モバP「美波も二十歳か」 (60)

モバマスSSです。
新田美波生誕を祝いまして、美波のSSを書かせていただきます。
作品都合故のキャラ崩壊有。
口調も変なところがあるやもしれません。
オリジナル設定もあります。
苦手な方はブラウザバックをお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1501082850

「ああ、やっぱり可愛いなあ」

 今俺は写真を眺めている。プライベートというわけではないが、どうしても私情を挟んでしまう。とある女の子の写真。かなり小さいころからの写真がそこに所狭しと置かれていた。

「あらプロデューサーさんまだ残ってたんですね」

 扉を開いてやってきたのは黄緑の制服がやや眩しく笑顔がチャーミングな同僚にして事務員の千川ちひろさんだった。

「ん? ちひろさん。お疲れ様です」

 俺は手に持っていた写真をデスクに置き、時計を確認してみる。時間は午後七時といったところだった。

「プロデューサーさんがまた時間を忘れて働いてるんじゃないかと思ってきて正解でしたよ」

「おっと、なるほど。今日はそろそろ上がらないと」

 今日はちひろさん他三名と飲み会をする約束をしていたのだ。それを反故にするわけにはいかない。俺は写真をかき集め、綺麗に整えて封筒に入れ、鍵付デスクの引出にしまい込んだ。

「さて、パソコンも落としたし、うん。準備万端。行きましょうか」

「はい!」

 事務所の戸締りをした後、ちひろさんと入口に向かうと飲み会仲間たちが待ち構えていた。

「もう遅いわよプロデューサー! お姉さんたちを待たせない!」

「すみません早苗さん」

 いの一番に声を上げたのはボディコンのような時代錯誤を思わせるファッションセンスがぶっ飛んだトランジスタグラマーが特徴の片桐早苗さん。

「そうよプロデューサー。少しは時間というものを気にしなさい」

「いやあ、面目ないです」

 追随してきたのは落ち着いた雰囲気の漂ういかにも出来るお姉さんといった感じのポニーテールが特徴の川島瑞樹さん。

「そうですよ兄さん! 今日は特別な日なんですから」

「ごめんごめん。そう怒らないでくれよ美波」

 頬をぷくっと膨らませ俺を非難の目で見てるのは新田美波。俺の自慢の妹。

 今日はいつものように髪をまとめておらず、落ち着いた服装と相まっていつも以上に大人っぽく見える。たれ目が少し潤んでおり、色気も出ている。お兄ちゃんはすでにお嫁シミュレートで五十回は泣いたけど、本当にいつかそういう瞬間が来るのかと思わせるほど美波は成長した。

「そうだそうだ! 美波ちゃん。もっと厳しく言ってあげて!」

「お、落ち着いてください! とりあえず、今日のお店に向かいましょう」

「そうね。糾弾会はとりあえずそこでしましょう」

 俺たちは芸能人ご用達の個室居酒屋へ向かった。今日は美波の二十歳の誕生日。そのお祝いとして予約したのだ。瑞樹さんと早苗さんはどこからともなくそれを聞きつけやって来ており、いつの間にかメンツに組み込まれていた。どうやら美波と飲める日を待ち望んでいたらしい。

「では、美波ちゃん二十歳の誕生日おめでとう! かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 何故か早苗さんの号令で始まった美波の誕生日飲み会。とりあえずということで全員生ビールからスタートした。

「んくんくんく、ぱはあ! うまい!」

「ん、やっぱり夏は特に美味しいですねえ」

「ええ、ビール飲んでると友紀ちゃんも連れてくれば良かったと思わなくもないわね」

「まあまあ。今後も美波と飲む機会はあるんだから。どうだ、初めてのビールは?」

「んくんく、んー、苦くてあまり美味しいと思えないですね」

 美波の苦そうにしている顔がビールは合わないということを如実に表している。

「あはははは! まあこの美味しさがわかったら呑兵衛の資格ありだったけど、美波ちゃんはあんまりそうじゃないみたいね」

 兄としてはあんたたちみたいにはなってほしく無いわと思わないでもないが、それは黙っていることとする。

「ところでさ、プロデューサーはギリギリまで何やってたの?」

 瑞樹さんが箸休めならぬビール休めとばかりに話を振って来た。え? もうあんたら三杯目? 早くない?

「仕事ですよ仕事」

「そんなの知ってるわよ!」

 早苗さんにパンと軽く頭を叩かれる。この人は良い音を鳴らしながら痛くない叩き方をマスターしている。芸人かな? いいえ、アイドルです。

「いえね。今度美波の二十歳記念イベントをするというのはみんな承知していると思うんですが」

 美波のバースデイイベント。形態こそはそれぞれだが、他のアイドルでも実施しているものだ。

「それで、まあどういうイベントにするかというのは流石に決まっているんだけど、その過程で美波の過去の写真が必要になってね」

「ああ、それであんなに写真を広げてたんですか」

「ええ、それでとりあえず家にあるの全部持ってきたんですが」

「あ、わかった! 掃除しようとしたらアルバム見つけちゃった理論ね!」

「瑞樹さん。正解です」

「正解ですじゃないわよ!」

 また綺麗に良い音を鳴らされた。今度他部署の難波さんと上田さんとの共演を考えてみよう。

「そういえば。美波ちゃんとプロデューサーが兄妹なんだからなんかネタ無いのネタ?」

「ネタって早苗さん……」

「あ、私昔話聞きたいです!」

 さも名案かのようにちひろさんは言い出した。それに乗るかのように瑞樹さんも早苗さんもいえーいと騒いでいる。

「ちょっと、恥ずかしいですね」

 美波は頬を赤く染めている。目もとろんとしている。まだ一杯のビールすら飲み終えていないのにもう酔ってるのか。そういうところも可愛いなおい。

「まあ、じゃあ折角ですし長くなりますよ。語ると。やめるなら今ですよ」

「いいよいいよ。語っちゃいなさい!」

 すっかり出来上がってしまっている酔っ払いどもに最早面白そうという思考回路以外なさそうだった。

「んじゃまあ。あれは――――」

――――
―――
――

 二十年前、俺は小学校に入学した。初めてのランドセル、多くの同年代がいる学舎、真新しい教科書のインク臭、全てが俺をワクワクさせた。
 しかし、その年はそれ以上にワクワクした出来事があった。それは入学から丸四ヶ月経とうかという夏休みの出来事。

「……ねぇお父さん、まだ?」

「ん? ああまだだよ」

「そっか」

 病院の談話室で暇をもて余しながらも、今か今かと待ち続けていた。この時見た父さんは落ち着いており楽しみじゃないのかなって思ったけど、後々聞いた話では緊張していたが、俺にそんなカッコ悪い姿を見せるわけにはいかないと必死に踏ん張っていたそうだ。

 父さんは時折立ち上がり、母さんが入っていった部屋の前まで行く。俺もそれに倣いついていく。赤いランプが煌々と灯っていた。それを確認する度、父さんは席に戻ってくる。

 何度か繰り返し、席に戻ろうとすると、赤いランプがふっと消灯した。

「お父さん! ランプ消えたよ!」

 聞くや否や父さんは扉の前へ素早く移動した。扉の奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。程なくして扉が開かれ、中から医者が出てきた。

「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

 この日、俺はお兄ちゃんとなった。

 しばらく日が経った後、母さんと美波との対面が許された。

「あら、いらっしゃい」

 母さんは笑顔で迎えてくれた。妹は寝ており、静かに寝息を立てている。俺は父さんにシーっとジェスチャーを送ると、父さんも母さんもクスクスと笑っていた。

 初めて対面した美波はしわくちゃで、でも愛しくて、お兄ちゃんになるんだという思いがふつふつと湧いてきた。

「さあ、今日からお兄ちゃんなんだ。挨拶、しておこうか」

「うん……えっと、こんにちわ。今日から君のお兄ちゃんになります。よろしくね」

 起こさないように、静かに、でもしっかりと伝えた。俺は寝ている美波へゆっくりと手を伸ばす。すると、伸ばした指を弱々しく掴まれた。温かく、とても安心できた。

 数日経ち、母さんと美波が退院して我が家にやってきた。今日から四人で生活するんだと思うとワクワクして変にテンションが上がる。

「お母さん、美波、おかえりなさい!」

 その日から俺は暇さえあれば美波に構っていた。指を差し出すとぎゅっと握ってくれるのが本当に嬉しかった。早くお喋りしたいなと思ってとにかく喋り倒した。

 そんな日々を過ごしていたある日の事。

「お父さん! お母さん!」

 美波が来てから十月が経とうとしていた。世はゴールデンウィーク。我が家もご多分に漏れず家族で休日を過ごしていた。

「どうしたんだ大声だして?」

 俺は逸る気持ちを抑えきれなかった。大事件が勃発したのだ。

「とにかく来て来て!」

 父さんと母さんを引っ張り美波のところまで誘導する。俺は美波に話しかけた。

「にーに」

 声を発したのは紛れもない。美波張本人だった。

「聞いた? ねえ聞いた!」

「すごいじゃないか!」

「ええ、もう喋るなんて」

 父さんも母さんも喜色満面で、そのテンションのまま記念撮影をした。

 とにもかくにも、美波が俺の事を呼んでくれたのが心底嬉しかった。

――
―――
――――


「ということで、これが当時の写真です」

 俺はスマホの『美波ベストショット集2016』フォルダに保存してある当時の写真を表示し渡した。

「あらー! 可愛いじゃない!」

 テンション高くそれを受け取った瑞樹さんは早苗さんやちひろさんにも見せる。

「ええ! これが新田くんと美波ちゃん? 可愛い!!」

「あらほんとですね。これは目に入れても痛くない」

 キャーキャー盛り上がる四人。しかし美波は酔いとは別の紅潮を見せる。

「ちょちょ、ちょっと兄さん! なんでそんなものを持ってるんですか!」

 恥ずかしさから慌てふためく美波。俺は当然とばかりに返す。

「美波や湊の可愛い姿を納めた写真は全部データ化してるからな。毎年仕事納めにその年にイケてると思った写真を厳選してスマホに入れてるんだ」

「湊?」

「ああ、湊は末の弟ですよ。今は高校生ですね」

「へえ、写真見せてよ!」

 早苗さんに言われるまま、俺はスマホを操作し、写真を見せた。

「お! かっこいいじゃない!」

「ええ本当ですね。これならアイドルやれるんじゃないですか?」

「湊君もプロデューサーがアイドルにしちゃえばいいんじゃない?」

 各々好印象で兄である俺も鼻高々である。しかし、湊にこの話題を振ったことあるんだが恥ずかしいから嫌だと取りつく島もなかった。

「あ、兄さん、それは私にも見せてください」

 美波も俺に負けず劣らず湊のことが大好きだ。そんな湊が生まれたのは俺が十歳で美波が三歳の時。

――――
―――
――

「お兄ちゃん、まだかなまだかな?」

「んーまだだなあ」

 湊が産まれる少し前。初めて弟が出来る、姉になるんだということで美波は張り切っていた。

「私ね、お姉ちゃんになったら、いっぱい遊んであげるの!」

「そうか。美波は偉いな」

 美波が楽しそうに弟が産まれてからのことを語る姿は美波が誕生する頃の自分と同じだと思えて、少し嬉しかった。

「あのねあのね! お姉ちゃんだから一緒に散歩に行ってあげるし、お勉強もいっぱいして教えてあげるの!」

「じゃあ美波もいっぱいがんばらないとな」

 そして、湊が産まれ家にやって来てからというのも美波はずっと湊に話しかけていた。

「湊君、私は美波。あなたのお姉ちゃんです」

 この時は思わなかったが、思い返してみるとやはり兄妹なんだな。やってることが本当に同じだ。

「お母さん、何か手伝うことない?」

 撤回。美波は俺よりずっと偉い。美波は自慢できるお姉ちゃんになるために積極的にお手伝いをするようになった。とは言っても出来ることはちょっとした掃除と小さいものを運んだり、新聞を持ってきたりだ。それだけだが、やはりすごい。なんてったってまだ美波は三歳だったんだから。

 ちなみに湊が初めて喋った言葉は「まんま」だった。母さんを前にしても、美波を前にしてもまんまというものだから少し美波は困惑していたのがまた可愛い。

「美波はお姉ちゃんですから、湊君に色々教えてあげます」

 湊が喋るようになってから三ヶ月ほど経った頃。湊は少しずつ立とうとするようになってきた。美波は念願の散歩が出来るかもしれないということで一生懸命歩く練習に付き合っていた。

「湊君、上手です。偉いです」

 美波は頑張ってる湊を褒めながら歩く練習をしていた。それが功を奏して。

「お兄ちゃん! 見て見て!」

 宿題をしているときだった。美波に呼ばれて行ってみると。

「ほら、湊君、おいで!」

 湊がゆっくりと立ち上がり、少しずつ、少しずつ歩き、その距離一メートルほどだったが、一人で歩き切ることが出来ていた。

「うおお! すげえじゃん!」

 俺も嬉しくなって湊の頭を撫でた。

「美波も、良い子良い子」

 練習に付き合っていた美波の頭も撫でた。顔を紅潮させて喜んでいたと思う。

「他になんかないの話はー!」

 もう完璧に酔ってらっしゃる早苗さんは左右に揺れながらも器用にビールをこぼさず飲んでいた。

「他ですか。あ、そうそう」

――――
―――
――

 湊が二歳くらいの時の話。

「ほれ湊、ボールコロコロー!」

 拳大のゴムボールを湊に向けて転がしそれを湊がキャッチして俺に投げるという遊びをしていた。

「キャッキャッ!」

 喜んでボールを取り投げ返す湊。楽しく遊んでいたんだ。

「じーっ」

 すると、隠れてるつもりだかなんだか知らんが、美波がこっちをじーっと言いながら見ていた。

(なんだあれ?)

 一応気付いていたが、無視してみることにした。今湊と楽しく遊んでるから気付いてないよという感じをさらす。

「ほーれ湊と、もっかいコロコロー!」

「キャッキャッ!」

「おおー! 偉いぞ湊!」

「むー!」

 無視していたら次第に頬を膨らませる美波。もうちょっとしたら面白くなりそうだなと、もう少し無視を続ける。

「にー、絵本!」

「ん? ああもう飽きたの? んじゃお片付けしなきゃな」

「あい!」

「お前返事だけは良いな」

 さすがにまだ湊には片付けの概念がない。だから俺が片して、絵本を取る。

「さ、どれがいい?」

「れ!」

 湊が指差したのは『アイドル三国志』とかいう良くわからない絵本。湊お気に入りの絵本だ。

「さ、こっちおいで」

 湊を胡坐をかいた足の上に収め、抱えるように絵本を開く。

「もうーメーっ!」

 いい加減しびれを切らしたのか美波が横から突進してきた。とは言っても軽い美波の突進では揺るがないどころか逆に美波が危ないので絵本を手放しキャッチした。

「どうしたー美波ー」

 若干涙目になってしまっている美波を抱きしめポンポンとする。

「お兄ちゃん最近遊んでくれないのやー!」

 確かにこの頃は学校の友達と遊ぶ時間と湊に構う時間が増え、必然的に美波を構うことが少なくなっていた。しかしまさかそれで寂しい思いをさせているなんて思いもしなかった。

「そうか、ごめんな美波」

「私は、お姉ちゃんだから、グスッ、我慢したけどグスッ、でも……でもぉ」

 美波は、"お姉ちゃんだから"我慢したのか……。俺は、俺はお兄ちゃん失格だ……。


「ごめんよ! 美波ぃ!! 美波もここにおいで!」

「うん」

 涙を拭い、湊を少し端に寄せ、美波と場所を半分こにして二人を抱えるように本を読み聞かせた。

――
―――
――――

「きゃー! 美波ちゃんきゃわいい!!」

「きゃははははは!」

「もう飲めませんよぉ」

「もう……もう……」

 キャピキャピと歓声を上げる瑞樹さんと、とにかく笑い続ける早苗さん、潰れてしまったちひろさん、恥ずかしくなって丸くなってる美波。中々に混沌とした状況になって来ている。

「そろそろお開きにしますか?」

「まだまだ! まだよぉ!」

「もっと! もっと可愛い美波ちゃんを頂戴!!」

「もうどうにでもして……」

 もっとか……。しかし何を話したものか。あれを話すか。

――――
―――
――

「じゃあ、美波。よろしくね」

「はい!」

 その日、美波は人生ではじめてのおつかいに出かけることになった。ちゃんと買い物できるかな? ちなみに買うのは片栗粉、豆腐、豚挽肉、長ネギ、にんにく。

「大丈夫か? 兄ちゃんついてかなくて大丈夫か?」

「大丈夫! 私ももうお姉ちゃんだから!」

 胸を張る美波。確かに大きくなったとは言ってもまだ六歳。果たして本当に大丈夫だろうか。心配で心配で仕方がない。
 
「じゃ、行ってきます!」

「いってらっしゃーい」

 家を出て美波の姿が見えなくなった。

「母上、行って参ります」

「はい行ってらっしゃい」

 俺は美波の後を追った。

 少しすると流石幼児の足。あんまり進んでいなかったおかげですぐに追いつけた。分かれ道でどっちに行くか迷っているようだ。

「美波、右! ここは右だ!」

 流石に伝えるわけにもいかず、もどかしい思いをして見守る。

「んー、右!」

「んんんん! 天才ッ!」

 そのまま右に進み、目的地へと向かって行く。まだ少しあるが、迷うことは無いだろう。あとは目的のものを買うだけだ。

「うーん、うーん」

 道端でわかりやすく困っているおばあちゃんがいた。当然良い子の美波は声をかける。

「おばあちゃん、どうしたんですか?」

「ん? こりゃ可愛い子だねえ。えっとね。ちょっと道に迷っちゃってねえ」

 ベッタベタだがありがちな困り事だ。さあどうする美波!

「どこに行きたいんですか?」

「おや? 優しいねえ……でも、お嬢ちゃんにわかるかなぁ」

「任せてください! お姉ちゃんなので!」

 無駄に胸張って自信満々なのすごく可愛いぞ美波!

「ええっとねえ。村上さん家ってどこかわかるかねえ」

「村上さん……」

 くそ! 村上姓はありがちすぎて絞れねえ! まさかあの村上さんか?

「あ、でっかい村上さんですか?」

「……ああ、確かに大きなお家だったねえ」

「それなら――――」

 な、なんだと? マジでその筋系の村上さん家だと? ていうか何故美波は知ってるんだ? でかいからか? 目立つからか? しかしちゃんと道案内までできるなんて神童かよ! 最強すぎるぞ美波!

「では、美波はおつかいの途中なので!」

「ありがとねお嬢ちゃん」

 おばあちゃんと別れてまた歩を進める美波。その後は特に障害もなくお店に到着した。
 
「おじちゃんこんにちわ!」

「おや? 美波ちゃんかい? 今日はどうしたんだい一人で?」

「美波はおつかいに来ました。お姉ちゃんなので!」

「そうかいそうかい。そいつあ偉いな。で、何が欲しいんだい?」

 さあ、ここでちゃんと買い物ができるか。天才だから大丈夫だろうけど、心配だ。

「えっと……あれ?」

 ガサゴソと買い物袋を探る美波。次第に涙目になってくる。

「う、うぇ、うぇ、メモが、ない……無くしちゃっだ」

 なんとメモを無くした? 買い物袋から落ちたのか? いや、後ろからついて行ってるがそんなことは無い。じゃあ、あ!?
 
「ポケットだな……しかしどう伝えるか……」

 こうなったら出て行くか。それとももっと別の方法が。と考えていると店のおっちゃんがこちらに気付いた。なので即シーっとジェスチャーを送る。おっちゃんもわかったらしくこちらにどうすればいいとジェスチャーを送ってくる。すかさず俺は美波のポケットにメモがあることをジェスチャーで伝える。そして了解のジェスチャーが来る。

「み、美波ちゃん。ポッケとかにないかなあ?」

「あ!」

 やっぱりポケットに入ってたみたいで美波に笑顔が戻った。

「ありがとうございます!」

「いやいや、それで何を買うんだい」

「えっと――――」

 なんとか目当ての物を買えたようだ。さて、帰るまでがおつかいだぞ美波。俺は先回りするために踵を返そうとしたその時。

「おじちゃん……」

「どうしたんだい?」

「あの……泣いちゃったことは内緒にしておいてください」

「え? いいけどどうしてだい?」

「ちゃんとできたってお兄ちゃんに良い子してもらいたいので」

「は、はっはーん。なるほどね。よしわかった。約束するよ」

「ありがとうございます!」

 う、美波……泣いてもちゃんと良い子するのに……これは本格的に見つかるわけにはいかない。

 特に何もなく帰れた美波。俺はというと先回りしてもう家の中にいた。

「ただいまー!」

「んーおかえりー。ちゃんと買えたか?」

 さも何も知らないかのように俺は美波を出迎えた。買い物袋を受け取り、中身を確認。

「うん、ちゃんと全部買ったな。大丈夫だったか? 泣いたりしなかったか?」

「大丈夫、お姉ちゃんなので!」

「そうかそうか。それは良かった」

 俺は笑顔で褒めた。しかし、美波は俯く。

「どうしたんだ?」

「お兄ちゃん……美波は嘘つきました。本当はちょっと泣いちゃいました……」

 スカートをぎゅっと握って泣くのを我慢している美波。言わなければバレないのに、いや知ってるけど、わざわざ正直に言うなんてなんて健気なんだろう。

「……いいんだよ美波。美波はちゃんとおつかいできた。怪我もしないで帰って来た。それでいいんだよ」

 そして俺は美波をぎゅっと抱きしめた。

「うぇ、うぇ、うぇーん」

 緊張の糸が切れたのか、美波は胸の中で何にも憚られず泣いた。

――――
―――
――

「いやあ、あのおつかいは俺史上でもトップクラスに大好きなエピソードだよ」

「……ああ、ちなみに村上さんって」

「お察しの通り、巴のご実家だよ」

「すごい偶然があるものねえ」

「いや、というかそのおばあちゃんが本家の方にご縁がある人だったらしくて、それ関係で色々とあって巴が今この事務所にいるんだよ」

「すごすぎでしょ」

 周りを見てるともう起きてるのは瑞樹さんしかいなかった。早苗さんは一升瓶を抱えて寝息を立て、ちひろさんと美波はくっついて眠っていた。

「さてっと、そろそろ本当にお開きにしますか」

「そうね。しかし、美波ちゃんも二十歳かあ」

「ええ、あんな小さかった美波も大人になったんだなあって思いますよ」

「お兄ちゃんとして、どう?」

「嬉しい反面、ちょっと寂しいですね。そのうち結婚相手とか連れて来るんだろうなあ」

「そりゃ、美波ちゃんだったら引く手あまたでしょ」

 升に入った残りわずかな日本酒をすする。

「そうですね。昔はお兄ちゃんのお嫁さんになるのって言ってくれたんだけどなあ」

 ちひろさんや早苗さん、美波を起こしながら帰り支度をする。

「お父さん嫉妬しなかった?」

「はは、笑ってましたね」

 会計を済ませ美波を背負いながら外へ出た。

「んじゃ、あたしらはこのタクシーで帰るわ」

 フラフラしながら早苗さんちひろさんがタクシーに乗って帰っていく。

「じゃあ、また来週ね」

 瑞樹さんも次のタクシーに乗り帰って行った。

「さあ、俺たちも帰るぞ」

 意識のない美波をタクシーに乗せ、自宅へと向かう。ゆっくりと走り出すタクシー。あまり揺れないあたり結構うまいなとか思ったり。

「……お兄ちゃん」

「起きたのか?」

 どうやら寝言のようだ。夢の中まで俺が出てきているとは。兄冥利に尽きると言うべきか、将来を心配するべきか。

――――
―――
――

「お兄ちゃん!」

 これは、俺が就職して上京するってなった時だ。俺は社長にスカウトされ、大学へ行かずそのまま今の事務所で働くことになった。元々勉強する意思もなかったため渡りに船ということで二つ返事で答えた。
 
 とはいえ、両親はあまり良く思わなかった。しかし、必死の説得により両親はなんとか折れてくれた。問題は美波だった。

「嫌だ嫌だ! お兄ちゃん東京行っちゃ嫌だよ!」

 振り返ってみてもこれほどに我侭を言った美波はないだろう。事務所のみんなに言ってもきっと信じてもらえない。

「ごめんな美波。もう決めたことなんだ」

 当時美波は十一歳。まだ甘えたい盛りだろう。しかしその対象が兄というのもなんだかな。

「じゃあ美波も行く!」

「我侭言わないでくれ」

「嫌だよぉ……お兄ちゃんは美波のこと嫌いになったの?」

 涙をいっぱい浮かべながら美波は言う。そんなわけない。美波のことは大好きだ。

「……一生の別れじゃないんだし、なるべく帰ってくるよ」

「すんっ、すんっ、美波もお兄ちゃんと行きたいよ」

「……それはできない」

「なんで!!」

 どうしたものか。思案に暮れていると一つ閃きが走る。

「そうだ。美波がいっぱいお勉強していっぱい運動してすごく良い子でいたら、お兄ちゃんが迎えにきてやる。どうだ?」

 今まで俯いていた美波はゆっくりと顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「本当?」

「本当だとも。だから泣かないでくれ。お兄ちゃんも悲しくなっちゃう」

「……うん」

「ほら、顔を洗ってきなさい」

「うん!」

 ばたばたと洗面台へと駆け込んでいった。

 場面は一気に変わって新幹線改札前。父さんは仕事の都合で来れなかったけど、母さんと美波、湊が見送りに来てくれていた。

「あっちでも元気でね」

「うん。たまに連絡はするよ」

「兄ちゃん、うまいもんあったら送ってな!」

「余裕がありゃな」

「お兄ちゃん。気を付けてね」

「ああ、ありがとう」

 各々と形式ばった感じではあるが言葉を交わし終えた。そろそろ時間も差し迫っているため、俺は改札へと向かった。

「お兄ちゃん!」

「ん?」

 美波に呼ばれ振り向く。美波は何か言いたげで、しかし中々言い出せないといった雰囲気を漂わせていた。

「あのね。大人になったら……ううんなんでもない。いっぱい勉強して運動して良い子でいるから、迎えに来てね!」

「……ああ、約束だ」

 俺は今度こそ改札をくぐり、東京へと出発した。

――
―――
――――

 微睡から少しずつ覚醒する。しかし瞼が重くてあかない。タクシーはまだ走っているらしいことが振動で伝わる。何か手に温かいものが触れている。

「兄さん」

 どうやら手を握られているらしい。ちょっと気恥ずかしくあるが、寝たふりをしてやり過ごそう。

「本当に迎えに来てくれてありがとう。アイドルとしてはまだ山頂が見えてこないけど、兄さんとなら必ずできるって信じてるよ」

 まさかの不意打ちに胸が熱くなる。涙が零れそうになる。美波、絶対にトップアイドルにしてやるからな。

「兄さんの中ではまだまだ小さな妹かもしれないけど、私ももう二十歳の大人なんですからね」

 確かに、いつもいつも大人っぽいとは思いつつもやっぱりどこかで小さな妹扱いをしていた。そうか、そうだよな。

「……そうだよなあ」

「き、聞いてたんですか!?」

 顔を真っ赤にして慌てふためく美波。すまんなと謝るも、美波は小っちゃくなってしまった。

「……美波も正真正銘の大人だ。これからは色々考えさせてもらうよ」

「もう、何を考えてくれるんですか?」

 小さい小さい妹だった美波ももう大人となった。これからはちゃんと大人扱いを意識していかなければならない。

「美波も二十歳か」

 拙稿を読んでいただきありがとうございます。
 新田美波誕生日おめでとうSSでした。
 過去回想は私の弟が産まれた時や弟に構っているときなどを思い出しながら書きました。
 今では立派に生意気な大人となった弟に若干苦手意識を持たれる悲しい事実。
 最初は弟君を出すつもりはなかったんですが、美波だけ愛でて弟を愛でないのはないなというのと、弟の存在を消すのはできなかったということで、名前付けて出しました。
 色々と思うこともありますが、美波が可愛いというこの思いが通じればいいなと思います。
 次回の励みともなりますので感想いただければ嬉しいです。
 質問もあれば極力答えます。
 つまらなかったとかでも、どういうところがつまらなかったか具体的に言っていただければ糧となるので嬉しいです。
 繰り返しになりますが拙稿を読んでいただきありがとうございました。

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>>53
なら質の悪い荒らしですね。
SSは面白かったです。ただ私には、少し分かりづらい部分がありました。
冒頭、Pが写真を広げているシーンはプライベートではない、私情がってありますが、なにがなのかよく分かりませんでした。
かなり小さいころからの写真を所狭しとってあるから、私物の写真を私室で広げているのかと思いました。
そしたら、ちひろさんとかデスクが出てきて、ああこれは事務所のシーンか!ってなりました。
5W1Hのどこでって部分が分かりづらい。場所を先に描写しないと読者のイメージとすれ違いが起こる可能性があります。
あとは居酒屋のシーンで、どれが誰のセリフか分かりづらかった。ちひろ、瑞樹、早苗と口調の似ている大人のお姉さんだから尚更。
兄妹設定も1レス目に書いておいた方がいいと思います。
具体的な感想が長くなり、しかもなんか偉そうにしてすみません。
私も美波、好きです。次回作、期待しています。

>>54
感想、そしてご指摘いただきありがとうございます。

まずは「プライベートというわけではないが、どうしても私情を挟んでしまう。」
ここについてですが、"仕事として写真を確認していること"、"仕事に私情を挟んでしまっていること"。ここを強調したかったんですね。
プライベートでもないのに私情を挟んでしまっている。挟まざるを得ない程の何かがあると意識させたかったんです。
それは後々、妹である美波のイベントに必要な美波の昔の写真であることを明かしています。
そこから兄であるモバPは妹である美波を溺愛していることを表したかったんですね。

次に、最初事務所かどうかわかり辛いということですが、
私としては事務所と明記することにそもそもさほどの重要度を置いていなかったんです。
それは"すぐに場面転換すること"、"ちひろさん等キーワードで後にわかること"という点があったからです。
場所そのものに重要な役割がある場合は即座に明記し、必要であればどのような場所かを表す必要があると思うのですが、
今回はそれに該当しないと思いしませんでした。

次に、「居酒屋のシーンで、どれが誰のセリフか分かりづらかった。」
これは私の単純な知識不足語彙不足力不足といったものです。
なんとかちひろさんは丁寧語を、瑞樹さんはそれより少し砕けた感じを、早苗さんはほぼおっさんを意識したのですが、
やはり私の力不足というに他なりません。

最後に兄妹設定を1レス目に書いておいた方が良いという意見ですが、
これに関しては、正直1レス目に注意文を入れるのも、この界隈の最低限の流儀と考えて入れてますが、
なるべくならあまり入れたくないんですね。
当然、こういう設定に批判的な方々が多くいらっしゃるのは重々承知しております。
しかし、それでも私の好みの問題でありますが、オリジナル設定が入っているというのが最大の譲歩です。
「注意文が書いてないから地雷踏んだ最悪!」とおっしゃる方はそもそもネットに向いてないと思いますし、
そう言う人に合わせる気はさらさらないです。
時間が無駄になったというならネットリテラシーを高めてくださいとしか言えないです。

長くなりましたが本当に感想とご指摘ありがとうございます。
特に
「かなり小さいころからの写真を所狭しとってあるから、私物の写真を私室で広げているのかと思いました。
そしたら、ちひろさんとかデスクが出てきて、ああこれは事務所のシーンか!ってなりました。
5W1Hのどこでって部分が分かりづらい。場所を先に描写しないと読者のイメージとすれ違いが起こる可能性があります。 」
この部分は本当に考えさせられます。
私にとって必要ないことでも、読者はどこにいるか知りたいし、想像し辛い。
つまり移入し辛いというのがわかりました。
独りよがりが過ぎたというところが一個反省です。

身内以外でここまで真摯にレスを頂けることがなかったので嬉しかったです。
私の方こそわざわざいただいたことに生意気を言ってしまって申し訳ないです。
ありがとうございます。

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