【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】(811)


※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です


【前スレ】

【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/)


https://www.youtube.com/watch?v=N9j9oP92nA0

陽炎型のロードバイクの続きー、はーじめーるよー


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陽炎型駆逐艦:谷風

【脚質】:オールラウンダー/ダウンヒラー

 ―――おっしゃああああああ!! 谷風ッ、出るよぉッ!!

 自称するだけあって本当にすばしっこい。スプリントもイケるオールラウンダーで、反射神経という点においては、鎮守府最速タイ。そう、島風とタメを張るのだ。
 が、いかんせん駆逐艦内では特に小柄な部類で体重が軽すぎるため、スプリンターとしての爆発力はあっても持続力×。
 反射神経に対して瞬発の持続力が追いついていないため、スプリントで同時発射しても島風よりはずっと遅い。つーか谷風が規格外なら、島風は次元外である。
 反射神経の高さはアタック潰しにも通じるため、敵チームのアタックを潰すのが実に上手い。
 脚質とは異なるが、際立って下り坂に強い選手をダウンヒラーという。谷風自身の脚質はその名と裏腹に万能型。(谷風とは谷に沿って山に吹き上がる風の意)
 だが谷風の本領はコーナーリングの切れ味とバイクコントロール、そして下り坂におけるクソ度胸と動体視力、そして反応速度にこそある。
 以後鎮守府において語り草となる谷風伝説の幕開けであった(※谷風伝説については後々別記載)
 レースにおける下り坂では、背後に敵選手がいた場合、積極的に後続を落車させにかかる容赦のなさがある。
 下りを含んだ山岳コースだと雪風相手でも充分に勝ち目があるという時点でもう色々お察しである。
 凄まじい下りへの執念からまさかの異名が付き、誰が呼んだか『谷風の逆落とし』とか『渓谷の鬼風』。下り坂においては間違いなく鎮守府最強であり、

 ――――最恐である。

 後に合流する『とある改白露型駆逐艦』が好敵手となる。あ、こいつら名前からしてある意味同類だ。


【使用バイク】:NEALPRYDE DIABLO Blue/White carbon
 新西蘭(ニュージーランド)の「にぃるぷらいど」の「でぃあぶろ」ってんだ。どうも横文字は読みにくいったらないねぇ。
 提督が選んでくれた自転車さぁ! ところで『でぃあぶろ』ってどういう意味なんだい?
 ま、いいか。こんぽはかんぱだよ。しまののガチッと止まるヤツよか、
 かんぱのヌルッと利くぶれぇきが速さを調整しやすくてね、性に合ってんだ!
 んでこの『ふれえむ』がまたいい! すっげえ固くてキビキビ反応するから、
 りずむに乗って坂を登る谷風さんの乗り方と実に合うんだなぁ。下りは下りでいい反応するしさぁ―――かぁぶで後輪が良く滑るんだマジで。
 お、提督! 昼飯は天丼を食べに行くってかい? そいつは旨そうだね!
 早く食いに行こうか! え? 下りはゆっくり走れ? もしくは先頭で行って降りきったところで待ってろ?

 …………ぬぁんで?

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野分(言葉の端々に狂気が滲み出てる……!!)

舞風(流石に無理だよ……? あくまで舞風はバイクをコントロールするのが得意なの……滑るのは既に『コントロールを逸している』と思う)

親潮(え? す、滑る? 下り坂のカーブで? こ、後輪が? え? え?)ゴクリ

黒潮(アカン……アカンやつがアカンやつに乗っとるってのは分かる……ディ、ディアブロって、確かスペイン語で……)


 ――――〝悪魔〟である。


提督(なお三日月もこのロードバイクにやたら興味を示していたが、別のロードバイクに誘導した。さりげなくな。内心冷や汗ダラッダラのドバドバだった)

秋雲(提督ぐう有能)


 シャレにならないダウンヒラーである。


提督「ちなみに谷風にせよ島風にせよ、個人タイムトライアル(個人TT)が苦手だ。なんでだと思う?」

不知火「何故です? 谷風や島風以上の反応速度を持つ者など……」

提督「その反応速度が問題だ。呆れた理由だぞ――――フライングだ」

陽炎「は?」

提督「神経系の構造上、人類の反応速度の限界点はおよそ0.12秒。だが谷風はスタートのピストルに0.08秒で反応する」


野分「え………え? それは、フライングなのですか?」

提督「フライングになる。0.12秒より速く反応しちまうと、科学的見地から見ればフライングになってしまうわけだ。

   本人がちゃんと音の後に反応したと言っても限界突破してる時点でアウト」

提督「島風といい谷風といい、二人そろっておっそろしく勘もいいからその気になればピタリ合わせることもできるらしい」

舞風「」

提督「反応できるのにわざわざゆっくり出なきゃいけないのがストレスで、やる気が萎えて好きじゃないんだと」

野分(私の姉は化け物ですか……!?)ゾッ

雪風「う、うわあ」


 雪風もドン引きであるが、雪風はヒルクライムにおいては誰よりも化け物なのでどっちもどっちだ。


谷風「?」キョトン


 目の前で拳銃ぶっぱしても軽く回避するのが当鎮守府の谷風。ガンダム・バルバトスのような奴である。ミカ? それは三日月だ。三日月もマジヤベー。

 恐怖を押し殺して勇気で下り坂を下るのではない。そもそもこれっぽっちも怖いと思ってないマジキチタイプの化け物。恐怖を振りまく存在で、決して尊敬されない。

 大戦時、雪風と同じく、ここ二年ほどは実戦において一度の被弾も経験していない。なお後方支援とかではなく、ガチの前線で敵の集中砲火の嵐の中で、である。


 演習時に直撃弾を当てたことがあるのは島風、夕立、綾波、雪風、時雨、高波、霞だけ。なお時雨と高波はまぐれ。あ、当たった。当たったかもです!?

 夕立をして「谷風は五感全部を使って索敵してるっぽい。ただでさえ反応速度がヤバいのに、感覚が鋭すぎて背後からの砲弾すら避けるっぽい! あんなのズルい!」とブー垂れるほど。

 ちょっと気合入れるとすべての物質の運動が止まって見えるとかなんとか。光速のインパルス。頭の中で警鐘が鳴った次の瞬間には体が勝手に最適の動作を取っているという天才+野生型。

 言ってみればもしも雪風がスプリント能力を持つオールラウンダーだったら、というのを体現している。

 五十鈴と多摩をミックスしたような、味方にとっては実に頼もしく、敵にとっては無駄玉撃たせる上に放置することもできない厄介な相手。

 余談だが卓球がクソ強い。少なくとも鎮守府内の駆逐艦でいい勝負ができるのは島風ぐらい。



提督「こちょこちょこちょこちょ」

谷風「みぎゃああああきゃああああああはははははは!!! ちょ、ちょっと、やめなってぇえええ、いいこだからぁ!!」

提督「俺が戸棚に隠しておいたとっときの羊羹、勝手に食ったろ」コチョコチョ

谷風「ご、ごめんってえええええあははははは、やめ、やめぇwwwwwこ、このっ!」コチョチョチョチョ

提督「ぶわはははwwwwwちょwwwwてめえwwwwなにしやがるwwww」

陽炎「ガキかあんたら」


 なおくすぐりに弱いもよう。


※提督のことは洒落の分かる小粋でイナセな若者だと思ってる勢。おばちゃんか! 将棋仲間でもあり、結構強い。

 なお下りに強い艦娘は他にもいるが、谷風=サンには遥かに劣る。山キチの雪風といい、スプリンターやTTスペシャリストの多い陽炎型は癖が強い特化型ばかり。

 島風ですら「下り坂では谷風に勝てない」と断言するレベル。ありえねー。

 具体的に言うと歴戦の戦艦や重巡、空母があっさり心を折られるほどで、同じくダウンヒルにそこそこ強い五十鈴、木曾、能代、夕立も顔面蒼白になる。

 例外的に伊勢・日向は奮戦するが、こいつらも谷風=サンと同類。物理限界を突破したおぞましい走行を見せるが、悲しいかな下位互換。

 そんな彼女らをして谷風に下りでついていこうとしたら死ぬ、と確信するレベルで次元が違う


谷風「でも、下り方を教えてくれたのって提督だよ?」

提督「――――」ダッ

陽炎「待ちなさい司令! あんたのせいか!! あんたのせいか!!」

提督「俺は悪くない!! まさか完璧に覚えるなんて思ってなかったんだ! 俺は悪くねえ! 俺は悪くねえっ!!」

磯風「いや、流石に今回ばかりは司令が悪いと思うぞ」

不知火「谷風の度胸というか、思い切りの良さは司令も知ってるでしょう!? 待ちなさい!!」


 俺は悪くねえと叫ぶ提督は、勝利のストーリーライターとして優秀なようですが、勝った後のことは考えないタイプのようです。

 というかダウンヒルで教えたことを渇いたスポンジが水を吸うかの如く吸収する谷風に、つい楽しくなって教え過ぎた結果がこれよ。


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陽炎型駆逐艦:野分

【脚質】:不明(提督の見立てでは限りなくオールラウンダーに近い持久型)

 ――――さ、行こう。舞風!

 ポタリング派と言い張る。「おまえらのようなポタリング派がいてたまるか!」という提督の叫びを否定する艦娘はいなかった。
 舞風には及ばないものの、曲乗りが得意。バランス感覚に優れ、体幹がしっかりしている
 ロードバイクの使用目的はポタリング(自転車でぶらぶらと散策)
 ロードバイク云々より、舞風らと一緒に遊べるのが純粋に楽しい様だ
 休日には舞風・萩風・嵐と共にポタリングしつつ、喫茶店で女子会するのが習慣となった

【使用バイク】:ORBEA ORCA AVANT OMP B1(Carbon Blue)
 オルベアはオルカ・アヴァンOMPです。カンパレコード仕様に乗せ換えました。やはりカンパはスピードコントロールがやりやすいですね。
 レースより日常的に走りを楽しむための性能を求めたということもありますが、いいものです。
 と言っても、やっぱり速い方が嬉しいですし、公道における悪路やストップアンドゴーの多いルート、将来的にレースに参加することも考慮して、
 充分な性能を備えたものにさせていただきました。
 ……はい! 舞風とは色違いの御揃いなんですよ、ふふっ。司令、素敵なプレゼント、ありがとうございます!
 あら、お昼は天丼ですか? うう、その、実は昨日、鳳翔さんのところでてんぷらを食べてしまって……。
 い、いえ、すいません! 野分のことはお気になさら……え? 牛ステーキ丼や海鮮丼もある?
 しかも凄くおいしい? そ、それ本当に天丼屋さんなんでしょうか。
 なんにしても、いいですねぇ、ビフテキ丼! 行きましょ、司令!

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提督「好きなプロレーサーは?」

野分「ヴィットリオ・ブルモッティです」

舞風「ブルモッティ!! サガンもかっこいいよね!!」

嵐「知ってた」

萩風「知ってました」

提督「絶対言うと思ったよ」


 ブルモッティ。バランス感覚最強のロードバイク選手――――と書くと色物っぽいがナメてはいけない。

 元バイクトライアルの世界王者でもあり、更にはギネス記録の保持者である。実際スゴイから動画で検索してみるのをオススメする。

 サガン。言わずと知れたワールドチャンピオン。ゴール後に片手でウィリーするなど、非常にバランス感覚に優れたスプリンター選手。ルックスもイケメンだ。

 某動画サイトではどんなコースでもやたらサガン向けコースとか言われる風潮がある。


提督「スゲーよ。ブルモッティ、スゲーよ。スゲーのは認めるよ。だがどうしてあの地形でベストを尽くそうと思った?」

磯風「大丈夫だ司令。その感覚は正常だ」


 よくわからない人は「ブルモッティ ロードバイク」とかでググッて一度は観てみるがよろし。「ヒュンッ」ってするから。


※のわっち可愛いよのわっちー。いいよー、すごくいいよー。(小北上感)

 大好きな舞風に優しくしてくれる提督のことが大好き、という理屈のおかしさを最近自覚しつつある。

 己の思いを整理して組み立て直した時に出た答えを直視したら、提督に対する態度がかなり乙女になってくるという噂。

 ラブ的な意味で。別に少女革命的な百合の花は咲かない。


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陽炎型駆逐艦:嵐

【脚質】:TTスペシャリスト

 ―――陽炎型駆逐艦・嵐!! まかり通るぜ!!

 瞬間的な加速力は劣るものの、高速域を維持する能力が陽炎型の中では極めて高い。平地のタイムトライアルにおいて陽炎型では浜風と並び双璧
 浜風に比べ、僅かに最高速と加速力に勝るため、比較的距離の短いTTコースでは浜風に対する勝率は高い。
 かなり要領が悪いタイプで本人も自覚しているが、青春ド根性そのままに努力できるタイプ。
 今後はひたすら場数をこなしてペース配分と勝負勘を磨く心算でいるようだ。
 本人はバリバリのレース嗜好だが、それはそれとして舞風らとポタリングするのは別腹。
 今度、第四駆逐隊と提督の五人で、温泉街まで日帰りロングライドの予定を立てており、とても楽しみにしている。
 目下の目標は朝潮型の荒潮。あいつは平地のロングコースにおける駆逐艦娘のラスボスだから死なない程度に頑張んなさいネーとは提督の言。

【使用バイク】:BOTTECCHIA EMME 695 MATT CARBON
 記念すべき第一回ツール・ド・フランス初優勝を飾ったイタリア人にして、
 史上初めて全ステージでマイヨジョーヌを守り抜いたオッタビオ!
 ……とコラボレーションした名門ブランド・ボッテキアのフラッグシップ、エメ695だ。
 カンパのスパレコ組だぜ。やっぱ機械組だよ、変速がすっげえ気持ちいいんだ!
 ブラケットも握りやすし最高だぜ。あ? 性能はレコードと同じだって? そ、そんなことねえって。
 スプリントじゃまだ陽炎ねえには勝てないけど、すぐに追いついて嵐を巻き起こしてやるぜ! 見てなぁ!
 んぁ? 天丼食いに行くのか。ヘヘッ、じゃあ食った分、またガッツリ走らねえとな!

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提督「スパレコはプロでもほとんど趣味の領域。性能変わらず重さほとんど変わらず、素材の強度的な問題からレコード使うプロもいるぐらい」

嵐「なんだって!?」

提督「カンパの迷走っぷりは今に始まったことじゃないから(震え声)」

嵐「こっち向いていえよぉおおおおお!!! い、いいじゃねえか! カンパは見た目カッコイイだろ!? なぁ!?」

提督「2015年以降はクランクがカブトガニに……シマノに、追いつきましたね(邪笑)」ボソッ

嵐「い、言うなぁああああああ!!! おまえ意地悪だな司令!?」ウワアアアア

萩風「あ、あわわ、と、止めた方がいいんでしょうか?」

陽炎「別にいーんじゃないの? かくいう提督だってカンパもシマノも好きだし……(弄り方が天津風の弄り方に似てるし)」

不知火「提督の親睦の深め方ですよ」

雪風「雪風、あれはやられたことないですよ? しれぇはいっつも、すごくやさしい人ですよ? ねえ、舞風、野分?」

舞風「うん? 優しいって言うか、提督ってばノリがいいし、楽しい人だよ?」

野分「え? 私は優しい人だと思うけれど……私たちに色々と差し入れしてくれるし、気の利く方よ?」

時津風「へぁ? 優しいとか気が利くとか、そんなんじゃないでしょー? しれえは面倒見がいいって言うか、付き合いのいい人じゃん、ねえ?」

雪風「あれ?」

舞風「んん?」


不知火「提督は相手によってコミュニケーション方法を色々変えてますので。そうでもなければ百名以上の艦娘から、一定の評価を得ることはできません」

谷風「落語とか将棋とか、いろいろオススメしてもらったっけなぁ……あ、そうそう、弄られと言えば、嵐が来る前は天津風が弄られる子の筆頭だったねえ」

天津風「…………」ムカッ

磯風(? 弄られなくなったのだろう? あんなに嫌がっていたのに……どうして天津風は不機嫌そうなのだ?)ヒソヒソ

浜風(いや、その、実は嫌がってなかったんですよ。ポーズです、ポーズ……弄られるのは嫌っていう素振りを見せてた分、素直になれずジェラシー感じてるのでは?)ヒソヒソ

浦風(めんどくさい子やねぇ)ヒソヒソ

天津風「聞こえてるわよアンタたち?」ピキピキ

陽炎「天津風来る前は不知火や初風が散々弄られまくってたわよねえ。あれー、そういえば天津風に構うようになって偉く御立腹だった子がいたような……?」ニヒヒ

初風「………そ、そんな子がいたの? し、知らないわね、ねえ、不知火?」

不知火「ぬ、ぬい………そ、そうね? 忘れたわ」プイッ

提督「フィジークのアリオネはいいよな。見た目もこう、シュッとしてていかにも速そうだしな」

嵐「! 分かる! 分かってんじゃねえか提督!! アレってポジショニング変えやすいから好きだよ!」

萩風(あ、意気投合してる)


 提督はいつもこんな感じで、新参の艦娘達と仲良しになっていくのであった。


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陽炎型駆逐艦:萩風

【脚質】:なし(ロングライド派。ランドヌーズ)

 ――――もっと、みんなで広い世界に。

 瞬発力はないが、持久力に優れ、一定ペースで走るのなら何時間でも延々走り続けられるタイプ。
 不得意というものがないが、別段特化しているものもない。ギアを最後まで売り飛ばさずに走れる当たり、結構剛脚なのかもしれない。
 当初は変速時にチェーンが外れるアクシデントが多発したが、すぐに変速のコツを掴んだ模様。
 山も好きだし平地も好きだし下り坂も好き。
 とにかく風景の移り変わりを見ながら、風を感じて走るのが好きという、自転車本来の魅力を味わう楽しみ方をする。
 遠出して温泉に行って帰ってくるというアクティブさも持ち合わせる。

【使用バイク】:VAN NICHOLAS ASTRAEUS
 21世紀初頭にオランダで生まれた若きブランド、ヴァン・ニコラスのチタンバイクです。
 鎮守府は海沿いだし、少し錆が怖くて……みんな手入れが大変なの。だけどびっくり、チタンは腐食に強くて、なんと錆びないんです。
 といっても部品は交換しなきゃいけないし、カーボンよりは重いし、焼き付きなどのトラブルもあるけれど……。
 なんといってもヴァン・ニコラスはチタン専門のブランドですから、その品質も素晴らしいんですよ。
 癖が少なくて乗りやすいんですよ。ぴかぴかの銀色もお気に入りです。
 提督が仰るには、チタンバイクは振動吸収性能?……が割と高くて、金属疲労による劣化が少ないチタン特性から、
 長い期間、長距離をゆっくり走るにはもってこいのバイクだって……一生物の逸品なんですよ、ふふっ。
 毎週末の休暇には、第四駆逐隊でのんびりポタリングして、女子会するんです!
 あ、私、レースはあまり………ううん、観戦するのは大好きですよ! いっぱい声出して応援しちゃいます!
 あら、天丼を食べに? てんぷら定食も美味しい、提督おすすめのお店なんですか?
 はい、御馳走になります!

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提督「おお……! 見たことないタイプ! いいなー! やっぱチタンいいなー! オランダバイクいいなー!!」キラキラ

嵐「お? 司令もオランダバイク好きなのか。俺もイタリアンかオランダか迷ったんだよな」

提督「超好き。コガもニールプライドもトップチューブに乾電池を縦列駐車させてんのかってデザインのバンムーフも好き」

陽炎「バンムーフ? 乾電池? ちょっと興味あるわね………」ポチポチ

野分「ば、ん、むー、ふ、と……」←陽炎と同じくスマホ検索中

陽炎「ぶはっ!? ぶははははwwwww乾電池の、じゅ、縦列駐車wwwww」

野分「ぶ、ぷふっ……こ、これは、確かに乾電池ですね……」

提督「まあ初見だと笑えるデザインだろうが、これがなかなか性能がいいんだぜ。カジュアルな服装には意外とマッチする。近未来的っていうかさ」

萩風「ふふ、これはこれで面白いバイクですね、司令」

提督「でもちょっと意外だ。萩風はおしゃれ好きだから、もっとこう、クラシカルでデザイン性に富んだヤツを選ぶものかと」

萩風「あはは、ちょっと渋いですか? でも、これはこれで大人っぽい味わいがあっていいと思ったんです」

提督「―――訂正。俺が思ってたより、萩風はずっと大人だな」

萩風「っ、あ、は、はいっ!! あ、じゃなくて、えと、あ、ありがとうございます……?」

提督「それ、乗り心地どうなんだ? 聞かせてくれよ」

萩風「きょ、興味がおありですか? えっと、ではその……」


黒潮「司令はん、おしゃべり好きな萩風の嗜好をよう理解しとるな」

天津風「あれを御機嫌取りとかの打算はなくてやってるから始末に置けないのよ」フン

初風「本当それよ。女ったらし」フン

提督(部下と色々交流深めにゃ色んな意味でアカン提督業の難しさに対して、陽炎型は理解が低かとです……)

萩風「……でね、聞いて聞いて、司令。それでね、あのね……♪」ニコニコ


※中々にマイナーなバイクチョイスであるが、提督は嫌いじゃない。むしろ好き。

 ハンドメイドポリッシュ仕上げの非常に美しいバイク。シートステーのエロさが異常、とは明石の言。

 他者と被りたくない! とか、長く乗れるバイクが欲しい! って方には非常にお勧めできるバイク。乗り心地が素敵。

 何気に体力の鬼で、那珂や羽黒のインターバル皆無な殺人的日帰り旅行にも鼻歌混じりでついていける。川内曰く「嵐と同じく逸材」だとか。

 実は嵐は提督に恋してる勢。萩風はその恋を応援する勢だが、提督の艦隊指揮への悪影響という憂慮も分かってるので板挟みされてる勢とも言える。

 川内が苦手。夜戦は克服したとはいえ進んで夜戦はしたくない。当たり前だ。

 嵐と同日に着任したため、まだまだ新参。自由闊達な当鎮守府の空気がお気に入りのようである。

 漣にスイーツ作りを教わったり、鳳翔・磯波達に和食を習ったり、利根・谷風に将棋、舞風に踊りと、色んなことに興味津々。

 提督とお喋りして嵐の恋の勝機を探りつつ、自他ともに認める多趣味な提督に楽しいことを教わって一石二鳥。なかなか強か。非常に充実しているらしい。


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陽炎型駆逐艦:舞風

【脚質】:不明(高い瞬発力と持久力を備えていることは一目瞭然)

 ――――てーとく! 舞風と一緒に、サイクリングにいこ! そーれ、わんつー!

 ウィリーやダニエルジャンプ、果ては逆立ちまでやってのける、明らかに機材も競技も間違えている乗り方が悪魔染みて上手い
 鎮守府内ではバランス感覚最強で、後に野分・そして『とある初春型駆逐艦』と共に鎮守府内でライディングテクニックの講師を務める。
 スタンディングスティル(ストップ状態からペダルに両足を乗せたまま静止するスキル)を始めとした実戦的な教室で、非常に評価が高い。
 ここでは重巡も空母も戦艦も、彼女たちの生徒である。鼻高々。
 レースに参加することは稀であるが、記念参加勢の癖にまさかの『空渡り』という異名持ち
 教え方が上手く、特に信号待ちなどでは重宝されるスタンディングスティルのやり方は、舞風が教えて習得できなかった人は皆無だとか
 だけどロードバイクでダニエルジャンプとか段差越えは無理とは言わんが危険ですのでやめましょう。大和型とか長門型は特に。やめろフレームが逝く。
 それと野分、のわっち叫びながらのウルトラマン乗りはやめろ腹筋が壊れる。
 その後、野分の爆笑必至の持ちネタとして、のわっち乗りが野分の心のスロットに装備されることとなる。
 高い瞬発力と同時に持久力も持ち合わせているようで、BMXやシクロクロスなどでは相当活躍できると思われるが、
 ロードバイクでのレースにはさほど関心がないもよう。自転車に乗って色々とアクロバティックをカマすのは凄く好き。
 レース時はもっぱら観戦派であり、野分・萩風と共に嵐の応援に精を出すようだ
 なお谷風伝説の全ての元凶は、実は提督のみならず舞風にもある。
 その気になれば舞風にも同じことができるともっぱらの噂。下り坂に舞う悪魔と化す日が来るのか。


【使用バイク】:ORBEA ORCA AVANT OMP BA(Carbon Orange)
 舞風のバイクは、スペインのオルベア、オルカ・アヴァンOMPだよー! 素敵なオレンジ色のバイクでしょ!
 のわっちとは色違いの同じヤツなんだー、えっへっへぇ。コンポも同じカンパレコードに乗せ換えてるんだよ。
 うん、良い反応するバイクだね。提督、今度一緒に走ろうね! 踊ってもいいよ!
 ふぇ? あー、うん。踊りをしてるからかな。バランス感覚はちょーっと自信アリですよ。
 ほら、両手放しで静止ー! かーらーのー、ジャーンプ!! えっへへ、ちょっとしたもんでしょ?
 踊った後は、とってもお腹が空くけど、ロードバイクの後はもっとすくねー………お昼なにかなぁ。
 え、寄り道? ここ、天丼屋さん? わぁ、舞風、天丼大好きだよ! もちろん天丼で!
 えっ、近くに牧場もあるの? できたてのジェラート!? それも食べたい!! ありがと!!

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舞風「そーれ、わんつー!」ジャッ、クルンッ、クルクル

提督(スキッドから180度ターンして、そのままウィリーかよ……しかも膝で巧いこと衝撃を殺してる。バイクコントロールだけなら、鎮守府イチじゃないか、これ?)


 なお提督のこの認識は、後にやや修正されるもよう。具体的には『とある初春型駆逐艦』と『とある軽空母』によって。


舞風「こんな感じー? 自転車って楽しいねー!」ニコニコ

提督「そういう乗り方じゃ……ま、まぁいいか(今度トライアルバイクやMTBも買ってやろうかな。俺も久々に乗りたいし)」


 提督は元々そっちの競技からロードバイクに入ったため、バランス感覚が並ではない。並ではないが、相手が悪い。舞風や野分は異常の乗倍である。

 舞風は正しくバランス感覚最強の駆逐艦。強風が荒れ狂う中に張られた1センチ幅のロープ上を全力疾走できるレベル。

 レースに参加しない=出番少ないというわけではない。提督は面白くてノリのいい兄ちゃん的存在。たまにジョジョの5部よろしく、提督・野分と一緒に音楽に合わせてズッダンする。


舞風「あはは、てーとくってばリズム感良いねー! でも踊りはへたくそー! あははは!」

提督「ぐぬぬ」

野分「は、張り合わないでください、司令」


 提督のことが大好きな舞風。ずっとずっと、みんなで一緒にいれたらいいね、と思ってる。


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陽炎型駆逐艦:秋雲

 脚質:オールラウンダー

 ――――描きたいものは、今しか描けなかったんだよ。だから……。

 本当は木炭のように脆い心を、ダイヤよりも固く鋼よりも柔軟な鎧で覆う駆逐艦。
 ことエースのサポートにかけては駆逐艦内のデウス・エクス・マキナ的な存在。
 オールラウンダーの万能性を持ちながら、秋雲にとってはそれはあくまでも土台でしかない。
 本領も本分も本懐も軍艦であり、そして絵描きである。故にロードバイクでは己の勝利にこだわらないエンジョイ勢。
 だがその経験は正しくロードバイクに活かされている。

 見たいものだけを見てきたわけではない。描きたいものだけを描いてきたわけではない。好きなことだけをしてきたわけではない。

 チャラけているようで誰より真剣に日々を過ごしてきたことは、陽炎型では初風と雪風が、秋雲型では巻雲と風雲がよく知っている。
 ポスト提督と一部で言われるほどに多方面で才能を発揮するマルチプレイヤーが、この秋雲であった。
 しかし決して『天才ではない』。
 それ故に艦娘達は秋雲を高く評価している。
 観察力が高いのは雪風も同様だが、雪風の観察力はあくまでも己の内側で完結したもので、それを言語化する術を持たない。
 だが秋雲は違う。その『活かし方』においては秋雲の方が圧倒的に上であった。

【脚質および使用バイク】:???

 どんなバイクくれるのかなぁ。楽しみだね~♪

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※どすけべ。不健全? そういう年頃だから健全だ、いいね? むしろ一切興味がないのは不健全である。

 エロいことに興味津々勢で、まんざらでもない提督にそういうこと教えてもらえたらラッキーとか妄想すると頗る勢。

 結構意味深な事を言って提督をからかうように誘うが、顔に出ないだけで実は心臓バクバク。朝霜も似たような感じだが、朝霜はもう少しマイルドムッツリ。

 たまに巻雲や朝霜をからかって遊ぶ。同じムッツリ系の巻雲・朝霜・漣・秋津洲・大鯨(今は龍鳳)は同人仲間。

 大戦時にイタリア遠征へ同行し、イタリア提督にデッサンや絵画技法を学んだため、絵がメチャクチャうまい上に速い。

 ネームはアナログ。通れば速攻でデジタルで仕上げる。二年前に商業デビューを果たし、現在は月間連載一本を持つ。ペンネームは『雲井秋水』。性別不明。

 タイトルは『クソ提督の艦隊これくしょん』。主人公クソ提督。ヒロインは現在不明(やたら赤城・加賀・龍驤・雪風の出番多め)。

 クソ提督の着任からの鎮守府運営を描いた、日常系ギャグマンガである。

 無駄に画力の高い変顔をする下種い提督、純粋無垢で外道な提督をなぜか尊敬している雪風と、頻繁に提督を裏切って亡き者にしようとする赤城・加賀コンビの心理戦、常識人枠で弄られキャラの龍驤、センスの高いセリフ回しに定評がある。

 雪風以外の陽炎型の出番が少ないのは描いている人の事情から。仮に姉らを登場させてヨゴレ扱いした日には殺される。かといって出したら汚さずにはいられないという呆れたサガを持つ。

 巻頭カラー8ページ+原稿42ページを五日で上げる。原稿を落とすことは許されない。プロ意識高い。下書きしない。自分のために漫画を描いている。岸部露伴か貴様は。

 鎮守府の駆逐艦では何気に一番金持ちだったりする。

 提督のことは好きではあるが肉欲的な意味でもある。秋雲曰く「あの人のウエストライン超エロい」。腰フェチ。く、腐ってやがる。


 んあ? あ、ここが天丼屋さん? あんま天丼って気分じゃないんだけどなぁ。まあいっか。うどんとかあるでしょ。多分。

 おー、囲炉裏がある。趣深いところだね。あはは、谷風や萩風は好きねぇ、こういうの。せっかくだしスケッチ……分かりましたよ、注文してからね?

 どれどれ、メニューは………ん? 牛ステーキ丼? 海鮮丼? なにゆえに………え? どっちも凄く美味しいの? ラッキー!

 んじゃー秋雲は~……え? 特盛だけは頼んじゃだめ? いや、頼まないけど。駆逐艦よ、私たちゃ。並にしとくよ。何? 提督ってひょっとしてケチんぼ?

 ……んー、牛ステーキ丼か、海鮮丼か……悩むけど、秋雲は牛ステーキ丼で!! お、野分もステーキ丼? ははん、舞風と半分こだね?

 提督は海鮮丼か。いいね、提督は秋雲さんと半分こしな~い? いいの~? やったぁ、これで食べ比べできるね!

 ……え、なんで不知火姉ちゃんは秋雲を睨むのよ? 怖いよ? やめてくれる? マジで。

 島風ちんよぉー、おっそーい言い過ぎ。お店に失礼じゃ……お、来た……って、デカッ!? デカいねこの天丼!? これ、本当に普通サイズ?

 あ、大盛なんだそれ。誰がそれ――――あ、言わなくていいよ。もう分かったから。時津風が「うそ、んなバカな」って顔してるし。

 あー、そういう店かぁ……アレだよ、大盛を頼んだらいけない類の店。ん? いや、牛ステーキ丼は大盛がそもそもメニューにないし。お、来た。

 ま、とにかくいただきまーす。味は……うわ、牛肉柔らかジューシー。醤油ベースの甘い玉ねぎタレがまたいいね。んまい。んまいよこれ。

 タレの染みたふっくらご飯がまた……うん、こりゃ大盛入らないわ。並で十分な量だね。けど、こんだけうまいと案外食べきれそう。このお味でこのお値段はヘタなステーキ屋行くよりいいわぁ。

 提督が作ってくれるヤツもおいしーけど、提督って薄味好きだよねぇ。旨み重視っつーか、素材の味重視っていうか……いやいや、好きだよん? よく噛んで食べるよーになったし。


 流石は提督推しのお店だね……っと、提督。海鮮丼とそろそろ交換……ん? どしたの不知火姉ちゃん。顔色悪いよ?

 え? 不知火姉ちゃん特大頼んだの!? マジで? 提督やめろって言ってたじゃん!

 は? こっそり頼んだ? 落ち度しかねえ! キャンセル? もう遅いっしょ。だってほらぁ、来ちゃったみたいだよ?

 ――――うっわなにコレ、戦艦用? 時津風の大盛にしても、重巡が食べる量だってのに。

 いやいや、そんな目で秋雲さんを睨まれても。いやいや涙目で「落ち度でも?」って言われても。

 提督がやめろって言ったのに特盛頼んだ不知火姉ちゃんの落ち度っしょ?

 秋雲さんしーらぬい、じゃなくて、しーらない。


……
………


※萩風はその女子力の高さを発揮し、周囲のお客さんに運ばれる丼サイズからボリュームとカロリーを察し、急遽てんぷら定食をご飯少な目に注文変更。

 安定の雪風もまた危険を直感で察知したのか並から小に注文変更。海鮮丼(小)と時津風の天丼(大)と天津風のステーキ丼と島風のほっけ定食で四等分して食べきったもよう

 結果的に雪風・時津風・天津風・島風は三種の丼物+ほっけをおなかいっぱい食べ比べできて幸せであった。流石は雪風ねーちゃん歪みねえ、とは秋雲の言。

 なお浜風は(大)を頼んだが、普通に堪能したもよう。ダテにバルジはでかくねえってわけね、とは秋雲の言。ショックを受ける浜風。隣で聞いてた磯風に秋雲はチョップを喰らう。

 駆逐艦だと(小)でも十分すぎるほどお腹にたまるサイズ。

 (並)で駆逐艦だとちょっと食べ過ぎ、軽巡・重巡・軽空母満足サイズ。

 (大)から千代田・空母・大鳳・戦艦御用達サイズ。

 特大は赤城・加賀・長門型・大和型が二十杯ぐらい頼んで満足する。金のかかることです。

 上記メンバーおよび他の(並)注文組はご満悦。
 
 が、提督は展開を読んで海鮮丼(小)を注文。

 ラック値が高く、嫌な予感は九割当たる提督であったが、珍しく読み間違える。

 完全に読んでいたなら自分の分は何も注文すべきではなかったのだ。不知火と共に天丼(特盛)に挑む。

 なお不知火は内心で提督と分けっこ(明らかに提督担当分が多い)が出来て内心ガッツポーズ。落ち度などぬい。


提督「特盛には勝てなかったよ………油切れが良くてうまいけど、うまいけど、物量が多すぎる………」ウプ


不知火「し、司令官……!!」

黒潮「不知火はええからさっさと手伝ったりぃ。司令はんの担当分多すぎやろ……受け持ってあげなアカンで」

親潮「そ、そうですよ、不知火姉さん。厳しいことを言うようですが、元はと言えば不知火姉さんの……」

不知火「わ、分かってます。で、でも、こんな……司令官と、このままでは、か、か、か、かん、間接ちぅをして……」

黒潮「乙女プラグインか! そら結構やけど、ほとんど司令はんに食わせるんはどうかと思うで?」

提督「あの燐光めいた輝きは……ここはサーモン海域北方か……? はは、ははははは……よう、レ級……ブチ殺しに来たぜ……死に方選べや……」アバババ

不知火「ぬいッ!? し、司令、しっかり!!」

提督「駆逐艦六隻と侮るなよ……我が艦隊の駆逐艦は、他の鎮守府における標準的な戦艦と遜色なき強さを誇ルールル♪ ルルル♪ ルールル♪ ルルル♪ ルールールールールールルー♪」

秋雲「うおぉ、びくッた!? な、なに!? 唐突に歌いださないでよ!?」

雪風「おひるのテレビにでてくるすごい頭のおばちゃんのお部屋のテーマですか?」モグモグ

天津風「美味しいわね、この海鮮丼……あ、こっちのステーキ丼もいけるじゃない」モグモグ

時津風「いやー、雪風が小さいサイズ頼んでくれて助かったー。おいしいおいしい」モグモグ

島風「天丼も海鮮丼もステーキもほっけもおいひぃ」モグモグ

谷風「自由だねえ、あんたら」

陽炎「ちょ、ちょっと、司令、大丈夫!?」


萩風「お、お気を確かに!」

提督「殺す……殺してやるぞ”レ級”ぅ……おまえはここで”沈む”んだよぅ……この”ソロモン海”でよぅ……」


 !?


親潮(怖い!! 顔が! 怖い!!)

嵐「こ、これヤバいヤツじゃねえか? なんだ、フラッシュバックってやつか?」アワアワ

陽炎「懐かしー、二年前ね。ソロモン海北方に出撃した時よ」

雪風「あー……あの時のしれぇはこわかったです」

天津風「ああ、あの時期ね。取り巻きを昼の内に全部沈められた時のレ級の顔ったらなかったわね」

時津風「セルの完全体に笑えと言われたベジータとか、フリーザ第四形態の圧倒的な力に絶望したベジータとか、とにかくベジータみたいだったよね」

萩風(なにそれ情けない)

嵐(いや、どっちかっつーと……姉貴らがオカシイんじゃねえの?)


提督「おどれとはもう二度と海上で出会うことはないやろ……せやから今言うとく……陽炎型駆逐艦ってのは、こんなもんや」アウアウ


陽炎「あら、この台詞は……いやー、油断だったなぁ、黒潮カッコ良かったねぇ」


黒潮「……ウチと不知火と雪風がブチ切れたときの、ウチの台詞やね。や、恥ずかしいなぁ」

不知火「恥じることなどないものと。あの時の黒潮はとても頼もしかったわ」

雪風「思い出すだけでげきおこちゃんです!」プンプン

初風「あの時の三人は怖かったなあ………陽炎が被弾したのを嗤ったレ級が、二度と笑えなくなったもんね」

秋雲「ありゃしばらく夢に見る恐さだったよマジで」

嵐「そ、そうなのか」

萩風「」


 萩風は違和感に気づいて、顔面蒼白となった――――艦隊は基本、六人がセットである。

 ソロモン海北方へ出撃するにあたり、初風の発言を鑑みれば、少なくとも六人中六人が陽炎型駆逐艦だったということになるが、それの意味するところはつまり、


萩風(駆逐艦六人でソロモン海北方を攻略したってこと、よね?)


 今更ながらに萩風は気づいた。


 ――――この鎮守府は、そういう鎮守府なのだと。


天津風「私と時津風、夕立・文月・綾波・敷波の六人で行ったときにも似たようなことあったっけ」

時津風「あー、あったあったー。敷波が中破してからもー物凄いったらなかったよー。もうレ級ってば轟沈してんのに綾波が魚雷や砲撃全弾バラ撒きまくってさー。オーバーキルってレベルじゃないね、うん、ないない」

天津風「手が付けられないぐらいキレちゃってたもんね。もうあの子一人でいいんじゃないかなって感じだったわ」

萩風「」

親潮「」

嵐「あー……のわっち? オレたち、話に着いていけないんだけど……マジ?」

野分「えらくマジよ。新参の嵐や萩風は知らないのも無理はないけれど……ウチの鎮守府の古参の駆逐艦は、私を含めて誰も彼も似たようなことできるわよ?」

舞風「あたしも戦艦ぐらいならワンパンできるよ」

嵐「戦艦ぐらいっつったかぐらいって!?」

舞風「あ、誤解しないでよね! 戦艦って言っても深海棲艦の戦艦の事だから! うちの戦艦の人たちは絶対無理!!」

嵐「違いが判らねえ」

舞風「いやいや、綾波ちゃんや夕立ちゃんや暁ちゃんは飛行場棲姫とかワンパンするし」

萩風・嵐(ひょっとしてそれはギャグで言っているの(です)か!?)

黒潮「大丈夫、大丈夫やて。そのうち萩風も嵐も同じことできるようになるわぁ。雪風や島風クラスは難しいかもしれんけど、せやな……うちぐらいならなれるで、きっと」

萩風「………色々突っ込みたいんだけどよ、その、なんだ、まず……雪風ってそんなにヤバいの?」


陽炎「っていうか雪風・島風クラスは無理よ。海軍最強になるってことと同義だから」

萩風「えっ」

嵐「えっ」

初風「うん……全く理解できないと思うんだけど……うちの雪風、海軍の中で最強の駆逐艦だからね? 次点が島風」

嵐「!?」ギョッ

萩風「!?」チラッ


天津風「美味しかったわね。ちょっと食べすぎちゃったかも……時津風、もう大盛なんて駄目よ?」メッ

時津風「うー、わかったよ。反省してまーす。反省反省。ありがとね、三人とも」

雪風「ううん、いろいろ食べれて幸せです………はぁ、おなかいっぱいです」ケプ

島風「はー、おいしかった。ごちそーさまー。お食事はゆっくりでもいいねー。はやさはいらないねー」ケプ

天津風「アンタ美味しい料理が出てくるときは大人しく待つわよね」

島風「速くても美味しくなきゃヤだもん」


嵐(アレが海軍の一位と二位の駆逐艦……?)

萩風(た、確かに伝説的な逸話はありますけど……それは史実ですよね? 史実だけの話ですよね?)


初風「なにせ着任から二年目以降は一度も被弾したことないのよ、雪風。実戦でも演習でも。常に最前線にいたのに。一度もね」

谷風「谷風さんも二年目からは実戦だけなら被弾ゼロなんだけどなぁ……雪風は避けるだけじゃなくて、敵の旗艦とかバカスカ沈めるもんなー」

時津風「島風もそうだよ? 一度も被弾したことないよねえ――――雪風との演習以外じゃ、いひひ」

島風「おうっ!? だ、だって、雪風ちゃん速くないのにすっごく射撃うまいんだよー。あんなの避けるの無理ー」

野分「そうだ、今後、雪風と一緒に護衛任務にでも着けてもらったらどうかしら? 稀にはぐれ艦隊と遭遇したらいいもの見れるわよ?」

嵐「い、いいもの?」

野分「敵の砲撃や雷撃はもちろん、敵艦載機もぜーんぶ撃ち落として護衛するから。参考になるわよ」


嵐(見たことはないけどこれだけは間違いなく言える……)

萩風(きっと、次元が違いすぎて参考にならない)


 この一週間後、未だ戦火に激動するヨーロッパ方面へのタンカー護衛の任に雪風・島風と共についた嵐と萩風は、奇跡を見ることになる。

 神通をして「技の百貨店」とすら言わしめた雪風の超絶的な戦闘の引き出しと、砲撃や雷撃の方が避けているのではと錯覚するほどの回避テクニック。

 魚雷の扱いにかけてはその雪風をも上回り、北上すら参考にするという島風の雷撃術と敵艦隊の誘導術。

 曰く「島風ぇ? ああ、あの駆逐………うざい。ちょこまかマジうざい。演習とはいえ当てるの超しんどい。気を抜くとこっちが当てられるし? ほんっと屈辱。あいつと闘るときってすっごく神経使うんだよねー」とのこと。

 これが北上の最大の賛辞であると島風以外の誰もが知っている。


秋雲「秋月型が防空駆逐艦の名が泣くって嘆いてたけど? あの子ら、防空に関しては雪風ねーちゃん以上だから気にしなくてもいいのにねー」

雪風「雪風がいる以上、ぜったいに誰も沈みません!!」キリッ

天津風「頼もしいわね雪風。だけど……ほっぺにご飯粒ついてるわよ?」

雪風「ほあっ」

谷風「あはは、雪風はおちゃめさんだね」

時津風「あたしがとったげるー」ヒョイパク

雪風「えっへへぇ」テレテレ


 なお、雪風。更に強くなる出来事が未来で待ち受けているのだが、この時点では誰一人知る由もなかった。

 さておき、食の暴力にさらされる提督と、追い詰められる不知火の決着であったが、


不知火「クッ………し、死なばもろとも……あなたも一緒よ………黒潮!!」

黒潮「はァ!? ウチ関係あらへんやん!? あんま脂っこいもの、ウチはよう食わ……ちょ、そんなおっきいの(丼の半ばほどに隠れている拳大の掻き揚げ。最後のトラップ)口にはいら―――アッーーーーー!?」

雪風「あーーーっ! 直撃弾です!!」

親潮「く、黒潮さーーーーーん!?」

舞風「南無、黒潮ねーちゃん」ナムナム


野分「これもコラテラルダメージというやつですね。黒潮姉さん、どうか安らかに」ナムナム

初風「鬼かあんたたちは」

浜風「んむ……いいぞいいぞ……あむ……もぐ……こういうのでいいんですよ、こういうので………メロ………」

浦風「ええ味やねぇ、うん……もむ……んぐ……はぐ……ナポ……モニュ……」

磯風「うむ、これはなかなか……はふ……ぱく……もにゅ……ズズ……ガプ……」

浜風・浦風・磯風「「「ごちそうさまでした」」」

初風「あんたら三人は空気読みなさい。というか余裕たっぷりなところ、司令の手助けしてきなさい」

浜風「初風姉さん、この浜風……人の食べ物を欲しがるような浅ましさは持ち合わせてはいません」キリッ

浦風「そうじゃそうじゃ。人を食いしん坊さんみたいに」キリッ

磯風「全く心外なことだな。誇り高き陽炎型の一員として断固抗議するぞ」キリッ

初風「ほっぺにご飯粒付けて何言ってんのかしらこの馬鹿妹どもは。いいから行け空気読め」ゲシッ

浜風「あう」イタイ

浦風「きゃんっ」イタイ

磯風「くっ」イタイ


 陽炎型のおっぱいの大きい子は花より団子な風潮。


嵐(この食い意地の張った三人も、戦艦ワンパンするのかよ……)ゴクリ


 ※磯風に至ってはワンパンどころか塵一つ残しません。

 敵の深海棲艦からは「なんかこの駆逐艦の砲撃、黄金に輝いて見えるんだけどいや錯覚じゃなくてマジで」ともっぱらの噂。


萩風(わ、私、大丈夫かな……同じぐらい強くなれるかな……)ドキドキ


 なれます。正しくは軽巡らが強くします。修羅道・軽巡界はまさに魔人の巣窟である。軽巡最弱の天龍・龍田ですらノーマルのレ級なら昼戦で真っ二つにする。

 なお特盛天丼は、この後仲良く手分けして食べきりました。

 元々小食な黒潮は完全に胸焼けとなった。

 そして天丼屋で戦術的勝利Bを引っ提げて、彼女たちは牧場へと向かった。


陽炎「あー、チョコジェラートおいしー。間宮さんとはまた違った味わいね」ペロペロ

不知火「いいところですね、ここは。次からはツーリングの時にここへ寄りましょう」ペロペロ

黒潮「し、不知火……おんどれ、何をしれっとジェラート食ってんのや………く、食べられん。今食ったら、戻す……覚えときぃ………」ウプ


不知火「ご、ごめんなさい……」


 陽炎と不知火はデザートは別腹と称して、牧場でジェラート食べたもよう


雪風「あっ!? 見て、島風ちゃん! 時津風、天津風! 牛さん! 牛さんです! 牛さんがいっぱい! わーい!!」

島風「ほんとだー! わー、おっきいね! 私初めて見た! あはは、やっぱりおっそーい! でもかわいいー!!」

時津風「おー、うしーうしだー! あっ、こうしがいる! おーい、もぅー、もぅーもぅー」

天津風「あら、か、可愛いじゃない……」キラキラ

野分「これは和むわね」

秋雲(牛食った後に牛を見て和むと申すか)

舞風「そうだねー。ジェラートはおいしーし、風景はのどかだし、なんだか笑顔になってきちゃう」

浜風「これはっ………まろやかで、口どけが良くて、はむ………なんて自然な甘さが……もむ……実に……イタリアに遠征に行った時を、あむ、思い出しますね……おいしい」

谷風「落ち着いて食べなよ浜風ぇ。しかし、こうやってのんびり過ごせる日が来るなんてねぇ……いいもんだねぇ、平和」


 平和を噛みしめる駆逐艦達。その一方で提督は、


提督「も、もう……いっぱいでち。天丼はもういやでち!! うごご……」


萩風「し、司令、お気を確かに……!」

嵐「あの量は、流石になぁ……伊勢さんや日向さんが食ってるクラスだぜ」

黒潮「あかん。こりゃあかんで」ウプ

初風「明らかに食べ過ぎよ。まあ、同情するけど……」

黒潮「わ、わかっとるなら、なんで手助けしてくれなかったんや初風ェ……」

初風「だ、だって……提督と、間接キスなんて……は、恥ずかしいじゃない」プイ

黒潮「は、初風、あんたもか……乙女プラグイン導入しとるんか……流行っとるんかそれ……う、うぷ」


 提督は犠牲になったのだ……。


提督「次は戦艦か空母組を必ず一人は連れてこよう………保険だ保険」

 
 なお、この予感がほどなくして的中する。

 ここ最近での改二実装祝い、またその前祝いとして、提督は鎮守府でのおめでとうパーティとは別に、個人的なお祝いとして件の店に向かう。

 彼女たちたっての願いで連れてきた、皐月、大潮、霞、江風がやらかした。


皐月「美味しいけど……可愛くない……この海鮮丼、可愛くないよ!!」ゲキオコ

大潮「くちくかん、おおしおです。ちいさないぶくろに、おおきなおさかな……おまかせくださ……すいません! こんなどどどどどーんとした量は無理です!!」アワアワアワ

霞「はァッ!? なによこの量! 食べきれないったら!!」フンガー

江風「まろーん……調子に乗りすぎたかなぁ……なンだよこの量はよぉ……」マローン

提督「君たちってばまー揃いも揃って俺の話を聞かないね」


 うずたかく積み上がる刺身の山と、拾っても拾ってもなくならないてんぷらの沼。

 彼女たちの瞳から光が失われそうになる、その時だった。


長門「心配いらんぞ皐月よ! この長門がいる! 何、案ずるな! ビッグセブンは胃袋もビッグなのだからな!」


 あらかじめ提督に示唆されてなおステーキ丼と天丼(特盛)を一杯ずつ注文済みの長門。

 そして、


武蔵「フッ………霞。ガッつくようで少々気恥ずかしいのだが、これだけではいささか物足りなくてな―――私に分けて貰えないだろうか?」


 武蔵に至ってはもはや何を言っているのか理解できないレベルであった。各三種の丼を一杯ずつ注文しておいてこれである。


赤城「あら、この天丼……それに海鮮丼も……おいひぃ……うん、うん……イケまふねぇ……上々れふ……あ、残すなら下さいね、大潮ひゃん、江風ひゃん」ハムハムモムモムモグモグ


 各種二杯を注文しておきながら、なおも大潮と江風の天丼と海鮮丼に手を伸ばす一航戦・赤城。

 艦種を越えた過剰なまでの摂取量。しかし提督はそれを咎めたことがない。

 スペックの上では加賀や瑞鶴は赤城を凌いでいる。にも拘らず、この鎮守府において最多MVP獲得数を誇る正規空母は赤城であった。


提督(絶句だよ)


 提督は焼き魚定食を注文した。脂がのって実にウマい。そもこの定食屋にはハズレがない。あえてハズレがあるとすれば初見殺し的な量だけである。

 長門・武蔵・赤城も難なくクリア。この戦艦・正規空母は本当によく食べる。燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトだけでなく、メシを良く食う。


長門「うん、美味しかったぞ。提督の作るさっぱり目でカラッと上がった天ぷらもいいが、こういうガッツリも悪くない……ありがとう、提督」

武蔵「馳走になった。また来ような、提督よ」

赤城「御馳走様でした。堪能致しました」

提督「まぁ、いいか……」


 その後、仲良くジェラート食べて帰ってこれたのであった。


 なお提督は艦娘たちにお土産として、各種ジェラートをキロ単位で大量購入した。自腹で。

 一方赤城は数十キロ単位で購入し、鎮守府当てに冷凍便で配送手続きを行った。


長門「恥を知れ恥を」

武蔵「どういう胃袋してるんだ貴様。全部自分で食う気だろうそれ」

赤城「…………」ニ、ニコー

長門「効くと思うか?」

武蔵「他の空母や戦艦ならいざ知らず、この武蔵と長門に?」

赤城「くっ……じ、自分だけで食べるつもりなどありませんよ? か、加賀さんと食べますし、はい」

提督「いや、いいんだけどさ……少し自重しろよ。また太るぞ」

赤城「!」

長門「提督、貴方は赤城に甘いな……着任当初からそうだった」

武蔵「赤城が好みか? そうなのか?」

提督「邪推すんな……赤城のみならずお前らは魅力的な女性だと思ってはいるが、それはそれだ」

長門「そうか…………(なんだ? 胸の奥が……? 痛み……? いや、しかし不快ではないが、苦しい……なんなのだ? ん? んん?)」


武蔵「それにしたところで赤城には随分と格別の待遇と感じているんだがな。いや、責めているわけではない。赤城も誤解してくれるな」

提督「いや、大戦時に激務というのも生ぬるい任務に当たってもらっていた空母の中で、赤城にはまとめ役として特に頑張ってもらっただろう? このぐらいはしてやらなきゃって思うし……」

赤城「て、提督……!」ジーン

武蔵「むむ……私と大和は比較的中堅よりの古参だからな……この鎮守府の黎明期から尽くした赤城に対する労わりか……納得した。すまなかった、赤城。気を悪くしただろう。この通りだ」

赤城「いいえ、私としましても働きに対していささか過分なご配慮を頂いてはいないかと不安に思っていた次第で……汗顔の至りです」

提督「長門も武蔵も遠慮せず選べよ。陸奥も大和も喜ぶぜ」

武蔵「それはありがたいが……なあ、提督よ。私の記憶では、その加賀・瑞鶴よりも数倍頑張ってた輩がいた筈なんだが……?」

赤城「え………あっ(察し)」

提督「嘘だろ誰だよ? 死ぬぞ?」

赤城(貴方ですよ。七日七晩不眠不休で指令書を作成したり資源確保のための交渉で各地を飛び回ったりと、色々やってたじゃないですか……)

長門(貴方だよ。高速艇を用いて敵の攪乱なんて超ド危険任務を率先してやる司令官なんか貴方しかいないだろうが)

武蔵(おまえだよ。レ級を蹴っ飛ばす阿呆な人類がいるとは思わなかった。成功するとも思わなかったが)

提督「??? 誰だ……? イムヤか? いや、潜水艦はガッツリ働いたらドーンと長期休暇取らせてたし……航空支援で出ずっぱりだった龍驤・隼鷹? 随伴での実戦教導に当たっていた鳳翔? あれ? 俺ちゃんと休暇取らせたぞ?」

赤城(そのくせ艦娘には全員休暇取らせるんですもの……)


提督「! わかった! 明石だな! アイツには艤装の修理やら改修やらで全然休暇取らせてやれなかった時期があったもんな!!」

武蔵(その明石には一月出ずっぱりだった報酬としてのボーナスと二週間の長期休暇をプレゼントしただろーがッ……!!)

提督「あれ? 違う? じゃあ――――大淀だ! 今度は当たりだろ! あいつには俺の執務をずーっと手伝ってもらってたしな!」

長門(ああ。確かに三ヶ月出ずっぱりだったが、ちゃんと定時に上がらせてただろう……? 貴方はその間ほぼ丸一日働き通しで)



 艦娘らが修羅となる下地は、提督の働きっぷりを見ていたが故である。

 ――――強くなって、提督に楽させてやりたい。

 弾薬一つまみ、ボーキサイトの一欠けらすら無駄にはできない。

 彼女らは強さを求め、求めた分だけ提督が強くなれる環境を整えた。

 そんな信頼関係によって成り立つロードバイク鎮守府は、今日もいつも通り修羅道を突っ走っていた。




【夢の後日談(表):艦】

※書き終えてるんだけど今日はもう投下無理だなこれは

 時間かかり過ぎちまった。

 2スレ目突入しました。レース編にも突入できたらいいなあ。

 明日あたり余裕があれば阿賀野のその後を投下していきたいですね

 ところで陽炎型で出てきた牧場は実在する牧場をモデルにしています

 埼玉の上尾にあるよ。牧場はろんぐらいだぁすでも出てきてるね。その近くにある天丼屋さんも実在の店

>>42
読者「だま、した……」
>>1「はい?」
読者「よく……も……よくも俺たちを」
 寝ころんだままに、>>1を射抜かんとするほどに鋭い瞳には、怒りが燃えていた。読者にとっては正当なる怒りであった。
読者「よくも俺たちをッ、だましたなァアアアアア!!」

明日あたりとはなんだったのか


【夢の後日談(裏)】


 時間は少し前後する。雪風とのヒルクライムバトルを終えて二週間後のことであった。

 阿賀野の朝は早い。

 朝四時に起床、というか提督に布団を引っぺがされて起こされる。


提督「おら、朝だぞ」

阿賀野「おふぁようごじゃいまふぅ」フラフラ

提督「顔洗って」

阿賀野「んぅ」

提督「歯ァ磨いて」

阿賀野「しゃこしゃこ」

提督「髪を梳いて」

阿賀野「しゅっしゅー、しゅっしゅーっ、しむしゅっしゅー」

提督「(占守?)……目ェ覚めたか?」

阿賀野「あい……」


提督「よし、飲め。いつものだ」

阿賀野「くぴくぴ……」


 提督の差し出したクエン酸入りのドリンクを摂取する。阿賀野にとって、朝の水分補給の定番となっていた。


提督「じゃあサクッと着替えて寮の前に。5分で支度しろ」

阿賀野「うふふ、着替えさせてくれてもいいのよ?」

提督「その無様な腹を布越しではなく直に俺にさらけ出すとか、蛮勇以前に不敬だと思わんか」

阿賀野「」


 提督の朝の有難くも痛烈な一言はいつも阿賀野の意識を完全覚醒させると共に、ダイエットへの意欲を高めてくれたという。

 指示通りに5分で身支度を整え、未だに涙がにじむ瞳をアイウェアで隠した阿賀野は軽巡寮を出る。

 提督と速吸に合流した後、軽く運動前の準備運動とストレッチを行う。

 そのまま一時間から一時間半ほどロードバイクで一定の心拍数――――有酸素運動のレベルを保って走り込む。


提督「心拍に注意」

阿賀野「はぁい! ふっ、ふぅっ、はぁっ、ふっ……」


速吸「朝のひんやりした空気はやっぱり気持ちいいですね」


 運動が終わった後は、乳酸抜きのために軽くストレッチを行う。


阿賀野「よいしょ、よいしょ……ふー、はー、ふー……」

提督「よし、軽めの朝飯としよう」


 提督お手製のたっぷり野菜スープがコップ一杯分と、一欠けらのチーズとゆで卵が出される。

 食堂で仕込みをしている間宮や伊良湖も、相伴に預かることもあった。

 運動後に食べるというのがミソだ。空腹時の運動は度を過ぎなければ、体脂肪を燃焼させるのにこの上ないベストタイミングである。

 また阿賀野は、これまで任務内における訓練を必要最低限しか行わず、非常に間食の多い生活を送っていた。

 朝にも昼にも夜にもガッツリ食べ過ぎてしまう。消費カロリーと摂取カロリーのつり合いが取れていなかったため、駄肉が付いた。

 軽めの食事を採って朝食までの空腹をしのぐと同時に、程よい満腹感をもたらすことで、一日のカロリーの過剰摂取を防ぐ算段である。

 提督と速吸指導の元に行われるダイエットは、いわゆる食べて動く健康的ダイエットであった。


提督「フーッ、フーッ……ゴク、ハグ……はふ、はふ」

阿賀野「んぐ、あぐ……ごく、ごきゅ……がじがじ……」


速吸「おいひ……フゥフゥ、ごく……わちちっ、はむ、もぐ……」

間宮「あむ、あむ……ごくごく……ふー、ふーっ」

伊良湖「はふ、はふ……はちちっ、はふ、もっもっ……」


 チーズを齧り、良質の鶏ササミとトマトベースのダシで煮込んだジャガイモやキャベツの入ったスープを、はふはふと啜る。

 食感の残った野菜が磨り潰されるまで、よく咀嚼する。ひと噛みひと噛みを大事にして食べ、啜る。

 簡素であるが味わい深い食事である、と阿賀野は感じた。とても美味しいと。

 固めのチーズがスープの温度で口の中に溶け込んでいき、カロリー不足を訴える肉体に染みわたっていくようだった。ほっくりしたゆで卵も胃袋に充足感をもたらす。

 デザートにリンゴをシャクシャクと齧る。旬を外れていたリンゴはどこか味気なく酷い食感だったが、甘味が運動後の頭をリフレッシュさせていくのを感じた。

 腹2~3分目ぐらいまでの食事を摂取した後、次いで熱いシャワーを浴びて、運動の汗を流す。


阿賀野(………ん? ちょっと、お腹のお肉、減ってきた?)


 当初はこの段階で、阿賀野の全身は悲鳴を上げた。更なるカロリー摂取への欲望が阿賀野の五体を駆け巡る。

 食欲との戦いだったが、一週間たった今ではそれもさほどではない。

 ちょっとした己の身体の変化に気づき、阿賀野のモチベーションが僅かに上がる。


 一連の運動と後処理を終え、これで大体朝七時になるのだ。

 この時間帯になると総員起こしのかかった艦娘達も身支度を整えて、各々が食堂へやってくる。阿賀野もまた身支度を整えて食堂へと向かう。

 ここから本格的に朝食を取る。

 提督特製の野菜炒めに、速吸特製のたっぷりのご飯と納豆にお味噌汁。メインはもちろん間宮特製のオリーブオイルで炒めたさくさくのサケである。

 オリーブオイルの使用も最低限。上質なエキストラバージンオリーブオイルを用いたサケのソテーは旨味がぎっしりとつまった塩味で、高タンパクでかつ栄養満点の献立だ。

 自然と箸が進む。この時も、よく噛んで食べる。


阿賀野「はふ、もぐ、さく……もぐ、もぐ、もぐもぐ……ごくん」

提督「納豆はいいよねぇ、納豆はさぁ(裏声)」


 川内ボイスで言うとなんでもかんでも野戦に聞こえてくる不思議であった。

 幸せな食事を終えた後は、休日なら再びロードバイクに乗る準備を始める。間宮・伊良湖と速吸に頼んでいた補給食とドリンクを受け取った後、ジャージを纏う。

 ロードバイクを押しながら向かう先は外――――ではなく、まずは駆逐艦寮である。

 駆逐艦寮の鎮守府道路沿いのD5出口横には、通称『魔法使いの喫茶店』があった。

 オーダー後、程なくして差し出された蜂蜜と一匙のココナッツオイルの入った特製のエスプレッソ・ソロを、三口で飲み干す。


阿賀野「ごきゅん。ふぅーーーーー…………――――よし」


 気合の入った瞳をアイウェアで覆い隠し、ロードバイクに跨る。

 鎮守府外へと遠乗りに出かける。提督の監視は絶対に外れることがない。

 提督自身もオフならば同行し、提督自身に仕事があれば能代ら妹たちが同行。それも無理ならば、島風の連装砲ちゃんが走行中の阿賀野を追跡する。

 そう――――遂に完成したホバーボードのテスト走行も兼ねた、阿賀野の監視である。その頭には小型カメラが取り付けられていた。

 小型カメラの映像は提督の執務室内のモニターにリアルタイムで配信されている。

 執務の傍ら、サボったりヘタレた走りをしようものなら即座に罵詈雑言を浴びせかけるという本気っぷりである。

 プライバシーの侵害などというものはない。これも一つの任務であるゆえだ。軍人たるもの基礎訓練は必須。まして堕落した者を教導するものが目を光らせるのは当然であった。

 むしろこれは有情である。提督が無情ならば神通や鳳翔を同行させているからだ。


提督『20m先を左折』

阿賀野「えっ!? そ、そっちって確か……」

提督『――――山だ。といっても丘みたいなモンだ。平均斜度は5%、距離8km程度のとっても優しいコースだよ? 平らげて帰って来い』

阿賀野「っ、う、うん! あ、阿賀野、がんばる!!」


提督(――――おや。当初は悲鳴を上げていたのに、随分といい顔するようになった)

連装砲ちゃん【>ω<】キュイ

提督『心拍維持を忘れるな。旨いもん作って待ってるからさ』

阿賀野「ほ、ほんと!? 提督さんのお料理、阿賀野大好きだから! 期待しちゃうからね!!」


 一見すると可愛らしい連装砲ちゃんから、男である提督の声が響くのは実にシュールであった。裏声使えば別であるがそれはそれで恐ろしいものがある。

 すれ違う一般のサイクリストたちが奇異の目で阿賀野と連装砲ちゃんを見ていたが、地元のローディはすぐに気づいた――――ああ、あの鎮守府の艦娘だ、と。

 それで納得するあたり地域に密着した鎮守府運営が出来ていると取るべきか、それだけ奇行っぷりが広まっていると取るべきか、判断に悩むところである。


阿賀野「はっ、はっ、はぁっ……」

提督『頃合いだな。そろそろ補給しろ』

阿賀野「は、はぁい、あむ、あむ……」

提督(ふむ…………当初は食欲も失せるぐらいバテてたのが嘘のようだな)


 阿賀野は気づくことはなかったが、提督のコース選択が良かったこともある。違う景色が見え、かつペース維持しやすい平坦を選定していた。

 毎度、走りに飽きが出てこないようにという提督の配慮であったが、これが提督の想定を上回る効果を発揮した。


提督(ッ―――――80km/h、だと? 向かい風の中の、平地で?)


 阿賀野は、たぐいまれなスプリント能力を備えていた。元々太る前は、運動神経は長良に迫るほどであった。

 未だ調整中でベストから遠い体型に在ってなお、この走りだ。これが完成したならば、それは一体どれほどのものか――――提督は考えるだけで口元の笑みを隠せないほどに滾った。

 任務のある日は、早くロードに乗るためにてきぱきと働き、昼食以降の食事は軽めだがきっちりと取り、仕事が終わり次第、夕食までくたくたになるまで走る。

 夜は夜で入浴後に入念にストレッチを行い、歴代三大ツールのDVDを姉妹で鑑賞したり読書をしたり、日課の提督日誌を付けた後は、夜九時にはぐっすりだ。

 およそ七時間ほどの睡眠で次の日には軽い疲労こそあれど、朝の有酸素運動ですっかり調子が良くなるという永久機関めいたダイエット生活である。

 それまでは不規則かつ自堕落な生活を送っていた阿賀野の睡眠の質はとても良いとはいえなかった。

 しかし運動を日課とすることでくたくたになった体は、自然と睡眠を欲するようになり、朝まで熟睡である。


提督(ま……いっぱい食べていっぱい運動していっぱい休む。健康的なダイエットはこうでないとなァ)

提督「こんなものが阿賀野であるものか!!!」

能代「提督! 本音と建前が逆になってます!!」

矢矧「気持ちはわかるけれど、落ち着いて頂戴」

阿賀野「お願い、少しは頑張った私に優しくしてくれない!?」

※里帰りしてー、帰ってきてー、投下してたらー、先日の落雷でー、停電でー、漏電してー、お察しだよー
 ピンポイントで阿賀野編データ破損
 メッチャ今日書き直したらより面白いので来たから良しとする
 肉付けして来週ぐらいに投下予定でつ


 涙目の阿賀野は腹の底から叫んだ。その腹は見事に引っこんで、駄肉は消え去っていた。

 僅か三週間で元の体重に戻ったのだ。しかも胸部装甲に着いた肉をそのままに、そっくり腹の肉だけ落とすという芸当である。

 それで元の体重になったということはつまり、


提督(選んだ色で塗った世界に囲まれていたのに、選べない筈の減量箇所まで選びやがった……)


 扶桑型や千歳、潮や浜風の如く一部分だけがそのままという有様である。那珂といい阿武隈といいチート体質の軽巡は多いものの、これには提督も苦笑いである。

 肥満で僅かに太った胸はその大きさ・ハリ・美しさを保ったままに、余分な肉だけが引っこみ筋肉の質が上がるという奇跡的な結果である。その後のリバウンドも一切ない。むしろ更にプロポーションが良くなった。

 というのも――――。


阿賀野(――――楽しいかも、これ)


 阿賀野自体がロードバイクの速度に魅了された。より速く走るためにどうすれば良いのかを考えた末、行きついた答えはやはりダイエットである。

 毎日規則正しい生活を心がけるようになったのだ。

 苦痛を伴うダイエットは地獄だ。しかし楽しいダイエットならば、それは一日ごとにモチベーションを高めていくだけの好循環である。

 天国というほどの法悦は、この世界にはない。だが阿賀野にとってこのダイエット生活は、そこまで地獄ではなかったのは確かだった。


酒匂「うんうん、阿賀野お姉ちゃん、すごいよ! お腹周り、すっきりしてきてるよー! もうちょっとだよ!」

阿賀野「!! う、うん! お姉ちゃん、もっと頑張るわ!」


 痛烈な言葉ばかりを浴びせる提督と妹×2と違い、酒匂は阿賀野を大いに励ました。

 ――――提督と能代・矢矧の仕込みである。


提督(これも飴と鞭だ)

能代(うん……私たちの仕込みとはいえ、妹に与えられる飴でモチベーション上げる姉ってどうなのよ阿賀野姉……)

矢矧(とても複雑だけれど、いい傾向ね)


 阿賀野は鈴谷ら一部の艦娘らと同じで褒められて伸びるタイプであった。

 大戦時、阿賀野は軽巡の戦果ランキングにおいて首位争いを繰り広げていた長良・球磨の間に割り込める程に、高い実力のある軽巡だったのだ。

 当時は戦果を競える相手が上にも下にも沢山いた。それ故に阿賀野という子の本質を提督も妹たちも少し見誤っていた。自己を高めるストイックな面も持ち合わせているのだと、誤解していた。

 そう、阿賀野は――――典型的な「他人と競う」タイプであった。鞭を入れてくれる誰かが、競う誰かがいないと堕落していく。

 平和になった途端に堕落したのは当たり前であった。


提督(何にせよ、頃合いか)


 提督が何かを企み始めた頃、阿賀野のダイエット生活がついに四週目に入った。

 7月某日――――それは夏の日差しが大気を焦がすような、とても暑い日であった。

 阿賀野の朝は早い。

 朝四時に起床、というか提督に布団を引っぺがされて起こされていた。

 過去形である。


阿賀野「………んゅ」ムクリ


 今や「目覚ましの音に一秒で反応し、即座にタイマーを切る。しっかりとした足取りで洗面台に移動し、


阿賀野「んー…………しゃこしゃこ……しゅっしゅー、しゅっしゅー、りーしゅりゅーりゅー」


 顔を洗い、歯を磨き、髪を梳く。

 その時、小さなノックの音が響いた。「はーい」と声を出してドアを開くと、


提督「ん………よし、起きてるな」


 ドリンクを手に持った提督が、ジャージ姿で立っている。もう日課となった光景であった。


提督「飲め。いつものだ」

阿賀野「くぴくぴ……」


 提督の差し出したドリンクを摂取する。


提督「じゃあいつも通りだ。サクッと着替えて寮の前に。5分で支度しろ」

阿賀野「うふふ、着替えさせてくれてもいいのよ?」

提督「お前のような可愛い子が、迂闊にそんなことを言うもんじゃないよ」


 そう言って提督が扉を閉める。ぽつんと自室の玄関に残された阿賀野は、 


阿賀野「…………ふえ?」


 少しだけ、その日の提督の反応が違ったことに――――その意味を考えて、頬を染めた。


阿賀野「……こ、好感度が上がってる!? い、いつ!? いつフラグたったの!?

    お腹引っこんだから!? 龍驤さんたちが歯ぎしりするような洗練バディに戻ったから!?

    まさか―――――提督さんはツンデレ属性だったのかな!?」


 阿賀野はどこまで行っても阿賀野であった――――飴と鞭作戦の成功である。

 その日、少しだけ指示時間をオーバーした阿賀野は、いつものように提督と鎮守府内道路を周回する有酸素サイクリングを行った。

 その日は阿賀野が秘書艦を務める日だった。

 代謝量が増えたことで食事量が増え始めたことを大喜びする阿賀野だったが、油断せずに毎日運動に励んでいた。

 提督と共に朝の有酸素サイクリングを終えた後、シャワーを浴びて朝食の時間が訪れた時、阿賀野は違和感を覚え始めた。


提督「ほい、朝飯」

阿賀野「えっ? 量……多くないかな? 脂質は少な目だけど……」

提督「いつも通りの食事じゃ、今日は多分もたんぞ」

阿賀野「え゛っ? そんなにキツいお仕事なの、今日って!?」

提督「いいや? ある意味キツくはあるだろうが、それ以上にきっと―――楽しいぞ」

阿賀野「……?」


提督「ほれ、食え。冷めるぞ」

阿賀野「うーん……まぁ、いいや! いただきまーす!」


 少しだけ違和感を覚えたものの、阿賀野はある種のチートデイのようなものと判断した。筋トレやロードバイクによる有酸素運動を積み上げ、阿賀野の身体はすっかり引き締まっていた。

 やや低燃費モードに入っている肉体を誤魔化すために、多くの食事を採ることで肉体の低燃費モードを解除するトレーニング方法があると、速吸から聞いたことがある。

 これはきっとそれなのだと、阿賀野は思った。


提督「…………」


 ――――もちろん真実は違う。阿賀野の体重は順調に落ちて行っている。現在は四週目だが、そのペースは三週目に入ってからずっと一定であった。体質からしてチートであった。

 阿賀野が感じた些細な違和感は、提督がそれを言わなかったこと――――提督は嘘をつかない。だが隠し事や言わないことはいっぱいある。

 目の前に出されたのは朝に食べるには少しヘヴィ気味な、薄切り牛肉をトマトソース炒め、その大盛だ。

 いつもの野菜スープとは違う、鶏ガラを使ったコンソメスープもある。

 千切りのキャベツをふんだんに使ったサラダの添え物のマカロニもまた美味しそうであった。ひじきたっぷりの副菜もある。

 更にデザートにはバナナヨーグルトだ。


阿賀野(………ツバが出てきた。運動するようになって、本当にご飯が美味しくて困る)ゴクリ


 どれもが阿賀野の大好物であった。とろんとろんになるまで煮込んだ濃厚なトマト、その旨みがぎゅっと詰まったソースで香ばしく炒めた、赤味の薄切り牛肉。

 ボリューミィな見た目と味わい深さに反して、カロリーはかなり抑えてある。旨みがあってカロリーが少ないという素晴らしさである。


阿賀野「おいしーい♪」

提督「たんとお食べ」


 久々に満腹感を覚える食事を堪能する。


阿賀野「ぷぅ…………あぁ、おいしかったぁ」


 腹八分目をやや通り過ぎたぐらいに満たされた胃袋をぽんぽんと押さえて執務室に向かおうとすると、


提督「阿賀野、突然だがお前の秘書艦業務は明日に変更となった」

阿賀野「本当に突然だね!?」

提督「俺のスケジュール管理ミスでな。すまんが今日はオフだ。別に有給使わせるつもりはない」

阿賀野「う、うん……それは、別にいいんだけど……」


 その後、自室に戻った阿賀野は少しだけストレッチした後、明石のロードバイク工房へ向かう――――その時、違和感が疑惑へと変わる。


阿賀野「え!? 今日、借りれるロードバイクないの!?」

明石「う、うん。そうなの、そうなのよー」

阿賀野「うわぁ、まいったなぁ……」


 まずは明石である。いつもの共用のロードバイクを借りに行った際、阿賀野がほぼ占有状態だったロードバイクがレンタル済みであった。

 朝四時台ではもちろん余裕でレンタル出来たが、昼間となればそうもいかないこともあるとは思ったが、


阿賀野「………じー」

明石「な、なんですかその疑いの目は? 私が嘘をついているとでも?」


 あからさまに明石の目は泳いでいた。嘘が下手過ぎである。

 というか、言いたくて言いたくて仕方ないといった風であった。笑っているような引き攣っているような、とても不謹慎な顔であったと阿賀野は後に述懐する。

 それに対し提督は「だってばかしだからねあの子は」とにべもなかった。


阿賀野「しょーがない……うーん……そうだ、能代たちは自分のロードバイク納車してたっけ! 借りてこよっと」

明石「!?」


 目に見えて明石が狼狽えだす。

 その反応をうかがっていた阿賀野は、明石を疑いの視線で見やった。


阿賀野「…………じー」

明石「えあ゛」

阿賀野「…………じー」

明石「ぅ、うう……!」


 確定であった。明石は何かを隠している。

 そんな折だった。


天龍「――――ほらな。やっぱダメだったろ」

川内「もうちょっと持つと思ったんだけど……」

球磨「明石は嘘が下手すぎクマ……」


 そんな声が明石のロードバイク工房の入り口から響いたのは。


香取「はぁ……10時ぐらいまで引っ張ってほしいと言ったじゃないですか、明石さん」

夕張「まぁまぁ、それを見越して私たち間に合ったんだからいいんじゃない?」

大淀「結果論でしょうそれは……」

阿賀野「え?」


 阿賀野が振り返った先には、軽巡級・練巡級の巡洋艦、そのネームシップたちがいた。

 それぞれが、各々のロードバイクを携えている。


天龍「よお、阿賀野――――あれからちったあ走れるようになったかよ」

阿賀野「ふぇ? て、天龍ちゃ……さん?」

天龍「ちゃん言おうとしたなオマエ」


 「ちゃん」呼びを嫌うロードバイク鎮守府最古の軽巡、天龍。

 愛車はスコット・フォイルプレミアム。脚質はオールラウンダー。

 雪風と島風が着任し、初期艦と共に出撃した戦果――――正面海域で邂逅した、初めての軽巡であった。


香取「ダイエット、無事に成功したそうですね」

大淀「ダイエット作戦成功、おめでとうございます!」


 共に柔らかな微笑みを湛える知性的な二人は、多くの駆逐艦たちから「先生」と呼ばれる練習巡洋艦・香取。

 そして「鎮守府影の支配者」とか「裏ボス」とか「あの眼鏡マジ鬼畜」とか「解体はやめて」など一部から誤解を受ける連合艦隊旗艦・大淀である。

 香取の愛車はビーエムシー・チームマシーン――――その脚質はパンチャー。

 大淀の愛車はトマジーニ・シンテシー……のはずが、何故か携えているバイクは異なった。

 自費購入したレース用の愛車は、サーヴェロ・S5――――判明した脚質はTTスペシャリスト。


夕張「おめでとー! これで名実ともに最新鋭軽巡よね! 羨ましーぐらいのスタイル、取り戻したじゃない! 見違えちゃった!」

阿賀野「え、あ、うん、あ、ありがと……?」


 快活な笑みを浮かべて手を叩く、兵装実験巡洋艦として多くの兵装の改良に貢献した夕張。

 愛車はビアンキ・スペシャリッシマ――――脚質はスプリンターである――――現時点では。


球磨「ちょっくら球磨が揉んでやるクマ!」

川内「さ! 私たちとサイクリングしよ!!」

阿賀野「え、え、え……? い、いきなり、なに? 何が起こってるの?」


 その天龍に遅れること一週間、同時に建造された球磨と川内。

 それぞれの愛車はクオータ・カーン、デローザ・プロトス――――共にスプリンター寄りのオールラウンダーである。


阿賀野「………どゆこと?」


 いくつもの疑問符を頭上に浮かび上がらせる阿賀野の耳に、とても気まずそうな咳払いが聞こえた。


明石「…………えっと、その…………『今の阿賀野になら、まあいいだろ』って!」

阿賀野「ふぇあ? え、ロードバイク……それ、誰の?」


 不謹慎極まる表情をした明石が携えるロードバイク。白地に紅のカラーリングが施されたカーボンバイクだった。

 見るからに気品のある、独特な美しさを備えたそのバイクは、


    タイム  サイロン 
明石「TIME SCYLONです! 提督からの、阿賀野へのプレゼントですよォ!!」

阿賀野「えっ」


 ほとんどやけっぱちで明石が叫び、押し付けるように阿賀野に引き渡しを完了させる。

 そして明石はぽかんとする阿賀野を尻目に、己の愛車たるデ・アニマに颯爽と跨り、


明石「どーせ私は嘘の下手くそなばかしですよぉおおおおおおお!!!」


 涙の帯を作りながら、叫びのドップラー効果を残して己が工房から脱兎のごとく逃げ出した。明石が足止め役を買って出た時、提督が物凄く渋面を作ったことにカチンと来て、やってみた結果がこれである。

 本日の明石のロードバイク工房は、秋津洲と高波が臨時店主として代行することが決定した瞬間であった。


阿賀野「」


 阿賀野は展開についていけなかった。

 以前、提督にこのロードバイクが欲しい、といった話をしたことはある。このロードバイクがまさにそうだ。

 それが突然納車され、突然軽巡ネームシップたちが自分の元を訪れ、一体何が自分の身に起こっているのか、わからなかった。

 分からないままに、再び視線を工房の前へと向けると、


https://www.youtube.com/watch?v=s8aeVI6XBKc



阿賀野「――――――――あ」


 すとんと腑に落ちた。

 阿賀野の脳裏に、提督の言葉が蘇る。


長良「そろそろいいよね!! 一緒に走ろう!! いっぱい走ろう!」


 喜悦に染まった満面の笑みで立つのは、提督が初めて建造した軽巡洋艦・長良。

 愛車はピナレロ・ドグマF8―――――脚質はピュアスプリンター。


長良「ずっと阿賀野と、一緒に走ってみたかったんだ!!」

阿賀野「長良……ちゃん」


 阿賀野にとって、長良は前世においても、今世においても憧れの先輩だった。

 練習巡洋艦たる香取と、中堅の大淀を除けば、ほとんどが先任だらけの軽巡洋艦たちの中にあり、阿賀野が特に世話になったのが長良だった。


 軍艦であった頃も――――阿賀野が艦娘として生まれた時点でも、既に長良は歴戦の強者だった。


阿賀野(かっこいいなあ……)


 艦娘としてある今もそうだった――――阿賀野が着任した頃、長良は既に球磨とツートップで戦果を争う軽巡で、多くの人に慕われていた。


阿賀野(なんで、阿賀野は、ああなれなかったんだろう……)


 そんな疑問がふっと浮かび上がった瞬間、阿賀野は理解した。

 まさに氷解するように、あっさりと。


阿賀野「あ……」


 阿賀野はその時、己が燻った理由が、腐った理由が、何が阿賀野を停滞させたのか、分かった気がした。


阿賀野(そっか――――――長良ちゃんに、勝ちたいんだ、私。他でもない、長良ちゃんだから)


 ずっと憧れていた。

 前世の頃から、ずっとそうだった。


 トラック島沖で曳航してもらった時から、ずっとずっとそうだったのだ。

 だから大戦時―――長良に追いつこうと、努力した。

 いつだってその背中は目の前にあった。

 もう少しで、届きそうだった。


 ―――――戦争が終わったのは、ちょうどその時期だった。


阿賀野(……しょうがないよ。平和になったんだもん。それを残念に思うなんて、おかしいよ)


 そう言い聞かせた。それでも、阿賀野は自分の中で、何かがすっぽりと抜け落ちたような音が聞こえた。


阿賀野(……何か、あるとおもったんだけどな。阿賀野、頑張れば、きっと、阿賀野は、きっと……)


 目標を見失ってしまった、そんな気がした。

 見たい光景が、掴みたかったものが、指がかかる寸前で消え去ってしまった感覚。

 だけど。


阿賀野(ああ、だけど――――)


長良「行こう、阿賀野! 一緒に走ろう!!」


 その声が聞こえた。かつて戦場にあった頃とは違う、ロードバイクのジャージを纏った姿でも、同じ声で。

 いつだって自分の前にいる人だ。

 島風にとって夕張がそうであったように。

 夕張にとって島風がそうであるように。

 二人にとって、提督がいつもそうであるように。

 阿賀野の前にはいつも、長良がいた。いつだってそこにいたのだ。


阿賀野(見失ってなんか、いない)


 動けなくなった自分を牽いてくれるこの人は、それを恩に着せることなく、いつも楽しそうだった。

 歴史をなぞるように、艦娘になってからもそれはあった。深追いしすぎて魚雷を喰らい、中破してしまったことがあった。

 母港へ――――鎮守府へ帰還した時も、阿賀野を牽いたのは、長良だった。


長良『陣形乱しちゃ駄目だよ、阿賀野。次はちゃんとやらなきゃね』

阿賀野『は、はぁい……ごめんなさい、長良先輩』


長良『長良でいいのにー』

阿賀野『じゃ、じゃあ、長良……ちゃん?』

長良『長良ちゃんかー! うん、じゃあそれで!』


 阿賀野はメキメキと力を伸ばした。その成長は留まることなく伸び続け、いずれは長良・球磨を追い抜くことすら期待された。最強の軽巡と呼ばれたこともある。

 それでも、長良にだけは勝てる気がしなかった。他の軽巡ならば、球磨だって、北上や神通にだって負ける気はしなかった。

 なのに、長良だけはだめだった。

 弱みがあるから―――違う。

 相性が悪い―――違う。

 いつだって阿賀野を見る長良の目は優しかった。そして尊敬する者を見る目だった。


長良『長良って旧型だからさ、ちょっと羨ましいんだ。阿賀野は新型だけど、新型だからってそこに胡坐をかいているわけじゃないって、わかるよ』

阿賀野『―――――』


 自分の頑張りを、見てくれていた。尊敬しているとまで言ってくれた。

 私の前にいるのに、振り返ってみてくれている。勝ちたいと思う一方で、ずっとその背中を見ていたいという、相反する思いがあった。


阿賀野(だけど―――――)


 いつしか長良の目が、何を望んでいるのかが分かってきた。

 笑みの底に、少しだけ悲しさが滲んでいたのだ。


 ――――追いついて、こないの? と。


 泣き出す寸前の子供のような目で、阿賀野を見るのだ。憐みではない。残念そうに、寂しそうに、阿賀野を見るのだ。

 遊び相手を探す、子供のような目だった。

 何故か、一月以上前の思い出がよみがえる。

 島風が叫んだ言葉を、思い出す。

 見つけた、と。

 新しい世界は、あったと。

 私が望んでいたものが、あったと。

 ここにあった、と。


 そして阿賀野もまた――――。


阿賀野「…………あ」


 もうダメだった。胸の内側から瞳へと集まっていく熱量が、抑えきれなくなった。

 まるで火を噴くように、阿賀野の全身から熱が溢れだす。


阿賀野「…………うん!!」


 ぎゅうとハンドルを握りしめて、涙の浮かんだ瞳のままに頷いた。

 失ったはずの目標を見つけて。失っていないことに気づいて。

 海の上では追いつけなかったけれど、陸の上でも先輩として前にいるこの人に、


阿賀野「――――――――阿賀野と一緒に走ろう、長良ちゃん!」

長良「そうこなくっちゃ!!!」


 遊び相手を見つけた子供のように笑う、長良の笑みが大好きだったから。 

 今度こそ――――長良に追いつこうと思った。

 
【夢の後日談(裏):艦】

※今日はここまで

 阿賀野型・香取型のバイクは平日に余裕があったら投下予定。なけりゃ来週末。

 それと大淀が物欲に負けた小話も。その後、提督vs雪風、その悪夢の後日談。

 その後はどうしよう。オリョクルズか、睦月型か、白露型か、初春型か、妙高型か、高雄型か、軽空母組か……未定!

軽空母組見てみたいけどロードに目覚めて酒の抜けた隼鷹なんて
ただの美人お嬢様になってしまうのでは…

>>67
> 典型的な「他人と競う」タイプ
うわ、何か解る。
普段はスピードとか興味無いけど、ポタリング中に追い抜かれると追尾したくなるし、追い抜き直後にペース落とすような舐めたガキは抜き返したくなる

>>93
まぁここの提督だと自転車飲酒運転なんてする輩には強烈な厳罰を課しそうだしなぁ
あと、隼膺は「自分がお嬢様であることを自覚した上でフランクな付き合いができるお姉さん」というポジションを意識して狙ってる感
酒飲みすら含めて割と自覚的にやってると思うので、ソコこそが隼膺の個性なのだと思うのだが


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阿賀野型軽巡洋艦:阿賀野

【脚質】:スプリンター

 ――――行かなきゃ……長良ちゃんが呼んでる。

 後に長良の最大にして最強のライバルとして立ちはだかるスプリンターは、まさかの阿賀野であった。
 島風にとっての夕張であり、夕張にとっての島風である。意外にも超アウトドアでスポーツ大好きな長良とインドア派の阿賀野は仲良し。
 軍艦時代の先輩後輩として、そして艦娘としては良き友達としての関係を築いている。でも長良のハイペースに付き合うのだけはカンベンなって感じ。
 なんせ長良はTTもこなせるタイプのスプリンターで、坂も嫌いだが苦手ではない癖してスプリントはピュアスプリンターのそれという特級脚質である。
 女子力低めな長良とは結構持ちつ持たれつの関係である。なお長良と違い、山は別に嫌いでも苦手でもない。
 大戦時、球磨と長良の戦果争いこそ半年以上後任の阿賀野は及ばなかったものの、あと数ヶ月ほど戦争が続いていたら並んでいたと言われている。
 自他ともに認めるスロースターターで尻上がり。一度コツを掴むと際限なく応用発展していくタイプで、大戦でも戦果グラフは右肩上がりどころかほぼ垂直方向に向かう物凄いことになっていた。
 戦争が終わって安心した一方、ぽっかりと胸に穴が開いたような気持ちでこれまでの日々を過ごしていた。
 ピュアスプリンターばりの剛脚を持ちながらも、山岳や高速巡航にも対応したバランスの良いスプリンター。実は運動神経抜群でバランス感覚に優れる。
 五十鈴や多摩らが己を天才と自覚してなおそれに驕らなかった理由は、優秀な同僚や姉に恵まれたこともあるが、特に阿賀野という存在に集約している。
 究極の理不尽とも呼べる才能の権化が阿賀野という軽巡であった。ちなみに五十鈴は阿賀野が苦手である。努力が結果に直結しすぎなのは悲劇に近い。
 天才ゆえに感動が少ない。

【使用バイク】:TIME SCYLON AKTIV (Factory Racing color)
 きらり~ん☆ 最新鋭軽巡! 阿賀野のバイクはフランスの老舗タイム! そのフラッグシップ・サイロンよ!
 同じフランスのルックと並び称される「いつかはタイム」――――カーボンの老舗の本領、発揮しちゃうからね!
 この洗練されたデザイン、いいでしょ? フロントフォークには独自のチューンドマスダンパーが内蔵されてるのよ!
 どれだけ荒れたパヴェ(フランス語で石畳・敷石を意味する)だってへっちゃらへーよ! とっても高性能なんだから!
 提督さん、ありがとう! 今度こそ阿賀野、長良ちゃんにも勝って見せるからね!

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長良「タイム? ……ビンディングペダルにそういうのあったような。記憶違いかなあ……?」


 なお長良はスピードプレイ使いである――――ロードバイクにおけるホイールやハンドルなどの装備選択は提督とまるで変わらない。


阿賀野「違わないよ? 阿賀野はペダルもタイムよ? ほらほら」

長良「あ、やっぱり? へぇ、タイムってペダルだけじゃなくてフレームもあるんだねー」

阿賀野「えっ」

長良「えっ」

香取「あ、あのう。誰も突っ込まないんですか、あのやり取り……」

天龍「ほっとけ。目に見えてる」

大淀「…………タイムは元々ルックと同じ会社から分裂して生まれたカーボンバイクの老舗メーカーでして。

   その確かな技術を活かしたフレームはプロライダーすら唸らせる性能を有しています。ロードバイクにおけるF1マシンという高評価です。

   フランス車らしいルックスなどで人気を博していて、ルックと並び「いつかは」と称される憧れのバイクの一つです。

   またタイムは軽量なビンディングペダルにも定評があり……RTM(Resin Transfer Molding)工法を採用したカーボンの使い方は流石は老舗というべき精度を誇って……」

夕張「大淀、その辺りで」

大淀「え? ここからが本番で――――」


夕張「私個人としてはすっごく楽しいお話なんだけど、肝心の相手には無駄だから、その説明」

天龍「おう。よく見てみろ、あいつらの顔」

大淀「…………え?」


阿賀野「? ???? ???!?!?!?」プシュウ

長良「!? !?!??? ??????」プシュー


 阿賀野も長良も耳から煙を上げていた。今にも爆発しそうである。


大淀「」

天龍「…………アレだ。要はなんだ、スゲーバイクメーカーなんだよ。フレームはおろかペダルまで作っちゃってプロからも高評価っていうアレだ。うん、スゲー、スゲーよ、マジスゲー」

香取(ふわっとしすぎです!!?)

阿賀野「な、なるほどー! 流石は天龍さん! 超わかりやすい!!」

長良「大淀の説明って小難しくてよく分かんないんだよねー。さっすが天龍さん!!」

天龍「おう……ま、まあ、世界水準軽く越えてるからな……」


 天龍にとって出来が良いがとても出来の悪い妹分共であった。


阿賀野「タイムはすごい!」

長良「タイムすごい!」

天龍「…………後でアイス奢ってやるよ」

阿賀野「本当!? 御馳走様です! 阿賀野、今日は大目に走らなきゃ!」

長良「やったぁ!! 天龍さん大好き!」

天龍「は、ははは……大淀にもな」


 天龍が長良と阿賀野に接する時は、幼い駆逐艦娘らに接する時の態度と寸分変わらないという。


大淀(#^ω^)

球磨(納得いかねえって顔に書いてあるクマ……)

川内(何が納得いかないって、この二人が大戦の後半からウチの軽巡単艦最強を競ってたってのが納得いかない)


 北上や大井を差し置いてである。

 長良は考えた。そして阿賀野も考えた。

 そして同じ答えに辿り着いたのだ。


 『夜戦で勝てないなら夜戦に入る前に倒せばいいじゃない』と。


 言葉にするには易く、実行するには恐ろしく難題である――――何せそれを自覚した上で北上も大井も動く。

 だが逃げられない――――そんな理不尽が長良と阿賀野である。

 球磨に至っては『昼戦だろーが夜戦だろーが、撃って当てりゃ同じことクマ』と好き嫌いがなかったもよう。北上・大井と夜戦しても、勝率こそ低いが勝てないこともないというデタラメさ。

 アクの強い球磨型姉妹をまとめる長女として一目置かれるのは当然の帰結であった。そんな長良・阿賀野・球磨でも夜戦に持ち込まれたら勝てないのが川内である。

 何せ夜戦馬鹿と言われるこの軽巡だが――――その実、どうやって夜戦をするかではなく、どんないい状態で夜戦に持ち込むかを重要視している。

 否、それどころか、どうすれば昼の内に終わらせられるかすら考え、極力夜戦に持ち込まないスタンスを保っているから演習時の旗艦は大混乱である。

 なのにいざ夜戦が始まれば、川内に対峙することは絶対の敗北を意味した。さながら瀑布に晒された木の葉の如き有様である。


香取(私にはわからない世界です……)


 練習巡洋艦としては破格の実力を持ちながらも、教導艦としての分を弁えている香取は大人であった。

 夕張もまたその兵装実験巡洋艦としての本分を弁えており、第六水雷戦隊旗艦としてもお役目を全うした。

 大淀は事務メインのデスクワーク派と思いきや、連合艦隊規模の艦隊率いさせたら右に出る者がいない。

 提督曰く『それこそ適材適所よ』――――今日もロードバイク鎮守府は修羅道至高天。

※先に阿賀野
 もう二度とだらし姉などと言わせないという覚悟

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阿賀野型軽巡洋艦:能代

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ――――今度は私が、阿賀野姉を牽くから!!

 パーフェクトルーラー。(ただし阿賀野限定でしか全てを発揮できない)
 アレだ、龍田や大井と同じタイプ。
 阿賀野に補給食を運んだり、阿賀野を牽いたり、阿賀野にちょっかいかける敵チームの牽制やアタック潰しにおいて一人で全てをこなすマルチプレイヤーである。
 ヒルクライムがやや苦手なのが現在の課題である。やっぱり、その搗き立ての餅のような柔くて重いものがついているせいじゃないですかね。(小並艦)
 大戦中は大先輩たる神通と、妹の矢矧と共に第二水雷戦隊の運用に携わった。苦労人タイプ。
 島風にとって史実の第二水雷戦隊旗艦は神通というより能代の印象が強いが、神通・能代は島風が「さん」づけで呼ぶ数少ない軽巡である。矢矧? 矢矧は矢矧だよ?
 何気に史実では第二水雷戦隊旗艦として、神通に次ぐ長い期間を務めている。戦果が地味? うん、確かに地味。
 大戦においても『海の精華』と謳われた第二水雷戦隊の旗艦として、神通からも目をかけられた逸材なのだが、何故か地味。
 三つ編みなのは関係ない。磯波と浦波がガンダムハンマーばりに錨を振り回しながら深淵から見てる。
 なお鎮守府内でも事務に旗艦に調練にと、大淀ばりに八面六臂の大活躍なのだ――――が、やはり影が薄いと言われることしばしば。ステルス艦かな?
 きっと軽巡の次女に個性派が多い中、常識人だからだ。神通? 神通はまともに見えるだけである。
 余談だがかなりのシスコン。大戦時の阿賀野が派手な戦果を上げ続けたこともあって、阿賀野を尊敬している。
 精神的に依存しているのは果たしてどっちなのか。

【使用バイク】TIME RXRS ULTEAM(White silver)
 能代のロードバイクですか? 阿賀野姉と同じ、フランスのタイム、そのかつてのフラッグシップ・RXRSアルチームです!
 はい、ルックと並ぶカーボンの老舗とあって、流石の乗り味です!
 少し型は古いですけれど、カチカチのカーボンよりこのぐらいが丁度いい感じですね。
 長丁場のレースだとその恩恵はとても有難いです。このバネ感は癖になりますよ。
 阿賀野姉を良いポジションまで持っていけるよう、能代、リタイアするわけにはいきませんね!

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能代「やっぱり私って……影薄いのかな……」

山城「ふふ……影が薄くても幸が薄いよりマシだって、私をディスる気ね?」

能代「!?(ど、どっから出てきたのこの人!?)」

山城「そうなんでしょ?」

能代「え、なんで私いきなり絡まれてるの……やだ……怖いんですけどこの人……」

山城「なんですって……その影の薄さをなんとかしようと提督の正妻の座を狙っているのね?」

能代「本当に何!?」

山城「ステルス性能を活かして気が付かぬうちにそんな状態に持って行こうとしてるんでしょ……?」

能代「阿賀野姉! たすけて! 阿賀野姉! 話の通じない怖い人が! あがのねええええええええ!!!」

時雨「やめないか、山城」ポコン

山城「いたい……不幸だわ。どうして叩くの、時雨……私の事、嫌いになった……?」

時雨「そんなわけないよ。君が集合場所にいつまでたっても来ないから……ほら、今日は扶桑たちと一緒にサイクリングしてくれるんだろう? 楽しみにしてたんだ、早く行こうよ」

山城「……ええ、そうだったわね。行きましょう。私も楽しみにしてたわ」

時雨「うん、行こう………ごめんね、能代さん」

能代「え、ええ………なんだったのかしら……一体なんだったの――――ハッ!?」


龍驤「影が薄かろうと胸が薄いよりマシやってウチを――――」

能代「ディスりませんから! なんなんですか次から次へと!?」

龍驤「まあ冗談や冗談。うち、みんなが言うほど胸のこと気にしてへんし」

能代「は、はぁ……」

龍驤「そんなことよりな、能代」

能代「なんでしょう、龍驤さん」

龍驤「キミんとこの妹の矢矧――――なんか更衣室でベソかいでたで」

能代「矢矧が!? なんで!?」

龍驤「ウチが知るかいな。たまたま通りがかって見ただけやし、一応伝えとこ思ってな」

能代「あ、ありがとうございます! 私、行ってきますね!」

龍驤「ダッシュでか? 揺らすんか? やっぱ胸が薄いより影が薄いのはマシやってウチを――――」

能代「絶対気にしてるでしょう龍驤さん!?」


 能代は自分の影の薄さを気にするお年頃であった。

 華々しい戦果を上げる神通と己を比較し、なんやかんやで大活躍な阿賀野へ尊敬と憧憬と劣等感を感じている。


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阿賀野型軽巡洋艦:矢矧

【脚質】:TTスペシャリスト/ダウンヒラー

 ――――そんなアタックで! この矢矧を! 刺せると思うかァアアア!!

 スプリントも得意なTTスペシャリスト。「筋力と心拍が枯渇したとて、この矢矧、脚から肉が削げ落ちるまでペダルを回し続けるわ……!」というタイプ。
 幾度となく提督の魂を震わせる逆転劇を魅せ付けた軽巡洋艦の一人。散り際の花火のような儚げな危うさの中にぞっとするほどの色香を讃えている。
 「放たれた矢のような生をありったけ」という信念。深海棲艦が死ぬまで撃てば良い。撃ちきったなら拳で殴ればよい。腕が千切れたなら歯で喉笛を噛み千切れば良い。
 この提督をして「何が何だかわからない……」という顔をする。
 軽巡のベルセルク枠。深海棲艦絶対皆殺す軽巡。矢矧のストッパーとなりうる霞と初霜は、矢矧本人もお気に入り。
 というのも矢矧自身、己の猪武者っぷりを自覚しているからである。霞と初霜にしょっちゅうやらかしに関して説教されている。
 超前時代的な根性論とか特に説教される。色んな所で誰かのやらかしを説教しに行く霞と初霜の胃はどこまで大丈夫か、軽空母でトトカルチョされているのは内緒だ。
 神通・能代とは第二水雷戦隊を共に率いた仲で、ライバルでもあり絶対の信頼を寄せる相手でもある。みんな大和に優しくも厳しい。
 おう、ロングライドしろよ。そうだよ、300kmだよ。あくしろよ。おう。五秒で支度しな。ドーラより厳しい。
 深海棲艦からは通称「宇宙艦獣・ヤハギン」として恐れられている。あれが艦娘? ハハッ、ナイスジョーク。
 余談だが女子力/ZERO。木曾でさえ掃除・洗濯・炊事・裁縫にパシリと完璧だというのに。
 無手の組み打ちという条件下ならこの修羅揃いのロードバイク鎮守府内でも艦種問わず十指に入るという化け物。

【使用バイク】:TIME ZXRS
 フランスのタイム、そのです。
 ええ、フランスバイク特有のヒラヒラ感は嫌いじゃないの。
 イタリアンのどっしりとした重厚な味わいもいいとは思うけれどね。
 反応性? ええ、素晴らしいわ。パリッとした踏み心地にギュンッと反応してくれる。
 ええ、いずれは第二水雷戦隊の子達をお預かりして、ロングライドにも出かけたいわね。
 
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 提督や速吸らが阿賀野のダイエットに付き合う裏で、実は大和のダイエットも進行していた――――のだが。


大和「」


 一週間目で失敗していた。体重計の指し示す数値は、一週間前とまるで変わらぬどころか、やや増えている有様である。

 なお大和の名誉として記述しておくが、決して彼女が怠惰であるとか計画性がないというわけではない。

 むしろ日本の秘密兵器として、大和の名を冠する者として、それはもうストイックにロードバイクに乗った。

 初霜や霞がフォローに付き、運動量も食事量についても間宮と伊良湖が計算の上で適切な管理を行っていた。

 なのにこの有様である。その理由は、そう――――。


矢矧「おかしいわね……」

初霜「や、矢矧、さん……? 貴女、何を、何をしたのですか?」


 最近料理の勉強をしている矢矧――――意外と器用な彼女は優秀な生徒だと鳳翔と磯波からの評価も高い。

 そんな話を覚えていた初霜は、なんとなく予想がついていたが、怖いもの見たさに等しき好奇心からそれを問うた。


矢矧「え? 夜食の差し入れよ? 昨晩のステーキはどうだった、大和?」

大和「………お、いし、かった、わ」

初霜「や、や―――――矢矧さぁああああん!?」

霞「なんてことしてくれてんのよあんた……? ダイエットしてる人に、よりにもよって夜食……それもステーキ!? は!? 食事制限させてんのに何考えてんの!?」


 大和はしくしくと泣き出した。大和はかなり量を食べる方である。そして善良な性格をしている。

 せっかく差し入れてくれたものを食べずに捨てるなどできるわけがなかった。まして、矢矧にはまるで悪意がないのだ。全くの善意でやっている。


矢矧「食事制限? 何を言っているの――――食べなきゃパワー出ないわ」

初霜「」

霞「」


 初霜も霞も「何言ってんだこいつ」って顔をして矢矧を見ていた。


朝霜「ぶひゃひゃひゃひゃwwwww」


 朝霜は腹を抱えて嗤った。


雪風「ぐにぐにです!!」グニー

大和「や、やめて……雪風、お腹つままないで……!」

雪風「つまんでません!」

浜風「ええ、つかんでますね。つかめるって凄いですね」

磯風「つかめるな。凄いなこれ。大和、これは乙女としてどうだろう……居住性は確かに良さそうだがな……枕として使ったらふかふかしてそうだ」

大和「」

朝霜「やめたげろおまえらwwwwwあたいのwwww腹がwwww死ぬwwwww」


 矢矧は太らない体質であった――――そして三食ガッツリモリモリ食べて運動で限界まで発散するタイプ。

 故に持ち込む料理もまたボリューミィでカロリー地獄である。

 なお阿賀野も、この時期は矢矧の善意の夜食の犠牲になりそうだったが、提督や速吸らが親身になってダイエットに付き合ってくれていることを想い、なんとか断っていた。

 もう二度とだらし姉などとは言わせないという覚悟は、本物であったのだ。


矢矧「大和の食事を見たわ。あんな貧相な食べ物……量も少ないし……あれっぽっちの食事じゃ、戦艦としての強さを維持なんてとても――――」

初霜「…………正座です」


矢矧「え、え? あ、あの、初霜? いきなり何を言い出すの?」

霞「誰が口ごたえをしていいと言ったの? 正座しろと言ったのよ初霜は」

矢矧「え、え……やだ……怖い……」

初霜「座りなさい! お説教します!!」

霞「そこ座れ、一秒で座れ……クズ鉄にするわよ? あの軽巡棲姫のようにね!」

矢矧「はい」ストン


 鎮守府に着任したタイミングとして先輩にあたり――――駆逐艦内で数少ない第二水雷戦隊の旗艦経験者たる霞と初霜に、


霞「よく聞きなさい……その悍ましいほど前時代的なクズ脳味噌に、改めて現代のスポーツ医学の基礎と」

初霜「減量時の食事制限の大切さ、そして夜食がどれだけ健康に良くないのかを教えて込んであげますよ……」

矢矧「」


 矢矧は逆らえなかった。性格的に勝てる気がしなかった。


霞「このバカ! どーしよーもないアホ! 落ち武者! 脳筋! あんたの姉ちゃん阿賀野!」

初霜「もぉー! だめっ! だめっ! だめったらだめ! 矢矧さんのおばかさん! メニューを考えてる間宮さんと伊良湖さんに謝りなさい!」

矢矧「はい……はい……すいません……ごめんなさい……姉が阿賀野ねえでごめんなさい……おばかさんですいません……間宮さん、伊良湖さん、ごめんなさい……」


 迫力満点な霞と、まるで迫力はないが一生懸命な初霜のお説教の二重奏に、ただ静かに項垂れながら矢矧は落涙した。

 龍驤が見かけたのはこの光景である。能代の到着まであと数分の時を要した。



 なお無事に大和のダイエットは、阿賀野と同時期に終了することになる。


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阿賀野型軽巡洋艦:酒匂

【脚質】:オールラウンダー

 ――――今、酒匂が行くからね。

 姉たちと同様に瞬発系に優れながらも高い持久力と適応力をも備えた、阿賀野型の完成形。
 夕張の次に軽巡では小柄で体重が軽いためか、パンチャー型のオールラウンダー。
 100km未満のレースならいい結果を出せるが、長距離となるとスタミナ不足が目立つ。
 なお提督が阿賀野型で最も警戒しているのが酒匂。隙あれば度を超えたスキンシップを迫ってくる。
 木曾は提督を素で風呂に誘ってくるが、酒匂は無知を装って誘ってくる。顔が真っ赤なのでバレバレであるが、酒匂、恐ろしい子……!
 長門やプリンツ・オイゲンによく懐いており、大戦時から二人を陰に日向に、ほぼ無自覚で支え続けた。
 酒匂が水雷戦隊を率いると駆逐艦たちが必死にフォローに走る傾向にあるが、他の軽巡が軒並み化け物のためあまり旗艦経験はない。
 それでも艦隊指揮能力は及第点をクリアしている。だがむしろ随伴艦となってはじめて輝く不思議な軽巡洋艦である。
 そんな酒匂はロードレースではエース級の脚を備えていた。どんな活躍を見せてくれるか、提督はとても楽しみにしている。

【使用バイク】:TIME VXRS ULTEAM World Star(2009年モデル)
 酒匂のバイクもフランスのタイム! その名車中の名車と呼ばれた、VXRSアルチーム・ワールドスターだよ、ぴゅぅ!
 カタログ落ち? 古い? ………えっへっへぇ。
 ……実はねえ、このバイクって確かにお下がりなんだけど……。
 なんと! ななんと! なな、なーんと!
 しれぇが着任前に乗ってたバイクなんだよー♪ ぴゃー♪
 しれぇのサイズが合わなくなったから、酒匂にくれたの! しーれーえーのバーイクぅー♪
 ねえねえしれぇ、そのF8も乗らなくなったら、次も酒匂でよろしくね!
 大丈夫、酒匂、おっきくなるから! これから!

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 矢矧がぽろぽろ泣き出し、能代が更衣室まで疾走していたのと同時刻、明石のロードバイク工房ではVXRSの検査が行われていた。

 組み立て前に明石による入念なチェックが行われたのだ。

 その結果――――。


明石「結論から言えば………極上の保存状態です。ほぼ新品同様と言って差し支えありません。

   塗装の退色は皆無、よほどいいコーティングをされたのでしょう。

   素地のカーボンの劣化もなく、ボトムブラケット部も問題ないものと……(綺麗なネジ切り……提督、愛車のF8といい、雪風ちゃんの586SLといい、ネジ切り好きなのかな?)」


 明石はなかなかいい着眼点をしていた。

 提督はネジ切りタイプのBBを好む。整備面で楽という点で一つ、BB周囲に過剰な剛性は必要ありませんねえという提督の好みが一つである。

 圧入式BBも嫌いではないが、無用なトラブルが起こる可能性がある、というのはそれだけで軽いストレスである。


酒匂「じゃ、じゃあいいの? しれぇ、いいよね? 酒匂、これ乗ってもいいよね!?」

提督「むしろ酒匂がいいのか? 試乗車に回そうと思ってたバイクなんだが……」

酒匂「酒匂は全然オーケーだよぅ! しーれぇーのばーいくー♪ ぴゃー♪ ぴゅう!」

提督「まあ酒匂がいいならいいんだが……」

※あ、>>107ミスった。修正

【使用バイク】:TIME ZXRS TEAM12
 フランスのタイム、その旧フラッグシップ・ZXRSです。有難く戴くわ。
 ええ、フランスバイク特有のヒラヒラ感は嫌いじゃないの。
 イタリアンのどっしりとした重厚な味わいもいいとは思うけれどね。
 反応性? ええ、素晴らしいわ。パリッとした踏み心地にギュンッと反応してくれる。
 ええ、いずれは第二水雷戦隊の子達をお預かりして、ロングライドにも出かけたいわね。

酒匂「いいの! これがいいの! しれぇが乗ってたバイクに変えられるものなんてないよぅ!」

提督「愛い奴め」

酒匂「褒められた! ういって!」

明石「あははは、良かったわね酒匂ちゃん。しかしそこまで状態がいいものを、どうして乗っていなかったんです?」

提督「いや、こればっかりはな……当時よりかなーり身長が伸びたからもう乗れないんだよ。思い出もあるバイクだし、売るのもちょっとなーと」

酒匂「しれぇの思い出の詰まったバイクだね! 酒匂、とっても大事にするからね!!」

提督「おう、託したぞ酒匂」


 そんな折であった。


神風「ち ょ っ と ま っ て」

朝風「いい話してるところ待って、ねえ待って」

春風「お待ちになって……私、今、とても混乱しています」

松風「僕もだ。少し待て。情報を整理させてくれ……」

旗風「お待ちください、司令」


 ――――六月の護衛遠征ラッシュ時に、朝風と松風、旗風が発見され、艦隊に加わり、ついに勢揃いした神風型の面々が待ったをかけていた。


提督「おお、神風、朝風、春風、松風、旗風。ウチにはもう慣れたか? 青葉と衣笠から聞いたが、ウォーターベッドが届いたって?」

酒匂「アレって寝心地いーよねえ。疲れの取れ方が段違いだよね!」

神風「あ、その節はお世話に……じゃなくて、質問いいかしら?」

提督「何だ? ロードバイクなら遅くても三週間後、早ければ来週には納車予定だぞ」

朝風「えっ、ホント? やったあ!」

春風「ふふ、楽しみですね朝風さん」

松風「それは嬉しいニュースだね。だけど今、僕たちがキミに聞きたいのはそれじゃあないんだよ」

旗風「ええ……きっと、神姉さんも松姉さんも、旗風と同じ疑問を抱いているものと」

酒匂「ぴゃ?」

明石「どうしたの?」


 彼女たちは同時に息を吸い、同時に言葉を発した。


神風型「「「「「「司令官(様)、(お)歳はいくつ(なの)(よ)(ですの)(なんだい)(ですか)?」」」」」


 思いのほか大声となったその声は、工房内でロードバイクの調整をしていた他の艦娘達の耳にも届く。

親潮「―――――そういえば、おいくつなのでしょう? 黒潮さんはご存知かしら……」

浦波「……着任前ということは、三年以上前……背が伸びたって……若い方だとは思ったけれど……磯波姉さん、ご存知ですか?」

磯波「えっ、あ、はい……知ってます、けど……心して聞いた方がいいと思いますよ?」

沖波「あっ……え、えっと、沖波は姉さまから聞いたけれど……」

藤波「あー……私も。うん、びっくりするよね」

水無月「水無月もうーちゃんから聞いてるから知ってるよ? 司令官はさんじゅ――――」



提督「――――今年で二十歳だ。これ乗ってた頃は七年前ぐらいだから……まだ中学上がりだったな」



 水無月は得意げに口を開いたまま、硬直した。

 その背後で卯月がうっそぴょーんと笑いながらぴょんぴょん跳ねていた。


朝風・松風「嘘だッッッ!!!」

神風「その落ち着きようはどう低く見繕ったって三十代でしょ!? だ、騙そうったってそうはいかないんだから!!」

旗風「さ、流石に、それは……それですと、逆算すると、とんでもないことに…………」

春風「!? !?!? !?!?!?」


 神風たち新参の狼狽えっぷりは相当なものであった。


神威「流石に冗談だと思いますよね……神威もそうでした」

江風「……まあ、ビックリすンよなァ。車の免許証見せてもらうまで信じられなかったし」

初月「着任当時16歳とはな……聞かされた時は本当に驚いたものだ」

嵐「なー?」

萩風「本当に」


 すでに姉妹や先輩たちに聞いていた艦娘の表情は苦笑いである。

 水無月は絶句していた。その背後でしてやったりとばっかりに卯月が笑っている――――なお三十代と伝えられて、水無月は本気で信じていたもよう。


提督「俺……そんなに老けてるかな……」


 地味に傷ついている提督に対し、艦娘達は思った――――顔云々ではなく精神性の話をしているのだと。


神通「神風さん達……気持ちはわからなくもありませんが、嘘じゃあありませんよ」

最上「あははっ、ボクも最初は驚いたけど、嬉しかったよ。同じぐらいの年頃の男の子とお話しできるって、なんかわくわくしない?」


鈴谷「鈴谷もー! 厳格そうなおじさま提督より風通しよさそうだし、賑やかだったし! 鈴谷はうまくやってけそーって思ったし、うまくやってこれたじゃん?」

千代田「ま、まあ、昔っから頼りにはなったけど、ね。最初はちょっぴり不安だったわよ? ちょっとだけよ? ちょっとだけ……い、今は、心から信じてるから」

提督「サンキュー最上、鈴谷、千代田」

青葉「! 司令官! 青葉、気づいちゃいました!」

提督「何に?」

青葉「司令官が今乗られているバイクが少しサイズ小さめのに乗ってるのって、一年前ぐらいに買ったからですか?」

提督「……正解。特にF8な……予約注文した時にはサイズはベストフィットだったんだよ。でも……」


 提督は見るからに肩を落とし、深く息を吐く。


提督「もう背が伸びるのはそろそろ止まるだろうと思ったんだが……まさかこの一年で8cm以上伸びるとは思わなんだ……」

明石「流石の提督も己の身長の伸びまでは予測できませんでしたか」

提督「できるかンなもん。まあ、その分はステム伸ばして調整して……誤魔化し誤魔化しで乗ってんだよな」

武蔵「昨年まで私や大和と同じぐらいの身長だったものな」

長門「うむ! 着任当時は私より小さかった!」

提督「……………そうだな」


 目に見えてテンションが下がる提督。男にはちっぽけなプライドがあるのだ。安いプライドだ。誰もがそれにしがみ付いて生きている。


金剛「何を暗い顔してるのサー、提督ぅー! あの頃の提督も、今と変わらずとってもステキデース!」

提督「キュン」


 提督のテンションがやや上昇。


比叡「はい! 当時は私とあんまり身長変わりませんでしたね!」

提督「シット」


 元通り。


榛名「なんだか遠い昔のことみたいですね」

霧島「あの頃の司令は、今よりも余裕のない顔をされていましたね……今のお顔の方が、その、す、す……よ、良いと思います、よ」

提督「キュン」


 提督のテンションがかなり上昇。


日向「どちらの頃の提督も、私は嫌いではないぞ」

伊勢「あはは、懐かしいねえ。あの頃の提督は可愛かったなー♪」

扶桑「あの頃からとても素敵な殿方でしたが……ますます魅力的になりました」

提督「サンキュー日向、ファッキュー伊勢、空が青くて綺麗ですね扶桑」


 日向と伊勢でプラマイゼロ。扶桑でテンションはかなりアゲアゲに。


長門「? 今や私より拳大ほど背が高いではないか。何を一喜一憂している?」

陸奥「長門。提督はね、男の子だからよ」

長門「??? 何を言っているのだ陸奥? 男児だろうが女児だろうが、身長の高低など大した問題ではない。大切なのは心根だ」

提督「キュンキュンキュンキュンキュンキュン」

扶桑「提督が未だかつてなくときめいたわ!?」


 提督は熱血に弱かった。今も昔も熱くさせるものが好きである。

 さておき。


提督「ま、話を戻すが――――ニ十歳だ。今年で」


神風「ほ、本当、なの……?」

朝風・松風「「ぶ、ブラック鎮守府……?」」

春風「むしろ大本営がブラックすぎでは……?」

旗風「今も未成年の司令官を……どういうことです?」

提督「――――ま、その辺りの話は、機会があったらおいおいな。長い話になるから……こんなところで気軽に話すことでもなし」


 話は終わりとばかりにパン、と手を打ち鳴らす。


提督「そんなことより、試乗車でサイクリングに行くんだろ? 酒匂のシェイクダウンもある――――ついていってやれよ、神風型」

酒匂「そ、そうだ! そうそう! 神風さんたちー! 酒匂と一緒にサイクリング行こうよー!」

神風「え、あ、は、はい! 酒匂さんって言ったかしら?」

朝風「いいわね! 納車される前にしっかり身体づくりしておかなきゃだし、朝の優しい日差しも好きだけど、昼の暑い日差しの中を走るのもいいわよね!」

松風「そのおでこで日光を反射するもんな、姉貴は」

朝風「――――表に出ろ」

松風「勿論出るさ。ロードバイクでね。一勝負、するかい?」

朝風「じょ~~~~っとうよ! 泣きべそかかせてあげるからね!」


春風「も、もう……朝風さんと松風さんったら」

旗風「ふふ、いいではありませんか、春姉さん。喧嘩するほどなんとやら、ですよ」

提督「球磨と川内みたいなもんだな」

春風(それはありえません)


 視線がぶつかり合うだけで空間が歪むほどの殺気が撒き散らされるのは、喧嘩の枠中には入らない。入ってはいけない類のものだ。

 唸り声を上げる朝風の視線を見えないもののように飄々とした態度で、松風はロードバイクを転がしながら外へ出る。

 朝風がそれに続き、神風・春風・旗風もまた酒匂と共に工房を去っていく。

 そのタイミングだった。提督の横に立つ艦娘が――――武蔵が口を開く。


武蔵「そう気に病むこともあるまいよ……ナリだけでもなく、実力だけでもない。実績を積み重ね、名実ともに太くなった。匂い立つような男ぶりではないか。思わず見とれてしまうぐらいだ」

提督「お前に言われると悪い気はしないな」

武蔵「私だけじゃあないぜ。みんなそう思ってるさ――――その横に、立ちたいとな」


 着任当初……というか古参から中堅にかけての艦娘達は、当時16~17歳の提督を知っている。

 多くの艦娘が提督を認めた。


 提督・司令官として。

 人間として。父として。兄として。男として。

 多くの理由で、艦娘達はこの提督を求めている。


提督「………何が言いたい?」

武蔵「なあに、物は相談だ――――提督よ」


 あっけらかんと、実に気軽に、武蔵は言った。

 提督だけに聞こえる声で、言った。





武蔵「ケッコンは、しないのか?」






……
………

※っかしーな。香取と鹿島と大淀のニューバイクまで投下できなかった

 日中にロードバイクに乗りつつ艦これのイベントをこなし、SSも書くのは結構キツいのかもしれんね

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香取型練習巡洋艦:香取

【脚質】:パンチャー/ルーラー

 ――――それでは単位はあげられませんね。

 ミスパーフェクト練習巡洋艦・香取。鎮守府内の風紀維持を司る執行部の部長でもある。
 日常生活における隼鷹らの天敵。あの鞭伸びる上に分裂するんですけど。禁鞭か何か? 躾! 躾です!
 ロードレースにおいても野生や爆発力を売りにする連中にとっては天敵。むしろ手玉。あっさりスカされる。理の極点に到達している。
 大淀と共に軽巡ではガチの頭脳派。事務も経理も総務も、鎮守府内のあらゆることは大淀や香取に聞けば何でも分かるレベル。
 ルーラーやオールラウンダーと見まがうほどの万能性を持ちながらも鋭いアタックに平地巡航維持力、スプリント能力を持つ。
 如何せん小柄であり、バリバリの前線組に比べると流石にスタミナに不安要素があるため、提督は悩みながらもパンチャー脚質と判断した。役割としてはルーラーもこなせるという極めてオイシイ万能さ。
 ぶっちゃけ脚質なんて、所詮は目安でしかないというのを体現している乗り手である。
 彼女の元で航海のイロハを叩き込まれた駆逐艦は、座学にせよ実戦にせよ何一つ苦手がない、どれもこれも一線級の性能に仕上げるという仕事人、否、教育者である。
 ただし良くも悪くも無理をさせない。また、教導対象となる本人の嗜好を無視した分かりやすい万能を作るため、特化させるなら別の艦娘。
 本人が苦手がないゆえか、万遍なく鍛えて苦手を消すのが得意で、伸びしろをより伸ばす方針は苦手。ルーラー製造機と呼ばれるようになる。
 多用な艤装を使いこなした経験からか、非常に器用でもある。大淀や夕張と仲良し。野分と舞風がとても懐いている。
 空母や重巡、潜水艦、幅広く交流を持つ。コミュ力がおっそろしく高い。
 物事のコツを掴み、それを他人に理論として教え込むことにかけては神通と並び特級クラス。物覚えの悪い子ですら香取にかかればあっさりモノになる。『先生』の異名は伊達ではない。
 練習巡洋艦としての兵装から火力には乏しいものの、敵の主砲の砲口にピンポイントワンホールショットというキチガイ染みた魔技を編み出した元凶の一人である。
 「豆鉄砲でも使いようです。強さは弱さ。弱さは強さ。強さを伸ばすことも大事でしょうが、弱さから目を逸らさぬこともまた大事なことですよ」とは本人の言。
 実演として12cm単装砲を用いてル級の主砲を爆裂四散させるところを見せつけられながらにそう言われた新参駆逐艦らはただ汗ダラッダラな顔で頷くしかなかったという。
 駆逐艦未満の火力であろうと砲口をピンポイントで狙い撃ちされてはひとたまりもない。
 まさにパーフェクトである。鹿島は憧れの目で香取と大井を見てる。


【使用バイク】:BMC Teammachine SLR01 TWO(carbon yellow)
 スイスのBMC、そのオールラウンドモデルのフラグシップ、チームマシン・SLR01・ツーです。スラムe-tapに乗せ換えています。
 2011年のツール……カデル・エヴァンスの大活躍は燃えましたね。ええ、それでBMCです。ふふ、結構ミーハーなのかもしれませんね、私。
 ですが、もちろんそれだけではないですよ? デザインも気に入っています。意外ですか?
 シートに繋がるトップチューブ部後端の上下の分岐には、どこか全体的に柔らかさを抱かさせる調和がありますよね。
 はい、試乗して決めました。乗ってみてわかることもありますが、とてもふしぎな子ですね、このマシン。
 きわめて剛性が高くはなく、大きなトルクをかけて爆発力を発揮するわけでもない。
 ですが、その力の伝導率は決して柔なものではなく、しっかりと推進力へ変わっていく。
 どっしりとした見た目と裏腹に、軽いのですよ。とてもしなやかに坂道を登ってくれる子です。この軽やかな加速力にやられましたね。
 軽快さ、即ち楽しさ――――楽しいアタックを、山ほど掛けられますね。
 ふふ、提督? 私、運動は得意なんですよ? 特に――――何かに乗るのって……とても。
 乗ったことのないものはまだいっぱいあるんですけれど……ふふ♪ 何を想像したんですか? 『乗り物』のお話ですよ、提督?
 でも……乗られたりすること、あるのかしら……♥

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 姉妹揃って魔性の女。それがロードバイク鎮守府の香取型である。


球磨「おおー!? 鹿島のバイク、見るからに強そうだクマ!?」

川内「いいじゃーん! 分かりやすい! 好きだなー、こういうの!」

天龍「ダウンチューブ太ッ! デカッ!?」

香取「そうでしょうか? ふふ、五年ぐらい前に比べると、これでも大分大人しくなったんですよ、この子」

大淀「こ、これでですか……? あっちこっち角ばってますね。丹念に削り出された彫刻のような……」

夕張「おおお! BMCだ! それも2018年度モデル! シート部のブリッジなくなったんだ、へぇー、へぇー……これはこれでいいなぁ、かっこいいなぁ」


 「ところで今、西暦何年?」というツッコミを入れてはいけない。決して……。


香取「ふふ、夕張さんには提督からいただいた大事な『特別』があるじゃないですか。他の皆さんも」

川内「そうそう。いいなー、妬けちゃうなー」

夕張「あ、ははは……て、照れちゃうよ。もちろん私にはスペシャリッシマが一番だけど、いろんなバイク見ると楽しくなってきちゃってさ」

球磨「それは分からなくもないクマ。でもやっぱり自分のバイクが一番だクマー……カーン……カーン……カーン……♪」

川内「連呼すんな。うちの那珂ちゃんがやけに怯えんのよそのバイク」

>>133修正
球磨「おおー!? 香取のバイク、見るからに強そうだクマ!?」


球磨「ここに那珂はいねークマ。それに夜戦夜戦と所かまわずうるせえバカにどーこー言われる筋合いはねークマ」

川内「あ? やんの? レース? レースしたいの? 私のおしり眺めながら敗北噛みしめたいの?」

球磨「お? 球磨に勝てると思ってんのかクマ? おしりどころか視界に入らないぐらい大差付けて負かしてやるクマ」

長良「やめなよ二人とも。今日はレースとかそういうの無しって取り決めしたでしょ? 鬼怒呼ぶよ、鬼怒」

川内「やめて! 分かった、喧嘩しないから!!」

球磨「やめろクマ! それだけはやめるクマ!!」


 川内・球磨は鬼怒を交えてサイクリングロード周回コースを走ったことがある―――――詳細は省くが、平地でハンガーノックになりかけたという。

 坂があるならともかく、平地オンリーはTTスペシャリストばりの高速巡航と馬鹿げたタフネスを備えたスプリンターたる鬼怒の独壇場であった。

 二人とて体力に自信はあるが、いわゆるコドモの体力にはついていけないというアレだ。


天龍「それはさておきだな……ウチの試乗車のラインナップにBMCのエントリーモデルがあったよな? 敷波や沖波がやたら気に入ってたぞ、そのメーカー」


 提督曰く「サイコガンダム的な立ち位置のロードバイク」だという。「成程、わからん」と天龍は首を傾げた。分かる筈もない。


阿賀野「はぁー、いろんなバイクがあるのね。阿賀野、それは乗ったことなかったなぁ」

長良「みんな違うからいいよねえ……同じじゃ面白みないよ!」

香取「ふふ、ですよね」

大淀「そういえば妹さん――――鹿島さんは何のバイクを? 彼女もBMCですか?」

香取「…………あの子は、その」


 香取は頭痛をこらえるような渋面を作った。というのも、なんと鹿島は提督に――――。

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香取型練習巡洋艦:鹿島

【趣味】:ヴィンテージバイクコレクション(ポタリング派)

 ――――行きたい場所はいっぱいあるけれど、生きたい場所はいつも一つですよ。

 全ての提督にとって最大最強の敵の一人。ナチュラルボーンエンチャントレスこと魔性の鹿島。本人に自覚があるタイプなのでタチが悪い。
 戦艦は伊勢・日向やウォースパイト、空母/軽空母はグラーフや鳳翔、水母なら神威や瑞穂らがヴィンテージバイク好き。ポタリング用のサブバイク持ちは他にも結構いる。
 足柄や多摩をヴィンテージバイク好きと見るかが問題である。どっちかと言えばファニーバイク好きと見るべきか。
 レアパーツ集めが好きな子も出てくる。最上型と古鷹型がはまさにそう。クラシカルなバイク大好き。駆逐艦では菊月やマックスなどは実にシブいのに乗っている。ダブルレバーって素敵やん?
 どいつもこいつも提督が持っているロードバイクのヴィンテージこれくしょんを1話の時の長良ばりのヤバい目で狙っている。
 サンツアーのシュパーブプロのコンポフルセットとか、カンパの初期レコードとか、マジストローニ社のヘッドパーツとか、各メーカーのコロンバスフレームとか50年代のオルモとか、スピナジーのバトンホイールとか、往年のプロ選手のレースジャージとか。
 やらん! やらんぞ! やらんからな! なお結局上げることになるもよう。「お父様、私たち、お嫁に参りますわ」と言われた父親気分で送り出したという。馬鹿だ。
 まだ新参の域を出ない鹿島だが、姉の香取の教育もありすくすく成長中。香取曰く「練度は99になってからが本番」。ケッコンカッコカリもしてねえのになんだここの艦娘共の強さは。
 軍艦時代の井上提督の教えをそのまま体現したような香取の教育方針に共感を示すとともに尊敬と敬意を払っており、姉妹仲は極めて良好。
 第四艦隊の旗艦繋がりで那珂、練習艦として大井と交流を持つ。この鎮守府の那珂と大井はやたら女子力高いので色々学んでいる最中。甘えるのが非常に上手い。
 最近だと提督の持つ80年代のピナレロ・モンテロを恋する乙女の目で見てる。袖をくいくい引っ張って何かを訴える潤んだ眼差しで提督を見上げるとか。
 やめろ鹿島……その視線はここの提督にすら効く。やめて差し上げろ。

【使用バイク】:CHINELLI LASER(1980年モデル極上品)
 鹿島のバイクは当時一世を風靡したエアロデザイン! 御存じイタリアブランド・チネリ――――走る芸術品、レーザーです!
 えっ、知らない? ……うふふっ、それじゃあ手取り足取り、鹿島が優しく教えてあげますね♥
 自転車の伝説的なメーカーがチネリ、80年代当時は全盛だったスチールフレームにおいて数々の伝説を生み出した名車中の名車なんですよ!
 なによりもこの外見、どうです? 素敵でしょ? ロードレーサーとしての獰猛さと繊細な佇まい、無駄のないフォルム……。
 コンポーネントはカンパのCレコード組です! ペダルもトゥークリップ式! ふふっ、いいでしょ? ダブルレバーもすごく使い心地良くって♪
 一目惚れだったんですよ、提督さん。貴方と出会った時みたいにね……♥

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 提督が手勢の艦隊を率い、イタリアの窮地を救ったのは何年前のことだったか。

 現地のロードバイク好事家から新品のチネリ・レーザーを始め、多くのヴィンテージロードを譲り受けたのは、果たして何年前のことか。

 二年前? いや、二年半前だったか。

 ……まぁいい、彼にとってはつい昨日の出来事だが、彼女にとっては多分明日の出来事だ。

 彼女には『有明の女王』とかいろんな通り名があるから、何て呼べばいいのか。

 とにかく提督にとっての彼女の名前は一つきり――――鹿島。

 そう、彼女は最初から言う事を聞かなかった。提督の言うとおりにしていればな。まあ、可愛い子だよ。


提督「」


 提督が鹿島に出逢ったのは、確か昨年の秋のことだ。

 鹿島は最初からいうことを聞かなかった。特にこのロードバイクを一目見てからというのも、そのまんまるの瞳の中にはハートマークが浮かびっぱなしだった。


提督「そんな装備で大丈夫か(震え声)」

鹿島「鹿島、これがいいです。これじゃなきゃ、嫌です」


提督「ふ、古いバイクだよ……? ほ、他にもほら、いっぱい、最新のバイクが……」

鹿島「ヤです! これがいいです!! これ欲しい! 下さい、提督! 私、私、なんでもしますから!」


 鹿島は言っている――――このロードバイクを寄越せと――――。

 鹿島にとっては幸運なことに、そのチネリ・レーザーは鹿島の身体にベストフィットサイズであった。


鹿島「くれないの……? なんでも、何でも言う事、聞きますよ……?」

提督「あ、いや、その……こ、これは、これは俺の大事なこれくしょ……」

鹿島「鹿島より、大事なんだ……?」

提督「い、いや、おまえをこれくしょんにした覚えはないって言うか……モノとおまえを比べようがないっていうか」

鹿島「ぐすっ……て、提督さん、だめ? だめ?」

提督「あ げ る」



 ――――ああ、やっぱりダメだったよ。提督は演技ではない女の涙にめっぽう弱いからな。


 提督のロードバイクこれくしょんの中でも一二を争うお気に入りの一台であった。ここまで極上の状態を保つレーザーは世界広しと言えど十台存在するかどうか。


鹿島「やったぁ! ぐしゅっ……提督さん、ありがとう……優しいんですね」

提督「」 


 こぼれる涙を拭いながら、しかし逆の手でしっかりと絶対にもう話すものかとハンドルを握りしめる鹿島。ああ、もうあれは二度と俺の元に戻ってくることはないのだろうなと、提督は思った。

 提督は鹿島の笑顔を護れたが、代わりにロードバイクを失った。

 サイズ的に乗れないとはいえ、盆栽バイクは提督の癒しの一つであった。


 盆栽バイク:まさに盆栽の如くディスプレイされるだけのロードバイク。


 なおどんどん提督の凡才バイクは奪われていくことになる。三隈とか三隈とか、特に三隈とかに。くまりんこ♪



……
………

※鹿島といい三隈といい、ラグの綺麗なクロモリロードが似合うと思います

※やだ……読み返したら私、チネリの綴り間違えてる上に盆栽バイクが凡才バイクに……!

×:CHINELLI
〇:CINELLI

Hがあったら健全じゃなくなっちゃうというオチ(ry
誤字が多いだらしない>>1ですまない


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大淀型軽巡洋艦:大淀~その2~

【脚質】:クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)

 ――――私だって、たまには一人で思いっきり走りたい時ぐらいありますっ。

 ミスパーフェクト軽巡洋艦・大淀。執行部副部長。
 副部長なのはかつて部長だったが別の仕事が多岐に渡りすぎて流石に手が回らず香取に引き継いだため。要は副部長という名の相談役、最後にして最恐の監査である。
 秋雲を旗艦とする同人サークルの天敵。この淫らな本を書いたのは誰ですか……? 明らかに重力が増したような威圧。盤古幡か何か?

 軽巡内では矢矧や天龍に並ぶ長身。シルエットが細身で足がおっそろしく長いので目立たないが、下半身の肉付きが素晴らしい。
 細身だが馬鹿げた出力を持つ脚を持っており、蓋を開ければ素晴らしい回転効率を保ちながら高速回転させるTTスペシャリストだったというお話。
 提督も前々から「いい脚してんなー」と(性的な意味皆無で)思われてた。
 登坂で爆発できるカンチェラーラタイプのTTスペシャリスト。(という名の宇宙人)
 楽しいことは苦ではない、という意外なことにシンプルな嗜好。天龍に良い影響を受けた軽巡の一人でもある。性格はまるで正反対だがウマが合う。意外なこと!
 頭脳明晰でレースでもその頭の回転の速さは活かされるが、本領はプレッシャーや期待を掛けられれば掛けられるほど強くなるところ。本番で120%出せるタイプ。
 自己管理能力が極めて高く、レースまでに肉体・精神の両方でベストな状態に仕上げてくるところも脅威である。キラ付けは完璧です!
 足柄も似たようなものだが、大淀の場合はもはやライフワークと化している。
 半面、複数日にわたって開催されるステージレースは好きではない。できなくもないが、ワンデーレースで搾り切る感覚が好きらしい。
 デスクワークが主体ではあったものの、もともと運動好きで、レース用ロードバイクに乗ったことで己がスピード狂であることにも気づいてしまった。足柄ァ!

 公私ともにまさにパーフェクト――――なのだが、恋愛には奥手で消極的。
 なまじ頭が回るせいで色々とロジカルに考え過ぎて、恋愛的な選択は最終的に心に従う。女としての自分を選ぶというの?
 そういう意味でロードバイクにハマッたのは必然とも言える。頭の中を真っ白にしたいお年頃。
 戦後となり現状は比重の重すぎる作業の引継ぎを順次行っている。気が楽になった反面、その分提督と接する時間が少なくなってちょっと寂しいとか思う自分に赤面。乙女か。
 なお以前はうやむやになった提督とのサイクリングデートは無事に履行されたもよう。ドイツの洋館風な喫茶店に赴き、提督と二人きりで至福のひとときを過ごしたとか。


【使用バイク2】:Cerv?lo S5 2013 Tour de France 100th special edition
 本拠地をカナダ・トロントに置くロードバイクメーカー、サーヴェロ。
 そのエアロロードのフラッグシップ、S5です。サーヴェロがエアロロードに極めて高い評価を持つのは御存じですよね。
 トライアスロン用のバイクだけじゃないんですよ、ふふ。
 そしてこのバイクは、2013年に通算100周年を迎えたツール・ド・フランス――――その記念モデルとして販売されたスペシャルエディションです。
 黒地のフレームに蒼の格子模様を施したロゴがマッチしています……意外なこと!
 ところで皆さん、サーヴェロの名前の由来を御存じですか?
 Cerveloの「e」は「?」と表記されます。Cerveloではなく、Cerv?loです。
 イタリア語で「頭脳」を意味する「cervello」とフランス語で「自転車」を意味する「v?lo」を掛けてサーヴェロ……。
 あらゆる風を切り裂く鋭利なデザインの、卓越した頭脳を備えたロードバイクなんです。

 え、っと……提督も、その……私に似合うと、仰って、くれたので。

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川内「…………まあ、御覧あそばせ阿賀野さん。あの大淀って子、提督に買って貰ったバイクをほったらかして早々に別のバイクに浮気してるわ……!」ヒソヒソ

大淀「………(貴女の妹だって二台買ってるじゃないですか……!!)」


 ポタリングも好きだが、足柄のレース用ロードバイクを借りて走ってるうちに頭の中が真っ白になるぐらいシャカリキに回す魅力に気づいた大淀は、日に日にその欲望に抗えなくなった。


阿賀野「川内さんもご存知? 全くけしからん子だわ! アレコレとっかえひっかえなんて品性を疑うわ……!」ヒソヒソ

夕張「スカートにスリットまで入ってて、卑猥、卑猥よ……執行部副部長が聞いてあきれるわ」ヒソヒソ

大淀「………(貴女たちだっておへそ出してるじゃないですか!?)」プルプル


 もちろん、大淀は今でもトマジーニ・シンテシーの見た目も乗り味も好きである。

 ラグフレームの美しさは近年のカーボンバイクからは失われたものだ。細身のパイプを繋ぎ合わせたフレームは実にスマート。

 レトロな外観は歴史の重みを感じさせる一方で、上品な高級感をも纏っている。

 年代を重ねて味わいが深まる色褪せない魅力がそこにあった。

 ――――だがポタリングの楽しさとサイクリングでガッツリ走る楽しさは似て非なる別物である。


球磨「まったく卑しい軽巡クマ! 司令部施設でナニをしてるんだクマ……? それはとっても意外なことクマ?」ヒソヒソ

大淀「」ブチッ


 気が付けば大淀は虚ろな目で、足柄から借りていたロードバイクと同じタイプのエアロフレームを発注していた。

 100周年記念のS5……税込み100万円の完成車である。

 しかもコンポは最新のシマノDi2に乗せ換え、ホイールもライトウェイトのマイレンシュタイン・オーバーマイヤーという大盤振る舞い。

 ジャージにペダルにハンドルにと、出費は更に加速した。

 ――――なお自腹である。

 当初は2~3万でロードバイク買おうとしていた子がロードの暗黒面に堕した瞬間であった。


大淀「次のボーナス査定を楽しみにしていなさい貴女達……!!」

川内「ちょっ!? 何言ってくれてんのこの鬼畜メガネェ!? 神通と那珂ちゃんと一緒に伊豆半島ナイトライドする計画がおじゃんになるじゃんか!!」

香取(……私は琵琶湖がいいですね。湖岸の道は丁寧に整備されていて、とても走りやすいと聞きます)

球磨「そ、それはヒドいクマ! 職権乱用だクマ!! 球磨の楽しいしまなみ海道旅行がポシャになるクマ!?」

長良(しまなみ海道かぁ……長良も行きたいなぁ……妹たちや第十戦隊のみんなと一緒に走りたいなあ……きっと楽しいだろうなあ……)

夕張「やめて!? 私だって次の長期休暇に秩父のダム巡りとかしたいし、さみちゃんやらぎちゃん連れて軽井沢サイクリングにも行きたい! 欲しいホイールやペダルがいっぱいあるの!」

天龍(…………オレは断然、沖縄だな。やっぱあの景観は一度観ときてえ)

阿賀野「あ、阿賀野だって妹たちと乗鞍に行きたいのに! 白川郷を観たいの! 買いたいローラー台だってあるのに!」

大淀「だまらっしゃい。訂正してください! 私、う、浮気なんてしませんっ! それはそれ、これはこれなんですっ! 別物なんですっ! 思いっきり走りたいときだってあるんですっ!」

長良「すっごくわかる」

大淀「そりゃあなたはわかるでしょうよ!!」

長良(なんで長良、怒られてるんだろう)

香取「お、落ち着いて大淀さん」

天龍「ああ、落ち着け。いろんな試乗車乗ってるのはおめーらもだろ……あんまからかったりすんなよ」

川内「じょ、じょーだんだってば、あははは………すいませんでした」

球磨「そ、そうクマそうクマ………ごめんなさいクマ」

夕張「悪乗りが過ぎた。ごめんごめん」

阿賀野「ごめーんね♪」

大淀「まったくもう!!!」


 大淀がそんな感じで、物欲に負けた話であった。


【悪夢の後日談】


 阿賀野のダイエット生活が始まって三日が過ぎた頃のことだ。

 いつも通り書類関係の雑務を速攻で終わらせた提督の元を、武蔵が訪ねてきた。


武蔵「なぁ、提督よ。一つ頼みがあるんだが」

提督「ロードバイクか? 発注なら先日済ませたが、変更があるならまだ間に合うぞ」

武蔵「先読みで答えるのやめろ」

提督「違うのか?」

武蔵「………いや、ある意味で間違ってはいないのだが、おまえのロードバイクを貸してくれないか? 試乗車が余ってなくてな」

提督「ああ、そっちか。武蔵なら丁度いいサイズだと思うが、何に乗る?」

武蔵「私はやはりレース向けのモデルに乗るからな。件のF8をお貸し願いたい――――んだが」

提督「はは、考えることは同じだな。1時間ぐらい前に長門がホクホク顔で持ってったよ」

武蔵「むぅ……先を越されたか。なら、他のバイクは?」

提督「御覧の通り、そこにあるのだけ」


武蔵「……まぁ、それならそこのクロモリ――――カザーティ・ピエトロ1920を。大和のダイエットがてらだし、精々のんびり走るとするさ」

提督「そうしろそうしろ。あ、コケるなよ?」

武蔵「誰に言ってる、ははは。それではありがたく――――――しかしなんだな、提督」

提督「ん?」

武蔵「雪風から聞いたぞ。一勝負したんだって?」

提督「自分で言いふらしてんのか雪風は……」

武蔵「ああ、しれぇは凄いって、子供みたいに目を輝かせてな……色々聞いたよ」


 提督からルック・586をプレゼントされて機嫌を直した雪風は、その日の提督との勝負の顛末を、あちこちで語った。

 いっぱいいっぱい頑張ったけど勝てなかった。

 しれぇは凄いハンデを持っていたのに、負けてしまった。

 武蔵が言うには、悔しさをにじませない、憧憬ばかりが募った声と口調だったという。


提督「…………そっか(いい負け方、させてやれなかったな)」

武蔵「その日、提督が乗っていたのはF8じゃなかったそうじゃないか―――――『これ』で雪風に勝ったんだって?」

提督「あー、うん。まあ」


 武蔵が呆れた表情で指さすのは、件のカザーティ・ピエトロ1920である。

 クロモリ製のロードバイクフレームだ。フレーム重量は優に1.74kgにも達する。900gに達しないF8と比して、その重さはヒルクライムにおいて致命的である。

 ましてその時の提督は、ヒルクライムにまるで向かないカーボンディープホイールを穿いていたというのだから呆れるほかなかった。

 純粋なレーシング仕様のロードバイクではなかった故に、島風もサイクリングロードを走っていた時点でそれに気づき、挑むのを諦めた――――否、見送ったのだ。

 提督の技量ならばそれでも勝負はできただろう。だが「ベストな提督に挑んで勝ってこそ、その勝利を誇れる」というのは島風の矜持の問題であった。


武蔵「クロモリの重量にホイール不一致のハンデ……ナメてかかったのか?」

提督「馬鹿言え。そもそも最初は勝負する心算もなかったんだよ。あくまでトレーニングのつもりだったからな」

武蔵「フ、そうか……ああ、おまえが疲労困憊だったことも聞いたぞ? 辛勝とはらしくもない」


 からかうように口元を釣り上げ、武蔵が台座からピエトロ1920を持ち上げようと手を伸ばす。


提督「馬鹿言うな、アレは他にも理由が――――って、あ」

武蔵「ん? なん……なんだと」


 提督の声に少し注意を取られながらロードバイクを持ち上げた武蔵は――――口を大きく開けたままに、硬直した。


武蔵「な……なんだ、これ……は……」


 右手から伝わる異常さに、武蔵は眉をひそめた。

 ――――重い。

 クロモリフレームであることを考慮しても、違う。
 ・・・・・・・
 これは重すぎる、と。


提督「―――――いけね」


 提督は椅子から立ち上がってピエトロ1920を武蔵から受け取る。

 シートポストをアーレンキーで緩めて引き抜き、クルンとロードバイクを上下反転させた。

 ごどん、と重量感溢れる音が、マットレスを敷いた床の上に響く。


提督「シートポストに重し、入れっぱなしだったな」

武蔵「…………!! そ、れは、なんだ?」

提督「6キロの重りだ。ジャージに縫い込むとバランス狂うからバイクに仕込んでるんだよ。脚に仕込むとペダリング阻害されるし、シートポストだと重心狂わんからな」

武蔵「な、なんでまたこんなものを」


提督「? だからトレーニングだよ。平地はともかく、登坂時にかなーり効いてくる。あの日の予想外の追加トレーニングで流石に疲れて、取るの忘れてたぜ」

武蔵「はは、流石にストイックで…………待て。これはいつから仕込んでた?」

提督「三日前に」

武蔵「―――――」


 それは阿賀野がダイエットを開始した日であると共に、提督が雪風と勝負した日である。

 ――――既に雪風のクライマーとしての強さは、鎮守府では噂になっている。

 そして武蔵は、天才でありながらも努力家である。一時はそれを鼻にかけ、天狗になったこともあるが文字通り提督に粉砕された。

 本格的にロードバイクに乗るにあたって、事前知識として脚質のことも学び、ロードバイクに関して広く知識を身に着け始めていた。

 武蔵は既に知っている――――ヒルクライムにおける重要なファクターは、単位重量当たりの動力である。

 重ければ重いほど、速度を上げるためには力がいる。言うまでもなくバイクそのものに動力は存在しない。下り坂を除けばあくまで人間の力で動くものだ。

 だからこそクライマーがより軽い体重とバイクを求めるのは必然であった。体重は軽くし過ぎればパワーを失う。その犠牲を可能な限り少なくするために、軽い機材、軽いロードバイクフレームを求める。

 クライマーがこぞって軽いバイクを欲する傾向にあるのは、そんな理論があるからだと、武蔵は知っていた。

 故にこそ、呆れと敬意が混ざった声で、ため息をつくように言った。


武蔵「………これで、勝ったのか。雪風に」


提督「見縊るな。そもそも負けるかっつーの。鈍ってるとはいえ、雪風がクライマーとはいえ、始めて一年どころか一月に満たん初心者に負けるほど鈍り切ってねえよ」

武蔵「………頭が痛くなってきた。その、なんだ、おまえ、その―――――それで鈍ってるのか」

提督「五年……いや、四年前の全盛期と比すれば、今の方が速いが、ベストじゃないな。鍛え抜いたときの想定からすれば六割ってとこだ。

   特に勝負勘と反応がどうにも……勘を取り戻すにはもうちょいかかりそうだな。

   それと筋力トレーニングというより回転効率だな。足の長さまで変わっちまったから、筋肉を使い分ける回し方が少しぎこちなさを感じる。

   今の俺の身体とペダリングや重心を加味して、もっと馴染ませんと。」

武蔵(――――見栄でも誇張でも強がりでもない。この男がそう云うのなら)


 島風や雪風から見ても、提督は完成されているように見えていた。それが更なる飛躍を遂げると聞いたならば、あの二人はどんな顔をするのか。

 武蔵はそれを想像して、ますます頭痛が酷くなった。


武蔵「クライマーは可哀想にな……提督がこれほどの目標だとは、そうそう乗り越えられんよ」

提督「ん? 俺はクライマーじゃないけど?」

武蔵「……………は?」


 そしてその言葉に、武蔵はとうとう頭の中が真っ白になった。


提督「俺の身長で体重70kgオーバーのクライマーがいるかっつーの」

武蔵「」


 提督の身長は現在182cm。鎮守府では最長の身長を持つ大和や武蔵、そのヒールのような形状の艤装を外せば拳一つ分は背が高い。

 その身長に対し70kgオーバーは、クライマーからすれば太り過ぎである。

 武蔵は思った。


 ――――それでこそ提督。


 そしてこうも思った。


 ――――いい加減にしろよ提督どこまで化け物だ。


 その名に恥じぬ『天下無双』――――『全世界最強の艦娘』と謳われた武蔵も、流石に絶句である。


武蔵「なあ……もうひとつ聞いていいか、提督」

提督「おう」


 武蔵にしては珍しくも恐る恐ると言った風な言葉は、かつて島風が尋ねようとしたことと同じで、



武蔵「―――――きゃ、脚質は、なんだ?」



 にこやかに笑みを浮かべ、提督はこう答えた。



提督「――――秘密だ」






【悪夢の後日談:艦】

※次回はオリョクルズ

 その次は睦月型をやりたいような……夕雲型編もいいような……テクニック編をやりたいような

※たろいも。更新遅れてすいません、もうちょっとかかるんじゃ。
 書いてた時点でニムもヒトミもイヨもごーちゃんもいなかったもんだから追記追記



 ――――というのは建前で、実は赤城山ヒルクライム行っててな……。
 えがっだー……もう背筋バキバキで尻が痛い。


【4.5 鉄血のオリョクルズ】


 ――――始まりは、鉛色の音だった。


 いつから自分が其処に在ったのかは分からない。

 いつから自分が底に在ったのかも分からない。

 ここは暗い海の底。

 ここは冷たい海の底。

 まっくらでつめたい水底で、ただじっと目を閉じて膝を抱える自分がいた。

 どぉん、どぉんと、遠く響く砲火の音。

 いのちの音が消えていく音。

 目を開いても、何も見えない。まっくらで濁った水の中、私は必死に身を丸めていた。

 冷たさをこらえるように、耳を塞ぐように、目を瞑ってただ音を聞く。

 これが私の初めて認識した世界だった。それでも意識だけははっきりしていた。

 耳を塞いでも全身を刺し貫くようなどす黒い深淵の底から響く音が聞こえた。

 ……そうだ、全部聞こえていた。私には最初から全部聞こえていたのだ。


 改めて目を開く。何も変わらなかった。

 そこはただひたすらに黒かった。

 ふよふよとした浮遊感があっても、そこに一定のベクトルがない。浮いたり沈んだりと、漂っている。

 上も下も分からない場所。まるで宇宙に一人取り残されたような心地だと、今ならそう表現するだろうか。

 ただはっきりと音だけが響く。色を宿した音。殺意に塗りつぶされた赤い色と、絶望を悦ぶ黒い色が、まだら模様になっている。

 それは声だ。世界を憎悪する声で作られた、怨嗟の詩だ。

 血の通わない悲哀がある。破裂する憤怒がある。氷みたいな慟哭の音だ。

 癇癪を起した子供のような感情の発露は、大人だって敵わない特大の暴力を伴っていて。

 色のない自分たちを、せめて赤く色づけしたいと叫んでいた。

 尚更に深まるくろに絶望して、彼女たちは更なる赫怒に身を焦がす。


 シズメシズメと、ウタをウタうのだ。


 …………こわい。 

 くらい。

 なにもみえない。


 つめたい。さむい。

 おなかがすいた。

 だんだんいきがくるしくなって。

 だけど、上も下もわからなくて。

 こわい。つらい。くるしい。さびしい。

 初めての感覚は、思い返せば散々なものだった。


 それがとても嫌だと思ったから、腕を動かした。脚を動かした。


 だけど何も変わらない。漂うだけの私は、どちらが上でどちらが下かもわからないから。

 ただもがいているだけだった。

 ケタケタと笑い声。

 私の様を嗤う声。

 無駄なあがきだと、無様だと、何をやっても意味などないのだと。

 くやしかった。つらかった。なさけなかった。


 ―――――無様か。無駄か。無意味か。それの何が悪い。 


 嵐のように渦巻く音に、不意に他の音が混ざった。

 ほんのわずかな小さな音だ。


 ―――――必死に生きようとすることの何かおかしい。こいつは、名前も知らないこいつは、お前らよりも遥かに『生きて』いる。足掻くことは、生きようとする意思だ。


 どくんと、心の内側から、強く音が響いた気がした。

 何もかもを呑み込む悪意の黒に挑む音。

 誰かの『こえ』と一緒になって、黒い色を打ち消そうと挑んでいく音。


 ―――――扶桑、山城、伊勢、日向。お前たちの心火を、生を嗤うクソガキどもに叩き込め。

 ―――――殴って仕舞いにゃしてやらん。潰せ。俺の眼前に欠片であろうと、こんなものが存在するのは許さない。


 わずかだと思っていた音は、とても力強いことに気づいた。

 了解と、応と、各々が声を上げて、次いで戦の咆哮を発した。

 負の感情ではない。絶望はない。悲哀もない。赫怒もなく、慟哭ですらない。


 煮え滾るような怒りは、悪を憎む正義を源としていた。

 引き裂かれるような哀しみは、曲げられぬ信念を示すために。

 破滅的な怒りは、たった一つのプライドを守るために。

 喉が潰れんばかりに上がる斗(たたかい)の歌声は、天を貫く雄々しさを宿していた。

 許さん、負けぬ、倒す、失わぬ、と。

 その声は荒々しくて、なのにとてもきれいだと思った。

 耳を澄ませて、出所を探った。


 ――――来いよ、と。


 私に声がかけられた。ただそれだけだったのに。

 ゆびがうごいた。

 あしがうごいた。

 うでも。

 くびも。

 ――――めをひらく。


 水面の向こうに、透き通るようで、それでいて深い青が見えた。もう、暗闇なんてどこにもなかった。ただ、ここはとても冷たかった。

 だから、腕を再び動かす。足をばたつかせてもがく。今度は、動いた。段々と光を発する音へと近づいていく。

 ふしぎな音だった。深くも鮮やかな蒼い音。その底では灼熱の赤が燃えている。透明な蒼の中心で、暖かい燈火が揺らめく色。

 それは海面の向こうから見えて、聞こえてきた。気が付けば、上がどちらで、下がどちらかわかるようになっていた。

 その先に見えるものがある。聞こえるものがある。

 まっくらなそこに、一筋の光がさしていた。だからもがく。無様にもがく。

 あの人が馬鹿にするなと言っていた。くやしくてかなしくて、黙っているしかできなかった私を、あの人は馬鹿にしなかった。認めてくれた。


「っ、ぷぁ……けふっ、けほっけほっ」


 気が付けば私は、黒い海から浮上していた。

 喉奥に絡む潮の辛さにえづきながら、涙目になってその人を見上げた。ぼやけた視界の中にいるその人は、確かにほほ笑んでいたと思う。

 夜闇に溶けるような濃紺の軍装を着こなした、若い男の人だ。

 人懐っこそうな笑みを浮かべて、彼は高速船の縁から私に向かって手を伸ばしながら、


提督「――――――掴め。それでもう、大丈夫だ」


 何故か、涙があふれてきた。

 さむくて、つらくて、こわくて、おなかがすいて―――――でも、きっとそのうちのみっつはすぐになくなる。

 この人が、無くしてくれるんだと。

 手を伸ばさなくても、掴まなくても、私はもう大丈夫だった。安心したのだ。

 こんなにも優しい声を出せる人がいるんだって、そう思った。世界は辛いことばかりじゃないってことが、それで分かった。

 心地の良い音。流れるような声。


「―――――……すきです」


 それが、出会いだった。


提督「おう、まずはご飯だな…………ん?」


 凛と結ばれた口元が不意に緩み、呆けた顔は少年のそれで、ますますその人のことを知りたくなって。


イムヤ「伊168、です…………潜水艦、です。イムヤって、呼んでください……司令官」


 それが、私――――伊号潜水艦・伊168と、大好きな司令官との出会いだった。


 私を引き上げて、呆けたままに固まる司令官を貫く、四対の視線がある。私のを含めたらきっと五対だ。

 硬直する司令官を見やる、私と、その周囲の戦艦四隻の視線。


日向「………――――またか君は」


 呆れたような声を上げる戦艦が一隻――――否、日向さんは一人、やれやれと首を振った。


イムヤ「子供は、五人欲しい、な……♥」

伊勢「話が飛躍しすぎだ!? 足柄だってそこまでじゃなかったぞ!?」

扶桑「い、伊勢、日向には……潜水艦にだって、負けたく、ないの……!!」

日向「張り合うところかそこは? まあ我々は航空戦艦だ。潜水艦に後れを取る瑞雲などいない」

山城「…………また、面倒臭そうな子が増えたわね」



 今だから言えるけれど――――それを貴女にだけは言われたくないわ、山城さん。



……
………


※イムヤや足柄を始め、一部の艦娘は提督に一目ぼれ勢がいる。

 短いけど今日はここまでですねえ


【ンモーしょうがないなぁな番外編:ビンディングペダル・ぷち!】


隼鷹「ビンディングペダル………あのパチンと嵌めこんだ時の感触のゾクゾク感は最高だぁねえ」

飛鷹「気持ちいいわよね。ついカッ飛ばしてしまいたくなる気持ちもわかるわ」

千歳「でもそこをグッとこらえて、一度ぐらいは付け外しの練習はした方がいいわよ」

千代田「ほんの十分ぐらいの時間でいいの。練習するのとしないのでは違うのよ。道幅広めのサイクリングロードで練習しとくとイー感じ?」


 余裕ぶっこいた結果、何もない平地で思いっきり立ちゴケして恥かいたのがこの軽空母たちである。


祥鳳「シマノならペダル側で締め付け調整してやや緩めに、最初の頃は黄色のクリート使って可動域広めにしてポジション合わせてみるといいでしょう」

瑞鳳「何事も基礎からだよ! たまごやきだってそう! 片足だけクリートを嵌めて、丁寧に片足ペダリングをすると回し方が体感的にも理解できてくるんだって!」

鳳翔「付け外しの練習にもなりますね。それでもコケる時にはコケますので、せめて正しいコケかたは覚えておきましょう」

龍驤「左にコケるんは常識やで。右やとディレーラーイカれる可能性もあるからなあ」

大鷹「車が横切っていくのも、とても怖いですしね……」


 最強の締め付けで外れなくなって結果的に信号無視する破目に陥り、奇跡的に車の間をすり抜けるミラクルを起こし、顔面蒼白になったのがこの龍驤である。

 以後はタイムを使うようになったとか。


熊野「お財布への優しさを考えますと、やはりシマノがよろしくてよ。シューズにクリートを固定するのも難しくありませんし、頑丈なペダルはオーソドックスな使い心地ですし、次のペダルを選ぶ際のベンチマークとして用いてみたらいかがかしら?」

鈴谷「スピードプレイはちょっとクリートを嵌めるのに慣れるまで時間がかかるよ! でも踏み心地のダイレクトさと可動域の微調整はとってもおすすめじゃん?」


 当初はシマノ使ってたが、提督がスピードプレイユーザーと知って試しに変えたらド嵌りしたのがこちらの鈴谷です。


雪風「雪風はフレームはルックですけど、ペダルはルックかタイムです! 軽いです! ぴゅんぴゅんです! 好きです!」


 なお最上位のXPRESSO 15ユーザーである。ペダル重量は片側でなんと66.5g、ただし値段は税抜59,000円という財布に厳しいお値段であった。


龍鳳「鳳翔さんがおっしゃっていましたが、それでもコケるときはコケてしまいます。もはや宿命と言ってもいいのだとか」

龍驤「せやで! せやから、上手にコケる時の鉄則があるんや!

   一つ、絶対に右側にはコケるな。コケるなら左側にコケよう!

   右に倒れるとリアディレーラーがイカれる恐怖もさることながら、公道を走ってるときは車に轢かれる恐怖が付きまとう!

   二つ、コケる時はあがいたらあかん! 左にコケるように誘導したらあとは身を委ねるんや。死んでもハンドル離すな!

鳳翔「本能的に受け身取りたくなるものですが、離したら肉体へのダメージはむしろ大きくなります。むしろ肩からいくべきです。

   下手に腕で支えようとしたらパッキリ逝ってもおかしくないぐらいの衝撃が来ますよ。痛いのは我慢してください。男の子でしょう?」


 結構スパルタンだが的を得た意見である。コケるときヘタに受け身取ろうとするとますます怪我が増えるので注意されたし。


提督「とはいえ、コケることを恐怖してたら自転車は乗れん。

   マジゴケして怪我したり、フレームに傷が付いたりすると、それだけでテンション下がってしまう。モチベーションを失うのも悲しい。

   練習は必要だ。簡単なことほどな。ペダルからのクリート着脱なんぞ毎日乗ってれば一週間足らずで無意識でやれるようになる――――だからこそ、その一週間が怖い。

   最初に練習して肉に覚えさせろ。骨に刻め。楽しい自転車ライフも、まずは地道な練習からだ。何、すぐ楽しく走る前の儀式だと思えばこれはこれで乙なもんだぞ」


 左足先を軸に踵を外に広げて外し、サドルから降りながら地面に脚を着く。

 それだけの話だが、身に染みた動きと意識した動きは違う。前者はあっさり出てくるが、後者は驚くほどド忘れすることがある。

 簡単な動作だが、シャカリキに走って疲れているとそんな簡単な動作がスッと出てこない。そういう時ほどコケる。


提督「ヘルメットや前照灯、シートポストに尾灯付けるのも忘れずに! 安心安全な自転車ライフが待ってるぞ!」


 ――――と、提督が申しております。



【完】


※10月はイベント盛りだくさんだったクマね……ジャパンカップ……10月の週末の天気の荒れっぷりは異常

 ところで今週末の11/3(金)~11/5(日)はサイクルモードっていう大規模イベントが幕張メッセで行われるにゃ

 メジャーなブランドからドマイナーなブランド、「もはやこれに乗る奴がいるのか?」ってぐらいファニー……もとい芸術的なバイクも目白押しなんだよ。

 ウェアブランドやサイコンのブランド、初心者向けのコーナーやロードバイク選手も来るから、玄人から初心者まで楽しめるオススメイベントです

 このSS内でもそのうち青葉型と古鷹型らを突撃レポートさせる予定のイベント(モデル)ですって!

 じっくり試乗したい人にはあんまり向かん。がっつり乗るなら彩湖とかの大規模試乗会の方がいいかもね。

 けど、これを機に自転車乗りたいって人は一度行ってみると良い。チケット制だけどな。前売り券なら少し安いです。

 中学生以下は学生証もっていけば無料よ。

 駐輪場ももちろんある。自走で行くのもいいけれど、盗難には注意だ。本当に。まじで。

 イモビ標準装備でガチの地球ロックやってもパクられるときはパクられる

※週末あたりに行きますかね
 初心者なら今のところ天津風・時津風
 一緒に成長していくなら深雪や電、敷波や潮、菊月に長月、文月あたりかなあ
 長門あたりもか


………
……



 ロードバイク鎮守府の敷地は広大だ。

 艦娘が世に顕れ始めた黎明期に生まれた鎮守府ということや、様々な要素がかみ合った結果、広い敷地を有している。

 後に後発で世界各国に敷かれる鎮守府や泊地、そのテストケースとして新築・増築を繰り返した結果に現在がある。

 戦争が一応の終結を見せた現在も、この土地を預かることを許されている理由の大半は、やはり戦時に上げた多大な戦果によるものだろう。

 それにしたところで、広い。明らかに史実を鑑みれば多くが着任することが見込めるであろう駆逐艦娘ですら部屋を持て余している。

 何せ一キロ四方の土地である。東京の名を冠しておきながら千葉にある不届きな夢の王国が丸々二つは入るほどの広さだ。決して名前を言ってはいけないあの場所のことである。

 トレーニング設備や資材備蓄用の倉庫、兵器廠・工廠や、艦娘たちの宿舎を戴いてなお土地は余っていた。


提督『大本営め―――――土地を余らせすぎだ(深海棲艦を全滅させた暁には、ここの土地を目いっぱい私物化して好き放題やってやるからな)』

初期艦娘(……凄く何か言いたげ!)


 着任当初の若き――――というか過激な思想といい、まだ生の感情を表情から察せさせてしまう迂闊さといい、はっきり『幼い』と言った方がいいほどに少年だった――――提督がそう思ったとか思わなかったとか。


 オーリョクールズ
 閑話休題。 


 ――――その建物は海沿いの林に面した絶好の角立地にある。

 南仏蘭西の意匠を取り入れた白亜の建物――――潜水艦寮だ。

 数ヶ月に大規模改装されたばかりでありながらも、出来立ての『軽さ』を感じさせない、自然に生えてきたかのような厚みがある。

 清潔感と品の良い落ち着きを纏うこの邸宅は、一見して軍の宿舎であることを忘れさせてしまうほどに荘厳かつ広壮であった。

 鎮守府内道路から高い壁で切り離された内側には、見事なまでの花と樹木が生い茂る庭園がある。入り口から左右対称に展開される西洋庭園だ。

 庭木は無論のこと、咲き誇る季節の華に至るまでもが麗しく輝いていた。

 いかにもな人の手が入っている庭園はどこか幾何学的である。されど計算された秩序に基づく形態を有した庭園は、作り手のセンスをうかがわせる素晴らしい造詣であった。

 風、音、景観、匂いに至るまでもが、四季折々の変化を計算して作られている。

 この見事な庭園を作り上げたのは、誰あろうかつてこの潜水艦寮に属し、潜水艦達と苦楽を共にした艦娘、潜水母艦・大鯨――――今は軽空母・龍鳳と呼ばれる――――である。

 西洋風ガーデニングにかけて彼女の右に出るものは鎮守府には一人もいない。

 その見事な庭園を抜けて邸内に入れば、その外観が張りぼてではなく、庭園を戴くに相応しい建物であることを確信させる造りとなっている。

 地下に潜水訓練用のプールを備えた建物は4階相当の高さを誇り、1階のラウンジから3階まで吹き抜けの階段が続く。


 ホールを抜けた先、延々と続く白い廊下には等間隔で天吊りのシャンデリアが掛かっている。ガラス製のアンティーク調でありながらも主張しすぎない琥珀色を湛えたシックなデザインだ。

 厳かな光を放ち、左右の白い壁に飾られたいくつもの絵画を淡く照らし出す――――秋雲が描いた、世界中の海の絵画だ。

 一つ一つの絵に思い出がある。潜水艦娘の多くは、時折懐かしげにこれを眺め、これから加わる潜水艦達も先任艦娘に話を聞きながら、その海へ思いを馳せる。

 その廊下の先に繋がる扉の向こうには、潜水艦娘達が三食を共にするためのリビングルームがある。

 あるのだ。

 あるのだが――――。


 https://www.youtube.com/watch?v=_pyfH3oj_eg&feature=youtu.be&t=24s 


ゴーヤ「ぴっかぴかに磨き上げるでちぃー!! マ〇ア様でも油断して「ここならいいよね?」って思うぐれーに!!」

ろー「ですって! 見事にひり出させてやりますって!! マ〇ア様の! ×××から! ドス黒い魚雷を! ですって!」

イムヤ「げひィん!!? 本当にひり出させてどーするのよ!? 気概の話よ、気概の!! ちゃんとやんなさい!!」

ゴーヤ・ろー「「オーケイ、オリョクル!!」」b


 地獄の有様であった。マリア様もこの罰当たりどもからは目を背けるであろう。涙目で。気概というよりキ〇ガイの話である。


イムヤ「ホントに分かってんの!? この罰当たりコンビッ……!! そもそもリビング汚しっぱなしなのは二人でしょっ!! きっちり片す!」


ゴーヤ「し、失敬な! ゴーヤはちゃんと片付けてるよ! ろーが散らかしっぱなしなんでち! お菓子も! 使ったお皿も! 普段からすぐ片付けねーからこうなるんです!」

ろー「うう……」

イムヤ「監督責任ってもんがあるでしょうが! ゴーヤもしっかり指導しなさい!」

ゴーヤ「ギギギ、中間管理職はつれーでち……おい、ろー。今回ばかりはゴーヤも手伝ってあげる。これからは一人でもしっかりできるように! みっちり教えてやるでち!」

ろー「が、がんばりますって!!」


 提督の前では無垢で清楚に振る舞っていても、その目がなければこの有様であった。

 大戦では十字を切って祈りつつ、放った魚雷が直撃すればピュウと口笛を鳴らして「Direkter Einschlag!」とか「きたねえ花火でち!」と嘲笑い、沈んでくる残骸に中指を立てて舌を出す二人である。

 ――――深海棲艦は全て肥溜めよりも薄汚い臓物をまき散らしながら沈むべし、慈悲はない。

 どうあがいても オ リ ョ ク ル ズ 。

 原罪はきっと立川あたりでルームシェアしてるジョ〇ー・デップ似のお兄さん二人、その片割れが勝手に背負ってくれるからヘーキヘーキと思っている。


 オーリョクールズ
 閑話休題。


 ――――『第一次ロードバイクショック』と呼ばれる事件当日、ヒトゴーマルマル。

 提督による身の毛もよだつような説得により、ひたひたと寮へと戻った潜水艦たちは、斯様な感じで自寮の浄化作業に精を出していた。


イク「汚物は消毒なの~~~~~っ!!」


 きゃっきゃと笑いながらも床をモップ掛けしていくイクの手つきは非常に丁寧だった。


まるゆ「たいちょーが潜水艦寮にお越しになるのは、実に二十一日とんで三時間四十一分ぶりのことです! はりきっていきましょー!」

イムヤ「おっと、忘れてた! アロマを焚かなきゃ! 配合どうしようかな……!? ゼ、ゼラニウムがなくなってる!? 由良さん……は、今いない!?」

しおい「しおいが行ってくるよー! 叢雲ちゃんならきっと持ってるからお願いしてくるね!」


 せわしなく動き回る彼女たちは、西へ東で大奔走――――彼女たちは「綺麗にすること」が得意だった。特にオリョール海とかバシー沖とか。


ニム「ん~………? 提督なら、もうちょっと薄味の方がいいかな?」

はち「どれ、味見します……うん、そうね。もう少し薄い方がいいかな? 煮込むとこれから味が染みますから、少しブイヨンで伸ばしてみましょう」

ニム「わっかりました! よーし、それじゃあブイヨン投下! このまま煮込んでいくよ! そっちはどう?」

はち「こっちもリンゴがいい感じで煮えてきました。生地は、と……よし。提督がお越しになるの、何時ごろかな? あっ、間宮さんのところでアイスも買ってこなきゃ……」


 一方、別室のキッチンではオリョール、もといお料理組が御馳走を用意している。大きめの鍋でぐつぐつと煮込まれる具材は、後は煮込み続けて仕上げを残すばかり。

 アプフェルシュトルーデル――――ドイツ風のアップルパイのアイスクリーム添えも、後は生地を極薄に伸ばしてリンゴを巻き上げ、焼き上げる段階になっている。


 そうして時間は過ぎていき、二時間後――――ヒトナナマルマル。


イムヤ「…………」ツー


 小姑よろしく窓枠に指を添わせ、その指を見つめるイムヤを、緊張した面持ちで眺める面々。


イムヤ「―――――よし」

イク「!」


 めでたく了承が降り、お掃除完了である。埃はおろかチリ一つ落ちていないリビングルーム。

 開放的なホールも、仄かにアロマオイルが薫る空間へと変わっていた。

 歓声を上げる潜水艦たちの声を合図にしたように、リビングの電話機が鳴り響く。


まるゆ「はい! 潜水艦寮のまるゆです! あっ、たいちょー!?」


 提督からの入電に、ぴくりと潜水艦たちの耳が動く。


まるゆ「は、はい……かしこまりました。少々お待ちください……みなさん! 執務室のたいちょーより入電! たいちょーは本日フタマルマルマルに我らが寮にお越しになります!」


イムヤ「今から三時間弱……?」

イク「てーとく、すっごく時間かかってない? ロードバイク組み立て、明石さんが一緒だったんじゃないの?」

まるゆ「諸々の事情がかみ合った結果、明石さんが組み立て作業班から離脱したそうです!」

ニム「えっ!? じゃあ手伝いに行った方がいいかな?」

まるゆ「はい、いいえ! それで、本当はもっとかかるはずだったみたいなんですけど、実は―――――」


 時を同じくして、執務室。 


提督「……うん、このままのペースで行けば余裕で残業回避できるな。ありがとう―――」


 明石らが退室してから数十分後、一人黙々とバラ組みを続けていた提督の素に訪れた艦娘がいる。


提督「――――龍鳳」

龍鳳「いいえ、大したことは」


 淡い笑みを浮かべながら、ロードバイクフレームにケーブルを通す――――明石に請われて執務室を訪れたのは、まさかの龍鳳であった。


まるゆ「代わりに大鯨さ……龍鳳さんが手伝ってくれているそうです!」

イムヤ「龍鳳さんが? へぇー……ロードバイク、組めるんだ! ホントに手先器用だなあ……いいなぁ」

ニム「大鯨……龍鳳さんが……そっかあ、感謝だね! ね、ね、龍鳳もお食事会に招待しようよ! ニムの馬鈴薯カレー、ご馳走したい!」

はち「そうですね。ニムちゃんと私の料理の腕、改めて見てもらいましょうか。いっぱいありますし、祥鳳さんと瑞鳳さんもお誘いしましょう」

イク「それがいいの! 賑やかなのは楽しいの! イクもたまごやき作るの!」

まるゆ「わかりました! まるゆ、たいちょーにお伝えしますね! ………たいちょー、お待たせしました! その、相談なんですが、龍鳳さんに……」


 龍鳳――――かつて大鯨と呼ばれた潜水母艦は、この潜水艦寮の寮母兼、地獄の猟犬たちの首輪であった。

 祥鳳――――かつて剣埼(つるぎざき)と呼ばれた潜水母艦である。直接オリョクルズ達を指導したことこそないものの、龍鳳との繋がりで交流があった。

 瑞鳳――――龍鳳は空母としては瑞鳳型と呼ばれることもあるため、同じくそのつながりで潜水艦とは交流があった。潜水艦達に美味しいたまごやきの作り方を教えたのはもちろん彼女である。


 なお祥鳳と瑞鳳がここに訪れることはない。祥鳳は二日酔いでグロッキー状態、その面倒を瑞鳳が見ているが故に。



……
………


………
……



 そして再び場面は執務室へと戻り、


提督「――――ん、分かった。声かけておくよ………行く? ………ああ、OKだって。一緒にご馳走になるよ。それじゃまたな、まるゆ。皆にもよろしくな」


 電話口で元気いっぱいに返事をするまるゆの明るい声に、口元を優しげに緩めながらスマホの通話ボタンを押下し、


提督「ってわけで、この作業終わらせたら、潜水艦寮に行こうか。あ、その前に風呂か? 俺も結構汚れちゃったし」

龍鳳「す、すいません、私も御呼ばれしちゃって」

提督「俺に言うこっちゃない。あいつらが是非とも龍鳳にも来てほしいってさ。俺からはまた別に、何かお礼させてもらうよ」

龍鳳「え、えっと、それじゃあ、ロードバイクを、その、今度……私にも」

提督「それは勿論だ。バラ組み希望だったら、是非とも俺に組ませてほしい」

龍鳳「ほ、ホントに? やったぁ!」


 両手を掲げて喜びを露わにする龍鳳に、提督もまた微笑む。素直な感情表現のできる龍鳳のそんな一面を、提督は実に好ましく思っていた。


提督「しかし器用だな、君は。手順を一通り教えただけなのに、ここまで綺麗に仕上げるか」


 感心したように提督が、龍鳳の手掛けたロードバイクを一台ずつチェックしていく。

 文句の付け所のない仕上がりであった。フレームに通されたケーブル・ワイヤーは、適切な張りでフロント・リアのディレーラーへと繋がっている。


龍鳳「で、電気溶接の難易度に比べれば、このぐらいは、ホントに……ひ、歪み……歪みが……艦首と、船尾を、切断……こむらがえり的な何かが……!!」

提督「すまん、今のは俺の失言だ。俺が悪かった。思い出さなくていい」


 手先が器用なのは、鎮守府では周知のとおりである。

 おっとりとした性格の中に確かな芯を感じさせる気丈な面を持ち合わせ、潜水母艦としての面倒見の良さから潜水艦たちの信頼厚く、もともと空母予備艦として建造されたこともあるためか、多岐に渡っての平行作業が大得意である。

 かつて潜水艦寮の寮母としては庭師としての手入れに、オリョクルズ達への『躾』、炊事・洗濯・掃除、総務部としては仕入れに書類整理とパーフェクトなマルチプレイヤーである。

 創造性豊かでありながらも、黙々と同じ作業をこなすことも得意という、鎮守府にとって稀有な人材であった。そんな彼女は前世的な意味で歪みにトラウマを持っているのか、きっちりしていないと落ち着かないらしい。


提督「この調子なら今から二時間……19時前後に調整終わらせて、風呂入ってから20時には潜水艦寮に行ける。本当にありがとう、龍鳳」

龍鳳「い、いえ。本当に、私……これぐらいなら、いつだって」


 少しだけ、憂いに揺れた瞳。それを見逃すほど、提督は鈍ってはいなかったし、その憂いが何に起因することなのかも、提督にはおおよそ分かっていた。


提督「………………そうか。じゃあ頼まれついでに、もう一つ頼んでいいか?」

龍鳳「え? あ、は、はい! 私で良ければ!」


 自らがどんな顔をしていたのかという自覚もなく、龍鳳は明るく笑みを浮かべて背筋を伸ばす。


提督「女性に身支度を急がせるのは少しばかり情けない話なんだが、これから準備して、先に潜水艦寮へ向かってくれないか? あいつらのことだ、きっと大いに悩んでる」

龍鳳「ふぇ?」

提督「ああ。さっき君には教えたけれど、ロードバイクのコンポーネントには種類があってな――――例えばシマノは……」

龍鳳「あ、そう、そうですか、なるほど……わかりました、私が先に行って説明しておきますね!」

提督「重ね重ね、助かる。凄いの組んでやるから、君も候補を絞っておくといい」

龍鳳「分かりましたぁ。では、失礼しますね、提督! お待ちしてます!」



 そう言って退室していく龍鳳の笑顔は、かつて知ったる潜水艦寮の寮母としての笑みだった。




……
………

※さて、次回は生臭いお話である。コンポ選択……使い心地まで言及すると主観が入るから大変だ

 なお>>1は電デュラ派だったが、今ではRed-eTapも好きだし、カンパのウルトラシフトももともと好き

 ところでここの初期艦は誰ザマショ

 遅くても来週末には、続きを

更新おつです

初期艦は漣かな?

オリョクルコンポ編待ちわびていたぜ
そしてSRAMのレバー高杉なんですが

>>1乙、細々とオリョクルでダジャレを挟むとか、おちょくってんのか!?


ふむ、初期艦らしきセリフは>>244が初出っぽいけど、漣か吹雪っぽいかな?


>>237-238

 さーて、誰でしょうネー



>>239

 パーツ単位で見ると極めて高価ですよね。フルセットの合計価格をデュラDi2やスパレコEPSと比較して見てみるとそうでもなかったりする。


>>240-242

 ンモー、イジメはよくない。よくないなー

 >>244だな?

 見た目は可憐な駆逐艦、海の上では修羅道至高天!

 真実はいつも一つとは限らない(冷酷)――――君にこの謎が解けるか!

 >>244の中に! 初期艦がいる!


吹雪「特型駆逐艦・吹雪です! 脚質はオールダメンダー……って司令官ひどい!!? メインコンポはシマノ105、愛車はオルベアです! ま、まだまだへたっぴデ、転んでばっかりで、レース用なんて怖くて乗れないけれど……私、頑張ります!」


 大器晩成型ブッキー。要領が悪い。七転び八起き。トライ&エラーを恐れぬブッキーは成長限界がおっそろしく高い。雑草などという名の草はない。ソフトボールみたいなコロッケを作る子。憧れの艦娘は扶桑さん! 扶桑さんです! 赤城さん? 舞風が尊敬してる艦娘ですねえ。


叢雲「特型駆逐艦・叢雲よ。脚質はルーラー。ま、TTも山岳もイケるけどね。メインコンポはスーパーレコードEPS、愛車はフランスのルックよ。何? ウィリエールにしろって? 私の勝手でしょ!」


 「斧槍(ウィリエール)使えよ」と色んな所でツッコミ入れられるルック乗り叢雲。龍田は誰にも言われないし誰も言えない。そうよね、だって怖いもん!(小島風感) 嗅覚がヤバい。とある初春型駆逐艦と乗るバイクがダダ被りして大喧嘩(傍目には殺し合いにしか見えないが喧嘩の範疇)する。チームレースは代理戦争に近い。


漣「特型駆逐艦、もとい綾波型駆逐艦・漣ですよ! 脚質はスーパーアルティメットブラボーファンタスティックビバクライマークイーン、メインコンポはスラムe-Tap! 愛しのバイクはスペシャライズド・エスワークス(゚∀゚)キタコレ!! ご主人様ったら漣の事好きすぎじゃね!? 可愛すぎてすまんの! あじゃーっす!」


 そんな脚質も事実もありませんねえ。伊語・仏語・英語をミックスしすぎ。でもクライマーとしては特級だ。ところでお調子者な気質が災いしてしょっちゅう提督の怒りを買いゴルゴダ風味に磔刑される駆逐艦がいるらしい。ゲェーッ、ごしゅじんたま!?


電「特型駆逐艦・電です。電の脚質はルーラー、メインコンポは『電』動式のアルテグラなので……ッ、だ、駄洒落じゃないのです! 乗っているのはアンカーですよ! とってもかっこいいのです!」


 言われてはじめて気づく電動式を使う電という微妙な微笑ましさにほっこりする提督の笑みに、鬼怒が物陰から嫉妬。ギギギ、鬼怒と何が違うのか。艦種かな? 天龍や阿武隈にとても懐いているのです。エースを護り抜く名アシストになるか、はたまた主役に躍り出るのか。


五月雨「白露型駆逐艦・五月雨って言います! 脚質はオールラウンダーなんですよ! メインコンポは機械式のアルテグラで、大切なバイクはピナレロ! もうドジッ子なんて言わせませんから!」


 大天使五月雨。史実でメシマズ艦だったのを気にしていたのか奮起し、今では駆逐艦内で漣や磯波に並ぶお料理上手勢の一人。活けスズキを余裕で捌ける。夕張が大好き。ドジ故に提督にフォローしてもらうラブい役得が発生しがち。万能脚質でサポートも主役もなんでもござれです!


>>235からの続き
………
……


 ――――ヒトナナサンマル。場面は再び潜水艦寮。

 掃除を終え、料理も仕上げを待つばかりとなった彼女たちは、二手に分かれて入浴となった。

 ゴーヤ、ろー、はち、ニムが風呂に入っている間に、残るメンバーは先にカタログを読んでおこうという目論見である。

 目論見だったのだが――――。


イムヤ「さぁ、四人がお風呂行ってる間に、カタログに目を通しておくわ! その後は私たちがお風呂よ!」

イク「キレーなお部屋にキレーな体で、てーとくをお迎えするのね! イクたちのロードバイクを決めちゃうの! すーっごく楽しみなの!!」

まるゆ「まるゆ、上手に乗れるかなぁ」

しおい「大丈夫だよきっと! ね、ね! 早く読もうよ! しおい、もうわくわくしてきちゃって!」

イク「こ、これがロードバイクなの……いろんなバイクがあって目移りしちゃうのね~!」パラッ

しおい「うん! わっ、すごい! きれいだね! イクちゃん、もうちょっとこっち寄せてよー」

まるゆ「ま、まるゆにも見せてよぉ……わぁ………まるゆたち、こんな綺麗な自転車に乗れるの? 嬉しいなぁ」

イムヤ「うーん、いろんな国のバイクがあって、目移りしちゃうわね」


しおい「そーだねー。あ、でも提督言ってたよ! 「自分一人で解決できる問題なら、悩んだ時こそ自分がこれがいいって思ったのが一番いい」って! だから、しおいはこれっ!」

まるゆ「そうなんだ。じゃあまるゆは一目見て気に入ったこれにします―――――って」

しおい「? どうしたの?」

まるゆ「ふ…………ふぅれむ販売?」

イク「フーレム? ハーレムの親戚か何かなの? …………って、フーレムじゃなくてフレームなの。ところでフレーム販売って、なんなの?」



 問題に対峙する時、自分一人で解決できる問題ではないという見極めこそがまず大事である。



しおい「え、あ、あれ? しおいのもよく見たら……? え? コンポーネントは別売り……? ペダルは付属しない……?」

イムヤ「でもホラ、写真だとちゃんと完成して……あ、あら? そういえばペダルはついてないような……ん? んんん??????」


 それが分からない状態で一人思い悩むことこそがドツボなのだ。既に相談必至の案件である。

 そんな感じで――――まず、しおいとまるゆが落とし穴に落ちた。


イムヤ「あれ? そういえばこっちのカタログ……」

イク「あれ? そんなカタログもあったの? そういえば二冊貰ったのよね?」


しおい「これ、バイクのカタログじゃないよ? えーっと、あれだ、こん、こん……えっと、なんだっけ………そう、コンポ! これか! これがコンポーネントのカタログだ!」

まるゆ「ロードバイクの部品………あ、そうか。フレームで選ぶと……えっと、部品? 部品は別で選ばないといけないんです、よね?」

イク「そうなるみたいなのね。ハンドルやステムは付属されてたりされてなかったりなの………って、イクが欲しいロードバイクもフレーム販売なの!?」

しおい「イムヤちゃんは?」

イムヤ「ま、まだ決めかねてるけど……むしろこれ、完成車でいいの? なんだか、高い奴はみんなフレーム販売とかバラ売りって書いてあるような……」

イク「そ、そんなことないの! こ、こっちはハイエンドモデルだけど、完成車、で………し、仕様スペック?」


 そしてイムヤとイクもまた落ちる。


まるゆ「……バラ組み? 完成車? バラ組みって、フレームだけってことですよね? 完成車は……………………えっと、こ、コンポ…………こん、ぽ……?」


 まるゆがじっと見つめるカタログの項目に並ぶ文言を、他の三人も注視する。


 シマノ、カンパニョーロ、スラム。

 レッド、コーラス、ソラ、アルテグラ、スーパーレコード、105、ポテンツァ、ティアグラ、レコード、フォース、デュラエース、ケンタウル、レッドe-Tap、アテナ、ライバル、ヴェローチェ、アペックス。


イク(…………呪文? ハイエイシェント的な? カイザード・アルザード的な? それともモビルスーツの名前?)


 「なんでも横文字を魔法の名前に見立てたり、ガ〇ダムを頭に付ければそれっぽく見える不思議」という香ばしい思考にイクは陥った。


イムヤ(ぽ、ぽて、ぽてん……ポテンツァ? ポテンヒット? ……アテナって何……音速や光速で拳を振るったりするあの……?)


 それは野球用語である。そしてそんな速度で走れるロードバイクがあったらこのSSは終わりだ。


まるゆ(れこーど……? すーぱーが付いてるからこっちの方が強いんでしょうか?)


 プッツンして強くなったり速くなったりする輩は夕立や綾波を始めいないわけではない。だが根本的に着眼点が違う。


しおい(ふぉーす……ゆーうぇあーざちょーずんわん?)


 四人が四人ともロードバイクのダークサイドに堕ちかけているという点においては共通している。

 大いに混乱している四人であった。何が何だかわからない。見た目で選んでいいものかがまずわからない。

 機構の違いこそ説明書きを読めばなんとなくわかるものの、理屈で分かってもまるで実感がない。


 グレードの違いもまた同様である。

 三社の中で値段が最も安いものと、最も高いものを比べると二十倍以上の価格差があるのはどういうことか。

 そこまで違うのか? そんなにも違うものか?

 仮にそこまで違うのならば、選択次第では誤りがあるのではないか?

 考えれば考えるほど、読めば読むほどドツボに嵌っていく。落とし穴の底には底なし沼が用意されているという念の入れようである。


イムヤ(クラリスってあれだ。泥棒さんに心盗まれちゃったあの子……私が司令官に心奪われたような……)

イク(こっちは穴だらけなの……なんで穴だらけの方が高いの……? おかしいのね、乗り物と言うものは須らく穴が開いてない方が希少価値がある筈なの……!)

まるゆ(105? 波号第百五潜水艦? それともハサウェイ的な……?)

しおい(Di2って、何……? ESPって……機械? 電動? 無線? 何が違うの……?)


 それでもまだ慌てない。慌てるような時間ではなかった。

 彼女たちは頭が悪いわけではない。

 ただ前述の通り、実感がないのだ。

 乗ったことも触ったこともないものを、その機構やお値段だけを見て性能を計れというのは無理がある。


イク「だ、ダメなの……ホイールはメーカーが多すぎて何が何だかわからないの……!」

しおい「あ、よく見たらEPSだ……いーぴーえす……いーえすぴー……えす、ぴー、いー……かんぱ……かんぱ……ちねりれ……こっぴどく……」

イムヤ「しっかりしなさいしおい!」

まるゆ「うう、たいちょーに聞いた方がよさそうですよこれ……なんとなくで決めたら後悔する予感がします……!!」

しおい「や、やめてよ!? まるゆちゃんの予感ってかなり当たるじゃない!?」

イムヤ「こ、こんな、こんなの、どうしろっていうの……す、スマホ! スマホで調べるわ! こんな時こそインターネットの出番よ!」


 十数分後に「日本シマノ党vs熱狂的カンパ教団vsスラム街の悪夢」という構図を悟り、偏向した意見が交錯するインターネットの闇を垣間見るイムヤであった。

 何気にまるゆが大正解である。

 「司令官(提督)が選んだものなら間違いはない」と即断即決した長良や天龍、金剛、そして鬼怒。彼女たちは正解だ。なんせ何一つ疑ってないからだ。

 「天龍ちゃんと御揃いがいーなー♪」で受動的に決めた龍田。彼女もまた正解。天龍と御揃いと言うのが至上である故に。

 「カッコいいからこのカンパニョーロっていう奴でお願いします!」で直感を信じた比叡。結果的には大正解だった。手が小さめの比叡には使用感が合ったという。

 「やっぱり統一感は大事だと思うんですよね!」という質実剛健な理由で、和製フレームのパナソニックと揃えて親方日の丸のシマノにした青葉。凄く正解の一つだ。そもそもどのコンポもみんな良くてみんな好きと言う稀有なタイプである。

 そう、誤りなどない。だが疑ったまま選ぶとなんであれ誤りとなるのがコンポーネント選択という罠である。

 アレにすればよかった。コレにすればよかった。なんでこれを選んでしまったんだ。どうしてどうして――――知らなかったからである。


 そんな彼女たちはともかく、五十鈴らや大淀をはじめ、コンポーネントの吟味には相応の時間をかけた。


大淀(シマノの変速性能もいいですが……やはりトマジーニはイタリアンフレームですし、カンパの方がルックス面でも……あ、このアテナ、銀色が映えていいですね)


 市場からアテナシルバーが消えたのは大淀の仕業という噂が立つ。


五十鈴(スラムは惜しかったけれど……カンパニョーロのブレーキフィーリングは好き。試用した際の感触からこれは確定。問題は機械式か電動式か……軽量性か確実性か……うーん)


 求める外観と使用感のマッチングが極めて良好だった五十鈴が、最後に求めるのがまさかの性能というのはなんとも皮肉な話であった。


名取(シマノ、かな……このカブトガニみたいな見た目はちょっと、その……だけど、Di2の滑らかな変速は、すごく……ああ、でもやっぱりスーパーレコードEPSも……レッドE-Tapも……ううううう)


 悩みに悩んだ後、親指スイッチの変速時に頭の中で何かがハジケる感覚が決め手となり、スパレコEPSを用いることとなる。


由良(うーん、悩ましいなあ……試乗会に行ってみようかな……提督さんに聞いてみちゃおっかな。うん……)


 自分で弄ることにも楽しみを見出した由良は、整備面でも優秀な機械式のシマノデュラエースを選択するに至った。


阿武隈(か、軽さを考えれば絶対にスラム……で、でも、あのクリック感はあたし的にはイヤ! それにイタリアンフレームには絶対にカンパの方がキレイ……で、でも変速ならやっぱりシマノ……超悩みどころなんですけどぉ! ふぇえん)


 シフトレバーの握り心地を重要視した結果、機械式スーパーレコードを選択する阿武隈である。


榛名(変速の確実な管理を考えれば、電動か無線の二択に絞れますが……やはりここはもう一度、試乗会に行きましょう。今度はコンポーネントの差を意識して……)


 独特のエアロポジションを保ったままに変速ができることを考えた時、小指でシフトチェンジが確実に行えるデュラエースDi2を選ぶことになる榛名はとても大丈夫です。


霧島(コンポーネントチェックー、ワン、ツー……まずは資料、資料、と―――――レースにおけるコンポーネント使用率……実績……各社の株価と、ハイエンドコンポの性能比較表を作って……よし、と)


 増設可能なスプリンタースイッチやその他諸々の情報を精査した結果、榛名と同じくデュラエースDi2を選択した霧島は流石ね。

 各自が様々な価値観から吟味する中で、例外が二人。


島風(電動デュラ。だって速いもん)

夕張(電動スパレコ。だって島風をあとちょっとまで追い詰められたもの)


 白熱したレースを魅せつけた二人は、プレゼントされたバイクに最初から搭載されているコンポーネントにお熱であった。

 一目惚れ同然である。


 オーリョクールズ
 閑話休題。


 ヒトハチマルマル――――潜水艦寮のエンタランス、ホールへとつながる扉が開く。


ゴーヤ「艦隊戻ったよ! 今日もいいお湯だったでち……やっぱり広いお風呂は最高です」

はち「うん。特にアロマ風呂のオイル配合といい量といい、絶妙でしたね」

ろー「ですって! そろそろ暑い時期だから、さっぱりミントなお風呂はいいですって!」

ニム「はぁ、ほっこりなのにすーすーする……おーい、イクお姉ちゃん! ニムたち、帰投したよー! 今日のお風呂はすーすーだったよ! おーい!」


 元気いっぱいに声を張り上げるが、返ってくるのはニム自身の声が反響する音ばかり。


はち「……? 返事がないわね。どうしたんでしょう……?」

ゴーヤ「きっと夢中になってロードバイクカタログ読んでるだけです。ろー、フルーツ牛乳飲むでち」

ろー「ですって! ろー、取ってきますって!」


 とてとてと廊下を走ってリビングへの扉を開けるろー――――その扉の先に広がっている光景は、


ろー「………で」

ゴーヤ「でち? どしたんで……」

ニム「どしたの、ゴーヤちゃん、ろーちゃん? ニムにもフルーツぎゅうにゅ……」

はち「はっちゃんはコーヒー牛乳がい………」


 四者四様、言葉が止まり硬直する。


ろー「で、で、で………」


 蒼ざめたろーが指さす先、そこには先ほどまで元気いっぱいに先行入浴組を見送った四人の、


https://www.youtube.com/watch?v=_pyfH3oj_eg&feature=youtu.be&t=24s


まるゆ「カンパのシフトレバーにシマノの正確無比なディレーラー変速が加わり、更に明石さんの魔改造を経て無線化したレッドE-Tapが加わることによりハンドル周りの軽量化がまさに究極それはきっと最強のMOGURAとして木曾さんも気に入ってくれるわけでつまりシマのもかんパもすラむもみんなもぐらになれだれですかいままるゆのことをもぐらってイッたひと」

しおい「あ~、いいね、いいとおもいます! ところでまるゆちゃん正気? しおい? しおいはね……どぼーん! どぼーん! どぼーーーーん!」

イムヤ「オーケイ、オリョクル………質問に答えて………この世で最も正解なコンポーネントはなあに? …………なによ、なんで答えてくれないのよ……イムヤのこと嫌いになった……?」

イク「い、いくぅ……」


 無残な姿があった。

 瞳の中がぐるぐるしているまるゆ。正気度が無くなっているしおい。病んでるイムヤ。曖昧になっているイク。

 もぐもぐ、どぼーん、わぁおわぁお、イクイクイクの――――煉獄の有様である。オリョール海のように。


ろー「で―――――DEATHって!!」

ゴーヤ「うめーこと言ったつもりでちか!?」

ニム「イクお姉ちゃんが!? お姉ちゃんがぁあああああ!!」

はち「」


 この数分後、龍鳳が到着するまで惨状は続いた。

※深く考えると死ぬ

※他のスレ? 知らない子ですね。生きとったんやワシィ。

 ほぼ書き終えてますが平日は投下の余裕がないデース

 身内と艦これと仕事でイベントラッシュなのデース

 オリョクルズ編の続きは今週末には投下行きます。

 >>1ね、このイベントが終わったらね、サイクルジャージ姿の海防艦たちをカルガモの親子の如く単縦陣で曳きながらほのぼのサイクリングする短編も書きたい



………
……


 ヒトハチサンマル―――夜の帳が落ち始めた鎮守府内道路にバンを走らせ潜水艦寮に到着したのは、軽空母・龍鳳だ。

 勝手知ったる他人の寮――――血よりも濃い絆で結ばれた――――潜水艦寮へと合流した龍鳳は、かつて面倒を見ていたオリョクルズ達の有様に目も当てられないといった表情で、静かに呟いた。


イムヤ「オリョクル……オリョクル……オリョクル……あの時、私たちが撤退させられたのは深海棲艦の策略……謀った喃、謀ってくれた喃……」

イク「狂ほしく血のごとき月はのぼれりなの……秘めおきし魚雷いずこぞや、なの……」

まるゆ「木曾さん、木曾さん……まるゆはこんなにも、こんなにも上手にもぐれるようになったんですよ、ねえ、ねえ……? 敵だって、たくさん沈めたんです、いっぱい、たくさん、やまほど……」

しおい「どぼーん、どぼーん、あはは、どぼーん! ヲ級改Flagship……その機関部、もらい受けるよ! 生まれてきた意味も知らずにぃ!! どぼーんするといいよぉ!!」

ゴーヤ「おめーら正気に戻るでち!! 木曾さんはおらんでち! そしてここにおわすはヲ級じゃなくて龍鳳さんです! とっとと風呂入ってきてね!」

イムヤ「龍鳳、さん……? ああ、龍鳳さん……龍鳳さんだ!!」

龍鳳「―――――成程……『なまじ生真面目な子たちほど、この罠にはまる』……提督の仰っていた通りになりましたね」


 その表情には苦笑が滲んでいる。こうなることが分かって私を呼んだとしたら、やはりあの人は切れ者だなと思う。


イムヤ「おかしいの、おかしいのよ龍鳳さん……このばかスマホ、答えてくれないの。イムヤのことがきっと嫌いなのよ……こんなに一番すごいコンポを教えてって頼んでるのに、デジタルプレイヤーしか表示させてくれないの……」

龍鳳「イムヤちゃん、貴女はそれでもオリョクルズリーダーですか。私の渡したバトンはそれほどまでに重いものですか? 長たる者に相応しい冷静さを身に付けなさい。それと『ロードバイク』を検索ワードに組み込まないと。それではオーディオ機器しか出てきませんよ……!」

しおい「あー、龍鳳さんだ! 聞いて聞いて! あのね、しおいね、考えたんだ! もうね、何が何だかわからないってことが分かったの!! こんなんじゃ提督に嫌われちゃう、嫌われちゃうよぉおおおお!!」

龍鳳「大丈夫、大丈夫よしおいちゃん。提督はしおいちゃんのことを大事に大切に、大好きだと思っていらっしゃる。安心していいのよ」

まるゆ「りゅーほーさんりゅーほーさん、カンパとシマノを合体するんですよ!! スラムもですよ! なんかイイって言われてるところ全部ごちゃまぜでいいとこどりにしてしまえばまるゆのかんがえたさいきょーのろーどばいくが! ああ窓に! 窓に!!」

龍鳳「落ち着きなさいまるゆちゃん。戦艦並みの砲撃に空母並みの航空運用力を備えたところで、出来上がるのはあの謎のSF時空に突入している航空戦艦というキメラだったことを忘れましたか」

イク「くるほしく ちのごとき イクはのぼれり」

龍鳳「秘めおきし魚雷を放つのは今宵でもこの場でもありません。ええ、左様ですとも。さ、お風呂に入ってオリョール脳を平時脳に戻してきなさい、みんな」

イムヤ「うん……わかりました……」


 龍鳳の有無を言わさぬ号令と共に、幽鬼の如く怪しげでぬるりとした動きで立ち上がった四人。


龍鳳「後程、提督も此処へいらっしゃいます。それまでに今抱えている疑問は深く考えずにおいて、素直に提督に聞きましょうね」


 その背に優しく声をかける。こくりと四人は首肯し、のろのろと大浴場へ向かって行くのであった。

 潜水母艦であった龍鳳。彼女はこの地獄の猟犬たちの首輪がわりであった大半の潜水艦から絶対の信頼を得ていた。母のように、姉のように。そして鬼のように。


龍鳳「さて、それではゴーヤちゃん、ニムちゃん、はっちゃん、ろーちゃん。ちょっとお外に出てくれますか?」

ゴーヤ「ぴぃっ!? お、お許しを、お許しを……!! オリョクルもバシクルもカレクルも行けと言われれば行って殺ってやるでち! でも、訓練だけはいやでち!!」

ろー「も、もう対潜訓練の的にされるのは嫌ですって……!」

はち「あの四人に責を問われるのであれば、このはちに……何卒、何卒、他の子達には寛大な処置を……!!」

ニム「!? は、はっちゃんだけが悪かったんじゃないです! 怒るならこのニム、ニムを!」

龍鳳「……何を勘違いしているのかは知りませんが、別にお説教に来たわけではないですよ?」


 龍鳳は苦笑しつつ部屋の外へと指先を向けて、言った。


龍鳳「外に車を停めてあるのだけれど、ロードバイクを積んであるわ。八台ね。それをここへ運んでほしいのよ」

ゴーヤ「えっ! そうなんですか!?」

龍鳳「やはり実物をその目にしながら体感してもらうのが一番だと提督は仰りました」

ろー「やった! やりましたって、でっち! ろーちゃんたち、ロードバイクに乗れるんですって!! 取ってきますって!」

ゴーヤ「でっち言うな! 龍鳳さん、ありがとうございまち! はっちゃん、ニム、おめーらも手伝いなさい!」

ニム「が、がってんしょうちー!」

はち「よ、よかったぁ……」


龍鳳「慌てちゃ駄目ですよ、まずは予習ですよ。提督もいずれここに……食事の後に本格的な説明はしてくれますが、ええ、とりあえず私から軽く触りを教えて差し上げましょう」


 先の四人と比べれば足取りも軽く寮の外へ走っていく。

 その背中に向けて声をかけると、はーいと力強く返事が返ってきた。

 龍鳳はますます笑みを深め、


龍鳳(後であの体たらくについては叱りはしますが)


 刃の如く刺々しい威を放つ笑みであった。


龍鳳(とはいえ、私自身も触りだけの突貫理論武装を済ませた程度。ならば話すのは最低限のことでいいでしょうね)


 かくして、ロードバイクコンポーネント説明と相成った。



……
………


………
……


 ヒトキュウサンマル。すっかり日が落ちて夜の帳に包まれた鎮守府。

 入浴を済ませた四人も合流し、集結したオリョクルズの八名は、龍鳳の指示で運び出されたロードバイク八台を各々の傍に携え、リビングの大広間で龍鳳の説明に耳を傾けていた。


龍鳳「では予習と行きましょう。ロードバイクには完成車とフレーム販売というものがあります」

ニム「完成車と……」

イク「フレーム販売なの……さっきはこれにしてやられたの」

龍鳳「皆さんに先ほどお貸ししたロードバイクを見てください。それは既に走れる状態にあります。いわばこれが完成車の状態です。あ、ペダルは別売りという場合が大半ですよ?」

イムヤ「ペダルは別売り……!? あ、頭が痛くなってきた……!!」

しおい「今は考えない方がいいと思うな!」

龍鳳「ええ、その通りです。そちらには今フラットペダルを装着していますし。(私もよくわからないですし)

   対してフレーム販売は、ロードバイクのフレームとフォークのセット。中にはシートポストも付属するものもあります。

   フレーム販売とはこのようにまだ自転車として走ることができないフレームの状態での販売形態を指すもので、BBやクランク、変速機、ブレーキといった部品は別途購入して使う必要があります。

   一般的には購入したお店でそうした部品も一緒に購入し、組み上げて貰うのが主流だそうですが、中には自分で組み上げてしまう方もいらっしゃるとか」


ニム「う、うぐぐ……ど、どっちが正しいんですか? 完成車と! フレーム販売!」

龍鳳「正しいというか好みと言うか……提督が仰るには、やはり完成車の方が別途部品を購入して組み立てて貰うより安く上がるそうです。好みの構成が揃ってるなら完成車の方が予算を抑えやすいとか。

   ですが、フレーム販売にもメリットはあります。完成車を構成するパーツは一つずつ選択することはできません。カタログ通りの構成で気に入れば購入すればよい、と」

まるゆ「やはりシマノとカンパニョーロとスラムを合体することで究極のロードバイクが?」

龍鳳「いいえ、まるゆちゃん。提督曰く、それは原則としてかなり調整がシビアでお勧めしないとのことです。

   話を戻しますが、こうしたロードバイクの部品をコンポーネントと言い、これらの主要パーツを同一ブランドの同一グレードで揃えて販売されているものをグループセットと言うんです」

ゴーヤ「グループセット……や、ややこしいでち」

ろー「こんぽーねんと……奥が深いですって」

龍鳳「ロードバイクコンポーネント市場、そのグループセットのシェアは三社が占めており、三大コンポーネントメーカーと呼ばれています。

   ひとつは日本が誇る大阪は堺に本拠を構えるシマノ。

   ひとつはイタリアの走る芸術品カンパニョーロ。

   ひとつはアメリカはMTB界を席巻したスラムです。

   原則として同一のメーカーでコンポーネントを揃えるのが主流です」

はち「シマノと、カンパニョーロと、スラムですね……」

まるゆ「そっかぁ、メーカーを統一するのが主流……」


龍鳳「そして各メーカーで販売されているグループセットにはグレードがあります。こちらのホワイトボードに記載した通りです」


〇Shimano(シマノ)機械式

 CLARIS(クラリス)⇒SORA(ソラ)⇒TIAGRA(ティアグラ)⇒105(イチマルゴ)⇒ULTEGRA(アルテグラ)⇒DURA-ACE(デュラエース)

〇Campagnolo(カンパニョーロ)機械式

 CENTAUR(ケンタウル)⇒POTENZA(ポテンツァ)⇒CHORUS(コーラス)⇒RECORD(レコード)⇒SUPER RECORD(スーパーレコード)

〇Sram(スラム)機械式

 Apex(エイペックス)⇒Rival(ライバル)⇒Force(フォース)⇒Red(レッド)

〇Shimano(シマノ)Di2(電動式)

 ULTEGRA-Di2(アルテグラDi2)⇒DURA-ACE-Di2(デュラエースDi2)

〇Campagnolo(カンパニョーロ)EPS(電子式)

 CHORUS(コーラスEPS)⇒RECORD(レコードEPS)⇒SUPER RECORD(スーパーレコードEPS)

〇Sram(スラム)無線式

 Red E-Tap


龍鳳「シマノならばクラリスが下位、デュラエースが最上位グレードとなりますね」


イク「で、出たの!? 呪文なの!!」

イムヤ「あ、あれ? アテナがないわよ? アテナっていうやつがあった筈よ?」

龍鳳「あ、あら? そんなのあるの? 後で提督にお伺いしますね(カタログにはあるけれど、これってひょっとして……)」


 2018年現在ではとっくに廃盤である。


しおい「こ、この機械式と電動式と電子式と無線式って、なんなんですか……?」

龍鳳「変速の方式ですね。お手元のロードバイクを確認してください。ハンドルレバーのところにスイッチがあるでしょう?」

はち「あ、はっちゃんの借りたこのバイクに装備されてるのは、カンパニョーロの……レコードですね。翼が生えた車輪のデザインですか……いいですね」

まるゆ「まるゆのもカンパニョーロです。レコードESP!」

ろー「ろーちゃんのはシマノですって! えっと、えっと……アルテグラ? ですって!」

ゴーヤ「ゴーヤのもシマノでち。ゴーヤのもアルテグラって書いてありますが……これ、Di2?」

ニム「ニムはスラムだね。えっと、レッド?」

イク「イクのもスラムなの。レッドEタップって読むの?」


イムヤ「イムヤのは……ほえ? これ、なんか全然違う?」

しおい「しおいのも、なにこれ……?」

龍鳳「イムヤちゃんとしおいちゃんのはダブルレバー……機械式です。STIレバーと呼ばれるハンドル部分にある機構で操作するものとは違い、よりクラシックなクロモリバイクに見られる、ダウンチューブに装備されたレバー操作のものです。

   ダブルレバーを除けば、各社で操作方法は異なりますが、原理は同じ。まず機械式は手の力でワイヤーを引っ張ることで、ディレーラーを動かして変速する方式です。

   ワイヤーのテンションの張り方などの調整一つで渋くも滑らかにもなりますが、より操作している実感を楽しめる変速方式とのことですよ」

はち「なるほど……あ、あれ? 変速しませんけど?」

ろー「ですって!? こ、壊れてる……?」

ニム「い、いきなり壊しちゃった……!? お、怒られる、怒られる……」

龍鳳「ち、違います。クランクを回しながらでないと変速できませんよ。固定ローラー台も持ってきたんですから、せっかくですからみんな回してみてください。

   リアのギアを重くすることをシフトアップ、軽くすることをシフトダウン」


 やたらと落ち度を気にするオリョクルズである。

 極端にミスを恐れるのは、リーダーのイムヤを始め、多かれ少なかれ彼女たちに共通している点であると言えよう。


はち「お、おお……こ、これは……成程、動力を与えないとディレーラーが動かないのですね。

   カンパは右手の親指でリアのシフトアップ、レバーを押すとシフトダウンする……フロント側は左手で操作、シフト操作は右手の真逆になる……はっちゃん、覚えました」


ろー「た、楽しい! 右手をかちかちしてると、後ろの車輪がカチョンカチョンって変速していきま――――ぴぃっ!? ぶ、ブレーキレバーがぁ!? こ、壊しちゃった!?」

龍鳳「大丈夫ですろーちゃん。シマノのハンドルはブレーキレバーごと押し込むことでリアがシフトダウンします。左手はフロント操作ですが、右手とは逆の操作になります」

ニム「よ、良かった。壊れてな………こわれてるぅうううう!? シフトアップしたりシフトダウンしたりするよぉおおお!? 同じレバー押してるのにぃいいいい!?」

龍鳳「落ち着いてニムちゃん。スラムのレッドはダブルタップレバー方式を採用しています。右手のレバーを軽くタッチするとリアシフトアップ、深く押し込むとリアシフトダウンします」

ニム「ひ、冷や汗が出てくる……で、でもこれ、面白い! 面白いよ!」

イムヤ「成程。ダブルレバーってシンプルね。右側のレバーを手前に倒すとシフトアップ、奥に倒すとシフトダウン……左はやっぱり逆になるんだ? あ、クラシックってひょっとして……」

しおい「そっか、変速するのにいちいち手をハンドルから放さないといけないから……」

龍鳳「最速を競うレースにおいて、このダブルレバー方式が廃れた理由がそれですね。提督が仰るには調整しやすいからホビーで使う分にはとても面白くて良い、とのことです」

イムヤ「確かに……」

しおい「うん、いいね! いいと思います!」

龍鳳「続いて電動式・電子式……これは呼び方が異なるだけで、原理は同じ。

   バッテリーによるエレクトリックな変速方式……要はスイッチ一つでギアを切り替えるための、いわばリモコンです。

   操作性は言うに及ばずストレスフリーですが、値段が高価になりがちで、バッテリーで動く故に電池切れすればたちまち動かなくなります。たまの充電は必須ですね」

ゴーヤ「お……! これは、なかなか面白いでち! スイッチを押すとチュインチュインと……あ、電動式だとブレーキレバーは押し込めないんですね?」

まるゆ「わ、わ……うん。面白いです。操作方法は、機械式と変わらないのかぁ……」


イク「ねえねえ、イクのは? これ、無線式っていうの?」

龍鳳「ええ、最後に無線式ですが、現在では最新の変速方式で、文字通り通信方式が無線タイプになっています。

   現在はレッドEタップだけがこの方式ですね。前述の電動式との違いは、通信方式が無線のため、配線の必要がないという点です」

イク「はっ!? 確かにイクのバイク、ハンドルから配線が伸びてないの!? すっごくハンドル周りがスッキリしてるの!」

龍鳳「また操作方法が機械式のレッドとはやや異なります。左手のスイッチを押すとシフトアップ、右手でシフトダウン、左右を同時に押し込むとフロント変速です。

   より直観的に操作できる点が高く評価されているようですね」

イク「こ、こいつぁ面白い玩具なの……!!」

ニム「い、イクお姉ちゃん! 交代! 次、私がそれ弄ってみたい!」

イク「OKなの! 取り換えっこして色々試してみるのね~♪」

はち「まるゆちゃんの電子式も試してみたいなあ」

まるゆ「あ、はい! まるゆも機械式のカンパ、使ってみたいです」

ろー「でっちー、でっちー、ろーちゃんも電動式を試してみたいですって」

ゴーヤ「でっち言うなと言ってるサル!!」

イムヤ「ちょ、ちょっと、私としおいにも貸してよね! ダブルレバー同士だから交換しても同じなのよ!」

しおい「そうだそうだー!」

※ごめん、誤記

○:龍鳳「~(中略)右手のスイッチを押すとシフトアップ、左手でシフトダウン、左右を同時に押し込むとフロント変速です。

×:龍鳳「~(中略)左手のスイッチを押すとシフトアップ、右手でシフトダウン、左右を同時に押し込むとフロント変速です。


 こうして各メーカーのコンポーネントの操作方法を実感したオリョクルズである。


龍鳳「とりあえずこの三社のメーカーのグループセットの、いずれかのグレードから選んでおけば、楽しい自転車ライフは確約される――――提督はそう仰っていました」

ろー「なるほどですって! 似たようなものってことですか?」

龍鳳「違います」

ゴーヤ「それ、見方を変えたらこの三社以外のメーカーは地雷ってことでち?」

龍鳳「初心者向けではないという意味では冒険でしょうね。結果が出なければ『次』がありませんから」

イムヤ「次がない?」

龍鳳「では問いますが、売れないという結果が出てしまった商品に次をと望む多くの声はありますか?」

イムヤ「世知辛すぎるわ」

まるゆ「…………なるほど。需要がなければ供給はありませんね。当たり前のことでした」


 例えばローターやオーシンメトリックといったメーカーの楕円形チェーンリングは、一定のユーザーから指示を受けているが、初心者向けとは言い難い。形状からしてお察しである。

 初心者からすれば間違いなく地雷であるが、まず選択することはないだろう。

 なんせこの三社に対して我こそは四社目よと名乗りを上げたはいいものの、数年足らずで廃れるメーカーは後を絶たない。廃れるということは後発がないということだ。

 各メーカーは数年のスパンで商品は最新のものへと切り替える。マイナーチェンジであれ大幅なバージョンアップであれ、そこには確かな変化があるが、他のメーカーを選ぶということはその商品が廃盤になった時に心中する覚悟を持たねばならない。


 70年代のコンポーネントセットの概念がなかった時代ならいざ知らず、今やコンポは各メーカーでまとめるのが主流。しかし例外はある。

 ミックスコンポだ。効率的なペダリングを行うというメリットを得るために楕円形チェーンリングに変えるのとは違い、完成車として購入した時点でミックスコンポである場合だ。

 完成車の値段をより安く抑える点では理に適っているが、同じメーカーで統一したいというある種のコンプリート願望を持つ乗り手にとってはイマイチな組み合わせである。

 オーリョクールズ
 閑話休題。


イムヤ「それじゃあ龍鳳さん……結局のところ、どれを選べば正しいのかしら?」

龍鳳「それは……」


 龍鳳が口を開こうとした時――――ホビーで乗る分にはどれ選んでもいいぞ。好みでいいんだ好みで――――と、そんな声が割り込みをかけた。

 声の主を求めて龍鳳が振り返った先にはやはり、


龍鳳「あ、て、提督!」

提督「龍鳳、ご苦労だった。悪いな、覚えたてなのに説明任せちまってよ」

イムヤ「!! 司令官! いらっしゃいませ!!」

提督「や、イムヤ。すっかり遅くなって済まなかったな。八時回っちまったよ」

イク「そうなの、てーとく! とってもおそいの! イクたち、首を長~くして待ってたの!」


提督「そう詰ってくれるな。俺もここに来れるのを楽しみにしてたよ」

はち「もう、相変わらずお上手ですね……お待ちしておりました、提督。はっちゃん、もうおなかぺこぺこです」

ニム「あっ、そうだ! ニム、カレー温めてくるね!」

提督「お、夕飯はニムのカレーかァ。久々だなあ。大盛でよろしく!」

ニム「うん、ニムに任せておいて! ほら、まるゆちゃんたち、提督をご案内して!」

まるゆ「ようこそお越しくださいました、隊長! さあ、どうぞこちらへ!」

提督「ん。まず手を洗わんとな。おまえたち、ロードバイク弄ってたろ? 俺も一応外から来たし……洗面台に連れて行ってくれ」

ゴーヤ「はっ!? それもそうです!」

ろー「洗面所はこっちで……ああああああ!?」

ゴーヤ「どうしたんでち、ろー」

ろー「せ、洗面所はダメですって……まだお洗濯してないから、洗い物籠に、みんなのお洋服や下着が……」

しおい「それはだめだよ!?(乙女的な意味で)」

提督「それはいかんな(風紀的な意味で)。しゃーねえ、イムヤ、おしぼり作ってきてくれ」

イムヤ「はい、ただいま!」

提督「相変わらず、賑やかだなここは」



龍鳳「お、お恥ずかしい限りです……」

提督「元気があるのはいいことだよ――――重ねてご苦労だった、龍鳳。どこまで説明してくれたか、後で報告を頼むよ。夕食の席でな」

龍鳳「は、はい!」


 ほっとしたように笑う龍鳳に、提督もまた微笑み返す。

 イムヤはそんな二人を、おしぼりを取りに行く後ろ目で――――否、後ろ耳で聞いていた。




……
………

※久々の投下で案外投下に時間がかかるのを思い出した

 次回は提督の生臭い(ロードバイクコンポーネント選択の)お話である。


………
……


 かくして待望のお食事タイムであった。提督はもちろん、オリョクルズたちもお腹を可愛らしくくぅくぅと鳴らしている。

 長手のテーブルの中央上座に座る提督に対し、輪を作る様に卓を囲っていくオリョクルズ。提督の左隣はゲストの龍鳳。

 オリョクルズリーダーのイムヤは、右隣……ではなく、提督の正面である。実質、潜水艦寮の主故にゲストには机を挟んで対峙する。これが礼儀である。

 寄り添えることはなくとも、真正面から提督と見つめ合えるこの位置取りは、かつて龍鳳が大鯨であった頃の定位置である。この位置を、イムヤはとても気に入っていた。

 提督の右隣でニコニコ笑顔で食事を楽しみにしているのはまるゆであった。事前に決めていた純粋なくじ引きの結果である。二位のゴーヤと三位のろーが表現しがたい表情でまるゆを睨んでいる。

 龍鳳を恨むことはないが、龍鳳が来なければ提督の隣に座っていたのはゴーヤであった。並々ならぬ葛藤の末、行き場をなくした感情の矛先はまるゆへと向けられていた。それは八つ当たりという。

 されど、まるゆもまた立派なオリョクルズ。刃の切っ先のようなゴーヤの視線を豪胆にも柳に風とばかりに受け流し、横目で提督の顔をちらちらと見上げながら、時折提督と視線がかち合うと、嬉しそうにえへへと笑う。

 提督は思う――――なんて平和なんだと。空母寮ではこうはいくまい。その感慨深い思いが中断された。料理が運ばれてきたのだ。

 ニムとはちが手にしたトレイの上に並ぶメニューはもちろん――――。


ニム「ニム特製! フィリピン風のココナッツミルクを使ったチキン馬鈴薯カレーなの!! 新作だよ!」

提督「フィリピン風……オリョール海か」


 オリョール海のモデルはフィリピンのオーモック海と言われている。


 フィリピンのカレーと言えばココナッツミルクカレーだろう。だが、その常道から少しばかり外れたものだと、提督の視覚と嗅覚は感じ取っていた。

 まず色が赤い。フィリピンカレーは使われる香辛料次第であるが、黄色いものが多い。

 そして香り。ココナッツのふんわりとしたミルキーな香りに纏われる香辛料の香りは、ほのかな酸味を帯びている。

 しかし提督は慌てない。慌てるのは戦艦寮における金剛型の部屋と、駆逐艦寮における陽炎型の部屋だけだ。

 常道から外れようとカレーは期待を裏切らない。人の本能に根付く渇望、それを潤すための存在である故にだ。

 一部例外があるが、それは往々にして作り手側に問題がある。


提督「では、いただきます」


 提督の礼に合わせ、オリョクルズや龍鳳もまた唱和する。それが終われば、待ちきれないとばかりにスプーンを手に魅惑の赤い液体をライスに絡めてはむとほおばるゴーヤとイク。


ゴーヤ「あ、あれ? 赤っぽい色合いから覚悟決めて口に入れたけど……辛くないでち? っていうか、これ……」

イク「ちょっと酸っぱい……かな? でもおいしいの! とろとろの鶏肉によく絡むの~♪」


 さらさらの汁気が強い黄色い液体に、くったりと蕩けた具材が浮かんでいる。


まるゆ「カレーっぽくないのにちゃんとカレーですねコレ……」


ニム「あはっ、提督、どうどう? わかるわかる?」

提督「……ん、この酸味と甘みは……トマトとタマリンドを加えたのか。成程、ベースはフィリピン『風』の南インドのエッセンスを取り入れたのか。これは旨い」

ニム「ホント? やったぁ!」

提督「ブイヨンで伸ばしてサラサラ仕立てなのがいいな。盛り付けもきれいだし」

はち「あ、盛り付けははっちゃんですよ。上手になったでしょう?」

提督「おお、味といい盛り付けといい、腕上げたな二人とも……うん、うん、旨い。パクパクいける」

ろー「てーとく、食後にははっちゃん特製のアプフェルシュトルーデルもありますから……お腹いっぱいにはしないでくださいって」

まるゆ「あ、はい! まるゆもアイスクリン、作るの手伝ったんです!」

提督「ほう、はちとまるゆが? それは楽しみだ。ちゃんと腹八分目にして期待してるぞ」

イムヤ「あ、あの、司令官? お飲み物、どうぞ」

提督「お? カットライムを添えた……炭酸水か? ペリエ? ゲロルシュタイナー?」

ゴーヤ「ペリエでち! てーとくは炭酸水好きなんですよね?」

しおい「うん! イムヤちゃんから教えてもらったんだ!」


 炭酸には疲労物質たる乳酸を排除する効能がある。代謝を加速し、運動に対するパフォーマンスを上げる効果や血流量の増加などいいことが多い。


 提督が愛飲する飲み物の一つであった。

 談笑しながら食事は進んでいく。じっくりと染みたさらさらのルーは食べやすく、空腹も手伝ってかあっという間にみんなの皿はからっぽになった。


提督「ごちそうさま……さて、龍鳳からはコンポーネントの主要三社について聞いているらしいが」


 デザートのアプフェルシュトルーデルをパクつきながら、提督が龍鳳に話を振る。


龍鳳「はい。実際にコンポーネントにも触れてもらいましたが……こちらのホワイトボードに」

提督「ふむ……シマノのターニーを除いたのは?」

龍鳳「クラリスからデュラエースまではシフトチェンジ機構は同じだが、このターニーだけは違います。カンパニョーロに近い機構の親指シフトです。

   比較対象とするには微妙過ぎるかと……クラリスとの価格差も誤差のレベルですし」

提督「実機としてアルテグラ、レコード、レッドの各二種のグレード、そしてダブルレバーを選定した理由は?」

龍鳳「はっ! ……まずアルテグラとレコードですが、機械式と電動式、もとい無線式の違いを最も肌で知れるグレードです。

   かつレースパフォーマンスにおいて十二分な性能を有しているものと説明してくださったのは提督です。

   スラムにおいてはフォースもまた性能面においては足るものではありますが、無線式との比較ならばやはり同グレードのレッドが適切かと。

   また、ダブルレバーは懐古主義的ではありますが、クラシックバイクを用いる上では避けては通れないコンポーネントです」


提督「シマノのデュラエース、カンパニョーロのコーラス、あるいはスーパーレコードを選ばなかった理由は?」

龍鳳「ロードバイクのコンポーネントは上位に行くほど不可逆的な感覚が襲ってくると教えて下さったのもまた提督です。下を知ってから上を知るのはともかく、上を知れば下では満足できぬようになると」

提督「愚問だったな。ダブルレバーに使ったのはどこだ? シマノか? シュパーブプロか?」

龍鳳「ダブルレバーとしての性能を追求したダブルレバー式のデュラエースに、古き良き時代の変速感を味わうことを狙いとしたシュパーブプロで組み上げられた逸品です」

提督「………」

龍鳳「………」


提督「――――パーフェクトだ龍鳳」

龍鳳「感謝の極み」


 男くさい笑みを浮かべて頷く提督に、花開き感極まったように深くお辞儀をする龍鳳。

 ある種の様式美であった。


イムヤ「………」


 それを面白くなさそうな目で見ているのは、イムヤだった。

 オリョクルズのリーダーになった。だけど、提督と楽しそうにお話している龍鳳を見ていると、実質のリーダーはきっとまだ龍鳳の――――大鯨のままなのだと、思い知らされたようで。

※おしごと、おしごと、おしごと……

※よっしゃ来週末は間違いなく書けるでぇ


 大鯨が改装を経て龍鳳となった時のことを覚えている。

 彼女は潜水艦寮から離れ、空母寮へと住まいを移した。

 隠し切れぬ寂しさに表情も昏く俯いたイムヤに、龍鳳は言った。


 ――――潜水艦隊を頼みましたよ、と。


 後日、正式な辞令が下り、イムヤは潜水艦たちのリーダーとして龍鳳から業務の引継ぎを行い、すぐに重要な作戦会議や鎮守府運営にかかわる議案にも関わるようになった。

 それはきっと喜ばしい事なのだろう。しかし沸き立った心に冷静さが戻った頃、『なぜ自分なのか』という疑惑がイムヤの心中に浮かび上がった。

 リーダーとしての業務は苛烈を極めたが、それに忙殺されることはなかった。

 当時の潜水艦隊にニムはいなかったが、イムヤは己がリーダーとして適正であるとは思えなかった。管理職として潜水艦隊をまとめる日々が続くにつれ、その疑念はますます強まっていく。


イムヤ(あの時、大鯨さんはこんなに大変なことを、苦労なんておくびにも出さずにこなしてたのね……)


 大鳳には足を向けて眠れないと新たに尊敬の念を深めると共に、イムヤは改めて己の価値を検分する。

 果たして、自分には何があるのだろうかと、いつだってベストを求めてきた。ベストを尽くしたって安心できなかった。

 だって、イムヤは―――――イムヤ自身をこそ、何よりも信用できなかった。


 イムヤは旧型の潜水艦である。史実においてこそ大戦果を挙げたものの、スペックひとつとっても他の潜水艦達には劣っていた。


 破格の砲火力に冷静沈着な判断力を持ち、土壇場では腹を据えた苛烈さと勇猛さをも持ち合わせたはち。

 雷撃のみならず、航空機運用に砲撃・防空と隙のない戦術の幅広さを持つマルチプレイヤーのしおい。

 神がかり的な予見と勝負勘を頼りに敵の作戦を読み切り、多くの戦果を挙げてきたイク。

 隙の無いスペックにここぞという決定力を持つ純粋な強さならばゴーヤ。夜戦における敵の撃沈率は、ゴーヤが魚雷を放つ=撃沈数という、潜水艦内の撃沈王だ。

 この四人は、潜水空母への改装を経て、水上機まで運用できる。

 当時は着任していなかったニムもまた、今は潜水空母だ。彼女たちに負けず劣らずのポテンシャルを持っている。未熟なれど前向きな頑張り屋で、姉のイクに負けじと強さに貪欲なひたむきさを見せた。

 ではろーは? その頃はまだ艦隊に加わっていなかったが……呂500に改装する以前から、ろーは――――ゆーはイムヤでは及びもつかない性能を誇っている。彼女もまたギフテッドであった。

 ではまるゆは? 純粋なカタログスペックを問わぬ心の強さという意味では、イムヤはまるゆ以上の艦娘を知らない。事実、まるゆは潜水艦隊にとって欠かせぬ、立派な戦力を備えるに至った。


 翻って、イムヤにあるものはなんだろう。近代化改修を済ませた結果、火力も装甲も増えエンジン放射音を極限まで抑えた防音性を有した。

 だがそれは全員がそうだ。ならばイムヤにあるものは、なんだろう。真面目さか? 負けん気か?

 イムヤは否だと思う。ならばきっと、自分が選ばれた理由は『それ』意外に考えられなかった。

 そして『それ』を考えれば考えるほど―――自分は、ただの提督にとって便利な『いい子』に過ぎないのではないかと思えた。

 客観的に己という存在を、旧型の潜水艦たる自分に価値を見出すとすればそれしかありえないと思うようになって、漠然とした不安はどんどん大きくなっていった。


 ――――嫌な『音』が聞こえた。いつもの『音』だ。鉛色の音。はじまりの音だ。

 不安を抑えきれなくなって、すぐに提督に問いを投げた。返ってきた答えは呆気にとられるぐらいシンプルで、とても嬉しい言葉だった。


イムヤ(覚えてる。今でも、一言一句違わず、音程一つ間違えず、頭の中で再生できる)


 その時の声を思い返すたびに、『音』は消えた。天にも舞い上がるような気持ちになる。嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになる。

 だけど、あの時の提督は、どんな『音』をしていただろう。それが、喜悦の彩で塗りつぶされている。

 イムヤの心中では、今頃になってそれが不安に思えてきていた。

 また、『音』が聞こえだした。


イムヤ(…………いやだ)


 イムヤは初めて提督という存在を知覚した瞬間に、恋に落ちた。

 提督の采配の下で戦い続けた。しゃにむに戦った。深海棲艦の補給線を破壊し、時に資材を奪い、脅威となる敵を無音潜航で秘かに沈めて行った。

 帰投した時には温かく出迎えてくれる提督のことがどんどん好きになった。

 闘いの日々は辛く厳しいものだったが、それでも楽しかったと思える。一航戦と二航戦――――あの飛龍とも再会を喜び合い、少しずつ増えていく潜水艦の仲間達と親睦を深められるのは、有難い事だった。

 それに、こうして提督と交流できる時間は、イムヤにとって掛け替えのないものだ。


 その一瞬一瞬が宝物のように煌めいている。

 好きな人のちょっとした仕草やクセ、色んな表情が分かっていく。知って幻滅することなんて、イムヤには一つもなかった。提督のことがますます好きになっていく。

 出撃中の提督に会えぬ日々は辛いものだったが、増えていく仲間と共に戦場の海を泳げることは心強かった。

 過ぎゆくとともに、想いは募り焦がれて、もう鉛色の音を忘れかけた。そんな日のことだった。

 待ちに待っていたはずの『あの日』は、イムヤにとって―――。


提督「イムヤ」

イムヤ「っ、え?」


 心音と共に視線が跳ね上がる。そこにはじっと心配そうにイムヤの顔を見つめる、提督の両目があった。その両隣では、まるゆや龍鳳も同様の視線を向けている。


提督「これからコンポーネント市場の主要三社のより詳細な説明しようと思うんだが……」

まるゆ「顔色が悪いですよ? 大丈夫、ですか?」

イムヤ「っ!? だ、大丈夫。大丈夫よ! イムヤ、元気いっぱいだから!! ちょっと考え事してて……」


 嘘だ、とイムヤは思った。自分自身の言葉が嘘だと。きっと今、イムヤはひどい顔色をしている。それを自覚していた。


 気づけば、提督だけではなく、誰もがイムヤに視線を向けている。ある者は心配そうに、ある者は不安げに、ある者は苦虫をかみつぶしたような表情で、一様にイムヤの様子を見ていた。


イムヤ「ご、ごめんなさい、みんな! 本当に大丈夫だから……司令官! お話を続けてください……」


 日を改めることすら考慮に入れ始めた提督の思考に割り込んだのは、イムヤの悲痛さすら感じさせる声だった。


提督「…………ん、そうか。体調悪いなら、あんまり無理しちゃ駄目だぞ」


 提督はきっと、困った顔をしている。それがイムヤには分かった。顔を見なくても、俯いたままにそれが分かった。

 自分自身さえ納得させることができない言葉では、この場の誰も欺けない。

 もちろん龍鳳もだ。その横で静かに瞳を細める龍鳳だったが、あえて言葉はかけなかった。

 追及はすまいと、無言のままに、誰もがそう思っていた。


提督「さて、では改めて………コンポーネントの選定。まずシマノ・カンパニョーロ・スラムの三社から一社を決定するためには、何を重要と捉えるかが肝だ」

イムヤ「そ、そうなんだ。それで、どのメーカーのどのグレードを選ぶのが正解なの?」

提督「ぶっちゃけるぞ――――まずグレードを後回して、ただ三社を選ぶだけなら好みでいい」

イムヤ「…………え?」


 イムヤは、己の胸の中心から、何かが跳ねる音を聞いた。


はち「……あら。それはどうしてですか? 好み……というのも、少し漠然としている気がします」

提督「純然たる好みという意味でもいいんだが、要は嗜好や事情、そこに利便性や自転車に乗る目的を絡めての『好み』だ。

   そういう意味じゃあシマノは断然オススメだぞ。なんせ日本製だ。ロードバイクを扱うショップならばどこでだって入手が容易だ。まず間違いはないってメーカーだよ。優等生よな。

   カンパニョーロはイタリアンバイクが似合うって風潮がある。人間的な……エルゴノミクスに配慮した直観的な操作感覚はクセになる。他のメーカーと比すれば少しお高いがね。ブランド志向も強めだ。

   スラムもまた独特の変速性能はやみつきになる魅力を備えている。カチンッ、カツンッと来る刺激的な変速の快感は、とても言葉にできん。より感性や本能を刺激する攻撃力があるな」


 提督にしては、言葉を重ねてなお曖昧な表現であると言わざるを得ない――――はちは胸中で少し微笑んだ。可愛いところもあるんだなと。

 しかし、成程、案外そういうものなのかもしれない――――そうも思った。

 あくまで感性の話である。いかな提督とて個々の持つ感性を完璧に表現する言葉は持ち合わせてはいまいと、はちはそう結論付けた。


提督「変速方式が使ってみて気に入ったとか、使用感が好きとか、見た目が好きとか、イタリアンバイクに乗りたいからカンパにするとか、アメリカンだからスラムとか、日本製だからシマノにするとか、そういうこだわりでイイのだ」

提督「そこからグレードを選ぶわけだが、財布の中身と相談ってのが最も多い。グレードが高い方がもちろん性能はいいよ」

しおい「むむむ……あの、提督、その上でどれが一番性能がいいんです? シマノ? カンパニョーロ? スラム?」

イク「そ、そう! それなの! イクたちが知りたいのは、まさにそれなの!」


提督「それ聞いちゃうか。地雷を踏みたがるというか、もとい機雷にぶつかっていきますね君たち」

ゴーヤ「は?(殺意)」

はち「機雷? 大嫌いです……」

まるゆ「たいちょー……いくらたいちょーでも、言っていい事と悪い事があります。まるゆ、知ってますよ。それこそが、まさに地雷っていうんです」

提督「そ、そうだったな……じゃ、じゃあここからは生臭い話だ。ホワイトボード借りるぞ」


 先刻の龍鳳と同じように、提督もまたホワイトボードに情報を書き連ねていく。


提督「大体こんなところだろう。()内は備考だ」


 1.値段(予算に相談)

 2.整備性・維持費(メーカーやグレードごとに違うものもあるので自分で整備するなら勉強必須。乗るのが目的なら維持費の計算まで入れておいた方が吉)

 3.取り回しの良さ(まさに好み)

 4.変速性能(予算が潤沢でかつコスパを大事にするとか、面倒なのは嫌いなら電動か無線。整備の腕に自信があるとか軽い方がいいなら機械式)

 5.マッチングとフィーリング(価値観次第。美意識。えこひいきとも言う)


提督「以上の要素で、自分にとって何が最も重要なポイントとなるかで、正解は枝分かれして分岐する」


ニム「えと、じゃあ提督のオススメは?」

提督「色んな意味でシマノ」

イク(もうシマノでいいんじゃないの?)

ゴーヤ(てーとくのロードって、ひょっとして全部シマノさんかな……?)


 ゴーヤもイクも提督はシマノ贔屓かと思った。合っているが、微妙に違う。提督としてはカンパもスラムも好きだ。むしろこのロードバイクにはスラムだろ、こっちはカンパニョーロだと思ってるものもある。

 しかし、提督はフレーム素材を乗り比べるのも好きだが、ホイールを使い分けるのも好きだ。

 同じシマノ製の同じグレードに纏めることで、ホイール交換の互換性を重視した結果、やむなく同じメーカーに統一しているというのが正確である――――ホイールのスプロケットは、グレードやメーカー次第で互換性がないものがあるのだ。


提督「ちなみに上記の点は重要だが、それらを冷徹に判断した上で、この中にはそうして出た結論をひっくり返しうる要素がある。項番の5……マッチングとフィーリングだ。これ以外に重要なものはないと断言する猛者もいるね」

ろー「まっちんぐ?」

しおい「フィーリング?」


 何故しおいの方が流暢に喋るのか? 提督は訝しんだが、話が逸れるのでそのうち聞いてみようと思った。


提督「己の欲すべきところをまず見定める――――好み。やはりこの一言に尽きる。つまり正解はない。あえて言い換えるとすれば、美意識だ」

ニム(美?)

イク(意?)

ろー(識?)

提督「例えばさっき話したイタリアンバイクにカンパニョーロコンポを至高とする教団のことだ。彼らはホイールもカンパニョーロにすることを絶対の正義とする」

はち「……ああ! なんというか、少しわかる気がしますね。統一感というか、同じお国で同じパーツを使うと、ふしぎな安心感があるっていうか」


 はちは納得した。几帳面な性質故か、そうした『きっちり』したものを好む傾向がある。

 だがその一方、


しおい(えー……)

まるゆ(ちっともわかんない)

ゴーヤ(せ、正解が、ない? なんでちそれは……っていうか生臭いところがどこにあるんでち?)

ろー(コクゴの問題かなあ。えっと確か、かい、かい……カイシャク、次第? カイシャク、シモス? だっけ?)


 微妙に違う上に残虐薩摩風味だが、ろーの感想はとても的を得ていた。


イク「は、話変わってないの!! 結局『好み』ってなんなの!?」

提督「いいや、変わってるよ。ここからは感想ではなく、価値観だ……冷徹な評価に基づいた話になる。その上で、その結果をどう見るかは、やはり本人の好みとなるわけだ」

はち「結果、評価…………成程、レースですか」

提督「そう。レースにおける最速を、より純粋に目指すのならば、各社のトップグレードを選ぶべきだ。だがそのどれかを選ぶのは乗り手次第……ところがプロとなると機材を選べん」

ニム「? 選べない?」

提督「えり好みできんということだ。レース機材ということは結果が求められる。レースリザルトはメーカーにとって見逃せない商売材料になる。フレームメーカーは無論、コンポーネントメーカーもな……故にこそ、どれを選んでも正解だが不正解、つまり正解がない」

ゴーヤ「………ああ! そういうことだったんでちか!!」

はち「時節と結果、求められる性能はそこから来るという訳ですか……はっちゃん、よくわかりました」

イク「い、いくぅ……」

ニム「て、提督! もっと、もっともっと簡単にお願い! イ、イクお姉ちゃんが曖昧に!」


 ――――イクはしばしば曖昧になり、精神の均衡を崩す時があった。

 昂ぶる感情を上手く処理できない時や、難しい話を聞いた時、魚雷を外した時……提督の意を理解できぬ己に不甲斐なさを感じた時など……その兆候が顕著になる。

 ただし仲間が傷つけられた時は一転して、秘めおきし魚雷による、およそ一切の潜水艦において見たことも聞いたこともない雷撃を放ち、射程距離内にいる深海棲艦を艦種の区別なく轟沈させる魔神と化すのだ。

 『オリョール海の魔神』と呼ばれた伊19の真骨頂である。


提督「……優勝したレーサーは注目される。要はメチャクチャ目立つんだ。観客が沸く。島風と夕張のレースを見た時、お前たちも心が躍っただろう?

   では、あのレーサーが使っていたロードバイクはなんだろう? 用いていたフレームは? アイウェアは? ヘルメットは? コンポーネントは?

   レースの結果が劇的であり、より輝かしい勝利を得た選手の用いた機材ほど光り輝いて見える。

   こうして購買層への訴求力が高まることで……「あれ欲しいのー☆」って気持ちが来るわけだ。わかるな、イク?

   その奈落の底みたいな目も可愛いが、俺はいつものキラキラしたイクの目の方が好きだぞ」

イク「イク、とってもすごくよくわかったのー♪」


 即座に精神の均衡を取り戻すイクであった。

 最後の言葉が特に効いているのもあるが、イクは悪く言えばミーハー、よく言えば流行に敏感なところがあった。


龍鳳(さす提)


 龍鳳は提督のペラ回しに絶対の信頼を置いていた。大鯨だった頃にもイクへの教導には手を焼いた。焼かれたのは手だけではなく、脳髄にまでこびり付くような香ばしい記憶である。


提督「分かりやすいのは、やっぱりあこがれの選手が使うロードバイクのあれこれだろうよ。ファン心理はわかるだろ?」


 こくこくと頷くオリョクルズ達と龍鳳。イムヤだけは未だに顔色が悪く俯いたままだったが、提督は『あえて』無視した。


提督「では目的を定め、メーカー選んだ上で、いよいよコンポーネントを選ぶ――――グレードを選ぶわけだが」

イムヤ「………」

提督「多くの初心者ロードバイク乗りにとってネックとなるのは値段だろう。初心者はそもそもロードバイクってのがどんなものかキチンと理解できているかも怪しい。

   ホビー嗜好の消費者観点から性能面を見ると、シマノなら105、カンパならコーラス、スラムならライバルのグレードが欲しいところだ。

   これらは日常乗り回しても遠乗りでもレースでも充分な性能を備えており高級感があっていい。

   だがホビーならば、金を積めるなら何でも構わん。性能に不満が出ることを恐れる、言わば安物買いの銭失いを避けるなら上位のグレードを買うのが良いだろう。

   ――――ほら、これは好みではないか?」

ゴーヤ「い、いやいや、確かに好みですけど、イチマルゴもコーラスも、それってミドルグレードでち。そもそも下位のグレードでも高いでちよ? コンポだけでママチャリが買えます。上位グレードだと10台以上買えちゃうレベルです!」

はち「ええ……物凄く高い買い物だと思います……」

提督「ごもっとも。ところがロードバイクには、ロードバイク乗りにしかわからぬ不思議な法則があってな……」

まるゆ「ほ、法則って……」

提督「大袈裟じゃあねんだなぁこれが。続けていくと金銭感覚が麻痺していくんだ。金銭感覚の麻痺、即ち価値観の麻痺だ――――重度になると「デュラ組のフラッグシップ完成車が税込80万以下」というだけで「あら! お買い得!」と感じるようになる」

しおい「病気だよゥッッッ!!」

提督「そして見栄と言う厄介なシロモノが心を支配してくる。あいつは総額いくらのバイクに乗ってやがる、畜生負けてたまるか! とな」

ろー「何と争ってるんですって……」


提督「プライド? じゃね? そもそもレースに出ないならハイエンドモデルは乗り回そうと宝の持ち腐れってのは、皮肉にも一般ユーザーにとって大多数の意見よ」

イク(あ、なんか、分かったの)

ニム(ニム、それすごく分かる)


 二人は各々がより強い魚雷装備を求めて、それを与えられた時の優越感を思い出していた。

 多分、それと似たようなものだろうと。そしてどれだけ凄い魚雷でも、近海への輸送任務で用いるには勿体ないということも。使うべきは命を懸けて戦う難敵であるべきだ。

 提督が言いたいのは、まさにそういうことである。適材適所だ。

 要は入りたての新入社員なのだ。何が分からないかが分からないという、フレッシュで何色にも染まっていない状態である。

 それに何かを与えるとすれば、即戦力ならまだしも、仕事道具より先にルールや仕組みを徹底して覚えさせる。


提督「フレームからのバラ組みというのは予算が潤沢ならば何も言うことはないんだが、予算が限られている場合となると、これは必然的にシマノへ傾向する」

ゴーヤ「なんでです?」

提督「はい、ここからとても生臭い話その1――――この中ではシマノが一番安いが、コストに対して一番精度が高く整備性が良好でパーツ入手しやすいのもシマノというツッコミどころの多いお話。親方日の丸は馬鹿に出来んよ」


 日本のものづくり、手作りであろうと工業製品であろうと、比類なきクォリティを誇る。

 特に後者の製品に対する一律した精度の高さは誰もが納得の変態性である。

※さて、このペースでガンガン書いていきましょうねえ

 次の次ぐらいでオリョクルズ編はラストよ

※復活の―時ー(来週ぐらいから)


ろー「じゃ、じゃあシマノさんを選ぶべきですって。比較的お安くて、整備性もいいなら……」

提督「多くの人にとってはそうだろう。三社の中では一番安いし頑丈だし精度が高い。コストパフォーマンスでも性能でも文句はない。

   ところがそう簡単な話じゃあない。龍鳳が説明してくれたように、各メーカーごとに変速機構が異なる点や、微妙な違いがある。つまりフィーリングの話になってくるわけだ」

しおい「フィー」

イク「リン」

ゴーヤ「グ」

提督「そ、フィーリング。使ってみてどうだった? 『あ、これ面白いな』とか『しっくりくる』って思ったのがあったろ?」

まるゆ「は、はい! まるゆ、手がちっちゃいから、カンパニョーロのブラケットは握りやすいなって思いました!」

はち「まるゆちゃんもですか? はっちゃんも同じものを感じましたね。カンパのはブラケットの形状が少し内側に向かって緩やかにカーブしているせいか、握った際にスッと馴染む感覚があって……」

提督「お、それはカンパの強みの一つだ。価値観の違いと言ってもいいんだが、純粋な変速性能だけ見ればシマノはやはり強い。

   一方で使い心地や扱いやすさはカンパニョーロの方が手に馴染みやすい。

   スラムはと言えば、先ほども言った通りメカニカルなシフト操作の快感が快楽中枢を直に突き抜けるような面白さがある。

   そういうのって大事なんだよ。苦しいレースの中で重要なものの一つが『楽』だ。

   より『楽』しめる、より『楽』できる。そういう要素がコンポーネントにはある。

   レースに求められるものの違い、狙いというのが主要三社で異なるんだ」


ろー「せいぞんせんりゃく、ですって!」

提督「まあそんなところだ。カンパニョーロの話に戻るが、日本販売はホイール含めて高級ブランド路線ってのもあって見落とされがちなんだが、エルゴノミクスに配慮したハンドルはしっくりと掌に馴染みやすい。

   ブレーキフィーリングについてもよりレース志向の微細なスピード調整に向いている。

   五十鈴と名取が電子式スパレコ、阿武隈も機械式スパレコを使ってるが、それぞれが選んだ理由は共通部分もあるが異なる部分がある」

まるゆ「い、五十鈴さんが……た、たすけて、たすけて木曾さん!」

はち「あの全潜水艦の天敵めいた悪魔と、その悪魔の姉と妹たち……ああ、爆雷が! 爆雷が!!」

イク「い、いくぅ……お、おのれ、五十鈴め……あ、あのとき、あのとき、イクのてーとくのご褒美を得るチャンスをふいにしたるは、忌まわしき爆雷が起因……やってくれた喃」

ニム「イクお姉ちゃん!」

しおい「寝ておられるのですか!?」

提督(おまえらトラウマスイッチ多すぎだよ)


 まるゆもはちも五十鈴型、もとい長良型が苦手だ。五十鈴を筆頭に特に後期型である由良・鬼怒・阿武隈は対潜性能が高く、幾度となく演習で煮え湯を飲まされてきた過去に起因する。

 特に五十鈴だ。潜水艦は海の中にいる。いるのに、『視線がかち合う』のだ。その度に歯の根が合わなくなる。


ゴーヤ「……わかったでち。この話題はやめるでち。ハイ!! やめやめ……! スラムの話するでち。イクが気に入ってたみたいよね」

イク「い、イクは……スラムのあのカチカチした変速、スキなのね。とーっても素敵な感覚がしたのね!」


ニム「あ、それ分かる分かる! 電動、じゃなかった、無線のすっきりしたハンドル周りも良かったけど、機械式の変速してるなーって感じ、あたし好きだよ!」

提督「スラムか。スラムはこの三社の中で一番後発だが、後発故にMTBで培ったノウハウを注ぎ込んだメカニカルさが少年ハートをくすぐる面白さがある。無線式も大きなメリットがあるしな」

ニム「うんうん!」

イク「誰か使ってる子いないの?」

提督「ん、それは………………ん?」


 シマノ:長良・由良・鬼怒・天龍・龍田・雷・電・青葉・金剛・榛名・霧島・島風

 カンパニョーロ:大淀・五十鈴・名取・阿武隈・暁・響・比叡・夕張・明石


提督「うん、間違いない………今のところいないな」

イク「そうなの!? じゃあイク、スラムにしようかなー。なんか人が使ってないものって使いたくなってくるのね!」

ニム「ニムもー! なんかレア!! レアなのは重要だよ!」

しおい「雑! 二人とも雑です!!」

提督「そうか? 良いと思うよ。そんなもんでいいのだ」


 そういう理由でスラムを選ぶ者は少なくない。


提督「そんな感じで三社のうちのどれかを決めたら、次はグレードだ。グレードはフレームに釣り合うか、目的に釣り合うか、どちらにも釣り合うか、これが肝要だ」

イムヤ「………釣り合い? 釣り合いって、何?」

提督「ここから生臭い話その2だ……ふむ、仮にエントリーモデルのフレーム、目的は街乗りという場合にシマノコンポを選ぶケースを考えてみよう」


 提督が再びホワイトボードに向かい、シマノの項目を赤丸で囲う。


〇Shimano(シマノ)機械式
 CLARIS(クラリス)⇒SORA(ソラ)⇒TIAGRA(ティアグラ)⇒105(イチマルゴ)⇒ULTEGRA(アルテグラ)⇒DURA-ACE(デュラエース)

〇Shimano(シマノ)Di2(電動式)
 ULTEGRA-Di2(アルテグラDi2)⇒DURA-ACE-Di2(デュラエースDi2)


 右に行くほどグレードが上位となり、値段も加速度的に上がっていく。


提督「ブレーキのストッピングパワーを考慮するなら精々が105までが正解だろう。それ以上は少しやり過ぎだ。

   アルテグラはDi2がでたところで、整備面や調整のストレスフリーな点を考慮してフィーリング面ではまあアリかもしれんが、デュラエースはやり過ぎだ。というかやる奴は何をしたいのか分からん」

ゴーヤ「? どういうことです? いいものを使った方がいいでち?」

提督「釣り合いというのはそこよ。レース機材だから変速性能を求めるのは重要だが、問題なのは街乗りって点だ。街乗りで使えるエントリーグレードクラスのフレームはフレーム単品じゃあ10万円を切るものがほとんど。

   ではそのフレームに対し10万、20万するコンポーネントが必要かと言えば、あらゆる意味でいらない。美意識的なところでも性能面でもだ」


ゴーヤ「あ、そういうことでち?」

提督「そういうことでち。ではカリッカリのレースで上位を狙うという目的ならばどうか? デュラは無論、アルテグラも当然アリ、105だって十分な性能を誇る。

   が、ティアグラ以下になると「もうちょっと変速時にシームレスな反応が欲しいなあ」になってくる」

しおい「うーん……遠乗りとかで使うならどれがいいんですか?」

提督「どれでもあり。フレーム次第と言っていいだろう。エントリーグレードなら先ほどの街乗りと大差なし。

   ミドルグレードになればアルテグラでもあり。

   ハイエンドクラスのエンデュランスフレームを求めるなら、そこにデュラがハマッていても俺は別におかしいとは思わん」

まるゆ「うーん、よくわかんないんですけれど、フレームとの釣り合いっていうのが、こう」

提督「そうだな……エントリーグレードとミドルグレード、そしてフラッグシップやハイエンドグレードのフレームの値段は知ってるか? 完成車でもいいから比べてみ?」

まるゆ「え? あ、そうだ、カタログ……………うぇっ!?」


 手元のカタログをぱらぱらとめくるまるゆは、目が点になった。

 厳密に言えば、ロードバイクのフレームは5段階でグレードが分かれていると言われる。

 エントリーモデルは10万円未満のロウアークラス。これは分かる。分かる。まるゆも理解できた。

 10~20万円台のロウアーミドルクラス。これもまだ理解できる。何とはなしに分かる。だが、10~20万のどこがロウアーミドルなのか? カタログを持つまるゆの手が震え出してきた。


 30~50万円のミドルクラスと、60~90万円のアッパーミドルクラス。もはやまるゆにはロードが付かないバイクのカタログを見ている気がしてきた。

 60~90万円となれば普通に単車が購入できる。なのにロードバイクは人力だ。一体なんだ。何が起こっているというのだ? まるゆは目の前が真っ白になりそうだったが、霞む視界にそれを捕らえた。

 ――――ハイエンドモデルは軽く100万円以上。

 まるゆの意識が飛んだ。


提督「見ての通り、エントリーグレードはフレーム単品で取り扱ってるところは少ない。大抵が完成車だ。

   なんでだと思う? そもそもエントリーグレードフレームを上位のコンポで組もうとする人が極めて少数派だからだ。そらそうよ、フレームより高価なコンポーネントって何なのさって話だよな。

   俺もお勧めしない。ハイエンドフレームにエントリーグレードコンポというのだけはやめた方がいい。マジで。有り得ん」

イムヤ「な、なんで?」

提督「素で正気を疑われるからだ。フレームとコンポのグレードが釣り合っていないロードバイクは、目的が定まっていない」

はち「釣り合いに、目的、ですか」

提督「くどいようだが、ロードバイクフレームはそもそもレース機材。街乗りで用いる目的ならレース用の変速機の性能は不要、というかあっても無駄」

ゴーヤ「どうしてでち? 見た目もかっこいいですけど」

提督「信号のストップアンドゴーが多いから。特に都内住まいには猫に小判。

   例えるならばメインとなるフレームもコンポーネントも、車で言えば外観と内装。エンジンは己の両脚よ。見た目ポンコツだがエンジン最高みたいなのはある意味浪漫だろ?」


イク(男の子の発想は分からないの)

提督「だが見た目が超高級車なのにエンジンポンコツってのはどうなんだ?」

ろー(あ、それはなんとなくわかる気がしますって)

提督「高級なロードバイクフレームに乗っている肥満体を想像してみろ」

ゴーヤ「…………」


 苦瓜を噛みしめたようなゴーヤの表情が全てを物語っていた。


提督「ああ、財力はあるんだろうなと思うよな。そして自分を客観視できてないんだなあとも思うよな。まあいいんだよ、趣味ってのは自己満足だから」

ゴーヤ「ひょっとしててーとく、肥満体の人がハイエンド乗ってるの、嫌いでち?」

提督「嫌いじゃないよ。すぐに後方に消えていくからね。痩せて鍛え抜けば一緒に走れるのになあって惜しむ気持ちでいっぱいになる」

ゴーヤ(嫌いよりタチが悪いでち)


 きっと阿賀野を見る叢雲のような目をするのだろう。


提督「形から入っていくっての言うのは好きよ。モチベーション上げて運動のパフォーマンスや頻度も上げちゃおうって剛毅さな」

※次回、オリョクルズ編最終回。そしてオリョクルズ達が駆るロードバイクが明らかに。

 そして深海へ沈むイムヤの心を提督は掬うように、救い上げることができるのか。

 raise your flag!


ろー「むーん……つまり、エントリーフレームには基本的にエントリーグレードのコンポが正解? ろーちゃん覚えましたって!」

提督「はっはっは――――ところがぎっちょん」

はち「またですか……イクちゃんの曖昧化が深刻になるので、色々と選択肢を増やすのはほどほどにしてほしいんですけど」

提督「何事にも例外があるということだよ、はっちゃん」

はち「あら、そういうものですか? ではその例外とは? 早く仰っていただきたいです――――なんせ既にイクちゃんが曖昧になりかけてますし、ニムちゃんまでもが」

イク「い……い、い、い」

ニム「……大きな艦載機が、飛んだり爆ぜたりしている……大きい……アーマード晴嵐ちゃんマークツーかな? い、いや、ちがう、ちがうな……」


 イクは魚雷に手をかけながら白目を剥きかけていたし、ニムは蒼海の空に飛び交う艦載機の輝きを見ていた。此処は屋内なのに。


提督「……こ、ここいらで時代に逆行するようなクロモリフレームはいかがかな?」

まるゆ「う? クロモリですか?」


 余談だが、提督がこのクロモリという選択肢を与えたことがきっかけで、後に鹿島の『なんでもしますよ事件』が起こる。

 更には後のアイオワ事件や、菊月事件へと繋がることになるのだが――――悲喜交々である。


 ニム ハ ニーナ ジャネエ!
 閑  話  休  題


提督「そそ、クロモリ。カタログで言えばコレだな。ほら、イク、魚雷なんか掴んでないでこっちこい」

はち「あら、これは……ほらほら、ニムちゃんも精神崩壊してる場合じゃないですから見てください」

イク「ぃ……あ、これってさっき乗った時に同じようなものがあったの」

ニム「――――ッはぁッ、も、戻れた……あ、これって機械式の、ほら、えっと、さっき乗った……ダブルレバーのやつ!」

提督「そうそう。クロモリってのはクロムモリブデン鋼な。言ってみれば鉄のパイプを溶接して作られてるフレームのことだ」

しおい「あ! レースでも大活躍してるメーカーさんも、クロモリを販売してるところがあるんですね! なんだか手作り感があってしおいは好きだな!」

提督「そう、この手作り感というのが大事だ。というか昔ながらのハンドメイドで、職人さんが一つ一つ溶接してるメーカーもあるんだぞ。ほら、イムヤも見てみ?」

イムヤ「う、うん……」

ろー「ぉおおおお……見て見て、でっちぃ! このパイプを繋いでるところ! すっごくキレイですって!」

ゴーヤ「だからでっちと……おお? これは……ありでち!!」


 ゴーヤが見たクロモリ製のラグフレームは、でっち呼ばわりされた怒りも思わず吹き飛ぶような美しさだった。

 カラフルな細身のパイプを、まるで丹念に削り出された彫刻のような白銀のラグが受け止め、見事なトライアングル形状を生み出している。


はち「……うん。はっちゃんとしても、これはアリですね」

ろー「はい! とってもステキですって!」

ニム「はー……カーボンバイクの近代的なカッコよさもいいけど、こういうのもいいね」

提督「うむ……俺が生まれる前の時代は、このクロムモリブデン鋼のラグフレームを駆るライダーたちがプロの世界でもアマチュアの世界でも溢れかえっていたという」


 誰もがコロンバス製のフレームに憧れた。ラグフレームの魅力に取りつかれ、クロモリバイクで山岳を力任せにこぎ続けることが正義の時代があった。

 第二次世界大戦の後に雄飛したファウスト・コッピは、今でもイタリアの英雄として名高い。

 フェデリコ・バーモンテス――――『トレドの鷹』と呼ばれた山岳王。

 フェリーチェ・ジモンディの『不死鳥』の如き活躍。更に時を経てベルナール・イノーの英雄譚。

 コンコルドTVT92と共にグレッグ・レモンがクロモリ全盛期に引導を渡すその時まで――――最前線で輝き続けた伝統のロードバイクフレームは、数十年の時を経ても色褪せない。


提督「わくわくすんだろ。こんな重いフレームで山岳を駆けあがって、何百キロって道を駆け抜けた。全力でだ。そこに――――」

イムヤ(古くて、重くて、でも、その時は最新鋭で……)

提督「かつて時代を席巻し、最上級クラスのレースを駆け抜けたこのクロモリフレームに、クラシックなダブルレバーを避け、あえて現代の最新鋭のコンポを乗せる。これもまたロマンよ」

しおい(わかる! これはしおいにもわかる! いいね! いいと思います!)

まるゆ(まるっとわかる!!)


 しおいとまるゆ――――この二人はいいとこどりが好きだ。

 しおいは器用であるが故に。まるゆは足りぬものを様々なもので補ってきた故に。

 意外性のある組み合わせが思いもよらぬ結果を生み出すことがあることを、経験から知っている故に。

 もちろんうまくいかないこともある。だからこそそれはきっと、ロマンと呼べるものなのだろう。


ゴーヤ(なるほど、わからんでち。美しさは認めます。でも提督指定の水着と違って、これはまるで機能的ではないでち)

はち(わ、わからない……古きよきものは、古きよきものと組み合わせた方が、はっちゃんとしてはいいかなって思います……)


 ゴーヤはワリとドライなところがあり、はっちゃんは前述の通り統一感を大事にしていた。


提督「まあ、こういう選択肢もありってこった。カンパのシルバーとかもほっそりしたラグフレームには合うんだぜ? 大淀も乗って……」

ゴーヤ「そうなんだ、大淀さんが………おおよど、さん、が……」

提督「ん? どうしたゴーヤ、なんか顔色が……」

ろー「ぁああああああああああああ!!!」

イク「はっ……!? い、いけないの! ゴーヤとろーちゃんにとって大淀さんと夕張さんはトラウマトリガーなの!!」

しおい「おお、ぶっだ!!」


提督(俺の知らないところで何やった、大淀)


 大淀と夕張に聞いても必死に『何もしてません! 信じてください!』と言うだろう。


大淀『ただ私は、私と夕張は――――提督が出張時の潜水艦隊との鎮守府内演習で、勝利を確実にするために対潜装備をガン積みにして飽和爆雷攻撃を敢行しただけです!!』


 と、悪びれることなく余計なことを言う。いわゆる4スロ軽巡こそがゴーヤとろーにとっての天敵であった。

 おわかりいただけるだろうか。

 海の中にいる。海面に見えるのは光。圧倒的な闇が視界の大部分を占める。音を頼りに敵の位置や動きを探りながら泳ぐ。

 五十鈴は恐ろしい対潜能力を持つ艦娘だ。だがその察知力すらゴーヤとろーは、確実とは言わぬもののすり抜けることができる。


大淀『雷装? 水偵?』イガイナコト!!

夕張『色々試す? 知るかバカ! 今は対潜演習だ!』バクライタメシテモイイカシラ!!


 メシマズが手当たり次第に鍋にモノを放り込むように、彼女たちは次々に爆雷を投げ込んだ。五十鈴が絶句する光景である。なんて無駄な資材の浪費を、と。もちろん五十鈴はこの演習後、大淀と夕張に対してブチギレした。

 ところがそれが偶然、よりにもよって幸運艦たるゴーヤとそれに追従するろーの乗る海流にジャックポットした。しかも浮上中に。これはそんな嫌な事件である。


 勘が良いイクならば近寄らなかっただろう。大淀と同じ眼鏡属性のあるはちも妙なシンパシーを感じ取り『嫌な予感がします』と近寄らなかっただろう。

 まるゆなら大淀と夕張より先に他の艦娘に近寄ってはもぐもぐアタックを敢行していただろう。しおいならば晴嵐さんを運用しつつ出方を伺っていただろう。

 イムヤならば――――そもそも『それ以前の話』で、近寄るという選択肢は論外だっただろう。つまり、運が悪かったのだ。


ろー「右を見ても左を見ても……上も!!」

ゴーヤ「―――――爆雷しかねえでちィ!? きゅ、急速潜こ……!!」


 もう一度言う――――浮上中である。下に逃げるにももはや時間切れであった。油断がなかったとは言わない。

 だからってこんなのアリか――――自分がもはや脱出不可能かつ時限爆弾付きの檻に監禁されているという恐怖を、ゴーヤとろーは光が爆ぜたことで思い知った。

 ろーとゴーヤはその光を見た。きっと瑞雲よりもヤバめの光である。


 ――――瑞雲、それはカ級が見た光。

 ――――ヨ級が見た絶望。

 ――――瑞雲、それは航巡のこころ。

 ――――幸せの赤緑白。


 パニックホラーも大パニックである。


ゴーヤ「こええよ……こええよぉ……!! なんなんでちあの鬼畜メガネと産地詐欺の未完熟メロンは……こんなの返品でち!

    クーリングオフでち! ナチュラルに殺意高すぎでち!! あんな脳筋戦法、米帝めいてやがる……クソッタレがぁ……!!」

ろー「ひんひん……怖いよぉ、怖いよぉ、でっちぃ……あのひとたちすっごくあたまがおかしいよぉ……ずのうちすうがひくいよぉ」

ゴーヤ「丁稚言うんじゃねえと言ってるでち爆ぜろ……それと知能指数でち……それこそずのうちすうが低くなるよーなことを言うんじゃねえでち……」

ろー「ぅえええん、うぇええん」

提督(どうしよう。話がブッた切られまくりで、まるで先に進まないゾ……沼地かなここは?)


 抱きしめ合って震える二人に、提督は「一番いいバイクをあげよう」と思った。

 そして後で大淀を呼び出さなくてはと思った。叱責ではないが軽い注意が必要である。

 「おまえ鬼畜メガネとか言われてたぞ」と。

 流石に大淀もこれには地味に傷つくことになるだろう。でも言わねばならなかった。なぜなら彼は司令官だからだ。

 なお夕張は後日だ。流石にあれだけのレースをした当日に呼び出しとかあまりにも空気が読めてない。


※やあ、よい子のロードバイク乗り諸君、また会ったね!

 明日(今日)はさいたまクリテリウムのお時間だよ!

 艦これプレイでダンケもいいけど、近場に住む人や見に行く人は、仲良くレースで応援しよう!

 具体的にはアレアレ、ベンガベンガ、ヴァイヴァイしよう!

※お久しぶりです

 流石に間が開きすぎたので土日にでも投下させていただきます

 内容が分からない人のためにあらすじ


【大体合ってる1話目のあらすじ】

長良「いい物に乗っているではないか」

提督「おお長良、乗りたいのか? じゃあお前の奴を」

長良「司令官が乗っているそれがあるではないか……寄越せ」

提督「え? い、いや、サイズが大分違うし、これは俺のだし思い出もこれから……」

長良「――関係ない。それを寄越せ」

提督「」

【大体合ってる2話のあらすじ】
 大淀が自転車に興味を持った。ただしそれがルック車(LOOKのことではない)だったことを知り提督がプッツン。共に自転車ショップまで二人連れだって自転車を走らせることになったのだ。

大淀「提督と自転車デート♪ 自転車デート♥」

青葉「デートと申したか」

大淀「!?」

長良「公道を走るとな? この長良に先んじて……」

大淀「わ、私はそのようなことは……」

 口は禍の元。大淀のどでかいつぶやきを聞いていたパパラッチと軽巡界覇者がお目見え。 共に河川敷を走った先には、見たかったものが見えた。戦い、戦い、戦い抜いて得た平和があった。人がいた。思い思いに励んでいる。遊んでいる――笑っている。

 このために戦ってきたことを実感した彼女たちは、

青葉「青葉、また司令官に、泣かされちゃった……」

大淀「私は、私は、このために戦ってきたんだって。これを知った以上、私はどこまでも強くなれるんだって、そう思いました」

長良「これからは私たちも、生きる場所……心が滾る。自由になっていく。なんてすばらしい心地なんだろう」

 感涙にむせびながら、彼女たちはいつまでも河川敷の光景を見つめていた。そして後日――。


提督「おまえのDOGMA-F8が届いたぞ。流石のイタリア謹製、コンポは全て電動デュラ。ホイールもフルクラム! 直線じゃあちょっと他に負けない強さのあるいいフレームだぞ」

長良「一番気に入っているのは」

提督「なんだ?」

長良「(司令官との)お揃いだ」

提督(きゅん)

 泣いて帰って来たのは罪だから罰として、司令官は五十鈴やら衣笠やら明石やらにボコボコにされた。

【大体合ってる3話あらすじ】

 五十鈴以下、長良型の姉妹たちは激昂した。必ずやかの容姿端麗にして才気煥発な提督におねだりせねばならなかった。
 五十鈴らにはロードバイクはわからぬ。だがそのロードバイクに長良だけが夢中になっているのは我慢ならなかった。
 「くれ」という申し出に対し、提督は即座に「いいよ!」と返す。
 好みのロードバイクが全てが純正イタリアンブランドだったりしたが、スムーズに受け渡しは終了。

 鬼怒が誰の股下が一番長いかなんてことを言いだすまでの話であった。平穏なんてものはすぐに崩れてなくなる、悲しいものなの。


>>376の続き

提督(大淀も俺の知らんところでやらかしがあるんだな……普段はきっちり仕事を定時内に片づけ、他の艦娘達の規範となるべく振る舞っているデキる子の大淀が。

   …………かはは、なんだよ、そんなカワイイ一面もあるのかあいつ)


 何故か提督の好感度を上げる鬼畜メガネ。


提督(まあそれはそれとしてやってることはイカレなので、夕張ともどもきっちり叱るか)


 なお個人的な好悪は別として、司令官としての人格は明確に二人への罰則が必要だと訴えているので、きっちり締めるところは締める。

 それは古参の艦娘ならば、誰もが知っていることだった。


イムヤ(…………)


 もちろんそれは、イムヤも。

 また聞こえ出した。嫌な『音』が聞こえた。いつもの『音』だ。鉛色の音は、喪失の音。

 はじまりの音で、おわりの音。


提督「――まあ、そういうことで、だ」


 雑な話題転換の言葉を枕に、提督はぱんと手を打ち鳴らした。


提督「基本は押さえられただろう。コンポの違い、フレームとコンポのチョイス、クロモリという選択。フレームについてはそれこそ星の数ほどあるからな。明石のところで予約して他の試乗車に乗りながら決めてもいい」


 はーいと元気よく返事をする潜水艦の同僚たちの声。提督が会話の締めに入る気配を感じ、イムヤはびくりと肩を震わせた。

 このまま、提督を帰らせてしまってもいいのだろうかと思う。

 胸の内の不安を、彼に打ち明かすべきではないかと思う一方で、このまま杞憂と決め込んで抱えてしまった方がいいと思う自分がいた。


提督「さて、そろそろ俺はお暇するよ」


 ――どうすればいい。言うべきか、言わざるべきか。

 そんな葛藤が心を締め付けた時だった。


提督「――イムヤ」


 声が、意識に差し込まれる。


提督「少し、外を歩かないか? 見送ってくれ」


 イムヤの返答を待たず、提督は椅子を立った。有無を言わせぬ決定事項は、僅かに命令の『色』を帯びているのを察したイムヤは、粛々と頷き、同じように立ち上がる。


ろー「はいはいはい! それ、ろーちゃんも行きたいって――ごふっ」


 ぴょんぴょん跳ねながら立候補する無邪気な少女の首筋に容赦なく手刀を打ち下ろす軽空母がいた。


龍鳳「当て身」


 龍鳳だ。その胸部装甲は甘やかな顔立ちに似合わぬほど豊満であった。

 ぴくぴくと死にかけたGのように地べたを這うろーちゃんを一瞥すらせず、龍鳳はにこりと笑い。


龍鳳「では提督。ご一緒したいところではありますが、少しばかり個人的な要件がありますので、ここで失礼させていただきます」

提督「ん。あんまり遅くならないようにな。おやすみ、龍鳳。おやすみ、みんな」


 ひらひらと手を振って、イムヤと連れ立って潜水艦寮のリビングを出ていく提督に、各々がお休みの言葉を返す。ろーちゃん以外は。

 ばたん、とドアが閉められたところで、ろーちゃんは怨嗟の声を上げた。


ろー「な、なして……? なして今、ろーちゃんは龍鳳さんにぶたれたんですって……? でっち……おしえて?」

ゴーヤ「空気を読めてねーんでち。そしてまだ喋る余裕があるおめーのフザケた口がホザいた言葉によって、ゴーヤもおめーを殴らねばならなくなったでち。ゴーヤの拳が光って唸る」

ろー「お慈悲!」


 いつもの二人がいつもの様子でじゃれ合う中で、龍鳳や他の潜水艦娘たちは、静かに提督とイムヤが出て行ったドアを見る。


龍鳳「はっちゃん」

はち「はい、龍鳳さん」


 わずかに緊張した面持ちで、はちが龍鳳に向き直って敬礼する。


龍鳳「――もう、大丈夫でしょうか?」

はち「はい。この部屋はプライベートルームを除けば、比較的防音が効いている部屋です」


 そう前置きした後、龍鳳は深くため息をついた。


龍鳳「あの子の心配性や、自分に信を置けないところは……結局治らず仕舞いでしたか」

はち「……面目ありません。繊細なあの子を支えていかなきゃならなかったのは、私たちだったのに」

ニム「? ???」


 二人のやりとりに疑問符を浮かべるのは、この中では最も新参であるニムだった。空気を読んで黙っていたし、イムヤが何か思い悩んでいることは察していた。

 だがその真意は、未だに分かっていなかった。

 そんな様子を察したのだろう、龍鳳は柔らかく笑って、ニムへと伝えた。


龍鳳「ニムちゃんは知ってるかしら。あの子は――イムヤはね、先読みがすごいんですよ」

ニム「は、はい。それはもちろんあたしも知ってます」


 終戦も間際ではあった。だがニムは何度も出撃を経験している。その際に、何度も何度も先輩にあたる彼女たちの強さに驚かされた。

 特にイムヤの――敵の居場所を察知するあの能力には、瞠目に加え、畏敬すら覚えたほどだった。


龍鳳「そう。それじゃあこれは知っていましたか。あの子の耳が、とても良いことと――」


 言葉を区切り、居住まいを正す龍鳳の様子に、ニムもまた表情を引き締めて頷く。

 これはきっと、真面目に聞かねばならない話だと、彼女は察した。


龍鳳「――あの子は、元々はこの鎮守府の艦娘じゃあないんです」


 龍鳳の口から語られるのは、悲劇の物語だ。

 それは、とてもとても『嫌な音』の話。



……
………


………
……



提督「――昼間は少し暑いくらいだったのに、やっぱり夜はそれなりに冷えるな」

イムヤ「……はい」


 呟く声は遠いようで近く、中天の星をわずかに揺さぶらせた。

 夜の鎮守府は明るい。広大な面積を誇る鎮守府道路は、設置されているライトで足元がはっきりわかるほど照らされていた。

 それでもイムヤにとっては、まるで大雑把に煤を散らした画用紙の上みたいに感じられた。

 先行する提督の歩みはゆっくりだ。それに合わせてイムヤはその三歩後ろから、同じようにゆっくりと進む。

 それきり、提督は何も言わなくなった。沈黙が両者の間を包む。

 だけど、イムヤにとってそれは不快なものではなかった。気まずくなる要素など何もなかった。

 だって、『音』が聞こえるからだ。その『音』が知らせてくれる。司令官は別に怒っているわけでも、動揺しているわけでもないと。

 ただ、待ってくれている。

 そう、信じられている。


イムヤ「ねえ、司令官」

提督「なんだ」


 だから口を開いた。口火を切るとはよく言ったものだと、イムヤは思う。


イムヤ「覚えてる? 潜水艦隊……最初は、私とゴーヤだけだったよね」

提督「ああ、覚えてるとも。すぐに龍鳳が――大鯨が来た。ゴーヤのやんちゃっぷりに最初はあわあわしてたっけな」

イムヤ「うん、そう。そうだった」


 もう三年近く前になる。初夏を迎える直前の晩春の頃、イムヤはこの鎮守府に着任した。

 泳ぐには冷たい夜の海の底で、震えていた自分を救い上げてくれた人。


イムヤ「司令官、約束したこと、覚えてる?」


 イムヤは思い出す。嫌な『音』を、思い出す。


イムヤ「もう叶えてくれた約束よ」


 嫌な『音』は、いつだって聞こえていた。今ではもう、あまり大きくないけれど。

 それでも聞こえている。戦争が終わったあの日に、聞こえなくなったと思っていたのに。


イムヤ「司令官、イムヤはもう、ひとりぼっちじゃないわ」


 提督は立ち止った。背後のイムヤの足音が聞こえなくなったからだ。

 振り返った先で、イムヤは俯いていた。


イムヤ「司令官が、いっぱい仲間を連れてきてくれた。だから……」


 ゆっくりと見上げた、その顔は。


イムヤ「イムヤはもう、さびしくないわ」


 とても悲しげで、寂しそうだった。そんな顔で、イムヤは孤独じゃないと呟いた。


イムヤ「司令官、いっぱいイムヤとの約束をかなえてくれたよね。私、本当に嬉しかったのよ」


 大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。


イムヤ「でもね、司令官。私、きっと弱くなっちゃった」


 先ほど提督は、春先の夜は冷えると言った。その寒さに凍えるほどのものはない。

 それでもイムヤは、己の身体を掻き抱いた。震える体を温めるように。


イムヤ「こわいの、こわいのよ」


 思い出すのは、戦争が終わった日の事。


イムヤ「あれだけ頑張ったのに、みんなが、みんなで、一生懸命がんばって、戦争が終わった。終わったの。やっと平和になったのに」


 あの時、イムヤが感じたのは、恐怖だった。漠然とした恐怖だった。今はそれが、明確な形を持っている。


イムヤ「イムヤ、こわいの。嬉しくないの、ないの、ない、のよ」


 戦争が終わった日に感じた思いの正体を、やっと理解した。そう思った理由までも。

http://www.youtube.com/watch?v=8CDMEUU_nTU


イムヤ「だって、戦争が終わっちゃったら、平和になっちゃったら」


 その恐怖の正体が、やっとわかった。


イムヤ「司令官はきっとイムヤのこと、いらなくなっちゃう――」


 自分でもよくわからなかった思いが、するりと言葉に出た。

 発露した思いを自覚した瞬間、イムヤは己の感じていた焦燥と恐怖の正体を理解した。

 イムヤには、何もない。

 何もない自分を救い上げてくれた。

 何もない自分を掬い上げてくれた。

 そんな彼の事が好きだった。好きで好きで、どうしようもないぐらい好きで、だけど自分は彼にふさわしい存在ではないことを、イムヤ自身が認めて諦めていた。 


イムヤ「司令官は、立派だもの。なんだってできる人だもの」

提督「そりゃ買い被り過ぎだ」


 そうかもしれない、とイムヤは思った。だけど、こうも思うのだ。


イムヤ「私がいなきゃ、できないってことは、ないでしょう?」


 あの日の事を思い出す。この鎮守府に来るきっかけを思い出す。


イムヤ「司令官に、必要とされなくなっちゃうって思うの。悪い子なのよ」


 あの日も、イムヤは何もできなかった。それでも司令官は来てくれたのだ。イムヤがいなくても、きっとできたのだろう。

 平和を迎えることが、できたのだろう。


イムヤ「だって、イムヤは………『聞こえる』だけだもの」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。


イムヤ「敵がいっぱいいるところが聞こえるだけだもの。何をしようとしているのかが聞こえる、だけだもの……行こうとするところが分かるから、そこを張ってるだけ」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。


イムヤ「なのに、司令官や友達のことが、わからないんだもの」


 ――――イムヤには、最初から聞こえていた。

 だけど、イムヤには何もできなかった。出来なかったのだ。


 イムヤは、海域で保護された艦娘だ。

 だが、ドロップ艦娘と呼ばれる深海棲艦が艦娘へと『反転』した存在ではない。


 イムヤは、別の鎮守府の艦娘だった。

 もう、今はどこにもない鎮守府の――――所属艦娘だった。



……
………

………
……

http://www.youtube.com/watch?v=E5GfV6nVrGA


 ――駄目だよ、そっちに行っちゃ駄目だよ。戻らなきゃ。鎮守府に戻らないと。


 イムヤは仲間たちに、そして自らの鎮守府の長たる司令官に、そう訴えた。


 ――敵が待ち伏せしてるんだよ。そっちに行ったら駄目だよ。いっぱいいるの。私たちの倍はいるの。迂回しなきゃ……『聞こえる』んだもの、そっちには、いっぱい敵がいるの。


 その日のイムヤは、連合艦隊の一員として、ある作戦に参加していた。


 ――だって、聞こえるじゃない。エンジン音が、艦載機のエンジン音が。


 必死に彼女は、自身の司令官にそう訴えた。


 ――声だって聞こえる。どうして、みんなには聞こえないの――!?


 通信が入る。彼女にとっての、当時の司令官の声だ。決して無能な人ではなかった。


『………艦隊の誰もが、そんなものは聞こえないと言っている。すまないが、その意見はとても受諾できない』


 此度の作戦は連合艦隊による任務。イムヤの司令官は、多くの鎮守府が合同で参加するその作戦に乗った。責任者は、彼女の司令官ではない。

 どうしようもなく、巡り合わせが悪かったと言えばそれまでだった。

 だがそれはイムヤにとって、死刑宣告にも似た声だった。ただし死刑が宣告されるのは、イムヤではなく――――。


 ――駄目だよ、駄目なのに、なんで、みんな死んじゃう。みんな死んじゃうよぉ……!!


 イムヤを除く、艦隊の仲間達だ。

 同じ艦隊にいたけれど、イムヤは諜報として別行動を取っていた。

 その異常な索敵能力を、イムヤはうまく説明できなかった。説明できていたとしても、理解してくれたかもわからない。それほどまでに信じがたい話だった。

 それでも、イムヤには聞こえていた――深海棲艦たちが待ち伏せを目論んでいる会話が。

 イムヤにはずっと聞こえていた。そしてもう一方で、ある鎮守府を襲撃しようとする二面作戦の内容が。

 最初からすべて――――イムヤには聞こえていたのだ。

 イムヤは決断を迫られた。連合艦隊を護りに行くか、鎮守府に襲撃をかけようとしている別動隊を叩くか。


 イムヤは後者を選択した。距離の問題があった。僅かに鎮守府に戻る方が距離が短い。

 命令違反と叱責を受けようと、最悪解体されることになっても、その方がマシだった。

 だが、時間と距離の残酷さが立ちはだかる。

 ――浮上してどれだけ急いで航行しても、鎮守府まで一日半はかかる距離に、イムヤはいた。

 それでも、イムヤは必死に泳いだ。


 一緒にご飯を食べた仲間。

 明日はどんな世界になるだろうと、夢を語り合った友達。


 ――ゴーヤちゃん。ゴーヤちゃんがいる。助けなきゃ、助けなきゃ。


 誰にも聞こえない全ての声と音が、イムヤにだけは聞こえていた。

 世界で自分だけが孤立しているような気分を味わい、そして、一日が経った。

 唐突に、暗い音がする。何かが爆発する音だ。


 ――あ。


 次いで音が響いた。何かが壊れていく音だ。


 ――ああ。


 聞こえたのは、鉛の音。

 もうそれしか、聞こえない。


 ――あああああああああああああああああ!!


 あふれる涙をそのままに、イムヤは泳いだ。泳ぎ続けた。ますます音は耳朶を打ち鳴らす。

 助けて、という言葉が聞こえた気がした。そんな気がした。気がしただけだ。イムヤには聞こえない。


『――――助けて、イムヤちゃん。いたいよぅ。いたいのいたいの、とんでかないよぅ』


 そんな悲痛な声が聞こえた……気がした。気がしただけのはずだ。だから、イムヤには聞こえない。

 だって、そんな声が聞こえるはずがないのだ。


 ――ああ、そうだ。司令官の言う通りだ。私がおかしいんだ。そんなの、聞こえるわけがない。


 イムヤが必死に危険を訴えた時、イムヤが潜航する海域は、彼女たちが出撃していった海域と――――600km以上も距離が離れていたのだ。

 もうイムヤは、泳ぐのをやめた。

 海の底で耳を塞いだ。必死に耳を塞ぎ続けた。


 そしてイムヤは――本当に、ひとりぼっちになった。


 海の底は、落ち着いた。

 嘘だ。

 何も聞こえない。

 嘘だ。

 自分の心音。

 そちらの方が、小さく聞こえた。

 どんどん苦しくなってきた。


 イムヤの存在に気付いた深海棲艦が、絶望する彼女を取り囲んで嘲笑する。

 もう、このまま死んでしまってもいいと思った。

 そんな折だった――今の鎮守府の司令官が――彼が、艦隊を率いて駆けつけてくれたのは。


 ――――あ。


 イムヤの瞳に、光が灯った。

 だってその人の心音が、とてもとても綺麗だったから。

 自信にあふれた音だ。生きている音だ。

 義憤に高鳴る鼓動は、猛々しいマジェンタの色。

 冷徹に凍てつく鼓動は、透明感のあるシアンの色。

 慈愛に溢れた鼓動は、お日様のようなイェロウの色。

 三原色の色合いが、奇跡のようなバランスで配置されていた。素晴らしい色を持つ音だった。

 
 だから、もう一度だけ、もう一度だけ縋ってみようと思った。


 ―――――初めてその心音を聞いたその時から、イムヤは提督に恋をした。


 海の中にいると、嫌な音が聞こえる。

 どうしようもなく、耳にこびりついて離れない。

 今も聞こえる。

 どうしようもなく聞こえる。

 どうすればいいのか、わからない。

 気付けばイムヤは、自分の心音が鉛色に聞こえるようになっていた。

 だけど司令官の音は、何一つ変わらない。

 変わらないまま、大きくなった。背丈も、そのスケールも、地位も、何もかも――――心音さえも。

 それを、あらためて実感できた。


提督「イムヤ」


 過去に沈んだ意識が、その声で引き揚げられた。


 察しの良い人だと、イムヤは知っている。

 イムヤが何を考えているのかも、察してくれたのだろう。


提督「イムヤがいなくなっちまったら、誰が俺を守ってくれるんだ?」


 提督の心音は変わらない。

 激情のマジェンタ。

 冷徹のシアン。

 慈愛のイェロウ。

 その配置は、イェロウの割合が強くなっていた。だから、イムヤは笑った。優しい人だから、笑えた。


イムヤ「あは、嬉しいなぁ……でも、イムヤがいなくなっても、いっぱいいるじゃない。司令官を護ってくれる子、いっぱいいるよ。イムヤよりずっと強くて、可愛くて、綺麗で……」

提督「イムヤ」


 色合いが、濃くなった――最初はそう思った。

 だけど違った。単純に、音が大きくなった。


提督「俺の『ここ』には、もうお前がいる」


 抱き締められていた。イムヤの耳に、司令官の胸が密着していた。


提督「イムヤがいなくなってしまう寂しさは、いったい誰が埋めてくれるんだ?」


 わずかに音が高鳴った。どうしてか、その色合いに鉛の色が混ざり出す。

 聞いたことのない音だった。


提督「俺が望む幸せの形の中には、もうイムヤがいるんだ」


 マジェンタの色は、怒りの色。ひときわに濃くなった。


提督「誰かがいなくなると、心にはその人の形と大きさの穴が開く。どんなに優しい人でも、どんなにきれいな人でも、その形にぴったりと嵌る人はいない」


 シアンの色は、悲しみの色。染みのように広がっていく。


提督「俺が嘘を言っているか?」


 イェロウの色は、優しさの色。その色で、司令官の音が溢れた。


提督「居なくなってしまった悲しさは、完全には埋まらない。時間が立てば、その人を形作っていた空白を色んなものが埋めてくれる。

   友達、仲間、兄弟、恋人――――それでも、隙間が残る。その人の形を取れるのは、その人だけだ。その人が居てくれなきゃだめなんだよ、イムヤ」


 その色に、どうしてか鉛の色が縁取る。

 ――ああ、そうか。この色は。この音は。


提督「前にも教えただろ、イムヤ。痛いなら、苦しいなら、声を出さなきゃだめだって。息をしなきゃだめだって」


 ――私の音だ。私の色だ。その色が、司令官の中で混ざって、ひとつになっている。


提督「お前ほど耳は良くないけれど」


 イムヤの身体を、太い男の腕がきつく抱きしめる。


提督「俺は痛いと声を上げてくれるなら、助けて欲しいという声が聞こえたなら、いつだって助けにやってくる」


イムヤ「ほ、んと、に?」

提督「もちろんだ」


 心が跳ねた。イムヤの心音がだ。

 ばくんばくんと、かつてない音で響く。

 その色合いが、鉛の色ではなくなっていくのを、イムヤは確かに感じた。


提督「お前が与えてくれるなら、痛みでも、悲しみでも、喜んでそれを受け入れよう」


 その色はどんどん提督の色と混ざっていく。


提督「俺だって痛いのは嫌だ。でも、イムヤが一人で痛いのは、それ以上に嫌だ。イムヤが喜びを与えてくれるなら、そっちのほうが嬉しいよ。

   でも、痛みを俺にくれるってことは――――それは信頼があるからこそだ」


 提督の色もまた変わっていく。


提督「イムヤがいない人生を考えるとな、もう辛い。信じられないぐらい辛いよ。そういうことは抱え込まずすぐに言えっての」


提督「イムヤがいなくなる? あーやだやだ、俺はとても寂しい。寂しくて死ぬ。そんなのは嫌だ。俺は嫌なのは嫌だ。だって、嫌なものは嫌じゃあないか」

イムヤ「なに、それ……ふふ」


 イムヤは笑った。嬉しかったからだ。彼としての彼も、司令官としての彼も。変わらず、イムヤを大切に思ってくれている。それが『色』で理解できた。


提督「イムヤのことがいらなくなるわけないだろう――俺がジジィになっても、例えイムヤが耳の遠いバァさんになったってだ。イムヤは俺の傍にずっといるんだ」

イムヤ「あはは、あははは、やめて司令官、やめて、あははは」


 泣きながら笑った。

 聞こえる音に、もう鉛色はなくなっていた。

 その代わりに、幸せの色が聞こえた。


 幸せの色は、とても淡くてきれいな――――桜の色をしていた。




……
………


………
……

https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

龍鳳「――ということがあったんです」


 ――未来の鎮守府でも、その話は語り継がれていた。


イヨ「……ちょ、自分、涙いいすか」

ヒトミ「びぇええ、びぇええええ」

ごー「イムヤしゃん……」

しおん「……その、ゴーヤさんは」

ゴーヤ「ん? 呼んだでち?」

しおん「い、いえ。その……イムヤさんが元々着任していた鎮守府のゴーヤさんは……」


 その時のゴーヤは、今はもう―――。


ゴーヤ「え? だから呼んだでち?」


 提督が救い出し、もうこの鎮守府に馴染んでいる。


イヨ「えっ」

ヒトミ「えっ」

ごー「えっ」

しおん「えっ」

ニム(うっわー、すごいデジャヴが。デジャヴ)


 なおニムが説明された時もべえべえ泣いて、ゴーヤが生きてると知ったときにはゴーヤに抱き着いて更にべえべえ泣いていたのは内緒である。


龍鳳「――まあ、そういう話ですよ。つまりイムヤちゃんに内緒話はできないって事です」

イヨ「う、うん……? そんな雑な締め方でいいのかな?」

ヒトミ「だ、だけど、イムヤさん……今はとても楽しそうだし、それでいいんじゃない、かな……?」

ごー「ヒトにレキシありってこういうことを言うのね」


しおん(何かが違う気がします)


 それを口に出さないだけの優しさがしおんにはあった。


ゴーヤ「んなことより、さっさと昼練いくでち! オラッ、つまんねえ昔ばなしは終わりです!」

龍鳳(つまらない?)


 ゴーヤの檄が飛び、ひええと新人潜水艦達が悲鳴を上げる中、龍鳳は密かにゴーヤへの教育値を高めた。


イク「イクのー!! もう道路でイムヤちゃん待ってるの!」

はち「今月末の駆逐艦・潜水艦・海防艦クラスのレース、私たちがいただきです! 追い込んでいきますよ!」

ろー「ですって! げきあつですって!」

まるゆ「まるゆとしおいちゃんは今回は応援ですが、練習にはまるっとおつきあいです!」

しおい「うん! いっぱい応援するからね! 目指すは優勝だよ、優勝!!」


 夏が来る。一年前とは違う夏が来る。


 駆け出した潜水艦娘たちが向かう先には、オリョクルズのリーダーがいる。

 鉄の絆はそのままに。

 鉛の色は遠く消え。

 銀輪がアスファルトを切り裂く音が近く響く。

 春の温かな空気が、既に灼熱のそれに変わっていても。



イムヤ「さあ、今日も気合入れていこう!!」



 今日もイムヤの世界は、優しい桜の色で包まれている。


【4.5 鉄血のオリョクルズ】

【大成功!】



【続く!!】

https://www.youtube.com/watch?v=PiQpGzYMVos
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海大VI型 潜水艦:伊168改
【脚質】:パンチャー
 ――――奪え。

 鎮守府内で提督の七色ボイスを見破る、もとい聞き破ることのできる艦娘の一人。聴覚のギフトを持つ。
 『ほぼすべての海上艦の天敵』とまで呼ばれている『鉄血のオリョクルズ』リーダーにして、駆逐艦を含む最強のパンチャー。というか対潜能力を持たない深海棲艦にとっては悪夢以外の何物でもない。
 陸上型は魚雷無効? 残念、しおいの晴嵐さんと、はっちゃんのアハトアハト(レギュレーション違反)がある。もうやだこいつら。なお例の瑞雲狂いにとってはさほどの脅威でもないとか。日向マジ日向。
 当鎮守府最強の艦娘たる武蔵でも艦隊内演習で相手艦隊にイムヤがいると聞くと仮病を使ってまで出たくないと言い張る。五十鈴が相手艦隊にいると今度はイムヤが嫌そうな顔をする。
 色聴の共感覚を持っている。紛れもないギフトであるが、それを抜きにしても異常なまでに広い探知能力を持つ。それに磨きをかけて反響定位(エコロケーション)を物にしているのであった。
 その聴力は日常生活においても常人の数倍にも及び、艤装補助を受けて海の中に潜れば数百倍にも及ぶ。
 海中においては千キロ先の敵すら補足する。鯨か何か? 師は大鯨ですがなにか? 妙な説得力を付けるのはよしなされ。
 ロードバイク鎮守府で最も信用度の高い艦娘ソナーであり、敵艦隊の配置を丸裸にする。『音海の狩人(スナイパー)』とは良く言ったもの。なおその能力はS級秘匿事項であり、提督以外だと龍鳳およびオリョクルズメンバー、そして大淀を始めとする司令部メンバーや極一部の艦隊旗艦にしか知らされていない。
 駆逐艦で知ってるのは霞・初霜、それと卯月ぐらいである。最後の卯月っていうのが大問題であった。
 ロードレースにおいてもエコロケーションを活用。というか常時展開。路面状況の把握に、敵チームの心拍の乱れやギアチェンジの音でアタックタイミングを容易に察する。ヒソヒソ内緒話も聞こえちゃう。
 ヘタな駆け引きするだけ無駄。前提としてイムヤに勝る地力がないと勝負にもならない――――のだが。

卯月「…………」

 悪魔の頭脳の持ち主は、それを利用してくる。嘘ついてる時に心拍が変わらない奴がいるとは夢にも思わぬイムヤちゃん。
 提督に一目惚れ勢。正しくは一聴き惚れ勢。
 初めて提督の心音を聞いたときから好きだったというお話。この話を出すと茹蛸のようになって悶えるのであまり弄るとオリョクルズが怒る。弄っていいのは私たちだけだとばかりに。
 イムヤ曰く『透明感のあるコバルトブルーの内側でマジェンタが炎のように揺らめくように聞こえる』らしく『聞いていると安心する一方でとてもどきどきする』とか。成程、わからん。極めて特殊な才能を要する感覚の領域だ。

 閑話休題。その聴覚を活かした敵のアタックタイミングの察知に長ける。というか心音や呼吸音からフェイントかそうでないかまで100%バレる。敵への挑発なども心音からファンブル判定可能。ガチート。
 レースにおいても司令塔であり、潜水艦のみに伝わるハンドサインで言葉を介さず意思疎通可能。OK、オリョクル!

 そして敵チームの心音や呼吸音が聞こえるということは、完全に相手の疲労度を測ることができるということ。そしてイムヤはパンチャーだ。もうお察しであった。
 アップダウンコースにおけるイムヤの逃げ成功率は、100%である。逃げる時は成功が確約されている時。
 別の見方をすると、そこまでにアタック潰しの名手(特に大井)を潰しておかなければならないムリゲーめいた難易度を達成しなければならないのだが、それは別のオリョクルズに適任がいる。アタック潰しを潰すスペシャリストだ。

【使用バイク】:CUBE LITENING C:68 SL(Team Wanty)
 イムヤのバイクはドイツの新興ブランド・キューブ、そのフラッグシップのライトニング・C68よ!
 え、知らない? んー、まあそれならそれでいいけれど。
 日本じゃあ知名度のないバイクかもしれないけれど、あのツール・ド・フランスにもレース機材を供給したメーカーなんだからね!
 これで私は一番になるの! そ、そして、表彰台で、その、司令官に、えっと……だ、だめ! 言えないわ!

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【夜空を焦がす】


雷「ライトニングと聞いて飛んできたわ!」

電「あの稲光、なのです!」

提督「雷、電。ライトニングと言っても綴りはLightning(稲光)の方じゃなくて、Litening(照準ポッド)の方だ」

雷「あ、あら、先走っちゃった?」

電「な、なのです……だけど、来てよかったのです! イムヤさんのロードバイク、とても素敵なのです! 可愛いのです!」

イムヤ「海のスナイパー、イムヤにぴったりでしょ?」

雷「でも68だと、1が足りないわね」

電「妖怪1足りないの仕業なのです」

提督「あの野郎絶対許さねえ……!!」


 なおこの妖怪はこの鎮守府においても頻繁に出没するが、「うるせえ沈め」とばかりにルール違反のもう一発でゴリ押しする艦娘ばかりである。

 提督的に許せないのは「てめえらみたいな海の塵屑が無駄に生き汚い足掻きしたせいで弾薬一発分を余計に消費したぞ……!!」っていう慈悲なき怒りだ。


イムヤ「ふふ、そうよ。1はね、足りないの――――今はね」

ろー「??? どういう意味ですって?」

提督「このバイクで、レースで『1』番になったら?」

ろー「え? ……! おおー!? かしこい!!!」

イク「い、いくぅ……」

ニム「に、にむぅ……」

提督「ろーもかちこいぞ(ちゃんと察してくれる当たりが他の残念な子と比して特に)」

イムヤ「そ、それと、こ、恋の、結果でも、その、うん……」

雷(綺麗な顔してる)

電(こっちまでドキドキしてくるのです)


 イムヤは純粋に提督のお嫁さんになりたい。子供は五人ぐらい欲しい。

 そこまでは提督も知っている。というか初対面の時に知ってた。だが提督すら知らないことがあった。


イムヤ「司令官とくっつくと、なんだかドキドキするの。なんでかな……凄く気恥ずかしい気分になって、だけどもっとくっついていたいって気持ちになってさ……ちゅ、ちゅーとかしたくなっちゃったりして」

はち(ふむふむ)

イク(きゃっ)

ニム(いやーん)

イムヤ「ちゅ、チューしたら、あ、赤ちゃんできちゃうもんね。我慢我慢」


ゴーヤ・はち・イク・ニム((((それはひょっとしてギャグで言っているのか!?))))


 イムヤは子供の作り方までは――――知らない。スマホの使い方が下手だからだ。これを知った時は流石の提督も絶句であった。

 やはり性教育の導入は急務であると思う一方で、それによっていらぬトラブルが発生しそうな気がしていてならない。


しおい(そういえば赤ちゃんってどうやってできるんだろう?)

まるゆ(キャベツ? レタス? 白菜? でしたっけ? その権化らしいですよ、赤ちゃんって)


 サイバイマンかな? そのままでいて欲しい、しおいとまるゆ。


イムヤ「愛する人と一緒にキャベツ畑に行ってキスをする、その儀式を行うことで、抑止の輪より天秤の守り手たる黄金のコウノトリさんが荘厳なBGMと共に突如として飛来し、赤ちゃんを運んできてくれるって聞いたわ」


 なおこの説明をしたのは秋雲だ。純粋無垢にして性的な知識のない朧と共に、キラキラした瞳でそんなことを聞かれてしまったのが、折り悪く秋雲だったのである。

 秋雲は頑張った。頑張って言葉を濁したのだ。その背後で待機していた漣と朝霜は同意を示すように神妙に頷きながらも、内心では「笑いてぇよぉおおおwwウォオオンwwww」ってな具合で必死に腹筋を制御していたのだ。


しおい「そうなんだ! なんだか素敵だね!」

まるゆ「なるほどー!」

ゴーヤ(色々混ざってよくわからない異教の儀式と化してるでち)

ろー(ろ、ろーちゃん、流石にそれは知ってるって……保健体育のお勉強、でっちとがんばりましたって……)


 以前提督が入浴中の浴場に突撃したことがあるろーちゃんは、ゴーヤによってきっちり教育されていた。

 かくしてオリョクルズの絆は日々深まっていくのだ。相互理解はチームにおいてとても大切である。つまりはKENZENだ。


【一方その頃のOCHIDO】

不知火「赤子? フッ……舐めないで貰いたいわ。キスすればできるに決まっているでしょう?」

天津風「あっはっは、不知火姉ったら冗談ばっか………り……―――――ッ!? ッ……!! ッ~~~~~~~~~~!!」


 流石に冗談だろうと思ったが不知火がマジの顔をしていたので全てを察し、物凄く何か言いたげだが、何を言っても姉の顔を潰すことになるので言葉に詰まる天津風。


陽炎「……」


 オロついてる天津風の肩に手を置き、無言で首を左右に振る陽炎。彼女も頑張ったのだ。以前説明したことさえある。だが理解不能になった不知火はそのまま鼻血を噴いて気絶し、目覚めたときには性知識を失っていた。


親潮「」


 同じく察した結果、絶句する親潮。


雪風「さすが不知火おねえちゃんです! はっ!? ど、どうしましょう!? ゆきかじぇ、しょっちゅう幸運の女神のキスをかんじちゃってます!」

不知火「大丈夫よ雪風――――おでこやほっぺたで赤ちゃんはできません。ましてや女の子同士で、赤ちゃんはできないわ」


雪風「さすがは不知火おねえちゃん! さすしぬ!」

不知火「褒めてくれるのは嬉しいのだけれど、その略し方はやめてくれますか、雪風。『流石に死ぬ』みたいに聞こえるわ」

雪風「さ、さすぬい!」

不知火「『刺して縫う』みたいなマッチポンプというか、長く楽しめるかのようなサイコパスを感じるからそれもちょっと……」

時津風(ま さ に 落 ち 度)

陽炎(どうしよう。一周回って酷く愛しいっていうか、尊いものを感じるわ)

黒潮(自分が酷く穢れた存在に思えてくるからやめーや)


 なんですか? 不知火に落ち度でも?


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巡潜3型 潜水空母:伊8改

【脚質】:ルーラー(スピードマン)/ランドヌーズ

 ――――長距離巡航の持続力なら、誰にも負けませんっ!

 海に8.8cm KwK 36(アハトアハト)持ち込んで敵戦艦をくり抜いたことがあるレギュレーション違反に定評のあるはっちゃん。人呼んで【オリョール海のマジ○チ】である。
 本人は大変遺憾に思っており【オリョール海の知将】とか言ってほしいらしい。誰もが苦笑いするばかり。
 なおロードレースの実力だが、前述の発言に偽りなく、長距離巡行の持続力はマジで誰にも負けないんだよなあ。ペース走を得意とする一方、急激な速度変化やアップダウンの多いコースは苦手。
 長距離クリテリウムなどの平地メインの周回レースでは名取・由良にも匹敵する巡航を魅せる。
 自分のペースで一定距離を走らせたら、自己ベストをぽんぽこ更新する点では自己管理能力トップクラス。スケールの違いはあるが、足柄に匹敵する。
 実はチームレースより個人レースの方が得意。といっても僅差だ。元々自己管理能力も他者への指示出しもうまいからだ。まだチームが完熟していないから個人レースの方が得意という意味である。
 アタック潰しは少し苦手だが、他のチームへの体力を伴わない精神的駆け引きに長ける。

【使用バイク】:FOCUS IZALCO MAX(Black/Yellow)
 はっちゃんのバイクは、ドイツのフォーカス・イザルコマックスです。
 コンポーネントはカンパニョーロ……―――スーパーレコードEPSです。
 ええ、古きよきものとしてポタリング用のバイクは別に用意していますが、はっちゃんのレース用決戦仕様はこれですね。
 ええ、アイウェアにもこだわりがありましてね。私のはオークリーのフライトジャケット・プリズムロードです。
 1枚レンズは視野角が広いのがいいですね。どうです、似合ってますか? うふふ、ありがとうございます、提督。

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【フォーカスというバイクについて(ろんぐらいだぁす!の倉田亜美ちゃんも乗ってる)】

提督「おおー……フォーカスというとシマノ組みばっかり見てたが、なかなかどうしてカンパが似合うじゃないか」

はち「ドイツメーカーですからね。ゲルマンは完璧主義の傾向が強いので、とっても造りが丁寧で精度がいいんですよ?」

提督「(その割にプライベートやDIY的な日常大工はすっげえ雑な印象が強いが)なるほど」

イムヤ(あっ、司令官、今、本心を押し隠すような心音に……!!)

しおい「乗り味はどうなの? きもちー?」

はち「ええ、もちろん。よく言えば全く『くせ』がないわね。回さなきゃ進まないとか、ひたすら硬いとか、安定感に欠けると言ったデメリットがありません。ハンドル高を高めにすればロングライドでも全く問題なく行けます」

イク「ほえー、万能なところに纏めてきてるのね」

ろー「それもまたドイツらしさですって! はい!」

はち「悪く言えば……面白みに欠ける、と言ったところでしょうか」

提督「そうか? どんなコンディションでもイケるってのは非常に頼もしい相棒じゃないか。俺、長丁場で山多めのステージをガンガン攻めてくんだったらオールラウンド性の高いバイクってすげー好き。

   フォーカスは直進安定性にも定評がある扱いやすいバイクだよ。ピーキーさがないのはロードバイクの乗車姿勢に慣れていない初心者にも、極限状態におけるトラブルを避けたい玄人にも広くお勧めできる安心感だ」

はち「! はい! 提督にそう言ってもらえると、はっちゃん嬉しいです」


提督「はは、しかしイイの選んだね。フォーカスはパッと見だとありがちな近代ロードバイクのテンプレート的な外観だが、かなり細部にこだわったメーカーだ」

イムヤ「!? なにこのシートポスト!? 穴が開いてる!?」

ゴーヤ「ヘッドチューブ、かなりボリュームあるでち……って、このアウターケーブル受け!? 見たことない形してるでち!」

ろー「わぁ、シートステーとチェーンステーが細いですって! すっごくスマート……あっ、フロントフォークもしなやかですって!」

イク「塗装も丁寧でつややか……すっごくピカピカなの!」

まるゆ「あ、あれ? よく見る形だなあって最初思ってたのに、じっくり見てると、どんどんカッコいいところが見つかっちゃいます……?」

はち「ふふ、でしょう?」

提督「そんなカッコいいフォーカスの特徴と言えば、その『素直さ』だな」

しおい「素直さ?」

まるゆ「です?」


提督「どうペダルを回せば進むのか―――回すタイプ、踏むタイプ、もがくタイプ、振るタイプ。

   反応性――――トルクをかけるとギュンッとシームレスに加速するタイプ、じわりとパワーを均(なら)すようにグングン加速するタイプ。

   回した時に足に来る感触―――ひたすら固い一枚板タイプ、微かにしなるタイプ、あからさまにバネを感じるタイプ。

   重心が下に来るタイプ、上に来るタイプ、その中間。

   フレームには各メーカー・各国によっての特色があり、狙った性能があり、それによって癖がある。

   フォーカスはライダーに対して『こうやって乗るんだよオラァン!?』みたいな強いる乗り方と言うものがない。とても素直で穏やかだ」

ニム「吹雪型の子みたいに普通ってことですね」

提督「吹雪型をディスるのやめろ。吹雪だけだ、普通なのは」

ゴーヤ(てーとくが一番吹雪ちゃんをディスってると思うでち)

イムヤ(いいえ、アレはディスってるようで信頼の裏返しよ。吹雪ちゃんほど、正しく『普通』を体現している子はいない。いい意味でよ?)


 イムヤは真剣な顔で言う。


イムヤ(彼女ほど多くの海域で活躍した駆逐艦はいないわ。全海域制覇かつ出撃数だけならウチの最多よ、最多)


【提督指定の……】


提督「しかしまあ、なんだ。改めてお前たちを見ていると」

ゴーヤ「でち?」


 ずらり勢ぞろいした潜水艦娘たちのロードバイク用の正装は――――。


提督「水着姿じゃないお前たちを見てると、なんだかほっとするんだよ」


 もちろんレーシングジャージであった。お揃いのオリョクルズマークが胸と腕に刺しゅうされた、色違いのジャージ。


提督「男としちゃあ複雑というか、誤解を招きかねんのだが」

イムヤ「……司令官のえっち」

イク「あははー! イクの水着が見たいなら、提督にならいつだって見せちゃうの! スクール水着じゃない水着でもOKなのね!」

ろー「ですって! みんなお揃いです! れんたいかん? がげきあつになるんですって!」

※今日はここまでですね。

 改めまして遅くなって申し訳ない。

 実はけっこう書き溜めあるんだけど、リクエスト聞いておこうかな。

 少し手直しすればすぐに投下できそうな設定集や小話、レース話があるんだ。

【各艦娘】

・睦月型
・吹雪型(特Ⅰ型)
・綾波型(特Ⅱ型)
・白露型
・改白露型
・朝潮型
・初春型
・夕雲型
・秋月型


【レース】
1.足柄さんはポタリングに行きたいようです(レース。え? 時系列的に離れてるので別スレ立てる)

2.那珂ちゃんは、泣かないよ(レース。時系列的に離れてるので別スレ立てる)

3.軽巡洋艦最速決定戦(ワンデーレース。本編)

×:加賀と瑞鶴の確執(※本編用。まだ発表するには早すぎる時期なので凍結)

※おお、忘れてた。他にも候補あるよ。
 オリョクルズのバイク紹介と小話終わったら正式にリク取ってみよう
 じゃけん上記で挙げた秋月型とかも含め、詳細内容も断片的に添えて羅列しておきますね~。なお全部書くよ。見たい順番を参考までに聞くだけ。

【各艦娘】(本編)
・睦月型:提督とポタリングする話。瑞雲の話をしていたらヤツがきた。提督の女子力に如月が轟沈する。キレてねーっつってるじゃないすか。卯月さまはとても頭の良い御方。望月はかったるいことでもガンバるようです。カワイイね!
・吹雪型(特Ⅰ型):吹雪はダメダメな艦娘だったようです。頑張り屋の白雪。ズイフター初雪。叢雲は槍女で鼻が利く。健気な磯波。ド根性浦波。深雪様はピュアッピュア。
・綾波型(特Ⅱ型):思春期の艦娘は提督に恋愛対象として見てほしい。自転車活用術。ぼのたんは多趣味。天霧と朧はトレーニングジャンキー。狭霧は絵になる。漣はオチ担当。潮は子供。敷波は可愛い。綾波は釈迦。
・白露型:後述の改白露型を後日譚とするお話で、白露型・改白露型でレースするお話。白露がいっちばんを目指す理由。江風がいっちばんを目指す理由。涼風がかっこいい話。ちょっとだけ満潮。
・改白露型:上述の白露型のお話の後日譚。江風は井の中の蛙だったようです。山風が鎮守府の中心でタスケテを叫ぶ。海風はピッコロさん。涼風は寝ている。提督とパワトレする話。
・朝潮型:白露と共に朝潮がレースで詐欺にあう話。詐欺……いったい何月の仕業なんだぴょん……。アゲアゲ大潮。平地最強格の荒潮と山雲のあははあららうふふ。朝潮はいい子だからこそ、エースになれないという話。朝雲おねえちゃん。霞ガンガン。霰フリーダム。満潮は頭を抱えた。
・初春型:子日は駆逐艦内最強のオールラウンダーのようです。今日はどんな日なのか、いつも気になっていた。だけど今は、明日が気になる。今日は、子日の日だ。初春と叢雲の話。若葉は辛くてキツくて長く続く苦しい壊れちゃいそうなのがお好き。はつしもふもふ。
・夕雲型:夕雲型の長女はヤベーやつのようです。陽炎と双璧のヤベーやつ。秋津洲と高波は自転車のバラ組に挑戦。朝霜ちゃんはクソガキムーブな乙女。長波様は子日に勝ちたいようです。
・秋月型:初月は終戦間際に着任したせいで大分甘やかされていたようです。秋月っていうヤベーやつと照月っていうヤベーやつ。ロードバイクを欲しがります、勝ったから。提督の愛も欲しい二人。だが誘惑方法が80年代。
・海外艦娘たち:艦種問わず。ビスマルクたちが鎮守府へ帰還。みんながロードバイクに乗ってることにプンプンするようです。海外の文化についても少しだけ。レーベが尊い。マックスがデレッデレ。リベが尊い。そうだ、湖畔を走ろう。


・神風型:とんでもねえ鎮守府に着任しちまった彼女たちの日々はそれでも過ぎていくようです。鎮守府施設や福利厚生、給料諸々。下積み時代だがんばれ。
・海防艦たち:明石がハンドメイドフレームに挑戦するようです。やだいやだい佐渡さまもロードバイク乗りたいんだい! 子供特有の欲にも応えてくれる匠の技。もう二度とばかしなんて呼ばせない。だが彼女は馬鹿だった。

提督(一人に作ったら、ほかの子も欲しがるに決まってんだろ……おまえ自分の腕の良さ分かってんのか……? こないだの夕張んときから何も成長していない……)

【小話】
・球磨型:大戦後、北上さんがニートになった話。バイクの話だ。バイクのな……。
・ゴトランド:ゴトランドは提督にロードバイクとフィンランド式サウナ(ロウリュ)の設置を求めるようです。由良や明石と一緒にサウナでゆらゆらする話。サイクリングもしちゃう。サウナに入る時にはね、もっと静かで、落ち着いていて、なんていうか救われてなきゃあダメなのよ。
・ロードバイクテクニック講座(大丈夫? 提督の教導だよ?):多くの艦娘が登場。小競り合いも発生。舞風や野分、一部艦娘は講師役で大活躍。きぬぅ!!
・天龍ちゃんと龍田ちゃん:あちこち走り回っている彼女たちが気付いたこと、疑問に思ったことを提督が応えていくスタイル。体重が落ちすぎるって話とか。冬場? 積雪時? アキラメロン。
・隼鷹が悪夢にさいなまれている話。遠くに行きたかった。誰も自分の事を知らないところへ行きたかった。
・菊月がトランペットに憧れる少年のように、とあるロードバイクに惚れ込むお話。ほちい。
・ガンビーが日本横断するようです。太平洋から日本海への約360kmライド。果たしてガンビーは迷わず辿り着けるのだろうか(※無理です) ベーイ、ベーイ(泣き声)
・デ・ロイテルはオランダバイクの良さをわからせてやるようです。わかるわかる? コガよ!
・提督のパーフェクトスプリンター育成教室。長良や霧島が悲鳴を上げるようです。
・暁「一人前のレディとしてビンディングペダルにするわ!」

・雲龍が提督と姉妹たちと共に渋峠に上り、雲海を見下ろして感慨にふけるお話。真面目なお話。それと草津の湯。
・提督に騙される艦娘たちは、あちこちの峠を走らされるようです(メンツは度々変わったり常連がいたり)

【以下、本編に組み込むのでよっぽどリクエストが来ない限りは単独では書かないボツ】
・響「山岳用決戦ホイールは結局どれがいいんだ!」(底なし沼・山岳編)
・赤城「ビッグプーリー? 小さいのとは違うのですか?」(プーリー編)
・球磨「グルメライドするクマー♪」(美味しそうな匂いのするお話編)
・葛城「BB規格が多すぎて何が何だかわからない……」(超生臭い話編)
・まるゆ「シマニョーロ?」(禁断の果実編)
・鳳翔「そ、その、提督……この格好は、少し、私には、その……はしたないというか……」(サイクルウェア編)
・大鳳「ま、またパンク……?」山城「不幸だわ……」(パンク修理編)
・日向「手組ホイール! そういうのもあるのか!」(ホイール手組編)
・熊野「フレームをガラスコーティングしますわ!」(コーティング編)
・漣「ご主人様ぁ……漣の脚、揉んでぇ?」(スポーツマッサージ編)
・瑞鶴「来たわよ空母ババア……カタパルト寄越せ!!」空母棲姫「カエレェエエ!!」(瑞鶴の狂犬時代+蹂躙)


 カタパルトだ! 持ってんだろおまえ!! カタパルト出せ! カタパルトだよ!! カタパルトォオオオオオオオオオオオ!!!

 出さないなら殺す! 出したら楽に死なす! もったいぶるなら殺して奪う! 出せ! カタパルト! 私に必要なもんなんだよあの腐れ一航戦に一泡吹かせるためによォオオオオオオオオ!!!


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巡潜乙型 潜水空母:伊19改

【脚質】:TTスペシャリスト/クラシックハンター(クラシックスペシャリスト)

 ――さぁイクの! 地平線の彼方までカッ飛ばすのね!

 脚質はスプリンターとTTスペシャリストの両方のいいとこどりであり、どっちかと言えばTTが得意という誤差のレベル。上り坂? 死んでほしいの!
 【オリョール海の魔神】の異名を持つイク。いつも曖昧になってるわけではない。曖昧になるのは魚雷外した時や難しい話をされた時だけだ。何よりも曖昧の先の領域に開き直られると面倒である。
 とにかくトルクにモノを言わせたペダリングにより、トップスピードに達するまでが速い。だが落ちるのも速い。それだけならガッカリ性能なのだが、イクは回復するのも速くゾンビの如し。
 性格は極めてマイペースで悪意のない自分本位(わがまま)で、かつ刹那的快楽至上主義者。当て感が良いなんてレベルではないぐらい魚雷を当てまくる。勝負勘が強い。感覚派の極みに位置している。
 個人ワンデーレースが性に合ってるのは当たり前の事であった。根拠とか過程を抜きに、感覚のみで最適解を導き出す類の、集団生活を送る上では厄介なあれ。イムヤが苦労させられたのはもちろんである。
 とはいえチームワーク皆無ではオリョクルズでやっていけるはずもなく、そのあたりのルールは大鯨(龍鳳)やらイムヤやらにきっちり仕込まれた。ほぼ催眠に近い方法で。

龍鳳「出撃が終わったら、好きにしていいんです。でも出撃中は自分勝手なことをしてはいけません。もししたら……」
イク「し、したら……? ど、どうなっちゃうの?」
イムヤ「――死ぬ」
イク「い、逝くぅ……」

 死にます。逝きます。そういう暗示がかかっている。ひでえ話もあったものである。なお着任当初の話であり、今は自発的に協力する。チームワークは大事! なの!(※死ぬので)
 とはいえ、イクはそもそも戦うことなんて大嫌いなのだ。戦いを刺激とするほどウォーモンガーではない。原則ぐーたらしていたいし、人の面倒を見るなんてのも性に合わなかった。
 誰かと目的を共有してそれを達成する喜びは実感としてわかるが、個人的な勝利こそを至上としていた。
 そんなイクの意識が変わったのは、終戦も間際の事。
 伊26――ニムが着任したことがきっかけである――。
 続きは本編で。


【使用バイク】:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC (gloss chameleon purple)
 イクのバイクは、スペシャライズド・Sワークスのターマック! なの!
 もちろんコンポはスラムのRED-eTAP! 無線の時代がキてるのー!
 かたろぐ? すぺっく? ぶっちゃけよくわからないけど、多分これがイクにとってベストな一番速いバイクだと思ったの!
 イクの両脚がうずうずしてるの! 戦艦だろうと空母だろうと、イクの大逃げを止められるものなら止めてみろ、なの!

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巡潜乙型 潜水空母:伊26改

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ――――私は、チームを勝たせるためにここにいる。だから、だから……だから!!

 オリョクルズのみんな絶対勝たせるウーマン。
 オリョール海の新たなる刺客。オリョール海の深海棲艦は潜水艦を見る度に震え上がるほどのトラウマを抱える破目に陥る。
 【オリョール海の新たなる死亡フラグ】【三つの問いかけ】【どう答えても魚雷】。終戦後だというのに、オリョール海へしつこく間引きに行くオリョクルズ達。そのときに貰った二つ名。
 イクと正反対に相手の気持ちを慮ったり空気を読んでの大人な対応ができる。勉強熱心で料理上手。
 本編開始時点でオリョクルズの中では一番の新参だが、イクを始め潜水艦隊のみんなとの関係も良好である。面倒見も良い。きっと後輩たちが入って来た時には良き先輩となるだろう。
 そんなニムの脚質はルーラー。万能な脚質はチームレースでのサポートに特化しており、本人の気質もあいまってやる気満々。進んで誰かのフォローができる。
 イクとは着任当初こそ不仲とは言わないまでも壁や距離を感じていたがあったが、既に阿吽の呼吸でやってのける。ハンドサインもばっちり。オーケイ、オリョクル。
 今ではイクのみならず、潜水艦仲間のやらかしをバッチリフォローできる立場に。イムヤと同じく苦労人気質かもしれない。
 イムヤやゴーヤにとっては救いの女神に等しい。やっと、やっとまともな後輩が入ってくれた……! はっちゃん? あれはヤベーやつよ。

【使用バイク】:SPECIALIZED S-WORKS TARMAC (Red)
 ねえ! ねえねえねえ、聞いて! ニムのバイクが納車されたの!
 イクお姉ちゃんと同じ、スペシャライズド・Sワークスのターマック! いいでしょ、いいでしょいいでしょ!
 もちろんコンポもお揃いでスラムのRED-eTAP! 無線の時代がキてるね! キてるキてるキてるよ!
 これってすっごいバイクなんだって? なんかいっぱい、有名なレースで勝ったり、有名な選手がこれに乗ってたりするんでしょ?
 これなら私も、お姉ちゃんやオリョクルズのみんなを立派にサポートできるよね! できる! できるできる!
 まだまだ新参で無名に等しいあたしだけど、ここでいっちょう凄いことを、艦隊のみんなにアピールしなきゃね! 見ててね! 見てて見てて!

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【お揃いSワークス】

提督「出たなターマック……!! レアなフレームがいいと言った割には王道で攻めてきたじゃあないか」

イク「色合いがレアなの! それと多分このバイク、すっごく速いと思うし、イクの脚にも合ってると思ったのね!」

ニム「お姉ちゃんが選んだから多分間違いないかなって! ねえねえねえ、そうでしょ?」

提督「お、おう……(当たってるよそれ。根拠なしに決めてるくせしてどーしてそうなる? イクってば徳の高い何かが憑いてんじゃね?)」


 このターマック――提督が島風へプレゼントするロードバイクを考えた時、最後まで残った候補であった。スプリンターやTTスペシャリスト、オールラウンダー御用達の名車である。


イムヤ「そんなにいいバイクなの?」

提督「ああ。輝かしい栄光に彩られたロードバイクフレームだ」


 とてもとても分かりやすい硬度を備えた直線スプリントに強いオールラウンドフレームであり、様々な試乗会において一二を争う人気を誇っている。


提督「すっげえ扱いやすいのよコレ。加速力もグンッッと来る感じで、踏み心地もパリッとインパルスが走ったような反応を返してくれる。

   つーか俺も欲しいんだよね。ローバルのホイールも試してみてーし」

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巡潜乙型改二 潜水空母:伊58改

【脚質】:オールラウンダー

 ――――まだ、行けるでち。そうでしょ?

 ロードバイクチーム・鉄血のオリョクルズ、そのエース。特にステージレースを得意とする。
 海においては【オリョール海の必殺仕事人】とか【深海棲艦絶対殺すウーマン】とか【伝説の始まり】とか呼ばれている。
 とにもかくにも深海棲艦には死んでもらいます。殺意高め。勝利への嗅覚はイクの方が優れているが、それを補って余りある勝利への執念はゴーヤが勝る。プレッシャーに強い。正しくはそれをねじ伏せる術に長ける。
 提督に対するスタンスはお兄ちゃん勢――――ではなく、御屋形様勢という希少種。
 義理と人情を重んじるゴーヤにとって、自分とイムヤを救ってくれた提督は足を向けて寝れない大恩人である。もちろんその人間性においてもゴーヤにとっては好ましいらしく、尊敬と敬愛と敬意を持っている。
 実は提督の言葉はすべてに優先すると思っており、死ねと言われれば笑って死ぬレベルの忠義の輩。これには朝潮もマッハで首を縦に振って同意。ヤンデレ予備軍。
 もちろん提督は誰がそんなこと命じたよ頼んでもいねーよと度々苦言を呈している。
 そう提督に言われてからは、一見するとお兄ちゃん勢っぽい接し方になった。ゴーヤはそのあたりは頑固ではないので、普段は提督にも結構お気楽な態度で接している。なお朝潮は改善しないもよう。
 提督に軽んじられるのは彼女にとって堪らない苦痛であるらしく、自己研鑽は怠らない。この辺りはイムヤと同じだ。必要とされなくなるのが怖いのだ。史実における戦後処理の事も恐らく響いている。無用物になりたくない。
 着任当初からイムヤを支え続けた。イムヤにしかわからないイムヤの苦悩に寄り添い、励ましながら頑張り続けてきたオリョクルズ影の功労者である。素でいい子。
 そんなゴーヤにも転機が訪れる。ドイツからの友軍であるUボート――U-511の面倒を見ろと、提督直々に命が下された時のことだ。続きは本編で。

【使用バイク】:MERIDA SCULTURA 10K-E
 ゴーヤのバイクは、台湾のメリダ、そのオールラウンダーモデルの最上位、スクルトゥーラのフラッグシップでち!
 そう、日本の誇るロードバイク選手、新城幸也選手も乗ってるメーカーなんだよ!
 コンポはもちろん、提督指定のデュラエースDi2だよ! やっぱり提督が愛用してるだけあって、すっごく機能的でち!
 軽量オールラウンドモデルを謳っているだけのことはあって、すっごく軽いし加速性能も登坂性も両立した名機です!
 これでゴーヤは勝って見せるね、提督! 誰にも負けないよ! 誰にも――――あの馬鹿にも、でち。

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呂号潜水艦:呂500

【脚質】:スプリンター

 ――――げきあつですって!!

 かつてはドイツのUボート。ユーと呼ばれた少女は、斜め上の方向へと成長してろーちゃんとなった。
 【オリョール海のスマイリーデス】とか【苦瓜のお供】とか【最恐の助手】とか【天使のような悪魔】とか。
 オリョクルズ最強のスプリンター。がるるぅー、がるるー! 後半の伸びが凄まじい。というか粘りが凄い。一度抜かれた後に再加速とか信じられないことをやってのける。
 典型的な競うタイプで、そこで強者を名乗れる域に達している。
 下積み時代にとっても苦労した経験が、今も生きている。それも全てはゴーヤのおかげと言ってのける。
 ゴーヤのことが大好きで、そのことを隠そうともしない。ゴーヤはいつものむっつり顔で適当にあしらってるが、内心ではまんざらでもない。
 チームレースではチーム、ひいてはゴーヤのアシストとしてしおいと共にアタックしかけまくりポイント狙いまくり。
 エーススプリンターとしてそこそこポイントも取れる。


【使用バイク】:CANYON AEROAD CF SLX
 ろーちゃんです! はい! ろーちゃんのロードバイクはドイツのキャニオン! えあろーどしーえふ、えすえるえっくす――ですって!
 えへへ、かっこいいでしょ? プロ選手のマルセル・キッテルさんも使ってるバイクなんですって! げきあつですって!
 ねっと販売だけのメーカーなんですって! でっちと龍鳳さんと一緒に組んだんですって!
 それでね、でっちったらね、文句言いながらも組むの手伝ってくれました! ろーちゃんもがんばって組みました! すごいでしょ? 褒めて褒めて!
 レースもサイクリングも、いっぱい楽しみたいって! それにてーとくと一緒に、温泉にも行きたいですって!
 でっちも誘って、今度行こうね! ぜったいです!

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https://www.youtube.com/watch?v=AMETIhgsFQ0
【ユーのもくひょう】

 ユーは、ほんとうはいやでした。

 ニホンにくるの、いやでした。

 しらないクニ。しらないコトバ。しらないヒトたち。

 どうしてユーなんだろうって、あたまのなかでぐるぐると、なんどもなんどもいやになりました。なやみました。かえりたいっておもいました。

 だけどこたえはでなくって、うまくニホンゴがしゃべれなくて。

 こわくて、ふあんで、こころぼそくて、ユーはしくしくなきました。

 ひとりぼっちで、なきました。さびしくてさびしくて、かなしくてかなしくて、いっぱいいっぱいなきました。


「――――世話の焼けるやつでち」


 だけど、そんなユーをひとりぼっちにしてくれないひとがいました。

 ゴーヤという、せんぱいでした。

 ユーのせんぱいは、「でちでち」いうひとでした。とってもカワイイこだけど、とてもコワイひとでした。


 ゴーヤってよべっていわれたけれど、でちでちいってるからでっちってよぶことにしました。でもよぶとおこります。こわい。


「いいでちか? 魚雷の狙いはこう」


 いわれるままに、いっしょうけんめいがんばりました。

 ユーはまだまだニホンゴがへたっぴで、うまくいしそつうができなかったけれど。

 ゴーヤは、ユーをみすてませんでした。ユーがわかるまで、ずっとずっとおしえてくれました。


「手紙を書く? そりゃ喋るのも厳しいおめーにゃ難易度高いでちねえ……箸の握り方から教えてやりてーとこでちが……しゃーないでち、付き合ってやるでち。いいでちか? ここは……」


 このおてがみも、ゴーヤがかきとりのべんきょうをしてくれたおかげでかけました。あ、ないようは、ないしょです。はずかしくて、つたえられないから。

 なんどもなんどもかきなおすことになったけれど、ゴーヤはずっとずっとかきとりのおべんきょうにつきあってくれました。ニホンゴは、だんだんじょうたつしてきたとおもいます。

 ゴーヤには、かんしゃのきもちでいっぱいです。

 ゴーヤだって、いっぱいいっぱいくんれんして、へとへとなのに。

 ユーのおせわをしてくれながら、にんむだってこなしているのに。

 そうおもったら、ユーは、なみだがでました。


 ユーはまたなきました。いっぱい、しくしくなきました。

 だけど、それはかなしいからじゃありませんでした。

 くやしかったからです。

 ユーはおにもつなんだって、やくにたてていないんだって、それがくやしくてくやしくて、なみだがとまりませんでした。

 あるひ、ゴーヤとぎょらいのくんれんをしてるときに、たえられなくて、ユーはまたなきました。

 くやしい、くやしいっていって、なきました。


「本当に、世話の焼ける奴でち」


 ゴーヤはあきれたようにそういって――だけど、それでもユーをみすてませんでした。

 なさけなくなきじゃくるユーを、ちからいっぱいだきしめてくれました。


「最初は誰だって役立たずでち。だけど、役立たずのままじゃいられねーんでち。その点、おめーはよくやってるでちよ。

 ――なぜならおめーは、それが悔しくて、情けなくて、そんな自分のままじゃあいたくないって、ここで強くなろうと足掻いてるからです。

 おめーは泣き虫ですが、立派な潜水艦でち――どれだけ泣いても、どれだけ悔しくても、おめーは毎日訓練してる。諦めることを考えていない」


 それはゴーヤでもむずかしいことなんだって、ゴーヤはそういいました。


「だから、泣かずに――――ここで強くなろ? ゴーヤと一緒に、ね?」


 みあげたゴーヤは、やさしいえがおをユーにむけてくれました。

 ユーはまたなきました。

 いっぱい、ゴーヤのうでのなかで、なきました。

 くやしかったし、かなしかった。だけど、それいじょうにうれしかったからです。

 ユーにとってたいせつなひとができました。

 ゴーヤは、ユーのたいせつなひとになりました。

 いつかりっぱなせんすいかんとして、ゴーヤといっしょにたたかいたいとおもいました。

 だから、ユーのもくひょうは。



 ――ゴーヤといっしょに、へいわなうみをとりもどすことです。


………
……


ろー「でっちー! ねえねえ、でっちー!」

ゴーヤ「でっち言うなと言ってるサルゥ!! 仕舞いにゃ五体解体(バラ)して魚の餌にしてやるでちよ!?」

ろー「で、でも、ゴーヤはしょっちゅうでちでち言ってるって。だからでっちー」

ゴーヤ「だからでっちってのは丁稚っつー昔の下働きの小者未満って意味があるって言ってるでち!! 現代じゃ蔑称そのものでち!」

ろー「そ、そうなんだ……で、でも」

ゴーヤ「でも、なんでち?」

ろー「ろーちゃんにとって、でっちはでっちですって。その、べっしょう、なんかじゃ、ないですって。

   でっちの口癖、優しい感じがします。ろーちゃん大好きですって」

ゴーヤ「っ、ば……」



 それからユーは、がんばってつよくなって。

 ユーは、ろーになって。


 ニホンで、大切なお友達ができました。いっぱいいっぱい、できました。

 イムヤちゃん、イクちゃん、はっちゃん、まるゆちゃん、ニムちゃん。

 駆逐艦の人たち、軽巡、重巡、軽空母、空母、戦艦の人たち。

 ほかにもいっぱいです。

 だけど、一番の大切なお友達は、やっぱりゴーヤで。

 そんなゴーヤに出会えたのも、ろーちゃんがユーだったときに、ここに来たおかげでした。



 ろーちゃんは、日本にこれて、良かったと思っています。




……
………


【宛名はドイツのビスマルク】

ビスマルク「ユーから……ろーからの手紙は読んだかしら、グラーフ。私が昔、バルト海を暴れまわってた頃に貰ったのよ。私はもちろん日本語だって完璧だから当然読めたんだけど、それがまさか仇になるとは……なつかしいわね……グラーフ? グラーフ?」

グラーフ「ちょっと目から水漏れがな……おまえは平気か、ビスマルク」

ビスマルク「フフ、そりゃあ平気よ――――何せ昨日の夜に読み返したら不覚にも涙ボロッボロで既に枯れ果てたわ!!」

グラーフ「……なるほど、道理で目が赤いわけだな」

アイオワ(堂々と言う事じゃないわゼッタイ)


 ビスマルクの言動はいちいち『スゴ味』があった。


レーベ「この手紙読んでると、ボクも昔を思い出すなあ」

マックス「この戦線ももうじきひと段落―――そろそろ帰らない? 日本へ」






【ユーのもくひょう――つづく】


https://www.youtube.com/watch?v=D2uqpqrYmMY
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潜特型 潜水空母:伊401改

【脚質】:パンチャー/クラシックスペシャリスト

 ――――ここのポイント、貰い受けるよ!

 【オリョール大サーカス】とか【焦げたしばふ】とか【スズメバチ】とか【素晴らしき晴嵐さん】とか【脱ぎ女】とか多くの異名を持つ。真っ二つ。
 ロードバイクチーム・オリョクルズにおいての役割はマルチプレイヤー。遊撃である。ステージレースにおけるポイントハンターであり、あの手この手でどぼーんとアタックしていく。
 潜水空母としての能力と同様、ロードバイク乗りとしても隙のないマルチプレイヤーかつ、超攻撃的なレース展開を得意とする。
 アタック。アタック。そしてアタック。地形問わず仕掛けてくるあたりが嫌らしい。いい意味で空気を読まないし悪い意味でも空気読まない。
 個人ワンデーレースにおいては自身の勝利を積極的に狙っていくアタッカー――かと思いきや、意外とクレバーで冷静なレース運びをする。
 提督はお兄ちゃん勢。メッチャ甘える。ごきげんようと挨拶するのは、提督の気を引きたいのもある。おしゃま。
 だが羞恥心がなかった。知識もねえ。提督が入浴時に乱入しようとする(故意・事故問わず)未遂を起こした数は数知れず、全艦娘中最多を誇る。
 しおんの着任によって改善――されるといいな、と提督は消極的かつ楽観的な希望を抱いている。思考を放棄した提督はゴミだと教えたはずだがな。
 かつて、蒼き鋼と共に霧の艦隊を撃退した際、海域で発見された艦娘。今はいない潜水艦の少女との間には、確かな友情があった。

【使用バイク①(ポタリング用)】:GIOS REGINA
 ごきげんよう! これがしおいの蒼き鋼! ジオスのレジーナだよ!
 うーん、いいですよね、この深い青! レースでメインに乗るのとは別で、これにはしおい、思わず一目惚れです!
 はい、やっぱり思い出しちゃいますよね、あの子の事!
 ――イオナちゃん、元気かなあ。タカオさんやハルナさんも、きっと元気にやってるよね。
 また……逢えるよね。逢えますよね、提督。



【使用バイク②(レース用)】:Daccordi 80+1(Ottanta Piu Uno・Matt Black/Blue)
 じゃじゃーん! しおいのレース用バイクはこれ! イタリアはダッコルディのおったんた……ええと、お、お、おった、おったん……。
 …………て、提督、読んで?
 …………お、おったんた、ぴう、うの! ですよ! 読めました、へへ……。
 高耐性カーボンを使った、すっごいカーボンフレームなんです!
 ハンドメイドのバイクもいいけれど、そういう老舗が作るカーボンも、いいよね? いいと思います!

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【お目付け役】


提督「くれぐれも頼んだぞ、はち。イムヤやゴーヤがフォローできないところについては、君の手腕にかかっていると言っても過言ではない。嫌なプレッシャーだとは思うが、よろしく頼んだ」

はち「お任せください、提督が危惧していることは分かっています。このはっちゃんの目が黒いうちは決して――――」


 初夏の陽気。その日、提督はオリョクルズと共にサイクリングを楽しむことになったのだが――。


しおい「はー、暑い暑い……ジャージの前、開けちゃお……あー、風が入ってきてきもち―。良いね、良いと思います!!」

ゴーヤ「確かに暑いでちね……って、しおいィィィイイイ!? なんでおめーインナー着てねえんでちィィイイイイイ!? それで前全開って、羞恥心どこに捨ててきたァアアアア?!」

しおい「はー? 何それ、おいしいのー? 別にいいじゃない、減るもんじゃないよ」

イク「またしおいちゃんの露出癖が出たのぉ! お茶の間にちょっとしたえっちなハプニングをお届けするあざとい作戦なのね!!」

しおい「え、なにそれ? って、あ! 提督だ! おーい、おおーーーい!! 今日は楽しくサイクリングしよーねー!」

ゴーヤ「ギャーーーー!? てーとく、こっち見ちゃ駄目! ダメったらダメでちぃいいいい!!」

イク「ニ、ニム! 早く! 早くモザイク持ってくるのぉおおお!!」

ニム「ゴッドモザイク! ゴッドモザイクはどこ!? しまった、ポタリングで油断してた持ってきてない!」


 しばしば曖昧になるイクのご尊顔を隠すため、ニムはゴッドモザイクを持ち歩いている。


はち(目が黒いうちどころか、まだ目を付ける前のやらかしなんて想定外にも程があるでしょう?)

提督「きゃああああああああああああああああ!?」

はち「ああっ!? 提督が絹を引き裂くような悲鳴を上げながら自主的に記憶を抹消しようと、また岩を!! 見ちゃったんですね!? だから岩を!! 頭で!!」

鬼怒「え、鬼怒呼んだ? 鬼怒を引き裂くとか不穏な単語も聞こえたけどやる気? うっかり殺しちゃうよ?」

まるゆ「うわああああ!? なんでこのタイミングでぇ!? あっちいけ! あっちいけぇ!! 長良型の悪魔!!」


 長良型はナチュラルに精神を追い込んでくる上に、人が嫌がるベストタイミングを狙いすましたかのように突っ込み、進んで嫌なことをする軽巡の鑑である。



 オーリョクールズ
 閑話休題。



提督「全く君には呆れましたよしおいさん」

しおい「ねえ、なんでしおい、正座させられてるの? そして提督、なんで敬語なの? それと大丈夫? 頭から血がいっぱい出てるよ?」


提督「おまえが【ハレンチ学園黙示録】したっつーその事実だけを残して映像記録を抹消したんだよ言わせんなクソ痛い」

しおい(提督が何を言っているのか、しおいはたまにわかりません)


 そろそろ理解してほしい提督と、本気で分かっていないしおい。平行線なのだ。いくら提督がインナーを着ろと言っても、


しおい「ええー? やだよー、暑いもーん」

提督「おだまりなさい。君はまだインナーウェアの重要性や快適性を知らないだけなのです」


 言って、提督はポケットからサッとインナーウェアを取り出した。用意の良い事である。


提督「このノースリーブのメッシュインナーを着なさい。今なら提督からの厚意で本来なら1着のところを3着プレゼント」

しおい「でも、お高いんでしょ?」

提督「プレゼントっつってんだろ」

しおい「タダより高いものはない!」

提督「うまくないぞぉう」


 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」


 しおいの説得は、提督にとっても困難であった。

 故に、提督は助っ人を呼んでいた。

 淑女が淑女を心がけぬ、こんな時代に嘆いた淑女を。

 かつて悪鬼と呼ばれ、全ての空母から恐れられた彼女を。


しおい(―――えっ)


 ――その時、鴉が哭いた。

 鎮守府の両脇に茂る林から、けたたましい鳴き声と共に、大量の鴉が空へと逃げていく。


提督「ッ……来てしまったか、我が鎮守府の秘密兵器が……!」

まるゆ「心揺さぶられる響きですね、秘密兵器って!」

しおい「ロマンを感じますよねぇ。いいと思います! しおいも秘密兵器だったし!」

提督「ああ、秘密兵器だ……あまりにも恐ろしすぎて秘密にせざるを得なかった兵器が……!!」

まるゆ「あっ(察し)」


しおい「えっ」


 しおいは知らない。


提督「残念だ、しおい。俺が優しく説得しているうちに、君は素直に耳を傾けるべきだったのだ。

   そも俺もお説教対象となる。俺が悠長に、そのうち羞恥に目覚めるさなんて思って楽観していたのもいけない。共に地獄を見よう」


 しおいはもう、詰んでいたのだ。

 鴉に続いて、次は猫だ。野良である。

 彼らはその存在に対して、道を作るかのように、綺麗に列をなしてごろんと地面に転がった。


提督「小動物が自主的に自らを贄にしろと腹を見せだした……来るぞ……!!

しおい「い、一体、何が――」


https://www.youtube.com/watch?v=OoaD0rOMHCM

竜飛「淑女を心がけない子がいると聞きまして」

しおい「」


 【マッマ】【おかん】【おかあさん】【おっかさん】【マンマ】【ママーーーッ!】。

 うっかりそう呼んでしまった艦娘の割合、なんと八割越え。(青葉通信Vol.34:2015年度)

 彼女を前にした瞬間、全てを悟ったしおい。

 小麦色のしおいの肌が、漂白剤をブチ込まれたかのような驚きの白さに。

 なお武蔵の時も同じだったもよう。


龍鳳「………ちょっとこちらへ」


 龍鳳もついている。

 微笑んでいた。


しおい「や、やだ……やだやだやだやだやだ、やだぁああああああああああ!!!」


 しおいは己が何を間違ったのか分からない。

 だが悟った。本能がそれを悟らせた。

 ――――恐ろしいことが起こる。

 ――――自分は何かとてつもない間違いを犯していて、そのせいでこれからとっても怖い目に合うのだ、と。

【りざると:しおい】

・異性の前で脱がなくなった。

・そもそも野外で脱がなくなった。

・お風呂にどぼーんはする。これはもはや常識。そしてしおいのアイデンティティ。

・だが彼女の小麦色の日焼け跡に変化が。そう――水着の肩紐部分がくっきりと白くなるようになったのだ。


【りざると:提督】

・鳳翔をしばらく「さん」付けで呼ぶことになった。自主的に。

・ガミガミされた時に「そんなに怒らないでくれよ母さん」と思わず母さん呼びしたところ、何故か赤面されてビンタされた。首から上がすっ飛んだかと思った。雑木林に頭からダイブする威力。提督、全治一週間。

・今度、居酒屋鳳翔で飲み食いすることになった。わけがわからないよ。

https://www.youtube.com/watch?v=nlzk_-0tGUk
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三式潜航輸送艇:まるゆ改

【脚質】:クライマー/ダウンヒラー

 ――――土竜の登坂を見せてあげる。

 艦ダム・マルユトス。【オリョール海の白い悪魔】とか【白い土竜】とか【忍者】とか。最後の異名の由来はそのうちわかる。
 ロードレースにおいては山岳における最強のアシストであり、ヒルクライムレースにおいては文句なしのエースでもある。山岳ゴールではないがコースに超級山岳があり、続く平地などがゴールとなる場合、まるゆ以上のアシストはいおない。
 チームレースでメンバーにまるゆがいるだけで、地獄のような山岳コースも確実かつ最速なヒルクライムをお約束。超頼もしい。(なお苦しくないとは言っていない)
 潜水艦で最も小柄な体型、されど単位時間当たりの最大出力は駆逐艦含め最強という脅威のポテンシャル。これには島風もびっくり。平地を流すような速度で坂を……!?
 思考は固いが、記憶力に優れる。記憶の引き出しを検索する能力が優れており、既存の戦術をなぞるのが上手い。
 読み筋以外の新手に弱いのが弱点と言えば弱点だが、長考の余裕さえあれば最低でも堅実に対応し、うまくいけば打開策を練り上げて見せる。
 ただ本人は勘が鋭い。鋭い故に己の中の戦闘論理とたまに相反するため、上手く歯車がかみ合わないと空回りしてしまう。いわゆる「野生」と「理性」が上手く調和しないのである。
 「嫌な予感がする」とのこと。それなりに虫の知らせがあるらしい。伊19や伊13も同じこと言ったらトラブル確定。未来予知かな? フォース的な? ニュータイプ的な?
 趣味は相撲観戦と将棋、押し花。他の潜水艦の仲間と同じくダイビングを好む。谷風らとは趣味が合う。お相撲さん達はおっきくてかっこいいので好きとのこと。
 たいちょーも一緒に、素潜りどうですか? まるゆ、近代化改修も済ませて練習もして、とっても上手になったんですよ! ちゃんと浮かべますし!
 平地巡航は雪風より少しだけマシってレベル。別に体力無いわけじゃないが、体重と最大出力の都合上、まるゆは絶対的に見ると持続できるパワーが足りない。
 シフトウェイトをうまく使って最大出力以上の絶対的なパワーを引きずり出すのが極めて苦手。平地のアタックとか苛め以外の何物でもないと思ってる。素の体重が軽すぎた。
 見た目通り体重が軽く、華奢で小柄ながらも非常にリズムよく丁寧なペダリングでスルスル坂を上っていく。八割の力を九に見せたり、時に五に見せたりするあたりが業師である。はい! もぐもぐアタックです! 土の中の土竜は正体不明と言いたいらしい。
 平地はとってもとっても苦手。といっても単独で信号なしノンストップで平地巡航35km/hはクリアしている。これでも駆逐艦の運動能力平均値から見てもかなり遅いレベルである。
 集団内にいるなら50km/hを30分ぐらいならイケる大丈夫。
 同じ陸軍出身のあきつ丸とは深い交流があり、気心の知れた友人関係。時折、あきつ丸のやらかしに巻き込まれることもあるが、それを加味しても仲良しである。なおあきつ丸も組手は強い。ダブル烈風拳。モロに喰らうと相手はしばらく飯が食えねえ。そういうことである。
 木曾は憧れの人で大好きである。まるゆにとって木曾は着任当初からヒーローだった。
 既に木曾が幾度とない挫折と難渋を乗り越えた末に改二となり、頼もしくなっていたこともあるが、弱いまるゆをいつも励ましてくれた。だからまるゆは天龍のことも好きだ。だから提督も好きだ。
 大好きがまるっと繋がっていくこの鎮守府が大好きだ。


【使用バイク】:YONEX CARBONEXHR (Graphite)
 はい! まるゆのロードバイクは日本国産、ヨネックスのカーボネックスです!
 え? ヨネックスって言ったら、テニスやバドミントンだろ……って? そんなぁ!?
 すっごく軽くて登坂には最高のフレームなんですよ!
 あ、コンポはカンパニョーロにしました。はい、機械式のスーパーレコードです! やっぱりエルゴパワーがまるゆの手にはしっくりきます。
 日本国産のフレームと合うかなあって心配でしたけど、どうです? カッコよくないですか?
 で、ですよねたいちょー! たいちょーもカッコいいって思いますか! そうですか!

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【もぐもぐ登坂(弱)】

 ――――なおそんなまるゆも、乗り始めはヒルクライムが苦手であった。


まるゆ「はぁ、ふぅ、へひぃ……ぅわぁあん……へとへとだよぉお……」


 特別おかしなことではない。ヒルクライムの技量とは積み上げるものである。

 ヒルクライム初体験時にホビーレーサーの中堅どころを軽く凌駕するテクや結果を残した雪風や阿武隈の方が圧倒的におかしいのである。


まるゆ「……ぅう、たいちょー……ヒルクライムが、どうにもまるゆ苦手で……」

提督「しょうがないにゃあ……(多摩声) んー、今度一緒に走ってみるか。俺の後ろについて、俺の真似しながら走ってみそ」


 そんなこんなで、提督と共に近場の中級者向けの山岳コースまで走ったのだが、


まるゆ(何、この安心感……!?)

提督「呼吸を整えてー、深く吸ってー、吐いてー。あんまり下は見ないことー。アップライトに構えて、胸を張って、息をまた大きく吸ってー」

まるゆ(たいちょーの大きな背中に隠れて、次の坂道が見えない……なのに)


 言われた通り、まるゆはただついていくだけ。駆けあがっているのは、辛さに負けて足を突いてしまったことのある坂道だった。

 それが、どうしようもなく楽になっている。


まるゆ(たいちょーの走るラインに合わせていれば、ただケイデンスだけに気を払ってれば……あっ? ライン取りが変わって……?)


 提督が走るライン取りを変えながら、ちょいちょいと地面を指さすジェスチャーを取る。まるゆがその指先を視線で追えば、


まるゆ(あ! 地面にクラックあったんだ……まるゆ、全然余裕がなくって、気づけなかった)

提督「はい、上を見てー。何が見える?」

まるゆ「えっ、あ―――さ、山頂が!!」


 永遠に続くと思われた坂道が、そのゴールがすぐそこまで。


提督「んじゃラストスパート! ギアを二段上げて、ダンシング開始するぞー。ケイデンスはできるだけ維持しなさい」

まるゆ「あ、はい! えい、えいっ」


 ジャコンジャコンと、小気味よい音を立ててギアが上がる。


 その度に両足にかかる重さは増していったけれど。

 まるゆはもう、山頂がそこにあることを見た。

 心が、軽くなっていくようだった。


提督「さ、立ち上がれ。そろそろお尻も疲れてきちゃったろ?」

まるゆ(あ……まるゆ、ずっと座りっぱなしでペダルを回してたんだ)


 何気ないアドバイスの一つ一つが、まるゆにとっては新鮮で、とても有意義なものだった。


まるゆ(ふぅ、ふぅ……ダンシングって疲れるけれど、座りっぱなしで固まってる筋肉がほぐれる感じがします……そっか、たまにはダンシングを入れないといけないんだ)

提督「そこで力をかけすぎない」

まるゆ「!?」

提督「潜水艦らしく肺活量も中々だ。トルクかける走りもいいが、基本は心拍で走れ。筋力使うのはここぞってところがいい」


 そう言って、まるゆに並走する提督は、優しく微笑みながら、ヘルメットごしにまるゆの頭をぽんぽんと撫でた。


提督「センスあるぞ、まるゆ。ヒルクライム頑張れば、きっとすごい乗り手になれるぜ」


 前を向けば、もう山頂まで100m程度。


提督「牽かれることで、すごく楽に走れただろ? 何よりも気持ちが」


 そうだ。心が軽くなったんだ。その気持ちを、まるゆは覚えている。

 だから、なりたいと思った。


提督「山岳がキツいレースにおいて。山岳では誰もが頼りにする――――そんな子になるのはどうだ?」


 ――そうなりたいと、思ったのだ。


はち「やってみせ、言って聞かせて、させてみて」

ゴーヤ「誉めてやらねば、人は動かじ……まるゆは自分に自信のねー子でち。未知のことについては、特に」

はち「自分で自分の才能に蓋をしてしまいがちですからね。提督に先を越されちゃいましたか」


ゴーヤ「てーとくの手を煩わせちまったでち。罰として今日はゴーヤと一緒にスプリント地獄でちよ、ろー」

ろー「」



 ろーは納得できなかったが口ごたえできなかった。


【もぐもぐ登坂(弱)・完】

※こんなところですね

 次からは別の話(本編か小話)になりマッシュ。

※秋月型のリクエストが多いのは何故だろう





 何故だろう
 ぼくにはかいもくけんとうがつかない

※ご感想およびリクエストありがとうございます

 秋月型が3票と獲得数最上位なので秋月型にするかな

 ちょっと書けるとこまで書き足して投下していく

 その次当たりに神風型と朝潮型か、もしくは北上さんだ。さらにリクエストあれば前向きに考慮はする。(やるとはいってない)

 なお北上さんがニートになる話は、正しくはニートじゃない。

 大戦が終わった北上さんが燃え尽き症候群になって部屋の隅で膝を抱えて虚空を眺めつづけて一日を終えるという状態が続いたことで、異変に気付いた大井っちがギャン泣きしながら提督に土下座で助けてくださいと懇願する話である

 提督は結婚をはぐらかされたカイザーみたいな顔をしている


【6.秋月型トレーニング!】

 初月が鎮守府に着任してから、約半年が過ぎた。

 週に一度、バイキング形式で振る舞われる月曜日の朝食ですら、初月にとっては堪らないひと時だ。


 ――今日も一日がんばるずい!


 むんと両手を握りこぶしの形に固め、自らに言い聞かせるように声を出す初月の姿がある。その名に関する一文字を体現したような初々しさを感じさせるしぐさだった。

 今日も一日が始まる。訓練が始まるのだ。優しくも厳しい、理想的な先輩たちに囲まれ、充実した一日となるだろう。

 慣れというものは恐ろしいものである。よその艦娘がこの訓練に参加した日には、一日を待たず一時間で脱走するか死ぬかする訓練だ。だがこれこそがここの鎮守府にとっての平常運転なのだから、大戦が激化していた時は比較にならない程に辛かったのだろう。推して知れる。

 だからこそいつまでも新人気分ではいられないと一念発起する彼女は、秋月型四番艦・初月だ。怜悧な顔立ちからクールな印象を抱かれがちな彼女はその実、心の内側に熱い情熱を秘める頑張り屋である。

 瑞鶴主導による対空射撃訓練から始まってしまう陰鬱かつ凄惨なはずの月曜日が、この朝食のおかげで待ち遠しさすら感じる曜日になる。

 艦娘や憲兵、鎮守府のスタッフたちでいっぱいになった食堂には列ができる。まだ朝六時だというのに、艦娘も憲兵もスタッフもバッチリカッチリと各々の制服を着こなして、活気に満ちた顔色を輝かせていた。

 思い思いが食器を手に持ち、列を形成している。その始点には、大量の卵と色とりどりの食材が並ぶ移動式の調理台――――その前にはフライパンを持った間宮や伊良湖、そして瑞鳳と鳳翔、たまに提督までもが立っている。

 オムレツやスクランブルエッグ、目玉焼きや卵焼きを焼いてくれるのだ。その順番待ちの列である。

 卵の調理方法を選んだ後、中に入れる具材はリクエストに応えてくれる。そのための背後の大量の食材だ。


 瑞鳳の焼いてくれる卵焼きも人気だったが、提督のオムレツや鳳翔の出汁巻き卵、伊良湖の絶品ふわトロオムレツスフレ、間宮のトロたまベーコン巻きも負けていない。

 特に初月は提督が作ってくれる刻んだタマネギとハム、チーズにトマトを大匙一杯分加えた、中ぐらいのサイズのオムレツが大のお気に入りだった。

 初月好みの焼き加減を熟知しており、それに違うことなく仕上げてくれるので、提督に調理してもらえる日はとてもツイている。

 もちろん今日の初月が並んだのは提督の列だ。今日は一番人気で列が最長である。両隣の鳳翔と間宮がむぅと頬を膨らませているのが見える。両者の視線にどこ吹く風で、いつも通りの笑顔で艦娘たちに料理を手渡していく提督は図太い男であった。

 かくして朝の糧を手に入れた初月。一番先に手を付けるのは、瑞々しい採れたての、色とりどりの野菜で構成された至高のサラダだ。シャクシャクと噛みしめると、わずかに残っていた眠気がスッキリ取れてくる。

 思考と味覚が鋭敏になってきた頃、まだアツアツの提督特製オムレツにナイフを走らせる。

 割ってみれば、期待を裏切らない極上のふわふわとろとろ、中身がこぼれない絶妙かつ究極の焼き加減だ。表面は黄金色のくせに、中には指定した食材がぴったりと収まっている。

 たまらずフォークで掬って口に放り込む。


初月「…………♪」


 初月の頭頂部、その左右から飛び出した髪の房が、ぴこぴこと揺れる。


初月(か、完璧だ……完璧に、僕のイメージした、僕の理想とする、オムレツだ……好きな具材が適当に入った焼き卵じゃない。卵というシルクの帯に、食材という宝石が最も美しい配列でちりばめられている……)


 意外と詩的な初月である。


 意外と詩的な初月である。

 重層の帯が重なり合ったような半熟の卵に絡む、タマネギの食感とジューシィなハムの旨み、芳醇な酸味弾けるトマトと薫るチーズ……混然とした旨みが、舌の上でとろりと解ける。


初月(きっとジ○リアニメの登場人物は、毎日こんなのを食べているに違いない……!!)


 添え物のマッシュルームの肉厚な歯ごたえと風味が口の中をさっぱりさせ、次の一口への欲求をこれ以上なく掻き立てた。

 サクサクの焼き立てクロワッサンをほおばり、もぐもぐと咀嚼した後に、菊月の珈琲を流し込む。

 ごくりと喉を鳴らして嚥下すると、ずっしりとした心地良い重みが胃を満たしていく――――ああ、食べた。いっぱい食べたなあ、と。

 仕上げとばかりに、伊良湖が趣味で作り出したカスピ海ヨーグルトに旬の果物をトッピングしたものを掻きこみ、濃厚なエスプレッソを三口で嚥下すると、初月の気力ゲージは最大限に高まっているという寸法である。

 これだけで『今日も一日頑張るずい!!』という気持ちになれる。週の始まりに欠かせない活力の源であった。

 それは初月のみならず、多くの艦娘達にとってもそうだ。


加賀「――――素晴らしい。今日も朝からやる気がわいてきます」

赤城「はふはふ、おいしいですねぇ……あら、加賀さん、今日は変わり種で納豆オムレツにしてもらったんですけど、これもイケまふよぉ」

加賀「オムレツに、納豆ですか」


 表情こそ変わらないが、加賀は驚きからぱちぱちと瞳を瞬かせた。


赤城「はい。意外とイケます」

加賀「ふむ……成程、私の常識からするとなかなか発想の浮かばない組み合わせです。しかし物は試しと言いますね……ええ、それでは一口頂けますか? 私のチーズとほうれん草のオムレツもどうぞ」

赤城「はい」

加賀「ありがとうございます。では………む、これは、確かに……意外な組み合わせのようで、いえ、思えば納豆に卵を割り入れることもありますね。加熱によりナットウキナーゼが死ぬという話も聞きましたが、おいしいは正義……加熱の有無でここまで違いが……ふむ、ふむ、美味ですね」

赤城「いえいえ、ではこちらも……まあ、これもまたおいひぃれふねぇ……あむ、はぐ……」

蒼龍「あのお二人は本当に美味しそうにご飯食べるなあ」

飛龍「いいじゃない。ごはんが美味しいって、それって幸せってことよ。ね、多聞丸!」

蒼龍(うん、貴女も負けてないけどね飛龍)


 戦艦や空母らは五回ぐらい並び直して大盛おかわりする始末である。

 纏めて調理してもらうようなことはしない。巨大なオムレツや卵焼きは見た目が愚劣である。それに出来立ての方が美味しいから何度でも並ぶのだ。


伊勢「うん、うん、ふふ、おいしいねえ日向」

日向「ああ。空っぽの腹に、力強く染み渡っていく……今日も瑞雲の光をあまねく世界に輝かせようという活力が湧いてくるな」

伊勢「え?」

日向「ん?」


 ロードバイク鎮守府――――衣食住においても比類する鎮守府はそう多くない。とても無碍な話をすれば資金力が違う。

 特に体を資本とする艦娘達へのクオリティ・オブ・ライフ(生の質)への、提督の力の入れようは半端ではなかった。


扶桑「はぁ……今日もスッキリ快眠、訓練の疲労も抜けて、月曜日の朝ご飯はとっても美味しい……幸せね、山城」

山城「扶桑姉さま……油断してはいけません。禍福は糾える縄のごとしと言います」

扶桑「あのね山城……貴女にはもっと前向きに生きて欲しいなって思うの。姉さま思うの。思うのよ……割と本気で。どれぐらい本気かというとスリガオ海峡で敵艦隊をブッ沈滅(ちめ)た時並に」

山城「前向きだからこそ、油断なく一歩一歩を踏み出すのです、姉さま……機雷とは『え、嘘、そこに?』ってところに潜むものです」

扶桑(うん、やっぱりこの子が西村艦隊の旗艦よね。私が支えてあげなきゃ……)

時雨(山城は今日もいつも通りの山城だなあ……うん、今日の月曜モーニングも、いつも通り……美味しいね)


 寝台一つとっても艦娘一人一人にあった寝具を手配、医療施設においても女所帯である鎮守府の体制を鑑みて、女性比率の高い医療スタッフが常勤、作戦開始時から終了までの期間は非常勤スタッフも増える。

 トレーニング施設も充実の一言。都内のジムならば月額数十万円はかかるだろうトレーニング器具や艦娘の身体能力を熟知した一流どころのインストラクターを取りそろえ、科学的なスポーツ療法までもを盛り込んでいる。

 なんせ提督が率先してこの体制を生み出したのである。なお経費は鎮守府の収入で賄っているから大本営の援助金はない。文句を言おうものなら「じゃあウチんとこより劣る施設でウチより戦果上げるか、使った費用に対する効果、即ち戦果を示せ」と返すのが定期である。

 あれこれ難癖付けて異動させ、この鎮守府を慰労施設にしてしまおうという意図が隠す必要もなく見え見えなのだから、提督も怒り心頭である。維持するだけの金も捻出できん癖に人の所有物をねだるあたり、我儘なクソガキよりもタチが悪いと提督は思う。提督はナリだけの大人というのが大嫌いであった。


長門「うむ……やはり朝はプロテインよりもこの素晴らしき朝食よな。やるぞ、やってやるぞ、という気持ちになる」

陸奥(それでも起き抜けにプロテイン飲むわよね貴女。ホエイのプレーンのやつ。まあ、提督も推奨してはいるけれど)


 不足しがちな栄養素はサプリで補うのは今や常識的である。可能な限りは食事で摂取するという点においては実に健全であろう。

 憲兵的にも自分たちの健康維持のためにウルトラOKですってな代物だ。なんせ艦娘らと交流を深めつつ旨い朝食で活力を得られるのだから反対する理由が一つもない。

 艦娘達にとっても、提督以外の男性との会話になれるための、ある種の社会勉強の一環と認識しつつも、純粋に会話を楽しみながら食事をとる。

 提督が前述した台詞通り、かけた費用に対してあげる戦果の割合、即ち利益で考えるととてつもなく高い。使った金は高くつくが、それ以上に利益を出し、利益率が極めて高いとなれば文句のつけようがなかった。

 他の鎮守府の艦娘からも「あそこで建造・ドロップ、あるいは異動できたら日常生活面の充実を150%保証」と言われている。余った50%は想像以上という意味だ。

 そもそもロードバイク鎮守府への異動に当たっては、並の艦娘では達成不可能レベルに厳しい条件がある――――達成できた艦娘は、極僅かな例外を除き、五指で数え切れる。

 しかも無事に異動できたとしても、トレーニングはシャレにならないぐらいキツいのでトントン、むしろややマイナスと言ったところか。


 そう、マイナスなのだ。それでもマイナスになる。それほどの訓練密度である。

 だがそれも慣れる。慣れるまでが大変で、慣れてしまえば天国だ。ただし、この天国には常に地獄が隣接している――否、ミシン目のように編み込まれているのだ。

 即ち、初月が今立っているのはそのミシン目なのだ。直面している地獄は、


秋月「――食制限をしますよ、初月。一週間の合宿です」

照月「体を締めるわ。イエスと言いなさい、初月」

初月「絶対にノゥ! 奪うのか!? 与えておいて、それを今更僕から奪うのか!!!? 姉さんたち!?」

秋月「はい。今更何かを言えた話ではありませんが、初月――私たちは、貴女を可愛がりすぎました」

照月「うん。甘やかしすぎたよ。ちょっとそのあたり、秋月型が有する力に目覚めてもらうためにも、合宿への参加はマストだからね」

初月「なんて、ことだ……」


 こんな旨いものは食べたことがないと、着任当初は食事のたびに涙を流していた。

 一食二食ぐらいならば粗食はいいだろう。むしろ初月自身が望むところである。事実、秋月・照月は節制と健康を心がけ、贅沢な食事は多くても月に三回程度であった。そちらの方が喜びも大きいという実体験が、初月に「贅沢とはたまに味わうからいいものだ」という実感を与えていた。

 ただ初月の場合問題なっているのは、その頻度だ。毎日である。朝がっつり贅沢したらあと粗食。朝と昼に粗食だったら夜贅沢、といった有様。

 それが一週間……これは立派な罰ゲームであった。一週間ともなればもはや拷問だ。



 これから初月は、一日に一度の贅沢が許されない。一週間の禁欲生活(食)に入るのだ。

 汗水流して、へとへとになって、さあご飯だ、楽しみだなあ―――――そんなところに脂っ気の少ないお料理。新手の拷問である。それ以外の何物でもなかった。

 タンパク質は脂の滴る肉や魚からではなく、植物性の大豆や、さっぱりとした鳥のササミから摂取することを強いられる。これが先が見えるならいい。一週間後は贅沢なご飯が待ってるという希望があれば耐えられる。

 ―――それを断つ所業だ。鬼! 悪魔! 提督!

 阿賀野が以前ダイエットしていた時に食していたプランであるが、阿賀野の時とは事情が違う。阿賀野には体重が減少し体がみるみる動くようになることの楽しさというモチベーションアップの要素があった。

 初月にはない。だって素晴らしいスタイルをもともと持っているからだ。体だってピンピン動く。

 だが逆らえぬ理由があった。提督、その人自身である。

 他のトレーニングを経て、提督はヘロヘロ状態だ。誰が見たってやせ我慢しているし、生まれたての小鹿のほうがまだガッツがあると思うだろう。

 だから。


初月「ッ――――やってやろうじゃないか!!! この血の一滴、この肉の一片に至るまで、姉さんたちと鶴姉妹に鍛えられたんだ!! 僕の憧れた、あの人達に!! この僕を、秋月型を舐めるな!!」


 なおこの決意は、数分と持たないのは誰もが予想可能であった。

※かるーく導入編ですね

 秋月達にはお腹いっぱい食べて欲しい欲がある提督は意外と多いのである


 さて、物語は少しばかり前後する――。

 提督は人間である。たまに自信がなくなるとは艦娘たちの言葉だ。古参の艦娘ほど答えに窮し、悩んだ末に「人間だ――多分な!」と、自信たっぷりに自信なさげに答えるという有様。

 そんな提督は最近、ロードバイクで速くなりたい艦娘たちを募って、個人練習なるものを定期的に行っている。

 各人のレベルや脚質、身体能力を加味した上で方針を立てるのだ。得意分野を伸ばす、あるいは苦手分野を無くす、得意分野を作る、苦手分野は捨てる――目的は様々、狙いも様々だが、共通していることはトレーニングを望む艦娘たちの個人個人に方針を立てて、そのトレーニングプランを考えているということ。


提督『懐かしいな。まだウチの鎮守府の規模が100人未満だった頃にはしょっちゅうやってた。こういうのも俺の仕事だったんだよ。やれ砲撃の威力を高めたいとか、命中率上げたいとか回避重視で立ち回りたいとか、いろいろあったなァ』


 鎮守府で正式に雇っているトレーニングスタッフ(艦娘への心理的ストレス軽減を鑑みて女性オンリー)が舌を巻くほどの、艦娘たち一人一人の事が分かっていなければとても立てられないプランを矢継ぎ早に作成し、後学のためトレーニングスタッフたちにも確認してもらい、文句なしに太鼓判を得た後に実施するという念の入れよう。

 とはいえ、これには問題があった。提督の仕事が増える、という点もそうだが、ロードバイクの技量を教え込む人員が、提督以外に居ないという点である。スタッフの中にも少しばかりロードバイクについてかじっている人間はいた。だが提督の経歴を聞いて、誰もが身を退いた。退かざるを得なかった、そんな経歴だったという。

 与えられた計画に乗っとってトレーニングを進める艦娘たちにも、疑問は出てくる。このトレーニングのやり方は? 意図は? そこは提督を信じてるから聞かないけれど発展するにはどうすればいい? そんな質問が飛んできた場合、提督はどうするか。

 ――――時間の許す限り、同行するのだ。主に鎮守府内道路を使ったテクニック講座や、登坂でのスキルにおいては自転車のソフトを用いたローラー台での実演など、その方法は多岐にわたる。

 提督はへとへとだった。体力的な面でも精神的な面でも搾りつくしている。

 そんなタイミングで、今度は初月のトレーニングに付き合ってくれるという。


初月(多くの先輩方が、こいつを尊敬するわけだ。視線が同じなんだ――司令官として、僕たちの上位者として、そこに絶対の線を引いておきながら、それをするりと飛び越えて寄り添ってくれる。同じ嬉しさや悩みを共有してくれる……ああ、これは)


 戦いの中で寄り添われた艦娘たちは、どれだけ嬉しかっただろう。どれだけ心強かっただろう。それが初月にも理解できる。

 ――堪らない男だと、初月は思った。子供と言っても過言ではない年齢なのに、しっかりとやることは大人だ。初月の目には、提督がとても好ましい男に映った。

 翻って、自分はどうなのだ?

 初月は思う。まだ初月は与えられる側に過ぎない。新人であるなしは関係がない。

 まだ何一つ、提督に返せていないのだ。

 そんな男の傍に立っても見劣りしない存在になるには、どうすればいいのだろう。


秋月「強くなりなさい」

照月「強くなるしかないわよ」


 姉たちが口を揃えてそう言った。初月も同意した。心の底からそう思った。しかし大戦は終わった。既に戦果を挙げられる場所は欧羅巴圏や、亜米利加圏に僅かに残るばかり。

 初月は既に、そこでも戦い抜けるだけの力は有していた。

 ここに所属してからわずかに半年だが、されど半年――――修羅の鎮守府と呼ばれるここに所属する先輩艦娘たちが、惰弱を惰弱のままにのさばらせてくれるはずもなく、初月は相応のトレーニングを積んで強くなっていた。まだレ級はワンパンできないけれど、ワンツーで倒すことぐらいはできる。

 しかし、そうして戦果を上げれば、彼にふさわしい存在になれるだろうか――自覚のない恋心が、初月を悩ませ、考えさせた。考えて考えて――考えても分からなかったので、提督を見ることにした。

 気づいたのだ。彼はロードバイクが、本当に大好きだということが。

※毎日更新を目指してゆっくり投下していきます。
 こういうコメントは今後なるべく控えます。
 切りの良い節々で差し込みます。
 でも読んでいただいたら感想いただけるとモチベが上がって島風スプリントや夕張スプリントがすこぶります。
 感想はもちろん、この子の話が読みたいといったご要望もあればじゃんじゃん書いてってください。励みになります。


秋月『貴女が知りたいと思った人の為人が知りたいならば、まずはその人の気持ちになって考えなさい』


 当たり前の事。だがその当たり前の何と難しい事かと、初月は改めて姉の偉大さを知った。

 ロードバイクについて教えたり実践して見せる時の提督は、年相応の幼さがにじんで見えた。弱冠19歳という異例の栄達。最速の英雄。全鎮守府の頂点。彼の心が休まるときはいつなのだろうと考えた。

 それがきっと、これなのだろう、と。

 出撃した時の事を思い出す。

 出撃前は母港で集合だ。それぞれが艤装を身に着け、提督からの激励の言葉を水面の上で待つ。

 波止場の上に立ち、海面に集結する艦隊を見下ろす提督の表情は真剣そのもので、そこに笑みはない。生きて帰ってこいと伝えられて、出撃する。

 思い返してみれば――提督は苦しんでいたのではないか。

 そのままだが――着せたくない服を着た少女を見る。そんな目で見ていた。

 だが、今はどうだ?


提督『お、利根! 新しいジャージ、カッコイイじゃないか!』

利根『目の付け所が違うの、提督! 吾輩かっこいい? かっこいいじゃろ! そうじゃろそうじゃろ♪』

提督『ヘルメットもアイウェアもばっちりだ! 筑摩に選んでもらったのか? センスいいなあ』


利根『そうじゃろそうじゃろ! 筑摩のせんすは天下一品じゃからな! お揃いで吾輩も筑摩もすーぱーかっこいいのじゃ!』

筑摩『まあ、利根姉さんったら……お褒めの言葉、ありがとうございます、提督。提督から頂いたロードバイクにぴったりあうジャージを選んだつもりです』

提督『ん。楽しんでるようで何よりだ』


 ――楽しんでいるのは、提督のように見えた。

 提督は艤装よりも、私服を好む。

 私服よりも、ロードバイクを楽しんでいる子達を見ると、本当に嬉しそうに笑うのだ。

 何故か、初月はその笑顔を見ているたびに、温かな気持ちと一緒に、悲しい気持ちになってくる。

 それがどうにもわからなかった。

 考えても考えても分からなかったので――今分かっていることを実践しようと思った。

 提督はロードバイクが好きだ。彼の言葉を借りるなら、愛している艦娘たち――――が、己の好きなものを好いてくれるから、余計に嬉しいのかもしれない。

 ならば、提督は――ロードバイクで速く走れる艦娘は、もっと好きになってくれるのではないか?

 初月が辿り着いた答えはそこだ。

 姉たちが自分を合宿で鍛えると言い出したのは、渡りに船だったのかもしれない。


 これより初月が参加する合宿名は――――ロードバイク合宿というそのままのネーミングだ。

 一週間の間、ロードバイク漬けのトレーニングを中心に日々を過ごし、食事についてもプロのロードレース選手がツアー中に実際に食しているものと同じ献立で組まれる。

 かくしてへろへろの提督を伴っての合宿が、次の日から幕を開けた。なお昨日までへろへろだった提督は、あっさりばっちり完全に回復していた。

 かくして始まる一つ目のトレーニングは――。


提督「――――おまえたちの最大値を測る」


 まずは実力を確かめようということだろう。この場には多くの艦娘たちが集まっていて、その中の一人に過ぎない初月はそう思ったが、半分は間違っていた。

 実力を測ると同時に、トレーニングにもなる――そんなアクティビティだ。


提督「ローラー台に自転車をセットし――20秒間、全力でこぎ続けろ。その後は10秒のレストタイム(休憩)。終わればもう一度20秒スプリント、10秒のレスト。スプリントとレストを1セットとし、これを8回連続で行う」


 聞いた時、艦娘たちの反応は様々だった。

 新人ほど「そんな簡単でいいの?」と疑問符を頭上に浮かべた。初月もまた疑問に思った側だ。

 中堅の艦娘は「あ、ヤベ」と顔色を悪くした。

 古参の艦娘は「気合入れていかねば」と、まるで戦場に赴く直前のように、口元を引き締めた。


 どんなトレーニングなんだろう、そんなに辛いのだろうかと、期待と不安をそれぞれ1:1の割合でカクテルされたものが心の中に満ちている初月の耳に、ある駆逐艦たちのやり取りが聞こえてきた。

 ――タバタ・プロトコル、と。

 話していたのは、天霧と朧だ。そして続く言葉に、初月の心の七割を不安が占拠し始めた。

 ――何人、立って終われるかな、と。

 その言葉の意味を、この時の初月は理解していなかった。誰も彼もが気合を入れた表情をしている。瑞鶴も、翔鶴も、そして――秋月と照月も。

 途端に心に闘志が流れ込み、不安も期待も一切合切を吹き飛ばした。何が何でも『僕は立って終わらせてやる』と決意した。

 このトレーニングの成否は、それが全くの逆だったとも知らず。


 そうして艦娘たちが順番に提督の指示を受けて、トレーニングを終えた頃。

 ――初月は、立って終われた。

 望み通りの結果だった。先ほどまで気合を入れてトレーニングに挑んだ古参の艦娘たちが全員倒れているのに、初月は倒れなかった――倒れることが出来なかったのだ。

 そうだ。倒れてしまうほどに、己を追い込めなかったのだ。

 ――タバタ・プロトコル。このトレーニングの狙いは心肺機能上昇と持久力向上にあるが、8セットから成る『疲労困憊に至る間欠運動』を前提、否、目的とする。

 8セットのトレーニングタイムは合計で僅かに4分。無酸素運動と有酸素運動を交互に行うトレーニング。無酸素運動では常に全力で20秒間。有酸素運動では軽い運動に留める。


 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。

>>516ミス


 その内の休みは合計で1分20秒。実際に全力を出しているのは、僅かに2分40秒に過ぎない。

 だが、この1分20秒の休みが曲者だった。

 休めないのだ。正しくは、『休み切れない』のである。

 20秒間の全力疾走後は、当然全身に疲労がまとわりついている、呼吸は乱れに乱れ、心臓は爆発しそうなぐらいに動悸し、耳元で血管の中で血が走り回る音が聞こえるほどだ。

 それらの疲れは、10秒間の休みによって帳消しに――ならない。心肺は酷使され、脈拍は180を数える。呼吸はいくら吸っても吐いても苦しいばかり。10秒でどうにかなる筈がない。

 そんな状態で、次の全力疾走が始まるのだ――全力で。という言葉を添えられて。
 
 8セットを行ううちに、初月は己の愚かさを知ることになった。

 ――信じられないほど、辛いのだ。レストタイムに入るたびに安堵し、始まるたびに心が擦り切れていく。

 もう足を止めたいと願う。勝手に足から力が抜けていく。だって、苦しいのだ。全力を出すことは苦しい、それは当たり前だと分かっていた。苦しい戦いには慣れている?

 ――もう二度と言えない。

 終わってみれば、初月は疲労困憊の状態にあった。肩で息をしている。頭はクラクラしたし、胸の中で弾む心臓は痛いぐらいに血液をポンプしている。


 だが、瑞鶴と翔鶴、秋月と照月は違った。

 8セットを終えた後、ローラー台に設置した自転車から崩れ落ちるように地面に倒れ、大の字で寝転がる――瑞鶴と照月。

 ハンドルにもたれかかり、もう二度と顔を上げたくないとばかりにぐったりしている――翔鶴と秋月。


 見れば、初月以外の新人、新人上がりの多くは、倒れ切れていなかった。

 それでも、全員が出来ていないわけではなかった。

 吹雪型――浦波は見事にやり遂げていた。

 綾波型――天霧もそうだ。

 神風型――達成できたのは旗風だけだ。

 誰もがこのトレーニングの真意を知り、悔し気に俯いていた。俯くだけの余裕がある自分が、初月も悔しかった。

 どうしてだ。なんでだ?

 初月は自問自答する。姉たちに教わったように。

 ――身体能力なら、僕はこの中で特別劣っているわけじゃない。瞬発力、持久力に優れる天霧や浦波には及ばないだろう。

 だけど、旗風は達成できている。

 僕よりも身体能力では、間違いなく下と断言できる旗風がだ。

 どうしてこうなるんだろう。

 悔しさで頭の中が真っ赤になった思考で考えたが、答えは出なかった。

 酷い敗北感で、初月の心は千々に乱れた。


 ――僕は、駄目な奴なのだろうか。


 そんな思考が脳裏をよぎった。

 慌てて首を振って考えを払拭させる。諦める思考に陥りそうになっていたのを自覚した。

 深く呼吸する。浅く呼吸する。出し切れなかったため、次第に呼吸と共に思考は落ち着いてきた。

 冷静になって考える。

 ――僕にはなくて、旗風や天霧、浦波には、僕にはない何かがあった。

 そう考えることにした。ではそのないものはなんだろう?

 そればかりは、どうしてもわからなかった。

 達成できなかった他の新人たちも同じことを考えているのだろう。一様にむっつりと押し黙り、思案に耽る。

 そんな折だった。提督が声をかける。


 ――何が何でも達成してやるって意志が、足りなかった。正しくはその達成してやるって気持ちを燃やし続ける術を知らんのだ、おまえたちは。


 言葉に冷たいものはなかった。だけど、僕はその言葉が痛かった。自分には根性がないんだと、口先ばかりの奴なんだと、言われた気がした。

 涙がこぼれそうになった。こんなんじゃ、こんな様じゃあ、あいつの傍にはいられない。立つことなんてできない。


 そんな初月の内心を見透かしていたわけでは――ないのだろう。だが続く言葉には、確かな糧があった。


 ――今感じている『それ』だ。『それ』だって燃料になるんだぜ。


 今感じている思い――憤怒、悲哀、後悔、情けなさ、不甲斐なさ、無力感。


 ――そいつをもう二度と味わいたくないっていうのもまた、燃料だ。

 ――そして達成できたときに何を得られるのかを考えろ。


 僕は、達成できなかった。考えるより先に、達成できた人たちを見た。

 瑞鶴も照月姉さんも、まだ苦しそうだった。翔鶴も秋月姉さんも、まだハンドルにもたれかかったまま動かない。

 だけど、声が聞こえた。苦しげだけど、嬉しそうな声だった。


 ――これで、一航戦にまた近づけた。

 ――赤城さん、加賀さんの……一航戦の先輩たちの背中は、私たちが守るんです。

 ――これで、朧先輩に負けない。

 ――比叡さんも、霧島さんも、護り抜ける強さを、掴むまでは。

>>1のおかげでクロスバイクを買って自転車にハマって今日ピナレロの17年式GAN S アルテグラを新車で買ったわ

>>1本当にありがとう

>>544
おお、おめでとうございます! 私のSSの影響で買ってくれたと言われるとすごくうれしいです。こちらこそありがとう。
初のロードバイクでPINARELLO GAN S ULTEGRAとはお目が高い。レースもロングライドもイケちゃいますな。
世界中で高評価な東レのカーボンt700を使用、安心と信頼のスレッド式BB、そして所有欲を満たしバッチリ変速が決まるアルテグラ。
素晴らしい選択だと思います。
艦娘でGAN Sに乗せる予定の子がすでにいたりしますのでお楽しみに。


………
……


 同日同刻、同鎮守府の異なる場所においても、初月が願ったように、他の艦娘達も同じことを願った。

 ロードバイクで速くなりたい、と。

 弱い自分に負けたくない、と。

 強い自分ですら上回る自分になりたい、と。


吹雪「――ありますよ」


 こともなげに、深雪の姉……吹雪はそう言った。己の限界を超える方法は、確かにあるのだと。

 深雪は、その言葉を信じた。否応なく信じられた。

 何故ならば――誰あろう吹雪こそが、その限界を次々に越えてきた艦娘だからだ。

 それは深雪のみならず、彼女の経歴を知る誰もが認めるところだった。その軌跡は決して華やかではなかったかもしれない。だが、深雪は知っている。

 決して才能があるとは言えない吹雪は、人よりも多く失敗した。時に涙を流し、時に辛酸を舐めることもあったが、それでも一切腐ることなく、できることを探し、見つけ、挑み、失敗し、成功し、弛まずに歩み続けた。

 深雪はそれを知っている。恥ずかしくて本人に言うことはできなかったけれど、いつだって尊敬している姉だった。


 吹雪は変わらない。自らを衒うことなく、極端に卑下することもなかった。ありのままの自然体で、いつだって一生懸命だった。

 それでも雪風や島風すら上回る駆逐艦最多の出撃数、誰よりも多くの海を越えてきた経験は、確かな自負となって吹雪の中で根付いている。確かな背骨が、真っ直ぐに彼女を立たせている。

 その吹雪が言うのだ。同情でもおためごかしでもない。深雪の瞳を真っ直ぐに見つめる瞳には、真実だけがあった。


吹雪「耐久力や強さ、そしてスピード……あらゆるものには物理的な限界というものがあるよね。それは人間でも、もちろん私たち艦娘にもそれはある。

   だけどね、深雪ちゃん――『自分の事を自分以上に知ってる人』がいないと思うのは大間違いだよ?

   案外、自分で思ってるよりもずっとずっと高い能力があるもの。当の本人が気づいていないだけで、深雪ちゃんもそうだよ」

深雪「……根性論、か?」

吹雪「うーん、それがないわけじゃあないんだけど……それを言っちゃうと、ホラ」 


 吹雪は苦笑いしながら深雪の背後を指さした。釣られるように深雪が振り返ると、果たしてそこには根性なんて欠片もなさそうなのがいた。

 初雪だ。初雪は先ほどのタバタ・プロトコルで見事に結果を出していた。単純な出力だけならば、吹雪型でも最高の結果を叩き出していた。

 そんな初雪はゲームをしている。据え置きハードでの格闘ゲームだ。対戦相手は叢雲であるが、その優劣は一目瞭然である。


初雪「なぁにその甘えた攻撃……本気出していいのよ叢雲?」

叢雲「ア、アンタ、この叢雲様を煽って……!?」


 淡々と処理を行うように淀みなくスティックとボタンを操作する初雪に対し、叢雲の表情は必死であった。

 程なくして、叢雲の本日初めてとなる「きぃいいいいい」という叫び声が上がった。勝敗は、もう見るまでもなかった。


初雪「ハチュユキィ、ウィン」

叢雲「く、き、ぎぎぎ……も、もう一度よ! もう一度勝負!」

初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらTVゲーム――鳳翔や磯波が言うところのぴこぴこ―――に興じる彼女たちは、とても楽しそうであった。

 ひとしきりその様子を眺めた後、深雪は吹雪へ向き直った。

 苦虫をかみつぶしたような顔だった。別に勝負していたわけではないが、深雪は思った。

 ――あたしはあんなのにすら劣るのか、と。


吹雪「深雪ちゃんがさっき言ってた根性論……初雪ちゃんにあると思う?」

深雪「ハハッ、ナイスジョーク」

吹雪「あるよ」

深雪「あるのかよ!!」


 猛烈にツッコミを入れる深雪に、助け船を入れるのは白雪だった。


白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

   正しくは『健全な精神は健全な身体に宿れかし』です。

   意味するところは『健全な精神は健全な体に宿るべきなのになあ』という願望というか、そうあれかし、そうあるべきという意味なんですよ」

叢雲「デキムス・ユニウス・ユウェナリスだったかしら? パンとサーカスで有名な?」

白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


 二度目の「きぃいいいいいい!」が響いた。


白雪「……誤用された原因は大体、世界大戦で主要各国が上げたスローガンのせいですが、まあそれは置いておくとして――」

深雪「あたしは……鍛え方、足りねえのか?」

白雪「う、うーん、そっちのネガティブ思考になっちゃいますか、深雪ちゃんは」

叢雲「鍛えは足りてるけれど、単に頭が悪いのよアンタの場合」


 いつの間にか叢雲が深雪の横に仏頂面で立っていた。振り返った先では、初雪がうつぶせのまま倒れ伏していた。恐らく槍女に槍されたのだろう。ぴくりとも動かなかった。

※助け船入れるってなんだよ脳味噌邪神かよ

 助け船を出すだよね。出す方が邪神っぽい気がしてきた。ので今日はここまで。


それにしても秋月姉妹や鶴姉妹が
身体中から色々なもの排出しつつゼエゼエしている空間に出くわしたら
絶対正気や理性失う自信あるわ

※先日の投下で誤字脱字誤記多すぎて死にたくなったので投下し直していいですかダメっすかそうすか

>>548
×:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける理由はかけらもないし……」
○:初雪「頭まで槍女と化した叢雲に初雪が負ける要素はかけらもないし……」

>>549
×:白雪「健全な精神は健全な身体に宿る、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。
○:白雪「健全な精神は健全な身体に宿れかし、という言葉がありますね。そう、誤用されまくっているあの言葉です。

×:白雪「この白雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」
○:初雪「この初雪と格ゲーしながら会話するとか余裕ぶっこいてますねその余裕を撃たせていただくし……!!」


今日は頑張って投下しよう。

>>551
その反応はきっと健康的な男子としては健全ですが、きっと>>551が望む描写はどっかの邪神に満たされたSSの方にあると思うんだ


 そして深雪も動けなくなった。膝をついて五体投地だ。いつもの深雪ならば馬鹿呼ばわりされた怒りで叢雲に噛みついているところだったが、タバタを達成できなかったのが殊の外堪えていたらしい。


吹雪「叢雲ちゃん、言い方」

叢雲「何よ。本当の事じゃない? できるはずのないことをやろうとして、当たり前のように達成できなくて、当たり前の事なのに落ち込む。馬鹿以外のなんだっていうの?」

深雪「た、達成できないのが当たり前なんてわけねえだろ?」

叢雲「――いいえ、少なくとも今のアンタには達成不可能よ。さっき白雪が言ったのとは別に、原因はいくつかあるけれど……まずアンタ、司令官の言うことを鵜呑みにして、馬鹿正直に全力でやりすぎたんだもの」

深雪「………どゆこと? だって全力でやらなきゃ意味がねえトレーニングだろ? そんぐらいあたしだって知ってる……やったことだって、ある」


 深雪とて最古参の一人だ。大戦時から提督が指導するトレーニングの中にはタバタ・プロトコルはもちろん、様々なHIIT(High Intensity Interval Training)が含まれていた。

 そのやり方は提督から艦隊旗艦たちへと伝えられており、軽巡たちも非常にこのトレーニングを好んでいたし、深雪たちが所属する三水戦――川内もまた頻繁に訓練へ取り入れていた。

 名取率いる五水戦――皐月が所属する水雷戦隊もそうだ。神通らが率いる二水戦――朝潮もまた、それを好んだ。だが三者ともに、自転車では失敗した。

 深雪も、皐月も、朝潮も、それらを全て達成してきた。だからこそ、今回の失敗はショックだったのだ。


叢雲「自転車でタバタやるのは今回が初めてだったでしょ?」

深雪「そりゃそうだけどよ。結局のところやることは同じだろ!? 全力で20秒間体を動かして、10秒休む! あたしはちゃんとやったぞ? やって、やったけど…………8本目のラストで、全力出せなくなっちまった、けど」


 言葉を紡ぐごとに、深雪の気勢が萎れていく。その一方で、叢雲は頭痛を抑え込むようにこめかみを揉んだ――呆れたのだ。深雪が自信なさげに言ったことの、あまりの凄さにである。


 なのに当の深雪が、どれだけ凄まじいことをしているのか、気づいていないのだ。

 吹雪もまた気付いていた。白雪も。そして初雪もだ。磯波は深雪と同じグループ枠でタバタ・プロトコルに参加していたため、おそらく気付いていなかっただろう。


叢雲「だからアンタは馬鹿なのよ。いえ、司令官の言葉を借りれば『いい子』なのよ」

深雪「いい子じゃ、駄目だって……だ、だけど」

叢雲「そう。司令官がトレーニング後に言ってたでしょ――『いい子』のままじゃあ、勝てないって」


 深雪は目に見えて落ち込んだ。意味が分からなかった。分かったことは一つだけだ。司令官が言うなら、きっと自分はいい子なのだろう、と。だけどそれじゃ勝てないという。

 ならば悪い子になろうと思う。だけどその方法が分からない。自分がどうしていい子と呼ばれてしまったか、その原因が分からないからだ。手を抜く、というのはきっと違うと思う。それじゃあトレーニングは、本当に達成できなくなってしまうからだ。


初雪「呆れた――じゃあぶっちゃけ初雪がもう答えの一つを教えてあげるんだけど……」


 ピクリとも動かなかった槍女に槍された被害者・初雪がむっくりと起き上がり、深雪にダウナーな雰囲気のままに告げる。


初雪「あのさ、深雪。朝潮も皐月もそうだったけどさ……タバタやってたときはひたすらに『踏む』ペダリングしか、してなかったじゃん?」

深雪「…………え? 駄目なのかあれ?」

叢雲「この、馬鹿……できるわけないでしょ。むしろできるギリギリまでやってのけたアンタは凄いのよ、あんな馬鹿丸出しの手法で!」


 全力、と提督は言った。これが『いい子』にとっての罠なのだ。吹雪たちが推測するに、恐らくは提督が意図的に伏せた罠である。

 その全力とはその時折のセットで出せる全力の事を指しており、別にペダルの回し方、使っていい筋肉については指定していない。

 だが『己と戦うタイプ』の乗り手は、更に自分を追い込む。

 即ち使える筋肉すら特定して、自身を追い込んでいくのだ。

 朝潮も、皐月も、深雪も、見事にその罠に嵌ったのだ。だがもし分かっていたとしても、おそらく同様の結果になっただろう。

 この三人には、ロードバイクにおいて共通する欠点がある。

 ――――ペダリングが凄まじく下手という点だ。三名共に、ペダリング時に重要となる引き足を活用できていない。

 ペダルをひたすらに踏み続ける。クランクを引き上げる際にも力を籠め続け、あっという間に呼吸は乱れ体力は目減りし、ライディングポジションも崩れ、生簀で餌をねだる鯉の如くに口をパクパクし始めるのだ。

 正しい姿勢で正しいペダリングが出来ないというのは、それだけで余計な体力を消耗する要因となる。


吹雪(まあ、だからこそ本当の意味で全力すぎて、正しい意味ではタバタ・プロトコルを行えているんだけれど……それをどうにかしないと、ロードバイクで速くなるという目的には届かないよ)


 吹雪はそれをあえて口にしなかった。言わない方が深雪の成長につながるという確信があったのだ。

 吹雪自身もペダリングは上手くない。むしろ下手な部類に入る。

 だからこそ、吹雪は工夫する。亀の歩みであっても、己の成長を諦めることはしない。

 クランクのひと回しひと回しを丁寧に。新雪の野を征くがごとく、己の両脚に、そして足のみならず、自らの肉体の動きに集中して、その反復動作を馴染ませる。


吹雪「それにね、深雪ちゃん。深雪ちゃん、レストの時にちゃんと休めてた?」

深雪「や、休めてたよ。ちゃんと、次の20秒間で走れるように、必死こいて息を整えてたさ」

吹雪「その時に考えてたことを当てようか? 『はやく呼吸を整えなきゃ』とか『こんなに苦しいのに次の20秒間を走り切れるんだろうか』とか、焦ったり不安に思ってた。そんなところじゃない?」

深雪「…………!」


 驚きのあまり言葉が出てこない様子で、深雪は硬直した。まさにその通りだったからだ。


吹雪「それは休めてないよ、深雪ちゃん」

深雪「吹雪は、違う……のか? そんな不安は、なかったの、か?」

吹雪「私がレストの時に考えていたのは、少し違うかな。私はただひたすらに体を楽にできるように姿勢を整えたり、今自分の身体でどこが一番疲弊しているのか探ったり、次のセットではこうやって足を回そうとかイメージしながら、正しいペースで息を吸って吐いて――ただひたすらに回復することに『集中』してたの」

深雪「そ、それ、あたしのと、なんか違うのか?」

初雪「そりゃあ違うよ」

白雪「全然違います」

叢雲「そういうのはオタついてるって言うのよ」

深雪「おめーらあたしにセメントだな!? つーか磯波よぅ!? さっきから黙ってねえで深雪様を助けてくれよ!? 弾幕薄いよ!? 何やってんの!?」

磯波「ごめんなさい。今、浦波ちゃんのマッサージで忙しいから、深雪ちゃんはまた後で……」


 うつぶせにマットに倒れ、息も絶え絶えに喘ぐ浦波と、その浦波の身体を跨ぎ、四肢を献身的に揉み解す磯波に、流石の深雪も押し黙るほかなかった。

 浦波はタバタ・プロトコルが終わった瞬間に、支えを失った丸太のように横倒れとなった。

 横で監督役としてついていた軽巡が受け止めたため大事なかったが、それが深雪の劣等感をますます煽ったのは言うまでもない。

 深雪も本当は気付いていた。吹雪が前述したとおりだ。

 「今のあたしには、決定的に集中力が欠けている」と。


 ――集中するということ。

 ――精神と肉体は、密接に影響を及ぼし合っているということ。


 先ほど白雪が言いかけた、そして言いたかったことの真意はそこにある。

 そして初雪もだ。深雪がタバタ・プロトコルに失敗した答え―――その「『一つ』を教えてあげる」と前述したのはそこだ。

 肉体と精神のバランス。

 心ばかりが先行していては、肉体はついてこない。逆も然りなのだ。精神が肉体の在り方を正しく認識し、それに応じて肉体を動かさねばならない。それこそが健全な精神と健全な肉体の理想的な在り方なのだ。

 深雪が失敗した原因は、ペダリングだけに非ず。

 何に集中すべきなのかを見定める判断力。そしてその集中をどうやって持ってくるか。どうやったらそれをより強く深く、そして長く維持できるのか。

 目的を定め、その目標を達成するための手段として、自身が何をどうすべきかを選択し、それに没頭する力。それが集中力だ。


 即ち、己の心の火を―――提督が言うところの『燃料』を―――モチベーションを向上・維持するための引き出しが、深雪には足りていない。それが最大の要因と言っても過言ではなかった。


吹雪「集中力を鍛えるということ、高めた集中力を維持できるということ、それは己のパフォーマンスを引き出すことに繋がります。本番で緊張して実力が発揮できないなんてことはよく聞くでしょう? というか、体験がある筈です」


 吹雪の丁寧な説明を受け、深雪は頷いた。覚えがある。今でも覚えていることだった。

 深雪がまだ鎮守府に着任して、さほど時間が経っていない頃の時だ。

 今の新人たちは、しっかりと座学や訓練で実力の下地を作ってから実戦投入――表向きは平和なためあくまでも遠征や資材調達の体ではあるが――されている。

 深雪たちの時は、それはなかった。必要最低限な情報を与えられ、軽巡に率いられ、海に飛び出し、敵と戦う。それほどまでに情勢は悪化の一途を辿っていた。沖ノ島を突破するまでの一ヶ月間の内に着任した艦娘達は、皆そんなものだった。

 初陣となる深雪はその日、まるで緊張はしていなかった。むしろ浮かれていた。生前は果たせなかった実戦だ。意気軒高で海へと飛び出した。

 だけど、そんな気分は続かなかった。海に出てしばらくして、同伴の艦娘達の様子がおかしくなった。深雪と同様、今回が初陣となる駆逐艦たちだ。

 単縦陣が――陣形が乱れだす。それに檄を飛ばそうと口を開いて、深雪は声が出ないことに気付いた。喉がカラカラだった。

 持たされた水筒で水分を補給しようとした。だけど、どうにもうまく蓋が開かないのだ。

 深雪が、自分の指先が震えていることに気付いたのは、その時だった。

 艦娘とは大雑把に言えば――人の血と肉と骨でできた身体に、艤装の補助が入った存在。ベースは艦なのか、それとも人なのか。いずれにせよ、艦艇だった頃には存在しなかった感触と心がそこにある。

 ――出来上がったばかりの心が叫ぶのだ。怖いと。死にたくないと。戦いに赴く前は、あんなにも戦いたかったのに。

 気づけば深雪は、他の随伴艦たちと同様に、カチカチと歯を鳴らせて、涙でにじむ視界のまま、朧げな航海をしていた。後悔しながらだ。


 とても戦える状態ではなかった。だが敵は待たず、確実に航海の先に待ち受けている。そして敵が迫って――――それでも深雪は、いま生きている。

 実戦とスポーツの違いが明確に存在するとすれば。軍人と一般人の違いを、あえて明文化するのならば。その答えの一端は、そこにある。

 記者会見で、試合前の選手が言う――『命懸けで戦う』と。同じく言う――『全力を尽くす』と。

 その言葉は、軍人はもちろん、艦娘の心には響かない。

 『お前ら、負けても死ぬわけではないだろう? その死はキャリアや選手としての寿命って意味だ』

 『私たちは違う――私たちは負けたら死ぬんだ。死ぬんだよ。本当に』

 蔑んでいたわけじゃない。ただ羨ましかった。そういうことができるのが平和なんだって、信じられた。取り戻さなきゃと思った。そのときはそう思ったが――その羨んだ存在に、今の深雪は届かない。

 初月もそうだったが、深雪もまたそうだった。大戦時は『海を平和にしたい、静かな海を取り戻したい』という一念があった。執念と言っていい。

 提督から発せられるその意思が、艦娘達にも伝播した。何が何でも己でそれを成し遂げて見せるという覚悟を感じたのだ。それが自らの力を高め、信じられないほどの力をひねり出した。


深雪「みんなは、何を燃料にしてんだ?」

吹雪「燃料……集中する時のモチベーションって事だよね? 私はもちろん、楽しむことかな」

深雪「なるほど」


 深雪はしっかりとメモした。――芋い、と。


白雪「より自分を高めたいって欲求ですね。乗り始めの頃はあちこち体が痛くなって、10kmも走ったところでお尻が痛くなっちゃったりしたけれど、だんだん走れるようになる、速くなってるって言う実感は嬉しいものです」

深雪「なるほどなるほど、あんがと」


 深雪はしっかりとメモした。――意識高い系、と。


初雪「達成感以外に何がある? ダルいしツラいことでもさ、できずに終わるのとできて終わるのじゃあ、その後の気持ちに違いが出てくるし……初雪はやればちゃんとできる子だって、ちゃんと証明したいし」

深雪「すげえ納得した」


 深雪はしっかりとメモした。――意外とストイック、と。


叢雲「私以外の速いヤツはどいつもこいつも脚攣ってしまえという気持ち」

深雪「前から思ってたけど、やっぱり叢雲ってヤベーやつだな」


 深雪はしっかりとメモした。――叢雲はヤベーやつ、と。


深雪「………天龍、は?」

初雪「天龍、好きだよね……深雪は」

白雪「お世話になった人だものね。深雪ちゃん、すごく懐いていましたし。川内さんが妬けちゃうなあなんて茶化すように言ってましたね」


叢雲「その天龍がどうやってるのか知りたいなら、明日トレーニングルームに行けばいいじゃない――――今日私たちがやったタバタ、明日は軽巡と重巡の方々がやるそうよ」


 ――軽巡。つまり、天龍も参加するということだ。


吹雪「深雪ちゃんの心の燃料が、「負けたくない」ってだけなら、いい勉強になると思う。見ているだけできっと、深雪ちゃんに伝わってくるものがある筈」

初雪「ん。初雪も川内さんがどうやってクリアするのか見てみたい」

白雪「私もです」

深雪「そっか……天龍が、走るのか」


 呟きながらも、深雪の意識はとても似てはいるが、別のところに集中していた。

 深雪の初陣の時。あの時、何があったのか、あまり覚えていなかった。必死に戦ったことは覚えている。駆逐艦一隻を撃破する戦果を上げて、意気軒昂に鎮守府に帰還したころまで、時間が飛んでいる。

 ――どうして、という言葉が頭にリフレインする。


深雪(あの時、この深雪様はどうして強くなりたいと思ったんだろう―――)


 その一端、あるいはすべてが、明日わかる。深雪がロードバイクで速くなりたいという目的を達成するための、燃料は何なのか。その燃料を燃やしつくすほどの火は何なのか。

 それが分かるのが、明日の軽巡洋艦・重巡洋艦が実施するタバタ・プロトコルで判明する。


………
……


 ――いい子のままじゃあ、勝てないんだよ。


 司令官に言われた言葉がぐるぐると頭の中で廻っている。

 朝潮は自分という存在が真っ白になっていくような、得も言えぬ虚脱感に包まれていた。

 皐月や深雪もまた悔しがり、落ち込んでいたのは何となく覚えていた。

 けれど、朝潮は分かっていた。呼吸を整え、体をほぐし、再びロードバイクにまたがっていても、鬱屈とした心地は晴れない。

 朝潮は分かっていた。


 ――司令官が仰ったあのお言葉は、きっと私にだ。

 ――私に『だけ』向けられていたんだと。


 朝潮の認識は、間違ってはいない。単なる被害妄想というわけではない。概ね間違ってはいない。

 実際のところ提督は、その言葉のほとんどを朝潮に向けて放っていた。

 だが――肝心な受け手である朝潮が、言葉の真意を勘違いしていた。あえて提督がそれを言わなかったこともある。朝潮本人が気づかねば意味がないと判断したのだろう。


 それに気付くことができたならば、朝潮は信じられないほどの成長を遂げると、期待を――否、確信していた。


朝潮(だって、朝潮は……私は、あの言葉を、昔も言われたことが、あった……司令官にも、そして――)


『そんな『いい子』は戦場では通用しませんよ』


 ――厳しい顔立ちで叱責する神通さん。そして。


『あんたさ……融通が利かなすぎだよ。『いい子』なのは結構だけど、それだけじゃ疲れない? あたしにはさ、なんかさ……あんたが酷く余裕のない奴に見えるよ』


 ――心配そうに朝潮に構ってきた、敷波にも。


朝潮(お三方とも、きっと清濁を併せて呑むことの重要さを、私に諭してくれていたのだと思う)


 正義のみを受け入れるのは狭量なのだと。悪徳を受け入れられる器を持たねばならないのだと。そう説かれていたのだと思う。

 朝潮は優秀な艦娘だ。座学においても、訓練においても、この鎮守府における水準以上の成績を残している。

 だが、演習や実戦で、まるで結果が振るわなかった時期があった。

朝潮ちゃん!


 ある演習の総評で、朝潮は名指しで神通にとがめられたことがある。

 二班に分かれた二水戦の模擬演習結果――もちろん朝潮は惨敗した。


神通『立ち回りが素直すぎます。基本に忠実で、教本通りであることは否定しません。

   実に素晴らしい――素晴らしく愚かです。教わったことをなぞるのみ。それをなぞることの難しさはあるでしょう。
 
   ですが朝潮。貴女にとってそれは『とても簡単』でしょう? 楽な方へ楽な方へという考えです』


 その言葉の意味が、言われた時には理解できなかった。

 だって、正しいことは正しい事じゃあないか――そう思った心を、言葉にして言い返せない自分が、とても惨めに思えた。

 神通の言葉の意味を正しく理解できたのは、しばらく経ってからのことだ。

 妹たちが、どんどん強くなっていった。

 座学でも、訓練でも、そして演習でも。

 朝潮は勝てない艦娘だと言われたこともあった。


朝潮(ああ、そうだ……私は、『何も考えていなかった』んだ。勉強して、砲撃や雷撃の訓練を頑張って……だけど、私には人の心が分からない)


 目標があっても、そこに至るまでの道筋はいつも一本道だった。それは明確に道が見えているという意味ではない。たった一つの事しかしていない、それ以外にやれることをしらないのだ。

神通=サンだって、根はそういう真面目一辺倒だろうに
潜った地獄の数の差か、ソレとも蕨の死が「扉を開けて」しまったのか


 ――北上さんとは、大違いだ。北上さんはいくつも枝分かれした岐路で、己の道を『それのみ』と選び取った。

 ――朝潮は、私は……自分がこうなりたいという願望はあっても、ただ我武者羅にやるばかりだった。

 ――それ以外に道はないのか、探そうともしなかった。何も考えていなかった。なりたい自分が、わからない。

 明確なヴィジョンがないのだ。かつて香取の授業で行われた『将来の自分』というテーマの作文で、朝潮は目指すべき目標だけは書けたが、自分がどうなりたいのかだけは、ついに書けなかった。

 言われたことをやる。言われたことをやり遂げる。言われたことだけは、教わったことだけは、できた。きっと誰よりもできたという自負がある。

 それでも、言われなかったことは? 教わらなかったことは? 初めて相対する物事に、どうやって取り組めばいい?

 失敗と敗北を繰り返した。それを経験していれば、未知は既知となる。だが再び新しいことに遭遇してしまえば、朝潮はあっけなく敗北した。

 そして今回もまた、朝潮は失敗した。

 だから、聞きに来たのだ――神通に。


神通「――貴女は常に気を張っています。常在戦場を問うのであれば素晴らしい事です。ですが日常生活においてのそれは、ただの注意力散漫です」


 朝潮は膝をついた。今日も神通の言葉は的確に朝潮の小さな腎臓を狙い打つキドニーブローである。流石だ、と朝潮の表情が苦悶に満ちる。


神通「対潜哨戒任務においては実に頼もしいの一言なのですが、そうして普段から集中力を常に垂れ流していると、いざという時にはからっぽで使えないでしょう?」


 朝潮は立ち上がった。今日も神通の言葉は下げてから上げてくる。長良型とは一味違うフォロー溢れた素晴らしい上司の鑑であった。長良型なら下げた後に奈落へ落としてくるという徹底的というか容赦のなさがある。流石だ、と朝潮は口元をへの字にして、再びむんと神通へ向き直る。

長良型の方が神通さんより辛口なのか意外だ

某所の即堕ち時空の朝潮ちゃんならここらへん上手くやりそう

この鎮守府の長良型で、落とすつもりで落とすのは五十鈴だけ
残りは落とす気は特に無いけどナチュラルに落とすねん


神通「ロードバイクは好きですか、朝潮」


 力強い声で肯定を返答し、こくこくと頷く。


神通「その気持ちを大事にしましょうね。大事にしながら乗り続けなさい。そして、嫌いになってしまったなら、降りてしまうのもいいでしょう」


 今度は返答できなかった。困惑がある。神通の言葉とはとても思えなかった。優しいという意味ではなく、厳しくないという意味だ。

 同じことのように思えるが、全く意味が異なる。これが訓練だとして、訓練をやめるなんて言い出した途端――もちろんそんな馬鹿は艦娘に居なかったので想像ではあるが、十中八九―――。

 ――死ぬでしょう。

 朝潮には確信があった。駆逐艦なら誰もがそう思うだろう。つまり確率としては100%ではない『十中八九』が付いていても、そう思った子が十割なので確実絶対に死ぬということだ。


神通「ふふ。不思議ですか? 私の言葉とは思えない、と?」


 朝潮は神通がエスパーだと思った。朝潮は顔に出るタイプなので、誰が見ても「ありゃそう思ってやがるな」と確信されてしまう。つまり朝潮の落ち度だ。


神通「貴女がこれからもずっとロードバイクの事が大好きならばいいでしょう。

   ですがレースでの結果を求めるというのなら、いくつかの覚悟が必要です。正しさだけではどうにもならないことを、楽しいだけではどうにもできないことを、乗り越える覚悟。

   そしてロードバイクの事が、嫌いになってしまう覚悟です」


 今度こそ朝潮は、ぽかんと口を開けて固まった。

 自ら望んでロードバイクに乗り、それを競わんとレースに参加する。そこまではわかる。だがそれでどうして嫌いになってしまうのか。


神通「分かりませんか、朝潮。それは次までの宿題としておきましょう。あまり時間はありませんよ。遅かれ早かれ、その答えは貴女のもとにやってくる」


 提督と違い、神通はあっさりと答えを教えてくれることは少ない。だがその言葉が脅しでないことと、朝潮の事を軽んじて言っているわけではないことは、長い付き合いもあって理解できた。

 神通がそう言うのならば、そうなのだろう。必死にならねばならないと、朝潮は強く心に刻んだ――その必死さこそが、彼女に残酷な答えを迎え入れさせることになるとも知らず。

 そのアドバイスをしっかりと心の中で反芻することに夢中で――――今の神通がどんな顔をしているのか、朝潮は気付けなかった。


神通(…………その素直さは美徳ですが、争いごとにおいては決して利点とはならない。気付きなさい、朝潮。

   ――海戦と、レースは、違う。今まで、敵は敵に過ぎなかった。だけど朝潮――レースで争うのは、味方なのですよ。

   やはり朝潮、貴女は……)


 そこまで考え、神通は首を横に振った。


神通(いいえ)


 まだ結論を出すには早いと、二水戦所属の可愛い部下を見定めるには、まだいくつかの段階を経なければならないと、そう自分を戒める。


神通「……いずれにせよ、私から言えることはあまり多くありません。だから――」


 神通は薄く笑みを浮かべ、それを見た朝潮の表情が凍った。戦いに赴く際の神通が、時折見せる表情と寸分たがわぬ笑みだった。


神通「明日実施されるタバタ・プロトコルで、私や……他の軽巡・重巡の方々をよく見ておきなさい。きっと――何か伝わるものがあるでしょう」


 奇しくも吹雪が深雪へと告げた言葉と同義であった。

 硬い唾を飲み込みながら、朝潮は敬礼した。今の時点でも、既に伝わるものがあった。

 ――神通さんの瞳には、確かな闘志があります。

 一体何を見据えての物なのか朝潮には窺い知れぬことだったが、確実に分かるものがある。

 ――越えたい、と思っている。

 自分に。誰かに。その意志で押し通らんとする覇気がある。

 歌が聞こえた。二水戦の歌。戦いの歌。意を貫く歌。


 ――通りませ、通りませ、ここは神通の路なれば。


……
………

※キリ良しとする。皐月? さっちゃんは殺月と書いてさつきと読めになっちゃうからね。(嘘です)

 次回は皐月視点にするか軽巡・重巡らのタバタにするかは少し考え中です。どっちの方が面白いかな。面白いと思った方にします。

>>564
 かわいい!

>>566
 真面目にも種類があります。極論を言えば、真面目さが目的になっちゃってるのがこの朝潮。朝潮、その先は地獄ゾ。
 ここの神通にとって真面目さは手段に過ぎない。神通、とっくの昔に地獄に在住してるゾ。
 神通さんは『いい子』です。提督によって『いい子』の仮面を付けられていますが、その留め金が誰あろう提督の手によって外されようとしている。外れる時にその時の回想シーン入ります。おっぞましいぞ。

>>568
>>570
 神通の辛口は入り口に過ぎず、結果的に相手の成長につなげられるようにフォローすることが多いので優しさに通じています。ご立派、旗艦の鑑。
 長良型の辛口はありのままそこに起こっている事実を指してセメント攻撃である。
 そしてセメント攻撃で落ち込んでるところに「落ち込んでたらまたダメな結果に終わっちゃうよ?」と事実だけど突き付けられると大激痛で救いはねえ物言いが待っている。
 「ピンチの自分はヒーローの自分で救うんだお前を救ってくれる都合のいいヒーローはこの世に提督ぐらいしかいねえ」というスパルタ形式。特に五十鈴。提督という保険があるのをわかってる分、とても容赦がない。

>>569
 あっちの節穴提督ならまだしも、ここの提督が見抜けない訳ないんだよなあ……。


………
……


 この世界に生まれ落ちた時の事を、今でも覚えている。

 聞こえたのは潮騒。鼻孔に広がるむせ返るほどに満ちるのは磯の香り。瞳に映るのは青く澄み渡った空と、どこまでも広がっていく水平線。

 それまでは漣一つ立たぬ鏡面の水面へ立っていたはずなのに、足元が酷く揺れていた。鏡面は既にその形を失い、波立った海面となっている。

 背後に誰かの気配を感じる。意のままに動く両足を――船首を返せば、見たことのないヒトガタがいる。本来ならば戸惑い、驚き、あるいは恐怖する場面だったのかもしれない。

 だけど、どうしようもないほどに彼女たちが『自分の仲間』だとわかった。

 初めて耳にする音、初めて嗅ぐ香り、初めて見た風景、初めて出会ったヒト。

 全てに奇妙な懐かしさを感じ、どこか温かいものを覚えた。

 奇妙というよりそれは異常なのだろうと知ったのは、彼女たちに迎え入れられて、自らが『艦娘』と呼ばれる存在であると、頭で理解した時の事だった。

 人は世に生まれ落ちた時、自らが何者なのか理解していることなどないという。周囲の環境を学習し、次第に自己を確立していくものだ。

 だけど、彼女にはすぐに自分の名前が分かった。そしてその役割も。何をするべく、この世に生まれたのかも。

 元大日本帝国海軍の艦艇。峯風型・神風型の流れを汲む最後の艦型。


 ――ボクは睦月型駆逐艦五番艦――『皐月』なんだと。


 だけど、今はもうそれが分からなくなっていた。戦うために生まれたはずだ。そのためだったのに、戦争は終わったという。

 終わったことを聞いて、皐月は当初こそ素直にそれを喜んだ。もう戦わなくていいんだと思えた。これからは楽しい日々が待っているんだと、無邪気にそう信じられた。

 その平和が見せかけの平和だと知ったのは、すぐのこと。皐月はとてもしょんぼりした。

 鍛錬は続く。訓練は続く。密かに、戦争は続く。大人の事情というものらしいとは、皐月が所属する第五水雷戦隊旗艦・名取からの説明だ。

 皐月には難しくてよくわからない話だったが、日本が一人勝ちをしている状況や、深海棲艦によって皮肉にも人の悪行が制限されているという事実、そして戦後の艦娘達の扱い――それを考えた時、提督がブチ切れながら出した結論はこれが限りなく最善に近い次善なのだという。

 それでも皐月は納得した。よくわからないけれど、司令官がいいというならそれでいいのだ。カワイイのだ。だからよしなのである。

 何より――提督に貰ったロードバイクに乗るのは、すごく楽しかった。

 だけど、いつからだろう。どこか頭にチラつくものがあった。それがはっきりとわかったのは、先刻のタバタ・プロトコルに挑んだ時の事。

 自らが生きる理由を。

 存在することの価値を。

 戦争するために生まれてきたはずの自分は、一体何をやっている? 

 冷めた自分が頭の中で自分に囁くのだ。

 『いい子では勝てない』と提督は――司令官は、そう言った。だけど、もしもそのことで思い悩む自分が『いい子』なのだとしたら。


 ――ボクは、悪い子になりたくない。


提督「――――で、皐月よ。そんなことを悩んじゃった君は真っ先に俺のところに飛んで来るんだな。さてはおまえ俺の事が好きすぎだろ? 今日も最強にカワイイやつだなおまえは」

皐月「いっ……な、なんで司令官はいきなり茶化すかなあ!? ボク、大真面目に言ってるんだよ!? 可愛くないなあ!!」

提督「おまかわ。そんな怒るな。そしてあんま詰め寄るな。それ以上近づかれると不可抗力とはいえ、皐月のカワイイスカートのカワイイ中身が見えちまうぞ」

皐月「ッ、司令官のえっち!! セクハラだぁ!!」


 ムキー、とスカートを押さえながら顔を真っ赤にしてぷんぷん怒る皐月のやや下方から、からからと笑い声が響く。むしろ未然に防いでるあたり超健全だろうがと、欠片も悪びれない男だった。

 人気のなくなったトレーニングルーム内、トレーニングマットが敷かれた区画内で、提督は逆立ちしていた。

 提督が前述した言葉通り、皐月はタバタ・プロトコルを終えて解散となった後、ルーム内に人気がなくなったのを見計らって司令官と話をすべく突撃した。

 どうして逆立ちしているのかを問いただせば、『軍人としてのトレーニング』だという。成程、体力の向上や維持に努めるのは軍人として正しい在り方だろう。皐月はそれを咎めるほど狭量ではないし、その権限もない。

 だが、皐月とて突っ込みたいところがいっぱいある。

 例えばその逆立ちが、一般的にイメージされるそれとは逸脱しすぎた代物だとか。

 片手倒立である。しかもマットに接地しているのは左手の指先だけだ。75kgはあるだろう提督の肉体――両脚先を綺麗に揃えて、天井から糸で釣られているのではないかと錯覚するほどの見事な倒立を成し遂げている。

 そんな状態で制止するならまだしも、あろうことか腕立て伏せをやっていた。皐月はこんなエグい倒立を見たことがなかった。メッチャキレッキレであった。よどみなく提督の身体は上下する。

 皐月は筋肉が好きである。ぶっちゃけ提督ほど素晴らしい筋肉の持ち主には、鎮守府広しトレーニングスタッフや憲兵多しといえど、同性ではお目にかかったことがない。女性では長良とか長門とか、同じ駆逐艦なら天霧や朧だ。ありゃあすごい。

 しかも提督は上半身裸で、余すところなく筋肉の躍動が皐月の視界に飛び込んでくる。プッシュアップ動作で身体が上下するたびに玉のような汗がデコボコとした肉体を滑り落ちていく様は、皐月には目の毒すぎた。


提督「それでどうするんだ? ああ、悪いが話は引き続きこのままの体勢で聞くぞ? コレも俺の仕事の内だからな。今日は加圧スーツ着てないから回数こなさにゃならん。なあに、あとたった50回だ」


 なお既に右手は実施済みだという。左手側では皐月が覚えている限り、既に50回を数えている。


皐月「司令官は一体何を目指してるんだい!? 最強かな!?」

提督「馬鹿言え、とっくの昔に世界最強の艦隊司令官だ。しかも現役。交流がてらの他鎮守府との演習で負けなし。実戦でもブッチギリでトップの戦果。違うか?」

皐月(フィジカルの話してんのになんか強引に話が変えられた気がするんだけど、本気で言ってるなあ! 事実だもんね!)


 提督の言葉には事実を背景とした凄みがあった。少しばかり話がねじ曲がったとしても、そこに確かな実績や肩書、立場というものが付随すると妙に説得力のある言葉に聞こえてくる。これも一つの力である。


提督「……さて、話の続きだ。君の言いたいことはわかった。そのうえで問うが、皐月はどうしたい?」

皐月「ど、どうしたいって……」

提督「よし、聞き方を変えよう。皐月はどうなりたい? 少しずつでいいから、自分の中にある望みを口に出してみろ。その望みを叶える過程や、立ちはだかるであろう障害は無視していい」

皐月「無視していいって……でも、それが一番大事なんじゃ……」

提督「忘れたか、皐月。かつて俺は教えたはずだな? 夢はデカく持てって」

皐月「あの、ボク……そういう不安があって、どうにも集中できないって話をしてたと思うんだけど」

提督「ああ、そうだな。その話からブレてねーぞ」


皐月「えっ」

提督「集中力を発揮するために必要な要素はいくつかある。その中の一つが『喜び』や『楽しみ』と言ったプラスの感情だ……っと、ぷはー、これで終わりだ」


 エグいプッシュアップを終え、器用に体を折り曲げて両脚でマットの上に立つ提督。いい汗かいたと言わんばかりに微笑む姿に、皐月はドギマギした。

 先ほどまでは鬼が宿ってそうな提督の背中を見て会話していたのが、急に提督の胸元が視界に飛び込んでくればキョドりもする。

 司令官は、皐月がかつて知っていた司令官とは違う。こうして対峙するとますます理解できた。

 着任当初から、皐月と比べて頭一つ分大きかった司令官は、既に頭二つ分以上身長で引き離されていた。

 かつては少年の域を出ない、どこか女性的ですらあった端正な顔立ちも変わった。綺麗な顔立ちは変わらないが、背丈が伸びてしっかりと筋肉が付き、匂い立つような男の風格を備え始めている。

 熱い吐息を腹式呼吸で整えながら、汗拭きタオルで首元を拭うさまも、その度に収縮と弛緩を交互に繰り返す筋肉の動きも、皐月の眼を惹き付けてやまなかった。


提督「夢中になれることって楽しいよな。終わってみるとあっという間に時間が過ぎていたような錯覚を覚えたことがあるだろう? 皐月が俺の胸をさっきからチラチラ見てるのもある意味では集中力が働いている結果だ」

皐月「ッ、ボ、ボボボボボクをいつ司令官のムネに大好きで夢中だって証拠だよ!?」

提督(初々しいなあ。この純朴さの一割ほどが木曾にもあって欲しかった)


 結果はあの進駐軍も真っ青な、風呂場への強制連行である。苦笑しながらタオルを首にかけ、マット横のベンチに腰掛ける。

 ちょいちょいと手招きすれば、真っ赤な顔をした皐月はしぶしぶながら提督の横にちょこんと腰かけた。


提督「矛盾しているように聞こえるかもしれんがな。苦しいことをやり遂げるために必要なものがまさにそれだ。楽しむということ。よく言うだろ?」


 ――『楽しいことは、苦にならない』。この言葉を聞いて皐月が思い出すのは、やはり天龍だった。皐月は第五水雷戦隊所属だったが、数えきれないほど天龍や龍田と共に出撃や輸送任務を行ったことがある。

 何のことはない。天龍の口癖がまさにそれだったのだ。そこまで考えたところで、ふと皐月は気づいた。その言葉の意味を、深く考えたことは今まであっただろうかと。


提督「文字通りそれよ。楽しさで苦しさを忘れちまおうかって手法だ。苦しさそのものを楽しめと言っているわけじゃあない。それは若葉だ」

皐月「若葉ちゃんへの熱い風評被害をやめよう!」

提督「根も葉もある時点で事実なんだよなあ。話ズレそうだから戻すけど、要は苦しさの中に、あるいはそれを乗り切った先にある楽しさを見出すことで、モチベーションも上がれば発揮できるパフォーマンスも上がる。一種の自己暗示だな」


 提督はいくつか例を挙げて説明を続けてくれた。

 純粋にフィットネスとしての側面で、これをやり切れば筋肉が増強するぞ、代謝が増えて痩せることができるぞ、とか。心肺機能が上がるぞ、強い強度でもっと長く走ることができるようになるぞ、とか。

 こんな苦しいことができる自分って凄いなという達成感。それは自信と誇りに繋がる、確かにプラスとなることだと。短期的な夢ならばそれでいいのだという。だがもっと大きなことを目指すのならば、


提督「レースで勝ちたいって思うなら、勝った自分を……『勝てる自分』をイメージしなきゃな」

皐月「ッ……」


 工夫が必要だという。


提督「それにな、皐月よ。前提からして少しズレてるぞ君は。集中できない理由があるのならそれを排除しちまえばいいだけの事だし、何より集中しよう集中しようと思って集中できないなら、集中へ至るためのアプローチを変えていかねばならない」

皐月「え? そ、それってどういう……?」

提督「まずは気が散る要素からな。コイツを消すぞ。これから集中しなきゃって時に、君が言った『こんなことをしてていいのか』っていう、ミョーな罪悪感にも似た疑問が湧くってところ。ブチ消すぞ。こいつは簡単だぜ。速攻で消し去ることができる――スライム相手に使うニフラムのようにな」

皐月「じょ、冗談だろう、司令官? そんな都合のいい呪文みたいな……」

提督「冗談なんかじゃない。本当に一言で済む」

皐月「ど、どうすればいいの?」

提督「よろしい、魔法の言葉を教えてやろう」


 もったいつけるように腕を組み、提督はカッと目を見開いて――言った。


提督「そんな疑問が浮かんで来たら、次からこう思え……あるいは叫べ!」

皐月「はい!」

提督「『全部司令官のせいだ。あの野郎……!!』だ!」

皐月「はい! ………は!? え!? ええ…………?」

提督「あるいはこうだ……『よし、司令官に相談して、そういう悩みは全部考えてもらおう!』だ!」


皐月「ボク……いい子じゃなきゃ絶対嫌ってわけじゃないけれど……そんな最低最悪な子にはなりたくないよ……」


 それは丸投げである、と皐月は思った。

 絶対にやってはいけないことだし、やりたくないことだとも思った。


提督「何がだ?」

皐月「だ、だって、そんな……ボク、そんな大事なこと、司令官に押し付けられない……」

提督「押し付けられてないぞ?」

皐月「え?」


 皐月は見上げるように首を傾けた。心底不思議と言わんばかりの表情をした提督は、ぽつりと零すように言う。


提督「今、ちゃんと俺に相談してくれたろ?」

皐月「――――」


 今度こそ皐月は、思考が止まった。微笑む提督が手を伸ばし、金色の髪の頭頂部を、ぽんぽんと叩くように撫ぜる。

 かっと皐月の胸の中に、熱がこもった。それはきっと、足りないと言われていた『燃料』だ。そこに火がつこうとしている。


提督「ごめんな、皐月。君は真面目で頑張り屋で、いつも明るい笑顔で俺を元気にしてくれる。だからきっと、甘えちまってたんだな――そんなに悩んでたなんて、気づかなかったのは俺の落ち度だ」


 その表情に嘘はなかった。皐月にはないとしか感じられなかったし、頭を撫でてくれる掌がとても温かくて優しかったから、司令官は本当にそう思っているんだと確信できた。


提督「相談してくれてありがとう。すぐに答えは出ないかもしれないけれど、考えような――俺と皐月で、一緒にだ。皆も巻き込んじまおうか?」

皐月「っ…………」

提督「ん」

皐月「う゛ん……」


 声が濁り、皐月の瞳にはまた涙が滲みそうになった。タバタ・プロトコルを失敗した時の悔しさとは違う、嬉しさに端を発する涙は、止められそうになかった。

 自分の頭に乗っている、節くれだった男の指から伝わる温かさが嬉しかった。この絶対的な安堵を与えてくれる掌が、皐月は好きだった。

 それでも、零れ落ちる寸前で、乱暴に袖で目元を拭った。今は泣くときじゃないと、そんな意地があった。


提督「よし、一個解決だ。じゃあ次な。集中したいって時だ。そもそも『集中しよう』とか、『集中しなきゃ駄目』とか思ってる時点で力みが入ってる。それはわかるよな?」

皐月「あっ、そ、そうか……前に座学で教わったっけ。ルーティンとか、ゾーンとか……集中に入る、技法」


 皐月もまた古参だ。そうした海戦で役立つ集中力の底上げや、それを発揮するための準備など、座学で一通り叩き込まれている。


提督「皐月。君は俺の事を信じているか?」

皐月「う、うん! もちろんだよ、司令官!」

提督「んじゃ、少し付き合え――ロードバイク乗るぞ。ローラー台でだ。ただし――」


 指を立てて、提督は言う。


提督「今度は負荷をかけず、ゆっくり乗る」

皐月「え? それって、トレーニングじゃ……」

提督「有酸素レベルだからな。俺の筋トレ後のサイクリングに付き合ってくれ。皐月は好きに回していいよ。ただし丁寧にな」

皐月「わ、わかった! ボク、ロードバイク取ってくるね!」


 ぱたぱたと忙しない様子でロードバイクを取りに行く皐月は、まだ気づいていない。

 これが提督からの教導なのだと。

 バイクを二揃え。一つは提督のピナレロ・ドグマF8。並ぶのは皐月のロードバイク。


提督「俺の言葉をイメージしながら走れ。勝つイメージのプロセスの一例を、おまえに刷り込ませる」

皐月「わ、わかった! いつでもこい!」


 皐月は自然と、目を閉じていた。体幹を意識し、両足の回転にのみ意識を費やす。

 ――思考にノイズが走る。こんなことをしてていいのだろうか。


皐月「し、司令官や皆と考える! 今はロードバイク!」

提督「お、いいぞ。その意気だ。次はこう考えろ」


 提督の言葉に耳を傾ける。これは簡単に集中できた。何を言ってくれるのだろう、何を教えてくれるのだろう、心の中にわくわくがいっぱいだ。


提督「まずは己のレベルを知れ。お前たちは今、ロードバイク乗りとしての練度は1だ。どいつもこいつも団栗の背比べよ」


 ――そうだ。みんな一緒なんだ。海戦の時とは違う。才能が有る無しは仕方ないことかもしれないけれど、始めた時期はそう変わらない。


提督「ロードバイクに勝つためのトレーニングは厳しい。今日のタバタ・プロコトルなんて序の口だ。アレを30分にわたって行うHIITだってある。

   それは想像するにも恐ろしくキツいだろう。勝利のためとはいえ、その前に凄まじい艱難を極め、乗り越えるために幾多の難渋を強いる」


 皐月の眉根が苦渋によって寄せられる。そんな苦しいトレーニングじゃ、とても達成できている自分をイメージできない。

 だけど、提督はどんどん言葉を紡ぐ。


提督「しょうがねえさ。最初はちっぽけなもんだ。振り返ってみてみれば、なんのこたあない。あんなちっぽけなもんに自分は苦戦してたのか――――後になればそう思うさ」


 ――それは皐月がもう強くなっていくことをイメージさせてくれる言葉。


提督「でもな、思い返すべきはそこではない。そこについてきたモノこそが、原動力になる」


 ――思い返すこと。即ち実績。司令官に褒められた。旗艦の名取さんに褒めてもらえた。MVPを取った時。つまり敵をやっつけた時だ。

 この時、皐月の中からは『今それをすべきなのに、どうしてここでロードバイクに乗っているのか』という疑問は想起されなかった。
 

提督「思い返してみろ。海の上でも、陸の上でもどこでもいい。クリアできなかった課題をクリアできたときの達成感を」


 倒せなかった敵を倒せた。演習で勝った。お料理ができるようになった。将棋で勝った。

 次は――ロードバイクで勝つ。


提督「その時、褒めてくれた友達はいたか? 仲間はいたか? 憧れた者でもいい。部下でも上司でもいい。あるだろう、そんな思い出が。無い子はいない筈だ」


 ――ロードレースでは、それはまだいない。だけど勝てばきっと褒めてくれる。

 ――睦月型の姉や妹たち。艦娘の友達。名取さん。そして、司令官。


提督「仲間たちと掴んだ勝利は、どんな気持ちだった?」


 あれは、あれは―――言葉にできなかった。あんなに嬉しくて、そのあまり疲れが完全にどこかへ消えていく心地だった。


提督「それを誇らしいと思えるなら、きっとそれはお前たちの中で黄金にも勝る宝だろうよ」


 ――そうだ、誇らしかった。ボクが頑張れば頑張るだけ、海は平和に近づいていくのが分かった。あんなに嬉しかったものはない。こんなにも頼もしい自信はない。


提督「悔しいこともあっただろう。辛いこともあっただろう。これからもある。今日かもしれない。明日かもしれない。だけど」


 ――ロードバイクにおける悔しい事、辛い事、それはわかる。練習だろう。毎日毎日乗り続ける。きっとしんどいものだろう。


提督「笑っていた時の記憶が多い方が、嬉しいよな。笑える記憶にしたいよな。だから今のうちにズルして備えちまおうぜ。レースやるって話は聞いただろう?」


 ――それでも、それに見合うものがあると信じて足を回す。


提督「お客さんもいっぱいくる。艦娘が陸上で、ロードバイクで走ったらどんなことになるのか――――好奇心で来る人もいる。応援に来てくれるファンだって来るぞ。知ってたか、おまえらには少なくないファンがいる」


 ――お客さん。外部の一般国民の人たちすら集めてのロードレース大会。


提督「友達だって来てくれる。他の鎮守府にも、いくつか招待状を出した」


 ――容易くイメージできた。知っている艦娘達が大勢来てくれる。


提督「苦しいレースになるだろうか。いやいや、自分が大きく逃げ切って、大勝ちしてしまうかも」


 ――ああ、きっとそれはとても苦しい。悔しい思いを味わうかもしれない。あるいはとても楽しい気分になれるのかもしれない。皆を出し抜いて逃げなんて、とてもワクワクしてしまう。観客のみんなが、誰もがボクを見ている。


提督「だけど、やっぱり苦しいよな。そんな時に、声をかけてくれる。見知らぬ女性が、男性かもしれない、おじいさんやおばあさん、子供かもしれない」


 ――見える。コースの両脇に設置された仕切り板の向こうで、観客が叫んでる。その名前が、ボクのだったら、ボクの名前を呼んでくれるなら。


提督「口を大きく開けて、言ってくれるんですよ――――皐月、がんばれ、がんばって……って」


 ――ふと、力が入った。すっかりタバタ・プロトコルで腑抜けた両脚が、どんどん回転数とトルクを上げていく。そうしたかったからだ。まるで苦しくないからだ。

 何よりも――楽しかった。


提督「海の上じゃ、仲間同士で掛け合っていた言葉だろ。通信越しだったこともある。直接かけられる時は、曳航する時される時だ。それが、かけられる」


 万雷の声が聞こえるのだ。島風と夕張がやり合った時の、数十倍もの言葉だ。


提督「嬉しい、だろうなあ。でももっと嬉しい声をかけてくれる――――ゴール前で」


 ――皐月のイメージは、像を結んだ。あっさりと想像できる。今自分が置かれている状況を正しい意味で幻覚し、その世界で――。


提督「そんな衆人環視の中で―――――この中の誰かがチャンピオンに……カンピオニッシモになる」

   チームレースじゃ、エースをゴール前へ送り出すアシストがいるだろう。その姿を見届けることができる位置にいるだろうか。いないのならば、歓声が答えを運んでくれるかもしれない」


 勝利する。駆逐艦・潜水艦で厄介なエースは限られている。その厄介な奴らのどんなちょっかいがあろうと、理想のボクはへっちゃらへーな飄々さで、彼女たちを出し抜く。そして――。


提督「接戦のスプリントか? 白熱のヒルクライムか? 怒涛の逃げ切り大勝利か? いやいや意外な結末に終わるかもしれない。己がその勝利を掴める時を、想え。ありったけの気持ちで想え――――」


 スプリントでも! ヒルクライムでも! 逃げ切りでも! ダウンヒルやアップダウンでだって!! ボクが勝つ! 勝ったら、それは――。
 

提督「勝った。勝ったぞ! 自分が! 自分のチームが! 勝った! 勝ったんだ!! ってな!」


 ――うれしい。うれしい! うれしい! こんなに、うれしいことはないと思えた!


提督「……目を開けろ、皐月」

皐月「……はぁ、はぁ、はぁっ、はぁっ」

提督「――できたじゃねえか、タバタ」

皐月「はぁ、はぁ……は? え、え? あ、あれ……?」


 自転車から降りようとビンディングペダルを外した途端、身体から力が抜けた。そのまま引力に従うまま、皐月の身体はゆっくりとマットレスに頭から吸い込まれていき――。

 ――提督の両腕で、抱きとめられる。


皐月「し、しれぇ、か……ぼ、ボク……?」

提督「その感覚を覚えておけ。お前は今、タバタ・プロトコルを実施した。あっという間だったろ?」


 提督の話術に従っていたら、自然とペダルを回す速度が速くなり、時にゆっくりと回し、再び激しく―――皐月が気付いていないだけで、それは20秒×10秒×8セットの、タバタ・プロトコルだった。

 それを皐月は今度こそ見事に――達成していた。もちろん出力はガタ落ちしていた。でも持てる全てを『出し尽くした』のだ。


提督「――それが、集中だ」


 皐月だけはこの日――掟破りの二度目のタバタ・プロトコルに挑み、それを見事に達成した。


提督「この世で最も得難く、そして心を躍らせるものの一つは、いつだって最高の勝利だ。堪らないだろ、今感じてる充足感は」

皐月「はぁっ、はぁっ、う、ぅん……そ、だ、ね、けほっ、けほ、これ、くせに、な、り……こほっ」

提督「ああ、まだ無理に喋んな。筋肉も疲弊してんだし、呼吸整ったらプロテイン飲め、ほら」

皐月「はぁっ、あ、ありが、と……はっ、はぁっ、ぐ、ごく……ッ!? げほっ、げっほ!!」

提督「呼吸整ったらって言っただろ? 落ち着け、皐月。ほら、口元拭くぞ。零れちまってる」

皐月「ご、ごめ、ん。で、でも、う、うれしくて、はぁ、ぜぇっ」


 心に満ちる炎。まだ燃料がそこにあった。

 尽きることなく燃え上がっている。

 心臓の音の高鳴りと同時に、熱く熱く全身に燃え広がりそうな気分だった。


皐月「司令官、ボ、ボク……悪い子、に、なっちゃ、った……?」

提督「――ハッ、何言ってやがる。皐月はいい子のままだ。いい子のままで――やってのけちまったな。凄いやつだぜ」

皐月「そ、そっか、あは、あははっ……ボク、嬉しい」


 ――ボクはきゅっと抱き留めてくれる司令官の首に抱き着いた。本当に嬉しかったのだ。

ロード提督(もはやロードバイク提督ですらなくLord提督)が規格外にストイック過ぎて、実家の老舗料亭に行ったらドーピングコンソメスープとか喰わされるんちゃうか疑惑ががが


正直、軽重問わず巡洋艦でタバタ失敗する面子はなかなか想像つかない
加古なんか失敗しそうだけど、初雪が達成してると途端にヤれそうに見えるから恐い
「典型的な『他人と競うタイプ』」の阿賀野はちょっと怪しいかもだが、むしろ長良への対抗意識を自覚したら捩じ伏せるくらいの馬力ありそう
那珂ちゃん・・・は無いな、此所の那珂ちゃんは那珂ちゃん=サンだから


 これが艦隊戦ならば、敵が深海棲艦ならば。

 何が何でも勝つという気概を持って、出来ることをやればよかった。

 勝利を目指せばいい。

 全ての艦娘に共通する勝利だ。目指す場所は同じで、辿り着く場所は一つだ。

 艦隊の勝利は全員の勝利。

 だが今回の勝利は、得られる枠がひとつっきりだ。


提督(我ながら度し難い。俺が長良に告げた言葉がそっくりそのまま俺を呪っている)


 『俺は、司令官だからな』

 ――提督は、誰も贔屓することができない。

 レースに出場するならば、もう全員が平等なのだ。海戦とは違う。最前線には最前線の、突撃部隊には突撃部隊への、支援艦隊には支援艦隊への、それに応じた指示を出せる。

 ――提督は、誰も助けることができない。

 艦娘達が日常を送る上での労働シフトも各々が異なる。即ち練習時間や、練習する相手の質や量にも差が出てくる。

 この合宿一つとってもそうだった。初日から七日間通しで参加できる艦娘もいれば、途中から参加する者もいる。隔日参加する者もいる。

 ――提督は、誰も平等に接することができない。


提督(皐月が俺に直接聞きに来たのは、まァ……セーフと言えるか。せめて多くの気づきの機会を与えてやりたい)


 艦娘が求めるならば、提督は己の持つ全てを授けるつもりでいる。

 新人も古参も区別なくだ。ロードバイクの基本的なテクニックから、レースでの戦略・戦術、ちょっとした戦法に至るまで、その何もかもを。

 ――提督に教わってなかったから負けた。

 そう謗られることを覚悟の上で。


提督「……」

皐月「……? 司令官?」


 思案に耽る様子に気付いたか、訝し気に腕の中で声を上げる皐月に、提督は「なんでもないよ」とかぶりを振った。

 皐月の呼吸が整ったことを確認して、彼女の身体をゆっくりと床に降ろす。


提督「――間を置かずに励め、皐月。レースする時には、カッコイイとこ見せてくれよな」

皐月「う、うん!! 了解だよ!」


 快活に笑って敬礼する彼女の金糸の髪を撫でつけながら、提督は微笑んだ。


 一方その頃、その日にタバタに参加していなかった艦娘達が何をしていたかと言えば――提督の指示のもと、鳳翔に率いられ、とある山岳にいた。

 クライマーやパンチャー脚質の艦娘や、アップダウンの対応力をつけたい子たち、そして一部問題を抱えてた艦娘――主に体重的な意味でだが全員がダイエット成功している――を連れて、彼女は近所の初心者向けの峠にいる。


大和「」

赤城「」

蒼龍「」

翔鶴「」

高雄「」

摩耶「」

鈴谷「」

羽黒「」

望月「」

初雪「」


 死屍累々の有様であった。

 誰もが『酸素を下さい』って顔で疲労困憊の極致にある。


 彼女たちはこそこそダイエット生活を送ることで、元通りのカタログスペックを取り戻した。へっこんだ腹部に喜ぶ彼女たち。


高雄『これで提督の前に出れますよ!』

摩耶『やったな姉貴!』

初雪(あっ)

望月(おい馬鹿やめろ)


 ――だがそれが逆に提督の逆鱗に触れた!

 そう、結局のところ太ったことがバレたのだ。自主的に申し出てくるならまだしもこっそりと己が怠惰だったことの事実を脂肪ごと消滅させようとしたことが提督の勘気に触れたのである。

 軍人のみならず艦娘とて体が資本。まして最古参から古参揃いだったことが提督の怒りを加速させた。それはそれ、これはこれである。

 怠惰に日常を過ごし、腹に慢心を抱え込んだ事実は消えることはない。

 かくして鳳翔に命じての特別トレーニングと相成った。

 なお阿賀野は翌日のタバタ参加予定のため、不参加だ。ホッと安心する阿賀野だったが提督がそんな逃げ道を赦すはずもなく、後日マンツーマン指導が待っている。


武蔵「…………」


 時間はおよそ2時間ほどさかのぼる――アップダウンの対応力を身に付けたい艦娘の一人――同伴する武蔵の顔色は極めて悪かった。


 はしゃいでいるのは中堅どころの艦娘ぐらいである。武蔵を始めとする古参や最古参の顔色は極めて悪い。まるで厳冬期に屋外で放置された腐れ芋の如しである。

 顔色が悪い理由、それはもちろん―――この先頭を曳く存在である。


鳳翔「もうすぐ提督指定の坂道に着きますよ」

龍驤「せやな」


 鳳翔と、龍驤――もう嫌な予感しかしなかった。ここで嫌な予感を覚えない奴は古参じゃない。もしくは長良とか鬼怒とか島風とかだ。

 なお軽空母は脚質問わず強制参加であった。瑞鳳は「ぴよぴよ」とひよこみたいに鳴いて現実逃避していたし、祥鳳は「このロードバイクジャージ、露出が多くて派手じゃないかしら」とトチ狂ったことをほざく有様。

 隼鷹はいつも通り「うひひ」とか「うへへ」とか呟いててとても隼鷹だったし、飛鷹もまたいつも通りしっかりと遺書をしたためてからトレーニングに参加するという念の入れよう。

 千歳と千代田は初夏の陽気で青々と高い空を眺めては「あの空にかかる虹の向こうでまた会いましょう」「うん、千歳お姉」とかやたら私的なことをのたまっている。虹はどこにもかかっていない。

 春日丸は「よいしょ、よいしょ」とペダルをこいでいる。まだ立ちごけが怖いのかビンディングではなくフラットペダルだ。一生懸命であった。

 かくして辿り着いた山岳――斜面の手前で停車した彼女たちは、一様にその坂を見上げ、絶望した。

 前日に現地で指示を出した提督曰く。


提督『――――この激坂(笑)を登って降ってを繰り返しだ。なあに――ほんの勾配12~15%をたったの800mだ』

鳳翔『なるほど』


 悪魔のような顔をした提督がいたという。


鳳翔「この坂を登って下さい。そうですね、7割から9割ほどの力です。ええっと、え、『えふてーぴー』換算です」

赤城(かたこと!)

加賀(相変わらず、なんとお可愛らしい方……! ですが仰る内容が鬼のそれ)


 ――FTPとは!

 Functional Threshold Powerの略称であり、ペダリングパワーの一つの指数である。

 その数値は「1時間維持できる限界出力」を示し、その数値はW(ワット)数で記される。

 これは絶対的な数値ではない。というのも数値が高いからといって一概に凄いと言えるものではないのだ。高いほど良いのは間違いないが、この数値は乗り手の体重によって大したものではないものに成り下がる。

 例えば体重50kgの乗り手が出す400w。

 例えば体重70kgの乗り手が出す550w。

 さて、凄いのはどちらか? それを測るにはwをkgで割ればいい。

 前者は8.0w/kg。後者は7.85w/kg。つまり1kg当たりの重量に対する出力比が高い前者の方が速く走れることになる。

 ピンと来ない方もいると思われるので補足しよう。


 FTPとは! 「意識がなくなる寸前くらいのギリッギリの限界パワー」で! 「1時間ペダルを回し続けた時」の! 平均パワーであるッ!!

 鳳翔さんはそれを7割から9割出せとの仰せだ。提督の指示とはいえこれはひどい。

 そして続く鳳翔のアナウンスを聞いた艦娘達の顔は一様に引き攣ることになる。


武蔵「ど、どれぐらい走ればいいのかな、鳳翔さん?」

鳳翔「そうですね。2時間程度でいいでしょう」

武蔵(死んだ)


 武蔵は遺書をしたためてこなかったことを酷く後悔した。


赤城(一航戦だって死にます)

加賀(死は免れません)


 赤城と加賀も、各々の微笑と鉄面皮が崩壊気味であった。


鳳翔「だ、大丈夫です。私も坂道はとても苦手ですが、がんばりますからね! それに今日は帰ったら腕を揮いますから――美味しいご飯がみんなを待っていますよ!」


 むんっ! と力こぶを作るポーズで微笑む鳳翔の姿がそこにあった。


加賀(だからこそ死ぬのです。終わったわね)


 ――鳳翔は、坂がめっぽう苦手であった。その鳳翔が死ぬほど頑張るのである。古参にとっては死の宣告に等しい。

 「鳳翔さんが頑張ってるのに、自分は頑張らないのか?」

 そう問いかけられているようなもので――できる訳がなかった。酷い人質作戦もあったものである。提督の思惑通りであった。

 頑張らないとかクソだと思った。そんな不届き千万な艦娘がいたら武蔵が手ずから海の藻屑にするだろう。否、武蔵が手を下すまでもなく、おそらくは――。


龍驤「なんや? なんか文句でもあるんか……おどれら……司令官の命令で指示出しとるウチと鳳翔に……つまり売っとるんか……司令官と、ウチに」


 付き合いの長い軽空母達は言わずもがな――その場にいる艦娘の誰もが、明らかに龍驤の雰囲気が変わったことに気付く。


龍鳳「い、いえいえ、滅相もありません。質問がありまして、よろしいでしょうか」

龍驤「さよか。ええでええで、龍鳳! なんでも聞いてええんやで~」


 コロコロと殺人鬼と美少女の顔を切り替える龍驤。

 鎮守府において鳳翔と並ぶ最古参であり。

 着任から現在に至るまで一貫して――最強の軽空母である。


龍鳳「こ、このトレーニングの名前と、その目的を教えていただきたく」

龍驤「おお、説明したるでー! 鳳翔が!」

鳳翔「はい! こほん、それではご清聴下さい……トレーニングの名前はえ、えすえふあーるトレーニングです!」

赤城・加賀(尊い)


 一航戦が香ばしくなっているが説明は続く。


鳳翔「激坂を重いギアの高負荷で登ることで、高いトルクで回す能力を獲得するのが目的の『一つ』――と、提督は仰っていました」


提督『このトレーニングにはもう一つ狙いがある。

   呼吸器や循環器系、そしてスポーツにおいてエネルギー供給の要となる身体の代謝と分解能力の改善だ。

   正しく行うことで効率的かつ滑らかなペダリングスキルを身に付け、有酸素運動能力強化に大いに効果がある』


 提督に受けた事前説明を思い出しながら鳳翔が語り終えると、再び質問が上がる。蒼龍だ。


蒼龍「ちゅ、注意点や、その―――制限などはありますか?」

龍驤「あるで」


赤城(あるんですかやっぱり)

加賀(あるのねやっぱり……)


龍驤「このトレーニングはいわば筋持久力トレーニング……低ケイデンスで重いギアを回すことが肝要や。故に速度の下限は問わん。

   ただし…………インナーローは禁止な♪ 最低でもミドル寄りで走れや」


※インナーロー:最も軽いギアの組み合わせ。フロントギアはアウター(重)・インナー(軽)、リアギアはトップ(重)・ロー(軽)で表記される。

 ミドル寄り:この場合「フロントをインナー、リアギアは11速の場合は4速から8速程度のギアを使用しろ」ということである。


瑞鳳「――ぴよ?」


 ――瑞鳳はクライマーである。そしてギア管理を走りの武器とするタイプだ。

 瑞鳳は、おそらくこの中で最も自転車の専門知識が薄い。だが、最もヒルクライムを知っている。坂道を登るのが大好きなのだ。彼女にとっては平地である。『なぜか自分以外が遅くなってしまう平地』なのだ。

 その彼女がインナーローを封じられる。


瑞鳳「……………ぴよ?」

 
 雛鳥を彷彿とさせる顔で硬直する瑞鳳であった。これがエンガノ沖で伝説を打ち建てた栄えある軽空母がしていい顔であろうか。


 だが誰もそれを嗤わなかった。地獄オブ地獄の訓練で名高い一航戦・二航戦でさえ顔色が悪い。

 そして悟る――――あ、これって自転車を動かす筋力の徹底的な底上げが狙いだ、と。鳳翔が言ったとおりであるが、これは特に非力な奴を狙い打ちにしている。まさに坂道での基礎能力を身に付けるのにもうってつけであろう。

 ぶっちゃけSFRトレーニングとはそういうものである。

 ケイデンス40~60程度でギリギリ回せるギアでひたすら坂を上り続けるという、想像するだけで地獄が垣間見える類の。

 なお提督は2時間を指定したが、これが完全に罠である。


提督『――2時間は無理だ。ケイデンス50~60ならいいとこ1時間。ケイデンス40~50程度だと、限界は40~45分程度だと見ておけ』

鳳翔『? ではなぜ2時間を指定して……――ああ、そういうことですね』

提督『1時間真面目にやればブッ倒れる。武蔵や赤城、加賀……それに飛龍あたりはそれでもやりかねないから君たちで止めろ。根性云々の話じゃなく、膝への負担も大きいから絶対にやめさせるんだ。

   だが他の奴が1時間経過してもまだ走れるようならば、それは――』

龍驤『――サボッてたと判断してええってことやな?』


 日常の練習にも地雷を設置することに勤しむ提督である。これだから地獄鎮守府と陰で言われるのだ。

 かくして説明の後にトレーニングが開始し、冒頭の死屍累々へと至ったのである。


 トレーニングが始まってすぐ、龍驤は思い出していた。


龍驤『なぁなぁキミぃ。これって前に教えてもらったタバタと何がちゃうん? 同じ全身フル稼働の筋トレちっくやん?』

提督『大いに違う。タバタプロトコルは短時間で限界のちょっと上まで『死ねよ』って勢いで急な追い込みかけることで心肺機能と筋力それぞれの上限値をアップさせるのが主な狙いだ。

   が、それを成すために試されるのは心根。

   なんせ本気で取り組んだら本当に死ぬ。こっちの方は少しばかり実戦志向が強めだ』

龍驤『? それって実走やからか? タバタは固定ローラーやもんね』

提督『まあそれもあるんだが、走ってるうちに、すぐ気づくよ……このトレーニングのコンセプトはな――『筋力を上げてトルクで走れ』だ』


 800m――――ロードバイクならばあっという間の距離だろう。全力で飛ばせば1分と掛からない。これが平地であれば。

 それが12%の坂道となれば話はまるで別物になる。


龍驤(た、たったの、800m……そのはず、そのはずや……いつもの、ウチなら、すいすいやぞ、こんなん……け、けど――――)


 ギア管理を制限されることがどれだけ恐ろしいか、それを龍驤は身をもって味わっていた。

 シンプルに『キツい』のだ。


蒼龍(お、重ッ……重ッ、重ぉぉおおおおぉい!!!? し、しかもこの坂、後半にかけて14%に、徐々に、傾斜が、ましてるぅ……!?)


 それは蒼龍もまた同じだ。空母内では低身長、だがやや重めの彼女は、2~5km/h程度の速度で、錆び付いた歯車のようにのろい動きで坂道を登っていく。


飛龍(すっごく、キツ……い! でも、その分、しっかりペダルを回せば、身に付く……高負荷での、回し方が……!)


 呼吸を乱しつつも、目的に沿ったスキルを身に付けんと意識を集中させるあたりが飛龍が飛龍たる所以である。逆境にあってこそその判断力、観察力が輝く艦娘であった。


加賀(ッ、もう、脚に来ましたか……呼吸も、乱れる。整えながら……速さは、いらないと、そう仰っていましたね。ならば、丁寧、にっ……)

赤城(エネルギーが、エネルギーが、枯渇していく……ほ、補給食を食べてもいいかと、事前に聞いておいて、良かった……)


 二人が取り出したるは間宮印の羊羹だ。もぐもぐして、クラスターデキストリンもたっぷり溶かしたBCAAドリンクもごくごくして、必死にペダルを回し続ける。

 1kgにも満たないボトルの重さすら今は恨めしいと思いながらも、適切な摂取量を心がける当たりは流石の一航戦であった。


武蔵(と、遠い……800mが……そ、それが……永久に思えるぐらい、遠い……と、遠ぉい……と、と……遠ォオオオオオオオオオオ!)

大和(死、死んじゃう、死んじゃうぅ……!!)


 大和・武蔵もびっくりの高負荷である。それでもギアを決して軽くしようとしないのは、連合艦隊旗艦を務めたものの意地か、戦艦としての誇りか、大和型としての自負か、或いはすべてか。

※このSSの欠点はわかってるんだ

 酷く個人的なことになるんだけど、書くと乗りたくなるのよ

 だから深夜帯に書くわけなんだけど、日中に疲れ果ててるとどうにもこうにもならん

 遅い投下で本当に申し訳ないですが、エタるつもりはないので気長に待って楽しんで下されば本望

 早くレースさせてあげたいなあ


初雪(なん、で……初雪、と……望月、だけ……? きょ、今日はもう、タバタ、やってる、のに……き、きつい……だらけてたから、司令官、怒ってるんだ……)

望月(太ったの、隠してた、から、か……ち、ちきしょお……)


 先ほどのタバタ・プロトコルを走り切った中で、この二人だけは更に強制参加だ。提督の名指しである。

 寝正月を過ごしたことを悔やむ二人であったが、実はそれは不正解である。どっちにしろ二人は参加させられていただろう。

 この両名に共通している点がある。ロードレースにおいて、それは島風や雪風が今は持っていない武器になりうるのだ。


提督『ああそうそう――鳳翔、龍驤。初雪と望月には目をかけてやってくれるか』

龍驤『はいよー…………ん? 聞き間違いか? 目を『付ける』、じゃなくて? 目を『かける』?』

提督『聞き間違いじゃあない。目を『かけて』やれ。むしろよく観察してみろ……あの二人に自覚はないだろうが、以前ヒルクライムに同行した時、かなり面白いことをやっていた。

   特に鳳翔はよく見ておくといい。君の抱えている課題の解決策が見つかるかもしれん。クライマーの龍驤にとっても十分に参考に値するほどのことをやっているぞ』

龍驤『ふーん……? ようわからんけど、了解や。バッチシ目をかけとくで!』

鳳翔『は、はい…………?(クライマーとしては、確か特型では磯波ちゃん、睦月型では菊月ちゃんが実力を備えつつあると聞いていましたが……初雪ちゃんと、望月ちゃんを?)』

提督『まァ、タバタ・プロトコル後だからな……膝壊されても困るし、長くても30分程度で上がらせてやってくれ』


 提督の言葉通りだ。二人はまだ自覚していないだろうが、初雪と望月の両名は『休むことが上手い』のだ。


 サボリ癖が……ないという意味ではないが、そうではない。

 力を最小限にとどめるための運動効率――即ち『課題の条件を満たしつつ手を抜く余地があれば必ずそこを見つけ出してサボる』――そんな能力が高いのだ。


鳳翔(…………!? これ、は)

龍驤(なんや、こいつら)


 鳳翔と龍驤は二人の後ろに位置取りし、その動きを観察していた。

 否、それはもはや観察というより――。


鳳翔(こ、これは……休んで、いる? この二人……!! 提示した条件を、きちんと満たしたまま! 休めている!? で、出来るのですか、こんな……?)

龍驤(…………う、巧い。何が上手いって――何もかも巧い)


 ――魅入っていた。

 坂道では、己の脚に嘘を付けない。かつて前述したとおりだ。常に己の体重とロードバイク自体の重量が重くのしかかる。鳳翔も龍驤もそれを知っている。まさに味わっている。

 だがそこで消耗する体力を温存する走り方というものはある。あるのだ。それを実践している者達が、目の前にいる。

 それをそうとは知らず実践している――初雪と望月。ひたすらに無駄を省く――即ち『疲れたくない』という欲求からだ。


鳳翔(提督のペダリングとは違う。純粋なペダリングとしてならば、提督や赤城さん、加賀さん、神通ちゃんに比べればまだ粗がある。

   けれど……下死点における足の脱力を、ダンシング時もシッティング時も完璧に成し遂げています……二人ともが! これに限れば、神通ちゃんを超えているかも……?)

龍驤(つーかライン取りがメチャウマやなおどれら?! よぉ路面を見とるわ……路面のクラックはもちろん、アスファルトの僅かなギャップまで……きっちり躱しとる!?

   それでいて登坂のラインは最短、或いは最も傾斜が楽な場所を選んで……!? 上体を起こして、姿勢も斜面に合わせて変えとる……!)


 環境を認識し、最善を選ぶ――それは雪風の持つ『眼』と同じであったが、発想が違う。使い方が異なるのだ。そして最善に対する認識も違う。

 より速く己を頂上へ連れていくためにではなく、いかにして疲れないように最大を発揮するか。

 似ているようで違う。雪風のそれは残った体力・気力を全て使い潰すためだ。だが初雪と望月はそうではない。坂を登り切った後にまだ続いているコースを見据えているような走り方だった。

 山岳をゴールとするヒルクライムレースならば、雪風の走り方は正しい。

 だが、あくまでも山岳賞が狙いではない、その先にあるポイント賞や優勝を狙っていくレースであれば――。


鳳翔(この二人――化けますね)

龍驤(こんな走り方が、あったんか……!)


 二人は勘違いしていたが、まさに提督の言葉通り、鳳翔と龍驤は初雪と望月から学んでいた。

 何せこの二人は、今もなおサボろうとしている。


初雪(うう、駄目だ。力任せで踏むと、つ、疲れる……踏み抜いちゃ、駄目だねこれ……クランクが0時~3時のところできっちり力入れて、後はもうぷらーんとさせよう……こっちの方が、疲れない)

望月(うへぇ……足がプルプルしてきたぁ……サドルやハンドルに持たれちゃダメだこりゃ……足の使い方変えよ……上体起こそう……すーはーはー、すーはーはぁーーーーー……あー、少し整ったぞぅ)


 弟子に教わる、とは少し異なるが、鳳翔と龍驤は瞠目した。

 鳳翔はただ耐え忍ぶようにペダルを回し続けるだけだった。

 龍驤は本来の適正ギアに変えられないことに歯がゆい思いをしながら、同じく回していただけだった。


鳳翔(初雪ちゃんも、望月ちゃんも……今、まさに成長しようとしている……! タバタで消耗した二人を参加させると聞いたときはどうかと思いましたが、これが狙いだったのですね。

   そして私への提督の狙いも……二人のこれを見せるため! 私は、坂道が苦手です。こいでも回しても速度が出ない、耐え忍ぶだけの競技だと……こんな走り方があったのですか。

   この二人は、『疲れずにペダルを回す動作』を、知らず習得している……!! 私に足りないものを持っています……!!)

龍驤(やるやないか、この二人……サボリ常習犯の悪ガキどもとしか見とらんかったが……悔しいけど、見習わせてもらう! そんで盗ませてもらうで、そのスキル!!)


 二人の目に火が灯った。その視線を感じ取った初雪と望月は――げんなりとした。


初雪(う、うー……龍驤さんが、見てる……なんですか、初雪、サボりませんよ……? 信用無いのかな……司令官、初雪に、がっかりしちゃったのかな……帰ったら、ちゃんとごめんなさいしよう……許して、くれる、よね……?)

望月(な、なんだよぉ鳳翔さん……ちゃんとケイデンスも維持してるし、ギアだってミドル寄りでやってるじゃんかぁ……ただでさえしんどいのに、プレッシャーまでとか……ホントに司令官、怒ってんだな……嫌われたら、泣きそう)


 なお帰った後に提督に謝ったところ、纏めてぎゅうと抱き締められて幸せいっぱいな顔する二人である。

 だが――提督にとって想定外だったのは。


武蔵(――成程、ああいう走り方が)

大和(取り入れましょう。艦種は違えど、序列も違えど―――彼女たちは私たちの、先輩なのですから)

赤城(加賀さん……あの子たちにできて、私たちにできないことはあってはいけません)

加賀(もちろんです、赤城さん――二航戦は無論、五航戦たちも日に日に練度を上げている……強くなるための糧は、全て喰らいつくしていきましょう)

蒼龍(あー、うん、なるほど…………なんだ、意外と簡単。最初からこうすれば良かったんだね……といってもキツいものはキツいけど、大分マシだ)

飛龍(ッ、私が辿り着いたやり方と、ほぼ同じ……!? いえ、二人の方が上手い……!?)

翔鶴(提示された条件の中で、やれることを探す……私は探していたでしょうか、あの二人のように――――今からでも、遅くはないわよね)


 意識の変化だった。


瑞鳳(そ、そっか……ペダリング改善が、目的なら……試さなきゃ、ね)

祥鳳(ええ、やりましょう……良き技術、素晴らしいやり方は、どんどん取り入れて糧とする――それが私たちの鎮守府の力。私たちの絆なんですから)

飛鷹(ふ、う……どうやら、あの二人のマネすれば、遺書は無駄になってくれるかもね……)

       モン
隼鷹(いい技術もってんじゃねえのおチビども――あたしに寄越しな、ソレ)

高雄(馬鹿め、と言って差し上げますわ……今の私に。そしてそれでいいのよ、と言って差し上げます――これからの私に!)

摩耶(ガキどもより、頭漬かってねえのか私は……ああクソ、クソが! 頭来るぜ! 頭来るけど――あとで褒めてやるよ、初雪ェ! 望月ィ!!)

鈴谷(マジあり得ないし……この鈴谷が、あんなちびっこたちに教わるとか……頭切り替えてかないとダメだねこれは)

羽黒(すごい、すごい……二人とも、戦艦や空母の方々が出来なかったこと、出来てる……!! わ、私だって、やってみせます!)

千代田(あ、あー……なるほど、そういう。それじゃあ――いただきね!!)

千歳(凄いじゃない、あの二人……!!)

春日丸(へひ、はひぃっ……す、すごい。小さな子たちも、あんなに、がんばって……私も、がんばらなきゃ……がんばらなきゃ)


 武蔵も、大和も、そして他の重巡や空母・軽空母達も、この二人を見習いだしたことだろう。

 軍艦としての誇りとは、目下の者を軽んじることに非ず。むしろ正しく評価し、優れた技術を生み出したのならば諸手を挙げて称賛し、受け入れるべきことこそが大器であると認識している。

 提督がまさにそうだった。

 古参・最古参が多いこのメンツで、提督がそうして成長してきたのを、彼女たちは見ている。

 水雷戦隊の運用――駆逐艦や軽巡洋艦に分からないことがあれば積極的に質問し、疑問点を洗い出しては戦術に組み込む。

 空母機動部隊も、連合艦隊も、提督に問われなかった者は一人としていない。そして二度同じことを聞かれることは、一度たりともなかった。


鳳翔(ふ、ふふ――私と貴女のお目付けは、最初からいなかったのかもしれませんね、龍驤さん)

龍驤(せやなぁ……そうかもしれん。んじゃまあ、このやり方を研ぎ澄ませて……行ってみよう!!)


 全員の瞳に火が灯る。いつだって駆逐艦の奮闘が、彼女たちの心に火を点けた。

 小さな体、短い射程、ちょこまかと動き回る敏捷性――だけどいつも不安だった。

 手の届かないところで、沈んでしまうかもしれない。あんな装甲で、敵の攻撃を耐えられるのか。

 そんな子が、今また頑張っている。


 ――――ここで燃えなきゃ、軍艦として恥だと。


 誰もがそう認識したのだ。

 そんなこんなで一時間が経過し――。


武蔵「ま、まだ、だァ……ごっ、ごの、むざじは、まだっ、い、いけるぞぉ……!!」

加賀「が、鎧袖、い、一触、よ……たかが、あと一時間程度……私ならばやれる。やれます……私は、一航戦……ここは、譲れません」

鳳翔(提督の予想通りに!?)

龍驤「はいはい、終わりやでー。最初にいた二時間はな――ウソや」


 その龍驤の宣告に、一同は一瞬凍り付いたように押し黙る。

 そして叫ぶ。

 例の言葉をだ。



 ―――よくも騙したァアアアアアアアアアアア!!!



 その大咆哮は、峠の奥の奥まで、遠く遠く染み渡っていったそうな。



……
………

※提督は嘘をつかないと言ったな

 アレは嘘だ

 騙して悪いが、提督は地雷を設置するのが好きなのだ

 さて、いよいよ合宿初日が佳境。お食事の後は睡眠。

 二日目には、軽巡・重巡ら(一部不参加あり)のタバタ・プロトコルが開始です。

 ただし普通のタバタとはちょっと毛色が違います。そう、いつもいつも提督って奴が悪いんだ。

………
……


 合宿一日目のプログラムは、日の入りと共に完遂された。

 座学においては大淀と明石主催による自転車の整備方法やパンク時の対応、レースにおける基本的なルールや特記事項の説明が行われた。


嵐『すぴすぴ、すやり……』

大淀『てい!』

嵐『ぁぅ』

まるゆ『明石さん、明石さん、まるゆ、シマニョーロという画期的ないいとこどりを考えて――』

明石『そぉい』

まるゆ『ぅゃっ』


 寝てる子や関係のない質問を飛ばす子には、容赦なく二人のチョークが飛んだ。時速120kmぐらいで。


白露『す、すいません大淀さん! 夕立が! ウチの夕立が!!』

時雨『ハンモック持ってきて堂々寝始めてるんだ……ごめんなさい。今日合宿があるのを楽しみにしすぎて、昨日はロクに寝付けなかったんだ……』

大淀『いい度胸してますねこの子……』


夕立『ぽいちょむにゃむにゃ……ゆらゆらしちゃう……こいのとぅーふぉーいれぶん……よどさんはおに、あくま、きちくめがね……』

大淀(#^ω^)


 大淀のチョークは飛ばなかったが、チョークスリーパーに切り替わった。夕立が激痛で目覚めた後にオチる五秒前のことである。そんな問題があったが、それ以上の問題もあった。


夕張『マイクロロン処理について教えてください』

明石『ほう』

大淀『!?』


 明石がとある話題に食いついてしまったのだ。


大淀『そんなニッチかつ効果が本当に発揮できてるのか、発揮していたとしても実感できないレベルで微妙なものは後です』

夕張『な、なんてこと言うんですか大淀さん!!』

明石『そうですよ! メカニックの立場から言わせていただきますが、選手が乗る機材は少しでも良いものにしたいというこの工作艦魂を――』

大淀『時間外にやって下さい』

夕張『 (´・ω・`)そんなー』

明石『 (´・ω・`)そんなー』


 大淀のメガネが光り出したあたりで、ようやく全員が真面目に座学に取り組むようになった。補給食を取るタイミングや、練習方法によっての諸注意など、説明しなければならないことは山ほどある。

 その一方、テクニックにおいては一部のバランス感覚に優れた艦娘が講師となって、実演形式で指導していた。


子日『子日うぃりー! Wheelieeeeeeeeeeeee!!!』

若葉『なるほど。これはカッコいい』

初春『惑わされるでない、若葉よ。アレはレースには必要ない技術じゃ。まさに無駄よ。無駄無駄、無駄無駄無駄無駄……』

子日『えー? でもレースで優勝してゴールした後にこれを披露できたら……』

初霜『か、カッコイイわ……!!』

初春『惑わされるなと言っておるーーーーッ!!』


 これぐらいはまだ可愛いものであり、スタンディングスティル(※)練習中に問題は起こった。

 ※スタンディングスティル:自転車のトリックの一つであり、自転車に乗った状態でペダルを回さず静止し、足を地面に着かずにバランスをキープする技である。

 レース技術というよりは、日常的な自転車活用法である。信号待ちなどで使える。そして使えるとカッコイイのだ。

 なおミスってコケると自転車に凄まじいダメージ、そして凄まじい恥ずかしさが同時にやってくる。

 格好悪い上に歩行者や車のスゴイ=メイワクになるので、いい子の提督たちは時間と場所と自らの自転車乗りとしてのスキルの分は弁えなよー!

 そんな練習中のことである。


 練習用のバイクにまたがって必死にバランスを取り、よたつきながらも『お? コツが掴めてきた?』と口元に笑みが浮かび始めてきた加古の姿がある。

 そんな加古を卯月はキラキラした瞳で見つめている。卯月が懐く数少ない先輩艦娘の一人が加古であった。古鷹や夕張も好きである。その時、悲劇が起こった。


野分『ノワッチ!!』

加古『ぶっはwwwwwwwってうぉあああああ!?』

卯月『か、加古ーーーーっってぴょーーーwwwwwなんwwwだっwwwwぴょんwwwwそれwwwww』


 スタンディングスティル練習中に、いつかの陽炎型シェイクダウン時に開眼したノワッチ乗りが不意打ち気味にお披露目。爆笑した加古、そして加古のみならず被爆した艦娘たちは、尽く横倒しとなった。

 なお左右にマットを敷いての練習だ。大事はない。だが急に難易度が上がった。絶対に笑ってはいけないみたいな空気になってしまったのだ。


日向(耐えろ、堪えるんだ日向……瑞雲を、瑞雲の数を数えるんだ……瑞雲は幾多の海域を私と共に乗り越えてきた戦友……私に勇気を与えてくれる)


 そんな日向のところに、サドルの上に逆立ちしながら自転車を転がす舞風がいっきまーすぅ!!


舞風『あ、日向さん! 上手に乗れてますね。良いですよ、その調子その調子ぃ!』

日向『煽っているのか君は!? って、あっ』


 日向ー、アウトー。


 マタツマラヌモノヲカイテシマッタ
 閑  話  休  題。

 各艦娘の課題に合わせた練習はつつがなく終了し、各々が大浴場へと向かっていく。

 各々が一日の汗を流しながら訓練の内容を共有し、反省点や得られたものを語り合う。

 以前は艦娘としてのトレーニング内容を語り合っていたが、この日ばかりは誰もがロードバイクのことだけを口にしている。

 一日の汚れを疲れと共に洗い流し、湯船につかり始めた頃には、そんな彼女たちの頭の中は『あるもの』一色になっていた。


 ――――ごはん!


三隈(体の中のグリコーゲンが枯渇しているような……全身の細胞が食べ物を欲しているような心地……ロードバイクに乗るときは少なからず感じていましたが、こんなに明確に食欲が出てきたのは久しぶりです)

古鷹(いっぱい動いたから、とてもお腹が空きましたね……提督にいっぱい補給食を頂いていきましたが、まだお腹空くなんて……あんなに食べたのに)


 ――鎮守府内では食が細い三隈や古鷹ですらそう思う。誰だってそう思う。


清霜「おなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた……御夕飯、なんだろう? お肉がいいなあ……」

霞「肉は……どうかしらね。プロのロードバイク選手を意識したメニューって言ってたし……あんまり脂っこいものは出ないと思うわよ?(食べたくないとは言ってない)」


隼鷹「ロードバイク選手が食う食事ねえ……? 糖質制限だとか脂乗ってるのはダメとか、無味乾燥なモンばっかりなんだろうなあ……今日はあたしらのグループ、メチャクチャ坂道走ったから肉が良いよ肉ぅー!」


 隼鷹が「それと酒」と言わない当たり、その飢餓っぷりは推して知れたものである。他の空母・軽空母も似たり寄ったりで、これからの夕食に各々が思いを馳せていた。

 何にしてもお腹いっぱい食べたいが、それすら叶うかすら分からない。不安げな者、食べられるなら大丈夫と空元気で笑う者、様々であった。

 そんな中、初月は――。


初月「ロードバイク選手が食べてる食事が出るんだろう? 知ってるぞ。僕は知ってるんだ……大丈夫。僕は秋月型だ。清貧なんてへっちゃらへーだ。が、頑張るずい!」


 一人湯船に肩までつかりながら決心を新たにする初月。その両隣では姉二人も神妙にうんうんと頷いた。



 ――が、その期待は大いに裏切られる。初月にとっては良い意味と、悪い意味の両方でだ。



……
………

………
……


http://youtu.be/hpxWvYPgs1E

 かくして食堂へと場面は移る。

 ある艦娘はウキウキ気分で、ある艦娘はげんなりしながら、各々の歩みの軽重は異なっていた、が――彼女たちは忘れていた。

 提督がふるまう料理はハズレなしである、ということ。


提督「今日、鳳翔旗下でSFRトレーニングしたグループと、足柄旗下でスプリントトレーニングしたグループ、こっちの席に座りなさい。

   筋肉を酷使し、グリコーゲンも底をついているであろう諸君らは、これをモリモリ食べなさい。鳳翔も手伝ってくれた逸品揃いゾ」


 それはそれは見事な――料理の数々であったという。


足柄「あら」

清霜「わぁあっ!」

霞「え、嘘っ……!?」

島風「おぅっ!?」

三隈「えっ」


 提督のスペシャリテは本日、このグループにふるまわれた。

 まずは鳳翔旗下・足柄旗下のグループのメニューである。

【肉・魚料理(選択制。もしくは両方も可能)】
・鳳翔特製~蜂蜜酒の温製酔鶏(酔っ払い鶏)風~
・ヒラメの蒸し焼き・提督特製豆腐ソース

【サラダ】
・キヌアサラダ~インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え~

【メイン】
・サフランリゾットを用いたラグーとチーズのアランチーニ(シチリア・パレルモ風)

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


提督「筋肉酷使してきた自覚がある奴は、メインより肉・魚を食え。上質のたんぱく質でいっぱいだぞ! ミネラルやビタミンもだ!」

隼鷹「う、うぉおおおおお!? め、メッチャうまそう……!!?」

鳳翔「ふふ、腕によりをかけると言ったじゃないですか」


 かくしてお腹を空空均せた欠食艦娘達は、ほかほかの料理から上り立つ食欲誘る香気に誘われ、アッというまに夕食会は開始された。


隼鷹「う、うめえ……やっべ、うめっ……このスープリ……じゃなかった、アランチーニ? 肉とチーズがゴロンゴロン入ってて、すげえ食い応えあるぅ……染みるぅ……でもグループでメニュ―違うのなんで?」

提督「トレーニングメニューが違うからだ。炭水化物は例外なく摂取してもらうが、筋肉酷使した奴にはタンパク質を多めに取ってもらう。

   足りない分はサプリメントやプロテインから補ってもらうが、なるべくちゃんとした食事でとってもらいたい」

霞「意外ね。ロードバイク選手用の料理っていうから、もっとパサついた鶏ささみに塩ゆでパスタにチーズだけ、みたいなのを想像してたわ」

提督「ステージレースで消耗しまくった選手はひたすら炭水化物でグリコーゲン貯めさせるけどな。お前らにはまだ早いよ」

清霜「このコロッケの中に入ってるお肉、すっごく柔らかくておいしい!!」

島風「うん! おいしいね! ちょっとご飯が少なめ? でも美味しい! いっぱい食べてもっと速くならなくっちゃ!」


 このグループに提供される食事は、PFCバランス的に言えば、たんぱく質を重点的に摂取させようという意図が丸わかりな献立であった。


提督「三隈も筋肉つけような」

三隈「が、がんばりますわ! いただきます!」

提督「おいしい?」

三隈「はい、とっても。疲れた身体に染みていくような優しいお味ですわ」


 本心からそう思っているのだろう。儚げなれど嬉しそうな笑みに、提督も満足げに頷く。ならばよし、と。


提督「さて、本日タバタ参加後に座学、もしくはスケジュール関係上、座学しか参加してない、或いはその後のテクニック講座以外の運動はしてない子達――それと参加してなかったとしても、戦艦はこっちだ」

【肉料理(一択)】
・提督特製~温製鶏むね肉のトマト生姜煮~

【サラダ】
・キヌアサラダ~インゲン水煮・アルファルファ・イチジク・オレンジ・メロンスライス添え~

【メイン】
・ラグーソース(牛肉のワイン煮込み)かけパスタ

【デザート】
・ヨーグルト(+ハチミツとナッツ)


 選択肢が一部異なる。というかない。一択だ。これに疑問の声を上げるのは、戦艦達である。


伊勢「…………白米、は?」

提督「おまえたちはおパスタ食べろ」

武蔵「あっちの連中が食べてる、ライスコロッケ……アランチーニは?」

提督「ねえよ? 消費カロリー差だ。大体だな武蔵ちゃん、お米は朝とお昼に食べたでしょ?」

武蔵「私をボケ老人の如き扱いするな! 炭水化物!! よこせ!!」

提督「あるだろ? ジャガイモ、パスタ、キヌア(※)が。好きなの選べよ」


大和「こ、米、は……?」

提督「戦艦をこっち呼んだ理由がそれだ――おまえら、米食いすぎだ。朝と昼にな。だからダメ。炭水化物欲しいならキヌアサラダ食え!! たっぷりとな!!」


 ※キヌア:ヒユ科アカザ亜科アカザ属の可食植物。粟(あわ)や稗(ひえ)と同じ雑穀に分類される。

  インカ帝国の時代から存在している食物であり、『チソヤ・ママ』と呼ばれる神聖な食べ物であったという。ママーーーーッ!

  炭水化物を多く含むが、特筆すべきはタンパク質含有量である。なんとおよそ14%。極めて粘性の高いでんぷん質を豊富に含んでいる。粉末にして麺に打ち込むとコシのある麺が作れるゾ。


提督「本日の武蔵の運動量と食事のタイミング、食べた内容、そして補給食の内容……総摂取量から逆算して――食べていいのはこの中からだ。コレ以外はダメ。武蔵は炭水化物取りすぎなので、本来は朝昼でリミットです」

武蔵「パスタはいいのか……? なんで米は、ないんだ……?」

提督「パスタはいいんだよ。白米に比べて血糖値上がりづらいから。武蔵の場合、米は駄目」

武蔵(その白米がないのが痛いんだよぉ……!!)


 戦後、食の欧米化が急速に進んだとされる日本にあって、当然のように武蔵はお米派だった。

 そこに不満がある子は一定数いた。今後は朝昼は好きにお米食べてもいいが、夜は米なしという風に、だんだんと切り替わっていくだろう。金曜のカレー曜日だけは例外的なチートディ扱いだ。

 その説明が終わると、艦娘の多くが納得し、それを受け入れた。まあロードバイクで速くなるためなら文句はないという風に。

 ――だが、一部の例外はいる。その不安要素は――初月だったのだが。


初月(…………? 戦時の一汁一菜すらままならなかった頃に比べれば、十二分に贅沢では?

   …………あ、あれ? 最初は凄く嫌だったけれど、このラインナップなら僕は全然耐えられるが?)


 ――秋月型や雲龍型。何故か彼女たちは個体ごとにある程度の差はあれど、質素倹約が建造・ドロップ時から染みついている。本来なら特型駆逐艦の方が、史実の建造時には世界恐慌とモロに衝突していたため、よほど清貧を強いられていたはずなのにだ。

 艦娘として生を受け、現代の食事事情に一種のジェネレーションギャップというか、カルチャー的ショックを受けることはあれど、質素であることをさほど苦痛と思わないのである。

 そんな不思議な認識の相違があった。

 具体例を挙げるとすれば――初月にとっての粗食とは、後述のような献立のことを言うのだ。


・ふかした吹雪


 以上である。芋である。芋とは吹雪だ。それをふかすんだから戦争ってのは地獄だぜフゥーハハー。

 仮に「今日の夕食はこれだけだよ?」と提督ににこやかに言われて吹雪(芋)を差し出されたならば、大半の艦娘は「提督は私たちの事が嫌いになったんだあ……!!」と悲観に暮れ、芋(吹雪)はふくれっ面を晒して怒るだろうが、少なくとも初月は違う――食べられるものがあるならそれでヨシ! ってな具合である。

 これで満足できないなら「よし魚を釣ってこよう」って発想になるのが彼女だ。後に着任する涼月は自給自足が板についており、家庭菜園――と呼ぶには規模がでかすぎる――を営む山雲あたりとは、姉妹ともども仲良しになるのはまた別の話である。


 さて――得意料理が麦飯に沢庵、芋の味噌汁の初月。カレーや牛缶をこの上ない贅沢品と言う。


 現代人にはピンとこないかもしれないが、当時の日本は戦争云々以前に、その日の食事に困る人間は一定数以上いた。


 戦時中の食糧難の時代は、食糧や調味料が配給制。麦ごはん(米が入っているとは言っていない)が基本である。おかずに使われる食材も品目が乏しい。

 米の代用食としてさつまいも(吹雪)・じゃがいも(吹雪)・水団(すいとん)・草殻・もち草・柏の葉・サトイモ(吹雪)・かぼちゃ――の、葉や茎まで食べるという有様だ。吹雪と吹雪と吹雪が被ってしまった。

 農家であっても米なんかない。政府から供出制度(簡単に言えば米は全部買い上げますよっていう話し。なお強制である)により、軍隊に全部持っていかれるのだ。

 農家以外の家庭も十分な米の配給を受けられない、極めて深刻かつ絶望的な食糧不足の時代である。「お米食べろ? その米がねェんだよ!! 政府が強権揮って持ってくから!!」という有様だ。

 そんな食事がフツーであった。ただしこれは民間人の話であり、軍は除く。これで暴動が起きないどころか、戦時中の民間人は「贅沢は敵だ」なんて言ってるのだから、当時の日本の末期的状況は推して知るべしであろう。

 ――さて、何故かそんな民間の食事事情が何故か記憶に染み付いている秋月型である。

 そら着任当初、初月が提督に提供された料理を食べた時に「こんなうまいものはこの世にない」と言って泣き出すわけである。

 着任から半年が過ぎた初月は、この米のない夕食に耐えられるのかと言えば――。

 
初月(思ってたよりおいしい……この肉の入ったパスタ、すごくおいしい。パスタも見たことない形状……きしめん? に似てる? 未知の味と食感だ……僕、これ好き……好きぃ……♪

   ワインもついてくるのか……1杯だけならいいって言ってたけど、僕はいらないな)


 ワリと余裕であった。幸せいっぱいにラグー(牛赤身肉の煮込み)ソースがかかったパスタを頬張る初月であった。チーズもたっぷりかけちゃうのだ。付け合わせのブロッコリーやサラダもたっぷり食べる。

 頭頂部の髪の房は、朝と同じようにぴこぴこと左右に揺れている。

 少し話は脱線するが、初月の好きな男性のタイプは料理上手な人である。かつ大人だったら最高。理想がほのぼのしているが、提督のせいでかなりハードル高くなっていることに本人は気付いていない。

 何にしても、この料理は初月にとって嬉しい誤算だった。未知の美味なる料理――照月にとってはモチベーションを上げるだけのものだった。


初月「なんだ――これなら僕、全然頑張れるぞ! なあ、姉さんたち――」

秋月「…………」

照月「…………」

初月「? 姉さん? どうしたんだ、そんな辛そうな顔で料理を見て……!?」


 そう、誤算があったとすれば、初月ではない。

 秋月型の――二人の、姉。


https://youtu.be/BIZ-4jUJLk8?t=54

秋月「…………おこめが、食べたいです」

照月「今日は味の濃いものをおかずに、お米が食べたかったなあ……」

初月「!? ね、ねえさん、たち……!?」


 【提督って奴のせいで】悲報――たらふく食べさせた結果がこれだよ【とっくに舌が堕落しているんだッッ】

 そう――姉二人の方が、着任してからの期間が長いため、贅沢品に対する耐性が無くなっていた。

 何せ照月の着任日の時点で、初月の着任日からは一年以上の差がある。秋月に至ってはほぼ丸二年の差……!!


 二人の記憶に呼び起こされるのは、着任した当初から今日に至るまで、提督からふるまわれた料理の数々――春、夏、秋、冬、季節折々の旬の素材を使った料理の数々。初月はまだ着任半年で、初冬から初夏にかけての料理しか知らない。この差はデカい。

 秋月が秘書艦研修に初参加する日――その朝の出来事である。

 顔合わせこそ済んでいたが、食事を通して為人を知ろうと、食堂で鶴姉妹らも含めて朝食を共にした時であった。


秋月『え!? 今日は秋月も銀シャリ(白米)食べていいんですか!?』

提督『きょ、今日『は』って何……?』

秋月『…………? 私が秘書艦としてお勤めする初日だから、お祝いというわけではないのですか?』

提督『え? あ、あのさ君……着任したの、四日前だよね? なんか酷い苛めでも受けてんの……? それまでメシどうしてた……?』

秋月『? いえ、普通に食堂で麦と菜っ葉と沢庵を配給していただいていましたが』

提督『は?』


 ――この時期の秋月は、食堂で好きなものを注文できると知らなかった。秋月にとって食堂とは配給場所である。

 周りの艦娘らがどんなに美味しそうなものを食べていようと、「彼女たちが贅沢品を食べているのは何か特別な日か、もしくは大きな戦果を上げた優秀な艦娘なのでしょう」ぐらいにしか思っていなかった。

 なお着任した秋月に鎮守府内施設の案内をしたのは、立候補した鶴姉妹である。

 自然、提督の殺意は二人に飛んだ。


提督『おい、翔鶴……』

翔鶴『ど、どうしてそんな目で私を見るんですか、提督!? ち、違いますよ……! わ、私も瑞鶴も、ちゃんと説明しました! し、しました! 本当ですぅ!!』

提督『ほんとぉ? ほんとにぃ? おい、二人とも――俺の目を見ろ』

瑞鶴『そこでなんで私に殺気込めた目を向けんの!? ち、違うからね!? なんかこの子、よくわかんないんだけど無駄に清貧気質なのよ!? 自炊もできるっていうから任せてたんだけど、進んでお昼におにぎりと沢庵だけを美味しそうに食べてるの! ほ、本当よ!?』

提督『なにそれ可哀想……あ、あのな、秋月? 別に毎日、白米食べていいんだよ? おかずもね? 度が過ぎる偏食さえなければ、好きなものをしっかり食べて、しっかりトレーニングして、しっかり眠って英気を養っていいんだぞ?』

秋月『え……? す、好きなもの、を……? だって、配給制だから……あ、あれ? そういえば配給おねがいしますって鳳翔さんにお願いしたら、不思議そうな顔をされて、何を食べますかって……え? だから、秋月、たくあんと、麦飯を……麦飯、白米が多めに入ってて、鳳翔さんって優しい人なんだなあって……』


 後に事情を知った鳳翔がほろりと泣き崩れ、秋月に美味しい料理をふるまったのは言うまでもない。


翔鶴『!? そ、そうよ? いえ、違うのよ!? ごめんなさい、私たちの説明が足りなかったみたい……! あのね、秋月――食堂ではね、好きなお料理や定食を頼んでいいの。御品書きにあるものはなんだって頼んでいいのよ?』

秋月『え? あれは高級士官や大活躍をした艦娘、そして空母や戦艦たちのための特別な御品書きではなかったのですか?』

瑞鶴『そんなわけないでしょッッッ!? 艦娘だろうと憲兵だろうと、それこそあんたの言う高級士官だろうと、あそこにある御品書きは好きなもの注文して食べていいのよ!?』

秋月『!?』


 信じられないことを聞いたという目で秋月は提督を見た。鶴姉妹の言葉を疑っているわけではないのだろう。だがそれは秋月にとってあまりにも衝撃的すぎて、現実味がなかったのだ。

 提督は、静かに頷いた。


秋月『ッ、ッ~~~~~!! し、司令、ぢれぇ……!!』

提督(な、泣いてる……!? たんとお食べ……?)


 提督の焼いた一夜干し縞ホッケは肉厚で、脂と旨味たっぷりだった。焼き加減も絶妙で、外はカリッ、中はフワトロ、かつ味わいは期待通りのジューシィさ。噛み締めるほど塩気と共にグルタミン酸が染み出してくるようだった。

 添えられた大根おろしもまたたっぷりだ。贅沢に――贅沢に!――醤油を垂らして味の変化だってできるし、吹雪たっぷりの御味噌汁までついてきて、何よりご飯と吹雪汁はお代わりだってできる! 当たり前だ!

 ほろほろのホッケの切り身を咀嚼しながら熱々のご飯を頬張ると、味の奔流が口の中で爆発した。やがてそれは収束し、後にはとろけるような旨みが噛み締めたご飯の甘味と混然一体となって、舌に残るものはもはや幸せだけになる。

 秋月の瞳からは笑顔のままに涙がとめどなくあふれてきた。

 秋月は『お腹がいっぱいということはなんと幸せなことなんだろう』と思った。この食事事情を護るために、秋月は護国魂を燃やした。護らねば、このご飯を。

 後に『魔弾の射手』とか『マリアナ沖の守護天使』とか『防空女帝』とか『五航戦最強の盾』とか称される最強の防空駆逐艦――海軍駆逐艦ランキング七位・『覇天』の秋月。

 その強さの原動力が美味しいご飯だったなどと誰が知るだろう――鎮守府の古参はワリと知ってる。

※秋月型ったら、また泣きながらご飯食べてりゅ……

 次は照月よー。そしていよいよ2日目の軽巡・重巡タバタよー

 もちろんSFRやスプリントトレーニング参加した子は疲労が残ってる状態よー

 それでもきっちり追い込むのよー。走れー、わー、提督の鬼ー

 ご期待ください


洋食珍事府みがある

GCNJapanのYouTubeチャンネルでやってた土井ちゃんおすすめの朝食メニューがなかなか良さそうだったなぁ

作者は芋に、いや吹雪に何か恨みでも?w

思いがけず日本の食の歴史だった

>>654
 まだそれを覚えていてくれた人がいるとは……ベースはこっちだったりする

>>655
 アレいいですよね。ロングライド前の食事とか。パスタ+塩コショウ+チーズは結構うまい

>>656
 >>1のリアル艦これは吹雪と始まったんだゾ。
恨み? まさか! 愛だよ! 

>>657
 ブッキーは戦時も大人気だ。だってお芋は蒸しても焼いてもみそ汁の具にもなる。
 だから焼き吹雪も蒸し吹雪も吹雪汁も大好きだ


 そして照月である――前回の反省点から、鶴姉妹と先任たる秋月は、食堂の使い方を間違いなく、過不足なく、完璧に、照月に教えた。

 照月もまた涙をぽろぽろ零しながら食堂で美味しいご飯に舌鼓を打った。薄切りの牛肉を鳳翔手製の割り下で作ったすき焼きは、すわ天上の食べ物かと茫然自失するほどのおいしさで『いつか、いつか涼月や初月にも食べされてあげたい』と強く願った。秋月姉、タッパーウェアどこー?

 その巡り合える日が必ず来る。その日までに生きねばならない。彼女たちが沈んだ海に、迎えに行かねばならない。そう――生きて、強くあらねばならない。かくして鎮守府に着任した二人目の防空駆逐艦の力が目覚めた。

 ―――秋月型が持つ力とは、食事の力。清貧を至上とする彼女たちが初めて出会った現代の食文化。飽食だ無駄だといくら声高に叫ばれようと、圧倒的美味の前では無駄無駄の無駄である。

 そこから何を得るのか。秋月は『ご飯を護る。つまり国を護る』という極めて高いモチベーションを得た。そう、食事の幸せをモチベーションに変え、何かを成すのが秋月型が目覚めた力。

 ――集中力の持久・瞬発が、共にズバぬけている。一瞬を無限に、無限が一瞬に感じるほどの長く短い時間の中で、月の輝きは決して途絶えず欠けぬように、その光を照らし続ける。

 雲霞の如く迫りくる敵艦載機。その軌道を読み切り、砲撃を放ち、射撃を放ち、通過すべきところに置くように撃つ。当たるのは当然、当たらば堕ちるは必然、即ち防空駆逐艦の本懐なり――と真面(マジ)で言ってのけるが、秋雲型の流儀である。

 照月もまた『いつか妹たちと美味しいご飯を食べる。鳳翔さん、すき焼き、美味しゅうございました……!!』という夢を、己が強くなって生き延びることを達成することで成し遂げようとした――必要なものは、圧倒的な力。力。力だ!! 何千、何万と、鶴姉妹の元で対空射撃訓練を繰り返した。

 秋月の異名に肖った『光弾の射手』と称される照月は、誰からも異論を赦さぬ防空駆逐艦へと成長し、至った姿こそが――――海軍ランキング十三位・『紅天』の照月。 

 これには提督も青空笑顔。このままエンディングの流れでもおかしくないほどにパーフェクトであった。

 だが無情にも、悲報は届く。意外なことに、その悲報の語り手が、雪風であった。


雪風『し、しれえ!! 照月ちゃんが、照月ちゃんが――――お風呂場で、石鹸で髪を洗ってました!!!』

提督『』


 これには流石の提督も求婚をはぐらかされた時のカイザーのような顔で、握りしめた万年筆を縦に粉砕した。


 提督と共に執務に励んでいた大淀と、工廠での開発結果報告のために訪れていた明石も口を押さえて驚いた。

 共に激務の最中にあったが、思わず手を止めて雪風を問い詰める大淀と明石。


明石『せ、石鹸? 石鹸って、せっけんよね?』

雪風『せ、石鹸です』

大淀『しゃ、シャンプーは? リンスは? コンディショナーは?』

雪風『雪風もそう聞いたら『なにそれ』って言われました』

島風『島風も見てたんだけど……むしろこの子の常識が『なにそれ』って感じだった』


 偶然、雪風と共にその衝撃映像的な現場に居合わせた島風も、神妙な顔で頷くばかりである。


提督『ッッ…………しま、った』


 提督は己のやらかしを悟った。

 秋月型には何故か――何故か!――戦時の民間人の生活をそのままサクッとスライドさせて記憶に埋め込んでいるかのようなちぐはぐさがあった。それは秋月が着任する以前から、ある程度は分かっていたことだ。

 と言うのも、秋月型にとどまらず、艦娘にはしばしば見られる特徴であった。

 建造された工廠が関西の方面ではないのに関西弁を話す艦娘や、東京方面でないのに江戸っ子口調だったり、名前から連想される動物をモチーフにしたような特徴的な語尾で会話をしたりと、艦娘とは摩訶不思議な存在だキソ。


 その奇妙な固定観念は食事関係のみに留まらない。むしろ留まっているとどうしてそう思ったのだろう。

 艦娘は着任当初が特に常識の差異が顕著であり、どこか現代的な常識と噛み合わない部分がある。鎮守府で時を過ごしていれば、先輩艦娘達からの指導もあり自然と学んでいくのだろうが、座学としてきちんと教わるのと環境から受動的に学んでいくのとでは習熟度合いはまるで違ってくる。

 それをうまくかみ合わせるための教育体制を整えるのも提督の仕事であった。

 だが生憎と――着任から一年と四ヶ月が経過した頃――照月が着任した当時の提督は、『サーモン海域チキチキ蹂躙作戦(副題:戦艦レ級eliteの内臓がボロンとまろび出るよ! 何色かな?)』という大仕事が佳境に入り、頭脳の大半が深海棲艦絶対殺すマンと化していた。

 常識や道徳、情操教育などを後回しにしたうぬが不覚よ。無理やりに改造手術を施しておきながら、洗脳を後回しにするヌケサクな悪の秘密結社の如きマヌケっぷりである。

 そんな殺すマンな脳味噌が冷静さを取り戻した瞬間、提督の脳裏に雷撃的に駆け抜けた記憶がひとつある――かつて提督が戦時の民間人の生活や風俗をまとめた書記をテキトーに速読で流し読みした時の事だった。


提督『せ――洗髪の頻度か……!!』

大淀『あっ』

明石『あっ』


 その提督の一言で、大淀と明石の二人もまた察した。二人ともに、かつての教え子をビデオで見た時の安西先生みたいな顔だったという。

 なんやかんやと幅広い知識を持つ二人である。

 洗髪頻度が高くなり始めたのは、日本では戦後からだったという。


 聞いて驚け、むしろおののけ。


 1950年ごろまで、日本人の洗髪頻度は『月に平均2回』だ。


 『日』ではない。『月』だ。マメな人でも週に1回程度だったというから、現代人からすれば鳥肌が立つレベルであろう。

 なお比較対象として、平安時代で年1回。江戸時代では多い人で月1~2回であったという。バッチイか? バッチイに決まってる。

 『江戸っ子は綺麗好きだった』なんてフレーズでピンと来る人もいるかもしれないが、その綺麗好きで知られる江戸時代においてすら、多くてもそんなもんなのだ。

 悲しいことにそこから「まるで成長していない……!!」のが当時の日本である。現代から過去へ転生なんてやるもんじゃねえとお判りいただけるだろう。その英知でこの不潔っぷりを何とかして見せろ!!

 なるほど、戦時は食糧難だったのだろう。その日に喰らうおまんまにありつければマシな方であったのは間違いない。

 だがそれは食料だけか? 勿論否だ。あらゆる物資が規制され、手に入りづらくなる。


 ――じゃあ石鹸は?


 答えはシンプルだ――食事より悲惨である。洗濯用を含む家庭用石鹸は『油脂性』だ。当然のように政府から規制対象――配給制となった。

 こうした物資不足は戦局の悪化と比例して下降の一途を辿る。国内で配給される石鹸は、石鹸成分がわずか30%、粘土や陶土が70%を占めるという、もはやこれは石鹸なのか芸術家気取りの陶芸家が叩き割った駄作の破片なのか判然としないものとなる。

 香料? 色素? ああ? 入ってねえよんなモン。しかもこの石鹸、入浴用と洗濯用の『兼用』である。地獄か? 地獄であろう。


 配給という名の地獄の時期を乗り越え――戦後の経済的急成長の陰には、こうした文化的な成長もあった。


 さて、ここに一つの命題がある。


 ――そんな時代の常識が、女の子の形にモールドされ、さながら型抜きのように『ポンッ』と海の上に放り出されたとしよう。


 こんにちは! 私、照月です!!


 ――そんな子をお風呂に入るのを勧めたとしよう。


 どうする?











 どうなる?


https://youtu.be/yv23BDV_jH4

照月『こんな柔らかくてきれいで、泡立ちが良くて、すごくいい香りのする石鹸で髪を洗えるなんて……!!』

雪風『』

島風『』


 ――あんのじょう、こうなりました。

 雪風はダムを破壊されたビーバーのようなご尊顔を晒し、島風は顔面を迷路にしたアザラシのごとき変顔で硬直した。

 嬉しそうに石鹸で髪を洗い始める照月を止めるどころか、流石の二人も茫然と見ているしかなかったという。絶句とはこのことだ。

 視界の中でキュゥキュゥと、不思議な音が聞こえてくる。それは照月の髪から奏でられる音――キューティクルが死んでいく断末魔である。

 なおその光景を見ていたのは、雪風と島風だけではない。


綾波『…………』


 大浴場の湯船に浸かりながら南無妙法蓮華経を唱えていた綾波が声を失った。

 アルカイックな笑みを浮かべたまま、しかし流石にショックを受けていたのか、左右の手は来迎印と摂取不捨印を結びながら硬直していた。

 その鼻から一筋の血が流れた。理解が追いつかない。なんだ? 一体何が起こっているのだ? どうすればよいのだ? レ級を片手間で肉塊にする彼女だって、困ることぐらいあった。


夕立( ゚Д゚)


 そして綾波の隣で同じく湯船につかりながら、玩具のアヒルで遊んでいた夕立もまたそれを見た。


夕立( ゚д゚ )


 こっちみんな。

 夕立は半笑いと驚愕を絶妙にミックスした形容しがたい表情のまま、あっちこっち見ていた。

 夕立は自由奔放なわんこ気質である。アクティブで常に動き回っている忙しない彼女は、この時、完全に自分を見失っていた。


吹雪「ふー…………」


 そんなことを知る由もない吹雪は、一人静かにサウナでぽかぽかとふかし芋風味になっていた。

 駆逐艦の最上位勢が揃いも揃ってこのダメっぷりであるが、さもありなん。


 そして照月は執務室に呼び出され――。


照月『毎日髪を洗わせていただけて、照月は幸せですよ! ちょっと贅沢しすぎですかね、うひひ♪』

提督&大淀&明石『OTZ』

照月『提督と大淀さんと明石さんが挫けた!? そ、そんなに経済がひっ迫していたのですか……!? 私、なんてことを……!?』


 明石と大淀は挫けたというより、無力感からの五体投地であったという。照月の言葉が更に彼女たちを打ちのめし、やがて鎮守府の好感度を上げるがごとくうつぶせに倒れ伏した。


提督『ちくしょう、ちくしょう……!!』


 提督は純粋なDOGEZAだ。キューティクルを殺してしまったことへの罪悪感が並の乙女より強い男であった。

 着任より一年と四ヶ月――彼はまだまだ未熟であった。

 新任の艦娘向けのマニュアルはおろか、鎮守府内のあらゆる施設のマニュアルが徹底的に見直されたことは言うまでもない。


提督『おのれ深海棲艦……!!』


 そして深海棲艦への怒りを燃やす。全ての経験を、あらゆる苦汁を、『全て敵のせいだ』と闘志に変換していると言えば聞こえはいいが、ただの八つ当たりであった。ただし誰にも迷惑をかけない八つ当たりである。だって相手は深海棲艦だもの。


 閑話休題――そういう意味であれば、初月は非常に良い時期に鎮守府に着任したと言えよう。

 共にソロモンでやらかした綾波の『世紀末迷子事件』や、夕立の『伝説のスーパー白露型事件』といった諸々の問題の当事者にならなかったし、とっくに戦艦レ級eliteの内臓は無事に海の藻屑と化した後に南方海域は攻略(蹂躙)済みである。鎮守府内のあらゆる施設は充実の一途を辿り、新任艦娘への教育制度も日々バージョンアップしつつも骨子は完成していた。


秋月『いいですか初月――髪を石鹸で洗ってはいけません』

照月『その通りよ初月――そして食堂は配給場所じゃあないわ』

初月(姉さんたちは一体、何を言っているのだろう)


 時に怪訝な目で見られようと秋月と照月は挫けなかった。あの悲劇を知ってるからだ。身をもって。

 今や二人は食堂で堂々と季節のランチ(10食限定)を注文してしまうし、なんと大浴場ではシャンプーで髪を洗うのだ! 文化的!

 洗髪後にトリートメントは欠かさないし、タオルドライ後のヘアオイルは入念に、しかもドライヤーまでかける! ブルジョワ的!

 お出かけ時にはUVケアで髪と肌を守るし、おしゃれ着だって部屋の桐たんすに10着も入ってる! おしゃれ!

 だがそんな二人は今や、


秋月「……」

照月「……」


 どこか暗い雰囲気で夕食のパスタを食む。初月には理解不能である。こんなにおいしいのに、一体全体どこが不満なのかと。


提督「明日の朝はグレインブレッド出すからな。あとハチミツと豆乳混ぜた奴にミューズリーを一晩漬けたやつ」

千代田「げ」

提督「オムレツとかはいっぱい食べていいよ」

秋月「グレインブレッド、かあ……」

照月「ミューズリーかぁ……」

初月「あっ」


 初月はその二つを食べたことがない。だが姉二人の表情でなんとなく察した。

 グレインブレッド:ドイツ風雑穀パン。あの黒っぽいヤツ。察して。カロリー欲しいならそこにヌテラ(チョコクリーム。超高カロリー)をべっとりして喰らうがよい。意外とイケるよ。

 ミューズリー:未調理の加工穀物にドライフルーツやナッツをブチ込んだやつ。味? 味とか以前にまず『硬い』。

 牛乳や豆乳、ヨーグルトなどで一晩漬けおきしとくと比較的柔らかくなって、比較的美味しく食べやすい。食べ応えもある。所謂一つのキュケオーン。お通じも良くなっちゃう。

 タンパク質に不満があるなら、そこに蜂蜜代わりのバニラ味プロテインや、蜂蜜そのままにプレーン味のプロテインをブチ込めばよい。味はお察しだ。マズくはないがウマくもない。

 朝からロングライドしちゃうって時の朝食の選択肢に入るだろう。


提督「それと補給食な。間宮と伊良湖にレシピ渡したから、外を走る奴は鎮守府を出立前に忘れず受け取るようにしましょう」


 提督レシピによる間宮・伊良湖謹製の補給食――今は羊羹だけだったが、次第にバリエーションが増えていく。


提督『試作したから食べてみろ、間宮、伊良湖。まずバナナワッフル、こっちはジャム挟んだくるみゴマクッキー。こっちはバナナとナッツ類を挟んだクッキーサンド。

   それとチーズ入りのライスケーキに、これはドライフルーツたっぷりのグラノーラバーだ』

間宮『あら、おいしい! これ、おいしいですよ提督!』

伊良湖『本当に美味しいです! これ、お菓子として出しても――』

提督『食ったな?』

間宮・伊良湖『えっ』

提督『今……間宮が二つ食べた、その何気ないバナナワッフルのカロリー、400kcal超えてるぞ。伊良湖の方は一つだったがな……チョイスが拙かったね。そのチーズ入りライスケーキに至っては700kcalを超える凄いヤツだ』

間宮・伊良湖『』

提督『食ったならば走る。これはロードバイク乗りの常識! 食ったら乗る! 乗らぬなら食うな! そして乗ったら食って良し!! これがルール!

   さあおまえたちの分のロードバイクも納車したぞ!、鎮守府回りを5周して来い! それでカロリー消化できるだろうよ!』

間宮(は、はめられたぁ……)

伊良湖(提督さん、こういうことするから……もぉ。一緒に走りたいなら、そう仰っていただければいいのに……)


 そんな内心の間宮も伊良湖も、嬉しそうだった。裏方で食事を作り続ける日々を送る二人にとって、提督と過ごせるのは朝や昼、夕食時のキッチンでの仕事がメインだ。


 もっと提督と触れ合いたいという想いは、二人にもあった。なんのことはない。少し迂遠ではあるが、提督からの間宮・伊良湖へのポタリングのお誘いである。勿論望むところだった。

 かくしてロードバイクに魅入られた間宮と伊良湖ものめり込むようになっていき、二人もまたロードバイク合宿への参加が決定した。

 上手い食事、適切なトレーニング、上質な休息プランもついてくる。後に如月の女子力を木っ端みじんに破壊する、提督の女子力が炸裂する日は近い。

 具体的には睦月型とポタリングした日に起こる。それとは関係のない悲劇もだが――さておきだ。


提督「――明日の朝一は軽巡洋艦、重雷装巡洋艦、練習巡洋艦、重巡洋艦、航空巡洋艦に、タバタプロトコルを実施してもらう」


 その言葉に、長良を始めとする参加予定者の操るカトラリーの動きが、ぴたりと止まった。

 皆一様に動きを止め、提督に視線を向ける。

 不敵に笑みを浮かべる者。楽しみで楽しみで仕方ないと笑い声をあげる寸前の者。

 いつも通りの気負わぬ表情で佇む者。いつも以上に闘志に満ちたオーラを纏っている者。

 緊張と困惑と不安に、身を縮こませる者。泰然自若として表情が読めぬ者。

 多種多様な在り方で提督を見つめる彼女たちに、提督は言う。


提督「少しばかり趣向を凝らしている。各々、励めよ。俺もずっと見ている――ロードバイクとはいえ、トレーニングとはいえ、お前たちのカッコいいところを間近で見れるのは嬉しい。とても楽しみにしている」


 ――提督は、すごく楽しそうだった。それを見て、艦娘達も笑った。


………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は香取に対し苛烈極まるものだった。


………
……


 各々が期待と不安を胸に秘めながらも、夜の夢を超えて朝日を迎えた。

 食事を手早く済ませた初月は、自身の姉妹、そして鶴姉妹や雲龍たちと共に足早に鎮守府内トレーニング施設へと向かう。

 本日行われるタバタ・プロコトルの公開練習――初月が考えてみればそうそうたるメンバーが集っている。

 鎮守府の最古参から、中堅までが勢ぞろいだ。軽巡・重巡クラスには現状のところ、新人に当たる者が限られている。

 軽巡洋艦/重雷装巡洋艦/練習巡洋艦――24名、全員参加。

 重巡洋艦/航空巡洋艦――ドイツへ長期遠征中のプリンツ・オイゲンおよびザラとポーラ、3名を除いた18名参加。

 ドイツで提督の教育資料・スケジュールを元にサラトガやグラーフ・ツェッペリンらを擁する艦隊指導に当たるのはビスマルクだ。

 そのビスマルク艦隊に所属している重巡……ザラとポーラは新人だ。

 タバタ・プロトコルに本日参加するのは、鹿島を除けば全員が中堅以上。

 その鹿島も先日、彼女の姉の香取から出された課題――妹贔屓を抜きにした難問の数々――をクリアし、及第点を十分に上回る優秀な成績を収めたという。そう、相手の砲口へのスナイパーショットを習得したのだ。


鹿島『おそらにとんでるちょうちょのむれを、いまならすべてちょうのしがいにかえられる』


 少しばかり強化しすぎた影響でひらがなしか喋られなくなったが、やがて元通りになるだろう。妹贔屓など入れるどころか、むしろ香取の教導は鹿島に対し苛烈極まるものだった。

※疲れている。少しずつ行きたいですね


 鹿島に本格的な指導を開始する際に、香取はこんな話をしたという。


香取『私の名である香取、その由来は香取神宮……軍神たる経津主(フツヌシ)を祭る神社です。

   軍神とは戦勝や武運長久の祈願を聞き届ける神――もちろん私は神ではありません。はいそうですかと結果のみを与えることはできない。

   強くなりたいと願う者には、強くなるための試練を与える者でありたい』

鹿島『香取姉……! はい!』


 香取の言葉に感動する鹿島だった。私の姉はこんなにも立派な理念を持つ教育者の鑑なんだと、鎮守府のみんなや提督に自慢したくなるほどに。


香取『では試練を与える者として――まだ生まれたての殻のついたヒヨコに過ぎない新人の艦娘を正しく教え導くためには、練習巡洋艦には何が必要だと思いますか?』


 香取の問いかけに、鹿島はうんうん唸って頭を悩ませた。


鹿島『…………あ、愛?』


 熟慮した結果、そう答える。

 この答えに、香取はにっこりと笑みを浮かべた。花開くような笑みだった。


http://youtu.be/SoCMIuYwC_A

香取『大間違いです――強さですよ』

鹿島『えっ』


 なんだか空気がおかしくなった。鹿島はこの教導を姉妹の絆を深める、もっとこう姉妹水入らずというか朗らかなイベントだと思っていた……もちろん大間違いである。

 香取の教導は、提督からの評価が極めて高い。誉め言葉として『何事も卒なくこなす』ことができる艦娘に鍛え上げる上では最適解の一人だろう。ただし、香取自身には個々の秘められた才能を見出すほどの才気はない。

 香取自身は、地力の人であり、努力の人だ。大淀とは違うベクトルで優秀なのだが、乱暴な言い方をすれば大淀が大天才とすれば、香取は秀才止まりである。

 そんな香取が行う指導の主旨は『出来ないことを無くす』ことに尽きる。苦手だろうと普通だろうと優秀だろうと関係ない。とにかく普遍的に水準に至らせるのだ。

 まず指導する対象に全力でマウントを取りに行くことから始まる。どちらが上で、どちらが下か。視線だけで見下す側と、這いつくばって仰ぎ見る側を決めねばならない。

 だから見せつけるのだ――香取自身は全てを一定水準以上にこなすことができることを。そのベンチマークを示し、分からせるのだ。身体と精神にだ。

 この提督評においては『とても優しい教導』であるが、もちろん実際に彼女から教導を受けた艦娘からは悲鳴にも似た歓喜の声が上がった――本当に悲鳴だったという説もある。後に着任する海防艦たちが震えあがる地獄の教導だ。


香取『愛? 友情? 努力? なるほど、育めばよろしい――勝った後にです。勝つためには何が要りますか? 勝つ方法を教えるには何が必要ですか?

   ――強さ以外に何があると? 弱いものから教わることはありません。教わろうとも思いません。その無様さや軟弱さから察することはあれど、弱者から教わることなど何一つとして在りはしない。

   弱者が強者に教えることができるなどと、発想そのものが烏滸がましい。そうは思いませんか?』

鹿島『』


 ――誰だ?

 鹿島は香取がどこかへ行ってしまったような錯覚を覚えた。目の前にいるこの『ワレハ悪魔・鬼畜メガネ……コンゴトモヨロシク』とか言いそうな仲魔は一体誰だと。

 不可思議な現象によってメガネのレンズが光って見える。その向こうにある筈の瞳がどんな色をしているのかが、鹿島からは見えない。

 
香取『繰り返します――練習巡洋艦に必要なものはまず強さです。新人と一口に言っても様々な艦娘がいます。

   気性の荒い者、気弱な者、自らの力量を見誤る者、ハネッかえり……どれも一筋縄ではいきません。

   故に最初に理解させ、発揮させるのです――自らの力の臨界を。その程度の臨界では、練習巡洋艦にすら届かないということを。

   そしてこれも繰り返し言います。貴女が理解するまで何度だって言いましょう――弱きものに教わることなど何もありはしない。強くあらねば誰もついてこない。言うことを聞かない』

鹿島(ポケモンのバッジの話だよね?)


 鹿島は現実逃避し始めた。理解できるけど理解したくなかった。

 何を理解したくなかったかと言えば、もちろんこの後の論理の帰結だ。

 鹿島は――残念というか、喜ばしい事というべきか、香取とは違うタイプだった。どちらかと言えば大淀に近いタイプ――天才型だ。

 つまり、分かるのだ。

 見えるのだ。

 どんなオチが自分に降りかかってくるのかが、分かってしまう。


http://youtu.be/mGypt9C0YP0

 即ち、このような――。


香取『鹿島……貴女もまた私と同じく鹿島神宮より由来する名を持つ艦娘。鹿島神宮の祭神――軍神たる建御雷神(タケミカヅチ)の如くあれ。

   強くありたい、強くなりたい、勝利したい、負けたくない――そんな艦娘たちの願いをオールサポート。ただしまずはどちらが上か理解してもらうぞ、という具合ですね。

   繰り返します――我々は練習巡洋艦。練習とは同等以上でなくては強くなれないもの。貴女にはまずその強さを体験してもらうことから始めましょう』

鹿島『えっ』


 香取は一振りの大太刀を構えていた。駆逐艦たちが震えながらに語るところの、通称『絶対マウント取る構え』だ。普段なら切っ先を喉元に突き付けて殺気を飛ばし、駆逐艦が尊厳喪失するところで終わりだが――香取は実は、とてもすごく浮かれていた。

 鹿島が着任したことを誰よりも喜んだのは、香取であった。この子は絶対強くしなきゃと思っていたのだ。そして先日、提督から鹿島への教導許可が下りた。

 本当に嬉しかった。でも妹だからと言って手心は加えない。身内に甘いなどと噂が立てば、それは香取のみならず鹿島にとっても傷になる。

 だから鹿島が尊厳喪失してもやめるつもりはなく、怯えて竦んでガチガチ歯を鳴らして命乞いするまでやる所存であった。成程、完璧な理論だ。トラウマになる可能性があるってことを無視すればの話だがな。


香取『ええ、もちろんこれは実戦を想定してのただの模擬戦――鹿島、貴方も抵抗して構いませんよ? ――全部無駄だと分からせますので。大丈夫、貴方の姉さんは―――とても強いですよ?』

鹿島『お慈悲!!!』


 ねえよンなモン。トラック諸島の北西75kmあたりに捨ててきたわ。


香取『いざぁ』

鹿島『ぎゃああああああああああああああああああ』


 このような無惨な訓練の末、鹿島は強さを手に入れた。色々失ったけれど手に入れたものがある。

 おめでとう、鹿島もまた修羅の仲間入りだ。Bキャンセルはできない。

 カトリネェーー!!
 閑話休題。


 さてそんな香取と鹿島、そして他の軽巡・雷巡・重巡・航巡は先にトレーニング施設に入っており、


初月「もう軽巡と重巡クラスの人たちはアップを始めているみたいだが――ずいぶんと観客が多いな」


 大和と武蔵。長門と陸奥。

 金剛四姉妹に、扶桑姉妹。伊勢姉妹。

 現時点で鎮守府に着任済みの日本の戦艦が、全員がローラー台の周囲に陣取っている。駆逐艦たちもいっぱいだ。

 軽空母の面々も勢ぞろいしていた。二航戦の蒼龍・飛龍の姿もある。水母――秋津洲や、補給艦・速吸もプロテインや各種サプリメントをテーブルに広げている。

 そしてローラー台では既に、タバタプロトコルを行う軽巡勢・重巡勢が各々ウォーミングアップを始めていた。


照月「それだけ注目を集めているということよ。軽巡・重巡の方々は古参・中堅揃い……長く鎮守府に在籍しているだけ交流も広いし、戦艦や空母の方々も気にするでしょう」

秋月「提督が仰っていた言葉も気になりますしね」


 初月は昨夜の提督の言葉を思い出す――少しばかり趣向を凝らしている、と言っていた。

 惹かれなかったかと言えば嘘になる。初月自身は達成できなかったタバタ・プロトコルに、提督は何か別の要素を付け加えようとしている。

 それによって難易度が上がることはあっても、きっと下がることはないだろう。参加する当の軽巡・重巡クラスはひしひしと感じているのだろう。だからこそ入念にアップしている。

 提督の無茶振りは、慣れたものだ。その無茶を無理にしないために、彼女たちもまたベストを尽くす。提督は無茶を振る。やれると思っているからだ。無理は振らない。出来るわけがないからだ。


初月(…………なんだか、いいな。こういうの。凄くいい雰囲気だ。僕は、個々の鎮守府に拾われて、本当に良かったと思える)


 ――ごはんも美味しいし、とは口に出さなかった。着々と秋月型の才能が芽吹き始めている初月である。


天城「ううん、でもやはり駆逐艦の子たちが多い……比率を考えればそれも当然ですが、まあ納得ですか。

   昨日とは違い、本日は軽巡・重巡クラスがそろい踏み……多くの駆逐艦たちにとって直属の上司に当たる人が走るのです」

初月「……なるほど、それもあるのか。そういう意味では、僕は――」


 初月は防空駆逐艦という、対空火力特化型の駆逐艦だ。その特殊性ゆえに通常のカリキュラムとは少し異なる研修を受けていた。


 全ての駆逐艦を始め、新人たちには必須となる共通科目こそ変わらないものの、多くの駆逐艦たちはまず天龍や龍田の元で基本的な教育を受ける。


初月「天龍と龍田以外の軽巡の方とは、あまり接点がなかったか」


 艤装の完熟訓練、乗組員妖精の活用方法、海上での航海練習、それらは演習や座学を通じて学ぶ。トレーニングも余念がない。

 新人は特に必要最低限のスタミナをつけるため、筋トレと有酸素運動を交互に行う。プロテインやサプリメントも専門のインストラクターがついての徹底管理だ。

 その後、天龍・龍田の報告から見出された適正を元に提督が仮配属を決め、以後はその隊を取りまとめる軽巡洋艦・重雷装巡洋艦・練習巡洋艦の教育方針に基づく研修が始まる。

 初月が知っている限り、配属先は以下の通りだ。どこも一筋縄ではいかない、くせの強い艦娘たちの集まりである。

 第一水雷戦隊――阿武隈旗下。

 第二水雷戦隊――神通・能代・矢矧旗下(一部の軽巡・駆逐艦が臨時旗艦を務めることあり)。

 第三水雷戦隊――川内旗下(名取が第五水雷戦隊旗艦兼任・夕張が臨時旗艦を務めることあり)。

 第四水雷戦隊――那珂・由良旗下(長良・木曾が臨時旗艦を務めることあり)。

 第五水雷戦隊――名取旗下(長良は臨時旗艦を務めることあり)。

 第六水雷戦隊――夕張旗下。

 第十一水雷戦隊――酒匂旗下(長良・多摩・天龍・龍田がフォローとして随伴する)。

 特設水雷戦隊――北上・大井・五十鈴・鬼怒旗下(いわゆる作戦時の特殊編成部隊であり、対潜特化や雷撃特化・対空特化など再編されることしばしば)。


 その他の遊撃部隊や戦隊を担当している球磨や多摩、長良や阿賀野らにつくこともあれば、配属先の水雷戦隊の研修の一環で一時的に他の部隊へ預けられることもある。

 重巡が仕切る戦隊、そして長良が仕切る戦隊――果ては空母や戦艦付きの護衛艦も。

 前述の香取による練習遠洋航海などもそれに当たる。

 そして前述の通り、防空駆逐艦として特殊な立場にある初月は――。


瑞鶴「この公開タバタ・プロトコル練習で、初月が見るべき艦娘は誰か、わかるわよね」

葛城「最強の防空戦力は貴女たち秋月型と――――もう一つ」


 二人の空母が視線を向ける先は、ウォームアップ中の重巡洋艦のグループだ。

 誰もが輝くような威と圧を発するその中で、ひと際研ぎ澄まされた刃のような気を発している者がいる。

 最強の防空重巡洋艦――。


初月「摩耶、か」

秋月「摩耶先輩と言いなさい」

照月「それと朧先輩や秋雲先輩――野分と舞風もよ。今日は走らないけれど、あの四名は一航戦付の護衛艦なのだから。ご挨拶もそのうちね」

初月「は、はい。姉さんたち」


瑞鶴「…………まあ、摩耶についてはそこまで真剣に見る必要はないかもしれないけれど」

初月「えっ」

瑞鶴「摩耶に関しちゃ特にね。あの人はなんていうか……しょーもないもの見れると思うわよ。あんまり参考にならないからね」

雲龍「…………まあ、そうでしょうね。天龍や五十鈴ちゃん、鬼怒ちゃんあたりがいいんじゃないかしら」


 あまり会話に入ってこない雲龍さえ同意する。

 初月は言葉の真意が掴めず、やや不満げな表情を見せたが――すぐにわかるだろう、と誰も説明しなかった。

 防空重巡洋艦・摩耶。

 彼女が着任したのは鎮守府発足から一ヶ月の間。即ち最古参の一人である。

 そこからずっと一位だったわけではない。

 だが今や不動の一位だ。『着任から半年』でその地位を確立し、以後はその王座を占有している。

 ――それは初月も知っている。だからこそ、先ほどの不満げな表情は、「僕は彼女に届かないと、劣っていると判断されたのか」という誇りを傷つけられたことによるもの。

 だが嫌でも理解するだろう。海の上でなくとも、陸の上での、ただのトレーニングを見ているだけでもわかるだろう。


雲龍(――摩耶。あの人はあらゆる意味で規格外すぎる)

乙です


摩耶様が何やらかすのやろか、まさかイージスシステム?

10万円入ったらちょっと上乗せしてクロスバイクかエントリーモデルのロード買えるなぁ……とか思い出した僕を止めてください……

前スレのログを見返して気付いたのだが、球磨をブラッシングしてる時に「弟がいる」ということになってたけど、>>530では妹が二人で弟いないな?
まぁ提督の実家設定そのものが裏設定に近いモノのようだし、別にあんまり問題無いか

※今日はコメント返しだけつかれた
 いつも感想ありがとう。そして投下が遅くてごめんよ

>>700-701
惨劇というかしょーもない感じ
重巡には利己心の塊みたいな子が多いのです

>>702-705
あきつ丸「目的次第ではありますが、軽快な乗り心地や運動を目的にするのであればロードバイクの方が良いであります」

あきつ丸「試乗してみてガチで嵌りそうだと確信できたなら、コンポは105からを選んだ方が後々後悔することもありますまい」

あきつ丸「では授業料にその上乗せする十万とやらをこのあきつ丸に……」

>>706
裏設定故、弟も妹もいてもええかなあと。弟君も妹ちゃんも場合に寄っちゃ出番あるよ。
なんでもできる兄に対しての憧れとコンプレックス拗らせた感じの弟と妹な
提督の兄も姉も叔父も父も母も、それこそ爺さん婆さんまである種のギフテッドで常人とは言い難い連中なので

むしろジャイメリの価格が普通っていうか、そもそもロードバイク界隈の価格設定がおかしいというか…
最近モーターバイクの方に鞍替えしたけど、思い返してみればロードパーツのぼったくりっぷりに呆れるっての呆れないっての

雑誌とかでもやたら高価格のパーツばっか推すし、こういう風潮は早いとこ撤廃しないと新規参入者なんて永遠に来んわな

>>1
どうも、>>713でち
読み直してみるとゴーヤがスクル10K乗ってたでちね…
早とちりしてすまんかったでち

>>715
【あきつ丸のー、超辛口アドバイス小話ー】

あきつ丸「シビアな話をすると、価格設定はおかしいと言えば全てがおかしいし、おかしくないと言えば全くおかしくないのであります。何せ『高い安いは、買う人が決める』のであります。どんな世界であろうと、これは同じであります」

あきつ丸「巷で転売ヤーが雨後の筍や春先の変質者のようにあちこち生えては絶えぬ理由がそこであります。主観的にクソだと思うものであろうと、別の人にとってはそれが高価であろうと欲しい人は欲しい、安かろうと欲しくない人は欲しくないのです。それを選ぶ自由がある時点で、ぼったくりではありませんな」

あきつ丸「もちろんロードバイクの原価や諸々かかる諸経費を考えれば、成程、確かに高いのでしょう――ですが『それでも売れる』ならばその値段になるのであります。ドイツのCANYONが掟破りの通販限定という離れ技を決め、業界に一石を投じた事例もありましたが、業界は依然として旧態然としておりましょう?」

あきつ丸「何よりも安い自転車は安いのであります。以前にも解説した気がしますが、自転車のホビーユーザーにとって初心者向けのエントリーモデルも、玄人向けのハイエンドモデルも、タイムに圧倒的な差が出ることはない――1分1秒を争うプロ以外にとって大差ないのであります」

あきつ丸「つまり『趣味』であります。趣味とは見栄と自己満足が絡むもの。こだわりがあってしかるべきであります。只の運動と定義されるのであれば、それこそなんでもよろしい。それにいくらお金をかけるかは、それこそ当人の自由な選択でありましょう? あ、妻子持つ輩は家計を圧迫しない程度というのは大前提でありますが……」

あきつ丸「どんな雑誌をご覧になられたかはわかりませんが、高価格のパーツを推す理由も明記されていたのでは? 納得がいかないのであれば、それでいいのでありますよ。その値段に見合う、見合わないというものを決めるのは、前述したとおりに『買う人が決める』ものあります故」

あきつ丸「ただこれだけは――新規参入の有る無しについてのご意見については、はっきりと『否』と言わせていただきたく。くどいようですが、『買う人は買う』のです。スポーツで新規を確保できないメーカーに明日があるとでも? 国内で下火になったとしても、本場は欧米諸国でありますよ? モーターバイクが好きな人。嫌いな人。ロードバイクが好きな人。嫌いな人。両方乗ってる人(>>1とか)――すべて『趣味』であります」

あきつ丸「ただビッグプーリーだとかセラミックベアリングだとか、プロでも効果を実感できるかわからんレベルで費用対効果が微妙な代物を、口が悪くなりますが、雑誌の編集やら国内レースレベルで実績を上げた程度の人が、さも素晴らしいものであるかのように絶賛するのは片腹大激痛でありますな」

あきつ丸「ぶっちゃけアレこそ趣味の領域であります。どノーマルで十分でありますよ? というか絶対実感できないでありましょう。楕円形チェーンリングのホビーユーザーの使用感レビューなども全く怪しいものでありますなあ、あっはっはっは!!」

提督「…………」←ビッグプーリー、セラミックベアリング、共に換装している。

長良「…………」←提督と同じ装備。提督大好き。絶許。

天龍「…………」←楕円形チェーンリング大好き。提督大好き。絶許。

足柄「…………」←同じく楕円使い。提督大好き。そして餓えた狼。

※この後、あきつ丸はみんなにメチャクチャ粛清されました。

>>716
いいのでちよ。
>>1も結構ヨーロッパに偏ってるなーと思ってはいたのでち。本場で選択肢が多いでちからね。
でもぶっちゃけ鎮守府内でもジャイアント乗りは結構いるんでちよ。
GIANTならぶっちゃけ前述したとおり、戦艦になりたい駆逐艦の子とか、その姉とか、この作品中では世界最強の艦娘と言われてる属性過多なメガネ戦艦とか。
MERIDAなら大和型の目立つの嫌いな方とか、でち公とか。


マジで忙しいでち……。

>>699続き

雲龍(相対する空母の艦載機だけに注意を払っていられない――摩耶が立つ海に、摩耶は必ず『脅威』として存在する)


 雲龍も――そして今や空母の中でも最上位を争う実力者となった瑞鶴でさえ、思い出すたびに震える記憶がある。雲龍は震える指先を誤魔化すように強く握った。

 ありありと思い返すことができる、あの全身を走る悪寒、氷柱が延髄と差し変わったかのような怖気。

 ここに居たくない、居てはならない、恐ろしいことが起こるという――理屈ではない本能に訴えかけてくる恐怖。

 向けられている感情があった。

 それは憎悪によるものではなかった。

 それは怨恨に根差すものではなかった。

 そこには、殺意すらなかった。

 彼女のそれは、ただの純粋な――。


摩耶『――飛行機が、嫌いなんだ』


 かつて彼女が言った言葉を思い出す。


摩耶『断りなくあたしの上を飛ぶ無遠慮さが。クソの代わりに榴弾やら銃弾やらのクソ未満をひり落としていきやがる躾のなさが、人を見下しやがるあの高さも、何もかもがウザったくてしょうがねえ。

   ゴキブリっているよなあ? あいつらも飛びやがるしクソウゼえが、普段は慎ましやかに目のつかねえところにいる。その分別があるだけ上等だ。

   だがアレはダメだ。絶対にダメだ。文字通りにお高く留まってやがる。何様のつもりだ? あたしを誰だと思っている? あたしは――』

 
 ――航空母艦にとって、摩耶という存在は一つの壁である。

 翔鶴型にとっても、雲龍型にとっても、例え一航戦であっても、演習時に摩耶が相手陣営にいた際には相応の工夫が必要だった。

 そして工夫以上に――彼女を知る必要があった。そうだ。摩耶が常に発しているアレは、もはや理屈の埒外にある――。


提督「揃ってるようだな」


 良く通る声に、思考が寸断される。提督の声だ。

 トレーニングルーム内の艦娘達の視線を集め、その波をくぐりながら、提督はトレーニングルーム内の大型モニター前に立った。


提督「さて……予定通り、軽巡クラスと重巡クラス合わせて42名が参加だな。では一斉にタバタ・プロトコル開始――と言いたいところだが」


 ――来た、と。提督が何かを試みようとしていることを予想し、内心であたりを付けている艦娘達が身構える。


提督「覚えているよな? 趣向を凝らすと云った事を。

   御覧の通りギャラリー多いし、何よりマシン台数の都合もある――特定の参加者を応援したい子たちもいるだろうし、グループを分けることにした……」


 その言葉を字面通りに受け取る者は、良くも悪くも古参内には多くない。


提督「軽巡・雷巡・練巡。そして重巡・航巡の諸君。大いに喜べ――君たちに楽しい余興を用意している」


 悪巧みの詳細を語る時の目だった。海戦や演習前の作戦会議……提督が作戦立案する場にしばしば同席する艦娘達――参加者で言えば大淀や香取――はとてつもなく嫌な予感を覚えた。

 大淀はおおよその予想がついていた――答え合わせというよりも、もはや間違い探しの時間である。だが提督が先に語った前置きから、己の予想の大筋に間違いはないと踏んだ。

 香取もまた複数のパターンで予想を付けていたが、その中でもひときわ悪辣なものが来ることを悟った。一方で、まるでわかっていない者もいる。


川内「む」


 ――余興。つまり夜戦だ。ははん、提督ってばわかってるなと川内はまるでわかっていない論理を展開し始めた。


球磨「クマ?」


 ――ひょっとして頑張ったらナデナデしてくれたりするクマ? 球磨が魅力的だからって、人前での御触りは困っちゃうクマぁ……まるでわかっていないのは彼女もである。


提督「ここからの説明は明石が行う」

明石「はい! 皆さん、モニターにご注目です!」


 提督と入れ替わるように明石が艦娘達の前に立つ。彼女が手元の端末を操作すると、背後の大型モニターにいくつかのグラフや記号が表示された。


明石「まず、タバタに参加する軽巡・重巡の皆さんが現在使用している固定ローラー台には、各種計器を取りつけさせていただいています。

   ペダリングパワー、乗り手の体重やギアから計測される速度、そして指先に装着していただく機材からは血中酸素濃度――こうしたデータが各自、私の背後にあるモニターに表示されます! 項目別に!

   20秒間のワーク時の最大・平均心拍数、最大パワー、平均パワー、最大ケイデンス数、平均ケイデンス数などが自動計算されるわけですね!」

大淀(あー……やっぱり)

香取(……ということは)


 二人の予想は的中したが――それは更なる苦痛の到来を意味するものだった。


明石「まあ簡単にいえばですね――タバタ・プロトコルで走破した距離が出る。つまり……順位が出ます!」


 ――空気がひりついたのは云うまでもないことだった。

 その空気を自分が生み出してることに気付いていないのは、もちろん明石である。


明石「(あ、あれ? なんか反応悪いな……)さ、参加者の方々は、今もローラー台でウォーミングアップしている最中で恐縮ですが、一度に計測するのは『六人』です!

   公平を期すためタバタ開始の1分前から提督が名前を読み上げてくださいますので、軽巡・重巡の皆さんはそのまま引き続きアップを続けてくださいね!」

天龍(……明石、あいつ気づいてないんだろうなァ)

龍田(ああ、読めたわ……ロクでもないことだわ。提督ったら本当に、なんて悪辣な事を思いつくのかしら……効果的では、あるのだけれど)


 ――前日に、戦艦達や一航戦らが予想していたことがズバリ的中していた。


提督「これは独り言だが……ご存知の通り、タバタ・プロトコルには8回のセットがある。大型モニターにも表示されるが、各セットごとの順位が参加者全員のお手元にあるサイコンにも表示されるのだ――まるで区間賞のようだね!」

金剛「Oh…………あーあー、そういうことデースか……これはひどいデース」

比叡「? ????? ? お、お姉さまぁー! 比叡、お恥ずかしながらよくわかりません!」

金剛「いい質問デースネ、比叡。分からないことを分からないと言えるのは美徳デース。

   ――このトレーニングはただのタバタ・プロトコルではないのデース! まずはタバタプロトコルのトレーニング内容と目的と達成条件をおさらいしてみまショーウ!

   霧島ぁー! 説明プリーズ!」


霧島「はい。それでは僭越ながら説明させていただきます」


 タバタ・プロトコル。HIIT(High Intensity Interval Training)の一つである、全力運動と僅かな休憩を繰り返すトレーニング方法である。

 このトレーニングは20秒の全力運動と10秒の休息。これを1セットとし、8セットで疲労困憊に至る間欠運動で成り立っている。僅か4分間……明確に言えば3分50秒で完結するシンプルなトレーニングだ。

 目的は心肺能力の向上。有酸素運動エネルギー(長距離走)と無酸素運動エネルギー(短距離・中距離走)の両方にも効果が絶大とされている。

 そしてこのトレーニングだが、応用性が高いことが特徴の一つとして挙げられる。

 運動の種類に『指定が無い』のだ。ダッシュ、水泳、バーピー――そしてロードバイクやエアロバイク。


霧島「さて、ここまでがただのタバタ・プロトコルですが――比叡姉様、ここで提督の言葉……ひいては明石さんの説明に違和感を覚えませんでしたか?」

比叡「え? えーと、ええーと…………あれ? これって別にみんなでいっぺんにやればいいし、なんなら別々でも構わないよね? 何よりもモニターに表示する意味ってないよ? ――だって『競争』するわけじゃないんだし」


 ――まさに比叡の抱いたその疑問は核心を突いていた。


霧島「そう。その『競争』というのがミソです」


 ――タバタ・プロトコルは、自身との戦いと呼ばれることがしばしばある。

 そこには『競争』がないのだ。自らを追い込むトレーニングである。誰彼に勝つ必要はない。そもそも『意味』がないのだ。悪趣味とすら言える。だが本来必要がないはずの、その『競争』の概念を取り入れている。


霧島「まず軽巡・重巡クラスは誰もが並の鍛え方をしておりません。身体も、そして心も。

   この条件下においても間違いなく誰もが『疲労困憊になる』ことはできるでしょう。つまりタバタ・プロトコル自体は成功します。

   ……ですが『出し切れる』のと『ベストを尽くせる』のはまた別の課題なのですよ」


 それを見誤るものは失敗する、と霧島は補足した。


榛名「どういうことです? 榛名もよくわかりませんが……」

霧島「例えばだけれど――仮に比叡姉様の隣で金剛姉様が一緒にスプリントレーニングをするとしましょう。イメージしてみてください、比叡姉様。榛名も自分に置き換えて想像してみて」

比叡「楽しいです!」

榛名「楽しいですね。とっても疲れると思いますが、榛名は大丈夫です!」

霧島「では金剛姉様が『もっともっと速度を出して』と仰ったら?」

比叡「が、頑張ります! 苦しいでしょうけれど! 気合、入れて、行きます!」

榛名「は、榛名は大丈夫です!」

霧島「ですがそんな苦しいところ、金剛姉様は更に速い速度で走っています。それについてこれるよう、もっともっと速度を出すように指示を出されたならば?」

比叡「…………金剛お姉さまはそんなこと言いませんが!! 多分バテバテになっちゃうでしょうけど、しっかり効率考えて走ります! ペダリングとか、フォームとか意識して!」

榛名「榛名も同じです!」


霧島「そう、それが問題なんですよ。さて、タバタの話に戻りますが――タバタに効率は必要ですか?」

比叡「え? そんなの、元々必要ない―――ん?」

榛名「………あ!」


 得心いったように、比叡が頷き、榛名も「ああ!」と声を上げた。


比叡「――な、なるほど! そういうことだったんですか!」

金剛「そうデース! 元々自分を追い込めるだけの全力運動すればOKなタバタプロトコル! ペダリングの効率とか関係ナッシング! 乱暴な言い方をすれば『疲労困憊になれる』のならば、そもそもペダルを回す必要だってありません!

   だけど互いのライバルたちのリザルトが嫌でも目に飛び込んできマース! そんな中で一切ハートが揺らぐことなく、いつも通りのペースで自分のベストを出す、そして出し切ることを両立できマースか?」


 ――無理である。どうしたって意識し合う。ましてかつては海の上で戦友として信頼し合うと同時に、ライバルとして切磋琢磨してきた――同じ艦種のメンバーだ。意識しない方がどうかしている。

 特に1セット目だ。最も足がフレッシュで、パワーが漲っている状態で行うセットが1セット目である。

 つまり誤魔化しがきかない。最大最強を曝け出す。そのパワーが誰彼よりも劣っていたら? 精神への動揺を抑えきれるだろうか? それによって始まる2セット目にどんな影響があるか? ただ全力で回すだけのタバタプロトコルで、出し切りつつも上位の成績に食い込めるだけの効率も求められる。

 そもそも両立することは極めて困難である。

 全力を出す、イコール、自身の最速では断じてない。


霧島「故に考えるべきは提督の狙いです」


 提督に狙いがあるとすれば何か――その答えの一つに、既に辿り着いている者達がいる。


大和「提督は後々、艦種を問わないチームによるレースの開催も視野に入れておられるのでしょう。そう考えたならば、このギャラリーだらけの公開トレーニングにも意味が見いだせます」

武蔵「だろうな。いい機会だ――よく見ておけよ、浜風、清霜」

浜風「ええ」

清霜「わかりました!」


 つまりこの場は――。


伊勢「――絶好のアピールの場ってわけね。私たちの時は、ちょっとばかり派手にやった方がいいかな」

日向「ふむ……となると解せんことがあるのだが。先日は駆逐艦や空母など参加する者の艦種はまちまちだったぞ。今日になって軽巡・重巡を競わせるのは何故だ? 昨日は何故やらなかった?」

扶桑「駆逐艦と空母には新人の子たちもいたからかしら……それだけではないような気も」


 だが、違う視点から意義を見出している者もいる。


山城「本質を見誤ってない? 姉さまも、伊勢と日向も」


山城「まずは8回のスプリントで全力を出し切る。その大前提をクリアしなきゃ。

   それ以外は全て不純よ――まあ尤も」


 軽巡・重巡達の顔を一人一人眺めながら、山城は言う。


山城「……わかってる子は何人かいるみたいだけど、わかってないのもいる。わかってる上で、それを止められない子もいるみたい」


 『ただ出し切る』事を考えるもの。

 『絶対に負けたくない』と思うもの。

 考え方は様々だ。だが見えるものは多くある。


山城「アピールする機会というのは、間違ってないわ。だけど、アピールの方法もね……案外どうにもならないわよ。えげつないわこのトレーニング」


 苦しい時に、人の本質は見えてくる。綺麗なものもあるだろう。汚いものもあるだろう。

 それを見せることを強要するトレーニングだ。だからこそ、山城はそこに一つの真実を見る。


山城「『この人がいれば勝てる』のと……そして『この人を勝たせたい』は、同じようでまるで違うものよ」


 そう、最悪なことにこの場はアピールの場にもなりうる。

 『こんなにも早く走れる』『誰彼よりも速い』

 それをアピールすることで『この人のチームで走りたい』と勧誘に走る者はきっと出てくるだろうし、『この人が敵チームに居たら厄介だ』と探りを入れる者も出てくるだろう。


日向「君ならどんな子をチームに?」

山城「愚問ね。私なら……『一緒に勝ちたい』と思える子と走りたいわ。チームであればそれが必要不可欠かつ最低条件……私が一緒に勝ちたいと思うのはもちろん、西村艦隊のみんなとよ」

伊勢「――あら」

日向「ほう」

扶桑「まあ」


 瞠目して山城を見やる三人に対し、山城は眉をひそめた。


山城「なんですか……姉さまも、二人も……じっと見たりして……ああそうか、私が失言したのね……同じ会社の誰かが起こした不始末のせいで、TVの前の『誰よアンタ』って突っ込みたくなる誰かのように頭下げたり号泣会見を開かなきゃいけないんだわ……不幸だわ……あんな無様を晒すなんて、私なら恥ずかしくて死んだ方がマシだもの……」


 今日も山城は被害妄想が酷いが、それ以上に誰かへのディスが惨い艦娘であった。

 なんか何の根拠もなくよくわからん細胞があるとかないとかほざき、学歴に見合わぬ無学さ、見ている側が情けなくなるほどの矮小さ、性根が腐ってるとしか思えない卑劣さを晒した馬鹿をテレビで見た時も。


 『むしろやってないやつおるんか必要なことならやってもええんよ?』とツッコミたくなるほど多発する政務活動費の不正利用が発覚し、記者会見で無駄に泣き喚き被害者面を晒した挙句、実刑判決喰らってなお未だ被害者面をやめない元議員を見た時も。

 山城は無慈悲に『死ねば』と思った。

 『粗にして野だが卑ではない』――石田禮助(石田礼介)の言葉がある。

 『外見や言動が雑で粗暴、洗練とは程遠いものであったとしても、考え方に一本筋が通っていて、決して卑しい行いや態度をとらない』という意味だ。

 艦娘として生を受けた後に、山城はある出来事がきっかけでこの言葉を知り、酷く感銘を受けた。気骨ある生涯を貫いたその生き様を尊敬している。どこか、『戦艦・山城』を――史実の自身を運用した西村提督に通じる考えだと、大いに共感していた。

 そんな山城に言わせれば『こいつらは粗でなく野でもないが、賢しいだけで自己保身ばかりを考えている。まるで腐肉をシルクで包んでいるかのよう。悪臭を見た目や香料で誤魔化そうとしても、その醜悪さは隠せない。性根が卑しい哀れな生き物よ』だ。物乞いの方がまだ謙虚に生きているとすら言うだろう。

 自分はそうはなりたくないと思った。だから常日頃から己に言い聞かせている。恥じることをするなと、律し続けている。道理のないことを決して迎合しないという態度は、山城の頑なで意固地な悪徳でもあったが、それ以上の美徳でもあった。

 ネガティヴではあるが、ハートとガッツがある。悲観的ではあるが、諦観はなく、絶望に立ち向かう勇気と覚悟がある。

 不幸を嘆くことはあっても、希望と理想の光を掲げた。艤装の欠陥や無力さに溜息をつくことはあっても、それを言い訳にすることはしなかった。決して卑に流されることを善しとしなかったのだ。

 こんな自分を、旗艦として仰いでくれる駆逐艦がいる。不幸を嘆くことなく、まっすぐに笑顔を向けてくれる航空巡洋艦がいる。


日向「ああ、いや……君が言うと言葉に重みがあるなと。この日向、感服した。うん、恐れ入った。そうだな、確かに君の言う通りだ。私も、一緒に勝ちたいと思える子たちと走りたい。なあ、伊勢?」

伊勢「ええ、私もそう思うよ。山城ったら普段は人生どん詰まりみたいな暗い雰囲気してるけど、流石はニシムラセブンの筆頭よね。扶桑も鼻が高いんじゃない?」

扶桑「あ、あまり揶揄わないで、伊勢」

山城「……姉さまが私のことで鼻を高くしてくれない……ああ、私はきっと卑しいんだわ……卑しくて不幸だわ……」


扶桑「ち、違うのよ山城! 姉さま、ちょっと妹が褒められたけど謙虚に受け止めるべきよねって思ったっていうか伊勢が揶揄うからちょっと恥ずかしくなっちゃったって言うかとにかく山城貴女は私の自慢の妹よ!!?」

山城「姉さまに気を遣わせた……死のう……提督との子供を10人ぐらい生んでから死のう……」

伊勢「こんな長期に渡る遠大な自殺計画は初めて聞いたなあ」

日向「今日も山城は愉快だな」

扶桑「貴女には言われたくないわ、日向」


 ――大戦の最中、『ニシムラセブン』と呼ばれた奇跡の艦隊があった。

 スリガオ海峡を抜け、レイテ沖へと突入した少数精鋭部隊。史実においては大敗を喫し、一隻の駆逐艦を除いて海に没した艦隊。

 艦娘としての浮世において、それを覆した。


 ――西村艦隊・旗艦。


 海軍戦艦番付――武蔵・長門に次ぐ、三位。

 最強の航空戦艦。

 『明星』と呼ばれた航空戦艦――それが山城だ。


日向「ははは。しかし山城、一つ抜けてるぞ?

   『この人がいれば勝てる』と『この人を勝たせたい』と『一緒に勝ちたい』以外に、少なくとももう一つはあるだろう?」


 ――『この人に勝ちたい』だ。


山城「…………そうね。それを見極めるんでしょ? 今日。ここで」


 視線を前に向ける。絶景かな――最強と呼ばれた艦隊の精鋭たる重巡・軽巡の歴々が居並ぶ壮観がある。


日向「まあ、黙って見ていよう。良き瑞雲はおらぬものかな」

伊勢「あ、このトンチキの言葉はともかく、黙る前に聞きたいことあったんだった。ねえ、山城。興味があるんだけれど――軽巡クラスの中にはいるかしら。貴女が一緒に走りたいなって思う子」


 軽巡クラス、と伊勢はあえて限定した。重巡クラスには最上がいる故にだろう。


山城「まだ走る前でしょ……これから見定める――と言いたいところだけど」


 一呼吸おいて、山城は言う。


山城「まあ……期待してる子はいるわ……天龍、ね」


 意外な名前が挙がった――と捉えるものは、誰もいなかった。

 日向に至っては納得、それも当然――と言わんばかりに頷き、しかし疑問はあったのだろう。


日向「……君にとって天龍は、一緒に勝ちたいのか、戦力として欲しいだけか? それとも――勝たせたいのか、勝ちたいのか」


 意地の悪い質問だった。日向も自覚があるのだろう。いつもの柔和な笑みに、少し陰りが見えた。


山城「勝たせたい、というタイプね。ズルい子よあの子は。一生懸命やってるのを隠そうとして、隠しきれていない」


 苦笑しながら山城は言う。その言葉に憐れみはなかった。ただ報われて欲しいという、祈るような願いがある。


日向「……無理もないことだろう――なにせ、あいつは」


 見据えた先に、天龍がいる。

 この重巡・軽巡の中で――『ただ一人』だけ眼帯を付けたままロードバイクに跨る彼女を見つめながら云う。木曾は眼帯を付けていない。

 日向は、真っ直ぐな視線を天龍に注ぎながら、痛ましげに云う。



日向「私たちの中で――艦隊でただ一人の、隻眼だ」



 日向がそう呟くと同時、示し合わせたかのように提督が1グループ目の参加艦娘の名を呼ぶ。

 トレーニングが始まる。

 その魁として選ばれたのは。



提督「――天龍」

天龍「おう」


 真っ先に呼ばれた艦娘は期せずして、天龍だった。

※今日はここまでです……明日明後日遅くても週末ごろにはまた見てロードバイク!


深雪「――――!」


 天龍の名が呼ばれ、真っ先に反応したのは深雪だった。まだタバタプロトコル開始の合図が出ていないにも拘らず、彼女の視線は天龍に釘付けとなった。

 ――あたしは。

 ――深雪様は、どうして強くなろう、なりたいって思ったんだっけ。

 その疑問は一日たった今でも、深雪の心の内側で燻っている。その答えが、天龍を見ていればわかるような――思い出せる気がした。

 次いで駆逐艦たちの多くが沸く。第六駆逐隊の面々は喜色を浮かべて天龍の名を呼んだ。それに呼応するように、多くの駆逐艦が天龍の名前を呼んだ。頑張れ、ファイト、天龍さん出し切って――次々に応援の声が上がり、拍手する者もいる。


初月「っ、と。すごい人気だな、天龍は」

秋月「天龍さんは――『華』のある方ですからね」

初月「はな……?」

照月「見てれば分かるよ。それと――天龍『さん』ね」

初月「あ、ああ」


 初月を見る姉二人の視線には凄みがあった。

 声援に片手を上げて応える天龍の左目は、眼帯で覆われている。

 駆逐艦たちの拍手や応援の声、その間隙を縫うように、提督の声が滑り込んだ。


提督「木曾」

木曾「ああ!」


 寸毫ほどの間もなく、覇気に満ちた声で応答するのは木曾。今の彼女の右目に、常日頃から装着されている眼帯はない。

 瞼の上から頬にかけて割断するような傷痕が、うっすらと奔っている。


まるゆ「!! 木曾さん! がんばってください!!」

あきつ丸「ファイトでありますよ! 木曾殿!!」

木曾「ああ、見ててくれ」


 口端を吊り上げて不敵に笑う姿に、まるゆとあきつ丸もまた笑みを深めた。

 こうしたやり取りを経ながら、提督の口から次々に1グループ目のタバタ・プロトコルに参加する艦娘達の名が読み上げられていく。


提督「矢矧」

矢矧「ええ!」


 凛然とした声と引き締まった表情で応答する矢矧。


提督「夕張」

夕張「はい!!」


 力強く声を張る夕張――そして。


島風「――おうっ!!」

長波「座ってろ、島風。ステイだ。見学してんだよあたしらは。アホか」

島風「おっ、ぉぅ……」


 長波に首根っこを掴まれて座らされる島風。

 残る参加者は、二人。その二人は――。


提督「阿武隈」

阿武隈「はい!」

提督「――北上」

北上「はいな」


 この二人の名が続けて読み上げられた時、部屋の中が一瞬だけ静寂に包まれた。


阿武隈「げ」

北上「にひ」

大井「は?」


 対照的な二人の反応と、隠そうともしない殺意を発し始める大井――これには駆逐艦のみならず、空母や戦艦達の間にもどよめきが走った。


日向「――ほう。あの二人か」


 そんな中で、納得したように薄く笑むのは日向だった。


伊勢「あー、やっぱ気になる? 日向としては」


山城「……? 阿武隈と、北上? 日向と接点があったかしら?」

日向「日常生活においてはさほど。だが注目はしていた。特に北上はな」

山城「瑞雲使えない子よ?」

日向「君は私を何だと思ってるんだ?」

山城「瑞雲狂いよ」

日向「な、なんだいきなり……そう当たり前のことを褒めないでくれ。照れる」

山城(ただの気狂いかもしれない)


 本気で照れてるのか少し居心地悪そうに体をくねらせ、しかし満更でもなさそうに笑みを深める日向の姿に、山城はとてもシツレイなことを思った。


日向「いや、何。北上は……いいや、あの二人はな? なんというか――私と同じタイプだからだ」

山城「だから瑞雲は積めない子たちよ? 大丈夫? お薬いる?」
    オ ク ス リ
日向「緑と赤と白の瑞雲なら間に合っている」

山城(手遅れだったわ)


 もはや処置なしかと、匙を投げて無視して開始の合図を待とうと思った山城だったが――。


日向「阿武隈も、北上も、多くの道を選ぶことができる。選択できるだけの贅沢があった。

   阿武隈はいささか遅咲きで、北上は早咲きという違いこそあるものの……二人とも同時にいくつもの道を選びとり、そこで一流と呼ばれるぐらい成長できるほどの才能がある。

   阿武隈は多くを選んだ。全てを半端にせず、苦手の多く得意に変えていった。

   だが、北上が選んだのは一つだけだった。一流ではなく、超一流と呼ばれる存在になることを選んだ。ああいう子は好きだよ」

山城「……へえ(イカレのくせして、見るべきところはしっかり見てるわねこいつ)」

扶桑「――――ああ、言われてみれば確かにそうね。それは北上と貴女にある共通項よ」

日向「まあ、そんな北上の脚質はパンチャー……比較的万能的な脚質で、その一方で阿武隈は登坂の専門家たるクライマー……云いたいことが分かるよな?」

伊勢「ああ、なーる……確かにそう言われると、気になるね」


 どんな走りを見せてくれるのか。

 互いが持っていた主義を捨ててしまったのか。

 その誇りの所在は、今は何処にあるのか。


提督「――1分後に開始だ。10秒前からカウントスタートする」


 提督の言葉に、微かな話し声こそ聞こえるが、観客たる艦娘達の多くが静かになった。


天龍「よう、矢矧も一緒か。オメーとはあんま仕事で一緒になったこたァなかったな。ま、よろしく頼むわ」

矢矧「は、はい! よろしくお願いします!」

木曾「思えば俺たちが一堂に会して、こうして互いの鍛錬を競うなんてこと、年に一度の体力測定ぐらいのものだったな」

夕張「まあ、お互いにあちこちの海で仕事してたわけだし」

北上「そうだねえ。ねえアブもそう思うよね?」

阿武隈「……あたしに話しかけないでください。気が散ります」


 艦娘達の多くが鎮まったからこそ、どこか緩い――そんな会話がはっきりと初月の耳にも届いた。


初月(……? なんだ? 矢矧や阿武隈はともかく、なんだって彼女らはああも緩い雰囲気で話してる?)


 初月は、雲龍の言葉を思い出していた。

 初月は天龍や五十鈴、鬼怒に注目すべきだ、と。

 だが、天龍をはじめ、半数以上が気の抜けた表情をしているように見える。

 そう、思った矢先だった。開始まで残り30秒を切ったあたりで、異変に気付く。


初月「―――――え」


 弛緩していた空気が、一気に緊迫していく。

 張り詰めた鋼糸にがんじがらめにされている心地だった。

 己が冷や汗をかいていることに気付き、改めて軽巡たち六名の表情を見る。


初月「っ、あ、ぁ……?」


 漏れた声が震える。誰も彼もが、見たことのない表情をしていた。命を叩きつけられるような迫力が、総身から放たれている。

 座り込んだまま彼女たちを見ていた初月は、凍えるように抱えた膝を強く擦り合わせた。最後の意地とばかりに、視線だけは天龍を捉える。

 天龍の隻眼は、据わっている。ただ前を向いている。一秒ごとに鋭さを増していった。

 初月は知らない。それが彼女たちが、『敵に値するもの』と会敵した時だけに見せる表情であり――命の危機が迫ったときにのみ見せる、鬼気と呼ばれるものであることを。


初月(理解、でき、ない。これは、トレーニングだぞ? それも、砲撃や雷撃じゃあない。艦娘としての鍛錬じゃあない――ロードバイクだ。なのに、なんで、こんな)


 ここを戦場として認識しているかの如き変貌。

 だが初月にとって理解できないそれは、軽巡にとっては疑問に思うことさえない『当たり前』のことだった。それができないものから死ぬ世界に生きており、その世界を生き抜いた。


 軍人と、アスリートの違いを改めて明文化するのならば、仕事の成果が文字通りの生物的な死に直結するか否かにある。

 しかし、彼女たちは決してスポーツマンを舐めている訳ではなかった。自ら精神を極限状態へ追い込み、肉体のポテンシャルを最大限に発揮するための技術において、スポーツマンはある意味で軍人の遥か上を行く。

 己の名誉、キャリア、積み上げた経験、自負、あらゆるものを力に変えて勝利へと邁進する姿勢は、尊敬に値するものだろう。文字通りのライフワークが、この極限にある。競技の結果に全てを賭けるのが、彼らの生きざまだ。

 我を押し殺すのが軍人ならば。

 我を押し通すのがアスリートなのだ。

 ならば、我を押し殺したままにスポーツに挑んだ軍人は勝利できるのか?


朧(――無理ですね)


 慣れているかのように――事実慣れているのだろう――軽巡たちの変貌を見据えている第七駆逐隊の面々は、各々が過去に思いを馳せた。


朧(タバタはキツいトレーニング。耐えることももちろん大切だと思う。内臓が全部、口から飛び出そうな心地になる。

  けど、問題はそこじゃない。そんなの、あたしは耐えられる。肉体も、精神も、耐えられる。やろうと思えばだけど……だけど……それが海の上か陸の上かで、話が違ってくる)


 だが命懸けが当たり前の軍人の日常において、その当たり前を成り立たせるための前提――――どんな甘ったれでも簡単に燃料にできる死への恐怖や生への渇望を、スポーツの中に見出すことができない。

 ――――だって、死ぬわけじゃない。

 そんな冷めた思いが脳裏をよぎる。それはある意味で強さであり、弱さでもある。


 死を己のものとすることが常態化しているが故に、それを発揮するための燃料をそこに見つけられない。

 故に朧は思う。無理だと。そして曙もまた思う。多くのものに裏切られ続けてきた駆逐艦は、思う。


曙(ここが海の上なら『危機感』がある……だって、本気でやらなきゃ沈む。死んでしまう。その恐怖がある。それに負けない、死にたくない、自分も、仲間も、死なせるもんかって気持ちが、自然と湧き上がってくる。

  だけど、アタシたち艦娘には、多分本能的な安堵がある。言ってみれば安心感……陸の上にいるとそれが顕著になるのよ)


 曙もまた、それを実感していた。決して口にはしないだろうし、問い詰められても認めはしないだろう。

 だが曙もまた、戦時は『それ』を原動力として戦っていた艦娘の一人だ。

 ――失って溜まるもんか、と。

 もう二度と悔しくて泣いたりするもんか、と。


漣(死ぬことがないって分かってしまう安心感。ああ、それはとても素敵な事ですとも。ご主人様と一緒に掴んだ平和です。何て愛しい!

  ――どっこいそいつがなんて皮肉なのか……こういう遊びの場じゃあ敵になっちゃうんだよねえ)

潮(大戦のときは、こんな苦境なんていくらだって耐えられました。百回だろうと二百回だろうと耐えられました。

  でもそれは――――仲間を護るとか、絶対死んじゃだめだとか、勝ちたいよ、負けたくないよ、みんなとまた笑いあいたいよって気持ちが、あったから。

  ああ、てぃーとくが、言ってた通りだ――――あたしの中で、あの時……『まだ生きたい』って、気持ちがあった。あの時は、あたしの中の全てがそう叫んでた)


 目に見えて迫る命の危機があった。

 己の。誰かの。

 それが、ない。

 魂が震えない。本能は叫ばない。

 ならば楽かといえば――――逆である。

 乗り越えるために『必死』を要する壁を登るとする。死ぬ覚悟がないと登り切れない、そんな前提のある壁だ。海戦では、その壁を登り切れなければ死を意味していた。

 だが、今は安全ロープがしっかりと己の身体に巻き付いている。堕ちても死ぬことはない。

 登るのに失敗したとしても死ぬわけではない――――だが『死ぬ覚悟がないと登り切れない』という条件だけが変わっていない。

 そこで必死になれぬということは、何を意味するだろうか?


 決して乗り越えられぬという事。


提督「―――開始まで10……9……8……」


 カウントダウンが始まる。

 その解法のいくつかが、すぐにでもわかるだろう。


提督(わかっただろ? お前たちとは……艦娘とは、軍人とは、真逆なんだ。だが、それは温いって意味じゃない。記録のために『本当に死んでしまうかもしれない』ことを、イカレた理屈でやってのけるのがアスリートだ。

   つまり『馬鹿になれる』んだ。悪い子になれる。どう考えても支離滅裂。だがどれだけか細かろうと、途切れそうなぐらいに頼りなかろうと――そこにたった一筋の道理が通っているのならば。

   アスリートはそれを信じ抜くことができる、言葉通りの『馬鹿げた一念』の強さがある)

提督「――4……3……2……」


 誰もが固唾を飲んで見守った。

 深雪も。

 朝潮も。

 皐月も。

 そして――初月も。


提督「――1」


 軽巡たちが一斉に立ち上がる。

 やるべきことはもう決まっている。

 ただ全力を出す。最初から分かり切っていたことだった。


 ――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ。

 天龍は嘘をつき。

 ――俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている。

 木曾は後悔を思い出し。

 ――何よりも強く。ただ速く。全力で、全開で、全速で――――回す。それだけよ。

 矢矧は覚悟を決め。

 ――私はもう、見失わない。見捨てない。見誤らない。私はただ――私の速さを、疑わない。

 夕張は信念を抱き。

 ――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。

 北上は気負わず。

 ――頭の中が、透き通っていく感じがする。

 阿武隈は征く。


提督「―――――ゼロ」


 かくして、1グループ目のタバタ・プロトコルが開始した。

※時間切れである

 次回から怒涛ゾ


 軽/重雷装/練習 巡洋艦:ロードバイク&脚質まとめ(☆マークは今回出走)

 ☆天龍:SCOTT FOIL PREMIUM オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 龍田:SCOTT FOIL PREMIUM ルーラー(天龍限定)
 球磨:KUOTA KHAN オールラウンダー(スプリンター寄り)
 多摩:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 ☆北上:WILIER ZERO 6 パンチャー
 大井:WILIER ZERO 6 ルーラー(軽巡最強ルーラー。ただし北上フォロー時限定解除)
 ☆木曾:??? オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 長良:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K スプリンター(ピュアスプリンター)
 五十鈴:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 名取:BIANCHI OLTRE XR4 ルーラー(という名のTTスペシャリスト)
 由良:BASSO DIAMANTE SV ルーラー(の皮をかぶったTTスペシャリスト)
 鬼怒:WILIER Cento-10-AIR Red スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 ☆阿武隈:COLNAGO V1-r クライマー(ピュアクライマー)
 ☆夕張:BIANCHI Specialissima CV スプリンター?
 川内:DE ROSA PROTOS オールラウンダー/ダウンヒラー(スプリンター寄り)
 神通:DE ROSA KING XS オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
 那珂:DE ROSA SK オールラウンダー(クライマー寄り)
 阿賀野:TIME SCYLON AKTIV スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
 能代:TIME RXRS ULTEAM ルーラー(阿賀野限定)
 ☆矢矧::TIME ZXRS TTスペシャリスト/ダウンヒラー
 酒匂:TIME VXRS ULTEAM World Star オールラウンダー(万能型・スプリント能力有り)
 大淀:Cervlo S5 クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)
 香取::BMC Teammachine SLR01 TWO パンチャー/ルーラー(どちらでも通用する万能性)
 鹿島:レース用バイク現状不明・脚質不明

※おまたせ


 タバタ・プロトコルが始まるその寸前。

 ――天龍は、今日もまた嘘をついた。


 〝――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ〟


 HIIT――高強度インターバルトレーニングにおいての最大の敵は、常に己自身とされる。

 競う相手はいないからだ。目指すべき目標こそあれ、それはタイムや強度といった記録に過ぎない。

 故にこそ倒すべき敵は、己の内側にしかいない。

 そこに提督は『比較対象』を――『競争』の概念を持ち込んだ。

 記録を競う。

 己自身のものだけではなく、他人との記録をだ。


 勝敗を、優劣を定めるためのものではないトレーニング――それでもあえて順位を出すというのならば、そもそも始まる前から勝敗が分かり切っている。


 ――このメンツなら、確実に矢矧が勝つだろう。山岳ステージならカモなんだけどなァ。


 天龍に並ぶ高身長。そしてTTスペシャリストという高出力・高負荷の全力運動に長ける脚質。


 ローラー台という空気抵抗を考える必要がない訓練においては、あの長良や阿賀野にすら迫るかもしれない。


 ――ホント性格悪いぜアイツ。このトレーニングにおいて最悪なのは、てめえのペースを見失うことだ。タチが悪ィのは、この競争はレースみてえにパッと見でわかるもんじゃねえって点だな。


 手元にあるサイコン、これが曲者だ。だから天龍はトレーニングが始まる前の時点で、それを視界に入れないようにした。

 他の艦娘との差が見える。順位として現れる。それによって奮起する者もいるだろう。だが天龍にとっては毒でしかない。


 ――ああ、これがレースなら、劣っているヤツの前にはより速ぇヤツがいるんだろうよ。だがこれはローラー台での記録を出すだけのものだ。


 本来はどれだけの差があるのか、文字通りに『目では見えない』。結果が出るまではわからない。なのに結果が目の前に数値化してしまう。

 それは焦りを生む。それを嫌ったからこそ、天龍は見ないことにした。


 ――見るべきものは、ずっと見えてるよ。


 前述した、軍人とアスリートの違い。

 ここに例外がある。

 命を懸ける必要がないことに、命懸けになれる艦娘がいる。

 できる艦娘がいる。


 ここにいるのだ。


 ――このトレーニングが、できない、なら、オレは―――――死んだ方がましだ。


 その一人が天龍であった。最初から全力で、両足に踏力を注ぎ込む。

 ひたすらにこぎ続ける。ひたすらに力を込めて。

 ただそれだけだ。押し寄せてくる苦しみの中で、ただ一念を想う。

 そう己に言い聞かせ、本気にできる。

 天龍は愚かではない。

 だが『必要とあらば馬鹿になれる』類の艦娘であった。


 ――オレが積んだ経験は、乗り越えてきた訓練は、これまで培ってきた身体は――――まさに、『こういうもの』を捻じ伏せるためだ。


 天龍は、些細な物事を大げさに捉える。男勝りな言動が目立つ彼女だが、石橋を叩いて渡る慎重さが備わっていた。


 ――着任した当時のオレには、なかった。


 物事を認識し、捉えたそれを己が内に秘め、煮詰めて、カサカサの屑になるまで苛め続けるのだ。


 ――忘れられない思い出がある。


 提督との思い出だ。

 あの日に、天龍は己を定めていた。

 思い返すたびに願い、想い、憂い――胸にこみあげてくるほどの激情がある。



……
………


………
……



https://www.youtube.com/watch?v=U1kJ4yX3ATM

 天龍は、この鎮守府において初の軽巡洋艦だった。

 雪風と島風、そして初期艦。

 この三名で出撃した正面海域――そこで邂逅した艦娘である。


 ――オレの名は天龍……フフ、怖いか?


 提督との初対面で、彼女は大仰にのたまった。

 完全な悪手であった。何せこの時期の提督は――。


『それで凄んでるつもりならば、笑わせる』


 ――恐ろしかった。


『怖さがない。薄い。温い。飢えがない……つまり敵じゃねえってことだよお嬢さん。何が天龍だトカゲに改名しろクソザコ弱トカゲ』


 ――ぴえっ!?


 小柄な少年としか見ていなかった彼から発せられる、凄まじい覇気。

 これは彼が極めて沸点が低く、最も尖っていた時期であり――天龍にとっては、本来なら思い出したくもない過去だった。余りの怖さに悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった苦い記憶。

 雪風と島風、そして初期艦は苦笑いと共に証言する。あれは、とても酷かったと。


『走るぞ。おまえの体力をまず見る』


 ――えっ。


『外に出ろ』


 ――い、いや……施設の案内とか、鍛錬なら海上での砲撃訓練、とか、は?


『ついてこいクソザコ弱トカゲ』


 ――は、話聞けよ、てめっ―――!? は? なんだこの力、おまっ、ちょ―――すげえちからだ!?


 引きずられるように――事実引きずられていた――訓練場に連れ出されては基礎、基礎、基礎に次ぐ体力トレーニング。

 終わった頃にはもう指一本動かせないぐらい疲弊していた。

 なのに、同じメニューを難なくこなした提督は、数分で呼吸を整えた挙句にこう言った。


『次は座学だ。駆逐艦率いて海に出たけりゃ全部覚えろ』


 またしても引きずられた。もう抵抗する気力も無ければ、指一本動かす力も残っていなかった。

 涼やかささえ感じさせるほど、疲労を感じさせない声だった。天龍にとっては絶句の一言である。

 思えば、この時期の提督は焦っていたのだろう。正しく深海棲艦との勢力差を理解し、艦娘達の未熟さを把握していたからこその焦り。

 それが付け焼刃に過ぎないものであれ、彼は『現実』を踏みしめながらも、『次』へと活かしていけるような鍛錬を、艦娘達に課していた。

 それも思い返せば、という話だ。当時の天龍にとっては地獄でしかなく『なんて鎮守府に着任しちまったんだオレは』と己が不幸を嘆いたこともあった。


 ――だが、それもほんの数日の事だった。


『乗組員――――つまり妖精とコミュニケーションを取れ』


 提督の命令に、粛々と従う。たったの数日ではあるが、逆らってもまるでいいことがない事を体験済みであったし――何よりも。


『――反応速度。そして作業の並列処理。それには必ず限界がある。それを補うためだ』


 提督の指導は、的確だった。そこにはかならず意味があったのだ。

 提督としての最低条件にある『妖精が見えること』。その中でも歴代最高レベルの適正を持つ彼は、いち早く艦娘を強くするための術を理解していた。


 手足のように艤装が動く。

 誘導した敵を撃つために、居て欲しい位置に、駆逐艦たちがいる。


 提督の差配は、神がかっていた。


 その頃には『いけ好かない脳筋チビ』という印象が、『頭が切れる上に艦娘たち一人一人に根気よく向き合う強い少年』という印象に代わっていた。

 何よりもハートがあった。海を平和にするという強い意志を嫌でも感じ取れた。だからこそ、天龍もまた奮起した。

 天龍はすぐに頭角を現した。他の軽巡洋艦が着任しても、いつだって天龍が海のフロントラインに立っていた。

 鎮守府正面海域を突破したのは、天龍率いる水雷戦隊の、輝かしい戦果だった。まだまだ小さな一歩だったけれど、この鎮守府の魁として、その水雷戦隊の旗艦を務めたことは、天龍にとってはたまらなく名誉なことだった。

 この時の天龍の『両目』には、未来への期待に満ちていた。



 これは、天龍の黄金の記憶。


 これは、天龍の黄金の記憶。

 多くの駆逐艦たちから慕われた。教えを請いに来てくれる。

 満ち足りた日々だった―――微かな違和感はあったものの。

 誰にも言えない不安はあったものの。

 そこには、天龍にとって掛け替えのない栄光の日々だった。




 その輝きが陰りを見せたのは、鎮守府発足からわずか一ヶ月――沖ノ島海域を突破した後、すぐのことだった。



……
………


………
……


https://www.youtube.com/watch?v=m5gelOM43Co


『――あ、れ?』


 ある日、違和感に気付く。あれは確か、鎮守府正面海域を突破した頃だった。

 最初はただの気のせいだと思った。

 別のある日、違和感は異変となっていて。

 その時もまさかそんな筈はないと思った。


 更に別のある日――認めた頃には、もう駄目だった。


 認めるのが早かったらどうにかなっていたわけではなかったけれど――天龍の左目に、異変が起こっていた。


 ――ある一定以上の距離を置くと、砲撃が当たらない。


 避けられるはずだった攻撃に被弾する。


 目標との距離を見誤る。

 航行中に、舵取りがブレる。

 些細なことから、致命的なことまでが、一気に噴出した。


『う、うそだ、うそだ……おい、妖精ども。どうなってんだよ……おい。何とか言えよ。なあ』


 ――左目が。

 これまで見えていたはずの左目が、見えなくなっていた。

 変調はあった。

 異変はあった。

 だけどある日、シャッターを下ろすように、ばつりと。

 天龍の左目から、光が失われた。


『なん、で』


 見えない。見えない。何も見えない。

 天龍の左目を覆う眼帯は視力補助のための艤装だ。


 彼女の元々低かった視力を強化し、常人と変わらぬ視力を齎した――彼女が着任して一ヶ月の間だけは。

 だが、その補助機能がもう働いていない。その故障を疑い訪れた明石の工廠で、天龍は現実を知った。

 ――明石の診断の結果から言えば。

 涙と鼻水塗れになった明石が語った言葉が、今も忘れられない。


 ――もう、天龍の左目は、二度と光を捉えることはないと。


 地震が起こったのかと思った。床が抜けたのだと、天龍はそう誤認した。

 だって足元が崩れ、膝が折れたのだ。

 だから、転んでいるのは、自分だけだと気付いたのは――。


『なんでだ?』


 どうやって自分の部屋へ戻ったかは分からない。


『どうしてオレだけ……? だ、だって、これから、これから、だって、提督が……みんなが。オレは、水雷戦隊の、旗艦、で、なのに――』


 沖ノ島を――南西諸島防衛線を突破した。いよいよ北方海域に挑むと、誰もが意気込んでいた。


 だけど。


『お、オレにだって、オレにだって……左目、あれば……オレだって、やれるんだ……やれるんだ』


 なのに。


『やれる、のに……なんで、おれ、おれの左目、なんで……みえない……?』


 なんで。


『みえ、ない。みえないよ……見えないよぅ、見えないよぉおお……!!』


 視力の良し悪しは天性のものだ。実績を残し、活躍する多くのアスリートたちに共通するのが、この視力の良さだ。


『なんで、なんでぇ……?』


 海上砲撃戦においては――――艦娘としては語るまでもない。残酷なまでのハンディである。

 己の弱さに嘆いた日を思い出す。

 提督に課されたトレーニングを、黙々とこなしていた日々を思い出す。


 すがるのは『そこ』だった。

 それしかないと思った。


 ――正面海域を突破した頃には、既に天龍は左目に違和感を覚えていた。

 それでも、黙々と訓練をした。提督には、打ち明けなかった。

 だけど、提督が言う――天龍が目に不調を感じた、まさにその日のうちのことだった。


『――天龍。おまえ、左目をどうかしたか』


 心臓が止まるかと思った。動揺が顔に出さないように精一杯で、なんといって誤魔化したかも覚えていない。

 ――視界が、霞む。だけど、言えない。言えるもんか。前線から下げられるなんて、いやだ。

 怖がりながら、訓練した。

 ――無用物にされるのは、いやだ。憐れまれるのは、いやだ……。

 怖くて怖くてたまらなかった。だから訓練をする。

 ――提督に、捨てられるのは、いやだぁ……!!

 なのに、提督が信じ切れなかったから、怖いままだった。目の不調を隠し続けた。


 だけど、もう何も見えなくなってしまった。


(目が見えない艦娘なんて、ただのお荷物だ……オレはきっと、解体される)


 だけど鍛えた。鍛えて、鍛えて、鍛え続けて――虚勢を張った。

 明石には口止めを頼んだ。土下座して訴えた。泣きながら彼女は、それは駄目だと言った。

 彼女を攻めるのはお門違いだ。こんな状態の艦娘が海に出たところでいい的になる――天龍とてそれは承知だった。

 ――何かを叫んで、天龍は鎮守府から飛び出した。鎮守府正門を預かる憲兵の制止すら振り切って。

 いつか提督に連れて行ってもらった外の世界――もう半分しか見えない街へと。


 これは天龍の、錆び付いた記憶。

 いつか泡沫となって消えて欲しいと、夢であってほしいと思った記憶だ。

 己の惨めさに、泣き喚いた記憶。


https://www.youtube.com/watch?v=7L4N4GGbwzM

 夜の街を走る。あてどなく走る。

 提督に鍛えられ、自主訓練だって怠らなかった。だから走れた。いつまでだって走れる気がした。

 だけど、目に見える世界は、やっぱり半分で。


 強くなるんだ。

 ――違う。

 オレが一番強いんだ。

 ――違う。嘘だ。

 本当に強くなれるのだろうかと、そんな疑問を抱き続けながらも、誰に知られることもなく、海に沈んで錆び付き、朽ちていく未来が待っているのではないかと、そんな不安から眠れぬ夜が続いた。

 夢の中で提督が言う。

 ――目が見えない? そうか、じゃあさようならだな天龍……これまでご苦労さん。


(いやだ……いやだ、いやだ!!)


 悪夢を振り払うように走る。走って、走って、走り抜いて――――それでも、不安は消えなかった。


 夜通し外を走り回って、空が白み始めた頃――気づけば天龍は、鎮守府へ戻ってきていた。

 全身に疲労がまとわりついている。喉はカラカラで、もう汗の一滴も出てこない。

 だけど倒れることさえできなかった。こんなにも鍛えてもらったのに、この強さをもう発揮できないのだ。


『――なあ、提督。オレ、どうすれば、いいんだ……?』


 独白ではない――鎮守府の入り口には、提督が立っていた。

 どれだけそうしていたのだろう。季節はまだ春の終わりとはいえ、夜通し立ち続けていたのかもしれない。

 提督は答えなかった。

 ただ、その口から紡がれる言葉はあった。


『――天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、先天的に左目に障害を抱えている』

『…………』


 天龍は、驚かなかった。

 来るべき時が来た、と。そう認識した。


『他の鎮守府からも多く報告が上がっている。それらを統合して大本営が出した結論はこうだ。

 〝工廠での建造、海上での邂逅を問わず、天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、多くが最初から左目の視力を失っている個体と、左目の視力が著しく低い個体に分かれる。極稀に正常な視力を備えている者もいる〟

 だがその結末は同じだった――報告に上がっている限りでは、長くとも1か月以内に左目の不調を覚え、程なくして視力を失う……と』


 ――ああ、そうなのか。他人事みたいにそう思った。

 もう自分の運命はそこに収束されている――そう思って、もう膝を着いてしまおうと思った時、その言葉が耳朶を打った。


『本当らしいな――この報告を受けたのは二週間ほど前だが』

『…………え』


 ――知っていたならば、どうして。

 それは怒りではなかった。

 当惑があった。

 知っていたのだったら、どうして。

 ――どうして、オレを前線に出した?

 捨て駒か? いや、違う。


 ――だったらどうして、オレを強くしてくれた?


『時間がかかってすまんな。片目のハンデをどう埋めるか、資料をまとめてた』


 その言葉が、嘘にしか聞こえなかった。

 だから枯れた喉を酷使して、提督を詰った。

 嘘だ、嘘つき、そんな希望を持たせるな――オレがどんな思いで過ごしてきたか、何も知らないくせに。


『ああ、知らねえ』


 ――そうだ、知るわけがない。提督は何度も天龍に目に不調はないかと聞いていた。

 ――嘘つきは、オレのほうだ。

 だけど、もう止められなかった。提督を責める言葉が、次から次へと湧き上がっては溢れ出す。

 そんな甘い言葉言ったって、どうせ役立たずになったオレを解体するんだろう、と。


『…………? ――片目が無くなったから、諦めるのか?』


 至極当然のように言ってのけるこの少年は、心底不思議そうな顔で首を傾げた。


 頭に血が昇った――その顔を殴りつけてやろうと掴みかかろうとして――。

 ――?

 提督が、目を瞑っていることに気付く。

 甘んじて受け入れようという態度だろうかと思った。だがそれは違っていて――。


『……右手を俺の左肩へ向かって伸ばしている』

『!?』


 まさに提督の左肩を掴もうとしていた右手が、驚きに止まる。

 だが、それも一瞬のことだ。薄目を空けてみているに違いない。馬鹿にしている。

 だが、次いで提督は天龍に背を向けた。


『おい、トカゲ。なんかポーズとってみ?』

『え?』

『ポーズだ――やれ』

『あ、ああ』


 もう慣れ親しんだ命令口調に、染みついた習性のように、言われたとおりにポーズをとってしまった。

 驚いたのは、そこからだった。


『――右足を上げて、左手の親指と人差し指で輪を作っているな』

『……!!』


 的中された。まさかと思う。どこかで誰かが見ていて、提督に伝えているのかと思ったが――彼はイヤホンの類を耳につけていない。

 また別のポーズをとる。


『右手はグーか。そんで今度は右足を後ろに下げて、重心を深く取っている。ヨーイドンの姿勢だな――違いがあるとすれば、後ろ手に隠した左手はチョキを模ってるってところか』

『!?』

 提督には――見えている。天龍にとっても、仮にどこからか覗き見している人間がいたとしても、そこまではわからない筈だった。

 なのに、何故提督はわかる?


『天龍』


 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。


 提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。

 ――恐らくは二人きりの状況においては初めて、彼は彼女を天龍と呼んだ。


『俺は、諦めたくないと叫ぶことができる奴には、いくらだって力を貸す。相応の代金は頂くけれどな』


 そう言って、微笑んだ。天龍が見たことのない笑顔だった。

 何故か、涙が零れた。

 もう、彼を疑えなかった。いつだって彼は、天龍に話しかけるときに、その目を見るのだ。

 たった一つしかない目を、彼の両目が見据えている。


 ――オレは、解体されないのか?


『しねえよバカ。するかよ阿呆。俺が手塩にかけて育てた『大事なお前』を、なんだって俺が解体せにゃならん?』


 また一つ、涙がこぼれた。役立たずになった左目でも、涙は出てくるんだと思った。

 鼻がツンとした。


 ――それで、代金は?


 先ほどの話だ。提督は何かを望んだ。その何かがなんであれ、天龍は縋りたいと思った。

 例え彼が望むのが、自分の体であったとしてもだ。

 だけど。次に紡がれた彼の言葉で、そんな己の邪推が、酷く薄汚れたものだと理解してしまった。


『俺が望むものはいつだって――勝利だ。高えぞ、かはは』



 とうとう、天龍は泣き喚いた。泣き喚きながら、しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。


『で、でい、どぐ……すで、ないで』

『だから捨てねえよ』

『いやだ、やだ、ずっど、ごごに、いだい……』

『いりゃあいいさ』

『あ、あ、あ……』


 だって、天龍はまだ、返答していなかったからだ。

 提督の問いに。


https://www.youtube.com/watch?v=3L1DEvzsftw


『あぎらめだぐ、ない……!! オレ、まだ、戦いだい、よぉ……』


 膝を着いた。すがるように、少年の域を出ない彼の膝に抱き着いた。

 ――無要物になるのは嫌だ。

 ――捨てられるのは嫌だ。

 ――あんたのところにいたいんだ。

 ――オレはもっと、戦えるんだ。

 この少年の――この男の元で働きたいんだ。

 泣きじゃくりながら、何度も何度もそう訴えた。

 訴える度、提督は「うん」とか「ああ」とか、優しい声を響かせながら、天龍の背中を撫でてくれた。

 その願いは、彼が先ほど言った通り――。


『おうよ――そんじゃあ代金は後払いでいいぜ。まずは風呂入って飯食って寝ろ! 起きたら特訓するぞ、特訓!!』


 快活に笑う彼は、天龍にとってまるで太陽のようだった。


 ――忘れられない思い出がある。

 これから何年、何十年と時が過ぎようと。

 例え果てのない地獄の坩堝に身を堕とそうと。

 決して忘れられない、忘れてはならない思い出が――ここから始まった。


 ――北方海域への進撃は、とある事件によって一時的に中断される。

 ここからおよそ半年――戦いのない日々が訪れた。


 そんな日もまた、朝から走っていた。

 並走する影がある。


 提督だ。


『な、んっ、でっ……!!』

『あぁん? 質問か? 走り終わってからにしろや――天龍』


 疑問は山ほどあった。思わず疑問の呻きだけが出た。

 視力についての問題解決しようというのに、どうしてまた走り込みから始まるんだよとか。

 前々から思ってたがなんで艦娘の全力ダッシュ20本に余裕でついて来てんだよテメエとか。

 それ以前に――どうして提督が一緒になってくれているのかとか。


『おまえの視力の問題を解決するには、高い集中力を必要とする。その下地を作ってるわけだな。なぁに、すぐ身につくよ?

 ――……ちょっと頭おかしくなるぐらいドギツいけど身につくよ……身につけるまでやるからそら身につくわ……かはは。

 だからまずは走り込みだ。頭使うと妙に疲れる経験ってないか? 集中してる時ほど顕著だ。そして集中は疲れてる時、心が弱った時ほど底をつきやすい。

 では集中力を正しく身に付けるにはどうすればいいと思う? 集中力の持続力、回復力を減らすには?

 そう――まずは体力付けるんだよ。座学で教えることもあるけど、当面はダッシュな。こういう走り込みは基本中の基本だ。おまえには基本マスターになってもらう。

 俺が一緒に走るのは俺のトレーニングがてらだ。余裕でついていけるのは俺が提督だからだ。提督とは俺のことであり、俺が提督だ。最強とは俺のためにある言葉だと理解しろ』

(心を! ナチュラルに! 読みつつ! 煽んなや! テメエ!!)
 

 後にこの走り込みにも意味があったことを、天龍は知る。片目での運動に慣れるためだった。

 提督のトレーニングへの知識は、その道の専門家もかくやとばかりに深く、そして分かりやすいものだった。

 提督が作った【ビジョントレーニング】――視覚機能を高めるためのトレーニングは、尋常のものではない。

 各スポーツ界のアスリートたち、彼らが専門とする競技によってトレーニング内容が変わるように、それは艦娘である天龍専用と言っても過言ではないほど綿密に調整されている。


 資料を読み進める度、ページをめくる天龍の指先が震えた。

 ――これなら。

 ――これなら。

 ――これならば! と。

 まずはダブルボールリフトトレーニング……両手を左右に限界まで広げ、両手に持ったボールを同時に上へ向かって投げ、左右の手で同時にキャッチするトレーニングから始まった。

 最初は困難を極めた。左目が見えない。左手側のボールを掴むことができない。


『かはははは――馬鹿め。なんで艤装つけて海の上でやらせてると思ってんだ。馬鹿め。艤装補助を活用しろ。天龍という艦の乗組員たる妖精たちとの視界をリンクさせろ。馬鹿め。

 コツが掴めないようなら、後で龍驤にアドバイスを貰え。話は通してあるから後でいけ。それと大事なことを言い忘れたが天龍―――このヴァカめ』


 十秒に一回は馬鹿めの罵声が飛んだ。背後で佇む高雄――当時は秘書艦――は何故か提督が馬鹿めという度に嬉しそうな顔をした。ありゃきっとすけべだと天龍は確信した。概ねその通りだった。

 絶対にできる、という確信に満ちた声での罵倒は、不思議と辛い思いをするどころか、鬱屈とした気分すら忘れさせられた。先日、提督が目を瞑り背を向けたまま天龍がどんなポーズをとっているかを当てたのは、何のことはない――提督の周囲にわらわらいる妖精や、天龍に纏わりついている妖精たちが、それを教えただけのことだった。

 だが――自らの周りに侍る妖精たちはおろか、他の艦娘についている妖精にまで指示を出し、意識を共有し、情報を交換するなど、当時の天龍にとっては有り得ないことだった。

 この頃、妖精たちの活用方法についての第一人者は、鳳翔であった。

 『鳳翔』という軽空母の乗組員――妖精たちを用いることで何ができるのか、何ができないのか。それを誰よりもよく知っている。

 提督や鳳翔のアドバイスを元にやってみたそれは、劇的なまでに天龍の周辺視野を大きく広げた。最初から、提督の妖精と会話しろという命令には、意味があったのだ。


 今となっては走りながらでもダブルボールリフトトレーニングができる。そしてこのトレーニングと並行して、別のトレーニングも課された。一つや二つではない。


『よし、尻尾を切り離す暇もなく轢き潰されたトカゲみたいになってる天龍型トカゲ――そのまま聞け。動体視力について、だ。

 まず先日の座学のおさらいだ。動体視力には二種類ある。DVA動体視力と、KVA動体視力だ』


 DVA動体視力――横方向または上下方向に動くものを見る動体視力。メジャーどころで言えばサッカーやバスケットボールだ。他の選手の動きを見ながら縦横無尽に動くボールを捉えるための視力。

 KVA動体視力――遠方から手前に向かって迫ってくる物質を、外眼筋を使わずに捉える動体視力。飛んでくるボールや自動車・バイク、そして自転車の運転時に用いられるものだ。


『そして静止視力。これも鍛えろ』


 次々と与えられる課題を、黙々とこなす。

 もう提督のことを疑わなかった。何一つ疑う余地はなかった。

 だって、この人は目を見てくれるのだ。

 天龍の目を。


『見るというのはこういうことだ――お前の睫毛の数が何本か、教えてやろうか?』


 日に日に、違和感が違和感でなくなっていく。片目であることを受け入れて、それでも残っていた違和感が消えていく。


 距離感が掴める。

 己の死角を、妖精たちが知らせてくれる。

 フィジカルな側面が物を言う戦闘において、戦略戦術戦法を除く、個に求められる能力とは、筋力―――――とは少し違う。

 目の良さ。

 視力の強化。

 視力には一口で言っても様々な種類がある。

 跳飛性、瞬間視、追従性――――ひたすらに眼を鍛えた。


『俺が人類でもまれに見る天才でよかったな。おまえって世界で一番運のいい天龍だぞ』


 そんな冗談みたいなことを本気で言う少年に、天龍も笑い返す。笑える余裕が、できていた。


『死角を無くせ。素の右目の視力も強化していくぞ。トレーニングのやり方はな――』


 訓練の時は真剣そのものだった。天龍が分からないところを徹底的に、わかるまで教えてくれる。

 彼にも、彼の仕事があるはずなのに――そう思ったのは、訓練が始まってから一月経ってからのこと。


 大本営からお達しが来た。

 ――忘れられない思い出がある。

 これは、耐えがたい屈辱と、深淵よりも深く天よりも高い崇拝と、湧き上がる情熱の記憶だ。

 大本営からのお達しは、以下の通りだった。


 ――そんな砲撃の当たらない艦娘に時間と資材を割くのはやめ、後方任務に当たらせろ。


 ああ、そうだった。急に、現実に引き戻されるような思いがした。

 天龍はその場に同席していた。モニター越しの指示だ。提督よりも階級の高い海軍のお偉いどころが揃っている。

 解体しろ、とまで言わない当たりは温情なのだろう。この鎮守府の天龍――つまりオレは多大な戦果を挙げている。

 後方勤務ならできるだろうから、そこに従事させてはどうかという、大本営からすれば、まさに温情そのものであった。

 だが――提督は言う。 


 ――僅かばかりの猶予と機会を。こいつには才能が有ります。

 ――お疑いであればこそ、なにとぞ機会を――演習の結果にて結果を出します。

 ――今後の、海軍全体における天龍についての可能性を、必ずや示してみせます。


 提督が嘘をついた。天龍は察した。才能が有る、と言った。

 ――嘘だ。

 天龍は今でもそう思っている。アレは間違いなく嘘だったと、そう思っている。

 この言葉が、今でも天龍の心を救うと同時に傷つけてもいた。

 だが否定できない。提督は海軍全体の天龍、といった。つまり天龍たるオレが成果を上げれば、他の鎮守府の天龍達の扱いも良くなるということで。


 ――提督は、そんなところまで考えていた。

 会議が終わった。暗くなったモニター群を前に、うつむいたまま黙ってしまうオレに、提督は言う。


『ぁあん? なんだショボくれた顔しやがって――俺は嘘をついた覚えはねえよ』


 提督に問い詰めた時、彼は真剣な表情で言った。加えてこうも言った。

 だがふっと表情を緩ませて、悪戯がバレた子供のようなばつの悪そうな顔で、言ったのだ。


 ――でもまあ、嘘つきでもいいか。


 天龍にとって、その言葉は今でも重い。どうしようもなく重いのだ。


 はじめて、自分の名前を呼んでくれたひと。

 最初は若い上にチビなくせしてなんておっかない奴なんだと、苦手に思った。

 挑発に乗せられ、なにくそと努力を続けた。多くの敵を倒し、鎮守府では後任の軽巡洋艦や駆逐艦たちの訓練を見てやる日々――とても忙しかったが、楽しかった。うまく使われてるような気分で少しだけ腹が立ったけれど、頼られていると思った。

 ――嬉しかった。

 気が付けば、もう気安く互いを呼び合う仲になっていた。歯に衣着せずに本音をぶつけ合うことができるようになっていた。心地良い男だと、理解していた。

 だけど、目が見えなくなって。未来が途絶えたような絶望に満ちた畔に迷い込んだ天龍に、手を差し伸べてくれた。

 ――嬉しかったんだよ、提督。

 そんな彼が、嘘をつこうとしている。

 嘘をつかれることが、悲しかったのではない。


 ――悔しかった。


 ――くやしかったんだよ、提督……すごく、くやしかったんだ。おまえが、おまえがバカにされるのが、くやしかった。


 ――オレの提督はすごいんだ。天才なんだ。かっこいいんだ。

 ――そんなひとが、オレのためなんかに頭下げている。


 ――忘れられない思い出がある。

 これは憤怒の記憶だ。


 今まさに提督を嘘つきにしようとする自分の弱さが、何よりも憎かった。

 最強を謳った。

 自分が一番強いんだと、何も知らなかったくせに。

 結果が偶然ついてきただけなのに、そうやって吹き続けた。

 無知な自分の言葉を真剣に受け止めてくれたのは、提督で。

 その言葉は、天龍自身が信じていないものなのに。


(オレは……オレ、は)


 ――何をやっていた? 何を思った?

 それでも、まだ怖かった。

 こんなに信じて貰っているのに。自分では諦めている己の価値を、こんなにも大切に思ってくれているのに。

 心が怖じている。


 心が怖じている。

 この期待に応えられなかったらどうしよう。

 頑張っても頑張っても、それでも右目まで見えなくなってしまったらどうしよう。

 この人に失望されてしまったらどうしよう。


『お、オレ、オレ、は―――』


 嘘をついていたんだ、と。

 本当は一番強くなんてないんだ、と。

 喉元までせり上がってきたその言葉を、ギリギリで飲み込んだ。

 言えなかった。

 言える筈がなかった。

 だって、それを認めてしまったら。


 ――提督を、嘘つきにしてしまうじゃないか。


 血がにじむほどに唇を噛んで、出かかった言葉をギリギリで嚥下した。


https://www.youtube.com/watch?v=1ErwgLxBNL0

 心に火が灯る。

 天龍の始まりはここだった。


『おわる、もんか……』


 ――忘れられない思い出がある。

 誓約の記憶だ。


『おわって、たまるか』


 もう未来を思い悩むのはやめた。それよりも怖いことがあった。

 『提督を、嘘つきにしたくない』。


 ――そいつを本当にしちまおうぜ。完全犯罪ってヤツだな。


『オレは最強だ』


 いつしか、天龍は、再びそう嘯くようになった。

 天龍の目は、燕を捉えた。

 それはやがて、雄大な空を行く艦載機を捉えた。

 そしてついに砲弾をも。

 死角からの砲撃すら感知し、捕らえ、それを野太刀で切り払うことすら可能とした。

 張り詰めた糸のように、常に意識を研ぎ澄ませた。肌に感じる風の温度、湿度、感触の変化を如実に察した。

 それでも察知できないところは、頼もしい乗組員たちが――妖精たちが補ってくれた。

 提督が呟いたことを、天龍は知らない。もしも天龍の両目が揃っていたならば、島風並みの動体視力と、雪風並の観察力を両立していただろうと。

 意味のないことだ。

 いずれ龍へと至るまで。


『オレは最強なんだ』


 そう嘯き続けた。

 天龍は、己の意地を貫き続けた。

 たとえそれが、短い栄光であったとしても、彼女はそこに立っていた。


 ・ ・  ・  ・ ・
 一年、否、半年程度ではあったが――確かに彼女は『そこ』にいたのだ。


『最強でなくちゃ――いけないんだ』


 最強の誉れを体現する、水雷戦隊の長として。

 弱みなんて、見せられなかった。

 鎮守府が興って、一年余り。

 それ以降の時期に着任した艦娘の誰もが知っている。

 『最強の軽巡洋艦は誰か?』

 単騎ならば長良であり、水雷戦隊を率いさせれば神通が最強だと、誰もが言うだろう。

 だがこうも言うだろう――今は、と。

 最古参の駆逐艦たちは、言うだろう。

 その当時において単騎でも、誰かを率いても――最強の代名詞は二水戦旗艦であり。

 そしてその二水戦旗艦を張っていた――即ち、彼女こそが。

 最強を謳い、最強として謳われた古き鋼、始まりの軽巡洋艦。


 現・軽巡ランキング最下位。

 だが、『元』一位。

 この鎮守府外においてはどこの鎮守府においても最強を名乗ることに不足はない。


『ったりまえだろ――オレが一番、強えんだからよ』


 初代・二水戦旗艦。

 『最強最古』の軽巡洋艦――天龍。



……
………

※今日はここまで

 ちゃんと1スレ目で「ぼくのかんがえたさいきょーのてんりゅーちゃん」の伏線を回収できた

 次はいつになることやら……

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年09月17日 (日) 10:51:11   ID: 4ewWPTbD

あの娘がバケモンだのこの娘がバケモンだの言ってたけど1番のバケモンは提督なのか…

2 :  SS好きの774さん   2017年10月23日 (月) 17:12:52   ID: 7bfUus3i

さすがです提督さまwww

3 :  SS好きの774さん   2017年11月07日 (火) 23:58:29   ID: 82_e5gft

完ってついてるってことは終わりなのか
すごい楽しく読めました
おめでとうございます

4 :  SS好きの774さん   2018年04月04日 (水) 08:29:50   ID: KjqUz1d2

↑終わりじゃないぞー?

5 :  SS好きの774さん   2018年04月11日 (水) 21:20:31   ID: I9wG6JTJ

楽しみすぎ

6 :  SS好きの774さん   2018年04月21日 (土) 03:31:16   ID: xFNPrV80

続きが待ちきれない!

7 :  SS好きの774さん   2018年05月29日 (火) 12:32:15   ID: dXUJh5od

はやーく

8 :  SS好きの774さん   2018年06月02日 (土) 13:41:56   ID: dSPP23EC

>>1殿ー?提督殿ー?何処かー?

9 :  SS好きの774さん   2018年06月10日 (日) 21:54:56   ID: 8j4Y1iZV

不定期更新で間隔数ヶ月はよくある作者じゃけん気長に待ちんさい

10 :  SS好きの774さん   2018年07月05日 (木) 08:01:07   ID: WB9mf10v

まってます!!

11 :  SS好きの774さん   2018年08月30日 (木) 15:20:57   ID: _LdBu5-T

待ってます!

12 :  SS好きの774さん   2019年06月07日 (金) 12:50:56   ID: SPBR_yed

まってます!

13 :  SS好きの774さん   2019年09月25日 (水) 17:34:42   ID: 4R8OWOm9

まってます!

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