アナスタシア「流しソ連」 神崎蘭子「そうめんだよ」 (39)



切れ長の青い瞳が太陽を睨めつけます。


期末考査をやっつけた時は良い気分でした。
アーニャは夏休みよりもむしろ、その前の穏やかな時間が好ましいタイプ。
学友も教師もどこか気の抜けている中、今後の予定に胸を膨らませていたのです。
楽しい事を考えている間というのは、随分と気が紛れるものですから。

ですから、学び舎から軽やかな一歩を踏み出した途端、襲い掛かるのは残忍なまでの現実。
靴が溶けるのではと気を回してしまうほど、東京の熱気は凄まじいものです。


アーニャは自他ともに認める氷属性でした。
今や彼女はいいように弱点を突かれ、体力ゲージは目減りしていく一方。
とぼとぼと歩くアーニャの様子を道行く人々に見せたとしましょう。
きっと十人が十人とも、彼女を『溶けている』と評するのは間違いありません。
とろーりとろける夏スタシア。ちょっぴり美味しそうでした。

 「Мать вашу...」

思わず零れた彼女の言葉を、道行く人々は誰も分かりません。
分かられてはいけません。アイドルですから。

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 「あつい……なつぃ……」

心なしか語彙も貧弱になっていました。
一旦こうなるとアーニャのこと。
涼を取るまで一切の建設的な思考は望めません。
現にこうしている間も、彼女の脳内は「アイス食べたい」の一文で埋め尽くされています。

 「アイスたべたい」

漏れ出ている始末でした。
事務所へ辿り着かずして、いよいよ本格的に厳しい状況です。


 ずるずる。


 「…………シト?」

緩慢な動作で見上げた先には、商業ビルにへばり付く大型の壁面モニター。
大手旅行代理店のCMでしょうか。家族連れが和気あいあいと食事を楽しんでいます。
小さな男の子が、流れてくる麺を見事に掬い上げました。
涼し気な景色はいわゆる川床で、アーニャは思わずどこでもドアを探しました。
ありません。


次のCMへ移り変わった後も、アーニャはモニターをぼうっと見つめたままでした。
通りかかったクラスメイトの女子が話しかけても反応は無く。
それならちょうどいいや。
そう言わんばかりに、学友は普段なかなか頼みづらいツーショット撮影を楽しみ始めます。


大通り沿いに突っ立つアーニャの周りには徐々に人が集まってきました。
先ほどの学友は誘導係となり、撮影待ちの列を鮮やかに捌いていきます。
いま、列の最後尾へ蘭子が並びました。
アーニャが見つめる先のモニターが、再び件のCMを流し始めます。

 「……」

軽くご無礼を働こうとした青年が学友に一瞬で取り押さえられました。
アーニャ直伝のシステマは好評を博し、今やクラスメイトの間では必修科目とされる程です。
そのお陰で体育祭の棒倒しでは一騒ぎ起きたのですが、今は置いておきます。


 「流しソ連……」


幾筋もの汗を流しながら、数十分ぶりに開かれた口。
恐らくこの地上で未だ誰も発していなかった単語に、周り中から疑問符が浮かびます。


 「そうめんだよ」

隣でツーショットを満喫していた蘭子が呟きました。
今日も今日とて漆黒に身を包んでいた彼女もまた、幾筋もの汗を流していました。


夏スタシアことアナスタシアちゃんのSSです


http://i.imgur.com/1eCAhBM.jpg
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前作とか
高垣楓「他愛のない話」 ( 高垣楓「他愛のない話」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496477249/) )
神崎蘭子「大好きっ!!」 ( 神崎蘭子「大好きっ!!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472300122/) )
456プロのアーニャちゃん ( 456プロのアーニャちゃん - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1451798553/) )


久々に頭の悪い話だよ


 ― = ― ≡ ― = ―


 「流しソ連したいです」

 「流していいのかな……」

 「そうめんだってばー」


夏休み前の本日は嬉しい半ドン。
やって来たアーニャと蘭子を前に、プロデューサーはお昼のざる蕎麦を啜ります。
コンビニ袋に入っていたシュークリームを取り出した蘭子は、それをアーニャと仲良く半分こ。
あっという間に食後のデザートを奪われた彼は、少し寂しげに肩を落としました。
彼女たちはそんな彼に目もくれず、にこにことシュークリームを頬張ります。
早くも流しています。

 「プロデューサーは流し……そうめん、した事ありますか?」

 「言われてみれば無いなぁ」

 「流転の白……」
 (流しそうめんかぁ)

アーニャはクーラー前の特等席を陣取ってはばかりません。
千川ちひろさんが不在なのをいい事に、その設定は実に22℃。
神をも恐れぬ所業でした。

 「……うむ」

シャギーの入った銀髪が冷風に揺れ、蘭子の方へたいそう良い香りが漂います。
シュークリームを食べ終えて手を合わせたまま、蘭子は何度も深く深く頷きました。
ごちそうさまでした。

ア夏タシア……なるほどア夏スタシア…………アカスタシア


 「戻りましたー」

可愛らしい声と共に事務所のドアが開くと同時。
素早くリモコンを掬い上げたアーニャは目にも留まらぬ速度で設定を27℃へ戻します。
すぐに千川ちひろさんと目が合って、二人は素敵な笑みを向け合いました。

 「お父様なら、もっと上手にやりますよ」

 「…………ダー」

不思議な会話を交わすと、アーニャはにこにこ笑顔を浮かべ直します。
聞こえないフリを貫くプロデューサーの向かいで、蘭子は首を傾げていました。
ほっぺたにクリームがついていました。

 「流しそうめん、したいですね」

 「うん、いいんじゃないかな。場所と材料を準備しないとね」

 「場所なら在るではないか」
 (なら大丈夫ですね)

 「えっ?」

 「魍魎共の塒――サバトもさぞ沸き上がろう」
 (事務所! ここならみんなも参加できるよねっ!)

プロデューサーが周りを見渡しました。
並んだデスクには書類が敷き詰められています。これでもかと。
それ以外の場所はといえば、アイドル達によって持ち込まれた品々が山を成し。


思わず天を仰いだ彼は、ふと周子の事を思い出しました。


 「折角なら空中庭園で開こうか、蘭子ちゃん」


 ― = ― ≡ ― = ―


 「ニュースピェヘ……アーニャがわるいこ、でした。やめましょう」

 「ええー……」

 「地獄の業火……」
 (あつぅ……)


CGプロダクションの屋上。
真夏の太陽が燦々と降り注ぐそこはフライパンと化していました。
一歩を踏み出そうとしたアーニャが、慌てて階段室へ転がり込んできます。

 「流石に事務所内で敢行する訳にもいかないからね」

 「かえりたい……ペトログラード……」

 「我が友よ。霊力を振り絞れ」
 (アーニャちゃん。もうちょっとだけ頑張ろ?)

早くもすんすんと鼻を鳴らし始めたアーニャ。
隣に立つ蘭子が一生懸命に彼女を励まします。
蘭子は相変わらずの上下ゴシックを決めていて、流れる汗は留まる処を知りません。
魔界のお洒落も下界と同じく、やはり我慢なのです。

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