善子「──不幸な誕生日。」 (21)

ラブライブ!サンシャイン!!SS

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花丸「善子ちゃん、今日は練習休みだって」


放課後、スクールバッグに勉強道具を詰め込んでいる私に向かって、そう切り出したずら丸の言葉に顔をしかめる。


善子「今日はって言うか……今日も?最近、休み多くない?」

花丸「ん、えーと……ルビィちゃんのお稽古が多いみたいで」

善子「……へぇ」


梅雨も明けた7月上旬。

ずら丸の反応を見て、今年もこの季節がやってきたなと思う。

花も恥らう女学生と言う生き物はなかなかどうして、イベントごとが大好きな生き物だ。

友達同士でも当たり前のようにサプライズを演出して、お互いを鼓舞するのだ。

──いや、別にそれについては文句はないんだけど。


善子「ルビィが居ないってことは今日はずら丸フリーってことよね。買い物付き合ってよ」

花丸「ずら!?そ、それは無理ずら!!」

善子「……私と一緒じゃ嫌?」

花丸「そ、そうじゃなくて!……え、えっと……マルも用事があって」

善子「用事って?」

花丸「え、えーっと……ルビィちゃんのお手伝いずら!」

善子「ふーん、そう」


"今年"の主動は千歌かルビィかしら?

ずら丸は嘘吐けないんだから、こういう伝達役は曜かリリーに任せればいいのに。

まあ、いいけど……。


善子「んじゃ、行くわね」

花丸「ごめんね、善子ちゃん……買い物はまた今度一緒に……?……昇降口はそっちじゃないよ?」


私は廊下に出てから、体育館へ向かう道へと歩を進めていた。


善子「ああ、ちょっと部室に忘れ物したから取りに行こうかなって」

花丸「ずら!?それはダメずら!!」

善子「……なんで?」

花丸「え、えっと、それは……わ、忘れ物ならマルが代わりに取ってくるよ!!」

善子「ずら丸は早くルビィのところ行ってあげた方がいいんじゃないの?」

花丸「それは……えっと……」


なんか、私がずら丸をいじめてるみたいになってきたじゃない!

だから、この時期のこのイベント……嫌なのよ。


善子「さっと行って、さっと帰るから」

花丸「ま、待って!善子ちゃん!!」


慌てて、私を追ってくるずら丸を尻目に、この配役をした、誰かさんにはきつくお灸を据えなくちゃいけないわね。と私は心の中でひとりごちた。


    *    *    *





部室の中に7つの影があるのを確認して、私は部室の引き戸に手をかけた。


千歌「あ、花丸ちゃんやっと来た~……って善子ちゃん!?」

果南「え、善子ちゃん!?」


私の姿を確認するやいなや、ホワイトボードの近くにいた千歌と果南さんが自分たちの身体でボードを隠すように張り付いていた。


善子「……今日は部活は休みだって聞いたけど?私には秘密で相談事?」

千歌「ええええええーと……!?よ、善子ちゃんが苦手なものの話を……十字架とかにんにくの話!」

善子「どっちかというと十字架も大蒜も好きだけど」

ダイヤ「というか、それでは吸血鬼が苦手なものではありませんか」

梨子「だから、よっちゃんには私が連絡しようかって言ったのに……」


慌てふためく千歌を見て、ダイヤさんとリリーがため息を吐く。


善子「まあ、大方予想は──」

千歌「みかん!!」

善子「……はい?」

千歌「みかんがたくさん取れちゃって、それを皆で食べきらないといけないの!!善子ちゃんみかん苦手だったでしょ?あ、でもでも、チカとしては是非みかんのおいしさを知って欲しいなって気持ちはあるんだけど……」

善子「いや、今7月だし、ミカンの収穫時期じゃないでしょ」

千歌「う……じゃ、じゃあハウスミカンだから今頃だよ!」

梨子「あはは、じゃあって……」

善子「はぁ……」


私は一旦ため息を吐いてから


善子「……別に誕生日パーティなんてやらなくていいわよ」


千歌と果南さんが隠しているホワイトボードから見切れている誕生日の文字を見てそういった。


ルビィ「ピギ……やっぱばれてる……」

曜「まあ、ここまで来たらそりゃバレるよね……」

善子「そもそもずら丸に伝達役やらせてる時点で穴だらけよ」

花丸「も、申し訳ないずら……」

鞠莉「ま、バレちゃったなら仕方ない。ヨハネも混ぜてみんなで計画しましょ」

善子「……いや、パーティそのものやらなくていいわよ」

ルビィ「え?」


私の言葉にルビィが目を丸くしてこっちを見つめていた。

でも、無視して言葉を続ける。


善子「誕生日パーティとか……柄じゃないし。好きじゃないのよ。」

梨子「よ、よっちゃん?」

千歌「そんなこと言わないでさ~せっかくの誕生日なんだから……」

善子「花火大会のライブも近いのに誕生日どころじゃないでしょ?」

千歌「そ、それは……」

善子「別に特別誕生日に祝われる習慣もないし、別に大して嬉しくもないから。人の誕生日を口実に騒ぎたいだけならむしろ迷惑よ」

梨子「ちょ、ちょっとよっちゃん……そんな言い方しなくても……」

ダイヤ「善子さん」


おとなしく黙っていたダイヤさんが私の言葉に反応した


ダイヤ「わたくしもどちらかというと誕生日に祝われる……という習慣からは遠い生き方をしてきましたが、そのような言い方で邪険にするのは余り褒められたことではないと思いますわよ?」


そう窘められる。そういえば、黒澤家も誕生日を祝う習慣が余りないってルビィが前に言ってた記憶がある。


善子「……邪険にするというか、普通にしてればいいのよ。誕生日なんて要は平日じゃない?ただでさえ忙しいのにわざわざ時間取ってお祝いなんてしてくれなくていいって言ってるのよ」

ダイヤ「それを邪険にするというのでしょう?」

果南「まあまあ二人とも……」


口論になりかけた私たちの間に果南さんが割って入る。

……別にケンカがしたかったわけじゃないんだけど。

もうちょっと、うまく解散させられればよかったんだけどなと自分の不器用さに自己嫌悪しながらも、もうこうなった以上は強引に解散させちゃえばいいかと思い


善子「とにかく、誕生日は祝わってくれなくていい。それだけ」


そう言ってから、身を翻して部室を去ろうとする。


花丸「善子ちゃん……」


そのときずら丸と目が合った。

その目は何か言いたげだったけど……


善子「……今日は帰るわ。じゃあね」


私はずら丸を一瞥してから、それだけ言って部室を後にした。





    *    *    *





梨子「よっちゃん!!」

ルビィ「善子ちゃん!」


部室から離れるように歩を進める私の背に声が掛けられる。

リリーとルビィが追いかけてきたようだ。


善子「リリー、ルビィ、どうしたの?」

梨子「どうしたの?じゃないよ……なんであんなこと……」

ルビィ「善子ちゃんらしくないよ?……なんだかんだでノリがいいのが善子ちゃんのいいところなのに……」

善子「な、なんか引っかかる言い方ね……あと善子じゃなくてヨハネよ」

梨子「何か嫌な理由があるの?」

善子「それはさっき全部説明したじゃない」

ルビィ「あんまり説明になってなかったような……」

善子「うっさいわね!とにかく、嫌なもんは嫌なのよ!」


私は話を切り上げて再び歩き出した。


ルビィ「ピギッ あ、善子ちゃん!待ってよー!」

梨子「よっちゃん……」





    *    *    *





善子ちゃんを追いかけて、ルビィちゃんと梨子ちゃんが出て行ってしまった部室にはマルを含めて6人が残っていた。

とりあえず、腰を落ち着けて、皆の様子を確認する。


千歌「むー……何かチカ変なこと言ったかな……」

曜「ミカンのくだりは大分変だったと思うけど……」

ダイヤ「全く、なんですか善子さんのあの態度は」

果南「まあまあ……善子ちゃんも何か思うところがあるんだって」


と不機嫌そうにしている千歌ちゃんとダイヤさんを曜ちゃんと果南さんがそれぞれ宥めていた。


花丸「……もしかしたら」

鞠莉「What?……マル何か知ってるの?」

花丸「知ってるというか……すごい昔に思い当たる節があるというか……」

ダイヤ「昔……というと幼稚園のときのことですか?」

千歌「あ、そういえば花丸ちゃん、善子ちゃんと同じ幼稚園だったって言ってたもんね」

花丸「うん。……その、幼稚園って誕生日のお祝いするよね」

曜「あーうん、そうだね。保育士の先生が率先してやってくれるよね」

花丸「マルのいた幼稚園は前もって、準備して、皆で出し物の準備したり結構大きなイベントだったんだ」

曜「クラスで?それ結構大変そうだね……」

鞠莉「え、そう?……大体の準備なら電話一本で」

果南「これだから金持ちは……」

ダイヤ「この辺りは人も少ないですから……幼稚園のクラスの人数もさほど多くはないので少し大きな規模になってもどうにかこうにかちゃんとお祝いが出来るのですわ。大変と言えば大変でしょうけれど……」

千歌「でも、それと何か関係があるの?」

花丸「年少さんから年長さんまで幼稚園に居る間3回、誕生日会があるわけだけど……善子ちゃんの誕生日会は一度もちゃんと出来たことがないんだ」

鞠莉「What?どゆこと?」

花丸「毎年、運悪く当日に台風が直撃して……」


マルの言葉に全員が黙り込む。

顔にはなるほどと書いてあった。


鞠莉「リトルデーモン恐るべし……」

曜「まあ、そういう時期だしね……」

ダイヤ「ですが、何もあんな言い方をする必要はないではありませんか」

果南「そこだよね。結局のところいくら善子が不運とはいえ、たまたま出来なかっただけなわけだし……準備してるところに乗り込んできてああいう風に言うってそこまでするかな普通」

千歌「なんだか、事件の匂いがしますなっ」

曜「千歌ちゃん?それ、言いたいだけだよね?」

花丸「幼稚園を卒園したあとはずっと会ってなかったから、わかんないけど……もしかしたら、誕生日に関係することで何かトラウマがあるのかも……」

果南「なるほど……そういうことなら無理にやるのもよくないのかな」

曜「嫌がることをやるって言うのも……」


皆がだんだんトーンダウンしていく中


千歌「そんなのダメだよ!」


反発するように千歌ちゃんが叫んだ。


曜「ダメって……?」

千歌「仲間の生まれたおめでたい日なんだから、ちゃんとお祝いしないとダメだよ!」

ダイヤ「だから、それを善子さんが嫌がるからやめようという話で……」

千歌「ホントに善子ちゃん嫌がってるの?」

ダイヤ「え?」

千歌「ダイヤさん、誕生日にいくら忙しくても『誕生日おめでとう』って言われて嫌な気持ちになる?」

ダイヤ「……それは」


ダイヤさんが千歌ちゃんの剣幕にたじろぐ。


鞠莉「ダイヤは誕生日忙しくても電話でHappy Birthdayを伝えてあげると、しばらくは録音して何度も聞き返すくらいには喜んでたわよね」

ダイヤ「!?///な、なんでそんなこと貴方が知っているのですか!?」

果南「え?ダイヤ、そんなことしてたの?」

ダイヤ「し、してません!!してませんわ!!///」


千歌ちゃんからのボールを上手く鞠莉さんがレシーブして、果南さんがアタック。結果、ダイヤさんは真っ赤になって弁明していた。


千歌「とにかく!話聞いてる限りだとちゃんとパーティが出来ないから、善子ちゃんは誕生日パーティが好きじゃないってことでしょ?でもそれでお祝いされること自体が嫌だって言うのは極端だよ」

花丸「でも、具体的にどうするの?今年もどうかはわからないけど……また当日台風が直撃したりしたら、善子ちゃんますます落ち込んじゃうんじゃ……」

千歌「それについてはチカにいい考えがあるんだっ!」

曜「いい考え……?」

千歌「ニシシ♪だからこの件はチカに任せて!」

果南「まあ、千歌がそういうなら……」

ダイヤ「本当に大丈夫ですの?」

鞠莉「ま、どっちにしろ取り付く島もないって状態だし、任せろって言うんだから、やるだけやってみるのはいいんじゃない?」

千歌「だから、皆この日とこの日は予定を空けて欲しいんだけど──」


千歌ちゃん主動で計画が進む中、マルはなんとも言えない気分だった。

善子ちゃんが悲しむのは見たくない……けど、お祝いもしてあげたい気持ちもある。

千歌ちゃんはすごいずら。何も迷わずにただ、お祝いすることだけ考えてる。

マルたちも善子ちゃんにそうしてあげればよかったのかな。

後悔先に立たずとは言うけど……マルは昔のあの誕生日会に記憶を巡らせて、少しだけ憂鬱な気持ちになっていた。





    *    *    *





私は帰り道、その足で沼津に向かった。

どうせ、近所だし。気分転換にもなるかなと思って。

だけど、後ろからはふらふらと人影が二つ。


善子「ちょっと、あんたたちいつまでついてくるのよ……」

梨子「だって……ねえ?」

ルビィ「やっぱり納得できなかったと言うか……」

善子「はぁ……もう……。納得行く理由を言えばいいの?」

梨子「それは、まあ……」

ルビィ「理由をちゃんと言ってくれればルビィたちにも出来ることがあると思う!」

善子「……わかった。」


私は二人の目を順番に見てから。言った。


善子「……私の誕生日会はどんなに計画してもポシャるのよ」

梨子「……?どういうこと?」

ルビィ「ぽしゃる?」

善子「この時期だから、大体は台風だけど……まあ、とにかくパーティ自体が失敗するのよ。」

ルビィ「それって、リトルデーモン的なこと?」

善子「……そういうことよ」

梨子「いやいや……それって、運が悪いだけでしょ?」

善子「せいぜい、ここ10年くらいは誕生日にお祝いはしてもらえてないわ」

梨子「え!?いや、友達からはなかったとしても親からとか何か……」

善子「親は大体運悪く前日に急な仕事が入ってるのよ。んで台風だからそのまま会社に泊まるコースね」

梨子「……」

善子「だから……わざわざ準備してくれなくてもいいの。……どうせ、失敗するのに計画してもらうのも申し訳ないじゃない」

ルビィ「善子ちゃん……」

梨子「……よっちゃんの言い分はわかった。」

善子「そう……それで、やめてくれるの?」

梨子「うーん……その話聞いちゃうとね……でも」

善子「……でも?」


ルビィ「千歌ちゃんがやめるかなぁ……?」

梨子「あの千歌ちゃんだもんね。止めても止まんないよ」

善子「……まあ、私の意思はそういう感じだから。やらないでって伝えるだけ伝えてもらえるかしら」

梨子「わかった。それは千歌ちゃんには伝えておくよ。」

善子「……お願いね」


確かにリリーの言うとおり、あの千歌がやめるとは思えないけど……

まあ、どっちにしろ当日は台風だろうし、ね。





    *    *    *





──夢を見た。


「ごめんね……頑張って準備したんだけど」


……台風なんだから仕方ないじゃない。そんな、謝られても困る。


「ごめんね善子……いっつも、こんな時期に限って仕事が立て込んじゃって……」


わかってる、ママが悪いんじゃない……。それでも、おめでとうって後でちゃんと言ってくれるから、それでいいの。


「ごめんね」
「ごめんね」
「ごめんね」


私の誕生日はいつも暗い顔と悲しい言葉ばかり。

私は堕天使。この日は私を笑顔にさせてくれる人たちの顔を曇らせる罪深き日。

──ごめんね。





    *    *    *





曜「本日は曇天なり。夕方から夜にかけて更に天気が崩れそう。」


7月12日。千歌に呼び出されて来た屋上では、真ん中の方で曜が得意の体感天気予報をしていた。

千歌はその周りを楽しそうにくるくる回りながら私を待っていた。


善子「んで、何?こんなところに呼び出して」

千歌「うん!明日のお誕生日会のことなんだけど!」

善子「……一応聞くけど、リリーからは話聞いてないの?」

千歌「聞いてるよ。いっつも誕生日会が失敗しちゃうって話でしょ?」

善子「じゃあ、諦めてよ……。今朝両親が仕事が入ったって言ってて、今年も同じ感じっぽいし。」

曜「台風も近付いてるみたいだしね。私の勘だと明日直撃すると思う」

善子「……自分でもぞっとするくらい、いつも通りね。今年も誕生日どころか、家から出られないじゃない。」

千歌「なら、丁度いいね!」

善子「……は?」

千歌「じゃあ、曜ちゃん!あとお願いね!」


そう言って千歌はとててと屋上から去っていった。


善子「え、何……?」

曜「んじゃ、いこっか」

善子「どこに?」

曜「一旦善子ちゃんちに荷物を取りに行って……それから千歌ちゃんの家」

善子「荷物……?……それに千歌の家……?」

曜「と・に・か・く!千歌ちゃんから任務を授かってるから!いくよー!」

善子「え!?ちょ、ちょっと!?」


こうして、私は曜に引きずられるように帰宅することになった。





    *    *    *


善子「……」


沼津行きのバスの中、他の乗客は乗っていなくて、曜と二人っきり。


曜「ねえ、善子ちゃん」

善子「何よ」

曜「どうして、そんなにパーティするの……嫌だったの?」

善子「……」

曜「花丸ちゃん、あんまり口にはしてなかったけど、結構気にしてたよ」

善子「……。……幼稚園のときね」

曜「うん」

善子「ずら丸が聖歌隊で練習した歌を披露してあげるって、約束してくれたの。……でも、当日は大荒れの台風日和で、もちろんその日は幼稚園もお休みで」

曜「……」

善子「もちろん台風が明けてから、お祝いはしてもらえたんだけど……」

曜「……けど?」

善子「ずら丸……歌ってくれなかったのよ」

曜「……え?」

善子「『オラは善子ちゃんの誕生日に歌うって約束したの』って、泣きながら先生にずっと言い続けてた。バカよね、こういうときはホント素直というか頑固というか、昔から生真面目なのよ。」

曜「……」

善子「……私は、私を祝おうとしてくれてる人を泣かせてるんだって……子供ながらに悲しくなった」

曜「だから……」

善子「……それだけが原因じゃないけどね。女子ならなんとなくわかるでしょ?大体どんな場所でもお互いに誕生日のお祝いするのって……でも、ニアミスで会えなかったり、サプライズを前日に知っちゃったりとか。別に自分が祝われないのはいいの、慣れてるから……でも──」


脳裏に……焼き付けられた情景を思い返しながら


善子「本当に……申し訳なさそうにしてる、私を祝福してくれようとしていた人たちの顔を見るのが……辛いのよ……」


誕生日に友達のお祝いをするなんて、些細なことだ。

でも、だからこそ……些細だからこそ、不注意で刺さってしまった小さななトゲのように消えてくれない。

チクチクと心が痛み続ける。

いつまでも脳裏に木霊する。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね──って


善子「ねぇ……曜」

曜「……ん」

善子「これ聞いても……この任務全うする?」

曜「……するかな」

善子「……千歌のため?」

曜「うぅん、善子ちゃんのため……かな」

善子「……皆優しいのね……嫌になるくらい」

曜「善子ちゃんが優しいからだよ」

善子「私が優しいのが原因なら、もっと悪い子にならないといけないじゃない」


曜「……そうかもね」

善子「……わかった、今回は千歌に免じて付き合ってあげるわよ。」

曜「うん、ありがとう。千歌ちゃん喜ぶよ」

善子「……なら、いいわね」


私がそう生返事を返すとき、バスはゆっくりと駅のロータリーに止まろうとしていた。





    *    *    *





曜に私服に着替えるように言われ、軽く着替えを済ませてから、外に出ると

曜が顔を顰めていた。


善子「どうしたの?」

曜「ん……天気が崩れてきた」


曜に釣られて空を見上げると、雨雲がもくもくと空を包み込んでいた。


善子「明日直撃だったんじゃないの?」

曜「おかしいなぁ……私、体感天気予報には自信あったんだけど」

善子「とりあえず、崩れそうなら急ぎましょ」

曜「う、うん」





    *    *    *





数十分後、十千万旅館前のバス停にて


『お譲ちゃんたち、この雨の中で降りるのかい?』


バス運転手の人がそう尋ねて来る。

外は激しい風雨に包まれていた。


曜「こんなに天気が急に悪化するなんて……」

善子「……」

『他にお客さんもいないし、何なら家まで送ろうか?』


……運転手さんめっちゃいい人ね。


善子「そうした方がいいかもね。……この天気じゃバス停から千歌の家まで行くのも……」

曜「ちょ、ちょっと待って!?あれ!!」

善子「何よ……」


曜が指差した先、激しい風雨でほとんど先が見えない状態だったのだけど……言われて目を凝らす。


善子「嘘……」


私はその光景を見て絶句した。


曜「う、運転手さん!ここで降ります!!」

善子「す、すいません!開けてください!」

『は、はぁ、大丈夫かい?』

善子「はい!とにかく開けてください!!」


半ば叫ぶようにバスのドアを開けてもらう。

バスから飛び降りると、激しい暴風雨が襲い掛かってくる。

だけど、その中をどうにか泳ぐように前に進む。

そして、バス停のポールにしがみつくようにうずくまっている影に声を掛けた。


善子「千歌!!何やってんのよ!!」

千歌「えへへ、ごめん。ちょっとこの雨じゃこうして待ってるのが限界で……」

善子「そうじゃなくて……!!」

曜「とにかく、旅館まで……!!うわ!!」


話していたら、ますます雨風が強くなってきた。

このままじゃ旅館まで行くのもきつくない……?

そのときププーとバスのクラクションが風雨の音の中、辛うじて聞こえる。

運転手さんが気付いて、クラクションを鳴らしてくれたみたいだ。私たちは一先ずバスに戻ることにした。


『君達十千万旅館に行こうとしてるのかい?』

曜「は、はい……そうなんですけど……」

善子「雨が強すぎて……」

千歌「あ、それなら運転手さん!旅館の敷地内までバス動かせませんか?」

『構わないけど……』

千歌「あ、許可とかなら大丈夫だよ!旅館の娘がここにいるから!」

『そうか、わかったよ』


千歌の言葉でバスがゆっくりと動き出した。

一先ず落ち着いて話せる状態になって。


善子「千歌!!あんたあんな場所で何してんのよ!!」


私は怒鳴った。


千歌「善子ちゃんのこと待ってた」

善子「そうじゃなくて……!!危ないでしょ!!何かあったらどうするのよ!!」

千歌「でも、チカが言い出したから」

善子「……!!……あんたバカじゃないの!?」

千歌「えへへ、よく言われる」


善子「……あのねぇ!!」

千歌「でも、私が言い出したんだから、私はちゃんと待ってるよ。」


バスが止まる。十千万の旅館の入り口のすぐ前に着いたのだろう。


千歌「善子ちゃんは優しいから、きっとちゃんとこの場所に来て、ちゃんと千歌のこと見つけてくれるってわかってたから、待ってたよ!」


バスのドアが開く。千歌が手を差し伸べて


千歌「さぁ、行こう!」


手を引かれた。





    *    *    *





千歌「いたた!痛いよ果南ちゃん!!」

果南「人に心配させた罰だよ」


果南さんが乱暴にタオルで千歌の頭をわしゃわしゃと拭いている。


善子「……自業自得よ」

鞠莉「Oh!わたしたちもやるわよ!曜!」

曜「やらなくていい!やらなくていいから!」


マリーが張り合って曜の頭をわしゃわしゃとしている。

私も長い髪に水を滴らせていたけど──


花丸「怪我とか……してない?」

善子「うん……平気」


……ずら丸に拭いてもらっている。


果南「服もびしょびしょだし……お風呂は……まだお客さんの時間かな」

梨子「あ、千歌ちゃん!お風呂使っていいって、志満さんが……」


そうしていたら、受付の向こう側から、他のメンバーが続々と出てくる。


千歌「ホントに?」

ルビィ「今日は急な台風の接近でキャンセルが相次いだみたいで……お客さんがいないんだって」

千歌「じゃあ、今から皆でお風呂はいろー!」

ダイヤ「え、皆でですか!?」

千歌「どうせ、この天気じゃ皆お泊りでしょ?こんな時間から大浴場使えるなんて、台風の日くらいにしかありえないし、皆ではいろー♪」


そういって千歌が走り出す。


果南「こ、こら千歌!!足拭かないと廊下濡れるって!」


果南さんが千歌を追いかけて走っていく。


ダイヤ「はぁ……全く何してるんだか……」


ため息をつきながらダイヤさんが後ろを付いていく。


鞠莉「ふふ、ダイヤったら。なんか余裕あるように見えるけど、あれで内心かなり安心してるから」


そんな様子を見て、マリーが耳打ちをしてくる。


ルビィ「さっきまで、この雨の中飛び出していった、千歌ちゃんを追いかけるって言ってて大変だったんだよぉ……」

善子「雨の中で待ってる千歌を見つけたときは……言葉を失ったわよ」

梨子「全くね……お疲れ様、よっちゃん。千歌ちゃんにはこれから皆でお説教だから。」

善子「……まあ、手加減してあげてね」

梨子「ふふ、了解」


ルビィをリリーが笑いながら、浴場へ歩いていく。


曜「うぅ……髪ぐしゃぐしゃ……」

鞠莉「どっちにしろお風呂入ったら同じでしょ、Let's go♪」


マリーに背中を押されて、曜が歩いていく。


鞠莉「あ、そうだ。善子」

善子「……何?あと善子じゃなくてヨハネだからね」

鞠莉「お風呂まではゆっくり来なさい」

善子「……? どういうこと?」

鞠莉「マルと」

花丸「ずら?」

鞠莉「じゃ、気を取り直してLet's go!」

曜「はぁい……」


マリーが駆け足で曜を押しながら廊下の角を曲がって見えなくなった。


善子「……」

花丸「……」


なんだかお互い黙ってしまう。


花丸「……善子ちゃん、そのごめんね」

善子「……なにが?」

花丸「……あのときも今日みたいに……ちゃんと歌ってあげればよかったのかなって」


あの日の誕生会のこと


善子「……ずら丸はずら丸なりに……誕生日にお祝いしたかっただけなんでしょ。わかってるわよ。」

花丸「うん……でも、千歌ちゃんを見てたらね。マル意固地になって大事なこと忘れてたなって……」

善子「大事なこと?」

花丸「……マルね、歌を披露することで頭がいっぱいだったんだと思う……だから、善子ちゃんに喜んで欲しいんだってこと忘れてたんだって……」

善子「……それは違うわよ」

花丸「……え?」

善子「あんたが人前で率先して誰かのために歌おうなんて、言い出すこと自体がそもそも珍しいじゃない。それくらい……私のために決心して、披露しようしてくれてたんでしょ?」

花丸「……そ、そうなのかな……よく覚えてないけど……」

善子「だから、ホントはその気持ちだけで十分だったのよ。」

花丸「善子ちゃん……」

善子「どっかのみかん娘はそんなの全部ふっとばしちゃうくらいめちゃくちゃなだけよ。ずら丸が気後れするようなことじゃないわ。」

花丸「うん……ありがと、善子ちゃん」

善子「……どういたしまして。あとヨハネね。」


廊下の窓の外から、外を見ると酷い嵐になっていた。


善子「全く……ホントに何かあったらどうする気だったのよ……」

花丸「あはは……ダイヤさんとか真っ青だったよ。レスキュー呼ぶかって大騒ぎで……」

善子「Aqoursにいると騒がしいわね。風の音とか気にならないくらい。」

花丸「そうだね。……あ、そういえば風の音で思い出したけど。」

善子「……なに?」

花丸「……千歌ちゃんがね、嵐が来るってわかってるなら、皆で集まって晴れるまで家で遊べばいいって。風の音が五月蝿いなら、そんな音掻き消しちゃうくらいおっきな声で皆で騒げばいいんだって。」

善子「……ま、これからそうするってことでしょ?」

花丸「うん。そうだね。」

善子「……ヘクチ!」

花丸「その前にお風呂……だね」

善子「……そうね」

花丸「きっと明日は善子ちゃんの誕生日だから、学校に行けそうにないから、朝まで騒げるね」

善子「全く……人の誕生日をなんだと思ってるのよ……」

花丸「ふふふ」


──7月13日は私、津島善子の誕生日。

毎年不幸に見舞われて、今年も嵐に見舞われて過ごすことになるみたい。

でも、そんな不幸もまるまる飲み込んで楽しいイベントにしようとする愉快な仲間に囲まれて。

どうやら、今年もまた一歩、真の堕天使に近付く道から遠ざかってしまいそうだ。

まあ、今年くらいはいいかな。

そう思った。

今宵の時計が天辺を回る時間。

生まれて初めて、心の底から自分の誕生日が来るのを楽しみにしている、自分を感じて。


善子「今年はどんなアクシデントが起こるのかな?」


なんて、笑いながら、呟いた。

さぁ、パーティの始まりだ──

<終>

終わりです。

お目汚し失礼しました。


改めて、善子誕生日おめでとう!

また何か書きたくなったら来ます。よしなに。



こちら過去作です。よろしければ。

鞠莉「──期待する誕生日。」
鞠莉「──期待する誕生日。」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497276256/)

曜「──憂鬱な誕生日……」
曜「――憂鬱な誕生日……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1492354810/)

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