智絵里P「ちょっと恋愛相談に乗ってもらいたいんだけど」緒方智絵里「!?」 (43)

「ご、ごめんなさい、プロデューサーさん。遅くなってしまって」

「本当はちひろさんみたいな服を着てくるつもりだったんですけど、杏ちゃんときらりちゃんが服を用意してくれて、断れなくて」

「えへへ、二人が用意してくださった服……とっても可愛くて。どうしても着てみたくなってしまって」

「あ、あんまり胸は見ないでください。チョ、チョップです……」

「はい。今日は頑張ってプロデューサーさんのデートの練習にお付き合いします。きっと、お役にたってみせますからっ!」

「ふぁ、ふぁいとっ、です。今日は私のことはちひろさん……じゃなくて、ち、ちひろって呼んでください!」


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カレンダーを三日ぐらい前に戻って、場所は事務所からちょっとだけ離れた喫茶店に移ります。

 レッスン終わりで嫌がる杏ちゃんに無理を言って一緒に来てもらった喫茶店は、私が知っているお店よりもだいぶ大きな音で有線放送が流れているせいなのでしょうか、私達ふたりしかお客さんは居ませんでした。

「えっ」「智絵里ちゃん担当プロデューサーさんから恋愛相談をされたの?」

 さっきまでレッスンで大きな声を出し続けていたからでしょうか。杏ちゃんの最初の声はそんな有線放送をかき消すほど大きな声で、私達がお店に入ってからまだ一度もお会いしていなかったことの無かったお店の人が奥から渋い顔をのぞかせているのが見えました。

「う、うん。そうなの、私、本当に嬉しくって」

「ええー、本当にそれでいいの?」

 さっきから一気に声の大きさと眉毛の位置を下におろして、杏ちゃんはそう言いました。少し、機嫌が悪くなったような気がします。

「どうして?」

 プロデューサーさんに頼られるまで成長できたこと、そしてこんなダメな私をあんなに立派なプロデューサーさんが信頼して頼ってくれたことへの感謝の気持ちで私は胸がいっぱいで、そうやって少しだけ前に進めたことを杏ちゃんは私と一緒に喜んでくれるんじゃないかなって思ったんですけど。

「智絵里ちゃんが良いって言うなら杏が何か言うことでもないけどさぁ」

 いやぁ、もちろん智絵里Pさんが一番悪いけど、智絵里ちゃんもなぁ……、そうやって小さな声で呟く杏ちゃんが私は不思議で、どう答えればよいのか迷っているうちに、話は先に進んでしまって。そのまま私はさっきまで頭に浮かんでいたことを考えるのを私は辞めてしまいました。

何か大切なことに気付きそうな気がしていたんですけど、なんだってんでしょうか。

「それでさ、恋愛相談って一言で言ってもいろいろあるけど、どんな相談をされたの?」

「えっ。恋愛相談って、いろいろあるんですか?」

 プロデューサーさんが私に話してれたのは、ちひろさんの事が気になって夜も眠れないってことだけで。

私、何かできることをしたいと思ったんだけど、何をすればいいのか全然分からなくて。

 だから、杏ちゃんに相談に乗ってもらいたかったんです。

「ああー、うん。そういうことかぁ。人のことは言えないけど、智絵里ちゃんもあのプロデューサーさんもお互い恋愛経験がねぇ……」

 そういいながら杏ちゃんはあたまを抱えて机に覆いかぶさりました。

「もう、わかったよ。面倒臭いけど、相談に乗るよ」

「本当に、杏も変わっちゃったもんだよね、まずはコンシーラーから買いにいこっか」

 と言って笑ってくれた杏ちゃんを見て、私はぱっと目の前が明るくなるのを感じました。

 だって、杏ちゃんは本当に頼りになるお友達ですから。

「いくら練習だとはいっても、智絵里のことを他の女の子の名前で呼ぶことはできないよ」と、言ってくれたプロデューサーさんを、私はまずは杏ちゃんと相談しながら考えた喫茶店に案内しました。

 プロデューサーさんの役に立ちたくて考えていたアイディアをさっそく二つも失ってしまって、相変わらずの自分の駄目さに少し凹んでしまったけど、どうしてか体がぽかぽかするような気がします。

 夏の日差しのせいでしょうか。心臓がいつもよりもたくさん動いて、いろいろな言葉が頭の中にふわふわと浮かんできてしまって、まるで浮かれてしまっているようで恥ずかしくて。

「ほら、みて下さい!なんとなくですけど、ちょっとだけジブリ映画の舞台みたいじゃないですか?」

 そんな気持ちを誤魔化すように、私は急いで家から考えてきた言葉を口にしました。

 それから私たちはクローバーをイメージしたチャイムベルで遊んでみたり(プロデューサーさんは優しいので、私にベルを鳴らさせてくれました)。

 二人でメニューを眺めたり、注文したカラフルなゼリーポンチを前にしてなんとなく写真を撮るのを我慢したり、それをプロデューサーさんに見破られてちょっとだけからかわれたり。

 真っ黒なコーヒーに何も入れないまま口にするプロデューサーを眺めたり、「少し飲んでみる?」と誘われて、いきなりの間接キスにドキドキしていたらびっくりするぐらい苦くって、すこし泣いてしまったり。

 そんな夢のような時間を過ごしていると、お店の奥のコンポから私といつも一緒にいてくれる、事務所のお友達が歌っている曲が、オルゴールアレンジのメロディーで流れてきました。

 しょっこらってぃあっらっ、と。ついつい大好きな音楽を前にして私は口ずさんでしまいます。

「このお店、実はかなこちゃんに教えてもらったんです。今日は注文しなかったんですけど、本当はタルトがとても美味しいおみせなんです」

 きっと私たち二人じゃ食べ切れないんで注文しなかったんですけど、またこんど皆で来た時はきっと食べましょうね。

タルト、白ノワールぐらい大きくて、美味しくて、凄いんですって。

そうお話をしている先で、プロデューサーさんはどうしてでしょうか、少し苦笑いを浮かべながら私の後ろをの当たりを見つめていました。

 なにか変なところがあるんでしょうか、寝癖が治ってなかったり、ほこりが髪の毛に絡まっていたり。

 恐る恐る振り向いた先で私が目にしたのは、きっと私のことが心配でこっそり見に来てくれた、大きなチーズタルトを満面の笑みを浮かべながら切り分けているかなこちゃんと、引きつった笑顔を浮かべている杏ちゃんでした。

 智絵里がそこまで言うなら今日だけは見なかったことにしよう、と言ってくれたプロデューサーさんと一緒に、私は公園を歩いていました。

 「かなこちゃんはライブ前で、今はレッスンが大変な時期ですから……」

 いつだってお仕事に熱心なプロデューサーさんは、同じ事務所のアイドルが少し食べ過ぎているところを結果的に見過ごしてしまったことを悔やんでいるみたいで、どうやら少し表情に元気が無いように思えます。

 「普段はちゃんと三人で分けて食べるんですけどね……あはは」

 そうやって誤魔化すように私が笑う一方で、うなだれるようにプロデューサーさんは「智絵里と杏と三人で食べるなら実質三村一人で半分食べるようなもんじゃないか」と呟いていました。

 えへへ、そ、そうかもしれないです。

 かな子ちゃんの練習メニューをプロデューサーさんが考え始めたので、私はプロデューサーさんの手を引いて目的のところへ急いで目指しました。

 杏ちゃんと考えた予定では手をつなぐのはもっと後のつもりだったので、本当に顔が焼けそうなほどドキドキしました……

 喫茶店から何分か歩いた教会の、たくさんの花で飾られた壁の前に私たちはいました。

 私と同じ年ぐらいだったり、プロデューサーさんと同じ年ぐらいだったり。

 いろんな年齢の男の人と女の人が壁の前に並んで写真を撮って、それから少し離れたところでスマートフォンを操作しています。
 
 「ここで写真を撮ってSNSにあっぷするのが最近の流行なんです」

 そう言って少し自慢げに流行の写真スポットを紹介する私を前に、プロデューサーさんはわざとらしいぐらいに驚いて笑ってくれました。

 そうです、当然プロデューサーさんは知ってますよね、だって私がここんなに素敵な場所を知っているのは、プロデューサーさんがとって来てくれたレポーターのお仕事がきっかけなんですから。

 「また、撮った写真、見せてくださいね?楽しみにしてますから」

 あたまの中でちらりと、一緒にレポートに行った佐藤さんが担当プロデューサーの方とスタッフさんに無理を言って記念撮影しているところが浮かんだような気がしましたけど、それには気付かない振りをすることにしました。

 だってもう、私は今のままで十分ですから。

 私は、もう一生をかけても返せない程にたくさんのものを頂いて、そして今もまだプロデューサーさんに幸せを頂き続けています。

 なのに、まだ自分から何かを欲しがるなんてことは、きっとわがままだと思うから。

 「写真、撮らないんですかぁ?」

 そうやって、何をするでもなく二人で境界の前で記念撮影をしているひとを眺めていると、すぐ隣から聞きなれた声が聞こえてきました。

 「まゆも、ここでお友達とここで写真を撮ったことがあるんですよ?」

 今度はまゆもきっとプロデューサーさんと一緒に来たいですね、と言いながらあまりにも自然に私にスマートフォンの画面を向けている、そこにいるのは佐久間まゆちゃんでした。

 「そんなに驚かれると、びっくりしちゃいます」

 少し大きな声でを出して吃驚してしまった私の口をやさしく人差し指で塞ぎながら、

「ここ、まゆの学校からの帰り道なんです」「そういえば智絵里ちゃんにはお話したことありませんでしたね」

と話すまゆちゃんに手を引かれているうちに、気が付けば私とプロデューサーさんは、花で飾られた壁の前のほんのすぐそばに立っていました。

 ”写真を撮る時はここに立ってね”っていうことでしょうか、足元には二つの大きなまるがペンキで書かれています。

 「ほら、ちょうど人が居ない今がチャンスですよ。智絵里ちゃん、帽子とマスクを外してください」

 珍しく私を急がせるまゆちゃんに流されるまま、本当にプロデューサーさんのアイドルとして恥ずかしいほどに体を縮こませてピースサインを作った私と、出会ったころからずっと変わらない笑顔を浮かべてくれたプロデューサーさんを、まゆちゃんは何枚も私のスマートフォンを使って写真を撮ってくれました。

 「ほら、とてもお似合いですよ。オフにお二人でデートなんて、まゆ、とっても妬けちゃいます」

 そう言ってまゆちゃんは私に、さっきまでに比べて何倍も重たくなったような気がする携帯電話を手渡してくれました。
 
 「貸一つですよ、代わりにまた今日のデートのお話、聞かせてくださいね。まゆ、とっても楽しみにしてますから」

 プロデューサーさんに聞こえないように小さな声でそういって、私たちに笑顔で手を振りながら、きっと待たせていたお友達の所へ走って行くまゆちゃんは本当に素敵で。

 どんどん遠くなっている彼女の背中を眺めながら私は、夢をかなえるのはまゆちゃんみたいな、可愛くて、歌もダンスも出来て、たくさんの友達に囲まれていて、気遣いができる、そんな女の子なんだろうなぁ、なんてことを考えていました。

 私が、見る事さえできなかった夢を。

 私だけが、ずっとプロデューサーさんの隣を独り占めする夢を。

 次に私達は、アイドル喫茶というアイドルを目指している女の子達が働いているお店に来ました。

 ステージの上では凛ちゃんや飛鳥ちゃんみたいなカッコイイアイドルで、すらっとした体をいっぱいに広げたダンスをしながら歌を歌っています。

「ごめんなさい、最後までちひろさんの趣味ってコスプレしか分からなくって」

 ちひろさんの趣味はコスプレを”する”方なので、近くても本当は全然違うと思うんですけど、と謝るとプロデューサーさんは「そんなことはないよ」「ちひろさんも、もちろん俺もアイドルが大好きだからとてもいい場所を探してきてくれたと思う」と言って頭を撫でてくれました。

 こうして貰うと、くすぐったさとか、直接抱えられているような格好になる安心感だとか、いつもより強いプロデューサーさんのにおいにふわふわしたりとか、そういった嬉しい気持ちがこみ上げてくるんですけど、今は逆に、少し悲しくなってしまっています。

 だって、私は本当は悪い子だから。

 いろんな方に相談する中で、沢山のコスプレ衣装が常備されているお城のような場所のことを教えてくれた方がいました。

 そこで、カラオケだったり、ゲームだったりをする友人がいる、と。

 私だって、子供じゃないですから、そこがどういう場所か分かっているつもりですし、教えてくれた方がとても言いにくそうな顔をしていたことを考えても、きっとそれは間違いじゃないんだと思います。

 そして、そこはきっと将来、プロデューサーさんとちひとさんが愛を確かめ合うために向かう場所だということも、もちろん分かった上で最初からプロデューサーさんのお手伝いをすることを決めたつもりです。

 なのに私は、そのことを考えた途端、プロデューサーさんに見つけてもらう前の、何処にも居場所が無かったあの頃の気持ちに押しつぶされそうになってしまいました。

 プロデューサーさんは、好きな人と結ばれても、家庭を持ってもきっと私を大切にしてくれる人です。私を見捨てたりするような人じゃないって、ちゃんとわかってます。

 なのに、どうしてかわからないけど。いえ、本当は分かっているけど、私はそんな気持ちと向き合うことが出来ませんでした。


 私はプロデューサーさんのアイドルで、だからそれで十分な筈なのに。
 私はプロデューサーさんのアイドルで、それだけでも十分に幸せなのに。


 私はプロデューサーさんの恋愛がうまくいくことを本当に心から祈っています。

 なのに、私は心の中にいるプロデューサーさんを裏切るような気持ちを、自分でどうすることもできずにいるんです。

 いつもと違う私の反応に、プロデューサーさんがあわてながら私の顔を覗き込んでくれました。そうやってプロデューサーさんを困らせてしまっているのに、どこかプロデューサーさんが自分を着にかけてくれていることに安心している自分がいて。

 そんな自己嫌悪に包まれてしまいそうになった時、聞こえてきたのは今まで何度か耳にしたことのある、まるですすり泣くようなピアノと弦楽器の音でした。

 「ああ、in factじゃないか」

 自分の気持ちに気付いて欲しい、こんなに好きなのにどうしても想いが伝えられないというテーマこそはよくあるアイドルソングだけど、それを流行のポップな曲調でごまかさずにどこまでもどこまでも素直に表現した名曲だよな、歌唱力がとことんまで問われてなぁ……と、プロデューサーさんは流れてきた知っている音楽に話題をそらしてくれました。

「あの娘のプロデューサーとは同期なんだけどさ、あいつ自分の担当アイドルがずっと歌っている間、異常に目が合うって悩んでてさ」

 「ありすちゃん、担当プロデューサーさんのこと、大好きですからね」

 気持ちが乗ってるよなぁ、12歳の娘が出来る表現じゃないよアレ。と、プロデューサーさんが楽しそうに話す橘ありすちゃんの歌を、舞台の上にいるアイドルの女の子はまるで自分のものであるかのように演じていました。

―――もっと、素直になれたら
―――仕舞い込んでしまうのは何故?

 あの女の子はきっと、ありすちゃんのような素敵な恋をしているのだと思います。

 わたしみたいな、プロデューサーさんがいないと何もできないような女の子では知ることが出来ない、そんな恋をしているのだと思います。

 その女の子の歌を聞いているうちに、私はだんだん泣きそうになってきました。

 素敵な恋ができて、歌だってダンスだって私よりとても上手で。

 何もできない、何も持っていない私のたった一つの奇跡が、プロデューサーさんに見つけて貰ったことだったのに。

 どうして私はこんなこうなんでしょうか、と何度目かの自己嫌悪に陥っている間に曲は終わり、拍手をしないと、と顔を上げたとき、じっとステージ上の女の子が私と確かに目を合わせて「やっぱり智絵里ちゃんだ」というのが聞こえました。

 「やっぱり!」「私もそう思ってた!」

という声と一緒に集まってきた、お店のスタッフの皆さんと握手をしながら、私との間に入ってその人たちの相手をしているプロデューサーさんを、まるで夢を見ているような不思議な気持ちでみていました。

だって、こんなにたくさんの人たちが、プロデューサーに魔法をかけてもらっているわけでもない私の所に集まってくれるだなんて、本当に初めてのことだったたから。

 「ファンです、大好きです」
 「ライブ、何度も見に行きました!次回も楽しみにしています!」
 「智絵里ちゃんかわいい!彼女にしてください!」

 「ところで、隣の方は彼氏さんですか?」

 たくさんの嬉しい言葉をかけてもらっている中の、その一つの質問がまるで、スローモーションのように私をゆっくりと震わせているのを感じました。

 「絶対に誰にも言わないんで、私たちにだけこっそりと教えてくださいよ」「もー、〇〇ったらだめだよー」「えー、でも気になるじゃない」

 そんな言葉が聞こえるような、聞こえないような。

 だって、さっきから突然耳が悪くなったような気がして。

 何故か、私の目はプロデューサーさんの唇の動きにくぎ付けで。

 そう、ほんのひと時のような長い時間のようなひと時を遮ったのは、何度もステージの上や日常の中で私を助けてくれた、大好きなお友達の声でした。

「もうっ、みんな何やってるんですか!今はお仕事の時間なんですから、ちゃんとしてください!」

「おまえら~、シュガーハートさんが遊びに来てるんだから、ちょっとはこっちにも構えよ☆」

「その人は、智絵里ちゃんのプロデューサーさんですよ!」と私たちを庇って、お店の人達の間で揺れるちょっと短めのポニーテールを前に、私はついついびっくりして大きな声をだしてしまいました。

「な、菜々ちゃん!え、どうして?」

「あ、あれ~?てっきり遊びに来てくれたんだと思ってたんですけど、もしかして知りませんでした?」

 ちょっと騒ぎになっちゃったから、ちひろさんに報告だけしてくると残して席を外して去って行くプロデューサーさんを尻目に、私は「せっかくの機会ですから♪」と言って誘ってくれた菜々ちゃんに連れられて、普段は見られないお店の裏側を案内してもらっていました。

「実はこのお店、もともとは菜々がアルバイトをしていたメイド喫茶なんですよ」

「菜々ちゃんがデビューしたのを追っかけてみんなメイド服着たままアイドル活動始めちゃったんだよね☆」

 もう今は殆どメイド喫茶の影も残ってないよね☆と笑う佐藤さんの隣で、菜々ちゃんは最近のメイド喫茶はそういうのがブームみたいで、と照れくさそうに笑っていました。

「と、ところで~。どう、ですかね?」

「や~ん、先輩ったら恋愛話が好きなんだから。後輩たちは追い払ったから、ここだけの話でこっそり教えて☆」

「ど、どうって、何の事でしょうか......」

「もう、とぼけちゃって☆プロデューサーと出来てるのかってことだよ☆」

「えっ、ナナが聞きたかったのはナナの後輩のことだったんですけど!?」

 冗談だって分かっていても、そう言ってもらえるだけで少しだけ満たされる自分がとても情けなくて。

 だって、私なんかとプロデューサーさんがお付き合いだなんてことは現実ではあるわけないのに。

「えへへ、そう見てもらえるのは嬉しいですけど」

 それでもその言葉は、あんなだった私がプロデューサーさんの横に居てもおかしくない程に輝けている証明でもあって。

 そしてそれはきっと、私がプロデューサーさんの期待に応えられている証で。

「でも、違うんです。だって、私なんかじゃプロデューサーさんと釣り合いませんから」
 
 だって、プロデューサーさんには好きな方がいらっしゃるんですからと、万が一にもプロデューサーさんのご迷惑にならないために絞り出した言葉を、また勝手にずきんと痛む胸が邪魔をします。

 「私はプロデューサーさんのアイドルですから」

 またひとつ、ずきんと胸が痛みます。

 ―――私は今の自分に十分満足していて、プロデューサーさんと一緒にいれる毎日が本当に楽しくて、幸せで。

 ―――なのに、どうしてこんなに、苦しいんでしょうか。

「まあ、うん。智絵里ちゃんのプロデューサーが悪いよね☆」

気が付くと、いつのまにか後ろに立っていたしゅがはさんが、セットした髪形を崩すような勢いで私の頭を撫でていました。

「この齢の女の子がこんな顔をしているなら、それは、男が悪いんだよ!☆」

「えっ、やっ、やめてください……」

「そうそう、そうやってちゃんと、言葉にしなきゃだめなんだぞ☆」

「佐藤さんがごめんね、智絵里ちゃん。ところで、今からの予定は決まってるんですか?」
 

 「ごめんな、智絵里。ちひろさんに帰ってこいって怒られちゃって」

 すこし疲れた顔で電話から戻ってきたプロデューサーさんは、菜々ちゃんとしゅがはさんに別れを告げてお店を出た先で、本当に悲しそうな顔をしてそう言いました。

 「智絵里がこの辺りにいるってことがSNSに流れちゃてるみたいでさ」

 もう有名人だもんな、いっぱい大変な仕事も頑張ったもんな、って。そう言って頭を撫でてもらえているのに、いつもならとても嬉しいはずなのに、私は口の中一気に無くなっていく水分に気を取られて頭がくらくらし始めた私にはそれどころではありませんでした。

 え、終わり、なんですか?
 
 あれ?だって、えっと......

 「じゃあ、今日は帰ろうか」

 そう言って私に向かってプロデューサーさんが私に差し伸べてくれた手を、私は掴めませんでした。

 掴めるわけ、ないじゃないですか。

「あの、実はさっき菜々ちゃんにこんなものを貰って、それを使わないのはちょっと申し訳ないですし」

 そんな言い訳をプロデューサーさんにして、もう少しで何かが変わるかもしれないって自分に言い訳をして。

 私は嘘の一日に嘘を重ねて、終わるはずだった一日を無理やり引き延ばしたのでした。

 菜々ちゃんが私にくれたのは、近くの商業施設にある観覧車の割引チケットでした。

 お店で配らないといけないノルマがまだ沢山あって、少しでも減らしたいからと、私に微笑みかけてくれたあの優しい笑顔が思い浮かびます。

 プロデューサーさんに無理を言って、無理やり一緒に来てもらった観覧車の中で、私は何も話せずに、あんなに何度も一緒に練習してできるようになったはずの笑顔を浮かべることも出来ずにいます。


 なにを話せば楽しくなってくれる?
 笑顔だったら自然にできる?


 アイドルの私ならあんなに自信いっぱいに歌えることも、ただの私ではなに一つできなくって。

 菜々ちゃんなら、どんな笑顔でプロデューサーさんに微笑みかけるのでしょうか。

 ちひろさんなら、どんな話をしてプロデューサーさんに楽しんでもらうのでしょうか。

 「今日は楽しかったよ、ありがとう」

 そう言って笑いかけてくれるプロデューサーさんは本当にやさしくて。

 今思い返すと、私がただプロデューサーさんのことを連れ回しただけの一日だったのに、最期の騒ぎだって完全に私の油断が原因で、それなのに一つの文句も無く最後まで付き合って下さいました。

 かな子ちゃんだったら、きっとたくさんの美味しいお店をプロデューサーさんに紹介できたでしょう。

 まゆちゃんだったら、きっと女性をエスコートするいろいろなことをプロデューサーさんにお伝えすることができたでしょう。

 菜々ちゃんだったら、もっと良いデートコースにプロデューサーさんを気持ちよく送り出すことができたでしょう。

 なのに、私は何一つプロデューサーさんのお力になることができませんでした。

 ただただ、私だけが楽しくって。ひとりではしゃぎすぎちゃって。

 「私も、楽しかったです。ありがとうございました」

 きっといつか、目が覚めたプロデューサーさんに、こんなダメな自分は見捨てられてしまうんだろうなって思います。

 今までが、奇跡的な夢だっただけで。

 だって。考えても、考えても、私なんかじゃプロデューサさんの隣は釣り合わなくて。

 「本当にありがとうな、智絵里」

 「この景色は俺が智絵里に見せてあげたかったんだけど、先を越されちゃったかな」

 「わあ……すごい」
 
 観覧車の窓ガラスの向こう。そこに広がっている、まるでサイリウムな一面の夜景。

 「私たちの事務所、ここから見えるでしょうか」

 もちろん、と、いつも通りの頼りがいのある声と笑顔で言ってくれたプロデューサーさんは、夜景の中の小さな一つの輝きに向かって指先を向けました。

 ―――あれが、俺たちの事務所で

 ―――あっちが、最初に営業に行ったショッピングモール

 ―――あの辺りが、初めてミニライブをした音楽ショップ

 プロデューサーさんが一つ一つの光を示す度に、胸の奥から沢山の思い出が溢れ出てくるのを私は感じていました。

 最初、自分で申し込んだはずなのに怯えてしまって受付にすらたどり着けなかったオーディション、トレーナーさんにあきれられてしまった初めてのレッスン、プロデューサーさんを何度も困らせながら挑んだたくさんのお仕事。

 何もうまくいかなかった日に連れて行ってもらった喫茶店、どんなアイドルになりたいかを一緒に考えながら歩いたオフィス街のとおり、雑誌の撮影にいった海の前の大きな教会、なんども一緒に四葉のクローバーを探した大きな公園。

 そして、今日ふたりで一緒に作ったたくさんの思い出の場所。

 ”サイリウムはただの光じゃなくて、ひとつひとつにファンの皆の気持ちがこもっている”

 いつだったか耳にした言葉が頭の中で蘇ります。

 「この光も一緒で、ただの光なんかじゃないんですね」

 一つ一つの光の中に、プロデューサさんが私のことを考えてくれた時間が眠っていて。

 一つ一つの光の中に、私がプロデューサーさんに向けて想った気持ちがあって。

 そしていつか、プロデューサさんはその一つ一つの光を、ちひろさんとの思い出で上書きしていくのでしょう。

 それだけは嫌だと、ずっと目をそらして押さえつけてきた気持ちを誤魔化すことは、もう私にはできませんでした。

 だってこれは、私の光なんです。

 私に振られた、サイリウムなんです。

 これから先、辛いことがあった時、悲しいことがあった時、その時に思い出すのがきっとこの光なんです。

 私はプロデューサーさんには幸せになってもらいたいと思っていますし、今までの恩を返すためにその力になりたいとずっと思ってきました。

 でも、きっともうだめです。

 一度自分の気持ちに向き合ってしまってから溢れてきたたくさんの気持ちが、どうしてもプロデューサーさんの隣を他の人に譲りたくないって叫んでいるんです。この気持ちが恋心なのか、それとも他の何かなのか。そもそも、私なんかがプロデューサーさんに恋をしていいのか、隣にいてもいいのか。何一つ分からないけれど、それでも、プロデューサーさんの隣が私がいたいところだから。




 だから、わたし――――――



終わりです。
読んでくださった方、ありがとうございました!

 「おおー、ふっかふかだぁ!ああー、ここからもう動きたくない」

 杏ちゃんに相談に乗ってもらったあの日から、レッスン後の時間をこうやって二人で喫茶店で過ごすことが私達の習慣になっていました。

 「そういえば智絵里ちゃん、今度DJの仕事するんだってー?」

 ほんっと手広く良くやるよねー、と言いながら既に杏ちゃんの興味はメニュー表に移ってしまったようで、「まじか……喫茶店のメニューに飴がある……」と目を輝かせています。

 私は、今までの自分を変えるためにいろんなお仕事に積極的に挑戦するようになりました。そんな私を察してか、プロデューサーさんも今までとは少し違った種類のお仕事を探してくれるようになりました。

 きっかけは思い返すまでもなく、観覧車の中で気持ちを固めたあの日の夜のことです。

 私はあの日、結局のところ何もすることができませんでした。

 プロデューサーさんに自分の想いを告げることも、ちひろさんの所に行って欲しくないと訴えることも。

 そして、握りしめたプロデューサーさんのシャツから、手を放すことさえも。

 前を向かないと、一歩を踏み出さないと、といくら自分に言い聞かせても体は全然答えてくれなくて。何度唾を飲みこんで喉を潤しても、開く度にその瞬間にカラカラになってしまう口からは一つの言葉をこぼすことも出来なくて。

 そうしている間に観覧車の周回数は3つ、4つ、5つ、6つと数を重ねていって、プロデューサーさんの胸越しに聞こえるスタッフさんの対応する声もなんとなく慣れたものになってきて。

 その時間は、私達を心配したちひろさんからの着信が頂上に達したゴンドラの中で鳴り響くまで続きました。

 「で、結局ちひろさんにめちゃくちゃ怒られた智絵里Pさんは告白どころじゃなくなっちゃった、と」

 せーかっく杏が協力してあげたのにさぁ、と言って笑う杏ちゃんは注文した飴をとても気に入ったみたいで、気分が良さそうに見えました。

 「ええっ!?私、もしかして声に出しちゃってました?」

 「へへーん、どうかなぁー?」

 そうして、やっぱり上機嫌な杏ちゃんはそのままの笑顔で続けて言いました。

 「でもさぁ、もういいんじゃない?」
 「別に智絵里ちゃんがそんなに頑張らなくてもさぁ、多分大丈夫だと思うよ?」
 「あの夜にちひろさんからの電話に逆らって事務所に戻らなかったのは、そういうことだと杏は思うなぁ」

 そういうことというのはきっと、プロデューサーさんがあの夜に、ちひろさんでは無くて私を選んでくれたということでしょう。

 「えへへ。そうだったらいいなって、私も思うんだけど」

 でも、私は知ってるんです。プロデューサーさんは、ただ優しかっただけだって。

 泣いている女の子を前にして、自分のことを考えられないような優しい人なだけだって。

 だから、私があの日にしたことは、ただプロデューサーさんの期待を裏切っただけ。

 そして、きっとプロデューサーさんが手にいれられた幸せを奪っただけ。

 「でも、きっとそうじゃないと思うから」

 もうなんども溢れてしまっているのに、それでもまた一つ返さないといけないモノを増やしてしまったから。

 「だから、頑張らないと。頑張って、プロデューサーさんの隣にふさわしくならないと」

 頑張って、頑張って、頑張って、頑張って。

 杏ちゃんの表情に、さっきまでの明るい色がありません。せっかくの飴なんですから、はやく味わえばいいのに。

 「頑張っている間は、きっとプロデューサーさんは傍にいてくれるから。頑張っていれば、きっとプロデューサーさんにふさわしい私になれるから」

 あの夜、私のわがままで裏切ってしまったプロデューサーさんと、そしてプロデューサーさんが大好きな私自身をもう二度と裏切らないためにはもうこうするしかないから。

 一歩ずつ、前へ。前へ。

 だから、プロデューサーさん。

 きっと、あなたを私が幸せにしますから。

 私じゃなくても幸せになれる貴方を、貴方じゃないとダメな私が幸せにしますから。

 だから、私とずっと、一緒にいてください……

今度こそ終わりです。
マナー違反だったら申し訳ないな、と思いながら最後まで書きました。
蛇足に思われた方がいらっしゃったらごめんなさい。

乙ありです。
HTML化申請してきました。
読んでくださった方、ありがとうございました。

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