中野有香「中野有香は選択肢を間違い続ける」 (27)


放課後、学校のトイレのドアを開けると
下着を脱がされた女の子と、その子を囲んでスマートフォンを向ける4人の女の子がいた


有香(ああ…)


中野有香は選択肢を間違い続ける


今の間違いはどこからか


高3になってから仕事や部活であまりクラスの行事に参加できず、クラスメイトに一緒にトイレに行ける友人がいない事
有香(これは、選択肢を間違えたというか、クラス内での立ち回りを誤っただけ)

今日放課後今この時トイレに行こうと思った事
有香(これは生理現象だから仕方ないとして)

その際に隣のクラスの友達を誘うのが億劫だった事
有香(ここら辺からは確実に間違っている)

教室の近くでなく、武道場近くのトイレを選んでしまった事
有香(教室のそばよりはひと気が少ない)


そして今、この現場に遭遇してしまった事


有香(まったく、つくづく運が無い)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498562737

「中野さん。何か用?」

有香(向こうはあたしを知っているらしい)

有香「……用を足しに」

「使ってるんだけど?」

有香「……他をあたります」


ギィ

今開けたドアをゆっくりと閉じる


この選択肢で間違っていないはずだ


あたしは空手をやっている
この場で素人の女子高生4人を倒してしまう事はそれ程難しくはない


ゆっくりとドアを閉じる。あと60センチ


だが、空手は己を鍛えるための武道だ

他人の諍いに武力介入するために鍛えたわけではない


ゆっくりとドアを閉じる。あと40センチ


だから、ここはこの選択肢で間違えてはいないはずだ


ゆっくりとドアを閉じる。あと30センチ

有香(何を迷うことがある)

イジメなんてどこにだってある。
ましてイジメている側もイジメられている側も知らない人。
当然、こんな事態になるにいたった事情も知らない。


ゆっくりとドアを閉じる。あと25センチ


おそらくはイジメられているのであろう彼女も、たとえば空手を学んでいれば己の身を守る術があったかもしれないじゃないか。
彼女も選択肢を間違えていただけだ

有香(そこにあたしが首を突っ込むべきじゃない)


ゆっくりとドアを閉じる。あと20センチ


こんな事に遭遇するたびに、余計な事をして、選択肢を間違い続けてきたじゃないか。
同じ失敗をしてきたじゃないか。

有香(取り返しのつかない失敗は…一度きりで十分だ)


ゆっくりとドアを閉じる。あと15センチ


また間違う気なのか?
また同じ失敗を繰り返すつもりなのか?
前の失敗から何も学ばなかったのか?
またみんなを巻き込んで、正義ぶっていろいろなものを失うつもりなのか?
まだこんな事をするつもりなのか?
また選択肢を間違えるのか?


ゆっくりとドアを閉じる。あと10センチ。ちょうど拳ひとつ分。



中野有香は選択肢を間違い続ける。

有香「そういうの、良くないと思う」

閉めかけたドアを開け、彼女らにそう言った

「何が?」

意に介さない彼女ら
しかし、こちらももう引き返せない

有香「事情はよく知らないけど」

有香「でも、これはやり過ぎだと思ったから」


「誰こいつ?」
「ほら、あのアイドルやってる。空手部の」
「こいつが?」
「こんなのが?へぇ…」


有香「やり過ぎ、です。もうやめにしませんか?」

有香「見てしまった以上、これ以上は見過ごせない」


引いてください退いてください撤退してくださいそもそもこんな事するならトイレの前に見張り立てといてください

「なんなのこの子?」
「邪魔」
「さっさと出てってくれる?」


有香「これ以上は、良くないと思います」

事情をまったく知らないので同じ非難を繰り返し言う他にない
だが、正論が通る状況ならこんな事態に陥ってはいない

「中野さんさぁ。こいつの友達かなにか?」

半裸の彼女を指して言う。
彼女はこちらに視線を向けない

有香「いいえ。名前も知らない」

「ふぅん?」

言葉だけでは通りそうにない

あたしが視線を彼女に向けると4人組のひとりも釣られて彼女に視線を移した

その隙をついて素早く接近して、手に持ったスマートフォンをひったくる

「あっ…!」

有香「これ以上は、もうやめましょうよ」

有香「これはやり過ぎている」

有香「見過ごせません」

奪ったスマートフォンを相手に見せながら同じ事を言う

「ふーーーーっ」
「そうだね。今日はもう終わりにしようか?」

長く息を吐いた後、4人組のリーダー格と思われる女がそう言った

有香「スマホのデータを消したい」

このまま彼女らを帰しては、あたしがドアを開けた意味がない

ドアの前にはあたしが陣取っている
あたしがここから出て行かない限り、彼女らは帰れない

「……いいよ。消してあげる」

有香「スマホ。渡してください」

「チッ…」
「消すって言ってんじゃん」

有香「渡してください」

譲歩してはならない
今はここが一番の難所だ

有香「データを消すだけです。渡してください」

「……はぁ。ウザい」

しばしのにらみ合いの末、残る3人はスマートフォンを差し出した
4人分のスマートフォンのうち、ひとつを右手に持つ

有香「それじゃあ。データ消しますよ」

「……」

あたしは右手に渾身の力を込める

有香「……ッ!!!」

メキッ、ボキ、ベキン!バチバチッ!

「ちょっ!?」

ガシャン

有香「消しました」

スマートフォンは便利な代物だ
いくらでもデータのバックアップが取れる

だから、そのデータを消させるには彼女ら自身の意思が必要なのだ


渾身の、精一杯の脅しを込めて残るスマートフォンもへし折り、破壊して見せた


そのデータを利用して『何か』をしようとすれば、どうなるかをわからせるために


4機の壊れたスマートフォンの破片が床に散らばった


有香「データを消してもらう事。確かに約束しましたよ」

「……っ!」

放心の、あるいは苦虫を噛み潰したような4人を前に、彼女に手早く服を着させる

有香「スマホ、壊してしまったことはごめんなさい。必ず弁償しますから」

そう言い残して、彼女の手を引きながら足早にその場を去った

スマートフォン4機。確実に今月の給与は吹き飛んだ

おまけに無関係の他人の揉め事に首を突っ込み、ケンカを売って敵を作ってしまった


中野有香は選択肢を間違い続ける

中断

「おいXX、お前明日も学校来いよ?」

彼女を連れてトイレを出る、そのドアが閉まる直前に放たれた言葉

それを聞いた彼女の手がブルブルと震えたのが繋いだ手から伝わってくる

その手を力強く握り返す事さえできず、彼女らに何かを言い返すこともままならなかった


彼女と同じく、あたしの体もまた震えていたのだから



中野有香は選択肢を間違い続ける

彼女の手を引き、どこかひと気がない場所を求めて校内を彷徨う

非常階段付近の落ち着けそうな場所に彼女を座らせ、隣にあたしも座りこむ

彼女はうつむいたまま、一言も声を発しない

改めて着衣に乱れがないかを軽く確認してから彼女へ声をかける


有香「ごめんなさい。余計な事、しちゃいましたよね」


そうだ。あたしは事態をややこしくしただけ
何も解決した事などない


有香「でも、あの場を見過ごす事なんてできなかったから」


自分勝手な感情で彼女と彼女らの事情に立ち入っただけ


有香「あたしには、あなたに力を貸すことなんて何もできないのに…勝手なことして…」


あたしに彼女を守ることはできない。あたしには彼女を救う力なんてない


有香「でも、あいつらまたあなたのところに来るかもしれないから…だからせめて」


あたしが彼女にしてあげられるほんのわずかな事


有香「今日から、あたしといっしょに帰ろう?」


これくらいしか、あたしが彼女にしてあげられる事がない

彼女の目元から一筋の涙が溢れた


「…………ありがとう」


『ありがとう』

かすかな声で、そう、彼女は確かに言った

彼女と交わしたはじめての言葉


そう言うと彼女は低く声をあげて泣き始めた

つられてあたしの目からもぽろぽろと大粒の涙が出てきた

彼女の頭を抱きしめるように腕を回して、二人でしばしの間泣きあった


『ありがとう』

そうか、あたしが今日した事は、やっても良い事だったのか


中野有香は選択肢を間違い続ける


しかし今だけは、この選択を間違いだとは思わない

行動を起こさないといけない

4人組の彼女らからの報復は必至
手打ちを模索するにしても、争う事になったとしても準備と行動が必要だ

あたしは携帯を取り出し、友人に電話をかける

トゥルルル ピッ

『有香ー?どうしたん?部活来ないの?』

空手部の同級生(仮名でJと呼びます)に相談を持ちかける事にしよう。
事態はもうあたし一人で解決するのは無理だ

有香「J?ちょっと問題があって。問題を起こしちゃって」

『もー、何やらかしたわけー?すぐ行くから。どこ?』

有香「非常階段。ごめん。ありがとう。助かる」

『ほいほーい』

ピッ

たぶん、部の後輩や…道場の方のみんなにも手を借りないといけない事になりそう


有香(兵隊を…集めないと…!)

彼女らの行ったような、苛烈なイジメの背景には『不良っぽい彼氏』の存在がある。とあたしは考えていた

いざとなれば彼氏の暴力という後ろ盾がある
それがあるからこそ、彼女らはあれ程激しい無茶が可能なんだと思う

そしてその『不良』の規模がどの程度のものなのか、報復がどこまでの範囲で行なわれるのかがわからなくて…怖い


これまでのいきさつと、そんなようなあたしの考察をJに相談すると
彼女には護衛を付けて、あたしも空手部の誰かと常に行動した方がいいというのが当面の対策となった

警察や、学校との相談はどうしたらいいのかは改めて検討するとして、だ


「後輩のSとNには私から言っておくから。師範代には自分で相談して」

Jがそう言う

有香「……うん」


あまり、大袈裟な事態にならなければいいんだけど…

中断

道場の師範代に電話で事情を告げる

揉め事に関わった事、あたしの素性は相手に割れている事、まだ続く可能性が高い事、荒事は避けたいが出来るかわからない事

あらかたの事情を話し終えると、電話口の師範代はこう言った

『道場のルールはわかっているな?』

有香「はい」

『……わかった』

それで通話は終わった


道場のルールというのは、もちろん私闘厳禁の意味だ
破れば即破門となる

あたしがそれを押してまでも
押して忍んでまでも、ここまで過剰に、大げさな対策をするのにはそれなりの理由がある

もちろん、あたしの杞憂に終わるのならばそれにこしたことはないのだけど

あたしは幼い頃から道場で空手を習っていた

門下生には年下から年上、男子も女子もいる
そして年上の男子門下生の中にはいわゆるヤンキーや不良と呼ばれる、ヤンチャな人たちも多かった

幼いあたしには同門ということもあり、とても親切でフレンドリーな彼らではあったが
度々よそで暴力事件を起こしては処罰される事もあった


そして、時にそれがグループ同士の大規模な抗争になる事も


ある時は大勢の逮捕・補導者を、ある時は重症の怪我人が出た

先輩達がそうなるところを、あたしは幼い頃から何度も見てきた

グループ同士の揉め事というのはこじらせてはいけない

多少大げさであっても、充分な準備をしておきたかった

部と道場に一通りの連絡を終え、待たせていた彼女と並んで帰る

今日のところは二人きり。なぜかまた手をつないで歩いていた


有香(この子にも少し話を聞かないといけないんだけど)

有香(…どこまで立ち入った話をしていいやら)


あたしは少しずつ彼女に話しかけた

家はどっちか、クラスは何組か、部活はどこか
あたりまえの自己紹介から

彼女はぽつりぽつりとそれに答える
自分の事、そして彼女らの事を

彼女とあたしは同級生で、あの4人とはかつて同じ部に所属していた事

すれ違いや、修正し切れないほどの失敗。いろいろなしがらみなどから彼女らが部を辞めた事

そしていつの頃からか、彼女と彼女らはあのような関係性になってしまった事

中断

続編のストーリーを作ってはいるのですが、読む人が面白いと思えるような演出が思いつきません

一度>>16までで『第一章終わり』とさせてください

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