【クウガ×デレマス】一条薫「灰被」 (429)

*初投稿です
*仮面ライダークウガとデレマスのクロスSS
*仮面ライダークウガの比重が強い
*暴力的、残酷な描写あり
*小説版仮面ライダークウガの内容ネタバレ多数
*小説版仮面ライダークウガからの引用もあり
*作者はMASKED RIDER KUUGAの方の小説は読んでません
*クウガはほとんど出ません
*地の文メイン
*デレマスの設定改変あり
*展開的に765の方が良かったかも……
*2017年の春のお話です


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序章「歌声」

ーー歌が……聞こえる。
青空のように透き通る、綺麗な歌声が。
その歌声が身体を包み込み、夢幻と精神を隔て、意識を現実へと救い上げて来た。

「……ん……ふわぁ……ん、ん~」

口を大きく開け、間抜けな欠伸、それに遅れて寝起きの緩慢な動作で彼は腕を青一色の空のキャンパスへと伸ばす。
公園の固いベンチで横になっていたために凝り固まった身体から、ポキポキという小気味良い音が響いた。

「あ~……良く寝たぁ」

身体を解す一環で首を後ろに反らして空を見上げれば、そこには、空の頂点までの登山を始めたばかりの太陽と、見渡す限りの青空が広がっていた。
その空に僅かに残る、大海原の中にポツンと浮かぶ小島のような雲を見上げながら彼は腹部を撫でる。
感触はないが、そこにはこの13年を共に過ごした物が残っているのが彼にはなんとなく理解出来た。
少しずつ感覚がなくなっていき、ほんの数日前にまた輝きを取り戻したその『力』は、穏やかに、だが確かにその存在を主張していた。

そんなことを漠然と感じていると、意識が覚醒するにつれ、夢と現実の橋渡しをした歌声が、今もまだ耳に届いていることに彼は気がついた。

「よっこいしょういち!っと」

彼の年齢を鑑みても多少古めかしいかけ声と共にベンチから立ち上がると、気の向くままに、歌声のする方へと歩いて行く。

「~♪」
「おっ?」

公共の場で歌を歌える場所といえば公園ぐらいしかなく、元々、彼が寝ていた公園もそれほど広くはなかったので、声の主は案外近くにおり、簡単に見つけることが出来た。
夏とはいえ朝は少し肌寒い、その比較的涼しい冷気により透き通る空気の中で、一人の少女が気持ち良さそうに歌っていた。
いや、歌うだけではなく、自分の歌に合わせて楽しそうにステップも踏んでいる。
少女の楽しそうな笑顔につられて、彼も表情筋を緩めた。
そして、リズムをとるように彼は歌に合わせて手拍子をしてみせた。

「っ!」

少女は手拍子に驚いたのか歌うのをやめ、周囲を見回した。
たった一人の観客に気づいた少女は彼の方を向いて目を丸くした。
彼は少し困って後頭部を右手で少し掻く。

手拍子は邪魔だったかな?

そう思案し、少女に向けて謝罪の言葉をかけようとした時、少女は顔を綻ばせた。
どういうことか理解出来ずに小首を傾げた彼に向かって、少女はそれが当たり前であるかのように、また歌い、踊り始めた。
すぐに彼は、この少女が自分に歌と踊りを披露してくれていることに気づき、手拍子を再開した。

二人分の笑顔が咲き誇る、出演者一人、観客一人の小さな小さなライブが、ある夏の日の早朝の公園で行われた。
歌と踊りを披露し終えた出演者に払われたお代はほんの些細な物。

「もう最っ高!」

観客の心からの笑顔と、慣れた動作で行われたサムズアップ、そのたった二つだけ。
そのお代を受け取り、少女もまた、彼と同じように笑顔になった。

ーーこれから語られるのは、彼……五代雄介、又の名を未確認生命体第二号、兼未確認生命体第四号、兼超古代の戦士クウガと、とある少女の出会いから始まった、大きな流れと、それに巻き込まれた一人の刑事の物語である。

第一章「異変」

薄桃色の花が青い空を背景にして堂々と咲き誇っていた。
一枚の絵画として描かれそうな美しい光景に、春先であるというのに厚手のコートを羽織った凛々しい顔立ちの男、一条薫は心奪われていた。

ああ、綺麗な空だ。
この空は一人で見るには惜しいぞ、五代。
後何日、何ヵ月、何年経てば、お前と共にこの空を見られるんだ……
…………五代。

どこにいるとも知れぬ友人の顔を青空の向こうに幻視した一条の意識は、17年前へと潜って行く。

西暦2000年1月29日、長野県上伊那郡の山間にある九郎ヶ岳遺跡を調査していた夏目幸吉教授(当時46歳)率いる信濃大学文学部史学科考古学研究室の調査団5名が全員遺体で発見された。
その翌日、その事故の調査のために長野県警警備部に配属されていた一条は九郎ヶ岳遺跡を訪れ、その男と出会った。

「遅れて申し訳ありません!も、すぐに作業に取りかかります!」

図々しくも警察のふりをして調査に紛れ込もうとしたのが、五代雄介だった。
当然の如く雄介の目論見が成功することはなく、すぐさま一条に取り押さえられた。
雄介は、彼の友人である当時城南大学の考古学研究室の大学院生、現准教授の沢渡桜子が九郎ヶ岳遺跡の古代文字を解読し、その中に死の警告の文字を見つけたことから彼女に代わって雄介が現状を知りに来たらしい。
なら君も調査団の関係者なのか?と問う一条に向けて、五代雄介は。

「いいえ、ただの通りすがりで、こういう者です」

と言って名刺らしきものを手渡して来た。
『夢を追う男』『1999の技を持つ男』などと左右に書かれ、中心に大きく『五代雄介』とあり、名刺の右隅にはふざけた『サムズアップ君』的なイラストが描かれていた。
死亡事故の調査という状況の中で、あまりにも間抜けな雄介の姿は明らかに不審者であり、一条は雄介を不快に思いながら署に連行しようとした。
それを理解した雄介は突然大声を出して警官たちの気を逸らし、隙を突いて遺跡の入り口へ走るという暴挙に出た。
それをある程度読んでいた一条はそれを制すも、雄介は「やるね~、刑事さん!」の一言と笑顔とサムズアップで済ませた。
正直なところ、一条の雄介への第一印象は悪く、おそらくプライベートで会っていたとしても馬が合わないだろうと思っていた。
振り返るたび、一条は思う。
まさかそんな奴とそれからおよそ一年間、ともに戦うことになろうとは。
あいつの笑顔の印象が、こんなにも変わるとは。
時には癒され、時には切なさを共有した。
気がつけば、自分の中で大きな位置を占める存在になっていた。
いつのまにか、あいつの笑顔に憧れていた。

「一条さ~ん」

彼を呼ぶ声で、一条は現実へと引き戻される。
まだ若干呆けている彼の元へショートカットの小さな女性が歩み寄った。

「夏目くん」
「どうしたんですか一条さん?
調査の途中に余所見なんてらしくないですよ?」
「それは……すまない、桜があまりにも綺麗でつい……な」

それは警察の中で囁かれる一条薫の像とはかけ離れた行動だった。
警察学校では過去から現在まで全ての科目で彼の記録が塗り替えられることはなく、銃の腕前は針の穴を通すと言っても過言ではないほど。
妥協というものを嫌い、中途半端はしない。
欠点と言ったら、携帯電話をマナーモードにするために四苦八苦するほど機械に疎いことと、世間の流行り廃れなどの娯楽文化に全くと言っていいほど無関心であることぐらいだというのが、警察各位による一条薫という刑事の評価である。
そして、その評価は概ね外れてはいない。
違う点があるとすれば。

「また、五代さんですか?」
「いや、その……すまない」

今回の桜の件のように、時折雄介のことが頭に浮かぶと少しの間記憶の海に浸り、ぼーっとすることがこの頃増えたことぐらいだろう。

「あ、気にしないでください!攻めているわけではないですから!」
「と、言われてもな……聞き込みはどうなっている?」
「バッチリです!」

と女性、夏目実加は得意気にサムズアップをする。

彼女、夏目実加は年齢は一回り近く離れているものの、一条の頼もしいパートナーだ。
通常の捜査はもちろんのこと、世間の流行り廃れ、SNSなどに疎い一条を補うかのようにネットワークにも強く、柔軟な思考力と優れた発想力で一条をサポートする優秀な女刑事である。
彼女は九郎ヶ岳遺跡の件で亡くなった夏目幸吉教授の一人娘であり、彼女と一条は九郎ヶ岳遺跡の件から始まった大きな事件を通して知り合い、その際に一条に憧れて実加はこの道を選んだ。
しかしそんな彼女にも弱点、というかコンプレックスがある。

「流石だな。
……ところで、その左手に持つ干し柿はどうしたんだ?」
「えっと……ご年配の方々に孫のように可愛がられてしまって……いります?」
「……ふっ、一つ貰おうかな」

今年で31歳だというのに低身長と童顔のために威厳や貫禄が全くないことが実加の悩みであった。
そのことを言えばもう40の大台に乗った一条も年齢を感じさせない程に若いという童顔コンビである。

「それで、結果はどうだ?」

実加の手から干し柿を一つ受け取りながら一条が問う。
一条の問いを受けて実加は手帳を開きながら答える。

「……おそらく、あの情報は真実だと思われます。
多数の目撃者の証言もありますので、信憑性はかなり高いです」
「そう……か……」

この一ヶ月、市民が猛獣に襲われるという事件が多発していた。
死者2名、重傷者3名の身体にはいずれも大型の獣の爪痕が残されていることから野性動物の仕業だと判断されていたその事件は、数日前に急転直下の展開を見せた。
それは事件のものと推測される写真がSNSに投稿されたことに端を発する。
そこに写っていたのは、猛獣ではなく。

「……再び、いや三度(みたび)動き出したのか、未確認が」
「………………」

信じたくない現実を突きつけられた一条は再び天を見上げた。
実加はそんな一条を不安げな表情で見つめていた。
青空を彩る太陽が、雲に隠れようとしていた。

17年前の九郎ヶ岳遺跡での死亡事故は後に、未確認生命体第零号によって引き起こされたものだったと判明した。
未確認生命体と広く呼称される彼らは、グロンギ族という超古代人類の一種族であり、人間とほぼ同一の存在だが、殺戮をゲームとして楽しむ好戦的な種族だ。
体内に宿した霊石の力により、特定の動植物の能力を持つ怪人体に変化することができ、その状態を警察が未確認生命体と呼称し、目撃順にナンバリングするという原則から、第一号より遅れて調査団の記録映像から存在が確認された未確認生命体を便宜上第零号とした。
後に第零号はグロンギ族の頂点に立つ者であり、超古代の人類が九郎ヶ岳遺跡に封印していたのだということが判明した。
だが、調査団の発掘がその第零号の封印を解いてしまったことで、現代にグロンギが蘇ってしまった。
未確認生命体に現代の銃火器はほとんど通用しなかった。
そんな中、ある一人の男が、日本人の直系の先祖である人類、リントが残したベルトを身に付け、霊石の加護を受けてグロンギと戦った。
その男こそ五代雄介、人々の笑顔を第一に考え、争いを最も嫌う冒険野郎だ。
人々を笑顔にするために1999の技を身に付けていた彼は、2000番目の技として、超古代の戦士、クウガに変身する力をベルトから受け取り、彼自身が最も忌避する暴力で、心と身体を痛めながらグロンギと戦い続けた。
警察も彼に協力し、五代と一条、警察の連携により、次第に過酷なものになった戦いをどうにか乗り越え、遂にクウガ、五代雄介は第零号との最終決戦の時を迎えた。
霊石、アマダムの力に飲み込まれ、戦うだけの生物兵器に成り下がる恐怖とも戦いながら、五代はたった一人で第零号との戦いに赴いた。
究極の闇、黒いクウガに変身した五代の、たった一ヶ所だけ黒く染まらなかった真っ赤な瞳が、一条の記憶に焼き付いていた。
その時に、人間と未確認生命体との戦いは終結した……筈だった。

しかし、西暦2013年、実に13年ぶりにグロンギによる殺戮ゲームが行われた。
それは、九郎ヶ岳遺跡とは別の小さな遺跡から復活したグロンギによるものだった。
だが、その4年前の事件も警察の尽力、そして…………第零号の戦いの後から行方不明になっていた五代雄介の、クウガの協力によって終止符が打たれた。
ただし、4年前の事件でも夥しい量の死者が出たのだが、それが未確認生命体関連の物だという発表は一般人にはされず、飛行機事故と薬物による集団催眠事件と虚偽の発表がされた。
未確認生命体が人間の生活に溶け込んでいた事実、活動を止めた未確認生命体が再び動いていたという事実は、事件は既に沈静化されていても尚、市民への影響が大きい。
さらに、未確認生命体の内の一体が政治家だったとなれば、全てを包み隠さず発表した時の混乱は計り知れなかった。
何より、そこで4年前の未確認生命体の事件は全てが終わったのだ。
終わった事件の余波により市民に必要ない恐怖を与えることは国として得策とは言い難かった。
そのため、公式として未確認生命体のことを発表することは警察上層部、並びに国家から禁止されたのだ。
無論、市民の中には未確認生命体の仕業だと疑う声もあり、未確認生命体の物と思われる写真の投稿も多かったが、公式で何の発表もされなかったので、4年の月日の中でゆっくりと沈静化していった。

閑話休題。

4年前の事件が解決してすぐにまた雄介は旅立ち、4年間一条は……雄介を知る者は皆、雄介と会えていない。
一条が雄介のことを必要以上に気にかけるようになったのは、第零号との戦いの後に生死不明となっていた雄介が生きており、意図的な理由があって一条と会うことを避けているからである。
そして現在、雄介の心に、一条の心に、人類の心に大きな傷痕を残した未確認生命体が、4年の沈黙を破り人類の前に姿を表した。
SNSに投稿された写真に写っていたのは、猛獣ではなく、人型の化け物だった。
推定身長170cm台後半の化け物は、人の形をしていながら、その肌は黒く、腕から肩にかけて茶色い毛が生えており、その拳からは巨大な鉤爪が飛び出していた。
その顔はどこか熊を思わせる造詣をしていた。

「ま、まだ未確認(マルエム)の仕業と決まったわけではありません!」

少しでも希望を一条に与えるためか、実加は僅かな可能性を絞り出す。
ちなみに、マルエムとは未確認生命体の警察での専門用語である。
他にも、警察ではマルヒ(被害者)、マルガイ(加害者)などの専門用語を使うことがよくあるのだ。

「み、未確認を装い、特殊メイクを施した一般人の可能性も……」
「……夏目くん」

一条は視線を実加へと戻した。
その瞳は、雄介を思う時よりも、同僚が未確認に殺された時よりも悲しげであることに、まだ一条と行動を共にして比較的日の浅い実加にはわからなかった。

「は、はい」
「それが一番あってはならないことなんだ」

一条の視界に、実加はもうすでに映ってはいなかった。

一条は自らの記憶を通して、一人の女性を見つめていた。
未確認生命体には、人間の姿がある。
警察ではその人間形態の姿を、B1号、B2号というように、Bの次に番号をつけて識別している。
そして、未確認生命体の中に、未確認生命体本来の番号を持たず、人間形態の番号しか持たない女が一人だけいる。
それが、バラのタトゥの女、未確認生命体B1号である。
B1号は直接ゲームに直接参加はせず、つねにほかの仲間たちを監視するような立場で、時に制裁を加えることもあった。
未確認生命体の中で最も人間らしい……いや、人間のことを理解していたB1号は17年前、何度も一条の前にその姿を表した。
そして、銃で攻撃する一条たちを見て、B1号は日本語でこう言った。

「リントは変わったな」

更に、最終的に、人間は自分たちと等しくなったと言った。
殺戮をゲームとして行うグロンギと同じ存在になったと人間のことを評したのだ。

人間が人間を殺害する事件を何度も経験し、快楽殺人などというふざけた事件も長い警察人生で体験してきた一条は、人間とグロンギの本質的な違いを探し求めていた。

「……周囲に設置してある防犯カメラに何か映っていないか探ろう」
「は、はい!では私はこことこの通りを……」
「しらみ潰しになる、手伝える人がいないか連絡もしてくれないか?」
「わかりました。
あ、帰ったら掲示板等も調べてみますね」
「ありがとう、助かる」

どこか言い知れぬ違和感のようなものを感じながら、一条は丸一日未確認の痕跡を探し求めたが、それらしい物を見つけることは出来なかった。

数日後、一条は同僚の先輩刑事である杉田守道に飲みに呼び出された。
杉田は17年前に共に未確認と戦った仲であり、未確認生命体第二号並びに第四号の正体が五代雄介であることを知る数少ない人物である。

「ここだ、ここ」
「ここですか」

住宅街の中にひっそりと、民家を改造して作ったのであろう小さな居酒屋が建っていた。
はしご酒を好み、最後にはマニアックな雰囲気がする店へと足を運んでいた杉田も50半ばともなれば変わるもので、娘に耳にタコが出来るほどにアルコール周りの忠告をされている杉田は、最近は専らこのような店で杯を傾けているのだった。

店の内装は民家を改造しただけなのでこじんまりとしていて、カウンターを過ぎた奥に小さな個室が二つ並んでいた。
その個室の片方を占領すると、とりあえずはビールで乾杯し、早々に杉田は焼酎の水割り、一条は純米大吟醸の獺祭に切り替える。

「最近、娘が一週間に飲む酒の種類やら量やらの指定までしてきてうるせぇんだ」
「そんなに健康診断の結果がよろしくなかったんですか?」
「いや、良好……だが娘がそれは私の手柄だと思ってんのか更に管理しようとしてきてんだよ」
「はぁ……それは……お気の毒に……」
「そっちはどうだ?彼女にうるさく言われないのか?」
「10年以上前からそういうことを言われてますが、未だにそういう相手は居ませんよ」
「夏目はどうなんだ?」
「………………」

またこういう話になるのか、と一条は本人も気づかない内に若干眉間にシワを寄せて辟易していた。
一回り近く年の離れた実加のことを、一条の周りの人間はことごとく一条の彼女と認定していた。
確かに4年前、一条の相棒になった最初の頃にアプローチを受けたことはあった。
が、それ以上はなく、それからは何事もなく共に事件や事故の調査を続けてきただけだ。
……と、一条は思っていたが、細かなアプローチは一条が意識しなかっただけでまだ続いていることを一条は知らなかった。

「彼女とはそういう関係ではありませんよ」
「そうか?……相変わらず寂しいヤツだな。
おふくろさんには言われないのか?『早く結婚してくれ』って」
「実は……その……」
「ふっ……まあ当たり前か」

勿論一条も交際や結婚のことに興味や憧れが無いわけではない。
だが、警察官であった父が母と自分を残して殉職したことが記憶に残り、一条自身も相手の女性を悲しませてしまうのではないかという懸念から、真剣に誰かを愛することが出来ず、そんな中途半端な気持ちで付き合うことが一条には許せないために、未だに浮いた話は無かった。
そのせいで一条への片想いに悩んだ女性も多い、その上大概の場合において本人は無自覚なのだから尚更たちが悪い。

一条の恋愛話の後も二、三の話題を話しながら杉田はグラスを空けていく。
そのペースが明らかに早い。
酔うために飲んでいるようなペースで様々な銘柄の焼酎水割を頼んでいる。
その様に既視感を感じた一条は酒のペースを緩め、その時を待つことにした。
酔った勢いでもないと話せないような事があるのだと理解したからだ。
このようなことは前にもあった……4年前、再び未確認生命体が現れた時のことだった。
二人だけの飲み会も終盤になり、トイレから帰ってきた杉田は重々しく口を開いた。

「……最近話題になってる眠り病、知ってるよな?」
「ええ、日本各地で眠ったまま起きない原因不明の患者が増えている件ですよね?」

数ヶ月前、東京都で眠ったまま起きなくなる奇病が報告された。
突如流行し、東京都だけで数千人の被害を出したその奇病は、アフリカのある地域特有の風土病である眠り病ではないかと言われ、大変な騒ぎになった。
だが、医師たちが出した見解は、これはアフリカの眠り病とは異なる病であるということだった。
本来ならハエを媒介として寄生虫により流行る眠り病だが、患者たちに虫刺されの痕跡が無く、寄生虫も発見されなかったことが医師たちの見解の決め手であった。
感染経路、治療法不明のその恐ろしい病は、東京都のみならず、鹿児島、大阪、宮城、北海道、千葉などの都市を中心にその猛威を奮い、現在では数万人が寝たきりとなっていた。
しかし不思議なことに、患者たちは眠るだけで症状が進行することはなかった。
もちろん代謝等はしているので点滴などは必要となるものの、それ以上の事態にはならず、発見が手遅れな程に遅れてしまったために栄養失調で死んでしまったごく少数の例を除き、未だに病状の進行による死者数が0という謎の病気だった。

「一時期はバイオテロだの何だの言われて騒がれていたそれだ」
「その眠り病がどうかしたんですか?」
「……それが、未確認生命体の仕業かも知れねぇんだ」
「なっ!?」
「確証はない、だが、この眠りは人為的なものである可能性が出てきた……その上、都内での未確認生命体のものと思われる事件だ……直感だが、また動き出したとしか思えねぇ」
「……人為的なものである可能性、とは?」
「これだ」

そう言って杉田が差し出して来たのは小さな手帳だった。
一条が手帳を開くと、その1ページ目には日付と場所が箇条書きにされていた。

「……これは?」
「とあるアイドル事務所がライブツアーっていうのをやってな、日本中の色んな場所を転々としながらライブをしたんだよ……んで、その場所がな」
「鹿児島……大阪……宮城……北海道……千葉……これって!」
「そう、東京都以外は眠り病が流行った場所と一致してるんだよ。
だが例外の東京都はその事務所がある場所だからな、一番の被害になるのも納得しちまえる。
それだけならまだなんとか偶然の一致で済ませられるんだが……次のページを見たら……な……」

一条が手帳のページを捲ると、次のページには一人の男の情報が纏められていた。
どうやら眠り病の患者らしい彼は、大阪公演のライブを見に行っていたらしい。
次のページには一人の女性の情報が載せられていた。
そして、その女性もやはりツアーライブのある一回を見に行っていたらしい。
その次のページにも、その次のページにも……

「もしや、眠り病患者全員が……」
「いや、例外もあった……だが、眠り病になっちまったヤツの中に不自然な程ライブを見に行ったヤツが多いことは確かだ」

アイドルが未確認生命体関連の事件に絡んでくるという状況で、一条の脳裏には一人の人物が浮かんだ。

「……伽部凜」
「……やっぱ、思い出しちまうよな」

伽部凜(とぎべ りん)、それは4年前にゲームを行った未確認生命体の、人間としての名前である。
彼女はアイドルとして活動をし、未確認生命体としての顔を隠して、偽物の笑顔を顔に張り付けていた。
そして、彼女のコンサートで3万超の人間を一度に皆殺しにする瞬間を心待ちにしていたのだ。
伽部凜……Rin伽部……リントギベ、それは、グロンギの言葉でリント(人間)死ねという意味を持つ。
未遂に防がれ、表沙汰になっていない事件だが、一条の脳裏にはしっかりと伽部凜の偽物の笑顔が張り付いていた。

「……そこのプロダクションでもうすぐまたライブをするらしい。
しかも、今回は少し事情が違う」
「何かあったんですか?」
「そのプロダクションの掲示板に書き込みがあった。
今回のライブで裁きを下すだの何だのといったよくある頭のおかしいファンの書き込みらしいが、未確認生命体の話が出てくりゃ話が変わる」
「その時に事を起こす気なんでしょうね……」
「未確認の件を知ってか知らずか、書き込みを心配して事務所から警察に依頼も来た。
お前と実加には明日その事務所に行ってもらう」
「わかりました……それで、その事務所とは?」
「……一時期、『眠り姫』とかいう歌を歌ってるせいで765プロの如月千早が疑われたが、どうやら違ったようでな……CG(シンデレラガールズ)プロダクションだ」
「シンデレラ……ガールズ」

おとぎ話の主人公をなぞらえたその名が、一条には何故か、不吉なものに感じられた。

第二章「少女」

都内某所にひっそりと佇む、周囲のビル群から見れば小さな3階立てのビルの二階と三階がCGプロの事務所だった。
白い雲がいくつも浮かぶ青い空をバックにした事務所を見上げる一条の脳内を占めるのは、やはり4年前の伽部凜の事件だった。

ここにもいるのだろうか?
人間の仕草を真似、正体を隠し、人間の中に紛れ込む未確認生命体が。
……偽物の笑顔を張り付けて人間を騙し、心の中でほくそ笑む未確認生命体が。

思案し、一条は軽く首を振る。
一条がアイドルに対して良い印象を持っていないのは事実ではあったが、だからといって今回は伽部凜の時のようにこの人物が未確認生命体であるという推察は一切無いのだ。
そんな状況で真実を見極める目を曇らせないために、一条は過去を振り切ろうと努力し、ビルの中へ実加を連れて入っていった。
一階奥の階段を上り、二階のCGとガムテープですりガラスに書かれているドアにノックを一つ。

「すいません、警察の者ですが、掲示板の脅迫の件で伺いました」
「はい、少々お待ちを」

事務所の扉を開き、一条らを迎え入れたのは肩までかかる長い茶髪を太い三つ編みで一つにまとめた、黄緑色のスーツに身を包んだ綺麗な女性だった。

「お待ちしておりました、事務員の千川です」
「警視庁の一条です」
「同じく、警視庁の夏目です」

千川と名乗り、頭を下げた女性に対して一条と実加は警察手帳を見せながら軽く礼をして答える。


「詳しくはプロデューサーさんが伺いますので、申し訳ありませんが、少々お待ちしていただけますか?」
「構いませんが、その方は、今どこに?」
「弊社のアイドルの仕事の付き添いに……」
「…………?あの、それはマネージャーの仕事では……?」
「人気が出てきたとはいえ、何分小さな事務所でしで、アイドル一人一人にマネージャーを雇う余裕が無いもので……私とプロデューサーさんがアイドルの送迎その他マネージャー業を兼任しながら何とか回している状況です……」
「そ、それは大変ですね……」

CGプロに出向くと決まってからの短い時間で、一条と実加はきちんと下調べをしていた。
事務所としての実績、社員、所属アイドル、そのアイドル個々の経歴、アイドルのファンクラブその他様々なことを調べ上げ、事務員の数が少ない事は疑問に思っており、詳しく聞こうとしていたとはいえ、二人で切り盛りしていたことは予想外であった。

「どうぞ、お掛け下さい。
お茶を用意してきます」
「お構い無く」

テーブルを挟んで対面した2つの2人がけソファに座るように促され、一条と実加は片方のソファに並んで座り、形式的に一条が給湯室に向かう千川に声をかける。
ほどなくしてお茶とお茶請けをお盆に乗せて戻ってきた千川に軽く礼を言うと熱い緑茶を一口啜る。
そうして一息ついてから一条は千川に向き直った。

「千川さん、プロデューサーさんが帰って来られるまで、少々お話を伺ってもよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「今回のような書き込みは前にも?」
「いえ、批判等はありましたが、危害を加える旨を全面に押し出しているものはありませんでした……」
「批判とは?」
「大したものではないですよ、ライブのここがダメだとか、このアイドルが気に入らないといったよくある類いのものです」
「そうですか……書き込みをされる原因に何か心当たりは?……ここ最近で何か変わったことがあった、とか」
「それが全く……」
「そうですか……」

それとなく異変がないか聞いてみたが、少なくとも千川さんは何も知らないようだと一条は判断した。

「え、え~っと……あ!ウチのアイドルのライブ映像でも見ますか?」

簡単な質問も終わり、訪れた沈黙に耐えかねたように千川が提案してきた。

娯楽文化に疎い一条にとってそれは別世界の映像だった。
ステージで歌い、舞い踊るアイドルたちはもちろん、観客の異様なまでの一体感に、一条は完全に圧倒されていた。
驚きや好奇心等が混ざった複雑な表情でライブ映像を流すTV画面を見つめていた一条の耳に事務所の扉が開く音が聞こえて来た。

「ただいま戻りました~」

入り口を見ると、シワ一つないスーツとは裏腹に、どことなくくたびれた印象を受ける、黒縁眼鏡をつけた短髪の男性がいた。
おそらく彼がプロデューサーなのだろうと一条は推測した。

「遅いですよ!警察の方がもういらっしゃってます!」
「本当ですか!?あ、すいませんお待たせして」
「いえ、お気になさらず」
「待ち時間でライブの映像も見れたので、結果オーライです!」

果たしてそれでいいのだろうかと一条は実加の返答に疑問を抱くと共に、プロデューサーの後ろが騒がしいことに気がついた。

「けーさつ!?けーさつの人が来てるの!?」
「ふわぁ……ぷろでゅーさー、逮捕されるのぉ……?」
「大丈夫よ、そんな案件があったら私がもう逮捕してるわ」

見れば小学生ほどの背丈の子供が二人に小柄な女性が一人、事前に調査していた情報からして、子供の活発そうな方が9歳の小学生アイドル、龍崎薫で、もう片方の眠そうな方が11歳の同じく小学生アイドル遊佐こずえ、そして小柄な女性は元同僚……ではあるものの課の違いから面識は無い元警察官アイドル片桐早苗であることを一条は確認した。

「あっ!早苗さん」
「えっ!実加ちゃん!?」

だが、意外にも実加と早苗には面識があったようだ。

「知り合いだったのか」
「はい!……その、一度合った時に、童顔繋がりで話が合いまして、それから個人的に付き合いを」
「そうそう、懐かしいわねぇ」
「お話聞きたい聞きた~い!」
「こずえも~……お話~」
「いいわよ~……あれはねぇ……」

女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、あっという間に事務所は賑やかになった。
警察という職に興味津々な年端もいかぬ子供に詰め寄られ、それをあやしつつ、元同僚の友人と談笑を始めた実加に取り残され、一条は少し放心した。

「ハスハス~……ん~、困惑の匂いがするよ~?」
「っ!」

その隙に、一人の少女がいつの間にか一条の懐に潜り込んでいた。
すぐさま一条は後退りをして距離を取りつつ、調べた情報を手繰り寄せる。
そんな一条に対して少女は猫のような笑顔を向けた。

「にゃはは~、ビックリしちゃった?」

白衣を着て自由に振る舞う彼女の姿は、一条の良き協力者である科学警察研究所、科警研のとある人物を彷彿とさせた。

「君は……確か、一ノ瀬志希くんだったか」

彼女の名前は一ノ瀬志希、ギフテッドと呼称される、いわゆる天才的な頭脳を持つアイドルである。

「そうだよ~?気軽に志希にゃんって呼んで?」
「…………にゃん?」

困惑に満ち、首を傾けつつ、表情はどこまでも真面目な一条薫(41)の『にゃん』が事務所に響いた。
薫とこずえの純粋な子供を除いた5人分の小さな笑い声が、一条の耳に届いたのは当然の帰結であろう。

自分の行動に気づき、多少気恥ずかしくなった一条だが、咳払いを一つするとすぐに気持ちを切り替えた。

「すまないが、今はプロデューサーと話がしたいんだ、話がしたければその後で聞くから今は我慢してくれないか?」
「は~い!」
「は~い……」
「にゃ~ん!」
「では、こちらに会議室がありますので……ちひろさんは薫たちのことを見ててください」
「わかりました」
「……ねぇ、Pくん、その話し合い、私も参加してもいいかしら?」
「早苗さんも?」
「気になることがあってね、良い?」
「私は構いませんけど……」
「なら決まり!」

CGプロの事務所、その応接室の隣に会議室はあった。
建物自体が大きくないためにテーブルが一つに椅子が五つ、ホワイトボード一つというこじんまりとした部屋に、テーブルを囲み一条と実加に向き合うようにプロデューサーと早苗が座っていた。

「で、単刀直入に聞くわね」

最初に口を開いたのは早苗だった。

「これ、ただの変質者の書き込みがどうこうって事件じゃないわよね、どういうこと?」
「えっ!?早苗さん、それってどういう事ですか?」
「私みたいな交通課の警官と違ってこの二人はバリバリの刑事よ。
しかも、そっちのコートのハンサムさんは一条薫っていう、17年前の未確認生命体の事件で八面六臂の大活躍を魅せたっていう警察内部の有名人なの、そんな二人がただの警備依頼の用件で来るはずがないわ」

早苗の推理を聞いたプロデューサーは早苗の話の真偽の確認するように、心配そうな表情で一条たちに向き直る。

「騙すような真似をしてすいません。
しかし、余計な混乱を避けるための行動なのです」
「……それじゃ、聞かせてくれる?」
「……はい」

まだ仮説段階だと念を押し、東京で三度未確認生命体が目撃されたこと、眠り病の発生した場所とCGプロのライブツアーの関係、その上で今回の掲示板への書き込みから……

「それじゃあ貴方たちはウチのアイドルを疑っているってことですか!?」

プロデューサーの怒号が飛んだ。

「あの娘たちは未確認生命体なんかじゃありません!」
「落ち着いてください。
彼女たちを疑ってはいません」
「え?」
「未確認生命体と入れ代わったのであれば、その痕跡が残る筈です。
こちらで調査しましたが、記憶障害や性格の急変した時期、空白の時期のあるアイドルはおりませんでした」
「そ、そうですか……」

テーブルに身を乗り出していたプロデューサーがフッと息を吐きながら脱力して椅子に座り直す。

「一応、念のために事務所に保存してある彼女らのデータを後でお借りしたいのですが」
「はい、大丈夫です。
しかし、それならば眠り病の犯人と掲示板の書き込みは……」
「おそらく、犯人はライブツアーの最初から最後まで参加した人物だと推察されます」
「もうすでに候補は何人かに絞ってあります。
ずっとライブを見に行くだけあって、全員が筋金入りのファンなので、おそらく見覚えのある人物も何人かいると思います。
なので、プロデューサーさんには候補をお見せするので、その中で怪しい人物がいたら教えていただきたいんです」
「……わかりました」
「……それで、肝心の当日の警備はどうなるのかしら?
Pくんは警察とは書き込みの件の話だけで、警備は警備会社に依頼しようとしていたみたいだけど?」
「警備会社を装う形で入り口や会場内部をぐるりと囲うように警官を数名。
私服警官を十数人、観客に見せかける形で配備させていただきたい」
「……中止にはしないのね」
「情報がかなり不足している上に、推測が大半ですから、警察という組織としてはこれ以上の要求は出来ません……二十名近くの警官の協力を得られただけでも奇跡に近いのです。
……ですが、私個人としては……中止を検討していただきたいと思っております」
「……だってさ、Pくん」
「………………」

プロデューサーはうつむき、ブツブツと小声で何かを呟きながら、頭を押さえて考え込んでいるようだった。
リスクと情報の信憑性、それをライブでの利益と天秤にかけているのだ、悩むのも無理はない。
そのまま顔を上げずに、プロデューサーは弱々しく口を開いた。

「……すいません、少し席を外してください、社長にもこの事を連絡して話し合ってみます」
「……焦らなくても結構ですよ、ですが、ライブまでには結論を出してください」
「大丈夫です……すぐに決められると思います。
一、二時間ほど一人にしてください……早苗さんもすいませんが……」
「はいはい、実加ちゃんと恋バナでもしてるわ」
「恋バナ!?さ、早苗さん!」

……たしか、夏目くんのほうが年上だったはずだが、完全に負けているな。

会議室から出てきた一条らは、薫とこずえ、そして、話し合い途中で事務所に来たのであろう二人の高校生くらいの女性に取り囲まれた。

「未央お姉ちゃん!この人たちがけーさつの人だよ!」
「ほうほう、お疲れ様であります!」
「おつかれさまでありまー!」
「……ありがとう」

未央と呼ばれた高校生くらいの、外に軽くハネた髪の毛が特徴的な女性と薫の労いの敬礼に対して感謝の言葉を一言。
その感謝が嬉しかったのか敬礼をしていた二人は顔を綻ばせた。
事前に手に入れた情報によれば、この少女の名前は本田未央、ニュージェネレーションズというこの事務所の看板ユニットのメンバーで、明るさがウリのアイドルである。

「確か、掲示板の書き込みの件……でしたよね?」
「ええ、その件で色々と説明して、どうすればいいのかを何通りか説明したので、プロデューサーさんに選んでもらうんです。
今はプロデューサーさんがその選択を考えているので、邪魔をしないように出てきたんです」
「へぇ、そうなんですか」

高校生くらいの女性の髪の長い方、事前情報によればおそらく未央と同じニュージェネレーションズのメンバーであり、クールな雰囲気が魅力のアイドル、渋谷凛、に話しかけられ、実加は丁寧に、嘘はつかず、しかし真実をぼかして答えた。

「あ、そうだ薫ちゃん!」
「なぁに?早苗お姉ちゃん」
「こっちの刑事さん、薫ちゃんとおんなじ名前なのよ?」
「ホント!?」

龍崎薫は一条薫のことをキラキラとした瞳で見つめた。

どうやらこの少女は警察というものに憧れがあるようだ。
もう少し有名になったら一日署長の仕事を出来るように上に伝えてみるのも良いかもしれない。

「……私は、警視庁の一条薫です」
「CGプロのアイドル!龍崎薫でー!」
「おなじく!本田未央です!」
「ふわぁ……こずえはこずえだよー」
「……なんで未央たちまで自己紹介?
まあいいか、渋谷凛だよ」
「先を越されましたけど、警視庁の夏目実加です」
「元警官、現アイドルの片桐早苗よ!……まあ知ってるでしょうけど」
「お?何々集まって、ギフテッドの一ノ瀬志希ちゃんで~す!」
「あ、それで、あそこで事務処理してるのが千川ちひろさん!」

遅めの自己紹介と本田未央による補足紹介が入った後、一条は薫とこずえ、更に未央と志希、暴走しないように見張る凛の五人に取り囲まれ、彼女らに仕事で経験したこと等を話すことになった。
実加は久しぶりに早苗と二人で世間話をしている。
刑事という立場でありながら、矢継ぎ早に質問される一条の気分はさながら尋問を受ける容疑者のようだった。

「……そういえば、このプロダクションにはもう一人アイドルが所属しているそうだが、その娘は今何処に?」
「しまむーなら、電車が少し遅れちゃったみたいでね、もうそろそろ来るんじゃないかなぁ?」
「しまむー……?」
「あ、すいません、未央が呼んでいるアダ名です」
「そういうことか、情報によれば、確か名前は……」

一条の言葉を遮るように、ドアの開く音がした。

「みなさん、こんにちは!」

音と声に促されるようにして、部屋にいた全員が入り口を見る。
そう、彼女の名前はーー

「島村卯月、今日もお仕事がんばります!」

島村卯月。
未央、凛と同じくニュージェネレーションズの一員であり、笑顔が得意なアイドルである。
彼女は明るくトレードマークの笑顔を振り撒く。
その瞬間、一条は時間が止まった……いや、時間が戻ったような錯覚に陥った。


彼女の笑顔は、私見だが他のアイドルと比べても特に勝っているということはない。
ルックスも他のアイドルよりも優れているということはない。
何も変わった点はない……筈なのに……何故、何故だ。
何故アイツの……五代の顔が被る。
性別も違う、笑い方も少し違う、なのに何故……俺は彼女の何処にアイツの面影を感じている?

「あれ?お客さんですか?」

その言葉で一条は我に返った。
今、こちらを見つめている少女は五代雄介ではない、アイドルの島村卯月、それだけだった。

「……警視庁の一条です、今回は掲示板の書き込みの件でこちらに参りました」
「そうなんですか!ありがとうございます」

笑顔、そしてペコリと軽く一礼。
それだけのことなのに、何故か心が少し暖まる。
漠然と、本当に漠然と、彼女は良い娘なのだと、そう一条は感じた。

「今Pさんが考え込んでるとこだからさ、こっちの薫ちゃんに色んな話を聞かせてもらってたとこだよ、しまむーも聞こうよ」
「……その、『ちゃん』付けはやめてほしいのだが」
「こっちの薫ちゃん?」
「卯月お姉ちゃん!このおじさん、かおると同じ名前なんだよー!」
「へ~!そうなんですか、それは嬉しい偶然ですね」
「だよね!」
「ハスハス~、卯月ちゃん今日も良い匂いだね~」
「香水とかはそんなに着けてないんですけど……?」
「香水とかの話じゃないでしょ……志希、そろそろ離れなよ」
「凛ちゃんも嗅ぐ?」
「………………嗅がないよ!」

……返答まで間があったことは掘り下げてはいけないのだろうか?

卯月が来て、彼女に積極的に話しかける未央たちや、ソファに座った卯月の膝に自然に膝枕をされに行ったこずえの行動から、卯月がどれほど仲間に愛されているのかが伝わって来た。

「あの、社長との話し合いが終わりました」

卯月が来てすぐに会議室からプロデューサーが顔を出した。
一条と実加、早苗はプロデューサーに呼ばれて再び会議室に移動した。

「……申し訳ありません。
やはり、情報の信憑性が低く、ライブをキャンセルしたときの損失と釣り合っていないと判断されました。
なので、警備だけをしてもらいます」
「わかりました。
ご検討、感謝致します」

ある程度予想していた展開なので一条が動揺することはなかった。
交渉が終了し、一条らはCGプロを後にした。

「薫ちゃん……あ!龍崎の方の薫ちゃん、一条さんに懐いてましたね」
「名前が同じということで興奮していたようだな。
夏目くんも片桐さんと随分盛り上がっていたな」
「久しぶりに会ったので話すことが多くて。
……何事も、無ければいいですね」
「……そうだな、彼女らの笑顔を、曇らせたくはない」
「……みんな、良い笑顔でしたもんね」
「………………あぁ……良い笑顔……だったな」

一条の頭に浮かんでいるのは、アイドルたち全員の笑顔……ではなく、たった一人、あの島村卯月の笑顔だけだった。

CGプロを訪れた翌日の良く晴れた日、都内某所の行きつけのカフェ、古くからの友人に眠り病の件で呼び出されて一条はそこにいた。

「原因がわかったというのは本当か、椿」

一条の向かいに座る男の名前は椿秀一、一条の同級生であり、関東医大病院に勤務する司法解剖専門医だ。
17年前の未確認生命体関連の事件では五代雄介、クウガのかかりつけ医として雄介の身体の変化を観察し、サポートしていた。
椿は眠り病の原因を司法解剖により解明した、と言って一条を呼び出した。

「原因というよりは眠るメカニズムだがな」
「どう違うんだ?」
「感染経路が依然不明なんだよ、俺が突き止めたのはその後のことだけ」
「感染した『何か』がどうやって人間を眠らせるのかという部分か」
「そういうことだ」
「しかし、よく突き止めたな。
死者が出ないから司法解剖は行えない筈だが……」
「……昨日、都内で十人目の餓死者が出た」
「…………そうか」
「だが今までと比べて発見が早くてな、ほとんど腐敗していない状態だったために詳しい調査が行えた」
「………………」
「しんみりすんのは後だな。
解剖した結果、その遺体は脳漿に異常が発見された」
「異常?」
「謎の化合物が脳漿全体に含まれていた。
その化合物が脳の活動を抑制し、被害者を寝たきりにさせているらしい」
「その化合物は」
「もうサンプルは科警研に送ったよ。
後は榎田さん次第だな」
「そうか」
「……だが、やっぱりこの件は未確認臭いぞ」
「……やはりか」
「……アイツは、今何してんだ?」
「アイツは……五代は未だに冒険中だ」
「……今度こそ、アイツに拳を握らせんじゃねぇぞ」
「わかっている、拳を握るのは警察だけで十分だ」
「……ま、暗い話はここまでにして。
お前、彼女とはどうなんだ?」
「ごふっ!?」

180度話が変わってしまったことと話題の衝撃で、一条は飲んでいたコーヒーが食道ではなく気道へ入ってしまった。

「げほっ!げほっ!」
「おいおい、大丈夫か?」
「お前が妙なことを言うからだろ……」
「まさか、上手くいってないのか?」
「……はぁ……何度も言うが、彼女はいない」
「マジか……寂しい奴だなぁ」
「お前こそ、桜子さんには相手にされてるのか?」
「………………」
「……もう17年だぞ」
「うるさい」

城南大学助教授、沢渡桜子。
彼女に惹かれた椿は、17年前からずっと然り気無いアピールを繰り返し、そのことごとくが空回りし、相手に気づかれていなかった。
久しぶりに会った一条だが、未だにその関係が変わってないことを悟り、若干椿を見る眼差しが優しくなっていた。

「俺よりもお前だ、相手もいないってのはヤバいだろ」
「お前も似たようなものだろ……相手にされてないんだから」
「………………この話はやめるか」
「そうしてくれ」

会話の流れが一瞬止まり、二人とも無言でコーヒーを口に運ぶ。
悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、恋のように甘い……と称されるにはまだ足りない、話していた時間で多少ぬるくなったコーヒーを楽しむ短い静寂の時間が訪れる。
その静寂を破ったのは案の定椿だった。

「……実加ちゃんとは、そういう関係じゃないのか?」
「ごふっ!?」

話を止めるんじゃなかったのか?
そんな台詞を吐く代わりに一条の口からは苦しそうな咳が漏れた。

椿と別れた一条は、17年前から変わらない佇まいの喫茶店ポレポレの前にいた。
雄介と連絡がつかなくなり17年、この店には何かしらの用事がある時しか訪れず、一条は17年の間に片手で数えられるくらいにしかこの店には訪れていなかった。
しかし、今日はここを訪れなければいけない理由はなかった。
だが、昨日CGプロを訪れ、島村卯月の笑顔に雄介の笑顔を重ね、感傷的な気分になった一条はなんとなくここを訪れたくなったのだ。
扉を開けると、いつもと変わらないカウベルの音が鳴り響き、オリエンタルなカレーの香りが一条の鼻腔を刺激した。
店の中は17年前と変わらない光景が……

「もう挫け~ない~♪」
「わぁ~!」
「い~よ~!い~よ~!松本伊~代~!」

……広がっていなかった。

手狭な店内、カウンターと壁の間のスペースで一人の女性が歌って踊り、カウンターには小さな子供が一人座って女性に幼い声援を送り、カウンターの向こうでは初老の男性が古めかしい声援を送っていた。
その男性の隣では笑顔の女性が歌っている女性に合わせて手拍子を打っていた。
初老の男性の名前は飾玉三郎、周囲から『おやっさん』という愛称で親しまれている五代雄介とその妹、みのりの親代わりである。
おやっさんの隣の女性は旧姓五代みのり、現四方みのり、五代雄介の妹である。
そして、幼い子供の名前は四方雄之介、今年で4歳になるみのりの息子であり、雄介の名前を貰った雄介の甥である。
更に、最後の歌っている女性のことも、一条は知っていた……というよりも、彼女に出会ったからこそ、一条はここを訪れたのだ。

「……島村卯月」
「えっ!?刑事さん!?」

小さなライブに乱入してきた客に視線が集中し、主演である卯月がすっとんきょうな声を上げた。

「……それじゃあ、刑事さんは五代さんって方の知り合いなんですね」
「そうそう、クウガ~!美子~!だの、恋のクウガ~!とか言ってたウチの今どこ行ってるのかわからない従業員」
「私のお兄ちゃんです」
「へぇ~!」

乱入者によりライブはお開きとなり、事情のわからない卯月にみのりとおやっさんは一条とポレポレの関係を話して説明していた。
ちなみにその間……

「高~い!」
「……ふっ」

……一条は雄之介を肩車や高い高い等をして喜ばせていた。
幼い子供にとって、親の知り合い・警察・イケメンというコンボは羨望や興味の対象であったようで、産まれたばかりの赤ん坊の頃に一度会っただけで、会った記憶の無いであろう一条に対して雄之介は臆することなく甘えに行った。


「いや~、しかし、卯月ちゃんとコートのハンサムさんが知り合いだったなんてねぇ~」
「私も驚きましたよ、まさかこんなところでまた会うなんて思いませんでした!」
「……君は、ここには良く来るのかい?」
「はい!候補生時代からお世話になっていて……その頃から私のことを応援していただいて、本当に感謝しています!」
「がんばれ~!うづき~!」
「はい!島村卯月、がんばります!」

一条の肩の上の雄之介からの声援に卯月は笑顔で答えた。

「雄之介の面倒も時々見てもらってるんです。
本当に良い人ですよ、卯月ちゃん」
「そりゃあ良い娘だよ~、なんてったってアイドル!だからねぇ」
「あはは、ちょっと照れますね」
「今度のライブ、頑張ってね……でもゴメンね、やっぱりチケット取れなかったよ」
「しょうがないですよ、競争率も高くなってきてますし……その代わり!ここで何回でもミニライブしちゃいますよ!」
「いぇ~い!」
「雄之介くんハイタ~ッチ!」

卯月の発言に上機嫌になった雄之介に手を伸ばして手を合わせる。
その笑顔が、仕草が、やはり一条には懐かしく感じられた。

「卯月くん、君の周りは、笑顔で溢れているな」
「えっ?」

しみじみと、一条は言葉を紡いだ。

「昨日の事務所でも、君が来た瞬間、君の周りに人が……笑顔が集まった。
君は、多くの人に好かれているな」
「そりゃあ卯月ちゃんは良い娘だからねぇ」
「好かれるに決まってますよ」
「えへへ……なんだか照れますね。
でも、笑顔で溢れてるのは、たぶん私が良い娘だから……だけじゃないですよ!周りのみなさんが良い人だからです!」

自信満々に、今日何度目になるのかわからない笑顔を卯月は一条に向けた。

「いつ来ても、おやっさんやみのりさんや雄之介くんは暖かく私を迎えてくれますし、事務所のみんなも優しいんです……あ!例えば、このブローチは志希ちゃんがプレゼントしてくれたんですよ!」

その言葉と共に、卯月は胸元に下げた、透明感のある赤い大きな宝石のような装飾のついたブローチを右手で掴んで一条に見せた。
本物の宝石ではない、硝子細工か何かのブローチだが、その綺麗な赤は、卯月にとても良く似合っていた。
自分を卑下せず、他者を見下さず、他者との繋がりを大切にする。
それがやはり、一条には眩しかった。

「……やっぱり似てるな、五代に」
「はい?」
「あ!一条さんもやっぱりそう思います?」

一条の発言にみのりが同意するように答えた。

「五代って……刑事さんのお友達の、みのりさんのお兄さんですよね?」
「あぁ……何処が、とは明確には言えないが、なんとなく似ている……ように感じる」
「そうなんですか?
……何だか嬉しいですね」
「……アイツ、今何処で何してんのかね~?」
「早く甥っ子に会って欲しいのに……お兄ちゃん連絡の一つもくれないんですから」
「おじさん~?」
「そ、雄之介の叔父さんだよ~」

また雄介との記憶が浮上して来て、一条は目を瞑った。

第零号との戦いの前、五代は言った。

「何の根拠もないですけど、フッと浮かんだんです。
俺の心が聖なる泉で完全に満たされたら、アマダム消えちゃうんじゃないかなって」

戦うために磨り減らした心が元に戻れば、アイツは戦う力を持たない只の冒険野郎に戻れると信じていた。
だからこそ、只の冒険野郎として帰ってくるために、また俺たちに戦う姿を見せないように、アイツは俺たちの前から姿を消した。
……だが、4年前にまたアイツは俺たちを助けるために拳を握った。
聖なる泉で満たされかけた心をまた磨り減らして……
それから4年……もうそろそろ、お前の腹の石ころは無くなったんじゃないのか……五代。
早く帰って来い……五代。

今この場にいない人物に思いを馳せる三名を見て、疎外感を感じた様子もなく、卯月は優しく微笑んでいた。
そして、場を和ませようと言葉を探し、思いついたのか顔を明るくした。

「五代さん、もしかして今、おやっさんみたいにチョモラマンに挑戦してたりして!」

明るい笑顔で卯月の口から放たれた言葉により、その昔エベレスト、通称チョモラ『ンマ』に挑戦したというおやっさんの逸話を知っているみのりとおやっさん本人も笑顔になって卯月の話に乗っかった。
だが、肝心の一条は鳩が豆鉄砲をくらったかのような呆け顔だった。
「伝染ってしまった……」と一条は内心途方に暮れていた。
おやっさんは、チョモラ『ンマ』、エベレストのことをチョモラ『マン』と間違って覚えていた。
正しくはチョモラ『マン』ではなくチョモラ『ンマ』であると人伝に訂正したのが17年前、チョモラ『ンマ』からチョモラ『マン』へまた間違った方に戻っているのを確認したのが4年前、そして……おやっさんの間違いが他人に、卯月に伝染してしまったことを確認したのが今日この時である。
4年前に戻っていることに気がついておきながら訂正するチャンスが無く、そのままにしていた自分を後悔する一条であった。

「刑事さんは、この後はどうされるんですか?」
「私は、この後はジムに行こうかと……この歳になると、体力の維持が大変で」

一通りの話が終わり、会計を済ませる段階になって、卯月は一条に話しかけた。

「意外だなぁ、一条さんはそんなことしなくてもこの状態かと思ってました」

みのりが驚いたように声をかけた。

「いえ、やはり衰えは感じますよ。
だからこそ、毎日のトレーニングは欠かせません」
「いや~、偉いなぁ……やっぱり目指すは『生涯現役』by舟木一夫ですか?」
「……まあ、そう在れたらとは思っています」
「……つまり、体力が落ちないように運動すればいいんですよね!」

卯月が笑顔で一条に確認を求めてくる。
卯月の意図を掴みきれずに困惑顔になりながらも一条は「その通りだ」と正直に答えた。

「私、これからレッスンなんです!刑事さんも参加してみませんか?」
「…………え?」

一瞬、脳が情報を処理することを放棄した。

「あっ!それ名案ですね」
「レッスン風景撮って送ってオクレ兄さん」
「いちじょー!がんばれー!」

その一瞬の内に高速で外堀が埋められてしまった。
子供の純粋な瞳、そして証拠写真を送るという約束をされてしまえば、なるべく期待には応えたいという人として備わっている感情が顔を出す。

「一緒にがんばりましょう!……ね?」

一条は卯月と雄介の似ている点を発見した。
変に強情な部分はよく似ていた。

歳による体力の衰えは感じてはいたが、若さに満ち溢れた娘たちと比べてこれほどまで動けないものなのか、と一条は壁を背もたれにして座り込み、項垂れ、荒くなった息を整えながら落ち込んだ。

「刑事さん、つかれちゃったの?……はい!お水あげる!」
「はぁ……あぁ龍崎くん、ありがとう。
俺も年をとったのか、体力が無くなってきているようだ……その点、龍崎くんは凄いなぁ」
「えへへ~♪かおるはいつも元気だよ!」
「いえ、一条さんも良いセン行ってますよ?」

龍崎薫から貰った水筒の水を少し喉に流し込んだ一条に一人の女性が話しかけた。
今回の龍崎薫、遊佐こずえ、片桐早苗、島村卯月……そして一条の五人のレッスンを担当するトレーナーであった。

「トレーナーさん、お世辞はいいですよ」
「いえいえ、お世辞じゃないですよ!……確かに、若い子に比べてしまうと少し劣りますが、そのお歳で、初めてのレッスンでここまで動けるなんて凄いですよ」
「そうですよ!私なんて、初めてのレッスンではこの段階でもう床にへばりついちゃいましたよ。
どうです?アイドルやってみませんか?刑事さんならルックスもばっちりですし、人気出ますよ!」

疲れていても尚輝くような笑顔で卯月が一条を励ました。

アイドルを推す発言に、一条は高校時代、同級生の女子が勝手に美少年コンテストに応募してしまったという秘めていた過去を思い出した。

「いや、私にはアイドルよりも警察の方が性に合っているのでね、遠慮する」
「そうよね~、私が警察だったころも、一条さんは刑事の中の刑事って感じだったしねぇ」
「……片桐さん、その携帯を何故私に向けているのですか?」
「それはもちろん、こんなレアな姿、撮影して警察時代の同僚に拡散しまくるに決まってるでしょ!」

……明日、予想される同僚からの言葉に対する返答を用意しておかなければな。

「さっ、休憩時間は終わりです!」
「遊佐くん、休憩時間は終わりだ、寄りかかるのをやめてくれないか?……遊佐くん?」
「……すぴー…………」

休憩時間に入ってからずっと一条の身体に寄りかかっていたこずえは、いつの間にか小さな寝息をたてていた。
一条は一瞬、眠り病かと心配したが、少し揺すると目を擦りながら起きたので安心した。

その後も厳しいレッスンは続き、一条は充実した疲れを引き連れて解散の時間になった。

「今日は私の言い出したことに付き合ってくださり、ありがとうございました!」

ぺこり、と礼儀正しく卯月が頭を下げた。

「かおるも刑事さんとレッスンできて楽しかったよ!またしよ~ね!」
「ふわぁ……いちじょー……またね~」
「警視庁全体と言っていいほどに拡散されちゃったみたいだから、明日弄られるわよ~!」
「体力低下防止用のレッスンも考えておきますから、機会がありましたらまた来てください」

卯月に続いて、薫、こずえ、早苗、トレーナーも一条に声をかける。
その声に応えるように微笑み、一条も礼を返した。

「みなさん、今日はありがとうございました。
卯月くん、良い経験になった、提案してくれてありがとう。
龍崎くん、私も楽しかったよ、機会があれば、またレッスンしよう。
遊佐くん、また会うのはいいが、私を枕にするのは程々にしてほしい。
片桐さん、その……覚悟しておきます。
トレーナーさん、レッスンメニュー、後で聞きに伺います」

一条は一人一人律儀に一条へ送られた言葉への返答をした。

そして……

「最後に……卯月くん」
「は、はい!」
「…………正しくは、チョモランマだ」
「……はい?」

呆気にとられる卯月と、何のことかわからずに卯月と一条を交互に見つめるアイドルたちとトレーナーを残し、何かをやり遂げたように清々しい顔で一条は去った。

これで二章までが終了になります。
三章から後は夜にまた投稿していきます。
具体的には7時ころでしょうか。

再開します

第三章「開幕」

卯月とのレッスンから数日、同僚たちに弄られに弄られ続けた一条は、卯月たち、CGプロのライブ当日を迎えていた。
灰色の空の下、小さなドーム状の会場の中に、CGプロのアイドルたちがいる。
大勢の人に溢れ、賑やかな会場前を一条と実加は遠巻きに眺めていた。

「わぁ~、大人気ですね、早苗さんたち!」
「……17年前の夏目くんのフルートの演奏会を思い出すな」
「…………ありましたね、そんなことも」

17年前、未確認生命体への対策に追われていた一条と雄介は息抜きの意味も込めて、当時実加が習っていたフルートの演奏会へ赴いた。
だが、楽しい物となる筈のその思い出は、一条、雄介、実加の三人にとって苦い思い出となってしまった。
雄介は会場へ来る途中で第零号の強烈な思念に感応してしまい、ダメージを受けていた。
一方、一条もまた、演奏会の主催者である会社社長に解雇された青年が復讐心から社長を拉致するという事件が起こり、その場にいた一条は事件の解決のために駆り出された。
そのため結局、一条と雄介は実加の演奏を聞くことが出来なかった。
そして、演奏会は終わり、実加が会場から出てきたまさにその瞬間、彼女の眼前で一条は犯人確保の荒々しい一部始終を見せつけることとなった。
追い詰められ、昂ぶり、危険極まりない犯人を相手にするならば、徹底して臨まねば反撃をくらう。
だから一条は冷徹に銃を撃ち、無言で犯人を押さえつけ、力でねじ伏せた。
だがそれを見た実加は戦慄し立ち尽くしてしまった。
容赦なく力を振るった一条が恐ろしく感じてしまい、一条が笑顔で差し伸べてくれた手を拒絶し、そのまま言葉を交わすこともなく、実加と一条は長らく会うことは無かった。

だが、その一件が切欠で実加が警官への道を志すこととなったのなら、その苦い経験も悪い物では無かったのだろう。

「……演奏会、かぁ……このライブをあの時と同じ悲劇には……させたくないですね」

実加は身体の前で拳を握りしめた。
その姿を横目に見た一条は、力を振るった先に見た実加の表情を思い出した。
だからといって、一条には力を振るうなとは言えず、一条に出来ることは、これからこの会場で歌う卯月らアイドルたちが、力を振るう者の姿を見ないように祈るだけだった。

「……そろそろ中に入ろうか、ライブが始まる前に一度片桐さんたちに挨拶をしておこう」
「そうですね!一条さんも出演することですし、共演者への挨拶は大事ですよね!」
「もうその件で弄るのはやめてくれないか……」

一条は実加の言葉を聞いて困惑した表情を実加に向けるも、実加はただ悪戯っ子のような笑みを返すだけだった。
一条をレッスン写真のネタで弄った人物断トツの一位はやはりというか、相棒の実加だった。

会場に関係者入り口から入ると、CGプロのアイドルたちが控えている控え室の扉を軽くノックし、「はいは~い」という軽い返事が返ってくると、一条がドアノブに手をかける前に内側から扉が元気よく開かれた。
扉の向こうから小さな身体が覗く。
顔を出したのは華やかな衣装に身を包んだ龍崎薫だった。

「あー!刑事さんだー!入って入って!」

パーっと表情を明るくした薫は、一条の右手を掴むと、グイグイと引っ張って一条と実加を控え室の中に招き入れた。
控え室の中には、CGプロに所属しているアイドルが全員揃っていた。

「みんなー!刑事さんが来たよー!」
「おっ!遅いよ~!もう皆着替えたんだから、刑事さんも着替えて着替えて!ほら!荷物も置いて!」
「……君もか、本田くん」

あの日、レッスンには参加していなかったものの、話を聞いていたらしい未央に詰め寄られて、コートと一条が左手に持っているアタッシュケースに手をかけられ、その手を振り払いながら疲れた声が一条から発せられる。

「脱げー!」
「脱げ~……」
「……困ったな」

しかも未央の声に反応し、薫とこずえの二人もコートを後ろに引っ張り脱がそうとしてきた。

「ふふっ、それくらいにしてあげましょう?
刑事さん、困ってますよ?」
「は~い!」
「は~い……」

それを卯月が優しく制し、二人に引っ張られてついたコートのシワを手で気持ち程度に伸ばした。

「すいません刑事さん」
「いえ、謝るようなことじゃありませんよ。
それで、プロデューサーさんはどちらに?」
「Pなら、スタッフさんと細かい打ち合わせしてるよ。
もうすぐここに戻って来るはずだよ」
「渋谷くん……そうですか、では少しここで待たせてもらいます」
「……それなら聞きたいんだけど、実際どうだった?あの写真の反響」
「……四面楚歌でしたよ、片桐さん」

若干恨みのこもった眼で一条は早苗を見た。

その反応を見た早苗は愉快そうに笑う。

「そりゃ良かった」
「写真ありがとうございました!早苗さん、一条さんの慌てる姿が何回も見られました」
「それ私も見たかったわ~、この数日だけ警察に復帰出来たら良いのにな~」

……味方はいないのか。

そう思った一条の肩に不意に手が乗せられた。

「その時の困惑のスメル、志希ちゃんも嗅ぎたかったな~」
「っ!?」

志希は死角に入り込むのが上手いのか、一条は再びその登場に驚いた。
だが、どうにか今回は冷静を装い、肩に置かれた手を払った。

「君のその人を驚かせる登場の仕方はやめて欲しいな」
「にゃはは~、メンゴメンゴ」
「そうよ~、一条さんとのスキンシップは最小限にしないと、実加ちゃんに怒られるわよ~?」
「怒りません!」

実加の反応に場が和む。
決して小さくはない規模のステージだが、彼女らはそれほど緊張していないようで、ステージには関係のない一条ではあるが安堵する。

一条たちが控え室に入り少しして、扉が開く音がした。

「お~い皆、そろそろ……あ、刑事さんたち」
「プロデューサーさん、こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「いえ、それはこちらの台詞ですよ。
こちらこそ、今日はよろしくお願いします」

お互いに軽く頭を下げ一秒後、頭を上げ、目を合わせる。
プロデューサーのその目は、これからのステージへの不安の色が現れていた。

「……最善を尽くします」

そのプロデューサーの瞳を一条は真っ直ぐに見つめ返し、ちっぽけな、だがしかし一条にとって最大限の真実を伝える。
楽観的な視点でも悲観的な視点でもない、ただ事実、真実のみを見据え、伝える。
それが中途半端はしない男、一条薫の誠意だ。

「……よろしくお願いします」

本日二度目となる懇願、だが二度目の言葉は感情のこもっていない、形式的な台詞ではなく、プロデューサーの思いの丈の詰まった一言だった。

「さ、皆、そろそろ時間だから移動するよ」
「「「は~い!」」」

プロデューサーは瞬時に気持ちを切り替えると、アイドルたちに声をかけ、CGプロの面々は控え室から退出し、一条たちもその後ろに続き、途中で彼女らと別れる。

「刑事さん!私たちのライブ、楽しんでくださいね!」

ステージへ向かう道と観客席へ向かう道で別れる直前、アイドルを代表するようにして卯月が一条の方へ向き直り、一条にまた目映い笑顔を見せた。

「楽しみにしている」

たった一言、簡潔に、微笑んで一条は卯月に返した。
その言葉を受け、アイドルたちは纏う空気を変化させ、強い意思のこもった瞳を一条たちに一瞬だけ向けると、身を翻し「いってきます」の声と共にステージへの道を歩んで行った。

ステージの近く、関係者用の観客席にて一条は完全に空気に飲まれていた。
所属するアイドルこそ少ないものの、その人気は業界では無視出来ないものとなっている。
そのため、小さな会場を埋め尽くすほどの人の波を見て、一条は困惑していた。

「……この量の人々が、彼女らを見る目的に集まったのか……信じられんな」
「4年前の伽部凜の時はもっと多かったんですよ」
「……本当に信じられん」

ちらほらと見えるサイリウムの光を眺めながら、一条は僅かに眉間に皺を寄せた。

そして、その時は訪れる。
元から多少暗い室内が更に暗くなる。
それとは逆に、ステージの上に目映い光が降り注いだ。
その演出だけで、会場から歓声が上がった。

「……始まるのか」
「はい」

明るいステージに、ドレスのような衣装に身を包んだアイドルたちが登場した。

SAY☆いっぱい輝く
輝く星になれ
運命のドア 開けよう
今 未来だけ見上げて

一曲目は『Star!!』
中央にいるのは島村卯月。
その左右に本田未央と渋谷凛、三人揃ってニュージェネレーションズ。
ニュージェネレーションズの外側には龍崎薫と遊佐こずえ。
ステージの両端に片桐早苗と一ノ瀬志希。
事務所の全員揃って一つの歌を歌い上げている。
いや、ステージの上のアイドルたちだけではなく、観客も一体となってこの曲を作り上げている。
歌声と声援とサイリウムが作り上げるステージのエネルギーは、一条を完全に圧倒していた。

「……これが、アイドルか」

その言葉に含まれる感情は、感心。
観客たちと心を合わせ、会場を一つにまとめあげるその姿に、一条は素直に感心していた。

一曲目が終わると、準備時間を挟んでニュージェネレーションズが二曲目を歌いに登場する。
そして、三曲目、四曲目とアイドルたちが入れ替わり立ち替わりに歌を歌い、ステップを踏んでいく。
サイリウムこそ振らないものの、際限なく盛り上がる会場の熱気に、観客を魅了するアイドルたちの歌に、一条は釘付けだった。
ライブが終わりに近づく頃には、一条にも少しはアイドルを見に集まり、サイリウムを振る観客たちの気持ちが分かるような気がした。
ライブの最後の一曲、『M@GIC☆』が始まる。

「……杞憂だったか」

未確認生命体の登場を警戒していた一条が、ようやく少しその意識を緩めた瞬間に、事件は起こってしまった。

『やめて!』

突如として、ステージの上にいた卯月が叫んだ。
その顔は蒼白で、目は見開かれ、表情は険しい。
突然の大声に会場全体が止まる。
いち早く何が起こったのかを理解したのは一条と実加、そして観客に紛れた警官たち……そして、被害者たちだった。
観客席の中央付近から、悲鳴が発せられた。
一条たちからは離れた場所であったために確認することは不可能だったが、その場所は赤く染まった。
会場の視線が一点に集中する。
その中心にいたのは……人型をした獣。

黒き体毛をところどころ赤く染めた、熊を思わせる頭部を持つ、未確認生命体、その第50号がそこにいた。

「……!未確認周囲20mの者は第50号の制圧!それ以外の者は避難指示を急げ!」

コート内に持っていたトランシーバーを用いて一条は迅速に指示を出し、混乱の中を未確認生命体の方へ進む。

「キャアァァァ!」
「うわぁああああ!」

未確認生命体の姿の確認より一瞬遅れて、会場全体が悲鳴と混乱に包まれた。
我先にと会場の出口へと向かう観客たちは、お互いに邪魔し合い、警官たちの誘導も聞こえていない様子である。

「落ち着いて下さい!」

一条たちもその波に揉まれ、なかなか第50号に近づけないていた。

その間にも第50号は暴れまわり、運悪くその周囲にいた人たちはその血液によって床を染め上げていく。
近くに陣取っていた警官たちが駆けつけ、銃を構えるも、銃の射線上、第50号の向こう側には何の罪もない観客たちがおり、外した時のことを考慮し迂闊にトリガーは引けない。
そのため銃で威嚇するのみに止まるが、それで未確認生命体が大人しくした例はない。
第50号の周囲数mは銃を構えた警官たちと物言わぬ、黄色い脂肪と赤い肉、白い骨を覗かせる死体だけとなり、必然的に警官たちが次の獲物として狙われた。

「これで、九人目」

第50号が僅かに口を動かし、そう言った。
第50号は一人の警官の首を左腕で掴み、その腕の力だけで成人男性一人の身体を浮かせた。
一人の警官が確実に当たる距離まで近づいて外さないように腹に銃弾を発射するが、硬い皮膚に阻まれ弾丸はひしゃげ、第50号に傷つけることなく地面に落ちた。
警官に支給されているニューナンブでは威力が明らかに足りなかった。
だが、より威力の高い銃を持つことは原則禁止されており、未確認生命体関連だという確たる証拠を提示出来なかったために、未確認生命体の肉体を破壊出来る特殊弾丸、神経断裂弾、そして神経断裂弾を放つための特殊なライフルを所持しているのは一条薫、その人ただ一人であった。
第50号の左腕で吊り上げられた警官がもがくのも気にせず、第50号は鋭い爪を備えた右腕を引いた。

未確認生命体に対抗出来る一条は人の波に揉まれて近づくことが出来ない、絶望的な状況で……銃声が響いた。
それを撃ったのは一条薫。
狙いは天井。

「伏せろ!」

銃声に驚き静寂が支配していたため、一条の周囲は声が良く届いた。
鋭い声での命令と銃声の恐怖によって自然と観客たちは身を低くした。
そのため、一瞬射線が開けた。
その隙を見逃さず、一条は銃声を響かせるために利用したニューナンブを放し、実加がアタッシュケースから取り出していた特殊なライフルを受け取り、構えた。
観客が身を低くしてからの時間は1秒もない。
常人であればその人の波の向こうにいる第50号の姿を確認することすら難しい。
ましてや、銃弾を当てるなんて言わずもがな。
外したら無関係の人物を殺しかねない。
だというのに、一条薫は引き金を引いた。
その眼光は猛禽類のように鋭い。
外すことは考えず、だが焦らず、全神経を集中させて神経断裂弾が放たれる。

姿勢を低くした観客の頭上を通り、頭の横を通り抜け、吸い込まれるように弾丸は第50号の左腕に命中した。

「グアァァァァ!?」

内部から弾丸の爆発により破壊される痛みにより第50号が叫び、警官を放した。
一条はそれに満足せず、二発目の狙いを定める。
狙いは頭部。
第50号の息の根を止めるつもりで……命を奪う覚悟を決める。

そして、引き金を……

『……刑事さん?』

……会場に備え付けられたスピーカーから、脅えた声が発せられた。
その声色に、ほんの一瞬、一条の気が乱れた。
放たれた二発目の神経断裂弾は針の穴を通すような精度で再び観客の間を通り抜ける。
だが、頭部を狙っていた弾丸はほんの僅かにズレ、第50号の左肩の根元に着弾した。

「ウガァァァァ!」

激痛に第50号が呻いた。
そして、第50号は周りの警官を振り払って走り去る。
逃げ惑う観客たちを薙ぎ倒し、道を掻き分け会場の出口に向けて走る。

それを逃がすまいと射線が通る場所を探し一条は観客を掻き分ける。
銃の射程距離内から第50号が外れるギリギリで、一条は第50号の背中を狙える場所に陣取ることが出来た。
チャンスはあと一発。
本部はこの件で未確認生命体が出現する可能性は低いと考えていたため、神経断裂弾を支給したのは一条薫のみ、しかも神経断裂弾の弾数は僅か三発のみ。
もう既に二発使用し、残っているのは一発のみ。
外すわけにはいかない。
外すつもりもない。
やれることを全てやり尽くしたなら必ず中る。
中途半端は決してしない、やれることは全てやる、だから中る。
完全に狙いをつけ、引き金を引いたとしても1mmもブレないように身体全体で支える。
狙いは首の後ろ、脳幹。

その一点を狙い、一条薫は最後の弾丸をライフルに装填するため、コートの内側に手を入れた。

「……何っ!?」

第50号の頭部に弾丸が命中することはなかった。
いや、それ以前に、弾丸は発射されなかった。
一条は何が起こったのか理解出来なかった。
会場に来る前に神経断裂弾が二発、ライフルに装填されているのは確認していた。
そして、万が一の理由でライフルが他の者の手に渡ってしまうようなことがあった時、強力な威力を持つ神経断裂弾を全てその者に使われぬようにコートの中に残りの一発を忍び込ませていたのも今朝確認した。
ならば何故だ?
何故、ポケットの中を探った手は空を切ったのか?
疑問を抱いても答えは出てこない。

そして、一発のチャンスを逃したせいで第50号は人を掻き分け逃げ出してしまった。

「…………逃したか」

肩の力を抜きつつ、内ポケットを確認する。
そこには……何も無かった。
勿論、穴が空いている訳もない。
万が一にもポケットで暴発しないようにされている弾丸ケースも存在しなかった。
だが、今朝確認した際には確かに『一発』あったはずなのだ。
なのに、その一発がそれを入れていたケースもろとも無くなっている。
その謎を考えつつ事態収束のために辺りを見回そうとした時……目が合った。

脅えた目、普段の元気に満ち溢れた目とは違う目、幼い、龍崎薫の目。
ステージの上で、安全な場所に避難させようと年上のアイドルたちに引っ張られながら、脅えた目が、一条薫を見つめていた。
17年前にも見たことのある、17年前の夏目実加が演奏会での事件の時に一条に向けた目。
未確認生命体ではなく、一条のことを恐れる目。
それを、龍崎薫が一条薫に向けている。
まだ幼い薫にとっては未確認生命体によって人が殺されるということは例えようがないほどにショッキングな出来事である。
だが、それ以上に彼女は、一条の豹変に脅えていた。
未確認生命体に向けて、無慈悲に銃の引き金を引いた一条に戸惑い、思わず声をかけた、そして、薫の方を向いた一条の表情は……
少し前まで、控え室で楽しく談笑していた一条とは全く違う、冷たい表情、人を殺す覚悟をした表情。
数秒前まで第50号を仕留める気でいた一条は、その表情を上手く崩すことの出来ぬまま、ステージを、龍崎薫を見てしまった。

『ひっ!』

衣装についたマイクを通して、龍崎薫の短い悲鳴が響いた。
それが、一条薫の胸に静かに、そして深く突き刺さった。

一条が第50号に銃口を向けている間、実加は手早く避難指示をしつつ、警察本部への状況説明と応援要請を済ませていた。
そのため、事件発生から三十分もしない内に事態は収束し、第50号のいなくなった会場では観客たちと、観客たちへ事情聴取をする警察で溢れかえった。

「やっぱりこうなっちまったか」
「杉田さん」

ステージ端でその光景を見る一条の隣に、一条にCGプロのことを教えた杉田守道が立っていた。

「予想していたとはいえ、こうなって欲しくなかったんだがなぁ」
「……そうですね。
ですが、未確認が出てしまったことはもう覆せません。
我々は、これからすべきことをするしか他に道はないんです」
「……そうだな、んじゃ、俺は調査に戻るが、お前はどうするんだ?」
「CGプロのアイドルたちに事情を聞きに行きます。
今は夏目くんが彼女らのことを落ち着けているところでして、それが一段落つきましたら私も合流して話を伺うことになっています」
「何だ?何でお前はダメなんだ?」
「その……色々とありまして」

一条の銃撃は、アイドル全員が目撃している。
つまり、龍崎薫のみならず、アイドル全員が少なからずショックを受けているのだ。
それを、同じような経験のある実加が慰めなければ、前と同じようにアイドルたちが一条と接することは難しいのである。

「?……そうか、ま、頑張れよ」

そう残して杉田は調査に戻って行った。
それから実加から何かしらの連絡があるまでの間、一条は弾丸の謎について思案することにした。
確かに今朝、神経断裂弾の確認はしていた。
その時は間違いなく『三発』銃弾はあったはずだ。
だが、内ポケットには弾丸はなかった。
銃を撃った現場を軽く探したが、残りの一発は見つからなかった。
今日の朝から銃弾を撃つまでの間で、弾丸が失われる可能性があるのは……

『脱げー!』
『脱げ~……』

一条の脳裏に、控え室での一幕がよぎった。
あの時、コートに触れたのは……本田未央、龍崎薫、遊佐こずえ、そして……

『すいません、刑事さん』
『その時の困惑のスメル、志希ちゃんも嗅ぎたかったな~』

島村卯月と一ノ瀬志希。
彼女らなら、相当なテクニックを必要とするが、弾丸を抜き取ることは不可能ではない。

「……いや、無いだろう」

技術があったところで、やる意味がない。
彼女らは未確認生命体ではないことは今回のライブでほぼ証明されたと言っていい。
経歴におかしな点はなく、ライブ中に、『観客席から』第50号が姿を現したのだ。
ならば彼女らは未確認生命体では……?
一条の中で、あることが引っ掛かった。

何故、あの未確認生命体は……人を殺した?

そう、それ自体は未確認生命体としてはありふれたこと……だが、今回は事情が違う。
今回の未確認生命体は、人を眠らせる力を持つ者のはずだ。
ならば、殺さず、眠らせるはずだ。
眠らせないにしても、眠らせた人を遠隔で殺すのではないか?
だが、眠り病により眠っていた人たちが急死したという連絡は一切無い。
そして、警官たちから聞いた情報。

『これで、九人目』

あの未確認生命体は、そう『日本語』で言ったそうだ。
未確認生命体は、グロンギは、彼ら独自の特殊な言語で話す。
だが知能が高いために、日本語も学習し、日本語も話せる個体がいることは一条も知っている。
だが、誰に聞かせるでもない独り言のような言葉まで日本語で話すものだろうか?
一条の疑問は深まるばかりであった。

「一条さん!」
「おお、夏目くん」
「もう大丈夫です……が……」
「が?」
「薫ちゃんは……重症で、一条さんと直接顔を合わせることは、今は無理です……」
「……しょうがないだろう、兎に角、今は情報が必要だ。
ステージの上という他よりも辺りを見渡せる場所では何が見えたのか知りたい、特に、一番最初に未確認生命体を発見したと思われる卯月くんが見た物を」
「はい、ではこちら……」
「刑事さん!」

実加の言葉を遮るようにして、実加の後ろからプロデューサーが走って現れた。

「プロデューサーさん?どうかされましたか?」
「ハァ……ハァ……う、卯月が!」
「卯月くんが?」
「ハァ……いなくなりました!」
「何だって!?」

走ったために乱れた呼吸を整えながら、プロデューサーは焦りを隠さずに言った。

「どういうことですか!?」
「夏目さんの状況説明と軽いカウンセリングの後に、一息つけさせる意味も込めて衣装から着替えるように指示したんです。
そして、更衣室からみんなが出てきたんですが、卯月だけ出てくるのが遅くて……更衣室の中を確認したら、卯月がいなくなっていたんです!どうやら窓から出ていったみたいで!」
「何故そんなことを?」
「わかっていればここには来ませんよ!警察の方で卯月の姿を目撃してませんか?」
「少し待っていて下さい」

プロデューサーの言葉を聞き、一条はすぐさま会場の中、周囲を見張っている警官たちに連絡し、情報を募ったが、卯月を目撃したという情報はなかった。

「……すいません、こちらも誰も目撃していないようです」
「そうですか……」

大切なアイドルの安否がわからない不安からプロデューサーは頭を押さえてうずくまった。

『こちら追跡班!』

そんな時、一条のトランシーバーから連絡が入る。

『傷ついた第50号の血痕から追跡したところ!未確認の人間態らしき男を○○公園にて発見!事情聴取を試みるも未確認生命体の姿となり現在交戦中!至急応援求む!』
「なっ!?」
「急ぎましょう!一条さん!まだ神経断裂弾は届いていないんです!私たちが向かわないと!」
「そうだな!急ごう!」
『なっ!?何だ君は!?』
『攻撃をやめてください!』
「この声は!?」

トランシーバーからの音声が乱れ、女性の物と思われる、どこか聞き覚えのある声が割り込んで来る。
その声にプロデューサーが反応した。

「卯月!」
「なっ!それは本当ですか!?」
「プロデューサーとしてあの娘の声は直接でもテレビ越しにも聞き続けてます!間違えるはずがありません!今のは卯月の声です!」
「何故第50号のところに……今はここでとやかく言ってる場合ではないな、急ごう!」
「お、俺も!」
「プロデューサーさんはここに残っていて下さい!
誰が他の娘たちのことを見てやれるんですか!」
「うっ……卯月を……頼みます」
「任せてください!」

手短に話を済ませると、一条と実加は全速力で会場最寄りの公園へと急いだ。

全速力で五分未満のその公園から銃声が聞こえてくる。
公園に入り状況を確認する。
負傷し気絶している警官数名、未だに応戦している警官数名、その中心にいる未確認生命体第50号、そして……

「止めて下さい!何で警察のみなさんと争うんですか!」

第50号に必死に語りかける普段着の島村卯月がいた。

「何故お前がここにいる!島村卯月!」
「あ!刑事さん!」
「問答はいらん!今すぐ退避するんだ!」
「でも……」
「『でも』じゃない!」
「一条さん!みなさんが!」

実加に促されてもう一度第50号の方を向くと、応戦していた警官たちが負傷により全員戦闘不能な状態にされてしまっていた。

この場にいる動ける者は、一条薫、夏目実加、島村卯月……そして、左腕と左肩の付け根から血を流し、更についさっき警官の銃撃により右目を潰された未確認生命体第50号だけであった。

「逃げろ!」
「嫌です!」

第50号に向けてニューナンブを放つ一条の命令を無視し、卯月は退かなかった。
それどころか、一歩踏み出し、第50号に語りかけた。

「なんでこんな酷いことをするんですか!……お願いですから……話し合いましょう!」
「何を馬鹿なことを!」

卯月の努力むなしく、第50号にその言葉は届かないようで、第50号は右腕を上げ卯月に襲いかかり、一条は卯月を庇った。
だが、第50号の鋭い爪が一条に届くことはなかった。
第50号の右腕を、白い腕が止めていた。

「……ハァッ!」

気合いを込めて白い拳の戦士が正拳を第50号に放った。
一条らに背を向け、第50号と対面するのは、短い二本の角を持つ白い戦士、超古代の戦士クウガ、その未熟な姿であった。

「あれって……実加さん!?」

4年前、未確認生命体が再び復活した。
第零号と雄介が変身したクウガによって滅ぼされたはずの未確認生命体が何故まだ残っていたのか?
その疑問は、とある発見によって解明された。
第零号が封印されていた、長野県の九郎ヶ岳遺跡、その近くにもう一つ、同様の形式を持つ小さな遺跡が発見されたのだ。
そこには、三体の未確認生命体と、リントが作ったクウガのベルトの試作品が納められていた。
4年前の事件は、その遺跡から復活した三体の未確認生命体が起こしていた。
そして、本庁に務める前に長野県警に務めていた実加は、災害による地形隆起によって偶然表層が顕になったその遺跡から、試作品のクウガのベルトを回収していた。
そうしてクウガの力を得た実加は、一条らに隠れて三体の未確認生命体と戦ったのだ。
今でもその事実を知るのは、一条を含めて数人しかいない。

「邪魔だ!」

実加の正拳を受け、二、三歩のけぞった第50号であったが、あまり怯んだ様子もなく力任せに右腕を振り回した。

「ウグッ!?」

白いクウガは至近距離だったために右腕の薙ぎ払いを受け、地面に倒れた。
実加が使用する試作品のベルトには欠点があった。
感情に左右されやすく、負の感情に飲まれ、暴走しやすいのだ。
さらに、実加がそのベルトを扱うには精神力が足りなかった。
実加が変身出来るのは未熟な白い姿のみ、赤や青になることは出来ず、暴走か未熟な姿かの二択しか存在しない。
手負いとはいえ、グロンギとして完成されている第50号の方が白いクウガよりも力は強い。
勝機は五分と言ったところだろう。

実加はすぐに立ち上がると、再び第50号に向き直る。
その実加に第50号は右腕を振り下ろした。
その右腕を両手で受け止めた実加の顔面に第50号の左ストレートが決まった。

「かはっ!?」
「実加さん!」

左腕は神経断裂弾により破壊されていることから、左腕で攻撃されることはないと実加は完全に油断していた。
その隙をついた一撃だった。

事実、第50号の左腕のダメージは深刻であり、今のストレートも死力を振り絞った苦し紛れの一撃である。
だがそれが勝負を分けた。
実加の体勢は大きく崩れ、防御体勢へと移行するまで一、二秒。
一条の持つ銃は威力の弱いニューナンブ。
ニューナンブでもある程度のダメージを与えられる場所は左目をおいて他にない……が、その左目はかろうじて動く左腕で即座に守られている。
第50号が右腕を引く。
その爪に貫かれれば、白のクウガではひとたまりもあるまい。
万事休す。
この状況を表すならば、その言葉しかないだろう。

「やめてください!!」

第50号が右腕を始動させる直前、一人の影が実加と第50号の間に割り込んだ。
実加の前で両手を広げるのは島村卯月……何の力もない人間が、争いを止めんがために、無謀にも立ち塞がった。

「卯月くん!」

一条が第50号に制止のために銃弾を放つが、皮膚に阻まれ傷一つつけることなく弾丸は落ちた。

「死ね!」

恐ろしい威力を内包した抜き手が卯月に迫る。

「っ!」

圧倒的な死の予感からか、卯月は涙を流す目を閉じた。
第50号の右手は卯月の身体を貫通し、卯月の身体と第50号の右腕を赤く染め上げる……

「…………?」

……ことはなかった。
一条が見たのは、卯月の腹部まで後数cmのところで右腕を静止させた未確認生命体第50号の姿だった。

「うぐ……痛い……痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!?」

静止から数秒、突如として第50号は自らの頭を押さえて苦しみだした。
理由は不明、だが好機には違いない。

「夏目くん!今だ!」
「はい!」

体勢を立て直した実加が第50号に向けて走る。

それは攻撃へ繋げるための助走。
第50号へと一歩、また一歩と歩を進める度に白い戦士の右脚に力が集まって行く。
そして、助走の勢いそのままに大きく跳び上がり、右脚を前に出し力を込める。

「オリャァァ!」
「グウウッ!?」

第50号の胸に放たれた跳び蹴り。
その命中地点には古代文字が浮かび上がった。
それはクウガから放たれた封印エネルギー。
古代文字は腹部の装飾へと亀裂のように広がって行く。
17年前、雄介はこうして封印エネルギーを送り込み、それが未確認生命体の腹部のベルトのエネルギーと反応し、内部から爆発を起こさせて未確認生命体を倒して来たのである。

今回もその例に漏れずに、第50号は苦しげな嗚咽を漏らしながら爆発……しなかった。

「!?……これは……どういうことだ?」

一条の困惑の声が飛ぶ。
そもそも、一条含め人間たちは何故未確認生命体が爆発するのか、クウガが放つエネルギーが何なのかを知らなかった。
本来ならばグロンギを封印するのがクウガなのだが、雄介が上手くクウガの封印の力を使いこなせなかったこと、そして、グロンギはゲゲルの際に自分のベルトに細工を施され、タイムオーバーすると爆発するように仕込まれていたことが災いした。
そのため、一条は攻撃を受け爆発、もしくは死亡し潰れる未確認生命体の姿は見たことはあるものの、この姿を見るのは初めてだった。
第50号は……彫像のように完全に固まってしまったのだ。

「……死んだ……のか?」

全く動かない第50号を一条は注意深く探った。
そして、動く様子が無いことを確認すると、銃を下ろして大きく息を吐いた。
確信はないものの、危険はないことを半ば本能的に理解した。

「理由はわからんが、もう危険は無いようだ。
……卯月くん」
「は……はい!」
「後で詳しく話を聞かせてもらう。
……それと、夏目くんのことは内密に頼む」
「はい……」

卯月に手短に要件を話すと次に一条は実加の方を向いた。
すでに実加は変身をといていた。

「夏目くん、無事か?」
「ええ、なんとか……でも、一体何が……」
「…………今ここで考えても答えは出ないだろう。
考えるのは後にして、今は事態の収束を優先させる。
負傷した警官並びに卯月くんと第50号を移送させなければ」
「はい!すぐに……応援を…………」
「……夏目くん?」

急に実加の声が弱々しくなった。

トランシーバーで状況説明と応援要請をしようと実加から一瞬目を離していた一条が実加に視線を戻す。
そこに、実加の姿はなかった。
かすかに聞こえた音を頼りに視線を下に向けると、そこでは実加が散った桜の花びらの絨毯の上に倒れ伏していた。

「夏目くん!」
「実加さん!」

2017年、三度(みたび)姿を現した未確認生命体、その第50号は、数多の謎を残して活動を停止した。
……第二のクウガ、夏目実加と共に。

これで三章終了です、一旦落ちます

再開します

あ、コメント来てる!
ありがとうございます!

第四章「究明」

「……夏目くん」

一条は、護送車の中で眠ったままの実加に話しかけた。
確証はないものの、実加は例の眠り病であることは誰の目にも明らかだった。
護送車は四台、二台で負傷した警官たち、一台で実加と卯月、残りの一台で活動を停止した第50号を運んでいる。

「……あの、それって、眠り病……ですよね?」

険しい顔をする一条に、卯月が話しかけた。

「おそらくは、な……だが、これで更にわからなくなった……」
「何がですか?」
「……こちらの話だ」

第50号を倒せば、眠り病の患者は目覚める……そう思ってきた。
だが、眠り病患者は誰一人として目覚めないどころか、実加が新たに眠り病を発症してしまった。
そして、卯月を前にして急に苦しみだした第50号。
一条の中では、一つの結論が芽生えていた。

「……だとしたら……いや、まさかな」

一条は隣に座る卯月に視線を向け、すぐに首を振る。

「島村卯月」
「は、はい!」
「……後でまた訊かれるだろうが、この場で簡単に聞いておこう。
ステージの上で真っ先に声を上げたのは君だ、一体何を見た?」
「それは……あの人が、あの姿に変わる瞬間です。
ステージって、結構細かく、色んなものが見えるんです。
お客さんはほとんどサイリウムを振ってくださるんですけど、その光の波が、あの人のところでポッカリ空いてて、それで少し気になってたんです。
そしたら、新しい皮膚が身体の中から盛り上がるみたいに、出て来て、あの姿に変わったんです。
それでも凄く驚いたのに、あの人が腕を振り回して……それで、私……」
「声を上げた、と」
「はい……」
「それからのことはもういい。
あと訊きたいことは一つ。
何故あの未確認生命体を追った?」
「それは……知りたかったんです……どうして人を傷つけるのか……」
「……『どうして』だと?」
「はい……同じ人間なのに……何であんな酷いことが出来るのかなって……どうにか、説得とか、出来ないかな?って、そう思ったんです」
「…………君は知らないのかもしれないが、アイツらは、『同じ人間』ではない、別の生物だ」
「……私にはそうは思えません。
……いえ、そう思いたくありません」
「……そう思うのは君の勝手だが、命を危険に晒す真似は止めてくれ」
「…………はい、すいませんでした」

卯月は自分の思いを否定され、項垂れた。

そのまま、沈黙が流れて数秒後、異変は起こった。
護送車が突如急停止したのだ。
それに驚き、一条は護送車を運転している警官に声をかけた。

「っ!?どうした?」
「あの……女性が急に飛び出して来たんです」
「女性?」

促され一条はフロントガラスから前方を確認した。
そこにいたのは……

「っ!?あれはっ!」

その姿を視認した瞬間、一条は護送車の外へと飛び出した。

「刑事さん!?」

卯月がそれに驚き声を上げた。
だが一条はそれもお構い無しにコートの内側から、応援部隊により運ばれてきた追加の神経断裂弾を何発か取りだし、ライフルに装填すると女性に銃口を向けた。

「キサマ!一体何をしに来た!」

その声に、女性がゆっくりと一条の方を向く。
その額には……白い薔薇のタトゥがあった。

薔薇のタトゥの女、B1号は一条を確認するとゆっくりと微笑んだ。

「安心しろ、お前たちと争う気はない。
私は……失敗作を破壊しに来た」
「……失敗作?」
「そうだ」

短く一条の声に応えると、薔薇のタトゥの女は右手を護送車のうちの1台に向けた。
次の瞬間、薔薇のタトゥの女の右腕が変質し植物の蔓のような触手が伸びた。

「っ!?」

不穏な気配を感じた一条は躊躇せずにライフルの引き金を引いた。
だが、その弾丸は薔薇のタトゥの女の蔓に器用に絡め取られ、薔薇のタトゥの女に届く前にその勢いを無くし、受け止められた。

その後も、二発、三発と銃弾を放つが、薔薇のタトゥの女に届く前に全て受け止められる。

「無駄だ」

一条が放つ弾丸を受け止めつつも、薔薇のタトゥの女はその蔓で護送車の壁を突き破り、その中から未確認生命体第50号を引き摺り出し、第50号の身体に蔓を絡めて行く。

「仲間の救出に来たのか!?」
「言っただろう?……失敗作を破壊するために来たのだと」
「破壊……まさか!」

蔓が第50号の身体にきつく巻き付き、ギリギリと、特に腹部を締め上げる。
そのまま、あっという間に第50号の身体はいくつかの部分に引きちぎられた。

「キャァアア!?」

その残酷な光景を見て、一条を追って護送車を降りていたらしい卯月が悲鳴を上げた。

「……用は終わった」
「……一つだけ、答えてくれ。
今回のプレイヤーは……何人いる?」
「二人……いや、もう一人だけか。
いや、もしかしたら、プレイヤーとも呼べぬのかもしれないな」
「プレイヤー……ではない?」
「今回のゲゲルはジュジュドシガスだ、ゲゲルとは呼べん。
……だが、もう一人は……成功だ。
奴ならすぐにでもゲゲルのプレイヤーになれるだろう……何万というリントの屍の上でな」
「そんなことはさせん!」
「ふっ……見届けさせてもらうぞ、キサマの足掻きをな」

そう残して、薔薇のタトゥの女は何処からともなく薔薇の花びらを巻き上げた。
そして、視界が晴れた時には既に薔薇のタトゥの女の姿は何処にもなかった。
だが、一条には微かに見えた。
薔薇のタトゥの女は、姿を消す直前に一条の方を向いて妖しく微笑んでいた。

薔薇のタトゥの女の出現から数日、一条は警視庁本部に設置された未確認生命体対策本部にて、部下の報告に頭を抱えていた。

「……空白の期間も何もかも、ない……だと?」
「はい、ライブチケットより身元を特定しましたが、未確認生命体第50号、熊谷 和樹(くまがい かずき)には性格が急変した時期も、空白の期間も存在しませんでした」
「そんなはずは……未確認生命体が人間社会に紛れるためには、誰かと入れ替わるか、存在しない人間をでっちあげるしかないんだぞ?」

4年前、人間社会に紛れるために未確認生命体たちは、山野愛美という女子高生と入れ替わり、伽部凜となり、もう一体の未確認生命体は記憶喪失を装って人間社会に溶け込んだ。
このように、未確認生命体が人間を装うと、その人間には空白の期間が生まれるはずなのだ。

だが、いくら調査しても、未確認生命体第50号であった熊谷和樹という人間には、空白の期間が存在しなかった。

「はい……ですが、親族や近隣住民にいくら聞き込みをしても、そのような期間は全く……」
「そんな馬鹿な……」

空白の期間、その前後の人間関係や行動から、もう一体の未確認生命体を炙り出そうと考えていた一条はさっそく壁にぶつかった。
そのもう一人の未確認生命体が眠り病の真の犯人であり、一番の難敵であるというのに、折角掴んだその尻尾がするりと一条の手から滑り抜けて行ったように感じた。

「しかし、空白の時期こそないものの、この熊谷ってやつは……最初からおかしかったみてぇだな」
「杉田さん!」

資料をパラパラと捲りながら、杉田が呆れたように部屋に入って来た。

「熊谷和樹33歳、小学生の頃から問題行動を繰り返す、いわゆるサイコパス……普段の言動からその危険性が垣間見られるためか、就職は出来ずフリーター。
周囲の人間との問題も絶えず、危険視されていた……最初からコイツは未確認だったんじゃねぇのか?」
「いえ、子供の未確認生命体がいると仮定しても、熊谷が子供の頃に未確認生命体と入れ替われるような状況はありませんし、17年前から彼は既に問題児でした」
「マジか……何か別のアプローチが必要ってことかぁ」

杉田は資料をテーブルの上に放ると、椅子にドカッと腰を沈めた。

「お、そうだ一条、榎田さんから連絡があった。
眠り病の原因をある程度発見し、対策がとれるようになったらしい」
「本当ですか!?」
「俺はそう聞いている、詳しくは科警研に行きゃわかるはずだ、行ってこい」
「はい、失礼します」

一条はペコリと一礼すると、足早に未確認生命体対策本部から出て、科警研へ急いだ。
一つの道に大きな壁が立ちはだかったところで、そこで立ち止まってはいられない。
少しでも前に進むために、一条は奔走していた。

科学警察研究所、科警研に赴いた一条を待っていたのは、長い黒髪を後ろで一つに束ね、ガスマスクを着けた怪しげな白衣の女性だった。

「あ!待ってたよ~一条くん!」

ガスマスクを着けた女性がくぐもった声で一条を呼んだ。

「榎田さん、なんですかそのマスクは?」

彼女こそ、科警研の要、榎田ひかり。
17年前、クウガと一条に未確認生命体と争うための数々の武器を開発し、与え、未確認生命体の身体構造やその攻撃の謎を解明した頼りになる女性である。
ちなみに、普段からガスマスクを着けているわけではない。

「例の眠り病の原因になってた化合物、あれガス状でライブ会場に散布されてたみたいなのよ!」
「あぁ、それでガスマスクを……ガスマスクを?
ここで着ける必要はあるんですか?」
「ううん、無い」

あっけらかんと榎田は言ってのけた。

……やはりこの人と一ノ瀬志希はどことなく似ているな。
雰囲気というか、ノリのようなものが。

「そ、そうですか……」
「一条くんの部隊の人にお願いして、警備の片手間に会場内の大気サンプルを回収してもらったのよ。
そうしたら、未知の化合物がステージに近くなるほど多く発見されてね。
その化合物を詳しく解析した結果、人体、もしくはそれに近い環境で別の化合物に変化することがわかったの」
「その変化した化合物が、眠り病を……」
「そ、経口、もしくは鼻から入った化合物は、その構造を変化させ対象者の脳内に移動、その後、脳漿にて潜伏……更に、これには後二段階ありそうなのよ」
「二段階?……これに追加して、ですか?」
「そ、脳漿に多少含まれている段階では何の効果もないんだけど、その物質は脳漿内で少しずつ分裂してその数を増やしていって、脳漿に対する化合物の割合がある一定量を越えると化合物が再び変化して、それが人を眠らせてしまう性質を有しているみたいなのよ」
「それが、椿が発見した……」
「そう、化合物を人体と同じ環境に置いて変化させた時、椿くんに貰った化合物とは組成が異なっててね、変だな~?って思ったから少しアプローチを変えてみたら発見出来たのよ……ただし、何故この段階を挟むのかは不明。
そして、最後の段階なんだけど……これは完全に推測」
「推測……ですか?」
「椿くんから第50号の脳漿からまた別の化合物が出てきたって情報が来てね、サンプルの解析はまだ終わってないから確定したわけじゃないんだけど、一条くんからの情報も会わせると、それが最後の段階だと思う」
「最後の……段階」
「うん、4年前の、第49号の事件のリオネル、覚えてる?」
「……忘れるはずがないですよ」

4年前、第49号は記憶喪失を装い、郷原忠幸という政治家として人間社会に紛れ込んだ。
そして、リオネルという商品を売り出した。
疲労が取れ、中毒性が無く、笑顔になれるというその飲料は瞬く間に日本中で人気となった。
だが、そのリオネルに含まれる、ある化合物は第49号の能力によるものであり、体内に侵入後脳内に止まり第49号の意思一つでその化合物はその組成を変え、人を狂わせるという恐ろしいものであった。

「あれは量子もつれを用いて飲んだ人を狂わせていたわけだけど、たぶん今回のも同じパターンだと思うの」

量子もつれとは、一度関連付けられた二つの量子は、片方が外からの力や自然変化によりその性質を変化させると、もう片方には力が加わっていないのにも関わらず同様の変化を見せるという現象のことである。
第49号は、リオネルを飲んだ者の脳に潜伏する化合物を、第49号自身が持つ化合物の量子を変化させることにより量子もつれを起こして変化させていたのだ。

「ほら、一条くんの報告だと、急に第50号が苦しみだしたそうじゃない?それと合わせて考えると、どうやら第50号はもう一体の未確認生命体に量子もつれを用いて攻撃されたんじゃないかな?って」
「なるほど……しかし、何故仲間を……」
「それはもう一体の未確認に聞かないとね~。
……あ~、疲れた!」

榎田が身体を伸ばすと、ボキボキと凄まじい音がした。

「また徹夜ですか?」
「うんにゃ、五十越えるともう徹夜は無理だね~。
椅子に座って仮眠を何回か……だからもう身体じゅうバッキバキよ」

依然としてガスマスクを着けたままの白衣の女性が柔軟体操をする図というのはシュールなもので、一条にはかける言葉が見つからず、「は、はぁ……」と力の無い相槌を打つので精一杯だった。

一通り関節を伸ばし終えると、ようやく榎田はガスマスクを外した。

「ふぅ、んじゃ、これ、はい」
「えっ?」

唐突にそのガスマスクを手渡され、一条は呆気にとられた。

「まだ意味あるかどうかはわからないけど、これ着けとけば眠り病の原因の化合物の侵入は防げるはず。
それと、屋外だとちょっとの風にでも飛ばされて化合物は飛んじゃうからほぼ無害。
今日は何にも受け取らない日だろうけど、これはホント必要かもだから貰っといて……それと言葉ぐらいは受け取って、ハッピーバースデイ、これでまた一歩オジサンになったね」

未確認生命体が三度現れたという情報が発信されてから約三週間、この日、4月18日は一条薫の誕生日であった。

「その……ありがとう……ございます」

一条の誕生日、それは一条の父親の命日である。
一条の父は家族を大切にする人間であった。
その日も、仕事から帰って来たら一条に野球のネット裏の席のチケットをプレゼントするつもりで父は仕事へ向かい……殉職した。
それ以来、一条は誕生日にプレゼントを一切受け取らなくなった。
だが、このガスマスクは受け取らなければいざという時に困るので、誕生日プレゼントではないと自身に無理矢理納得させて受け取った。
その一条の表情は複雑なものだった。

「よし……んじゃ、椿くんから送られて来た化合物の解析終わるまで私は寝るわ。
もう眠くて眠くて……」
「最後に、一つ訊ねてもよろしいでしょうか?」
「ん?いいよ、何かな?」
「そのーー」

科警研を後にした一条は、椿に呼び出しを受け、関東医大病院に赴いていた。

「椿、何か掴んだのか?」
「あぁ……嫌な真実をな」
「嫌な真実?」
「熊谷和樹のレントゲンを撮った。
それがこれだ」

そう言って椿はレントゲン写真を指し示す。
何枚ものレントゲンが、パズルのように切られ、人型に重ねられていた。

「何だこのレントゲンは?」
「バラバラだったんだからしょうがねぇだろ。
んで、これ見て何か気づかないか?」
「何か?」

椿に促され、一条はレントゲン写真を注視した。

腹部に穴のような物が空いており、そこから白く神経が伸びて全身に絡んでいた。
一条には、それに見覚えがあるような気がして、必死に記憶を手繰り寄せた。

「……!五代!」
「その通りだ」

五代雄介、クウガのレントゲン写真と、今椿が見せているレントゲン写真は良く似ていた。

「違うのは腹部にアマダムが無いことぐらいだが、これは恐らくバラバラにされた時にB1号が回収したんだと思う」
「だが、これがどうかしたのか?クウガと未確認生命体のレントゲン写真が似ているということか?」
「いや、お前は見たことがないだろうから知らないだろうが、未確認のレントゲンは、こうはならない」
「……なに?」
「未確認は神経が完全に身体の一部になっているため、中央のアマダムから神経が伸びているようには映らない。
確かに、アマダムに神経が集中するものの、末端まで太く神経が行き渡るはずなんだ。
だが、第50号の手先などの末端に届いている神経は細い、つまり、こいつは普通の未確認じゃない」
「普通の未確認生命体じゃない!?
それなら、一体何だと……」
「お前は、このレントゲンが誰のに似てると言った?」
「……まさか!」
「そ、こいつは……熊谷和樹は……人間だ……いや、人間だった、が正しいかもな」

「…………馬鹿な」
「恐らく、五代と同じように腹部にアマダム……いや、未確認になる、クウガでいうアマダムに対応する何かを埋め込まれたんだろう。
そして、自分の意志で、未確認生命体になることを選んだ」
「自分の意志だという根拠は?」
「クウガは五代の意志に応えて力を与えた。
なら、推測でしかないが、向こうも同じなんだろう。
警察の報告書によると、熊谷和樹という人物は元から人間を嫌っていた様だしな、だから未確認の道を選択したのだと頷ける。
爆発せずに固まったのも、完全な未確認生命体ではなく、未確認生命体への変化の途中だったから……かもしれん」
「……人間は、遂に……未確認生命体と同じになってしまったのか……」

それは、一条が危惧していたことであった。
人間は、殺戮をゲームとして楽しむ未確認生命体とは違う。
一条はそう信じて、それを信じるために警察という職から人間を見続けて来た。
その一条に突きつけられたのは、人間は未確認生命体と変わらないという事実だった。


「……蝶野潤一」
「……?」
「覚えてるか?一条、蝶野潤一を」
「蝶野……潤一?」

一条はその名前を頼りに記憶の海の中を検索する。
最初に脳裏に浮上してきたのは、首に施された刺青だった。
その一欠片が見つかると、芋づる式に次々と記憶から蝶野潤一という人間に対しての情報がサルベージされて行った。
17年前、未確認生命体を捕らえたという一報が入った。
その男は第23号の殺しの現場の近くに居合わせ、未確認生命体の人間態の特徴とされるタトゥが首に施されていたことから第23号ではないかと疑われ、疑われた本人もそれを否定しなかったために警察に連行された。
後に、その男は未確認生命体ではなく只の人間であることが判明する。
その男こそが蝶野潤一であった。
蝶野が只の人間であることと共に、蝶野は病気であることも判明した。
蝶野はその病気から自暴自棄になっており、その経緯から未確認生命体という圧倒的な力に憧れ、首にタトゥを入れた、未確認生命体の信者だった。
だがしかし、椿に第23号に殺された遺体を見せられ、死というものと向き合わせられ、更に第23号に命を狙われ、クウガ、五代雄介に助けられたことで改心した。

「ああ、思い出した……」
「あいつもさ、馬鹿だったよな。
未確認生命体に憧れて、未確認生命体に成りたいってさ……
でもよ、自分の思いが間違ってたことに気づけたじゃねぇか」
「……そうだな」
「実はな……蝶野は7年前に病気が悪化して死んじまった……この病院でな」
「…………そうか」
「だが、アイツは最期まで人間として生きて……死んだ……人間として生きれたことを誇りに思ってな。
この熊谷和樹って男は手遅れだったが、蝶野みたいに、周りの人間が導いてやれば人は道を踏み外さない……俺は、そう思う。
だから、へこたれてる時間はねぇぞ!
熊谷和樹みたいな人間をもう出さないために、もう一体の未確認生命体とB1号を止めなきゃいけねぇだろ!しっかりしろ!一条!」
「……ふっ、お前にそんなことを言われるとはな……
ああ、落ち込むのは後だ、人間が未確認生命体になるなら、空白の時期は必要ない、日本語しか話さなかったことにも説明がつく……捜査をまたやり直さなければ……いけない……な……」
「……?……どうした?」
「いや……何でもない」

一条の中で、一つのビジョンが明確になって行く。

そんな中で、椿は思い出したように「あ、そうだ!」と声を出した。

「一条、この前ポレポレに行ったんだが、お前宛てに手荷物を渡されてな……あ、いや……今日は無理か?」
「手荷物の内容にも依るだろう。
俺はさっき榎田さんにガスマスクを持たされたよ」
「ガスマスクゥ!?」
「眠り病の原因のガス対策でな」
「はぁ……ま、俺も中身は見てないが、多分そんな有用な物ではないだろ、ほいコレ」

椿は小さな包みを投げて一条に渡した。

「おっと」
「手紙が着いてたが、そっちも俺は読んでない……なんか面白いことが書いてたら教えろよな」
「わかった」

一条は包みを開ける前に、その手紙を確認することにした。

一条は包みを開ける前に、その手紙を確認することにした。
封を切り、二つ折りされた手紙を取り出し、広げる。
その内容に目を走らせると、一条は首を傾げた。
その手紙に書かれていた内容は、至極簡単なものだった。

『最高の舞台への招待状です、受け取ってください。
PS.必要無くなったので、お返しします』

明らかに、おやっさんやみのり、雄之介の字ではないそれに書かれていた文の意味を理解出来ずに、とりあえず一条は包みを開くことにした。
そこには……

「っ!?」

一枚のアイドルのライブへのチケット、そして……『一発の銃弾』が入っていた。

銃弾の後部に書かれている文字から、いや、その前になんとなく理解出来た、それは、『神経断裂弾』だった。
それを認めた瞬間、すぐさま一条はポレポレへ電話を繋げた。

「お、おい一条、どうした?」
「……留守電!
……椿!おやっさんかみのりさんの連絡先を知らないか!?」
「はぁ?何だよいきなり……みのりちゃんの番号が確かスマホに……」
「早く繋いでくれ!」

一条の真剣な表情から、長い付き合いの椿は一刻を争う事態なのだと理解した。

「っ!後で説明しろよ、ホレ」
「すまない!」

椿のスマホを受け取りながら、駐車場へ急いだ。

その途中に電話が繋がり、スマホの向こうは騒がしかったが、確かにみのりの声が聞こえて来た。

『椿さん?どうかしたんですか?』
「一条です」
『あ、一条さん!贈り物、届きましたか?
ライブ、今日なんですけど……来てます?』
「今日だって!?」

慌ててチケットを良く見ると、公演日は4月18日となっていた。

『はい!いくつかの事務所のアイドルたちによる合同ライブらしいんですが、卯月ちゃんたちのところの事務所がシークレットゲストとして参加するらしくて!チケットをプレゼントしてくれたんですよ!
もちろん、一条さんにも』
「いいですか!今すぐそこから……」
『あ!すいません!もうすぐ次の娘たちのライブ始まるので切りますね、それでは』
「みのりさん!……みのりさん!……マズい!」

駐車場に着いた一条は、愛車に乗り込むとパトランプを着けて急いで今日のライブの会場へと向かった。

その間に、今までの情報を全て整理する。
一条は何度も思い付いては否定してきた答えに、またたどり着いた。

眠り病が広まった原因と思われる、事務所が社運を賭けて挑んだライブツアー、その全てに参加したアイドルは、稼ぎ頭のニュージェネレーションズの三人のみ。
眠り病の騒ぎの中心にあったCGプロ、そのアイドルたちが容疑者から外れた理由は、空白の時期の有無。
だが、椿からの情報から、今回の未確認生命体は、人間が未確認生命体へ変質した者であることが発覚した。
これならば空白の時期の有無は未確認生命体ではない証明にはならない。
つまり、彼女らも容疑者となる。

途中からポツポツと小雨が降り出した中、警察という立場でも許されないような速度で道路を疾走したことにより、かなり早くライブ会場が見えてきた。

そして、消えた神経断裂弾。
ついさっきのプレゼントから、神経断裂弾は盗まれていたということになる。
ならば、全員にその技術があると仮定して、盗めたのは……本田未央、龍崎薫、遊佐こずえ、島村卯月、一ノ瀬志希。

とはいえ、1時間は経過しており、CGプロはシークレットゲストとはいえ、ライブが始まるまでは秘密というだけで、CGプロが出るタイミングは特段遅くはない。
つまり、もう時間はない。

さらに、第50号の不自然な苦痛と実加の眠り病。
榎田ひかりに訊ねたのは……

『その、相手を選んで量子もつれを起こす場合、相手を見なくても可能なのでしょうか?』
『範囲によるかな、周囲何mの~、とかなら見なくても大丈夫だろうけど、個人レベルでこの人とこの人を~とかなら目視したり何だりで、個人を特定しないといけないだろうね』

つまり、公園でのあの時、第50号を狙うにはその姿を見ていなければいけない。

乱暴に車を会場前に止めると、ガスマスクを片手に持ち、会場入り口の警備員とスタッフに警察手帳を見せ、その確認をさせる時間もなく無理やりに近い形で会場に潜り込む。
警備員が追って来ることも気にせずにガスマスクを装着し、重い防音扉を力任せに開いた。

そして、眠り病のガスは屋外ではほぼ無害。
その状態で実加を眠り病にするには、かなり近距離まで近づいてなければいけない。

扉を開けた瞬間、会場内の熱気が一条を襲った。
その熱気に少し怯むと、その隙に会場の警備員に追い付かれる……が、警備員は一条に触れることなく倒れた。
確認するまでもなく、眠り病だ。

もし、薔薇のタトゥの女が消える直前に見せた微笑みが、一条に対する嘲笑でなかったとしたら……
一条の後ろへいた人物への、期待の笑みだったとしたら?
導き出される人物はたった一人……

会場内の観客たちは、一人残らず眠っていた。
そして、ステージの上には五つの影。
その中で倒れているのは四つ。
渋谷凛、本田未央、一ノ瀬志希、遊佐こずえ。
そして……ステージの上でたった一人、マイクを片手に、一条の方を見つめているのは……





「…………島村、卯月」



これで四章終了です。
時間も遅いので、今日のところはここまでにしときます。
残りは明日の夜、九時ころに投下していこうと思います。
読んでくださり、また、コメントしてくださりありがとうございます。
改善点や文句、まだ途中ではありますが感想などありましたらお気軽にコメントしてください。

ちょっぴりしきにゃん疑ってたけどやはりしまむーだったか

作者です。
少しネタバレになりますが、この後のシーンで歌の歌詞をガッツリ全部載せる展開にしてました。
ですが、少し調べてみたら、SSには原則的に歌詞は載せてはいけないと初めて知りました。
というか、知ってたら三章のライブシーンで歌詞いれてません……無知ですいません。
なので、そのシーンの歌詞を削って、その代わりにその歌の公開されているYouTubeの動画のリンクを張り付けようと思うんですが(そういうことをしているSSは見たことあるので、セーフなんですよね?)やり方がわかりません。
どなたか教えてくださると嬉しいです。
また、三章で『Star!!』の歌詞いれてすいません。

再開します

第五章「真相」

一条を見つめる卯月の目に宿るのは、意外にも困惑と不安、そして恐怖のように見えた。
右手に持っていたアタッシュケースから緩慢な動作でライフルを取り出し、贈り物で返された神経断裂弾を装填しながら、ゆっくりとステージへと歩を進める。
その間にトランシーバーも取り出して、応援を呼ぶ。

……未だに、この状況においても信じたくはない。
彼女が見せてきた笑顔の数々は……偽物だったのか?
未確認生命体を、『同じ人間』と称したのは、君なりの皮肉だったのか?
友人に慕われていた君は、偽りの姿だったのか?
答えが知りたい……だが、同時に、知りたくない。
笑顔の君が、全て偽りだったとは……知りたくない。
……ただ……ただひたすらに……哀しい。
五代の笑顔に重なる君の笑顔を……信じた。
だから、確信に変わり行く疑問を、振り払っていた。
……だというのに。

一条は、ステージにたどり着き、ステージの上に上がった。
銃口を卯月に向け、一条は動きを止めた。

「……け、刑事さん……ですよね?」

ガスマスクで顔の隠れている一条だが、服装や背格好から卯月は一条だと気がついた。

「卯月くん……君は……」
「違います!わ、私じゃありません!」

何を問われるかを察した卯月は、瞳に涙を浮かべて弁明する。

「歌ってたら突然……お客さんや凛ちゃんたちが倒れて……何が起こったのかわからなくて……そしたら刑事さんが来て……」

その様子は脅える少女のそれそのものだった。



……それも、演技なのか?

状況は卯月が未確認生命体だと如実に語っていた。
逆に、卯月のことを信じられる証拠は何一つ見つからない。
一条には、銃口を下げられる理由が無かった。
かろうじて一つ、銃口を下げるべき理由は、改正マルエム法。
その法律により、警察は未確認生命体が怪人形態にならなければ発砲は出来ない。
だが、未確認生命体をここで仕留なければこの先どうなるのかわかったものではない。
相手が未確認生命体であることがほぼ確実である場合、法律に従い撃たずに数万、数十万人を犠牲にすることと、法律を破りその数万、数十万人を守った末に一条一人が処分を受けることを天秤に掛けた時、どちらに傾くかは言うまでもない。
第50号に銃口を向けた時、一条の手は1mmの震えも無かった。
だが、今はそれが嘘のように銃を持つ手が震えている。
一条は未だに葛藤の中にあった。

正義感、そして危機感が引き金を引かせようと急かし、警察としての矜持、そして一条の瞳に焼き付いた卯月の笑顔がそれを止める。

「刑事さん……」

涙目で卯月がまっすぐに一条を見つめる。
『信じてください』、言葉にはせずとも、その瞳はそう語っていた。


……なぁ、五代……お前と似た笑顔の娘に会った。



その娘は、未確認生命体かもしれない……その可能性が高い。




それでも……お前ならその娘を信じられるか?






……その笑顔を信じられるか?








…………五代……お前の笑顔を……信じていいのか?




一条は……銃口を下げた。

「……詳しい話は署で聞く、悪いが、同行してもらうぞ」
「!……ありがとうございます、刑事さん!」

ほっとした様に、卯月が涙で濡れた顔を綻ばせた。
一条は肩の力を抜き、卯月に背を向けライフルのケースを取りに……行けなかった。

突如、一条の腹部に鋭い痛みが走った。

「な……」

あまりにも唐突なことで声が出なかった。
一条が視線を下げ、自らの身体を見れば、腹部に鋭い獣の爪が刺さっていた。

「あ~あ、つまんないの」

その獣の爪から腕へ視線を移す、そこにあったのは白く細い女性の腕、さらに視線を顔まで移すと、その先にいたのは、島村卯月……ではなかった。

「…………志希……ちゃん?」

一条が刺されて数秒、ようやく衝撃から少しだけ回復した卯月が口を開き、僅かに空気を震わせた。

名を呼ばれた少女、一ノ瀬志希は爪を一条の身体から抜き、異形と化した右手を卯月に向けて振った。

「は~い♪卯月ちゃ~ん♪」

爪の先を一条の血液で赤く染めているというのに、その表情は心底楽しそうな笑顔だった。
その爪が抜かれた瞬間、一条が感じたのは凄まじい眠気だった。
身体中の筋肉が弛緩し、一条は膝をついた。

「刑事さん!」

崩れ落ちる一条の身体を卯月が走り寄って支えた。
一条はそれを振り払うことも出来ずに、大人しく卯月の腕に抱かれるしかなかった。

「志希ちゃん!何でこんな事を……お客さんも、凛ちゃんたちもみんな志希ちゃんがやったの!?」
「全く~、今さら何言ってるの?
この状況を見たらわかるでしょ?
これはぜ~んぶ志希ちゃんがやったの♪
理由はね~?」

志希が左手を首筋に当てる。
その手で皮膚を掴み、引っ張ると、志希の首の皮膚がペリペリと剥がれた。
その下から現れたのは、猫をかたどったと思われる黒い刺青。
それは、奇しくも未確認生命体に憧れた男、蝶野潤一が刺青を入れていた場所と同じだった。
人工皮膚、医療でも使われるその簡単な偽装方法で、志希は未確認生命体の証拠を隠し続けていたのだ。

「志希ちゃんが~、もう人間じゃないから♪」

志希の皮膚が変化する。
黒い皮膚が盛り上がり、新たな姿へと変わって行く。
それは、まるで志希が人間という殻を破り、未確認生命体の姿へ脱皮したかのように見えた。
美しく均整のとれた体型はそのままに、その身体は黒い体毛に覆われ、その目は縦に一本黒い線が走る金、ピンと立った黒い獣の耳。
ネコ型の異形、未確認生命体第51号、それが今の一ノ瀬志希だった。

「じゃ~ん♪」

志希は爪を短くし、自分の姿を披露するように両手を広げた。

それを見る卯月の表情には困惑が浮かんでいた。

「く……あ……」

舌の筋肉すら弛緩する凄まじい眠気に精神力で抗い、一条はライフルを志希に向けた。
だが、引き金を引こうとしても、眠気が増す一条の握力では引き金を引き切れない。

「それにしても、興ざめだよ刑事さん。
せっかくキミを選んだのに」
「選……ん……だ?」
「まだ喋れるんだ、凄いね~♪
私のゲゲルのフィナーレ、その幕を下ろす役、だったんだけどにゃ~」

少しずつ、志希の姿が元に戻る。
未確認生命体から人間に戻り、志希はため息をついた。

YOUTUBEのリンクはそのままはりつけるだけでいいよ、期待してるからがんばって

「……どういうことですか?志希ちゃん」
「その刑事さんに通じるように話すね、卯月ちゃんには刑事さんが寝ちゃった後、詳しく教えてあげる。
……私はね、最後のスイッチを持ってない。
私が持ってるのは、任意の人物をお薬の量に関係なく起きたままの状態を保たせるスイッチと逆にお薬の量に関係なく眠りへ誘うスイッチ、熊ちゃんへの攻撃スイッチだけ。
最初のスイッチを使わないとお客さんの前にアイドルのみんながぐーすか眠っちゃうでしょ?そこのおかしさに気付かなかった?
んで、二番目のスイッチで女刑事さんを眠らせたの……あ、君は私たちにカウンセリングしてない分ちょっとお薬が足りなくてね、そのまま眠らせようとしても眠らないかもしれなかったから追加したんだ。
んで、本物の攻撃スイッチは~……卯月ちゃんの頭の中♪
卯月ちゃんの脳の電気信号が無くなると作動するんだ~♪
スイッチを押すのは私じゃなくてキミ……だったんだけど失敗しちゃった♪
だから真実を知ったキミには眠ってもらうよ、後は別の人間にスイッチを押してもらう。
……人間の手で、人間の正義感で、人間を殺させる……面白いと思わない?」

>>163さん

やり方を教えて下さりありがとうございます

「……どこが……どこが面白いんですか!
志希ちゃん……お願いですから、もうやめてください……こんなのおかしいですよ……」
「おかしいかにゃ~?
動物が他の動物に淘汰される、これは自然なことだよ?」
「そこじゃありません……志希ちゃん、本気でこんなことしてるの?」
「……何言ってるの?」
「志希ちゃん……本当はこんなことやりたくないですよね?」
「……はぁ、この状況でもまだそんなこと言ってるの?」

ため息の後、志希は再び未確認生命体の姿へと変わった。

「全ては私の意思、グロンギになったのも、このゲゲルをしたのも、卯月ちゃんを刑事さんに殺させようとしたのも」
「でも……志希ちゃん……」
「……あ~、本当イラつく。
私ね、卯月ちゃんのこと大嫌いだったの」
「え……?」
「特別な何かを持ってる訳でもない平凡な娘。
それがアイドルとして持て囃されて、この私に対等に接してくる。
オマケに人に理想を押し付けて、人を測る。
それが本当に大嫌い。
これが私、この姿が私。
卯月ちゃんの理想を挟む余地の無い、この化け物の姿が私なの」
「志希ちゃん……」
「……それ以上話すと……ここで殺すよ?」

極めて冷淡に、志希は言った。
そして、ゆっくりと卯月に手を伸ばす。

「う……おぉ……」

眠気に支配される身体を精神力で一条は必死に動かす。
それは、市民を守るという警察の使命。
未確認生命体となった志希に卯月は触れさせないという、強い意思。
その精神力を持って、一条は、腹部の傷口に左手の人差し指を突っ込んだ。

「ぐああああああああ!!」

激痛。
流れ出る鮮血。
それに構わず更に傷口を抉る。

「ぐううぅぅ!!」
「刑事さん!?」
「おっと?」

脳髄を焼く痛み。
それが一条の意識を覚醒させる。
一条は血走った眼で志希を睨み付けた。

「それ以上近寄るな」

血液の流れ落ちる腹部も、血液が流れないように一条の傷口を手で押さえようとする卯月も気にせず、ライフルを構え、銃口を志希に向ける。

激痛により一時的に握力は戻っている。

「ここまでとは……キミを選んで正解だったよ」

志希の皮膚が脈打つ。
志希の形態が変化して行く。
それを待たずに、一条は手の震えを消す。
数秒前まで眠気に支配されていた脳内には、もう無駄な思考は一切無い。
当てる、ただそれだけ。
一条は、右手に込める力を一際強くした。

「ダメぇ!」

その右腕に、卯月が抱きついた。
同時に、銃声。
放たれた弾丸は、卯月の妨害も虚しく、真っ直ぐ飛んで行き、志希の眉間に命中する。

「うわっ!?」
「卯月くん……キミは……ま……だ……」

『一ノ瀬くんを信じているのか』そう続ける前に、精神力の全てを使い果たした一条の意識は闇に落ちて行った。

短いですが、これで五章終了です


>>139さんが志希にゃん疑っていると見た時はドキリとしました(笑)
志希にゃんが卯月を未確認生命体だと一条さんに何をしたか、不明な部分は後々明らかになります。

では、引き続き六章を投下していきます

第六章「決意」

「う……」

重い瞼を持ち上げると、白い光が一条の視界に飛び込んだ。

「っ!……せ……!患…さん……ま…た!」

遠くで誰かが何かを言っている。
遠い……現実が遠い。

覚醒したと言っても、一条の意識のほとんどは未だに夢幻の中をさまよっていた。

僅かに現実に戻った意識で靄に包まれた記憶を探る。
まるでテレビのノイズのように、ザーザーという音が一条の耳に響いていた。

ここは何処だ?
俺は……何をしていた?
何かがあった……とんでもない何かが。
何かを忘れている……忘れてはいけない何かを……そして、誰かを……

夢現の中を行来し、夢の暗闇の中から記憶のパズルのピースを探し、己の記憶を組み立てる。

誰だ……五代の隣で、俺に笑いかけるキミは……
五代……そして……っ!?

重要なパズルのピースを一つ見つけると、それに連なって一気に全ての記憶が戻って来た。

「卯月くん!……うぐっ!?」

勢いよく上体を起こし、一気に意識を覚醒させた一条の腹部に激痛が走った。

「激しく動くな、傷口が開くぞ」
「……椿」

徐々にはっきりと明瞭になる視界に入って来たのは、真っ白い病室の光景と、友人の椿秀一の姿だった。
耳に響いていたザーザーというノイズはまだ続いていた、窓の外は暗く、強い雨が降っているようだった。

「どれくらい眠っていた?」
「三日だ」
「三日も……っ!卯月くんはどうなった!?……くっ!」

語気を強めただけで、一条の腹部は痛んだ。
その一条に、椿ではない誰かが手を添えた。

「落ち着いてください、一条さん……」
「っ!?夏目くん!」

それは、眠ったはずの夏目実加だった。

「夏目くんが目覚めたということは……」
「いや、眠り病患者全員が目覚めたわけじゃない。
実加ちゃんのはクウガとしての抵抗力だ」
「目覚めて……ない……」

ということは、俺は一ノ瀬志希を……いや、第51号を仕留めそこねたのか?

「それで、卯月くんは?」
「卯月さんは警視庁本部に連行されました」
「連行だと!?」

『保護』ではなく『連行』、その言葉の意味するところは……

「あの娘は未確認ではない!」

島村卯月に、未確認生命体の疑いがかかっているということ。

「……やはり、そうでしたか……あまりにも卯月ちゃんに不利な証拠があり過ぎて、逆に未確認かどうか疑ってましたが……」
「呑気に構えている場合か!今すぐ容疑を解きに……痛つつ……」
「その身体で何処に行く気だ?
まずはお前が見た物を教えてくれ。
会場のカメラは全て、卯月ちゃんを残して全ての人が眠りについたとこまでのデータしか残っていなかった」
「俺が見た真実は……島村卯月は利用されていた、第51号、一ノ瀬志希に」
「志希ちゃんが!?」
「一ノ瀬志希は今何処にいる?」
「志希ちゃんは……行方不明です。
渋谷凛、本田未央、遊佐こずえと共に」
「何だって!?」
「私も詳しいことはわかりませんが、応援にかけつけた警官たちが目撃したのは会場いっぱいの眠り病患者と、血まみれの卯月ちゃんだったそうです」
「血まみれだと!?無事なのか!?」
「落ち着け、大体はお前の血だ」
「俺の……あぁ」

傷口を抉り、血液はかなり流れた。
一条を抱きしめていた卯月が一条の血に濡れていても不思議ではない。

「ん?……大体は?」
「あぁ、渋谷凛、本田未央、遊佐こずえ、一ノ瀬志希の四名の血液も混じっていた」
「な!?俺が見た時は四人とも傷は無かった!一ノ瀬志希の血液など言うまでもない」
「おそらく、工作だよ、一ノ瀬志希による、島村卯月の心証を下げるためのな。
実際、その四人が島村卯月に着いた血液を残して行方不明になったせいで、世間じゃ島村卯月が未確認生命体だという意見が蔓延している。
……一部の意見だと、島村卯月は未確認生命体になり、四人を食ったとか言われてやがる始末だ」
「更に不味いことに……4年前の第48号、49号の事件の情報が漏洩しました」
「なっ!?だとすると……」
「はい、『アイドル』伽部凜が未確認生命体だったこと、並びに、今回の眠り病にも利用されている第49号の能力が周知の事実となりました。
それにより、伽部凜と同じくアイドルである卯月ちゃんの心証は落ちるところまで落ちました……
更に、第49号と同じく、眠り病の首謀者の未確認生命体が死ねば眠り病患者も目覚める。
又、未確認生命体の意思一つで眠り病患者が死ぬということも知られたために……その……市民の中で、警察に『卯月ちゃんを殺せ』と要求するデモ運動が盛んに……」
「な……そんなバカな!
人間が人間を殺せと要求しているのか!?」

「相手は卯月ちゃんを未確認だと思い込んでんだ、しょうがねぇだろ」
「……特に今日は……その勢いが強いんです」

実加は、一条が身体を預けているベッドの横のテレビにカードを挿し、画面をつける。
その画面に映し出されたのは……

『うおおおおおお!!』
『中継です!警視庁本部前は暴徒化した人々により大変な騒ぎとなっております!』
「なっ!?」

島村卯月を乗せていると思われる護送車に群がる市民と、それを中継するキャスターの姿だった。

「……伽部凜らの情報と共に、デマ情報もネット等に拡散されました。
『警察は特殊な拘束具を発明しており、島村卯月はそれにより未確認生命体の能力を封じられている』というものです。
今日は、卯月ちゃんが未確認生命体かどうか精密検査するために卯月ちゃんが警視庁から都内の病院に移送される日なんです」
「『その検査の時に特殊な拘束具が外される』
『外されれば島村卯月は未確認生命体となり眠り病患者たちを殺す』
そんな馬鹿馬鹿しい話が出回って今の騒ぎになってやがるんだ。
『その前に卯月ちゃんを殺せ』ってな……」

一条は、寝ている間に別の世界へ来てしまったのではないか?と本気で自分の目を疑った。
降りしきる大雨も気にしないように、大勢の人々がたった一人の少女の息の根を止めんがために護送車、そしてそれを守護する警官隊に一丸となって突撃して行く。
彼らの表情は、怒り、悲しみ、或いは恐怖……それは凡そ齢が20にも満たない少女に向けられて良い顔ではない。
叫びか雄叫びか、人の発する言葉というより、獣の咆哮に近いそれを轟かせる彼らに、警官隊は徐々に圧されて行く。

「っ!……警官隊の数が足りない!早く増員を……」
『大変です!今入った情報に依りますと警官たちの中にも島村卯月抹殺賛成派がおり、彼らが中で暴動を起こした模様です!』
「…………え?」

画面が切り替わる。
警視庁本部前を映していると思わしきカメラ映像に映るのは……他の者が出られないよう、建物内部にその盾を向ける警官隊の後ろ姿だった。
警察組織も意識が全て一つに纏まっている訳ではない。
第4号、クウガが活躍し始めた当初、他の未確認生命体と区別して良いのか判断がつかず、警官たちは彼に銃弾を放った。
そのようなとんでもない間違いが、また繰り返されようとしていた……しかも、今回は取り返しのつかないレベルで。
援軍のいない警官隊は一人、また一人と暴徒の勢いに飲まれ、盾を手放し倒れて行く。
暴徒たちの魔の手が卯月に届くのも時間の問題だった。

「クソッ!」
「待て一条!こっからどうやって警視庁本部に一瞬で行く?」

立ち上がった一条を椿は冷静な意見で止めた。

「だったらどうしろと言うんだ!このままただ見ていろと言うのか!?」
「あぁ、お前はただ見てれば良いんだ!」
「っ!?」

一条の無力を肯定するような椿の言葉に一条は憤慨し、椿の胸ぐらを掴んだ。

「椿、お前……」
「……この状況で……一条、お前に何が出来る?」
「…………わかっている!わかっている……だが……」

椿に当たったところで何も変わらないこと、一条に出来ることは最早何も無いことは一条も良く理解している。

一条は椿から手を離すと、力無くベッドに再び腰掛けた。

「……そうか、この光景を見せたかったから……俺を目覚めさせたのか……一ノ瀬志希……いや、未確認生命体第51号」

必死で守り、信じた卯月が未確認生命体ではなく人間の手により無惨に殺される。
そして、家族や大切な者を守るために拳や武器を握り、卯月を殺した者たちの願いと希望も虚しく、眠りに落ちている者たちの命まで散る。
最悪のシナリオだ……あまりにも醜悪なゲームじゃないか!

一条が嘆く間に、警官隊はほとんど全滅し、人々は護送車の鍵を無理やり壊して、中に突入した。
一条はもう見ていられず、目を伏せた……
後数秒もせずに、彼女のゲゲルは完了し、大量の人間が亡くなる。

……かに思われた。

『大変です!護送車の中は空!空でした!島村卯月は何処にも乗っておりません!』
「何っ!?」

キャスターの言葉に一条は顔を上げた。
画面に映っているのは、空っぽの護送車と戸惑う人々の姿だった。

「これは……」
「だから言ったろ?
お前はただ見てれば良いんだ、って」

先程までの重苦しい空気を壊すように、椿は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

「椿……これはどういうことだ?」
「もうすぐお姫様と執事が来るから、その二人に聞きな」
「姫?……執事?……」

妙な言い回しをする椿の言葉を一条は復唱した。

「刑事さん!」

そんな時、病室にすっかり聞き慣れた声が響いた。
病室の入り口を見ると、そこには一条が会いたかった少女がいた。

「卯月くん!」
「良かった!目が覚めたんですね」

卯月は安心したように笑いながら、一条の腰掛けるベッドに近づいた。

「……何がどうなっているんだ?」
「ま、それは俺から説明する」

卯月に続くようにして、スキンヘッドの男が病室に入ってくる。

「杉田さん!」
「よっ、元気そうだな一条」
「いえ、あまり元気とは言えない状態ですが……
それより、状況の説明を……」
「はいはい、わかってるよ。
結果から言う、卯月ちゃんを救ったのはお前だぞ、一条」
「私が……ですか?」

全く身に覚えが無い。
というか、3日も寝ていた自分が何をしたというのか?

「お前、第51号に銃をぶっぱなしたろ?」
「……はい、確かに」
「あれでな、卯月ちゃんの鼓膜が破れたんだ」
「なっ!?……そ、それはすまなかった」

一条は卯月に軽く頭を下げた。

急性音響外傷。
警察官等、銃を使う者に良く見られる現象であるそれは、予期せぬ瞬間に125~135dB以上にもなる大きな音により、鼓膜が破れることを言う。
慣れない大経口の銃の銃声、それを第50号の時のようにステージの上と観客席という離れた場所ではなく1mと離れていない場所で聞いたのだ。
慣れており、覚悟の仕方をわかっている一条なら兎も角、普通の女子高生が対処出来ることではない。

「あはは……気にしてませんから謝らないで下さい……それに、そのお陰で私は助かったんです」
「助かった?」
「未確認生命体の身体の構造については一条も知っているよな?
アイツらの身体は通常兵器で傷つけても大概はすぐに治っちまう。
だからこそ榎田さんが神経断裂弾を開発した訳だが、今はそれはいいか。
んで、卯月ちゃんは鼓膜が破れていた……警視庁でもすぐに調べられたよ。
状況的に、卯月ちゃんは限りなく黒だった。
だが、鼓膜の傷という僅かな綻びが、俺は気になった。
未確認生命体が人間に成り済ますための作戦だとしても、もっと分かりやすい場所を傷つけるはずだと思った。
……それに、一条、お前ほどのヤツが神経断裂弾をぶっぱなして未確認の鼓膜に小さな傷をつけただけだとは思えんしな。
んで、警視庁内部もピリピリしてたし、このままじゃヤバかったんで、信頼出来る連中に声かけまくって極秘で昨日卯月ちゃんをこの関東医大病院に移した。
色々と誤魔化すのは大変だったぜ……この事件が終わったら俺は最悪クビだな」
「そんで、俺が卯月ちゃんの身体を調べて、卯月ちゃんはただの人間の少女ですって診断を下した訳だ。
ついでに、さっきまで卯月ちゃんは鼓膜の検診をしてた」
「あと一週間もすれば完治するそうです!」
「そういうことか…………はぁ、良かった……」

一条は絞り出すようにため息をついた。

『暴動を起こした市民たちは島村卯月の身柄を渡すように警察に抗議しております!』
「…………とも、言ってられないか」

一瞬、ほんの少しだけ緩んだ一条の表情がまた険しい物に戻る。
画面の向こうには、警官を相手に未だに暴れまわる人々の姿があった。

「…………」

誰も声を発することが出来なかった。
一条の胸に飛来した感情、それを言葉にしようとすることは、とてもじゃないが憚られた。
重苦しい静寂の中、激しい雨音のみが響いていた。

「なぁ……一条?」

沈黙の中、最初に口を開いたのは杉田だった。
一条には、杉田が言いたいことがすぐにわかった……わかってしまった。

「……人間と……未確認生命体と、何が違うんだ?」

それは、抱いてはいけない疑問。
だが、一人のか弱い少女を殺すために、獣の大群のように群れになって襲いかかる人々の姿は、一条らが未確認生命体の姿と重ねるのに十分だった。

それに……志希の件もあった。

「今日のこの暴動だけじゃねぇ……熊谷和樹、そして一ノ瀬志希……アイツらは……自分で未確認生命体になることを選んだんだろ?
……一条、俺は自分の信じるもんが分からなくなりそうだよ」

杉田はタバコを取りだそうとして、ここが病院の病室であることを思いだして手を止め、タバコを戻すと何処か遠くを見つめた。

「違う……はずです。
未確認生命体は、ゲームで人を殺します。
暴動を起こした彼らは、間違っているとはいえ、他者の命を救うために…………卯月くんを……卯月くんを殺そうとしたんです」

それを、卯月の前で言うのは憚られたが、ぼかさずにしっかりと言葉にしなければ一条自身も人間不信に陥りそうで、それを否定するために卯月の方を向かずに、一条は言葉を絞り出した。

「彼らは、好んでそうした訳ではありません……だから、未確認生命体とは違います」
「……んじゃ、熊谷や一ノ瀬はどうなんだ?
人間の中にも、かつての蝶野のように未確認生命体に憧れるヤツがいる。
んで、自ら進んでヤツらと同じになったんだ……人間なんてのも、未確認生命体と本質は変わらねぇってことじゃねぇのか?」
「それは……」

杉田の問いに対する答えを、一条は導き出せず、頭を下げた。
「一部の特殊な人間だから」そう言い切るのも何か違う気がした。
今、テレビ画面に映る人々を見ていると、熊谷和樹や一ノ瀬志希が特殊な人間とは言い難かった。
一条は人間という種を信じられない自分が嫌になった。

五代……お前なら何と言った?
この状況に、暴動を起こす彼らに、一ノ瀬志希に、島村卯月に……お前なら何と声をかけた?
『未確認生命体と人間は違う』と、心の底から言えたのか?
俺は……人間を信じても良いのか?
なぁ、五代……お前ならやっぱり、こう言うのか?いつものように、親指を立てて……





『「大丈夫です」』



その声は、一条の頭の中ではなく、この病室に確かに響いた。
一条が顔を上げ、声のしたほうを確認すると、そこにいたのは……笑顔の島村卯月がいた。

「人を信じられなくなることもあるかもしれません。
でも、自信を持って、人間を信じても大丈夫です」

強い瞳で、優しい笑顔で……卯月は一条と杉田を、そして二人の話を黙って聞いていた実加と椿を勇気付けた。

「私は……まだ志希ちゃんのことを信じています。
身体は未確認生命体になってしまっているかもしれませんけど、心は優しい志希ちゃんのままだと信じています。
もちろん、今テレビに映っている人たちは、本当は優しい人たちだって信じています」

ザーザーと煩かったノイズが止んだ。
病室の窓が明るくなり、暗かった室内を照らす。

「人間って、悪い部分も多いです。
でも、それ以上に素敵な部分がいっぱいある生き物なんです。
だから悪い面ばかりに目を向けずに、人間の素敵な面を信じてみませんか?」

綺麗事だ。
論理的でも何でもない、論理として成り立ってない論理。
だが、それを言い放つ彼女はその笑顔も声色も瞳もまっすぐで、彼女は心からそう信じていると伝わって来る。

あ、>>201のとこ、

そこにいたのは……笑顔の島村卯月がいた。

そこにいたのは……笑顔の島村卯月がだった。

の方がいいですね。
なにぶん、長いのでこれ以外にも、今までも誤字や文章の間違いがあったと思いますが、脳内補完してください。

「……何故そこまで信じられる!?」

今回の事で、一番辛い思いをしたのは卯月のはずなのに、彼女はその明るさを曇らせなかった。
その光は、今の一条には眩しすぎて、一条は声を上げ、卯月に詰め寄った。
そうせずにはいられなかった。

「市民も!警察も!君のことを信じずに殺そうとしている!
日本中から疑われて否定されて!そんな中で何故君は笑っていられる!?人々を信じられる!?一ノ瀬志希を信じられる!?」

それは、およそ大人が少女に……警官が女子高生に使って良い語気ではなかった。
疑問は怒りを孕んで卯月に問いかける。

その一条に対して……卯月はやはり笑顔だった。


「だって……刑事さんは私を信じてくれました」


包み込むような、それでいて感謝の意を感じさせる穏やかな笑みで、卯月は答えた。

「杉田さんも、椿さんも、実加さんも……私を信じてくれました。
ライブの時……あの状況では撃たれていてもおかしくはないって杉田さんが言ってました。
それでも、刑事さんは……一条さんは私のことを信じてくれました」

テレビ画面はいつの間にか切り替わり、黄緑色の服を映す。

『卯月ちゃんはそんなことをする子じゃありません!
卯月ちゃんが未確認生命体だと決めつけないでください!』

個人を特定されないように顔は映さず、声も加工されてあったが、誰が放った言葉かはすぐにわかる。
そしてまた画面が切り替わった。

『卯月ちゃんのこと、あんまり悪く言うと、私がシメちゃうわよ?』

怒りを顕にして、片桐早苗がカメラに向かって言い放った。

「……私は、私がこんな状態になっても信じてくれたみなさんと同じように、みなさんを、そして、志希ちゃんを信じているんです。
今は勘違いしてるけど、きっとみんなで笑い合えるようになるって」

その言葉は、雰囲気は……やはり、雄介の姿と被った。

「……卯月くん……君は……君は何故折れずにいられる?……信じている者が多少いるだけで」

一条の憤りはその勢いを無くし、少しずつ緊張と凍えた心が溶かされる中で、純粋な疑問が口をついて出た。
その疑問に、卯月は眉根を寄せた。

「ん~?何でと言われましても…………これは……あるおじさんとの出会いが理由かもしれませんね」
「出会い?……おじさん?」

卯月はゆっくりと目を閉じて、過去の記憶を思い起こすようにして語り出す。

「……私、今はアイドルとして活動出来てますけど、実は、養成所に通い始めたのは五年くらい前からなんです。
それで、養成所に通って一年くらい経って……私が中学生になって最初の夏のある日……デビューの話が来ました。
二、三人の娘たちと一緒にデビューするという話だったんですが……私たちが選ばれた理由が……その……他の候補の娘が、飛行機の墜落で亡くなったからだそうで……」
「それは……」
「ごく最近、志希ちゃんによって情報が流されましたけど、あれは第49号が起こした事故だったんですよね?」
「……そうだ」

その年、つまり四年前の夏の日、第49号のゲゲルによって千人近くの人が亡くなった。
第49号の能力により数百人が狂わされ、その中に飛行機の操縦士もいたためにそこまで被害が拡大した。

「私以外の娘は……喜んでいました。
『ラッキー』って、人の死を笑ってました……でも、私にはそれが理解出来なくて、人の死を笑う彼女たちとデビューすることがどこか恐ろしくて……デビューの話を蹴りました。
そして、デビューを蹴った翌日……飛行機事故から五日くらい経った時ですね……家の近くの公園で、歌の練習をしてたら、笑顔の素敵なおじさんに会ったんです。
不思議な人で……する話もちょっとおかしな人でした。
なんでも、『金属の虫に乗って太平洋を越えて友達のピンチに駆けつけたんだけど、荷物向こうに置いてきちゃってさぁ。
ゴウラム……あ、金属の虫は大学に帰っちゃったから、大道芸をして向こうに帰るためのお金貯めてるところでさ』
……とか何とか」
「「ゴウラム!?」」
「は、はい……確かそんなことを言ってたはずです……?」

一条、並びに卯月以外の全員の声が揃った。

ゴウラムとは、古代においてクウガを手助けしていた金属で出来た甲虫であり、17年前の未確認生命体の騒動の後、城南大学に安置されている。
その言葉を使う、大道芸をする『おじさん』を、一条たちは一人だけ知っていた。

「その日から数日、その公園にはそのおじさんがいて、お手玉とかあや取りとか……こう……カンカンって……ストンプ?とかいう、身の回りの物を叩いて演奏する芸とかをしてました。
私の歌の練習にも付き合ってくれて……私の笑顔を、『青空みたいな笑顔』って誉めてくれたりしました」

一条の思い描くその『おじさん』は、青空が好きだ。
『おじさん』が『青空みたいな笑顔』と称するのは、その『おじさん』にとって最上級の誉め言葉である。

「それで、仲良くなったある日、相談してみたんです……人の死を笑っていたその娘たちのことが信じられないって。
人の命って、そんな軽い物なのかな?って」

それは、かつてある少女もぶつけた問い。
未確認生命体に殺された恩師の死が軽視されていると感じた少女が吐露した思いと同じ物だった。

「そしたら……おじさんは、『人間だから、間違っちゃうこともあると思う』って、『大切なのは、その間違ってることを間違ってるって伝えることだよ』って。
それで、『どうやったら伝わるんですか?』って聞いたら、『それは卯月ちゃん次第だよ……でも、暴力は絶対にダメだと思う。
暴力でしかやり取り出来ないなんて、悲しすぎるから』って。
考えてみれば、当たり前の……普通のことを言っているだけなんですけど、なんだか心に刺さって……すぐにその娘たちと話しに言って、どうにかわかってもらって。
それで、その日を境に、そのおじさんに色んなことを相談して、色んなことを聞きました。
おじさんのお話を聞く度に、私は心の中が暖かくなるのを感じて……こんな風に生きたいって思ったんです。
私には、そのおじさんとは違って、色んなことは出来ないから、歌と私の笑顔で、みんなに笑顔を、幸せを届けたいなって。
何日かして、おじさんは外国に旅立っちゃいましたけど、私はおじさんを、おじさんの言葉をお手本にして生きようって決めて……その生き方を意識せずに出来るようになった頃……今から一年と少し前に、プロデューサーさんからスカウトされて、ついにアイドルとしてデビューして……って、ここまでは話さなくてもいいですね。
兎に角、今の私を作っているのは、そのおじさんとの出会いなんです」
「……その『おじさん』の……名前は何ていうんだい?」
「それが……教えてくれませんでした……
『ん~?今は名刺もないし……それに、今は自分に戻る旅の途中だから、ちょっと名乗れない、ゴメンね。
今の俺は……そうだな、クウガさん、とでも呼んでよ。
名前を取り戻したら、また日本に戻って来るからさ』
って誤魔化されました。
クウガって、ポレポレのおやっさんも言ってましたけど、昔の有名な人か何かですか?」

はにかみながら、卯月は話す。

その卯月の話の全てが一条にとって衝撃的であり、内容が脳に浸透していくまで少し時間がかかった。

「ふっ……そうか……そうか!」

卯月の話を少しずつ受け入れ、噛みしめて、一条はだんだん表情筋を緩ませ、そして……笑顔になった。

アイツめ、金が無かったなら貸してやったのに、意地を張りやがって。
いや……それよりも

「『おじさん』……か……ふっ、そうだよな、もうそんな年か、お前も、俺もな。
しかし……アイツが『おじさん』とはな」
「一条さん?」
「いや、俺も年を取ったと思ってな……随分と脆くなっていた……
そして、君の言った綺麗事を否定した。
だが……そうだよな……本当は綺麗事が一番良いんだ……
綺麗事を実現させる努力を怠ってはいかんな……」

自分に言い聞かせるように言いながら、一条はゆっくりと病室の窓に歩いていく。
そして、窓から空を見上げれば、空を覆い尽くす黒い雲の隙間から、明るい陽光と、綺麗な青空が覗いていた。

……思えば、俺はアイツに憧れたことが何度もあった。
だが、アイツのように生きようと思ったことは無かったな……
心の底で、『出来るはずがない』と決めつけていた。
アイツの笑顔は、アイツの生き方は、眩し過ぎて、難し過ぎて……
だが、この娘は……卯月くんは……それでは……憧れでは終わらせなかった。
努力を惜しまず、同じ生き方をし、それを自分の生き方とし……その意志が彼女を生かし、俺の心を生かしてくれた……ならば、それに応えなくてはな。

『臨時ニュースです。
各テレビ局宛てにFAXが送られて来ました!
『未確認生命体第51号からのお知らせ。
三日後の24日、正午より、○○公園のステージにて特別コンサートを開催します。
興味のある人は是非とも来られたし』
同様のFAXはテレビ局のみならず、警察や新聞社にも届いている模様!
たちの悪いイタズラなのか、本当に第51号からのメッセージなのかの調査が待たれます!』

テレビ画面が新たな情報を伝える。
それがどういうことなのか、この病室の中にいる誰もが理解していた。

部屋中の視線が卯月に集まり、代表して一条が口を開く。

「……一ノ瀬志希からの最後の招待状だ。
俺たちは君を全力でサポートしよう……いや、君が望む演出を叶えよう……こうだろうか?
……やはり俺には似合わないが、今回、俺は君の魔法使いになろう。
答えてくれ、君はどうしたい?」

真摯に一条は卯月を見つめる。
その瞳は人間に絶望していた先程までの弱々しい瞳ではなく、意志の宿った強い瞳だった。
王子様の殺害現場に落ちていたガラスの靴から、罪の無いシンデレラが探されている。
そのシンデレラにもう一度魔法をかけるために、シンデレラに励まされた魔法使いは一度落としかけた杖を握りしめた。



「志希ちゃんに会いに行きます。
この事態を、終わらせるために」

これで六章は終了です。

もう夜遅いので、また明日の夜九時ころに再開します。
おそらく明日で最後まで投稿出来ると思います。
まだ途中ですが、改善点や文句、感想などがありましたらお気軽にコメントしてください。

再開します

第七章「卯月」

一条の病室、そこには島村卯月、一条薫、夏目実加、杉田守道、椿秀一、榎田ひかりの六名がいた。

「それじゃ、第51号、一ノ瀬志希ちゃんのスペックと謎について解明して行きましょう」

榎田ひかりが全員をまとめるように、病室に持ち込まれたホワイトボードを差しながら言う。

「まず、眠り病だけど、今回はガスマスクは必要ないわ、屋外だからガスで眠らされる心配はない。
でも、ガス以外でも爪等で眠らせることが出来るみたいだから気をつけて……と言っても、一条くんみたいに手加減されなきゃ普通に死ぬわね」
「それより、神経断裂弾を撃ち込んだはずなのだが、効かなかったのは何故なんだ?」
「あ、私の見たことを話しますね。
一条さんが撃った弾は確かに志希ちゃんに当たって、ボボン!って爆発しましたけど、志希ちゃんの身体はその弾丸を通さなかったみたいで、ポトッて弾は落ちました」
「なるほど……どうやら、五代くんの紫の形態みたいに硬くなったみたいね。
弾丸を弾くほどに」
「なるほど……」

そういえば、引き金を引く前に、志希の体表が蠢いていたような気がする。

「神経断裂弾のサンプルを掠め取って研究して、体表で弾くにはどれ程の硬度が必要かを計算して、弾ける形態を手に入れたのでしょうね。
……軽く言うけど、とんでもない硬度よ。
ま、4年前に開発した改良型なら大丈夫だと思うわ、科警研から幾つか無断で持ってきたから、一条くんに渡しとくわね、それ用のライフルもあるから」
「ありがとうございます」

「そして、第50号に攻撃したのと実加ちゃんが寝ちゃった件ね。
第50号の件は、第50号と別のタイミングで会っていた時に別途の薬品を仕込んでいたという解釈で良いとして、実加ちゃんを眠らせたのはどうやったのかしら?」
「あ、多分……ブローチだと思います」
「ブローチ?」
「志希ちゃんから貰った物で……事件の時も着けて行ったんですが、18日のライブの時に、警察に連行されて私物を見せられたんですが、その中に無くて……」

ポレポレにて、嬉しそうに赤い石の着いたブローチを見せてきたのを一条は思い出した。

「その中にカメラとかを仕込まれてたのね……」
「多分、そうだと思います」

「そういえば、ポレポレ経由で私にライブのチケットが届いたのだが、ポレポレの事は一ノ瀬くんに教えていたのか?」
「あ、はい。
事務所で教えられる機会があったらみんなに教えてました、昼食の時とかに。
機会が無かったこずえちゃんとちひろさん以外は知ってるはずです」
「……それでまんまと心証操作された訳だ……私は」
「あ、あはは……まあしょうがないですよ」
「そのしょうがないで殺されかけたのに、優しいなぁ卯月ちゃんは……それにしても、良い鎖骨だ」
「?……鎖骨、ですか?」
「椿、相手は高校生だぞ?」
「そういう意図はねぇよ!」

「んで、現場のカメラが全て壊されていた件はどうなんだ?」

一条と椿のやり取りを無視して杉田が榎田に訊いた。

「全てのカメラの中に猫の体毛らしき物が入っていたわ。
何らかの方法でカメラの隙間からその体毛を潜り込ませて、眠らせるタイミングに合わせて武器化し、カメラを破壊したと考えるのが妥当ね」
「……第42号の針を思い出すな……」

椿が苦々しい顔をして言った。
未確認生命体第42号。
緑川高校2年生男児90人を12日間以内に殺すというゲゲルを行った未確認生命体である。
その殺害方法は極めて悪質であり、未確認生命体の能力により小型化した針を目的人物の脳に刺し、四日後に針を元の大きさに戻し、脳を破壊するというものであった。
任意のタイミングでの武器化、その点において志希の能力と共通している。

「そうね、大体それと同じ」

「一ノ瀬志希のスペックについてはこれくらいでしょうか?」
「わかってる範囲ではね。
それじゃ、次はこちらの武装について……なんだけど」
「改良型の神経断裂弾三発、従来の神経断裂弾六発……だけですね」

言葉を濁す榎田の後を実加が続けた。

「こればっかりはね~。
特に効果を発揮する何かは無いし、卯月ちゃんがいる時点で非公式になっちゃうから神経断裂弾は私がくすねて来たヤツだけだからね~」

「……それよりも、問題は当日に殺到するであろう一般市民への対策ですね」
「……そうだね~」

そう、今回の一番の障害、それが暴徒化した一般市民だ。
無論、一条や実加や杉田に一般市民を取り押さえる経験が無い訳ではない。
だが、大量の人間を、たった三人で捌くことは限りなく不可能に近い。
まして、一人一人が武装していれば尚更だ。
無闇に傷つけることが許されない分、もしかすれば未確認生命体よりも厄介な相手であるかもしれない。

「悪いけど、一般人用の特殊兵器その他はないから」
「わかっています。
正面突破は望めないとして……卯月くんを変装させてどれだけ持つか……」
「顔を隠すのにも限界があるでしょうね、変装を警戒して顔出しを原則にしているそうです……」

実加がネットから拾った情報に一条はまた顔をしかめた。

「変装もダメとすると……陽動作戦でしょうか?」
「……そうね、端から戦力外の私と椿くんで島村卯月がこっちに出ただの何だのと言った情報を拡散して場を引っ掻き回して道を開ける」
「……とはいえ、ステージ前の警戒が一番強いだろう、そこの連中を偽情報でどかすにしても全員は当然無理だが……いけるか?一条」
「いけるかどうかじゃない、やるしかないんだ」
「そうか……一応、まだ腹の傷が治りきってねぇこと、頭に入れとけよ?」
「わかっている。
……さて、それでは当日まで、榎田さんと椿は情報操作の方法の相談と練習。
夏目くんと杉田さんは対一般人用の訓練。
俺は回復に専念して、程々に訓練もしておく」
「あと、椿くんは私と杉田さんの居場所の用意もしてくんない?卯月ちゃんと神経断裂弾の件で警察にも科警研にも居られないんだわもう」
「……これがバレたら俺も榎田さんたちと一緒にクビかもなぁ。
ま、用意しときますよ」

「んで、最後に卯月ちゃん」
「はい!」
「……サインくれない?息子がファンでさぁ……今眠っちゃってるんだけど」
「あ、はい!よろこんで!……はい?」

緊迫した状況にそぐわない榎田の発言に、卯月は首を傾げた。

展開の都合上どこかに入れることが出来なかったんですが、榎田さんの息子の冴(さゆる)くんはこの四年でドルオタまで発症したという設定です。

そして、一条が眠らされたライブより六日後。
その日はやって来る。
それぞれの思惑を胸に、人々は一ヶ所に集まった。
雲一つ無い快晴の空の下、大量の人がひしめいていた。
その人数は、遠目から一条が確認するに、ゆうに五十人……しかも公園端から見える範囲で、である。

一条と卯月と実加と杉田は、公園前に車を止め、車内からその人の波を観察していた。

「ネットでガセ情報等を流して別の日時や場所に出来る限り誘導しましたが、それでもなしのつぶてですね……」
「榎田さんと椿が別場所でデマ情報を流し、島村卯月の振りをした人物が逃げることで追わせて更に人を誘導するそうだが……大丈夫なのか?その影武者は」
「えっと……相談して、千川さんにお願いしたそうです」
「千川というと……CGプロの事務員さんか……まあいい、今は時を待つだけだ」
「そうですね……」
「……卯月くん、大丈夫か?
覚悟は……出来ているか?」
「……はい、覚悟は出来てます……けど」
「けど?」
「やっぱり、緊張しますね……デビューライブを思い出します」
「……ふっ、命がかかっているというのに、デビューライブか……」
「はい?何かおかしかったでしょうか?」

困ったような笑顔で卯月が言う。
どこか抜けている卯月に、卯月以上に緊張していた車内の空気が少し弛緩した。

「……11時半、正午まで後30分です。
そろそろ榎田さんたちが動き出すはずです。
私もネットにデマ情報を流します」
「頼む」
「上手くやってくれれば良いんだが……」

杉田は不安げに呟いた。
待つことしか出来ない不安の中で、アナログ式腕時計の針の動く小さな音と実加のパソコンのタイプ音だけが響いていた。
人の動きから目を離してはいけない、チャンスを逃す訳にはいかない。
瞬時に行動するため、車内の四人は無言で気を張り詰めていた。

「あっ!?……えっ!?」
「どうした!?夏目くん!」

突然に、パソコン画面とにらめっこをしていた実加がすっとんきょうな声を上げた。
それとほぼ時を同じくして、人の群れにも動きがあった。

「一条!市民が動き始めた!」
「よし!陽動が成功したのか!」
「うわぁ、ノリノリだなぁ……榎田さんたち」
「?……夏目くん、何があったんだ?」
「島村卯月が未確認生命体を二体引き連れて現れたと話題になってます……」
「……そういう手に出たのか」

「島村卯月が逃げるのを未確認二体が手助けしているそうです。
ガスが~、急に爆発音が~、等と話題になってます。
二酸化炭素ガスや爆竹でしょうね……他にも色んな事をしてくる未確認だとされて、迂闊に近づけず、かといって島村卯月を逃す訳にはいかないのでどんどん人がそっちに行ってるみたいですね…………あと、マスク等で顔を隠していて良く見えないので確信とまでは至らないものの、島村卯月は偽物なのでは?と疑う声がちらほら……でも、誘導には十分のインパクトと時間を稼げると思います」
「……警察が来たらどうする気だ?あの二人は」

杉田が素朴な疑問を口にした。

「……えっと……どうするんでしょう?」
「……来たところで、群がる一般市民を押し退けるのに時間を食い、警察の存在による話題性で更に人を集めようという作戦……だと思います。
……大分人も減りました、行きましょう。
卯月くんは俺たちの中央を歩いて、俺たちは市民を発見次第卯月くんと市民の間に入り、遮蔽する、良いですね?」
「「はい!」」
「おう!」

さっと素早く車から降り、前面に一条と杉田、後ろに実加の三人で三角形を作り、その中央に卯月という隊列を組む。
そして、急ぐと怪しまれるので歩きで公園のステージがある場所へ向かう。
誘導により、人の大分減った道だが、それでも人が完全に居ない訳ではない。
自然に、四人で話ながら歩いている風を装って、卯月の顔を一条や杉田や実加の身体で市民から隠す。
ごくわずかな動作で行われるそれは、動きの少なさに比べて異常な程の精神力を必要とし、一条たちを疲弊させてゆく。

「……この角を曲がれば、ステージが見えるはずです」
「ここまで来ると、大分人も多くなって来やがったなぁ」
「もう一息です。
どうにか正午までにステージの近くへ……」
『島村卯月が出たぞ~。
こっちだ~♪』
「「っ!?」」

拡声器でも使ったかのような大声、それが、一条たちのすぐ近くから聞こえた。
音のした方を見れば、緑の葉をしげらせる一本の木の上に、一瞬、志希の姿が見えた気がした。

そんな声がすれば確認しに動くのは当たり前のこと。
ステージ前の人数からしたら少しの、しかし、三人で遮蔽出来ない程の量の人が一条たちの下へ向かってきた。

「マズイ!どうすんだ一条!?」
「どうもこうもない!ステージまで走り抜ける!
襲い来る市民は我々が捌く!なるべく傷つけずにな!
やるしかない!」
「はい!」
「おし!」

完璧に卯月を認識され、前方から数人の市民が走ってくる。
それを杉田と一条で強引に押し倒し、一瞬道を開く。
その道を実加が後ろに気をつけながら四人で通る。

第一段が終われば第二段のさっきよりも人数が増えた塊がやって来る。
ステージ前に集まっているとはいえ、声を聞いてこちらを確認に来るのは第一段の数人、その様子を見て第二段の数人が、それにより騒ぎが大きくなり一条たちだけでは対応出来なくなるだろう。
疎らに人が襲って来る内に一条たちは距離を稼ごうとした。
それは上手く行き、第一段、第二段、第三段と一条たちが対処出来るだけの人数を相手にして彼らの間を抜け去ることが出来た。
だが、騒ぎは確実に大きくなり、徐々に一条たちは押され始める。
そしてステージまで後50mも無くなった時、一条たちの足が止まった。

「邪魔すんなー!」
「退けー!」

鉄パイプやスコップ、バットやゴルフクラブ等を手にした市民が卯月を守る一条たちの間を強引に抜けようとしてくる。
それを押し返そうとするものの、一条一人に対し相手は複数。
いくら一条と言えども押し返すことは不可能だった。
空砲にした拳銃を杉田と実加が放つもひるむのはほんの数秒、一条のコートの背中部分に仕込んだ神経断裂弾用ライフル、改良型神経断裂弾用ライフルを抜くわけにもいかず、一条たちは市民相手に苦戦していた。

「一条!もう限界だぞ!」
「踏ん張ってください!
……退く訳にはいかないんです!」
「一条さん、杉田さん!少しずつ回転して場所を換えてください!」
「夏目くん!策があるのか!?」
「はい!一応」

卯月を中心としてその周囲を囲んでいた三人が市民に押され、その円を小さくしながらも、円は回転し、実加を前方に、後方で二ヶ所を一条と杉田がカバーする陣形になった。

「きゃっ!?」

円が小さくなったために、手を伸ばした市民の持っていたゴルフクラブが卯月をかすり、卯月は短く悲鳴を上げた。
それに実加は焦り、その双腕に力を込める。

「お、おりゃぁあああ!!」
「うわっ!?」
「なんだこの女!?」

クウガの力、変身しないでその力の何割かを引き出す。
それが実加の策。
白い未熟な姿にしか慣れないとはいえ、その力は人間を遥かに凌ぐ、その力の欠片を得て、人の波はステージの方へと押されて行く。
卯月を中心とする円も若干広くなり、少しだけ余裕が出来た。

だが、ここからが問題だった。

「痛っ!」

実加の肩に、金属バットが降り下ろされた。

「夏目くん!」
「こいつらは卯月の仲間だ!未確認の仲間だ!遠慮すんじゃねぇ!」

市民の集団において、リーダーという者はいないだろうが、血の気の多い者は多くいるだろう。
そんな攻撃的思考を持つ一人が、実加を躊躇せずバットで殴り、声を張り上げた。
それまでの集団は、卯月は兎も角として、一条ら三人には攻撃して良いか図りかねて攻撃らしい攻撃はしてこなかった。
だが、今の一人が大義名分を与えてしまったのだ。

「「ウォォォオオオ!!」」

先程の若者に呼応するように市民の集団が吼えた。

遠慮を無くし、目の色を変えた集団が各々の武器を掲げて一条たちに襲いかかった。

「くっ!」

第一陣の木刀を一条は右腕に当て、受け止める。
一条たちとしても、これを予想していなかった訳ではない。
だが、機動力も必要とするため、装着出来た防具は籠手とすね当て程度。
攻撃を受け止めるには腕を使うしかない。
そして、それは同時に守護の瓦解と成りうる。

「うぉおおお!」
「っ!クソッ!」

防御により腕を身体に寄せた一瞬、一条と杉田の間に割り込むようにして一人の市民が卯月へ向かう。

「はっ!」

どうにか足をかけ、投げ、転ばせると少し後退し卯月に近づき、崩れた陣形を前より縮めて戻す。

「……やむを得ん、か」

合図は無い、がしかし、警察官三人は理解していた。
もう手加減は出来ない、と。
止めるために振るう拳に込める力が増す。
技が本格的な物へと変わる。
それでも時間稼ぎにしかならないとはいえ、警察が罪無き市民に振るって良い物では無くなって行く。



「……やめて」

小さく、声が聞こえた。
チラリと後ろを見れば、涙目の卯月がいた。
襲われる恐怖で泣いているのではなく、戦うことしか出来ないことに対する悲しみで涙を流しているということが一条には瞬時に理解出来た。
何故なら……一条も正にその悲しみを感じていたからだった。
暴力でしかやり取りの出来ない、とてつもない悲しみを……
隠してきた心の痛みを、卯月の涙で自覚した一条の気がほんの少しだけ緩んだ。

そして、その隙は致命的な隙となった。

「オラァ!」
「あぐっ!?」

腹部へのスコップの一撃。
普段ならば十分耐えられる一撃に、一条は膝をついた。
人間の身体に深く傷が付いた時、それは比較的すぐに閉じるが治った訳ではない。
少しの衝撃で痛みと共に開く。
一ノ瀬志希による刺し傷が、その一撃により開き、一条の肌着の下の包帯に血が滲んだ。

「「一条さん!」」
「一条!」
「オラァ!」
「うぐっ!?」

膝をついた一条の頭に、スコップでもう一撃。

籠手でどうにか頭に直接当たるのは防げたものの、その衝撃は頭の芯まで届く。
軽い脳震盪により意識が遠退き視界が揺らぐ。
円形の布陣は崩れ、一人の壮年の男性が卯月に向かった。
その手に持つは猟銃。
猟友会か何かに所属し、それを得ているであろうその男性は、卯月にだけその弾を当てられる、絶対に外さないであろう距離まで近づき、構える。
他の市民は猟銃を恐れて離れた、ならば邪魔はなく確実に当たるだろう。

そして、その肩に下げるは遺影。
一条に辛うじて見えたその姿は……第50号、熊谷和樹。
今回の未確認生命体の正体は人間、その発表を避けるために、熊谷和樹は第50号に殺されたということになっていた。
その親類であろう男性が、皮肉なことに未確認生命体第50号を憎み、未確認生命体ではない少女を殺そうとしていた。

「死ねぇぇぇええ!!」
「やめろっ!」

一条はその足を掴むものの、まだ脳は揺れており力が入らない。
そして、壮年の男性は引き金に指をかけ、別の男性は一条の頭に目掛けて止めに三回目のスコップを降り下ろそうとしていた。
ここで一条たちの抵抗も虚しく、一ノ瀬志希のシナリオ通りの展開になる。




「だめぇ!!」


筈だった。
視界の揺らぎが収まった一条が捉えたものは、時が止まったかのように動かずに、目を見開いてこちらを見る人々。
誰かに取り押さえられた壮年の男性。

その誰かとは……

「はいはい、銃刀法違反の現行犯でシメちゃうわね」
「片……桐……さん?」

CGプロのアイドル、片桐早苗だった。

だが、一条には違和感があった。
先程の制止の声。
それは片桐早苗の声とは違った。
もっと、角の無いというか……幼い声だった。
そして、動きを止めた人々の視線は、片桐早苗でも壮年の男性でも島村卯月でもなく、一条の後ろに注がれていることに気づいた。

ゆっくりと、自らの背後を振り向いた一条が見たのは……

「っ!?龍崎くん!?」

スコップを降り下ろそうとして止まった男性の前に、一条を庇うように両手を広げる小さな背中だった。

「刑事さん……大丈夫?」

こちらを振り向いた幼い横顔は、暴力への恐怖からか涙が零れていたが、一条を思いやる笑顔をしていた。

一条が呆気に取られつつ頷くと、ホッと息を吐いて、凛とした表情に顔を変えると再び一条に背を向けた。

「刑事さんや卯月お姉ちゃんをいじめないで!
刑事さんや卯月お姉ちゃんは悪いことなんてしないもん!
刑事さんはみかくにんせーめーたいからかおるたちを助けてくれたの!
……だけど、刑事さんがみかくにんせーめーたいからかおるたちをまもってくれた時、刑事さんのことをこわいって思っちゃった。
だけど!それは悪いことをしたからじゃなくて、かおるたちをいっしょーけんめーまもろうとしてくれたからだって卯月お姉ちゃんが教えてくれたの!
刑事さんはかおるにけーさつのことをいっぱいお話してくれて……卯月お姉ちゃんはかおるといっぱい遊んでくれて……刑事さんも卯月お姉ちゃんも優しいの!
なのに……なんで……なんでみんないじめるの?」

背を向けているが、震えている声から、一条には薫が泣きながら言葉を絞り出しているのが理解出来た。

年端もいかない少女の周りで、様々なことが起こった。
人が未確認生命体により殺され、優しい刑事は鬼神のような表情に変わり、未確認生命体の正体は大好きな優しいお姉さんだと言う。
未だに年齢が二桁にすら達していない少女が受け止めるには重すぎる状況。
それでも彼女は、それを必死に受け止め、その上で否定した。
社会ではなく、自分が見てきた優しい刑事さんとお姉さんを信じたのだ。



「うっく……うぁ……うぇぇぇええん!」

だが、耐えきれる筈もない。
様々な状況に、感情に圧し潰され、それを全て吐き出すように薫は大声で泣き出した。
裸の王様という童話がある。
それは、無邪気な子供により、嘘で塗り固められた世界が壊される物語。
今ここでも、同じことが起ころうとしていた。
幼い少女の泣き声は、絶叫は、卯月に暴力を奮おうとしていた者たちの心の揺らがせた。

「……薫ちゃん」

大きな泣き声が響いている筈なのに不気味な程に静かな中で、卯月が暖かな声色で薫に語りかけた。

「卯月……お姉ちゃん……」

卯月に振り向いた薫の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

そして、感情に任せて薫は卯月の下へ泣きながら駆け寄った。

「頑張ったね……薫ちゃん」

両手を広げて走ってきた薫を、卯月は優しく抱き締めた。

「うぁ……うぁぁぁぁぁ!」

その胸に顔を埋めて、声が漏れないように顔を、口を卯月に押し付けて、薫は絶叫した。
その背中を撫でながら、卯月は何も言わずに抱き締め続けた。

先程までうるさかった市民の声は聞こえない。
全員が武器を下ろし、目の前の光景に目を奪われていた。
今の卯月の姿は、人をゲームで殺す未確認生命体の姿とはおよそ正反対の位置にあった。

「その……ママにはダメって言われたんだけど、早苗お姉さんにナイショでつれてきてもらったの……そしたら、卯月お姉ちゃんがいじめられてて……じゅうを持ったおじさんが出てきて、みんなおどろいてはなれたから、刑事さんと卯月お姉ちゃんを守らないとって……」
「うん……うん……ちゃんと分かってるよ……偉いね、薫ちゃん」

卯月が薫の頭を優しく撫でる。
その暖かさで、薫は涙で濡れた顔を綻ばせた。

>>270
一文抜けてました。

叫びを全て吐き出し、大人しくなった薫が卯月から顔を離した。

「その……ママにはダメって言われたんだけど、早苗お姉さんにナイショでつれてきてもらったの……そしたら、卯月お姉ちゃんがいじめられてて……じゅうを持ったおじさんが出てきて、みんなおどろいてはなれたから、刑事さんと卯月お姉ちゃんを守らないとって……」
「うん……うん……ちゃんと分かってるよ……偉いね、薫ちゃん」

卯月が薫の頭を優しく撫でる。
その暖かさで、薫は涙で濡れた顔を綻ばせた。

「薫ちゃんが頑張ったんだから、私も頑張らないとね。
……見てて、薫ちゃん、私も頑張るから!」

卯月がステージを見た。
その瞳にはもう涙も困惑も浮かんでいない。
強い覚悟で満ちていた。
すぅっと、卯月が大きく息を吸う、そして……




「憧れてた場所を ただ遠くから見ていた」


歌った。
輝くような笑顔で、力強く凛とした声で、ただ歌った。

S(mile)ING!

https://www.youtube.com/watch?v=hsiSbpOQ0rw

>>275

本当はフルなんですが、卯月の声だけのフルバージョンは上がっていませんでした。
フルバージョンは各自、CDなどでご視聴ください。
とても良い曲ですよ。

音響機器の一つもない、楽器の音もないたった一つだけの歌声。
みんなに笑顔を、幸せを届けたいと夢を語った卯月の歌声。
それは、確かな光を放っていた。
その光は、人の心を照らす。
自らの心を照らし出され、武器を手にしていた人々は、自分の正義の歪みを自覚せざるを得なかった。
そして、その後の行動はたったの二種類。
武器を下ろし、道を開ける。
もしくは、自らの歪みを認める勇気を持てず、やけくそ気味に卯月に襲いかかるか。

だが、襲いかかる彼らは止められる。
一条薫に、夏目実加に、杉田守道に、片桐早苗に、そして……ある者たちに。
彼らはずっと自分の信じる彼女を、卯月を本当に信じていいかどうか葛藤し、それを見極めるためにここに来た。
襲われる卯月を見ても、どうするのが正解なのか、自分の正義が正しいのか、自信が無く、ただ見ていることしか出来なかった。
だが、卯月が放つ光により、自分の正義の正しさを照らされ、彼らは動き出した。
その者たちを、今は『ファン』と呼ぶ。
だが、一昔前はこうとも呼んだ、『親衛隊』と。
歪みを認める勇気の無い者を取り押さえる彼らは、正しく卯月の『親衛隊』だった。

もう、卯月の進む道を邪魔する者は居なかった。
ステージまで、綺麗に道が開き、そこを卯月は薫と手を繋いで歩いて行く。
ステージの階段で、薫の手を離すと、卯月はたった一人でその階段を上る。
ステージにまで上がり、武器を構えていた人々はもういない……ステージの上にはたった一人、卯月だけがいた。




「愛をこめてずっと歌うよ」



ステージに上がり、観客席の方を振り向いた卯月の表情は、歌い始めた時から変わらない眩しい笑顔だった。

「わー!」

歌い終えた卯月を、薫の感嘆詞と拍手と笑顔が祝福した。

「「うおおおおお!」」
「……大したもんだな」

杉田が卯月にコールを送り出した『親衛隊』を見て呆れたように声を出した。

「腕、全然衰えてませんね、早苗さん」
「アイドルのレッスンってのもハードなのよ、やってみる?」
「それは一条さんだけで結構です」

実加と早苗はお互いに称えあった。

「……ありがとう、龍崎くん……おかげで助かった」
「えへへ~♪どういたしまして!
それと、刑事さんにも!この前はありがとうございまー!
それと、お礼言えなくてごめんなさい!」
「気にするな……そうだ、龍崎くん、一日署長には興味は無いかい?」
「しょちょー?」
「一日だけ、警察官としてお仕事が出来るお仕事だ」
「ホント!?かおるやってみたい!」
「私が上に掛け合ってみよう、期待していてくれ」
「わ~い!」

一条と薫はわだかまりを無くして語り合った。
その誰もが『笑顔』だった。
卯月が歌を通して与えたかった『笑顔』を、彼らはしっかり受け取っていた。
辺りが和やかな空気に包まれ……



「……何で?」

一瞬で崩壊する。
ステージに、突如として一ノ瀬志希が現れたのだ。

「志希ちゃん!?」
「志希お姉ちゃん!?」

真実を知らない早苗と薫が驚きの声を上げ、周囲がざわついた。

「うるさいよ」

志希が口に右手を当てる。
その右手を離した時、その手には直径3cm程の玉が握られていた。
それを志希は無造作に空に放り投げる。

「っ!?まさか!毛玉!?」

いち早く事態を把握した一条が薫を庇うように抱き締める。
と、ほぼ同時に毛玉がはじけた。

毛というより、針の硬さと鋭さに変化したそれが降り注ぐ。

「「ぐああああ!」」

おそらく、ライブの際にカメラを壊したのと同じように、それは観客席にいた人々に刺さると、刺さった人は次々と倒れて行く。

「眠ってて?」

刺さった者は体内に特殊な薬品を注入され、眠りについた。
残ったのは、毛玉から逃れた……いや、標的から外されたのは、一条薫、夏目実加、杉田守道、龍崎薫、片桐早苗、そして『親衛隊』の面々のみ……会場の約2/3が一瞬にして眠りについた。

「これって……まさか……志希ちゃんが……?」
「志希お姉ちゃん……?」

志希の行動は、早苗と薫に即座に真実を教えた。

戸惑い、声を絞り出した二人になぞ興味無いかのように、志希は光の消えた目で卯月を見つめ、卯月も志希を見つめ返していた。

「……ねぇ、どうして?
どうして失敗するかなぁ?」
「……志希ちゃん」

一歩ずつ、ゆっくりと志希は卯月に歩を進める。

一条は危機感から銃を構えたくなる衝動に刈られたものの、それを抑える。
卯月が、それを許さない。
卯月は一条たちが銃を抜くことを善しとしない。
卯月は、まだ志希と人間として向き合おうとしている。
警察官として失格だが、一条たちは卯月のその意思に賭けていた。

「これで三度目……本当はあの刑事に撃ち殺させる筈だった。
護送中の暴動で殺される筈だった。
今ここで死ぬ筈だった……
なのに何故?何が卯月ちゃんを生かすの?」
「………………」
「歌って何が変わったの?
歌なんてただの振動数の組み合わせなのに、貴女の歌は何が違うの!?」
「志希ちゃん……」
「完璧だの天才だの言われたアタシの計画を!何にも無いお前が何でここまで狂わせる!?何が違う!何が違うの!?」
「うぐっ!」

卯月に近づいた志希は、激情を顕にして卯月の首を締めた。
そのまま、未確認の姿に変わりながら、力を強めて行く。
猫を思わせる異形の顔が、卯月を見つめる。

だが、一条は銃を抜かない。
かつて、17年前に五代雄介を信じた時のように、島村卯月を信じているから。

「何でお前は全部持ってる!?
何がアタシと違う!?
何なの卯月ちゃんは!?
どうして貴女だけ……」
「志希ちゃん……」

首を締められ、苦しいだろうに、その様子を出さず、卯月は優しい声で呼び掛ける。

「ゴメンね……志希ちゃんが何で苦しんでいるのか……私にはわからないの。
だけど……貴女の気持ちには成れないけど、貴女を思いやることなら出来る……だから、ね、お願い」

首を押さえられかすれた声で、優しく、先程の薫にしたように、卯月は志希の背中に手を伸ばして、その化け物の身体を抱き締めた。






「………………志希ちゃん」




そして、ただ名前を呼んだ。
続く言葉はない。
いや、それに続く数々の言葉を、声色に詰め込んで、名前を呼んだ。

「うぁ…………」

志希の動きが止まる。
卯月の首を締めていた手が離れる。

「あぁ……」

その手が、卯月の背中に回り、少しずつ身体から色が抜け、志希の肌が戻って行く。

そして、卯月を抱き締め返した。
志希自身の、人間の身体で。
志希の顔に表情が戻る。
その顔は…………

ここで七章は終わりです。

まさか七章を投下するだけで一時間以上かかるとは思いませんでした。
では続けて八章を投下していきます。

第八章「志希」

アタシは、産まれた時から天才だった。
言葉を話すのも早く、一人で歩けるようになるのも早かった。
両親は、そんなアタシに喜んで、誉めた。
『天才だ!』『wonderful!』二、三ヶ国語を用いてアタシを称賛し、撫で、抱きしめた。
その時の両親の良い香りを今でも覚えている。

アタシには人の感情が匂いで判る。
各種ホルモンやエンドルフィン、ドーパミン、アドレナリン、etc、それらが分泌された時の僅かな匂いの変化を嗅ぎ分けることが出来るらしい。
成長するにつれて、その鼻がアタシを誉める両親の匂いに混じる嫌な匂いを嗅ぎ分けるようになった。
その嫌な匂いの正体にも、賢いアタシはすぐに気づいた。

それは……恐れ。
両親は、私の才能を恐れ始めたのだ。
アタシのダッド……父親は科学者だった。
ダッドは、アタシが齢六歳にして彼の論文を読み、理解した時、遂に私を誉めることすらしなくなった。
アタシが何をしようと否定も肯定もせず、叱りも誉めもしない。
それがアタシが六歳の頃のダッド。
それまでの良い匂いはしなくなり、生ゴミか何かが腐ったような匂いしか発しなくなったダッド。

だけど、アタシはその匂いに惹かれた。
科学者としての知識欲故か、その酷い匂いはどこまで行き着くのか知りたくなり、更に知識を詰め込み始めた。
同年代の子と全く遊ばず、ダッドの部屋に並んだ分厚い科学の専門書とにらめっこを続けるアタシに、遂にママもおかしな匂いを出し始めた。
たぶん、それは心配と困惑の香り。
我が子の成長の仕方を憂いて放たれた香り。

やり方は間違ってなかったことを知り、アタシはダッドとママの匂いを更に発酵させて行った。
まだ十にも満たない年齢で、アメリカの超一流大学に特例で入学し、見せ物を見るような周囲の視線に堪え、研究を続けた。
だけど、研究成果なんてどうでも良かった。
何を発見しようと、何を作ろうと、それはあくまでも過程に過ぎなかった……人の匂いの変化を知るための。
アタシが成果を上げる度、ダッドの匂いは嫉妬と劣等感と恐怖でどんどん酷い物になって行った。

それが堪らなく嬉しくて、アタシは加速して行った。
ママが止めるのも気にせずに、寝食を惜しんで研究を続けた。
そして、アタシが12歳の時、遂にアタシの研究が終わりを告げた。

ダッドが科学者人生で数十年間ずっと追い求めていた命題を、アタシが解明したのだ。
親として、科学者としてのプライドをズタズタに引き裂かれ、どうなるのかが楽しみだった。
学会でそれを発表し、小うるさい記者たちのインタビューに付き合わされすっかり帰宅が遅くなったアタシは、期待に胸を膨らませてダッドの部屋に飛び込んだ。



そのアタシを出迎えたのは、酷い腐臭と、首を吊ったダッドだった。

吊られて首は伸び、括約筋が弛み、足元には汚物が転がるダッドの死体。
時間的には、私が学会で発表していた途中に抜け出し、自殺したようだった。
机の上に置かれた遺書には、アタシはダッドの数十年の努力を嘲笑う悪魔だと書かれていた。



そうして、アタシは12歳にしてダッドを殺した。

自殺だったけど、ダッドを追い詰めたのは間違いなくアタシだ……アタシが殺したも同然だった。
その時から……周囲の目が変わった。
珍しい珍獣か何かを見るようだった不快な視線は、親殺しの化け物を見る、恐怖の視線に変わった。

ママはそれに堪えきれなくなり、ママはアタシを連れて日本に逃げた。
日本に帰る前までは、どうにか正気を保っていたママだったけど、ダッドが自殺して時間が流れると、放置された食べ物が腐っていくように、少しずつママは壊れていった。

岩手県の母方の実家に行けば良いものを、アメリカに渡る前に住んでいた東京に拘って、東京に、僅かに残るダッドの残滓にすがり付くママは、アタシを殴るようになった。
『産まなければ良かった』
『どうして産まれてきた』
『どうしてあの人を殺した』
『お前は悪魔だ』
それだけがその頃のママがアタシに吐き出す言葉。
アルコールと、当時笑顔になれる、疲れがとれる等と言われて広く販売されていた未確認生命体第49号の化学兵器、『リオネル』がママの主食。
固形物の栄養はほぼ摂取せずに、アルコールとリオネルに溺れるママは、みるみる衰弱していったけど、アタシを殴る力は強いままだった。



結果、4年前の夏のある日、ママは死んだ。
第49号のゲゲルの被害者となって。

リオネルの効果で狂気に飲み込まれ、大声で高々と笑いながら絶命したママの姿は、酷く滑稽だった。
こうして、アタシは両親を失った。
不思議と、どちらが死んだ時も涙は出なかった。
ただ、アタシが求めた酷い悪臭が無くなったことは寂しかった。

ママが死んで、アタシは、引き取るというグランマの手を振り払って一人で生きることを決めて、飛行機事故、並びに集団催眠だのなんだのと言われていた第49号の事件の傷痕の残る町を宛もなく徘徊していた。
そうしてママが死んだ五日後。
アタシはいきなり路地裏に連れ込まれた。

「……何かな~?アタシに何か用?」
「小娘一人が出歩くと危ないってことを教えてやろうと思ってな」

4人の男たち、その目的は火を見るよりも明らかだった。

その男たちを前に、アタシは心の底から笑った。

「何を笑って……」

言い終える前に、その男はアタシにぶん殴られて倒れた。

「バッカじゃないの?
人間4人で悪魔をどうこう出来ると思う?」

怒りで襲って来る男たちを、アタシは軽々と投げ飛ばした。
武道の根底にあるのは力学と生物学だ。
科学という分野に置いて、アタシを越える頭脳は恐らくない。
自分の身体の限界、出来る動き、耐久力、その全てを把握することなど造作もなく、また実践するのもアタシにとっては楽なことで、4人の武道の心得もない男たちなんて相手にならなった。

「つぇぇ……」
「フフッ、こっからが本番だよ?」

仰向けに倒れた男の一人に跨がり、懐から茶褐色の小さな瓶を取り出した。

「これ、何だと思う?」
「何って……」
「はい時間切れ~。
正解はね、フッ化水素酸」
「は?」
「そうか~、キミの軽い脳ミソじゃ解らないか。
反応性の極めて高い薬品……劇薬だよ?」
「なっ!?」
「はい!ここで問題!
人間の身体で、痛覚が一番強い場所は何処でしょう?」
「はぁ?」
「ブブ~!歯の神経は第二位で~す!
一位はね、目の粘膜だよ!
そうだよね~、少しゴミが入るだけでも物凄く痛いもんね!」
「な、何を……」
「フッ化水素酸ってね、歯科医が間違えて小さな子供の歯に塗っちゃって、その子供は大の大人数人に押さえつけられてたのにそれを振り払う程の力を出して絶命したんだって!
第二位だもんね歯は!
第一位だとどうなっちゃうのかにゃ~?」
「お、おい……冗談……だろ?」
「さて……目薬のお時間ですよ?
もっと嗅がせて?その恐怖の匂い」

風の影響等を計算に入れ、恐怖をじっくりと味わえるように目の1メートル程上から液体を一滴垂らす。
押さえつけられて動けぬ顔に自由落下で落ちる雫は、目標をズレずに相手の目玉に……

「ほう?」

落ちる前に、間に入り込んだ手がその雫を受け止めた。

「リントの中にも、面白い奴がいたのだな」

むせかえる程濃厚な薔薇の香りを放つ女性がそこにいた。

その女性は、恐怖で気絶した男、逃げ出した男たちなど毛ほども気にせずに、アタシを、アタシだけを見下ろしていた。

「誰アナタ?」
「私が誰なのかはどうでもいい。
それよりも訊きたい……コイツらの恐怖に歪む顔を見て、楽しいか?」
「う~ん?わかんない。
でも……この恐怖の匂いは、大好きだよ。
だって、志希ちゃんは悪魔だから♪」
「そうか……ならば、本物の悪魔になってみる気はないか?」

白い薔薇のタトゥを入れた彼女は、アタシの頬に手を這わせて誘った。
断る理由なんて、どこにも無かった。

グロンギの霊石の欠片が馴染むまで一年、体内の霊石の欠片が完全な物に再生するのに二年がかかった。
その間に、もう一人彼女に選ばれ、アタシとそいつは彼女からグロンギのことを学んだ。
殺戮ゲーム以外では人間を殺してはいけないと聞いて、酷くガッカリしたのを覚えている。
そうして一年前、ようやくほぼ完全にグロンギとなり、ゲゲルの許可を得た。
だが、ペナルティをつけられる程霊石は馴染んでおらず、最初のゲゲルはチュートリアルということで時間制限等は無し、ただし、失敗したら問答無用で殺される。
そういうことになった。

なるべく人間を沢山殺したかったアタシは、どんなことをすればいいか気ままに考えながら町を徘徊していた時……アイドルのロケ現場に出くわした。
伽部凜のことは薔薇の女、バルバから聞いていた。
同じようなゲゲルも悪くない。
そう思って、アタシはアイドルになった。
そこは、つまらない、同じような匂いのする人間しかいない陳腐な世界で、アタシは酷く退屈していた。

面白くない。
アイドルなら少しは面白い人間がいるかもと思っていたのに、全員つまらない香りばかりでイライラする。

そう感じていた時。

「あの……怒ってますか?」

一辺たりとも、その感情は表に出していなかった筈だった。
なのに、彼女は……卯月ちゃんは初対面のアタシにそう話しかけた。
卯月ちゃんからだけは……嗅いだ覚えのないような、嗅いだことのあるような、不思議な、良い香りがした。

アタシから見て彼女は酷く平凡だった。
突出した何かは無かった。
人の感情の機微に悟い訳でもない。
それなのに、何となくでアタシの感情を読み取ってみせた。
気に食わなかった。
アタシより何もかも下のくせに、同じ目線で、馴れ馴れしく、心に触れようとする彼女が。
だから、潰そうとした。
ダッドと同じ方法で。
彼女が習得に苦労していたステップを、一回見ただけで完全にモノにして卯月ちゃんに見せつけてやった。
軽々と自分を越えられ、彼女のプライドはどうなるのか楽しみだった。

だけど、アタシのステップを見た彼女の反応はアタシの予想とは全く違った。

「わぁ~!凄いですね、志希ちゃん!」

ただの、称賛。
鼻が良いから判る。
その称賛に嫉妬や劣等感等が、微塵も含まれてないことが。
ただ、ただただ純粋に、アタシのことを誉め称えていた。

思い通りにならないのが、また嫌だった。
アタシに追い付こうと、夜遅くまでステップを練習する彼女の姿が目障りだった。
どれ程才能の差を見せつけようと、卯月ちゃんは挫折せず、純粋にアタシを称賛し、自分を研鑽し続けた。
不快で堪らなかった。
自分がダメになる数歩手前まで無理をして、それでも決して壊れない彼女が。
してはいけない無理はしない、それが彼女で。
それでもやらなきゃいけない無理ならする。
そんなおかしな人間が卯月ちゃんだった。
その生き方が、アタシへの姿勢が、大嫌いだった。

だから、彼女のアタシのゲゲルのキーにした。

「リントにリントを殺させる、か……面白いゲゲルだ」
「でしょ?
オマケに~♪その時にグロンギの素質のある人間を選別すりゃ一石二鳥ってこと♪」
「お前は……ダグバをも越える存在となるかもな……」
「ダグバ?なにそれ?」

バルバは、アタシのゲゲルを肯定した。

ゲゲルはスタートし、CGプロが博打の覚悟で企画したライブツアーに、アタシが参加していない時も客席に紛れ、観客を眠らせた。
ブローチで卯月ちゃんの行く場所を知り、卯月ちゃんの印象を悪くするために卯月ちゃんのみが良く行く場所にいる人物を眠らせた。
後は、トリガーを引く人間の選出。
第一候補はプロデューサーだが、残念なことに彼には力がない。
少し不満が残るが、警察を呼び、その中から選んでみるのも良いだろう。

「……なぁ、志希……お前は、躊躇しないのか?」
「はぁ?」

ある日、熊谷和樹がアタシに語りかけて来た。
それまで一切干渉しようとしなかったくせに。

「俺のゲゲルが始まった。
特に拘りはなく、九人殺すだけだ……俺も、人は死んだほうが良いと思ってきた……でもよ、実際に手にかけてみて……なんか……さ」
「……何言ってんの?
ここまで来て今更何を言っているの?
アナタはもう殺人者、グロンギ、戻ることは出来ない」
「……そ、そうだけどよ……」
「……そうだ、場所を提供してあげる……そこなら、アナタのゲゲルはすぐに完遂される……そこで、完全に人間を捨てちゃいな?」

万が一にも卯月ちゃんを殺させないように、熊谷の身体に薬品を仕込むと、そのライブのために状況を整えた。
掲示板に書き込みをし、プロデューサーとちひろさんを誘導して警察に相談させた。

その男の匂いを嗅いだ瞬間に、トリガーを彼にすることを決めた。
一条薫、彼の匂いは独特だった。
いや、彼自身の匂いは平凡な物だ……だが、何かの残り香のような物がついている。
それは、例えるならば青空の香り、その残り香が、彼から漂っていた。

そして、あのライブの日、熊谷のゲゲルは失敗した。
一条薫によって熊谷は追い払われた。
その結果にがっかりしながら着替えていた時、卯月ちゃんの様子がおかしいことに気づいた。

「どうしたの?卯月ちゃん」
「志希ちゃん……あの人、何であんなことしたんでしょう……」
「ああいう生き物なんだよ。
未確認生命体、卯月ちゃんやアタシが産まれたばっかの頃の奴らだけど、知ってるでしょ?」
「はい……でも……」
「『でも』?」
「……あの人、人を襲う時、手が震えていました……」

熊谷の奴は、怖じ気付いていたらしい。
全くもって情けない、グロンギの恥だ。

だが、この状況は善い。

「……それなら、確かめに行ってみる?」
「え?」
「本当はアレはどんな人なのか……黙っててあげる、そこの窓から出ていって確かめに行ったら?
ん~、たぶん近くの公園に行ってると思う」

熊谷に仕込んだ、眠り病のとは違う薬品のおかげで、アタシには居場所がしっかりとわかった。

「志希ちゃん……はい!行ってきます!」
「うん……おっと、ちゃんとブローチ着けてってね」
「あ、はい!」

こうして、あの一条とかいう刑事に卯月ちゃんが未確認生命体だという偽の証拠も掴ませた。

あとは……

「う~ん……」
「どったの?プロデューサー」
「志希か……いや、この前のライブが未確認のせいで大赤字になってしまってな……少し経営がな……」
「ふ~ん……ならこれは?」
「?……何だこの書類?」
「仕事場から貰ってきたの、その合同ライブ、シークレットゲストのアイドルたちが全員眠り病になっちゃって急遽代わりのアイドルたちを探してるんだって」
「……近いな」
「だけど、それしかないんじゃない?」
「う~ん……確かにな……検討しておく、準備期間が短いからキツいだろうけど……」
「……にゃはっ♪」

舞台は整った。

「へ~、あの刑事さん、ポレポレ知ってたんだ……」
「うん、おやっさんと結構前からの知り合いみたいだったよ」
「へぇ~♪」

キャストも呼んだ。

「調子はどうだ?」
「上々、もう超硬化形態も手に入れた……後は、時を待つだけだよ」

力も手に入れた。

「……なぁ、志希」
「どったの?プロデューサー」
「……時期的に、お前が来た頃から……眠り病になる人が出てきてる。
出演してなかった公演の時、お前がチケットを購入して見に来てることがわかった。
そして、このライブの話を持ってきたのは……お前だ、志希」
「……何が言いたいの?」
「……お前は……未確認生命体……なのか?」
「………………」
「ハハッ……なんてな、悪いな、疑って」
「ん~、卯月ちゃんじゃなくてアタシに来ちゃうか……鋭すぎるのも考えものだね~、トリガーをキミにしなくて正解だったかも♪」
「…………志希?」
「おやすみ、プロデューサー」

邪魔者は眠らせた。
後は、本番だけ。


なのに……

失敗した。
あの刑事は、卯月ちゃんを撃たなかった。
どうして?
あの刑事は完全に卯月ちゃんを疑っていた、なのに……何で卯月ちゃんを信じたの?

「痛たた……撃つなんて酷いなぁ」
「刑事さん!刑事さん!」
「完全に寝ちゃったみたいだね。
応援が来るまで時間もないし、アタシはもう行かないと……でも、その前に」

アタシの腕を、渋谷凛の腕を、本田未央の腕を、遊佐こずえの腕を切り裂いて血を流させ、卯月ちゃんに浴びせた。

「きゃっ!?」
「だいじょぶ、みんな殺しはしない、ちゃんと止血もする……けど、卯月ちゃんが死ねばみんな死ぬ。
卯月ちゃんの命は、今眠り病で眠っている人たち全員に繋がってるんだよ♪
じゃね、卯月ちゃん、ちゃんと死んでね?」

卯月ちゃん以外のアイドル、そしてブローチを運び出す。
卯月ちゃんは捕まって、ネットには卯月ちゃんに不利な情報を流す。
これで、卯月ちゃんは殺される。
当初の予定とは違い、トリガーの刑事ではなく、市民によって。


何故?

卯月ちゃんは、何者かによって逃がされた。
警察ですら卯月ちゃんを疑っていたのに、何故、誰が卯月ちゃんを信じたの?
最後の手段を使うことになってしまった。
本当は、卯月ちゃんが死に、その他多くの人間も死んだ後のネタばらし、全てを知らしめて絶望させるための舞台、それを、卯月ちゃんの墓場とすることになった。
たった四人のレジスタンス、小細工しか出来ない弱い四人。
居場所を知らせれば、すぐに卯月ちゃんは死ぬ。



なのに……何故?
何故……卯月ちゃんを信じる?

彼女は何もしていない。
歌には何の力もない。
全ては、卯月ちゃんの信頼の力。
卯月ちゃんが人間を、自分を信じ、みんなが卯月ちゃんに惹かれ、卯月ちゃんを信じた結果。




何で?


「……ねぇ、どうして?
どうして失敗するかなぁ?」
「……志希ちゃん」





何で卯月ちゃんばっかり?



「これで三度目……本当はあの刑事に撃ち殺させる筈だった。
護送中の暴動で殺される筈だった。
今ここで死ぬ筈だった……
なのに何故?何が卯月ちゃんを生かすの?」
「………………」
「歌って何が変わったの?
歌なんてただの振動数の組み合わせなのに、貴女の歌は何が違うの!?」
「志希ちゃん……」
「完璧だの天才だの言われたアタシの計画を!何にも無いお前が何でここまで狂わせる!?何が違う!何が違うの!?」
「うぐっ!」






何で平凡な卯月ちゃんは、他の誰よりも特別なの?




「何でお前は全部持ってる!?
何がアタシと違う!?
何なの卯月ちゃんは!?
どうして貴女だけ……」
「志希ちゃん……」






どうして……アタシがーーーー






「ゴメンね……志希ちゃんが何で苦しんでいるのか……私にはわからないの。
だけど……貴女の気持ちには成れないけど、貴女を思いやることなら出来る……だから、ね、お願い」



ーーーーーーーー






「………………志希ちゃん」






何だろう……この暖かい感触は……



「うぁ……」




この優しい匂いは……




「あぁ……」




あぁ……どうして?
どうして卯月ちゃんは全部持ってるの?
どうしてアタシにくれるの?







アタシが……本当に欲していた物を。









「うぁぁぁぁぁあん!」






ダッドが死んだ時も、ママを失った時も流れなかった涙が、堰を切ったように溢れ出した。

本当は……アタシは……両親を愛していた。
アタシは、ただもう一度ダッドに、ママに愛して欲しかった。
ダッドを追い詰めるつもりなんてなかった。
ただ、研究を手伝って、偉いねって、凄いねって、誉めて欲しかった。
また、私を誉める時の良い匂いをアタシに嗅がせて欲しかった。
ただそれだけだった。

なのに……アタシは幼く、そして歪んでいた。
アタシが、ダッドが喜ぶと思ってしてきたことは全て裏目に出てしまった。
研究を続けている途中で、ダッドの匂いがどんどん酷くなっても、成果が足りないせいだと勘違いして、成果を求めて無理をし続けた。


両親がつけてくれた名の通り、『希』望を『志』して……
そのアタシの希望が、ダッドを壊し、ママを壊した。

そして……アタシ自身も壊した。
壊れるしかなかった。
壊れなければ、もっと酷くなっていただろうから。
だから、アタシは自分の記憶の中の感情を改竄した、自分を悪魔だと思い込んだ。
そして、アタシはグロンギになった。

……なのに。
卯月ちゃんは残酷だ。
壊れてしまったアタシに、全てを見せて、全てを与えた……

卯月ちゃんのように、平凡に生まれたならば、両親は壊れなかったと何度も思った。
アタシは、卯月ちゃんのように、真っ当に努力をして、認められたかった。
当たり前のように両親に愛され、当たり前のように友達と遊んで、夢を追い求めて……
アタシは……心の底から、卯月ちゃんが羨ましかった。

そして、卯月ちゃんは、アタシにくれた。
純粋な称賛を、無条件の信頼を……抱き締める肌の温もりを…………包み込む愛情を。
アタシを抱き締める彼女の身体からは、卯月ちゃん自身のとても良い匂いと……昔嗅いだ両親の愛情の匂いがした。
それは全て、壊れる前のアタシが欲してやまなかった物。

卯月ちゃんは、アタシが求める全てを持っていて、アタシが欲する全てを与えてくれる……正しくアタシの理想(アイドル)だ。
そのアイドルは、アタシが壊れたままであることを許さない。
すっかり干からびたアタシの心の泉に愛情を注ぎ込み、埋めて、アタシの心を治し、アタシの心を傷つける。
だけど、何故か、その傷の痛みは暖かい。

みっともなく、赤子のように泣き喚くアタシを、卯月ちゃんは優しく抱き締め続けてくれた。
ありがとう……ありがとう、卯月ちゃん。
そして……ゴメンね……酷いことばかりして……ゴメンね。
感情が溢れ出しても、それは言葉にならず、ただアタシの口からは泣き声が流れ続けた。
言葉は出ないのに、今まで流さなかった分の涙が次から次へと溢れ出して止まらなかった。

どれだけ時間が経ったのかは分からない。
ようやく、涙は流れなくなってきて、口からは短い嗚咽が漏れるだけになった。

「……落ち着きましたか?」

卯月ちゃんが優しい声で語りかけてくれた。

「……うん」
「……よかった。
後で……志希ちゃんの背負っている悩みを、未確認生命体にならなくてはいけなかった理由を、私に教えてくれませんか?
少しでも……志希ちゃんの助けになりたいんです……」
「……うん」

ずっと、卯月ちゃんの身体は離さずに、彼女の言葉と温もりと匂いだけを感じていた。
ずっと、永遠にこうしていたい。
ずっと、彼女の温もりに包まれていたい。
だけど、そういうわけにもいかない。
アタシは……罪を犯した。
なら、それを償わなくてはいけない。

「……ありがとう、卯月ちゃん」

ゆっくりと卯月ちゃんから手を離して、卯月ちゃんにお礼を言う。

「いいんですよこれくらい」
「……卯月ちゃんは凄いなぁ。
アタシなんかじゃ敵わないよ」
「へ?そ、そうですか?
志希ちゃんの方が凄いと思いますけど……」
「いやいや……って、こうして言い合っちゃうとキリが無いよね。
……今、眠ってる人たちを起こすよ……待ってて」

少し神経を集中して、眠り病のスイッチを……

「っ!?」

誰かが、息を飲む微かな音がした。
その四半秒後、静けさを切り裂く鋭い銃声が響いた。
僅かに硝煙を燻らせるのは、一条薫の持つ神経断裂弾用の特殊なライフル。

「へ?」
「一条さん!何を……」
「そこから逃げろ!卯月くん!一ノ瀬くん!」

あの刑事の持つ銃口は、アタシではなく、アタシと卯月ちゃんの立つステージの端に向いていた。
振り向けば、視覚よりも先に嗅覚が反応する。



……濃厚な薔薇の香り。

「やれやれ……お前は優秀だと思ったのだがな」

未確認生命体B1号、バラのタトゥの女、ラ・バルバ・デ。
その女が、ステージに立っていた。
出来損ないのアタシを始末するために。

「卯月ちゃん、下がってて」
「でも……」
「いいから!」
「……はい」
「ゴメンね、バルバ。
アナタには悪いと思うけど、志希ちゃん、ホントはグロンギ向いてなかったみたい。
だからもう、ゲゲルもしない。
……悪いけど、帰ってくれない?」

腹部が熱を持つ。
その熱が身体中に伝染し、もう一つの皮膚が皮膚の下から浮き上がるような奇妙な感覚が脳に情報として送られて、身体が変質する。
グロンギとしての姿に変わる。

「こちらも帰る訳にはいかない、ゲゲルを達成出来ぬ者には死を、それがグロンギだ」

刑事は、銃を構えるものの、先の一発が触手で防御されたことで残弾を危惧し、迂闊に撃てない。
未熟なクウガは、卯月ちゃんのファンや早苗さんや薫ちゃんの目を気にして変身出来ず、人目のない場所へ走って行くところ。
もう一人のハゲのおっさんは、ファンや早苗さんたちへの避難誘導。
まともな戦力はアタシだけ。
相手はグロンギの中でもゲゲルの進行を行う者。
グロンギの中でもかなり上位の力を持つ。
だが……

「ギベ!」
「にゃはっ♪」

アタシはそれ以上に強い。

伸びて来る触手を全て切り落とし、バルバに迫る。
触手が減った隙に刑事の銃から弾丸が発射される……が、バルバが素早く触手を伸ばして防御する。
そして、通常の植物の成長スピードなぞ軽く無視し、一本、二本と次々に触手を生やして襲いかかる。

「その程度じゃ!アタシは殺せないよ!」
「……あぁ、グロンギのお前なら殺せないだろうな」

圧倒的不利な状況にあるというのに、バルバの余裕のある笑みは崩れない。
肉薄し、アタシの爪がバルバに迫った。

「キャーッ!」

かん高い悲鳴、勿論バルバの物ではない……なら……

「卯月くん!」

人間の手が切り落とされても、処置が適切なら再びくっついて元と同じく動かせるようになるのと同じように、植物にも再生力がある。
切れた茎が合わさって再生し、元の姿に戻る植物がある。
それと同じ、しかしそれよりも並外れた速度で、切れた触手が繋ぎ合わされ、卯月ちゃんに襲いかかっていた。

これは陽動。
未確認生命体、グロンギは、ゲゲル以外でリントを、人間を殺さない。
ルールを重んじるバルバなら尚更だ。
だが、殺しはせずとも、痛め付けることはする。

バルバの茨の蔓が、卯月ちゃんを傷つける?
ふざけるな!

踵を返し、卯月ちゃんの元へ稲妻のように駆け寄る。
そして、彼女に襲いかかる触手を爪で切り落とした。

「志希ちゃん!」

だが、卯月ちゃんを優先したために、アタシ自身の防御が甘くなった。
結果、アタシはバルバの触手に捕まった。

「だが、リントのお前を殺すことなど容易い」

バルバが妖しく笑った。
バルバの触手が、身体を締め付ける。
熊谷がどうなったのかはアタシも知っている。

「おりゃあ!」

遅れて駆けつけてきた未熟なクウガがバルバの触手を外そうともがくが、未熟な白い力では馬力が足りない。
刑事が神経断裂弾の爆裂で触手をふっ飛ばして切るが、追加される触手の量の方が多い。

「はぁぁ!」

逃れることは出来そうにない。
だが、アタシはやられない。
対神経断裂弾用の超硬化形態。
未確認生命体の力といえども、局部を圧縮して千切ることも、手や足を引っ張って引き千切ることも出来ない、速さと引き換えに手に入れる最硬の防御形態。

これなら……

「……やはり惜しい、能力だけならば、金の赤いクウガだろうと難なく殺せるだろうに……」
「誉めてくれてありがと、でも全然嬉しくないよ。
で?どうするの?」
「……まだ未熟であったことも悔やまれる」

バルバの触手が、アタシの腹部に集中した。

「ぐあっ!?」

タイムリミットを設定出来ない、つまりそれは、霊石が完全に馴染んでいないということ。
超硬化形態、その弱点は……完全に定着していない腹部。
腹部の霊石のみが他よりも硬度が低く、結合が甘い。

「……残念だ。
ガジョグバサ、シキ」

ブチッ、そんな、何かが千切れる音がした。

腹部を見れば、そこにあったはずのベルトが触手に剥ぎ取られていた。

「あ……キャァァァアア!!!」

一瞬遅れて飛来する凄まじい痛みに脳細胞が焼き切れる。

「志希ちゃん!」

触手はもう絡んで来ない。
絡む必要が無い。
グロンギとなった時から、アタシの核はあの腹部のベルトだった。
それを失った瞬間に、全身余すところ無く通っている神経全てが痛みを訴える。
筆舌に尽くし難い激痛が身体の隅から隅まで縦横無尽に走り回る。

「待て!B1号!」
「……シキは、私が知る中で最もグロンギに近いリントだった。
そのシキがダメだったのだから、今のリントにはグロンギになる資格は無い。
次のゲゲルが行われる日まで、私は暫く休むとしよう」

涙で歪む視界の中で、薔薇の花弁を残してバルバは消えた……アタシの霊石と共に。
助かる方法なんて無い。
あったとしても激痛の中で考えることなんて出来ない。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

「志希ちゃん!しっかりして!」

ふわりと香る優しい匂い。
気休め程に和らぐ痛み。
アタシは、卯月ちゃんに抱かれているらしい。

「志希ちゃん!……志希ちゃん!お願い……死なないで……」

あぁ、無茶を言わないでよ卯月ちゃん。

「う、づき……ちゃん……」
「志希ちゃん!!志希ちゃん!!」

脳内分泌物質によって、若干痛みが和らぐ。
だけど、それも一時のこと。
もうアタシの身体は、死に向かってつき進んでいる。


「きょう……えらんだの……りゆう……あるの」
「はい……何ですか理由って……」



卯月ちゃん、泣かないで……悲しみの匂いは嫌だよ。


「たんじょうび……おめでとう」
「……ありがとうございます……志希ちゃん……」



泣かないで……お願い……

「卯月ちゃん……笑って?」
「はい……祝ってくれて、ありがとうございます。
私……とっても嬉しいです」

うん……その笑顔。
やっぱりアタシ、卯月ちゃんの笑顔、大好きだよ。

大分意識が遠退いた時、近くの木の枝に僅かに残っていた花がアタシの身体に舞い降りた。
あぁ……そうか。
その花は、一般的に無臭と言われているが、本当は違う。
微かに、その芳香を発している。
平凡だ、何の特技もないと広く言われているが、彼女のことを知れば知るほど、彼女に近づく程彼女の素晴らしい部分が判って行く。
そうか……卯月ちゃんの良い匂いは……桜と同じ匂いだったんだね……




「にゃはっ♪」




彼女の笑顔に答えるように、アタシも精一杯の笑顔を作って……眠りについた。

これで八章も終了になります。
演出の都合で小出しになり、何度か連投規制をくらいましたが無事に終わることが出来ました。
残るは終章、エピローグのみになります。
みなさんあともう少しだけ付き合ってください。

終章「帰還」

関東医大病院の一室、そこで彼女は眠りについていた。

「……笑顔で、眠っているな」
「あぁ、全く……あんな大事件を起こしといて、呑気なもんだな」

一ノ瀬志希は、笑顔で延々と眠り続けていた。

だが、死んでいるのかと問われれば、言葉に詰まる。

「で、一条、何がどうなってこうなったのか、詳しく聞かせてもらえるか?」
「……あの時、一ノ瀬くんの肉体は死に始めていた。
その時、夏目くんの一か八かの思いつきでな、一ノ瀬くんの身体にクウガの蹴りを入れた。
第50号の時のことが起これば、あるいは、とな」
「なるほどな……で、結果がコレか」
「椿、一ノ瀬くんは……どうなったんだ?」
「志希ちゃんは、やられる直前に硬化形態になっていたらしいな」
「あぁ」
「そして、クウガの蹴りの何らかのエネルギーにより、死にゆく神経が休眠状態に入ったんだが、その神経から身体を硬化するという命令が発せられ続けていたのか、クマムシなんかの乾眠に近い状態になったらしい」
「乾眠というと……大抵の環境では死ななくなるという、アレか?」
「そうだ、まあ、志希ちゃんのは強力で、どうやれば傷つけられるのかわからん。
そして、今彼女が死んでいるのか生きているのか、この状態は解除されるのかどうか、俺にはさっぱりわからん。
わかっているのは、この身体は誰にも傷つけられることなく、老化も腐敗も何もしないってことだけだ。
眠り病患者も目覚めたが、それが一ノ瀬志希本人の意思なのか、一ノ瀬志希がこうなったために自然に目覚めたのかもわからんから、何の証拠にもならん」
「……治せるか?」
「今はもちろん無理だ。
だが……努力はしてみるさ。
卯月ちゃんの希望だしな」
「頼む……」

俺は、卯月くんを信じた。
その結果、犠牲は最小限に抑えられた……一ノ瀬くんたった一人に。
これは快挙と言っていい、しかも、暴力ではなく、心でこの事件を解決したのだ。
だが……卯月くんとしては手痛い結果となっているのだろう。
…………卯月くん、落ち込むな、悲しむな。
見てくれ、一ノ瀬くんのこの笑顔を……どれほど彼女が安らかに眠ったのかがわかるだろう。
だから、悲しまないでくれ。
君の笑顔が曇ったら、一ノ瀬くんが泣いてしまうから。
……笑顔……か。

「五代……」
「またそれか?一条」
「あ……あぁ、すまん」
「もう言わなくても良いだろ」
「あぁ……は?」
「ん?どうした?その反応」
「もう言わなくても良い……とは?」
「は?……な!?まさかお前!まだ会ってなかったのか!?」
「会ってないって……まさか!」
「ちょっと前にここに来て……おい!一条!」

まさか!
帰って来たのか!?
あいつが!……五代が!

青空になる

https://www.youtube.com/watch?v=uqLrfxJTi4o

城南大学、そこには、今回の事件にはあまり関われなかったが、17年前に古代文字の解読をし、雄介にクウガの力の説明をし、第零号の秘密を解き明かすことに尽力していた沢渡桜子がいる。

「五代は!?」
「一条さん!?……い、いきなりですね」
「沢渡さん、五代は……」
「五代くんは、ポレポレに……」
「ありがとうございます!」
「あっ!ちょっ!?……全く……一条さんも五代くんに似て来ちゃったのかな?……」

桜子が視線を移した壁には、どこの民族の物かもわからない仮面が沢山飾られていた。

「……また窓、開けとかないとな」

その壁には、桜子本人と『彼』にしかわからないが、新しい仮面が一枚、飾られている。

「五代!」
「わっ!?」
「刑事さん!」
「一条さん!?」

オリエンタルな味と香りのポレポレには、おやっさん、四方みのり、四方雄ノ介の他に、夏目実加、片桐早苗、龍崎薫がいた。

「どしたの?ハンサムさん」
「五代が帰って来たって……」
「あ、すいません、ほとんど入れ違いで、お兄ちゃんは卯月ちゃんと出て行っちゃいました」
「そうか!ありがとう!」
「あっ!?刑事さん!……行っちゃった……」
「あはは……ゴメンね、一条さんのとっても大事なお友達が久し振りに帰って来たからはしゃいじゃってるの」
「そっかぁ……一日しょちょーのお話、どうなったのかなぁ?」
「あ!それなら大丈夫、一条さんが真剣に上に頼み込んで、OK貰ってたよ」
「ホント!やったぁ!」
「あらら、薫ちゃん、いつの間にか警察大好きになっちゃったわね」
「うん!かおるね!おっきくなったら刑事さんみたいなカッコいいけーさつになるの!」
「あらま……恋のライバル登場ね、実加ちゃん」
「なっ!?早苗さん!」
「フフフ……大人気ですね、一条さん」
「……おやっさんたちも負けてないぞ~!
キラーン!」
「きら~ん!」
「「「………………」」」

おやっさんと雄ノ介の二昔前くらいのポーズ決めを、女性陣は呆れたような笑顔で見た。

「…………おやっさんの趣味が、雄ノ介に移っちゃったら大変だなぁ」

みのりが呆れたように言った。






五代!……五代!五代!!




「僕は、僕は…青空になる」

とある公園に彼らはいた。
そこは、彼らの出会いの場所。
そこで、彼は旅の荷物を枕にして草原に寝転がっていた。
その側では、島村卯月が歌を一曲歌い終えたところだった。

「ん、ん~……良い歌だったよ、卯月ちゃん」
「はい!クウガさん!」
「俺はもうクウガじゃなくって……って、そういや名刺渡してなかったね。
俺は……」






「五代!!」




彼が一条を認識する。
だが、何も言わない。
ただゆっくりとお互いに近づいて行くだけ。
不意に一条の目頭が熱くなる……だが、涙は流さない。
彼に見せる表情はやはり、彼の好きな……2000ある、いや、おそらく今はそれ以上ある彼の技の中で、彼が最も得意とする、彼の一番初めの技。




笑顔



そして、台詞も決まっている。




「……遅いぞ、五代」


どれだけ我慢しても、一条の言葉は涙で少し濡れてしまった。
それを聞いた雄介は、右手の握りこぶしの親指を立て、前に出す。


サムズアップ。

それは、古代ローマで、満足出来る、納得出来る行動をした者のみに与えられる仕草。
それは、今までの一条の努力を称えているように思えた。




「すいません!一条さん!」





昔と変わらぬ笑顔が、そこにあった。


一条薫「灰被」  終

蛇足的なとても短い終章も終わりました。

ここまでお付き合いしてくださり、本当にありがとうございます!

それと、少しだけ、この作品を書き、ここに投稿するまでの経緯について語らせてください。

友達に進められ、デレマスのゲーム、デレステを始めることから私のプロデューサー生活が始まりました。
そして今年の一月、課金した時のお金の残りで、電子書籍の仮面ライダークウガを買えることを思いつき、書店でクウガの小説を発見できず、インターネットの使い方にも疎くクウガの小説を手に入れられなかった私はクウガの小説を電子書籍で購入し、一晩で全て読み、あまりの素晴らしさに感動しました。
そして、元々友達間で作成したSSを送りあっていた私は早速このSSの執筆を開始し、4月24日に完成させ友達に送りました。
しかし、友達からはあまり芳しい感想、返答は貰えず、また、自分で読み返して、これをこのまま数人しか知らない、知りえない状況にしておくのは惜しいなぁと思い、この場に投稿することを思いつきました。
ですが、リアルが忙しく、ようやく今になって投稿することになってしまいました。
そのため、時期外れになってしまって申し訳ありません。

クウガ、デレマスの内片方しかご存じではなかった方がその二つに興味を持っていただけたら嬉しいです。
拙い作品でございますが、このSSを読んで誰か一人でも『笑顔』になってくださったら幸いです。

では、html化依頼というものをしてきます

作者です
久しぶりに確認しに来たら質問をされている方がいたので返答をば。
蝶野が死んでいたのはこのSSのみの設定でございます。
クウガ本編にて、蝶野さんが絵を届けるのにあんなに必死になっていたのは、蝶野さんの病気が本当に重い物だから、少しでも生きていた証を残そうとしていたからなのではないか?というのが私の解釈でして。
なら、十数年も後の世界では流石にお亡くなりになられているのではないかという自己判断です。

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