃厚な潮の風味がたまらない!!これは良い貝だ!」

店員「こちらも現地品ですのでお買い得ですよ」

勇者「安くはないけど十分手が出る値段だな……、でもさすがに保存が効かないだろうしなぁ」

店員「保存期間でしたら、ここの海で取れた活けエビと活け貝はとても生命力が強いので
   一週間以上生きていますよ。海ブドウも一週間は持ちます」

勇者「一週間か。それなら十分だ。よし、それじゃ今回のフレッシュ食材はこれにしよう!」

勇者「この町での美食は諦める代わりに、この活け魚介セットで旅の食事を楽しむんだ!」

勇者「ふふふ、高級食材と一緒に旅をするなんて今まで考えたこともなかったな。なんだかワクワクしてきた!」

勇者「海ブドウと活けエビと活け貝を下さい!」

店員「まいどありがとうございま~す!」
       ・
       ・
       ・
勇者「缶詰とかは保存食の袋に入れてっと、生食材はクーラーボックスにいれないとな
   野菜、お肉、活けエビ、活け貝、それに海ブドウと、うん、忘れ物はない」

勇者「それじゃ出発だ!これから三日ほどは野宿生活になるけど、クーラーボックスの中身を考えると
   なんだか遠足みたいでワクワクするな」

勇者「それも大人の遠足ってやつだ。さあいくか!」
       ・
       ・
       ・
勇者「荒野に足を踏み入れて今日で二日目。一日目は雨が降ったせいで調理ができなくて
   保存食しか食べれなかったな……」

勇者「しかし今日は晴れてるし、綺麗な泉と風避けになる丘も見つけたぞ
   今日はここでテントを張って夕食にしよう」

勇者「野菜炒めを副菜にしてメインは生の活けエビと焼き貝!海ブドウはオードブルにするか」

勇者「ん……?なんだ、かすかな殺気……!」

勇者「そこだ!でやあ!」

???「!!!」

勇者「む、すごいバックステップで躱された……!今の動きは……エビ……?」

キラーシュリンプ「ウフーン。見事な剣捌きね、さすがは勇者さん。いかにも私は魔王軍の戦士キラーシュリンプ」

キラーシュリンプ「以後よろしくね。まあ、勇者さんに以後があればの話だけど」

勇者「く、まさか食事の準備中を狙うとは、卑怯極まりないやつめ!絶対に許さんぞ!」

キラーシュリンプ「相手の最も隙の大きいところを叩くのは兵法ってものよ、卑怯は褒め言葉ね」

勇者「なんてやつだ、魔物には正々堂々という言葉がないのか!?」

キラーシュリンプ「ウフフフン!まあ食材の保存に全く気を使ってない脳筋には理解できないかしら?」

勇者「なにぃ!?俺のどこが脳筋だというのだ!食材の保存には気を使っている!」

キラーシュリンプ「あら、どこが?」

勇者「どうだ!このクーラーボックスでちゃんと冷蔵保存してある!ボックス内の温度が上がらないようにメンテも完璧!」

キラーシュリンプ「ウーフッフッフ!こんな脳筋に塩焼きにされるなんて、殺戮魚君も焼きが回ったわねぇ」

勇者「魔物ってやつはどいつもこいつも気に障る物言いをしてくれる……!」

キラーシュリンプ「ウフフフ。ねえ、あなた、冷蔵庫の中で裸で生活しろって言われたらどう思う?」

勇者「……?そりゃ寒いに決まっているだろう。お前は何を言ってるんだ」

キラーシュリンプ「そうよねぇ。それじゃあ、活けエビと活け貝はなんでクーラーボックスに入れてあるの?」

勇者「はあ?生の魚介は暖かいところでは痛みやすい。冷蔵保存するのは当然だ!」

キラーシュリンプ「ウッフフフフーン!そうねぇ、確かに生ものはそうよねぇ」

勇者「さっきから何をいいたい!はっきり言え!」

キラーシュリンプ「ウフフフ。百聞は一見に如かずっていうし、クーラーボックスの中を見てみたら?」

勇者「なに……?ちっ、いったい何だっていうんだ……」

勇者「……、あ、あれ?エビが、動いてない……?貝もなんだか様子がおかしい……、もしかして死んでる?」

キラーシュリンプ「ウフフフ。分かった?」

勇者「そ、そんな、一週間はもつはずだぞ……、まだ二日なのに……、どうしてだ……、どうしてだよ!」

勇者「そ、そうか!さては貴様が魔法で呪いをかけたな!よくも!よくもぉ!楽しみにしてたのに!
   ゆ、ゆるさん、ゆるさんぞきさまぁ!ぶち殺してやる!うおおおおおおおお!」

キラーシュリンプ「フ、フフ、凄まじい憎悪と殺意……、これはかつて魔王軍幹部の飲み会で
          唐揚げにマヨネーズを勝手にかけられてしまった時の魔王様に匹敵するわ……」

キラーシュリンプ「でもね、憎悪の力は確かに凄まじいけど、矛先を外されてしまうと脆いのよ」

勇者「ぬああああああああ!」

キラーシュリンプ「待ちなさい、勇者さん。そもそも聖なる護符を持つあなたに呪いはかけられないわ」

勇者「な、なんだと……?た、確かに呪いの気配はない……、じゃ、じゃあ誰がやったっていうんだ!」

キラーシュリンプ「活けエビや活け貝を殺したのは……、あなたよ」

勇者「ふ、ふざけるなぁ!よりにもよって犯人は俺だと!?そんなこと、ありえるものか!」

キラーシュリンプ「さっきも言ったわよね。生きて冷蔵庫の中に入ったら寒いって」

勇者「そ、それが何の関係が……、はっ!活けエビは生きてる……、冷蔵庫の中は寒い……」

勇者「あ、ああ!ま、まさか……、そんな……」

キラーシュリンプ「ウフフ。ようやく気が付いたようね。そう、冷蔵保存は死んだ食材の保存には適している
          でもね、まだ生きている活け食材の保存には向かないのよ!」

勇者「う、うわああああああああ!」

キラーシュリンプ「当然でしょう。生きたエビや貝を生きたまま保存したければ
          彼らが生きていたころの状態で保管すべき。彼らは凍死したのよ、あなたのせいでね」

キラーシュリンプ「15~20℃くらいの室温で保存すれば、ちゃんと一週間はもったでしょうね」

勇者「そ、そんな、まさか、エビたちを殺してしまったのは、お、俺自身だったなんて……」

キラーシュリンプ「ウフフ。だから言ったでしょ。あなたは生と活けの違いも分からない脳筋だって」

勇者「あひぃぃ、なんで俺はそれくらいも思い至らなかったんだよぉ~……」

キラーシュリンプ「酷いことするわねぇ。せっかくの美味しい食材を自分で台無しにして、他人のせいにするなんて」

勇者「う、うぅ、お、俺は許すことができない、自分自身の罪を……」

キラーシュリンプ「ウフフン。憎悪が逆流し、自分自身を焼き焦がす。その苦しみのお味はどう?」

勇者「ち、ちくしょう……、ちくしょう……!俺の馬鹿!アホ!間抜け!」

キラーシュリンプ「それにね、まだあるのよ、あなたの罪は」

勇者「え……、ど、どういうことだ……?」

キラーシュリンプ「海ブドウもみてごらんなさい」

勇者「ま、まさか、これも……?ひ、ひぃ、い、いやだ、み、みたくない……」

キラーシュリンプ「あらぁ?逃げるの?自分の罪から。ダメよ、そんなの、ズルいわ」

勇者「あ、ああ、あぁぁぁ……」

キラーシュリンプ「ウフフン。産まれたての子羊みたいに震えちゃって、可愛い!
          でも、逃がしてあげない。ほら、ちゃんと見なさいよ!ほら!」

勇者「はひぃ、ひぃひぃ……、う、海ブドウが……、しなびている……」

勇者「なんでなんだよぉ……、一緒に買った野菜は全然問題ないのにぃ……」

キラーシュリンプ「海ブドウはね、冷蔵保存すると水分がぬけちゃうのよん」

勇者「そ、そんなこと知らなかったんだ……、だ、だからしょうがないじゃないか……」

キラーシュリンプ「あら、ほんとに知らなかったの?……それじゃあ、パッケージの裏をごらんなさい」

勇者「え?あ、あぁぁ!『本製品は必ず常温保存してください。冷蔵すると食べられなくなります』
   ちゃ、ちゃんと注意事項が書かれてる!」

キラーシュリンプ「初めて買う食材ならちゃんと注意書きくらい読みなさいよ
          本当に呆れるくらいの脳筋ねぇ」

勇者「そんなぁ、ただ、ささやかな贅沢が楽しみたかっただけなのに……」

勇者「俺は、俺自身の手で全てを台無しに……」

キラーシュリンプ「そうよ、あなたは関わったすべてを不幸にする男……、
          でも安心しなさい。私、ダメ男は嫌いじゃないの。奴隷にしてあげるわ!ウーフフフ!」

勇者「う、う、うわあああああああああああああああああ!」
       ・
       ・
       ・
キラーシュリンプの呪いは勇者の魂を黒く染め上げる!
勇者は己自身の憎悪によって聖なる力を失った!
魂の輝きを失った時、勇者は真の試練に立たされる!勇者よ!正義の心を失ってはいけない!


 



第八話『絶望!闇に堕ちし勇者!』



闇堕勇者「俺の名は勇者。胸には愛を、心には慈しみを持って戦う男……だった」

闇堕勇者「だが、今は違う。凍てついた氷の心を持つダークネスブレイド。コキュートスの使者だ」

闇堕勇者「かつて活けエビを失った時、俺は理解した」

闇堕勇者「愛など、慈しみなど、そんなもの、絶対的な力の前には何の意味もない!」

闇堕勇者「鮮度の落ちた食材を救うのは愛ではない!力だ!」

闇堕勇者「魂すらも凍てつかせる氷の力“フォースオブアブソリュートブリザード”を俺は手に入れる!」

闇堕勇者「くっくっく、ふっふっふ、はーはっはっはっは!」
       ・
       ・
       ・

闇堕勇者「長い荒野を超えて、旅を続けた俺は王様からの援助日を迎えて無事活動資金を手に入れた」

闇堕勇者「この金で、俺は新たな力を手に入れる!」

闇堕勇者「そう、-10℃もの低温で食材の冷凍保存が可能な冷凍魔法具アイスボックスを!」

闇堕勇者「……ということで魔法具店に来てみたわけだが、アイスボックスはクソ高いな」

闇堕勇者「クーラーボックスの倍以上するぞ。クーラーボックスもけっこう高いのに」

闇堕勇者「以前の俺ならその値段に恐怖し、買うことはできなかっただろう」

闇堕勇者「だが、今の俺は違う。愛を捨てた暗黒の勇者たる俺なら、この程度の出費、どうということもない」

闇堕勇者「経費でおとしてやる!くっくっく、はーはっはっは!」
       ・
       ・
       ・
闇堕勇者「さあて、次は当然、鮮魚店だ!くっくっく、ここには活けエビが売られていることは調査済みよ」

闇堕勇者「活けエビと、ふむ、ついでに各種刺身も買っておくか」

闇堕勇者「ふふふ。そして購入した刺身と活けエビをアイスボックスで冷凍!」

闇堕勇者「これで、生や活けの味を長期間そのまま維持できるという訳だ」

闇堕勇者「これこそ究極の力!“フォースオブアブソリュートブリザード”!
      魚介どもよ、我がコキュートスの中で永遠の眠りにつくがいい!」

闇堕勇者「これからまた数日ほど野宿だが、この無敵の力で俺は毎日刺身を楽しんでやるぜ!」

       ・
       ・
       ・
闇堕勇者「さて、そろそろ夕飯にするか。さっそく冷凍してたエビと刺身を出して、と」

闇堕勇者「溶けるまでの間に他の準備をするか」

???「フヒューヒュヒュヒュ」

闇堕勇者「む、魔物か」

デビルシェル「いかにも。ワシはデビルシェル。魔王軍深海参謀を務めさせてもらっておる」

闇堕勇者「ふん、二枚貝型の海棲モンスターか。わざわざ陸地に上がって来るとは、ご苦労なことだ」

デビルシェル「フヒューヒュヒュ!たとえ陸地であろうともワシは強いぞ」

闇堕勇者「どれ、相手をしてやる。かかってくるがいい」

デビルシェル「フヒュヒュ。どうやら貴様、本当に闇に堕ちたようじゃな」

闇堕勇者「ふん、それがどうした。力を手に入れられるなら闇にでもなんでも堕ちてやるわ!」

デビルシェル「どうやらキラーシュリンプは焼きエビにされようとも貴様の心に呪いを残したか」

闇堕勇者「呪いだと?違うな、これはレベルアップだよ。愛に囚われない心は実に心地がいいぞ」

デビルシェル「フヒュヒュ。若いのう、そんなものはただの迷いにすぎぬというのに」

闇堕勇者「ほざけ!二枚貝風情が!俺は力を手に入れたのだ!凍てついた暗黒の力をな!
      見ろ、このアイスボックスを!これで俺はいつでもどこでも新鮮な刺身を食べ放題よ!」

デビルシェル「ワシも伊達に歳は取っておらんでな。貴様のような若造の心理などよく分かる」

闇堕勇者「ぬけぬけと口が回る……、その小うるさい口もろともバラバラにしてやろうか!」

デビルシェル「アイスボックスを購入して気が大きくなっているようじゃが、そんなものは本当の力ではない」

闇堕勇者「なにぃ、マイナス10℃でいかなる食材も凍り付かせるこのアイスボックスの力を愚弄するか!」

デビルシェル「ならば貴様はそれで何を得たというのじゃ?見せてみい」

闇堕勇者「見ろ!今解凍中のこの刺身を!陸地のサバイバルにも関わらず新鮮な刺身を喰える!
      これが力でなくて何だというのだ!」

デビルシェル「それらは購入時は生だったのかな?」

闇堕勇者「そうだとも。冷凍品などではない、新鮮そのものな生製品だ!」

デビルシェル「では生の刺身をマイナス10℃に入れたのじゃな」

闇堕勇者「そうだと何度言えば分かる!」

デビルシェル「ではその解凍中の刺身をよく見るがいい」

闇堕勇者「どれどれ……、ん、なんだ、妙にたくさんの血みたいな液体が出ているな……」

デビルシェル「それはドリップというものじゃよ」

闇堕勇者「ど、ドリップ……?なんなんだ、それは!」

デビルシェル「肉や魚を凍らせると氷の結晶によって細胞が破壊され、細胞内の成分が外に抜けてしまう
        その抜け出た液体成分をドリップというのじゃ」

闇堕勇者「な、なんだと……、し、しかしそれがどうしたというのだ!見た目には大差ないではないか!」

デビルシェル「未熟ものめ!細胞が壊れれば見た目は変わらずとも食感は悪くなる!
        内部構造が破壊されるのだからな!」

闇堕勇者「な、なんだって!?」

デビルシェル「それにドリップには旨味成分も含まれておる。つまり味も抜けるということじゃ」

闇堕勇者「そ、そんな、それじゃあ、こんなにドリップがいっぱい出てるってことは……」

デビルシェル「うむ。相当味は劣化しとるじゃろうのう」

闇堕勇者「う、嘘だ……、そうだ、一口食べてみれば……」

闇堕勇者「あ、ああ!身はぐにゃぐにゃで酷い食感だし、味もどこかスカスカだ……」

デビルシェル「そうじゃろうとも。正しい処理をしなければそうなるのじゃ」

闇堕勇者「だ、だが、俺は聞いたことがある!回転寿司なんかは冷凍の魚を使ってるっていうし
      遠洋漁業なんかの場合は船の上で魚を凍らせるけど、解凍してもフレッシュな味だって!」

デビルシェル「フヒュヒュ。冷凍と解凍とはそんな単純な技術ではないわ!」

デビルシェル「ああいうのはマイナス100℃以下の超低温で急速凍結し、解凍も素材に応じて素早く行う!
        そうすることで細胞が保存されて生とほとんど変わらぬ味になるのじゃ」

デビルシェル「しかしお主がやったようにマイナス10℃程度でゆっくり凍らせ、
        そして、室温でゆっくり解凍させると大きな氷の結晶ができて細胞がズタズタになる!」

デビルシェル「当然、味は大きく落ちるじゃろう」

闇堕勇者「そ、そんな、バカな……、お、俺の究極の力が……コキュートスのパワーが……
      通じないというのか、刺身には……」

闇堕勇者「そ、それじゃ、俺はどうやれば毎日美味しい刺身を食べれるんだ……」

デビルシェル「つくづく愚かじゃのう、貴様は。まるでないものねだりをする子供ではないか」

闇堕勇者「お、俺が子供だって……?」

デビルシェル「刺身だって毎日食べれば飽きるじゃろう。そんなことも分からんか?
        そういうご馳走はたまに食べるからよいのじゃろうに」

闇堕勇者「ああ……!そ、そうだ、それくらい、以前の俺はちゃんと知ってたじゃないか……」

闇堕勇者「俺は単に美味しいものを貪りたいわけじゃない……。大切なのは食べることで幸せになること」

闇堕勇者「その理念、勇者式口福律法“ブレイブミールイーティングメソッド”のことを、完全に忘れていた」

デビルシェル「アイスボックスだって普通に使えば役に立つだろうに、欲の皮を突っ張ったあげく
        せっかく購入した刺身や活けエビをダメにする。バカかの?」

闇堕勇者「あぅぅ……、ぐぅ……」

デビルシェル「そうじゃ!これからは闇落ち(笑)勇者とでも名乗ったらどうじゃ?」

闇堕勇者「ぐぐぐぅ、ぎにゃああああああああああああ!」
       ・
       ・
       ・
デビルシェルの老獪な攻撃に勇者は翻弄された!
新たに手にいれた闇の力すらもデビルシェルには無力!
勇者よ!闇に囚われていてはいけない!内なる暗黒を打ち払え!魂の輝きを取り戻すのだ!



第九話『油断!?勇者危機一髪!』



勇者「俺の名は勇者。幾多の試練を超えて、神域に至るグランドガーディアン」

勇者「かつて力におぼれ、愛をすて、暗黒に染まったこともあった」

勇者「だが、愛のない暗黒の力は虚しいものだったことに気が付いた」

勇者「光と闇、どちらもこの腕に抱えて進み続ける、それこそが食の幸せ。それこそが究極の喜び」

勇者「この辛く悲しい世界の中で、唯一輝く至高の旨味“マイオンリーウェイトゥザヘブン”だけが真実なのだから」
       ・
       ・
       ・

勇者「お、久しぶりに都会に着いたな。うんうん、いろんなお店があるぞ」

勇者「こういうところは人が多い分、料理屋も多くて安定してるんだよな」

勇者「おや、なんだかここは麺のお店が多いな……、そういえば以前聞いたことがあった」

勇者「ここらへんは小麦やソバの産地だから麺料理が発展してるって」

勇者「麺料理は俺も大好物だ。ラーメン、うどん、ソバ、どれも大好きだ」

勇者「よし決めた!いろんな店を食べ歩こう!麺ならいっぱい食べられるからな!」

勇者「まずは……、ん?この強烈な豚骨臭……、豚骨ラーメン屋か!」

勇者「下手したら悪臭一歩手前の匂いだってのに、なんでこんなに心惹かれるんだ……」

勇者「よし、まずはここだ!すいませーん、この濃厚豚骨ラーメン1つ!麺はバリカタで!」

ラーメン屋「いらっしゃいませ!濃厚豚骨ラーメンバリカタ一丁!」

勇者「お、きたきた。まずはスープだ。この濃厚な豚骨の香りと旨味!いいなぁ
   このバリカタの細麺もいい。強力なコシの歯ごたえがたまらないよ
   チャーシューに煮玉子も美味い!」

勇者「……、美味しかった。幸先のいいスタートだな」

勇者「さて次は……クイティアオ?なんだこれ?お店の前の看板に説明文があるな
   米粉の麺を使ったエスニック料理……か」

勇者「変わり種だな。よし、これも経験だ。行ってみよう!」

店員「いらっしゃいませ~」

勇者「どれどれ、うっ、強烈な香辛料とハーブの香り……、酸味もきつい……、あ、でもいけるなこれ
   魚介出汁なのかな?麺も独特の食感がある。香辛料のパンチがすごくて癖は強いけど美味しい」

勇者「今まで食べたことのない面白い味だったな」

勇者「次はどうしようかなっと。お、焼きそば屋か。よし、行ってみよう。ふふ、気分はお祭りだな」

焼きそば屋「いらっしゃい!」

勇者「焼きそば1つ!……来た来た。うん、美味い。この濃厚コッテリなソース味は大好きだよ
   以前のお祭りの屋台のより美味しいな。まあ値段が違うし当然か」

勇者「次は……、お、ソバ屋か。そういえばここしばらくソバ食べてなかったなぁ
   この屋号は……、確か更科系の有名な老舗じゃないか!これは期待できそうだ」

勇者「よし、いくぞ!普段ならカレーそばとか肉そソバとか頼んじゃうけど今日は食べ歩きだからな
   かけソバ1つ!」

店員「はい、かけソバ1つ!」

勇者「ズルズル……、んん?いまいちソバの香りも出汁の味も薄いなぁ。うーん、こんなもんなのか?
   老舗っていうくらいだから期待したんだけど」

勇者「そろそろお腹がいっぱいだ。最後はうどんで締めよう」

勇者「ざるうどんにするか。……、うん、これこれ。ひんやりしたうどんと生姜入りのつゆが最高に合ってるね」

勇者「うどんは太い分つゆが付きづらいから、ちょっと塩っ辛いつゆに生姜の刺激がいい塩梅だよ」

勇者「ふぅ、美味かった!」

勇者「でもソバが今回はイマイチだったな。いわゆるあれか、老舗に胡坐をかいたってやつかな」

???「ケヒケヒケヒ!」

勇者「むっ!貴様、そこで止まれ!」

???「ほう、気配を消した拙者に気が付くとは、さすが勇者」

勇者「どうやら魔王軍のようだな。名を名乗れ!」

エビルハーヴェスト「拙者、エビルハーヴェストと申すもの。魔王軍の一員なり」

勇者「どうやら穀物の化身の魔物のようだな。なぜ俺がこの町にいることが分かった!」

エビルハーヴェスト「拙者、魔王様の命令でこの町に輸送される麦や米に紛れて貴殿の動向を探っていたのだ」

勇者「魔王め、そこまでするとは、相当俺を恐れているようだな」

エビルハーヴェスト「魔王様はどんな弱小な相手でもご油断なされない英傑である
            だが拙者、貴殿の動向を見て勇者に相応しくない相手と確信した!」

勇者「な、なんだと!?貴様!この俺を侮辱する気か!」

勇者「そろそろお腹がいっぱいだ。最後はうどんで締めよう」

勇者「ざるうどんにするか。……、うん、これこれ。ひんやりしたうどんと生姜入りのつゆが最高に合ってるね」

勇者「うどんは太い分つゆが付きづらいから、ちょっと塩っ辛いつゆに生姜の刺激がいい塩梅だよ」

勇者「ふぅ、美味かった!」

勇者「でもソバが今回はイマイチだったな。いわゆるあれか、老舗に胡坐をかいたってやつかな」

???「ケヒケヒケヒ!」

勇者「むっ!貴様、そこで止まれ!」

???「ほう、気配を消した拙者に気が付くとは、さすが勇者」

勇者「どうやら魔王軍のようだな。名を名乗れ!」

エビルハーヴェスト「拙者、エビルハーヴェストと申すもの。魔王軍の一員なり」

勇者「どうやら穀物の化身の魔物のようだな。なぜ俺がこの町にいることが分かった!」

エビルハーヴェスト「拙者、魔王様の命令でこの町に輸送される麦や米に紛れて貴殿の動向を探っていたのだ」

勇者「魔王め、そこまでするとは、相当俺を恐れているようだな」

エビルハーヴェスト「魔王様はどんな弱小な相手でもご油断なされない英傑である
            だが拙者、貴殿の動向を見て勇者に相応しくない相手と確信した!」

勇者「な、なんだと!?貴様!この俺を侮辱する気か!」

>>98
多重ミスです

エビルハーヴェスト「侮辱にあらず。事実なり。デビルシェル殿を酒蒸しにしたのも実力ではなくまぐれであろう」

勇者「ふざけるな!俺のどこが勇者に相応しくないというんだ!」

エビルハーヴェスト「一目瞭然!貴殿、あの老舗のそば屋を侮辱したり!それが理由よ!」

勇者「なにぃ、あんな香りのないソバを使い、つゆの出汁も取れてない店を擁護するのか!?」

エビルハーヴェスト「あの店は伝統ある老舗なるぞ。その味を理解できぬは貴殿ではないか」

勇者「なんだと、頭でっかちのブランド馬鹿め。老舗だからと言って全ての店が美味いとは限らないぞ!」

勇者「もちろん良い店も多いだろうが、中には老舗に胡坐をかいて品質を落とす店もあるんだ!」

エビルハーヴェスト「愚かなり。拙者、斥候なればこの町のあらゆる麺店の味を把握するなり」

勇者「どうやら貴様の舌は相当鈍いようだな!ある意味幸せな野郎だよ!」

エビルハーヴェスト「否。舌が鈍いのは貴殿よ。いや、頭が鈍いというべきか」

勇者「あ、頭だと……、どこまでも舐めたことを!一体何を理由に!」

エビルハーヴェスト「では問おう。貴殿、白身魚の寿司と煮アナゴの寿司はどういう順で食べる?」

勇者「バカにしているのか?そんなの味の薄い白身から味の濃い煮アナゴという順番に決まっているだろう!」

勇者「さもないと薄味の白身の味がわからなくなるからな!」

エビルハーヴェスト「それが分かっているのなら今日の貴殿の行動はなぜああなった?」

勇者「今日の俺の行動だと?麺料理の食べ歩きを咎めるというのか!?
   馬鹿な話だ。麺料理は寿司のような繊細な料理ではない。庶民料理の楽しみ方はそういうもの!
   くだらないグルメ気取りの講釈はよしてもらおうか」

エビルハーヴェスト「愚物。実に愚鈍なり。強烈かつ濃厚な豚骨ラーメン、香辛料が強烈なエスニックの米粉料理
            脂っこい焼きそば」

エビルハーヴェスト「そんな刺激の強いものばかり食べれば舌が強烈な刺激に慣れて鈍くなることも分からんか」

勇者「……はっ!?い、いや、でもソバは庶民料理で……」

エビルハーヴェスト「庶民料理だろうとなんだろうと、それぞれのジャンルに刺激の強さの差はあるというものだ
            ソバは明らかに豚骨やエスニックに比べれば薄味の料理」

勇者「あ、あぐぐ、い、言われてみれば……、だ、だが、最後のうどんは美味しかったぞ!
   そばもうどんも和風のつゆで食べるものだ!ならうどんは美味しくてソバが不味いのはどう説明する!?
   まさかうどん自体がソバより美味しいからとでも言うつもりか?」

エビルハーヴェスト「愚かなり。味付けの濃い寿司を食べた後にお茶や生姜で舌をリセットすれば
            その後でも白身はそれなりに美味しく食べられるというもの」

エビルハーヴェスト「ソバを食べたことで舌がリセットされただけであろう」

勇者「そ、そんな……」

エビルハーヴェスト「そもそも今日貴殿が食べたソバは更科系はつゆが甘めで繊細
            いっぽう、うどんは刺激の強い生姜入りという差もあった」

勇者「あぐぐぐぐ、だ、だが、食べ歩きとは気楽に行うもの!味の組み合わせだとかなんだとか
   気にするようなものじゃない!こういう失敗もまたご愛敬というものだ!」

エビルハーヴェスト「然り。それもまた考え方の1つ。されど貴殿はソバ屋の悪口を吹聴していたな
            機会があればそれを人に話していたのではないか?」

勇者「そ、そんな不作法なことを勇者たる俺がするはずが……」

エビルハーヴェスト「現に拙者に『頭でっかちのブランド馬鹿』だの『老舗に胡坐をかいた』だのと言ったではないか」

勇者「あ、あああ!そ、それは言葉の綾で……」

エビルハーヴェスト「気楽な食べ歩きをすること自体はよいことであるが、自分の店選びの順番のミスで
            店を不当に評価して悪口を吹聴するなど、不作法にもほどがあるのではないか?」

勇者「あ、あひゃぁあぁ……」

エビルハーヴェスト「仮にも人類の救世主たる勇者のやることとは思えぬ」

勇者「あ、あわあわ、あわわわわ……」

エビルハーヴェスト「愚物め!己で腹を切ってあのソバ屋に詫びるがいい!」

勇者「あ、あ、あ、あひいいいああああああぁぁぁぁぁぁ!」
       ・
       ・
       ・

剣豪エビルハーヴェストの剣捌きに己の驕りを突き付けられた勇者!
ただ強いだけでは勇者ではない!忘れるな、勇者よ!
人を救いたければ己が傷つく覚悟も必要なのだ!




勇者「戦うものであれば常に己を研ぎ澄ます必要がある」

勇者「古代の武術の達人は『戦う心でメシを喰い、メシを喰う心で戦うべし』と説いたそうだが」

勇者「その大切さを日々実感する」

勇者「あのソバ屋さんは翌日食べたところとても美味しかった」

勇者「敵に教えられるとは、俺もまだまだだな」

勇者「……」

勇者「麺打ちって難しいんだな。エビルハーヴェストで打った麺、さっぱりコシがでなかった」

以上です

多重投稿失礼しました

続きを投下します

今回が最終回となります


第十話『試練!勇者の資格が問われる時』

勇者「俺の名は勇者。煌めく炎の勇士ソルジャーオブトゥインクルフレイム」

勇者「いよいよ魔王軍との戦いは大詰めとなった。さらなる強敵たちが俺を待ち構えていることだろう」

勇者「だが、俺もまたさらなる高みへと昇り詰めてみせよう」

勇者「食の真理マグス・デ・キュイジーヌを胸に抱いて俺は戦う!」
       ・
       ・
       ・
おばあさん「いやぁ、どうもありがとうねえ」

おじいさん「おかげで助かりましたですじゃ」

勇者「いえいえ、泊めてくださったんですし、これくらい当然ですよ」

勇者(俺が今日訪れた村はあまり外部から人が来ない村だったようで、宿泊施設がなかった)

勇者(人里なのに野宿なのかと落ち込んでいた俺に、農家の老夫婦が、うちに泊まるように声をかけてくれた)

勇者(なのでお礼代わりに農作業を手伝ったのだ)

おばあさん「たった一日泊まってもらっただけなのに、私らが一日でやる仕事の何倍も働いてくれたからねぇ」

おじいさん「いやあ、さすがは勇者様じゃ!どうじゃろう、ワシらの孫の婿になってくれんかのぅ」

勇者「ははは、いずれ魔王を倒したら考えておきますよ。そろそろ時間ですので」

おばあさん「もう出発するのかい?名残惜しいねぇ」

おじいさん「まだ朝だし、もう少しいてもいいんじゃないかい?」

おばあさん「そうですよ。ほら、うちで今日収穫したトウモロコシがありますよ。これだけでも食べていかないかい?」

勇者「ありがとうございます。ですが、魔王たちに苦しめられている人たちを思うとのんびりできないのです」

おじいさん「うーん、立派な心掛けだのう。トウモロコシはお弁当にするとええ」

おばあさん「うちのトウモロコシ、とっても甘いですからね」

勇者「ありがとうございます!」

勇者「いやあ、いい人たちだったな。ああいう親切な人たちが魔物に苦しめられないようにするためにも
   早く魔王軍を倒さねば」
       ・
       ・
       ・
勇者「む、そろそろ暗くなるな。夕食は、朝貰ったトウモロコシを焼いておかずにするか……」

勇者「うん、美味い!焼きトウモロコシは香ばしさと甘さが両立していてとても美味しい!」

勇者「タレを付けても美味しいな。お祭りを思い出すよ」

???「キキキ!」

勇者「は!?魔王軍か!」

ヘルズテンタクル「キキキ!いかにも!勇者よ!このヘルズテンタクルが貴様の首をいただきに参った!」

勇者「触手状の蔦で出来た植物系モンスターか」

勇者「楽しい食事を邪魔するとは、魔物ってやつは不粋だぜ。ここで倒させてもらおう」

ヘルズテンタクル「キッキッキ!貴様のような二流の戦士に俺が倒せるかな?」

勇者「なに、二流だと!?俺の剣捌きを見てからでもそう言えるかな?」

ヘルズテンタクル「キッキッキ!そんなものわざわざ見るまでもない。貴様は機というものが分かっておらん」

ヘルズテンタクル「戦いとは勝機を捉え、逃すことなくそれを突くことこそが肝要!
          剣捌きの上手い下手など枝葉末節にすぎん!」

勇者「うぅ、こいつ、戦いというものの本質を分かっている!し、しかしなぜ俺が勝機を分かっていないというのだ!」

ヘルズテンタクル「ふ、貴様のその夕食を見れば分かる。一事は万事に通じる!
          食に気を使えぬものは戦いにも気は使えん」

勇者「な、なんだと!それは聞き捨てならん!俺は美食追及に関しても一流だ!」

ヘルズテンタクル「キキキ!であればそのトウモロコシはどう扱った?」

勇者「ふ、これは焚火の遠火の強火で旨味を活性化させつつ……」

ヘルズテンタクル「もう良いわい!そこまで聞けば貴様が枝葉末節に囚われ、本質を見逃していることは丸分かりよ」

勇者「な、なんだと!ならばそういう貴様は本質をとらえているとでもいうのか!?」

ヘルズテンタクル「もちろんだとも。そもそもトウモロコシとは収穫後はどんどん糖度が低下していくのだ」

勇者「そ、それくらいは知っている!だが、たかが半日で……」

ヘルズテンタクル「バカめ!トウモロコシとはお湯を沸かしてから収穫せよとまで言われるほど糖度の低下が激しい作物!
       収穫直後を即座に食べなければ真の旨さは体感できん!」

勇者「そ、そんなにも……」

ヘルズテンタクル「とくにトウモロコシは朝が最も糖度が高い。そこからはどんどん糖度は低下し、夕方の今なら半分近くまで低下する」

勇者「うう、し、しかし、それじゃスーパーに置いてあるトウモロコシはどうなるというのだ……!」

ヘルズテンタクル「当然糖度は限界まで下がっておる。貴様らが普段味わっているトウモロコシの味はそういうものだ」

勇者「そ、そんな……」

ヘルズテンタクル「朝の採れたてならわざわざタレなどいらぬ。そのままでうっとりするほど甘くて美味いのだ
          その最高の食の機を逃した貴様の神経に、勝機など掴めるものか!」

勇者「あ、ああ、そ、それじゃあ、俺は、せめてトウモロコシだけでも朝食べていけば……」

ヘルズテンタクル「せめてお昼ご飯に食べればまだマシだったものを。それで美食などと片腹痛いわ!」

勇者「う、うう、そこまで気を張りつめてこそ、真の戦士……」

ヘルズテンタクル「分かったであろう。貴様は俺と戦うには、あまりにも未熟……!」

勇者「!!!く、くそ、何も反論できない……、ダメだ、戦うまでもなく、こいつには勝ち目がないことは明らかだ……」

ヘルズテンタクル「ふ、せめて苦しまぬように一撃でその首をへし折ってやろう」

勇者「あ、あぁ、ああああ……こ、ここで俺の戦いは終わってしまうのか……」

???「危ない!」

ヘルズテンタクル「むぅ!?何者だ!」

勇者「……へ……?」

女騎士「危ないところだったな、勇者殿」

勇者「き、君は……?」

女騎士「初めまして、だな。勇者殿。私は女騎士。君と同じく魔王軍と戦うものだ」

ヘルズテンタクル「女騎士だと……!?聞いたことがある。最近、我らの邪魔をする新たな人間が現れたと……」

ヘルズテンタクル「どうやらそれが貴様か、女騎士よ」

女騎士「いかにもその通りだ。触手の魔物よ、お前はこの私が成敗してくれよう」

ヘルズテンタクル「ほう?面白いではないか」

勇者「ああ、ダメだ、女騎士!そいつは手強い!」

女騎士「ふ、安心しろ。私はこんなやつには負けないさ」

勇者「……!な、なんて自信に満ちた瞳だ!」

ヘルズテンタクル「ふーむ、では問おう。女騎士よ。貴様は朝収穫したトウモロコシはどう食す?」

女騎士「ふ、何を聞くかと思えば。トウモロコシなど好きな時に食べればよかろう」

ヘルズテンタクル「キッキッキ!なんだ、貴様も二流ではないか!」

勇者「ああ、やっぱりだめだ、せめて、俺が全力で足止めをすれば女騎士だけでも助けられるか……?」

ヘルズテンタクル「トウモロコシとは……」

女騎士「時間とともに急激に糖分が分解される、だろう?」

ヘルズテンタクル「む、それが分かっているなら貴様、なぜ……」

女騎士「ふっ、最高の機が一瞬だというのなら、その機を止めてしまえばいい」

ヘルズテンタクル「ど、どういう意味だ!?」

女騎士「朝収穫したら即座に茹でればいい。加熱すれば糖分の分解は停止する。後は1~2日はもつから
    その間なら最高の甘い状態でいつでも食べられるということさ」

勇者「な、なんだって!」

ヘルズテンタクル「お、おお!まさかそんな手があったとは!」

女騎士「いかがかな、私の答えは」

ヘルズテンタクル「ぬぅ、こ、こやつ!勇者以上の手練れ!」

勇者「す、すごい……、こんなすごい人がいたなんて……」

ヘルズテンタクル「いかん……、いったん退却して魔王様に報告しなければ……」

女騎士「おっと、逃がさん!」

ヘルズテンタクル「ぐう!こやつ、隙がない!俺以上に戦いの“機”を深く理解しているというのか……!?」

勇者「こんな人がいるのに、俺は勇者を名乗っていていいのか……?」

女騎士「ふ、勇者殿。確かに貴方は戦いには向いていないかもしれない」

勇者「う、うぅ……」

女騎士「だが、だからこそ、私は貴方を尊敬している」

勇者「……え?」

女騎士「戦いに向いていないにも関わらず、魔王軍との過酷な戦いに身を投じたその気高き心、まさに勇者に相応しい」

勇者「女騎士さん……」

女騎士「だから……、後は私に任せてくれ。必ずこの私が魔王を討ち果たしてみせる!」

勇者「……もう、俺は戦わなくてもいい……ということか……」

女騎士「貴方の意志は私が継ごう。さあ、ヘルズテンタクル、勝負だ!」

ヘルズテンタクル「ぬぅ、やむを得ぬ。いくぞ!」

女騎士「はぁ!」

勇者(女騎士……、なんて美しく、そして強い人なんだ……)

女騎士「でやあ!」

ヘルズテンタクル「なんの!」

勇者(美しく気高いその顔。俺には捉えられなかった“機”すらも思いのままという技量)

勇者(鎧の紋章からするに高貴な貴族の出だろう。幼いころから英才教育を受けてきたに違いない)

勇者(自分より劣る俺への気遣いもできるその気高い心。ただの庶民出身の俺とは何もかもが違いすぎる)

女騎士「むっ、触手が剣に!」

ヘルズテンタクル「ぬおおお!」

勇者(俺がやってきたことは何だったんだろう……)

女騎士「しまった!剣を!」

ヘルズテンタクル「キキキ、剣を失った貴様に何ができるかな?」

女騎士「何の、それなら魔法で……、むぐぅ!?」

勇者(せめて加勢をすべきか……?)

ヘルズテンタクル「おっと、魔法は使わせん!俺の触手は魔力を奪うこともできるのだ!」

女騎士「し、しまった……、ああ、触手が鎧の中に……」

ヘルズテンタクル「すぐ殺すのでは面白くない。貴様のその美しい顔を俺様の触手で歪ませやるわ」

勇者(いや、俺なんかが加勢しても足手まといになるだけだろう……、俺は去ろう)

女騎士「い、いやっ、触手をそんなところに突っ込まないでぇ……」

ヘルズテンタクル「俺の触手からは媚薬成分を含む粘液が出る。すぐ気持ちよくなるぞ」

女騎士「んっほおおぉぉぉー!しょくしゅぅ、んぎもちいいいい……!
    わたしのぉ、えっちなところぉぉぉ、いやらしいしょくしゅにずぼずぼされてきもちいいにょぉぉぉ!!!」

ヘルズテンタクル「はっはっは!このまま孕んでしまえ!」

女騎士「むっほぉぉぉー!にんしんかくじちゅぅぅうううううううう!」
       ・
       ・
       ・
ヘルズテンタクル、そして女騎士!彼らに自分がどれだけ無力であるかを思い知らされた勇者!
これまでとは次元の違う2人の戦いに、割って入ることもできなかった!
勇者よ、勇者の証たる戦う意志も勇気すらも捨ててしまうのか!?勇者の資格が今、問われる!





第十一話『最後の晩餐、心を込めて』

勇者「俺の名は勇者。儚い希望を剣に乗せて今日も戦うエターナルファイター」

勇者「魔王軍の謀略から人々を守るために戦い続けて、ついに魔王の城の近くまでたどり着いた」

勇者「ここまで、本当に色々あった……くじけそうになったことも何度もあった」

勇者「だが、心に残る口福が、俺の足を進めてくれた」

勇者「俺はもう迷わない。数々の料理たちディッシュオブギャラクシーが俺を支えてくれるから」
       ・
       ・
       ・
勇者「女騎士さんと出会った時、俺は無力な自分がいたたまれなくなってその場を去った」

勇者「その後しばらく剣の修行をしていたら、なんとヘルズテンタクルが再び襲撃してきた」

勇者「あの女騎士さんが負けたとは思えない」

勇者「植物タイプのモンスターは再生力が高いからな。きっと破片から再生したのだろう」

勇者「咄嗟に倒してしまったためにやつ本人からは話を聞けなかったが」

勇者「その後、女騎士さんがなんとヘルズテンタクル戦後すぐ妊娠し、戦線離脱してしまったと聞いた」

勇者「そして俺は再び勇者として再起することになったのだ」

勇者「さすがに妊婦さんを戦わせるわけにはいかないからな。たとえ力不足でも、俺が全力で魔王を倒す!」

勇者「しかし相手はだれなんだろう。あの美しい女騎士さんと子供が作れるなんて、羨ましい話だ」

       ・
       ・
       ・
勇者「ついに魔王の城の近くの町に着いた。恐らくこれから最後の戦いが待っているだろう」

勇者「恐ろしい……、本当に魔王に俺は勝てるだろうか……」

勇者「この恐怖心を克服するには、最高に美味しいものを食べるしかない……!」

勇者「そしてこの町は美味しい牛肉で知られた町だ。となれば、ブランド牛のステーキしかない!」

勇者「ステーキと言えば美食の王!この世の中、美味しい食べ物や料理は数あるが」

勇者「その中でも高級牛肉のステーキは最高峰の1つと言えるだろう」

勇者「もちろん好みもあるし、料理の格とは単純に上下だけで語れるものでもないが」

勇者「魔王との決戦を前にした日に食べるには相応しいだろう」

勇者「その分かなりの値段だが、これが最後だ。金は惜しむまい」

勇者「さて、どこで食べるかだが……、いくつか店があるな」

勇者「この店はA5の肉しか使わず、こっちはA4以上しか使わない、こっちは特に表記がない……」

勇者「A5やA4というのは牛肉の等級のことだ。アルファベットがAに近いほど、そして数字が大きいほど高級なんだ」

勇者「つまりA5の肉を使っている店が最高ということ!つまり、A5だけを使うというこの店だ!」

勇者「失礼しま~す」

店員「ようこそいらっしゃいました。当店の最高ランクのA5肉を使ったステーキをぜひご賞味ください」

勇者「さて、どこの部位にするかだが、やはりここは王道でいこう……。ステーキと言えばサーロイン。そして焼き方はレア」

勇者「このサーロインステーキセット、レアで」

店員「かしこまりました」

???「……」

勇者「この、絶対に美味しいに決まってる料理を待つまでの緊張感。たまらないぜ……」

店員「失礼します。こちら、サーロインステーキセットになります」

勇者「き、きた……!この脂の匂い、なんて上品なんだ、う、美味そうだ……」

勇者「さ、さあ、食べるぞ……、う、なんて柔らかいんだ!ナイフを押し付けただけで切れる!」

勇者「……、う、うまぁ~い!口の中で生卵みたいにとろける……、さすがA5だけあってすごいサシだ……」

勇者「ただ脂っこいだけじゃない、脂自体の甘みと旨味が並外れてるんだ……、さすがはブランド牛だ……」

勇者「岩塩のほろ苦い旨味もお肉の味を高めてる、相乗効果で恍惚としてしまうよ……」

勇者「だめだ、ナイフとフォークが止まらない、美味すぎる……!」

勇者「ああ、食べ終わってしまった……、美味しかった……」

勇者「これが最高級のA5肉……、牛肉の旨味の結晶か……」

勇者「ふう、名残惜しいが、そろそろ出るか……」

???「むぅん!」

勇者「な、なんだ、今凄まじい魔力の波動が……!これは結界?」

???「……」

勇者「い、いつの間に!?き、貴様、何者だ!」

牛鬼「フッフッフ。私は魔王様の腹心、牛鬼。よくぞここまでたどり着いたな、勇者よ
   ヘルズテンタクルをけんちん汁にした実力はまぐれではないということか」

勇者「なっ、バカな、なぜここに!?まさかこのステーキ店は魔物とグルだったのか!?」

牛鬼「そうではない。私の魔法の力を使えばこうしてこっそりステーキを食べに人間の町に来ることなどたやすい」

勇者「くっ、こんなところで襲われては、ここで戦えば店員たちや他のお客さんたちが……」

勇者「いや、待てよ。突然ここに魔物が現れたのになぜ他の客たちは静かなんだ!?」

牛鬼「安心せよ、勇者よ。私もステーキ店で戦おうというほど不粋ではない。結界によって亜空間を作り
   そこに私たちをシフトさせている」

勇者「な、なんてすごい魔法なんだ……!さすがは魔王の腹心……!」

牛鬼「ようやく噂の勇者が我が魔王軍の領土付近まで来たというのでな、ステーキを食べるついでに
   直接その顔を見に来てみたのだよ」

勇者「くっ、なんて威圧感なんだ……、腹心ですらこれだけの実力を……」

牛鬼「しかし、情けないものだな。これが最後の晩餐になるかもしれないというのに、
   あんな的外れな肉選びをするとは」

勇者「なに、どういうことだ!?ここは最高級のA5肉を使う店!それが最高でないはずがない!」

牛鬼「愚かな思い込みだな、勇者よ。お前、高級牛肉には慣れておらぬのだな」

勇者「うう、ば、ばれている……!俺は今まで高級ステーキ店には何度か行ったことがあるが、
   安いランチタイムばかり狙っていてディナータイムの本格的なのは今日が初めてだということを……!」

勇者「ま、まさか実はA5は最高ランクじゃないっていうのか!?」

牛鬼「A5という等級は肉の良し悪しではなく、歩留まりや脂肪の量による区分。必ずしも等級が高いからといって
   最高の肉とは限らぬ」

勇者「あ、あああ!さ、さすがは魔王の腹心……!高級牛肉のことを知り尽くしている……!」

牛鬼「とはいえ、A5が不味いという訳ではない。最高級の肉の脂は素晴らしいからな
   サシがいっぱい入った肉が好きならそれを選べば良い。赤身が好きなら別の等級を選べばよいだけのこと」

勇者「そ、そうだ、実際凄く美味しかった!」

牛鬼「だがな、そもそも等級以上にもっと重要なことがあるのだ」

勇者「な、なんだって!?」

牛鬼「メニューをよく見るがよい」

勇者「ん……、ヒレ、サーロイン、ランプ、シャトーブリアン……、肉の部位のことか?」

牛鬼「ふ、それもまた好み次第だな。どこも美味しい部位だ。そうではなくその横だ」

勇者「む、こ、これは、『このメニューのステーキは去勢牛の肉を使っております』」

勇者「こ、これがどうしたというんだ!去勢した雄牛は臭みがなくなって美味しいってくらい知ってるぞ!」

牛鬼「ふ、安い肉ならそうかもしれんな。だが、こういう高級肉は違う」

勇者「な、なんだって!?」

牛鬼「実際に味わえばよかろう。私が頼んだサーロインステーキだが、こちらの端っこはまだ口をつけておらぬ
   一口だけ分けてやろう」

勇者「む……、こ、これは、脂の美味しさは同じ、だが、より旨味がある!これは赤身の旨味……
   ど、どういうことだ!?」

牛鬼「ふふふ。それは雌の牛の肉だ」

勇者「な、なんだって!?雌と雄じゃこんなに味が違うのか!?」

牛鬼「脂の味はどちらも同等に近い。しかし赤身部分の肉の味は雌、それも子供を産んでない若い雌牛のほうが
   圧倒的に上なのだよ」

勇者「く、くそ、ステーキ店の店員め、俺が素人だからって、不味い方の肉を……!」」

牛鬼「愚かな……、雌は雄に比べて体が小さく、取れる肉の量が少ない。なおかつ味も良いために
   値段が跳ね上がるのだ」

勇者「か、金ならある……!」

牛鬼「だからよくメニューを読め。値段の差があるからメニューも分けられている
   お前はきちんと雌のほうを指定しなかった。それでは店員も勘違いするというものだ」

勇者「あ、あああああ!」

牛鬼「等級さえ選べばそれでよいなどと言うほどステーキとは単純な料理ではない」

牛鬼「サシが全く入っていない赤身だけの高級肉だってあるのだからな」

勇者「く、くそ、俺がブランド牛なんてめったに食べられない庶民だから……」

牛鬼「愚か者め。これくらいの知識、ネットでもグルメ本にでもいくらでも書いておるわ
   最高に美味しいものを食べたいと思いながらも事前に情報を収集せず、行き当たりばったりで突っ込むからそうなる」

勇者「はぐぅ!!は、反論できない……」

牛鬼「庶民だからとかそういう問題ではない。事前準備と情報収集。できることはいくらでもある
   そういう気配りすらできないとは、それではどんな仕事でも通用せんぞ」

勇者「ひぐぅっ!あ、あああぁぁぁぁ……」

牛鬼「メニューもきちんと読まずに店員に逆切れしかけるとは、社会性にも色々と問題があるようだが
   しょせん勇者とおだて挙げられているだけの下っ端ということかな?」

勇者「うぐぐぐぐぐ、うがああああああああああああ!」


       ・
       ・
       ・
ついに現れた魔王直属の腹心、牛鬼!その凄まじい実力は桁が違った!
攻撃力、魔力、技量、全てにおいて最高峰の相手を前に何ができる!?
勇者よ!勇気だけはけして捨ててはいけない!




最終話『勇者よ、永遠に……』

勇者「俺の名は勇者」

勇者「ついに魔王の城へとやってきた」

勇者「もはや言葉は何もない。これまでの全てを信じて進むだけだ」

勇者「魔王、魔物、美食、全てがここで終わる……」
       ・
       ・
       ・
勇者「ついに魔王城に突入した俺は、門番や途中の見張りを打倒し、城の中心に入り込んだ」

勇者「どうやらここは魔王の生活空間のようだが……、魔王はどこだ?」

勇者「むっ、何か良い匂いが……」

???「……ふむ、こんなものか……」

勇者「む、誰かが厨房で料理をしている……!?魔王配下の料理人か!?」

???「ふむ、そなたが勇者か。待っておったよ」

勇者「き、貴様は……、うう、こ、これは……!?」

???「ふふふ、ほんの満漢全席さ」

勇者「ち、違う……、今まで食べてきた料理とは……、匂いも何もかも…!」

魔王「初めまして、じゃな。余は魔王。魔王軍を統べるものである」

勇者「き、貴様が魔王だと!?」

魔王「まあ、こうして出会ったのだ。どうじゃ、一緒に喰わぬか?」

勇者「……、いったいなにを考えているんだ、こいつは……」

勇者「し、しかし満漢全席か……、ふ、ふん、どうせお偉方の趣味ってやつだ、美味しい訳がない」

勇者「せいぜいこき下ろしてやるぜ……!」

魔王「さあ好きなものを食すがよい」

勇者「どれ、じゃあこのいい匂いのスープを……、う、うまーい!」

魔王「それは佛跳牆(ファッチューチョン)と言ってな、お坊さんですら思わず飛んでくるくらい美味いという料理じゃよ」

勇者「うぐぐぐ、高級な干しアワビや欲しナマコの旨味がベースになって、そこに色々な山海の出汁が絡み合って……!」

勇者「これはクマの手……?こんな珍しいだけのゲテモノ……、う、うまーい!」

魔王「ふむ、普段食べないものをゲテモノと言うのは人間の悪い癖じゃな」

勇者「これは、北京ダック、こっちはツバメの巣のスープ、フカヒレ、仔豚の丸焼き、こっちはラクダのこぶか!」

勇者「う、美味い……」

魔王「ほっほっほ。良い食べっぷりじゃ。気に行ってもらったようでよかったのう」

勇者「し、しかし、いったいどういうつもりだ!?美食で俺を惑わそうとしてもそうはいかんぞ!」

魔王「ふふふ。疑問には思わんか?なぜ料理人でもない余がこれだけの料理が作れるのか……」

勇者「い、言われてみれば確かに……、魔王ともなれば一流の料理人を雇うことも、高級店に食べにいくこともできるはず……」

魔王「そなたと同じじゃよ」

勇者「お、同じ……?」

魔王「余は昔から魔王としての激務をこなしてきた。それはそれは本当に大変じゃった」

勇者「確かに、気の荒い魔物たちの軍勢を率いるんだ。統率はさぞ大変だったろうな」

魔王「そして、その激務で余の心が荒んだ時、余は自分を癒すために美食を求めた」

勇者「……!」

魔王「どうじゃ?そなたも勇者としての務めに疲れ果てた時、美食で自分を癒したというな」

勇者「そ、その通りだ」

魔王「しかし、美食を追究しようとするとな、どうしても料理自体の知識が必須となる
   どうじゃ、そなたも思うところがあるであろう」

勇者「うう、その通りだ……!自分で作らないとしても、美味い物を食べたければ料理の知識は必須!」

魔王「そこで料理の勉強を仕事の合間にするうちに、自分でも作るようになったのじゃよ」

勇者「ただ勉強するだけでなく、独力でプロ並みの料理人になっただって……!?」

勇者「ち、違う……!俺なんてただの家庭料理レベルの料理しかできないのに……、俺とは美食者としての覚悟が違う!」

勇者「まるで伝説的な食通、魯山人のようだ!」

魔王「ははは、光栄だが、そんな大した話ではないよ」

勇者「うぐぅ、魔王には今までの魔物たちのような攻撃的な威圧感はない……。むしろ優しさすら感じる」

勇者「なのに、思わず自分から伏し拝んで崇拝したくなるような、強烈なカリスマ性を感じる……!」

魔王「どうじゃろう、勇者よ。そなた、余の弟子にならぬか?」

勇者「な、なんだって!?」

魔王「そなたの話を聞いてな、そなたは余と似ていると思っておったんじゃ
   どんな辛い使命も、美食の喜びで耐え、独自の美食哲学を持つ」

魔王「滅多に持つものがいない資質じゃよ」

勇者「た、確かに……」

魔王「勇者よ、もしも余の軍門に下るというのなら、余のレシピの半分を授けよう」

勇者「あ、あぁ、で、でも、俺は勇者でお前は魔王で……」

魔王「まあそう難しく考えるでない。自らの手で究極の美食を追究できるようになるのじゃよ?」

勇者「そうだ、美食だ、ブレイブミールイーティングメソッドの完成こそ俺の夢……」

勇者「魔王様、このわたくしめを貴方様の弟子にしてください……」

魔王「ほっほっほ。それでよいのじゃ。よし、ではまずは腕前を見せてもらおうかの」

勇者「ははぁ」

魔王「そうじゃ、そなた、先日捌いた牛鬼の肉をまだ持っておるじゃろう。それでステーキを作ってみなさい」

勇者「分かりました……、魔王様……」

魔王「厨房はそっちじゃ」

勇者「……はい……、えっと、肉がこれで、鍋は……、この中華鍋でいいかな……」

魔王「……」

勇者「この肉は何の部位だったっけ……?まあなんでもいいや」

魔王「……」

勇者「まず強火で表面を焼いて旨味を閉じ込める。カツオの叩きの要領だな」

魔王「……」

勇者「それっと……、おお、いい匂い……」

魔王「……」

勇者「魔王様……、どうぞご試食ください……」

魔王「勇者よ、そなた、ステーキの美味しい焼き方は知っておるかな?」

勇者「はい、魔王様。弱火でじっくり火を通して旨味を熟成させるのがセオリーです」

魔王「では、なぜ先ほど強火で焼いたのじゃ?」

勇者「はい。ふとカツオの叩きのことを思い出しまして、強火のほうが美味しいかもと思ってアレンジしてみました」

魔王「……勇者よ、そなたは破門じゃ。アレンジャーは料理人として大成できん」

勇者「えっ!?」

魔王「しかも中華鍋を使いおって。全く何も知らぬ初心者ならともかく、お主は今まで美食を追究してきた人間ではないか」

魔王「あまりにも話にならぬ」

勇者「そ、そんな……、それじゃあ俺はいったいどうしたら……」

魔王「全く、料理とはまず基本を学んでこそじゃ。基本を知らんのならともかく
   基本を知っておきながら勝手にアレンジするなど、救いようがない」

勇者「うう、うぐぅ……、言われてみれば確かに王道の料理を変にアレンジする店は俺もバカにしてきた……」

魔王「よくそれで今まで生きてこれたのう。勇者というのも楽な仕事じゃな」

勇者「あ、あ、あああぁ……」

魔王「それでは門番だって務まらぬ。できそうなことと言えば鎧置きくらいじゃな」

勇者「うぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅ、ぐおおおおわああああああああああああああああああああ!!!」

       ・
       ・
       ・
ついに合いまみえた偉大なる魔族の王、魔王!
そのカリスマ性は勇者にすら膝をつかせた!
その精神性を前にして勇者すらも首を垂れた!
誰も逆らうことはできない!それが魔王!





王様「おお、勇者よ!ついに魔王を討伐し、魔王軍を打ち滅ぼしたとは、見事なり!」

勇者「はっ!」

王様「お主のおかげで世界は救われた!いかなる褒美も取らせよう!」

勇者「それでは……私は……」
       ・
       ・
       ・

勇者「ついに魔王を討ち果たし、世界は救われた」

勇者「だが、俺の旅は終わったわけじゃない」

勇者「美食を追究する、俺の旅はまだまだ続く……」

勇者「王様から世界中の料理屋で使える俺専用のクーポン券をもらった」

勇者「これで俺は世界中でなんでも食べ放題という訳だ。例え自分で作れなくても、美味しい店で食べればいい」

勇者「俺は料理人になりたいんじゃなくて美食を追究したいだけだからな」

勇者「……しかし、なぜだろう。食べ終わって店を出ても誰にも何も言われない食べ歩きの旅は
   俺の理想の生活のはずなのに、どこか寂しい気がした」

勇者「果たして俺はさっきの店で本当に最良の選択ができたのか、あるいは何か間違えたのか」

勇者「だが、それを指摘してくれる存在はもういない」

勇者「この気持ちこそが、例え人々を苦しめていたとはいえ魔物たちを多数この手にかけた俺への報いなのかもしれないな」

勇者「さて、次は何を食べるか」

???「ヒヒヒ……」


以上で完結になります

ほぼ一発ネタに近い内容でしたが、お付き合い頂きありがとうございました

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