【モバマス】鷺沢文香「フレンズ」【百合】 (22)

文香×茜の百合SSです。











口づけを交わしたその日、私は母の顔さえもまともに見れなかった。

あの時の事が何度も脳裡に反芻され、確かな記憶の色を帯び、私を恥ずかしがらせた。

口唇に人指し指を当てると、彼女の熱い美唇が戸惑いで震えていた事を思い出す。

そう……私のキスした相手は女の子だった。

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「あのっ、文香ちゃんっ!」

いつもは大勢いる事務所だが、今日はイベント組は全員出払っていて

留守番は私と、先ほど事務所に到着した茜さんだけだ。

「……何ですか、茜さん?」

「聞きたい事がありますっ!」

読みかけの本を置いて茜さんに冷たいお茶を渡す。

彼女はコップの底まで上に向けて一気に喉に通した。

いつものように事務所までランニングしてきたらしく

私とは縁のない爽やかな汗を掻いていた。

「……? 私で、良ければ……どうぞ」

「あのっ、つい最近の事なんですがっ、えっと……!」

途中彼女は言葉に詰まって二杯目のお茶を飲み干した。

「私っ、未央ちゃんと藍子ちゃんが……
 き、キスしている所を見てしまいましたっ!!」

「……! ……そうですか……」

私はまだ目撃していないが、同期の未央さんと藍子さんが

人目を避けて付き合っているという噂だけは知っていた。

それが友情の延長線なのか、恋人関係なのかまでは分からない。

「女の子の中には……確かにそういうスキンシップをする人もいますね……」

「そうなんですかっ!?」

茜さんは机越しに身を乗り出して聞いてきた。

「でも、シャワー室でっ、裸のまましてて……っ!
 私、女の子同士が付き合っているとかいないとか、全く分からなくて……っ!」

耳まで真っ赤にしながら細かい状況を話してくる茜さんは

事務所で一番の乙女と言ってもいいくらい恋愛事に疎い。

この前も乃々さんが貸していた少女漫画を見ていて

顔を真っ赤にさせていたくらい彼女は耐性がなかった。

「……そうですか。茜さんは、未央さんたちの事が
 急に分からなくなった事が、不安なのですね……?」

「えっ、あっ……そうなのかな……」

「それなら……私たちも、付き合ってみませんか?」

「えっ……!? えええええ――っ!!?」

「女の子同士で付き合ってみれば……
 未央さんたちの気持ち、茜さんも少し分かるかもしれませんよ……?」

ほんの暇潰しというか、イタズラのつもりだった……少なくともその時には。

「お待たせしました!」

某遊園地の駐車場で待ち合わせしていた所に、茜さんはやって来た。

リュックサックを背負った、ラフながらも

可愛らしい服装の茜さんが、眩しいほどの笑顔を向けてきた。

「今日は、よろしくお願いします……茜さん」

「はいっ! あっ、これお土産です!!」

茜さんはそう言って大きな石塊を手渡したので

思わずよろめいて足に落としそうになった。

まるで漬け物石のような重さと大きさだ。

「くっ……! こっ、これは……何で……しょう……!?」

「漬け物石ですっ! 途中でマラソントレーニングをしていた
 有香ちゃんに会って、分けてもらったんです!!
 これをリュックに入れてマラソンすると鍛えられると聞いて!!」

こんな負荷を背負ってこの遊園地までランニングしてきたという事実に

私は理解が追いつかないでいたが、とにかく茜さんは遅刻する事なく私と合流した。

「あっ、ちょっとお手洗い行ってきていいですか!」

良いですよと言い、茜さんの姿が見えなくなると

私は近くにある看板下の草陰にこっそりと漬け物石を隠した。

茜さんの気持ちだけ受け取っておこう。

「いやー楽しかったですねっ!」

「うっ……そ、そうですか……」

ナーバスになりかけている私は、少しこのデートを企画した事を後悔していた。

茜さんは私を絶叫系アトラクションのフルコースで振り回した。

アトラクションから降りる度に、周りの人にはフラフラする私と

一層肌をつやつやさせている茜さんの姿が見えた事だろう。

八回目のジェットコースターに乗った後、流石に私は小休止を入れようと

コーヒーカップに乗ったが、茜さんはものすごい速さで

中央の支柱を回すので、とてもくつろぐ事はできなかった。

デート感の一切ないデートというものも珍しいかもしれない。

「茜さん、大事なもの忘れてます……」

閉園まであと少しになった。

最後に提案した観覧車の中で、私はやっと一息つけた。

茜さんは元気があり余っているようで

今日のデートがいかに楽しかったかを大きな声で喋っていた。

「えっ、忘れ物ですかっ!? では、観覧車から降りた後で一緒に探しましょう!!」

「待って。……探す必要は、ありません」

「……?」

私はそっと椅子から腰を上げて、茜さんの隣に座った。

やや室内が傾いてバランスを崩したままの彼女がキョトンとした表情で私を見つめる。

ああ、やはり……何も分かっていないんだ。

白く美しいドレスにペンキを注ぎかけるような罪悪感を抱きながら

私は彼女の腰を抱いてその無垢な唇を奪った。

「ふぇっ!? ……んぅ……!」

何か言いたがっていた茜さんだったが、その手段を私はかたくなに潰した。

観覧車の窓からは燃えながら沈んでいくだけの夕日のみ、私たちを見ていた。

茜さんの柔らかな朱唇を食み、吸う時、彼女が戸惑いに染まっていくのが分かった。

しばらくして少し顔を上げると、茜さんはただただ頬を朱に染めて私の瞳を見つめていた。

純真な娘の唇を汚してしまった感覚が唇肉に残っていた。

閉園となり、遊園地を後にした私たちは見守っていたあの夕日も

ほとんど隠れ、薄暗くなっていく帰路を黙って歩いていた。

私は――恐らく茜さんもだろうけど、沈黙していると

あの時感じた互いの唇の柔らかさと温もりが一層色調を強めて脳裡に瞬いてしまう。

私まで恥ずかしくなってしまうあのほろ苦い感覚につられて、心の鼓動まで苦しげに跳ねる。

「……あっ、あの……っ!」

隣で茜さんは声をかけてきた。

しかしかけただけで、二の句は継がない。

彼女自身、混乱の最中で、何をどう尋ねていいのか分からず硬直しているのだ。

そんな彼女に、私はさよならとだけ告げて駅前で別れた。

意地悪をしたかった訳ではない。

私自身、キスの言い訳が思い付かなかったのだ。

その夜も私は枕に顔を突っ伏して、今日した悪戯によって燃え上がった羞恥の炎に身を焦がした。

ああ、やはり柄じゃなかったのだ。

慣れない事はしない方が良かったのだ。

からかうつもりの不器用なキスは、焦るくらいに深みに嵌まらせてしまう。

こんな事が果たしてあるだろうか?

――口づけをした途端、その相手を特別な同性として意識してしまうという事が。

「おっはようございま――すっ!」

「やぁ、茜。今日も元気だね」

次の日の茜さんはどこか様子が違っていた。

プロデューサーさんや未央さんたちとは、いつも通り元気の良い挨拶を交わしていた。

「あっ……! え……えっ、と……」

「……」

彼女は私を見た途端、いつもの溌剌とした空気を圧し殺してうつむき

やっと「おはようございます」と小声で言ってそのままレッスンに出掛けた。

その様子を未央さんと藍子さんは不思議そうに見ていた。

「文香さん、茜ちゃんどうしたんでしょう?」

藍子さんに限ってそれはないと思うが

私はからかわれたり突っ込まれたりするのが嫌で、その場は言葉を濁した。

どうかしている……。

恋愛に関して無防備そのものな彼女に、この悪戯は過ぎたものだったかもしれなかった。

早く謝らないといけない。

だけど、何だろう……昨日と異なるざわめきが、私の体の内をくすぐって仕方なかった。

「茜さん……あの、昨日の事は……」

私はレッスンの終わりに人目がなくなったのを確認してから茜さんに声をかけた。

彼女にはどうしても謝らないといけない。

軽はずみな事をしてしまった事を。

「……――!」

私は、それから先を話せなかった。

話す前に、茜さんの柔らかな唇が私の口を塞いでしまったからだ。

意想外の事に私の思考はショートする。

世界が動くのを止めたみたいに音が聞こえなくなった。

話そうとしていた内容も全て思考から抜け落ちて私はただただ茜さんのキスを受け続けた。

「き、昨日のお返し、遅くなりましたが! これで……!」

唇の離れた直後、まだ思考が行き渡っていない私の耳に、茜さんがそう言うのが聞こえた。

彼女は耳まで真っ赤にしてうつむいていた。

律儀に返されたそのキスに、私はもう、どう反応していいのか分からなかった。

恋の正体も掴めないでいる娘の、どこまでも澄んだ湖水のようなキス

――それを受けた私は無意識に唇へと指を伸ばし、その温もりの残滓を探していた。

「あ……」

彼女につられたのだろうか。

私もまた、頬を赤らめた自分の顔を悟られないように、うつむいて長い前髪にこの瞳を隠した。

「……ありがとう……」

興奮とも困惑とも言える衝動を抑えた喉から、私はやっとそう発した。

それ以上の言葉は言えなかった。

あるいは、言う必要すらなかったかもしれない。

どこで壊れたの――あれから私はずっと自問自答していた。

つい最近まで茜さんは他のアイドルたちと同じ、大切な事務所仲間であり、友達だった。

それ以上の関係では決してなかった。

あのキス以降、彼女に対する「大切」の意味合いが違ってきていると私は感じていた。

清らかな聖女のごとき彼女を、特別視している自分がいた。

出社したら真っ先に彼女の姿を探している自分がいた。

彼女を意識しているのは明らかだ。

(まさか、あんなイタズラのキスで……?)

信じられなかった。

しかし、自分に訪れた心境の変化、そしてどんどん私の内で

膨らんでいく茜さんの存在そして特別な感情は、紛れもなく恋の前兆だった。

古来より何度も文学のステージで語られた恋愛に、私は苦悩を強いられた。

いくら周りが博識だと褒めても、所詮恋愛に関する知識は紙面上で得たものでしかない。

本の中の人物のように波乱に満ちた恋愛に憧れる事はあっても

自分がその大海の中で舵を取れる自信はなかった。

些細なきっかけで歯車の動き始めた恋

それに初な茜を巻き込んで進んでいく事に私は躊躇いがあった。

……今ならまだ間に合うのではないか。

普通に仲の良い、ただのアイドル仲間に戻れるんじゃないか。

その方が彼女にとっても結果としていいのではないか?

同性愛という受難の鎖で何も分からない彼女を縛っていいのか。私はずっと悩んでいた。

それから私は極力茜さんと関わるのを避けた。

いつもは皆を振り回すくらい元気を振り撒き

また元気を与える茜さんだったが、やはり私にだけはしおらしく

遠慮がちに接するので周りも不思議そうに思っていた。

(これで、いいんだ……)

不真面目に始まってしまったこの関係は間違いだ。

下手に接して熱情を煽る必要はない。

こちらが必要以上に接しなければこれ以上私たちの関係は発展しないはずだ。

そう自分に言い聞かせて納得しているはずだった。

なのに、どうしてだろう……。

心に何か大きな空洞が出来たようで、心地が悪い。

まだ恋愛として根付かないうちの自然消滅。

これが最良の選択だと私は思っている。

――それなら、この埋めきれない空しい感情の正体は、何なのか?

そんな煮え切らない日々、私は逃げるようにして

レッスンに精を出し、帰り際には曲を聴いていた。

美しくも憂鬱な、この夕映えに良く似合うあの曲を――。

素っ気ない態度を取るしかない自分。

そんな自分を見て黙り込んでしまう茜さん。

そんなしおらしい彼女の姿を見るのは、悲しかった。

その気持ちを紛らわそうと私は静かに曲を口ずさむ。

元気さを潜めてしまった茜さんの姿を見ていると

私たちは他人よりも遠い関係になってしまったのかすら思える。

「文香ちゃん……っ!」

呼び止められた私はiPodを落としかけながらも、後ろを振り返った。

そこには夕焼けを受けて一層照り映える金髪の美少女――日野茜がいた。

「茜さん……」

今まで避けてきた手前、投げ掛ける言葉が見つからないでいた私に

茜さんは渾身の体当たりで抱きついて来た。

腰を持っていかれそうになった私は、身長差で辛うじてよろめく程度に抑えた。

「あのっ、こんなのってないですっっ!」

茜さんの肩は小さく震えていた。

「私、あんな気持ちになったの初めてだったんですよっ!?
 未央ちゃんたちが嬉しそうにキスしていた気持ち、今なら私にも少し分かります!
 でも私、まだまだ何も分からないんですっ!
 文香ちゃんがいないと、このもやもやとした
 どんだけ走っても振り切れない、切ない気持ちを
 どうしていいのか分からないんですっ!」

茜さんはたどたどしくも、しかし真剣に打ち明けた。

言葉の最後辺りに至っては今にも泣き出しそうだった。

ここに来て私はようやく自らの罪の重さ、そして二度と戻れない二人の関係を悟った。

「あっ……文香ちゃん……」

……私はそっと彼女を抱き締めた。

イメージよりもずっと小柄なこの体には、有り余る元気と純真な想いに溢れている。

そんな彼女に異質な恋を教え悩ませてしまった責任は、この私が取るしかない。

好意のツール以上に、キスは有史以前からこの魔翌力で恋人たちを繋いできたのだろう。

それまでうつむいていた茜さんは頭を上げた。

私と彼女の視線が重なりあった。

彼女の涙の滲んだ瞳、その中に映る自分の影を

そしてその奥にある、ほのかに熱い恋情をも見据えながら、私は囁いた。

「すみません……実は私も、このような感情を抱くのは、初めてなので……」

そう告げている間も私は彼女の瞳に囚われている。

夕日に向かっていつも走ってたあの瞳が愛しくてならなかった。

彼女の真っ直ぐで汚れのない瞳……そして艶のある唇……。

それまで恋愛感情のなかった事が嘘のように

激しい慕情が湧いて身を焦がしてくるのを感じている。

欲しい。

彼女が欲しい。

心も、体も、彼女が欲しくて哭いている。

彼女を手に入れてこのひりつくような渇きから逃れたかった。

「んぅ……」

夕光を浴びながら私たちはゆっくりと唇を重ね合わせた。

砂漠に咲く花が水を求めるように、私は茜さんのキスを味わった。

恐らく彼女も同じ気持ちだったはずだ。

彼女もまた、熱い吐息も漏らしながら夢中で

私の下唇を赤ん坊のように吸っている。

私たちは知らないうちに互いを求め合っていたのだ。

「んっ……んん……」

蜜色の唾液のすらも飲み込まんと、唇と舌を重ね合わせて

半ば獣のようにふしだらに結ばれようとキスを繰り返す私たち。

その細い指同士を交互に絡み合わせていると

周りに流れている時すらも止まる気がした。

二度と戻れない関係になると感じながらも

現在進行形で私はこの始まった恋に身を委ねている。

このような恋が不毛と言うのなら

この心地良い想いを相手と共有できなければ

果たして人生なんて何の意味があるんだろう?

……もうすぐ、夕日が沈む。

私たちはここで秘密のメモリーを胸に秘めて、しばし恋の媚薬が見せる夢に微睡んだ。

以上です

↓元ネタ
https://www.youtube.com/watch?v=6z4qi2NlAbo

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