鷺沢文香「手紙を添えて、貴方に添う」 (34)

 プロデューサーさん。

 私は貴方が好きです。

 私は貴方が大好きです。

 私は貴方を愛しています。

 好き。好きでした。好きです。

 大好き。大好きでした。大好きです。

 愛している。愛していました。愛しています。

 好き。大好き。愛している。私は貴方のことを想っています。



 初めて顔を合わせた時、初めて言葉を交わした時、初めて身体を触れ合わせた時、

 私は貴方を好きになりました。

 顔を合わせる度、言葉を交わす度、身体を触れ合わせる度、

 私は貴方を大好きになりました。

 春夏秋冬、十二の暦、毎時毎分毎秒、

 貴方のことを考え、貴方という人を描き、貴方という人のことを想い、

 貴方と共に在る瞬間ごと、貴方と共に在れない瞬間ごと、貴方を知ったその時から今に至るまですべての瞬間ごと、

 私は貴方を愛するようになりました。

 貴方への愛を深め、強くして、どこまでも果てさえないほどに高めていきました。

 好きになりました。大好きになりました。愛するようになりました。私は、貴方を想うようになりました。

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 けれど。

 けれどもう。

 けれどもう在れません。

 強く、美しく、尊く。貴方のため、私は在れません。

 駄目になってしまったから。

 折れて、屈して、潰えてしまった。

 知らしめられた。突き付けられた。刻み付けられた。

 届かない。

 美しさで、可憐さで、愛らしさで、どうしても届かない。

 及ばない。

 温かさで、繊細さで、柔らかさで、どうあっても及ばない。

 至れない。

 能力で、魅力で、総体で、どうしてどうやってどうあっても至れない。

 他の皆を越えられない。

 どこかで劣る。どこかで負ける。どこかで足りない。

 どこでも劣る。どこでも負ける。どこでも足りない。

 誰かに劣る。何かで負ける。誰かに何かが足りない。

 私は一番になれない。

 プロデューサーさんの一番になれない。

 大切な、得難い、かけがえのない存在とはなれても……それ以上、一番にはなれない。

 唯一になれない。至高になれない。最愛になれない。

 数多いるアイドル達の中から、他の皆を超えてプロデューサーさんに選ばれることは叶わない。

 選ばれるほど、見初められるほど、愛されるほど……私は、プロデューサーさんの中で大きくなれない。

 私にとって、プロデューサーさんこそがすべて。

 けれど、プロデューサーさんにとってのすべてを私にすることはできない。

 この貴方の周りの世界、貴方を想い慕う大勢の中、私がプロデューサーさんと結ばれることはない。

 そうわかってしまった。

 知らしめられ、突き付けられ、刻み付けられて、どうしようもなくそう理解させられてしまった。

 だから、

 だから私は駄目になった。

 だから私は駄目になってしまいました。

 欲する貴方が手に入らない。

 恋しい貴方の横へ立てない。

 愛しい貴方と共に在れない。

 妻。貴方の傍で貴方と生きる妻となれない。

 伴侶。貴方の側で貴方と添い遂げる伴侶となれない。

 想い人。貴方の隣で貴方と死に絶え朽ちる想い人となれない。

 駄目。

 私は駄目。

 私では駄目。

 私は、貴方の誰よりも恋しい何よりも愛しい唯一の存在になれない。

 そう痛感して、そう実感して、そうどうしようもなく分かってしまったから。だから、私はもう。

 貴方への好意は消えていないのに、貴方への想いは強まるばかりなのに、貴方への愛は際限なく生まれて溢れ続けているのに……

 駄目になってしまいました。

 プロデューサーさん、私は駄目な女です。

 嫌な女。悪い女。弱くて狡くて脆くて、駄目な女。

 貴方の最愛になれず、貴方へ迷惑しかかけられず、貴方の負にしか至れない。

 貴方を好きになり、貴方を大好きになり、貴方を愛してしまった。

 貴方への好きを秘め続けることができない。貴方への大好きを抑え鎮めることができない。貴方への愛を深めるばかりで過去のものとすることができない。

 貴方を欲してしまう嫌な女。

 貴方を害してしまう悪い女。

 貴方を忘れられない弱い女。

 好かれるどころか嫌われてしまうような、想われるどころか棄てられるような、最愛どころか最低な、そんな女なんです。

 貴方を求めてしまいました。

 私は……駄目になって、貴方と結ばれないと理解し駄目になって……それでも、求めてしまいました。

 貴方を汚そうとしました。

 押し倒し、咥え込んで、貴方を犯し私のものにしてしまおうとしたんです。

 貴方を閉じ込めようとしました。

 縛り付け、錠を掛け、貴方を監禁し私だけのものにしてしまおうとしたんです。

 貴方を殺そうとしました。

 突き刺し、切り落とし、貴方を殺し私ただ一人だけのものにしてしまおうとしたんです。

 涙を流しながら、唇を噛み締めながら、意識を失いかけながら、

 本心から悩み悩んで、本気で実現を計画して、本当に叶えようとしました。

 結局それは破綻しましたが。

 結果それらは無に帰しましたが。

 結末それらの道は選び取られませんでしたが。

 この、こんな、ここの、

 現実の私は、救いようなく駄目な私は、それらの物語を叶えなかった私は、

 貴方の隣で眠った私は、きっと既にもう冷たい私は……プロデューサーさんへの愛だけを胸に抱いてこの場へと至った私は、

 死ぬことを選びましたが。

 貴方を感じながら、貴方を想いながら、貴方の隣で終わることを選びましたが。

 ……本当に救えない。救いがない。救いようがない。

 駄目な女。

 想う貴方へ何も与えない。慕う貴方へ何も贈らない。愛する貴方へ何ももたらさない。

 良いものを、好いものを、善いものを、何一つ。

 自己満足。

 自分がそうしたかっただけ。そうなりたかっただけ。そう終わりたかっただけ。

 貴方への愛に一人悶え狂い、貴方の隣で生に幕を引き、貴方へ向けてこんな呪詛のような言葉を連ねた手紙を遺して、

 こんなもの貴方にとっては害にしかならないと分かっているのに、そんなの貴方にとっては毒にしかならないと分かっているくせに、そう分かっているにもかかわらず、

 貴方の隣で果てたかった。貴方を感じながら消えたかった。貴方を愛しながら終わりたかった。

 そんな勝手な自己満足のために私はこうして、そうして死ぬことを選びました。

 死んでいる。きっと事切れている。おそらく終わっている。

 この手紙が読まれている頃には、もうどうしようもなく私は死んで事切れ終わっているはず。

 貴方の眠る布団の上、光を失った瞳で貴方を見つめながら、貴方への愛を宿して壊れた物言わぬ残骸となっているはずです。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。すみません。申し訳ありません。

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 プロデューサーさん。

 私は貴方が好きでした。

 私は貴方に恋していました。

 私は貴方を想っていました。

 貴方という人は、男性は、存在は、私にとってのすべてでした。

 貴方にとっては結局疎ましく気持ちの悪い、醜く粘ついた病毒のような、こんな唾棄すべき嫌悪の対象にしか至れなかった私ですが……

 愛していました。

 嘘はありません。偽りはありません。そんなものはほんの一欠片ほども、わずかな塵芥程度にも、誓ってかすかにさえありません。

 貴方を愛していました。

 本当に愛していました。心の底から愛していました。持ち得る何もかもを懸けて愛していました。

 私は貴方を愛していました。

 愛していました。始まりの瞬間から今このここへ至るまで、私は貴方を愛しています。

 愛していました。終わりを迎えるその最後の刹那へ至るまで、私は貴方を愛しています。

 愛していました。始まり、終わりを迎え、そしてその先の死後へ至ってさえも永劫変わらず、私は貴方を愛しています。

 私はプロデューサーさんを愛していました。

 プロデューサーさんにとっては不要な、棄てて拒んでしまいたい、文字通り最悪の嫌悪すべき愛とはなってしまうのですが。

 どれほど醜悪でも、どれほど穢らわしくても、どれほど汚濁に塗れた愛ではあろうとも、

 私は、プロデューサーさん……貴方という人を愛していました。

 貴方からしてみれば遠ざけたい呪詛でしかない、聞きたくなどないし伝えられたくなどない、吐き気すら催してしまうかもしれない告白になってしまうのですが、

 もしかしたらもう既に握り潰され、破り捨てられ、あまりの堪え難さにここまで貴方は至ってすらいないのかもしれませんが、

 けれど言わせてほしい。だけど書かせてほしい。それでも貴方へ伝えさせてほしい。

 プロデューサーさん。

 貴方のことを愛していました。

 大好きでした。大好きでした。大好きでした。

 貴方に恋をして、貴方に想い焦がれて、貴方を……私は、プロデューサーさんを愛していました。

 さようなら。

 もう一切ありません。

 貴方を害する言葉が紡がれることも、貴方を損なう穢れた身体が触れることも、貴方を犯す壊れた想いが尽くされることも、

 これが、最悪が、私が貴方へと至ることはありません。

 もういません。

 ですから、さようなら。

 私のいない世界で、どうか素晴らしい生を送り、安らかな死を迎えてください。

 愛に濡れ、愛で溢れ、愛が満ちた未来を叶えてください。

 幸せになってください。

 私がそこへ導くことはできませんでしたが、隣へ立ち手を引いて、幸せへと至らせることはできませんでしたが。

 汚れてはいたものの、壊れてはいたものの、醜くはあったものの、それでも私は貴方を愛していた。貴方には幸せになってほしいと願っていました。

 ですからどうか。

 プロデューサーさん、幸せになってください。

 幸せを求め、幸せを掴み、幸せの中で生きてください。

 私は消えます。

 貴方のお邪魔、貴方の足枷、貴方の不幸はこの時を以って貴方の前を去ります。

 私はもういなくなります。

 ですから、どうか本当の幸せへ、プロデューサーさんは辿り着いてください。

 さようなら。

 さようならです。

 もう触れることも、感じることも、逢うこともありません。

 さようなら。

 さようならです。

 愛していました。私の唯一、大切な、愛おしい人……プロデューサーさん、さようなら。

 永遠に。……ええ、プロデューサーさん、永遠に。






(……愛おしい)




 プロデューサーさんへの感情が溢れてくる。想いが満ちてくる。愛おしさが生まれてくる。

 プロデューサーさん。

 プロデューサーさんプロデューサーさんプロデューサーさん。

 恋しい人。大好きな人。愛おしい人。

 私のすべて。

 何もかもを失って、何もかもを投げ捨てて、何もかもを捧げ尽くして……それでも結ばれたいと望んだ、私の愛する無二の人。

 そのプロデューサーさんのことしか考えられない。

 それまでは確かに存在した……存在していただろうはずの憂いが、思案が、後悔が、そんなもののすべてが跡形もなく掻き消えて……もう、プロデューサーさんへの愛しか感じられない。

 プロデューサーさん。眠るプロデューサーさん。無防備なプロデューサーさん。

 その隣へ添って、身体を寝かせその身体へ寄り添って、私とプロデューサーさんだけの二人きり最後の夜へと至って……その末、身体からも心からも私という存在の中の何もかもから、プロデューサーさんという存在以外が消えて無くなってしまう。

 プロデューサーさんが見える。プロデューサーさんが聞こえる。プロデューサーさんが香る。

 手を伸ばせば届く距離、息遣いや鼓動までもが伝わる近さ、願いさえすればその身を自分のものにできそうだと思えてしまうほどのすぐ傍にプロデューサーさんが居る。

 そのことに堪らなくなる。

 胸が高鳴る。感動に震える。全身が熱っぽく染まる。

 焼けてしまいそうなほど、溶けてしまいそうなほど、蕩けてしまいそうなほどに熱く燃えて高まっていく。

 もう、熱く沸騰し身体を燃やす血もないけれど。

 零れて、漏れて、流れ出て……そうしてもう、失ってしまったけれど。

 熱く。速く。高く。

 身体が、鼓動が、この心身が、

 プロデューサーさんに熱くなる。プロデューサーさんを想って速くなる。プロデューサーさんへの愛で高まっていく。

 愛おしい。

 ただひたすらに愛おしい。

 愛おしくて愛おしくて愛おしくて……プロデューサーさんが、狂おしいほどに愛おしい。

(……ああ)



 ぐら、と揺れた。

 鋏が。

 どこにでもあるなんでもない形の、けれど普通のそれ……この事務所にも置かれているようなそれよりずっと大きな、そして歪に片刃だけの鋏。

 それが揺れた。突き刺さり、食い破り、布団の上へ寝かせた左手を縫い付けるそれが、ぐら、と。

 身体の左側を下にして、横に眠るプロデューサーさんを視界へ入れられるように取った姿勢。それを固定するため、それが崩れないようにするため、終わってしまったその後へ至ってもそれを保ち続けるための楔。

 流れる血を止めてしまいそうなほど強く腹と太ももとを縛り上げた布。プロデューサーさんとの思い出の品。初めてのライブを成功で飾ることができたあの時に贈られた、思い出のストール。それを抉り抜いて刺し留める、三本の大きな釘。

 身体と布をそれぞれに貫き、深く深く床の底まで達して直立したそれら。

 薄明かりにぼんやりとだけ照らされるそれら。その内の、手を貫いて縫い付ける鋏が、バランス悪くぐら、と揺れた。

 ちら、と視線を流して確認すると、打ち込んだときよりもいくらか傾いているように見える。目の前の愛おしい人への気持ちが逸るあまり中途半端になってしまって、貫く深さが足りなかったのかもしれない。

 ……本当は鋏などではなくもっとそれらしいもの。包丁や、ナイフや……そういうものを使っていれば、良かったのだろうけど。

 でもそれは嫌だった。それらは悪縁を切るもの。プロデューサーさんにとって、私との縁はきっと良いものではないはず。……だから、そんな縁起の悪いものは使いたくなんてなくて。

 だからこれ。だから鋏を選んだ。選んでこうした。……思わずため息は漏れてしまったけれど、後悔はない。もっと強く、ずっと深く、プロデューサーさんの中へ残るため。

(ん……)



 プロデューサーさん。愛おしいそれ以外のものへ、たとえわずかであっても意識を割かなければならないということに心の内へ少し不満の影を生んでしまいながら……こちらへ意識を割く前にたっぷりと時間を使い、どっぷり浸るように目の前のプロデューサーさんを感じ入てから……当然プロデューサーさんへの愛を最優先にしたまま、自由な右手を動かす。

 ごそごそ。背中から腰にかけての辺りへ手を伸ばし、その周辺を数度手探りしたところでひんやり冷え固くごつごつとした感触を見つけた。自分の手のひらと同じ程度の大きさのそれを掴んで、そして身体の前へ持ってくる。

 持ってきたそれを胸の前辺りへ置いて、一旦小休止。身体へ穴を開け血を流し始めてから大分時間が経っている。プロデューサーさん以外のものへと向ける意識はだんだん薄らいできているし、なんとなく終わりのその時が近づいてきているような感覚もある。きっといろいろ足りなくなってきているんだろう。少し動いただけなのに息が切れる。力が抜ける。気が遠のく。

 やがて、そうしてしばらく……プロデューサーさんを見つめて、プロデューサーさんを想って、プロデューサーさんへの意識だけは確かに揺るぎなく持ったまましばらくの間動きを止めて、それからゆっくりと再開。一旦置いてあったそれ、いつかのどこかで勝ち取って手に入れた、今はもう何の価値も感じないメダルを……ちょうど手にまるような、物を叩くには都合のいいそれを右手に掴んで左の手の近くへ。一度コツっと横から叩いて刺さる角度を整え、それから一気に振り下ろした。

 ゴスン、と。鈍く重い音が響く。左の側とは違って綺麗な……血を湧かせ赤黒く染まった手首以外は綺麗な右の腕が、じんわりと波紋を描くように広がってきた痺れに固まる。そして左の手へ痛み。もう何本も身体にはいくつもの傷を作っている。血も失って痛覚もほとんど働いていないような状態。……けれど貫かれ、砕かれ、縫い付けられる痛みは凄く、凄い。鮮明に全身を駆け抜けて、痛烈に全霊を揺り乱し、どうしようもないほどの「痛み」が身体も心も犯していく。

(あ、ぁ)



 痛みに震え、意識のいくらかを削られながら、こひゅこひゅと掠れた音を口から。

 起こしてはいけない。この最後の夜は自分だけの勝手な終わり。終わる最期の時は自分だけで迎えなければならないもの。プロデューサーさんの隣で、プロデューサーさんと添いながら、けれど起こしてしまってはいけない。

 プロデューサーさんには触れてはいけない。見られてはいけない。聞かれてはいけない。

 だからその禁を破ってしまわないよう楔を以って身体を縛り、そして声を紡いでしまう喉は潰した。

 声を出そうとしても、叫び声が出てしまいそうになっても、聞かれることはない。こひゅこひゅ、と空気の漏れる掠れた音が響くだけ。

 痛みに震え呼吸を乱し、その震えと乱れによってぐしゅぐしゅと……開けられている手足の傷口を更に広げ捩じ回し新たに赤い鮮血を溢れさせながら、時を過ごす。

 プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。

 震えをプロデューサーさんで押さえつけて、痛みをプロデューサーさんへの想いで塗り替えて、意識をプロデューサーさんへと尽くす愛で支配する。

 プロデューサーさんを見る。プロデューサーさんを聞く。プロデューサーさんを感じる。

 プロデューサーさんへ染まり、プロデューサーさんへ焦がれ、プロデューサーさんへ堕ちる。

 身体のすべてをプロデューサーさんへ、心のすべてをプロデューサーさんへ、自分の何もかもすべてをプロデューサーさんへ。

 そうしてプロデューサーさんに満ちていく。

 恋しいプロデューサーさん。愛おしいプロデューサーさん。私の、何よりも素敵なプロデューサーさん。

(……プロデューサーさん)



 至る。

 元の通り、在るべき通り、自分のすべてがプロデューサーさんへ至る。

 プロデューサーさんへの感情に沸き立つ。プロデューサーさんへの想いに色付く。プロデューサーさんへの愛に狂う。

 何もない。

 プロデューサーさん以外は何もない。

 貫かれる痛みも、抉り壊される苦しみも、プロデューサーさん以外の何もが一つとして残らず消え去った。

 何も見えない。何も聞こえない。何も香らない。

 何も感じない。

 プロデューサーさん以外は何もなくなった。

 プロデューサーさん、プロデューサーさんだけ、愛するプロデューサーさんだけ。

 プロデューサーさんという愛おしいただ一人だけが私のすべてになる。

 願った、祈った、望んだ、私の在るべき姿。

 プロデューサーさんの私。

 混じり気なく、淀むことなく、まっすぐ純粋にプロデューサーさんが私の中へ入ってくる。

 入ってきて広がって、幾重にも何層にも溶け込んでくる。

 気持ちいい。

 心地よくて、気持ちよくて、幸せ。

 嬉しい。

 涙が溢れて止まらなくなってしまいそうなほど、嬉しい。

 実際にはもう枯れてしまったし、もしまだ残っていたとしてもそれによって視界がわずかにでも歪んでしまうのは……視界を潤ませてプロデューサーさんの姿を、ほんのかすかにでもこの愛おしい人の姿を汚してしまうのは嫌だから、流すことはないのだけれど。

 嬉しくて、気持ちよくて、幸せ。

 良い。好い。善い。

 幸せ。……プロデューサーさんへの愛に満ちて、幸せ。

「ァ……、は――……」



 上手く形にならない。普段の通りにできない。綺麗に美しく作れない。

 汚い、荒んだ、意味を成す正しい在り方に至れていない。……そんな笑みを、軋んだ笑い声を漏らして出す。

 幸せで。今この時、ここ、これが……プロデューサーさんへの愛へ満ち、プロデューサーさんと共に在れることが幸せで。

 幸せで。先の未来、遥かな遠く、プロデューサーさんが死を迎え生を終えるその時まで、プロデューサーさんの中へ永遠に在り続けられることが幸せで。

 伴侶ではない。至高ではない。最愛ではない。

 けれど……たとえその形がどうあろうとも、それでも確かに存在させてもらえる。

 プロデューサーさんの永遠になれる。

 そのことが幸せで、もう幸せなんて言葉では表せないほど幸せで、何をどうしてどうすればいいのかまるで分からなくなってしまうほど幸せで。

 とにかく、幸せで。

 笑う。

 笑みが零れる。声が漏れる。幸せが溢れていく。



(ずっと、プロデューサーさん、貴方の中に……)

 プロデューサーさんは優しい人。

 情の深い。想いの強い。愛の大きな人。

 私はプロデューサーさんの至高にはなれず最愛へ至ることもなく、伴侶になることなどできなかった。

 当然。弱くて、悪くて、駄目な私にはそれが当然。

 当たり前のこと。

 けれど……それさえ、そんな私のことさえ、プロデューサーさんは大切に想ってくれている。

 護りたいと願ってくれている。慈しみたいと祈ってくれている。愛したいと望んでくれている。

 私が傷つくと泣いてくれる。私が悲しむと抱き締めてくれる。私が尽くすと受け入れてくれる。

 愛してくれている。

 一番ではないけれど、唯一ではないけれど、最愛ではないけれど、

 プロデューサーさんは私を愛してくれている。

 だから、

 だからきっと、

 だからきっと私は、プロデューサーさんの中から未来永劫消えることなくその中へと在り続けていられる。

 プロデューサーさんは忘れない。

 自分の傍らで、寄り添うようにしながら死んでしまった私のことを忘れられない。

 プロデューサーさんは捨てない。

 自分へ愛を尽くし、想いを捧げ、すべてを懸けて生きてきた私のことを捨てられない。

 プロデューサーさんは無くさない。

 最期の瞬間まで自分を見つめ、自分へ向き、自分を愛し続けていた私のことを無くせない。

 忘れようとすることはできない。

 この事務所へ居る間、何度でも思い出す。

 捨てようとすることはできない。

 ほんのわずかな時間さえあれば、幾度でも思い返す。

 無くそうとすることはできない。

 遺した手紙がある限り、その言葉が朽ちない限り、幾星霜でも刻み重ねる。

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(プロデューサーさん――)



 終わりに命が導かれ始めたのを感じる。

 消えていく。暗く落ちていく。零へ沈んでいく。

 プロデューサーさんの隣で、プロデューサーさんと寄り添い、プロデューサーさんを愛しながら死んでいけるのを実感する。

 身体が、プロデューサーさんへの想いに熱く焼けながら低く冷たく凍えていく。

 鼓動が、プロデューサーさんへの恋慕に速く高鳴りながら緩く小さく鎮まっていく。

 私が、プロデューサーさんへの愛に狂い溶かされ昇りつめながら壊し堕とされ眠らされていく。

(私の愛おしい人)



 動けなくなる前、考えられなくなる前、何もできなくなる前に一度、最後に小さく身体を揺らす。

 震わせるような小さい動きで頭の位置をずらし、プロデューサーさんの姿が他のどこよりもよく見える場所を探して、そこに顔を落ち着かせる。

 身体を縛って、その上貫き縫い留めているから体勢が崩れることはきっとない。

 このまま死ねる。

 プロデューサーさんを見つめたまま、プロデューサーさんへ向いたまま、プロデューサーさんを想ったまま、このままの体勢で死ねる。

 だから思わなくていい。

 省みなくていい。気を配らなくていい。心配しなくていい。

 愛するだけでいい。

 プロデューサーさんを想い、プロデューサーさんに染まり、プロデューサーさんを愛するだけでいい。

 それ以外、プロデューサーさん以外は何も、何一つとして持たなくてもいい。

 プロデューサーさんを見る。プロデューサーさんを聞く。プロデューサーさんを感じる。

 プロデューサーさんを愛で、愛おしみ、愛すれば……そうして死へ向かい、そして終わればそれでいい。

 プロデューサーさんに沈み、プロデューサーさんに落ち、プロデューサーさんに満ちる。

 プロデューサーさんに生きてきたこれまでを、プロデューサーさんによって幕引く。

 何もかもすべてをプロデューサーさんへと捧げ尽くしてきた生を、何もかもすべてをプロデューサーさんへと懸け注いで終わらせる。

(私は……)



 プロデューサーさん。

 私の好きな人。

 プロデューサーさん。

 私の恋した人。

 プロデューサーさん。

 私の愛した人。

 プロデューサーさん。

 プロデューサーさん。私の大切な人。プロデューサーさん。私の大事な人。プロデューサーさん。私の至高の人。プロデューサーさん。私の最上の人。プロデューサーさん。私の最良の人。プロデューサーさん。私の信じた人。プロデューサーさん。私の奉じた人。プロデューサーさん。私の唯一の人。プロデューサーさん。私の無二の人。プロデューサーさん。私の素敵な人。プロデューサーさん。私の永遠の人。プロデューサーさん。私の絶対の人。プロデューサーさん。私のかけがえない人。プロデューサーさん。好きです。プロデューサーさん。大好きです。プロデューサーさん。恋しいです。プロデューサーさん。焦がれています。プロデューサーさん。願っています。プロデューサーさん。祈っています。プロデューサーさん。望んでいます。プロデューサーさん。求めています。プロデューサーさん。欲しています。プロデューサーさん。慈しんでいます。プロデューサーさん。お慕いしています。プロデューサーさん。想っています。プロデューサーさん。愛しています。

プロデューサーさん。貴方は私の光です。プロデューサーさん。貴方は私の灯です。プロデューサーさん。貴方は私の安らぎです。プロデューサーさん。貴方は私の唯一です。プロデューサーさん。貴方は私の無二です。プロデューサーさん。貴方は私の魂です。プロデューサーさん。貴方は私の源です。プロデューサーさん。貴方は私の太陽です。プロデューサーさん。貴方は私の夢です。プロデューサーさん。貴方は私の命です。プロデューサーさん。貴方は私の意味です。プロデューサーさん。貴方は私の想い人です。プロデューサーさん。貴方は私のすべてです。プロデューサーさん。私は貴方に染められました。プロデューサーさん。私は貴方に救われました。プロデューサーさん。私は貴方に教わりました。プロデューサーさん。私は貴方に決められました。プロデューサーさん。私は貴方に焦がされました。プロデューサーさん。私は貴方に生きました。プロデューサーさん。私は貴方に死にました。プロデューサーさん。私は貴方に栄えました。プロデューサーさん。私は貴方に滅びました。プロデューサーさん。私は貴方に捧げました。プロデューサーさん。私は貴方に狂いました。プロデューサーさん。私は貴方に尽くしました。プロデューサーさん。私は貴方で幸せでした。

プロデューサーさん。貴方が近い。プロデューサーさん。貴方がすぐそこへ。プロデューサーさん。貴方が隣に居る。プロデューサーさん。貴方が視界の全部を。プロデューサーさん。貴方が耳の全域を。プロデューサーさん。貴方が鼻孔のすべからくを。プロデューサーさん。貴方が私の中に居る。プロデューサーさん。貴方が傍に居る。プロデューサーさん。貴方がここに居る。プロデューサーさん。貴方が共に居る。プロデューサーさん。貴方が私と一緒に居てくれる。プロデューサーさん。貴方に私は届かない。プロデューサーさん。貴方に私は辿り着かない。プロデューサーさん。貴方に私は至れない。プロデューサーさん。私は貴方を射止められない。プロデューサーさん。私は貴方を包めない。プロデューサーさん。私は貴方を縛れない。プロデューサーさん。私は貴方を抱き締められない。プロデューサーさん。私は貴方を閉じ込められない。プロデューサーさん。私は貴方を殺せない。プロデューサーさん。私は貴方のもの。プロデューサーさん。私は貴方をものにできない。プロデューサーさん。けれど貴方は私のもの。

プロデューサーさん。私は貴方と居ます。プロデューサーさん。私は貴方に添っています。プロデューサーさん。私は貴方を見ています。プロデューサーさん。私は貴方を聞いています。プロデューサーさん。私は貴方に注いでいます。プロデューサーさん。私は貴方に溢れています。プロデューサーさん。私は貴方を受け入れています。プロデューサーさん。私は貴方を感じています。プロデューサーさん。私は貴方と過ごします。プロデューサーさん。私は貴方と眠ります。プロデューサーさん。私は貴方と堕ちてゆきます。プロデューサーさん。私は貴方と死にます。プロデューサーさん。私は貴方と終わります。プロデューサーさん。ずっと一緒です。プロデューサーさん。忘れないでください。プロデューサーさん。憑き添います。プロデューサーさん。共に添わせ続けてください。プロデューサーさん。抱き続けてください。プロデューサーさん。覚えていてください。プロデューサーさん。幸せになってください。プロデューサーさん。幸せになりましょう。プロデューサーさん。想い続けてください。プロデューサーさん。私と生きてください。プロデューサーさん。私と死んでください。プロデューサーさん。私と共に在り続けてください。プロデューサーさん。私と一緒に至りましょう。

プロデューサーさん。私は貴方に想われたい。プロデューサーさん。私は貴方に好かれたい。プロデューサーさん。私は貴方に嫌われたい。プロデューサーさん。私は貴方に恋されたい。プロデューサーさん。私は貴方に蔑まれたい。プロデューサーさん。私は貴方に慕われたい。プロデューサーさん。私は貴方に見下げられたい。プロデューサーさん。私は貴方に清められたい。プロデューサーさん。私は貴方に汚されたい。プロデューサーさん。私は貴方に愛されたい。プロデューサーさん。私は貴方に憎まれたい。プロデューサーさん。私は貴方に永劫想われ続けたい。プロデューサーさん。私は貴方のお役に立てませんでした。プロデューサーさん。私は貴方のお邪魔にしかなれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の正にはなれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の負でしかありませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の陽になれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の闇にしかなれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の恋人になれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の足枷にしかなれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の妻になれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の縛鎖にしかなれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の伴侶になれなませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の常夜にしかなれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の最愛になれませんでした。プロデューサーさん。私は貴方の最悪にしかなれませんでした。

プロデューサーさん。ずっと。もっと。きっと。生きて。プロデューサーさん。良く。好く。善く。死んで。プロデューサーさん。いつも。いつでも。いつまでも。私と。プロデューサーさん。生きて。死んで。私と一緒に居てください。プロデューサーさん。私は貴方を包みます。プロデューサーさん。私は貴方を犯します。プロデューサーさん。プロデューサーさん。私は貴方を祝福します。私は貴方を呪います。プロデューサーさん。私は貴方の毒となります。プロデューサーさん。私は貴方の淀みとなります。プロデューサーさん。私は貴方の悪夢となります。プロデューサーさん。私は貴方の中へ残ります。プロデューサーさん。私は貴方の内へ刻まれます。プロデューサーさん。私は貴方の心へ宿ります。プロデューサーさん。私は貴方の生へ纏います。プロデューサーさん。私は貴方の死までを共にします。プロデューサーさん。罪深い私は貴方という人のすべてを穢します。

プロデューサーさん。好き。プロデューサーさん。大好き。プロデューサーさん。欲しい。プロデューサーさん。尊い。プロデューサーさん。誇り。プロデューサーさん。気高い。プロデューサーさん。優しい。プロデューサーさん。温かい。プロデューサーさん。柔らかい。プロデューサーさん。貴い。プロデューサーさん。偉大。プロデューサーさん。愛している。プロデューサーさん。私の瞳を憶えていて。プロデューサーさん。私の声を覚えていて。プロデューサーさん。私の匂いを忘れないでいて。プロデューサーさん。私の感触を刻み付けていて。プロデューサーさん。私の血の色を焼き付けていて。プロデューサーさん。私の生を無くさないでいて。プロデューサーさん。私の死を抱き締め続けていて。プロデューサーさん。私の愛を感じ続けていて。プロデューサーさん。私の存在を永遠のものにしていてください。プロデューサーさん。私はこれまでずっと貴方だけでした。プロデューサーさん。私は貴方だけに満ちていました。プロデューサーさん。私は貴方だけを愛していました。プロデューサーさん。私は今まさにあなただけです。

プロデューサーさん。私は貴方だけに満ちています。プロデューサーさん。私は貴方だけを愛しています。プロデューサーさん。私は未来永劫貴方だけです。プロデューサーさん。私は貴方だけに満ち続けます。プロデューサーさん。私は貴方だけを愛し続けます。プロデューサーさん。私は貴方が好きでした。プロデューサーさん。私は貴方が好きです。プロデューサーさん。私は貴方が大好きでした。プロデューサーさん。私は貴方が大好きです。プロデューサーさん。私は貴方に恋い焦がれました。プロデューサーさん。私は貴方に恋い焦がれています。プロデューサーさん。私は貴方を想っていました。プロデューサーさん。私は貴方を想っています。プロデューサーさん。私は貴方を望んでいました。プロデューサーさん。私は貴方を望んでいます。プロデューサーさん。私は貴方をお慕いしていました。プロデューサーさん。私は貴方をお慕いしています。プロデューサーさん。私は貴方を愛していました。プロデューサーさん。私は貴方を愛しています。プロデューサーさん。私のプロデューサーさん。プロデューサーさん。私のすべて。プロデューサーさん。誰よりも愛しい、何よりも愛おしい、他のどんな誰よりも何よりも好きで大好きで恋しくて愛しくて愛おしい私の、私の私の私の、私のプロデューサーさん。

 プロデューサーさん。

 プロデューサーさん。プロデューサーさん。

 プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。

 プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。

 プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。プロデューサーさん。



 ……プロデューサーさん。



(愛しています)

(これまでずっと、今この瞬間にもずっと、終わってからも絶えずにずっと)

(私は貴方を、プロデューサーさんのことを愛しています)

(触れることはありません)

(言葉を交わし、身体を重ね、生きながら触れ合うことはもうありません)

(けれど)

(けれど一緒です)

(貴方の中で私は、貴方とずっと)

(ずっとずっと一緒です)

(プロデューサーさん)

(これから先もずっと、たとえどんな未来へ至っても、私は、愛する貴方と、永遠に)

(ああ……)



「……、」

「…ィ………」

「……――テ………ス…」

(愛しています)

以上になります。
お目汚し失礼致しました。

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日野茜「しりとり」 - SSまとめ速報
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三船美優「ごめんなさい」
三船美優「ごめんなさい」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1499335874/)


以前に書いたものなどいくつか。
もしよろしければどうぞ。

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