包みに籠めた気持ち (19)

一次創作です。
短いかも。

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 あたしは彼のことが好きだ。

 幼馴染で、家が隣で、元気だけが取り柄で、誰に対しても分け隔てなく優しくて、世界一かっこいい彼のことが。

 だけど向こうはあたしのことをただの仲のいいお隣さんとしか捉えていないみたいで、ふざけあって笑うことはあっても、喧嘩していがみ合うことはあっても、親友の領域を飛び出すことはないみたい。

 怖いくらい居心地のいいはずのこの距離感が、時々とても居づらくなる。

 ある日、近い内に彼のお母さんが社員旅行だとかで一晩家を空けるらしいことを偶然耳にしたことが、すべての始まりだった。


 またとないチャンスだと思った。
 なにって、彼にお弁当を作ってあげられることが。


 小さい頃のこととはいえ、一緒にお風呂にも入った仲だし、漫画の趣味も聴く音楽の種類もお互いわかりきった上に合わないあたしに、いまになってできることは料理ぐらいだった。

 簡単な料理くらいしかできないあたしだけど、ここで胃袋をがっちりと掴むことができたら、二人の距離は縮まるだろうか。
 淡い期待に胸を膨らませながら、あたしはママに頼み込んで料理の特訓を始めた。

 いざ、お弁当大作戦。

「おはよ、洋介」

「おお、あかり」

 特に約束するでもなく朝は一緒に登校する。当たり前の日常が嬉しい。
 夏休み前だからか、朝早い時間でも日差しがきつい。
 それでも隣にはいつものようにのんびりと歩く彼がいるから、どうだってよかった。

「ね、洋介、お昼どうするか決めてる?」

 胸の高鳴りを抑えて尋ねた。色々方法も考えたけど、やっぱり正面突破がいい。逃げも隠れもしちゃいけない。

「あーそっか、弁当ないんだった。学食かコンビニかな」

 彼はこともなげに言ってみせる。一度だけ静かに深呼吸をして、一息に話した。


「あたしでよかったら、お弁当作ってきたけど」


 彼が変なものを見るような目つきで見てくる。それはそうかもしれない。普段から料理を作るわけでもないあたしが急にこんなことを言い出したのだ。

「お、おいおい、どういう風の吹き回し?」

「うっさいな。あたしだって料理くらいするもん」

 つい、つっけんどんに言い返してしまう。

「いやまあ、そうかもしんないけどさ。それちゃんと食えるんだろうな?」

 からかうような彼の言葉に、へそを曲げてしまいそうになる。あたしが今日のためにどれだけ練習してきたと思ってるの。
 ほんと、デリカシーがないんだから。

「いらないなら、いいけど」

「うそうそ、いります、食わせてください!」

 意外なことに、彼は素直に頼み込んできた。
 お腹の都合半分、興味半分といった感じだろうか。

「最初からそう言えばいいの」


 それでもあたしは、それだけで緊張と安堵によってその場にへたりこんでしまいそうだった。

 昼休みになって、彼と中庭のベンチまで連れ立って歩いた。
 薄曇りの空からぼやけた太陽が、まだるっこしく照らしている。

 セカンドバッグからお弁当の包みを取り出すと、彼に突きつけた。
 包みを掴んだまま、断りを入れる。

「小さくて足りなくても、我慢してね」

「おう」

「……美味しかったら、我慢しないで言ってもいいから」

「任せとけって」

「……もしも不味くても、その、ちょっとは我慢してね」


「……あのさあ、早く食べたいんだけど」

 彼は待てないといったように急いで包みをほどく。
 器の蓋をかぱりと開けて、彼が嬉しそうな声を上げた。

 それはそうだ。だって彼の好きなおかずを、沢山つめたから。

 お肉多めの野菜炒め、ちょっと辛めに味付けしたきんぴらごぼう、冷めても美味しいように昨日から仕込んだ煮物、そしてママ直伝の、ふわふわの卵焼き。
 きちんと味見もしたし、口に合わない筈はない、と思いたい。

 彼に喜んでもらえることばかり考えていた。この数日はそればかりだった。
 とても充実していた。慣れないことだらけで困ったこともあったけど、そんなのは些細なことだった。

 彼がきんぴらごぼうに箸をつける。
 あたしはといえば、とても自分の分のお昼ご飯を食べていられるはずもなくて、横目で彼の様子を盗み見ることくらいしかできない。

 何度か咀嚼して、彼は飲み込んだ。
 だけど、どうしてだか彼は一言も話さない。

 ひょっとして味付けが辛過ぎたのだろうか。内心穏やかでないあたしをよそに彼は今度は煮物を口にした。
 同じように、黙りこくったままでいる。

「あの、なにか」

 言いかけて、口を噤んだ。一度だけこちらを見た彼と目が合った。
 といってなにを言うでもなく、彼の箸は弁当箱の隅に収まった卵焼きを掴む。

 そして一切れ、頬張った。

「なんとか言ってよ、お願いだから」


「すっげえ、うまい」

 殆ど懇願するような形になったあたしの言葉に食い気味で、彼が漸く口を開いた。

「えっ」

「いままでに食ったことないぐらいうまい、」

 最初は落ち着いていた彼の声が、徐々に震えてきているのがわかった。

「なんだよあかり、お前こんなに料理うまかったなんて、ああ、くそ、悔しいぐらいうまい!」

 そう言うや否や、彼はお弁当箱をかきこみはじめた。
 ほんと、喉が詰まってしまうくらいの勢いで。


 最初こそ呆気に取られるばかりだった。
 それから、じわじわと実感する。

 徐々に自覚的に鳴り始める拍動が、頭の真ん中で踊り狂う大成功の文字が、目の前で幸せそうに食べてくれる彼の姿が、信じられないくらい嬉しかった。

 あっという間に食べ終えてしまった彼の目線が、あたしのお弁当箱に注がれては、逸らされる。
 なにかを我慢しているかのような、でも必死にそれを隠しているような。

 あたしはつい嬉しくなって、提案する。

「……よかったら、食べる?」

「いいのか!?」

 間髪入れず返事が返ってきて、思わず苦笑しながら、手に持っているお弁当箱を差し出した。


 好きな人の為に作ったご飯を、美味しいと言って食べてもらえることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。

「ごめんな、あかりの分まで食っちゃって」

「いいよ、別に」

「最高だった。まじで舐めてかかってた」

「ふん。当たり前じゃない」

「今から学食行くか? お腹空くだろ」

「ううん、大丈夫」

 誰かさんの満足そうな表情でお腹いっぱいだから。
 気を抜くと、だらしなく笑ってしまいそうになる。


「あー、明日からまた母さんの弁当か」

 なんとなく名残惜しそうな声。

 作戦は大成功だった。のかもしれない。
 でもあたしは、同時に気付いてしまってもいる。

 本当の意味で大成功だというのなら、ここで言うべきじゃないんだろうか。

 "これからも、作ってあげようか?"

 その一言が、どうしても出ない。
 それはどんな形であれ、今の関係を崩してしまうことに他ならないから。

 それを心待ちにしていた筈なのに、いざ手が届きそうになると、尻込みしてしまう。

 別に、構わないといえば構わない。
 美味しいと言ってもらえただけでも。

「……あかりさえ、よければだけどさ」

 彼が珍しく、どこか言いにくそうに話した。

「なに?」


「これからもちょくちょく、弁当お願いしてもいい?」


 反射的に彼の顔を見た。決してこちらを見ようとしないその横顔は、だけど赤く色付いていた。

「な、なんで」

 あたしもあたしで、素で聞き返してしまった。
 ほんの少しでも考えればそれがどういう意味なのかわかるはずなのに。

「だって、本当にうまかったんだ。お前の弁当が」

 気が付けば、あたしのちっぽけな悩み事なんて、どこかに吹き飛んでしまった。
 そんなつまらないことなんかよりも、食べたいって言ってもらえることが、今はただ嬉しくてたまらない。


「し、しょうがないから、また今度ね」

 すげなく返したつもりだったのに、茹でダコみたいに顔を真っ赤にしながらだと、いまいち決まりが悪い。
 でも。かっこわるくたっていい。


 お弁当大作戦、大金星。

以上になります。
読んでくださって、ありがとうございました。

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