神通「カリブの、海賊?」【艦これSS】 (683)

日本近海//





水平線に日が落ちるとともに、海は沖の方からゆっくりとかすみ始めた。
輸送艦の艦長を任されていた男は、ちらりと外を見ると、部下に船速を上げるよう促した。



艦長「これは急いでもかなり遅い時間になりそうだな」



彼は規律と時間に厳しい、模範的な帝国軍人であった。
そんな彼にとって、自分の輸送船が遅れるというのはプライドが許さなかったのだろう。
艦長の男は焦るように、軽く歯噛みする。



部下「とはいえ艦長、これは仕方のないことです。なにせ海の機嫌が悪かったんですから」

艦長「ううむ……」



上官の苦悩を宥めるように、部下の男が軽口でフォローした。
とはいえそのフォローはただの慰めではなく、正しい見解だったといえよう。
事実、今日この船はどうも海に嫌われていた。出航して1時間程度経った頃だろうか。
湾を出た頃は全くの快晴であったにも関わらず、次第に波が高くなり、空も淀み始めた。
雨こそ降らなかったものの、風も強く、荒れた海模様に見舞われたのである。




そんな海を半日、歯を食いしばりながら耐え、ようやく穏やかな海になったのがついさっきのことだ。







SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1502720546








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*注意書き



「パイレーツ・オブ・カリビアン」と「艦隊これくしょん」のクロス。




構成はパイレーツ・オブ・カリビアンの感じをベースに。
文字数は約17万4000字。文字で見れば、ノベライズ版のパイレーツ換算で、
最長の「ワールド・エンド」の1.3倍くらい。一貫完結の「生命の泉」、「呪われた海賊たち」の2倍程度。
大体平均的な文庫本2冊分くらいになるので、お時間のある方はお付き合いください。

時間軸は「生命の泉」終了時点から数か月後。
後、ネタバレにならないであろう程度には、最新作の要素が出てきます。ご注意ください。


艦これ側は特に準拠する設定はありません。
ただ、神通のキャラが若干二水戦仕様になっております。違和感があるかもしれません。重ねてご注意ください。



日にちをかけての不定期更新になるかと思います。
後、検索すると、他にもパイレーツSSがあったので大丈夫だと思いますが、
原作が原作なので、万が一掲示板に警告が来ようものなら問答無用で停止・削除していただいて結構です。




では、長くなりましたが、前置きは以上。よろしくお願いします。





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部下「あの海を切り抜けただけでも勲章ものですよ。事情を説明すれば、遅刻を責められるどころか、
   寧ろ『よくぞ荷と船を守った!』って賞賛されますって」



そんなポジティブな部下の言葉にほぐれたのか、艦長の眉間が柔らかくなる。



艦長「……そうだな。私も焦りすぎていた。どうもあの頃の記憶が抜けないようだ」


部下「あぁ、深海棲艦の?」


艦長「あの頃は輸送船がこうして海を往くだけで自殺行為だったからな。どうしても、
   一秒でも早く陸につきたいと思ったものだ」

部下「あはは、でもまぁ、今はそれも過去の話ですよね」

艦長「そうだな。戦線を拡大し、制海権の多くを取り戻した我々にとって、こんな日本海近海は
   舗装道路と変わらん。……よし、通信で多少遅れると内地に伝えろ」


部下「了解」



そういうと部下の男は無線で連絡を取り始めた。艦長が再び外を見る。通り過ぎてきた海の空は
まだ鉛色の雲で覆われ、既に雨まで降りだしていた。対してこちらの海は実に静かであった。



部下「? あれ?」




静かすぎるほどに。









艦長「どうした?」

部下「いえ、何やら……、どうしてでしょう。通信がつながりません」


艦長「なに? こんな穏やかな天気で、本土の近い所でか?」

部下「うーん……」



近年の通信設備は優秀だ。たしかに距離は近すぎるほど近いわけではないが、ここら一帯の島には
日本軍がこしらえた電波中継の塔がいくつもある。つながらない道理はない。



部下「とすると、故障でしょうか?」

艦長「だとすると厄介だな、うーむ……」




今度は艦長が唸る番であった。






と、その時である。









轟音。同時に、船全体が衝撃で包まれる!





部下「うわああっ!!?」

艦長「なんだ!?」




船体が不自然に揺れる。まるで飛ばしていた車が急停止したかのように。
「何かにぶつかったか!?」と外が慌ただしくなる。艦長も急いで甲板に出た。
すると……、




艦長「な、なぁっ……」

部下「艦長! どうし……ひぃっ!?」




そこにあったのは白い腕だった。


海の底から巨大な白い腕が船体をつかんでいた。






部下「な、こ、これは……、」

艦長「落ち着け! レーダーには何が映っている!?」




部下「れ、レーダーには、……。なんだこれ……」




部下の男の視線の先には、ノイズでホワイトアウトしたレーダー画面が表示されていた。




艦長「こ、これは……、一体!?」




慌てふためく船長。対してその部下は、死を前に現実感が喪失したのか、
場違いな程に静かに語り始めた。





部下「俺、聞いたことがあります。ウチの島の住民たちが畏れ敬う海域があるって。
   ……この辺りの海域には、出るそうなんですよ」



艦長「何……?」







虚ろな目で抵抗を止める部下に気づき、叱咤しようと肩をゆする。
同乗している船員たちが小銃で応戦するも、効果はない。



艦長「おい! しっかりしろ! 何が出るというのだ!
   幽霊か! ゲリラか! どれも敵ではないわ!」


部下「違います。違うんですよ、艦長。それは、」


外を見ると、船員たちが敵の姿を確認するため、ライトを当てていた。
するとその光に誘われるように、轟音を上げ、海から現れた。


部下「それは、」



それは、巨大な口。

真っ黒で無骨な外殻を持ち、鋭利な歯が何本も並んでいる。
顎は大きく開かれ、人のそれとは違い、顔の形状は口が前方に長く伸びている。



艦長「ひっ」


『ウ゛ゥゥヴウ゛ゥウゥウ゛ウ……』



響くような、唸り声。
そう、海から突き出たその姿はまさしく、






部下「――ドラゴン」







『ア゛アアア゛アァアア゛アァァ゛ァァア゛アァ!!!』






咆哮と共に、その輸送艦は爆炎に包まれた。














後に残されたのは、戦闘などまるで無かったかのような、


ただ、嘘の様に静かな海だけであった――。





























とある海岸//




穏やかな稜線に豊かな草。そんな自然のキャンパスにぽつぽつと浮かぶように描かれた人とヤギたち。
清涼な青空と、美しい自然の台地は見るものの目を奪う。そんな陸地から少し目をよそに向けると、
目の前にはこれまた美しいエメラルドブルーの海が広がっていた。これもやはり見るものの目を引く。


だがそれ以上に、多くの人の目は彼らに釘付けになるだろう。




???「nasse z uuy tieuo yz nai! bira kubo ut~eriap……、ukas~nisias……」



潮風にくたびれたボロ纏ったその男は、顔や体にあちこち奇妙奇天烈なペイントを施し、
ドルイド教やブードゥ教の司祭を誤って融合させてしまったような出で立ちだった。


???「…………」


そんな気が違っているような男の傍で、ヘトヘトになりながらラッパを吹いている毛むくじゃらの男がもう一人。
うつろな目で音階の合わないラッパをならしつづけていた。



???「……、おい、ほらもっと元気な音を出せ」


???「…………」



パーッ! と大きな音を出すと、それに合わせて、また司祭の男が呪文を唱えだす。







???「enatt!! akisohna~~! bedottom~an~atotusebazire~~~!!!」




知らぬ間に神でも降したのか、臭い口からよだれをまき散らしながら、一層激しく、祈りをささげる。
アテン神教の如く両手を開き、仏教の如く手を合わせ、キリスト教のように手を握りしめ、
忙しく色々な動作を繰り返している。素人が見れば一見、奇抜ながらも意味のある行動に思えるが、
少しでも宗教を知る者からすれば、あまりにデタラメで意味のない行動であるとすぐにわかる。


???「!? あぁぁあ! 神よ!! あなたが神なのですね!!」


???「はぁ……」


そしてまた、この似非宗教者のような男の人となりを、少しでも知る者からすれば、
この男がいかにデタラメで、意味のない行動をとっているかすぐにわかる。



???「おいジャック」



???「神よ! ははぁ、立派な御髪で。実はですね、ここに救いを求める敬虔な信者が――」






???「おいジャーック!!! ジャック・スパロウ!! 聞いてんのか!?」






ラッパを吹いていた男に怒鳴られたジャック・スパロウは、珍妙な呪文と踊りを取りやめる。
痛んだドレッドの黒髪は肩までかかり、無精ヒゲを生やしているが、鋭い眼差しと精悍な顔立ち
がはっきり見て取れる。ジャックは気分を害されたと言うようにいかにも大げさに肩を落とすと
ラッパの男に向き直った。







ジャック「ギブス! ジョシャミー・ギブス! このブヨブヨした醜い猫背のブタ野郎め!
     何度言わせればわかる!? 俺は"キャプテン"だ! "キャプテン"ジャック・スパロウ! お分かり?」










そこまで一息で言うと、ジャックは頭から被っていた呪術師まがいのフードを鬱陶しそうに海に放り投げ、
木の傍においていた海賊帽を丁寧に被った。




ギブス「お、おぅすまねえ。……だがようキャプテン。この儀式はいつまで続けりゃいいんだ?
    俺は後何時間ラッパを吹いてりゃいい?」



そういってギブスはラッパを前に突き出す。熊の様な風体をした灰色のヒゲの男とラッパの組み合わせは
実にミスマッチで、いまさらながらジャックは内心で笑いそうになる。




ジャック「そりゃお前……、そらお前、……それはお前」


ギブス「……なぁジャック。わかっちゃいたが、やっぱこれデタラメだな?」


ジャック「なんのことでござぁましょう」


ギブス「ジャック、お前ぇ」



ギブスが立腹し、ジャックに掴み掛る。






ジャック「おぅちょ待て待て! 別に嘘を言ったわけじゃない! あの時はそうかもしれないと思ったんだ! ホントに!」


ギブス「ホントに……?」

ジャック「ホントに。……ホントホント」


ギブス「……ジャックの話を真に受けるんじゃなかったぜ」

ジャック「ちょいとギブス君。そりゃ酷いんじゃないの?」

ギブス「5時間も意味不明の儀式で、吹けもしないラッパ吹かされた俺の身にもなってみろ!」

ジャック「いいじゃないか。音楽家、似合ってるぞ。手に職だな」

ギブス「あの生贄用のヤギ3頭買った金も無駄になった!」

ジャック「海の男がみみっちいこというな。食えば旨そうだ」



ギブス「ジャック。本当にブラック・パール号を元に戻せるんだろうな!?」







そういうとギブスは砂浜に指した。先ほどまで儀式の中心だったビン。
そのビンには船が入っており、いわゆるボトルシップというやつであった。

ただこのボトルシップが尋常のものではない。

普通のボトルシップはビンの中に模型の船が入った工芸品だが、
このボトルシップの中に入っている船は、この海最速と謳われた、
彼らの愛船、ブラック・パール号。その本物が入っていたのだった。



ジャック「戻せる戻せる!」

ギブス「じゃあホントに、頼むぜキャプテン。こいつがなきゃ俺たちの冒険は立ちいかねえ」

ジャック「……。船のない海賊、ってのもユニークで斬新じゃ――」

ギブス「あ゛ぁ?」

ジャック「いやぁ、なんでもない」




ギブスに気圧されるようにして、ジャックはそのビンを受け取らされる。ビンの中に入ったブラックパール。
海で聞いた財宝伝説にありがちなパターンとして、財宝は堅固に守られている、というのがあるなとジャックは思った。
狂暴な怪物、凶悪な罠、強固な壁。人が語る財宝伝説にはいつだってそんな「邪魔者」が居た。
今のジャックにとって、至高の黒真珠を得る為の「邪魔者」は、まさにこのビンであった。






そもそもなぜこのようなことになったのか?


詳細に起こすと長くなるが、要するに、船を奪われ、ビンに閉じ込められたのだ。かつて、といってもつい最近まで、
この海で悪名を誇った"黒ひげ"エドワード・ティーチが、当時のブラックパール号船長であったバルボッサを倒し、船を接収。
不思議な魔術を使い、ボトルシップのコレクションに加えたのだ。このビンは、その一つだった。



ジャック「黒ひげめ……。余計なことしやがって」

ギブス「なんか言ったか?」

ジャック「いやなにも」


ともかく、ジャックスパロウは今後も自由な海賊を続けていくつもりだ。
そしてその為には、彼の代名詞でもあり、彼の自由の象徴でもあるブラックパール号が不可欠であった。



ジャック「ふむ、少し考えを変えてみよう」


ギブス「というと?」


ジャック「俺たちは問題を難しく考えすぎてたんだ。答えはきっと、もっと簡単だった」







そういうとジャックは脇に避けてあった麻袋から別のビンを取り出す。
それは先述した黒ひげの帆船コレクションの一つであり、こちらも中に船が封じ込められている。



ジャック「ビンが俺たちの邪魔をしているなら、そのビンを壊しちまう。これが最適解さ」



ギブスは一瞬目から鱗がとれたようにジャックを見たが、その鱗の下の目は疑惑の色に満ちていた。
ここまで数時間騙されてきたことや、ジャックがインチキな人間であることも理由ではあったが、
何より、あの魔人・黒ひげの呪術がそんなことで破れるとは到底思わなかったからだ。

だがジャックは朗々と続ける。



ジャック「いいかいギブス君? 簡単な推理だよ。黒ひげは恐ろしい海賊だったが、でも所詮は海賊だ。
     西インド会社の碩学様なんかじゃない。複雑な仕掛けを施すような頭を持っているとは思わない」

ギブス「ううん……」


唸るギブスにジャックは続ける。


ジャック「それに考えてもみろ。きっと黒ひげだってこれらを趣味で集めてたわけじゃない。
     こんだけの艦隊コレクションだ。世界の海を支配できる。黒ひげも機を見て使おうとしたはずだ。
     だとすれば! 黒ひげは気軽に、簡単な方法で解除できたはずだ! 儀式に5時間も使ったりしない!」

ギブス「まぁ、確かにそうかもな」

ジャック「だろう?」




ギブス「でぇ、ビンを割るってか」

ジャック「そういうことだ。まぁみてろ……」





そういうとジャックは浜に置いていたカットラスを抜き、船を避けるようにしてビンのショルダーを思い切り斬りつける!
するといとも簡単にビンはキレイに真っ二つになり、中からもくもくと煙がでてきた。


ギブス「! これはいけるんじゃないか!? いけるんじゃないか!?」


ジャック「それみたことか!」


ここにきて展開が急に動き始め盛り上がる二人。
煙が徐々に収束していき、中から船のこすれるような異音がし始めた。


ギブス「来い!」
ジャック「来いっ!」




が、中から出てきたのは少量の水と小さな木くずだった。




ジャック「……」

ギブス「えぇ……」


正確に言えば、それは小さな船の残骸だった。例えではなく、本当にボトルシップの中身を
壊してしまった状態であり、当然、人が乗るスケールではなく、贔屓目に見ても失敗といえた。







ギブス「それみたことか!」


ジャック「お前だって乗り気だったろう!!」


ギブス「いーや俺は反対したね! 何が簡単な推理だ!
    絶対に手順が違うんだ! もっと鍵の様なものが必要なんだ!!」


ジャック「だったらお前はどうすんだ!」


互いに溜まった鬱憤が爆発し、醜く砂浜で男二人が言い争う。
長い付き合いなので手は出なかったが、流石に限界が来たようだ。


ジャック「邪魔だこんなもん!!」



ジャックはやけくそとばかりに、手の中の残骸を海に放り投げた。



ギブス「まずは今をどうするか考えようぜ。この近辺じゃ顔見知りはいねえが造船所がある。
    とりあえずボトルシップの珍品としていくらか売って金にして、まず船を買おう!」

ジャック「売るって!? お前これがどんな価値のもんかわかってないな!?」


ギブス「んなことは分かってる! その辺のお宝より何百倍も値打ちがある! 
    だが今は仕方ないだろう! お前が陸で生きられるタマかよ!」

ジャック「ギブス! 俺は海でも陸でもタマなしじゃない!」


ギブス「そうじゃなくて――」









ザパン! と、急に海から大きな音がした。
何事かと二人して振り返ると、そこには、先ほどの残骸となった船舶が浮かんでいた。


もちろん依然として残骸のままだったが、その大きさは、正しく多くの船員を乗せた在りし日の船の大きさそのままであった。



ギブス「……、成功? したのか?」

ジャック「いや、残骸は残骸のままだが……」

ギブス「水に漬けたら大きくなったってわけか」

ジャック「そっちは多分そうだろうな」

ギブス「だが海にこんなゴミを増やしても仕方ねえだろ」

ジャック「いや待てギブス」



ジャックは真剣な顔でギブスを制止した。


ギブス「なんだよ」


ジャック「あれ、海賊船に見えるか?」

ギブス「んん? ……、あぁ確かにありゃ多分商船だな。それがどうした?」





ジャック「黒ひげはナッソーやカロライナで死ぬほど略奪を繰り返した。
     そりゃとんでもない財産だったはずだ。しかし俺が乗った奴の船には、そんな量の宝はどこにもなかった」

ギブス「そりゃどっかの拠点にため込んでんだろ」

ジャック「普通ならそうさ。でも考えてみろ? 莫大な宝の守りを誰かに任せるのは勇気がいることだ。
     それも世界中の海軍から狙われて、本人も人どころか娘すら信じられない疑い深い奴ならなおさらな」


ギブス「?」

ジャック「そんな奴の手元に、船ごとまるっと身近に置いておける便利な金庫があったら、……どうすると思う?」

ギブス「そりゃ……、!」


ハッとしてジャックを見る。そうなのだ。そんな黒ひげならば、商船を丸ごとビンにしておいたはずだ。
当然、中身の荷物ごとだ。二人して海の方を見やる。船としては藻屑であるが、船と同じようにして、
中身も元の大きさになっているならば……、そうなれば、藻屑が一気に宝の山になる。



ジャック「なぁに、簡単な推理だよ、ギブス君」


上着を脱いで二人して海へ急ぐ。
ビンから船を解放する方法はまだわかっていないし、この儀式のために必死で集めた材料や、
5時間にも及ぶラッパと呪文の祈祷は、全くの無意味となったわけだが、二人はそんなどうでもいい過去は忘れ、
海賊らしく、目の前のお宝のを心から喜んだ。



ヤギ「メヘェー」



ヤギたちはそんな光景を眺めながら、潮風にさらされた草を黙々と食んでいた。
























横須賀鎮守府 提督執務室//




天龍「――はぁ?」


多少は我慢しようと思っていた天龍だったが、流石にうんざりした。



漣「おおっと、も、もう一度おっしゃっていただけますか?」

神通「……」



提督「だから遠征任務だ。捜索の」


天龍「またか」


提督「まただ」


天龍がガックリと肩を落とす。日頃軍務に忠実な神通でさえ、多少気落ちしていた。



漣「七連荘で捜索任務キタコレっ! うがー!」



漣は持ち前のテンションで誤魔化そうとしたが、彼女もまたうんざりした様子だった。



提督「君たちにはほんっとーにすまないと思っている。だが人手が足りないんだ。
   それに君たちは経験豊富だ。やってくれるね?」


漣「おうふ、ご主人様マジ鬼畜。……いや、割とリアルガチで」



そういうと漣も肩を落とす。





天龍「なぁ提督、オレも軍人として命令には従うけどよ、……さすがに休暇がほしいぞ」

提督「勿論だ。この2週間の捜索任務が終われば、君たちに休暇を与える」



漣「それ先週の今日にも同じこと言いましたけどねっ!!!」



ふてくされる漣に同意するように、うんうんと天龍が頷く。神通は何とも言えない表情でと提督を見ている。
提督も彼女たちの気持ちは分かっていたが、捜索任務は一分一秒が乗員の命につながる。早期発見の為には
即座に動くことが重要である。


本来、こうした探索任務は神経を使い何日も洋上を駆ける任務であるため、
もっと大人数のローテーションで回すべきだが、ここ最近の急速な戦線拡大によって猫の手も借りたい今、
手練れは全員鎮守府を離れており、捜索任務には手透きの彼女たちに頼るしかなかった。


よってここで一日休憩をとらせるわけにはいかなかったのである。



漣「いやぁ、それは知ってますけどぉー……」



提督が何度目かになるこの説明をすると、漣は観念したようにもろ手を挙げた。






天龍「それで、今度はどこの何なんだ?」


早く終わらせてくれ、とばかりに天龍が先を促すと、提督は真面目な表情でコホンと改めた。


提督「今回の、……というより今回も。場所は南方海域から鎮守府正面海域。艦種は帝国海軍の輸送艦。
   石油等の輸送任務に就いていたそうだが、またしても出航してからしばらくして連絡がつかなくなったそうだ」


全員「…………」




まただ。ここにいる全員がそう思った。




この数か月の間に連続で起きた、七件の失踪事件。



ことの始まりは、本州での会議に向かうため出航した、グアム警備府の司令長官以下要職たちを乗せた通常軍艦
が全くの行方知れずになってしまったことにある。

ちなみに通常軍艦とは艦娘に搭載されている妖精技術を使っていない船を指す。
機動力に欠けているため戦線では使われないが、内側であれば人間や人間用の物資を運ぶために今でも使われている。


この事件はは戦線から遠く離れた領域での出来事であったことと、
深海棲艦に反応する帝国製のソノブイに反応履歴がなかったことから、事故による沈没ということで片が付いた。






しかしその後、民間の漁船や帝国の艦に至るまで、通常艦が次々と姿を消していった。
艦種、乗組員の熟練度、航行目的。7件は全て様々な面で差異があるが、
全く同じなのが「失踪場所が南方海域から鎮守府正面海域であること」。
そして「出航後しばらくして連絡がつかなくなったこと」である。



神通「……」



神通は考え込む。帝国海軍の練度は世界でもトップクラスだ。

民間の漁船はさておき、まさか偶然の事故がここまで立て続けに起こるだろうか。
当日は綺麗な快晴だったと言われている。嵐の予兆もない。物資不足からの慢性的な整備不良で、
一斉にエンジントラブルなどが起きていると仮定しても、全ての艦に通信障害が起こるとは考えがたかった。



提督「というわけでお前たちに託す。……やってくれるな天龍?」

天龍「まぁ、それは分かるんだけどよ……」



煮え切らない表情をする天龍に、提督は優しく続ける。



提督「彼らを救えるのはお前しかいないんだ。やってくれるか?」


提督が天龍の頭にポンと手を置くと、天龍は決意の籠った目で「しゃーねぇな!」と快諾した。


提督「よし、じゃあ頼む。下がっていいぞ」



期待されたら応えたくなる天龍。そんな手を使って話を終わらせたからか、
それとも別の理由からか、漣は「ズルい!」と抗議の声を上げたのだった。























酒場//


ルンペンじみた男がマンドーラを弾き終えると、店の中では喝采が響いた。
酒場は所狭しとならず者でごった返し、汗や酒や煙草のツンとした匂いが立ち込めていた。
だがそんな匂いも、海賊であるジャックたちにとってみればなつかしい匂いであり、
お貴族様がおつけるお上品なお香りよりも、ずっと落ち着ける匂いであった。


そんな喧しい酒場の奥を陣取ったジャックはギブスに見せつけるように、手持ちのビンをテーブルに置いた。



ジャック「みたまえギブス君。これが、今の我らの財産だ」



ジャックが大きな麻袋から取り出したそのビンの中には、先ほどのブラックパール号の様に、本物の船が
ボトルシップの如く封印されていた。



ギブス「伝説の海賊黒ひげがその生涯をかけて集めたコレクションだ。この価値は図り知れない!」




麻袋の中にはそうした計り知れない財宝がいくつも入っていた。ギブスとジャックは中の品を漁り始める。






ジャック「こっちのビンはポルトガルの軍艦だな。でかそうな船だ」

ギブス「こっちはイギリスの軍艦だ。名前は……、えーっと、ス、スカーボロー号か?」

ジャック「おいおい、ギブス、見てみろよ! 初期のガレオン船だぜ。こりゃ随分な骨董品だな」


ギブス「他には、どれどれ……、! お、おい見ろよジャック!!」

ジャック「ん? ……うおっ!?」


ジャックは驚き、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
騒がしい酒場の店内だったが、あまりの様子に少なくない目がジャックたちに注目した。
それに気づいたギブスは「なんでもねえ」と周りの視線を散らし、椅子に座って再びその船を眺めた。



ギブス「こいつぁすげえぞ。スペインの戦列艦だ!」

ジャック「大砲はーひぃふぅみぃ……、……あぁまだるっこしい!」

ギブス「まぁパッとみた限りでも、こいつは一等艦でまちがいねえだろ」

ジャック「あぁ違いない!」



戦列艦というのはこの時代における最新鋭の軍艦である。
大量の大砲を積み込み、単縦陣で敵船を塵にする、というオーバーキルを特徴としていた。
中でも一等艦とは、3層の砲列に100門以上の砲を搭載した最大級の戦列艦で、
多くは本国近海の最重要ラインにおける旗艦として用いられた当時の究極兵器であった。






ジャック「こっちにゃイギリスの戦列艦もあるぜ。二等艦か三等艦だが、それでも十分すぎる」

ギブス「黒ひげの野郎、どこでこんな大量の船を……」

ジャック「恐らく最近の戦争でこっちに来てた船だろう。『ジェンキンスの耳の戦争』か、『ハプスブルクのお家騒動』か。
     どっちにしろ、哀れにもこのカリブの海に足を踏み入れた船を黒ひげが奪ったんだろうよ」

ギブス「……今さらながら、黒ひげってぇのは恐ろしい海賊だなぁ……」

ジャック「だがもう死んだ」



そういうとジャックは少しぬるくなったエールを飲み干す。



ジャック「この船は俺たちのもんだ」



ギブスはその言葉を聞くと、顔に悪い笑みを浮かべた。



ギブス「それもそうだな」

ジャック「そうに決まってるさ」






ギブス「あぁ、だがその為には船員がいる。この大艦隊を動かせる大人数の部下たちが」


ジャック「その通り。だがまずは欲張るな。まずはさっき買った船を動かせるだけの人数が必要だ」

ギブス「おぉそうだったそうだった。焦りすぎてたぜ」

ジャック「落ち着けギブス君。慌てなくても船は逃げやしない」



ジャックはボトルシップをフラフラと揺らして見せた。相変わらず囚われの哀れな船はビンの中だ。


ジャック「よし、じゃあいってくる」

ギブス「じゃあ頼んだぜ、キャプテン」


そういうとギブスはビンを麻袋に詰め治す。




ジャックは酒場のど真ん中に、フラフラとした仕草で歩き出した。
別に酔っているわけではない。これが彼の普段の歩き方なのだ。

そんな彼を周りの客が何事かと睨み付ける中、
ジャックはピタリと立ち止まり、ざわめきを掻き消す音量で叫んだ。





ジャック「ちゅうもぉーく!!」






しん。あれほど騒がしかった酒場が一瞬で静まり返る。



ジャックはふてぶてしく続ける。








ジャック「おめえらよぉく聞け! 酒場で飲んだくれてやがるクソッたれのならず者ども!
     ただ生きてるだけしかできない穀潰しども! てめえらタマナシにこの俺が本物の海を見せてやる!」



「だれだてめへは!?」



前歯の欠けた年寄りがジャックに向かって叫ぶ。それを聞くと、ジャックは待ってましたとばかりに老人の方へ向き直った。



ジャック「俺を知らない? 馬鹿言うな。この辺りで俺をしらないなんて、さてはお前モグリだろう」



芝居がかった大げさな口調で続ける。さながら舞台劇の役者である。




ジャック「なら聞かせてやる。俺の名前はジャック・スパロウ! カリブ最速の船、ブラック・パール号の船長を務める、
     泣く子も黙る"キャプテン"ジャック・スパロウ様だ!!」



その一言に酒場の空気は一気に緊張が走る。目の前にいるのは伝説の大海賊。
そんな人間がこんな場末の酒場のど真ん中で快弁をふるっているのだ。
自分たちは何か気を悪くすることでもしただろうか? 皆そう考えて震えた。


そんな空気をみて、ジャックは今この瞬間、完全にこの場を支配していることを確信すると、言葉をつづけた。



ジャック「俺は別にお前たちをどうこうしようなんて思っちゃいないさ。むしろ逆だ、お前たちが気に入った」



ジャックが高く手を挙げる。




ジャック「よく聞け! ならず者ども! この伝説の大海賊、ジャック・スパロウの船に乗せてやる栄誉をてめえらにくれてやる!」




瞬間、一気に酒場が沸騰する。横から来たギブスが間に入り、これから一人一人を面接していくわけだが、
面接希望者だけは良く集まりそうだ。ジャックは満足そうに、髭先を指でつまんだ。
























横須賀鎮守府 詰所//




鎮守府本部から出て少し歩く。

工廠を挟んでやや海沿いの場所に、第七駆逐隊の詰所はあった。

コンクリートブロックと鉄板で構築された、こじんまりとしたその詰所はまるでトーチカで、
やや瀟洒な風情を持った本部に比べ、まさに軍事用の建造物といった様子だ。


鎮守府は現代において重要軍事拠点である。


よって警備を万全とするために、艦娘たちはこうして
鎮守府内の各地に点々と隊ごとにまとめられている。

より重要度の高い艦は本部に近く、そして逆に低いものは、
こうして遠くの粗末な拠点に置かれるのだ。差別的な意味ではなく、
単純に軍として効率を求めた結果である。


だがこれにより、自分たちがいかに軽んじられているかというのも一目で
分かってしまうのもまた事実であった。







天龍「ただいm……うわ、あっつぅ」

漣「せ、扇風機扇風機!」


詰所の扉を開けるや否や、漣がへこたれる。


夏真っ盛りの今、ずっと閉じっぱなしだった部屋は
まさに蒸し風呂だった。特に窓も閉じたままの、分厚いコンクリートの建物の中ならなおさらだ。


天龍「あ゛あぁー。扇風機の風すら暑い~」

漣「大気圏突入ができるビームシールドでさえこのざまですよ、ええ!」


風が無いよりはマシだが、つけたならそれはそれで暑いようだ。
漣は自前の連装砲を盾にして遊んでいたが、本当に暑すぎたのか、すぐさま放り出して寝ころんだ。


漣「クラウン……、漣には大気圏を突破する性能はない……。ばたっ」

天龍「ほんと、クーラーがほしいなー」

漣「それな」

天龍「なぁー、神通も提督に直訴しようぜー。これじゃあ怪我が悪化しちまうってな」





天龍が寝転がりながら神通に目を向けると、
神通は自前の三角巾とはたきで、一週間のうちに溜まった部屋の埃を払っていた。


天龍「何してんだ?」

神通「ほこりが溜まっていたので、掃除を……」

天龍「いやいや、放っといて寝ろよ。すぐにまた遠征任務なんだし」

神通「でしたら、なおさらお掃除しておかないと汚れる一方では?」

漣「でも捜索遠征出たらどうせまたまともに寝れない1週間なわけですし、半日とはいっても、
  たまの休みくらい布団で寝た方がいいですよー、ホントに」


神通「そうですが……」

二人「ですが?」

神通「やはり、部屋は大事にしておかないと……」


それを聞いた二人は「かぁー」と唸る。


漣「神通先輩は意識高いっすねー!」

天龍「まぁオレ達が意識低いだけだろうけどな」

漣「それな!」


天龍をビシッと指差した漣は、満足そうにして再び寝ころぶ。



手伝う気はまるでないようだ。
神通はそんな漣をみて、同類になりたくないのか、しばらく掃除を続けていたが、
蓄積した疲労には勝てず、途中で眠りに落ちていった。

























???//




川内「やばい! 舵効かない!」



焦りと恐怖と興奮が限界に達したのか、笑顔にも見える壮絶な表情で川内が叫んだ。
舵が故障し、敵機から爆撃を受け、なおも敵爆撃機集団の第三波を待つだけの状況。
川内の命運は尽きようとしていた。


那珂「……っ」

神通「姉さん! 捕まってください! 曳航します! まだ、まだだいじょうぶだから……!」


川内「ごめんね、二人とも」


神通「うぅ……っ!」








ソロモン諸島群、コロンバンガラ島沖海戦。




敵味方入り乱れての大混戦の結果、深海棲艦を多数の大破・沈没させる大戦果を得た。

半世紀以上前に終わった、彼女たちの前世ともいえる第二次世界大戦の戦いでは、
大戦果と引き換えに神通が沈没を遂げた戦いである。


艦娘は過去の死に引っ張られる。必ずしもそうであるとは言えないが、これは世界中の艦娘たちの
共通認識でもあった。故に、死に場所となった海戦では、より一層の注意と、戦力増強を以て挑むのが常となっていた。


この戦いもそうだった。駆逐艦や軽巡も増やし、神通も沈没原因となった
夜戦でのサーチライトによる照射射撃を行わないようにした。


だが、変わったのは相手も同じだった。深海棲艦も戦力を増強し、終いには、決死の夜間空爆を行ってきた。
これにより戦況は激化。幸運が重なり、日本側は沈没はこの時点でゼロだったが、皆傷を負い、夜明けを迎える頃には
広い海をバラバラに散ってしまっていた。






史実にはありえなかった、コロンバンガラ島沖・撤退戦。その悪夢の顛末がここから始まった。








神通たちは当初、はぐれた味方を集結させようと川内・那珂を含めた7人で海を走り回っていた。
が、敵はここで更に艦爆を投入してきた。海軍本部肝いりの第十一号作戦により、セイロン島攻略のため、
インド方面のカレー洋に戦力が集結してしまっている。敵空母たちは悠々とその隙をついた形になる。


夜も明け、敵の駆逐や軽巡といった戦力も合流した。戦力の逐次投入というよりも、潤沢な戦力からなる
波状攻撃といった方が正しかったかもしれない。少なくとも、この増援により、日本側の戦意は折れた。

制空権を完全に取られ、海上でも包囲・追跡が始まった。史実では神通が時間を稼いでいたがそれもなかったので、
頼みの魚雷も投射済み。再装填されていないままであった。


後は的として、いかに当たらないかを願うだけの逃走劇となる。



第一波で神通たちは難なくよけ切るも、随伴していた駆逐達は燃料切れで捕まり、沈められた。
夜戦で縦横無尽に活躍したことが仇となった。



第二波では合流を目指していた味方艦隊が壊滅。
そして姉の川内も度重なる無茶な機動とダメージにより舵を故障。
走行負荷となる絶望的な状況に陥る。






そして、あと10分もすれば第三波が来るだろう。見捨てなければ、全滅する。
川内は、悲痛な顔で説得する神通から目をそらし、那珂に視線を向ける。


那珂は短く瞼を閉じる。そして決意を込めた表情で川内から顔をそらし、
神通の手を勢いよく引っ張っていった。



神通「いや! 那珂! 離して!」

那珂「ごめん! ごめん!! 川内ちゃん! 神通ちゃん! ごめんっ!!」



悲鳴のような謝罪の言葉が水平線に消えていく頃には、反対側から爆撃機のエンジン音が近づいてきた。



川内「あぁ、せめて夜のうちに死なせてほしかったなぁ……」




夜戦に生きた川内は、ついに夜を無敵のまま生き抜き、真昼の太陽に見降ろされたまま逝った。






残すは那珂と神通だけになった日本帝国海軍。
第四波が殲滅を試みようと迫ってくる。
燃料も、砲弾も、気力すら残っていなかった。

空を覆う夥しい爆撃機の影。爆弾の風切り音が死を告げる。

死んだ。

神通がそう思った時、



那珂「神通ちゃん……」

神通「えっ……?」



直前に、那珂は神通に覆いかぶさった。渾身の力で抱きしめられ、
妹にこんなに力があったのかと、危機を前にして的外れなどうでもいい感想が芽生えた。


そして、憎たらしいほどに精密な空爆が直撃する。
鼓膜が破れ、壊れたノイズの様な音が脳を刺激する。思考が覚束ない中で、
手足の感覚がないことに気づいた。背骨真っ二つに折れてしまっているかもしれない。



目だけを横に向けると、那珂が仰向けに沈んでいくところであった。
起きてと声を振り絞ろうとしたが、波に転がされた彼女には、ごっそりと背中がなかった。
後頭部も消え失せており、明らかな即死であった。




神通「…………」



短時間のうちに、自分をかばって死んでいった姉と妹の死にざまを見て、
膨大な感情が去来し、神通の思考は完全に失せてしまった。
神通も真っ二つ寸前ともいえる重体であった。このまま逝けば自分も同じ場所に行けるかもしれない。














しかし。








吹雪「神通さんっ!!」


神通「ぁ……」






開戦から数日を経て、海軍史に刻まられるコロンバンガラ島沖・反撃戦が始まる。


撤退戦で日本海軍を殲滅しにきた空母や無数の敵艦隊を、日本軍南方戦線の残存兵力が
殲滅し返したという戦い。敵味方問わず夥しい死傷者を出したが、結果としては、
日本軍は多数の駆逐・軽巡を失った代わりに、その数倍の敵駆逐・軽巡を、そして
多数の空母級を大破・轟沈させた、熾烈極まる戦いとなった。




鎮守府・詰所//




神通「は、っ………!」



気が付くと、そこは鎮守府の詰所であった。
夢を見ていたのだろう。時計の針は既に6時間も経っていた。

詰め所の蒸し暑さのせいか、半袖でも身体は汗だくになり、呼吸も浅くなっていた。


天龍「ぐぅ、ぐぅ」

漣「くー……」


同僚二人も寝苦しそうにしているが、疲れからかばっちり熟睡しているようだった。
穏やかそうな寝姿に、コロンバンガラ島沖の忌まわしき記憶が多少和らぐ。



神通「うぇ……」


それでも悪夢がもたらした後遺症はつらく、少しだけ吐き気がこみ上げ、
ぎゅっ、と敷布団に爪を立てる。


コロンバンガラ島沖・反撃戦。
神通はこの際、南方基地から駆け付けた援軍によって救助。
随伴艦や姉妹艦の仇はすべて援軍が壊滅させた。

救助された神通は一時危篤状態に陥るも、本土の提督の判断により、
竜骨を交換する長時間の修理が行われ、なんとか一命をとりとめた。





神通「…………」





皮肉なことに。



史実において唯一の犠牲者となった神通は、
コロンバンガラ島沖海戦における、緒戦からの唯一の生存者となった。





















カリブ近海 海上//





カリブ海を離れ、島々が遠ざかり、大西洋に入る。波穏やかで、順風。空はこの上ない快晴。
そんな絶好の船出日和だというのに、ジャックの顔は優れなかった。



ギブス「おいテメーら! モタモタしてんじゃねえ! 船を沈めたいのか!?」



ギブスが厳しく叱咤するが、船員の士気は上がらない。多くの船員がヘバっており、
一部では船酔いしている者も散見される。ギブスは大分マシな者を選んだつもりだったが
それにしても不甲斐ない。


「しかたあるめへ、こいつらは海に慣れてねへんだ」


酒場で乗せたうちの一人である、前歯のない老人はそういった。今この船で彼は数少ない
まともに立っていられる男の一人であった。


「背伸びしたかったならずもんってやつだ」


ニカリと笑う老人の顔はどこか間抜けだ。だがそんな老人がまだマトモな部類のこの船は、
もっと間抜けなのだろう。ギブスはため息をつく。



ギブス「こいつぁマトモになるまでには随分かかるぜ船長」


ジャック「想像以上にタマナシの集まりだなおい」


呆れたように肩を落とすジャック。かつての船員たちは嵐の海どころか、世界の果てにすら挑んだ
船乗りの中の船乗りたちであった。そんな彼らと比べるのは些か厳しすぎたが、それにしても……、
とジャックは前の船員たちを渇望した。数年前に、黒ひげに壊滅させられたブラックパールの船員は、
全員、離散してしまったと聞く。多くは死に、多くは命からがら逃げだした。







ギブス「とはいえ、まぁ天下のブラックパールに乗れるって聞いて来たら冴えない二流帆船だったんだ。
    士気が下がるのも当然だぜ」

ジャック「仕方ないだろう。いいのがこれくらいしかなかったんだ」



ジャックの駆るその真っ黒の船は、その代名詞ともいえるブラックパールではなく、色だけ似た
買ったばかりの中古帆船だった。一応どこぞの海軍で使われていたもののレストア品ということだが、
見てくれも性能も、良くも悪くもない一品であった。

色が似ているのは、せめて見た目だけでもとコールタールを塗りたくったためであり、
その結果として、まだ船内は独特の刺激臭が残っている。


ジャック「金がない時は、こういう女も味があるってもんだ……」


差し当たって、ジャックはこの船に「フーチー号」という名をつけていた。
フーチーは英語で「化粧の濃い女」「軽い女」「安っぽい女」という意味で、言ってみれば「あばずれ号」といった所だ。

名前の由来は、フーチー号購入のお釣りをたかる為に、噂を聞きつけた安い商売女共が押し寄せてきたから、という適当な
ものであったが、事実、ダサい船体を濃いコールタールの化粧で誤魔化した、軽装備の安っぽい船で、しかも散々使い回された中古。
黒い宝石を抱く前の、短い一夜の間の女に付ける名前としては意外にもピッタリだった。




ギブス「で、船員たちはどうするキャプテン?」





ジャック「まぁいいさ。どっかに着くころには統制もとれるだろ」


ギブス「随分気が長いな」


ジャック「当たり前だ。別に急ぐ理由もない。航海はいつだって自由が一番だ」


そうやって昼寝に入ろうと目をつむる。





だが彼は気づいていなかった。すぐそこに急ぐ理由が迫っていた。









大西洋 海上//



あれほど飛んでいたカモメもいなくなり、ようやく大西洋の大海に入ったと確信する一同。
帆は風をとらえて順調に進む。そんな様子を見て、多少まとまりを覚えてきた船員たちは
どっと腰を下ろす。


ギブス「よぉし! 全員休憩だ! しっかりメシくっとけよ!」


ギブスの声に船員たちは緊張を解く。ジャックは未だに眠りの中だった。
フーチー女史は現在休暇満喫中。だからだろう。その船の接近にしばらく誰も気づかなかった。


のんびりと海原を行くフーチー号に凄まじい勢いで近づく船。
焼け焦げた肉のような色をした船体だが、すみずみまで凝った装飾が施された
その船は、一見にして尋常ならざる船だとわかる。


「て、敵だあぁあああ!!!!」


そんな恐ろしい船の接近にようやく気付いた船員が大声を上げ、フーチー号は
上を下への大騒ぎ。そんな様子を見て、片足の男が笑った。




???「撃て」







ドォン! と大きな音を立てて一発の鉄球がフーチー近くの海面に叩き込まれる。
大きな水柱をあげられ、ようやくジャックが飛び起きる。


ジャック「!? なん、なんだ!? どうした!?」



???「ようジャックぅ。ご機嫌はいかがかな?」



男は義足の先を甲板に踏むようにして叩きつける。
ジャックは驚いた眼を向けた。その音にではなく、その顔にだ。



ジャック「どっちかというと最悪。何しに来たヘクター」




バルボッサ「何しに来ただと? 釣れないことを言うな。俺とお前の仲だろう?」



ジャック「あぁ、そう」







バルボッサ「今生では永遠の別れだと思っていた俺のパールに会いに来たんだ。
      まさか邪魔はしないよなぁ?」


ジャック「そりゃパールも喜ぶだろうな。だけど一つ訂正。『俺の船』。お前んじゃない」




そんな会話をしながら、ジャックの船は徐々に離れ、バルボッサの船は徐々に近づいて行った。

二人は白々しく笑いあう。すぐに逃走指示に入りたいジャックだったが、かなりの者が怯え竦んでいる。



練度が低いこともあるが、なにより目の前にあるのは、暴君・黒ひげの旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ」。
その知名度が中途半端に海賊なならずものどもを縛った。







ジャック「昔の恋人に会いに来るのはいいが、今の嫁さんを大事にしろよ? アン女王が悲しむぞ」

バルボッサ「イギリスの女王なんぞ、俺様にとっちゃその辺の娼婦と同じよ」

ジャック「よう、イギリス海軍さんよ!」

バルボッサ「今は海賊だ!」

ジャック「イギリスに戻ればまた栄華な暮らしができるぞヘクター」

バルボッサ「ふざけろ。そんなもの、サメにでも食わせてしまえ。そんなものより、俺は海の男として、
      奴への復讐をとったのだ!」


ほんの少し前まで、バルボッサはイギリス海軍に服従し、私掠海賊となっていた。それは栄誉や金の為ではなく、
イギリス海軍の力を利用し、宿敵黒ひげを殺すためであった。不器用な男である。


バルボッサ「これは奴から奪った復讐完了の証。
      いわば今この船の名は『キャプテン・ヘクターズ・リベンジ』! ヘクター提督の復讐号だ!」



バルボッサは剣を抜く。剣先は折れていたが、刀身は通常の倍はある、
紅い宝石の付いたナックルガードが特徴の、重く鋭い剣だった。






ジャック「あそ。良い名前だ。……黒ひげへの復讐を済ませたことだし、ピッタリの名前だ、うん」


バルボッサ「そう。……だが! まだ足りん。まだ復讐する相手がいる」


バルボッサはおべっかを使ってきたジャックを一蹴する。





バルボッサ「お前だよ、ジャック。見事、俺を殺してくれた我が怨敵、ジャック・スパロウよ!!」




復讐号の装填が完了する。




ジャック「面舵いっぱぁーーい!!!!」


バルボッサ「撃ぅてぇええ!!!!」








フーチー号の周囲に鉄の砲弾が殺到する。ジャックの船員たちはその攻撃に目もくれず風に乗って離脱する。
見事、すんでのところで、アウトレンジから放たれた初手の攻撃をよけきって見せた。



バルボッサ「追えぇええ!! 絶対に逃がすなぁ!」


ジャック「絶対に捕まるなぁ! ゾンビにされたくなかったらな!!」



二人の名船長による苛烈な逃走劇。フーチー号は名船とはいいがたかったが、身軽なため、
バルボッサの駆る重装備の名船リベンジ号から辛くも逃げ続けていた。


が、徐々に、徐々にバルボッサの復讐号が差を詰める。船員の差があまりにも大きかった。




ギブス「船長! これじゃあ追いつかれちまうよ!!」


ジャック「わーってる! 良いから全速力で走れってんだ!!」




そして、復讐号がフーチー号の目と鼻の先に近づいたころ。状況が一変する。








全員が神経をとがらせて敵に集中していたからだろう。その異変に気付くのが遅れた。
鼻に水滴が当たり、ジャックが空を見上げる。深く暗い雨雲が覆っていた。先ほどまでの快晴が嘘のように。


突如、海が荒れ始めた。



ジャック「うぉっ!?」

ギブス「ぐえっ!」


突風にあおられ、フーチーの動きが止まる。復讐号も波に煽られ、フーチー号と接触してしまう。
当然、船は大きく揺れた。船員たちは動揺し始める。気づけば周りは嵐の只中の様に荒れていた。



ジャック「野郎ども! 剣をとれ! うちのアバズレを汚い男に触らせるな」



真っ先に動いたのはジャック。敵味方問わず、雨と高波で火薬が濡れてマトモに機能しない今、
必要なのは剣。そして先手を打つこと。



バルボッサ「船員を皆殺しにしろ! 船は奪って艦隊に加える! 極力傷つけるな!」



バルボッサも遅れて指示を出す。
黒ひげが作った屈強なゾンビ兵を先頭に、船員たちがフーチー号に殺到する。

だが先に陣地を構えたフーチー号の船員たちが徒党を組んでそれを阻む。
幸いにも、水夫としてのならず者らは素人同然だが、兵士としての腕前はなかなかのものだった。




バルボッサ「チィッ!」


業を煮やしたバルボッサは、味方の死体を盾に自らフーチー号に乗り込んだ。






フーチーのならず者たち数名が、ひとり乗り込んできたバルボッサに駆け寄る。だが、力の差は歴然。
バルボッサならず者たちをたちどころに切り伏せると、辺りを見渡し、突き進む。赤いバンダナが目立つ、
ジャック・スパロウへと切りかかった。

直前、ジャックはバルボッサに気づき、何とか剣で受け止めた。


ジャック「不意打ちかよ! 卑怯者!」


バルボッサ「お前にそう呼ばれる筋合いはないっ!」



剣の重さを活かし、上段できりかかってくるバルボッサ。その懐に入りに逆手に取ろうとするジャック。
並みならぬ剣の腕を持つ二人は十数合ほど打ち合い、再び距離をとる。だがこの距離はジャックにとって
不利になるばかりだった。

バルボッサは途切れた呼吸のまま笑みを浮かべると、折れた剣先をジャックに向ける。
そして、つい、とタクトの様に振るう。するとフーチー号がきしんだ音を立て始めた。

不味いと思ったジャックはバルボッサに接近するが、船のロープが触手の様に唸りジャックを鞭打つ。



ジャック「っぐぁ!」


ジャックはその衝撃に剣を落としてしまう。
ボルボッサが黒ひげより奪った『トリトンの剣』によってバルボッサは、船のすべてを操ることができるのだ。





バルボッサ「どうだジャック? これがこの剣の力だ!」


ジャック「そりゃまぁ、お花の都で人気のヴォードヴィリアンになれそうだ」


バルボッサ「パリの酒は好かん。……あばよ、ジャック」







ギブス「バルボッサァ!!」




突如乱入したギブスは、手に持っていたナイフをバルボッサに向かって思い切り投擲する。
一瞬虚を突かれたバルボッサだったが、冷静にロープを操り、それを受け止める。



バルボッサ「ギぃブス! お前も死にたいか!?」


ジャック「お前はどうなんだ?」



一瞬の隙をついて、ジャックはピストルをバルボッサに向けた。



バルボッサ「……猪口才。ずぶ濡れの銃がこの雨で打てるか?」


ジャック「試してみるか? また俺に撃ち殺されるかもな」


バルボッサ「乾く暇があればな」




互いが互いに殺せる武器を持っている。二人は相手の出方をうかがうように静止した。
緊張。それが最高潮に達した時、バルボッサが動いた――








ギブス「ジャック!!!」


突然、指を差し大声を上げるギブス。釣られて二人は指の先を見る。




バルボッサ「おい……」


ジャック「嘘だろ」




真っ黒な竜巻が、今にもフーチー号全体を飲み込もうと迫っていた。





ジャック「あ、こりゃマズい――」







言うが早いか、ジャックたちは竜巻に飲み込まれて、視界を失った。





























太平洋 海上//




フィリピン海と西太平洋の境界線。
フィリピン沖で成果のなかった一同は、拠点をグアム・マリアナ諸島側に移した。
焼かれるような暑さに耐えながら、海上をひた走る。

当然見落としのないように三人とも注意を払ってはいるが、
水平線遠くまで見渡せるこの海では、船がないこともすぐにわかってしまい、
その何もない景色が、よけいに気力を奪う。



天龍「あ゛ぁーー!! くそーーー! せめてボートでもなんでもいいから居ろよ!!」


天龍の叫びが呼んだのか、パシャリと水面から大きめの魚が跳ねる。


漣「魚がいましたねぇー」

天龍「いたなぁー」

漣「正直むっちゃミラクルでワロタ」


娯楽のない海上だからか、暑さで消耗しながらも無駄口で煽る漣。
天龍も慣れたもので、怒るでもなくそれに合わせている。


神通だけはその軽口に参加せず、海上を見渡している。
ただ、真面目に取り組んでいるというよりも、その瞳はどこか虚ろげだ。








漣「おや?」



ミラクルを笑っている途中で、漣が何かに気づいたように見やる。
天龍たちも何事かと漣の視線の先に目を向けると、確かになにか見える。
先ほどまでは何もなかったように思えた水平線の先に、いつのまにか
不審な影が見える。


船であろうか? しかし高さはあるが、全長があまりにも短くみえる。



天龍「漁船、か?」

神通「それにしては……」


軍艦ではない。しかし漁船にすれば無駄に大きすぎる。
どこかの国の特務艦だろうか? そうすると声をかけていいのかと迷ってしまう。



天龍「ま、行ってみよーぜ。遠巻きに見て、ヤバそうなら通り過ぎりゃいい」

漣「さんせー」

神通「まぁそれならば……」




三人は不審船に近づくために、少しだけ加速した。






フーチー号 甲板//





フーチー号は穏やかな波に揺られていた。
快晴だというのにその船はまるで嵐にでもあったかのようにズブ濡れであった。
甲板には打ち上げられたかのように何匹か魚が飛び跳ね、弱っている。
そんな中、その生き物は魚たちとは違い甲板を自由に動き回っていた。

気づけば見知らぬ船に打ち上げられてしまった。あの竜巻に飲まれたからだろう。
そう思いながら、気ままに歩いていると、不意に目の前に巨大な顔を見つけた。
驚いたその生き物は自らの武器を以って力いっぱい挟んだ。


ジャック「!? いででででで!!」

唇を力いっぱい蟹に挟まれたジャックは意識を取り戻す。力づくでその蟹の爪をこじ開けると、
怒りのままに放り投げた。投げられた蟹は樽にぶつかるが、硬い甲羅で覆われているためか
まるで効かないとばかりに、再び気ままな横歩きを始めた。


ジャック「このクソ蟹めっ!」


そう言った直後、ジャックは自分の境遇を思い出す。そうだ、こんな蟹に構っている暇はない。
今はバルボッサと海戦の最中なのだ! そのことを思い出したジャックは腰から剣を抜き、
辺りを見渡す。が、そこには誰もいなかった。ジャックの船員たちも、あのゾンビ兵も、
バルボッサの「復讐号」でさえ。




ジャック「おい! 誰か返事しろ! ギブス! いるか!?」






その声に応える者は誰もいない。船も、海域も、いたって静かなままであった。
そんな状況であったからだろう。ジャックはようやく周囲にまで気を配り、気づいた。


ジャック「……ここはどこだ?」


ジャックの頬を汗が伝う。冷や汗ではない。暑いのだ。夏はもうとっくに過ぎたはずだ。
秋となり、気温も随分下がっていたと思うのだが、ここはありえないほど暑かった。

とりあえず剣をしまい、汗をぬぐう。


こんな猛暑の中、甲板で寝ていたからだろう。
酷く喉が渇いていたジャックは、とりあえず船内に入ろうとした。


……その時である。




ジャック「!?」





ガタン、と散乱した樽の一角から崩れるような音。




ジャックは目を凝らす。カニなどではない、生きた人影。そして、義足。

ジャックはすぐさま剣を抜き低い体勢で迫る。樽の山の中の人物はようやくジャックに
気づき、慌てて剣を振るうが、重いその剣は小回りが利かない。




先に剣を突きつけたのはジャックだった。










バルボッサ「不意打ちとは卑怯者め!」



ジャック「お前にいわれたかないね!」




奇しくも先ほどと真逆の構図になってしまった。千載一遇の機会が、無情にも嵐によって逆転されてしまった
バルボッサは悔しそうにジャックを睨み付ける。




ジャック「さぁ、ヘクター。剣を置け。今なら孤島に島流しで許してやる」


バルボッサ「フン、俺を侮るなよ?」


クイ、とバルボッサは静かに剣を揺らす。すると少しずつ、船のロープがジャックに迫ってきた。


ジャック「やめとけ、殺されたいのか」


バルボッサ「だったら刺してみろ。その瞬間に貴様を縛り上げてやる」




バルボッサの言うことは正しかった。彼はジャックが攻撃に移る隙に操ったロープを叩きつけることができた。
また、ロープ操作を遮ろうと剣を奪い取ろうとすれば、これもその隙をついて、剣でジャックを切り裂けた。







ジャック「……チッ」


バルボッサ「ははは! どうだ、実に便利な代物だろう?」


ギブス「あぁ全くだ」

バルボッサ「なっ!?」



後ろからこっそりと、障害物の陰に隠れて近づいていたギブスがバルボッサを抑え込む。



二人「ギブス!」


ジャック「よくやった!」
バルボッサ「貴様っ!!」


ギブス「へへぇ、良い剣だ」



ジャックと拮抗していたバルボッサにとって、不意打ち気味で現れたギブスをはねのける術はなく、
いとも簡単に自慢の剣を奪われてしまう。



バルボッサ「くそっ!」

ジャック「いい気味だなヘクター。ギブスくん、彼を丁重にふんじばって差し上げて」

ギブス「アイ! キャプテン! それっ!」



バシィン! と強烈な音を立てて戦闘で千切れた縄梯子が樽山を吹き飛ばす。
バルボッサのように剣を振るったが、予想外の挙動をしてしまう。



ジャック「誰がシュラウド暴れさせろって言った!」

ギブス「あ、あれ? これ難しいなオイ」

バルボッサ「はっ、お前と俺とでは頭の出来が違うのよ」



渋々ロープを持ってきてバルボッサを縛り上げたギブス。
バルボッサは大人しく縛られたが、内心では眈々と抜け出す機会をうかがっていた。
























大西洋 海上//




神通「……漁船ではありませんね」


船の形をきちんと視認できる距離までたどり着くと、三人はその船の異様さに言葉を失っていた。



漣「特務艦、……てか特殊艦?」

天龍「もう不審船でいいだろ。わかりやすいし」


漣「いやいや、あれそんな言葉で片づけていいんですか? いうなればあれでしょ、ほら、」



天龍「んー」




漣「……海賊船?」









三人が見ていたのは、なんというか「海賊船」と形容できるような船であった。
海賊船といってもソマリアや東南アジアの要所で幅を利かせた反社会的勢力の様なものではなく、
一言で言えば、映画や漫画の、古い海賊をテーマにした作品に出てきそうな船であった。



天龍「んんーー……」

漣「あれですかね? 船のコスプレ? 的な?」



なにかのイベントにしたって、こんな島から離れたところの、しかも行方不明が多数出ている海域で
何をしているのかという話である。
色々と不審な所がありすぎる船であったが、見ているだけではなにも終わらない。




天龍「とりあえず、接弦してみるか。念のため、各艦、近接戦闘用意」



そういうと、天龍は腰に差した刀を抜く。三人の中で旗艦を務めている天龍の指示に従い、
漣と神通も近接武器を手にする。漣は制圧に特化した警棒で、神通は天龍と同じく刀型の装備である。





天龍「各艦、突入」





三人は勢いをつけて海上を滑る。






フーチー号 甲板//





ギブス「船長! こりゃもう無理であります!」

ジャック「泣き言を言うなぁ! 口ではなく、知恵と身体と心を動かせっ!」


怒鳴りながら大きく剣を振るうと、また意味もなく縄梯子がひとりでに振り回される。


ジャック「こんのクソ剣め!」

ギブス「ジャック! どうすんだ!」

ジャック「キャプテンだ!」

ギブス「キャプテン・ジャーック!」

ジャック「黙ってろ船員ギブス!」

ギブス「アイ・アイ・キャプテン!」


ギブスは軽く舌打ちすると船内に戻る。






バルボッサ「船長をお探しかな? スパロウ君?」


ふてぶてしく笑うバルボッサ。


ジャック「いいや。ヘクター航海士君。立場をわきまえたまえよ」

バルボッサ「はっ、航海士! 船一つ満足に動かせない無能な船長の下につく酔狂はいまい」

ジャック「あ、そう。なら僕ちゃん無能だから、大事な大事な捕虜を海に放り投げちゃうことだってあるかも」

バルボッサ「やってみるがいいさ。だがそうすれば最後、貴様らも終わりだ」


ここにきて、二人は奇妙な拮抗状態にあった。
ギブスを従え、戦力的には一手多いジャック。本来ならば、宿敵バルボッサを殺してしまうチャンスであったが、
今この船には、彼ら3人しかいなかったのである。どういう原理か、あの嵐のあと、敵味方問わず船員たちはみな
忽然と消えてしまった。これが陸ならまだいいが、ここは海上のど真ん中である。たった2~3人では、まともに
船を動かすことすらできない。遭難まっしぐらである。







バルボッサ「ほら、さっさと俺にその剣を返せ。なぁに悪いようにはしないさ」


悔しいことに、解決できるのはこの男しかいない。何度目かの説明になるが、黒ひげから奪ったこの件には
船を操る力がある。そしてそれは本来、縄梯子だけではなく、船全体をたった一人で前進させられるほどの
力をもっているのである。この場で頼りになるのはこの男しかいなかった。だが、この男は賢く、残忍だ。
魔剣を奪い返せば、そのまま船を乗っ取り、今度は自分たちがいつ放り投げられるか分かったもんじゃない。


ジャック「やだね。お前にだけは船長の座はくれてやらない」

バルボッサ「まぁ気が変わるのを待ってやる。だが早くしろよ? 俺は気が短いんだ」

ジャック「だーったらご自分のご自慢のお船にお戻れ」

バルボッサ「今はこの『パールもどき』で満足してやる」

ジャック「パールもどきとは失敬な。この船にはフーチー号って名前がある」

バルボッサ「フーチーねぇ……。お前のお古のアバズレを抱くのは、まぁ、我慢してやる」

ジャック「なんだ? 名前が気に食わないか? だったらお前好みにソフィーって名前にでもしてやろうか?」

バルボッサ「ぬかせ。後、どの辺がソフィー(智慧)だ。」


とりあえずバルボッサを解き放つのは無しとして、なにか他の策はないかと智慧を絞るジャック。
逆境やアクシデントには慣れっこである。今回も鼻歌交じりに解決して見せよう。












そんな思索に耽っていると、海の方から、妙な音がした。

ジャックの知っている音の中ではうまく言い表せる言葉は無いが、それは人間や、船や、
海の生き物が出す音ではないと思った。強いて言えば、アクシデントをもたらす類の音だ。



バルボッサ「おい、この音はなんだ!」

ジャック「知らんよ。……何もいませんように」




ジャックは一瞬目を瞑り、祈る。



が、その祈りもむなしく、目を開けた先には、
海を滑るようにして動く、小さな女の様な生き物が走り回っていた。






バルボッサ「ジャーック! 何がいる!?」

ジャック「分からん! 人魚、じゃないな。海を立ったまま滑ってる!
     見た目は一人バンシーみたいなのがいる! とにかく化物どもだ!」



バンシーとはアイルランドにいる、長い黒髪を持つ女の妖精であり、死を予告する者である。



ジャック「冗談きついぜ……」



複数のバンシーが来るのは勇敢な人物の死を告げる時だったか、とぼんやりした知識で思い出す。
どっちにしろ、現地人のもとにしか来ないはずであるが、来てしまったものは仕方ない。



バルボッサ「取りつかれたら終いだぞ! 解け!」

ジャック「乗せやしねえよ!」



ジャックは剣を抜き、構える。


ここにきて、ようやく相手も武器を持っていることに気づく。
一層気を引き締め、切り結びの瞬間に致命傷を負わせるつもりでいた。






バンシーたちは加速のパワーを生かして、そのまま跳躍。


甲板に勢いよく乗り込んで来る。

剣の達人であるジャックは着地の一瞬を見計らって心臓を突き刺す。


眼帯のバンシーが無防備になった瞬間を突き刺したその一撃は、
絶対不可避の必殺技ともいえる一撃であった。




が、





天龍「っ、なんだこいつら!?」

ジャック「!?」





ジャックの一撃は逸れてしまった。


いや、逸れたというよりも、刺さり切らず刃が表皮を滑って行ってしまったように見えた。
この怪物は剣が効かない。そう気づいて戦法を変えようとしたときには、後ろから突っ込んできた長髪のバンシーに
剣の峰打ちをたたきつけられ、ジャックは意識を失った。
























フーチー号 前方甲板//





天龍「サンキュー、神通」

神通「いえ」



いの一番に切りかかってきた男を制圧すると、三人は船に乗り込んだ。
一瞬の剣術では完全にこの男に後れを取ったが、そもそも人間の剣では艦娘に傷などつけられない。
やぶれかぶれの一撃というわけでもなかった。一体何がしたかったのだろうか。

天龍は不思議に思ったが、一応ここが敵陣であることを思い出し、気を元に戻す。




漣「あれ? ほかに乗員いないんですか?」



先ほどの男に手錠を掛け、身動きを抑えた漣が寄ってきた。
この男意外に誰も出てこないがどうなっているのだろう? ほとんど人の気配がしない。
たった一人で船を動かしていたわけではないだろうし……。



そう思って甲板を歩くと、中央で柱に括り付けられている男がいた。






天龍は二人にアイコンタクトを取ると軽く警戒しながら近づく。
捕虜を囮にワッと敵が殺到するか、それともこの囮自体が敵か。


神通は周囲を警戒し、漣は懐から本を取り出し、待機。
天龍が男に話しかけた。



天龍「あー、ヘイ、ミスター!」



日本語発音だがはっきり聞き取れそうな英語で話しかける。
すると






バルボッサ「Oh, Banshees! I owe you my life!」




髭の男がにこやかこちらに話しかけてくる。敵意はないかもしれない。
とりあえず天龍は剣呑な雰囲気を解く。それと同時に漣が本を持ってくる。







漣「普通に英語ですね。ちょっと待ってくだっさい」



漣がその本を開くと、ページの中の「英語」という項目が光っている。
指でそれに触れると、一瞬本全体が光に包まれ、複数の妖精たちが漣たちの傍による。



漣「これでよし、と。ちなみにさっきのは『おぉバンシー諸君! 君らは私の命の恩人だ!』ですって。
  やっぱり捕虜かなんかですかね? てかバンシーってなんぞ?」





漣が手にしていたのは意思伝達用装備「外国語通訳妖精一型」。


各国間での円滑な意思疎通を行うための初期の翻訳ツールであり、
相手が一言目にしゃべった言語に合わせて、妖精が常時日本語で聞き取り、
話せるようにしてくれる補正してくれる便利な品物である。


但し、仕様上、一言目だけは事後対応での翻訳となる為、
最初の一文のみ、本に文字として浮かび上がるようになっている。


ちなみに前線で使われてい二型は、一人ひとり設定していく必要はなく、タブレットが、相手の情報を読み取り、
勝手に最適な通訳をしてくれるという。便利なものだ。





バルボッサ「バンシーとはヨーロッパの妖精のことだが、君たちはそうでないようだ」



漣「妖精! 妖精ですってよ! 漣が、漣たちが、妖精だ!」





妖精と呼ばれて悪い気はしない漣。







天龍「で、オッサンはなにもんだ?」

バルボッサ「……、悪いが、素性もわからない相手には名乗れない。
      君たちが妖精ではないのなら、名前を知ったものを海に引きずり込む怪物かもしれないからな」

漣「怪物!?」


怪物と呼ばれてショックを受ける漣。



漣「漣は……、妖精になれない……!」

天龍「漣うるっせえ。……怪物なんてそんな大層なもんじゃねえよ。
   オレは日本帝国海軍所属の艦娘、横須賀鎮守府の軽巡・天龍だ。後ろの二人もそう。漣と神通だ」

バルボッサ「……」



会釈する二人を見て、少し考えこんだ後、バルボッサは口を開く。



バルボッサ「私はヘクター・バルボッサ。プロヴィデンス号の指揮を任されたイギリス海軍提督だ」



バルボッサはとっさに嘘をついた。天龍の言っていることは半分以上分からなかったが、
とにかくどこかの国の軍属であることは分かった。ならば名乗るべきは海賊ではなく天下のイギリス海軍である。






天龍は目をむいた。嘘か真かわからないが、事実だとすれば大ごとである。


神通「イギリス海軍、ですか?」

天龍「失礼ですが、なにかご身分を証明できるものは?」

バルボッサ「義足の中に国王直筆の公文書がある。取り出すので縄をほどいてくれないか?」


天龍は刀を抜き、縄を切る。
すると、時を同じくして後ろから怒り交じりの叫び声が聞こえてきた。




ギブス「Hey! Jack! "CAPTAIN"Jack Sparrow!!!」



不審者の仲間と思しき男の声に漣は手元の本に目をやる。
自動通訳が始まり、一言目の文字が浮かび上がる。


『キャプテン』ジャック・スパロウ。


恐らくはこの船の船長だろうか。
船室から大柄で白髪の髭を蓄えた男がやってくると、
三人は武器を構える。刺さるようなプレッシャーを感じたギブスは、不味いと思ったのか剣を抜こうとする。
が、操舵のために駆け回っていたせいで、邪魔な剣はどこかに置いてきてしまったようだった。



しかたなくギブスは両手を上げる。






バルボッサ「ジョシャミー・ギブス。彼もまた英国海軍出身だ。下っ端だがな」



意外にも、ここで助け舟をだしたのはバルボッサであった。嘘はついていない。事実ギブスは元イギリス海軍出身で
現海賊という経歴の男だ。しかしバルボッサに助けられる義理もないのに、とギブスは不思議そうな目でバルボッサをみる。



バルボッサ「ギブス君! 見張りの敵は彼女たちが倒してくれたらしい! これで我々は安全に帰れるぞ!」



バルボッサとしては、気絶していて、既に彼女らと敵対行動をしたジャックは無視でよかった。

だがギブスは放っておけば海賊であることを包み隠さずばらされるかもしれない。
ジャック同様に、この男との付き合いは長いのだ。
なので早急に抱え込んで、余計なことを言わせないようにする。これがバルボッサの機転だった。



ギブスもまた、いつもジャックの傍にいるせいか、こういう機転への対応は優れている。
バルボッサの意図を素早く察知すると、あたかも囚われのイギリス海軍兵士のようにふるまった。







ギブス「はっ! 私はジョシャミー・ギブスと言いまして、かの名高き英国海軍の末席を賜っております!」

バルボッサ「そしてこれが英国王ジョージ2世から賜った王命。その命令書と私掠船許可証だ!」



バルボッサは義足の奥から折りたたんだ命令書をだした。
黒髭の船を奪った後、高揚する気分に任せて提督任命書を破り捨てたが、
冷静になってハッタリか何かに使えるかと思い、他の証書を一応保管していたのが幸いした。



天龍「確かに。……英国王ジョージ2世か。今のイギリスのトップってこんな名前だったのか」


ここに現代イギリス人か、そうでなくてもイギリスを知るものが居れば、この命令書がいかなるものかわかってしまったのだろうが、
幸か不幸か、ここにいる誰もが、現在のイギリス王の名前など知る由もなかった。



天龍「さて、後はそいつか。神通、叩き起こしてやってくれ」

神通「わかりました」


バルボッサ「そいつはジャック・スパロウ。奴はイギリス海軍ではないので、尋問もお好きなだけどうぞ」









神通は指示を受けると、甲板にのびているジャック・スパロウの額を、刀の鞘でかるく小突いた。



ジャック「……!」




何度か繰り返しているとジャック・スパロウという男が目を覚ます。
反射で戦闘を続行しようとするが、自分の手に手錠がかけられていることに気づき、大人しくなる。


通訳装備をもった漣が近くに寄ってきたので、神通はマニュアル通りに話しかける。









神通「Who are you?」




お前は何者だ、と。
男の目を鋭く見つめ、比較的優れた発音の英語で質問をする。














ジャック「…………」




それを聞かれたジャック・スパロウは少し考えた後、
不敵な笑みを湛えて、こう言った。


















ジャック「 Pirates of the Caribbean 」











返答は英語。自動通訳により、言葉が日本語にして浮かび上がった。



その意味は――。


























神通「カリブの、海賊?」











ジャック「そう、お分かり?」





































































                    艦隊これくしょん × パイレーツ・オブ・カリビアン











































            ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
                    パイレーツ・オブ・カリビアン  Ψ  船の娘と竜の海域
            ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽



















































とりあえず今日はここまで。

もう既に1/5を投稿してるので、最終的には大体この5倍位のレス数になると思います。
多分1日のうちにたびたび不定期に更新して、お盆の内に完結する予定なので、どうぞよろしくお願いいたします。

おつつ
面白い!

乙です

パイレーツは齧る程度の知識しか知らないにわかだけとボリュームすっげえ…

まだ全部読んでないけど期待

ごめんなさい、前書きに入れ忘れてましたが、


A・C・クリスピン『パイレーツ・オブ・カリビアン 自由の代償』


のネタおよび微ネタバレが多数あります。


映画シリーズの前日譚に当たり、東インド貿易会社に雇われていた
キャプテン・ジャック・スパロウが海賊の焼印を押されてブラック・パール号
の船長となる過程を描いた作品です。

あれ? こんな設定&つながりあった? みたいなのは
大体この小説が元ネタです。勿論読んでなくてもSS内で説明するので大丈夫かと思います。


でも面白いので、是非ご購入ください。竹書房文庫より販売されております。

では、今日も始めていきます。


13:20からスタート。

キリの良いところまで投稿して休憩→投稿
の繰り返しになります。いかんせん文量が多いので、追いつける速度で行ければと。

上手くいけば、夜から最終決戦開始から終わりまで一気に行きます。

どうぞ、よろしくお願いします。


グアム諸島警備府 港//




ジャックたちの乗る海賊船は、無線で呼ばれた駆逐級の通常艦によって、
天龍率いる捜索隊の現拠点地であるここ、グアム基地まで曳航されてきた。


帝国海軍の軍事拠点として使用されているこのアプラ・ハーバーは、
南側のオロテ半島を天然の要害とした入り江に作られており、北側には
サンゴ礁を利用して防波堤が築かれている。

大戦中期は、戦線を広げた帝国占領下で「大宮島」という名で呼称されていたが、
世界的な対深海棲艦の連合戦争が始まるとともに、対外戦略の一環として、
占領地の名前を元の「グアム」に戻したという経緯がある。


かつては南方戦線に置ける要地の一つであったが、
戦線が広がるとその重要性は薄れ、現在はメラネシアと共に
主戦場であるポリネシア戦線の補給経由地点として活用されている。


とはいえオーストラリアがほぼ奪還されつつある今、
フィリピン~ニューギニア~オーストラリアのルートが確立されており、
比較的海面と拠点にするには小さい島々が多いこのミクロネシア海域の戦略的重要性はやや落ち着きつつある。



要するに、現状、この基地は戦争の波の及ばない、内側にある基地だということだ。








ジャック「なんだこりゃ……」


マストに簀巻きで吊るされたジャックが、船の上からその基地を見て驚く。
無理もない。彼らの居た時代の基地とは、比ぶべくもないほど立派な威容だ。

やや僻地となりつつあるとはいえ、やはり元要地。
帝国海軍の警備府が建設されたこの地は、海の王者たる英国の、一級基地に勝るものだった。


赤レンガで建築された本部は、いくつかの建物で囲われ、その多くに金属が使われている。
半島と防波堤に備え付けられた内外交互に並んだ砲は、カルバリン砲がつまようじに見える大きさだ。
そして極めつけは、船。木ではない、鉄か何かで作られた、巨大な船。あれにはどんな大砲も聞かないし、
近寄れば簡単に藻屑と化すだろう。それが6隻もある。ジャックは内心冷や汗をかいた。

自分はとんでもない連中に捕まってしまったのではないか。ちらりと下を見ると、バルボッサやギブスも、
表情だけは冷静だが、目が明らかに動揺していた。


実際、この船というのはただの輸送艦であるのだが、そんな事実を彼らは知らない。






そんな生きた心地のしないクルージングを終え、フーチー号と海賊3人が港に着く。


曳航してきた船員達に天龍は敬礼をし、不審者たちの引継ぎを行う。


風と波に揺られて、振り子のようになるジャック。
その様子と、船の異様さのせいで、軍務についていた港の軍人たちは騒然とし、
その多くが好奇の目を向ける。ジャックは男に注目されても嬉しかない、とばかりに嫌そうな顔をした。


近代的な軍艦が居並ぶ中で、圧倒的に違和感のある、余りに時代錯誤な黒塗りの帆船。
ここグアムで初めて乗り込んできた帆船が、1521年の冒険家マゼランのものだとするならば、
恐らく今日ここに乗り込んできたジャックらのフーチー号は、最後の帆船となるだろう。



そんな招かれざる客たちの元に、話し終えた艦娘たちが寄ってきた。







天龍「さってと、じゃあバルボッサ提督殿、ギブス一等兵殿。
   グアム警備府の司令官の元にご案内致しますので、こちらへ」

バルボッサ「了解した、行くぞギブス君」

ギブス「お、おう」


ギブスはバツの悪そうに、目だけでジャックを見る。
ジャックは目ざとくその視線に気づき、口を大きく開けて威嚇する。
「この裏切り者!」と言われている気がしたが、よくよく考えれば
自分もこれ以上のことをよくされているなと思い、ギブスはバルボッサに着いていった。





一人残されるジャック。いや、それを下から見上げている神通もいた。




ジャック「お嬢さーん、いつまでも俺をこんな市場の鶏肉みたい吊るさないでくれ。
     チキンだと思われちまう」


神通「……早く降りてきてください」


ジャック「それはいい考えだ。だけど見てくれほら! この哀れな姿を!
     解いてくれなきゃ無理だ」


神通「御託はいいです。早く降りてきなさい」



ジャック「なら手伝ってくれ」



神通「……、腕ごと斬り落としたら……、そうですね謝ります」







冷たい目で近接装備である刀を抜く。ジャックはそれをみて、これは通じないと判断し、
後ろ手で持っていたロープの切り目を放す。ジャックは簀巻きから解放され、
器用に甲板に着地する。と同時に、袖からカミソリが一枚落ちた。


ジャック「気づいてたなら先に言え。無駄な時間だった!」


神通「あなたのせいでしょう? それに、逃げようとしたって無理ですよ。
   どうせ貴方は私に勝てないんですから」


ジャック「あ、そう。でもそれは……、傲慢というものだ、お嬢さん!」




ジャックは手にしていたロープを投げる。さっきまで自分が捕まっていたロープだ。


首は無理だろう。だが胴や、腕の一本でも捕まえられば御の字だ。

それは首輪に繋がるリードの様になって、相手の動きをコントロールできる。
そうなれば後はジャックのペースだ。かつてのコロッセオのレティアリイの様に、
限られた武器とスペースで相手を翻弄し、無力化できる。





ジャック「……よぉし、捕まえた」


神通「……」







だが、ジャックの思惑は外れる。ロープが神通の腕に絡まったところまでは良かった。
しかしジャックがそれを引っ張って体勢を崩そうとしたところで、まったく動じない。
それどころか神通が軽く腕を引くと、ジャック手から恐ろしい勢いでロープが引き抜かれる。


余りの勢いに、ジャックが手に摩擦熱を感じるころにはロープは完全に神通のものとなっていた。



戦況は逆転。ジャックは両手の拳を握りしめ、慣れない徒手空拳で神通に向かう。
それをみて神通は、ロープを持つ両手の拳を握りしめ、それを引きちぎった。
ジャックの両手の拳は開かれ、それらを上げて降参した。


ジャックはロープの張力など知らないが、怪力自慢の大の男でさえ、それを引きちぎるのは難しいと知っている。
それをこんな細腕の女が、とさすがのジャックも絶句する。





神通「では、ついてきてください」


ジャックは勢いよく何度も頷いた。



神通「あ、それとロープが切れましたので、これでいいですね?」




曳航してきた駆逐艦から引っ張り出してきた長尺の鎖で、ジャックの腕全体をグルグルに巻き付ける。

そうして船から降り、引っ張られていくジャックを兵士たちは敬礼で見送った。
その敬礼は、一糸乱れぬ揃い方をしている。よく訓練されていると思った。




ジャック「どこの国も、兵隊ってのは気が真面目過ぎるな」


神通「気が違いすぎているあなたよりマシかと」




ジャックはそのまま神通に連行されていった。



グアム諸島警備府 港・資材倉庫の傍//





天龍「暑っついなぁ……」

漣「それにキッツイです……」



神通がジャックを連行している頃、
天龍と漣は少し離れた資材倉庫の日陰で一息ついていた。

戦闘など無いに等しかったが、炎天下の中の長時間探索で彼女たちの体力はかなり奪われていた。
この後の予定は、本格的に気温の上がる午後一番を2時間ほど休憩し、再び日が落ちるまでの間、再捜索である。
一時休憩が入るとはいえ、成果のない遠征を繰り返すのは精神的にも肉体的にもキツかった。






漣「まぁでも今日は成果なしってわけでもなかったじゃないですか」

天龍「んー、あれは成果って言っていいのか?」

漣「いいんですよ。そういうことにしとけば恩賞で休みが貰えるかも」

天龍「お前はいっつも休むことばかりだな」

漣「当たぼうですよ。こんな激しく厳しい世の中だからこそそういうの大事ですよ!
  天龍さん、前線の時のハードワーカー思考が戻ってきてますよ?」

天龍「あぁー、ブラックだなー」

漣「私服もね」

天龍「るせい」

漣「オシャレしましょうよ、オサレ。女子なんすから」



貴重な休憩時間を、そんなおしゃべりに費やす女子二人に、
もう一人の女子が近づいてくる。


天龍「お!」

漣「吹雪ちゃん、チッス」







挨拶をされて寄ってきたのは黒髪をうなじで一本結びにした、制服姿の少女。
名前を吹雪といい、漣と同じ、帝国海軍所属の駆逐艦娘であった。



吹雪「お疲れ様です、天龍さん、漣さん。
   なんだか凄いことになってますね」

天龍「なー、オレも流石にビビったわ」



言うまでもなく、それはあの時代錯誤の海賊船の話である。



吹雪「あんなの少尉の研究資料でしか見たことないですよ」


漣「漣は漫画でしかみたことないです」



天龍「てか、あの短髪の少尉さん、そんな研究してんのか?」


吹雪「民俗学をよく勉強されてますよ。民話がメインで、海賊の資料はその一環だとか」


漣「民俗学ってよく知らないですけど、海賊と関係あるんですかねぇ?」


吹雪「少尉は各方面に勉強熱心ですからね」







理解はしたようだが、その表情は尚も冴えない。
この様子をみて天龍が首をかしげていると、吹雪が決心したような目で口を開いた。



吹雪「神通さんは、その、どうでしょうか?」


天龍「?」


吹雪「その、大丈夫でしょうか、なんて」



要領を得ない天龍に、漣小さな声で補足する。



漣「ほら、吹雪ちゃんは新人時代に神通さんたちのお世話になってるんですよ。
  それに、こないだ救助したのもこの子です」



それを聞いて、天龍は得心する。
こういう時、情報通の漣は役に立つ。






吹雪「……」



不安そうに天龍を見る吹雪。実際、神通の予後は良好かどうか怪しい。
肉体面で言えば、奇跡的にも上手くいった。限られた物資の中で、竜骨交換、
人間でいう背骨を新しいものに交換するという超難手術を行って成功させた工兵たちの腕の賜物である。

精神面で言っても、たかが数か月で戦闘に参加できるほど回復して見せたのは凄い。
文字通り血反吐を吐くリハビリを行っているさまは、鬼気迫るほどだと評判であったし、
事実天龍もそれを一度見たことがある。

そういう意味では、帝国軍人の見本になるほど、立派な生きざまであると言える。



天龍「……」



が、天龍から見ればあまりそれを良いものと思ってはいなかった。
元々の性格もあるのだろうが、あまりに笑わない。公私問わず会話にも参加しない。
任務中でもいまいちぼんやりしていることがある。しかし、リハビリの戦闘訓練や、
激戦区の情報を聞くと、刺すような恐ろしい目をする。恨みかと思えば、そうでもないらしい。


天龍はこれを、あまり褒められた状態ではないと思っていた。






吹雪「……、あの?」


天龍「……ま! 神通はピンピンしてるよ。さっきも鎮圧の際にあいつに助けられたしな!」


吹雪「そう、ですか」


吹雪を不安にさせるわけにもいかないので、天龍は元気づけようとそう答える。
それにこういうのは時間経過が大事だ。必ず改善させる自信がないならば、
しばらく下手に触らないで置いておく方が断然ましだ。
実際に戦闘や長期探索任務にもへこたれないほどピンピンしているのは確かなのだ。

だが、吹雪の声色は優れない。
聡い子なのだろう。もしくは自分で事前に神通の情報を仕入れていたか、その両方か。



吹雪「ありがとうございます。……皆さん、お疲れでしょう。
   工作部に仮設ドッグを手配しておりますので、ごゆっくりしていってください」



吹雪はそういって頭を下げると、忙しそうに去っていった。
相次ぐ遭難で、ただでさえ人材が少ない後方地帯には人手が不足しているのだろう。
吹雪はこの警備府の運営の多くに携わっているようだ。






漣「ちょっとちょっと、今サラッと凄いこと言ってましたよ彼女!」


ウキウキした様子で話しかける漣。


漣「こんな所で補給・休憩カッコカリ出来ると思いませんでしたよ」




ここグアム基地は、正式にはグアム諸島警備府と呼ばれる。
警備府とは、簡単に説明すれば、規模の小さい鎮守府といった所である。



基本的に機能としてはほぼ鎮守府と同様の機構で、現在では重要区域の各地に根拠地として設置されている。


ただ、規模が小さいためいくつか機能縮小がされている。例えば、鎮守府と違い艦娘が何人もいないこと。
ここでは艦娘は吹雪がいるだけで、島の治安は海兵団が行い、輸送も通常艦が行っている。
基本的に深海棲艦が駆逐された地域では、この程度の戦力でなにも問題ない。






だが、一つだけ問題があるとすれば、それは整備組織であるドッグがないことだ。


工作部という科はあるのだが、艦娘の気力体力を回復させるだけの設備はない。
鎮守府がホテルや旅館だとすれば、ここはカプセルホテルであった。
吹雪はそのカプセルホテルに、彼女たちが休めるだけの設備を仮設したのである。



漣「警備府は工廠がないからその辺諦めてましたけど、仮設ドッグとは吹雪ちゃん気が利きますねぇー」

天龍「気ぃ使わせたかねぇ」

漣「お、天使か?」


天龍「んじゃま、神通戻ってきてないけど、とりあえず休憩しますか」

漣「うっす!」




グアム諸島警備府 営倉//




ジャック「待て待て、そう引っ張るな! 腕が折れちまう!」


ジャラジャラと過剰なまでに鎖で腕をまかれたジャックが、神通に引っ張られている。
なんとかついて行っているが、速足の神通に対し、ジャックは前のめりだ。



神通「この程度で折れたりしません」

ジャック「まさか! ロープを引きちぎるような女が何言ってる!」

神通「……、折れませんよ。試してみますか?」



そういうと神通はグイっと鎖を引っ張る。たまらずジャックは体勢を崩し地面に激突する。
倒されたというよりも、振り回されたようだった。事実、彼は一瞬宙に浮いていた。





ジャック「ぐえ!」


神通「ほら。折れてないでしょう?」


ジャック「……あ、ほんと。……でもほら、心が折れた」



そういってヘラヘラ笑うジャックを、神通は片手で立たせる。



神通「なら好都合ですね。シャキシャキ歩いてください」

ジャック「アイ、アイ」


そういわれてわざとらしくシャキシャキ歩き出すジャックだったが、
直ぐに元のヨレヨレの歩き方に戻ってしまう。
神通が振り向いてにらみつけても、目を大きく開け、あたかも「なぜ睨まれたのか不思議だ」と
言うような表情をしていた。


この状況で、この男は何を煽ってきているのか。呆れた神通は無視して歩き出す。






ジャック「おいお嬢さん。俺を助けてくれ。ほら、見方によれば、俺は哀れな漂流者さ」

神通「私たちは自国の活動水域での調査任務中でした。その私たちに剣を向けた時点で
   あなたは我が国の法律に違反しております。その時点で漂流者ではなく、犯罪者です」


ジャック「そうだ剣といえば! あの眼帯の女にはなんで俺の剣が効かなかった?」

神通「はい?」


ジャック「結構業物だったんだが……」

神通「私たちの身体にそんなもの効くわけないでしょう?」



神通は、こいつは何を言っているのだろう、という目でジャックを見た。
何度も繰り返すが、上陸地点の地形を変えてしまう艦砲射撃を受けても
戦闘続行できる艦娘に、あの様な鉄片が通ると本気で思っていたのだろうか?
時代錯誤の珍妙な格好といい、この男、まさかタイムスリップでもしてきたのではないか?



神通「……」






と、そこまで考えて頭を振る。いくら何でもそれはない。
どうせどこかの異常者の類だろう。悲しいことだが、長い戦火に晒され、耐えて耐えてを繰り返してきた
人々の中には、たまにこうして精神を病んでしまう人間がいるのだ。
そう思うと、多少の同情もわくというものだが、度重なるこの男の不遜な態度のせいで苛立ちの方が勝った。


そうやって考え事をしている神通にジャックは何度も話しかける。



例えば、「主は言いました。人を許しなさい、怒りから解放されたとき、貴方はヴァルハラに旅立つのです」
と教義をごちゃまぜにした宗教的な説得を。

例えば、「これは何かの間違いなんだ。勘違いで君たちに食って掛かったが、傷つけたりもしなかったろう!?」
と冤罪だという主張。

例えば、「分かってるか? お前が敵に回したのが誰か。あの最悪の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウだぞ?」
と脅しをかけた。



しかし、基本的にどこかズレた説得が神通の心に届くはずもなく、ついに牢屋の前まで来てしまった。






ジャック「わかった。降参だ。俺の集めた金銀財宝をくれてやろう」


文無しのジャックに払える財宝などなかったが、これが精一杯だった。
だがやはり神通は気にせず、牢屋の戸を開ける。



ジャック「わかったわかった、何が欲しい?」


もうどうしようもないとばかりに白紙委任状を出すジャックに、
神通は一瞥してこう答えた。




神通「ほしいものなんてないですよ」


ジャック「……へぇ、」




ここにきて、ジャックの雰囲気が変わった。
さっきまで慌ただしく許しを乞うてきただけの男が、急に薄気味悪く口元を歪ませた。






神通「……なんですか?」

ジャック「欲しいものがない、ね。確かに真面目を気取っちゃいるが、
     俺の経験上、そんな奴は心に何かを隠し持ってる。……実際に、」



ジャックはグイ、と神通に顔を近づける。



ジャック「お前のその死んだような目の奥には、激しい炎の光が宿っている。
     ドス黒く、薄暗く。自分で気づいてないかもしれないが、お前は何かを欲してる」



分かったように、と黙らせることはできたかもしれない。
しかし神通はなぜかこの男の語りに飲まれた。図星だったからかは自分でもわからない。
自分でも、今の自分が何を欲しているかわかっていない節がある。


神通は、ジャックの言葉から意識を外せないでいた。



ジャック「それが何かは俺にも分からん。だが、それを知る手助けはしてやる」



そういうと、両手が塞がれたまま器用に身を揺する。すると懐から何かが地面に落ちた。
ジャックに促されて拾うと、それはコンパスであった。







ジャック「ただのコンパスじゃない。そいつは北を指さない。しかし、持ち主の真に求めるナニか、
     その方角を示してくれる……」



自分たちが使う羅針盤も、妖精が動かすデタラメなものであったが、このコンパスは更にデタラメだ。
そんなことがあるのか? しかし、どこかの国が、そういうデタラメなものを作ってしまったのかもしれない。
現実に開発できたなら、それはオカルトではなく、最先端技術と呼ぶのだ。


神通は恐る恐るコンパスを握りしめ、強く願う。



すると、カリ、と針が勝手に動く音がした! ジャックが満足そうに笑う。
神通は慌ててコンパスを見た。








神通「……」



ジャック「?」


神通「これはなんです?」


ジャック「見せてみろ……、ん、あれ?」




針はどこを指すでもなく、グルグルと回っていた。



自分の欲しいものは周囲を高速回転しているのだろうか。そんなハズはない。
論理的に考えて正しい回答は、この男が嘘をついていたということだろう。



神通「返します」




神通は牢屋の中にコンパスを放る。そのコンパスはジャックにとっても大事なものだったので慌てて拾いに行く。




ジャック「そんな馬鹿な!」


ジャックは手錠のつながった手でコンパスを拾う。
すると回転していた針は止まり、針は北を指した。



神通「馬鹿話は聞き飽きました。二度とよしてください。もう会うこともないでしょうが」




そういって神通は牢屋の扉を閉め、鍵をかける。
去っていく神通に向かって、ジャックはいくらかの希う言葉を叫んだが、頑として振り返らなかったため、
終いには罵詈雑言が、牢屋全体に反響していた。








グアム諸島警備府 応接室//





ギブスとバルボッサが海兵に案内された場所は、基地の応接室だった。
来客を通す場所である為綺麗な部屋だが、絢爛というほどではない。
少なくとも、バルボッサはイギリスの提督時代、もっと豪華絢爛な部屋を多々見てきた。



だが二人は、熱い視線で部屋全体を見る。調度品にはさして興味もなかったが、
透き通るようなガラス窓や、松明とは比べものにならないほど明るい照明、
そして極めつけは、部屋に入ると同時に驚いたが、室内を冷気で満たすエアコン。

それ以外にも、この部屋に来るまでに、とにかくよくわからないものが沢山あった。
奇妙な世界に誘い込まれた二人は、先導してきた水兵が退室した後、
ひたすらに辺りのものを探りまわっていた。




吹雪「……何をしていらっしゃるんですか?」



吹雪が入ってきたのは、ギブスの剣がエアコンの吹き出し口に差し込まれようとしている所だった。
ギブスとバルボッサは中に何が入っているのかを興味津々で調べていたが、吹雪が入ってきて、
不味いところを見られたと思ったのか、勢いでごまかそうと、勢いよく吹雪に近づいた。








バルボッサ「やぁやぁ、侍女の方。私はプロヴィデンス号の指揮を任されたイギリス海軍提督だ」

ギブス「俺はギブスです! 同船の一等航海士をしております!」



ギブスの自己紹介にバルボッサが憎々し気に目を開く。下士官だと何かと不利になると思ったのか、
彼は自分の身分を高く偽るつもりだ。とはいえここにいるのは皆海賊であったし、
バルボッサも下手に反論して自分の立場を危うくするわけにもいかないので、
怒りを飲み込み、したり顔のギブスに笑顔で反応する。



吹雪「我が国の軽巡である天龍から、事の経緯は聞き及んでおります。
   そして申し訳ないのですが、身分を示すものを、再度拝見してもよろしいでしょうか?」

バルボッサ「あぁ、構わないとも」



バルボッサは懐に入れなおしておいた命令書を吹雪に手渡す。
受け取った吹雪は、一瞬で表情を変える。






ありていに言って、その書類はおかしかった。
偽造だとかそういうレベルではない。あの海賊船を形容する言葉を借りるならば、
とにかく時代錯誤だ。まず紙質からして羊皮紙だし、文法もいささか古い。
だがそんなことは重要でない。なによりもあり得ないことが一点ある。



吹雪「あの……」


バルボッサ「すまないね! 長旅が続いて紙がくたびれてしまっているだろう?
      一度祖国イギリスに帰れば新調してもらえるかもしれん」



バルボッサはそんな吹雪の様子を見て、内心焦りを覚える。
この書類は紛れもなく本物だが、プロヴィデンス号はとっくにホワイトキャップ湾で人魚たちに沈められ、
提督業は一度失効している。なにより最終的には、イギリスを裏切り、気ままな海賊家業に戻っている。
ここがどこだかわからないが、そういう情報が知られているとまずい。特におそらくこの侍女はアジア人だ。
アジア人はとにかく情報通が多い。商人として、労働者、下男下女として、奴隷として、あちこちに散らばっているからこそ、
それだけの数の情報網があるからだ。


しかも、この侍女がどれだけ重用されているかは分からないが、応接間に通した客に一番最初に
挨拶に来た辺り、そこそこ腕利きの侍女なのだろう。下手なことを告げられると非常にまずい。






吹雪「あの! そうではなく、この署名なんですけど……」


バルボッサ「なにかね? あぁ、ジョージ2世国王がどうかされたかね?
      あぁ国王陛下のことを知りたいか? 国王は、そうだな。甘いものが好きだ。なぁギブス君?」


ギブス「あ、あぁ! そうだな。あとはあれが好きだ。水とか!」


バルボッサ「ハハハ、ギブス君!」



バルボッサは吹雪から見えない角度でギブスを「沈黙するか死ぬか選べ」と口の動きだけで脅した。
言うまでもなく、生命の泉関連の話は、バルボッサの嘘がばれるとっかかりになりかねないので、
余計なことを言わせるくらいなら、ただ頷くだけにさせるほうが何倍もマシであった。



だがそんなやり取りも吹雪には関係ない。問題はそこではなかった。






吹雪「あの、ジョージ2世、ってあのジョージ2世ですか? ハノーヴァー朝の第二代国王の?」


バルボッサ「あ、あぁ。そうだが?」



一応、偽とはいえイギリス提督の前で国王を呼び捨てにするこの侍女には一瞬驚いたが、
教養のなさゆえの無礼かと納得しかける。



吹雪「あの、それはどういう意図でおっしゃられているんでしょうか?」



しかし、そうではない。理由は分からないが、なぜかこの侍女は突っかかってくる。
バルボッサこそ、吹雪の意図が分からず困っていると、吹雪は続けた。





吹雪「ハノーヴァー朝といえば、イギリスが海を制し、覇権国家として君臨した時代の王朝で、
   ジョージ2世はその時の国王です」


バルボッサ「君臨、した?」






その説明的な口調と、過去形の言い回しに混乱始めるバルボッサ。
ギブスはとうに混乱している最中だ。革命でも起こったのか?
吹雪はそんな二人に止めをさした。




吹雪「えぇ。彼は今から250年近く前に君臨し、生涯を終えた歴史上の人物です」




そうですよね? とそれが共通認識とばかりに聞き返してくる吹雪。
しかしバルボッサはそれに言葉を失う。




ギブス「ま、待ってくれ。なん、どういうことだ?」



その狼狽具合に、ついに不信感が弾けそうになる吹雪。
吹雪の目が険しくなる。







そんな空気の中、部屋に白い制服と軍帽を着けた男が入ってきた。




吹雪「少尉!」


少尉「彼らがそうかね?」




吹雪はその少尉と呼んだ黒髪の男に駆け寄ると、焦った様子で小さく耳打ちをする。
しかしその男は「大丈夫だ」と一言だけ告げ、バルボッサとギブスの前に立つ。
吹雪はその横に立って説明し始めた。




吹雪「とりあえず聞きたいことは色々ありますが、一先ず置いておきます」


ギブス「……なぁ、そいつが責任者なのか?」


吹雪「……、えぇ、現在、当鎮守府は前任の司令官が事故で行方不明になり、
   現在は臨時で、前任の推薦と基地内の支持によって、少尉が司令官代行を務めております」




本当にイギリス海軍の提督であれば、話を円滑に進めるため、こうした説明も必要だったろうが、
この時代錯誤の仲間たちにこんな説明をしてもまともにわかるのだろうか?



そう思った吹雪だったが、男たちを見ると、神妙に聞き入っていた。






少尉「もう大丈夫だ。吹雪君、退席してくれて構わない」


吹雪「えぇ!? で、ですが……」



「危険です」と小さく耳打ちする吹雪。
どこの誰とも知れない、見た目海賊の様な大男と二人と、比較して小柄な少尉を同じ部屋に
放置するなど、殺されるのではないかと恐ろしくてできない。



少尉「大丈夫だ。ここで私を殺すことでどういうことになるか、彼らとて分からないわけではあるまいよ」


吹雪「しかし……」


少尉「大丈夫だ、安心しなさい吹雪君」


吹雪「うぅ、く……んむ」






小さく唸って悩む吹雪だったが、少尉の意思を変えられないと悟ったのか、
肩を落とし、退室していった。


残されたのは、男3人。





バルボッサ「…………」


ギブス「…………」




少尉「では、諸君。少し話をするとしよう」






グアム諸島警備府 廊下//





吹雪「うぅん……」


余りに怪しい二人組と少尉を同じ部屋に置いてきてしまった吹雪は、
未だに後ろ髪をひかれながら、うつむき、唸っていた。

少尉が良いと言ったからといって本当に行ってしまってよかったのだろうか。

あの人は人手不足のこの基地にあって期待のホープとして扱われている人だ。
ただでさえ前任の責任者を海難事故で失っているグアム基地において、
ここで少尉があの不審者に怪我をさせられるようなことがあれば一大事だ。


戻るべきだろうか、いやしかし。




そんな風にうんうん唸って注意が散漫になっていたからだろう。
角から出てきた人影を見落とし、吹雪は軽くぶつかってしまった。



吹雪「あ、っと、ごめんなさい」


神通「いえこちらこそ、……」






一瞬、空気が凍る。吹雪は急に現れた神通を見て極度に緊張し、なんとも言えない表情をする。
神通も神通で、なんとでも読み取れるような微妙な表情で吹雪を見た。


沈黙。


せめて何か言ってくれれば吹雪も返せるものの、こうなってしまってはなんと声をかけていいかわからない。



神通「…………」


吹雪「……あの!」



耐えきれずに言葉を発したのは吹雪。だが勢いで口を突いただけで、
何を話すかはなにも考えていない。狼狽した表情で場を取り繕おうとして、
必死で言葉を絞り出した。



吹雪「え、と、……、……身体! ……、お身体は、大丈夫、です、か?」



それは吹雪が本心で気にしていたことではあったが、
余り触れるべきではないような重い会話をしてしまい、言ってから頭を抱えたくなった。







神通「私は、……大丈夫ですよ」


吹雪「あ、あはは、よかった、です」




神通の言葉は、暗に他の姉妹や随伴艦は大丈夫ではなかったことをさしているのか。
それとも何の意図もなく「私は」と言っただけなのか。吹雪の知る神通はそんな重々しい皮肉の
ようなことを言う人ではないので無意識のうちからでた言葉なのだと知っているが、
無意識だからこそ、そういう意図を胸に押しとどめているのが発露したのではないかと不安になる。



吹雪「それでも、神通さんが大丈夫なら、それだけでも良かったです」



吹雪の一言は、どちらの意図であっても通じる言葉だった。
どんな意味があったとしても、神通だけでも生きてくれたことは喜ぶべきことだったのだから。

吹雪は、川内や那珂とも親しかった。特に川内とは師弟の様な関係であり、神通もそれをよく知っていた。
だからこそ、あの海戦での悲劇は吹雪を大いに悲しませた。


それでも、あんな戦争の中、神通だけでも生きていてくれたことが、何よりもうれしかったのだ。



それは吹雪の偽らざる本心であった。






神通「そうですね……、」





神通がぼんやりした目で続ける。




神通「私だけが、二人を置いて、生き残ってしまった……」



吹雪「ぁ……っ」




ついに、吹雪の表情が完全に固まる。
穏やかそうに話していた顔は、冷や汗を垂らし、徐々に沈痛な面持ちに代わっていく。

その様子に、自分が何を言ったのかようやく認識した神通は、
ハッとした表情に戻る。




神通「あ、ご、ごめん、なさい……」




流石に神通もこんなことまで言うつもりではなかったのか、すぐさま謝罪する。
しかし、そうやって口をついて出るほど、それが本音であったのだとわかり、
吹雪の心は更に追いつめられる。




漣「ふっぶきちゃーん!」






消えてなくなりたくなるような陰鬱な雰囲気を霧散させるようにして、陽気100%の漣の声が割って入る。

工作部の倉庫に仮設した風呂から上がったところらしい天龍・漣が吹雪を見つけて声をかけた。




漣「仮設ドック超よかったですよ! 庭に置くプールみたいなアレ」

天龍「そんな小さくないだろ」

漣「訂正、アメリカ人が庭に置く200ドルくらいのでっかいプールみたいなアレ」




久しぶりの安らぎを経てテンションの上がる二人だが、
神通を見つけ、やってしまったという顔になる。



天龍「あー、っと……」



沈鬱たる空気が4人を纏いだす。






さすがにどうにかしなければと思ったのだろう。
やや強引だが、吹雪は神通に「そういえば」と言って慌てて仮設ドックを進める。
神通は黙って頷くと、そのまま行ってしまった。



残されたのは、気まずそうにする3人。



吹雪「あ、あはは、すみません。ちょっと仕事が残っているので、
   ちょっと、戻りますね。ごめんなさい!」



天龍「あ、ちょっと」




吹雪「ごめんなさい」


言い留める暇もなく、吹雪は去っていった。




天龍「あー……」

漣「……、まぁなんていうか、……あーこれはキツイキツイ」



事情をある程度察することができるからこそ、
彼女たちはどうしていいかわからなかった。



















グアム諸島警備府 営倉//





営倉に閉じ込められていたジャックは、
牢屋で何とか脱出しようと手始めに手錠の解除を試みていた。

ここの牢屋は自分がいつも閉じ込められるところとは違い、
ご丁寧に水場とベッドまでついていた。水場など、恐るべきことに、
取っ手を動かすと透き通った新鮮な水が出てくるのだ。

しかし、一方で脱出に役立ちそうなものは何一つなかった。
壁も継ぎ目一つない石でできており、鉄の柵も錆び一つなかった。


そんな整った牢屋の中、しばらく手錠と格闘したジャックだったが、
一向に外れる気配がしなかった。少し休憩を取ろう。
牢屋の暑さと疲労でダウンしたジャックは、水を飲もうと取っ手をひねる。
するとザザーと勢いよく水が流れだす。直接口をつけるのは難しかったので、手ですくって飲んだ。



ジャック「うん、美味い」



清潔な水なのだろう。透き通るようなそれはトルトゥーガの泥水とは違う。
意外とここの牢屋は貴族高官用なのかもしれない。そう思うと悪い気はしないジャックだった。




ジャック「ウチにもこういう水飲み場が欲しいな」




持って帰れないだろうが、せめてこの名前だけでも憶えておこうと全体を見回す。
すると簡単に名前が見つかった。






ジャック「TOTO、……トト、か。エジプトの神だな。つまりこいつはエジプト製か」




蓋を閉じ、ジャックは忘れないようにと記憶にとどめておいた。










そんな牢屋生活を満喫しているジャックのもとに複数の足音が迫ってきた。
ジャックは気を取り直して入口付近を見つめる。


入口の扉が開くと、男は部下を外に待機させ、一人、牢屋の前に立った。




少尉「変わった不審者がいると聞いて、どんな顔をしているかと見に来たが……、」



柵を隔てて見下ろしているのその男は、ジャックより一回り小柄であった。
黒の短髪で少し焼けた肌。歳は決して若くなく、その振る舞いはどこか威厳がある。






少尉「着ている服が流行遅れだな、海賊?」








牢屋の薄暗さと、一見した見た目では全く気付かなかったが、青い目と、
その隠しきれない嫌味な声に、ジャックは驚きを通り越し、笑ってしまった。



ジャック「お偉いさんが、まるで一兵卒の様な恰好をしていかがなされたんです?」

少尉「まるでもなにも、本当に一兵卒のようなものだ。ただの勘定係だよ」


ジャック「なんだ、特赦でも出してもらおうとおもったんだが」

少尉「君に? 私が? 冗談を言え。君が私に何をしたか思い出してみたまえ」






ジャック「一生懸命働きましたとも」

少尉「一生懸命、宝を隠蔽し、積み荷を逃がし、船を奪って逃走した」

ジャック「古い記憶だ。酒飲んでわすれちまった」

少尉「そしてなにより、」





ガチャン、と格子の鍵が開く音がした。






少尉「私を殺した」








鍵を開けたのはもちろん短髪の男。
だが手枷までは外そうとはせず、依然として見下すように立っている。

ジャックは見上げながら、この男がウィッグを外したところは久しぶりに見たと
どうでもいい感想を抱いていた。



少尉「立ちたまえ。ついてこい」

ジャック「俺は部下じゃない。命令するな」

少尉「部下さ。さもなくば犯罪者だ。ここから生きては返さん」






ジャック「ケツでも差し出せばよろしいので?」

少尉「ツケを差し出せばよろしい。私に対する数々の負債のな」

ジャック「パールを燃やすのはナシだぜ、卿?」



少尉「卿はやめろ。もう昔の私ではない」

ジャック「じゃあ今日からなんて呼べばいいので?」 






ベケット「カトラー・ベケット少尉と呼べ。ここでの私の呼び名はそれだ」





























サントラが終わったので、一旦休憩。

次は15:20くらいから再開予定です。


ざっとやって見た感じ、

15:20→一時間くらい投稿、休憩→
17:20→一時間くらい投稿、休憩→
20:00→終わるまで、って感じの投稿予定になりそうです。


再開







少し、世情の話になる。






世界規模で展開した深海棲艦との大戦争は、人類から多くの命と生活を奪った。
戦争初期は未知の敵に対するまともな戦略が練られず、制海権、制空権と奪われていき、
人類は生きる余裕を完全に奪われてしまった。

戦争中期には、人類が艦娘という対抗策を生み出し、苛烈な戦闘の中、
多くの英雄と、多くの死亡者と、多くの損失を生み出し、多くの勝利を重ねた。

そして、人類がようやく優位にたった現在、戦争後期たる今は、殲滅戦の名のもと、
広い戦線で最終戦争が行われている。


そうやって失い続けて勝利した人類に今立ちはだかる問題は人的資源の圧倒的不足である。


戦線から離れた、内地と呼ばれる戦争のないテリトリーに回せる人材が世界的に足りなかった。
そんな状態で意外にもいち早く譲歩したのが海軍である。自国の軍は自国の人間で構成することが
当然であったが、世界連合戦の様相で、各国の人間や艦娘が入り混じって力を合わせて戦ったこともあり、
世界的に海軍の多国籍化が進んだ。特に、地域防衛の際、現地で有能な人間を軍に入れることは
少なからずあることだった。




そんな状況で、ベケットは一気に実力で少尉まで上り詰めた。










もともと、父と反目して家出し、大した後ろ盾もなく入った東インド貿易会社で
一躍幹部に躍り出、最後は英国貴族となり、会社重役として、国王代理に任命され、
東インド貿易会社大艦隊の総督となった男だ。


そんなベケットからしてみれば、こんな非戦闘区域の島の、主計科の少尉など、
さしたるものでもなかったはずだ。



現代知識が欠けているという不利があったが、記憶喪失を装い、
短期間で周りが違和感を抱かない程度の常識を身に着け、
数年たった今では、一角の知識人の様な扱いを受けている。
昔、東インド会社の時代に、3年間、日本の江戸支社で働いた経験も生きた。




一時代で頭角を現した人間というのは、どの時代でもそれなりにやっていけるようだ。





グアム諸島警備府 外国人士官区//





ベケット「と、まぁ、かいつまんで言えば、このようなものだ」



手にしていたティーカップを音を立てずに置くと、ベケットは一息をついた。
カップは決して安物には見えず、部屋の造りからも、ベケットが地位以上尊重されていることが分かる。



ギブス「それで、俺たちはどうすればいいんです? ベケット少尉」

ギブスも似合わない紅茶を一飲みし、カップを置く。


バルボッサ「とりあえず俺たちは、いまいち状況が呑み込めていないのだよ、ベケット少尉」

バルボッサも紅茶を瀟洒なソーサーに置く。意外と様になっている。


ジャック「同感だ。……、あと俺も飲みたい、ベケット少尉」



ジャックの両手は依然手枷がはめられていて、目の前に置かれた菓子と紅茶にありつけないでいる。
甘いものが好きというわけではないが、一人だけお預けというのが気に食わなかった。






ベケット「別にどうもしなくていい。ただ質問に答え、必要な時に力を貸してくれればいいだけだ」

ジャック「おいおい、この泣く子も黙るキャプテン・ジャック・スパロウ様を捕まえて
     ただグータラしてろって命令は良き上官とはいえないぜ、ベケット少尉」

ベケット「逆に、貴様らがこの海域で何ができるのかという話だ。言っておくが、ここは貴様らがいた
     カリブの海とはまるで違う」

バルボッサ「だろうな。ここはどこだ? 中国か?」

ベケット「東アジアの、グアム諸島だ。現在の支配国は日本という国になる」

ギブス「ニホン、ねぇ聞いたことのない国だ」



ベケット「船乗りならば、長崎か江戸という名なら聞いたことはないか?」



あぁ、と納得する一同。



ベケット「ここはその日本だ。そして時代は200年以上後の異なる未来だ」



一気に納得から遠ざかる一同。






ギブス「まるで意味が分からねえ……」

ベケット「そうかね? 目が覚めたら見知らぬ土地にいた、目が覚めたらありえない時間が経っていた。
     そうした話は神話・民話・逸話・噂話として、いくらでもあるだろう?」

ギブス「だけど所詮ホラ話だ!」

ベケット「だがそういう中にこそ真実がある。現に私たちはこうして時間を飛んできた。

     例えばニューネーデルラントの民話などにもあったろう。リップ・ヴァン・ウィンクルという男が……、
     いや、失礼。あれは十九世紀の話だった」

ギブス「十九世紀!」



ギブスが手をたたく。十八世紀に生きた彼にしてみれば、一世紀先の未来の話が当たり前に出てくる
今の会話にどうしようもない滑稽さを覚えたのだ。



バルボッサ「その程度で驚くな。ベケット卿の、いや失礼。ベケット少尉の話なら、いまは21世紀だ」

ベケット「そうとも。今は21世紀。2017年、8月だ」

ギブス「2017年!」


ギブスが再び手をたたく。もうおかしくてたまらないといった様子だ。
バルボッサは静かにギブスをにらみつけた後、ベケットに言った。






バルボッサ「重要なことはここがどこで、今がいつか、ということではない。世界の果てでなければな。
      問題は、なぜ、そしてどうやって俺たちがここに来たのか、どうやって帰れるのか、だ」


バルボッサの真剣な発言に流石のギブスも笑いが引っ込んだ。
特に「どうやって帰れるのか」というのはかなりの死活問題だ。視線がベケットに集中する。



ベケット「……、ふむ、」



少し悩んだしぐさをして、ベケットは続けた。



ベケット「どうやって帰れるのかは知らん。が、見当はつく。それはなぜ、どうやって来たかという質問につながる話だ」




意外にも、ベケットはその問いに対する答えめいたものをもっていたようだ。


バルボッサ「続けろ」


ベケット「NOだ。Can'tといっていい。推測は立つが、決定的な証拠を見つけていない」





ギブス「それでもいいじゃねえか」


ベケット「残念だがギブス君。私はこの日本という国で、あやふやなことは明言しないという術を身に着けたのでね」


ギブス「坊ちゃん役人みたいなことを言いやがる! ジャック! お前もなんとか言ってやれ!」

ジャック「熱っっつ!!」



会話に参加せず、手枷のついた両腕で器用に紅茶を飲んでいたジャックは、驚いた拍子に
カップの中身をを自身にぶちまけてしまったようだ。


ギブス「ジャック! お前はずっと何やってんだ!」

ジャック「ギブス! お前は急に何すんだ!」


ベケット「では、反論はなしということで」

バルボッサ「…………」

ベケット「まぁ安心したまえ。何も君たちを帰さないと言っているわけじゃない。
     時が来れば帰れるのを手伝うし、手伝ってもらうことになるだろう。
     こちらとしても国籍不明の海賊に居座れていては都合が悪い」





ベケットはこの件はこれ以上喋れないと言わんばかりに口を閉じた。
だが決して答えないというよりは、本当に答えられないといった様子だった。



バルボッサ「では質問を変えよう。民話や逸話には俺たちの様に、異なる世界、異なる時間を
      飛んできた人間がいたということだが……、この辺りでもそういった伝説があると思っていいのかね?」

ベケット「まさに君たちや、私がそうだな」


ギブス「そういえば、アンタも俺たちみたいに船で飛ばされたのか?」


ジャック「ギブス君、よしてやれ。少尉がそんな便利なもんに乗ってたわけないだろう?」


バルボッサ「あぁそうだ、砲撃で木っ端みじんになったのだからな」


ベケット「なった、のではなく、させたのだろう君たちが。木っ端みじんに」



それを聞いて、海賊3人は不謹慎に笑った。ベケットは冷静に努めようと一度深く呼吸し、切り替える。



ベケット「私は、君たちに船を挟撃された。そのエンデヴァー号が轟沈し、私自身も海底に沈んでいくだけだった。
     だがあるところで急に反転したのだ」

ジャック「反転?」



ベケットが語りだしたのは、世界を超えてきたときの話。
三人が身を乗り出す。気が付けば別世界にいた彼らにとっては貴重な証言だ。






ベケット「そうだ。なんといえばいいのか。重力……、海そのものがひっくり返るような感覚だ。
     その感覚に身を任せていると、大海原に出て、そこを偶然遠征に通りかかった吹雪君に助けられた。
     ほら、ちょうど先ほど君たち二人と話していた娘だよ」


ギブス「まて、助けられたってえと、まさかアイツも海を滑れるのか?」


ベケット「あぁ、彼女も滑れるぞ。彼女や、それから君たちをここに連行してきた三人も、
     艦娘と呼ばれる、船の魂を宿した現在最強の兵器たちだ」



懇切丁寧な説明だが、海賊3人はほとんど話に追いついていない。
この短時間の間に、ここは別世界の未来だの、女の形をした兵器だの、理解しがたいことが沢山あったからだ。

海賊たちの時代では、女を船に乗せるのは危険だと言われていたが、まさか女が船を乗せる時代が来るとは。



ベケット「分からずとも良い。要するに、彼女たちは君たちよりずっと強いと考えておけばいい。
     そして私はその彼女たちを指揮する立場にある。状況を、分かってくれたかね?」





3人の中でも、ひときわジャックは思い切り頷く。彼も話を半分ほどしか理解できていなかったが、
少なくとも、剣も通らず、圧倒的な怪力をもつあの女共が、普通の人間である方が驚きだった。
よく分からないが、ユダヤ教のゴーレムみたいなものだろうか。


ベケット「詳しくは手記に記載してある。その本棚の左上だ。
     君たちが現状を知りたいのなら、取って読みたまえ。
     どうせしばらくは何もできることはない」


立ち上がり、本棚からいくつか本を斜め読みするバルボッサ。
きちんとした背表紙の本もあれば、明らかに個人の手で纏められた資料集などもあり、
製作年もバラバラであった。



ベケット「貴重な資料だ。汚すなよ」


ギブス「これ全部が別世界に転移した逸話の記録なのか?」


ベケット「いや、それは全体の1割だ。それ以外にも、さっき言ったような、
     各地の神話や民話、このあたりの伝説が主だ。あとは海賊の記録とかな」





ギブス「またそれは、何のために?」


ベケット「4年前に私がこの世界に飛ばされた理由を知りたくてね。
     まぁ、そういった方面から読み解くアプローチを試みていたわけだ。
     事実、私がこの世界が別世界だと気づいたのは、海賊の資料からだった。
     この世界の歴史には、我々の記録はない。あれほどの大規模な戦争も、語られてはいない」


歴史書がすべてをカバーすることはないにしろ、ここにいる4人は、いずれも世界の岐路となる、
大きな戦いを経験した者たちだ。ギブスは置いておくとしても、最悪の海賊と言われたジャックも、
東インド会社のトップになったベケットも、イギリス公認の私掠船船長となったバルボッサの記述も、
どんな小さな情報一つものこっていないとなれば、それは過去に存在しなかったということ。
つまり、それが存在した世界ではないということだ。


ジャック「なるほどねぇ。猶更この世界とやらに愛着がなくなった。
     お前が研究を始めたのも、こっから帰る方法を探してのことか?」


ジャックのその一言に、ベケットは向き直る。



ベケット「いや、最初はそうしようと色々方策を探して、そういう伝説を聞き集めた。
     だが、戻っても死ぬだけだと思い、帰るのは辞めた。今ではライフワークの一つだ」


バルボッサ「そして過去の遺物を掘り漁る、ホラ話の研究家になったわけだ」






バルボッサからしてみれば、こんなわけの分からない世界に飛ばされて、
まず初めにやることが資料でコツコツと研究などという遠回りな手を使うことが信じられなかった。
彼は決して猪突猛進な方ではないが、そんなことをして何の意味があると思った。
所詮は碩学を集める東インド会社のお坊ちゃんかと嘲笑した。
しかしベケットもそんな反応には無表情で返す。



ベケット「フッ、どんなに偽物らしいホラ話でも、中には真実が混じっているものだ。
     大体そういう伝説上の体験を君たちは何度もしているはずだろう?
     例えば、金貨に呪われて無限の空腹と渇きを味わったりな」



痛いところを突かれ、バルボッサの笑い声が止む。
そもそもベケットは自分が古代アステカの金貨に呪われたことをどこで知ったのだろうか。
バルボッサの視線が少し鋭くなる。



ベケット「呪いなど信じていなかったか?
     だがいかなる偽物の中にも、必ず本物が隠れてる
     それを見抜けなかったな。過去の遺物くん」


バルボッサ「何だと?」


ベケット「違うかね? ここは2017年だ。君は既に過去の遺物だ」







気が付けば一触即発の空気。


そんな緊張を打ち払うように、タイミング良くドアがノックされ、
吹雪が入ってくる。



吹雪「あの、一応命令通りお部屋は準備しましたけど……」


ベケット「よし、彼らを案内してくれたまえ」

吹雪「はぁ……」



吹雪は非常に胡散臭そうな目でジャックらを見る。
海賊たちはそういう視線に慣れているのかどこ吹く風だ。



ベケット「まぁ、時が来るまでは部屋で待機しておけ。
     君たちには、いずれその船を貸してもらう」



その言葉に、ジャックが椅子から飛び跳ねた。




ジャック「やっぱり船を盗るんじゃないか!」








ベケットは静かに首を振る。



ベケット「違う。君が動かすんだ。
     君の操舵する船に、ほんの少しの間私を乗せてほしい。これだけだ」


今度は、ジャックがベケットを胡散臭そうな目で見る。
その視線の気づいた吹雪は、ベケットをかばうようにして立つ。


ジャック「ほんの少し、はどれくらいだ?」


ベケット「機が来れば、恐らく半日もあるまい」


ジャック「……」


ベケット「君は反抗できる立場でもあるまい」


ジャックはフンと息を漏らし、部屋を出る。


ジャック「まぁ、いい。船に入れば、俺の指示に従え。わかったな。
     おい、案内してくれ」




そのままズンズンと歩いていくので、吹雪は慌てて先導した。



グアム諸島警備府 廊下//





案内途中、吹雪はジャックに部屋に水飲み場があるかを聞かれた。
よほど気に入っているらしい。

吹雪は水飲み場と聞いて、洗面所のことかと思っていたが、
ジャックは地面に備え付けられているものだという。

それでも首をかしげる吹雪に、ジャックは名称を思い出して伝えた。



ジャック「あれだほら、エジプト製の、TOTOって書かれたやつだ」


吹雪「……え?」


吹雪は躊躇いがちにそれが何かをジャックに伝えた。



牢屋で、ジャックは水飲み場のことを忘れないようにと記憶にとどめておいたが、
今では記憶から全て抹消しようと、必死でトイレに吐き出した。




























それから。


吹雪の警戒とは裏腹に、海賊たちは暴れまわることも脱走騒ぎを起こすこともなく、
与えられた個室で三者三様にくつろいでいた。


それでも吹雪は万が一はあってはならないと思い、
念のため深夜でも様子を見に来たりしていた。
どうにも少尉はこの海賊たちと面識があるようだ。
もし、恨みか何かで寝所に暗殺に来るかもしれないと恐々としていたからだ。


だが、彼らはもう全くと言っていいほど敵愾心がない。
この世の天国とばかりにクーラーの利いた個室でのんべんだらりとしていた。

余りの独り相撲ぶりに、吹雪は空しさすら覚えた。
海賊なんだから少しは無法を働けと理不尽な気持ちすら抱いた。


そんな吹雪の気が気ではない時間がしばらく続き、
身元不明の海賊たちが滞在して、今日で3日目を迎えた。




グアム諸島警備府 外国人士官区・休憩広間//





天龍「…………」


昼休憩のため、人の少ない外国人士官区の広間で涼んでいた天龍は、
興味深そうにギブスを見ていた。


ギブス「? なんだ、髭以外になんかついてるか?」


天龍「うんにゃ、何も」


先日、この海賊たちが、いわゆるタイムスリップをしてきた存在だという説明を受けた。
正直半信半疑もいいとこだったが、逆にそうであればピンとくる点も多くあり、
とりあえず信じることにしていた。



天龍「オレの知ってる海賊とは違うなぁ、とおもってな」



そういわれて、ギブスはクッキーを食べる手を止め、いい顔で向き直る。






ギブス「そりゃあそうよ! 俺はなんといっても、あの最悪の大海賊、
    伝説のジャック・スパロウの船の副船長なんだからな!」



誇り一杯に胸を叩くギブスを見て横にいた漣はウゲーと嫌な顔をした。



漣「天龍さん、関わっちゃだめですよ。これがいわゆる虎の威を借る狐、
  牛の背中に乗っかる鼠って奴です」


天龍「牛の背の鼠は意味が違うんじゃないか? ことわざでもないし」


漣「人の力を我が物様にする点では同じでしょう?」



そこまで言われてようやくギブスがカチンときた表情をしていた。
翻訳は常時変換されているとはいえ、ことわざの意味までは通じなかったのだろう。
ましてや干支の文化もない西洋人である。知る由もない。



ギブス「俺がそんな鼠野郎だってのか!」






漣「そーですよー、鼠っていっても絵本のネズミじゃなくて、
  あの船にも出てくるガチの鼠です。あの薄汚れてる害獣使用の鼠です!
  あ、天龍さん、これネズミ上陸させてもらえるんじゃないですか!?」


ギブス「俺が薄汚れてるだと!?」


漣「そうですよ薄汚れた海賊! 薄汚れてるでしょう物理的に! 服を洗え!」



そう言って、漣は天龍の後ろにひょいっと隠れる。



漣「大体、出てくるにしたって、もっとワンピースみたいな人畜無害なやつ出してくださいよ。
  冒険、勝利、肉! みたいな。なんでこんなリアルガチ使用の海賊の中の海賊みたいな
  奴らが居座ってんですかもぉー!」


ギブス「お、おう。そ、そうか?」


漣「ふえーん、なにこの反応……」



どういう翻訳で伝わったかは知らないが、恐らく「彼こそ真の海賊である」みたいな
形で伝わっている。実に不本意だった。






不本意だったのは吹雪も一緒である。


神通がグアム基地に任務に来て数日、未だに顔を合わせるたび微妙な緊張が走るし、
会話もポツポツと短文で、当たり障りのないことをいうだけ。

今も、一人離れた席に座る神通に果敢に話しかけはしたものの、
互いに気まずい空気になり、一先ず退散した。


こうして、神通とのコミュニケーションの時間がみるみる減っていった。



逆に、みるみるコミュニケーションの時間が増えているのがこの海賊たちである。




バルボッサ「アッサムティーとスライスのリンゴを持ってこい」


ジャック「俺は次はこのコーヒーをくれ」



もはやそのくつろぎ様たるや貴族か喫茶店の客である。
吹雪は彼らの侍女のように扱われ、もう既に「お前」などの主語すら消えている。
彼女が当たり前に対応すると思われているのだ。





吹雪「…………」



吹雪は、ふつふつとしたものを心に溜めながら、コーヒーメーカーを沸々とさせた。
普通普通とよく周りに言われる程度にはアクの少ない彼女は、昔からこういう損な役回りをうけることが多い。
だがそんな役目を不屈不屈とした精神で耐え抜いて来たのだ。こんな海賊の小さな横暴など、なんのその。

吹雪は頭にうっすらとした怒りマークをつけながら、
顔だけは笑顔で彼らに対応する。

離れた席で彼女の後姿を見ていた天龍と漣は、その姿に一人前の社会人のなにかを見た。


漣「しかも見てください、あれ」


吹雪は、ジャンピングティーポットにアッサムとスライスしたリンゴをいれると、
誰に言われるでもなく余ったリンゴを皿に置いて出した。


漣「しかもわざわざウサギさんリンゴですよ」


頼まれたわけでもないのに、手間をかけてウサギ型にリンゴをカットした。
嫌々やっているのはオーラで分かるが、それでも言われたこと以上に
全力やってしまうのが吹雪の常だ。


天龍「なんつーか、難儀な性格だなぁ」





そう、難儀な性格なのだ。
だからこそ、戦力としてはいまいちでも、この警備府司令官付きの秘書官をやらされているのである。
こんな部下が居れば何事も捗って仕方ないだろう。どこかで爆発しなければ。



バルボッサ「ほほう」



バルボッサは初めて見たウサギさんリンゴを興味深そうに見つめている。
リンゴは彼の大好物だが、こんな形のものは初めてだった。
彼は銀色のナイフとフォークを手にすると、慣れた手つきでウサギを口に運ぶ。


バルボッサ「ふむ、悪くない」


吹雪「それはようございました」





吹雪の返事が投げやりになってくる。
そのやり取りを見ながら、一つ隣の机のジャックがコーヒーカップで
コンコンと軽く机をたたく。


ジャック「俺のコーヒーはまだ来ないのか?」


吹雪「……」



吹雪は無言でゆっくりとジャックの方を向く。
顔には笑顔が張り付いている。



ジャック「……、おかわりぃ?」


吹雪「はいよろこんでー」





吹雪の投げやりさが頂点に達する。
もう完全な侍女扱いだ。連日の警戒による寝不足も重なってそろそろ限界だった。



漣「あ、これアカンやつや」

天龍「ちょっと海賊を止めに行こうか」

漣「え? 海賊に止めを刺しに行く?」

天龍「我慢だ我慢、ステイッ!」



この様にして、日常の中に17世紀の海賊という特級の異物が混じってはいたが、
予想を超えるような反発も抵抗もなく、案外その生活に溶け込んだ。

彼らはいつまでいるのだろうか。
その時まで吹雪の胃は持つのだろうか。




そんな軽い疑問は、その翌朝には全て吹き飛んでしまった。




グアム諸島警備府 居住区西館//




さて、今日も一日くつろいでみるか。
快適な基地内で、そんな海賊らしからぬことを思うジャックたちを驚かすように、
基地全体に大きな警告音が響き渡った。



ジャック「な、なんだ!?」


部屋から廊下の様子をちらりとみると、廊下を慌ただしく走る兵士たちが見えた。



ジャック「……」



兵士たちが通り過ぎると、ジャックは剣を取り部屋から出る。ちょうど同じタイミングで、
両隣の扉も開いた。バルボッサとギブスである。






バルボッサ「敵襲だな」


バルボッサもまた、完全武装で部屋から出てきた。



ギブス「だろうな」



ギブスもその辺りは抜かりない。いつでも戦える準備をしていた。



ジャック「んじゃま、状況確認といこう」



海賊たちは三人同時に歩き出す。

もはやくつろいでいた面影はなく、その顔は、歴戦の海賊のものだった。



グアム諸島警備府 外国人士官区//




あちこちで兵士たちが走り回る中、
ジャックらが真っすぐ向かったのが、ベケットのいる部屋だ。

現状の基地責任者である彼の下が一番情報が集まると思ったからだ。



ジャック「失礼しまーす」


ジャックが中の様子を伺いながらゆっくりドアを開けると、
中ではベケットと艦娘たちが集まって、なにやら機械の周りを囲んでいた。

ドアが開く音で一瞬視線がジャックらに向けられたが、
それどころではないのか、すぐに全員の視線が機械の方に戻る。




とりあえずジャックたちは空いている席に、全員我が物顔で座った。
流石にコーヒーと紅茶は出てこないので我慢した。













吹雪「か、解析完了しました!」




ジャックたちが席に座って5分も立っていないだろう、
機械の画面と真正面に向かって座っていた吹雪が声を上げた。
その声は焦りと、どこか悲痛な音が混じっていた。


ベケット「敵の数は?」


ベケットの質問に追従するように、天龍たちの視線も吹雪に集まる。
吹雪は、乾いた喉をなんとかするため一度唾を飲み込み、その結果を読み上げた。


吹雪「て、敵艦隊、およそ30隻!」


漣「30っ!?」


吹雪「内訳は、ソイブイの波形から、おそらく軽巡が5、駆逐が20、
   そ、それから、……空母が5です!」


事実だとすれば、敵艦の一大攻勢である。
一つの戦場で空母含む敵艦隊30に囲まれれば、島に籠城しても1日と持たないだろう。





あまりの情報にベケットや艦娘は表情を凍らせた。



漣「え、いや、ありえないですよ。誤報では……?」


ようやく口を開くことのできた漣が口を開く。
その言葉に吹雪も同調したいと思った。



ここグアム島は最戦線よりも少し内側にある。
ハワイ、マーシャル諸島、ソロモン諸島、オーストラリア東部を一直線に貫くように四重の防衛線が敷かれ、
そこには大戦を生き延びた一級の艦娘たちが任務に就いている。


前線壊滅の報は聞いていない。昔と違い、ソイブイや高性能ソナーを用いた哨戒もあり、
戦線より後ろに小型級一体でも忍び込む隙間はない。
事実、こうした防衛ドクトリンを実施して現在に至るまで、10年間、一度として一体の敵にさえ抜かれたことはないのだ。



だというのに、敵襲の報。しかも進路は北から。すなわち祖国、日本の方角からの攻撃である。
絶対安全圏ともいえる本土方面から敵が来た等、冷静に考えてあり得る話ではなかった。






漣「だってそうでしょう!? もしホントならテレポートですよ! 瞬間移動ですよ! ドラえもんかっての!!!」



信じたくないとばかりに力説する漣。彼女の実力では、おそらくこんな大規模の敵艦隊と接触すれば10分ともたない。
笑い話であってくれと願うあまり、無意識に口元が緩んでしまっていた。



天龍「なぁ、漣」


漣は縋るような視線を天龍に向ける。二人は短くない間本土でコンビを組み、いくつもの地道な任務をこなしてきた仲だ。
関係も良好で、漣にとっては、数少ない本音で話し合える相手だった。きっと自分の味方をしてくれる。
そう思って振り返った。しかし、



天龍「でもよぉ、この海賊のオッサン達は、文字通りそのテレポートしてきたんじゃねーのか……?」



漣が固まる。動きも表情も、思考さえ止まった。いつもの頭の回転の早い漣らしからぬ拙い推理力だった。
現に、ここにその実例がいたのだ。原理は不明でも、そういうオカルティックな可能性だってあり得るのだ。





漣「そんな……」


天龍「大丈夫だ、お前はオレが死なせねえよ」



そういって、怯える漣の手を取る。
この辺りは、二人の経験の差が出た。基本、軍歴を戦線の内側で過ごした漣と、今でこそ内勤とはいえ、
片目を失って本土に退くまでは最前線で刀を振るっていた天龍の差だ。



天龍「よし。じゃあまず、オレと神通と砲台で湾内の防衛線を……、あれ、神通は?」


出撃用意の為に振り返ると、そこに神通はいなかった。
気が動転していたのと、もともとあまり会話に入ってこない性格もあって、
居なくなっていたことに気づかなかった。



ジャック「長髪の女なら大分前に出て行ったぞ」



その言葉に、ギブスとバルボッサが頷く。






ベケット「貴様ら気づいていてなぜ言わなかった?」

ジャック「ケージュンだの、クチックだの何言ってっかいまいちよく分からなかったからであります、少尉」


この緊急事態にも、基本守るもののない部外者3人はリラックスしていた。



天龍「いつ! どこに行った!?」

ギブス「女なら、ホラ、あそこだ」



詰め寄る天龍に、窓の外を指さす。一同が視線を向けると、港に向かって走っていく神通が見えた。



天龍「アイツ……!」


ジャック「早くいった方がいいんじゃないのか?」


天龍「んなことはわかって――」




突如、遮るようにして基地内にさらに大音量の警戒音が鳴る。







天龍「今度はなんだよ!!」



振り向くと、血相を変えて、ベケットと吹雪が窓の外を凝視していた。



ベケット「吹雪君、放送室へ。第一種戦闘配備を指示しろ」


吹雪「は、はいっ!」


ベケット「お二方も戦闘に出てくれ。指揮系統は違うが、緊急事態だ。手を貸してくれ」



短くそう告げると吹雪は走って出ていく。
ただならぬ様子に、天龍と漣は窓の外を見る。

先ほどまで晴れていたはずの空が真っ黒な雲に覆われつつあった。
そして、先ほどまで何もいなかったはずの海に、7体の敵軽巡艦と空母1体の姿があった。



ベケット「緊急時の警備府司令長官不在における規定に従い、
     基地責任者代理の私が司令官代行として艦隊の指揮を執る。湾内で止めるぞ!」





漣「なんでもうこんなところに……!?」


天龍「深く考えるな! 居るもんは居るんだ!」




天龍に叱咤された漣が、腕を引っ張られて出ていく。




ジャック「お前も早く行った方が良いんじゃないか?」

ベケット「……」


ベケットはジャックたちをジロリと睨む。


ベケット「……、まぁ身を守っていたまえ。逃げるなよ。これは忠告だ」





そういうとベケットは足早に出ていった。











バタン、と扉が閉まると、ジャックはベケットが手を付けずに机に置いていた紅茶を飲み干す。





バルボッサ「さて。ではこんな所、さっさと出ていくか」



それを聞いて二人は頷く。ベケットの忠告も、一切の躊躇なく無視した。





ギブス「そうだな。俺たちも、早く行った方が良いんじゃないか?」


バルボッサ「船の位置は分かっている。さっさと行くぞ」


ジャック「もちろん。だがその前に……、と」





ベケットの机の中を開けると、鍵束が入っていた。ジャックはそれを掴んで見せつけると、
ニヤリと笑ってこう言った。







ジャック「略奪しよう」













グアム諸島警備府 港・海上//




だれよりも早く港へ駆けつけた神通は、艤装の動力をフル回転させ、
初速からトップギアで距離を詰める。

湾内の南北には囲うようにして砲台が設置されているが、
余りに突然の出現のせいか、その砲撃は未だ散発的だ。
敵の深海棲艦はそれをいいことに、基地や砲台に砲撃を仕掛け、
敵空母級からは対地攻撃用の爆撃機が放たれる。



神通「っ……」


飛行機は神通など意にも介さず、島全体を四方に飛んでいく。
あちこちに爆炎と轟音が上がる。敵の軽巡艦が神通に主砲を向ける。
空母級の攻撃は来ない。あれは基地攻撃に全てのリソースを割くようだ。




あの空母は自分には一機も差し向けるつもりはない。
そう考えて、一瞬神通の頭が熱を帯び、怒り狂った表情になる。
が、手のひらを握りしめ、ひとたび落ち着く。


神通「――だ、まだよ。きっとここじゃない」


神通はブツブツと呟く。まるで自分に何かを言い聞かせるように。
目は落ち着きを取り戻し、しかしぼんやりとした視線になる。


神通「これだけじゃ、足りない」



この戦力差では、神通は苦戦を強いられるのは確実。
しかし、どういうわけか神通はそんな一言を放つと、
主砲に装填し、刀を装備した。


グアム諸島警備府 工作部・格納庫//




ジャック「おじゃましまーす」


ジャックたちがカギを開け、侵入したのは、
いくつか建っている中で、唯一兵士が誰も居なかった倉庫だ。

格納庫には、定期整備のためか武器がびっしりと並んでいた。
海賊たちは用途すら不明の品がいくつもあったが、その中で、
彼ら自身も分かりやすい兵器を見つけた。


ギブス「おい! あったぞ! これなんてどうだ!」


それは在庫として保管してあった機関銃で、
10丁近い数が木箱に入れてある。


ギブス「これぁライフル銃だろう? なら持っていこうぜ!」


ジャック「それはいい考えだ」





ジャックはそういうと、机に置かれていた9mm拳銃を手にする。
それは兵士たちの一般的な装備品の一つであったが、
この突発的な急襲に慌てて置き忘れられたもので、幸運にもマガジンが入ったままだ。

ジャックは9mm拳銃をまじまじと見る。
弾が入っているとはいえ、銃そのものは彼らの時代と大きく異なる。
引き金を引くだけでは何の反応もない。どう使ったものだろうとあちこち動かして
試行錯誤していると、銃の上部がスライドできた。カチッと何かがハマるような感触がする。
ビンゴ、どうやらそれらしい。ジャックは銃口を高い天井に向けると、引き金を引いた。



ギブス「うぉぉ!?」


ジャック「ハッハッハ!」





銃声は誰もいない倉庫に響き渡る。突然の発砲音と、敵に見つかるかもしれない状況から
ギブスは大いに驚いたが、兵士たちは外での戦争に忙しいのかだれも気付いてすらいなかった。


窓から外を見ると、物陰から軍人らしき男たちが、開けた道を決死の表情で走り抜けていた。
しかしすぐに敵の航空兵器に見つかり、機銃で撃たれハチの巣にされる。応戦を嫌った空母級が、
第二陣として放った兵士殺戮用の対地機銃のついた攻撃機だ。


ジャックとギブスは、その戦場を恐ろしげに凝視していた。
飛び交う銃弾は恐ろしく早く、精確で、間断なく連射されている。
空で炸裂する砲弾も、ジャックたちのいたどの砲撃よりも恐ろしいものだ。
だがあんな空飛ぶ兵器があれば、どれも意味がない。そこから降ってくる射撃や砲撃は、
全ての抵抗を届かせずに、一方的に殲滅するだろう。


彼ら海賊たちの居た時間とは、数百年も離れた未来。
それも世界大戦という戦争におけるパラダイムシフト期を経たこの時代、
もはや戦争の情景は彼らの知るものとは遠くかけ離れている。





そしてその中でも、もっともかけ離れていると断言できるものが、
今、海の上で戦っている神通と深海棲艦だろう。船の攻撃力と耐久性を
人間の女性に詰め込んだ存在。理屈は分からないが、その戦闘風景は
まさしく船同士の戦いであった。


ジャック「あんなのに巻き込まれるくらいなら、鮫に頭からかじられる方がまだ生きられそうだ」


ギブス「間違いねえ。早く逃げようぜ!」


ジャック「あぁ。ところであの髭親父はどこ行った?」



何度も言うが、バルボッサなしでは船が動かない。
置いていきたいのは山々だが、それが出来ないことにジャックは歯噛みする。

ジャックが辺りを見渡す。すると倉庫の一角にある部屋のシャッターが開いていた。
早くにげだしたいジャックは縛り付けてでも連れて行こうとその後を追う。





シャッターの内側に入ると、中には同じ兵器がビッシリと並んでいた。
ジャックはそれがどんな兵器かは知らなかったが、見覚えがないわけではなかった。
それは全て艤装だった。



バルボッサ「一人の人間が海上で船と渡り合う力を得る兵器だ。
      まるで魔法の産物だな」


奥から出てきたバルボッサ。彼も先ほどの戦闘を見ていたのだろう。
この装置の有用性に気づいて探していたようだ。


ジャックも奥に入り、中を覗く。



そこにはやはり艤装があったが、その中にひと際大きいものを見つけた。

ジャックはそれを興味深そうに調べるが、バルボッサは無関心だった。





バルボッサ「巨大で、一点ものであることを考えれば、これが一番強いのだろうが、
      見ろ。薄く埃被っている。使われていない証拠だ」


ジャック「持って帰ろうにもこの人数じゃ無理か」


バルボッサ「その通りだ。俺は別の戦利品がある。お前はこれを持て」



そういって、バルボッサはどこで手に入れたのか食器を入れた箱を手にする。
中身のものは、この時代ではそれこそスーパーにでも行けば置いてあるようなものだったが、
彼らの時代で考えれば、真っ白の白磁の食器やカップは高価なものであった。

一方で、ジャックに持たせるために選んだのは、艤装の中でも最も小さい12cm単装砲であった。
小さいとはいえと呼ばれるそれは複雑な機構を備えた鉄の塊であるため、
当然重く、ジャックに持たせるつもりでここで待っていたらしい。



バルボッサ「何も持っていないのだから構うまい?」



ジャックは渋々といった面でそれを持ち上げる。
とはいえ彼もそれには興味があったので、文句の一つも言わなかった。








グアム諸島警備府 港・海上//




空爆や対地砲撃は平和であったグアム基地を脅かすには十分すぎた。
あちこちの施設を破壊し、走り回る水兵たちを殺した。空母一隻でこれだ。
敵本隊が合流すればもはや勝ち目はないだろう。


この基地の戦力では、30艦からなる敵の攻勢を支えられまい。
しかし比較的本土に近く、前線の裏側にあるここ奪われれば、
日本の柔らかい脇腹に刺さった短剣となりうる。



天龍「なんでもいい! 軽巡共を抜いて、空母の首を墜とすぞ!」


漣「――っ! 分かりましたよっ! 援護します!」


天龍「無茶すんなよ!」


漣「できればね!!」



軽巡級3体が、空母との間を阻むようにして並んでいる。
天龍達は手法を装填し、一気に距離を詰める。敵は数の利を生かして
3対2で包囲してくる。





天龍「漣、動けるか?」


漣「こ、こんくらいなら、演習で経験してますからヨユーヨユー……」



漣は涙声だ。支援砲撃の為や前線への輸送任務で敵と戦ったことはあるが、
不利な戦場は未だ経験したことがなかったのだ。




天龍「なら大丈夫だ。帝国海軍の演習はその辺の前線よりきついからな」



そういって漣を元気づけると、敵の一角を近接攻撃で切り崩しにかかる。
漣は砲撃で牽制し、速度で攪乱した。切り札の雷撃を使うタイミングを狙う。


一方で湾内に一人ぽつんと取り残された空母ヲ級は攻撃態勢の整った対地爆撃機を再び発艦させる。



淡々と続く苛烈な空爆に、グアム基地の誇る対艦砲群は機能を喪失していた。
また、ドッグで修理していた通常重巡艦が、スクランブルできるほど整備されていなかったので、
せめて的にされるだけならと、だめもと陸地から砲台として応戦した。
その砲撃は運よく敵軽巡を一体仕留めるも、そこが運の尽き。結局爆撃機に破壊された。






装填の済んだ砲門が神通に向けられる。


しかし神通は逃げることなく、徐々に増速しながら、敵軍めがけて懐に飛び込むよう変針する。
予想外の動きに一瞬ためらった深海棲艦だが、すぐに容赦ない砲撃と爆撃が一斉に神通を襲う。

だが神通は躊躇なく、最大戦速を維持つつ艤装内部の舵機構を一杯に切り、一挙に急転舵し敵の後ろに回り込む。
見事全弾を回避して見せ、そのまま神通は一直線に敵空母へ向かう。



神通「那珂、ありがとう」



このよけ方は、かつて妹であった那珂が編み出した機動で、彼女はこれにより必殺の間合いで放たれた
爆撃を何度も華麗に避けていた。自分の命は、今でも姉妹たちによって助けられてばかりいるのだと感じた。

だが、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。涙が出そうに眼を拭い、獣の様な目つきに変え、
空母をに睨む。



敵は射程圏。なんとしても、あの空母どもを鎮めなければ。







太平洋 海上//





港に繋がれていたフーチー号を、戦いの隙をついて奪い、海に出たジャック一行。

激戦中であるからか、皆が目の前の敵に集中しており、
一度兵士に見つかってしまったが、そのまま見なかったことにされ、
湾の半島スレスレを気づかれないようゆっくりと船を動かして逃げ出せた。
皆それどころではなかったのだろうか。



ジャック「ともかく、自由だ。諸君」



ジャックは基地から盗んできた酒をあおる。
バルボッサとギブスは机に戦利品を並べていた。

もってきた木箱の中には、価値のありそうな光物。それから、酒、食料。
それから多数の銃器がいれてあった。



ギブス「さっき外の兵隊が応戦に使ってた銃だ。引き金を押せば、この通り!」



ダダダダダダ、と発砲音が海上に連発する。制限点射されないフルオートの連射は、
初めて目にしたジャックらを驚かせた。ギブスは快感とばかりに打ちつつづけている。
未知の連射に一瞬でトリガーハッピーと化していた。
ジャックやバルボッサもそれを見て、楽しそうに連射した。



海の上で男たちの粗野な笑い声が響く。






ジャック「で、こいつはどうなんだ?」



ジャックが足で艤装を小突く。




ギブス「これが背負えば船と同じ力をもつことのできる武器か」


ジャック「その通り。威力はご覧になった通りだ」


バルボッサ「よし、ものは試しだ。ギブス。背負ってみろ」




三人の中で立場の弱いギブスが実験台にされる。
正直二人としても、好奇心はあるが、こんなわけのわからないものを背負うのはゴメンだった。


恐る恐るギブスが艤装を背負う。鉄製のそれは当然とても重いが、
大の男であるギブスが背負えない程ではなく、なんとか立ち上がった。





ジャック「どうだ?」

バルボッサ「力が湧いてくるか?」



興味深々な顔を向けるジャックとバルボッサ。
しかし当のギブスは困惑した顔だ。ただ重いものを背負っている以上の感覚はない。




バルボッサ「仕方ない。とりあえず海に飛び込ませよう」


ギブス「待て待て待て! 万が一動かなかった俺は溺れ死んじまう!」


ジャック「ならロープを腰に括り付けてから飛びゃあいい。なぁに、この海は穏やかで――」




そう言いながら海を見る。すると船の後方で、大きく黒い何かが一瞬見えた。



ギブス「なんだありゃ、サメ、いやクジラか?」




クジラと呼ばれたそれは徐々に速度を上げながら、
目を青色に発光させ、大きく牙をむいて、フーチー号に向かってくる。




それは駆逐イ級と呼ばれる、深海棲艦の仲間であった。







バルボッサ「あれは化物だ!」

ジャック「嘘だろおい戦闘準備!」

ギブス「あ、アイ! 船長!」



ギブスは走って後方甲板にたどり着くと、備え付けてあった大砲を放つ。
わざわざ造船所が取り付けた逸品らしいが、直撃したのにまるで効かない。

お返しとばかりにイ級も砲撃を放つ。クジラが大砲を撃ってくるなど思ってもみなかったろう。
海賊たちは目を見開き、身をかがめる。
幸いにも小さい船なので当たらず掠めただけだが、水面は大きく揺れ、水柱が上がった。
弾速も威力も違いすぎた。これが敵の親玉だろうとジャックは思った。





ギブス「この野郎!」


砲撃を何度か命中させるも、敵は傷を負うどころか、ひるみすらしない。
どうにかならないかとギブスは先ほど手に入れた戦利品の機関銃を放った。
しかしやはりこれも効かない。




ギブス「畜生!」


イ級はクジラの様な巨体を生かし、突撃してくる。バルボッサの剣の魔力とジャックの奇跡的な操舵と、
ギブスの応戦で何とか持っているが、時期に追いつかれるだろう。



ジャック「ギブス! さっきの! 俺の戦利品を使え!!」


ジャックが言っているのは、ギブスが今なお律儀に背負っている艤装のことだろう。
確かに、あの砲撃が出来れば、この怪物も倒せるかもしれない。



ギブス「ようし……!」


意気込むギブス。が、引き金や火縄、レバーなど、発射に必要そうな機構は何もない。
身体をゆすってみるも変化はない。






バルボッサ「ギィブスー!! 何をやってる気合を入れろぉ!」


ギブス「うおぉ! 動けぇ!!」



彼らは知らないが、この装置を使えるのは艦娘だけで、
これを動かすのは妖精というオカルティックな要素が必要なのだ。

ギブスは必死に動かそうとするが、動かない。



ギブス「ジャーック! 無理だぁーー!!」

ジャック「却下だぁー! それさえ当たればなんとかなるはずだー! ギーブス!」



背中から降ろし、どこかに取っ手でもないか、必死で動かそうとするギブスだが、
まるで見当たらない。うんともすんとも言わない。





イ級「ゴアアァ!!」




そんな隙に、イ級が大きな口を開けて迫ってくる。
もう無理だ! そう思ったギブスはやぶれかぶれに、艤装をイ級の口に放り投げた。




だが当然、それは簡単に噛み砕かれてしまう。









ギブス「あぁっ!」

バルボッサ「この馬鹿者めがっ!」

ジャック「いや、……待て! 伏せろ!」





イ級の噛み砕いた艤装は、どこかの機構に当たったのか、艤装が口の中で小さな火花を起こす。




それが燃料に引火し、炎上。同時に、12cm単装砲に組み込まれていた砲弾の火薬に着火。
さらに爆発が起き、イ級の口の中で、弾頭が四方に飛び散った!





イ級「ゴギャアァァァ!!」





ジャックらの砲弾が効かない程強力な外殻を持つイ級とはいえ、
流石に口の中から、口蓋や内臓に向かって飛び散る現代の砲弾に耐えることはできない。




イ級そのまま口から煙を上げて、大きな体を海の底に沈ませていった。








爆音と、敵の轟沈を見て、ジャックらはつい動きを止めてその姿を見つめた。




バルボッサ「やったか……?」



その言葉に、三人そろって持ち場を離れ、船から水面を見下ろす。





海は青く深い色をしており、その中はうかがい知れない。


恐らくは倒したのだろう。しかし確証がないため、緊張がいまだ解けないでいる。



あの敵が不死身の逸話を持つ怪物ならば、また息を吹き返し襲ってくるかもしれない。
また、他にも似た敵がいれば包囲されるかもしれない。

歴戦の三人は、常に最悪を考えて海に立っている。




緊張が高じてか、ギブスは意味もなく剣を抜く。
効く筈もないが、持っているだけで安心できる気がした。
とりあえずこうしているわけにもいかない。

三人は、だれが言うでもなく、もう一度元の持ち場につこうとした。







その時である。



ベケット『聞こえるかね? スパロウ君!』


ジャック「うぉあああ!!?」



緊張した空気を割くように、ベケットの声が船上に響く。
ベケットの命令を無視し逃げたこと、武器や食料・貴重品を奪って逃げたこと等、多数の負い目と、
そして何より、陣頭指揮を執っているはずのベケットの声が聞こえたことで、ジャックは腰を抜かした。
バルボッサも、声は上げていないが、流石に固まっていた。



ベケット『死んではいないだろうな。それは構わんが、手順が一つ増えるからよしてくれ』



聞きなれた冷酷な声に、ジャックとバルボッサは剣を抜きながら声のする方へと寄る。
しばらく探し回った結果、積み上げているロープの山に取り付けられるようにして、黒く固い箱がついていた。
ジャックは恐る恐る剣でそれをつつくが、何も起こらない。





ジャック「なんだこりゃ」

ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』



それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、18世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。



ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』

バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」

ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』

バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」

ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』

バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」



ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』


すみません、訂正。 18世紀→17世紀。
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ジャック「なんだこりゃ」

ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』


それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、17世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。


ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』

バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」

ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』

バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」

ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』

バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」


ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』






無線から聞こえてくる声色は慌ただしさを思わせない。向こうの一次戦闘も終わったのだろう。
ガヤガヤと背景の音が混じって聞こえるが、脱出前にあちこちでなっていた爆音などは聞こえなかった。



バルボッサ「引き上げるとは、まさか死後の弔いでもしてくれるのではあるまいね?」


ベケット『笑わせるな。命があれば楽だが、とりあえずスパロウのコンパスだけ拾えればいい』


ジャック「まーた俺のコンパスが欲しいのか」



以前、デイヴィ・ジョーンズを操る為、心臓を手に入れようとジャック・スパロウの持つ
「望むものの場所示すコンパス」を求め、ウィル・ターナーを派遣したことがある。
コンパスは、ジャックの持ち物の中でも屈指の価値を持つ。奪われまいとの思いで、
彼はそれを握りしめた。



ベケット『正確には、コンパスと、元の時代に帰りたいと思う人間が欲しいのだよ。
     君でも、バルボッサでも、ギブスでも誰でもいい』


ジャック「何かを探させる気か」





バルボッサ「とはいえ、三人死んでしまえば水の泡だ。死ぬ気はないが、
      これで奴が俺たちを船ごと殺せないことが分かった。さぁ逃げるぞ」


バルボッサは剣を振り上げる。船がゆっくりと動き出す。


ベケット『最悪、君たちが死んでいてもいいさ。それを使役してやる』



バルボッサ「はっ、死ねば海の亡者になるだけだ。誰も使うことなどできん」

ベケット『できるさ』




無線の向こうで、かすかに兵士たちの声が聞こえる。
その声色には、これから圧倒的戦力差の敵を迎える怯えや興奮といった温度がなかった。


バルボッサはふと思った。このベケットの余裕は何だ。詳細は不明だが、逃走前、
基地全体が慌ただしく動揺するほど、彼我の戦力差があったはず。
指揮官である彼が無駄話をしている暇などどこにもないだろう。

なのに、ここまで落ち着き払っている理由はなんだ?
そもそも、戦闘中に指揮官自らここまで来ることなど可能なのか?



この短い間に、それをひっくり返す何があった?







ジャックを見ると、彼も同じ考えに至ったのか、髭を触りながら思案していた。



ジャック「戻ったところで、俺たちも戦争に巻き込まれるんじゃないか?」


ベケット『安心しろ、後続にいた敵主力は壊滅した。……いや、消滅したといえるか』

バルボッサ「消滅?」




ベケット『探し始めてから2年。ようやく奴を視界にとらえた』


バルボッサ「何の話をしている……?」






ベケット『では、部下たちよ。私からの最初の命令だ。
     死んでも奴を連れてこい』


ヘクター・ベケット少尉は、書類上部下預かにしていたジャックらに告げた。



ベケット『安心しろ。死んだら今度は、奴が連れてきてくれるさ』



ブツッ、と無線が途切れる。
意味深なベケットの言葉の意味を考えるより先に、ギブスが走ってくる音が聞こえた。







ギブス「ジャーーック!!! 不味い! 逃げろ!!!」





>>205
書類上部下預か→書類上部下預かり、です。たびたびすみません。




引き攣った声で叫ぶギブスに、二人は何事かと船後方を見る。
気づけば巨大な船が後方から、もの凄い勢いで追いかけてきた。




ジャック「嘘だろ……」

バルボッサ「島を探せぇ!」



バルボッサは誰よりも早く動き出し、船を走らせる。ジャックやギブスも慌てて操船に従事する。
軽装備で足の速いフーチー号。魔船クイーン・アンズ・リベンジからしばらく逃げ切ったその力は、
トリトンの剣の魔力と、歴戦の海賊三人によって最大限に活かされようとしていた。


距離も十分あった。向かい風であったことも幸いした。
向かい風であれば、追う側で、しかも巨大な船であればその風のあおりを大いに受ける。
条件からいえば、フーチー号に勝機があった。


だが、その船は、そんなものを無視して、恐ろしい速度で進んできた。





その船は、向かい風を、最速で突っ切ってきたのだ。












逃走むなしく、船が接弦する。








???「諸君! 生きることの痛みにしがみつき! 死を恐れている諸君!!」






ガン、と甲板に足を叩きつけ船に乗り込んで来る男が一人。
彼もまた、この時代の者ではない、海賊のような風体。


だがここにいる誰とも違い、男の外見は尋常ではなかった。

触手の様な右腕。左腕はカニの鋏。全身にフジツボがまとわりつき、
顔はタコの触手のようなあごひげに覆われていた。




???「死の彼岸を遠ざけたいのなら、お前たちに選ばせてやろう!」




その男は、ジャックやバルボッサと並ぶ、悪名高き伝説の男。
船長の意思に従い自由自在に動く船。向かい風で最速を誇る船。
歴史上最も有名な、伝説の幽霊船、フライング・ダッチマン号。


それを駆る、伝説の海賊。その名は、








ジャック「デイヴィ・ジョーンズ……!」



ジョーンズ「死にたくなくば、向こう100年、俺に仕えろぉ!」










ジャックの仇敵、デイヴィ・ジョーンズであった。
































一旦休憩。
次は17:20から。

集中力飛んでて誤字がヤバイ。気を付けます。

今のところざっとスクロール見ると八分の三くらい消化。
次の投下で半分超えるくらいですかね。では、また1時間後。

たん乙
凄まじい力作だな

では再開

ブラック・パール号 甲板//





ジャック・スパロウの人生を語るうえで、幾らか欠かせない人物がいる。
その一人は間違いなくデイヴィ・ジョーンズであろう。

彼は、かつてジャックと無人島で出会い、焼け焦げて沈んでしまった
ウィキッド・ウェンチ号を引き上げ、ジャックをその船長にさせた。
その船は「ブラック・パール号」と名を改められ、世界を震撼させる最速の海賊船となった。

そしてその時、船長として13年間楽しんだ後は、100年間ダッチマンの船員として
働くことを約束。しかし13年後のジャックはこれを無視。


結果として、ジャックは彼との壮大な戦いを経て決着をつける羽目になるが、
それはもう過去の話。



決着は、ジャックの勝利だった。
デイヴィ・ジョーンズは死んだはずだ。




ジョーンズ「お前も来たのか、クハハハ!!」



愉快、というには余りに極悪なその表情と掠れた声。
二度と見たくなったその表情を見て、ジャックは顔を引き攣らせる。



ジョーンズ「この時代に来てから、長く奇異なものばかりが目についたが……、
      なるほど、お前らが一番違和感があり、目に馴染む!」






言葉から察するに、彼が来たのは昨日今日ではないらしい。
ジャックとバルボッサは、自分たちの知るジョーンズとの
微かな差異が気になっていた。



バルボッサ「お前、デイヴィ・ジョーンズか?」



弛んだタコの皮膚の間から、爛々とした目がバルボッサに向けられる。


ジョーンズ「誰だ貴様は。スパロウの腰ぎんちゃくか?」


彼が過去にジョーンズと会ったときと変わらぬ、海の底に引きずり込まれるような
強いプレッシャーを感じる。あぁ、間違いなくこの怪人はデイヴィ・ジョーンズに相違ない。



バルボッサ「忘れたか。俺はお前と会っているぞ。貴様の最期を飾った海戦で。
      評議会の代表として、あの砂浜でな。お前は水桶に立っていた」



大海戦前の最後のパーレイに従い、評議会と東インド会社がそれぞれ3名の代表を出し、
小さな無人島の白い砂浜で話し合いをした。その時に、陸に上がれないジョーンズは、
海水を張った水桶に立たされていた。





ジョーンズ「ああ! そういえば、ジャックの横にターナーの女と、
      猿を肩にのせた道化師が居たな。あれが貴様か!?」



余り格好の付く姿でなかった時の話をされ、ジョーンズはお返しとばかりに口にする。



ジョーンズ「あの海賊長のお猿さんは? 森に帰ったかな?
      船長を追いかけずこんなとこで何をやってるんだ腰ぎんちゃくめ」



バルボッサは冷静に努めて、口に笑みを湛えて聞き流す、つもりでいたが、
顔も覚えられていない木っ端扱いされたことで少し頭に来ていた。



バルボッサ「ぬかせ。俺様が船長だ。海賊長に選ばれた証である八レアル銀貨を手に、
      ブラック・パールの船長を務めたのはこの俺だ」

ジャック「待て待て! そいつはただの航海士だ」

バルボッサ「しつこいぞ」

ジャック「どっちが!」


ジョーンズ「まぁどちらでもいい」



そういって、ジョーンズが一歩踏み出す。
喧嘩をしていても警戒は怠っていなかったのか、その踏み出した一瞬に遅れず、
ジャック、バルボッサ、ギブスの三人はジョーンズに剣を向けた。






ジョーンズはさして驚く様子もなく立っている。
ギブスが汗ばむ手で柄をぎゅっと握りしめると、それを怠そうな目で見た。



ジョーンズ「で、こいつは誰だ?」


ギブス「お、俺は……」



長く共にいたジャックも世界有数の知名度をもつ海賊だが、
目の前の怪物はそれを遥かに上回る伝説の海賊。
船乗りならば名を知らぬ者はいない、海の死神。

ギブスはかつてジャックと共に彼と何度か敵対しているが、
こんな距離でまともに面と向かったのは初めてである。
思いがけず、身体が芯から震えた。

そうして答えられずにいるギブスに業を煮やしたのか、
バルボッサが口を挟む。



バルボッサ「そいつはギブス。ジャックの腰ぎんちゃくだ」

ギブス「おい!」



ギブスが何か反論しようとしていたが、それを睨み一つでやめさせる。
今、そんな雑談は不要なのだ。






ジャック「ところで、魚顔のお仲間は?」


バルボッサは内心で頷く。そう、今聞くべきはそういうこと。
簡単に手の内をばらしはしないだろうが、表情から敵の戦力を読むつもりでいた。


ジョーンズ「さあな、どこかに落っことしてきたか」


が、意外にもジョーンズはあっさりと答える。
彼は船に一人きりといった。考えられないことではない。
元々のジョーンズの部下たちは、彼の死後、ウィル・ターナーの部下となった。

更に、このダッチマンは船長の意思に従って自由に動く船なのだ。
最悪動かす船員は船長以外必要ない。事実、接弦しているダッチマンから
誰かが潜むような気配はない。


ジャック「あぁ、そう。あるある」


ジョーンズ「そうだろう?」



ジャック「じゃ、も一個質問。……足、どうした?」






ジャックが指さしたのは、ジョーンズの右足。
彼は、カニの様な左腕と共に、同じくカニの甲殻で出来た右足を持っていた。
バルボッサもそれを聞いてハッとする。何か覚えていた微妙な違和感。
そう、ジョーンズも今の自分と同じく義足の様な右足だったはずだ。
直接見た回数が少なかったことと、数年前の話なので朧気であったが、
ようやく思い出せた。



ジョーンズ「……さぁなぁ。どっかで拾ってきたか」




こちらは説明してくれる気はなさそうである。



ジョーンズ「では、お前らをダッチマンの船員にする。
      期間は俺の目的達成までの間、最大100年間。異存はないな?」



その言葉にジャックは顔色を変えた。異存しかない。
バルボッサもそれは同じで、そうなるくらいならばと戦ってケリをつけるため剣を向ける。
ジョーンズがそれをみて静かに笑う。

戦いは避けられないか。そう思った時、ギブスが待ってくれと声を上げた。



ギブス「俺たちは今、海軍の部下について任務を行ってる!
    俺たちを死なせれば、お前にとってもよくないことが起きるぞ」



ジョーンズ「海軍だとぉ?」







猜疑に満ちた目を向けるが、事実である。
ジャックとバルボッサが頷く。



ジョーンズ「お前らも随分波乱に満ちてるな……」


ジョーンズもこの世界の不条理さに慣れているのか、
それに納得してくれた。



ジョーンズ「で、お前らの上司とやらはどこの誰だ?」



その質問に、ジャックとバルボッサが目を合わせた。




ジャック「ベケットだ、カトラー・ベケット」


バルボッサ「お前の元上司でもある」




その説明に、ジョーンズがニヤリと笑った。







ジョーンズ「ホォ、ハハハハハッ」



意味深に笑い声をあげる。





ジョーンズ「奴はどこにいる?」




とりあえず、有無を言わさず船に奴隷として繋がれることは回避できたようだ。
ジャックは笑顔のまま、内心でホッと安堵した。















グアム諸島警備府 工作部//



神通「っ!」


神通が突き飛ばされ、工作部に倒れこむ。
そんな彼女を、天龍は冷たい目で見降ろしていた。



天龍「指示を無視して、陣形を捨てた単騎特攻。
   命令無視がどういう罪に問われるか知らねえわけねえよな?」



その言葉に、神通は感情の籠らないぼんやりとした目で見返す。



天龍「挙句、空母を討とうとして後ろから軽巡に撃たれて中破。
   単艦で戦争やってんじゃねえぞ。あぁ?」


吹雪「やめてください! 神通さんは怪我して、」


漣「吹雪ちゃん、ちょっとストップ」



天龍「だからこそだろうがよ。万全を期しての特攻なら許す。
   だがあんなのは博打ですらない無謀だ。撃たれて当然だ。
   オレより最前線の長かったお前が分からないわけだろ、神通」






天龍の怒りは、静かに、しかし燃えていた。
彼女は戦いを多く経験している。そんな天龍だからこそ、この神通が
今どれほど愚かなことをしているかわかっている。

戦略や戦術の話ではない。それよりもっと前の話。



天龍「なぁ?」


神通「…………」


天龍「……チッ」



神通は押し黙ったままだ。
反省をしているというより、返す気がないようだ。
打っても全く響かない、暖簾に腕押しな問答に、天龍が先に限界が来た。


天龍「もういい、来い。営倉にぶち込んでやる」




天龍は、命令違反を理由に、神通を引きずって営倉まで連れていく。
神通は全く抵抗せず後に続いた。



吹雪と漣が残される。







吹雪「…………」


漣「顔、暗いよ。スマイルスマイル!」




吹雪は、暗い顔のままだ。
それも当然だろう。長らく心配していた神通と、この島で再開して以来
まともに元気な姿を見たことがないどころか、今にも崩壊しそうな精神になっている。

吹雪が落ち込むのも当然だ。

しかしこういう空気が好きではない漣。何とかしなくては。
そんな思いで、額にかかる髪の一部を、左手で上に引っ張った。


突然の奇行を不思議そうな目で見つめる吹雪に、漣は笑って言った。




漣「基地周りの市民居住区でこんなのあったでしょ? 名前忘れちゃったけど」

吹雪「あ、ボージョボー人形ですか?」

漣「そうそれ!」



名前を思い出した漣は、その特徴的な音が気に入ったのか「ボージョボー」と
嬉しそうに口に出す。






吹雪「頭の紐に左腕を巻き付けるのは、幸運をもたらすおまじないですね」

漣「そそ。お土産探しに余念のない漣さんは、とっくにチェック済みなのです」



今まで大慌てで気づかなかったが、漣の持つ連装砲に、ウサギの人形と並ぶようにして
数体のボージョボー人形が仲良くくっ付いていた。

あれだけ戦闘に狼狽えていた漣の艤装がとても賑やかであったため、吹雪は苦笑する。



漣「はい、一個あげる」

吹雪「あ、えと、はい。ありがとうございます」



吹雪は、グアムが勤務地の為、この人形は自室に大量にある。
漣のそれは京都在住の人に八ツ橋を渡すかの如き行いであったが、吹雪は笑顔で受け取った。
渡されたボージョボー人形は、やはり幸運上昇の結び方をされていた。






漣「でろでろでろでろでろでろでろでろ、でんでろでん!
  吹雪ちゃんの運が5上がった!」

吹雪「? なんですかそれ?」

漣「その装備は呪われている」

吹雪「えぇ!? 返します!」

漣「それをかえすなんてとんでもない!」


吹雪「な、何で?」

漣「もれなく漣が悲しみます、くすん」



吹雪は人形をポケットに入れた。
漣は満足そうに頷いている。






漣「それに運って外れるものじゃないですしね」

吹雪「そもそも運って呪いじゃないですけど……」


漣「そうですか? 幸運っていいことばかりじゃない気もしますよー。
  神通さんだって、運が良くて一人生き残ったことを悔やんでますしね」



漣の一言にハッとする吹雪。これが漣の本題なのだろう。



漣「ですが! はいそこすぐ暗くならない。ですが! ですよ!
  彼女が生き残ったことで、今日救われた命もあるわけです」




基地への攻撃は、苛烈なものだった。


結果として基地の設備の多くが破壊されてしまった。
だが、早期に敵を全滅させたおかげで、一般市民の住むエリアにまでは
被害を広げてはいなかった。







漣「現にこの人形を買ったお土産屋のおっちゃんは空襲を免れました。
  レモン汁効きすぎてるチャモロ料理店のおばあちゃんも、
  ナイトマーケットでココナッツオイル石鹸売りまくってるお姉さんも、
  近くを通るたびにグズリアとかチョコをせがんでくる子供たちも、
  みんな、みーんな、助かりました。それは神通さんが居てくれたから、かもしれません」




指示違反は別ですけどね、と一応付け加える。
神通が命がけの特攻をしたことを、漣もよくは思っていなかったからだ。



吹雪「……そう、ですね」



休憩時間、暇さえあれば街に繰り出す漣。
戦争中だというのに緊張感がないという人もいると聞いたが、
こうして見知らぬ土地で人と巡り合い、そのみんなの安否をすぐに確認できる
彼女の人懐っこさと情報力は、とてもじゃないが真似できないと吹雪は思う。



漣「ま、つまりクヨクヨすんな、ってことでした。ちゃんちゃん!」



真面目に語ってしまったのが恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめて
話を無理やり終わらせる漣。吹雪はちょっとだけ救われた気がした。







漣「ところでこの人形、他に結び方知ってます? 一覧にして持って帰ろうかと」

吹雪「一覧、ですか?」

漣「帰りの鞄にみっしり詰め込んでます。お土産に」

吹雪「えぇー……、グアムにはもっと他にもお土産一杯あるのに……」


漣「いいんですよ。女子だし、こういうの好きだし。
  『今年のボージョボー人形は50年に1度の出来栄え』『エレガントで味わい深い仕上がり』
  とか言っとけば群がってきますからねー」


吹雪「それ、11月までまだ3か月ありますけど」

漣「ヌーボー(新しい)って言っておけばいいんですよー。なら8月が一番新しいってことで配布もおk。
  ボージョボー・ヌーボーですよ。そらもう列をなしての大繁盛間違いなし」




何処までがキャラでどこまでが素なのだろう。
吹雪はやはり苦笑した。






















グアム諸島警備府 外国人士官区//







ベケット「ご苦労だった諸君」


ジャックたちは再びベケットの部屋に戻ってきてしまっていた。不本意ながら。
港での彼らを見る兵隊たちの目は冷たく、捕虜脱走の罪で処刑されるのではないかと
内心ヒヤヒヤしていたが、その様な剣呑さはなく、とりあえず安心していた。

しかし、ここにきて悩みの種が一つ増えた。ジャックの因縁の敵であり、
こちらもまたジャックによって殺されたと言っていい、海賊デイヴィ・ジョーンズが
現れたのだ。



ジョーンズ「ほぉう! これはこれはベケット卿! いつ以来かな?」



ジョーンズは濡れた身体も気にせず、高級そうなソファに座っている。
招かれた客でありながら、まるで最高責任者の様に偉そうにふるまっていた。







ベケット「私が君をつかって彼ら海賊を滅ぼそうとしていたとき以来だ」


ジョーンズ「ハハハハ! そして返り討ちにあったということだ! 貴様がここにいるのは、そういうことだろう?」


ベケット「どこの誰かが負けたせいだ」


ジョーンズ「冗談! 曲がりなりにも、あの時の貴様は大将だ。敗戦の責任はお前にある!」


ベケット「そんなことは分かっているさ」



海賊たち三人は、ベケットとジョーンズの会話を恐ろしそうに眺めていた。
死者がよみがえったことも、ジョーンズがベケットと穏やかならぬ会話をしていることも、
いくつかの理由はあったが、何より気になっていたのは、ジョーンズがここにいることである。


この基地は、陸地にある。






ジョーンズ「俺の顔に何かついているか?」


そんな三人の表情に気づき、顎髭の触手をせわしく動かす。
実際、ついているどころの騒ぎではないが、今それは関係ない。



ジャック「陸の感触はどうだ?」


ジョーンズ「決まっている! 最高にクソったれだ!」



そういうと再び笑い出す。ギブスはジョーンズをほぼ伝説でしか知らないのだが、
意外にもこの男は陽気な性質だったのかと、どこか安心した目で見ていた。

一方で、彼をよく知るジャックは強烈な違和感を感じていた。
この男は酷く冷酷で、残忍で、笑うと言っても凶悪な笑みしか浮かべないような男だったはず。



ジャック「呪いはどうした?」


ジョーンズ「んん?」



ジョーンズの目がジャックに向けられる。
デイヴィ・ジョーンズは女神カリプソから与えられた使命により、死者の魂を運ぶ役目を負っていた。
そのせいで、10年に一度しか陸に上がれない呪いも同時にかけられていたのだ。






ジョーンズ「知らん。解けているともいえるし、そうでないともいえる」

ジャック「どういう意味だ?」

ジョーンズ「逆に聞こう。俺が死んだあと、だれかがダッチマンの船長になったか?」



なるほど、とここで得心したジャックとバルボッサ。ベケットは何を考えているかよくわからず、
ギブスは何が話し合われているかよくわかっていない。



ジャック「ウィルだ。ウィル・ターナー。ブーツストラップビルの息子の、ウィル・ターナーだ」


ジョーンズ「ウィル・ターナーだとぉぅ!? ハハ、ハハハハハッ! 
      あの若造、ダッチマンの船長になったか! それはおめでとう! そしてご愁傷様!」



なんとも可笑しそうに笑い続けるジョーンズ。



ジョーンズ「ダッチマンには船長が必要だ。死者を運び、避陸の呪いを受け持つ器が。
      ウィル・ターナーが船長になったことで、私の義務と呪いが解消されたとみるべきだ。
      そうか、それにしてもあの若造なったか」







ジャック「先輩としてアドバイスがあったら伝えておくぞ」

ジョーンズ「そりゃあいい! 是非頑張って耐えろと伝えておいてくれ。
      呪いを解消しようものなら、遡って私が船に戻らなくてはなくなる!」


ジャック「伝えておくが、最後に見たときはお仲間と楽しそうにやってたぞ」

ジョーンズ「そんなものは最初の10年までだ。すぐに奴も呪いの本質に気づき、後悔に苛まれる。
      もし無理やりダッチマンから逃げようものなら、貴様の寝首でもかいてやるとも伝えろ」


ジャック「勿論。そんなことになったら、もう寝室を、そのフジツボだらけにしてやれ」



ジャックの一言にまた大笑いをするジョーンズ。呪いが解けたからか、
終始随分とご機嫌である。そういえば、ジャックらの前に登場した時も、
相当なハイテンションであった。陰鬱な暴虐性は霧散したように思える。






そうして、海賊たちとベケットが話をしている部屋に、
不意にノックの音が鳴った。


ベケット「入りたまえ」


ベケットに促されて部屋に入ってきたのは吹雪と、その後ろに天龍。
彼女たちは山の様な資料を両手に抱えていた。



吹雪「失礼します。ご指示頂いた資料をお持ちしました」


天龍「焼けてなかったのが幸いだっ――!?」


吹雪がベケットの傍に資料を積み上げる。
天龍もそれに続くが、目だけはジョーンズの方に向き、驚愕の表情だ。





吹雪「関連の資料はこれで全部かと……」


ベケット「よろしい。ではそこに控えていなさい」


吹雪「はっ!」


天龍「……」



天龍は尚も唖然とした顔だ。ジョーンズの異形に驚いていたこともあるが、
この部屋の誰も彼のことを指摘していないのも謎だった。
その様子に気づいたベケットが天龍に向かって説明する。



ベケット「あれもスパロウらと同じ海賊の一人だ。
     決して深海棲艦側の提督という訳ではないから安心したまえ」


ジョーンズ「その通り。どちらかといえば、あれらと私は敵同士だ」




デイヴィ・ジョーンズの言葉に、ベケットの視線が向く。





ベケット「深海棲艦を知っているのだな」


ジョーンズ「俺はこっちに来て4年になるからな」



4年前。それはベケットがこの世界に飛ばされた時と同じ年数だ。
ベケットは身を乗り出す。



ベケット「では、もう一つ。お前は深海棲艦を倒す術を持っているな?」


吹雪から渡された資料の一つを引っ張り出し、ジョーンズに見せる。
天龍も興味深そうにそれ覗いた。



天龍「地図?」


ベケット「前線で、深海棲艦が消えたという情報が秘密裏に共有されていてな。
     准将以上のクリアランスがないと本来触れない情報だ」





至極、当たり前の様に言ってのけるので、天龍は驚くタイミングを失ってしまう。
前線で原因不明のまま敵が消えるなど、不安要素でしかない。混乱を防ぐためとはいえ
そんな情報が伏せられていたこと、それから少尉に過ぎないこの男が、その情報を
手に入れているとい事実。色々なところに説明を求めたかった。



吹雪「こういった内部の工作や根回しは少尉の得意分野ですから」


狼狽える天龍にこそっと耳打ちをする吹雪。
問題はそこではないのだが、余りに誇らしくいう吹雪に脱力してしまった。



バルボッサ「驚くことか? 深海棲艦という奴なら俺たちも倒した」

ギブス「しかもクジラみてえな奴だ! ありゃ親玉だぜ!」


ベケット「あれは駆逐イ級と呼ばれる雑魚中の雑魚だ」


死闘を繰り広げた、海の主といえるような怪物がその辺の雑魚と知り、
ジャックもギブスも、バルボッサでさえ驚きを隠せない様子だった。





それを無視し、ベケットはジョーンズに向き直る。
ジョーンズは地図にも目を通さず、どっかりと座ったままだ。


ベケット「4年前から、世界各所で深海棲艦の一団が消える事態があった。
     また、敵の残骸がいつの間にか消失しているということも多々起こっている。
     本部は、深海棲艦側の作戦行動の一環だと考えていたが……、これはお前だな?」


ジョーンズ「……」


ジョーンズは見定めるような目でベケットを見る。
その眼光は波の船乗りなら一睨みで失禁してしまうほどの恐るべきものだが、
ベケットは変わらず目を逸らさない。

それを見てジョーンズは口に笑みを湛える。


にらみ合い。緊張。





ジャック「というか」


それに割って入ったのはジャック。
手を上げて発言の許可を待つ。






ベケット「何だ?」


ジャック「さっきから気になってはいたんだが……、おたく、ジョーンズがいることを知ってた節があるよな?
     船の中ん時もそうだ。俺たちより早くジョーンズの接近に気づいてた。ありゃなんだ?」



それに関しては、天龍も同じ気持ちだった。
深海棲艦の消失が起こったとして、通常考えうるのは敵の作戦か、それに準ずる何かだ。
決して伝説の悪霊が倒しまわってるとなんて思うはずがない。

吹雪を除く、全員の視線がベケットに集中する。観念して、彼は言葉を選びながら話し始めた。



ベケット「……私の中には常に一つの疑問があった。なぜ、この世界に飛ばされたのか、というな」



それは、彼がこれまで追い続けた来た疑問。
それを話し始めたことにバルボッサは驚いた。彼は確信するまで言うつもりはないと言っていた。
つまり、今、仮説が確信に変わったのだ。


ベケットは、紅茶を一口だけ飲むと、全員の視線と向き合った。





ベケット「時に、こちらへ飛ばされてきたときに、カニを見なかったかね?」



唐突な言葉に、横から聞いていた天龍は頭に疑問符を浮かべる。
そこで吹雪に助けを求めようとしたが、彼女は真剣な目で相槌を打っていた。

一方、そんな質問をされた海賊たちだが、彼らも真剣な表情だった。


ジャック「見た、というかハサミでつままれたな」

バルボッサ「見たな」

ギブス「俺も見たぜ。起きたら足に乗っていた」


フーチー号に乗って訪れた三人は満場一致。
視線が、沈黙するジョーンズに集まる。彼は横柄な態度を崩さずに答えた。


ジョーンズ「見たぞ」






その返答は、明らかに何かを知っているような、次の答えが分かったような響きを伴っていた。
ベケットも、この男ならば知っているかもしれないと思っていたので意外でもなかった。
未だに疑問符を浮かべている天龍以外、部屋の全員が一つの仮説に行きついた。



ジャック「つまり――、」



誰も言い出さない中、答え合わせをしたのはジャック。








ジャック「カリプソか……?」










驚きの声はない。間違いなく、全員がその名前を頭に思い浮かべていた。




天龍「ちょ、ちょちょちょ……」


唯一分かっていなかったのは天龍くらいである。
流石にもう話について行くのが限界だったので、隣の吹雪に説明を求めた。



天龍「カリプソって何だ? そいつも海賊?」


吹雪「ギリシア神話における海の女神の名前です。英語読みでカリプソ。
   古代ギリシア発音ですとカリュプソーですね。オーギュギア島に住むニンフの一人です。
   欧米の船乗りさん達の間では、古来から彼女の眷属がカニであることが伝えられているようですね」




説明を受けたが、言葉が耳を滑るように抜けていった。
天龍は考えることをやめた。普段、ベケットの研究の手伝いもしていた吹雪には
分かることでも、天龍にしてみれば呪文にも等しかった。

漣だったら、ゲームか漫画の知識で多少の反応もできたかもしれないが、
彼女は今別室で本土と通信するため調子の悪い無線機と格闘中だ。



天龍はすごすごと下がる。







バルボッサ「確かにカリプソは、海の女神だが……、
      あれはこんなことが出来るような力ももっているのか?」


こんなこと、とは別世界への転移のことだ。


ギブス「俺たちがカリプソを女神の姿に解き放ったからじゃないのか?」


バルボッサ「それにしてもだ。海を司る神であって、別世界の神ではないだろう?」


ジョーンズ「貴様らは知らんだろうが、それは別に疑問となるべきところではない。
      あの女は海の神で、強力な魔力を持っているが、アレの本質は別にある」


その言葉にベケットが頷く。


ベケット「神格化された存在は、その能力とは別に、権能という固有の力を持っている。
     そしてカリプソの神格としての権能は、『神隠し』だ」


その昔、神が当たり前に存在した時代。
行方不明となった人は神に連れ去られていたのだと信じられていた。
カリプソは、特にその力を行使し得る能力・特権を持っているのだ。






海の女神として、彼らの海を支配していた姿は海賊たちも知るところだが、
ギリシア神話のニンフであるカリプソとしての側面や権能などは、
学のない彼らにとって既知外のものだ。



ジャック「へぇ、意外。呪いじゃないのか」


ジョーンズ「ことあるごとに呪ってくるのは、あいつの性格が腐っているからだ」


悪し様に言うジョーンズ。
彼はここにいる誰よりもカリプソの性根をよく知っている。説得力が違った。



ジョーンズ「カリプソは移り気だが、執着心は強い。
      自分勝手に人を攫ったり、呪ったりするのはまさしく奴そのものだ」


ベケット「あぁ。神話でも、彼女はオイディプス王を虜にし、7年は島に釘付けにしたようだ」


ジョーンズ「誰だそいつは」


ベケット「後で説明してやる。要するに、カリプソの昔の男だ」


ジョーンズ「ハッ、あいつに今の男がいるかどうか怪しい。
      奴にとってみればすべての男は過去の男よ。真に愛に心を燃やす今の男などいないっ!」






ジョーンズは苛立つように巨大な鋏でできた腕を机に叩きつける。
オーク材で作られた机がひしゃげるように真ん中から割れた。

急いで間に入ろうとする天龍と吹雪だったが、ベケットに手だけで制止された。


まるで海賊相手ならば日常茶飯事、といった表情だ。



ジョーンズ「身勝手で、嫉妬深く、気まぐれで、冷徹な恐ろしいアバズレだ」

ジャック「そりゃまぁ、イイ女じゃないか」

ジョーンズ「否定はしない」



その一言と共に、再びジョーンズの機嫌が直る。
情緒不安定さについて行けない艦娘の二人だが、きっとこういうものなのだろう。
海賊という荒くれ者は、精神も荒れているのだ。
それで自分を納得させた。






だが、まるで納得していない表情をしているのがバルボッサだ。
彼は不満そうな顔で続ける。



バルボッサ「カリプソの権能が神隠しであることは分かったが……、
      これは神隠しの範疇か? これほどまでの強力な女神なら、
      かつての海賊長とてカリプソの封印など不可能だっただろう?」


ギブス「だがあれは正攻法じゃなかったって聞いてるぜ? なぁデイヴィ・ジョーンズさんよ」


ジョーンズ「おい、腰ぎんちゃく。誰に口をきいている」


残忍な目で睨むジョーンズ。思ったよりも陽気かもしれないと思っていたが、
別にそんなことはなかったと知り、ギブスは蛇に睨まれたカエルの様に硬直した。



バルボッサ「正攻法でないにしろだ。別の世界に飛ばすなんぞ、まともな神の力ではない。
      カリプソは所詮女神。それほどまでに偉大な神ではない筈だ」


ジャックらは、バルボッサの言いたいことに気づき、悩み始める。
確かにカリプソは神の如き力を持つ海の女神だ。
だがバルボッサの言うように、こんなことまでできるのは、流石にデタラメが過ぎるのだ。



ジャック「そこんとこ、どうなんだ? 碩学者様?」






ジャックが視線を向けると、ベケットが頷いた。



ベケット「半分間違いだ。カリプソは別世界へと渡る手段がないわけではない。
     神隠しの権能を、膨大な魔力で無理やり方向づけて、彼女自身で運んでくるならな」


ジャック「……それって要するに?」


ベケット「彼女自身が、海に沈み悲しみに打ちひしがれるジョーンズの魂と肉体を
     この世界に持ってきたということだ。無論、そんなことをすればカリプソもただでは済まない。
     魔力も使い果たし、力を使えるようになるまで数年。元の力を完全に取り戻すなら数十年かかる。
     その間は元の世界に戻ることはできない」


天龍「それってつまり、女神がわざわざこの男を助けたってことか? 何のために?」


バルボッサ「そいつもカリプソの昔の男だ」


天龍「あぁー、なるほどな。好きで助けたとか、そういうことか」



小難しい話は全く分かっていなかったが、女子の端くれである天龍は、
なんとなく人物関係を理解した。漣から貸された、いや課された少女漫画のおかげである。
だが、その一言にジョーンズの怒りが再燃する。



ジョーンズ「あれはそういう女ではない! 所詮いつもの気まぐれだ!」






吹雪「あれ、でもそれですと、少尉はどうして?」


ベケット「分からん。が、きっと万分の一の偶然だと思う。
     奴と同じ戦いで、同じ海に沈んだこと。ジョーンズを拾うためにかけた網に、
     私の魂と肉体が一緒にくっついてしまったのだろう」


ジョーンズ「お前と私の戦っていた距離は相当離されていたろう?」



ベケット「あの時、嵐で海中の流れが強かった。その時に相当流されてきたか、
     エンデヴァーを攻めたどちらかの船に引っかかっていたか。
     以前に貴様の心臓を手にしていたこともその理由かもしれん。詳細は不明だ」


ジャック「まぁ要するに、カリプソがジョーンズを助けるために別世界に飛ばしたって推理してたから、
     お前はジョーンズの仕業だと半ば確信してたってわけか」


ベケット「そうなる」



再び説明が一休止するが、やはりバルボッサは納得がいっていない様子だ。
ベケットはそれを理解し、また別の地図を引っ張り出して広げた。







それは日本が大きく書かれたミクロネシア付近の地図。グアムも載っている。
ベケットは広げたその地図のグアムに赤いマジックで点を打った。




ベケット「ここは今我々のいる島。私はちょうどこの辺りで発見された」


グアムの北側に点を打つ。




ベケット「そして、スパロウらが乗っていた船が見つかったのが、ここ」


その点の位置は、グアムから少し離れた北で、東の方角に位置していた。





ジョーンズ「俺は、大体このあたりだ」


ベケット「凄いな、覚えているのか」


ジョーンズ「現在地が分かるものがあったのだ。
      私も後で話そう。要はダッチマンのおかげだ」




ジョーンズが点を打った場所はグアムより北、小笠原諸島より南東。
一同の視線が地図に集中する。






ベケット「そして、ここ最近起こった七件の失踪事件」

 

その一言に、天龍の表情が変わった。まさかそんな超常現象が関わっていると思わなかったのだ。




ベケット「最終的には連絡がつかなくなったが、その最後の通信を行った箇所が、
     ここと、ここと、……ここ、ここと――」




そういってベケットが地図に点を書き加えていく。
すると、点がひと塊の位置に集中した。
北を鎮守府正面海域、西を小笠原諸島。南をグアム、東を南鳥島。
すべてこの海域内で起きた出来事だった。





ベケット「この海域は、私の研究によれば、昔から行方不明の多い地点だったそうだ。
     それから、民話や伝説をたどれば、ここには怪物が出たらしい」


ジャック「……怪物? どんな?」



ジャックが恐る恐る尋ねる。ベケットはそんな彼の目を見ていった。







ベケット「ドラゴンだ」












ベケットが各島々を線でつないだ。
すると、赤の点を囲むようにして、大きな三角形が出来上がった。






ベケット「この結んで出来上がった三角海域は、現地で『ドラゴン・トライアングル』などと
     呼ばれている。三角形は力の象徴だ。この数字は神聖な数字として陰陽思想にも用いられる。
     言わば聖域だ。また、ドラゴンは破壊や災害といった邪悪の象徴としても扱われる」





また唐突に始まった専門的な話に、全体が付いていけなくなる。
理解して話を帰してきたのは吹雪だけだった。





吹雪「つまり、この海域は神の領域に通じる聖域で、時に破壊と災害がそこから現れる、と、いうことでしょうか」



ベケット「その通り。つまりこの海は、昔から何かの拍子で転移が発生しやすい地点だった。
     恐らくだが、次元・時空の集合地点となっているのだろう。オカルト的か物理的かは知らないが
     なんらかの力が働いて、時空が一時的につながるという訳だ。そこから、災害が発生した」



もうここまでくればお手上げだ。特に海賊たちには「次元」や「時空」というのはそもそも概念からして
聞いたことのない話。周りは、小難しい話の応酬をしている二人を放置して話を進めた。








ジャック「で、話の途中だったよな。デイヴィ・ジョーンズ?」



ジョーンズ「何だ?」


バルボッサ「お前があの深海棲艦という奴らを殺したという話だ」


ジョーンズ「あぁ……」


ジョーンズは一瞬目を閉じる。
その閉じる直前、目が泳いだのをジャックとバルボッサは見逃さなかった。


天龍「そうそう、それはオレも気になってたんだ」



彼は一通り悩むようなしぐさを取って、話し出した。







ジョーンズ「そもそも、あの深海棲艦というのは普通の生き物ではない。
      海に生きる悪霊の一種だ」


バルボッサ「悪霊だと?」



ジョーンズ「そう。あれは呪いや怨念を纏った怪物だ。俺はそう見る」


天龍「海軍の公式見解は、かつて沈んだ船の怨念が生み出したもの、って感じだ。
   この、人、の言ってることは正解だ」



その説を補強するように、天龍も付け加える。
彼女は一瞬、ジョーンズを何と呼称するかで迷い、結果、「人」とした。



ジョーンズ「沈んだ無念や怨念をブチ殺してあの世に送るのが私の役目だ。それが船であれ、な」


ジャック「待て、陸に上がれない呪いは解けたはずじゃないのか?」



ジョーンズ「そうだ。だがダッチマンがあればそれは不可能ではない。
      あの船は海の亡霊を運ぶ船だ」




そう。それは彼の乗るフライング・ダッチマン号の力だ。
その一言を聞いてギブスがそういえばと何かに気づく。





ギブス「そういや、ダッチマンって……、なぁジャック?」


ジョーンズに話しかけるのが怖いのか、思いついたことをジャックにいわせようとするギブス。
彼もそのことは早々に気づいており、いつ聞こうか考えていたところだが、ちょうどいいので質問した。


ジョーンズ「何だ?」


ジャック「ダッチマンは、俺たちの世界ではウィルが乗っている。
     あの船は確かにあの世界にあった。だったら、お前の乗ってる船は何だ?」


ジョーンズ「あぁ、あれはな。この世界のフライング・ダッチマン号だ」


その回答は想定していなかったのか、ジャックは答えに驚いてしまったが、
考えてみればその結論しかないとわかり、歯噛みする。


バルボッサ「俺たちはこの世界の歴史にはいなかった筈だが?」


ジョーンズ「クハハ、そうか! だが私は確かにいる!
      どちらの世界でも、デイヴィ・ジョーンズといえば、古今東西で海を支配する
      伝説の悪霊海賊の名だ!」


別にどうでもいいことではあるのだが、バルボッサは内心で少し悔しがった。






ジャック「で、その伝説の海賊はどうやってあの化物共を倒したんだ?」


ジョーンズ「海に生きる万物の死神である私に、ただの船のゴースト共がかなうわけないだろう!」


それは堂々たる答え。長く海に死神として君臨したデイヴィ・ジョーンズだからこそ言える言葉だ。
しかし、ジャックとバルボッサは内心で訝しんだ。直前の、ジョーンズの目の動きで、
これが嘘であるのだろうと直感する。彼は何かを隠している気がした。


天龍「……、後続に控えていた敵の空母艦隊を壊滅させたのも、本当にアンタなんだな」


ジョーンズ「まさしく。単純に相性の問題として、亡者は私に勝てん。
      敵も壊滅したというより、消滅したといえる」



これは嘘ではないようだ。
手段は不明だが、とりあえずジョーンズには敵を倒す手段があることは確かだ。






とりあえず、とバルボッサは話を区切る。
彼が求めていたのは、ジョーンズの話ではなく、カリプソの話だ。
一段落ついたので、まとめに入る。



バルボッサ「とりあえず必要なことは全てわかった。カリプソはジョーンズを呼ぶ際に、
      権能を最大限に活用するため、我々の世界から、奴の権能と適合しやすい
      神隠しの海域へと飛ばした。そして、数年を経て回復した力で、俺たちを呼んだ」



ジャック「なるほど、それだけ分かれば十分だ」




海賊たちの間で一つの結論に達したところで、
ベケットと吹雪の語り合いがようやく終わり、一度解散となった。


























グアム諸島警備府 外国人士官区//




殆どが解散すると、部屋に残ったのは主であるベケットと、
その部下である吹雪、そして海の悪魔デイヴィ・ジョーンズだけとなった。


ベケット「……」


彼は、古ぼけた書物を真剣な顔で読んでいた。
その本は、まともに本として体裁を保っているのが不思議なほどで、
紙類にとっては天敵ともいえる湿気を多分に帯びており、コケやフジツボすらついている。



ジョーンズ「その日誌と、船に備え付けられていた海図。
      そいつのお陰で早々に現在地を特定できたんだよ」


ジョーンズが船から持ってきた本。それは古い航海日誌であった。
船の航続距離、天気、業務、その他船舶に関する様々な記録をまとめた日誌であり、
現代の軍艦にも欠かせず、日本でも備え置くことが法律が定められている。



吹雪「でも、これって航海日誌、っていうより、なんだか日記みたいですね」


その指摘にベケットも同じ感想を抱いた。
記述されている日にちは規則性がなく、気まぐれに書いている。
更に書式もバラバラで、内容も私的な文章が混じっていた。





ベケット「これもまた、噂に埋もれた真実か」


ベケットは感心して、その日誌を読み終えた。
日誌の最後は、文章の途中で唐突に終わっていた。
まるで書いている途中に突然死んでしまったかのような途切れ方である。
だが、実際は死んでしまったのではない。天に召されたのだ。
それは同じようで、まったく違う。そのことを、ベケットも、吹雪も良く知っていた。



オランダ語で書かれたその文章。最後のページに綴られていたのは、
日誌を書いていた男が、愛する女へむけた最後の謝罪と、そして感謝。
女の名前はゼンタ。男の名前は、ダラント。




吹雪「これって、作り物じゃないですよね?」


ベケット「あんな顔の男が、今我々の目の前にいるのだぞ?
     あれに比べればこちらのほうが幾分かマシだ」


吹雪「あれもきっと映画の特殊メイクか何かですよ。マスクですよゴムマスク!
   中身は渋いおじいちゃんですよきっと。英国紳士みたいな」






ベケット「動いているぞ、ゴムマスク」


ジョーンズ「クハハハ」


吹雪「うぅー、そうですけど……」



吹雪がちらりと目線を向けると、ジョーンズはここぞとばかりに顎の触手を
やたらめったに動かした。吹雪は、信じたくないのか、見たくないのか、
その光景から目を逸らした。



ベケット「しかし、そうか。この世界にもダッチマンは実在したのだな」



かつて元の世界でダッチマンを見たベケットですら、その事実は驚きだった。
ましてや吹雪の衝撃たるや、もの凄いものである。未だに信じられなかった。






吹雪「だって……、ダッチマンってオペラの創作話でしたよね?」




フライング・ダッチマン。さまよえるオランダ人。
リヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ作品として知られるそれは、
ワーグナーの全オペラ作品の中で最も短く、そして有名な話の一つだ。

嵐を永遠に彷徨い続ける幽霊船の船長の話で、呪いに翻弄されるも、
その末に真実の愛を見つける男と女の話である。
そしてその主役とヒロインが、先述したダラントであり、ゼンタなのだ。




吹雪「それが実は実在しましたっていわれても……」


ベケット「いや、元をたどれば、ハインリヒ・ハイネという作家の小説が原案だよ。
     著名人を含めて多くの人間と交流があった方だ。どこかで聞いた現実の話を
     ベースに小説に仕立てたのかもしれない」



諸説はあるが、この原案となったのはアフリカの喜望峰辺りで興ったフォークロアである。
世界で見かけられる幽霊船伝説の先駆けであるが、実際はもっと昔から世界各地で
幽霊船の話や、それに類する話は散見される。日本でも、船幽霊という形で伝えられている。
こういった話のどれかがハイネの作品のアイデアになったと思われていたが、
実際は、本当にダッチマンの真実を、どこかから聞いたのかもしれないとベケットは思った。







ジョーンズ「だが、その最後の船長は今から200年近く前に日誌を書き残して死んでいる。それが、」


ベケット「死んだのではない。天に召されたのだ」


ジョーンズ「アァン?」


吹雪「そういう最後なんです。最期は幽霊船から解放されて、恋人と共に天に昇るという」




一瞬、沈痛な表情をとるジョーンズだったが、すぐに元の表情に戻り、つづける。




ジョーンズ「ならば、怨念がここまで蔓延っているのも、一つはコイツのせいだな」


吹雪「え?」


ジョーンズ「決まっている。恨み、憎しみ、怨念。それらを片付けるのがダッチマンの使命だ。
      ダッチマンの船長が天に昇ってしまえば、誰がそれをする?」






吹雪はその言葉に瞠目する。
深海棲艦が現れた理由は、海戦当初から今に至るまで不明であった。


その理由の一端らしきものを、まさかこんな場所で、数百年前の海賊から聞くとは思わなかった。
それも相手はあのデイヴィ・ジョーンズである。昨日の自分にこのことを伝えても、一笑に付しただろう。




ジョーンズ「悲劇性の高い魂は共鳴する。それが悪霊や、神や、精霊のいる世界なら猶更だ。
      聞くところによれば、この世界にも妖精が存在するらしいな。そんな場所で、
      怨念が蔓延れば、そうなるだろうさ。引きあいやすいんだ、そういう奴らは」




海賊というには余りに博識である。吹雪はそれに感心するばかりだ。
それもそのはず。彼は海賊であるが、海の死神でもある。魂の取り扱いのエキスパートであり、
そのキャリアは気の遠くなるほど長いものだ。





ジョーンズ「では、次は貴様らが私に説明をする番だ!」



元々イスに深く座り込んでいたジョーンズだが、更に、どっかりと大きく座りなおす。



ジョーンズ「オイディプスの話だ。カリプソの昔の男。
      あとついでにその日誌の男の話もだ。全て聞かせろ」




吹雪とベケットは顔を見合わせた。そして内心で思う。
あれほど口では恨んでいる素振りを見せながら、気になっているのだ、カリプソを、この男は。
驚かされているばかりだった二人だが、ようやくイニシアチブを握り返したような気がした。





ベケット「では、まず古代ギリシアの叙事詩、『オデュッセイア』から」




海の神として、かつてジョーンズの恋人であったカリプソ。
デイヴィ・ジョーンズはそこで、初めてカリプソの過去を知ることになる。















グアム諸島警備府 通信室//





漣「いやー、これ無理ゲーっすわ」



耳に当てていた通信機を外した漣は、背筋を大きく伸ばす。



天龍「通信設備周りもやられたか……」


漣「どうでしょう。遠目ではパッと見大丈夫そうでしたけど」



漣は手元の通信機全体を色々と弄る。
報告や指示を受ける為、先ほどから本土への通信を試みているのだが、不通。
見る限り、機器に問題はなさそうに思える。漣は一応、ドライバーとテスターで軽く
分解、整備してみたが結果は変わらない。一向に改善されない状況に、漣は机に突っ伏した。



漣「わっかんないんだよぉー!」


そろそろ集中力も限界である。外は未だに曇ったままだ。
午前まで綺麗に晴れていたのに、急に曇りだしたとおもったら
ずっと分厚い黒い雲に覆われている。風もきつくなってきた。これでは嵐になるだろう。





漣「次の台風って何号でしたっけ?」

天龍「確か6号。てか何だ? この台風が原因か?」

漣「台風程度で不通になるほど、脆弱な電波使ってないと思いたいんですがねえ。
  この辺にはあっちゃこっちゃに電波塔も建ってることですし」


外した通信機のイヤホンからは、まったく応答は聞こえてこない。
周波数はこれで間違い筈だ。これ以上はもう漣では判断がつかず、
無線通信用の妖精も装備してくればよかったと歯噛みした。



ギブス「これは使えねえのか?」


部屋の隅の椅子にに座らされていたギブスが、懐から無線機を投げた。
それはベケットがフーチー号に置いていた無線である。



天龍「お前……、これ探したんだぞ」


回収しようと探しても見つからない筈である。
この男が懐に入れていたのだ。





バルボッサ「遠くの距離、隔絶した船で連絡を取れるのは素晴らしいが、
      こう簡単に使えなくなるのでは話にならんな」


漣「はー、これだから老害は。普通こんな故障しないんですよ。
  それをみて無線全体の否定とは。使えない者の僻みでしょーに」


バルボッサ「何故だか知らんがな、いつだってその万が一は、一番起こってほしくない時に起こる。
      ケツに火が付いたどうにもならない状況の時に万分の一を引き当てる」


漣「はいはい、不運乙! 運と信心と功徳が足りてないんじゃないですか?
  売店行ったらこんな人形売ってるので買ってきては?」



そういってボージョボー人形を見せる。
艤装のあちこちについた人形は、戦闘が起こる前より、その数は倍ほどに増えていた。





ギブス「なんだそりゃ。ブードゥー教の人形か? 貸してみろ」


漣「お前に貸す人形ねーから!」


漣はプイ、とソッポを向いて、また仕事にとりかかる。
天龍は、漣はどちらかといえば、もの珍しさで海賊と意気投合すると思っていたが、
関係性はあまりよくないので意外に思っていた。

気になっていた天龍はそのことを漣に質問した。
すると漣は頭に怒りマークを付けんばかりに答えた。



漣「そりゃそうですよ! 大体、海賊って何ですか海賊って!
  ワルに憧れるとか、そういうのは思春期で終わらせとけってんですよ! まったく!」


彼女としては、彼らが来てから悪いことばかり起こっているし、
そもそも、彼女はちゃらんぽらんなように思えるが、実際は真面目で心優しい少女である。
故に民衆にとって悪である海賊と仲良くするようなことはなかったのだ。







漣「大体、そいつらって裏切り者でしょう? 漣、そういうのメチャゆるせんというか!」



天龍「あー……」


その言葉に、バルボッサの視線が向く。
鋭い視線というよりも、興味深そうに見ている。



バルボッサ「裏切り者だと?」


漣「ええ。だって勝手にほっぽらかして逃げるわ、今も船長救けに行こうともしないし。
  それによく考えたら最初会ったときもあのバンダナを生贄にしようとしてたでしょ!」



ちなみに、ジャックがここにいないのは、彼一人だけ再び牢に入れられたからである。
一緒に入れれば、また三人で協力して何をするかわからないので、二手に分け、
片方に監視をつけたのだ。



バルボッサ「それは違う。裏切りとは、弱者の言い訳だ。そもそも、アレと俺は仲間ではない。
      たまたま同じ船に居合わせた敵同士だ。それを言うなら、その男がまさにそうだが?」






バルボッサがギブスを指さす。急に話を振られると思っていなかったギブスは慌てた。



ギブス「いや、そりゃ、助けに行こうと画策をだな」

漣「ほぉう。そっちの人は根性ありますね。敵の監視の前でそんなこというなんて」



天龍「まぁ、海賊にそんな正義を期待する方が間違いだな」

バルボッサ「ほおう?」


天龍「絡むなよ。本当のことを言ったまでだ。慣れてるだろ?」



天龍の態度にバルボッサは笑い出す。





バルボッサ「よく分かってるじゃないかお嬢さん!」


天龍「悲しいことに、どんな時代でもお前らみたいなやつらがいてな。
   海賊は、いつの時代もそんな奴らばかりかと思ったんだ」



一瞬ヒートアップしそうになった天龍だが、それを抑えて話を終わらせた。
だが、バルボッサはそれを見逃したりはしない。




バルボッサ「随分と海賊がお嫌いなようで。……男か?」



天龍の表情は動かない。




バルボッサ「……違うな。仲間……、いや家族か? それとも、その目か?」




天龍の表情は、やはり無表情だ。
しかし、その後ろにいた漣の顔が分かりやすくゆがむ。







バルボッサ「あぁ、両方か!」




バルボッサはしめたとばかりに嬉しそう笑みを浮かべた。




漣「あんたねぇ!」

天龍「漣。いい」



漣「っ、ぐ、あぁーもう!」




漣は手で顔をぐしゃぐしゃに擦る。彼女は自分の顔でバレてしまったことに気が付いていた。
その動揺を止められなかったことに、自分自身で腹が立っていた。







天龍「隠すようなことじゃねえよ。馬鹿な海賊が人質とって、そこに運悪く敵が来て、
   敵味方諸共大勢死んだ。オレも怪我した。それだけだ」




長く続く戦争は多くの貧困を生み出した。


生活に困ったアジア人たちが、海賊として海に出始める。
更にそれを調べていくと、裏には元々その周辺国の有力者であった者たちが、
植民地解放の為に支援をしていたことが分かる。帝国はその一団の壊滅作戦に出た。


そしてその一団とマラッカ海峡でかち合う。敵はそこに住んでいた多くの人々を
人質にとっていたが、海上は天龍達が封鎖し、陸軍の突入も時間の問題だった。




だが、まだ深海棲艦から取り返して日が浅い海での出来事。
前線も目の前だった。人が集まりすぎたその海峡にて、深海棲艦の一団が奇襲をしてきた。


完全に不意を突かれた一撃。天龍はその日、姉妹艦と、右目を失った。





バルボッサ「ハハハ、運がない」


漣「っ!」







そんな過去を容赦なく笑うバルボッサに漣の怒りがこみ上げるが、
天龍は軽く手をポンと漣の頭に置いて落ち着かせた。



天龍「まぁ、戦争だからな」

バルボッサ「戦争だからこそ、人質など見捨てればよかったものを」



天龍「できねえ相談だ。こちとら清く正しい帝国軍人なもんで」

バルボッサ「やはり軍人などにはなるものではないな。
      海賊暮らしが一番だ。気ままに力を振い、欲しい宝を手に入れる」



天龍「海賊になってまでやりたいことねえんだ、オレは。
   ありきたりだけど、今んとこコイツとか、仲間が宝だなオレは。
   その為なら力だって使うさ。帝国軍人万歳」



余りいつもの会話ではそういう話は出たことがないのだろう。
唐突に命に釣り合う宝物扱いされた漣は、少し顔を赤くした。






漣「……、そ、そこは、ふーん。別に漣だけが宝ってしてくれてもいいんですよ?」


天龍「宝はいっぱいもってた方がいいだろ?」




マラッカ海峡で多くを失った天龍。怪我をし、絶望していた彼女にあてがわれたのが漣である。

漣は色々と問題児であったため、ていのいい厄介払いというか、塵をまとめて一か所にの精神で
組まされたに過ぎないコンビであったが、漣のマイペースさと日常感に、少しずつ前線で
蝕まれた精神が回復し、立ち直ったのだ。それは、神通と似た境遇であった。
彼女がこの部隊に来たのも、きっとそれを見越してのことだろう。



天龍「なはは、感謝してるよ」


漣「ふーん……」



頭に乗せていた手でグリグリと撫でまわす。
髪がはねるのも気にせず、漣はじっとそれを受け入れた。






バルボッサ「…………」



こうなってしまえば、からかっても余り面白みはない。
なぜか勝手に友情を深めだした二人から興味をなくす。

視線をよそに移すと、ギブスが緑茶を渋そうな顔で飲んでいた。
何をしているのだコイツは、とバルボッサは理解できないという表情をした。



天龍「ま、そういう訳で、仲間という宝の為に命をかけるのも悪くねえってことだ」

漣「そうだそうだ! オゥ海賊! 聞いてるか! オオゥ海賊ぅ!」



友情空間から抜け出した二人は、もう一度バルボッサと会話を続ける。
しかし興味を失ったバルボッサはどうにも怠そうに答えた。





バルボッサ「それはそれは勇敢なことだ。人のために死ぬなど、理解できん」


天龍「そりゃ残念だ」


漣「いやいやいや、映画だとこういうツンデレ野郎こそ、
  意外と最後は誰かの為に死ぬんですよ。仲間とか恋人とか、息子とか娘とか!」



バルボッサ「ありえん。お前らと違って、俺の宝は金銀財宝だけだ!
      誰かが宝など、ありえん……」




今度こそ、完全に、身体ごと顔を逸らしたバルボッサ。
漣は満足そうにすると、再び通信機を弄りだす。
機械はよく分からないので、手持無沙汰となった天龍は海賊二人の監視を続ける。

ギブスは慣れない緑茶に苦戦していた。何してんだコイツ、と天龍は思った。



天龍「?」



視線をもう一方のバルボッサに移すと、なぜか悲しそうな背中が見えた。
天龍はその理由を理解できなかった。












漣「ん?」



何か気になる音が聞こえた気がして、また周波数を弄る漣。
すると、激しいノイズの奥で、声の様なものが聞こえた。


漣「お? お、お! なんか聞こえそう」


天龍「おぉ、マジか!」


漣「静かに。今カントリーロードしますから」


耳をすませば、聞こえるかもしれないとじっと息を止め、
周波数をその音に合わせる。




『い存し――、れか! 誰――るっ?』




ノイズに晒されながら、途切れ途切れの声が漣の耳に届く。
音の割れたその声は、辛うじて何かを発言しているということを聞き取れるレベルだ。






天龍「本土に繋がったか?」


天龍が漣の手元を見る。
だが、漣はどこか不思議そうな顔をしている。


漣「でも待ってください。これって基地同士のものじゃないですよ。
  艦娘用の、携行型小型無線の波数です。誰か近くにいるんじゃ……」



そう言って漣と天龍は窓の外を見る。


外は、さっきより真っ黒の雲で覆われ、雨も風も明らかに強くなっていた。
1時間もしないうちの大嵐である。南方は天候が変わりやすいというが、
こうにも急に崩れるものか。



漣「ん?」



漣の視線の先に、何かが小さく動いた。
黄昏時、日も射さぬ土砂降りで、視界はひどく悪いが、
それでも微かに見えるそれを見つけた。




漣「ん? んん? あれってまさか――!」



漣は、急いで階下へ走り、港へ向かった。















グアム諸島警備府 営倉//





空爆により、基地の設備や機能は大きく損失していたが、
それでも、幸運にもこの営倉の所だけは綺麗に残っていた。


逃亡を企てた主導者で、基地の備品を盗んだジャックは、
ベケットの指示で、兵士に捕縛されて再び牢屋に入れられた。

一回目と違い、連れてきたのは艦娘ではなかったため、逃亡を企てられるのでは、
と思ったが、小柄ながらも鍛え上げられた兵士たち4人である。
武器もない状態で反抗するのは無理だったし、翻訳妖精を介していない
彼らは言葉すら通じなかったので、早々に諦めて牢に入った。



ジャック「暇だねぇ」



牢に入れられたからと言って、これから罰が待っているわけではない。
彼の手元にはベケットの求めたコンパスがある。カリプソ探しにでも使うのだろう。
今これがジャックにある以上、まず安心していられた。
ようは隔離されただけなのだ。別に今日明日の命という訳でもなし。



ジャック「あぁ、暇だ」





すると、やることが無くなり、暇になる。
が、そうなると今度は、逃げ出してみたい欲に駆られる。

未来の別世界への冒険といえば、ジャックも心躍ること間違いなしの冒険だ。
今のところこの基地だけでも見たことのないもので満ちている。
それでもここは僻地に近いのだという。この世界の海の冒険は、非常に刺激的なのだろう。

ただ、今のところ、逃げて捕まって逃げて捕まっての繰り返し。大体の相手には手も足も出ず、
海に出たのもほんの僅か。宝のかけらもありはしない。

が、この男は諦めようとはしていない。内心でいつもチャンスを伺っているのだ。



ジャック「本当に、暇だ」


この短時間に何度目かの溜息をつくと、ジャックは壁にもたれかかる。



ジャック「なぁ、あんたもそう思わないか?」


神通「…………」



ジャックは、隣に収監されている神通に、壁越しで話しかける。
どんな表情をしているか知らないが、無表情か、鬱陶しいと思っている表情か、どちらかだ。





ジャック「なぁ、こっから出してくれないか?」




神通は、無表情で、どこか鬱陶しそうにしながらジャックの言葉を聞き流した。



ジャック「なるほどなるほど。それもそうだ。そりゃ対価が必要だよな」


何も返していないのに、ジャックは一人で会話を続けた。
その口調はどこか芝居がかっている。




ジャック「よし。ここから出してくれたら、アンタの望むものをくれてやる」


神通「その、壊れたコンパスで、ですか?」




延々と喋りかけられるのも嫌だったのだろう。
小さくため息をついた後、神通は鬱陶しそうに話に応じた。


応じてしまった。




ジャック「その通り! ではまず答え合わせをしよう。
     なんでお前がコンパスを持ったら壊れたか」







神通がジャックのコンパスを持つと、針はグルグルと動き回り、
まるで磁気が狂ったように、ひとところを指さなかったのだ。



ジャック「答えは簡単。壊れてなんてなかったからさ」


神通「はい?」



言っていることがよく分からない神通。
ジャックは構わず続ける。



ジャック「ここは、安全地帯だそうだな。戦火の及ばない、前線の内側。
     死と戦いが溢れる戦地に、ぐるりと囲われた平和な島」


神通「なるほど」



神通のその声は、どこか呆れと嘲笑も含んでいた。
中南米戦線、オーストラリア戦線、北極戦線、地中海戦線。世界にはまだどの方向にも激戦区がある。
そう、コンパスが周囲を指して回っていたのは、自分の周囲にあるそれらの最前線の戦場を求めていたからというのだ。


どこでもいいから、戦える場所を、と。




神通「私が戦争狂とでも言いたいんですか? 
   ですが、私は戦争や殺しが好きという訳ではありません。残念でしたね、名探偵さん」



神通はこれで話はおしまい、とばかりに打ち切ろうとする。
だが、ジャックは可笑しそうな声で続けた。








ジャック「誰がそんなこといった。そうじゃない」


神通「はい?」






ジャック「お前が求めているのは、お前の自身の死だ。違うか?」







一瞬、神通は息をのんだ。


ほんの僅かな動揺、静寂。たったそれだけの情報が致命的だった。
壁を挟んだジャックはしてやったりと笑みを浮かべた。







神通「……なにを」


ジャック「気づいたのは割とさっきだ。敵襲と気づくや否や、仲間をほっぽり出して
     一目散に敵に駆け付ける。かと言って敵を押しとどめるでもなく、
     なんの迷いもなく、鉄火場に身を投じた」


神通「……」


ジャック「極めつけは、この投獄だ。この国の軍隊じゃ、そういう蛮勇は許されないらしい。
     なら、なぜこんなになってまで命を懸けたか。理由はそう、命が惜しくなかったから。
     ……いや違うな。命なんて、無くなってしまえばいいと思ったからだ」



昨日今日会ったばかりの、知性のかけらも感じられないような装いのこんな海賊に、
心の中を暴かれてしまった神通は、喉から声を出せないでいた。


そう、当たりも当たり。ジャックの言うとおりだった。
しかし悟られるわけにはいかない。神通は喉を振り絞った。






神通「……海賊が、偉そうに」


しかしその声は、何処か上ずっていた。



ジャック「軍人なら、声色で動揺が伝わらないようにしろよ。
     部下に不安が伝染しちまう」


神通「っ!」


ジャック「どうした。こんな海賊に心を覗かれたのが相当ショックだったか?」




神通は、怒りで身体が震えた。
ジャックはその様子を想像しながら、言葉を続ける。





ジャック「そう、結論を言えば、お前はただの死にたがりだったってことだ」



神通を煽るジャックの言葉は止まらない。
いつもより厳しく、鋭く、言葉が口から飛び出していく。






ジャック「長い間船長として生きてきて、気づいたことがある。
     死にたがりを抱えてる船は沈むってことだ。そいつが、仲間を巻き添えにする」


神通「……」


ジャック「お前の過去は知らんが、あの戦いぶりで、戦線の内側に左遷されたんだ。
     相当戦って、相当勝って、相当仲間を死なせてきた。違うか?」


神通の目が見開かれる。歯を食いしばって耐えていた。
ジャックはトドメの一言を放つ。







ジャック「賭けようか、死にたがりのお嬢さん。
     お前はあと何人仲間を巻き添えにしたら死ねると思う?」








その心無い一言に、神通は、切れた。








神通「っ、ああああぁぁあぁっぁああ!!!!!」



腕を大きく逸らして、思い切り壁を殴りつける。

急遽入れられたその牢屋は、艦娘の力に対抗できるほど堅牢ではなく、
一度殴るごとにひびが入っていく。その力は、ジャックの想定以上だった。



ジャック「お、おい待て!」



神通「殺す! 海賊め! 殺してやるっ!」




吹雪「神通さん!?」



ジョーンズへの講義が一息ついて、
営倉に入れられた神通の様子を見に来た吹雪が、
ジャックにとって、非常に都合のいいタイミングで入ってくる。






ジャック「おい! こいつを止めろ!」


騒ぎになれば逃げるチャンスもあるか程度に思っていたジャックだったが、流石にやりすぎた。
ジャックらしくなく、少し熱くなってしまった。



吹雪「あなた何したんですかっ!」


ジャック「俺が知るか!」



吹雪は初めからジャックに非があるような目で見る。
事実そうではあるのだが、初めから神通が悪いものとは全く思っていない様子だ。

吹雪は、怒り狂う神通を宥めようと、牢の鍵を開け、中に入り、
神通に抱き着くようにして止めに入る。



吹雪「じ、神通さん! 押さえて!」


神通「離しなさい吹雪! こいつは! この男は!」





完全に冷静さを失っている。
こんな神通を見たのは初めてだった吹雪は、ひどく動揺した。

だから、普段の聡明な彼女ならきっと言わなかった一言が口をついて出た。



吹雪「神通さんの気持ちは分かりますが、落ち着いてください!」




その言葉に、神通の目が、怒りの矛先が、吹雪の方に向く。
やってしまった。そう思った時にはもう遅かった。
ギュッとしがみついていた吹雪だが、軽巡と駆逐という艦娘としてのスペックのせいで、
軽々と剥がされ、突き飛ばされてしまう。



神通「冗談を言わないでください」


吹雪「じ、神通さん……?」



怯える心と冷や汗を抑え込み、平静を装って神通に話しかける。
神通は、激しく動いたというだけでは説明できない程、大量の汗をかき、呼吸を乱している。






刀の様に鋭い視線で見てくるが、その焦点はどこを見ているのか、やや定まっていないように見えた。
先ほどまで壁に打ち付けていた右手から血が出ている。無論、壁ごときでは肌に傷一つつかない。
握りしめた神通の爪が、手のひらに食い込んで出た血だ。



吹雪「血、が、出てますよ……」


神通「私の気持ちが分かるなら、なんで、」



言うな。神通の理性が叫ぶ。
聞くな。吹雪の直感が警告する。

だがその意思に身体が従うより早く、神通の口が動いてしまった。






神通「なんで、わたしを助けたんですか――」





耳をふさごうとする吹雪の手が、止まる。
止まったのは手だけではない。表情も、身体も、思考も。心臓でさえ一瞬止まった気がしたし、
時間や空気もきっと止まっていた。


それほどに、場を静寂が支配した。







吹雪「ぁ、ぅ……」



何かを言おうとするが、怯えて固まった身体は、言葉を発しようとしても嗚咽になってしまう。
吹雪は何かに突き動かされるように、その場を逃げ出す。



ジャック「ちょっと待て! 置いてく気か」


吹雪「っ!」




元はといえば、全てこの男のせいだ。
それが分かっていた吹雪は、再び隣の牢に入れておくなどという愚行は繰り返さない。
手持ちの鍵で格子を開けると、ジャックのコートを引っ張り急いで連れ出す。




部屋には、神通だけが取り残された。






吹雪は格子を閉めないまま出ていった。
手足を拘束されていない神通はこのまますぐにでも抜け出せるし、
走って吹雪に弁解することもできた。

しかし、冷静でない今の神通にそんな考えは及ばない。


覆水盆に返らず。一度口に出してしまったことは取り戻せない。
そればかりか、一度零してしまった水が、止まることなくあふれ続けた。




神通「私は、なぜ助かったの?」



それに答えられるものは居ない。



神通「なぜ、私は死ななかったの……?」





川内。那珂。あの二人は、自分をかばって死んでいった。
姉妹だけではない。本来ならばあそこで沈まなくてもいいような仲間たちも、皆死んだ。
自分だけが生き残った。






それは危惧された、歴史通りの結末ではなかった。


勿論、歴史通りに結果が現れるわけではない。
あそこで死んだのが今生の彼女たちの運命だったのかもしれない。


だが、それでも。あそこで自分が歴史通りに動いて、沈んでいったのなら、
他の誰も死なずに済んだのではないか。


死ぬべきだったのは、自分ではないか。






神通「あああぁぁっ!!」











自分は、死に場所を見失った。








歪んだ罪悪感が、神通の心を苛んでいく。













グアム諸島警備府 廊下//





神通の悲鳴から逃げるようにして、廊下を走っていく吹雪。
ジャックはコートを引っ張られて前のめりになっていた。


ジャック「おい! ゆっくり歩くか、それかせめて腕の拘束を解いてくれ!」


そう抗議するジャックを、吹雪はきつく睨みつけ、
胸倉をつかんで壁に押し当てた。


ジャック「っ痛て」


艦娘としては神通のスペックを一回り下回るものの、
その膂力は見た目以上どころではない。大の大人であるジャックは
強かに叩きつけられた。


吹雪「神通さんに何をしたんですか!?」


きつく問い詰める吹雪。その眼尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。


ジャック「さぁ。強いて言えば、死にたがりは仲間を殺すってな具合に言ったかな」


吹雪「っ、このっ!」



吹雪は掴んでいる胸倉を更に強く壁に押し当てる。
ジャックは気道を圧迫され、呼吸が苦しくなる。






吹雪「あの人が! 神通さんがっ! そのことでどれだけ苦しんだか、わかってますか!
   仲間を失って、絶望して、ずっと今も救われないまま耐えてるんですよ!!」


ジャック「っ、おい! わかったわかった! 放せ、死ぬ!」


熱くなってしまったが、こんな男に何をいっても無駄だと気づいた吹雪は、
手を放し、ジャックを自由にする。ジャックは尻餅をついて、深く深呼吸をした。



吹雪「次、こんなことがあったら、……、どうなるかわかりませんよ」


そこを、殺してやると言えないのが、彼女の押しの弱さである。
そうして立ち去って行こうとする吹雪の背中に向かって、ジャックが言う。


ジャック「お前は、救う気はないのか?」


吹雪は、厳しいながらも、困ったような悲しいような、そんな顔をして振り返った。


吹雪「私に……、私が、救えるものなら、とっくにやってますよ」





その言葉に、ジャックは笑うでもなく、珍しく真面目な表情をした。
吹雪はその顔に虚を衝かれる。



ジャック「どこまでやった?」


吹雪「え?」


ジャック「救うために、どこまでやったかってことだ」


吹雪「それは……」



それは、もう本当にたくさんのことだ。
彼女を瀕死の危機から救ったのも、その後、療養できそうな隊に入れてもらったのも、
色々なことを彼女と、彼女の上司であるベケットの力で手配した。





が、ジャックが聞きたかったのはそういうことではない。
彼は一呼吸おいて、吹雪の目を見て話す。



ジャック「男だろうが女だろうが、必要なことは、何ができて何ができないかを知ることだ」


吹雪「? それってどういう――」





真意を問いただす前に、ドタドタと慌てるような足音が聞こえてきた。
廊下の角を曲がって、漣と天龍が二人を見つけた。



漣「っ! いた! 吹雪ちゃん! ちょっとこっち!」

天龍「いたか! ……てか海賊! なんでお前も居んだよ」




二人の会話に、慌ただしい闖入者に入ってくる。
何事かと振り向く吹雪。漣たちの表情は硬い。



何かが起こっているのだ。吹雪は、軍人としての意識に切り替えた。






















グアム諸島警備府 外国人士官区//







吹雪「っ、本土空襲!?」



信じられないとばかりに声を上げる吹雪。
漣と天龍も同じ気持ちだった。
唯一、流石の危機に召集をくらった神通だけが、
泣き腫らした目で、淡々と聞いていた。



ベケット「正確には、本土の太平洋側を、満遍なく。そしてフィリピンの鎮守府など、
     その他南方基地の多くが空襲と艦砲射撃での奇襲を受けた」


ベケットは手元の書類を見ながら、平静を努めて報告する。
が、その表情はどこか固い。

無理もない、第二次世界大戦以来の本土攻撃だ。
それもこれほど多方面に、広範への攻撃は歴史上類を見ない。



天龍「首都は、東京は無事なのか? 鎮守府は!?」



天龍も動揺を抑えられないのか、話すたびに声が大きくなってしまう。






ベケット「落ち着きたまえ。本土の鎮守府は経戦中だが、とりあえずの防衛線構築に成功したとのこと。
     首都は親衛隊が決死の守備に努めている。どちらも被害は軽微。だが、戦力が配備されていない
     地点では悲惨な状況になっているようだ。どこのその対応に追われている、と」



ベケットは紙媒体の資料を机に置く。
正式な書類だが、書式は雑。急いで書かれたことが見て取れる。




ベケット「これが、少なくとも6時間前の情報だ」


天龍「6時間って……」




それは、ちょうど、このグアム基地に敵襲があった時刻。
その同時刻に、本土含む南方周辺の基地が一斉攻撃に会っていたということだ。



吹雪「今、現在はどのように!? 6時間もあれば状況は変わります!」


そしてそれは恐らく、悪い方に。
これほどの大攻勢。そうそう止められはしまい。






ベケット「不明だ。現在、通信設備が使用不能状態にある。
     恐らくは、この一帯全域で通信障害が起こっていると思われる」


その言葉に漣が頷いた。


漣「一応、色々検証してみましたが、基地内でしたら近距離の無線くらいはできますが、
  海上に離れるとほとんど通じなくなります。勿論、機器は正常です」


吹雪「じゃあ、この情報はどこから……?」



漣は真面目な表情だ。



漣「さっき、フィリピン基地の部隊に配属されていた、
  ……私の姉である曙ちゃんがボロボロになりながらこの基地に着きました」

吹雪「曙さんが!?」



驚く吹雪。彼女は優秀で頼りになる駆逐艦だと聞いている。
更にフィリピンのスービック鎮守府といえばアジア最大級の鎮守府で、
ベトナムをはじめとする、東南アジア奪還作戦の一大拠点となっている場所だ。


そんな場所で、一体何があったのだろうか。


漣は、唇を軽く噛みしめる。少し零れた涙を拭って話を続ける。







漣「フィリピンの鎮守府は、6時間前に本土空襲の報を受けるも、
  その直後に数えきれないほどの爆撃機の攻撃に晒されたそうです。
  そして嵐が来て、各所との通信途絶。前線に助けを求めるために
  曙ちゃんが単身で敵中突破して前線に向かうも、前線との間に多数の敵艦を認めて退却。
  満身創痍で、なんとか、ここにたどりついたと……いうことです」


言葉の後半は、涙交じりだったが、なんとか全て伝えきる。


吹雪「曙さんは、無事なんですか?」


漣は何度も頷いた。それだけは不幸中の幸いであった。
が、この場で報告が出来ていないということは、それほどの怪我だったのだろう。
今は工作部の生きている設備で何とか治療しているというところか。



ベケット「この資料は、通信障害が起こり、途絶した中で、
     彼女が繋いでくれた値千金の情報だ。決して無駄にはしない」



ベケットの言葉に、艦娘たちが頷く。





ベケット「では、引き続き、私が提督代行の権限を以て、敵の討伐を命じる。
     前線が動けず、内地が壊滅しているというのなら、動けるのは我々しかいない」


天龍「だけど、討伐ったって、敵の目星もついてねえし、
   何よりオレ達4人だけでなんとかなる相手なのか?」



ベケットは無言で頷いた。




ベケット「通信途絶前に、フィリピンのスービック鎮守府に送られた映像だ。
     何機も発進した本土の航空機のうち唯一機が、撮影に成功したものが、
     送られてきたわけだ」







スクリーンに映像を映し出す。



長髪の側頭部から冠状の二本角を生やす、ドレスを纏った白い女がいた。
だが、注目されるのはそこではない。



その下半身とも言える部分には、艤装と一体化し、巨大で恐ろしい口があった。
華奢な女性体の部分とは打って変わって、化物らしい外殻をもったその下半身。
一目で見た目を表現するなら、そう。




ジャック「ドラゴン……」





終始口を挟まず、後方で座っていた海賊たち。
だがその映像をみてジャックが呟く。


そう、遠目で見れば、まるで海から顔だけを出すドラゴンの頭の様な見た目だ。


他の海賊たちも驚いている。
そもそも、「映像」という技術そのものにも驚いたが、そちらも驚きだ。
彼らの世界にも、名だたる神話の怪物が居たが、それでもドラゴンは見たことがなかった。
怪物の中でも頂上争いになるその怪物は、モチーフとして、海賊船の装飾にも用いられ、
彼らにとっても最強の強さの象徴でもあった。







だがそのあっけにとられる彼らとは違い、
ベケットだけはその正体を知っていた。




ベケット「この怪物の名前は『泊地水鬼』。陸上基地型の特性を持つ、
     深海棲艦上位個体である水鬼級の一種だ。
     その発見は第十一号作戦、……セイロン沖海戦に遡る」





神通「泊地水鬼!?」



神通が珍しく声を荒げたので、天龍たちは驚いた様子で神通を見た。


ベケット「……そうだ、君にも少なからず因縁があったか?」







神通「……はい。……倒したと聞いていましたが」



そう、泊地水鬼とは、最近、日英の主力をもってしてようやく仕留めた難敵。



圧倒的な制空能力でセイロン島は激戦となり、
またその方面に戦力が集中したことで、コロンバンガラ島の悲劇にもつながった。

局地的にはなるが、文字通り、洋の東西を問わず、夥しい被害をだした。
だがその末に、なんとか討伐を完了したと発表されていた。




だが、実は仕留めていなかったのだ。随伴艦を沈められ、
自身も血を吐き逃げ惑っていた泊地水鬼。

ギリギリまで日英連合艦隊から逃げ切るも、艤装の火薬機構に火が付き、
大爆発を起こした。そこまでは良かった。


しかし、爆発後、日英艦隊はその死骸を発見できなかった。


後に、コロンバンガラ島沖の戦いで、多くの艦隊を失った大本営は、泊地水鬼を討伐したと発表。
戦力をそちらに傾けて、犠牲を出して尚、敵を倒せなかったとは言えなかったのだ。



ベケットの解説に、神通の顔が曇り、唇をかみしめる。






ベケット「まぁ別にこれは連合艦隊を責める話ではない。
     実際、当時の艦娘たちのレーダーにかからなかったことを考えれば、
     少なくとも沈没に値する致命傷を負っていたのだろう。
     ソイブイを掻い潜りこの海域に来たのも、反応しない程小さな生命力だったのかもしれない」



吹雪「しかし、……それほどの大破、単身で回復などあり得ません。
   時間経過とともに力を失い死ぬだけですし、万一回復しても、その瞬間ソイブイが反応して存在がバレます」



ベケット「その通り。だから、全ては一つの結論にまとまる」




ベケットは、再び赤色のペンを取り出し、地図に点を打った。







ベケット「スービック鎮守府に映像を送り、撃墜された本土の航空機。
     その最終通信途絶地点は、ここだ」




その点を打った海域は、竜の海域。
ドラゴン・トライアングルの真ん中であった。




ジョーンズ「……その場所には、カリプソが居る」


ベケット「その通り。しかも普通のカリプソではなく、無茶をして霊格を弱めたカリプソだ」


ジャック「そのドラゴンにカリプソが呑み込まれたって? 馬鹿な」


ベケット「そうかな。艦娘も泊地水鬼も、妖精や怨念といったオカルトを用いて動いている。
     奴もカリプソも、同じ女型の精神体だ。カリプソが共鳴していることはないか?」




カリプソの神隠しの力が、泊地水鬼に引っ張られている。
同じくニンフとしての力を持ち、海に沈んだ、悲劇性の高い魂が共鳴している。
理屈は分からないでもないが、カリプソがそんなことをするだろうか。







ジョーンズ「するかも知れん。あれはそういう女だ。
      正確に言えば、共鳴というより、気まぐれな同情や興味、好奇心だろう」



どういう女か、という質問は誰もしなかった。
最終的に意味するところは「気まぐれな女」というところだろう。

気まぐれに人を手助けし、気まぐれに人を苦難に突き落とす。
加護を与えるも与えないも波次第、海に吹く潮風次第。それが海の女神。



ベケット「海の女神の力と泊地水鬼が融合しているとすれば、この現象にも納得がいく。
     現代のレーダーや無線は妖精技術や怨念体のエネルギーを数値にして
     敵の居場所を突き止めている。ここに、海を司る神格等という桁違いの
     力が放出されれば、レーダーや無線の許容量を大幅に上回り、使い物にならなくなる。
     レーダーがホワイトアウトしたのも、無線が落ちたのもそのせいだろう」



バルボッサ「ならば、この大嵐もカリプソのせいだな」


ジャック「あぁ、もう何もかも全部カリプソのせいさ」



ベケット「その諸悪の根源を叩けば、すべて解決。わかりやすいだろう?」






ジョーンズ「待て、カリプソごと殺すというのか!?」


ベケット「問題ない。泊地水鬼の殻を破壊すれば、勝手に融合など解かれる。
     そもそも我々の力では、女神を滅ぼすこと等逆立ちしてもできん」


ギブス「つまり、今からこいつを倒しに行って、
    ハクチスイキとやらを殺し、カリプソを分離させれば、解決ってことだよな?」


ベケット「我々は戦略的脅威である泊地水鬼が討伐できる。
     貴様らはその分離したカリプソに元の世界に返してもらえる。
     デイヴィ・ジョーンズはカリプソに会える。三方一両得だ」


ジョーンズ「俺は、会いに行く為に向かうのではない!」


ベケット「わかった。では、カリプソに直談判しにいく為としよう」





その言葉に、ジョーンズは納得して席に戻る。
いちいち面倒くさいなとベケットは内心で思った。

とは言え、その後ろで実に不満げな顔をしているジャックに比べれば
まだかわいいものだ。

ベケットが溜息をつく。



ベケット「何が不満かね? ジャック・スパロウ」


ジャック「不満? じゃあ聞くが、俺たちは留守番で良いのか?」


ベケット「無論、貴様らもついてこい。お前たちは作戦の要になる」


ジャック「ほら見たことか! 無理だ! 無理に決まってる!」




ジャックは、とんとん拍子でまとまっていく話を、一人青ざめた顔で聞いていた。
彼はベケットに、機が来れば最後の命令として半日のあいだ船を出すよう伝えられていた。

これを予想してのことか、それとも保険だったのかは知る由もない。


だが、今となって考えれば、この命令に従うことは死を意味していた。






ジャック「この海を? 俺が操舵する、俺の船で行けと?」


ベケット「お前ならばできよう」


ジャック「あぁ、あぁできるさ。だが普通の海じゃない!
     一歩海に出てみろ、頭上にはヒコウキ! 俺たちは海のド真ん中!
     超非現実的だぜ!」



ジャックはベケットが何か言う前に耳を閉じ、ソファにもたれかかった。
もう何も聞かないという意思表示だ。



ジョーンズ「スパロウがイカれた」

バルボッサ「ご愁傷様」


ベケット「ジャック・スパロウ。貴様と、貴様の持ち物はこの状況を打開するだけの力がある。
     素直に私に手を貸せ」


ジャック「嫌だね。勝手に戦って、勝手に死に晒せ」





ヘラヘラと笑って協力を拒むジャックに、ベケットは軍刀を抜き放つ。



ベケット「貴様も死に晒したくはないだろう?」


ジャック「あ、そう。それで刺せるか? いいや刺せない。何故ならお前の作戦がパーになるからだ」


ジョーンズ「いいや、刺せるとも」


不意に、後ろからデイヴィ・ジョーンズも、ジャックの後頭部にカットラスを突き付ける。
予想外の脅しに、ジャックも固まる。



ジョーンズ「刺して、死んで、海に放り投げれば、めでたく貴様は俺の船の奴隷だ。
      自由意思で聞いてやってる今をありがたいと思え」


ジャックは生唾をゴクリと飲み、冷や汗を垂らす。
そして二人に見えない様にピストルを腰から手に取ろうとするが、今度はその手にバルボッサの剣先が添えられる。



バルボッサ「俺は戻ってラム酒が飲みたいのよ。いつまでもここにいるわけにはいくまい」



これで、ジャックは完全に抵抗力を失われる。
唯一の望みがギブスだが、彼はどっちに着こうか迷った末に、剣を床に置き、両手を上げている。


ジャックへの忠誠と、自分のみの危険を天秤にかけ、これでも敵に回らなかっただけ、
まだ忠誠心があるということだろうか。






ベケット「それにスパロウの船からはめぼしい積み荷が全て押収されている。
     いいか、全てだ。そして私はそれを使うつもりでいる」


ジャックは驚いた顔でベケットを見て、ギブスを見る。
ギブスは申し訳なさそうな顔でうつむいた。忠誠心も、時と場所を選ぶようだ。



ベケット「何、私も積極的にそれを使う気はない。
     作戦通りいけば使う気はない。そして、作戦のためにはスパロウ、君の力が必要だ。
     ……言っている意味は、分かるな?」



ジャックは色々考えた末、抵抗は無理だと悟ったのだろう。
がっくりと肩を落とし、周囲はようやく剣を下した。





ベケット「では、総員、作戦を説明する」
























ベケットの伝えた作戦は、手順はそう複雑なものではなかった。
だが、余りに型破りで、余りに博打の要素が強すぎた。



ベケット「我々の、たったこれだけの戦力で、本土・南方を蹂躙する怪物を倒そうと思えば、
     恐らくこれくらいしかない」


それは分かる。しかし、それにしても、余りに、余りに信じがたい作戦だ。
もっといえば、理屈は分かるが、信頼性に欠けた。それだけ突飛な内容だった。


吹雪「いえ、……しかし」


そう言ったきり、吹雪は黙り込む。
作戦立案の分野においては、吹雪はかなり優秀である。
机上の優等生的な回答だけでなく、限られた手札での奇策もできる策略家の面があった。
そんな彼女だからこそ、反論したくてもこれしかないと思えてしまい、黙り込むしかなかった。



ジャック「ちょっと待て!」


真っ先に反論したのは、先ほど説き伏せられたジャックである。






ベケット「今度何だ?」


煩わしそうな声でジャックを睨みつける。
もう話は済んだはずだ、というオーラが言外ににじみ出ていた。



ジャック「作戦はわかった。俺が重要なのも、そりゃわかった。
     だけど、それだけは無理だ。そもそも作戦として機能しない」


ベケット「何故だ、お前の経歴ならこれくらいはできるのではないか?」


ジャック「だがそりゃパールに乗っていたからだ。フーチー号は悪くない船だが、
     それじゃ、それだけじゃ無理だ。性能が段違いだ」



その言葉に、ベケットは少し考えた。
失念していた、という訳ではないが、彼は色々な船を操っていたことを知っていたため、
パールかそれ以外かで大きく差が出るということまで考えなかった。
ベケットは少し悩む。






その様子に、しびれを切らしたのはジョーンズだった。




ジョーンズ「では、パールがあれば行けるということか?」



その質問の意図を、ジャックは読めなかった。
しかし特に反論する気もしなかったので、頷く。
それを見てジョーンズがうっすらと笑む。




ジョーンズ「よかろう」










グアム諸島警備府 港//





強風と、豪雨。
波は港の防波堤を時折完全に覆いつくし、見ているものは胆を冷やした。

基地を上げて反攻作戦の準備に取り掛かっている中、
ジャックとギブス、バルボッサ、そしてジョーンズの4人は、
そんな大荒れの港に立っていた。

目の前にはフーチー号が、今にもひっくり返りそうな様子でつながれていた。


ジャック「本当なんだろうな?」


ジョーンズ「嘘はつかん」


ジャック「それが嘘だろう」



ジョーンズは、笑いながら懐からビンを取り出す。
それは、ジャックが大事にしまい続けていたブラック・パールのボトルシップだ。






ジョーンズ「この瓶の呪いには、古きアトランティスの力を感じる。
      私の専門外だが、これくらいなんだ。どうということはない」


バルボッサ「お前に信じがたい力があることは、伝説で知っているが……」


ジョーンズ「案ずるな! かつて全盛期のカリプソを封印する方法を
      海賊長たちに教えたのはこの私だ! デイヴィ・ジョーンズ・ロッカーに
      スパロウの肉体と魂を閉じ込めたのも私だ! いわば私は、封印の専門家だ」



そういうと、目を瞑り、ジョーンズはに向かって何事かを呟く。
すると、ビンの中のパールが回転し、渦に沈んでいくではないか!



ジャック「お、おい!」



ジョーン「まぁ見ていろ」






すると、異変はすぐに起きた。


係留していたフーチー号も、同じようにしてみるみる内に沈んでいく。

大波の仕業か!


そう思ったジャックは見ていられないとばかりに船に走るが、
ジョーンズに触手で首根っこを掴まれる。

そして顔を近づけ、何本かの顎髭で首絞められる。



ジョーンズ「落ち着いたか?」


恐ろしい荒療治であるが、さすがにここまでされてはジャックも黙らざるを得ない。
血がすーっと頭から下がり、冷静になる。



ジャック「落ち着いた。……やめろ、これ以上は落ちる」


ジョーンズ「フン」






ジョーンズは、ジャックを詰まらなさそうに地面に放った。
体勢を起こしながら、ジャックがフーチー号を見ると、船は完全に沈んでしまっていた。



ジャック「嘘だろ、なんてことを!」


ジョーンズ「よく見ろ」








すると、海の底から、嵐にも負けぬ轟音をあげ、巨大な何かが浮き上がってくる。
クジラか? その疑問は、すぐに打ち消された。



何かが、水しぶきを上げて海面に浮きあがり、
ジャックたちの目の前に姿を現す。






ジャック「――!」



日も沈み、嵐で月も隠れ、真っ暗になったなかでも、その船を感じ取ることが出来た。


船に走り、手で触る。


その船の感触は、よく覚えている。


バルボッサとギブスも、同じようにして船を調べた。





本物だ。全員が思った。






本物の、ブラック・パール号だ。









ジョーンズ「私の力で一時的に、ビンの中の船と立場を入れ替えた」



考えてみれば、黒髭の魔術を、デイヴィ・ジョーンズが破っても不思議ではない。
黒髭は伝説の海賊であるが、デイヴィ・ジョーンズもまた、伝説の海賊。
それも海の神話に加わるであろう伝説だ。もはや格が違う。

しかし、そんな伝説のジョーンズでもこれは難題だったのだろう。
ジャックらに一言付け加えた。



ジョーンズ「だが、それは一時的だ。アトランティスの神々を騙し通せるのは一夜だけ。
      日が昇れば、すぐにバレ、再び今と同じように沈む。次に昇ってくるのはさっきの二流船だ。
      夜のうちにケリをつけろ」




ジョーンズの言葉は、三人の耳から綺麗に抜けていく。
ちゃんと聞いてはいるのだが、気もそぞろだ。



あれほど恋、焦がれた愛しのブラック・パール号。



絶望的な戦力差の今夜の決戦。






しかしこの船があれば、何処へだって行ける。何者にだって勝てる。
この一夜だけでも、彼らにとって、最高の相棒が帰ってきたのだから!
































次回、泊地水鬼討伐戦。

20:00投稿予定でしたが、今の分が想像以上に時間かかったのでもう少し遅らせます。
多分21:00かな。頑張ります。

ついに残り半分。次の投下が最後になるはず。

>>328


>>108以降、悉く"dock"をドッグ表記してるのはちょっと気になる

あ、確かに「ドック」ですね!

これだとワンちゃんですね、恥ずかしい。

幸か不幸かもう出てこない単語ですので、
皆さま脳内変換の程、よろしくお願いいたします。

とりあえず予定通り21:00から始めます。
しばしお待ちを。

>>155
このセリフをバルボッサに言ったら廃人になるwww

>>332
ヴァージルと違ってバルボッサは割とイケイケですからへーきへーき。
小ネタはちょくちょく入れてるつもりなので、クスっと笑ってくださるとうれしいです。

では、再開と行きましょう。
多分前半より文字数は少ないはずですけど、
量があるので時間はかかります。


どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。

太平洋 海上//







暦で言えば、今日は満月のはずだ。空を見上げる神通はそう思った。


しかし、黒く分厚い雲と雨に覆われていては、月の光など一つも差し込んでこなかった。
周りには島も、人工物もない。そこは数々の夜戦を経験した神通さえ戦闘は覚束ないような、
明かり一つ存在しない漆黒の海だった。




そんな海を、一隻の海賊船が行く。









タ級「ウ゛ゥ……」





漣「ひっ……」


天龍「大丈夫か?」




漣「だ、大丈夫、大丈夫……」




手も足も、喉も震えてまともに声が出せない漣。だがそれは幸運ですらあった。
闇の中、四方から深海棲艦のうめき声が聞こえてくる。

暗闇に多少慣れた目でじっくり辺りを見渡すと、そこには駆逐、軽巡、重巡、戦艦、空母と、
深海棲艦の一大艦隊勢力が控えていることが分かる。敵はこの嵐の海を哨戒し、
どんな侵入者も寄せ付けないようにしている。


もし漣が怯えで大声を上げていたら、瞬く間に滅多撃ちの目にあっただろう。







ベケット「だが、これだけの軍勢が攻撃に参加せずに控えているのだ。
     本命はこの先にいるという証拠だ」



ベケットが小さな声で伝える。それを聞いて吹雪も頷く。
この兵力でどこかの基地を襲えば簡単に陥落するだろう。
そんな数を遊ばせているのは、そんな理由があるからだ。






だがそんな数に任せた防御も、海賊たちには通用しない。


恐らくどこかの基地の帝国艦隊が討伐に向かえば、一瞬で藻屑と化しただろう。
それほどの戦力を、海賊船は奇跡的に潜り抜けていく。


この光景には、艦娘たちも仰天した。


ベケットから作戦を聞いたときは半信半疑どころか完全に正気を疑った。
忠実な吹雪ですらそうだった。それはあまりにも荒唐な展望で、無稽な策だった。
理屈ではそうあるかもしれないと思いはしたが、通じるとは思っていなかったのだ。




ジャック「ざっとこんなものかな?」


ベケット「悪くないな」



作戦を立案したベケットは自身のこもった表情でそう言った。しかし、内心は成功にほっと胸を撫でおろしていた。
本当ならば、もっと完璧な作戦を考えたかったが、泊地水鬼の攻撃がその時間をくれなかった。
無理に考え出したこの策は、ジャックたちの腕によるところが大きく、そこが不確定要素であったが、
その期待を、充分以上に超えてくれたのである。







海賊たちを乗せたブラック・パールは、月光さえ射さない暗い海を
静かに静かに、闇夜に紛れて進んでいく。







ブラック・パール号//






船が進んでいくと、波が徐々に高くなり、雨風も強さを増してくる。
パールは嘘のように船体を上下させ、軋んだ音を上げる。



嵐の中央に近づいている証拠だ!




気づけば、辺り一帯に山の様にいた深海棲艦たちも完全にいなくなっている。

なんと一戦もせず、親衛隊ともいえる敵軍の裏側を突いた。
少し相反する表現だが、「大方の予想に反して」「想定通りに」、
彼らは作戦の第一段階を成功させたのだ。



それを裏付けるように、更に波と嵐の強さが増す。



しばらくは船室で身を潜めていたジャックだが、急に顔を上げると
大粒の雨に打たれながら、滑らない様に船首まで走っていく。
そしてそのまま船から身を乗り出すようにして前を見た。







バルボッサ「見えるか!?」


ジャックの様子に驚いて、慌てて追いかけてきたバルボッサ。
しかしジャックは首を振る。




ジャック「いいや、まだだ」



遅れて他の海賊たちもジャックの元に駆け付けた。



ギブス「見えたのか!?」


ジャック「いいや、まだ」



ジョーンズ「来たかぁっ!?」


ジャック「まだ、まだ!」



ベケット「奴はどこだ!」


ジャック「待て、待て、待て!」








興奮していく船首付近。
五人は必至で目を凝らす。真っ暗な中、これだけ船が揺れていれば
見えるものも見えなくなって当然だ。泊地水鬼がいるのか、居ないかもわからない。



バルボッサ「何処だ……!!」


それでも、見つけなければ始まらない。
四人は何とかして見つけようと必死だ。





ジャック「西だっ!」



一人、ジャックを除いて。

全員が声に反応し、ジャックを見る。
そして確信を得たように西の方角を向く。



そこには、言われなければ気づかないような、薄く、大きな敵影が見えた。







ベケット「戦闘準備だ!!」




ベケットは急いで踵を返し、艦娘たちに大声で叫ぶ。
嵐の勢いは絶えず増し、もはや声で居場所を知られることはないだろう。




バルボッサ「さぁ、パールよ進めぇ! いざ、我らを仇なす脅威の下へ!!」



敵影を見るや否や、バルボッサがマストを操り、完全に風を捕らえる。
その推進力を活かすため、ジャックは舵を目いっぱい回した。

揺れは上下に加えて左右まで加わり、船全体がシェイクされる。




ベケット「ぐっ……!」



ベケットは落とされないように、船の船縁にしがみつく。
艦娘たちも急な旋回に大慌てとなる。








ギブス「さぁ、行こうぜ! また一つパールの伝説を作ろう!」




ジョーンズ「待っていろカリプソォ! 俺はお前に屈服なぞせん!」





しかし、信じがたいことに、海賊たちはそんな動き回る足元など一切気にせず、
その暴れる甲板の上に、嬉々として立っていた。


足腰が強いとかバランスがとれているとかという問題ではない。
長い間、ほぼ毎日、海の上を船で過ごしていた連中だ。
彼らは最早、艦娘たちとは違う意味で、船と一体化していた。





船は、見失うことなく、敵の下へ一直線に。






そして、















ジャック「いよう、怪物」





見つけた。






距離は10メートルもない。ここまで近づけば、敵の姿も分かる。
夕暮れ時にも見たその巨体、その姿は、間違いなく、





神通「……泊地水鬼!」









泊地水鬼『ウゥ、アァ……』




巨大な怪物を目の前にして、ジャックの心が震える。
彼は利に聡く、賢しい人間だが、なにより冒険好きなのだ。




ジャック「叫べ! ヨーホー!!」



その声は甲板に響いた。



ギブス「ヨー、ホー!」

バルボッサ「ハハハッ! ヨー、ホォー!」

ジョーンズ「ヨー! ホー!! 満足かぁスパロウ!!」






ジャック「ベケットも! ほら!」


ベケット「不要だ!」

ジャック「必要だ! 絶対に!」

バルボッサ「その通り。必要だとも!」




まさかバルボッサまでジャックに賛同してくるとは思わず、
観念してベケットも観念して「ヨーホー」と叫んだ。

それをみてジャックは満足そうにした。
この窮地を、この海賊たちは楽しんですらいた。




ジャック「やればできるじゃないか!
     いくぞぉ野郎ども!」




ジャックは舵をギブスに託し、甲板中央に移る。
戦略的な意味合いなど無い。ただその瞬間を特等席で見たいがためだ。










天龍「来るぞっ! 装填っ!」



吹雪「はいっ!」
漣「っ!」
神通「……」


旗艦である天龍の一声で全員が装填。戦闘態勢に入る。



天龍「来るぞ、来るぞ……!」



敵は強大だ。本来ならば、自分が全盛期の時に、この10倍の部下をもらって戦っても、
恐らく万に一つも勝ち目のない相手だ。


そんな相手に、これから立ち向かう。






天龍「フゥー……」


天龍が深く呼吸をして意識を落ち着かせる。
案ずるな。立ち向かうが、真正面からではない。



天龍「あぁ、大丈夫。もう、誰一人死なせはしねえ……」




嵐雨の隙間から、戦艦水鬼の相貌が見えた。
文句なしの有効射程!








天龍「撃ちーかたー始めえーっ!」




天龍の絶叫をかき消す一斉放火。



泊地水鬼『!』





動揺を突いた不意打ちは成功し、敵胴体に爆炎を上げさせる。








戦艦水鬼『グウッ……!』



苦悶の声をあげ、嵐の中のパールをにらみつける。
ようやく、戦艦水鬼もこちらを認識できたようだ。





戦闘が始まる。








ギブス「船長ぉー! 敵は堪えちゃいませんぜぇー!」


バルボッサ「かぁまわん! 敵影が原型を留めぬまで撃ち続けろ!」


ジョーンズ「殺せ殺せぇ! こちらが死ぬか相手を殺すか、選ぶ余地など無いぞぉ!」




戦場で狂喜している海賊たちの声が耳に入ってきた漣は顔を顰める。



漣「何を盛り上がってんですかあの海賊共はっ!」



その一言を耳ざとく聞き逃さなかったジャックは、
にんまりと笑みを浮かべて言った。



ジャック「お利巧ぶるな、お前もこの船に乗る以上海賊だ! 
     叫べ! ヨーホー! ヨー! ホー!」







漣「あぁくそ! くそっ! 死ぬもんか! 死ぬもんか! ヨーホーっ!」


ジャック「そうだ、上出来だ! その意気だ!」





ジャックが周りを見渡す。





荒れた海、荒れた心、荒れた空、荒れた戦場。

敵も味方も、誰も彼も、何一つ穏やかならぬその夜こそは、彼ら海賊の生きる場所。








ジャック「諸君! 海賊の夜へようこそ!」












四方八方に荒れる波に乗って、パールは再び泊地水鬼に接近する。
敵の動揺を突くには、余裕を与えてはならない。




ベケット「今だっ!」


天龍「撃てーっ!!」


天龍の号令で、再び至近弾を与える!
敵は目と鼻の先。外す方がおかしい。四人の砲撃は泊地水鬼の外殻に直撃する。
だが、それだけにとどまらない。



天龍「まだだ! やれ! 撃てっ!」



漣「っ、あぁあ!!」


吹雪「当たってー!!」



時間にして数秒。海上戦闘においては一瞬といえるその刹那に、
彼女たちは止まることなく次々と砲撃を食らわせていく!
たった一回の交差。それだけの間に、なんと一人5発。合計20発近い砲弾を放った。
泊地水鬼の胴体が、爆炎に包まれる。






ジャック「ホッホー! 絶景だ!」



ジャックはその派手な爆発に両手を上げて興奮している。
神通は、自分たちが放った砲撃に驚いていた。
一瞬の一斉連射砲撃は、前線の長かった神通でさえ、見たことのない威力だった。


通常、彼女たちの戦いは、期せずして交互の撃ちあいになり、まるでターン制のような戦闘風景になる。
砲弾を撃ち出すには相当な火薬が要る。たった一発の砲撃でも、一瞬で砲身は超高熱を帯びる。
艦娘の艤装は軍艦の冷却機能よりもずっと優れているが、しかし連射などしては、砲身が瞬く間におしゃかになる。



こんな攻撃は普通はありえない。


当たり前だが、こんな攻撃をしていては、よほど運がよくなければ、一瞬で艤装が使えなくなり、
後は敵の的になるだけだ。

そして大して運のよくない彼女たちは、その全員がこの一回の攻撃で艤装を故障させていた。


ありえない攻撃をした代償だ。あとは死が待つのみ。




天龍「よし! 総員、交換!」






だがそれはありえない作戦によって覆される。

天龍の一言で、艦娘たちは故障した艤装を背中から降ろすと、
船の外に投げ捨てた。



天龍「急げよ! 次の交差が来るぞ!」


神通「問題ありません」


漣「ふ、吹雪ちゃん、装着手伝って!」


吹雪「は、はい! 落ち着いて!」



彼女たちは、手近な艤装を持ち上げ装着する。




今、天龍達がいるのはブラック・パール船内の下層、船底部分。






このエリアはいつもは大砲が積まれていたが、今は端に鎖で横にまとめられている。
そしてその大砲や火薬樽の積まれていた場所に、びっしりと艦娘用の艤装が並んでいた。
巨大な工作部・格納庫から取りそろえた彼女たちの同型の艤装。数はまちまちだが、
パール船底の床を埋め尽くす程度には揃っていた。




ベケット「もう一度寄せろ!」


ギブス「アイ、少尉!」




パールは真っ暗になった海で旋回する。


あれほど巨大な泊地水鬼だというのに、一度視線が外れれば、
この数歩先の見えないこの海では見失ったも同然だ。
そして、それは敵もまた同じ。であればよほどのことがなければ再び交差することはまずない。






ジャック「ギーブス! もうちょい取り舵だ!」


ギブス「アイ、船長!」




だが、幸運なことに、パール側には完璧な索敵能力があった。

それは、ジャックの持つコンパス。



そのコンパスは、持ち主の真に望むものを指し示す。
今、手にしているジャックの望みは、元の時代への帰還。
であれば、針はカリプソを指し示す。そう、泊地水鬼と融合したカリプソへ。



パールは、誰もが動けなくなるような黒の帳に覆われた海を、
迷うことなく真っすぐ、泊地水鬼の下へ進む。




ジョーンズ「おぉ、カリプソ!」






三度、船が交差する。



泊地水鬼の身体を簡単に説明すれば、女性の上半身と、両手足の生えた巨大な竜の口が付いているといった形だ。
ただでさえ真っ暗なその嵐の海で、巨体故の死角となる位置からひたすら撃ち込まれては、泊地水鬼とて捉えきれない。



天龍「行くぞぉ!」


天龍の掛け声も、既に前線の頃のものになっていた。
漣や吹雪といった戦闘経験の薄い者たちも、少しばかり意識が戦闘に溶け込んでいく。


天龍「引き付けたら、全員で一点を突くぞ!」



4人は、覗き窓の様に開いている砲門から泊地水鬼を注視する。
そこは本来、カルバリン砲が覗く穴であったが、今は未来の艦砲が睨みを利かせている。






天龍「撃てぇっ!!」



艤装の内部エンジンをフル回転させ、砲撃と同時に高速の装弾を行う。
急激な挙動と艤装全体の高熱により給弾機関は悲鳴を上げる。
今度は一人頭七発の短期砲撃。慌てて海に放り出した艤装は、ジュっという音を立てて沈んでいく。


漣「っ! 効いてます! 効いてますよこれ!」



漣が歓喜の声を上げる。

指さす先の泊地水鬼は、うっすらとだが苦しそうに身体をよじらせている。



天龍「行ける。行けるぞ!」



太平洋 海上//





泊地水鬼『ウゥ゛ゥアゥゥウゥ……!!』



相変わらず言語らしい言語を発しない泊地水鬼。
ベケットのデータでは、セイロン島の戦いでは流暢に喋っていたとある。
瀕死の身でカリプソと融合した影響だろうか。精神が定まっているように思えない。



泊地水鬼『アゥウァア!!』



だがそれでも、自分が今攻撃されていることは分かるのだろう。
泊地水鬼は再び反転して攻撃を仕掛けてこようとするブラック・パールを
破壊するため、その巨腕を持ち上げる。





真っ白で太いその腕は、クジラ程度はあった。
硬度は鋼鉄に近く、これで殴ればパールなど一瞬で海も藻屑だ。


泊地水鬼『ア゛アア!!』


そんな一撃必殺が振り下ろされた!




ジョーンズ「クハハハ! どこを見ている!!」


天龍「斉射!」


泊地水鬼の攻撃は、パールとは真逆の方向へ落ちる。
その隙をついて、がら空きになった背後から、再び限界を超えた連射が突き刺さった!






泊地水鬼『ウ゛ウゥ゛!!』



吹雪「凄い……!」




吹雪がそう思うのも無理はない。
訓練課程の座学を優秀に修めた吹雪だが、……否、優秀な吹雪だからこそ、
こんな作戦はまるで思いつかなかったし、聞いた後も上手くいくとは思っていなかった。





作戦の概要は単純だった。


ブラック・パール号に艦娘を乗せ、そこから攻撃するというもの。
そうすればそこに大量の艤装を積み込めば、砲撃に集中できるし、残弾数も気にしなくて済む。

艦娘とは、軍艦の攻撃力と耐久力に、人の機動力と少ない被弾面積を併せ持った存在。
今彼女たちが行っている作戦は、艦娘の本来の戦略的存在意義を否定した、
旧来の砲撃戦闘そのものであった。

しかしその攻撃性の高さは、通常戦闘の数倍はあった。




泊地水鬼『アァウ゛ゥ゛!!』



漣「よっしゃ! 外れた!」


天龍「次だ! 撃てぇぇっ!」






その効果は防御にも及ぶ。


艦娘にも、戦闘には電探が用いられる。
レーダーなしの有視界戦闘などほとんどなく、目視できる距離に達する前に敵の居場所を突き止められる。
艦娘ならば妖精の存在に反応して各個の存在を把握できる。


それは敵の深海棲艦もそうだった。艦娘を同種のレーダーで捉えてくる。


故に、カリプソの女神としての神性が妖精を上回ることで、艦娘はジャミングされ、
一方的に位置が敵に知られる状況は、現代戦闘において泊地水鬼に圧倒的優位があった。



当たり前だが、そんな状況では勝負にすらならない。


それを突破できたのも、彼女たちが船に閉じこもっていたおかげだ。
妖精を探査するそのレーダーは、海を行く木製の帆船には反応しなかった。


また、巨大な鉄の船とは違い、エンジン音もない。
嵐の中、見つけられるものではない。







泊地水鬼『ウ゛ゥ゛!! ア゛ァ゛!!!』



泊地水鬼が血走った目でパールを探す。
パールは既に泊地水鬼の下を離れ、暗闇を旋回している。

夜戦に慣れた帝国海軍と、嵐を旅する海賊たちの容赦ない目が、泊地水鬼に集まる。
この暗黒の中、隙が生まれれば、またブラック・パールは闇に乗じて襲ってくるだろう。


それを防ぐには、泊地水鬼は先にパールを、目視して叩き潰すほかなかった。


しかし、それも不可能である。





ブラック・パールには二つの逸話がある。



一つは、パールは追い風においては、カリブ海最速。

そしてもう一つは、パールは暗闇で捉えられないというものだ。



かつて焼け焦げ、真っ黒になったパールの船体は光一つ跳ね返さない漆黒。
その黒は闇夜に紛れる。そうなれば、だれ一人として見つけ出すことはできない。




ましてやこの嵐雨だ。雷一つないその闇の帳の内側は、ブラック・パールの一人舞台である。








泊地水鬼『!』








ジャック「後ろだマヌケめ」




天龍「撃ぅてええぇっ!!!」







作戦の効果は、極めて良しと言えた。









泊地水鬼『ア゛アァア゛ゥァアゥア!!!!』



泊地水鬼から、血が噴き出す。
その大量の血は海に零れ落ち、ドポンと音を上げる。





吹雪「凄い……」



自分の撃った砲弾が、残さず泊地水鬼のどてっぱらに突き刺さり、炸裂する。

作戦通りとはいえ、この結果は、凄い。




しかし、吹雪は思っていた。


作戦の理屈は分かる。船で艦娘を運び、ばれずに海を走り回り、
ヒットアンドアウェイを繰り返す。




しかし、実行となると話は別だ。


計器一つ満足に動かない異常力場の中、すぐ先の海の視界確保すら困難な暗闇で、
恐ろしく激しい荒波が船を揺らす。


こんな海では、現代の通常艦も通常に動けまい。
歴戦の艦娘ですら、機動力を落とすだろう。


そしてそうすれば、泊地水鬼の餌食だ。
つまり、この作戦は、理屈はできていても、土台無理な話だった。





だが、あの海賊たちはやった。


この異常な海を、当たり前の様に超えて見せた。

視界ゼロのこの荒波を、我が物顔で進んでいく。
速度なんて、落とす気配はまるでない。



吹雪「あの海賊たち、いったい……」



吹雪は知らない。彼らの冒険を。
この程度の海は、幾度となく超えている。






この海賊船は、この未来の船に比べれば、どの点を取っても劣っているだろう。
だが、その劣っている船に乗っていたからこそ、船員たちの能力は異能とも呼べる域にある。


風を読み、闇を見渡し、波を乗りこなし、船を身体の一部の様に操る。
それは、レーダーや各種機器の進歩によって必要なくなった技能。


今、どの船乗りも白旗を上げるこの海を渡ることが出来るのは、
きっとそれらを当たり前のように身に着けていた彼らだけだ。



吹雪「……」




恐るべき海を進み、数多の敵船と戦い、神話の怪物をうち倒し、世界の果てを抜け、
あらゆる伝説と出会い、あらゆる困難を乗り超えた、彼ら。


泊地水鬼を目の前にして、恐れ一つなく笑って剣を振り上げる彼ら。


この世界で唯一、この戦場に立つことができた彼らは、いったい何者なのだろう。







泊地水鬼を超える悪の存在か。

人々を救う万夫不当のヒーローか。




いや、きっとどちらでもない。









ならばそう、海賊。









彼らは海賊。











彼こそが海賊!





























ブラック・パール号 船内//





1時間を経て、夜が更に深まる。
嵐はまた激しさを増し、視界は悪化する一方だ。



泊地水鬼『グ、ウ゛ウゥ……』



吹雪「神通さん、……これ」


神通「……えぇ、このまま勝てるかもしれません」



戦況は未だに吹雪達側の優勢であった。



太平洋 海上//





一方的な攻撃に晒された泊地水鬼は、
自身の内側に籠ったカリプソの魔力を吸い上げる。



泊地水鬼『ウ……ググ!』



警戒と攻勢に全力を尽くしたのだろう。
泊地水鬼はもう神隠しの力で深海棲艦を召喚することはできない。
ストックを失ってしまっていた。



だが、もう少し低級の、他の物なら呼び出せるかもしれない。


海で死んだのは深海棲艦だけではない。




泊地水鬼は、文字通り格の違うカリプソの力を使う。




ブラック・パール号 甲板//





ザブリ、ザブリ、と大雨の音に混じるようにして、海から音が聞こえる。
甲板を陣取る海賊たちが周りに目を向けると、海からボロボロの姿をした人間たちが這い上がってくるのが見えた。
肌は青白く、足取りも不安定。目は青白く発光し、明らかに尋常のそれではなかった。



バルボッサ「ゾンビ共が現れたぞぉ!」



バルボッサは操船に重きを置いていた剣を戦闘用に構えなおす。




ジャック「あれ、お前んとこの部下じゃないのか?」


ジョーンズ「ハッ、俺はあんな趣味の悪い部下は持たん!」


ベケット「怨念によって半深海棲艦化させたのか! 泊地水鬼め、人を亡者に変えたか!」





そう、泊地水鬼が引き上げたのは、海で沈んでいった無念、怨念。
それは船だけではない。人とて、当然そういった思念がある。
泊地水鬼は、カリプソの力でそれを無理やり半蘇生させ、海底から引っ張り出したのだ。


ギブス「船長! 奴ら銃持ってるぞ!!」


はっとして全員が亡者たちを見る。軍刀を抜き放っている前線の後ろで、
銃を手にしている隊がいくつもいた。


ギブス「おい来るぞ!」


亡者艦長「ゥ、ガァ!」

ベケット「退避!」



ひときわ階級の高そうな亡者が手を振るう。ベケットに言われるまでもなく、
危機を察知した海賊たちは皆射線から離れようと甲板の飛び伏せた。
それでも明らかに対応が遅く、重症は必至であった。





亡者部下「ゥオオオオォ!」

亡者艦長「ゥオオォォォオオオ!」


ジャック「な、なんだ?」



が、危惧した銃弾は全く飛んでこず、亡者はあろうことか銃身を両手で持ち上げ雄たけびを上げていた。

銃を撃とうとする気配はまるでない。


ギブス「アイツら、銃の使い方、知らないんじゃ?」



ギブスに全員の目が向く。





ベケット「水圧で頭がやられたか」

バルボッサ「死して心が壊れたか」

ジョーンズ「底知れぬ暗闇に意思が折れたか」


ジャック「ま、どれでもいい」



ちょいちょいと敵を指さす。亡者の雄たけびは拍をとり、合わさっていく。
さながら戦いを前にする蛮族である。意気が燃え上がり、目の発光が一段と増す。



ジャック「来るぞ」



いうや否や、亡者達が武器を片手に、四方八方から突っ込んできた。
ジャックたちは、だれが指示するでもなく、全員がバラバラに敵へと突っ込んでいった。







次々と荒波から這い出て、船をよじ登ってくる亡者たち。
剣戟の音が響き渡る中、敵の一群を真っ先に抜け出したのはジャック。


彼の目的は敵殲滅ではなく、船の操舵である。
泊地水鬼の目から逃れるため、そして船側面にとりつく夥しい敵を振り落とすため
面舵に、取舵に、船を大きく動かす。



下では艦娘たちが次々に砲弾を放っている。
至近距離から攻撃を受け、鈍い動きをしている泊地水鬼は、未だに暗闇のパールをとらえられないでいる。
蟻が巨象を見つけるのは簡単だが、巨象の目には、蟻など塵埃に過ぎない。嵐の夜であれば猶更だ。


だが、巨象にかかれば、蟻の抵抗力など、これもまた塵埃程度だ。見つかれば死。捕まれば死。



ジャックは船を守るため全力で舵を回す。





ブラック・パール号 前方甲板・前方//




大きなガタイから繰り出される剣戟は、その辺の海賊よりも強かった。
軍人として、海賊として、長く過酷な海上に身を置いたギブスは、この程度の劣勢など気にも留めなかった。

軍刀をもった、元は制服組であったであろう亡者が寄ってくる。
ギブスは敵が刀を振り上げる前の、出鼻の腕を蹴り飛ばし、体勢の崩れた亡者の首をはねる。

続いて小銃を、ホッケースティックの様に鈍器にして殴りかかってくる亡者に対し、
ギブスは剣を胴目掛け投げつける。剣はやすやすと貫通し、船に刺さり、亡者は磔になる。



亡者「アァ……!」



武器をなくしたギブス。敵はまだまだ視界いっぱいにいる。
にじり寄ってくる亡者に、ギブスは距離を保ちながら後ずさりする。
しかしすぐに木箱に退路を断たれる。




亡者「アァァ!!!」


そんなギブスに亡者が殺到する。だがギブスは、さながらジャックの様に、ニヤリと笑うと、
木箱からなにかを取り出した。それは大好きな機関銃であった。


ギブス「うおぉぉぉぉおあぁ! はっはああぁーーーっ!」


雄たけびを上げながら機関銃を連射させる。3点トリガーなどという無粋なものはない。
照準や熱など、武器の継続性に関することは何一つ頭にない。
豪快にして、享楽的で刹那的。そして強い好奇心。そんな海賊としての側面と、
圧倒的にして特別な力が、ギブスの心の奥底に眠る、トリガーハッピーとしての性格を目覚めさせた。



ギブス「どうしたどうしたゾンビ共! 俺を倒したかったらクラーケンでも呼んできな!」





そして性格だけでなく、才能も目覚めさせていた。通常命中率の悪いフルオート射撃を、
ギブスは銃口を上げることなく、水平に振り回し、横一列に敵をなぎ倒していった。


ギブス「イカ野郎が無理ならタコでもいい! サメでも来い! 
    強いならエビでもカニでもなんでもいいぞ! ハッハッハ!!」


恐らく、ジャックですら見たことのない歓喜の混じった笑い声を弾けさせるギブス。



そんな一方的な虐殺は、持ち込んだほとんどの機関銃を撃ち尽くすころには終わり、
ギブスのいる前方甲板に乗り込んだ亡者は全滅していた。



木箱を覗くと、あれだけあった機関銃がもう2丁しかない。


敵がいなくなったことで少し冷静になったギブスは息絶えた亡者から剣を奪い、
いそいそと腰に付けた。



流石に調子に乗りすぎたと、冷静になって恥ずかしさがこみ上げた。






ブラック・パール号 前方甲板・後方//




亡者「ウ゛ゥ……」



ベケット「さて……」


手持ちの拳銃を撃ち尽くしたベケットは、不要とばかりにそれを投げつける。
上手く亡者の顔面に直撃したが、一瞬ひるむだけで、効果はほとんどなかった。

ベケット「……」


ベケットは軍刀を抜き、左右から寄ってきた亡者を鋭く斬りつけ、その勢いのまま、
目の前の敵に切りかかる。


亡者部下「グ、アァ!」


ベケット「っ!?」


斬り殺しにかかった一撃は、亡者の軍刀にいなされる。
あきらかな知性ある動きに一瞬動揺するが、ベケットは落ち着いて距離を取る。





全身を見ると、他の亡者たちと同じく死者であるように見えるが、多少衣服の
劣化が少ない。推測であるが、恐らくはまだ沈んで間もないのだろう。
最近起きた軍艦の遭難事件の被害者の一人だろうか。


亡者部下「……」


知性のある亡者は、軍刀を正眼に構える。間違いない。この亡者は知性がある。
そう確信するベケット。そして、この亡者は剣道の有段者だとも推測した。
日本に来て、軍人として生きたベケットには、それが分かった。


ベケット「……」


そしてベケットも、同じように軍刀の切っ先を正眼にする。
剣道の、最も基本にして隙の少ない構え。ベケットは腰を落として相手の動きを待つ。





開始の合図はない。

不意を突くように、相手がすり足で身体を左にずらす。
他の亡者のような千鳥足では断じてない。


ベケットも同じようにして動き、対角線上に動いていく。

前後、左右、せわしく足を動かすが、上半身にブレはない。


亡者が右足を上げる。

ベケットは軍刀を横にして、頭を防御する。


何歩かあった間合いをつぶすようにして、全体重を乗せた面の一撃が振り下ろされる。
ベケットは刀の切っ先を下にし、勢いに逆らわない形でそれを流した。


もし足を上げた瞬間に防御に移っていなければ、今頃頭蓋骨が半分になっていただろう。
互いに面も防具もない。当たれば一貫の終わりだ。





しかし、そんな状況でも、亡者は攻撃の手を緩めない。


奇声を上げて小手を狙う。ベケットが反撃しようとすると、即座に刀を返し、そのまま面を突き刺してくる。
無理やり身体を動かして避けると、また全体重を乗せて振り下ろしてくる。


倒す隙はある。しかし相手の命を捨てるような怒涛の攻撃に、
ベケットの剣は後手に回っていた。亡者だから命に執着がないのだろうか?



いや、そうではない。いるのだ、世界には。目先の何かに捕らわれて、
大局的な利益や、命さえも秤に乗せることができる輩が。


ベケットは知っている。かつてベケットが命を落としたのも、そのせいだったのだから。
そういう男が、ベケットにとっての天敵なのだ。



ベケットは自嘲するように笑う。


亡者がにらみつける。






ベケット「構えろ、海賊」



かつては同じ軍人だったのだろう。しかし、海を脅かす敵となれば、すべては賊であった。

ベケットの声に応じたのか、亡者は再び正眼に構える。
大してベケットは、軍刀を高く掲げ、上段に構えた。
隙が多く、上段者になって使いこなせる構えである。
しかし、勢いと攻撃性、速度は、五方の構えの中で最も高い。



ベケット「ゆくぞ」


勢いと体重を乗せて突っ込む。有段者から見れば隙だらけである。
一撃をいなして、その隙に首を斬って終わる。亡者はいなすために防御に構える。




しかし、剣が重なるや否や、ベケットは突進の勢いを殺さず、そのまま相手に体当たりする。
驚く亡者の剣を鍔迫り合いの要領で抑え、足を払い、甲板に背中から倒す。


攻撃は止まない。圧倒的に体勢不利になった亡者相手の喉目掛けて強烈な突きを放つ。
頸椎を傷つけたのか、敵の動きが弱る。運動機能を麻痺させられなかったベケットは
サッと刀を喉から抜き、敵の腕を斬りつけ、筋肉を切断。動けなくなった敵の股間を
思い切り踏みつけ、意識を奪った。



剣道、というには明らかに邪道。武道というより武術。
今は前線に配置されてる元皇宮護衛官から習った上官に習った技、というまた聞きの様な技だったのだが、
練習を欠かさず行っていたからか、一連の動きをスムーズに行えた。


戦時の混乱の中でも、陛下を守る為に磨き上げた殺しの技術。



艦娘の様に海で戦うことはできなくても、人は、人として戦うための技術を研鑽しているのである。

文字通り、命を懸けて。






さて、誤解されないように補足しておくが、確かにベケットは命を秤に乗せることができる者にやられた。
しかし、ベケットもまた、何かの為に命を秤に乗せることができる者である。


ウィル・ターナーが指揮するダッチマンとジャックの乗ったブラックパールに挟まれたとき、
ベケットには十分反撃のチャンスがあった。彼が乗るエンデバー号は文句なしの一等艦。
当時最大の攻撃兵器で、その砲門数は先の2艦を合わせても余りある数字だ。
撃ち返せば、重症を負いつつも、彼らを海の藻屑とすることができただろう。



しかしベケットはそんな絶体絶命の折り、なにもしなかった。

彼らと相打ちしても、後ろには多数の海賊がいる。



英国としては、海賊と敵対し、力を弱め、他国に有利を取られるわけにはいかない。
最悪の場合、海賊と組んだ他国に攻められて、大英帝国そのものが終わるかもしれない。




利益に聡い彼は、一瞬にしてそんなことを悟った。

ならば、大英帝国はこの後、自国の利を確かなものとするため、海賊と手を組むだろう。

形は不明だが、国営海賊、国にに略奪を認められた海賊、この様な制度の下、海賊を手なずけるだろう。

であれば、ここで海賊と相打ちになるのは、利益にはならない。




ベケット「すべては利益のため……」




ベケットは、静かにそんな未来を思い、英国の将来のため、騒乱の元凶となった自分の死で、全てを終わらせた。



かつてベケットが命を落としたのは、彼自身が、大局的な利益の為に、命さえも秤に乗せることができる輩だったからだ。
そうやって命を懸けて、何かを守る為に力を尽くした男の剣が、弱いはずがなかった。




剣道使いの亡者を倒したベケットは、軍刀の血を振り払い、未だ群れなす亡者に突撃する。



命がけで磨き上げた剣術には、亡者ごときでは相手にならなかった。





ブラック・パール号 中央甲板・右舷//






ベケットとギブスが前方甲板で奮戦をしている頃、
吹雪たちのいる船底に繋がる中央甲板では、面積が広いこともあってか、無数の亡者であふれかえっていた。



バルボッサ「亡者どもめ! 死にたい奴からかかってこい! 2度でも3度でも死なせてやる!!」


猛然と駆け寄ってきた亡者を、勢いに任せて脳天から唐竹割にする。
亡者はその惨状をみて進む足を躊躇ってしまい、結果、その隙を見逃さなかったバルボッサになで斬りにされた。




バルボッサ「どうしたぁ! 日本のヴォードヴィリアンは湧いて出るくる芸しかないのかね!」



そうして振り回した剣でまた敵の命を奪う。バルボッサはジャックの様な機敏な相手には後れを取りがちだが、
彼の剣の強さはその膂力にある。彼の剣はしばしば一撃で敵の命を奪うのだ。
そんな彼に、黒ひげから奪った、重く鋭いトリトンの剣を持たせれば鬼に金棒である。






バルボッサ「うん?」



しかしそんな彼の一人舞台をいつまでも続かせてたまるかと、亡者たちが陣形を組み始める。



バルボッサ「ほう、少しは脳漿が海水になってない奴もいたか」




連携が取れているとは言いづらい拙さだが、亡者たちは一か所に固まって武器をバルボッサに向ける。


その塊のような密集陣形は、古来では槍衾やファランクスと呼ばれたそれの少人数版のようであった。
違うところは、盾がないことと、穂先が槍ではなく、剣や銃底であったことだ。


しかしそれでも、30人近い亡者で作り上げられたこの集団で殴り掛かられれば死につながる。
そしてまた、この塊のどこを切り崩しても、他の剣がバルボッサを貫くだろう。





亡者「ウォア゛アア!」



身ぎれいな亡者の掛け声と共に、絶叫を上げながら突進してくる凶器の塊。
だがバルボッサはそんな死を前にしても表情を変えず剣を構えた。




バルボッサ「錨を上げろおぉ!!」




なぜか出航の合図を大声で叫ぶバルボッサ。そんな彼に亡者たちはなんの迷いもなく突っ込んでいく。
バルボッサが渾身の力で剣を振るう。彼我の距離は5m弱。剣は届かない。風切り音が鳴る。





亡者「!?」


バルボッサ「遅いっ!」







風切り音が、唸りを上げる。


嵐の雨幕を突き破るようにして、
宙に浮かんだ錨が、横薙で突っ込んできた!

器用にもそれは、パールの甲板を一切傷付けることなく、綺麗に敵陣を崩壊させた。




バルボッサ「ハッハッハ!! 雑魚共めぇ!!」



重い鉄の塊が衝突してはひとたまりもない。敵は弾け、砕け、吹き飛んだ。





バルボッサ「覚えて逝け! これが本場のヴォードヴィルだ!」



彼の剣の強さはその膂力にある。だが今やそれだけではない。その剣は船のすべてを操るのだ。
彼にトリトンの剣を持たせれば鬼に金棒と重機関銃持たせるようなものである。
亡者はまだまだ居よう。しかし、こと船上では彼は止められない。








凄い力作だな。

ブラック・パール号 中央甲板・左舷//






同じく、最大の敵数を抱える中央甲板にて、もう一人の海賊の力が吹き荒れる。


亡者「ウ……、グ……」


ジョーンズ「死を前にする気分はどうだ?」



ジョーンズの顎髭が亡者の首に巻きつく。髭といってもそれはイカの触手の様なもので、
取ろうと思っても吸盤がきっちり張り付きかなわない。そうしてもがいている内に、酸素が途切れ、
亡者は再びこと切れた。ジョーンズは顎髭の触手だけで死体を横に放り捨てるとまた前へ進み出る。






中央甲板の戦いは、異様であった。


バルボッサが暴虐の限りを尽くす右舷とは異なり、左舷はとても冷たく、静かな戦場であった。
右舷は血潮や肉片が飛び散っているが、左舷はただただ山の様な死体だけが重なっていた。



ジョーンズ「前なら船員にしてやることもできたが、あいにく今はそういうことはやっておらんのだ。
      よって死ね。速やかに死んでゆけ」



淡々と亡者を倒していくジョーンズに、躊躇いながらも突撃していく亡者たち。
心や思考があるかはわからないが、圧倒的なまでの戦闘に、恐怖を抱いたのかもしれない。



ジョーンズ「ふんっ!」



ジョーンズの攻撃に慢心はない。ハサミで身体を砕き、剣で突き刺し、触手の鞭で首を折る。
全身が武器ともいえるその肉体を生かし、よってきた敵を一掃する。







ジョーンズ「海の亡者が海の死神に敵うと思うか!」



ジョーンズの声に一様に怯える亡者たち。この圧倒的な差は、個人の力の差だけではなかった。
いくら強くてもこれだけの人数を相手どればここまで余裕ではいられない。

こうなった理由は、偏に相性のせいであった。海で死んだ霊の魂を捕らえ、あの世に連れていく
ジョーンズにとって、海で死んだ亡霊たち相手に負ける道理は無かった。




ジョーンズ「どうだ、死ぬのは怖いだろう?」




万が一もあるまい。海の亡者を相手にする仕事は、嫌というほど繰り返してきたのだから。





ブラック・パール号 後方甲板//






泊地水鬼『アァァァアア!!!』



悲しみ、怒り、憎しみ。様々な気色が混ざった絶叫を上げ、泊地水鬼が暴れる。
豪雨が音を消し、雷一つ起こらないこの暗い夜の帳の中、唯一相手を認識できる要素は、直感だけ。

気狂いの様に心が乱れているからか、巨象たる泊地水鬼は、未だジャックらパール号を
発見できずにいた。亡者たちは人の魂に敏感に反応し殺しにかかってくるが、
泊地水鬼は存在がそもそも違うせいか、レーダーに映らないパールは不可視の存在であった。



ジャック「っと!」






しかし止まれば砲撃の位置から割り出されて一撃で沈められるだろう。
さっきから豪雨の音に混じって、砲音ではない爆発音、鯨が飛び跳ねたような、海を割る音が聞こえてくる。
怪物はパールの全長より巨大な双腕を持っていた。捕まれば、殴られれば、命はない。


ジャック「あぁ! くそ!」



故に逃げ回り続けるため、嵐に乗って舵を取り続けるジャックであったが、
襲い来る亡者たちがそうはさせなかった。後方甲板に来ている敵は、他よりは少なかったが、
それでも操舵をしながら戦い抜けるのは至難の業であった。






亡者艦長「ア゛ァッ!」



一見して指揮官らしい亡者の合図で、また敵がとびかかってくる。
ジャックは右手で舵を回しながら、左手で3人の亡者と応戦していた。
しかし、ジャックと言えど、あまりに劣勢すぎるその状況に焦りを覚え、一度舵から手を放し、
身軽な動作で敵をかいくぐり、身体が追い付いていない敵に剣戟を浴びせ、まとめて殺しきった。

が、安堵するジャックを追い立てるように、すぐ近くで海が割れる音がし、船が大きく揺れる。


泊地水鬼の腕が、海面に叩きつけられた音だ。

ジャックは慌てて舵を握りなおす。




亡者艦長「ウォ゛ッ!」


亡者「オォ゛オ!」





今度は海から這い出た増援を合わせて、8人がかりで突撃してくる。
応戦したいが、近くで響く泊地水鬼のヒステリックな叫び声を前に舵を離すわけにはいかない。






ジャックが辺りを見回すと、そこに都合よく樽があった。

艦娘たちが船下層部で戦う間、万が一が起きないように外に出していた火薬樽だ!




舵にギリギリ指先を掛け、足をグッと延ばす。届かない。


敵が走ってくる。我慢できなくなったジャックは一瞬だけ手を放し、樽を敵に向かって蹴り、
もう一度舵を握る。また真横で衝撃音が聞こえた。間一髪だった。


船の傾きとともに、敵味方が揺れ、そして一樽が転がっていく。
しかし波は寄せて押し返す。坂道を下るように転がっていった火薬樽が、
転じて、ジャックに向かって勢いよく転がってきた。




ジャック「いや、ちょ、ちょっと! 待てっ!」


腰を舵に預け、ジャックはなんとか落ち着いて足で、衝撃を殺すように受け止めた。
それを返す波に合わせて強く蹴り押す。すると凄い勢いで亡者たちの一団に突っ込み、巻き込まれた敵は勢いをなくす。

ジャックはほくそ笑み、懐から愛用しているフロントリック式のピストルを放つ。
早撃ちながら精確なその銃弾は、真っすぐに火薬樽を貫き、敵陣の中で小さな爆発が起こった。




ジャック「ビンゴ」







亡者艦長「ウ゛ヴゥ……!」



警戒すべき敵と、ようやく認められたのか、指揮官の亡者が軍刀を構えすり足で寄ってくる。
牽制しようとピストルを再び発砲するが、雨中に出したせいか、早くも濡れて撃てなくなっていた。
ジャックは無用となったピストルを捨てる。



ジャック「考えてみろ、俺が舵を取らなきゃお前もまとめて死んじまうぞ?」

亡者艦長「ヴア゛ァ!」


ジャック「聞く気なんて無ぇか、ふやけた鼓膜しやがって!」




亡者は爛々と青白く目を発光させ、上段の構えで軍刀を握りしめる。


ジャックは脱力して、左手にもった剣の切っ先を亡者に向ける。右手は依然舵を握ったままである。
豪雨音に混じって海を進む泊地水鬼の音が聞こえる。まだ亡者とは距離がある。
ちらりとコンパスに目を遣ると泊地水鬼が真後に来ているのが分かった。


その視線をそらした一瞬、生前は部下と同じく剣道の達人であった亡者が勢いよく切りかかってくる。






距離、およそ5歩。すぐに必死の間合い。


ジャックは切っ先を向けたままの剣を押し出すようにして投げた。
直線上にカットラスの剣先が迫った亡者は器用に重心を後ろに下げ、剣を弾き飛ばす。


無手になったジャック。亡者が再び迫ろうと刀を構える。
それを無視してジャックは両手で舵を面舵一杯にきる。


風と波に煽られたパールは船体を大きく傾け、勢いよく進路を曲げる。
すると船尾左舷ギリギリのところを泊地水鬼の腕が掠めた。


その余波で、体勢を崩したジャックと亡者に大量の海水が降りかかる。
二人にとっては目くらましとなるだろう。


知性の残っていた亡者はそれに気づき、反撃の目を与えぬようジャックの剣の刀身を踏みつけ、取らせないようにする。
海水の目くらましが止めば、ジャックは切り殺されて終わる。



亡者は軍刀を再び上段に構えた。






ジャック「よう」


亡者艦長「ッ!!?」



水しぶきが晴れ、再び二人が向かい合った時、ジャックの手に握られていたのは、ピストル。
それも真新しい、現代式の9mm拳銃! 工作部の倉庫から奪い、今まで腰に隠していたのだ。


ジャック「卑怯? 大いに結構。俺ぁ海賊だ」


引き金を引く。現代の拳銃は多少雨や海水に濡れたところで撃てなくなったりはしない。
水浸しの周囲に馴染まない、乾いた破裂音が響く。如何な達人とは言え、至近距離からの
拳銃発砲に耐えられるはずもない。奇跡的にも、一発目は急所を避け、なんとか踏ん張ったものの、
銃弾は残り7発。弾倉すべてを撃ち尽くす頃には、亡者は2度目の死を迎えていた。



ジャックは拳銃を捨てると、舵に集中する。




















ブラック・パール号//





至近距離からのヒットアンドアウェイは現状有効であるが、
徐々に、徐々に泊地水鬼が対応してきている。
嵐と荒波のおかげで船が振り回されるような高速移動しているため、
今のところ捉えられていないが、それも時間の問題だ。
パールは敵のラッキーパンチ一発で沈む。



万全を期すなら、近寄って撃てる機会は次が最後だ。


敵の集中が途切れるまで距離を保ち、チャンスを待ちながら闇の中を旋回するべきだ。



度重なる泊地水鬼の攻撃をスレスレで避けたジャックはそう判断を下すと、
泊地水鬼から逃れるように舵を大きく回す。しかし明らかに奴はこちらについてきている。
流石に接近しすぎたか。逃れられるかは怪しい。



そして敵はそんな状況などお構いなしだ。
ジャックの周囲に、また腐臭に似た不快な臭いが立ち込める。海から亡者が再び這い上がってくる。




ブラック・パール号 後方甲板//





当然、それはジャックのいる舵取りの場所にも殺到する。
しかし泊地水鬼が大暴れしている中、この数に応戦している暇はない。
とはいえむざむざ死ぬわけにもいかないジャックは、剣を拾い上げ、
亡者の目を突き刺し、剣の切っ先を脳まで到達させた。



ジャック「光ってて目が狙いやすいな」


バルボッサ「どけぇ!」



軽口を叩くジャックの横をもの凄いで通り過ぎると、バルボッサが舵を握り、また大きく回す。
その避けたところに巨大な水柱が爆発音とともに上がる。直前に砲炎が見えた。


泊地水鬼の砲撃だ。


どんどん増えていく亡者たちのせいだろう。
船を覆いつくさんばかりの、彼らの青白い目の光がブラックパールの位置を知らせているのだ。


これは本格的に補足された。操舵に集中しなくてはならない。






ジャック「ヘクター! その便利な剣で舵取れないのかっ!」



敵に囲まれながらバルボッサに叫ぶ。



バルボッサ「無理だぁ!」



バルボッサはバルボッサで、中央甲板から引き連れてきてしまった敵一団を相手取っていた。
その数もまた多く、バルボッサも剣に専念しなくてはならなくなった。



ジャック「なんで!」



片手での応戦を横目で見ながら、そろそろバルボッサが舵から手を離しそうだと感じたジャックは
力いっぱい剣を払い、亡者の喉をかき切る。



バルボッサ「まだそこまで使い慣れていないっ!」






バルボッサに3人の亡者が剣を振り下ろしてくる。バルボッサは剣を横にして、二人分の剣をなんとか片手で受け止め、
受けきれなかったもう一人を、ジャックが走ってきて後ろから突き刺す。


それを見て、バルボッサが舵から手を放す。
一切の間断なくジャックはその舵を握り、また泊地水鬼からの砲撃を避ける。


両手が使えるようになったバルボッサは二対一などものともせず、力づくで鍔迫り合いを押し込んでいき、船縁から突き落とした。



バルボッサ「フン、俺にだって出来ないことくらいある」

ジャック「あら、珍しい。お前、そういうのを認めるタチだっけ?」

バルボッサ「お前なんかに見栄を張っても意味はないだろう?」






敵の襲撃は止まない。また性懲りもなく一団が突っ込んでくる。


いなし辛い突きで突進してきた亡者の攻撃をなんとか避けるジャック。


敵はそのまま勢い余って船の壁に突っ込み仰向けに失神した。


哀れにも、そんな隙を見逃すはずもなく、バルボッサは勢いよく義足で頭を踏みつけ砕くと、
ジャックの元に走ってくる。ジャックは左舷階段を上ってくる一団を追い払うため、
舵から手を離すと、それを今度はバルボッサ引継ぎ、船を動かす。


仲間となったり、共闘したり、殺しあったり……、二人の関係は何とも複雑なものだが、
いずれにせよ長い付き合いである。互いにとって実に不本意ではあるだろうが、
一切のアイコンタクトや口頭指示もなく、この死地で互いが互いの苦境をカバーし、
雰囲気で舵取りの限界を察知し交代するその様は、一種の老夫婦のような関係にあった。







ブラック・パール号 甲板//




そうして、ジャックとバルボッサの連携は続き、こうした交代劇が3度も続く頃には、
流石に体力が落ちてきた。唯一の朗報は、この間に泊地水鬼と距離ができたことだけだ。


バルボッサ「斬っても斬っても……、なんだ、こいつらは! イグアナのなり損ないか!」

ジャック「こいつらは玉無しのなり損ないさ」


二人は互いに大きく剣を振るい、お互いの後ろにいた亡者を切り払う。



バルボッサ「玉無しというよりも魂無しという方が正しいな」

ジャック「なるほど、いい考えだ」



二人は揃って海面を見て、苦い顔をする。
海面と船体側面に広がる、まだまだ夥し程の青白い光、光、光。
ホタルイカでももう少し慎ましやかに発光するだろう。






ジョーンズ「流石に埒が明かんぞ」


顎の触手で器用に顔の返り血をぬぐいながら、ジョーンズも後方甲板に来た。
ジャックが全体を見渡すと、船の上は惨状といえる様子であったが、
幸いにも船の損傷は少なく、船上の敵は死に絶え、同乗者も全員無事のようだった。



ギブス「うぉ、こりゃ酷ぇ。一斉に来られたら死ぬな」


一足遅れて海面をのぞき込んだギブスは、舌を出して顰めた。



ベケット「奴もそれほど焦っているということだ」


確かに、最初よりも明らかに泊地水鬼の声が引き攣ったような印象を受けるし、
何よりも艦娘たちの砲撃のおかげか、攻撃した際の返り血の量が多くなってきた。
敵の外殻を破り、生身の部分に達しつつあるのかもしれない。






ベケット「では……、ん?」



ベケットは一同に指示を出そうとするが、視界の端に、まだ息のある亡者が見えた。
自前の拳銃で仕留めようと腰に手をやるが、そこにあるはずの拳銃が無くなっていた。

苛烈な近接戦の中で落としてしまったかもしれない。仕方なくベケットは軍刀で
倒れた亡者に止めを刺し、痙攣が終わったのを見計らうと、何事もなかったように
ジャックらに向かって言った。



ベケット「亡者は想定外だったが、問題ない。敵は弱っている。
     今作戦の総仕上げと行こう。……吹雪君!」


船底に繋がる入口から、ベケットは大声で吹雪を呼ぶ。
慌てて来たのか、一瞬ゴン、とどこかにぶつかるような音がした後、
入口部から吹雪が出てきた。






吹雪「っ、は、はい! ベケット提督代行! お呼びでしょうか!」


ベケット「そういうのは良い。戦地だ。手短に」


吹雪「はいっ!」



ベケット「天龍殿にあれの用意を。次の接敵で決めるぞ」


吹雪「! 畏まりました!」



ベケット「君は作戦伝達後、ここに戻って船底へ通じる入り口の守備に尽きたまえ」


吹雪「はいっ!」




キビキビと敬礼をして甲板下に戻っていく吹雪を見送ると、
一同はもう一度戦闘のために剣を構えた。






嵐の真っ只中で使う言葉ではないかもしれないが、
この一時的な休憩状態と、海面に満ちていく殺気。
嵐の前の静けさ、という言葉が一番似合う一瞬である。




ギブス「来るか……」


作戦遂行のため、指示に従って配置につく一同。
中でもギブスは一段と緊張している。



ジャック「安心しろ、ギブス君。お前は舵だけに注意していればいい」

ギブス「あぁ……」






ベケット「海軍、海賊と長く海にいた君ならば、この程度の荒波の操舵は
     わけもないだろう? ギブス君」

バルボッサ「その通り。この作戦の要は、期せずして君になった。
      存分に辣腕をふるってくれたまえギブス君?」

ギブス「あ、あぁ……」

ジョーンズ「今この瞬間だけは、ここにいる5人、いや、下も合わせて9人分の
      魂の価値が貴様にはあるぞぉギぃブス君!」


ジャック「あ、なら108人分だ」

ジョーンズ「何ぃ?」

ジャック「ほら、俺の魂って100人分に釣り合うんだろう?」



昔、ジャックはパール引き上げてもらう代わりに100年間ダッチマンでの労働を課せられる契約をした。
その後、それを踏み倒し、代わりに誰かほかの人間を連れてこようとしたが、ジャックの魂は
100人の水夫に匹敵すると言って、代わりの生贄を100人用意するよう迫ったことがある。




バルボッサ「なら307人分だ。俺はジャックの倍の価値はある」

ジャック「なら相対的に、俺一人で300人分の価値になる」

バルボッサ「ならば俺は必然的に400人だ!」

ジャック「なら500人!」

バルボッサ「600人!」

ベケット「なら、20億人だ」



ギョッとした目でジャックはベケットを見る。


ベケット「ここを突破されれば日本はおろかアジア一帯の制空権を握られ、防衛線は内から崩れる。
     この作戦は、このアジアに住む全ての人命を賭すものだ」



ジャック「あ、そりゃズルい」






戦争で大きく減ったとは言え、まだこの一帯の国々には力強く生き抜く人間が沢山いる。
制海権と制空権を奪われるということは、この国々を危機にさらすことと同義であった。


ギブス「なら、とりあえず俺の価値は20億と1100人ちょっと分の価値があるってことで、
    俺の魂がダントツで一番ってことだな?」



ジャックとバルボッサは白い目でギブスを見る。
ただ、幸いなことに、余りにハードルが上がりすぎたのかギブスの緊張は取れていた。



ベケット「さぁ、ここにいる誰も彼も、ここより後は無いぞ」




軍刀を抜き、掲げる。


ベケット「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ!」






それは、かつて絶体絶命の日本海海戦にて、ロシア・バルチック艦隊を破った名参謀、秋山真之の言葉。
全軍の士気を鼓舞するために、アルファベットの最後である「Z」を意味する旗を掲げ、
後のない背水の闘志を以て帝国海軍を歴史的勝利を導いた。そんな縁起の良い言葉にあやかったのだ。

とはいえどれだけの効果があるのやら。


少なくともこの言葉の真意を理解する者はこの甲板には居まい。
そして、後がないことを象徴する「Z旗」などという洒落た旗もこの船にはない。




唯一ブラック・パールに掲げられているのは、海賊旗。

ドクロの下に剣が二本交差する、死と勇ましさと力を象徴。




後なき逆境を笑って進む、命知らずの旗である。










ブラック・パール号 後方甲板//







泊地水鬼『ウ゛アァァア゛アアアア!!!』






壊れた怒声がジャックらの腹に響く。もはや音のレベルを超え、衝撃に匹敵している。
そしてそれに呼応するように、再び亡者たちが集ってくる。



ジャック「来るぞ!」








四人が一斉に剣を構える。舵をとるギブスを中心に、
ジャック、バルボッサ、ベケット、ジョーンズの四人が背中合わせに四方に向く。


かつて殺しあった者同士であるが、……いや、死力を尽くして殺しあった者同士だからこそ、
互いの実力の程は分かっている。ギブスもそれを知る者の一人である。
背中を預けて舵に集中するには申し分のない安心感があった。




水面が荒れる音がする。すぐに船の側面がバタバタと音を鳴らし、
一瞬だけ軋む音がすると、青い目を光らせ、亡者たちが次から次へとよじ登ってきた。

ジャックらは船縁から豪快に飛び乗ってきた一群を切り伏せ、串刺しにする。
側面を這い上がり、階段を駆け上がり、とどまることなく敵が押し寄せる。



だが高さを利用して侵入を留め続ける4人を抜くことはできていない。




彼らはかつてのカリブの海で、世界の海の趨勢を担った主役たちである。
その辺の亡者とは、役者が違う。











ギブスはジャックから手渡されたコンパスを見ながら、海流と風を読んで、操舵する。
針の示す方に近づいていくと、正面から船の横を砲弾がすり抜けた!
亡者たちのせいで再び補足されたようだ。だがここまでは予想通り。
念のために蛇行運転をしていた甲斐がある。


ギブスは面舵へ大きく回すと、船が軋み上げて転進を始める。
泊地水鬼もそれを追ってきている。荒れ狂う風であるが、今は追い風。
パールは追い風ならだれにも負けない。ギブスは長く乗ってきたこの船の力を信頼していた。



ロデオの様に揺れる波に乗って、パールと泊地水鬼とつかず離れずの距離を保つ。

勿論、泊地水鬼もそれをただ見ているだけではない。
逃がすまいと後ろから何度も砲撃を放ち、その度に巨大な水柱を上げさせる。
危うい場面は何度もあった。しかし、直撃はしない。

単純に、経験の違いだ。





ギブスたちには知る由もないが、ベケットだけは剣を振りながら何となく理由を察していた。


この泊地水鬼はセイロン島作戦で初めて存在が確認された、比較的新しい深海棲艦だ。
いつ生まれたかまでは知らないが、敵の情報は全世界で共有している。
今まで戦場で発見されたことがない以上、少なくとも、戦闘経験は無に等しいだろう。


圧倒的な火力と、泊地に由来する防御力。そして搭載した膨大な艦載機。
これが泊地水鬼の強みだ。通常であればスペックに任せて蹂躙でき、こんな骨董船では5秒と保たなかったろう。



それが、この視界なき海で、雨と風に纏われ、荒波に足を取られる。
経験が少なければ、どれだけハイスペックでも十全に力を発揮することは絶対にできない。


故に、いくつもの嵐を超えてきたパールとギブスを、泊地水鬼の未熟な砲撃が捉えられないのは当然であった。




ギブス「よしよし、いい子だ、付いてこい……!」



ギブスはひたすら前を向く。
亡者の光によってパールの位置が探られているが、逆にそれはパール側にもメリットがあった。

微弱な発光であるが、無数の亡者の両目が、薄暗くだがパール周囲の海上を見えるようにしていた。






ギブス「何処だ、何処だ何処かにあるはずだ!」



砲撃回避もいつまで続くかわからない。一刻でも早く泊地水鬼の懐に入り込む必要がある。
しかし補足された今、減速して泊地水鬼に並ぶのは自殺行為だ。
だから、それをなんとかするために、ギブスは海面を凝視していた。


長い海上生活、海の機嫌を伺うのは慣れたものである。
こんな荒れた海の日には、きっとあれがあるはずだ。


これだけ強烈な海流が海をひっかきまわしていれば、
そして海中に大きな岩の地形でもあれば、それはどこかにあるはずだ。




見逃せば死ぬ。ギブスの腕の見せ所である。







ブラック・パール号 船底//




天龍「漣! まだか!」


漣「分かってます! 無駄に機構が多いんだからもぉー……!」

神通「こっちのケーブルですか?」

漣「あぁ、それより先にここをドッキングさせて下さい。嵩張りますから」


漣の指示で、神通が天龍に艤装を装備させていく。
いつ何時反攻の機会が来るかわからない今、装備にまごついている時間はない。



漣「くっそぉー、手順が複雑すぎますねぇ。試作品ってのはこれだから……」

天龍「おい、漣――」


漣「あぁ、大丈夫大丈夫! 絶対間に合わせます! 
  こういうの慣れてますから。プラモとか得意ですしね!」






いつものように軽口を叩く漣だが、その目は真剣そのもの。
額から流れる汗も気にせず、自分も小さなジョイントを繋いでいく。



漣「ま、どっかり構えててくださいよ!」


天龍「……、任せた」


漣「任されました! ……神通さん! ここのボルトは後で締めますのでやり直しです!」



漣は戦闘においては、充分に活躍できる素養はないかもしれない。
しかし、幾多にも渡る彼女の得意分野においては、時折一流の力を発揮する。

設備が十分な鎮守府工廠の工兵でさえ、殆どやったことがないであろう作業。
それを漣は瞬く間にクリアしていく。艦娘としての腕力と、実際に艤装を装備される側の
知識と経験がある分、工兵よりも有利とはいえ、その作業速度は圧倒的だった。




ブラック・パール号 中央甲板//




圧倒的といえば、船底に至る入口を守る、吹雪もまた、敵を圧倒していた。


亡者「ウヴアァ!」


下に天龍達がいることを知ってか知らずか、ジャックたちのいる舵方向と同じくらいの
亡者たちが、吹雪にも襲い掛かってくる。



吹雪「せいっ!」


しかし、身体能力が圧倒的に違いすぎた。
この甲板の上では、船へのダメージが怖くて砲も機銃も撃てない。






そこで吹雪は軍属故に鍛えられた柔道で敵を封じ込めていた。


ただそれは教わった内容とは大きく異なる。
軍で教わったのは、暴徒化する民衆を怪我無く抑え込む為の練習であった。

しかし今は、締める要領で頸椎を折り、関節を極める要領で靭帯を切り、投げる要領で頭蓋を叩き割る。
手加減なしで艦娘としての身体能力を合わせた柔道の技は、完全に殺人技術と化していた。



吹雪「はぁっ、……っ!」


真面目だが、心根の優しい吹雪である。ここまで危険な技を使ったことなど一度もない。
ましてや、彼らは元は日本の軍人や国民だったのだろう。亡者になったとはいえ、
それを一方的に殺害していくたびに、吹雪の心に動揺が走っていった。





亡者「ウヴアァ!」



吹雪「っ、ああああぁっ!」



不意打ち気味に襲い掛かってきた亡者の首を右手でつかみ、左手を添え力づくで持ち上げる。
ジタバタと暴れるのを気にも留めず、そのまま大きく弧を描いて甲板に叩きつけた!
通称、喉輪落とし。柔道ではなくプロレスの技。亡き師匠である川内に教わった近接格闘術だった。


吹雪「ここは、通しませんっ!」



師匠は、夜戦が得意だった。
吹雪は彼女の一番弟子である。
ならば、この月の光も射さないこの夜に、動揺などしていては笑われる。



怯える心にグッと活を入れ、吹雪は敵集団に向き直った。






ブラック・パール号 後方甲板//






ギブス「……見つけた!」





喜色満面の表情で、ギブスが叫ぶ。


船首の位置を調整する。反撃のチャンス。死が後ろから迫り、生が目の前にある。
文字通り生きるか死ぬかの状況。このスリルに、ギブスの口が歪む。



真剣な目で、凶悪な笑みを浮かべてスリルを乗り越えるその姿は、紛うことなき海賊のそれ。








ギブス「行くぞ行くぞ行くぞ、来いっ来いぃっ!!」




唾を飛ばしながら真っ赤な顔で叫ぶギブス。泊地水鬼が近づいてくる。
それを見たギブスは風に乗り、パールを加速させる。


風を味方にしたパールは一直線に目的地へ進んでいく。






その先には、大渦。










ギブス「皆つかまれえぇぇぇ!!!」





戦闘に集中していた面々は、ギブスの声を聞いて、一目散に近くの手すりにしがみつく。
船は渦の外周に巻き込まれ、渦の流れに沿って船の進路が急激にグルっと大きく回転する。




船にいた亡者たちは突然の重力に耐えきれず飛ばされ、海面にいた者たちはそれに飲まれる。


船首が180度回転したところで、取舵一杯に舵を回し、渦から無理やり抜け出し、直進する。




急激な転進をするパール。泊地水鬼と向き合った。








予想外の動きに泊地水鬼は急に止まれない。



ようやくもって、オーダー通りの立ち位置。



ギブスの奇策が、操舵の腕が、経験が、絶好の状況を作り出した。



ブラック・パールが泊地水鬼の領域へ突入する。







二つの船が、超至近距離で交差する!









ブラック・パール号 船底//






吹雪「皆さん! 今です!」



甲板上でその光景を見ていた吹雪は、急いで天龍達の下に戻ってきた。
相対していた亡者たちはほとんど船から振り落とされていた。



漣「よっしゃあ! The end!!」


時、同じくして、漣の作業が完了する。




天龍「おし! よぉし! 総員、オレを支えろおぉ!!」










その艤装は、余りに巨大だった。






機関部分も、主砲も、何もかもが常軌を逸していた。



本来の規格通りでは、この艤装は天龍では扱えない。
実験用の変換器具を多数使い、無理やり起動させたそれは
あり得ない程、天龍の体格に見合わない巨大な艤装。


文字通り規格外の艤装の出力上げる為に、天龍の一気にエネルギーが吸われる。
一瞬意識が飛びそうになるが、奥歯をかみしめ、耐える。


天龍は獰猛な目つきで、船外の泊地水鬼を睨みつけた! 




巨大な艤装の内部機構がガリガリと凶悪な出力音を上げる。


しかし彼女はそれを不敵な笑みで押し込めて、叫ぶ。



その音は本当の持ち主でない天龍への警告にも聞こえた。












天龍「喰らいやがれクソがっ! 天龍様の攻撃だ!」










それもそのはずだ。


その艤装の本来の持ち主の名は、大和。






戦艦大和。




主砲の名は試製46cm連装砲。





海軍工廠砲熕部が極秘開発した世界最大最強の戦艦の砲撃が、
轟音を上げて泊地水鬼を貫いた!

































太平洋 海上//





泊地水鬼『ヴ、グ、ァ……、……!』



大和の主砲の最大射程は40km。
試製であるから多少は及ばないとはいえ、1.4tの質量を持った砲弾が、
音速を超えて、超至近距離から放たれた。

生き物どころか、地形すら一瞬で変えてしまうその一撃を喰らい、
泊地水鬼の胴体からは夥しい量の血と、そして瘴気のようなものが噴き出していた。




???『――』


瘴気はぼんやりと女の形を作ると、嵐の風に溶けていく。
その正体は、泊地水鬼がセイロン島から瀕死になっていた逃亡していた時に、
その怨念と結びついた、海の女神であるカリプソである。






泊地水鬼『マ、マッテ……ッ!』



カリプソと精神が分離し、泊地水鬼としての意識が明瞭になっていく。
呪いに塗れた叫び声しか上げられなかった彼女は、
肉体が壊れ、高位存在であった女神との精神結合が解けることで、思考を取り戻したのだ。

だが、いいことばかりではない。
敵の攻撃の度に身体を直し、嵐を操って基地同士を分断し、別の場所から一団や亡者を呼び寄せ、
羅針盤やレーダーをジャミングできたのは、他ならぬ融合していた女神の力だ。



泊地水鬼『ワタシ、ハ、……フクシュウヲ!! モット! コロシテヤルノヨ!!』



大破炎上をする泊地水鬼の目から血涙が流れる。
それを見たのか、海の一部がカリプソを象り始め、泊地水鬼と向き合った。






カリプソ『安らぎを持たぬ憎しみの徒よ。その生に意味はあるかしら?』



泊地水鬼『エエ!』


女神の声が低く響く。それはクジラの声のようだった。

泊地水鬼はカリプソの問いに、血を吐きながら笑って即答する。
小気味よいその答えに、表情のない海水の塊が、確かに笑った気がした。


カリプソ『お前もまた、波の泡に消えゆくニンフ。幾多の愛と深刻な惨禍を目にした海。
     また一人の女がそこに身を投じる決意をした』


海の塊となったカリプソが泊地水鬼に触れると、貫通した胴体が徐々に治りゆく。



カリプソ『アリアドネー パイドラー、アンドロマケ、ヘレ、スキュラ、イオ、カッサンドラ、メーデイア。
     名前を今さら挙げる必要などあるのだろうか? それらみながこの海を渡り、何人かはそこに留まった。
     精液と涙にまみれた海のことを、思わないではいられない』



朗々と語るカリプソ。融合が分かれたことで止むかと思われていた嵐は、
ここに来て勢いを増す。







泊地水鬼『ワタシノ ウミ ハ、チ ニマミレタ、セイロンノ……ウミ ダケヨ!』



この世に初めて生を受けたセイロン島。

そこは彼女の始まりの地で、終わりの地。短い彼女の人生は、硝煙と血に塗れた者。
ギリシャの女たちとは異なり、男も知らず、愛も知らず、ただ戦いと憎しみを抱えて、
ついに届かなかった空への思いを今でも未練に思い、海に全てをゆだねた女。



そんな泊地水鬼に、カリプソは微笑んだ。




カリプソ『傷はこれきりだけど、あなたが死なない限り、嵐は止まないわ……』



気づくと、胴体は傷一つなく綺麗なものになっていた。
泊地水鬼は疑問に思う。精神が融合していただけあって、カリプソの意思くらいは知っている。


彼女は好いた男を呼び寄せる為にこの世界に転移した。そこで泊地水鬼と事故のような形で融合した。
愛を知らない泊地水鬼だが、理屈くらいはわかる。なぜ好いた男にとって不利になるようなことをするのか。
なぜこの女神は味方をしてくれたのだろう。







疑問に思った泊地水鬼だが、カリプソは答えないだろう。
泊地水鬼は、その程度には彼女の人となりも知っているのだ。



カリプソ『私にとって価値のあるものは、今も全てあの洞窟の中にある。
     女神たちにどんな説得をされても、心だけは今もあそこに置いてきたまま……。
     老い先短い人間は、未来こそが全てという。間違いではないでしょうが、
     永遠の命を持つ私からすれば、……必死に過去を向いて生きるその姿、美しい魂の火が灯って見えるわ』



再び、カリプソが海に溶けていく。



カリプソ『過去への復讐も、未来への前進も。きっとみな等価値よ。
     さぁ、生きてその燃え盛る魂の価値を証明してごらんなさい』



もう会うこともないだろう。
泊地水鬼の相貌は、暗闇のどこかに居るブラック・パールに向けられる。



カリプソ『あぁ、全ては波の泡』




女神は海に混じり、その暴れる感情の奔流を嵐に変えていく。








ブラック・パール号 船底//






天龍「ぐえ」


天龍が尻餅をつく。



吹雪「やった! 天龍さん! やった! やりましたよ!」



無邪気に喜びの声を上げる吹雪。
一瞬の交差の後、船はすぐに離脱。後方に少し離れたところで、泊地水鬼が炎を上げて大破している。


その様子に漣も安心した表情で艤装を取り外しにかかった。
戦艦大和の試製艤装を、変換用のケーブルや器具を使って無理やり軽巡の天龍に接続したが、
無茶が過ぎたのだろう。天龍は一気に憔悴し、艤装も無理な挙動に煙を上げている。





漣「それにしても、よくこんなレア物ありましたね」


吹雪「えぇ、こんなこともあろうかと、ベケット少尉が掛け合って保管してたみたいですね」


大和は現在、帝国最強の戦艦として、オセアニア海域奪還作戦の帝国海軍旗艦を務めている。
それをいいことに、前線の後ろだからと、大和の型落ちである予備の装備を置く倉庫としてグアム基地を使わせた。
根回しや内部工作を行わせれば、ベケットは現代でも随一の策略家だ。



漣「でも、こんな風に壊したのがバレたら首が飛ぶでしょ。物理的に」


天龍「ハッ、この化物を倒した功績なら、お釣りがくるぜ」



穏やかに話をする三人。
その様子を神通は感情の読めない顔で黙ってみていた。


神通「…………」






泊地水鬼は、死んだのだろうか。ならば、仕方ないのだろう。
きっとここは死ぬべき場所ではなかったのだ。


内心でそんな独白をつぶやいて、沈みゆく泊地水鬼に目をやる。



神通「……?」



あれだけの砲撃を受けて、泊地水鬼はまだ沈んでいなかった。
漏れた燃料の影響だろう。自身の身体と周囲の海を燃やしながら、
それでもまだ奴は健在だった。

どうなっているのだろうかと砲門の窓から泊地水鬼をじっと見る。
その周囲に、何かが見えた。あれは、



神通「まさか――!」




神通の上を、けたたましいエンジン音が突っ切った。





ブラック・パール号 甲板//







ジャック「駄目だ、死んでない!」




泊地水鬼『フッ……、イタイ…イタイワ……ウッフフフフフフ……!』



ゾッとするような女の声が船に届く。
人魚のような、美しくもどこか人外じみたその声に、ジャックはひるんだ。







ジョーンズ「おい! カリプソはどうした!? あれはなんだ!」






ハサミが指すその先には、泊地水鬼を取り囲む、多数の戦闘機。







ほぼ空域を制圧した戦闘に、戦闘機を送る必要もなかったのだろう。
周囲の基地攻撃に送られず、艦載されたままだった戦闘機が、
泊地水鬼から彼女の身体を覆うようにして次々と現れた。


話が違う! ジャックはベケットを睨みつけて掴みかかる。



ジャック「おい嘘つきめ! あの飛ぶ奴は出てこないって言ったはずだぞ!」

ベケット「普通夜戦では艦載機は飛ばん! 視界が確保できず、着艦もできん。
     ましてやこの嵐では猶更だ」

ジャック「だったら何でだ!?」

バルボッサ「生還する必要がないからだ……」



ベケットがバルボッサに振り返る。敵はこの夜嵐の中、決死の特攻を決め込んだのだ。
通常であればあり得ない戦法だが、そうせざるを得ない程に、敵を追い込んでしまった。
先の砲撃で、一撃で殺せなかった報いがここに来た。





ベケット「では視界の確保は? 亡者無き今、あの高度からでは我々は見えん」

バルボッサ「馬鹿かお前は! さっさと撤退だ!
      見えなくともいいんだ。あの数で撃ちまくって当たればそれでいいんだからな!」


天龍「おいっ! なんだありゃあ!」




事態を察した艦娘の4人が船底から駆け上がってくる。
空を見ると、炎を上げる泊地水鬼の周りを一機、また一機と戦闘機が囲んでいく。

倒したと思った敵が奥の手を発揮してこようとしていることに気づき、漣は顔を青くした。
戦闘経験の多い天龍でさえ顔をしかめ、実務経験の浅い吹雪は茫然とその光景見上げていた。








神通「夜……、艦載機……」




唯一怯えを見せていなかったのは神通。意味深な言葉をつぶやき、空を見上げている。
ほとんど誰もが敵を見ていたからだろう。そのつぶやきを聞くことが出来ていたのは近くにいたジャック一人であった。



神通「…………」

ジャック「おい、お前……」



聞かれていたことに気づいたか、神通はジャックに顔を向ける。その表情からは何を思うか全く想像ができない。
だが、それでも何かを感じることはできたのだろう。ジャックは軽く舌打ちをし、舵を取ろうと後方甲板へ急ぐ。



神通「…………」




神通の眼には、何処か妖しい光が宿っていた。
戦闘狂の様な血に飢えた目ではない。それは、死に飢えた目。
自身の死を求めるものが、それを目の前にして宿す、目の輝きであった。








バルボッサ「畜生! 少しでも闇に紛れるぞ!」




バルボッサの指示で全員が動き出す。流石に争う暇もないとわかっているジャックは懸命に舵にとりつく。
ギブスは少しでも身軽になるようにと、ブラック・パールの不要な荷物を海に投げ捨てていた。

ベケットは艦娘たちに、再び甲板下で身を隠すよう指示した。
対空砲火をさせてもよかったが、それをすれば居場所がばれる。
そしてそうなればすべてを墜とせる程の戦力は整っていなかったのだ。



神通「少尉、お言葉ですが、このような木造船、狙われればハチの巣です。
   泊地水鬼に肉薄する許可を」


神通の判断は、半分正しかった。あそこまで大破寸前に追い込んだ敵の攻撃を
一方的に受ける意味など無い。戦力差が如何に大きくとも、このまま艦娘だけで戦闘を続ければ
敵が沈む方が早いのではないか。それ理屈としては正しかった。問題は、カリプソが回復させたことであったが。




ベケット「……」


勿論ベケットもそんなことは知る由もなかったが、彼の直感がそれを止めた。
通常、大破した空母は艦載機が出せないという。無理に離艦させたのかとも思ったが、
それにしては数が多い。これは何かある。慎重になるべきだと思っていた。






だが、その姿をみて、神通は深く頭を下げた。



神通「少尉、申し訳ありません」


ベケット「? 何だ――」




神通は、ベケットが止める間もなく、船を飛び降り、波を滑るようにして泊地水鬼の下へ駆け抜けた。






ベケット「っ!」


吹雪「神通さんっ!!」


天龍「あの馬鹿野郎!」



天龍は一瞬身体をよろめかせ、慌てて船外の神通を追いかける。




漣「ちょ、待ってください! 海に出たら捕捉されて死にますよっ!」


天龍「分かってる! あの馬鹿を連れ戻すだけだ! 危ねェから漣と吹雪は待ってろ!」




天龍が勢いよく加速し、海を滑走する。








しかしトラブルはここで終わらない。
二人の艦娘が離艦したのがバレたのだろう。すぐさま敵のレーダーがそれを捉える。
そしてその離艦元であるパール目掛けて、多数の戦闘機が唸りを上げて押し寄せてくる音がした。


ベケット「不味いっ!」


本来は対艦用ではない戦闘機とはいえ、こちらは木造船だ。
機銃一つでも簡単に穴が開く。一撃では沈まないだろうが、対空戦闘もほとんどできないこの船では、
一度取りつかれれば、それは死を意味する。





ジョーンズ「……、仕方あるまい」



パールの面々を見て、ジョーンズはそう呟く。
一瞬だけ嵐の空を見上げて目を瞑り、見開いて大声で叫んだ。



ジョーンズ「船長たる俺の意思に従い、……来いっ!」






ジョーンズは叫びとともに、海に飛び込む。
気でも違ったかと慌てて船外に目を落とす一同。

その荒れ狂う海に身を飲まれてしまうと恐れたが、
なんとジョーンズは、艦娘たちと同じように水面に立っていた。




これには全員が驚く。




ジャック「何してんだタコ野郎!?」


ジョーンズ「不本意ながらぁ、化物を殺す為にもブラック・パールを沈めるわけにはいかん。
      よって実に不本意だが、この私が手を貸してやる。不本意ながらな!」





途端に、ジョーンズの足元の海が大きく盛り上がる。


その波しぶきを激しく散らし、現れたのはフライング・ダッチマン号!
船長の意思に従い自由に動く幽霊船。ジョーンズは海面下に呼び出したダッチマンの船首の先に乗っていたのだ。





ジョーンズ「さあ行けダッチマン!」




ダッチマンは号令とともに向かい風をも難なく走り去っていく。









フライング・ダッチマン号 甲板//





上空に居れば確実にパールを見落とすかもしれない。
その懸念を解消するため、戦闘機は海面ギリギリを滑空していた。

すれ違えば流石に船の存在に気付けるだろう。


だが、そんな意図もむなしく、低空飛行の戦闘機は一撃で撃墜される。



ジョーンズ「クハハハハッ! さぁ死ねぇ! 回転式の三連式カノン砲ぉ!」


いつもは部下に稼働させていたカノン砲に砲弾を詰めていく。
船の真正面しか捉えられないその連射砲だったが、その質量弾は
上手く敵戦闘機に直撃し、墜落させ、その周囲にいた編隊にもダメージを与える。



ジョーンズ「ハハハーッ!」


まさかの攻撃に慌てて回避行動をとるも、距離が近すぎた。
上昇するまでに軽く3機はカノン砲に撃墜された。
最新鋭の兵器である航空機を、大航海時代の海賊船が落とした。
言うまでもなく、とんでもない快挙である。






しかし、快進撃もここまで。


カノン砲の砲炎と音に気付いたのだろう。
夥しい数のエンジン音がダッチマンに迫り、機銃を一斉掃射させた。


ジョーンズ「チィイ!!」


レーダーにかからない木造船ではあったが、
いかんせん砲炎に気づいた敵が多すぎた。
機銃は一部が当たったにすぎないが、それでも数百発の銃弾が船を貫通。



健闘むなしく、ダッチマンは瞬く間に沈んでいく。



ブラック・パールの囮という目的を果たして。







ブラック・パール号 甲板//




遠くでジョーンズの駆るダッチマンが炎上し、沈んでいく。
ジャックたちの時代では最強を誇ったその船が、瞬く間に、易々と葬られる。


これがこの時代最強の、航空機という兵器の力。


ジャック、ギブス、バルボッサはその恐ろしさを目の当たりにし、絶句した。




ベケット「呆けている暇は無いぞ諸君!」


ベケットの声に反応し、三人は意識を切り替える。
殆どの飛行機が馬鹿みたいにダッチマンの下に集結している。
ジョーンズが不本意ながら稼いだこの時間。無駄にするわけにはいかない。




ベケット「第一作戦は失敗した。作戦は予備の第二作戦に移行する」




それは、事前に話し合った作戦の一つにして最終作戦。

万が一、大和級の砲撃が通らなかった場合に実行が予定されていたもので、
ほとんど使うつもりのない、更に博打要素の高い作戦だ。
これも外せば、今度こそ逃げるしかない。逃げ切れるかはさておき。







ベケット「では各自、行動開始!」


ジャック「反対! 断固として反対!」




ベケットがジャックを睨みつける。だがジャックもそれを睨み返す。




ベケット「時間がないことくらい分からないか、海賊?」


ジャック「んなもん子供でも分かる。だけど、この作戦は反対する。
     大体、これをやらせない為にわざわざ船を出してやったんだぞ?」



表情を変え、いつものようにヘラヘラとベケットを煽るジャック。
ベケットは額に青筋を浮かべた。



ベケット「この作戦は事前に了承を得ていた筈だが?」


ジャック「多数決でな。だけど、今やればどうかな?」



基地で決を採った時には、ジョーンズもいた。彼を含めて2対3。
ジャックとギブスの反対を、三人の賛成で押し切ったのだ。




ジャック「作戦に反対の人。はーい!」

ギブス「おう」


二人は示し合わせたように、同時に手を上げる。
斬り殺してやろうかと心がささくれ立つベケット。



ジャック「こりゃ決まりそうもないな。でもこっちは、いつまでも多数決してて構わないんだぜ?」


ベケット「私に対する負債、……ツケがあることを忘れたか?」


ジャック「こんだけ働いてやったんだ! これ以上何を求める!?」



両手を広げて大きくアピールする。



ジャック「気に入らなければ降りてくださってもいいんだがね、提督?」



ベケット「……、……わかった。吹雪君!」


吹雪「はいっ!」





ベケット「砲撃を許可する。パールを燃やしたまえ」


ジャック「おいおいおいおい! 待て待て待て待て!」


ベケット「何か?」


ジャック「何かじゃない! パールを燃やすのはナシだって約束したろ!」


ベケット「くだらない取引を仕掛けてきたのは君だ。やれ、吹雪君」





吹雪「任されました! 少尉!」

漣「手伝いましょう!」


ジャック「任されるな! 手伝うな!」


ベケット「選びたまえ。パールをとるか、作戦をとるか」


ジャック「……あぁクソ!」


無論、ジャックにとって自由の象徴であるパールを捨てることなどできない。
作戦を実行するために、ジャックはハチェット(手斧)を持ってマスト頂上へとよじ登る。



ベケット「損のない商取引だったぞスパロウ君。全ては互いの利益のためだ」



ジャックは聞こえよがしに舌打ちをした。






ベケット「万が一の接近戦に備えて、念のため残りの艤装の数も確認しておく。
     漣殿、生きている艤装はどれか教えてくれ」


漣「了解しました。散らかってるので注意してくださいね」


漣に先導されて、ベケットが船の下層部に降りていく。


残ったバルボッサたちは、昇っていくジャックを下で監視している。




そんな中、吹雪は一人目を海に向ける。
時折機銃の音に混じって、小さな砲音が聞こえる。


神通と天龍はこの海を走り回っている。


妖精技術に反応する深海棲艦のレーダーは、
こんな真っ暗な海の中でも天龍と神通に反応している。


事実、敵戦闘機はそちらに気を取られ、
空のあちこちを飛び回っていた音はパールから離れている。


結果として、ジョーンズと天龍、神通が囮となって
パールの危機を回避した形となる。






この最後の作戦とやらが早期に成功しなければ
暗闇の中で二人は人知れず沈んでいくかもしれない。


吹雪「神通さんは、大丈夫でしょうか?」


その呟きは、誰に向けたものか。
独り言かもしれないし、ベケットや漣に向けた言葉かもしれない。



しかし、それに耳ざとく反応したのジャックだった。



ジャック「……」



ジャックは目を瞑って逡巡し、もう一度悩む。
何かに葛藤するような表情を経て、その末に苛立った溜息をついた。






ジャック「おい、一つ結び!」


ジャックがマストを上りながら思い切り呼びかける。
搭乗員がそれぞれキョロキョロと顔を見合わせ、一人に視線が集まった。


吹雪「え? あ、私ですか!? 吹雪です!」


ジャック「お前、あのジンツウを止められるか?」


吹雪「? どういう意味ですか!」


ジャック「あいつはお前の何だ?」


雨風にあおられ、必死で踏ん張りながら、ジャックは叫ぶ。
意図の読めない質問だが、吹雪は正直に答えた。





吹雪「大切な、先輩です!!」


ジャック「命よりもか?」




風の音にかき消えそうになりながらも、その一言は不思議と明瞭に耳に入った。




ジャック「ジンツウは死ぬ気だ」


吹雪「……え」




ジャック「あいつは死地を求めている。そういう目をしてる」


吹雪「え? ……え?」


バルボッサ「チッ!」






その言葉にバルボッサは舌打ちをした。



バルボッサ「死にたい人間には好きにさせておけ! その命で俺たちが助かるなら猶更だ!」

ジャック「黙ってろヘクター!」


バルボッサ「人の命の大切さを説くタマかお前が! いつの間に宗教に感化されたっ!」


ジャック「うるせぇ! 俺は覚悟もなく死に急ぐタマ無しが大っ嫌いなんだ!!」



二人の怒鳴りあいを茫然と眺める吹雪に、ジャックは叫んだ。




ジャック「フブキ! 必要なのは何ができて、何ができないかを知ることだ」



吹雪の視点が、ジャックに向く。
業を煮やしたバルボッサは懐からフロントリック銃を取り出し、ジャック目掛けて銃口を向ける。

しかしとっさにギブスに腕を抑えられ、銃弾は明後日の方向へ飛んでいく。
睨みつけるバルボッサに、ギブスも険しい目つきで睨み返す。



ジャック「お前にジンツウを止める腕っぷしはあるか。あいつを背負う覚悟はあるか」






この戦いの前、確かジャックとこういう話をしていたことを思い出した。
救うか救わないか、誰が彼女を救うことができるか。
その結論として、自分では無理だと判断した。自分には、神通に寄り掛かってもらう頼りも、
無理やり救いきる腕っぷしもないからだ。


ジャック「あの面倒くさい女を、邪険にされながら何度も救う覚悟はあるかって聞いてんだ!」


でも、そうだ。諦めないことはできるはずだ。
彼女が再び死地に身を投じるのなら、その度に救いにいけばいい話。
そうしてどれだけ悪態をつかれても、それすらも背負っていけばいい話。

人を救うということは、そこまで背負って初めて一人前になれるのだ。



吹雪はうつむいて目を瞑り、そして見上げる。




ジャック「……よぉし! さっさと行けぇ!」




吹雪は大きく頷き、甲板を駆け抜け、荒波に飛び乗った。









太平洋 海上//





レーダーで捕捉されているのか。
分かっていたことではあるが、敵の攻撃は苛烈だ。

こっちのレーダーはホワイトアウトしているのに、
相手の探索はこちらを一方的に狙えるとは、なんというペテンだろう。



神通「!」



前方スレスレのところを機銃の弾が飛んでくる。

神通は弾の来た方向に対空砲火を放ち、戦闘機を墜落させた。


一瞬の爆発で空が照らされる。

夥しい数の戦闘機の影が見て取れた。






神通「ぅ、」



神通の脳裏に、二人の姉妹の顔がよぎった。



史実の川内は、最期は夜戦で沈んだ。
史実の那珂は、最期は敵の航空機の大攻勢で沈んだ。

川内は米艦隊の砲撃で、那珂は爆撃機の攻撃で、と現在の状況とは違う点はあるものの、
共通点は多い。さらには史実の自分の様に味方の為に囮となって死ねる。



こここそは、先に沈んでしまった姉妹たちの分も贖える、
自分が求めた最高の死に場所だ!







神通「ぅ、あああぁぁぁっ!」




敵の機銃が一斉掃射される。
暗闇の中では見えないが、銃弾がまるで壁の様に押し寄せてくる。

神通は、発砲音がした方向に突き進む。
身体を無数の傷と痛みが苛む。

機銃では簡単に沈まないとはいえ、いずれは沈む。
先の短い特攻。



何度も夢にまで見てしまった、自分の罪を清算する死に場所。


神通の顔には笑みが浮かぶ。……筈だった。




神通「ああぁっ! うわああぁぁ!!」








その表情は悲痛。あれほど望んでいた筈の死地。
いざ前にすれば、心は奮いあがるか、静謐になるか、どちらかだと思っていた。


だが、現実は、恐怖。


日本屈指の突撃隊、二水戦。その指揮官を務めていた彼女は、
過去に何度かこれほどの窮地を超えている。

だがそのどれもとは違い、身体は震え、固くなり、
涙がボタボタと零れ落ち、口からは意図せず恐怖の声が上がる。


死ぬ覚悟を決めて立ったはずの贖罪の戦場。


しかしその思いとは裏腹に、死の恐怖が身体を支配する。



神通「ぅ、あ……!」




頬を銃弾が掠める。切り裂かれ、小さな傷口からは血が垂れる。




決めたはずの覚悟が、音を立てて崩れていく。
























ブラック・パール号 甲板//





ベケット「何故止めなかった!!」


まともに稼働する艤装がないということを確認したベケットは、
船を軽くするために、漣と共に艤装を海に投げ入れた。

それが終わり甲板に戻ってくると、なぜか吹雪が居ない。


ギブスに問い詰めると、ジャックに唆されてこの荒波に飛び込んでいったという。
ベケットは怒りの余りギブスの胸倉をつかんだ。



ギブス「ま、待てよ! 俺は関係ねえだろ!」


ベケット「こんな、こんな海を行くなど自殺行為に等しい!」





バルボッサ「だからどうした! 過保護も大概にしろ。
      あれは自分で行くと決めた。全てあいつに責任がある」


ベケット「唆したのは貴様らだ」


バルボッサ「唆されるような教育をしている方が悪い」



バルボッサはそういうと、機嫌が悪そうに顔を他所にやった。
これ以上話しても、建設的な会話は望めないだろう。
また、ベケット自身、こうなってしまえば彼自身は何もできない。



ベケット「……っ」



ベケットは知らぬ間に手をきつく握りしめていた。








太平洋 海上//





吹雪「神通さん……! どこに……!」



吹雪が海を滑走する。

時折、遠くの海で爆炎が一瞬灯るが、天龍も神通も高速移動をしながらの戦闘をしている。
その場所にたどり着く頃には、敵味方問わず誰も居なかった。




吹雪「あ――、ぐっ!」


周りに気を取られていたせいだろう。
吹雪の肩を一発の銃弾が貫通した。見上げるが暗闇。
自分も対空砲火で応戦するが、手ごたえはない。逃げられたようだ。



痛む肩を押さえ、再び神通を探し始める。






早く船に連れ戻さなければ。
吹雪の目は必死だ。



吹雪「神通さん……!」





あの日、神通を助けたのは吹雪である。

コロンバンガラを戦う前と後の神通の差を一番よく知っているのは彼女だ。



吹雪がまだ訓練課程についていたころに、先任の一人だったのが神通だ。
訓練は厳しかったが、心優しく、穏やかで、姉妹を愛し、後輩も心から気にかけてくれる人。
吹雪は、彼女の目が好きだった。暖かく、それでいて強い意思を持った輝く目。



だからこそ、救助して、手術を成功させた後の神通を見たときは愕然とした。
病床の、あの虚ろな目からこぼれた涙に、心が締め付けられ、吹雪は見舞い一つできなかった。



愛する姉妹と、仲間を一斉に失った彼女にかけられる言葉なんてなかった。







吹雪「……でも、」


辛いことは、分かる。
生きていても辛いことはあるだろう。ましてや戦争中だ。
そんなことを思う人はいくらでもいるだろう。

内勤と訓練ばかりの吹雪では知らない地獄があるのだろう。

でも、それでも。吹雪は神通が生きていることを否定したくなかった。



まして吹雪は知っていたのだ。神通は、心の底から死にたいとなんて思ってないと。




吹雪「だって、今でも鮮明に覚えてる……」







志願して訪れたコロンバンガラの救助活動で、吹雪は、即死した那珂の横に、
折れ曲がって血まみれになった神通を見つけた。


もう助からないと、そう思って、そのまま、安らかに沈んでいった方が良いんじゃないかと、
そんなことすら思った。




吹雪「それでも、あの時」








  吹雪『神通さんっ!!』



  神通『ぁ……』










吹雪「神通さんは言ったんだ」










  神通『ぁ、り、がとぉ……』













消え入るほどか細い声で、口から血を流しながら。それでも視線だけはしっかり吹雪を見て、
安堵の表情を浮かべ、神通は確かにそう言ったのだ。



それから吹雪は必至で奔走した。本陣となっていた島に戻り、休む間もなくベケットに掛け合い、
裏から手を回してもらって、大本営に大手術を行わせた。そして一睡もせずに方々を駆けまわり迎えた
5日目の夕方、神通の手術が成功し、一命をとりとめたことを知った。



生きることを押し付ける気はない。でも、あの時の神通は確かに生きたいと思っていた筈だ。
吹雪は決して、そのことを否定したくはなかったのだ。


黒い波に揺られて辺りを見渡す。神通の姿どころか、パール号も、泊地水鬼も見えない。
それでもこの嵐の中で、自分だけは神通を見つけられるはずだと奮い立った。





吹雪「神通さん――、」






あなたを助けられたことは、私の誇りです。






そんな言葉を胸にしまい込み、吹雪は艤装のエンジンの回転数を上げた。


























ブラック・パール号 甲板//






ベケット「戦闘音が近づいて来たな……」



計画通りとはいかない。当初予定していたよりもかなり想定外の要素の方が多い。
しかし、それでもやるしかない。ベケットはバルボッサに指示を出す。



バルボッサ「ギブス! 繋いだか!?」

ギブス「準備万端だぜバルボッサ!」


バルボッサ「よぉし! では邪魔だどけギブス!」 




ギブスが走ってその場を離れる。ギブスがいた場所には、ジュラルミンで出来た1~2メートル四方の大きい箱があった。
それを網で覆い、縄で結び、メインマストの頂上に括り付けていた。




ギブス「はぁ、なんちゅう最終兵器だ……」



何を隠そう、これが泊地水鬼討伐の最終手段である。








ギブス「水が入ってなきゃもうちと軽かったんだがな」

ベケット「9割超が水だからな」

ギブス「水をこんなに入れる必要あったか?」

ベケット「重さがなくては飛ばんのだよ」



バルボッサ「さぁ行くぞぉ! 俺たちの勝利を飾ろう!」






バルボッサが片手で剣を掲げる。

するとそれに呼応して、箱をつけたロープが意思を持ったようにドンドン宙に上がる。
満足そうな顔を浮かべると、バルボッサは剣を大きく振り回した。


ミシミシと音を立てながら、マスト頂上を中心にロープ付きの箱が大きく回転する。


それは徐々に遠心力を得て、鈍い風切り音を立てながら船の上をブンブンと回り始めた。
帆やその周りにある大量のロープに引っかからないよう、大きく回りながら水平を保つ。


下でこの光景を見ていた漣は、まるでハンマー投げかジャイアントスイングの様に見えた。




バルボッサ「外すなよぉ! ジャァック!!」




バルボッサが叫ぶ。







太平洋 海上//





神通「あ、ぐぅ!」


神通は、後ろから撃たれた。
銃弾は左のふくらはぎを綺麗に貫通し、そこから血が流れる。
弾が体内に残らなかったのは唯一の幸いだが、骨に当たったのだろう、
足が折れてしまっており、力が入らない。


冷静になり切れない頭で、それでも経験が身体を動かして
迎撃態勢に移る。放たれた弾は敵の戦闘機を貫き、爆破炎上させる。

爆発の光が、また多くの敵戦闘機を照らす。



神通「……ぁ、」



一斉射撃。先ほどとは違い、全弾が神通目掛けて飛んでくる。



神通「……」




神通は目を閉じる。
死を前にして、思考が停止する。
何も考えられず、静かに目を閉じた……。








吹雪「うぁぁああああああぁああ!!」





吹雪が、神通に向かって突進する。



神通「!」


吹雪「神通さんっ!!」




死地の神通へ、吹雪が最大船速タックルした。


銃弾が吹雪のすぐ後ろの波に突き刺さる。


二人の身体が一瞬宙に浮き、海面にしたたかに叩きつけられる。
一歩間違えれば衝突事故。そうでなくても銃弾降りしきる状況。



しかし吹雪は神通を手放さなかった。






吹雪「助けに来ました!」


神通「え、あ」



状況が読み込めなかった神通は、現状を理解するまでに時間を要した。
吹雪は無理にでもその手を引き、危機を脱する。



神通「なんで」




何で、助けたの? それは以前吹雪に問いかけたのと同じ言葉。
他に言いたかったことなんていくらでもあるのに、そんな言葉が口をついてしまった。

だが、吹雪は動じず、真っすぐ前を見つめて叫ぶ。



吹雪「分かりません! なんて言えばいいのか、なんて答えるべきなのか!」





あの時も、そして今も、吹雪はその答えを持っていなかった。
皆が思いつくような答えならいくらでも答えられた。
だが、それを上手く言い表せない。強いて言えば、思いつくその全てが、彼女を動かした理由だ。



吹雪「難しい話なら後にしてください! 
   とにかく伝えたいことが一杯で、何から言えばいいのか、分からないけど!」



ニッと、吹雪はいい笑顔で神通に振り向く。
もうその表情には、神通へのわだかまりは消え失せていた。



吹雪「理由なら明日必ず言いますから! それまで待っててください!」


吹雪が方向転換のさなかに、空いた左手を使い、空中に向かって撃つ。


砲弾が通過した衝撃で、迫ってくる一機が掠めてバランスを崩させる。
しかし、敵はその勢いのまま吹雪と神通に向かって墜落してきた。






吹雪「まず――!」



再装填、間に合わない。
だがそんな冷や汗も束の間。燃え盛り特攻してくる敵戦闘機の横腹を一発の砲弾が貫通した。

吹雪たちが目を見やると、気づけば天龍がすぐそこまで来ていたのだ。



天龍「吹雪! 神通!」

吹雪「天龍さん!」



破顔する吹雪。この地獄ともいえる空の下、なにも見えない暗闇の海で、
三人は奇跡的に合流できた。





天龍「よく言ったな、吹雪!」

吹雪「う、聞いてたんですか」



天龍「お前の名演説、聞きやすかったんで良い目印なった、いや耳印か?」

吹雪「耳印って、家畜につける識別印ですよ」


天龍「おう! 難しい話なら後にしてくれ!」



寄ってきた戦闘機を落とす。
戦闘に反応して、艦載機がどんどんやってくる。

彼女たちは脚を止めずに動きながら落としているが、多勢に無勢。徐々に囲まれていく。



天龍「あー、畜生、船はどこなんだよ!」


神通「……」



このままでは三人とも沈んでしまう。神通は責任を感じて苦しそうに目を伏せる。






神通「私が囮になります」



その言葉に、天龍が鋭い目で振り返る。



天龍「いいか! 俺はお前を死なせねえ!」


突然の大声に、神通は面を喰らった。
が、気を取り直して説得を続けようとする。



神通「で、でも!」


天龍「誰かに守られた分際で! 勝手に命を粗末にしてんじゃねえ!
   死ぬなら守ってくれたそいつらに許可とってから死ね!」


神通「なっ……! もう死んでるんだから、そんなこと、できないですよ!」


天龍「じゃあお前はもう生きるしかねえんだよ、ざまあみろ!」


神通「このっ……!」





吹雪「ちなみに、今のところ神通さんの命を2回救ってる私としては、
   ぜーったい許可しませんから! 神通さん! ざまあみろ、ですよ!」


神通「吹雪さんまで!」

天龍「んだよ文句あんのか!?」


神通「ありますよ! 大体あなたは前から――」



天龍「今忙しいんだ! 文句なら聞いてやるよ、明日な!」


吹雪「私も、神通さんに一杯文句がありますので! それも明日に!」


神通「……。二人とも、覚悟していてくださいよ、明日」






三人は互いに背中を合わせ、三方に砲撃を放つ。
散発的だった反撃が小規模ながら組織立つ。


帝国海軍の本領は夜戦にある。中でも、長く前線に立った天龍と、
精鋭を率いた神通と、夜戦のプロを師匠に持つ吹雪。


この三人の目は、とっくに夜の視界に適応していた。


寄ってくる戦闘機が順に、順に堕ちていく。

時たま起こるだけだった爆発が、加速度的に増えていく。



いける。吹雪は勝利の感触をつかんでいた。





その爆発に気づいた泊地水鬼の主砲が、向けられていることに気づかないまま。




砲撃まで、あと10秒。



太平洋 海底//





吹雪たちが人知れず危機に陥っている海上。




海底では、荒れ狂う海流に身体を引っ張られ、押され、流されそうになりながら、
ジョーンズは全身をつかって船中央の装置を動かしていた。


キャプスタンと呼ばれるそれは、例えるなら、大人数の奴隷たちが酷くのろのろと
力一杯で回す重い石臼のようなものだ。当然これも、多くの船員たちで動かす装置。
だが本来と違うところは、彼は今これを、海中で一人で動かしているところだ。


課せられた苦行に耐える奴隷の様に、贖えない罪を清算し続ける受刑者のように、
その身が如何に軋もうと、砕けんばかりに歯を食いしばり、ボロボロになったダッチマンで、
どんなに海に苛まれても、足を前に出し、キャプスタンを必死で回し続ける。






何が彼をここまで突き動かすのだろう。


冷徹で、気まぐれな裏切りの女と罵ったカリプソの為に、ここまでする必要はあるのだろうか。


何度でもそう思える機会はあったはずだ。そしてその度に、カリプソを見限ることが出来たはずだ。
しかし、冷徹で、気まぐれな裏切りの女、カリプソを、それでも愛してしまったのだ。


かつて彼は、ウィル・ターナーとエリザベスを前に、愛の脆さを語った。



  ジョーンズ『あぁ、愛か! 愚かな、気の迷いだ。そしてまた、いとも簡単に引き裂かれる!!』



そうやって、愛の愚かさと脆さを嬉々として語った。だが皮肉にも、そんな彼が一番愛に囚われているのかもしれない。
むしろ愛に囚われているからこそ、愛の脆さもよく知っていたのだ。





デイヴィ・ジョーンズの愛はどうだろう。


確かに、愚かで、気の迷いで、脆いものなのかもしれない。
しかし、それは少なくともこの程度、海水に身を引き裂かれ、渾身の余り筋肉が千切れ、歯が砕け血を流す、
そんな程度で崩れるような愛は、彼は持ち合わせていなかった。


また一歩、足を踏み出す。


常人であれば装置一周どころか最初の一歩であきらめるその歩みを、彼はもう五周も
回している。歩数にすれば、もう100歩を超えている。


何度も愚かさを呪い、気の迷いを繰り返し、その末にまだ心に愛が残ったから、
彼の身体も、心も、この程度の苦難では引き裂かれたりはしなかった。





ジョーンズ「!」



キャプスタンを回しているジョーンズの足が止まる。


何か手ごたえを感じたのだ。ジョーンズが凶悪に笑う。口から泡と血あぶくを吹かせながら、
大いに笑い声をあげる。




ジョーンズ「さぁ来い! 今再びこの俺に仕えろぉ!」






ジョーンズの手からキャプスタンの抵抗がなくなる。
次の瞬間、船底に大きな衝撃が走り、それが海中全体に伝わる。


嵐を避け、岩の影に避難していた魚や甲殻類たち、全ての海の生き物が何事かと慌てだす。
そんな中、その音に導かれるようにして、悠然とジョーンズの元に泳いでくる生き物が一匹。


慌てる魚たちは、その存在に気づかなかった。



それを同じ「生き物」と認識するには、あまりに大きすぎたのだ。



深き海。底の底。陸上の生物は一匹として生存を許さぬ海の領域。
そんな地獄に船を引きずり込む存在。




ジョーンズ「クラーケンッ!!!」




古代、中世、近世。長き人の時代において、世界中の船乗りたちを心胆を寒からしめた、
海で最も有名な怪物。海を支配した最強の魔物。
海中が、激震した。








太平洋 海上//





海底から爆発音の様な轟音が響く。
クラーケンの巨体が強い海流にぶつかり、渦が出来上がる。


異常に気付いた泊地水鬼だったが、時すでに遅し。




泊地水鬼『コイツ――ッ!!』


クラーケン「ゴオオォォオォッ!!!」





腐臭を吐き散らしながら、泊地水鬼にとびかかる。


ジョーンズの元居た世界では既に殺されてしまったものの、
この世界のクラーケンは未だに無傷。伝説にだけ棲む未確認生命体扱いだ。


だが、戦いの経験がないわけではない。
既にジョーンズの指示の元、数多の深海棲艦を海の底へ沈めてきた。


そんな必殺の、海底から伸びた無数の凶悪な触手が強力な膂力で絡みつく。








天龍「うおっ!?」


三人を狙って放つはずだった泊地水鬼の砲撃は、直前の横やりによって、
満足に狙いをつけられないまま放たれる。


神通「大丈夫! 外れます!」



神通のその言葉通り、ギリギリのところを掠めて、巨大な砲弾が海面に当たり爆発する。
天龍たちはとっさに身を屈めて乗り切ったが、敵の戦闘機は海面ギリギリで彼女たちを
追いつめていたこともあり、その多くが巻き添えになった。




吹雪「て、天龍さん! 神通さん!」


天龍「よく分からないが。離脱するぞ!」


泊地水鬼のフレンドリーファイアが効いたのか、敵の数は見事に減少し、
残った戦闘機も、巻き込まれない様にするためか、飛行機の本来の高度に向かって
高く昇っていく。あの距離からでは、レーダーで捉えられていても、
命中率は大きく下がるだろう。三人はその隙を逃さず、逃げ出した。







クラーケン「グルルゥオォゴォ!!」





クラーケンが咆哮をあげ、その触手で動きを封じ込める。


泊地水鬼『グ……、キ、キエナサイ!!』



その異形に一瞬動揺する泊地水鬼であったが、憎しみと怒りに心が支配されているのか、
一切の恐怖と躊躇なく、自分の身体ごと砲撃し、クラーケンをひるませる。
そしてその隙をついて、渾身の力で絡みついた無数の脚を引きちぎり始めた。


まるで怪獣映画の様に非現実的な光景であった。




漣「な、何あれっ!?」


バルボッサ「ハハハーッ! デイヴィ・ジョーンズめ! いい援護じゃないか!!」


轟音と、爆音と、砲炎により、パールに乗る者達もその異常に気づき、
全員の視線が泊地水鬼の方に向けられる。




当然、マストの上で切り離しの機会を伺っているジャックもそうであった。




ブラック・パール号 マスト頂上部//





ジャック「…………」



ジャックは唾をのんで考える。

泊地水鬼の恐ろしさはこの短時間で重々承知であったが、
それにもまして、クラーケンの恐ろしさもよく知っていた。

なにせ自分はその怪物に一度殺されているのだ。その強さは身に染みていた。
さらに加えて、ここには艦娘という海上戦力が居て、今は敵に阻まれながらも、
この海域を囲むようにして歴戦の前線戦力が控えているという。




ジャック「…………」


目を瞑って思考を進める。

これは、もしここで自分が動かなくてもいいのではないだろうか?

クラーケンに捕まれば奴は逃げられない。逃げられたとしても傷を負う。
万一逃がしても、他の誰かが倒してくれるはずだ。ジャックとしてはカリプソが分離した今、
これ以上ここで戦う義理もない。カリプソに捧げるジョーンズの行方だけが心配だが、
クラーケンがああして出張ってきた以上、海中で無事だろう。

泊地水鬼とパールの間もそこそこ距離がある。夜が明ける前にはこっそり逃げ切れるだろう。




そこまで考えて、ジャックは手にしていた斧を置く。


下でバルボッサが景気よく剣を回しているが、知ったことではない。
何よりもこの作戦は、この作戦だけは絶対に反対だったのだ。


ジャックは寝そべり、怪獣大決戦の行方を想像しながら待つ。
炎はもう雨と波で消え、その結果はうかがい知れない。
見れれば話のタネになったものだが、惜しいことだ。
残念だが音だけで楽しもう。





ジャックは憑き物が取れたように穏やかな表情になる。
下でまだかと叫んでいるバルボッサのことは気にしない。
いざとなればこのマストを枕に防衛戦だ。



そう意気込むジャック、しかし、その怠慢を責めるように、
寝ている彼の後頭部に銃が付きつけられる音がした。




ジャック「は!?」



このマストの上には誰もいない。そもそも誰かが昇ってくればすぐにわかる。
驚いて身体ごと擦るようにして後ろへ寝返った。そこには見知った顔があった。



ジャック「……そういや、お前もいたな」



ジャックに銃口を向けていたのは、ジャック。
ジャックの不実を責めていたのは、ジャック。
これは別に文学的だとか、哲学的だとかそういう話ではない。







ジャック「キィー!」




器用に全身を使ってジャック・スパロウに9mm拳銃の銃口を向ける、シロガオオマキザルのジャック・ザ・モンキー。
猿のくせに服まで着させられた彼は、バルボッサがペットに買っていたサルで、スパロウへの侮蔑としてわざわざ
猿に「ジャック」と名付けていたのであった。サルのジャックは黒髭にパールが接収された際、一緒にビンの中に閉じ込められた。
今の今まで出てこなかったのは外で起きていた戦闘を警戒してのことだろう。




ジャック「お前もパールに乗りっぱなしだったな。どうした、ご主人様は下だぞ?
     それとも先に船長に会いに来たか。感心なやつめ」

ジャック「ウキィー!」




言うまでもないが、先に喋ったのは人間のジャックで、後者は猿のジャックだ。

後者のジャックは、これまた器用に拳銃のスライドを引く。どこで覚えてきたのだろう。
もしかすると亡者を撃った前者のジャックの動作を隠れて見ていたのかもしれない。

その一度で覚えたとすれば賢い猿であると言えたが、だが所詮は猿どまりだと、人のジャックはニヤつく。






ジャック「クソ猿め。俺の銃を拾ったな?」


ジャック「ウキ?」


ジャック「その銃はさっき弾が無くなるまで撃ち尽くした。もちろん、代わりの弾なんざもっちゃいない」


ジャック「キキー……」



モンキーのジャックの目が泳ぎ、スパロウのジャックが目を細める。
猿の分際で、人間様に、ましてや最悪の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウ様に盾突くのは100年早い。
ジョーンズの船で労働して出直してこいと煽る。






ジャック「では船長命令だお猿君。いや、これからはヘクター君と名付けよう。
     ヘクター・ザ・モンキー君、下でバカみたいに剣を振り回してるオッサンの顔面に
     一発お見舞いして来い。このバカげた大道芸をさっさと終わらせて――」





パァン! と、音がした。


何の音だ? 銃の音だ。それは分かる。ではどこから?
ジャックが前を見る。硝煙が上がっている。いやいやまさか。


ジャックが目だけで後ろを見る。マストに銃創が、いや決して銃創ではないそれに似た何かの穴に決まっている。


ジャックの目が再び猿に向く。ジャック・ザ・モンキーは再び銃口をジャック・スパロウに合わせなおす。






ジャック「……。もしかしてまだ1発だけ残ってたのかも知――」



パァン。



ジャック「パーレイ」




即座に降参。そこまで見て、ふと思い出した。
ギブスの周囲を固める前、ベケットが拳銃をなくして、瀕死の亡者を剣で殺していた筈。

ようやく事態に気づいたとき、猿の拳銃から再び銃弾が発射される!
今度は間違いなく目で見た。もはや信じざるを得ない。




ジャック「何が望みだ……?」



ジャック「キィー……」




ドスのきいた声を意識しているのだろうか。少し低い鳴き声をしながら、猿のジャックは顎で回転する縄をしめし、
次に斧を指す。考えるまでもない、さっさと切れと言っているのだ。ペットが主人のバルボッサの味方をしているのだ。

なんとか殺せば、と思うが、この猿は猿でジョーンズたちと戦った大きな一連の戦いを生き延びた者である。

コルテスの呪われた宝を盗み得たその身体は不死身であり、どうあがいても最後に打たれるのは人の身のジャックだ。





ジャック「いやいや、縄か。それはちょっと、支障がある」


ジャック「キキッ!」


ジャック「待って、一回落ち着け。そうだ、バナナを! バナナを山ほどやろう!」



パァン! また銃声が鳴り、今度はスパロウの頬スレスレをかすめる。




ジャック「キキーッ!」


ジャック「やるよやりゃいいんだろ!」



交渉が通じないと悟ったのか、ようやく身体を起こし、斧を持つジャック・スパロウ。
ジャック・ザ・モンキーは銃の照準をスパロウから外した。

ちなみにもしバナナではなくリンゴを提示されていれば、彼は一考したかも知れなかった。







ブラック・パール号 甲板//



上でそんなことが起こっているとはつゆ知らず、
下で景気よくトリトンの剣を振り回していたバルボッサは、ようやく不審そうにジャックの方を見る。



バルボッサ「ジャックめ、何をしている?」



甲板にいた者達の疑念が頂点に達する頃、海底から船をよじ登ってくるものが居た。
漣だけが偶然それに気づき、小さな悲鳴を上げる。

それは、デイヴィ・ジョーンズであった。




漣「ヒッ……!」


ジョーンズ「奴はァ、どうなったっ!」



全身ボロボロになり、血を零れさせながら、デイヴィ・ジョーンズはまさに海の悪魔にふさわしい
鬼気迫る表情で船を自力で昇ってきた。





バルボッサ「よう、デイヴィ・ジョーンズよ! いい援護だった!」


ジョーンズ「これが俺の奥の手だ。もう品切れだぞ、きっちり決めろぉ!」



その言葉に、今更ながらベケットは得心したことがあった。


海の怨念を運び、浄化させることのできるジョーンズだが、
そもそも物質化している深海棲艦をどの様にして沈めたのか、今まで不明だった。

怨念を霊魂化させるには、深海棲艦を沈めなければならない。
もしそれすら無視して浄化させられるなら、既にとっくにやっているはず。

だが、クラーケンの登場ですべてが分かった。
これこそが奴の切り札にして唯一の攻撃手段。

質量と膂力で、海底から絡み取り、砕き、沈めるその力には、
並みの深海棲艦では相手にならなかったろう。この怪物が破壊し、魂をジョーンズが運んでいた、とそういうことだったのだ。





一人納得するベケットをよそに、ジョーンズは泊地水鬼の方ではなく、
嵐の風が吹く別方向の空を睨みつける。



ジョーンズ「カリプソ……、あぁ、この忌々しい女め。私はオイディプスのようにはならないぞ」



それを見ていた漣には、彼の心情を知るすべはなかったが、
その名状しがたい感情はその目に溢れ出て、身体はわなわなと震えていた。




ジョーンズ「私のもとに跪かせてやるぞ、カリプソ」



やはり、その声に込められた感情も、漣は詳細まで理解できなかった。
だがその声色は、怒りだけで占められているようには思えなかった。



ブラック・パール号 マスト頂上部//






ジャックの象徴がはためく海賊旗の真下。

マストの頂上を軸に、ロープが大きく回転する。
摩擦熱か遠心力か、軸に巻き付けられた部分からプチプチと、
焼けるような、千切れるような音が小さくだが聞こえている。


早く、切らなくては。


そう思うのだが、頭の上で回転するロープに、ジャックは斧を振り下ろせないでいた。




ジャック「なんだこれ……?」


その顔は、暗くてよく見えないが、青ざめていた。






バルボッサ「ジャック!! まだ捉えられないのかぁっ!」



ジャック「嘘だろ、コンパスが……」




ジャックの視線の先にはグルグルと回転し続けるコンパスがあった。故障? いや違う。
つい最近この症状を見たときは、結局目的を完遂する場所がどこにでもあったから、というのが原因だった。
今は何だろう。考えてすぐに思い当たる。



カリプソだ。




前半は狂気に憑りつかれた様に力任せに追ってきた泊地水鬼は、
今はクレバーに、一方的にこちらを攻め立ててきている。


もしや、カリプソと泊地水鬼は分離したのではないか?
もう泊地水鬼にはわずかにあったカリプソの力の残滓すらも消えたのではないか?






ジャック「……」



ジャックはそう仮説を立て、ゴクリと唾を飲み込む。


ジャックの目的はカリプソに元の世界へ戻してもらうこと。
コンパスが示すのは泊地水鬼ではなく、今は嵐となって一帯を襲うカリプソだった。




この不測の事態をジャックは大声で下に告げる。






ベケット「何!?」


バルボッサ「嘘じゃあるまいな!」


ジャック「流石の俺も今はそんな場合じゃない!」


ジョーンズ「あの怪物の方を強くイメージすれば良いではないか!」


ジャック「そんな簡単なもんじゃねえんだよ、このコンパスはっ!」


ギブス「嘘だろ……」





これはまずいと一同は表情を曇らせる。




不味い。これでは捉えられない。だが逃げれば、敵も逃げる。
そうなれば討伐にしても帰還にしても、また同じチャンスが巡ってくるとも限らない。





唯一のアドバンテージを失い、彼らは暗闇に取り残された。




泊地水鬼がクラーケンと戦う音は聞こえる。
音である程度の方角は分かる。距離も大体わかる。しかしこの作戦は一発限り。
敵も見えずにやるには博打が過ぎる。




さらにもうすぐに夜が明ける。



夜が明ければ、ジョーンズとの盟約により、パールが沈み、フーチー号に代わる。
このロープをつけたギミックごと沈むのだ。



そしてフーチー号が完全に表れるころには、日が昇り、視界が確保される。


泊地水鬼が有視界戦闘に切り替われば1分も保たずに海の藻屑だ。
的確に攻撃を喰らい、本来の戦力差通り、当たり前に無残な結末が待っている。




もはや進んでも地獄。逃げても地獄。








バルボッサ「偶然に頼っては一か八かの確率もない!」


ギブス「ど、どうすんだ!?」


ジョーンズ「どうするもこうするもない! 
      可能性があるのならばやれ! 結果死んでも後は俺が引き上げる!」


ベケット「……、作戦失敗か……」


漣「そんな……!」



苦虫をかみつぶした表情で、せめて仲間たちに伝えなければと漣が海へ飛び乗る。





ジャック「クソ、立派な立派な御髪の神め、アンタを信じた俺が馬鹿だった!」



叫びもむなしく嵐に消えゆく。せめて、一瞬でも、敵の姿を捉えられれば。
ジャックは正面をにらみつける。その先に泊地水鬼がいるかはわからない。









太平洋 海上//







漣「まさかこれ、戦場で使うとは思いませんでしたが……」



漣は、艤装のベルトに付けていたホイッスルを外す。
オレンジ色のそのホイッスルは、一見すればオシャレな留め具か何かにも見える。
だが、これはれっきとした軍用装備で、マリーンホイッスルと呼ばれるものだ。
遭難や落水時等の緊急救助要請用に開発され、軽く吹くだけで、大きな音が出るように
設計されている。米軍使用タイプのそれは、ギミック好きでオシャレ好きな漣にぴったりの代物だった。


漣「うぅー、南無三!」


漣は大きく息を吸い、息の続く限り笛を鳴らし続けた。
ピィーというその特徴的な高音は、雨風の音にも負けず、戦場に響いた。





居場所をはっきりさせる為とは言え、これでは自分が囮になっているようなものだ。
不安で、大和用艤装の一部の鉄板をはぎ取って上に構えて盾にしているが、
こんなものどれだけ効くのか。


漣「っはぁ、はぁ、てか、敵いねぇ!」


空襲に怯える漣は、戦闘機たちが空に一時離脱したことを知らない。
それでも涙に震えながら、嗚咽しそうになる身体を抑え込んで、
ホイッスルを鳴らし続けた。




天龍「おいっ! 漣! こっちだ!」


漣「っ、は! 天龍さぁん!!」



だがついに天龍達を見つけたときは、涙腺が耐えきれくなり決壊した。







漣は鉄板を放り出し、天龍に駆け寄って抱き着いた。
既に雨と血でぐしょぐしょになった天龍の胸に顔をうずめた。




漣「うえ゛ぇぇぇ、うぉぉお゛おぉ、怖かったあ゛ぁああ!!」



まだ戦場のど真ん中だというのに、合流できた喜びを
号泣しながら全身で表す漣。天龍はそんな漣の頭をポンポンと撫でた。



天龍「よく頑張ったな、漣」


漣「うわあ゛あぁぁん、なんか天龍の癖にガッゴいい゛ぃ!」


天龍「癖にってなんだよ」


漣「うわあ゛あぁぁ生意気゛ぃぃ!」


天龍「お前な」



ポンポンと撫でる手を強め、軽く頭をはたく。





漣「うぐぅ」


天龍「ま、それだけ元気なら大丈夫だ」


スンスンと鼻を鳴らしているが、おおよそいつもの漣に戻る。


吹雪「迎えも来たことだし、早く戻りましょう」



漣の案内で船に戻ろうとする吹雪、だがその一言を聞いて、
ようやく自分の役割を思い出したのか、漣は青い顔をした。




漣「そ、そうです! じ、実は作戦が失敗して!」


天龍「はぁ!?」




その言葉に、声を上げたのは天龍だが、驚いたのは三人全員だ。


困難であったことは百も承知だ。しかしここで失敗しては、すべてが水の泡だ。
この場は乗り切れるかもしれない。が、泊地水鬼に逃げられては、
またいつ今日の様に奇襲をかけてくるかもわからない。


今回ですら、南方基地と本土一部に大きな被害がでている。


次の攻撃も、これと同じとは限らない。知恵をつけて、
もっと大きな攻勢を仕掛けてきたりするかもしれないし、
拮抗している最前線に戦闘機や爆撃機の嵐を放り込まれれば敗北あるのみだ。


この作戦も、二度目はまず通用しないだろう。



それは全員がよく分かっていた。



漣「で、でも、泊地水鬼を捉えていたあのチートコンパスが役に立たなくなって……、
  船から泊地水鬼の居場所が分かんないんですよ!」






夜明けは近い。しかし、嵐の影響もあって空はずっと真っ暗だ。
そもそも夜が明ければ、泊地水鬼はレーダーに加えて視界も確保する。
闇に紛れて、小賢しい手を尽くして、ようやく五分五分近くまで来たのだ。
これが光が差し込んで、互いに視界が確保されれば、後は一方的だ。



吹雪「撤退、ですか……」


座学が得意で、戦況を見る目がある吹雪。
だが、その吹雪を以てしても、今できる最善のことは夜に紛れて撤退することくらいだ。


天龍「くそっ! なんとかならないのかよっ!」






動揺する三人。一人、神通だけが、冷静に場を見ていた。











彼女には、ここにいる誰もが持っていない、
状況を打破する手段がある。





それは、あの戦いを経た彼女にとって、特別な意味を持つ装備。







神通「……」






それを、使う時だ。

きっと、今を置いて他はない。





一呼吸おいて、神通が口を開いた。






神通「私が、なんとかします!」










その言葉に、全員の視線が神通に集中する。




天龍「でも、何とかするったって、どうやって……」


神通「これを……」





神通が示したのは、この中で彼女だけに備えられた、――探照灯。



照明器具の一種で、特定の方向に強力な光線を照射するための反射体がある装置。
いわゆるサーチライトだ。10万カンデラという光の単位で表されるその光量は、
暗闇の中、探照灯の10km先の甲板で紙に書かれた小さな文字が読めてしまうくらいのデタラメな明るさ。

泊地水鬼の姿を暗闇の中から映し出すには、もってこいの装備だった。



しかし、一同の表情は暗い。



10km先の敵艦を余裕で発見できるということは、
10km先の敵艦からも、余裕で発見されてしまうということ。



要するに、敵を暴くため、すべての敵の的になるということだ。





天龍「お前、死ぬ気か?」








天龍が厳しい表情を向ける。
しかし、神通の表情には、先ほどまでの悲痛さはなかった。



天龍は間違っていない。

そうだ。死ぬ気だった。




かつて、史実の神通が、死に場所として定めたコロンバンガラ島。
味方の砲撃を助ける為、一人囮になるような形で探照灯を向け、散った。

今世の自分は、命惜しさの臆病で、それを使わず、姉妹や仲間を死なせた。
その後悔がねじ曲がって、彼女は、かつての神通の様な、鮮烈な死に場所を求めた。




だから、神通は、最期にはこれを使って死ぬと決めていた。









さっき、までは。





神通「……、分かりません」




神通は、今、自分の心を何と表現していいか決めかねていた。

後悔は残っている。悲しみも、鬱屈とした気持ちも、ずっと抱えている。
でも、それと同じくらいよく分からないまっさらで暖かな気持ちが、彼女の中に渦巻いている。


この気持ちを言葉にするには、時間がかかるだろう。
今この場所では、結論を出せそうもない。







神通「……だから、私を守ってください」




ならば。この気持ちについて考えるのは、明日だ。

そう、明日。この戦いを終えて、夜が明けて、戻って、一度ゆっくり寝て。

みんなで、無事を喜んで。


その頭でじっくり考えよう。





神通「だめ、ですか?」







天龍「……」



天龍と吹雪は、満足そうに微笑んだ。




天龍「任せな」

吹雪「絶対に守りますから!」

漣「なんか知らぬ間に1話見逃したみたいな感覚なんですが」


天龍「今度再放送やってやるから」

漣「ん、なら良しとしましょう!」







一度、深く、大きく、深呼吸。
強い意思の光がこもった目で、
泊地水鬼とクラーケンが轟音を鳴らす戦場の方へ向く。





神通「行きますっ!」






神通が、探照灯を稼働させる。






それに合わせて、天龍、吹雪、漣が、
探照灯の明かりを邪魔しない様に、
守るようにして神通の前に立つ。










いつだって、これを使うとき、神通は死を覚悟していた。



だが、今回は違う。

姉妹たちと比べてしまえば、まだまだ気心は知れていないけれど、

それでも、頼りになる仲間がいる。







神通「生きて、戻るために! 私も戦います!」










炭素棒に電気が通り、放電が始まる。









真っすぐに、光が嵐を切り裂いた。











ブラック・パール号//





ジャック「あれは!」






一筋の強い光が真っ黒の海を突き抜ける。





その先には、泊地水鬼!






何も見えない闇の中に、ようやく敵は姿を現した。


神通による命がけの探照灯照射。敵の最後の航空戦力は神通に向いた。
オールグリーン。作戦を妨げるものなし。





神通が繋いだ、ラストチャンス。








バルボッサ「やぁれぇええええ!!!」



バルボッサが叫ぶ。



ジャック「うぉらぁ!」




斧を振りかぶり、頭の上で回転するロープの根本を力任せに切った。
するとジュラルミンの箱を先端に、ロープはハンマー投げの要領で空を舞う。



バルボッサ「行ぃけぇええええ!!!」








迎撃する航空戦力もいない。自由に、悠々と、大きな放物線を描いて、
箱が泊地水鬼肩口の砲塔部分に直撃する。



神通「!」
漣「おぉ!」
天龍「よしっ!」
吹雪「当たった!」




幸いにして敵は巨体。距離と方角さえ合えば、ぶつけるのは容易い。




泊地水鬼『――?』




直撃された泊地水鬼は理解できなかった。
たいして大きくもない箱が直撃したが、痛くもかゆくもない。
何かが当たったのか、としか感じなかった。この時までは。









ベケット「総員伏せろ!」
ギブス「言われるまでもねぇ!」




堅牢なジュラルミンケースの中は、パーテーションで二つの部屋に区切られていた。
およそ9割の面積には水がなみなみに、残りのスペースには梱包材で軽く包まれた小物が入っていた。


端的に言って、ただそれだけの箱であり、特別な仕組みはなにもない。
そして今や、その箱の内部も衝撃で破壊され、水と小物の破片でぐちゃぐちゃになる。






ジョーンズ「今だっ! 退けぇクラーケンッ!」






最終兵器。それは、中身が散乱したジュラルミンの箱。
もはやそれ以上の説明はない。
















ただ、あえて、







ジャック「じゃあな、終わりだ」









ただ、あえて説明を付け加えるなら、



この水は『海水』で、



小物は全て、『黒髭製のボトルシップ』であることぐらいだ。













ジャック「落ちろ、怪物」











ジュラルミンが軋む。
如何に頑丈な箱でも、内側からの圧力には耐えられない。




泊地水鬼が異変に気付いた時にはもう遅かった。



箱がひしゃげたような凶悪な音を上げると、
肩を、腕を、腰を、頭を、ありえない質量の衝撃が襲ってきた。




朦朧とした意識で、目を上に向ける。神通の照射のおかげで、いや、照射のせいで、
何が襲ってきたのか把握した。





それは、船。船。船。





小さな箱からはありえない量が、箱から飛び出て、泊地水鬼の直上を覆っていた。









泊地水鬼『ァ、――ソラ……』







それは、かつてカリブの海を駆け抜けた、総数30近い巨大な船の残骸たち。

膨大な鉄と木。純粋な質量合計にして数万トン!




あの巨大戦艦・大和をも超える超質量の塊が、

空を見上げる泊地水鬼に直撃した!






泊地水鬼『!!!』





雨あられと降り注ぐ、残骸たち。大砲の残骸は外殻を砕き、巨大な木片は肉を削ぎ、
それらの絡まった縄は重量だけで皮膚を切り裂いた。










泊地水鬼『――――ア゛アァァ゛ア゛ア゛アァ゛アァ゛ァァアアアア゛アアア!!!!』





鼓膜が破れそうになるほどの声で叫ぶ泊地水鬼。
壊れた顔面でここまではっきりと発音できたのは彼女が人外たる所以だろうか。





うず高く堆積した船の残骸の中、燃えるような赤い目で、光を向ける神通たちをにらみつける。





神通「……」



泊地水鬼『……オ、オマエモ、クズレテ、ハガレテ、シネ!!』





最期のあがきだろう。ジュラルミンの箱が直撃した方とは反対側の、ひと際大きな主砲を神通に向ける。
艦娘たちはその抵抗を見て一瞬戦う構えを見せるが、神通がそれを制し、前に出た。







泊地水鬼『シネ! イキルコトハ、カワナイ、モドレナイ!』


神通「戻るわ」




泊地水鬼の怨嗟の声を受けながら、神通が凛とした声で返す。
その眼には、もはや迷いはない。




神通「生きて、戻るのよ。私は、そう決めたの」



神通は右手の砲を泊地水鬼に向け、放つ。
小威力の砲弾は、大した貫通もせずに、泊地水鬼の身体に当たり爆発する。



本来はここで終わり。






しかし、今、泊地水鬼に覆いかぶさる残骸は船である。
そこには当然、当時最強の海戦兵器だった大砲を動かすための、大量の火薬がそれぞれの船に積まれている。


以前、ブラックパールに乗せたいくつかの火薬樽は、大爆発によって怪物・クラーケンの強靭な足を吹き飛ばした。
今回の爆発は、そんな火力と比べることもできない程の、数え切れないほど莫大な火薬。




神通の砲弾に誘爆して、合計にして数十トンの火薬が炸裂する。



鉄と木で破壊された部位に、大爆発が炸裂した!









泊地水鬼『ア゛ア゛アァァァアァァアッ!!!!!!』







例え陸の防御力をもつ泊地の化身といえども、これほどの一撃は、とても耐えられない。










泊地水鬼『ァ……――――、マタ、トベナイ、ソラ――』






小さく呟いて、その真っ白な身体を血と煤で染め上げながら、
泊地水鬼は空を見上げて沈んでいった。





ブラック・パール号 甲板//







大爆発の閃光が夜を切り裂き、すべては終わりを迎えた。
後に残ったのは飛び散った鉄と木片、泊地水鬼の血肉。



そして、




???「…………」

ジョーンズ「カリプソ……」



そのカリプソは、無数のカニでも、ジャックたちの良く知るティア・ダルマの姿でもなかった。
短い赤茶の毛をした肌の白いその姿は、神話で語られたニンフとしてのカリプソそのものであり、
資料で知ったベケットや本人を知るジョーンズ以外の者はカリプソのこの真の姿を知らなかったが、
その美しさと圧倒的な神秘性に、海賊たちは一目見て彼女がカリプソ本人だと悟った。


カリプソ「あぁ……、あぁ、……愛しいあなた、やっと、やっと会えたわ」

ジョーンズ「お前が海から迎えに来るとは……、皮肉なものだ」

カリプソ「わたしはいつだって迎えに行きたかった」

ジョーンズ「お前はそんなことはしない。決して!」






ジョーンズは、悪逆に染まる前のかつてのデイヴィ・ジョーンズは、カリプソと燃えるような恋をした。


そしてその末に死者の魂を運ぶ仕事を授けられ、彼は、10年に1度しか、陸に上がることができなくなった。
それでも彼は腐ることなく、カリプソに与えられたその仕事を全身全霊に勤め上げ、10年を経た。



そして、陸に上がったその一日、会う約束をしていたカリプソは他の男に熱を上げ、来ることはなかった。



これを裏切りと思ったジョーンズは、傷つき、やけを起こし、死者の魂をいたぶり、自らの奴隷とした。
結果、ジョーンズは、役目を放棄した因果で呪われ、深海生物のような身体になってしまったのだった。




ジョーンズ「お前は裏切られた私の気持ちが分かるか!? お前は俺を開放するために、その純愛を捧げ、
      岩より身を投げて貞節を証明することができるか!?」



カリプソ「ジョーンズ……」



ジョーンズ「あぁしないだろうさ。しないとも。……だからこそ、カリプソ、きみなんだ。」






カリプソ「…………」


ジョーンズ「そんな君を愛したんだ」


ジョーンズがゆっくりとカリプソに近づく。足取りは遅々としており、踏み出すことに緊張しているようだった。



ジョーンズ「心臓を取り出し、心を失い、私はこの力を悪用した。むごいことを恐れなくなった。恐怖など消え失せた。
      ……だが今こうして、君と向かい合い、私は、それが過ちだと知った」

カリプソ「いいえ、ジョーンズ。あなたはこの世界に来て、よくその仕事を務めた。
     誰に言われるでもなく彷徨う魂を運んだ。だからこそダッチマンも応えた。わたしの愛したあなただったわ」




カリプソもジョーンズにゆっくりと近づいていく。



ジョーンズ「カリプソ……、もう私の前から消えてくれるな」


カリプソ「いいえジョーンズ……、わたしはひとところにずっといるのは嫌なのよ。どんなに、これほど愛したあなたでも」




カリプソは苦悶に満ちた表情で目を閉じる。







カリプソ「空気が、あの不毛な島の空気が、今や海の絶え間ない轟音や鳥たちの轢るような鳴き声が響き渡っていて、あまりにも虚しい。」




脳裏に浮かぶのは、古代ギリシアの叙事詩『オデュッセイア』でも語られた、
カリプソがオイディプスと7年の歳月を愛し合った島。

そしてのちに、故郷に戻りたがる彼を引き留めきれず、去って行っていく姿を見ていることしかできなかった島。


誰かを愛し、愛されても、誰かを閉じ込めることでしか愛せない岩の島。そんな、岩の檻。




カリプソ「目覚めが恐ろしいの、あなたが死を恐れるように。そう、以前、わたしは死んでいたのよ、今ではそれがわかるわ。
     あの島には海と風の音以外に、私には何も残っていなかった。嗚呼、ひとつの苦しみもなかった。わたしは眠っていた。
     でもあなたがやって来て以来、あなたは、あなたのなかに別の島を運んできたわ。」




カリプソは、人の中で生きたその時間の間にも、心はあの島に捕らわれていた。


時が過ぎることのない海に囲まれた島で、超越者として、生き続ける死者として、死ぬべき生者として、
ほぼ悠久の時を、神話の時代から繰り返してきたのだ。






カリプソ「あなたに役目を与えたのは、あなたにも永遠の命を与えるためよ。
     死ねばすべてが無になる。あなたの記憶も、ただの過ぎ去った時にしかならないのよ」



無限の島で、かつて愛した男に裏切られた女は、いつしか男を裏切ることでしか愛せない女になっていた。


熱愛し、極上の甘い生活、安楽な生活、歓びの生活を与え、老いを遠ざけて見せた男は、彼女を置いて去ってしまった。
結果、例え苦行を与えることになろうとも、どれだけ自分本位でも、彼女は今のやりかた以外に愛される方法が分からなくなってしまったのだ。




ジョーンズ「……」






ジョーンズは思った。カリプソは傲慢で放漫な海の女神、……海の化身そのものだった。
人に多くを与え、多くを奪い、気まぐれに苦難や順境を与える海そのものだと思っていた。


しかし、違った。彼女は本当に海の化身であった。奔放な面もあるだろう。
でもその根底にあるものは、悲しみだった。


まっさらな海。ただ過ぎていく時間しかない海。
かつて同じニンフたちが、同じ時代を生きた多くの女性たちが、
その悲恋の果てに身を投げ、果てた愛と惨禍にまみれた海。



海の勝手を知ったる海賊のデイヴィ・ジョーンズですら知らない、海の女神の心がそこにあった。




ジョーンズ「カリプソ……」




だからその時。ジョーンズは初めて女神の心臓に触ることができた気がした。






ジョーンズがカリプソの頬に手を伸ばす。それは涙にぬれている。

だがその手は最早人のものではない。呪われた、大きく鋭い蟹の手であった。


こんな手ではカリプソの頬を傷つける。この時、デイヴィ・ジョーンズは
役目を放棄したことへの何度目かの後悔をしていた。

この世界に来て、懸命に役目を果たし、海の怨霊たちを沈め、あの世へ運んだ。
だが、焼け石に水だ。呪いを少しずつ後退させ、足だけは元に戻った。
それでも、それだけだ。その腕はまだだれかを抱きしめることはできはしなかった。



カリプソ「ジョーンズ……」



だがカリプソは構わずその手を取る。鋭利なその手のせいで、カリプソから血が流れた。
しかしそんなことは関係ないとばかりにその手に頬を寄せた。
まるでそれはジョーンズに過酷な運命を与えてしまった懺悔のように見えた。



ジョーンズは一瞬瞠目し、手を引っ込めそうになる。
以前ならば、そのようなカリプソを愛したわけではないと突っぱねたかもしれない。
しかし、その弱さを知った今、小さな動揺と諦観と、大きな情愛が芽生えていた。








カリプソ「これが本当に自然な私よ。愛しいあなた。」


全てを告白したカリプソの目は、例えようもなく美しかった。





カリプソ「これでも私を愛してくれる?」





ジョーンズは何も言わずに抱きしめた。彼女を傷つけないように、そっと抱きしめた。





ジョーンズ「私は言ったはずだ。自然のままの君を愛すると」







ふと、ジョーンズは思った。



船に残った日記と、ベケットから聞いたこの世界のフライング・ダッチマンの元船長の話だ。



男は幽霊船に呪いをかけられ、7年に一度しか陸に上がれない呪いにかかった。
そしてその呪いは、乙女が真に自分を愛してくれることでしか解けなかった。



そうして長い年月を経て、男は、自分を愛する証明として、崖から命をなげたその女の愛によって解放され、
船長を失ったさまよえるダッチマンは沈没していった。




この話を聞いて、当然自身に話を重ねた。自分もまた、カリプソの愛なしでは解放されないと思っていた。




だが、ジョーンズは思った。



本当に、海の囚われ、愛によって解放されることを望み、さまよっていたのは、他ならぬカリプソなのではないか。
彼女はきっと真に愛し、愛されることでしか解放されないのだ。あの、空虚の鳥かごの様な島と海からは。




ジョーンズ「カリプソ、私をその島へと連れていけ」





ならば、ジョーンズは決意した。



愛する証明として、崖から命をなげる役目は、自分が負ってみせると。









カリプソ「いいえ、ジョーンズ。人であるあなたには耐えられないわ。この世のはざまにある、どこでもないその島は、
     時間が過ぎるだけの島。どんな楽園に見えても、時間がただの岩の塊へと変える魔の島よ」

ジョーンズ「構わない。気が済むまで閉じ込めるといい。私は、オイディプスのようにはならない。
      100年だろうが、200年だろうが、きみと会えるまで待ったあの10年に比べれば、どんな風よりも早く過ぎるだろう」


カリプソ「私の……、ジョーンズ」




カリプソは熱っぽい瞳でジョーンズを見つめる。




ジョーンズ「それにもし島が気に入らなくなれば私に言え。どこへでも連れていける。どこへだってさまよえる」



ジョーンズが足をならすと、ボロボロのフライングダッチマンが海底から現れる。
先ほどハチの巣になった部分には多くのフジツボが付着している。この船のダメージコントロールと言えた。






カリプソとジョーンズは二人でこの船に乗った。





船はジョーンズの意思に従い真っすぐ進んでいく。












ジャック「おい待て待て! すっきり解決したような風に行くな!」




この雰囲気に口を挟むのは余りにも野暮であったが、このまま時空の狭間の島とやらに行かれては、

自分たちはここに置いて行かれてしまう。それでは何のために命を張ったかわからない。



カリプソはそんなジャックの声を聞き、ジョーンズと手を繋いでいない方の右手を高く上げた。
しかし何も起こらない。




ギブス「お?」




ギブスの声に反応して皆が振り向くと、彼の足元に一匹の蟹が横歩きで船室から現れた。


いつから船にいたのだろう。たったいま出現したのかもしれないし、下手をすれば
数年前にティア・ダルマが無数の蟹になって嵐を起こした際に残っていたのかもしれない。



蟹は、男たち全員の視線を受けながら船を横断する。


そしてそのまま船縁の隙間をぬけて、海に落ちた。





ポチャンと音を立ててできた小さな波紋は、なにかの魔力がこもっているのだろう、
瞬く間に渦となり、船を囲んでいく。


この渦に飲まれれば、向こうの世界に帰れるのだろう。
一安心するジャック、ギブス、バルボッサ。





ベケット「待て! 私は戻る気は無いぞ!」



飛び降りようとするも、そこは文字通り渦中である。
人の身では落ちれば死ぬかもしれない。
そんな状況を、心底楽しそうに微笑んでいるのがバルボッサである。



バルボッサ「安心したまえ、過少戦力でこき使ってくれたお礼に、優しく仲間の元に返してやろう」



見ると、状況を察してか艦娘たちが渦に沈みゆくパールに向かって滑走してくる。

バルボッサは慣れた手つきで船の備品であるロープを動かし、ベケットの右足に絡みつかせた。
次に何が起こるか理解したベケットは顔をしかめた。





バケット「おい、もう少しやり方があるだろう?」


バルボッサ「贅沢は敵だ、まず不服を言いますまい」



それはグアム基地内で掲示してある標語の一つ。日本語は読めない筈のバルボッサ。
何処で覚えて来たのか、今更ながら油断ならない男だった。




バルボッサ「では、さようならだベケット君」




その言葉とともに、強力な力で海に放り投げられるベケット。
空中に浮かせるように投げるというよりは、海に向かって一直線に叩きつけられた形だ。
威力がなくてよかったが、その気になればそれで人が殺せる勢いだ。


バルボッサを含む、海賊たちの笑い声が聞こえ、
やはり海賊は根絶やしにしておくべきだったと、沈みゆくベケットは思った。






吹雪「ベケットさん! 無事ですか!」


ベケット「ぐ、あぁ、何とかな……」




真っ先に駆け付けた吹雪に助けられ、海上に引っ張り上げられるベケット。
吹雪一人では支えるのがやっとだったが、追いついた天龍達三人の手助けを受けて、
何とか命の危機を脱する。


天龍「海賊共は?」





見ると、さっきまで渦に飲まれていたブラック・パール号は影も形もなかった。
カリプソとジョーンズを乗せたダッチマンもだ。








ベケット「知らん、帰ったのではないか?」



漣「一応、お礼の一つでもいっておきたかったんですけどねー」


ベケット「不要だ。あれは礼を言われて、腹も心も膨れない奴らだ」



ベケット自身、互いの都合の為に利用しあった間柄とはいえ、多少の感謝の気持ちはあった。
いまこれだけぞんざいに言っているのは、偏に海に叩きつけられたからである。



神通「結局、何もよく分からないままでしたね」


ベケット「む?」






神通「急に来て、急に現れて、一緒に戦って、すぐ帰っていきました。
   互いに理解する時間もありませんでした」


ベケット「簡単だ。あれは海賊、ジャック・スパロウだ」


神通「いえ、でも、よく分からないままでしたけど、
   結局はよく分からないままに、私たちを助けてくれました。
   決していい人ではないですが、悪い人だったとは思えません」



その神通の一言に、ベケットは即答した。



ベケット「だから言っている。それこそが海賊、ジャック・スパロウだ」




神通はその回答に目をぱちくりとさせる。

神通はベケットがジャックを嫌っているものだと思っていた。
いや、実際心底憎んでいることは間違いない。
幾度となくベケットの邪魔をし続けたのだから当然だ。



だが、かつて東インド会社で社員だった彼と決定的に袂を分かったきっかけは、
ベケットがジャックに奴隷を運ばせたからだ。ジャックは略奪も殺しもやる海賊だが、
それでも船員は大事にするし、無闇な虐殺もしない。倫理と人徳は持ち合わせている。


会社の業務故に彼にその任務を遂行させたが、ベケット自身も、利益のためでなければ
そんな商売に手を出すことはなかっただろう。


憎んでいるし、理由もある。だが、まぁ、それでもジャックという男を理解していたため、
心の底からの悪人だったとはいえないベケットだった。







神通「わかりました。なら、その海賊に、海賊たちに、感謝をします」



全員が水平線を見る。嵐は去り、雲は晴れ、波も落ち着いた。


全てが無事に終わった海からは、穏やかに朝日が昇ってきた。


さっきまで海賊たちのいた所が、日の光で塗り替えられる。




そこにはもう、彼らの居た痕跡はない。
あれは幻だったと、いつかこの先言われれば、信じてしまう時が来るかもしれない。
ならばせめて今だけでも感謝しよう。





海賊たちの消えた方向へ。誰が言うでもなく、全員の敬礼がそろった。























泊地水鬼の討伐は、こうして完了した。








本土・南方戦線に与えた被害は大きく、各地に爪痕が残ってしまった。



不幸中の幸いだったのが、嵐のせいで敵の攻撃性も精確性を欠いたこと、
雨で爆炎が比較的消火しやすかったことなどから、人的被害はそこまで広がらなかったことだ。



また、泊地水鬼がカリプソと分離した時点で、女神の力で無理やり構築されていた
前線の内側で防衛線を張った深海棲艦も瓦解。それまで挟み撃ちにあっていた前線は、
それを機に反攻。生存圏を更に東へ追い返した。



ベケット不在のグアム警備府も、その後、複数の敵艦隊による攻撃を受けたが、
優秀な工兵部の修理で、空母に破壊された対深海棲艦用の砲塔が回復。

湾内に侵入した敵を、南のオロテ半島と北のサンゴ礁の両方向から
クロスファイアで沈めるという、このアプラ・ハーバーの本領を発揮し、これを撃退した。



またこの時、囮や港正面死守に尽力した曙は、その前後の功績も合わせて
南方防衛の英雄の一人として扱われることとなった。







一方で、ベケットらの扱いは実に静かなものとなる。


そもそも泊地水鬼は、その以前に沈没したものとして扱われている。
それが今回の敵となったというのは、日本帝国海軍における重大な醜聞となる。


そこで、様々な取引があった結果、責任と功績の両方を前線に預ける形となった。
前線が新型の水鬼級深海棲艦に突破されたが、南方の英雄たちと前線の意地で
なんとか撃破したという結末で喧伝された。


無論この件で、ベケットは本土に対して重大な貸しを作ることとなり、
終始ほくそ笑んでいたと吹雪は周囲に話していた。



天龍たちも、同様に功績をなかったことにされたが、横須賀鎮守府のトップにはこの一件は伝わっており、
彼女たちは、提督とその周囲の一部の艦娘に一目置かれることとなる。漣はこれで仕事が増えるのではと
戦々恐々したが、彼女たちもまた、提督にとっては上層部に対する重大なカードとなったので、
とても大事に扱われたそうだ。





ちなみにこの一件、ベケットの発表では、
「倉庫に預けられていた大和の主砲を無理やり天龍に接続して砲撃して倒した」と伝えられている。


上層部の命を受けての本土から調査が行われたが、その時、泊地水鬼を囲むようにして多数の深海棲艦が居たこと、
海に廃棄された多数の艤装があること、そして泊地水鬼の周囲に昔の帆船が一緒に沈没していたなど、様々な謎が浮かび上がった。


これに対しベケットは、奇跡的にうまく切り抜けたと、艤装はグアム基地襲撃の際に艤装を本土に逃がそうと輸送した
ものを沈没されたのではと、沈没船は嵐の海流で流されてきたのではと、調査に対しこう答えている。



無論、これには疑いの目があったものの、他に合理的な説明もなく、この件はそのまま前線に託された。






尚、グアム諸島の島民たちによれば、基地に二度目の襲撃がやってくる数時間前、
日本側に向かって、一隻の船が向かって言ったのを見た者が居るという。



しかもそれはただの船ではなく、とても古い真っ黒の帆船で、まるで大昔の海賊船のようだったと噂された。
タイミングがタイミングなので、それは幽霊船だ、不吉の証だ、海の悪魔デイヴィ・ジョーンズがやってきたなど、
様々な憶測がたてられたが、所詮は眉唾。ただのホラ話として片づけられた。



ちなみにタイミングで言えば、その時には既に泊地水鬼がその進路の先に陣取っていたこともあり、
龍の海域から現れた怪物を、古き海賊たちが打ち破ったのだと村の呪術師が憲兵たちにそう訴えたそうだが、
この報告書は笑って済まされ、その後シュレッダーにかけられた。



その数日前、グアム警備府では不審船と男数名を捕らえたという報告は上がっていたが、
調査官はこれと関連付けることはできず、この謎は、そのまま風化し、消えていった。





この謎の答えは、何だったのか。





それもまた、噂に埋もれた真実。


































5分休憩。
後にエピローグ。

再開

グアム諸島警備府 外国人士官区//






吹雪「ベケット少尉!」


ベケット「新米少佐だ。吹雪君」



引継ぎの書類が積み上がった机に座るベケットは、一枚の紙を見せた。
それは昇進の案内と、グアム警備府の司令官任命書だった。



吹雪「え、えぇ!? ベケットさん、司令官になるんですか!?」


ベケット「敬称」


吹雪「あ、とと。すみません。癖で」


ベケット「人前でなければ構わん。君と私の仲だ」



この世界に来てほぼずっと毎日のように顔をあわせていたのだ。
今更吹雪が多少抜けていることくらい承知の上だった。





ベケット「さて、ようやくここまで来たな」


吹雪「……はいっ」


ベケット「これで練度不足のまま君が戦地に行くこともなくなったわけだ」





ベケットがこの世界に訪れたのは、人材も、資源も、
そして艦娘たちの不足が極限ともいえる頃だった。


救助され入院していた頃も、軍を手伝っていた頃も、ベケットは、
碌な装備も訓練ないまま、遠征や援護、防衛に使われ、
いつ沈むかわからない程、ボロボロになった吹雪を見ていた。





ベケットの生涯において、基本的に悪人が多かった。


ジャックの様な無法者や、母を毒殺した父のような根っからの悪辣な人間、
そして東インド会社で出世争いをしてきた冷徹な同僚たち。

良き人など片手で数えられるほどだった。
しかしだからこそ、そういった人たちには心の底から感謝したし、
命の恩人であり、なにかと便宜を図り、助けてくれた吹雪の救けになろうとしたのだ。


ベケットが主計科に入って辣腕を振ったのも、
せめて装備や補給・設備だけでもなんとかしようとしたところが大きい。






吹雪「……まさか、本当に、あの入隊したときの約束を守ってくれるとは思っていませんでした」


ベケット「私はよく嘘をつくが、そういう無駄な嘘はつかない」


吹雪「ふふっ、分かってます。頑張っていらっしゃったのは、私もよく知っています」


ベケット「受けた恩は返すさ。利益は常にイーブンが理想だ。お互いの利益の為にな」




ベケットは窓の外を見る。

基地は未だ泊地水鬼の攻撃で半壊している。とりあえず一つの目標は達した。
次の目標は、差し当たってこの基地の復興だろうか。

いや、次元の集積地である竜の海域が近いこの島では、また何が現れるかもわからない。
それこそ、現地民の逸話の様に、今度こそドラゴンが出てきてもおかしくない。


基地の復興ではなく、基地の要塞化に努めよう。
後、これを機にドックの建築をさせてもいいかもしれないとベケットは考えた。


以前から吹雪が鎮守府のそれを羨ましそうに言っていたのだ。
泊地水鬼のデータと引き換えに、本土に嘆願してみるのも悪くないと思った。





ベケット「では、吹雪君。早速仕事だ。やることは多いぞ」


吹雪「こほん。お、お言葉ですけれども、新しいスタートを、こうすーっと終わらせるのは……」



ベケット「? どういうことだ」


吹雪「せっかくなので、その、秘書艦になれたら言いたい自己紹介みたいなのがありまして」



ベケット「自己紹介? 今更かね?」



吹雪「確かに私たちは今更ですけど! 普通は司令官になる前から一緒に仕事してる人なんてあんまりいないですから!
   普通初対面ですし、皆ちゃんとセリフ考えてるんですからね!」


ベケット「わかったわかった。よろしく頼む」



割と必死になってその重要性を伝えてくる吹雪だが、本当に今更過ぎるのと、
披露したくてたまらなさそうな表情を見て笑ってしまいそうになるベケット。






しかしここで噴き出してしまうと、経験上、吹雪は絶対に拗ねるので、
グッといつものポーカーフェイスのまま、腹筋だけで笑いをこらえ、落ち着くために紅茶を飲む。





吹雪「えへへ、それじゃあ司令官!」



吹雪は満面の笑みで敬礼した。






吹雪「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」






だから全然「はじめまして」じゃない。
なんの疑問も持たず、用意していた自己紹介を、あまりにいい笑顔で言うものだから、
ベケットはついにたまらず、ポーカーフェイスのまま、紅茶だけを噴き出した。




吹雪は丸一日拗ねた。





















横須賀鎮守府 詰所//






漣「うわへへ」



力の抜けた奇妙な笑い声をあげて、漣は詰め所で寝転がっていた。
部屋の窓は締め切られ、風は全く入ってこない。

だがその代わりに、部屋に待望のクーラーが設置されたのだ!



漣「おひょひょひょひょ、クーラー最高っすなぁー!」



クーラー設置という念願が叶い、ついでに部屋も若干広く増設され、
鎮守府の提督に以前から言われていた休暇がようやくまとめて出され、
曙も回復し、姉妹全員安全圏にて勤務中。彼女は今、天国にいる気分だった。



天龍「にしてもちったあ片付けろよ」


部屋が広くなったのをいいことに、漣は増設されたスペースを
瞬く間に雑貨で埋めた。





天龍「これとかよぉ、……正直不気味だろぉー」


漣「あっ、いけないんだー、人形を粗末にすると罰が当たるんだよぉ、セニョール!」



漣は、砲塔に取りつけたウサギの人形を両手で動かし、妙に迫力のある邪悪な声で腹話術をする。
とりあえずそのボージョボー人形を元の場所に結びなおす。


お土産用に持って帰ってきたもの凄い量のボージョボーは、やはりというか余った。


吹雪に教えてもらった「結婚の結び方」のおかげで飛ぶように捌けたが、
やはり数が多すぎたのか、余ったボージョボー人形が部屋の各所に置かれている。
一見すれば土着信仰の司祭の部屋だ。





そんな部屋に、神通が入ってくる。
神通は部屋に入るや否や、詰め所の壁をジッと見つめた。


神通「またこの人形が増えてるんですけど」



漣「甘いですね。まだ余ったボージョボー人形は108体あるぞ」


天龍「大丈夫か? それだと最後腕を折られるぞ?」


漣「へ? 何が?」


天龍「お、コイツ読んでないでやんの!」



天龍は漣に見せつけるようにガッツポーズを決める。
ネットや漫画・アニメ等、この方面では天龍の師匠を自負していた漣は青い顔で両手をつく。



漣「嘘嘘嘘、うわちょっとまって、うわー、このショックちょっとヤバイうわー」



うな垂れる漣を他所に、神通はもはや気にも留めていない。






天龍「で、神通はこんなクソ暑い外で何してたんだ?」


神通「私の訓練と、駆逐艦たちの訓練と、整備点検と、トレーニングです」


漣「トーレニングって訓練じゃないんですかね?」



漣もショックから立ち直って会話に入る。



神通「訓練は戦闘行為全般、トレーニングは肉体強化ですよ。
   駆逐たちもついてこれる程度ですから、大したことはありませんよ」



当然でしょう? という顔で首をかしげる。
漣はグエーと苦虫を噛み潰したような顔で口を開けた。


それはきっと駆逐艦が付いていける程度のレベルというのではなく、
正しくは、脱落すると何があるかわからない恐怖に駆られて
死に物狂いでようやくついていけるレベルなのだろう。彼女が知らないだけで。





漣「……鬼教官すぎる!」



神通「簡単ですよ、こう、互いに向き合って、
   トップスピードで突っ込んで、ギリギリで回避するっていう」


漣「漣なら死ぬかもですね」



神通「たまに避ける直前で探照灯で目潰しをしたり」


漣「死にました。おしまい」


天龍「死ぬオチはちょっと……」






神通「あの年代は成長期ですから、厳しい訓練をした方が良いかと」


漣「成長期っていうのは身体のほうもそうですけど! 心の成長期でもあるんですよ!
  そんなヤクザなチキンレースまがいのことさせてたらみんな心が歪みますよ!」



天龍「リラックス。リラックスよマジで」


神通「リラックス、って、具体的に何をすれば?」


漣「リラックスってそんな悩むことでもないと思うんですが、
  そうですねー、……じゃあ、漣おすすめ、ゲームとか?」



神通「結局そういうのですか」



ハァ、と呆れたように溜息をつく神通。
いつもならそれでオチが付くが、今回は正直神通が常識人を気取った対応をしているのが納得できなかった。






漣「好きなゲーム、……そうでなしにしても、何か知ってるゲームとかあります?」


神通「ゲームボーイってあるらしいですね。頑丈な奴」


漣「おぉもぅ機種が化石」



天龍「うーんじゃあ、トランプとかはどうだ?」


神通「ははぁ、まぁそれくらいなら……」



天龍「漣!」


漣「よし来た!」



漣は、部屋の隅に置かれた、色々な娯楽用品の入った小さい棚、
通称『漣BOX』からトランプを出すと、シャッフルして配り始めた。





漣「トランプがお好き? けっこう。ではますます好きになりますよ。
  さぁさぁ、どうぞ。ババ抜きのニューモデルです」


天龍「最後までアレンジ頑張れよ」


漣「んああぁ、仰らないで」




漣と天龍は掛け合いを終え、一先ず手札の整理にかかる。
ふと、どちらともなく神通を見ると、配られたカードを射殺さんばかりに睨んでいた。

その様子に漣が慌てて止める。



漣「ストップストップ!」


神通はなぜ止められたのか分からない、という不思議そうな顔を、
ピリピリとしたオーラを纏いながらしていた。





天龍「お前、本当にトランプみたいな娯楽やったことあるのか?」


神通「いいえ」


即答であった。これには二人も頭を抱える。


漣「えぇ……」


天龍「前線たってこれくらいあるだろ。華の二水戦って娯楽もなかったのか」


神通「いえ、こんなカードゲームくらいありましたよ」


天龍「だろ?」



話が読めない、という顔を天龍達がしていると、
それに気づかず、当たり前の様に神通は続ける。



神通「ですが、帝国海軍は常在戦場・常勝不敗。
   国家の連合軍が蠢く前線では、舐められないことが大事でしたから。
   娯楽のトランプは知りません。卓上の戦争としてのトランプなら知っています」



刺すようなプレッシャーを醸し出す神通。本人は至って真面目だ。
何だこの回答は。満足そうに胸を張るな。





そうツッコもうとしたが、神通は再びトランプに目を落としたので、そのタイミングを見失う。


神通「…………」


天龍「トランプをそんな親の仇みたいな目で見るなよ……」


漣「そーそー、民主党じゃなく、もっと共和党みたいな表情で見ましょうよ」


天龍「それぶっちゃけ最近どっちもトランプを親の仇みたいな目で見てないか?」


漣「じゃあアメリカ軍産複合体みたいな表情でも良いです。(ニッコリ)ですよ」



そんな二人の掛け合いを一切見ずに、黙々とカードをきっていく神通。
二人は肩をすくめる。


漣「とりあえずあれですね、一回肩の力抜くために負けてみては?」


神通「わざと負けるのは性に合いません」






実に頑なである。取り付く島もない。
勝ちにこだわるのも大事だが、今彼女が必要としているトランプはそういうトランプではない。
皆とワイワイやるトランプなのだ。



天龍「なんつーかリハビリみたいなもんだよ。負ける楽しさも知るみたいな」


天龍がほぼ直接真意を言葉にして神通に伝えた。
これで分かってくれるだろうか。そう思った二人だが、甘かった。

神通は険しい目で二人を見た。



神通「では、……実力で負かせばよろしいんじゃないですか?」





その言葉に二人して顔を見合わせる漣と天龍。


口調こそ厳しいが、勝負には乗り気だ。煽ってくるとは思っていなかった。
思ったより良い性格をしている。




神通は、意外にこれでも楽しんでるのではないか。





そうなれば、話は変わってくる。
漣と天龍は見合わせた顔に悪い笑みを浮かべて神通に振り向く。




天龍「言ってくれるねぇ、神通さんよぉ」


漣「絶対に負けられない戦いが今日のこの一戦!」


漣と天龍が手札をシャッフルしてどっかりと座る。




神通は依然厳しい表情を崩していない。

しかしカードを次番の天龍が取りやすい位置に突き出している辺り、
案外三人で仲良くやっていけそうな気がした。




漣「では、負けた人が間宮のアイス奢りで」

天龍「お、いいねぇ、……げっ」



神通の手札からカードを引き、表情が崩れる天龍。初手でジョーカーを引いてしまったのだ。
動揺する天龍だが、漣がそれを訝しげに見ていたので、慌てて漣に手札を向ける。






天龍「いや、別に違うから、何も。」


漣「あっ、ふーん……(察し)」


天龍「ダメみたいですね……(冷静)」


神通「……ふふっ」



ギョッとして神通の顔を見る二人。


まさか隊を組んで初めて見た笑いの原因がこれとは。
しかし当の神通は、何でみられているのだろう、とはたとした顔で首をかしげる。
ネタは関係なしで、偶然笑ったのだろう。



しかしそうなると、なぜ笑ったのかという話。





漣「ふっふっふ……」

神通「どうしました?」


天龍「フフフ、楽しいか」

神通「普通です」




まだ付き合いが短いから人となりが分かり切っていないが、
楽しかったから笑ってくれたのだったらいいな、と二人は思った。




漣「では、神通さんの番ですよ、……どうぞ!」






漣が手札を突き出す。真ん中の一枚だけ妙に突き出ている。
内心で、くだらないと思いながら、右端のカードを取る。

それがジョーカーであった。

仲良く三人ともジョーカーを引き続けて、一周して戻ってきたのだ。




漣「おっ、大丈夫か大丈夫か?」

神通「だ、大丈夫……」


漣「これは奢り候補筆頭ですね間違いない」

神通「負けませんから大丈夫です」


天龍「フフフ、怖いか」

神通「普通です」




三人のトランプは続いていく。





結局このトランプは第二戦、第三戦と続き、結果翌朝まで、実に10時間に渡る大激戦となった。
ちなみに、疲労困憊の消耗戦のせいか、途中から記録をつけるのを忘れ、勝者は不明。
三人は全員が出し合って特大の間宮アイスを食べた。



その後も、この三人組には様々な衝突や出来事、紆余曲折が降りかかる。



そのたびに何度も彼女たちの艦隊は解散の危機に晒されたが、

結果的に、三人の仲は戦後になっても続き、



それは終生のものとなった。





















深海棲艦もジャック・スパロウたちも居なかった、どこかの別世界//






1945年12月。計14人を乗せた米軍の航空機5機が、フロリダ半島南沖で突如行方不明になった。
その後、遭難機の捜索に向かった13人のクルーも姿を消し、その遺体も発見されなかった。


彼らは長期の飛行時間を持つベテランパイロットであり、みな歴戦の猛者であった。


この編隊の隊長であったチャールズ・キャロル・テイラー中尉と、
捜索の為に向かったクルーの無線には一つの共通点がある。



二人は無線通信で、「白い何か」を見た。

そしてその直後、通信途絶。行方不明となった。








その後、海上で300機の飛行機による5日間の大捜索が行われたが、
遺体も、飛行機の残骸も、なにも見当たらなかった。



そしてそれは飛行機だけではない。
ここを通りかかった船、軍船や客船、貨物船、輸送船、大小様々な船も行方不明となっている。
結果、今日に至るまで、100を超える船や飛行機、1000以上の人が消息不明となった。



あまりの出来事に様々な調査が行われた。




結果、様々な説が出た。
メタンハイドレードの海中爆発、強力な下降気流、海中の藻という自然現象によるもの。
更には敵対国の攻撃・陰謀、果ては宇宙人やなど様々だ。


しかしそのどれも、宇宙人はさておいて、飛行機と船を行方不明にさせる合理的な説明には足らない。






もし。もし、すべての要素を兼ね備えているものが居れば、
深海に潜ることのできる、攻撃の意思を持った、高度の飛行機を墜とす対空能力と、
軍船すらも沈める海上戦闘力があるものだということだ。


しかし兵器ではない。兵器ならば100年もレーダーにかからず、ひと所にとどまることはできない。
ならば、通常のレーダーでは捉えられぬ肉体を持つ生物の仕業としか合理的足りえない。


が、そんな怪物がいるわけがないと、こんな妄言は説にもなりはしなかった。




なお、この事件にはほかにも説がある。

この海域には宇宙で見られるようなブラックホールが密かに存在し異世界と通じていて、
それに飲み込まれてしまうと戻れなくなるのだろうという説。


もちろん、そんなものがあれば、海水そのものを飲み込むため、ありえない。






では、そのブラックホールは普段閉じていて、どこかの海域の次元とつながった時だけ開くというのはどうだろう。


そしてそこから、深海に潜ることのできる、攻撃の意思を持った、高度の飛行機を墜とす対空能力と、
軍船すらも沈める海上戦闘力をもった白い見た目の異世界の生物が出てきたのだ、という説もありうるのではないか。

事実、あの海域には怪物が潜むと言われている。当然、これも眉唾の説だ。







『アァ……!』










1963年9月22日、アメリカ空軍大型輸送機C133カーゴマスターが10人の乗員を乗せてこの海域の上を飛んでいた。






『マタ…アノソラニ……アア…キレイ……大きな、翼…!』





そしてすぐ、カーゴマスターは消息を絶ち、機体の破片も乗組員の死体も、パシュートや救命具も発見されなかった。










後にこの世界で、この一帯は、魔の三角水域。




「バミューダ海域」と呼ばれるようになった。











多くの船や飛行機、そして人々が行方をくらませた魔の海。




彼らは、この海域で何を見たのだろうか。

白い何かとはどういうものだったのだろうか。

当時最新鋭の戦闘機や巨大な船を沈ませる原因は一体なんだったのだろうか。




全ては、死者のみが知っている。
だがそれを我々が知るすべはなく、故に原因仮説を立てるしかない。



理由を聞こうにも、"Dead men tell no tales" 。死人に口なしである。















『フッ……、ウッフフフフフフ……!』









なお、この海域における沈没の原因は、現在においても未だ特定されていない。

































太平洋 海上//








ジャック「おぶぇ!」




ジャックたちは、海中から現れた。

竜巻の時のように気が付いたら戻っていた、ということはなく、
ひたすら海中に沈み、ある地点から、ひたすら浮上するという苦行に耐え、
ようやく、海上に姿を現せた。



ギブス「ぅげっほ、おぇ……!」

バルボッサ「っぐ、がはぁ……!」



さしもの大海賊たちも、これには流石に参ったのか、朦朧とした意識で木箱や手すりや壁にもたれかかる。





ジャック「バ、パールは……」



甲板がさっきまでと違うことに気づいた。

それはブラックパールではなく、フーチー号のものであった。
太陽は真上に上っている。向こうを去ったのは夜明けの直前だった。
海中で入れ替わったのだろうか。懐に手をやると、そこにはパールの入ったボトルシップがあった。



ジャック「……ここは、」


ジャックはズブ濡れになった身体で、一緒に浮上してきたお気に入りの帽子を甲板から拾うと、
辺りを見渡した。極寒というほどではないが、真夏の刺すような日差しではない。
少し冬の兆しが見える秋の空。そして、見慣れた大西洋の海。




ジャック「……帰ってきたか、愛しの海」






日にちとしては数日程度だろう。

しかし期せずして訪れた今回の一件には、彼が経験した他の冒険たちに勝るとも劣らぬ苦労があった。
ここがカリブの海であれば、さらに言えばトルトゥーガであればもっと帰郷感が出たであろう。
それだけが残念だが、しかし、ここは、自分たちの時代の、自分たちの海だ。

ジャックは満足そうに、大きく潮の香りを吸い込んだ。





「せんちょほー!」



そんな余韻をぶち壊したのは、息の漏れた老人の悲鳴。
何事かと後ろを振り向くと、そこにはクイーン・アンズ・リベンジが、今にも接弦しそうな距離に浮かんでいた。



意識のハッキリし始めた三人はそれぞれ目を合わせ、今更ながら思い出す。



そういえば、竜巻に飲まれる前、ジャックとバルボッサは海戦をしていたのだ!





三人が剣を同時に抜く。


が、それを見て復讐号の屈強なゾンビ船員が、ジャックの船の乗組員たちに剣を向ける。

あの竜巻の後どうなったかの詳細は不明だが、少なくとも、
ジャック側が一人残らず捕まっているらしいことは見て分かった。





バルボッサ「さて、悪く思うなよジャック」



バルボッサが悠々と歩き出す。ジャックは表情を変えず、冷静に頭を回転させた。



彼我の戦力差は、歴然。向こうは船員がすべて無事、ジャック側は残らず人質。
船員を見放して逃げるのはあり得ない。寝覚めもそうだが、何よりバルボッサがこうして
敵に回った今、ギブスと二人では船が動かせない。


生き残るには、この状況を一変させる、少なくとも人質達が一斉にこっちに
戻ってこれる為に、敵を一旦全滅させるくらいの強力な一撃が欲しい。




では何があるか。当然、ない。万事休すだ。







ギブス「野郎!」



ジャックが窮しているのを感じ取ったのか、隙を作ろうとバルボッサに切りかかるギブス。
しかし、バルボッサは落ち着いて懐からフロントリックの銃を取り出した。
ギブスはそれを見て、足を止める。



ギブス「……、この期に及んで、まだそんなもん隠してたのか」


バルボッサ「当たり前だ。お前たちとは、やはり頭の出来が違うようだ」


ギブス「だが、ここに来るまでに随分と濡れたじゃねえか。
    いつぞやの様に、湿気って撃てないなんてオチだろ?」




バルボッサはその一言を聞きうっすら笑うと、やすやすと銃を発砲する。


弾はギブスの横をかすめるように飛んでいく。
そして再び別の銃を、ゆっくりと服の内側に入れた皮製の袋から取り出した。



ギブス「濡れても問題のない未来の銃が作られるまでは、こうして防水対策をとっているのだよ」





この銃は一丁につき装弾数は一発のみだ。しかしあとこの銃がいくつあるだろう。

この男のことだ。あらゆる場所に隠しているに違いない。覆しがたい不利を悟ったギブスは、
縋るような目でジャックと目を合わす。一方ジャックはそれを見て、バツの悪そうにゆっくり目を逸らした。



ギブス「ギブス君! 今回の旅ではよく頑張ってくれた! その働きに免じて生かしてやる。
    ボートにでも乗ってさっさとどっか行け!」



よく言う。こんな海のど真ん中で放置されたらどの道、陸にたどり着けず死ぬ。
ジャックはそれを察して笑ったが、ギブスは一瞬だけジャックに目を向け、それに頷いた。



ギブス「わかった。パーレイだバルボッサ。その提案に乗ろう。俺は船に乗って逃げる」

ジャック「おい!」



バルボッサ「よろしい。海賊の掟に従い、その宣言を受けよう」


ギブス「よし、悪いがジャック。あんたとは今日までの付き合いだ」



ジャック「おいこらギブス!」






ギブス「ツキも策もないアンタと付き合ってたってこのまま死ぬだけだ。
    せめて船乗りなら、最後の命、船に賭けてえ」


バルボッサ「クハハハハ! お前は船長より何倍も利口だ!」


ジャック「このタマナシめ!」


ギブス「海賊の掟に従った正当な行為さジャック。
    船と、後、しばらく分の酒と食い物は頂いていく。あとは戦利品もだ」




そういうと、ギブスは階段を上がり、元居た前方甲板の方へ歩いていく。そこにはいくつかの木箱と樽があった。
バルボッサもその様子をじっと見続けている。ジャックも歩いていくギブスを見て、一瞬目を伏せると、
怒りが堪えられないとばかりに怒鳴り散らした。




ジャック「このクソギブス! ブタ野郎! 醜い鼠め!」



その醜態に、バルボッサは愉快そうな目線をジャックに向ける。






バルボッサ「もう少し気の利いたことは言えんのか?」


ジャック「うるせえ! つか、海賊の掟というなら、窃盗は孤島置き去りの刑に処せられる罪だぞ!」



バルボッサ「ほざけ! バーソロミュー・ロバーツの条文によれば、置き去りの刑に処される窃盗は金品に限られる!
      また、別の項目にて、乗組員は戦利品や食料、酒に平等に分配される権利を持つと記載されている!」




何処で知ったのか、まるで法律の専門家の様に反論するバルボッサ。難破船入り江でもそうだったが、
この男は海賊の掟に精通している。ジャックがわざと拡大解釈した点を間違いなくついてきた。




ジャック「掟によれば、仲間を置き去りに逃げたやつは死刑だろ?」

バルボッサ「ふむ、確かにそうだな」




一瞬真剣に悩むそぶりを見せるバルボッサだったが、すぐに破顔した。



バルボッサ「彼はさっきまでの世界で、イギリス海兵として私の部下扱いだった。
      ならばジャックを見捨てようとも裏切りにはなるまい?」

ジャック「……そりゃズルい」


バルボッサ「かの大海賊バーソロミューは、別世界で別の船長に従う罪を定めていない!
      これで問題ない。まぁ、それにだジャック」




バルボッサは改めて、銃をジャックに向ける。






バルボッサ「海賊の掟とは、心構えの様なものだ。破った罰を与えたいなら、お前の親父でも連れてこい」


ジャック「そうかい。なら、俺はただフーチーと、パールとで沈むだけだ」




ジャックは懐からボトルシップを出すと、両手を上げる。




バルボッサ「パールをよこせ」

ジャック「あぁ、それもいい」

バルボッサ「何?」



ジャック「くれてやる!」


バルボッサ「! 止せーっ!」





そういうと、ジャックはボトルシップの瓶を上に放り投げる。

バルボッサは巨体を揺らし、義足であるにもかかわらず全力で走った。



瓶が落ちてくる。バルボッサは頭から滑りこんで、見事すんでのところでキャッチした。

当然、ジャックはその隙をついて、寝転がるバルボッサに切っ先を向ける。






バルボッサ「貴様ぁ!」

ジャック「お前ならキャッチすると思ってたぜ」



悪びれもせず言ってのけるジャック。
パールへの執着心に関しては、バルボッサはジャックと並ぶほど情熱を見せている。
それを知っていたジャックは、この結果を予想して投げたのだ。



バルボッサ「だが、こんなものは時間稼ぎにもならんぞ!」


ジャック「そうかな?」



そう、状況は大して好転していない。
ピストルは落としたが、バルボッサはまだ剣を持っている。

この拮抗状態は何度かあったが、結局は、トリトンの剣をもつバルボッサが有利だ。




ジャック「それは見方による」








好転はしていない筈。


しかし、ジャックの表情は、明らかに一転している。
完全に行き詰ったはずのジャックが、いつもの、勝利を確信した時の憎らしい笑顔になっていた。


何かするつもりだ。これは不味い。





バルボッサ「お前らっ! こいつを取り押さえろぉっ!!」




そう思いバルボッサは自分の船員たちに向かって叫ぶ。

復讐号が接弦し、屈強な海賊たちが乗り込んでくる。
捕虜は両腕と腰を縄でつながれている。ジャックが何かしようにも、数が足りない。


この100人近い船員を、一瞬で片づけること等できまい。
バルボッサが攻撃命令を下したのはそうした思惑があってのことだった。





ただ、それが致命的なミスだった。










ギブス「ジャァック!!」






逃走準備をしていたはずのギブスが前方甲板から何かを放り投げる。






ジャック「キャプテンだ! 俺の名は、キャプテン・ジャック・スパロウだ!」






ジャックは剣を手放し、それを空中で受け取る。

彼がバルボッサの意識を逸らしている間に、ギブスが木箱からそれを取り出していたのだ。
それが何かわかったのは、この船で、いや、この世界で彼ら三人だけだろう。








それは、機関銃であった。







ジャック「っ撃てええぇ!!」


ギブス「アイ・キャプテン!」










それは、対泊地水鬼戦の為、パールに持ち込んでいた木箱に入っていたものだ。
亡者戦の時に殆どを使い果たしたが、半分は舵取りをしていたギブスは2丁余らせていた。


彼は水中で船が入れ替わる際、流されてはならないと、この木箱を手放さぬよう掴み続けたいたのだ!





バルボッサ「伏せろぉおお!!!」





絶え間ない発砲音。バルボッサの叫びもむなしく、機関銃の弾丸が船上を埋め尽くす。


乗り込んできたばかりの復讐号の船員たちは、何が起こっているかもわからないまま、
ほぼ全てが撃たれ、そのまま海に落ちていった。








ジャック「お前ら! 飛び移れぇ!」



ジャックが復讐号に囚われていた船員たちに向かって命令する。
練度不足と経験不足と、何が起こっているかわかっていないせいで、
その命令をポカンとした顔で聞いている船員たち。


「おまへら! にげるぞほ!」




正気に戻したのは、同じくつながれていた老人の声。


我に返った船員たちは、我先にとフーチー号に飛び乗る。
腕や腰を繋がれているのでかなりもたついたし、殆どの者が不自然な体勢で
甲板に倒れこんでいるが、なんとか、不格好ながらも全員が船に戻ってこれた。


ギブスが腕と腰の縄を斬ってやり、ジャックの船員が復活していってる中、
座り込んだバルボッサと機関銃を向けるジャックがそれを見て会話していた。




ジャック「で、お前はどうする?」


バルボッサ「チッ……!」






機関銃で撃たれれば死ぬ。剣と違って、初速も威力も段違いであるため、
さっきまでとは逆に、バルボッサが余計な動きをすれば死ぬ。

しかし一方で、ジャックも船全体が人質に取られているような状況で、
バルボッサがやけを起こせば巻き込まれるかもしれない。なんども言うが、
こんな海の真ん中で、船が致命的に損傷し、取り残されれば、全員死ぬ。





バルボッサ「フン……」



バルボッサもその状況を理解していた。

彼は何も言わずに立ち上がると、自分の船に戻っていく。


外舷と手すりを超えるのは大変そうだな、と思っていると、復讐号のロープを操って、
自分を船に運んでいた。相変わらず便利そうな剣で、ジャックは少し羨ましく思った。




バルボッサが船縁の上に立ち、フーチー号を見下して居直った。


ジャックはそれを楽しそうに見上げて言った。








ジャック「ヘクター君! 今日という日を忘れるな!
     捕らえ損ねちまったな、この俺を! 怨敵ジャック・スパロウを!」」






バルボッサの立ち居振る舞いが精一杯の虚勢と知るジャックは、
あふれんばかりの笑みで、躊躇なく煽る。







バルボッサ「覚えていろよジャック! 次は必ず殺す! 必ずだ!」






その喚き言葉を聞き流し、ジャックは行動が自由になった船員たちを見回す。







ギブス「キャプテン、いつでもご指示を」


ジャック「うむ、ご苦労。ギブス君」


ジャックは船首に立つと、帽子の角度を直し、船員たちに堂々とした態度で振り返った。





ジャック「では諸君、針路を東にとれぇ!」




ギブス「アイ・キャプテン! 面舵いっぱーい!」


「アイ! 面舵いっぱーい!」






ギブス「帆を大きく張れぇー!」


「アイ! 帆を張れぇー!」


ギブス「おい! 揚げ縄を引けぇー! マストのロープを緩めろぉー!」


「アイ! ギブス副船長!」



「全く、進水ひとつに手間取るとは、まだまだひよっこどもだねへぇ」


ギブス「おい、爺さん。なに論評してやがる」


「年だから、力仕事はきつひんだ」


ギブス「濡れた甲板掃除でもしてろ!」


「アヒ! ギブスふくせんちょほ!」










フーチー号 甲板//








もたもたしながらも、ゆっくりと船は進みだす。
直角になった帆は順風をしっかり受け、真っすぐに船が海を行く。


ひと息ついた船内で、船員たちが休憩する中、
一人舵にもたれかかり空を見上げているジャックに、ギブスが話しかけた。




ギブス「災難だったなぁ、今回は」


ジャック「ギブス君、それは適切じゃないな」



ギブス「……、あぁ、確かに。今回も、だな!」


ジャック「素晴らしい」




二人して笑いあう。







ギブス「しかし船長、これから先どうするんだ?
    元は黒髭のボトルシップを解除する手がかりとその船員を集めにヨーロッパに
    針路をとったが、そいつももうなくなっちまったしな」



ジャック「ま、なるようになるだろ」


ギブス「ジャック……」




ジャック「憐みの目を向けてくれるなギブス。確かに黒髭の遺産はデカかった。
    船も、宝も、色んなものが詰まったとっておきの財産だった。
    実に惜しいものだった。……いや、ほんとに惜しい。それは認めるさ」



合理化しようとしているが、どうしても辛そうにその艦隊たちの損失を惜しむジャック。
あれがあれば、色々なことが出来ただろう。実に惜しいと思ったのは事実だ。



しかしジャックは自分の手で幾らか頬を軽く叩き、切り替える。







ジャック「だが見方を変えるんだ。あんなドでかい艦隊を持ってたら、手間だ。面倒だ!
     ベケットを見たろう? 色んなもんを抱え込むと、あんな風に引きたくても引けない時がある。
     男としての誇りを賭けるんならいざ知らず、あんなのはゴメンだね」



立ち上がり、船首の方へ身体を翻す。







ジャック「海賊は、自由でなきゃいけない」






それは、ジャックの持つ不変の哲学。彼はいつだって自由に生きてきた。
そしてこれから先もそうだろう。策が外れたって、ツキが無くなったって、
部下を失っても船を失っても、ジャックはいつだってそうだった。


だから、ギブスはどんな紆余曲折があっても、
なんだかんだいつまでもジャックの船に乗っているのだ。







ジャック「じゃ、気ままに行こうか。海賊らしく、色んなものが詰まったとっておきのお宝探しの冒険にでもな。
     そういう潮風に乗って進んでくれたまえギブス君」

ギブス「なんじゃそりゃ」



ジャック「簡単だ。お宝へ導いてくれそうな潮風を探す。嗅ぎ分けろ。そして乗る。お分かり?」




ジャックは鼻をひくつかせる。ギブスも律儀にそれに倣った。





ジャック「うーん、こっちだ。……あ、いや待った違った、やっぱこっち」



ギブス「ジャック。今から向かうヨーロッパ辺りにはアトランティスっつう大陸があったそうだ」


ジャック「馬鹿にするな、それくらい知ってる」







ギブス「じゃあこれはどうだ? そのアトランティスを超えた先、異なる世界につながるヘラクレスの柱というのがあるそうだ。
    泥の様に絡みつく海を抜けると、巨大な怪物がウヨウヨいる海域があるらしい」



ジャック「また別世界で、巨大な怪物か。で、お宝は何がある?」






ギブス「聖杯さ!」






ジャックは興味深そうな視線を向ける。




ギブス「それもポンセ・デ・レオンが見つけた銀の聖杯なんて安物じゃない。
    生命の泉なんかなくったって、それ単体でなんでも願いをかなえてくれる聖杯だ!」



ジャック「ほほう、博識だな。そこまでは知らなかった」


ギブス「知ってたんじゃねえ。嗅いだんだ。そういう潮風をな」





そういってギブスは鼻をヒクヒクと動かした。まるで豚か猪のようでジャックは笑った。








ジャック「よろしい、ジョシャミー・ギブス君!
     『ブヨブヨした醜い猫背のブタ野郎』というあだ名は改めよう。
     これから君は『ブヨブヨした醜い猫背の「有能な」ブタ野郎』だ」



ギブス「アイ・キャプテン!」


ジャック「結構、では諸君、行こう!」




ジャックは舵を思い切り面舵の方へ切る。行先はイギリスから変更だ。

行先を思案する。泥の様に絡みつく海といえば、藻で有名なサルガッソだろうか?
それともジブラルタル海峡だろうか? あそこの入り口は確かに柱と言っていい。


聖杯が手に入れば、すべての願いが叶う。


生命の泉でその念願は失せたと思っていたが、やはり永遠に自由な航海をする欲には抗いがたい。
それにその力でボトルシップにはいったパールを戻すというのもありだ。他にも願いは沢山思いつく。



ジャック「ま、何を願うかは手に入れてからだな」



情報は十全ではない。行先は不明。伝説上のものに過ぎないのか、それすらもわからない。
だが、ベケットも言っていたように、そういった噂話にひとかけらの真実が眠っている場合もある。



そのひとかけらを探すため、船で海を渡り続ける。これこそが自由な海賊の楽しみ方だ。







船が針路を変えたことで、休んでいた船員たちが一斉に立ち上がり、舵を取るジャックの方を見る。


何かあったらすぐに船長の指示に従うべく行動するという船員の基本を、
バルボッサの襲撃が彼らの身体に教え込んだようだ。





ジャック「少しはマシになったな、野郎ども!」



満足そうに笑うと、ギブスも笑った。船員たちもそれにつられて笑う。






ジャック「じゃあ行こう! 
     目指すはアトランティス! 
     目指すはヘラクレスの柱! 
     目指すは、聖杯!」







おぉ! と船員たちが応える。















真っ黒なフーチー号が、真っ青な大西洋の海を行く。
風は順風。波高し。穏やかな風に乗る潮の香りは強い。




「ヨー、ホー、ヨー、ホー……」




そんな中、船員の誰かが呟くように歌を歌う。
それを聞いた近くの船員も、ニッと笑って一緒に歌い始める。




「海賊暮らしは気楽なもんさ、ヨー、ホー、ホー」





陽気な男たちである。数時間前まで死の間際にあったというのに、
今では楽しそうに歌を口ずさんでいる。いやしかし、これこそがカリブの男である。










ジャック「ヨー、ホー、ヨー、ホー」





それにつられて、ジャックも歌を歌い出す。
いつしか船全体で大きな合唱になっていった。







『ヨー、ホー、ヨー、ホー、海賊暮らしは気楽なもんさ、
 楽しく一杯やろうじゃないか、ヨー、ホー、ヨー、ホー!』







呑気で陽気な歌声が、フーチー号を包み込む。




歌と戦いと船と、あとは酒の一つでもあれば、カリブの男はいつだって無敵だ。





最早怖いもの知らず。今回の旅は何が待ち受けているだろう。
きっと、どんな海でも、どんな敵でも、彼らは笑って突き進むに違いない。















そんな楽し気で勇ましい笑い声を乗せて、海賊たちの船は進んでいく。



















自由を求め、一路、水平線の先へ。







カリブの海賊、ジャック・スパロウの冒険は続いていく――。













                                                 END











































終わりの言葉何も考えてなかったので、大層なことを言えません。
なので、月並みに。



長らくお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。


一先ずは、この言葉で締めとさせていただきます。




重ねて、御礼申し上げます。ありがとうございました!!




乙。面白かったです。

おつっした
面白かったっす
次回作も期待です

乙でした


神通=サンはかわいいなぁ、漣ちゃんもキュートでした

とんでもねえssだった

過去作があったら教えてくだちい

ようやく読み切れた
面白かったです


素敵なSSでした

タイトルに釣られて見たけど力作でした
お疲れ様でした!

乙!
起承転結のそれぞれに魅力があって
時間を忘れて読んだわ


凄すぎて言葉にできない感動

>>629
酉はずして自演で自作紹介のきっかけ作りですか
言われなくたって過去作リスト貼りたいなら貼ればいいものを
最後の最後でしょうもないもの見せられたのがただ残念です

くっそワロタ
自演なんて必要ないほど面白かったのに
今頃恥ずかしさのあまり、ジタバタしてんじゃないかな

あとから自分でもやらかしてたのに気づいて、急遽過去作紹介すんのやめたんだろうな…
せっかくの作品に自分で泥塗るようなこと、してほしくなかったな

……、もうこのまま落ちていくなら言うまいとも思ってましが、
一応、これ投稿してたのお盆の帰省時で、携帯から同じwifi使って見てくれてた弟のレスです。

とはいえ信じていただく証拠もありませんし、そんな偶然もそうそうないかと思います。
ただ流石に、もう何度目かの投稿になるこの掲示板のシステムぐらい知ってますから、こんなお粗末なことは狙ってしません。

……どちらにせよ、荒れるのは仕方ないと思いますので、せめて読んでくださったことだけでも感謝させてください。


ミスった
ていうか信じて貰えると思った?しばらくサンドバッグになってもらわないと許すわけないっていうか
何回も投稿してるならどんな理由であれこういうのは許すされないって分かってるよね?
掲示板の治安の問題なんだわ

つか投稿のシステムがわかってるならなおさら自演してる確率高くなるしw
肯定的な感想全部自演だったりしてw

sage忘れたけどちょうどいいや
これを機に引退

ああもうまたミスった
これを機に引退しろよ?くっさいssかいてないでさ
あとエレ速で自演して星5つけるのもやめろ目障りなんだわあれ

お、おう…とりあえず落ち着いて書き込もうぜ?

終わりの言葉何も考えてなかったので、大層なことを言えません。
なので、月並みに。



長らくお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。


一先ずは、この言葉で締めとさせていただきます。




全ては弟の仕業です!!

すでに完結したSSのスレでID赤くしてる方がよっぽど目障りな事実

弟さんですか?

>>645
でもよくよく考えたら実家から出る前に軽い気持ちで「読んだら感想くれ」って言って
帰ったのが全ての元凶な気がしますので、もう私の仕業でいいと思います。

とんでもねえssだった

過去作があったら教えてくだちい

そうだったんですか!じゃあ仕方がないですね!
弟が携帯使って書いたと言い切ってる割には該当レスは末尾が0だし、
弟くん感想くれって言われたはずがメインは過去作聞くことにしか見えないけど仕方ないですね!





掲示板に慣れてて普通はボロ出してこなかったからこそ、やらかした今はことさらに冷静気取ってるんでしょ
親兄弟に積極的に読ますこと自体がレアケースなのは置いとくとして、
感想頼まれて直に言わず匿名掲示板のレスで書き込む身内がどこにいんだ
設定のつめが甘いんだよ

乙ー
長かったけど面白かったよ

夏休みに友達もおらずこんな所で粘着してる子ほんと可哀想

友達もいて楽しい夏休み送ってる設定の君はここで何してんの?
作者が粘着されてたからどうなの?
他人のはずの君になんか不都合があるのー?

終わりの言葉何も考えてなかったので、大層なことを言えません。
なので、月並みに。



長らくお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。


一先ずは、この言葉で締めとさせていただきます。




私に弟などいません!!

やっぱ末尾Oって糞だわ、某所のクロススレ埋め立て荒らしもOだし

>>650
携帯の書き込みでも同じwifi通せば同じIDになるのでは?



どの道、こんな思いもよらぬ事故でこんな結果になったのは、なんとも言えないというか。

掲示板の治安、って言葉も出てきましたけど、もうこれから先書いてもこの掲示板の悪影響になりそうです……。
どうあれ私の身から出た錆。責任取って筆は置こうと思います。ありがとうございました。
これ以上は反論は致しません。戒めとして、このスレもSSも晒すなり荒らすなりしてくださって結構です。



不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。


作品は面白かったので良し

反論する意味が分からんわ
言い分が事実だとしても弟が~とか言わずに「はい、自演です」って言えばすっぱり終わったのに

>>658
どっちでも邪推して騒ぎまくる奴が出るのは確定だし
いいんじゃない?wifiの存在も知らないで末尾がどうこうと恥ずかしい推理するやつもいるし

筆置くってのが引退の意味だったら惜しいけど
それならそれで是非ここ以外のよそで頑張って欲しいな

携帯端末や専用ブラウザ、PCブラウザ等で末尾はそれぞれ違う
同じWi-Fi経由してた場合はID一緒で末尾だけが変わる
と、ここまでが愚昧な俺の理解が及ぶ範囲なのですが

Wi-Fi経由で携帯使って弟が書いた、と本人が言ってるレスの末尾が0なのはどういうことなのか、
Wi-Fiについて恥ずかしくないだけの知識をお持ちと自負しておられる>>659様にぜひご高説を賜りたいですね

テストスレでいいから一回やってみればわかるよ
wifiは切るなよ?

Wi-Fiならスマホやタブレット端末はo
パソコンは0になるはず

どっちが正しいかテストスレで試してみた

399 :携帯 [sage]:2017/08/21(月) 19:10:21.35 ID:2UPr4/Ne0
てす
400 :pc [sage]:2017/08/21(月) 19:11:04.46 ID:2UPr4/Ne0
てす


正解は>>659でした

こんだけ偉そうに長文で語って>>1挑発しておいて
肝心の推理のしょっぱなでくじけてんのホンマ草
邪推の設定と後それからwifiの設定を電気屋さん行って変えてきたらどうでしょうかwwwwww

へえ不思議だね
上がスマホで下がPCなんだけど

407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 20:07:46.71 ID:6V4FGEQMo

!!

#
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/08/21(月) 20:09:19.35 ID:6V4FGEQM0

$


*

俺はスマホwifiからでもPCからでも末尾oなんだが…

410 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/08/21(月) 20:24:23.55 ID:sIqMHj+G0
テスト

411 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします sage 2017/08/21(月) 20:25:34.51 ID:sIqMHj+Go
テスト

テストしてきた どちらもスマホwifi
上が専ブラなし、下が専ブラありで書き込んだ結果だよ

おっと? じゃあこれどっちが正しいんだ?
ぶっちゃけどっちが正しくても面白いけど普通に気になる
俺は専ブラとやらは使ってない
wifiつけてスマホとPC立ち上げてスマホ→携帯の順に投稿したぞ

>>666
専ブラなしの書き込みだと一緒の末尾になるのかな?

412 名前:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 21:03:41.42 ID:sIqMHj+G0
テスト

413 自分:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[sage] 投稿日:2017/08/21(月) 21:04:11.68 ID:sIqMHj+Go
テスト

一応PCでも試してみたよ
上が専ブラなし 下が専ブラあり
ID:6V4FGEQM0は携帯でだけ専ブラ使ってるんじゃない?

煽るだけ煽っといて反証出されたとたんイモ引いて傍観者ぶりだすの若干ゃ草

なるほどね
確かにスマホは専ブラ使っててPCは普通のブラウザから書いた
おたがい自分の知識とか環境とかだけを信じたらアカンね

>>670
おぉー! ありがとう謎は全てとけた!
末尾って携帯・PCで変わるだけじゃなくてセンブラ使ってるかどうかでも変わるのね
てことはやっぱり何もしないでただ感想投稿したら末尾0でもおかしくないわけだ すっきり

>>669
恐らくね
作者が自演かどうかは置いといて
どちらも専ブラ使っていないなら作者の言ってた事象も普通にあり得るね
専ブラなしの末尾0だし

ははー
そうなるとお盆の最中って日にち的にも
こんなこと知ってる>>1なのにお粗末な自演になったのも
あわせて考えたら案外実家の弟君説は間違いじゃないかもしれないのね

>>1
とりあえず日曜は面白がって荒らしてすんませんした

気持ち悪い

気持ちいい

自演が一番面白かった
弟に過去作教えてあげてねwww

>>660
地味にこいつが一番恥ずかしい

>>680
wifiの設定間違ってるんだからしゃーないww

>>158
腹痛いwwwwwwwwww

大腸菌か赤痢かノロウイルスか?
人対人糞便伝染病はキツいよなwwwwww

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