【ペルソナ5】春「美少女怪盗を名乗る前の話」 (12)


 感情から切り離した笑顔は得意だった。

「美味しいです。素材の味が生きていて、素敵ですね」

 実際は単に薄味なだけだったけど、大人たちは笑っていたから自分も笑顔で合わせていた。

「奥村さんとこの娘さんはよくできていますなあ。うちのドラ息子とは大違いだ」

「父さんはいつもそう言うんだ」

 ははは、と何が面白いのかわからない会話。ドラ息子は単なる謙遜であって、それが事実だとは思いもしていない親バカの言葉。

 奥村春は、どんどん心が冷えていくのが自分でもわかっていた。

 今時政略結婚だなんて。

 くだらないと思う。だけど会社の経営のためだと言われれば仕方がなかった。

 父がオクムラフーズをここまで再建するのに、どれほどの努力を、あるいは執念を燃やしていたか、自分は知っている。強引なやり方でたくさんの人が泣いてきたことも、身を以て知っている。

 その犠牲の搾取としての富に浴してきた者としては、犠牲を無駄にするわけにはいかない。富は維持してこそ意味があるのだから。だから経営に必要ならば、奥村春には義務がある。

 本当に、必要ですか? お父様。

「春」

「はい、お父様」

「式場の打ち合わせがある。お前は帰っていいぞ」

「でしたら僕が送りましょう」

「お前と春さんの披露宴だ、お前がいなくてどうする」

 私の意思は必要ないのですね。

 どうでもいいことだったから構いはしない。それよりは、この空間を早くに脱出できることの方がありがたかった。

 父が、婚約者が、せせら笑った気がした。



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 タクシーを捕まえて帰ろうと思ったけど、今日はどうも捕まらない。

 本社まで行けば送ってくれる人はいるけど、電車を使うべきか迷う。

 本社はすぐ近くだ。……うん、本社まで歩こう。

 今日は、今は、一人に――少しでも人と接触を減らしたい。

 『怪チャン』を開く。そこには奥村社長――私の父の改心を望む大衆の声が、異様なほどに届いている。

 私は――そこに書き込むぐらいしか勇気が出なかった。

 誰か、助けてください。

 声にしていないのだから、届くわけもなかった。

 書き込みは大量の怨嗟の声で埋もれていく。

「……」

 本社前。

 すごく寂しそうな、黄色い首輪をした黒猫が歩いていた。

 頼るものが何もなさそうな、今の自分と同じような。

 黒猫は本社の中に入ろうとする。

「あ、待って」

 声をかけたのが、いけなかった。
 
 黒猫は走って逃げる。

「待って――!」

 ブォン、と空間が歪んだ気がした。

 そして――

「…………」

「!!??」

 私、さっきまで本社の前にいたはずなんだけど……

 宇宙、かな、宇宙船? かな?

 あ、夢かな、これ。

「リアルな夢……」

 頬をつねってみた。痛い。これで覚めるわけじゃないみたい。

「アリスはウサギを追って不思議の国に迷い込んだんだっけ」

 ネコを追いかけて不思議な夢に入ったなら、ネコを追いかければいいのかな?

 他に当てもないから、そうするしかなかった。



 くそ、くそ! バカ竜司め!

 ワガハイ一人でも、やっていける。ギブアンドテイクが成り立たないなら取引は解消する、当然のことだ。

 オクムラは改心すべきだ。パレスがあるのだから。何をビビっているんだ、あいつらは、ワガハイよりも強いくせに!!

(だからワガハイは、役立たずで……)

 違う!

 ワガハイから蹴ってやったんだ!

「威を示せ、ゾロ!」

 くそ、ここのパレスのシャドウはかなり強い!

 正面突破は無謀、ならどうする?

(ステルスで行くしかない、が……)

 元々はそれがワガハイのやり方だ。

 人数がいたころは、このぐらいのシャドウは平気だったのに。

(いないんだ、しっかりしろモルガナ!)

 ――シャドウが通り過ぎていく。ある扉の前に差し掛かった。

「仕掛け扉か?」

 前に立ってみる。

『生体認証、エラー』

「生体認証……」

 今自分にできることはなんだ?

 強行突破? 現実的じゃない。現実で認知を変える? 現実ではネコのワガハイが、どうやって――

「排除シマス」

「がっ!?」

 ――不意打ち。

 ロボットのくせに、くそ!

「ワガハイは、ここまで、なのか?」


 ――……。


「誰、だ? ……」



 どどど、どうしよう、なんかロボットにさっきのネコ? あれさっきのネコ!?が襲われてる!

「だめっ!」

 理由はわからないけど、あのネコは悪いネコじゃないと思った。

 悪いネコだとしても、問答無用でとどめを刺されるのを見過ごすなんて、ありえない。

 いや、多分理屈じゃなかった。

 助けようと思ったのは、きっと。

 役立たずだからと捨てられる人を、たくさん見てきたから。

 あのコは同じ目をしているから。

 未来の私と、同じ目をしているから――

「違う!」

 きちんとは自覚できてはいなかった。

 反逆の心は自分のためであって、誰かのためではないから。

 けどこの時、助けるという誰かのための行動をしていたから、

 だから、覚醒は中途半端だった。

「ネコちゃん!」

 ロボットを蹴り飛ばす。え?

 疑問より早く、ネコ?を抱きしめ、開いた扉に潜り込む。

 素早く閉まった扉は、開く様子はない。

「どうしよう……」

 予想よりケガが酷そうだ。苦しそう……

 と、そこでようやく違和感に気付いた。



「え? 私、服、何、仮面? え?」

「――誰だ!?」

 ネコ?が起き上がってびっくりするほど早く間合いを取った。

「あ。えっと、私、奥村春って言います、えっと、えっと」

「……オクムラ? 奥村社長の関係者か?」

「え、はい。奥村は父です」

「父、ってお前、奥村の娘か!?」

 奥村の娘。

 そのフレーズは、とても嫌なものだった。

 夢の中でまで嫌な思いをしたくない。

「娘です。それが何か?」

「…………」

 自分で思った以上に冷淡な声が出た。取り繕うために、私は笑顔を作る。

「あ、えっと。ネコちゃんの名前は?」

「ワガハイは猫じゃねえ!」

「え、あ、ごめんなさい」

「……すまない、助けてくれたんだな。ここは、あの扉の向こうか」

「あ、ケガ、どうしよう?」

「…………ケガは大丈夫だ、心配すんな。ペルソナッ!」

 幻影のようなものが出てきて、するとあっという間にケガが治っていった。

「すごい……」

「いや、お前も出せるだろ? 怪盗服になってるじゃねえか」

「かいとうふく?」

「反逆の心を持つ者が纏いし装束さ」

「ね、ねえ、かいとうって、あの怪盗? あなたは心の怪盗団なの?」

「……まあ詳しい話はあとにしようぜ。いったんここから脱出しないとな」

「あ、はい。そうですね」

「敬語じゃなくていいぞ。お前、ペルソナ使えるんだろ?」

「ぺるそな?」

 聞き慣れない言葉だった。でもさっき、このコが叫んでいた気もする。


「さっきワガハイが使うところ見ただろう? もう一人の自分、心の力と言えばわかりやすいか」

「え、え? 私、使えるんですか?」

「怪盗服になってるんだから使えるだろ」

「どうやって!?」

「え、わからないのか? ペルソナを自覚できてないのは初めて見たな……とりあえずペルソナって叫んでみろよ」

「は、はい……ペールーソーナー!」

 シーン

「…………」

「まあ、夢って思い通りにならないですよね」

「え、お前これが夢だと思って……ああそれでなんか落ち着いてるのか」

 ネコ?は何か困っているようだった。けど「まあ取り乱されるよりかはいいか」と納得したのか、

「ハル、ここを出ようぜ。ワガハイは、コードネームはモナだ。本名はここを無事に出れたら教えてやるからな」

「は、はい! モナちゃん」

「ちゃんはいらねえ!」


 ――――




 不思議な夢だった。体が重い。なんでだろう。

(私、そうだ、本社の人に送ってもらおうと思ったんだ)

 不思議なネコを追いかけたら、不思議な世界に迷い込んで――本当にアリスになった気分。

「でも楽しい夢だったな」

「いやまだ夢と思ってんのかよ。お前、大物だろ絶対」

「!?」

「ここだ、ここ。足元だ」

 足元を見てみると……あの黒猫。

「え、え? しゃ、しゃべって?」

「言っとくが、夢じゃねえぞ。周りが聞いたら変に思うから、声は小さくしろよな」

 トン、と器用に私の肩に黒猫は乗ってきた。

「ワガハイはモルガナ。春、お前に話さないといけないことが山ほどあるんだが、とりあえず――」

 黒猫が、モルガナが、笑った。

「ありがとうな、春。お前のおかげで助かった」

 私の、おかげ。

 成り行きだったけれど、私が助けたいと思ったのは間違いなくて。

 私の意思の結果、ありがとうと言われ――

「春?」

「な、何でもない……」

「淑女を泣かせるのはワガハイの趣味じゃないぞ。それに、泣く暇はない」

 モルガナは、強い視線で問うた。

「お前は父親の改心を望むか? お前の手で、改心させられるか?」

 私の、手で?

「……できるんでしょうか」

「お前がいないならまず無理だ。だけどお前がやりたくないなら、他の手を探す」

「あては、あるんですか?」

「…………」

 いや、あると答えられても、きっと私はこう言うのだ。

「やります。私はお父様のために最善を尽くす」

 改心した後の人たちは、みんな苦しそうだった。罪の意識に苛まれていた。

 改心させるというのは、自分の父親を苦しめるのと同義。

 それでも、私は。

「よろしく。モナちゃん、でいいかな?」

「あっちの世界ではモナで呼べよ。お前、名前どうする?」

「コードネーム、って言ってたよね。やっぱり、付けた方が怪盗っぽいよね!?」

「その前に春はペルソナがないからな、戦い方を覚えるのが大変だな、こりゃ」

 二人で、笑った。

 今はまだ鳥籠でしかない我が家だけど、

 おうちに、帰ろう。この不思議な黒猫と一緒に。

The End or To be Continued.


モルガナがいない間をモルガナ目線で書きたかった。
ほとんど春目線になってしまった、反省していない。春ファンだから

orになっているのはモルガナがいない間っていうのがもう少し期間あるので、書くかもしれないっていうレベル

これで完結でもいいような話の作りにしているつもりです。春ちゃん先輩はギャップ萌えLOVE。

続き書く時は別スレ立てます。この話はもう、これて完結してます。
トリップつけてみました。また会えたらその時はよろしくお願いします

そうです。
もう少しライトに書きたいなとなりまして。よければ今後とも御付き合いください

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