【ミリマス】可奈「私の夢が始まった場所」 (42)


「志保ちゃんと~、お出かけ~♪ 一日いっしょ~、嬉しいな~♪」

 今日は久しぶりに学校もお仕事もお休みの日。
 だから志保ちゃんとお出かけ!

「相変わらずご機嫌ね、可奈」

「可奈は~、ご機嫌~♪ 志保ちゃんも~、ご機嫌~?」

「……ま、悪い気分ではないけど」

 えへへ、私、知ってるよ。
 こういう時の志保ちゃんの「悪くない」は「すごくいい」だってこと!

「志保ちゃん、楽しいねー!」

「まったく、まだお店にもついてないわよ?」

「志保ちゃんといっしょ~♪ それだけで楽しい~♪」

 ねー、と志保ちゃんの方を見てみると、ふいっと顔を逸らされてしまいました。
 照れてるんだー、かわいいー!
 何だかもっと楽しくなって、自然と鼻歌が出てきちゃいます。
 ふっふふ~ん♪

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「……可奈は本当に歌が好きなのね」

「うん! いつか、千早さんみたいな歌姫になるんだ~♪」

「ふ~ん、千早さん、か」

 あ、志保ちゃんが何か悪い顔してる!

「可奈にはまだまだ遠い道のりね」

 ぶー。
 分かってるも~ん。

「ふふ、私の方が歌うの上手だし、可奈じゃなくて私が歌姫になったりしてね」

「志保ちゃんが?」

「なんて、冗だ……」

「すごいすごーい! そしたら二人で歌姫コンビだねっ! ら~ら~♪ 私と志保ちゃんで~♪ 歌姫コンビ~♪」

 いいないいな、それってすっごくいい感じ!

「……自分が歌姫になるのは決まってるのね。どこからその自信が出てくるんだか」

「えへへ~」

 呆れたように言う志保ちゃん。
 でも志保ちゃんソムリエ矢吹可奈からすると、ちょっと楽しそうなのがバレバレです。

「あっ、そうだ! ねーねー、志保ちゃん、ちょっと寄り道してもいーい?」

「別にいいけど、どうかしたの?」

「一緒に行きたいところがあるの!」

「行きたいところ?」

「うん」

 志保ちゃんとお話してて、行きたくなっちゃった。

「私の夢が、始まった場所!」




  ――――――――
  ――――――――




 私は、昔、歌うことがあまり好きではありませんでした。

 って言うと、みんなびっくりしちゃうかな?
 もっともっと前、小学校に上がる前くらいの時は好きだったんだけど、それから時間が経つにつれてどんどん好きじゃなくなっていったんです。

 歌自体は、小さい頃からずっと好き。
 特にみんなを元気にするアイドルの歌。

 でも、自分の歌が上手じゃないってことに気づいて、周りからも指摘されるようになって。
 私は、歌うことが怖くなりました。
 音痴、と言われるのが嫌で。
 下手くそ、と馬鹿にされるのが辛くて。


 音楽の授業が嫌いでした。
 歌ったら男の子たちに何か言われるし、歌わなくても何か言われるし。
 ピアニカやリコーダーは上手に弾けたけど、それでまた「音痴のくせに」ってからかわれるんです。
 先生がその度に叱ってくれても、しばらく経てば元通り。

 今思えば、多分、男の子たちもそんなに悪気があったわけじゃなくて、普段から仲良くしてた私に対するちょっとしたイタズラのつもりだったんじゃないかな。
 ほら、私だって、かけっこや鬼ごっこの時、その子たちに「おそいよおそいよー」とか言ってたしね。


 だけど、その時の私にはそんなこと分からなくて、からかわれる度に私は自分の歌が嫌いになっていきました。
 テレビで見るアイドルの人たちは、あんなに楽しそうに、あんなに上手に歌ってるのに、どうして私はできないんだろう。
 練習すれば上手くなるのかな。
 でも、下手な歌をこれ以上歌いたくない。
 なんて、思ってました。
 上手になるためには、諦めずに何度も歌うしかないって本当は分かってたのに。



 ♪




 この公園に立ち寄った日のことは、今でもよく覚えています。
 中学生になってすぐ、まだ着慣れない制服で、真新しい鞄を膝の上に抱え、私は一人でベンチに座っていました。
 一緒に部活を見に行こう、って言ってくれる新しくできた友達がいたんだけど、その日はちょっとそんな気分になれなくて。
 学校からの帰り道、そのまま家に帰るのも何だかイヤで、ふと、公園に入ってみたのでした。
 ベンチに座る私の手の中には、
『みんなで楽しく歌おう♪』
 そんな、手作りの温かみを感じる、
『合唱部へようこそ♪』
 一枚のチラシがあって。


 歌が好き。
 特にみんなを元気にするアイドルの歌。
 でも私は歌が下手だから、歌っちゃいけないんだ。
 合唱部、楽しそう。
 チラシをくれた先輩、優しそうだったな。
 でも私なんか、歌っても迷惑になっちゃう。
 歌いたい。
 歌いたくない。
 でも、歌いたい。
 でも、歌いたくない。

 頭がごちゃごちゃとしていて、考えがまとまらなくて。
 でも、でも、と「でも」ばかりがたくさん重なって。

 そんな時でした。



 ――泣くことはたやすいけれど――

 ――悲しみには流されない――



 それは

 今まで聴いたことのない

 とても、美しい歌声でした。

 そして、どこか、寂しさを感じる歌声でした。



 ――恋したこと この別れさえ――

 ――選んだのは 自分だから――



 ぐるぐるしてた私の頭の中を、すっと一本の矢が通ったような感覚。
 自然と、私は座っていたベンチから立ち上がり、声の持ち主を探していました。
 さっきまで自分が何を考えていたのかも、忘れて。



 ――群れを離れた鳥のように――



 少し離れた所でしょうか。
 ベンチから見渡せる範囲には、歌っている人は見当たりません。
 ふらりふらり、声のする方へ。




 ――明日の行き先など知らない――



 公園の奥、小さな噴水のあるスペース。
 だんだんと近づいているのが分かります。



 ――だけど傷ついて 血を流したって――



 多分、ううん、間違いない。
 あの噴水の、向こう側。



 ――いつも心のまま――



 タイミングよく、噴水の勢いが弱くなっていきます。
 その先にいる誰かの姿が、少しずつ。




 ――ただ羽ばたくよ――



 きっと、私は、その時の光景を一生忘れないでしょう。

 水しぶきの向こう、
 夕焼けに照らされた、



 ――蒼い鳥――



 今も追いかけ続ける、歌姫の姿を。


すいません、続きは一時間後ぐらいに

心の歌姫だったね、そういえば
http://i.imgur.com/Vgg2oaU.png
ミリオンBCでも昔の可奈書かれてたけどこんな感じで影響あったりするのかな
http://i.imgur.com/A5C34W2.jpg
一旦乙です

>>1
矢吹可奈(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/IQSuwTU.jpg
http://i.imgur.com/R0w6Puf.jpg

北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/U4JIWmU.jpg
http://i.imgur.com/TlZ28eO.jpg



 ♪




 みんなには内緒の楽しみができました。
 水曜は公園の歌の日!
 奥の噴水近くのベンチに座って、届いてくる歌にゆっくり聴き入ります。
 こんなに素敵な歌声、友達のみんなに教えてあげたいって気持ちもあったんだけど。
 でも、大人数でおしかけて、歌っている人の邪魔をしちゃいけないなって思ったんです。
 私自身、静かに聴いていたいって思ってたしね。


 歌われる歌はその日によって違ったけど、女性歌手のバラード系がほとんどだったかな。
 そんな中、私の一番のお気に入りは、初めての時に聴こえてきたあの歌でした。
 他のものと違ってそれだけは聴いたことの無い曲だったから、もしかしてあの人の自作なのかな、ってどうしてか聴いてる私がドキドキしたりして。(自作ではないって、後で分かったんだけど)


 週に一度開かれる秘密のコンサート。
 とても美しく、力強く、でもちょっと寂しい歌声。
 それは、普通の毎日の中で、私にとってのちょっとした「特別」でした。
 私の座るベンチはいつも同じ。噴水のこっち側、初めての時からずっと一緒。
 向こう側に回ればその人の歌をもっと近くで聴けるし、その人のことももっとちゃんと見れるんだけど、こういうの何ていうんだっけ、おそれおおい? そんな感じで、あまり近づくことはできませんでした。

 だからなのかな、噴水が弱まる時、少しだけその人の姿が見える瞬間が大好きでした。
 歌声をバックに、まるで映画のワンシーンを観てるみたい!
 でも、そうやって私が見ていることがその人に分かっちゃったら恥ずかしいから、碌に読みもしない大きめの本で顔を隠して、横目でちらちらっとそちらを見るのが精一杯だったな。



 最初は私だけだった秘密のコンサートも、少しずつ、本当に少しずつ聴きにくる人が増えていきます。
 私と同じ年くらいの子はもちろん、スーツ姿のサラリーマンっぽい人、スーパーの買い物袋を持ったお母さんっぽい女の人、仲の良さそうなおじいちゃんおばあちゃんのご夫婦、色々な人が私と同じように週に一度の歌声を楽しみにしていたみたいです。

 幸いというべきだったのかな、うるさくする人や、歌っている人に無理に話しかけようとするような人はいなくて、みんな穏やかにそれぞれの時間を過ごしていました。
 元々、同じ歌声に惹かれた者同士です。
 いつからか顔を見れば小さく挨拶を交わすようになって、会話はあまり無かったけれど、仲間意識みたいなものを私は感じていました。

 年齢も立場もバラバラな人たちが、一人の歌でこうやって繋がっている。
 それは、とても不思議な感覚で。
 でも、とても素敵なことだったに違いありません。




 ♪




 変化に気づいたのは、いつだったっけ。
 明るい歌が増えたのが分かって、前と同じ歌を聴いても寂しさみたいなものをあまり感じなくなって。
 それまでは、どちらかといえば、俯いたり目を瞑ったりして静かに歌に身を任せる人が多かったんだけど、だんだん、顔を上げて身体でリズムを取りながら歌を楽しむ人も増えてきました。
 私もそう。
 左足と左手が自然とリズムを刻むようになって、意識せず口から歌が漏れそうになっていました。
 その度に慌てて口元を押さえていたから、周りからはどう見えていたのか、あまり考えたくないな。


 私にとって大きな事件が起こったのは、そんな頃のことでした。
 合唱コンクール。
 どこの学校でもあるのかな? クラスで歌を歌って、一番を決めるっていう行事。
 誰かにとっては何でもないイベントで、誰かにとってはすごく楽しみなイベントで、誰かにとっては面倒なイベントで。
 私、矢吹可奈にとっては、逃げ出したくなるくらいイヤなイベントでした。
 私の学校は合唱コンクールに割と力を入れているみたいで、特にうちのクラスは合唱部や吹奏楽部などの所属の子が多かったこともあって、クラス全体でかなり真面目に練習計画を立てていました。

 がんばろうね、という友達の言葉が、あの時は、本当に苦しかったんだ。


 練習が始まりました。
 音楽の時間だけじゃなく、朝や昼休み、放課後にも予定は組まれていました。ある程度は自由参加っていう形だったけどね。
 最初は何とか誤魔化せていました。小さな声で歌ったり、もっと酷い時は口パクだったり。
 だけど、練習を重ねると少しずつみんなに要求されるものが増えていって、個々人の指導にまで手が入ってしまうと。
 もう、逃げられません。

 ある日の昼休みの練習でした。

「ちゃんと歌って」
「真面目にやって」
「もう一回」
「音取れないの?」
「よく聞いて」
「……」
「……家で練習してきてね」

 教えてくれる子はもちろん悪気なんて無かっただろうし、小学校の時のように笑ったりする子もいませんでした。
 だけど、どんどん静かになって行く周りの様子が、私には、どうしようもなく辛かった。
 ごめんなさい、って言うのが精一杯で、ずっと俯いて時間が過ぎるのを待っていました。



 放課後。
 誰かに声をかけられる前に教室を飛び出した私は、気がつけば、いつもの公園、いつものベンチに向かっていました。
 その日はいつもの歌の日ではなかったけど、ここ数ヶ月間、私にとって一人になる時間というのは、ほとんどがその場所でのことだったから。
 ベンチに座って、俯いて、もしかしたら私は泣いていたのかもしれません。

 どうして、どうして。
 みんなは上手に歌えるのに。
 私は歌えないの?
 こんなに歌が好きなのに。

 好きでいちゃいけないの?


 誰か教えて。
 誰か助けて。
 誰か、誰か――





「……あの、」





 その声を、今でもよく覚えています。





「……大丈夫ですか?」


 だってそれは、いつもこの場所で聴いていた声で。


「……どこか、痛いですか?」


 私を心配してくれる声で。


「……なにか、力になれますか?」


 私の夢を救ってくれた声だったから。




 ♪




「いつも、このベンチで私の歌を聴いてくれていますよね?」

 如月千早さん、っていうんだって。

「年下の女の子が私の歌を聴きに来てくれている、それがすごく嬉しかったんです」

 憧れていた歌姫に声をかけてもらって、ごちゃごちゃだった頭の中は真っ白になっていました。
 緊張で自分の名前を言うのも上手くいかないぐらい。
 でも、悲しい気持ちは、小さくなったかも。

「……今日は何かあったんですか?」

 恥ずかしい気持ちや、情けない気持ちもありました。
 憧れの人に自分の惨めな所を見せたくない、聞かれたくない、って。

「言いたくないことなら、いいんです。でも、誰かに話すことで楽になることもあるから」

 でも、それ以上に、目の前で私のことを心配して、話を聞こうとしてくれている千早さんの優しさに、我慢ができなくなって。
 私は、これまで誰にも話したことのない、色々なことを話すのでした。

 歌が好き。
 特にみんなを元気にするアイドルの歌。
 でも歌うのは嫌い。
 上手に歌えないから。
 でも本当は歌いたい。
 私だって、みんなみたいに胸を張って大きな声で歌いたい。
 歌うことは楽しいことだって。
 でも現実は私に優しくないから、私は歌っちゃダメだから。
 歌が好き。
 ……本当に?
 歌えないのに。
 どうして、どうして。
 私は、みんなみたいに、千早さんみたいに、歌えないんだろう。
 歌っちゃいけないんだろう。

 私は、
 歌が好きでいちゃいけないの?




 まとまりのない、自分でも何が言いたいのか分からない話だったと思います。
 でも、千早さんは隣にいて最後まで聞いてくれました。
 ただ静かに、私の悩みとも愚痴ともつかない話を受け止めてくれました。

 誰にも話せなかった話を聞いてもらって、少し、気分も落ち着いたような気がします。
 一度深呼吸をして、ありがとうございました、とお礼を言おうとしたところで、

「矢吹さん」

 千早さんが、私をまっすぐに見つめていました。

「矢吹さんは、歌が嫌いですか?」

 そんなことないです。
 そんなこと……ない、はず。

「ええ。いつも私の歌を聴きに来てくれる矢吹さんが、歌が嫌いだなんて、そんなことはないと思いますよ」

 そうなのかな?

「それとも、いつも嫌々に聴いてくれていましたか?」

 そんなことないです!

「ありがとうございます。ふふ、じゃあ、やっぱり、矢吹さんは、歌が好きなんですよ。いつも楽しそうに聴いてくれていて、私からは、自分も歌いたいのを我慢しているように見えました」

 だって、私は歌っちゃダメだから……

「そんなことない。そんなことは、ないんですよ、矢吹さん。歌は自由なものです。いつだって、誰にだって」

 でも……

「歌いたいって思うなら、歌えばいいんです」

 ……

「上手とか、あまり上手じゃないとか、あるかもしれないけれど。大事なのは、本人が歌いたいかどうか、歌っていて楽しいかどうかだと思います」

 楽しい……
 私も、昔は、歌うことが楽しかった気がします。
 上手とか下手とかあまり考えてなくて、ただ歌いたいから歌っていた頃。

「ねえ、矢吹さん」

 はい。

「一緒に、歌ってみませんか?」




 ♪




 千早さんと一緒に歌う?
 私なんかが?
 とまどう私の返答を待たず、千早さんはベンチから立ち上がります。



 ――もう伏目がちな昨日なんていらない――



 それは、アイドルの定番曲の一つ。
 どのアイドルも……ううん、どの女の子も一度は歌ったことがある歌。



 ――今日これから始まる私の伝説――



 千早さんが私の方へと振り返ります。
 一緒に歌おう。
 そんな風に笑って。



 ――きっと男が見れば 他愛のない過ち 繰り返してでも――



 その声に、
 笑顔に、
 私の中の何かが、




 ――うぬぼれとかしたたかさも必要――



(そう 恥じらいなんて時には邪魔なだけ)



 ――清く正しく生きる それだけでは退屈 一歩を大きく――



 ……進もう毎日



 ――夢に向かって――



 漠然とじゃない



 ――意図的に――



 泣きたい時には~



 ――涙流して――



 ストレス溜めない♪




 最初は小さな声でした。
 でも、楽しそうな千早さんにつられて、どんどん大きな声になっていくのが分かります。
 多分、相変わらずちゃんと音程も取れていないと思うんだけど、千早さんはそれに対して何かを言うこともなく、私に合わせるようにして一緒に歌ってくれました。

 あ、いつものおじいちゃんとおばあちゃんだ。
 お散歩中かな、二人で手を振ってくれたので、私も大きく手を振り返します。
 ちら、と横を見ると、何だか嬉しそうな千早さん。
 聴こえてくる歌声がちょっと大きくなった気します。
 よーし私も負けないぞ、ともっともっと大きな声を。
 向こうのベンチに座った女の子、私たちの歌に合わせて身体を揺らしてるのかな。
 あっちのスーツの男の人は、右足でリズムを取ってるみたい。
 小さく手拍子をしてくれてる買い物袋をぶら下げた女性も見かけました。

 色々と見回しながら歌っていると、不意に千早さんと目が合います。
 ふんわり微笑んで、楽しそうに頷いてくれました。

 えへへ。
 楽しい。
 歌って、楽しいんだ。
 それに、すっごく気持ちいい!
 すごいすごい!
 歌いたい!

 もっと、もっと――




 ♪




 数曲を一緒に歌った後、私たちはまたベンチに座っていました。
 今まで感じたことのない熱みたいなものが、まだ身体の中に残っているみたい。

「矢吹さんは、とても楽しそうに歌うんですね」

 そ、そうなのかな?
 すごく楽しかったのは間違いないですけど。

「隣で歌う私まですごく楽しい気分になりました」

 で、でも、私、下手だから、千早さんの邪魔しちゃって……

「上手下手、技術よりも、もっと大切なことがあるんです。私も、最近知ったのだけれど」

 大切なこと?

「……矢吹さんに似た子がいて」

 ふぇ? 私?

「ええ。私にそれを教えてくれたのが、その子でした。あまり器用なタイプではないけれど、一生懸命で、元気で、いつも楽しそうに歌って」

 え、と?


「彼女はきっとトップアイドルになるわ。……私も、負ける気はないのだけれど」

 え……アイドル?

「……そういえば言っていませんでしたね。今度、アイドルとして正式なデビューが決まりました。だからこの公園で歌えるのも……これが最後かもしれません」

 え、ええええええ!?
 千早さん、アイドルに!?

「ええ」

 すごいすごい!
 おめでとうございます!

「ありがとうございます。ふふ、今だから言うのだけれど……いつも私の歌を聴きに来てくれた矢吹さんたちの存在が、大きな支えでした」

 そ、そんな! だって私はただ千早さんの歌が好きで……

「……ねぇ、矢吹さん?」

 はい?

「私も、矢吹さんの歌、すごく好きです。曖昧な表現で申し訳ないのだけれど、とても、とても大きな力があると思います。
 だからこれからも歌い続けて欲しい、歌を好きでいて欲しい……というのは、勝手でしょうか」

 そ、そそそんなこと!
 千早さんにそう言ってもらえるなんて、すっごく嬉しいです!

「ふふ。勇気を出して、声をかけてみてよかった」


 あ、その、今日は本当にありがとうございました。
 いつもここから見てるだけだった千早さんが、私に声をかけてくれるなんて、それに悩みも聞いてもらったし、アドバイスももらって、一緒に歌まで歌っちゃって、私、今日のこと、一生忘れません!

「そう言ってもらえると、私も…………あの、矢吹さん」

 はい。

「俯いていた私に、声をかけてくれた子がいました。一緒に、歌ってくれた子がいたんです。私は、きっと、それに救われました」

 ……そんなことが。

「だから、矢吹さん、もし目の前に俯いている子がいたら、今度はあなたが……」

 はい!
 私に何ができるか分からないけど、でも、

「『でも、誰かに話すことで楽になることもあるから』ですね。ふふ、私もそう言われたんですよ」

 えへへ、なるほど~。
 ……あの、それで、千早さん?

「どうかしましたか?」

 さっき話にあった、技術よりも大切なものって……

「ああ、それは」

 それは?

「歌が好き、歌が楽しい、そんな当たり前のことです」




 ♪




 矢吹可奈の生活に、大きな変化がありました。

 まずは目の前の合唱コンクールを頑張ろう。そう決めて、朝、昼、放課後の練習に積極的に取り組むようにしました。
 相変わらずなかなか上手に歌えなくて、みんなに迷惑をかけたと思うけど、ちゃんと真面目に頑張れば、笑われたり、馬鹿にされたりはしませんでした。
 私の一生懸命がクラスのみんなに伝染している。担任の先生にそう言われた時は、恥ずかしいけど、すごく嬉しかったな。

 ずっと心にひっかかっていた合唱部にも入らせてもらいました。
 ちょっと変な時期の入部になっちゃったのが心配だったけど。
 幸い、同じクラスの合唱部の子たちが特に良くしてくれたお陰で、日々楽しく過ごすことができています。



 そして、もう一つ。
 時間を見つけて、この公園で歌の練習をするようになったこと。
 室内で歌うのとはまたちょっと違った感覚で楽しいし、何より、千早さんが歌っていた場所だから。
 私も千早さんみたいに歌いたい。
 歌姫になるんだ。
 この場所に立つ度に、そうやってやる気を貰うのでした。

「やーい、へったくそ~」

 あ、言ったなー。
 時には、イタズラな子が来ることもあります。
 少し前までの私なら、その言葉に傷ついて、また歌うことを止めてしまったのでしょう。
 でも、

 下手だから~、練習してるんだも~ん♪

 周囲を見渡せば、にこにことこちらを眺めているおじいちゃんおばあちゃんがいて、スーツの男の人は今日も右足でリズムを取っています。
 私の歌を少しでも楽しんでくれている人がいる。
 こんなに嬉しいことはありません。
 こんなに楽しいことはありません。

「そんなに下手ならやめちゃえー」

 やめないよ~、歌が好きだから~♪

 大丈夫。
 何があっても、もう、私は揺るぎません。
 だって、千早さんに、歌姫に言われたんだもん。
 私の歌が好きだって。
 歌を好きでいて欲しいって。


 だから可奈は~、今日も歌う~♪


 そしていつか、
 あの人のような歌姫になるんです。




  ――――――――
  ――――――――




「知らなかったわ。そんなことが……」

 久しぶりに座ったこの公園のこのベンチ。
 何だかとっても懐かしいな。

「えへへ~、誰かに話したのは……プロデューサーさん以外だと、初めてかも」

「ふ、ふーん、そう」

 あ、志保ちゃんちょっと嬉しそう?

「なによ」

「なんでもな~い♪」

 志保ちゃんは照れ屋さんだねー。

「もう……それにしても、千早さんがこの場所で、か」

「あの噴水の向こう側でね。あの頃から凄かったんだよー!」

 みんなの知らない頃の千早さんを知ってる。
 ちょっとした自慢なんです。

「可奈の夢は、ここから始まったのね」

「そうなんだ~♪」

 歌姫に出会って、
 歌姫に励まされて、
 歌姫と歌って。
 私の夢が、始まった場所。

「ここに来るとね、がんばるぞ~って気持ちになるの!」

「そ。いいと思うわ、そういうの」

 そう言う志保ちゃん、口調は素っ気無いけど、表情はすごく柔らかくて、えへへ、何だか照れくさい感じ。


「付き合ってくれてありがとう、志保ちゃん」

「別にこのくらい、何でもないけど」

「えへへ、それじゃ、そろそろお店に行こっか?」

「そうね」

 よいしょっと立ち上がって、うーん、と一度伸びをします。

「……私も」

 まだ椅子に座ったままの志保ちゃんが、小さく呟きました。

「?」

「……私も、可奈の歌は、結構嫌いじゃないわ」

「えっ?」

「さ、早く行きましょう」

 立ち上がり、すたすたすたと歩き出す志保ちゃん。

「ちょ、ちょっと! 今、私の歌っ」

「お店は待ってくれないわよ」

「待ってくれるよー! それより、志保ちゃん、今、今っ!」

 私の歌、大好きって!
 聞き間違いじゃないよね? だよね?

「ほらほら、ぐずぐずしてると置いていくわよ? 未来の歌姫さん?」

「待って、志保ちゃん、ねぇ、待ってよー」

 楽しそうに笑う志保ちゃんの姿が何だか嬉しくて。
 それに、もう一度私の歌のことを聞きたくて。
 前を行っちゃった志保ちゃんを捕まえようって、私は走り出すのでした。


以上です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
初めてのミリオンでしたが、楽しんで頂けたのなら幸いです。
それでは。

この可奈と千早の関係いいね、乙でした

>>20
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/5aErBzD.jpg
http://i.imgur.com/TlBlpfd.jpg

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