二宮飛鳥「鎖とリボンの」佐久間まゆ「二重螺旋」 (27)

コト、と陶器が机に触れる音がして、ボクは雑誌から視線を上げた。

「飛鳥ちゃん、コーヒーでもどうですか?」

甘く何かを溶かすような声の主はまゆさんだった。自分の分であろうカップを乗せたお盆をテーブルにそっと乗せると、ボクの向かいのソファーに腰を掛けた。

白い湯気とともに漂う苦い豆の香りが鼻をくすぐる。好意で差し出された好物を受け取らないほどボクはすれていない。

「ありがたく受けとら取らせてもらうよ。ただ・・・」

「お砂糖とミルク、でしたよね?」

言い出すのが気まずく一瞬だけ間をおいていると、分かってましたとばかりに取り出されたのはシュガースティック2本とコーヒーフレッシュ。

「驚いたな、キミにボクの趣向を教えたはずはなかったんだが」

苦みを避ける防衛行動として、確かにボクはコーヒーを飲む際には必ず砂糖とミルクを入れると決めていたものだったが、彼女は何故それを知ってるのだろうか?

本心から驚いてしまったとはいえ反射的に皮肉気味な台詞を吐いてしまったことを自嘲していると、なんてことはないように彼女は返した。

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「飛鳥ちゃんが事務所でコーヒーを飲んでるところはよく見ますからね。この事務所でコーヒーをよく飲むのは、他にはつかささんとあいさんと・・・プロデューサーさんくらいですから」

プロデューサーさん、といったところで声のトーンがほんの少しだけうわずり、瞼が緩んでいた。

佐久間まゆ、16歳。仙台で読者モデルをしていたがある日突然東京の別事務所でアイドルへの突然の転向。

事務所間でのトラブルか、専属雑誌との契約問題かなどと移籍当時は少し騒がれたものの、前職の経験が活きたのかすぐに頭角を表し、現在では人気キュートアイドルの一角。

現代芸能界の迷宮入り問題ともなっているこの問題、つまるところは、

「プロデューサーさん、早く帰ってこないでしょうか・・・そろそろなはずなんですが」

現担当プロデューサーへの恋、である。

恋を特定の誰かにしているということが暗黙のルールとされているアイドルというセカイで、運命の出会いを信じて彼を追い単身東北から都心まで。

本人もそれはそれが禁忌であることは自覚しているらしく、決して事務所の外にはこの感情を持ち出していないようだった。

・・・恋だとか愛だとか、そんなものを理解できるほどボクは「恋する乙女」じゃない。

ただいえることは、この佐久間まゆという少女が恋とやらをしている、ということだけだった。

しばしそんな拙い思考を巡らせていると、コーヒーの匂い別に甘いバターの香りが鼻についた。

はてと思いテーブルに目をやると、2切れのスコーンが置かれていた。

今まさに淹れられたコーヒー、やけに用意のいい砂糖とミルク、そしてお茶受けに適している甘味。

「・・・ひょっとして、何かボクに言いたいことでもあったりするのかい?」

プロデューサーへの想いにふけていたのか蕩けていた瞳がはっとしたように見開かれた。ビンゴ、といったところか。

「・・・どうしてわかったんですかぁ?」

「大したことはない、ただの勘さ。他意はない」

ただの勘というには若干のシンキングタイムが挟まったが、それでも憶測の域を脱しないそれは勘と言って差し支えないだろう。

他意はない、というところは嘘と言えば嘘になるのだが、話があるというのならそんな御託を脳内で散らしている場合ではない。

「そうですか・・・じゃあ」

驚嘆を落ち着かせたか、いつもの目に戻ったまゆさんは一呼吸おいて切り出した。さて、何が出る?

「飛鳥ちゃんは、『運命』って信じますか?」

・・・虚をつかれたような、ボクの想定していた質問とは全く別方向の投げかけだった。

「運命を信じているか、か・・・興味深いエニグマだね」

いや、「佐久間まゆ」という「恋する乙女」が相手とすると、あながち間違いでもないかもしれないなと質問を反芻する。

きっと求めているコタエは、アニメや漫画で出てくるようなセカイとの運命とかそういうものでなく、人と人との出会い巡りについて求めているのだろう。

「そうだな・・・結論から言えば、Noになるかな。ラプラスの悪魔なんて言葉があるくらいには運命という言葉は一晩で語りつくすことは難儀といっていいだろう。

だけど・・・ボクにとっては定められた未来だなんてナンセンスだね。絶望しか待たないセカイだなんて、こちらから願い下げさ」

ここで嘘を混ぜて穏やかに場を過ごそうとしたところで、あの目からはきっと逃れられない。ならば、始めからボクの解を提示するだけだ。

そうですか、と口早に放った言葉を飲み込むようにまゆさんが言う。きっとこの1つの質問では終わらないなと思い、コーヒーをすする。

・・・砂糖を入れ損ねた。

そんなふうに顔をしかめていると、どうやら考えがまとまったようで再びまゆさんが顔を上げる。

「もし・・・もし、私たちがプロデューサーさんと会わなかったら、なんて考えたことはありますか?」

「・・・それは、考えたくもない、ね」

灰色の、何の彩もないセカイ。関わりを拒んだセカイ。自分だけが特別な存在だと思いこんでいるセカイ。

こうして偶然プロデューサーにスカウトされて、この場所で輝きを知ることがなかったらと考えるだけで身の毛がよだつ思いだ。

「そう考えると彼との出会いは運命の分水嶺、というべきかもしれないね。不用意な発言だったね、すまない」

「いえ、飛鳥ちゃんのその考え方、まゆは好きですよ?」

「そういってもらえると嬉しいね。ボクもまだまだ未熟な人間さ。まゆさんの想いも、できれば聴かせてほしいな」

脳裏に浮かぶのは、奏との対話の失敗。フレデリカに教えられ、なんとか関係の修復が出来たものの、この失敗を活かさなくては元も子もない。

安易ななぞかけで暴くのではなく、本人自らの意思で話すということ。

目の前にいる少女のことを知りたいと思うと、先程の駆け引きなどどこへやら消えてしまったように好奇心が頭を染めた。が。

「いえ、その前にもう1つだけ確認したいことがあるんです。それはーーー」

瞬間、事務所の空気が1℃ばかり下がったような感覚に陥る。瞳は淀んだようなものに変わり、言葉の溜めがボクらの間に確かな緊張感を与えていた。

―――ここで切り出してくるのが本題だろうか。ここまでのキーワードは「運命」、「出会い」、そして「プロデューサー」。

・・・まさか。

「ただいま戻りましたー!・・・っと、まゆに飛鳥だけか。お疲れ様」

張り詰めたような空気を完全に壊すような陽気な声で事務所に入ってきたのは我らがプロデューサーだった。やれやれ、タイミングがいいんだか悪いのだか。

「お疲れ様ですプロデューサーさん。響子ちゃんの撮影、押してたんですか?」

「あぁ、ちょっとした機材のトラブルでな。それでも最高の一枚が取れたからオールオッケー、ってとこかな」

「それは良かったです。コーヒーが淹れてあるんですが・・・飲みますか?」

「お、いつも気が利くな。ありがとなまゆ」

・・・ともかくとして、ボクとまゆさんの奇妙な問答は閉幕となった。あとはまたいつものように、プロデューサーへの愛を伝える少女とまるで朴念仁な青年が楽し気な会話を繰り広げていた。

ふぅっと一息つく。気が付かないうちに呼吸を止めていたようで、呼気とともに何かもやっとしたようなものが吐き出されていく気がした。

まだかろうじて湯気を放つコーヒーを再びすする。苦いのは間違いないが、この甘ったるい空間にはちょうどいいだろう。まるでカフェオレだ、なんてね。

そんなジョークを脳内でうそぶいていると、どうやら二人の会話の矛先はこちらに向いているようだった。

「2人がいるならちょうどいい。ここで重要な話がある」

「なんだい?その少しにやけたような顔から察するに、吉報といったところかな」

記憶からおおむね予想はついていた。上手く組木を作り上げた子供のように輝く彼の眼には見覚えがある。

蘭子と理解りあったとき。志希を連れて帰ってきたとき。夕美さんの水やりに付き合っていたとき。

少しだけ乱れたスーツを正してボクらに向き直し、好奇心の中にも確かな幹がそこにあるかのような声色で言い放った。

「まゆ、飛鳥。2人にはユニットを組んでもらいたいんだ。どうだ?」

どうだも何も、他ならないキミが導き出した解だ。コタエは決まっている。

「問題ないよ、プロデューサー。キミが望む以上の結果を出そうじゃないか」

「うふ・・・飛鳥ちゃん、よろしくお願いしますね」

「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ。まゆさん」

彼女から差し出された手を握り返す。柔らかく優しい握手は、けれど蛇が巻き付くような感覚を感じてハッとした。



「これからたくさん、話せますねぇ」

書き溜めここまで。近いうちにまた投下します

「2人ともいい表情だねぇ!けどもうちょっとだけ笑顔柔らかくできる?」

「こう、かな?」

「おっ、最高だよ!それじゃあ撮るよー・・・よし!最高の出来だ!」

「うふ、ありがとうございます♪」

「それじゃあインタビュー記事と一緒に見本を送るから、確認よろしく頼むね!」

「ありがとうございました!」

まゆと飛鳥ちゃんの声が重なって、トントン拍子で進んだ撮影は終わりを迎えました。

飛鳥ちゃんもどうやら仕事柄撮られなれてるようで、カメラマンさんの要求をすんなりこなしていてました。

あの日、まゆと飛鳥ちゃんで結成されたユニット。プロデューサーさんは「ユニット名は『ダブルヘリックス』だ」なんて言っていたけど。

Double Helix、二重螺旋・・・DNA?意図が読み切れません。

化学に詳しい志希ちゃんやナースとはいえ医療に従事していた清良さんならともかくとして、何故私たちなのでしょうか?

頭に「?」が浮かびました。まゆのプロデューサーは意味のないことは決してしないような人だという確信が、疑問の追及を止めさせません。

今回のプロデューサーさんはまゆに、まゆたちに何を求めているのでしょうか?」

「・・・さん・・・まゆさん?」

そうして考えにふけっていると、飛鳥ちゃんが私の顔を覗き込んでいることにようやく気付きました。

「はい、なんですか飛鳥ちゃん?」

「何やら随分と考え込んでいたようだから声をかけさせてもらったよ。まさかだけど、熱でもあるのかい?」

「いえ、まゆは平気ですよ?優しいですね、飛鳥ちゃん」

そういうと飛鳥ちゃんはわずかに照れて顔を背けました。なんだか可愛いですね。

本人曰く「中二病」系アイドルで、メディアでは一種の王子然として有名になっている飛鳥ちゃんですが、こうして近くで見ていると確かに「少女」なんだなぁって思わされます。

―――ただの「少女」なのでしょうか?あのとき言い損ねた質問が頭をよぎります。

「・・・撮影も終わったことですし、お茶にしませんか?教えてもらったカフェがあるんです」

「!・・・構わないよ。幸い2人とも予定は入っていないようだ。往こうか」

まゆの誘いの意図に気づいたのか、ちょっと間をおいて快諾してくれました。

控室に戻って着替えている間、なんとなくこちらを警戒しているような気がして、ちょっとだけ罪悪感を覚えた気になります。

大丈夫ですよ飛鳥ちゃん。

きっとまゆと飛鳥ちゃんは、「似たもの同士」、ですから。

カランコロンと、私たちが入店したことを知らせるベルが店内に響きわたります。

それに気づいて寄ってきた店員さんに2名ですと伝えると、窓際のテーブル席に案内されました。

どうやら今はまゆたちの他にお客さんはいないようで、ならば広く使える卓を用意してくれたということでしょうか。

鼻孔をくすぐるような苦みの中に豊潤さを感じる香りと、ログハウス風の内装に窓から差すおひさまが優しい雰囲気を醸し出していて、なるほど藍子ちゃんが気に入るわけだと納得しました。

先に荷物を置き腰を落ち着けた飛鳥ちゃんがメニューを一読すると、すぐに決まったのかこちらに渡してきました。

ラテ、モカ、エスプレッソ・・・プロデューサーさんのために抽出方法は一通り覚えましたが、まゆ自身はあまりコーヒー飲料を飲まないので違いがよくわかりません。

よくみると紅茶のメニューも豊富にあるんですね。サイドメニューもおいしそうなものがちらほら。サクヤヒメの皆を連れてまた来てみましょうか。

そうして迷っていると、さっきの店員のお兄さんが注文を聞きに来たのかテーブル横に立っていました。

メニューから顔を上げると、飛鳥ちゃんがこちらを見ていました。決めたかい?と暗に告げているようでした。

「じゃあこのダージリンと、ピーチパイを」

「ボクはアメリカンコーヒーと、ダークチョコケーキを」

そう告げると店員の方はかしこまりました少々お待ちくださいとカウンターの中へ引っ込んでいきました。

ダークチョコはカカオが多めのチョコレートでしたっけ。

ダークイルミネイト、飛鳥ちゃんと蘭子ちゃんのユニットが想起されました。

所謂「中二病」アイドルとして今でこそ仲のいい2人ですが、結成当初はちょっとしたいざこざがあったみたいということも。

飛鳥ちゃんのいう「共鳴」が相互理解という意味であるのなら、ユニットを組むうえで重要な意味を持つのなら、これからするまゆの問いも、決して無駄ではないはずです。

・・・公私混合でしょうか?でも、プロデューサーさんがまゆたちに「互いを理解する」ことを望んでいるから。

飛鳥ちゃん、と静かに呼びかけると、彼女は待っていたよと言わんばかりに伏せていたゆっくり顔を上げました。

店外から聞こえる通行人の足音もまるでなかったように静まり返ります。

「この間の、ユニット結成が決まった日の話の続きです」

「そうだろうと思っていたよ。わざとじゃないとはいえ、プロデューサーの乱入で途切れてしまったからね」

やっぱり飛鳥ちゃんは察しがついていたようでした。うふ、話が早い子は好きです。

「飛鳥ちゃんは―――」

いざ話そうとすると、ちょっと先の未来を想像して口が重くなります。

ですが、確かめなければ。女の子は、恋をするものですから。


「飛鳥ちゃんはプロデューサーさんのこと、好きですよね?」


そう告げると、目線を落としてうつむく飛鳥ちゃん。再び二人の間を沈黙が支配します。さて、どんな返答が出るのでしょうか。

「・・・確かにこの前いったように、彼なくしてボクは此処にはいなかった。感謝しているとも。けど―――まゆさんの言いたいそれは、所謂「恋愛感情」として、だろう?」

「ええ」

「そうなのだとしたら・・・答えは再びNoだ。そもそもボクにとって恋愛というモノは最も縁遠いものだろうね。そういうコトで盛り上がれるほど、ボクのココロは純情でないようだ」

そこまで言い終わるとやれやれといった感じで嘆息し、窓の外に視線を向けました。

「・・・嘘ですね」

考えていることが無意識に口に出てしまったようでした。向かい側の飛鳥ちゃんは眉をひそめてこちらを睨んでいるような。

この際です、全部言ってしまいましょう。

「飛鳥ちゃん、まゆはプロデューサーのことならなんでも知ってるんですよ?プロデューサーさんがお仕事をとってくること、新しい子をスカウトしてくること・・・その子たちがプロデューサーさんとどんな関係なのかも。

それは飛鳥ちゃんだって例外じゃないんです。プロデューサーさんに出会ってアイドルになって、いろんなお仕事をしてユニットを組んで。

その中でプロデューサーさんに対して飛鳥ちゃんがどんな感情を持っていたかなんて・・・わかっちゃうんですよ」

「・・・つまり、何が言いたいんだい」

「飛鳥ちゃん、この前の撮影でハワイに行きましたよね?」

沈黙する飛鳥ちゃん。

「その独特な言い回しでそれなりに距離感がある子だなと思ってましたが・・・それはまゆの誤算でした。

自分の鼓動を直接触れて確かめさせるなんて大胆な行動をとるだなんてその時の私は想定すらしてませんでした。

飛鳥ちゃんは自分でも気づいてないかもしれませんが、それはまるで恋する―――」


「・・・待ってくれ」

手でまゆを制しながら、ぼそりと二度呟きました。一度目は困惑し、二度目は弱弱しく。

しばらく苦虫を嚙み潰したような顔で思案した後、ゆっくりと問い返し始めます。

「・・・もし、もしの話だ。本当にボクが彼に恋をしているのが本当だとして・・・キミに何の利益があってそれをボクに自覚させようというんだ?

キミが彼に―――プロデューサーに恋しているということは事務所内では公然の秘密のようなものだ。

そんなキミがそう言うということは・・・なんだ、恋敵でも増やしたいつもりなのかい?」

動揺しているのか、いつもの口調が崩れて口早にまくしたてる飛鳥ちゃん。

「違いますよ、飛鳥ちゃん」


テーブルに力なく放られた飛鳥ちゃんの右手を両手で包むと、かすかにトットッと速くなった脈拍を感じます。

「飛鳥ちゃんは2つ、勘違いをしていると思うんです。1つは恋をするってことは女の子にとっては自然なことなんです。恋は女を綺麗にする、なんていいますよね?

2つめは・・・まゆが悪意があってこうして問いただしてるわけではないってことです」

「悪意がないことは理解るよ・・・ボクらの事務所は綺麗な性格なヤツばっかりだからね」

みんな優しくてかわいい子ばかりですからね・・・と、話が逸れかけました。

「実は、あの日プロデューサーさんにユニット結成を告げられる前から飛鳥ちゃんとユニットを組む草案があることは知っていたんです。

プロデューサーさんのために仕事は完璧にこなしたいから、それを知った日から飛鳥ちゃんのことを知りたいなって思ったんです。

それを進める度に・・・まゆはこう思ったんです。なんだかまゆと飛鳥ちゃんは似ているな、って」

「ボクとキミが・・・?」


「はい。まるで運命のようにプロデューサーさんに出会って人生が変わって・・・『できることなら2人だけの世界」の中で生きていたいとおもっているような。

『その他には何もいらない』とさえ考えうるような危うさ。だからこうして会話をして、お互いの理解を深めようかななんて考えついたんです」

「・・・」

「大丈夫ですよ飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんは、1人じゃありませんから」

彼女の精神のありようは、ちょっと前の私自身を見ているようで、少し不安でした。

勝たなきゃ褒めてもらえない。そんなことを言っていた過去がまゆにもありました。

飛鳥ちゃんがそんなことを言った記録なんて残っていませんが、一歩踏み間違えれば同じ崖に落ちていきそうなもろさを感じて、身勝手かもしれませんが親近感を感じたりして。

飛鳥ちゃんがまた黙り込むと、タイミングを見計らっていたのか店員さんがオーダーを運んできました。

ごゆっくりどうぞとまたカウンターに引っ込んでいくのを視線で見送って、竹編みの籠からフォークを取り出して差し出します。

「食べましょう?飛鳥ちゃんの話は考えがまとまったら聞かせてくださいね」

「・・・そうだね。恋と愛の理解はまだ追いついていないようだ・・・ライブまでにはコタエをだそう」

「ぜひ、まゆにも聞かせてくださいね?」

「あぁ、約束しよう」


それからはまるで今までの話を切り離したかのように、今日の撮影や昨日のレッスン内容の話題を交えたおしゃべりでした。

もうちょっと正確にいうと、極力その話題を避けてお互いを知ろうといった感じのやり取りでしたが、有意義な時間を過ごせたと思います。

その途中、飛鳥ちゃんの携帯電話の着信音がなって、ちょっといいかなとまゆに断りを入れると電話に出ました。

話していた内容からプロデューサーさんからの事務連絡のようで特に重要な案件というわけではないようでしたが、はたから見ていたまゆは再確認しました。

―――電話してるだけであんなに口が緩むなんて、やっぱり飛鳥ちゃんはまゆに似ているんですね。



「理解ったよプロデューサー。『約束』、だよ。ふふっ♪」

今回はここまで。次の投稿はちょっと先になります。

カタカタ、とプロデューサーがキーボードをたたく音が事務所の中に響いては消えていく。

1分ごとに打ち込み始めたかと思うと数十秒後にはまた手を止めてうんうんと唸っていて、いかにも難航しているようだった。

例えばボクがつかささんであったのなら斬新で冴えた方法を教授してお悩み解決、といったどころだろうが、生憎ながらボクがそこまで優秀でないことくらいは自覚している。

ボクが、ボクとして彼にできること。そうだな・・・

「プロデューサーさん、紅茶を淹れましたよ」

「お、いい匂いだな。また新しい茶葉でも買ったのか?」

「えぇ、今日はカモミールにしてみました。一旦休憩にした方がいいんじゃないですか?」

「気を使ってくれてありがとう、まゆ。そうすることにするよ」

・・・残念ながら無かったようだ。

本当に、本当にまゆさんはプロデューサーのことをよく見ている。当意即妙という言葉がふさわしいような、「生命全てを彼に捧げている」なんて邪推が真実味を帯びるくらいには。

彼女が共にいる状態でボクにしかできないことなんて果たしてあったものだろうか?

―――飛鳥ちゃんはプロデューサーさんのこと、好きですよね?

数日前のまゆさんの言葉が頭でリフレインする。

「恋、か」

天井を見つめながらぼそりと呟く。あれから部屋で長いこと考えたが、難攻不落な題目に蹴飛ばされて答えなんて出やしなかった。

確かにボクはプロデューサーのことを悪しからず思っている。ここまで連れてきてくれた彼には感謝してるし、信頼していると言って間違いない。

愛と平和は未来と同じ、信じる者の心の中にしか存在しない・・・かつてボクが言った言葉。

「愛をささげる者」であろうまゆさんは間違いなく愛を信じ、愛に生きているといえるだろう。

では、ボクは?

あの言葉をボクは否定的なスタンスで放った。ヒトの心というモノは移ろいやすく、愛も平和も成立しえないだろう。ニヒリストを気取っているボクが出した率直な感想だった。

だが、今はどうだ。まゆさんの言葉をきっかけに過去を思い出してみれば、確かにボクのココロは彼に寄り添うように変わっていって、それはまるで本当に恋する――

違う。ボクは、恋なんてしていない。ボクがアイドルである以上、その感情を抱くことはファンに、そしてボクをアイドルにしてくれた彼に対する裏切りに他ならない。

プロデューサー。彼の名前を胸の中で唱えると、孤独で凍てついていた部分がじんわりと温かくなる感覚がする。

次はどんな仕事なんだい?どんな衣装を着るのかな?どう響く詩なんだ?

溶けだした心が彼の姿を無限に反射して心臓がきゅっとした気分に襲われた。
 
背後で仲睦まじそうに話している二人の声が聞こえて、しもやけのような寂しさを覚える。

今までには無かった感情に振り回されてため息が出る。全く、ボクはどうなったしまったっていうんだ?

「飛鳥、午後は暇か?」

やれやれと首を振っていたところに突然プロデューサーから声をかけられ、ビクリと少し跳ねてしまった。

「あぁ。午後の予定がないことくらい、キミが一番よく知ってるんじゃないか?」

「そうだが・・・まぁいい。ちょっと用事を頼まれてほしいんだが、大丈夫か?」

「問題ない。それで、用件は何なんだい?」

驚いて反応したが、変な顔はしてなかっただろうか?いつも通りにふるまえていただろうか?

そんなことばかりが頭の中を行きかって、少しだけ自己嫌悪に陥る。・・・ともかく、何の用事なんだ?

「今度まゆと飛鳥のインタビューの仕事があるのは覚えてるだろ?それに向けて自分で選んだ新しい服を買ってきてほしいんだが・・・どうだ?」

「・・・わかったよ。まゆさんにもこのことはもう話してあるんだろう?」

「もちろんだ。今準備して下にいるみたいだから、飛鳥も支度できたら合流して行ってきな」

彼に促されて外出の準備をいそいそと始める。プロデューサーはというとまたデスクにかじりつきパソコンとにらめっこだ。

・・・既に下にいるということは、ボクがこの依頼を受けるとわかってて待っているということなのだろうか?

コンクリート製の階段を速足で駆け降りると、来るのは分かってましたよなんて言いたげなほほえみを浮かべたまゆさんが出口付近のベンチに腰かけていた。

ボクは少し悩んでいるんだ。この機会だ、いろいろ聞くとするよ。

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