【ガルパン】西絹代の無邪気な魅力 と 邪気な人々 (315)

※ 天然ジゴロな西隊長を、西隊長自身の目線で語るだけのSSです。
  私も天然ジゴラーな西隊長を書きたかったんや……。


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勢い良くパンと合わせた両手に、皆の視線が集まる。

「いたーだきーます!」

私の号令の後に続く、隊員達の元気な声。

「いたーだきーます!」


「やった! 今日はシャケであります!」
「おおい! 急須を取ってくれ!」
「早速、豚汁のおかわりに吶喊!」

隊員達による賑々しい空気が、食堂に満ちていく。

私はいつもと変わらないその喧騒に苦笑しながら、箸を手に取った。

銀シャリと豚汁、漬物、焼き鮭。

今日の夕飯のメニューだ。


「ふむ、今日の漬物は野沢菜か」

まずは漬物を口の中に放り込む。

身体が塩分を欲していたので、この野沢菜は私の人生史上、最高に美味い気がした。

戦車道の授業で散々汗を流し、空腹をこらえながら風呂に入った後の、この夕食である。

美味く感じないワケがない。

野沢菜の程よい塩味と酸味が、私の空腹中枢をさらに刺激した。

急いで白米を掻っ込みたくなる……が、隊長である私が隊員達の前で無作法な姿を見せるわけにはいかない。

米は八十八回噛んで食べろとも言うしな。

私は静々と白米を口に運んだ後、豚汁を手に取った。


夕食開始、5分後。

気が付いたら茶碗を手にもって、白米を掻っ込んでいた。

ううむ、今日もダメだったか。

豚汁に焼き鮭の組み合わせで、自制心を保てと言う方がおかしいのだ。

……なんて言い訳を毎回している気もするが、まあ早飯食いは我が知波単の伝統であるし、それに今日はこの後、私から皆へ連絡事項があるしな。

このまま飯を掻っ込んで、ちゃっちゃか満腹になってしまった方が良いか。


そう思って再度、豚汁の椀を手に取ろうと視線を前に向けたら、

真正面に座る玉田が私の方を見ていた。 赤い顔して。


「ん? どうした玉田?」

「ふぁ!? いっ、いえ! 西隊長の見事な食べっぷりに見とれておりました!」

「ああ、いやぁ、食い意地を張った姿を見せてしまったな。はは」


あらら、案の定みっともなかったか。


私は羞恥心を誤魔化したくて、斜向かいに座る細見に視線を向けた。

細見も私の方を見ていた。 玉田と同じく赤い顔をしていた。


「んん? なんだ細見?」

「ふぇ!? いやっ、あのっ、そのっ! 」

「確かに隊長たる者が、ガッついて飯を喰らうのはよろしくなかったかな。ははは」

「いえいえ! そうではなくて! ……その……隊長の御髪が……」

「私の髪?」


うーん、風呂から出て髪を拭いたときに、糸くずでも付いたのかな?

それとも、寝間着代わりの浴衣を着た際に、髪に何か付いてしまったのだろうか?

いや、ゴミじゃないのかもしれない。

首元が蒸れるのが嫌だったので、髪を後ろで束ねたのがおかしかったか?

確かに、馬の尾のような髪型になってしまっているが、そんなにおかしいかなコレ?

うなじが涼しくて良いんだけどなぁ。


玉田と細見が、私の髪に何か気になることがあるのは分かった。

しかし、場所が頭部であるだけに、自分では何がおかしいのか確認が出来ない。

なので、別の誰かに確認してもらおうと右隣に座る福田を見た。

福田も赤い顔で私を見ていた。熱にうなされたような顔をしている。

なんだろう? そんなに私の髪がおかしいのだろうか。

私は馬の尾のように垂れている自分の髪の束を巻き上げて、福田に近づいた。


「すまん福田、私の髪に何かおかしいところはあるだろうか?」

「ふぬぁぁ!? とぅあっ、隊長殿!? いけないであります!」

「え、いけないってなにが?」


いったい何だというのだろう?


そういえば以前から、この風呂上がりの夕飯時になると、隊員達の視線をチラチラ感じていた。

まあ私は隊長だし、夕食の号令も私が掛けるから、皆が気にするのは当たり前なんだが、

それにしても今日は特に皆の視線を感じる……気がする。


そんなふうに私が訝しんでいると、何やら目線で語り合った玉田・細見・福田の三人が、意を決したような顔でうなずき合った。

そして福田が高らかに右手を挙げた。 左手には握り飯を持ったままだ。

「不肖、福田! 西隊長殿に具申いたします!」

「お、おう、福田、どうした?」

「我が知波単は女学園であります!」

「?? そ、そうだな? それで?」

「我々は殿方に対する免疫力が皆無であります!」

「うん、私もそうだけど……どうして急に殿方の話なんだ?」

「特に、益荒男のような凛々しさと、かつ、艶やかな色気も持っている御仁には、イチコロであります!」

「お、おう……うん?」

「今の西隊長殿は、あたかも五条大橋の欄干に立ち、月を背にする牛若丸のごとしであります!」

「う…うしわか…?」

「凛々し過ぎであります! 艶やかさがゴボゴボ漏れ出ているであります!!」


髪の話をしていたはずなんだが、なぜか牛若丸が出てきた。

私が脳内を「???」で埋めていると、今度は玉田が手を挙げた。

「不肖、玉田! 私も隊長に具申いたします!」

「お、おう?」

「西隊長殿の八面六臂なご活躍ぶりは今更語るまでもなく、そのお姿は我々隊員にとって眩く輝く一条の光であります!」

「あ、ありがとう…?」

「それでっ、隊長の射干玉(ぬばたま)色の御髪が、そのような素敵な髪型に整えられると、憧れ指数が二次関数並に跳ね上がるのであります!」

「あこがれ、え? なに?」

「さらに、白く細いうなじが露わになっているせいで、凛々しさの中にで艶やかさが完璧な形で同居しているのであります!」


「不肖、細見! 私だって西隊長殿に具申いたします!」

今度は細見が手を挙げた。

「加えて、西隊長殿は現在、風呂上がりの浴衣姿であります!」


私は自分の浴衣姿を見た。 もうすぐ10月になるとはいえ、風呂上がりには蒸し暑さを感じる夜だ。

寝間着代わりの浴衣でおかしい所など無いはずだが…。


「西隊長殿は、そんな胸元の防御力が低下している状態で石鹸の香りを振り撒くという、魅惑の金床作戦を無意識に展開しているのであります!」

「え? 胸元だらしない? そ、そうかな?」


確かに今着ている浴衣は寝間着代わりの物なので、薄手で、しかも胸元がちょっと開いている。
(※ 中にタンクトップ的な物は着ています)


「そっ、そんな状態でっ、飯を掻っ込む仕草なんてされた日にはっ、

 うなじ-首筋-鎖骨-胸元に至る黄金路が顕現し、我々の視線を集めてしまうのは道理……いや、必定であります!」

「ちょっ、何を言っておるのだ?」

「いいえ! 西隊長にはご自覚がないのです! 我々だからいいものの、これが他の学園艦の女生徒らであったら、いらぬ面倒を引き起こすことになりますぞ!」


いつの間にか、謂れのない罪で裁かれてる私。

なんで私が他校の女生徒をたぶらかすことになるのだ。

隣を見たら、福田が口を半開きにして私をガン見しているし、玉田は両手で目を覆っているが、指を少しだけ開いてこちらを覗いている。

ううむ、さすがにこれは無罪を主張せねばなるまい。

そう思ってまずは福田に反論しようと思ったら、福田の口元に何か付いているのに気付いた。 ご飯粒だ。


「もう。 私もだらしないと言えばだらしないが、お前だって口元がだらしないではないか」

そう言って、福田の口元に着いたご飯粒を取って、そのままパクリと食べた。


「ふぁっ!?」

真っ赤になる福田。 カチンコチンになった。

私はそんな福田の顎に左手でツイと持ち上げ、右手の親指で福田の下唇をなぞるように拭ってやった。

「まったく……まあ、これはこれで福田の可愛いところでもあるか」

その親指を、福田の目の前でペロッと舐めた。


「くふぁっ」バタン


福田がテーブルに突っ伏すようにして倒れ込んだ。


それで慌てたのが玉田と細見だった。

「福田!?」

「衛生兵! 衛生兵はいるか!?」

慌てて立ち上がった二人。 その拍子に、細見の前にあった湯呑が倒れてしまった。

「あっちぃい!?」

細見の太ももに、熱い緑茶がこぼれてしまったようだ。

これはいかん。

私はすぐに細見のそばへと移ると、緑茶が引っかかった部分を検めた。


「ひゅあぁ!? にっ、西隊長殿!? 何を!?」

「ヤケドはないか細見!? すぐ冷やさなければ!」


緑茶が掛かった部分は、細見の足の付け根部分、太腿の内側に近い辺りだった。

私は患部に顔を近づけ、ヤケドの具合を確かめる。


「大丈夫か細見!」

「にゅぁぁぁ! たっ! 隊長殿! 大丈夫でありますからそんな近くでそんなとこを見な……あ、胸の谷間」コポリ


細見が鼻血を吹いて倒れた。 えぇぇ?

なんでヤケドで鼻血を吹くんだ? しかも凄い良い顔してるし。

なにはともあれ、まずは患部の冷却をしなければならん。

私は細見を横抱えすると、そのまま食堂を出て風呂場へと走った。


玉田(屈んだ体勢の西隊長殿を上から見下して、うなじから胸元への黄金路を直視しちゃったんだろうなぁ……)


20分後。

食堂に戻ってくると、福田は復活したようで「西隊長殿……(ハート)」と呟きながら中空を見上げていた。

福田は何事もなかったか。 うむ、良かった。

その他の隊員達は、食事を終えて律儀に待っていたようだ。

そうだな。 まだ御馳走様の号令を掛けていないもんな。


私は一旦席に着き、夕食終了の号令を掛けた後、細見の処置内容と、細見はまだ目を覚まさないので保健室に寝かしてきたことを皆に伝えた。

まあ処置といっても、衣服を剥いで風呂場の冷水で患部を冷やしただけだし、ヤケドの具合も全然大したことなかったし、

あとはただの失神だから、まぁ心配するまでもないのだがな。


「……それで諸君。 ここからは連絡事項、というか、皆と相談したいことがあるのだが」

私は、ようやく今日のメインイベントとも言える話題を引っ張りだした。

隊員達は緊張の面持ちで、私の声を聴く体勢に入った。


「先の大学選抜戦の後、私は皆にこう言ったと思う。“ これからは安易な突撃はしない ” と。

 これは、知波単の伝統であり、知波単魂の顕れとも言える突撃戦法を否定するものではない」

皆の表情に少しの不安感と、それよりは多くの安堵感が見てとれた。


「しかしながら、苦境に立つたびに突撃のみで活路を切り開いてきた我らが、敗北の苦汁を舐め続けてきたことも事実。

 その責任は、不出来者である私にあることは重々承知している」


「そんなことありません! 隊長!」
「西隊長殿以外に、知波単の隊長は務まりません!」

そんな声が隊員達から飛んできたが、私は慰めの言葉が欲しくてこんな話を振ったワケではない。

本題はここからだ。


「でな、私も不出来なりに、ちゃんと隊長としての責務を果たしたいと思うのだ。

 つまりは勝ちたい。 皆の努力が報われる、そんな勝利を得たいのだ」


「隊長!」「だいぢょう!」「お慕い申し上げております!」


「(なんか最後に変な声が混じった気がするな…)そこでだ!

 私はあの大学選抜戦後から、突撃に限らず多彩な戦法を訓練に取り入れてきたことは、皆の知っての通りだ!

 皆の不屈の精神ゆえか、その習熟の早さには私も驚いているぞ!」


「隊長!!」「だいぢょう゛!!」「今晩お部屋に行ってもいいですか!」

  
「(やっぱり最後に変な声が混じった気がするな…)そんな皆の練度を、そろそろ試合で確認したいと思う! 玉田! 福田!」

「「はっ!!」」

私が両名の名を呼ぶと、元気な返礼が返ってきた。


「私は来週月曜から1週間、学校を公休させてもらう。

 訓練メニュー等は事前に書置きしていくが、私が留守の間は車長であるお前達に知波単を任せる。よろしくな」


「なんと隊長殿!?」

「我らを置いてどちらへ行かれるのでありますか!?」

「他の学園艦を回って、練習試合を組んでくるよ」


「嫌であります、隊長!!」

「私もお伴いたします、隊長!!」


「はっはっ、大げさだなぁ。 練習試合を申し込みに行くだけだぞ?

 それにな、私はお前達の自主性を伸ばしたいと思っている。 かの大洗女子学園のようにな。

 私が居なくても滞りなく訓練が出来るところを見せてみよ!」


そう、エキシビジョン戦や大学選抜戦で見た大洗女子学園の強さ。

それは西住みほ隊長による見事な采配だけによるものではなかった。

各戦車が各々頭を振り絞り、バラバラなようで実に理に適った動きをしていた。

あれは隊長たる者の指揮力の高さと、各戦車搭乗員らの自主性が上手く合わさった結果だった。


「ぐっ……了解であります…!」

福田が目に涙を溜めて、不承不承と頷いた。

玉田もやはり納得しかねるのか素直に頷いてはくれなかったが、それでも了承してくれた。 しかし。


「……ご命令とあらば了解しました。 しかし、一点だけお聞かせください」

「うん? なんだ玉田?」

「他の学園艦に赴く際、どのような格好で行かれるおつもりですか?」

「え? 格好? そうだなぁ……ウラヌス(愛車バイク)で移動するから、パンツルックにしようと思っているが」


実はエキシビジョン戦以後、西住みほ隊長が採る戦術に興味が出て、いろんな雑誌を見返したのだが、

それで偶然、西住隊長のご母堂、西住しほ殿が載ったページを拝見したのだ。

その凛としたお姿に私はいたく感銘し、まずは格好からでも真似てみようと、あの白ブラウス+パンツルック姿をいつか試そうと思っていた。

そんな話を玉田に伝えると 「了解しました。失礼いたしました」と返礼してくれた後、「こりゃ大変なことになるな……」と小さく呟いたような気がした。

なんだ、大変なことって?

ああそうか。 私一人では練習試合の申し込みに苦労すると思っているのかもしれない。

なあに、皆が苦労して成長している真っ最中だというのに、隊長である私が苦労を厭うと思っているのか?

大丈夫だぞ玉田。 お前達の隊長は、やる時はやるのだぞ。

私は玉田の頭を撫でながら、ニコッと笑いかけた。


「お前の苦労は私の苦労でもある。 大丈夫だぞ、玉田。

 お前の抱える重みくらい、私が軽々と担いでやるさ。

 ああそうだ、細見にも任せたぞって伝えておいてくれくれないか?」ナデナデ


「むふぁ」バタリ


玉田が倒れた。 ええぇぇ…?


余談だが、この一連の騒動を後日、福田が細見に伝えたところ、「ぬふぁ」って言ってまた倒れたらしい。

「お姫様抱っこ……下着見られた……触られた……」と、うわ言のように繰り返していたらしい。

玉田は玉田で 「わたし……あの人と結婚しゅるぅ……」とか呟きながら悶絶しているらしい。

いったいどうしたというのだろう。 みんな疲れているんだろうか?

※ 今日はここまで。また書き溜めてきます。

いい

こんなことしてるから負けちゃうんじゃないか...w

良い……俺も結婚しゅるぅ……

西隊長は一度謀反に遭わないと分かってくれない(ゲス顔)

女子高特有の同性愛


出発日の朝は、胸がすくような快晴だった。

私は愛車ウラヌスの前に立ち、出発前の最後の確認を行った。

「財布よし、携帯よし、着替えその他よし、生徒手帳よし、燃料よし、格好はー…うん、いいだろう」

白ブラウスに黒色のパンツ姿。

それに防寒服代わりのパンツァージャケットを羽織っている。


「それと……福田、お前も準備は良いか?」

「大丈夫であります、西隊長殿!」


サイドカーには福田がちょこんと座っていた。


「本当に付いてくるのか? あんまり面白いことはないぞ?」

「いえ! 他の学園艦を見る絶好の機会でありますので、ぜひとも連れて行ってほしいのであります!」

「そんなに言うなら是非もないが……」


当初は私一人で旅立とうと考えていたが、福田が「どうしても一緒に行きたいのであります!」と言って聞かなかったのだ。

まあ私一人でなければいけない理由は無かったし、福田は次代の隊長候補として様々な経験を積んでほしいので、

この機会に他の学園艦を見て回るのは良いことかもしれない。

それに……


「お前と一緒なら、楽しい旅になるのは間違いないしな」ニコッ

「ふむぁっ!?」


隊内では元気印の代名詞と言われる福田。

その福田と二人旅ならば、道中賑やかになるだろう。


福田(不意打ち……西隊長殿はこれがあるから油断できないのであります)カァァァ


福田はややテンパった様子で、上気したように赤くなっていた。


「どうした? 出発前から緊張していたら疲れてしまうぞ? ははは」

「大丈夫であります! なんでもないのであります!」(耳まで真っ赤)

「そうか、じゃあ出発しよう」


私はフルフェイスのヘルメットを被り、ウラヌスに跨ってエンジンをかけた。

サイドカーに座る福田はなにやら決死の表情をしていたが、緊張しているのだろうと無視してアクセルを握る。

さあ突撃……じゃなかった、出発だ!


福田(……自分は先輩達から、密命を言付かったのであります)

福田(西隊長殿を一人で出歩かせたら、他校の女生徒を無意識に籠絡しまくって大惨事になる)

福田(だからお前も一緒に行って、火の粉を振り払ってこい、と)

福田(この場合、火の元が西隊長殿ご自身なのだから、やるせないのであります……)


知波単の学園艦は現在、東京湾の浦賀水道に入る手前で錨を下ろしている。

だから我々は連絡船に乗り換えて千葉港で降りた後、進路を東に向けた。

最初の目的地、(茨城県)鹿島港へ向かうためだ。


「なぜ鹿島港なのでありますか?」

「ちょうどサンダース大付属の学園艦が鹿島港に停泊しているんだ。 大洗と練習試合をしに来たらしくてな」

「それでは大洗港に向かうべきなのでは?」

「鹿島港に陸揚げされた穀類や飼料なんかの物資を、学園艦に搬入する必要があったらしい。
 だから、学園艦は鹿島港に、ケイ殿らは戦車と伴に鹿島港から陸路で大洗へ向かうそうだ」


つまり、千葉港から実に近い距離でサンダース大付属の学園艦に行くことが出来る。 ありがたい話だ。


「最初の練習試合の申し込み相手は、サンダース大付属なのでありますね」

「そうだ。 で、その後に(静岡県)清水港に行く。 アンツィオ高校だな」

「せっかく大洗の手前まで行くのに、大洗女子学園にも練習試合を申し込まないのでありますか?」

「今回の練習試合の目的は、皆の練度を確かめるためだからな。
 大洗に胸を借りるのは、自分達の実力をしっかり確かめた後にしたいのだ」


大洗女子学園が保有している戦車は、知波単とそこまで大きな戦力差はないので、練習試合の相手としてはうってつけだ。

しかし、そんな戦力なのに全国大会を勝ち上がり、先の大学選抜戦では各戦車とも見事な立ち回りを演じて見せた。

だから、まずは此度の練習試合で自分達の成長度合いを見極め、その上で大洗女子の胸を借りることによって、

新生知波単学園と全国大会優勝校との差がどれだけあるのかを見たい、という思惑があった。


「ということは、練習試合のお相手はサンダースとアンツィオの2校でありますか?」

「いいや、清水港からの帰り道で横浜港に寄って、聖グロの学園艦にも立ち寄るつもりだ。 だから3校だな」


対戦相手の選定要素は、戦力がなるべく拮抗していて、特徴的な戦車や選手がいること等であったが、なにより重要なのは学園艦までの距離だった。

洋上で相手の学園艦に接触できれば良かったのだが、学園艦の航行には莫大な燃料が必要となる。

節制を重んじる知波単学園の生徒として、たかだか練習試合の申し込みのために貴重な燃料を使わせることは出来ない。

ならば電話連絡で済まそうか、とも思ったが、私自身、他の学校の戦車道隊がどういう環境で訓練しているか見たかった。

だからこうして、陸路をバイクで走っている。

言い換えれば、バイクで行ける距離にある寄港地が、アンツィオ、聖グロ、それとたまたま近場に来てくれたサンダース大付属だった、ということだ。


練習試合の最後の対戦相手を、聖グロに務めてもらおうと思ったことにも理由がある。

千葉港から東京湾を挟むようにして位置している横浜港は、聖グロリアーナの寄港地であるが、

我々知波単の学園艦と同じく浅い水深に侵入できないので、常日頃は東京湾の入り口辺りに停泊している。

それゆえに、聖グロと知波単はいわゆるお隣さんというやつであり、あの気品漂うエゲレス婦女子の方々と、

我々肩で風切る知波単生徒は、昔から交流が多いのだ。

もちろん親しき仲にも礼儀ありだが、聖グロ相手ならば多少の無茶はきいてくれるだろう。

まずはサンダース、アンツィオ相手に実力を確かめ、最後の聖グロで実力以上が発揮できるかどうかを確かめる、という寸法だ。


それにもう一つ、私事で恐縮だが、聖グロを試合相手に選んだ理由があった。


「実は去年、私が1学年の時だな。 先代の辻隊長に連れられて聖グロの学園艦に行ったことあるんだ」

「そうなのでありますか」

「その時も練習試合の申し込みの為だったんだが、その時、私は辻隊長とはぐれてしまってな。
 私だけ紅茶の園に辿り着けなかったんだ」

「はあ」

「だからこの機会に、あの有名な紅茶の園を見てみたくてな。
 ダージリン殿に連絡したら見せてくれるって。 やったな福田!」


「ちなみに、なんで西隊長殿は先代隊長殿とはぐれてしまったのでありますか?」

「道中で知り合ったあちらの女学生が倒れてしまってな」

(それは西隊長殿が何かをやらかしたせいでは……)

「それで彼女を横抱えにして保健室に連れて行ったら、もうどこにも行くなと泣かれてしまって。ははは」

「…………」

「次に聖グロの学園艦へ来るときは必ず連絡すると約束させられて、ようやく解放してもらえたよ。ははは」

「……………………」

「あの時、式の日取りを決めるためとかなんとか言っていたけど、次の練習試合の日程のことだったのだろう。
 だから私は、隊長同士の連絡で事足りると思って、その後ずっと私からは連絡しなかったんだ」

「………………………………」

「だけど今回は私が隊長だからな。 まずは聖グロの代表番号に電話して、
 ダージリン殿に練習試合の内諾を得た後に、あの時教えてもらった携帯番号に連絡したんだよ」

(………まさか…………)

「そしたら、なんでか電話相手がダージリン殿だった」

(………ああ……………)

「ダージリン殿はあの時から次の聖グロの隊長は自分がなるのだと確信していたのだろう。
 だから、自分の携帯番号も教えて事務連絡の利便性を図ろうと。 いやぁ、大した御仁だ」

(………すでに大惨事になっていたのであります……)


福田がなぜかどんよりした声で答えてきた。

「大学選抜戦の開始直前で、参加車両数の間違えをご指摘いただいたダージリン隊長殿が、
 どうしてあんなに冷たかったのか、分かったであります……」

「ん? まあそうだよな。 私なんぞは事前の決意もなく隊長になったからな。
 ダージリン殿のご指導、ご指摘が厳しくなるのは当然だろう」

(違うであります……)


サイドカーに座る福田と、インカム越しに会話していたら、バイクは利根川を越えて茨城県に入った。

あと少しで鹿島港だ。

サンダース大付属のケイ殿、ナオミ殿、アリサ殿らと会うのも大学選抜戦以来となる。

すでに電話連絡で練習試合の内諾と学園艦訪問の件は伝えてあるが、それでもやはり緊張する。

そして、それ以上に楽しみでもある。

だんだんと強くなっていく潮の香りに導かれながら、私はバイクを走らせた。


※ 今日はここまで。 また書き溜めてきます。

このモテっぷりはらぶらぶ作戦からギャグを抜いたレベルかな


サンダース大付属高校の駐車場にバイクを停めた後、来客受付カウンターで訪問目的を伝えた私達は、
ほどなくしてケイ殿と再会を果たした。

来客受付カウンターまで迎えに来てくれたケイ殿は、前回お会いした時と同じく、お天道様のような眩いオーラを放っていた。


「ハァイ! キヌヨ! サンダースへようこそ!」

「ご無沙汰しております、ケイ殿! 本日は我らの為に貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます!」


お土産の落花生最中をケイ殿に手渡しながら、私と福田は深々と頭を下げた。


「いいのいいの。 隊長職は実質アリサに引き継いじゃったから、私なんて暇なものよ?」

「おや、サンダース大付属の次の隊長は、アリサ殿なのですね」

「そう。 来月の引退試合までは、まだ私が隊長ってことになっているけどね」


戦車道を履修科目に入れている学校は、その多くが9~10月に世代交代、隊長職の引継ぎが行われる。

全国大会後のエキシビジョン戦が8月。 それが3年生にとって最後の公式戦になるからだ。

厳密に言えばエキシビジョン戦は非公式戦だが、あれは全国大会の延長戦みたいなものだからな。

サンダース大付属は今年のエキシビジョン戦の出場校ではなかったが、他と同様のタイミングで世代交代が行われるのだろう。


「我々はまだまだ西隊長殿を中心にして、盤石の布陣を敷いていくのであります」

「知波単は…あーそうか、キヌヨはまだ2年生だったもんね。 じゃあ来年は手強くなるわね!」

「私がケイ殿のような統率力と指導力に優れた指揮官になれたら、の話ですが」

「ハハハ! 褒めたってなにも出ないわよ?」

「試合会場で見たサンダース大付属の隊員達は、実に楽しそうにしておられました。
 選手も応援席の方々もです。 あれを見れば、その隊員らを率いてきたケイ殿が、人間としても好ましい方であるのは一目瞭然です」(真顔)

「ちょっ…もうキヌヨ! 褒め過ぎよ!」


ケイ殿が両手を前に突き出して、顔を横に背けた。

照れ隠しのおつもりだろうが、事実は事実なのだから仕方ない。

私はケイ殿が突き出した両手をそっと自分の両手で包み込んで、胸の前で抱くようにして言った。


「ひぁっ?」

「私は駆け出しの隊長として、ケイ殿が歩んでこられた努力の轍(わだち)を辿り、どうやってこの両手で勝利を掴んでこられたのか、純粋に学びたいと思っております」


私がサンダース大付属に練習試合を申し込むついでに、わざわざ学園艦まで来たのは、こんな理由もあったのだ。


「ケイ殿は実際スゴイのだぞ? 福田」

「私もこの機会にぜひ学ばせてほしいのであります」

「サンダース大付属はな、全国でも人員数・車両数ともに最大規模を誇っている。
 それらを管理し、率いるということは、単純な組織運用の話に収まるものではないんだ」

「どういうことでありますか?」

「サンダース大付属には、情報科、整備科、機械科、工学科、戦車工学科といった様々なコースがあるが、
 そこで学ぶ生徒達は、それぞれの得意分野で自校の戦車道を支えるべく、日夜励んでおられる。
 ケイ殿はただでさえ500人以上もいる戦車道履修者を束ねる立場だというのに、こうした後方支援の方々とも上手く連携しなければならない」

「おおぉ……サンダース大付属の戦車道は、我々が知る以上に層が厚いのでありますね」

「そうだ。 そして、これらの後方支援部隊へは、車両整備や兵站補給を依頼するだけではない。
 随時あらゆる情報を収集し、どうすればその情報が活きるのか注力しなければならない」

「なるほどであります」

「つまりは、情報収集能力と、集めた情報を加工して他者に分からせる能力があるということ。
 そして、情報がどこに活きるのかを知り得るためには、専門性が高い学力も必要だ」
 
「ははぁ~」

「それらの能力が統合された結果、ある種の未来予測を行えるようになる。 でないと、ここまで大規模な人、物の掌握など出来ん。
 ケイ殿は、人を率いる者として必要な要素を、実に高いレベルでバランスよく備えているから、本当に尊敬できるのだ」

「良く分かったであります! それと西隊長殿!」

「なんだ?」

「そろそろ、ケイ隊長殿のお手を離してあげた方が良いと思うのであります!」


視線を前に戻したら、ケイ殿は顔を真っ赤にして俯いていた。
か細い声で「も……もう……許して……」と唱えている。


「もう! まったくキヌヨったら!」

「これは失礼いたしました」


まだ頬が赤いケイ殿の後を追うようにして、私と福田はサンダース大付属の学校敷地内を進んでいた。


「これじゃ、いっぱいサービスしてあげなくちゃダメじゃない……」ゴニョゴニョ

「は? なんでありましょうか?」

「そ、そんな男装の麗人みたいな格好しているのがいけないって言ったの! ほら、いくわよ!」カァァ

ケイ殿は赤い顔を隠すためか、ズンズンと先を急いだ。

努力することを誇らず、他人に褒められても謙遜するケイ殿。 やはり出来たお方だ。


福田(玉田先輩の言った通りであります……今日の西隊長殿は、衣装効果で天然ジゴロ力が跳ね上がっているであります……)


「はぁぁぁぁぁ~~~」
「ほぉぉぉぉぉ~~~」


私は思わず間抜けな声を出してしまった。

隣で福田も間抜けな声を出している。


「どう、キヌヨ? 私達の戦車のホームと、縁の下のヒーロー達よ」

「ちょっとケイ、それを言うならヒロイン達でしょ?」
「ま、確かにナリは男みたいだけどね」
「ちがいないわ、ふふふ」


ケイ殿の溌溂とした声に応えたのは、そのすぐそばでM4中戦車シャーマンを整備しているツナギ姿の女生徒達だ。


戦車道の訓練風景が見渡せる物見台や、戦車の防水確認用プール、果ては1000人規模のトイレなどを見て回り、

最後にケイ殿に案内された場所は、奥行きが霞んで見えるほどの巨大な戦車整備工場だった。

その圧倒的スケール感たるや、豊富な物量と裕福な予算に恵まれるサンダースならではである。

“ 学園艦住民、総火の玉 ”の気概を持つ知波単生徒が、間抜けな声を上げてしまうのも無理からぬことだ。

見たことのない機材や資材もたくさんあったが、きっと戦車の整備に関係するものなのだろう。


「これは凄い……知波単の戦車整備工場が掘っ立て小屋に思えてしまうな」

「同感であります……」

「へへ~、ウチの戦車は整備性がピカ一だって言われているけど、ピカ一なのは戦車だけじゃないわ。
 整備体制だってピカ一なのよ!」


ケイ殿は整備中のM4シャーマンの前で胸を張り、整備ルーチンワークの手順を説明してくれた。

ケイ殿のYシャツの内側に押し付けられた胸部が苦しそうである。

調子が出てきたケイ殿の説明は、M4シャーマンをシャーマン・ファイアフライに改造するため、
どこに手を加えて17ポンド対戦車砲を搭載したか、という内容に移っていた。


「ケ、ケイ殿、その辺は機密事項なのではありませんか?」

「いいわよ、キヌヨにだったら教えてあげるわ」


福田(西隊長殿の天然ジゴロ力も、たまには役に立つであります)


所々でケイ殿の説明を聞きつつ、巨大な戦車整備工場を奥に向かって歩いていく私達。

いつしか戦車工学科の実験棟に入ったようだった。

“ Authorized Personnel Only. Violators will be Prosecuted.”(※)

と赤字で書かれた扉をいくつか越えたようだが、私も福田も英語はからきしなので、今いる場所がどんな所なのか分からない。

まあ、ケイ殿自らご案内いただいているのだから、問題ないのだろう。


ケイ(……本当はここ、部外者侵入禁止なんだけど、キヌヨならまぁいっか)


※ “ 関係者以外立ち入り禁止、違反者は起訴します”


いくつかの研究室を案内していただいた後、我々は“ 装甲素材実験室 ” という一室にたどり着いた。

カードキーで施錠を解いたケイ殿に続いて、我々も入室する。

その部屋は、様々な機械設備に囲まれており、部屋の中央に一両のM4シャーマンが鎮座していた。


「この実験室はね、戦車道に使う戦車の装甲やシュルツェンの素材を研究しているのよ」

「サンダース大付属は素材開発まで行っているのですか!」

「開発自体は大学の研究室がやってるんだけどね。 私達は実用化のためのモルモットみたいなものよ」

「それでもスゴイであります!」

「スゴイっていっても、戦車道のレギュレーションを逸脱するほど硬い金属素材は、開発しても意味ないからさ。
 基礎研究が目的って、大学サイドからは聞いているわ。
 高校サイドの私達は、ただ用意された戦車に乗って、用意された実験手順をこなすだけ」


ケイ殿のお声を耳に入れながら、私は辺りをキョロキョロ見回していた。

ここに来るまでにも、私と福田はまるでお上りさんのように周りをキョロキョロしまくっていたが、

この「いかにも何か戦車で実験します!」という雰囲気は、私の知的好奇心をくすぐるのに充分だった。


だから、思わず目に入ってしまったのだ。

鈍色の工具類が雑然と並ぶ作業台の上に、銀色の輝きを放つジュラルミンケース。

ケース表面には“ J-PARCセンター ”の文字が刻まれていた。


「ケイ殿、これも何かの実験材料ですか?」

「ん? なんだろう? 大学の研究室で使ってるものだと思うけど……高校生の私には分からないわ」

「不肖、福田、J-PARCという単語をどこかで見たような気がするであります」

「私もあるな……エキシビジョン戦で大洗に立ち寄った際、近辺で見たような……」

「たぶん、東海村にある陽子加速器群と実験施設群のことね。 っていうかどうして東海村に?」

「試合会場の下見をした際、道に迷ってしまって。 はは、お恥ずかしい」


そうだ、思い出した。

エキシビジョン戦の前に行われた奉納試合(※ リボンの武者参照)で、何だか血がたぎってしまい、
突撃精神の赴くままに戦車を走らせたら、いつのまにか大洗町を越えて、さらにお隣のひたちなか市も越えて、
そのお隣の東海村へ入ってしまったのだった。


「して、そのJ-PARCとは?」

「原子力関係の実験施設なんだけど、素粒子や物理科学などの最先端研究もしているところよ。
 ミューオンビームとかいうので物質の状態を詳しく調べることができるらしくて、サンダース大もたまにお世話になっているみたい」

「さすがケイ隊長殿、博識であります」

「うむ、私もそう思


最後まで言えなかった。

実験室のドアが急に開き、見知らぬ男が侵入してきたからだ。


男は作業服姿で、帽子を目深に被っていた。

一見、どこぞの業者のようだが、ただならぬ気配を発している。

私は相手を刺激しないよう、そっとケイ殿と福田の前に立った。


「ケイ殿、この方は?」

「え? いや、誰?」


ケイ殿の混乱ぶりを見ると、本気でこの殿方が誰だかご存知ない様子だ。

私は念のため福田に視線を送った。 声に出さない「了解であります」のうなずきが返ってくる。


「……どうもすみません。わたくし、J-PARCセンターの職員でして、そこのジュラルミンケースを預かりに参りました」


そう言って、男は歪な笑顔でこちらに近づいてきた。

ケイ殿を振り向くと 「そんな話は知らない」とばかりに顔を横に振っている。

この実験室は大学サイドが管理しているため、高校生のケイ殿では判断できないのだろう。

ふむ、どうしたものか。


仕方がないから、私が聞くことにした。


「ちょっとお待ちいただけますか、御仁」


男が立ち止まった。 私との彼我距離は3メートル。


「失礼ですが、この場所へは何しに参られたのですか?」

「……そこのジュラルミンケースに入れ忘れた試料があったので、一度、J-PARCセンターに持ち帰ろうかと」

「ということは、このケースの中身をご存知なのですね。 差し支えなければうかがっても?」


男の眉がピクリと動いた。

「……本当は部外秘なのですが、まあ隠すものでもないですからね。 ……戦車の履帯パーツです」

「ほう」

「高マンガン鋼に別の素材を加えて、靭性を高めた合金で作ったそうです。
 それの物性を調べて欲しいと、ここの研究室から当センターに依頼があったのですよ」


男がじりじり近づいてくる。

彼我距離が2.5メートルに縮まった。


「ならば、もう一つお聞かせ下さい」

「……はい」

「この部屋は、カードキーが無ければ入れないほどの、部外者立ち入り禁止の場所。
 それゆえ、部外者一人では立ち入ることなど出来ないはず。
 我々はサンダース大付属の隊長殿と一緒だから、こうして入ることができましたが」

「……ええ」


私は顔を男の方に向けながら、ケイ殿に呼びかけた。


「ケイ殿、ここの実験室のカードキーを部外者に預けるようなことはありますか?」

「……ないわね」

「ならば、どうしてお一人で、しかもまるで扉が開いたのを見計らったかのように、あなたは現れたのです?」


男が放つ気配が、ますます尋常ではなくなっていく。

彼我距離が2メートルになった。


突然、携帯の着信音が鳴り響いた。 着信元はケイ殿だ。

私は眼前の男がこれ以上近づかないよう威圧の気を放ち、ケイ殿はその様子を見守りながらこわごわと携帯を取った。


「もしもし? アリサなの?」

「隊長! 報告です! 校舎内にスパイが侵入したと情報科から連絡あり!」

「またオッドボール三等軍曹?」

「違いますよ! 今度はシャレにならないやつです!」

「なによ、シャレにならないって」

「産業スパイですよ!!」


アリサ殿のお声は、通話口越しでも良く聞こえるのだな。

刹那のときではあったのだが、意識をアリサ殿のお声に取られてしまったのがいけなかった。

男の先手を許してしまった。


男の右手には何かが握られていた。

それが何なのかを確認する前に、自分の右手で相手の右腕を掴み取る。

そこでようやく、男が握っていたのはスタンガンだと気付いた。

まあスタンガンだろうが刃物だろうが変わりはない。 当たらなければいいだけだ。

私は左手で相手の右手首を逆側に決めながら、足を払いのけた。

男が綺麗に背中から床に落ちる。

「ごはっ!!」


ケイ殿は、信じられないような目つきで私と男を交互に見た後、携帯越しに大きな声を出した。


「ちょっとアリサ! そのスパイ、目の前にいるよ!」

「はぁ!?」

「警備部に連絡! 場所は戦車工学科の装甲素材実験室! 急いで!!」

「マジですか! ああもう、了解です!」


ふむ、なんだか分からないが、ここの学園艦に不審者が紛れ込んだということか。

ここの警備部にお縄になってくれるなら、私も面倒がなくて良いな。

そんな悠長なことを考えていたら、男が立ち上がった。

手にはナイフを握っている。

襲う相手は―――――ケイ殿か!

男がケイ殿に向かって、ゆらりと1歩近づいた。


「福田!!」

「はいであります!!」

いつの間にか作業台の横に移動していた福田が、40㎝超のロングスパナを投げて寄越した。

私はそれを逆手で受け取り、受け取った勢いそのままに男のナイフをスパナで叩き落とし、
そのまま脳天に叩き込もうと思ったところで死んでしまうと思い直し、一拍おいて、
その体勢から相手の鳩尾へ肘鉄をめり込ませた。

喉から搾り出るような聞き苦しい声が、男から発せられる。

まあ自発呼吸できなくなるからな、鳩尾打たれると。


「私も部外者だから、貴方がこれ以上の不届きを働かないのであれば、これで手打ちにするが」


後ろで私に庇われる形となったケイ殿は、私の白いシャツをギュッと握っていた。

顔が青い。 怖かったのだろうな。

私はケイ殿の震える手を包み込むように握り、顔を近づけて「もう大丈夫です」と笑いかけ、
男の方に向き直って告げた。

「婦女子、それもまだ歳若い少女に危害を加えようとした罪、許されるものではない。
 憲兵の元でしっかり悔い改めよ」


男はうずくまったまま痙攣している。 これならば大丈夫だろう。

それでも念のため残身の構えを解かずに、私はジュラルミンケースを手に取った。


「……これは私の憶測なのだが」 と一言断った上で、言葉を続ける。

「J-PARCでは、なんとかビームとかいうので物質の物性を詳細に調べることができるらしい。
 我が国の名立たる研究機関の施設だから、きっと最先端の解析装置で調べるのだろうな。
 そこに、サンダース大の研究室が何らかの試料を送った。
 このジュラルミンケースの中には、その結果と、試料サンプルが入っている」


男は動かない。


「貴方はこの中に合金製の履帯パーツが入っていると言ったが、
 レギュレーション内に収まるスペックの合金を、わざわざそんな凄い研究機関に送ってまで解析するだろうか」


男は私に見えないように、ゆっくりゆっくり、右手を懐に忍ばせた。


「この実験室は工学を専攻しているようだが、それでも戦車道の関係施設だろう。
 戦車に使われている素材で、そのような凄い解析装置にかけるものと言えば………」



―――― 特殊カーボンだ。



確証はないが、確信はある。

戦車道を嗜む乙女にとって特殊カーボンとは、日頃応援してくれる両親の次に頼りになる存在だ。

仮に、装甲薄の九五式軽戦車が超大口径のカール自走臼砲の直撃をもらったとしても、中の乗員の安全は確保される。

特殊カーボンがあるおかげだ。


おそらく、サンダース大は特殊カーボンを研究していて、何らかの成果が出たのではないだろうか。

だから物性を詳しく調べるために、J-PARCへ解析を依頼した、と。

なんせ特殊カーボンは汎用性が高いからな。

あらゆる産業に応用できると聞いたことがある………もちろん軍事にも。

サンダース大は日本の戦車道を隠れ蓑に特殊カーボンの改良研究をしていたのかもしれないな。


「さて、福田、ジュラルミンケースを持って私に付いてこい」

「はっ」

「ケイ殿、走れますか?」

「えっ? えっ?」


走れなさそう。


「うーん、腰が抜けているのかな? では仕方ない。 失礼します、ケイ殿」

「きゃっ!? えっ? なにっ?」


ケイ殿を横抱えにして、私達は実験室を飛び出した。

直後に階下から突き上げるような振動と、耳をつんざく爆発音。直後にスプリンクラーが作動した。


「きゃぁっ!!」

「やはり」

「やはりって何よ!?」


ケイ殿は私に抱きかかえられたまま、混乱の極みに達したような顔をしていた。

そんなお顔でも、ヒマワリのような華やかさがあるから素敵である。 スプリンクラーでびっしょりだったが。


「あの男ですよ。 スパイなら、捕まった時のことを考えて、あらかじめ退路を確保しておくでしょう。
 産業スパイ程度で自爆するってことはないだろうから、たぶん別の部屋に爆弾でも仕掛けておくだろうなと。
 ただそれも憶測ですからね。 念のため、こうして脱出を図っている次第です。
 この感じだと、実験用のアセチレンボンベか何かを無線で爆破できるようにしていたのかな?」

「なんでそんな冷静なの!?」

「喋っていると舌を噛みますよ」

私はケイ殿を安心させるように笑いかけ、ケイ殿を抱える腕に力を入れ直した。


実験棟の屋上に来てしまった。

階下で爆発が起こったので、上へ上へと昇るしかなかったのだ。

潮の香りが鼻孔をくすぐった。 サンダース大の学園艦に広がる街並みと、大海原が見える。 良い眺めだ。

屋上の柵まで近づいて見下ろすと、プールのような施設が実験棟に差し迫る形で設置されていた。

プールに戦車用のスロープが付いている所を見ると、あれも戦車の実験施設の一部なのだろう。 防水気密の実験に使うのかもしれない。


あの男はどうなっただろうか。

まあ自殺願望でもない限りは爆発に巻き込まれてはいないだろうが、
警備部による包囲網は完成しているだろうから、脱出は難しいと予測する。

どちらにせよ、部外者である私には関係がない。

関係があるのは、ケイ殿と福田の身の安全だ。


「さて、ここからどうしましょう? 怖い方法と、怖くない方法で脱出しようと思うんですが」

「どうするって、救助が来てくれるまでココにいればいいじゃない」

「うーん、それだと不味そうなんですよね」


私は屋上の片隅に設置されている、実験用と思しきボンベ群を指差した。

通常、ああいったボンベは野外に設置するのだが、ここでは屋上に設置していたのか。

となると、階下の爆発はプロパンかな?

そんなことを考えながら、視線の先のボンベを観察していたら、バルブの部分に何かの装置がくっ付いていた。


「たぶんあれでボンベを爆破するんでしょうねぇ」

「ええぇっ!?」

「あの男が屋上に退路を取ることを想定しての仕掛けなんでしょうけど、どうも別の退路を取ったようですね。
 ただ、爆発が段々上階へと迫ってきているみたいなので、あのボンベも近いウチに爆発するのかもしれません」

「えええええぇぇぇぇっ!!?」


私に抱かれたケイ殿が発したお声は、今日一番の大きさだった。

見渡す限りの青空に吸い込まれるような、良く通る声音だと思った。


「なので、ここから脱出しようと思うのですが」

「へっ!? あっ、えっ!?」

「怖い方法と、怖くない方法がありまして、どちらがよろしいかなと」


ケイ殿が私の胸元で口をパクパクさせている。

「……そっ、その前に! いくつか聞かせて!」

「はい」

「なんで、あんな強いの!?」

「強い? ああ、あの男を抑え込んだ徒手空拳ですか」

「うんっ! うんっ!」


ケイ殿が首をブンブン縦に動かした。


「我が知波単の戦車道隊は、みな常日頃から戦車道の訓練に励んでいるわけですが、同時に各種武道も乙女の嗜みとして貴んでおります」

「……武道?」

「はい。 柔道、剣道を始め、弓道、銃剣道、日本拳法、あとは合気道ですかね」


そこで福田が口を挟んだ。

「知波単の隊長となられるお方は、それら武道でも優秀な実力を持ち合わせていなければならないのであります」

「優秀というかなんというか、ただ子供の頃から親にやらされていただけだよ」

「と言いつつも、西隊長殿の武道の実力は、知波単学園で右に出る者がいない程であります」


ケイ殿は目を見開いていた。 そんなにおかしかっただろうか。

「……じゃあっ、じゃあっ、そんなに冷静でいられるのは何で!?」

「うーん、冷静かぁ……自分では実感がありませんが、知波単学園における精神修養の賜物なのかもしれません」

「精神修養って……」

「地に足のついた、母性溢れる、たおやかな女性となるには、何事にも動じない心、いわゆる肝っ玉が必要です。
 そのため知波単では、各履修科目の幹部生となると、ちょっとやそっとじゃ挫けない心を養うための修養課程が別メニューで組まれます」

「……た、例えばどんな?」

「戦車道履修者であれば、総重量25㎏の装備を担ぎ、鉄帽を被って25km行進します。
 それで、到達地点にいる敵勢力を徒手空拳で倒します」

福田(空挺レンジャーかな?)

「25㎏の装備で25km歩くから、通称“ ニコニコ行進 ”なんて言われていますが、実際には25kmじゃないんですよね。
 死ぬ思いで敵勢力を制圧して、ようやく終わりかと油断したところで“ 実はゴール地点はあと15km先 ”なんて言われるわけです」

福田(英国陸軍特殊部隊だったであります)

「ちなみに福田も来年受けることになるからな?」

「ひっ」


足元の振動がますます大きくなった。

爆発が近づいていることもそうだが、建物がもう持たないのかもしれない。

私はケイ殿の不安を払拭するように一度笑った後、ケイ殿の頭を胸元に抱きよせ、耳元で囁くようにして言った。


「そろそろ限界の様です。 脱出しましょう」

「ふぇっ!?」カァァ

「で、どうされますか?」

「最後に、もう一つだけ言わせて!!」

「はい」


ケイ殿は、福田が抱えているジュラルミンケースを見やり、

「その……私も知らなかったとはいえ、このケースの中身については誰にも言わないでほしいの……」

と伏目がちに言った。


「おや、私はこのジュラルミンケースの中身について、皆目見当ついておりません。 そうだな、福田?」

「ジュラルミンケースって何でありますか? 私は横文字が苦手であります」

ケイ殿は驚いた顔をすると、私の胸に顔を埋め直し、小さく「ありがと」と呟いた。


「で、どうされますか?」

「じゃあっ! こっ、怖くない方でお願いします!!」

「わかりました。 福田、いくぞ!」

「はっ!」


ケイ殿を抱きかかえた私は、福田を従えて、いったん屋上の柵から距離を取った。

柵の向こうの下には、防水気密の実験用と思われるプールがある。


「ときにケイ殿」

「ひゃいっ!!」

「先程、怖くない方法もあると言いましたが」

「はい……はい?」

「あれは嘘です」


私は、ケイ殿の視界が私の胸元だけしか映らないように強く抱きしめると、全力で屋上の柵に向かって走り出し、
そして、ハードル走よろしく柵を飛び越えた。


突然襲い掛かる浮翌遊感、のち、落下感。


「えっ……えっ……えええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!???」


「ひゃぁ、なんとかなりました」

プールの縁にケイ殿を押し上げ、福田も無事付いてきたことを確認すると、私は空を仰いで笑顔になった。

3人とも怪我なく、無事に脱出できたからだ。 火照った身体にプールの水が心地良いせいもある。


「………………」

「あれ、どうかしましたか、ケイ殿?」


怪我が無いことは確認したし、意識もしっかりしているハズなんだが、ケイ殿は突っ伏したまま動かない。

うーん、やはりどこか怪我したのだろうか?

そう思って、ケイ殿の身体のあちこちを検めようと顔を近づけたら、急に抱き着かれた。

その勢いで、またプールに落っこちる二人。


「ゴボ、ゴボボボ!?」(ちょっ、ケイ殿!?)

突然の出来事に、私は思わず両眼をつぶって水面へ這い上がろうと腕を振り回した。

そしたら、ケイ殿に顔をガシッと掴まれ、直後に唇に何か軟らかい感触があった。 何だ? 目をつむっているからわからん。


「「ぷはぁっ」」

二人とも水面から頭を出した。

ケイ殿はまだ私の顔を両手で挟んでいた。 目が潤んでいるように見えるが、まあプールだしな。 気のせいかもしれない。

「ふっ……くっくっくっ……あっはっはっはっは!!」

そしてケイ殿は私に抱き着き、高らかに笑ったのだった。


「キヌヨ! あなた最高よ!」

「ははは、お褒めにあずかり光栄です」

「もう私! どうにかなっちゃいそう!」

「あれ、まだどこか具合が悪いのですか?」

「どうしてくれるのよ! もう貴女無しじゃいられないじゃない!」


ケイ殿は助かった安心感ゆえか私のことを褒めてくれたのだが、「私無しじゃダメだ」というのは、まだあの男を怖がっているということか。

なので私は、ケイ殿に「もう大丈夫ですよ。暴漢はもう襲ってきません」と語り掛け、

そっと肩抱いて、真っ直ぐ目を見つめてこう言った。


「たとえ襲ってきたとしても、また私が守ります」

「はひゅん」ボッ


ケイ殿が意識を失って水中に没した。

あれぇ? やはり具合が悪かったのか?



福田(あれだけアメリカチックな映画の主人公ばりの活躍をして、お姫様抱っこで大冒険活劇を演じられたら、惚れるなという方が無理であります……)


その後、救助に来た学園艦警備部の方々と、アリサ殿、ナオミ殿といった戦車道の隊員の方々にケイ殿を預け、一連の経緯を話した。

ついでにジュラルミンケースも返した。

あの男は貨物コンテナが収容されるエリアに隠れていたところを捕縛されたらしい。

よかった。 これにて一見落着だ。


「……それにしても、どうしてウチの隊長はこんなに幸せそうな顔して寝ているワケ?」(←アリサ)

「慣れないトラブルから解放されたせいでしょう」

「……うへへへへ……キヌヨ……アイニージュー……」(←ケイ)

「……………」(←何かを察したナオミ)


ナオミ殿が福田に何かを訪ねていたが、それを受けた福田は「どうしようもないのであります……」と首を横に振っていた。


翌朝。

サンダース大付属高校の宿泊施設に泊まらせてもらった我々は、実に清々しい気持ちで愛車ウラヌスの前に立った。


「昨晩は皆さんに盛大に歓待していただいて、本当に楽しかったな」

「あのばーべきゅーという焼肉に、この世の極楽を見た気がしたあります」


昨晩、ケイ殿を救ったお礼も兼ねてと、サンダース大付属の隊員総出でばーべきゅーが行われたのだ。

私もあんなに肉を食べたのは、小学校のときの誕生日以来だ。


「宴席ではケイ殿もすっかり元気になられて、しきりに抱擁されたよ。
 二人で抜け出さないかとも言われたが、まだ校内の安全がすべて確認されていない以上、勝手な行動は出来なかったからな。
 丁重にお断りさせていただいたよ、ははは」

福田(ケイ隊長殿の悲しそうな顔が目に浮かぶであります……)

「次にサンダースへ来た時には、パパとママに紹介するからね! って言われたんだが、
 そうか、ケイ殿のご両親は、サンダース大の戦車道関係者で、ひょっとすると顧問か教官殿なのかもしれないな。
 旅の最初に素敵な人脈が築けて僥倖というほかない。 やったな福田!
 来年、福田が知波単を担うときには、これでサンダースとの練習試合が組みやすくなったぞ!」

福田(ご愁傷様であります、ケイ隊長殿……)


サンダース大付属高校の戦車道隊の強さが、いかにして練り上げられるのか、その現場をこの目で確かめられたし、
当初の目的である練習試合の申し込みもちゃんとできた。

ちょっとしたトラブルでケイ殿に迷惑を掛けてしまったが、それも新たな人脈の発掘に結び付いたようなので、
これにてサンダース大付属の学園艦訪問は、大成功だったと言って良いだろう。

願わくはこの調子で残り2校も回れたらいいな、と空を仰いで、私は愛車ウラヌスにまたがった。


※ 今回はここまで。 また書き溜めてきます。
  次回、アンツィオ高校 訪問編です。 

股間が水で濡れてるからバレないね

いい

乙!

乙乙
スペクタクルだのう


※ 再開しまっす。


「さーて、鹿島港から清水港だと……えーっと……」モグモグ

「下道だと、270㎞くらいであります」ポチポチ モグモグ

「サイドカー付きのバイクで270㎞となると……8時間。 休憩入れて10時間ってところか。 高速使えれば楽なんだがなぁ、金掛かるしなぁ」モグモグ


私が紙の地図を覗き込んで距離を推し測ろうとしたら、福田が“ すまほ ”であっという間に調べてくれた。

知波単生徒の多くは機械音痴ゆえに“ がらけー ”の扱いだけで手いっぱい。

私も例に漏れずそうなのだが、福田は大学選抜戦後、こうした機械類も意欲的に使って情報収集に励んでいるようだ。

うんうん、新生知波単学園を担う者の一人として、福田は順調に成長していると思う。 この旅に連れてきて良かった。


そんな私の手には昆布おにぎり、福田の手には牛味噌おにぎり+すまほ が握られていた。

おにぎりはそこのコンビニで買ってきた。 今日の朝ご飯だ。


朝8時。 鹿島港からそんなに離れていないコンビニの駐車場である。

私と福田はオニギリをもぐもぐしながら今日の道程について話し合っていた。

ケイ殿から朝飯まで食べていくよう誘ってもらったのだが、今日は茨城県の鹿島港から静岡県の清水港まで移動しなければならない。

そのため、早朝にサンダース大付属の学園艦から下艦し、近場のコンビニで突撃準備……じゃなかった、出発準備を整えているのだ。


ケイ殿を始め、サンダース大付属の方々には最後の最後まで熱く待遇していただいたので、本当に感謝感激雨あられである。

朝食のお誘いや昨晩のばーべきゅーだけではない。

部外者が見てはいけない機密事項まで披露していただいたのだ。

ケイ殿との別れ際、その目に涙が浮かんでいたことを思い出し、私は胸がいっぱいになる。

ケイ殿の涙は友情の証。 戦車に乗れば敵同士だが、戦車から降りれば友達同士。

それを地でいくサンダース大付属の懐の深さを、私は生涯忘れないだろう。


「あれだけの温情を掛けていただいたのだ。 我々はこれを力に変え、試合会場で披露することが最大の御恩返しとなる。
 これからますます精進せねばならんな、福田!」

「はっ! 粉骨砕身、突撃精神をもって鍛錬に励む所存であります!」

「うむ! 私もさらに精進し勝利に貢献できるよう、隊長としての役目を果たそうぞ!」


福田(……ただ、最後のケイ殿の涙は、たぶん違う意味の涙だと思うのであります……)


福田は“ すまほ ”の地図を見ながら、ここから清水港へ至る大まかな道順を教えてくれた。


「まず利根川越えて千葉県に入って、利根川沿いを西進、都心を抜けて神奈川県央へ。
 さらに西進して御殿場を越えて駿河湾に至り、あとは海沿いを進む、という感じであります」

「うむ、ありがとう」


私は脳内で進行ルートを思い描き、かねてより温めていた作戦が無理なく行えることを確信した。


「では、本格的に出発する前にちょっと寄り道をしよう。 利根川越えて千葉県に入った辺りに老舗の醤油屋がある。
 そこでアンツィオ高校へのお土産を買っていこうと思う」

「アンツィオ高校へのお土産? また落花生最中ではないのでありますか?」

「ああ、別の物にしようと思うんだ。 一応、ただの落花生ならすでに大量に用意してあるがな。 千葉県名物のド定番だし、乾物だから物持ち良いし」

「はぁ、それでその落花生に加えて、醤油屋でお土産を追加する、と」

「そうだ。 アンツィオ高校の学園艦は食文化が豊かで、菓子も上等なものばかりが揃っていると聞く。
 大学選抜戦の会場でアンツィオの生徒が出していた屋台……あの“ じぇらーと ”という氷菓子を福田も食べただろう。
 あんな美味いものを日常的に食べている方々に、ただの和菓子を持って行っていくというのもどうかと思って。
 落花生最中は美味いんだが、相手がアンツィオ高校ではちょっとな。」

「それで醤油でありますか」

「料理好きのアンツィオ高校なら、変わった調味料をお土産にしてもきっと喜んでくれるだろうさ。
 それに千葉県は醤油の産地だ。 立派な千葉県土産になる」
(※ 知波単学園の本拠地は、千葉県習志野市です)

「さすが西隊長であります! ご慧眼に脱帽したであります!」

「ははは、ただの醤油ではないのだぞ?
 買おうと思っているのは、その老舗に売っている“生醤油”と“蛤(はまぐり)だし醤油”なんだが、どちらも実に美味いのだ。
 スーパーで売っている刺身をこの生醤油で食うと、築地で食う刺身に進化する! と言ってのける知人がいるくらいだし、蛤だし醤油の方は福田も食べたことがあるはずだぞ?」

「え? そうでありましたっけ?」

「私が夕飯当番の時、まぜご飯を作ることがあるだろう。 あれの醤油はその蛤だし醤油だ」

「おお! 西隊長殿のまぜご飯はあまりに美味すぎて、隊員達のお替わり争いが本気のケンカになる程であります!」

「ケンカはどうかと思うんだが……福田達が美味いと言ってくれるんだ。 お土産として間違いはあるまい」


福田(西隊長殿が作る料理は、美味いのはモチロンなのでありますが、隊員達にとっては憧れの人が作る手料理なので目の色が変わるのであります……)


「で、実は練習試合の申し込み相手にアンツィオ高校を選定した理由も、そんな料理に関係があったりする」

「あれれ、戦車道とは関係が無いように思えるのでありますが……」

「ところがそうでもないんだ。 アンツィオ高校の戦車道隊では、炊事による親交で隊員同士の結束を固めているらしい。
 我々知波単では、炊事はただの炊事だが、アンツィオでは日常生活における料理や食事ですら戦車道訓練の一部だという。 面白いだろう?」

「アンツィオ高校では飯時にあっても常在戦場というわけでありますな。 いやはや、侮りがたしアンツィオ高校であります!」

「もちろん、CV33を中心とした高速機動戦術とか“ まかろに作戦 ”という欺瞞作戦の運用方法とか、訓練環境が知りたいとかもあるんだが」

「火力不足、装甲薄に悩んでいるのは我々もでありますからね。
 奇をてらい、高速機動で敵を翻弄するアンツィオ高校の戦い方はきっと参考になるであります!」

「だから此度の旅では、アンツィオ高校の戦車道訓練だけではなく、炊事、食事の風景も視察させてもらおうと思っている。
 そして練習試合になったら、両校で協力して飯を炊き、同じ釜の飯を食って更なる親睦を深めよう、と提案をするつもりだ」

「実に良いお考えであります!」

「安斎殿曰く、明日は視察するには絶好の日らしいからな。 きっと私の提案を受け入れてくれるだろう。
 ふふふ、喜べ福田! また楽しい思いができそうだぞ?」

「は? それはどういう……?」


私はキョトンとした顔の福田にヘルメットを被らせると、自分もヘルメットを被って、ウラヌスのエンジンを掛けた。

そして目的の醤油を手に入れたあと、途中休憩を挟みながら、えっちらおっちら清水港へとバイクを走らせたのだった。


夜7時、清水港エリアに到着。

港に停泊したアンツィオ高校の学園艦が間近に見える。


「うう……さすがにこうも魚介類の看板やらノボリやらが目に付くと、腹が空くのであります……」

「耐えろ福田……安斎殿が夕食を振る舞ってくれることになっている……」


我らがいる場所は、観光客向けの魚河岸の駐車場だった。

もう時間が遅いので多くの店が閉まっていたが、あちこちに設置されている「桜エビのかき揚げ丼」や「桜エビ天ぷら定食」などのノボリが、視覚を通して空腹中枢を刺激する。

清水港がある駿河湾は桜エビが特産だ。 漁期は春と秋しかなかったはずだが、干し桜エビならいつでも食えるはずだ。

せっかく静岡までやってきたのだから名物が食いたいとは思うが、しかしこちとら高速道路代すらケチっている身。

そんな贅沢は許されない……が、食べたい……。


私と福田が空腹に身を悶えていると、遠くから豆戦車らしいエンジン音と、舗装道路を走る履帯の音が聞こえてきた。 カルロ・ヴェローチェCV33だ。

そのCV33が我々のバイクの横に停まった。

髪を両脇で束ねた少女が降りてくる。 安斎殿だ。


「いやーよく来た! ようこそアンツィオ高校へ! 私がドゥーチェ・アンチョビだ!」

「ご無沙汰しております、安斎殿! この度はご高配を賜り、誠に感謝しております!」

「安斎じゃない! アンチョビだ!」

「これは失礼いたしました、安斎殿!」


私と福田は、アンツィオ高校の戦車道隊の隊長で、総統とも肩書が付いている安斎千代美殿に深々と頭を下げた。


CV33に先導された我々のバイクは学園艦の乗艦ゲートをくぐり、2台まとめて昇降リフトに乗り込んだ。


「え!? 明日、学園艦祭なのでありますか!?」

「そうだ! だから実に良いタイミングで視察に来たな2人とも!
 アンツィオの学園艦祭は、観光客向けに盛大にやるからな! ぜひとも楽しんでいってくれ!」


昇降リフトが艦上へと昇っていく。

私、福田、安斎殿の3人は、規則的な揺れを感じながら、あらためて挨拶を交わした。

そうなのだ。 練習試合の内諾を得るために前もって安斎殿へ電話した際、私は学園艦祭の話をうかがっていたのだ。

今年のアンツィオの学園艦祭は、戦車道隊の訓練展示も行われるし、美食尽くしの屋台も並ぶ。

となれば、戦車道隊の訓練風景も見れるし、隊員らが協力して炊事に取り組む姿も見られるので、此度の旅の目的に合致するわけだ。

だから私は、まずはただの客として学園艦祭を楽しみつつ外側からアンツィオ高校の戦車道隊の実力を推し測り、明後日は隊内に案内してもらって、内側から実力を推し測ろうと考えた。

つまりは2日間の訪問日程だ。


「学園艦祭の準備でお忙しい中をお邪魔してしまい、誠に申し訳ありません」

「いいんだいいんだ。 ウチも他校同様、隊長職は引き継ぎつつあるし、お客さんが増える分には万々歳だしな。
 ……1円でも多くP40の修理費を稼がないといけないし」ゴニョゴニョ

「アンツィオ高校では、次の隊長殿は誰がなられるのでありますか?」

「ペパロニだ。 あいつのノリと勢いはアンツィオのドゥーチェとして相応しいものだしな。
 副長としてカルパッチョが締めるところを締めてくれるだろうから、まぁ、あの二人なら次のアンツィオを任せられるよ」

「なるほど。 我々の突撃精神も勢いだけは負けておりません。 練習試合の会場でまみえる時を楽しみにしております!」


安斎殿の話だと、アンツィオの学園艦祭は「アンツィオ高校の学園祭」ではないらしい。

アンツィオ高校の生徒らはもちろん、学園艦住民の有志も祭りに参加するので、“ アンツィオの学園艦祭 ”なんだとか。

そのため、メイン会場はアンツィオ高校ではあるものの、校舎の内外に多彩な出店が立ち並び、観光客の入りも凄まじいことになるんだそうだ。

だから各店はしのぎを削って集客に努め、少しでも売上を伸ばそうとてんやわんやの大騒ぎになる。

安斎殿が率いる戦車道隊の隊員らは、その儲けを戦車道隊の運営費に計上できるとあって、いつも以上にヤル気に満ち溢れるんだとか。

……そういえば、知波単にも回覧来たな。P40の修理のための寄付願い。

ウチより貧乏な戦車道隊もあるのだなぁと、ちょっとしんみりしたものだ。


艦上についた我々は、CV33先導のもとアンツィオ高校の敷地内に入り、そのまま校舎の駐車場へ向かうのかと思いきや、戦車整備工場の横に案内された。

私と福田は自分の荷物を持ってCV33の元に近寄る。 暗いせいか、安斎殿はキューポラからゆっくり降りていた。


「福田、私の荷物を持っていてくれ」

「はっ」


私は荷物を一時福田に預け、まだ地に足を付けていない安西殿に向かって手を差し出した。

タイミング良く雲の隙間から半月が顔を覗かせ、月光があたりを照らす。 急造の月のステージのようだ。


「安西殿、お手を」スッ

「えっ?」

「着地に失敗して足でも挫いたら大変です。宜しかったらおつかまりください」

「えっ、あっ、ありがとうっ」カァァ

「いえいえ」


アンチョビ(なっ、なんだ!? 知波単隊長が一瞬、王子様に見えたぞ!? 恋愛小説の読み過ぎか私!?)

福田(……こういうことをサラッとやるのが西隊長殿の良い所でもあり、悪いところでもあります……)


「ごっ、ごほん! あー…明日の学園艦祭の準備のために、隊員のみんながここで準備中なんだ」


私の手を取って無事着地した安斎殿は、ちょっとあたふたしながら説明してくれた。


「戦車道隊の皆さんは、明日、何の出店をやられるのですか?」

「今年は ピッツァとジェラートで2店舗に分ける予定だ。 P40の修理費をここで一気に稼ぐためにな」

「あれ? でも訓練展示も行うのでありますよね?」

「そうなんだ。 2回戦止まりとはいえ全国大会出場を果たしたし、あちこちから修理費の寄付金を募っている関係上、戦車道の訓練展示は外せなくて。
 だから今年は3班編成を組んだんだよ。1班はカルパッチョをリーダーにジェラート販売。 2班はペパロニをリーダーに戦車道の訓練展示。
 で、3班は私が指揮をとってピッツァ屋をやろうと思っているんだ」

「「おおー」」

私と福田は揃って感嘆の声を出した。
実に楽しそうだし、それに美味そうな学園艦祭になりそうだ。


「去年まではパスタ屋だけだったんだけどな。 パスタはペパロニの得意料理だったし。
 でも戦車道の訓練展示をやるなら、その指揮は次のドゥーチェであるペパロニが執らなくちゃいけない……すっごい不安だが」

「ペパロニ殿といえば“ 鉄板なぽりたん ”という料理がお得意と、月刊戦車道の隊員特集コーナーで拝見したであります」

「そうなんだよ。 だから去年まではパスタ屋1本だったんだけど、今年はそんなわけでパスタ屋は止めて、代わりにジェラート屋とピッツァ屋をやろうと思ってね。
 ジェラートは毎日ランチのときに店を出しているから慣れているし、ピッツァは特色を出しやすいから、他の出店と差別化を図りやすいと思って」

「聞いただけでお腹が空いてきそうですね」

「ああ、期待してくれ! 私の作る桜エビのピッツァは絶品だぞ! これでたくさん稼いで、学園艦祭の後の引退式までには、P40を直してみせる!
 それが私の……ドゥーチェとしての最後の仕事だからな!」


そう言って二カッと笑った安斎殿は、戦車整備工場の扉を開けた。


「ただいまー! みんな! 知波単学園からお客さんを連れてきたぞ!」


そして陽気な安西殿の声に帰ってきたのは、切羽詰まったペパロニ殿の声だった。


「アンチョビ姐さん!? あーもう、やっと帰ってきた! 大変っスよ、姐さん!」

「お、おう? どうした?」


出鼻を挫かれた形の安斎殿。 畳みかけるようなペパロニ殿の言葉が続く。


「明日の学園艦祭、ピザが作れなくなったッス! どうしましょうか姐さん!?」

「え? ………え?」

「いや、だから、ピザが作れなくなったんですって!」

「えぇ……ええええええ!? なんで!? どうしてだ!?」


戦車整備工場に入って早々、大きな声で掛け合いを始める安斎殿とペパロニ殿。

いやぁ、アンツィオ高校の隊員達は元気があって良いなぁ。


「あー…私から説明します、ドゥーチェ」

「カルパッチョ? ……そうだな、何がどうなったのか、説明を頼む」


埒が明かないと思ったのか、カルパッチョ殿が前に出てきた。


「はい。 ……明日の学園艦祭の準備のために、ピッツァ班、ジェラート班、訓練展示班と、それぞれ分かれて動いていたんですが…」

「ああ」

「ピッツァ班がCV33で、ピッツァ生地の材料となる小麦粉を食品科へ取りに行き、それをCV33の車上に積んでここへ戻ろうとしたところ……」

「あ」(何か察したアンチョビ)

「ショートカットのつもりで訓練場を横切ってしまい……」

「……あぁ……」(察しがついたアンチョビ)

「訓練展示の練習をしていたセモベンテに誤って砲撃され、乗員は無傷だったものの、小麦粉がすべてダメになりました」

「……あぁーー……」


安斎殿は、カルパッチョ殿の話を聞くなり、

_| ̄|○ ⇒ _|\○_ ⇒ _/\○_ ⇒ ____○_

という五体投地の姿になっていった。


「……なんで訓練展示に参加しない車両が訓練場に入るんだとか、ペパロニは指揮官としてそれを撃つ前に確認しなかったのかとか、いろいろ言いたいことはあるが……言っても無駄なんだろうな……」プルプル


安斎殿は全身の力を振り絞って身を起こしたが、いまだプルプルしている。

“ P40の修理費用を稼ぐんだ! ”と意気揚々に言った5分前の彼女と、打ちひしがれた今の彼女。 そのあまりの落差。

まるで突き落とされたような今の彼女の境遇に、思わず同情してしまう。

うちも金はないからなぁ……。

金が全てではないが、金が無いのは首が無いのと同じことだ。 戦車道に限っては特になぁ。


「……あ゛ーもう! へこたれていてもしょうがない! 撃たれた乗員達は無事なんだな!?」

「はいッス!」


元気良く返事するペパロニ殿。


「ダメにした小麦粉は補充できるか!?」

「無理です。 食品科に問い合わせましたが、あらかじめ申請していた量以上は融通できないと…。
 それに量が量です。 今からでは艦外に買いに行っても量が確保できません」

「他の食材は!?」

「ジェラート関係はすべて問題なし。あとはピッツァ用のチーズやその他の乳製品、それと干し桜エビは別に保管していたので大丈夫です。
 塩コショウ、オリーブオイル、ニンニクやショウガ等の薬味なども問題ありません。
 あとは、大人のジュース関係も大丈夫です」


“ 大人のジュース関係 ”というのは、要するに酒のことか。
なるほど、アンツィオの学園艦祭では、おそらく事前申請をすればアルコール提供も可能なのだな…と私は推測する。


ここまでは明快に答えていたカルパッチョ殿だったが、続きを言い淀んだ様子を見せた。
先を促す安斎殿。


「あとは?」

「……それと、我が隊の在庫のパスタを全て放出すれば、学園艦祭用の食材として、なんとか足りるかと思います」


アンツィオ高校の戦車道隊は、試合が終わると宴を開いて、敵味方関係なく親睦を深める。

その宴用に常備していた食材を、おそらく学園艦祭の打ち上げ用として使うつもりだったのだろう。

しかし緊急事態につき、打ち上げ用ではなく本番の商品用として回すというのだろう。

となれば、打ち上げに使う食材が無くなることを意味する。

カルパッチョ殿ら隊員にとっては、安斎殿に隊長として参加してもらえる残り1回か2回あるかないかの打ち上げであり、宴だ。

そんな貴重な機会が潰れるとまではいかないにしても、宴の規模が縮小してしまうのは避けられない。

カルパッチョ殿の悔しそうな顔から、私はそんな背景があるのだろうと想像した。


カルパッチョ殿の視線の先には、うつむいた安斎殿がいる。

しばらくして、安斎殿はため息を一つ。 そしておもむろに顔を上げた。


「……大きく売り上げは落ちてしまうだろうが、ペペロンチーノくらいは作れるか。
 不必要な乳製品などは食品科に返却しよう。 ……今年もパスタ屋かぁ」

「さっすがアンチョビ姐さん! この料理上手のやりくり上手!!」

「お前はもうちょっと反省しろぉ!」


安斎殿の哀愁漂う喜劇のような悲劇が、戦車整備工場の中で繰り広げられている。

隣にいた福田が、小さな声で私に問いかけてきた。


「西隊長殿? “ ぺぺろんちーの ” というのも、確か美味い麺料理だったと思うのですが、それではダメなのでありますか?」

「“ ぺぺろんちーの ”は作り方が簡単だからな。同業店舗が出やすいだろうし、それゆえに多くの店がしのぎを削る学園艦祭では没個性と見なされるだろう。
 つまりは売りが弱いのだと思う。それではP40の修繕費を稼ぐどころか、原価を回収するのがやっとかもしれないな」


私は気丈に振る舞う安斎殿の背中を眺めながら答えた。


「アンツィオ高校の隊長としての責務を果たしてから引退したい」と言った安斎殿。

私よりも1つ先輩で、戦車道の隊長として苦労された経験は圧倒的に安斎殿の方が上だろうが、
それでも同じ隊長職の人間として、その心中は容易に察せられた。

後輩達には……次代の隊員達には……なんの憂いもなく戦車道を楽しんでもらいたいのだ。

そのためならば、どんな苦労でも背負いこむのが隊長であり、引退していく先輩の務めなのだ。

私も知波単の隊長としての責務を果たしたいから、こうして各校を訪ねまわり、練習試合を申し込みに来ている。

隊員達の努力が報われる、そんな勝利を得る方法を模索するのが、私の責務である。


ならば、我々が今この場にいるのも何かの縁だと思うのだ。

安斎殿の努力が……アンツィオ高校の戦車道隊の努力が報われる、そんな方法を探すお手伝いをするのだ。

知波単学園とアンツィオ高校は微力ながらも、先の大学選抜戦で大洗女子学園を助けるため、ともに強大な敵へと挑んだ間柄だ。

他人事とは突き放せない。 なんとか助けになりたい。


聞けば、明日の学園艦祭で売れる商品が用意できなくなったご様子だ。

ならば、残った食材を使って、明日の学園艦祭で売れる商品を考え出せばいいのだろう。

うーん……アンツィオの学園艦祭……パスタと干し桜エビと乳製品はある……アンツィオの校風の中でも個性的な商品に……。


私は、脳内で手持ちの札を確認した。

しばしの熟考。

そして不意に、我らだから加える事ができる札があることに気づく。

私はこれらの全ての札を抱えて、調理法の海に沈みこんだ。

再度の熟考。


……海の底で見えたのは、3つの光。


「うん、これならいけるかな」


私は、いまだ両膝を床についている安斎殿の隣に移動し、自分も片膝をつき、両手で安斎殿の両手を包み込んだ。


「……ふぇっ!?」

「安斎殿、我ら客人の身なれど、安斎殿に具申することをお許しください」

「なななな、なん!? ……ですか!?」

「在庫のパスタを使わせていただく必要はありますが、この料理勝負、なんとかなるかもしれません」


安斎殿の目を真っ直ぐ見つめながら、その手を胸に抱くようにして言った。

安斎殿は何を言われたのか分からないように、ぱちくりと目を瞬かせている。


「今ある食材で、それなりに美味しいものが3種類ほど作れます」


私はそれから安斎殿を始めとした隊員の皆さんに、私が提案する料理の内容と調理法を説明した。


翌朝、午前9時。

空に景気よく花火が打ち上がった。 アンツィオの学園艦祭の始まりだ。


「では皆さん、よろしくお願いします!」

「「「「よろしくお願いします!!」」」」


私はピッツァ班の皆さんに声を掛けると、元気な返事が返ってきた。

場所はアンツィオ高校の中庭、戦車道隊に割り当てられた出店だ。

まだ開会したばかりなのでお客はいないが、安斎殿の話によれば、例年あと15分もすればごった返すほどの人がやってくるらしい。

私は白ブラウスの腕をまくり、シックな色のエプロンをまとって、出店のカウンター内で仕込みを続けていた。 つまりはピッツァ班の助っ人だった。

あ、いや、ここで提供するのは結局パスタなので、パスタ班と言った方が正解か。


「では、客の呼び込み部隊の諸君! 手筈通りチラシを持って校門まで前進! 客を呼び寄せてこい! ここで包囲殲滅するぞ!」

「「「「 Si!!」」」」


安斎殿はパスタ班の隊員に向かって激を飛ばしていた……が、なぜか私の方をチラチラ見ている。

激を飛ばされた方の隊員達も、なぜか私の方をチラチラ見ている。

なんだろう? やはり他校の生徒が出店を手伝うことに違和感を感じるのだろうか?

ううむ、ならば働きで返すしかないな。 頑張ろう。


アンチョビ(速水もこ〇ちだ……)ドキドキ

隊員達(MOCO'S キッ〇ンだ……)ドキドキ

福田(そんな身なりでエプロン付けて凛々しさ振りまいたら、速水〇こみちにしか見えないのであります……)ドキドキ


およそ15分後、お客らが中庭に姿を現し始めた。

その中の一人、他校の制服を着た女生徒と私は偶然目が合った。

何だか熱にうかされたような足取りで我らの出店に並んでくれる女生徒。


「あ……あの……ここは何のお店なんですか? なんだかとても美味しそうな香りですね」ドキドキ


私は内心でコブシを握る。 栄えあるお客さん第一号だ。

逃がしてなるものかと私が口を開きかけたところで、隣で仕込みを続けていた安斎殿が代わりに答えてくれた。



「毎度ありがとうございます!
 ここは……桜エビの和風パスタと、和風チーズのお店です!!」


話は昨晩に戻る。 私と安斎殿のやりとりだ。

私は安斎殿にこう提案した。



「干し桜エビの和風パスタと、和風チーズを作りましょう」

「え? 和風……パスタと……チーズ? それも全部で3品も?」

「はい、材料ならなんとかなります」

「材料って……聞こえただろう? そんなもの作れるような食材、今の私達には……」

「それがあるんです」


私はそう言って福田に目配せし、福田が背負っていた背嚢からお土産用の生醤油と蛤だし醤油、それと乾物の落花生を取り出した。


「これって……」

「この度、アンツィオの皆さんにお世話になるのでお土産として買って来た物です。 数も十分にあります」


あの老舗で買った生醤油と蛤だし醤油はそれぞれ1ダース買った。 乾物の落花生も大量に用意してあった。


「これを使って、和風のパスタと和風のチーズ料理を作りましょう」

「ちょっ…! ちょっと待ってくれ知波単隊長! ………料理……できたのか……!?」

「ははは、良く言われます」


そこで福田がすすすすと近づいてきて、会話を補足するように口を開いた。


「確かに知波単学園では節制・節度を重んじているので、日々の食事も豪勢とは無縁の質素な物ばかりでありますが……
 しかしそれは、決して料理当番が無能だからではないのであります」

「そうなのか……私はてっきり……」

「知波単学園の生徒はみな料理上手であり、その気になれば和洋中、なんでもござれであります」

「マジか!」


安斎殿が目を見開いている。


「知波単学園では、花嫁修業の一環として料理の授業がありますし、各選択科目の幹部生になれば「料理道」という科目が必修になります。
 特に戦車道の隊長殿になられるお方は、その料理道で優秀な成績を収める必要があるのであります」

「そんなに大したことではないよ福田。 子供の頃から母の手伝いをして慣れていただけだ。 ははは」

安斎殿が信じられないような物を見る目つきで私達を見た。


「なにはともあれ、どんな料理なのかご賞味いただいた方が早いでしょう。
 もしこれから夕食の調理をされるのであれば、台所の一角を私にお貸しいただけないでしょうか?」

「あ、ああ、それは構わないが……」


それで私達とアンツィオ高校の隊員の皆さんは、合宿などで使う宿泊施設の調理室へやって来た。。


「まずはこの醤油を舐めてみて下さい」

「おう……ペロッ……これはっ!?」

「たかが醤油なんですが、なかなかどうして良い醤油なんですよ」

「いやこれ……ただの醤油じゃないな……すごい美味い……!」ペロッ


さすが安斎殿、料理好きなだけはある。


「それではパスタを茹でましょう」

「まかしとけ! ……それで?」

「パスタが茹で上がる間に、残りの2品を作ります。
 まずはこの生醤油に、にんにくの欠片をいくつも入れて、ニンニク醤油を作ります。
 そこに一口大に切ったモッツァレラチーズを投入。 モッツァレラは固めのタイプがいいですね。 これで1品完成」

「ふむふむ……えっ!? 」

「次に、ブルーチーズ……これはドルチェタイプが良いでしょう。 そこに生クリームとちょっとのマヨネーズ、それと白ワインを入れてかき混ぜます。
 こうして作ったブルーチーズソースに、落花生を混ぜ込んで……はい、2品目完成」

「えぇっ、 もう!?」

「続いて3品目です。 フライパンでにんにくとしょうがをオリーブオイルで炒め、香りが立ったら干し桜エビを入れましょう。
 で、ほんのちょっと固めに茹で上がったパスタを投入したら蛤だし醤油を加えて炒め、最後にパスタの茹で汁を加えてさらに炒めて、これで完成っと」


「モッツァレラのにんにく醤油漬け、落花生のブルーチーズソース和え、干し桜エビの和風パスタの3品です」

自分で作っておいてなんだが、美味そうな香りが空きっ腹に直撃して腹が鳴りそうだ。

私はつまみ食いしたい衝動を抑えて、調理した3品を手際よく食堂のテーブルに並べた。


「うっま! え、なにこれ!? うっま!! アンチョビ姐さん、これムチャ美味ッス!!」

「ペパロニ早えぇ!! 私が最初に食う空気だったろうがよもう!!」 


安斎殿が取り皿を取りに行くわずかな間にペパロニ殿が試食を始めてしまったので、そんなペパロニ殿を横にどかして、安斎殿は恐る恐る3品を小皿に取った。
続いてカルパッチョ殿、その後に隊員の方々が続々と試食をしていった。


「確かに美味い! この和風パスタ、さっぱり感があるのに、ハマグリの出汁の旨味とニンニクのガッツリ感がなんとも食欲をそそるぞ!!」

「ドゥーチェ! このモッツァレラのニンニク醤油漬け、大人の白ブドウジュースの肴にピッタリです!!」

「落花生にブルーチーズの組み合わせ……! こっちは大人の赤ブドウジュースにバッチリだ……!!」


皆さんに喜んでいただけたようで何よりだ。 私はホッと胸を撫でおろした。


福田(なんでアンツィオの皆さんは、未成年なのに大人のブドウジュースの味を知っているんでありますかねぇ……)



「……知波単隊長! いや、西さんと呼ばせてくれ!
 ど、どうしてこんなメニューが思いついたんだ!?」モグモグ


安斎殿が和風パスタを頬張りながら、私に問いかけた。

私が作った料理を美味そうに食べてくれる安斎殿。 嬉しいな。

私は安斎殿に微笑みを返して、若干の補足説明を入れた。

安斎殿は頬を上気させていた。


「これらの料理を提案したのは、まぁ美味いってだけではなくて、それなりにちゃんと理由があります。
 一つ目は調理が簡単なこと。 調理場所が出店なので手間は掛けられませんし、手のかかる料理はコストが増えますからね。
 二つ目は個性的なこと。 イタリア色の強いアンツィオ高校においてパスタとチーズは馴染みの食材でしょうが、和風な味付けは珍しいかと。
 最後は酒の肴に合うこと。 酒があるなら酒の肴になる商品は回転率が良いでしょう」


「それに、」と言葉を続けかけたところで、安斎殿を見たら顔が赤い。

そうか。 そんなに私の作った料理に興奮してくれたのか。 嬉しい。

私はさらに微笑みを返して安斎殿に近づいた。


だから気が付いた。 安斎殿の左右に分けた髪の束に何か付いている。 ゴミかな?

私は安斎殿の真横に立つと、安斎殿の右の髪の束を大事にすくい取った。

髪のすき間からのぞいた可愛らしい耳は真っ赤だったので、安斎殿の緊張を和らげるようにハッキリと想いを告げた。


「私は貴方の心を救いたい。 そう思っていたら、自然と考えつきました」


目をこれでもかというほどに見開く安斎殿。

と同時に、私は安西殿の髪に付いていた何かを取る。


「ひゃわっ! ななななな!? なっ、なに!?」

「じっとしていてください」


アンチョビ(え!? え!? このシチュエーション……まさか……キス……!?)


あわあわしていたと思ったら、急に目をギュッとつぶった安斎殿。

私は無視して、安斎殿に優しく語りかけた。


「干し桜エビ、髪に付いてましたよ」ヒョイパク


アンチョビ(!!!!!)トゥンク…



福田(はい堕ちた……胃袋を掴んでからのさりげないボディタッチ……と見せかけての寸止め! いつもの勝ちパターンに入ったであります……!)


で、話は現在の学園艦祭当日に戻る。


「パスタ2人分、それとブルーチーズのやつも2人分ください!」

「こっちはパスタ3人前、あとモッツァレラのニンニク醤油漬けも3人前! 大人の赤ブドウジュースはグラスで4人前ね!」

「すいませーん、パスタの出前ってやってもらえますかー? 実行委員テントに20人分なんですけどー」


安斎殿の言った通り、みるみるうちに中庭にもお客が増え始め、各店の前に行列が出来た。

戦車道隊のこの出店の前にも長蛇の列が出来ている……っていうか、開始1時間でこんなにお客が来たのか。

目の前の作業が忙しすぎてちゃんと見てないが、この中庭でお客の列はウチが一番長そうだ。


「ブルー落花、10人前、あがったよ!」

「40秒後にパスタ茹で上がるよ! そっちは!?」

「いま干し桜エビを入れました! 30秒後に準備完了です!」

「パスタ2人前とモッツァのにんにく醤油漬け1人前、合わせて1000リラになるであります! ありがとうございました!」


パスタ班の面々は、各員とも獅子奮迅のフル回転状態だ。

私は今回の言い出しっぺでもあるので、3品の調理工程の中で最も気を使う、茹で上がったパスタを蛤だし醤油で炒める作業に志願した。

フライパンを4つ同時に面倒見ながら、パスタ茹で担当の安斎殿と連携を図り、適宜、盛り付け担当の方に進捗をお伝えする。

安斎殿は安斎殿で、パスタを茹でながらブルーチーズソースを下拵えし、同時に会計担当の一人である福田の補助もしていた。

最初こそ部外者の我々がいたので連携につまづくことがあったが、程なくそれも解消され、今や一つの生物のような滑らかな連携作業が実現していた。

お客さんを集めて、出迎えて、料理を作って、提供して、お金を貰って、お礼を言って、またお客さんを出迎える。

一連の流れが寸分の狂いも無く噛みあう、まるで生物の代謝のごとき連携作業だ。


それもこれも、アンツィオ高校の戦車道隊の皆さんが日頃から炊事、食事に力を入れていたのが大きいのだろう。

想定外の事態ではあるが、こうして間近でその力を拝見できたのは僥倖だな。

それに……特に安斎殿の手際の良さは、お見事としか言いようがない。

私は横目で安斎殿の鮮やかな手際を見ながら、この方がアンツィオ高校にスカウトされて戦車道隊を立て直した、というその実力を、あらためて実感することになった。


「さすがですね、安斎殿! パスタ8人前、出まーす!」

「なにが!? 15秒後にパスタ茹で上がるよ! そちらのお客様ー! こちらでもお会計どうぞー!」


私と安斎殿は、お互い別々の方向を向き、別々の作業をしながらも、阿吽の呼吸で意思疎通し、全体の作業が履帯のように強く太く回るよう、さらに動きを加速させた。


アンチョビ(西さんの朴訥とした人柄に似合わぬあの仕事ぶり……そのギャップが甘く胸に疼くのはなぜだ!?)カァァァ

隊員の皆さん(ドゥーチェと知波単隊長……なんだあの神がかった動き……すげぇな……)ゴクリ

福田(もはやお二人がこの出店を回しているであります……)ゴクリ


出店に並んでくれたお客を、片っ端からやっつけていく。

いいぞ、このままならばそれなりの売り上げがあるだろう。 私も提案者として面目躍如できそうだ。

身体の動きはさらに機敏に、しかし内心では安堵し始めていた私だったが、学園艦祭の開始4時間後、一人のパスタ班の隊員の声がその安堵の心を断ち切った。


「ドゥーチェ! 大変です! このままいくとパスタが足りません!!」

「なんだと!?」


見れば、バックヤードに積んでいた段ボールが残り2箱しかなかった。

段ボールには乾麺状態のパスタ麺が入っている。 あ、今残り1箱になった。


「元々、私達の常備用と備蓄用の量しかなかったですし、まさかこんなにお客さんが来るとは思ってませんでしたから……」

「確かにこの客数は、私がアンツィオにいた3年間の中で最大だ。 ひょっとしたらアンツィオの戦車道チーム史上、最高かもしれん……!」

「どうしましょう!?」

「むぐぐ……!! どこかへ買いに出るか、早々にSOLD OUTとするか……!?」


私は手を止めず、顔だけ安斎殿の方へ向けて問いかけた。


「この客数に恵まれた状態で売り切れとするのは、ちょっと勿体ない気がしますね。
 足りない分を買いに出るのは難しいのですか?」

「大量のパスタを買うとなると艦内のスーパーじゃ間に合わない。
 学園艦の外へ出て、行きつけの業務用食品店へ行けばなんとかなると思うが……」

「なるほど。 大量のパスタを買って運ぶにはCV33で行く必要があり、この人出では豆戦車と言えども動かせない、と」

「ああ、学校外も出店が並んでいるからな。
 それにこの時間では、まだ昇降リフトの昇り列が大渋滞を起こしているはずだ。
 仮にCV33で艦外へ出られても、艦内へ戻るのは厳しいだろう」


私はしばし考える。


「あとどのくらいのパスタ麺があればいいのですか?」

「いちばん忙しいお昼時は乗り切った。
 ピークは過ぎたし、あと学園艦祭は3時間程度だから……もう2箱もあれば十分だと思う」

「段ボールで2箱……」


うん、いけるな。


「福田!」

「はっ!!」


会計作業をしていた福田だったが、先ほどまでに比べればお客の列が短くなり、若干の余裕が出来たようだ。
福田は別の隊員に作業を代わってもらって、私のそばへ来た。


「私が担当していた作業をお前に任せる。 出来るな?」

「もちろんであります!」


隊員の皆さん(あれできるんだ!?)


「すみません、安斎殿の代わりも誰かお願いします」


私はそう言うと、安斎殿の手を取った。


「行きましょう! パスタ麺を買いに!」

「えっ!? どっ、どうやって!?」カァァ

「私のバイクです。 サイドカーを外せば人の多いところでも走れます!」


二人で戦車整備工場へ向かって走り出した。


「私一人で行っても店の場所が分かりませんから、安斎殿に道案内をお願いしたいのです」

「安斎じゃなくてアンチョビだ! ……ふ、二人乗りしていくのか?」

「もちろん!」


ウラヌスの駐車場所に着くと、私は手早くサイドカーを切り離し、安斎殿の頭にヘルメットを被せた。

そして先にウラヌスにまたがり、後部座席に安斎殿を誘導した。


「しっかりつかまっていてください!」


二人が乗ったウラヌスは、青空のもと勢いよく走りだした。


流れる街並み、建物の隙間からのぞく駿河湾の海原、潮風、降り注ぐ秋の陽光。

そして背中に伝わる安斎殿の温もり。

いやあ、実に気持ちの良い日だ。


「はっはっはっ、隊長が二人して抜け出すなんて、なんだか逃避行みたいですね!」

「ばっ、ばかなことを言うな!!」カァァァ


安全運転を心掛けつつも、私は法定速度ギリギリで昇降リフトのあるエリアへとバイクを飛ばした。


「バイクの二人乗りは初めてですか!?」

「あ、ああ!」

「どうです!? なかなか気持ち良いでしょう!?」


インカムの使い方を教えていないので、私は大きめの声で後ろの安斎殿に語りかけた。

返答はなかったが、腹に回った安斎殿の腕がいっそうきつく締まったので、同意の反応だと思うことにした。


アンチョビ(はわわわわわ!! バイクに2人乗り、学校を抜け出して海を眺めるなんて……この間読んだ恋愛小説みたいじゃないか……!!)キュンキュン


バイクが昇降リフトに着いたが、安斎殿は後部座席から降りようとはせず、私にしがみ付いたままだった。

あまり無理な運転はしなかったはずなんだが、それでも怖がらせてしまったのかもしれない。

仕方がないので私もバイクから降りず、安斎殿に抱き着かれたまま、階下へ着くのを待った。

そして乗降ゲートのある階に着くと、私は安斎殿に一声かけて、先ほどよりもゆっくりした調子でバイクを発進させた。


アンツィオ高校の戦車道隊が行きつけとしている業務用食品店で、パスタ麺を箱買いした私達。

店の駐車場に停めたウラヌスの前にその箱(2箱)を置いて、私はポケットから括り紐を取り出す。


「な、なあ、この段ボール、後部座席に乗せるんだろ?
 そうなると私は乗れないから、西さんは一足先に学園艦へ向かってくれないか。 私は自力で帰……」

「ん? ああ、大丈夫ですよ」


若干後部座席にはみ出る形で、段ボール箱をバイクの荷台に括りつけた。


「ちょっと座り難くはなっちゃいますが……こうすれば、安斎殿も乗れます。 では急いで帰りましょう」

「え? あ、これ……これだとさらに体が……」


顔を赤くさせていた安斎殿だったが、今は時間が惜しいので、急かすようにバイクに乗ってもらった。


「では、再度出発!」


アンチョビ(やっぱりぃぃぃ! 箱を積んだ分、スペースが狭くなって、二人の身体がさらに密着したぁぁぁぁぁ!!)


そうして、私達は清水港まで戻ってきた。

安斎殿は先程から「ふぇぇ」だの「ふわぁぁ」だのという可愛らしい声を上げるようになった。

もしかしたら、バイクの愉しさが分かってきてくれたのかもしれない。

学園艦の方を見れば、乗艦ゲート前にはまだまだ車の長い列が出来ている。

なので、私達は清水港内の駐輪場にバイクを停めた。 そして段ボール箱を地面に下ろす。


「ここからどうするんだ?」

「車両を使わなければすぐに乗艦できますからね。 ここからは歩きです」

「歩きって……まぁしょうがないか。 重いけどなんとか頑張って持って行くしかないな」


安斎殿が一つ息を吐いて腕をまくったところで、私は両脇に段ボール箱を抱えた。


「まぁこのくらいの重さなら、私でも持てますよ。 さあ行きましょう」ヒョイ

「えっ!? いやこれっ、結構重いけど……!?」


段ボールを両脇に抱えたまま学園艦に掛かるタラップに上がり、階段で艦上へと登っていく。

後ろから安斎殿の視線を感じるが、それは安斎殿の仕事を奪うようにして、私一人で段ボールを抱えてしまったからだろう。

しかし、安斎殿にはこの後、出店での仕事が残っているからな。 疲れが残るようなことはさせられない。


パスタ麺の在庫が枯渇する直前に出店へ戻ってこれた私達は、急いで元の配置に戻った。

そして、まだまだ途切れないお客の列を捌き始めたのだった。


アンチョビ(料理ができて仕事ができてバイクで颯爽と走って、おまけに力持ちで気遣い紳士とか……なんだよ! なんというかもう……なんだよ!)キュウウウウン


空に鳴り響く花火音。

午後4時になった。 学園艦祭、終了だ。


「「「「終わった~~~!!!」」」」


パスタ班の面々は、互いにハイタッチしたり抱き合ったりして、喜びを全身で表現していた。

私もエプロンを外して、一息つく。


「ふう」

「お疲れ様でありました、西隊長殿!」

「ああ、福田もお疲れ様」

「勿体ないお言葉であります」


私が福田と慰労し合っていると、そこに安斎殿が明るい表情で現れた。


「私からも礼を言わせてくれ、西さん。 おかげでアンツィオ高校の戦車チームは救われた」

「いやいや、皆さんの結束の固さゆえの大戦果でしょう。私は隅の方で微力を出したに過ぎません」

「謙遜しないでくれ。 現在、売上を集計中だが……いままで学園艦祭に出店してきた我々の歴史の中で、おそらく1番になるよ。
 それを微力で成し遂げたというなら、来年の知波単は間違いなく強豪校の一角に食い込むだろう」

「できれば本当にそうありたいものです。
 そのためには明日もこのアンツィオ高校で、いろいろ勉強させていただきたいと思います」

「モチロンだ! ……にっ……西さんならっ、明日といわず明後日でも来週まででも来月まででもいいぞ!?」

「はっはっはっ、ありがとうございます。
 しかしながら、私も予定がある身ですので、予定通り明日の夕方までしっかり学ばせていただこうと思います」

「そうかー……」シュン


「ドゥーチェ、お疲れ様でした」

「あ、ああ、カルパッチョ! そちらのジェラート屋はどうだった?」

「予想以上の売り上げでした。 どうもペパロニが訓練展示の中で
“ ウチラが全国で2回戦まで行けたのは全部アンチョビ姐さんのお陰っス! アンチョビ姐さんの絶品パスタとジェラートをぜひ食べていって欲しいッス!”
 とか宣伝しちゃったみたいで、どうもその影響もあったみたいです」

「どうりでこちらも売り上げが良かったワケだ。 あいつは訓練展示を何だと思っているんだ……」


額に手を当てて溜息をつく安斎殿と、苦笑しているカルパッチョ殿。

そこに金銭管理担当の隊員が、安斎殿に声を掛けた。


「ドゥーチェ! すべての売上結果が出ました!」

「本当か!?」


安斎殿とカルパッチョ殿は、出店のバックヤードで電卓を叩いていた隊員の方へと歩いていった。

それ以外の隊員は、出店の撤収作業に取り掛かっている。


「どれどれ……ゼロがひいふうみい……これは!!」


売上結果を確認したらしい安斎殿。

驚きで二~三歩後ずさり、そのまま後ろに倒れ込みそうになった。

私は「おおっと危ない」 と安斎殿を両手で受け止め、自分の胸元で安斎殿の頭を支えるように抱きとめた。

不意に至近距離で見つめ合う私と安斎殿。

瞳が揺れている。 数拍の間。

そしてがばっと抱き着かれた。


「やった……! やったぁぁぁ!! これでP40の修理に目途がついたぁぁぁぁぁ!!」

「はっはっはっ、おめでとうございます、安斎殿」

「アンチョビだぁぁぁ!! うわーん!! 」


安斎殿は、私の肩に縋りつくように、本気泣きし始めた。

それだけP40の修理に……いや、アンツィオ高校戦車道隊の隊長としての責務を果たすことに、並々ならぬ決意と心理的負担を感じていたのだろう。

見事、目的を果たしたその解放感に涙腺が決壊してしまった、ということかな。

私は安斎殿の頭をゆっくりと撫でながら、落ち着くまでそのまま肩を貸し続けた。


5分後。


「……ヒック……ヒック……」

「……落ち着きましたか、安斎殿?」

「うん…………………うん?」(我に返った)

「あらためて、おめでとうございます」

「ふぁっ……ふわぁぁぁぁぁぁぁ!! 私はなんて姿を……!」

「ああ、大丈夫ですよ。 皆さんは撤収作業のため、今この場には私しかいません」

「ふぬぁ!?」ボッ


真っ赤になる安斎殿。


「いや! あのその! これは違うんだ!! え? っていうか何で私抱かれてるの!?」

「安斎殿のあそこまで後輩達を思いやる姿に、この西絹代、感服いたしました!」

「え? いやっ、ありがとう? えっ?」

「大丈夫です。 隊員の皆さんはそんな安斎殿の崇高なお姿に敬意を表し、そっとしておいてくれました」

「あああああ!!! 気を使われたぁぁぁ!!!!!」


悶絶する安斎殿。


「もうドゥーチェの威厳も何もあったもんじゃない……」シクシク

「そんなことありません」

「ふぇっ?」


私は自分の指で安斎殿の涙を拭いながら、安心させるように笑顔で言った。


「貴女はアンツィオ高校で最高の指揮官です。
 そして、私にとっても目指すべき最高の指揮官だと、心より思いました。
 ぜひ(明日は)手ほどきをお願いします」


「はふぁ」バタリ


私の腕の中で安斎殿が気絶した。 実に良い笑顔だった。

なぜだろう?


翌日、アンツィオ高校の戦車道隊の訓練に参加させてもらった我々は、
高速機動戦術や“ まかろに作戦 ”の効果的な運用方法、“ なぽりたーん ”などの戦車操縦技術、
そして、練習後に隊員一丸となって行う炊事の愉しさを、身をもって学ばせていただいた。

それらの案内は安斎殿にやっていただけるものかと思っていたら、案内役はカルパッチョ殿が主に務めてくれた。

安斎殿も同行してはくれたのだが、始終ずっと頬を赤らめてフワフワした足取りで、こちらから話しかけると物凄いテンパった様子であわあわ言った。

あれか。 昨日ずいぶん無理をされたから、風邪でも召されたのかもしれない。

ときどき、ボーっとした表情で「手ほどき……夜の……手ほどき……」と呟いては「はわわわわ!」と頭を振っていた。
あの熱のうかされ具合は、たぶんそうだろう。

いくら隊長職をペパロニ殿に引き継ぎつつあるとはいえ、安斎殿はまだまだアンツィオ高校で頼れる隊長殿なのだ。

ぜひとも身体をご自愛いただきたいものだ。


夕方まで戦車道隊の訓練を見せていただいた我らは、アンツィオの隊員全員に見送られて、学園艦を後にした。

安斎殿が涙目で 「練習試合……本当の本当の本当に楽しみにしているからな! でっ…出来れば宿も借りちゃったりするんだからな!」と仰っていたのが嬉しかった。

サイドカーに座る福田に、インカム越しに話しかける。


「練習試合の申し込みはもちろん、両校で協力して飯を炊き、共に食事をして親睦を深めるという私の提案を、
 “ だったらそれ、恒例行事にしよう ”と安斎殿は言ってくださった。
 安斎殿の懐の広さと、隊員の皆さんの明るい人柄には感謝せねばなるまいな」

「それだけ西隊長殿に恩義を感じているのでありましょう」

「恩義を感じているのはこちらなんだがなぁ。 サンダース大付属に引き続き、アンツィオでも盛大に歓待していただいた。
 別れ際の安斎殿の涙も、両校の発展を心から願う真の友情の証だろう。
 アンツィオ高校……実に良い学校だったな」


私は後ろ髪をひかれる思いで、もう一度アンツィオ高校の学園艦をふり返った後、ウラヌスのアクセルを握り込んだ。

前を見据える。


「さあ、最後の訪問先は聖グロリアーナ女学院だ。 ダージリン殿は元気にしているかな?」


※ 今回はここまで。また書き溜めてきます。

 次回、聖グロリアーナ女学院 訪問編です。

 あと1~2回で終わりたいと考えています。

おつんこー

乙!!
チョビ子のチーズ(意味深)…

黒森峰編あって欲しい。

おつおつ
ドゥーチェは乙女脳だからね、仕方ないね……
パッチョが陥ちなかったのはたかちゃん結界か

黒森峰編はイケメンが二人に増えて隊員勢惑乱ルートか、それとも姉住殿が珍しく乙女面見せて隊員勢混乱ルートか

しほさん陥落ルートだろうな

ここまで一気に読んだ
面白い!続きも期待だ


※ 再会しますです。


夕方、清水港を発った我々は、そのまま東進して箱根の山道を越え、小田原市に入った。

そして沿道のカマボコ屋で聖グロリアーナへのお土産を購入し、西湘バイパスに乗って湘南海岸をさらに東へ進んだ。

横須賀市へ着いた夜8時頃には、ポツポツと雨が降り出した。


「降ってきたでありますね」

「そうだな。 幸い今日の宿はもうすぐだ。 濡れてしまう前に辿り着こう」


横須賀市の中心街にほど近い、とある駅前のホテル。

外見は立派なホテルだが、ほぼビジネスホテル並みの宿泊プランがあったため、果たして今日の宿となった。

金が無いなら、このまま聖グロの学園艦に乗り込んで寝床を確保してもらおうとも思ったが、今から洋上にいる聖グロの学園艦に行こうと思ったら、到着は深夜になってしまう。

かといって、清水港の出発時間を早めることも出来なかったし、それに横須賀市には一度来てみたいと思っていたので、前もってこのホテルを予約していたのだ。


神奈川県 横須賀市。

三浦半島の半分を占める政令指定都市だ。

かつては軍港として栄え、現在も海上自衛隊や米軍の第七艦隊の母港がある街として知られている。

また、一部の人間のあいだ……我々のような者にとっては、自衛隊の防衛大学校が置かれていることでも有名だ。

戦車道は軍事ではないが、その起源は約70年前の世界大戦にあるからして軍事とは切っても切れず、戦車道を嗜む女子高校生の中には、その後の進路として防衛大学校を選択する者も多い。

それゆえ横須賀市というのは、私にとっても、なんとなく目を引く土地であった。


特に知波単の学園艦は、東京湾の出入り口、浦賀水道からちょっと外れたあたりが投錨の定位置の一つになっている。

艦上から見た三浦半島、その対面にある房総半島は実に見慣れた光景であり、つまり三浦半島にある横須賀市の街並みも、海からの眺めであれば良く知っていた。

良く知ってはいるのだが、降り立ったことは無い。

だから、この機会に横須賀市を見てみようと思ったのだ。

ちょうど上手い具合に、横須賀市内にある久里浜港から聖グロの学園艦に向けてフェリーが出航している。

特段、市内に戦車道と所縁の深い物があるわけではないので、ゆっくり観光したりはしないが、明日、久里浜港へ向かう前に軍港部をさらっと歩いてみようと思う。


翌朝。 雨は降っていなかったが、ぐずついた空模様だった。

朝食を済ませた私と福田は、ウラヌスをホテルの駐車場に置いたまま、横須賀駅の方へと歩いていた。

横須賀駅の裏手には海上自衛隊の横須賀地方総監部の施設群があり、そこから市内中心街方向へ臨海公園が整備されていた。

“ う゛ぇるにー公園 ”というらしい。 散策路としてはうってつけと、観光パンフレットにあった。

ほどなくして公園に入った我々は、停泊している灰色の艦船に気が付いた。 あれは……護衛艦だ。

良く見れば、潜水艦も停泊していた。 真っ黒だ。 潜水艦の上半分を海上から出して浮かんでいる。

あの海上に見えている部分のどこかに、戦車でいうところのキューポラがあるんだろうが、潜水艦なんか初めて見るので、それがどこにあるのか見分けは付かなかった。


「こうしてみると学園艦の方が圧倒的に大きいが、それでも学園艦とは違った威圧感を感じるな」

「護衛艦も潜水艦も、現役の兵器でありますからね。 我々の戦車もかつては兵器だったのでしょうが、今はただの試合道具でありますから」

「……ただの試合道具、か」


どんよりとした空と海。

眼前には、灰色の護衛艦と黒一色の潜水艦が複数隻。 それらが鎮座するかのごとく停泊している。


「そういえば、あの日もこんな……雲が重く垂れ込めた日だったな」


不意に甦る思い出があった。

物言わぬその巨大な兵器達を眺めながら、心はその思い出に吸い込まれていった。


聖グロリアーナの学園艦、というと、私にとっては真っ先に一人の女生徒が思い浮かぶ。



そうだ。 あれも今と同じ9月下旬で、今日と同じようにぐずついた空模様だった。

1年前、私は当時の知波単学園 戦車道隊の隊長だった辻先輩に連れられて、生まれて初めて聖グロの学園艦に足を運んだのだ。

訪問理由も今回と同じ。 練習試合の申し込みだった。


知波単と聖グロは、寄港地も学園艦の投錨位置もお隣さんと呼べるほどに近いため、昔から交流が盛んであった。

ゆえに戦車道隊の練習試合もそれなりに多く行われてきたのだが、全国大会の長い試合日程が終わって一息ついた今の時期は、両校とも試合を組まないのが常であった。


しかし、昨年はそれでもこの時期に練習試合を組もうとした。

理由は……そう。

昨年の全国大会、決勝戦にあった。


当時の私は、福田と同じように1学年で車長を任され、全国大会にも出場していた。 無様な働きしか出来なかったことを今でも悔しく思っている。

戦車道隊としても試合に負けて1回戦敗退。 我々にとっての全国大会はそこで終わった……のだが、その後の決勝戦の内容はよく覚えいていた。

現代の戦車道は擦り傷や軽い脳震盪くらいならつきものであるのに、この試合では人命が危険に晒されたからだ。


黒森峰女学園が10連覇を逃した、昨年の全国大会決勝戦。

黒森峰女学園の敗因は、ある車両がトラブルに見舞われ、増水した河に落下したせいだった。

当時の黒森峰の副隊長であり、現 大洗女子学園の隊長である西住みほ殿の救助活動により、落下した乗員は全員無事だった。

しかし、だからといってすべてが水に流せるようなことにはならなかった。


戦車道関係者にとって禍根を残すことになった点は3つ。

一つ目は、西住みほ殿の行動は車外行動であり、それが規則上認められているとはいえ、非常に危険な行動であったこと。

二つ目は、このトラブル時に黒森峰のフラッグ車が撃破されたが、本来ならばその前に審判によって、試合中断の指示が下される場面だったこと。

最後の三つ目は、いくら特殊カーボンがあってもこのようなトラブルには対処できないということ。


いずれも、似たような問題点は前々から取り沙汰されていた。

だから日本高校戦車道連盟は、選手の車外行動にあたって、さらに厳しい条件を盛り込むことにした。

戦車に浸水検知機能を付けて、落水トラブルが起きた瞬間に、審判団が即座に試合中断できるようにもした。

これらの対応策は、比較的直ぐに取られることになった……が、三つ目の禍根だけは技術的にどうにもならなかった。

「渡河を認めないルールを作る」という案も出たが、それだと強豪校に有利と言われる現ルールにおいて、さらにその偏重傾向が強くなってしまうし、
そもそもとして今回のケースは渡河中に起きた訳ではなく、不慮の事故で河に転落したので、このルール設置案は解決策とはならなかった。


そうこうしているうちに、世間からは

「兵器を用いた武道を武道と呼べるのか」
「安全性が完璧に確保できるまで試合をするべきじゃない」

という声が出てきて、全国的に試合自粛の流れが出来てしまった。


これに異を唱えたのが、知波単学園の先代隊長だった辻先輩だ。

当時の辻先輩はこう言っていた。

「柔道や剣道にだって事故はある。 弓道の弓だって元は兵器だったはずだ」
「大事なのはルールでも道具でもなく、礼を欠かさない心だ。 勝利を求めつつも相手を思いやる心だ」
「礼に始まり礼に終わる戦車道は、そういう心を育てる道だ 」

そして、 こうとも。

「それなのに試合自粛の流れが止まらない。 これでは西住みほって娘の心が救われない」
「世間がどう思おうと、あの娘が行動したから一人の死者も出ず、今日も平穏無事に戦車道が続けられるんだということを、我々だけでも示さなければならない」


それで、練習試合を組むことになった。

その打診相手はお隣さんで、それなりに気心の知れた聖グロリアーナ女学院。

幸運だったのは、その聖グロリアーナ女学院の先代隊長、アールグレイ殿が、話の分かるお人であったということだ。

辻先輩の目的を理解し、練習試合は実施された。 多くの人の目に留まる形で。

このことについて、一部雑誌などで辛辣に叩かれたりしたが、聖グロのOG会と、微力ながら知波単のOG会が協力してくれたこともあって、世間では概ね好意的に取り扱われた。

そして、私達の練習試合が功を奏したのか、次第に日本のあちこちで自粛の空気は薄らいでいった。


……話を戻そう。

そんなわけで、1年前のちょうど今頃、私は聖グロリアーナ女学院の学園艦に来たのだ。

その時の面子は、当時3学年だった辻先輩、あとは1学年だった玉田、細見、私の、計4人。

知波単の学園艦から、直接連絡船で聖グロの学園艦に乗り込んだ私達は、そのまま聖グロの校舎に向かった。


校門に着いたところで、ちょうど良くアールグレイ殿が現れて、
「あなた達が乗艦したことを情報科が連絡くれたから、こうして待ち構えていたのよ」と言った。

辻先輩はアールグレイ殿と友人だったらしく、親しげに挨拶を交わして私達のことを紹介してくれた。

アールグレイ殿は優雅な仕草でご自身の紹介をされた後、私達を戦車道の訓練場へ案内してくれた。


訓練場では、チャーチル歩兵戦車、マチルダⅡ歩兵戦車らが、見事に息の合った隊列機動を繰り広げていた。

その鮮やかな戦車隊の動きに、私と玉田と細見の1学年3人組は、紅茶を薦められるのもそっちのけで見入ってしまった。

隊列指揮を執っていたのは、後ろで辻先輩と談笑しているアールグレイ殿ではなかった。

それは、当時2学年の一人の女生徒。

アールグレイ殿の横には無線機が置かれ、その無線機から女生徒の力のこもった声が流れていた。


「今はまだ野薔薇のように奔放な子なのだけれど、聖グロにとってその奔放さが必要になる日がくる。だからあの子に託したのよ」


アールグレイ殿は、紅茶の湯呑を無線機の前に置いて、そんなことを言った。

当時の私は「戦車道に奔放さが必要って、戦車道ははじめから奔放だろう?」と頭を傾げたもんだが、声には出さなかった。、


今になって思えば、あの女生徒の声がダージリン殿だったのだろう。

私はそれに気付かず、機敏で精緻な戦車隊列の動きに目が奪われるばかりだった。


辻先輩とアールグレイ殿は、練習試合の内容を詰めるため、場所を紅茶の園に移すと言った。

本来ならばそう易々と部外者が入れる所ではないらしいが、辻先輩の崇高な目的を聞いていたアールグレイ殿は、敬意を表して我々一行を紅茶の園へ案内すると言ってくれた。

席を立つ辻先輩とアールグレイ殿。 続いて、知波単の1学年3人組。

しかし私は、目の前で繰り広げられている戦車の見事な動きをどうしても見ていたくて、後ほど合流させてほしいと願い出たのだ。

私はアールグレイ殿から紅茶の園の位置をお聞きして、一人でそこに残ることになった。


30分後。

隊列機動の訓練は終了したようで、訓練場から戦車隊がはけていった。


「隊長となる者は、ああいう指揮力、統率力に優れた者でなければ務まらないのだろうな。 まぁ私には関係ないか。ははは」

そんなことを思いながら物見台を降り、私は紅茶の園へ向けて歩き出した。


そして、見事に迷った。


教えられたとおりに歩いてきたはずだったのだが、気が付いたら戦車整備工場の鉄扉の前にいた。

おかしい。 どこかで道を間違えたのだろうか?


道沿いを真っ直ぐススメと言われたから進んだし(← 道に関係なく直進した)

校舎に着いたらグランドを迂回して艦橋を目指せって言われたから目指したし(← グランドじゃなくて戦車道の訓練場を迂回した)

あとは看板があるからそれ見てススメと言われたから進んだのになあ(← 「この先、戦車整備工場」という看板)


私が鉄扉の前で「あれぇ?」と首を傾げていると、鉄扉の向こうから話し声が聞こえてきた。

盗み聞きは良くない。 しかも私は部外者だ。

だから早々に鉄扉の前から立ち去ろうとした……のだが。


聞こえてくる話し声が急に大きくなった。 怒声のようだった。 しかも大人の声。

聖グロリアーナ女学院、それもその戦車道隊といえば、100人に聞いたら100人ともが「いついかなる時も優雅」と答えるほどに、気品に満ち溢れた存在である。

そこの戦車道隊にとって我が家とも言うべき戦車整備工場から、怒鳴り声が聞こえている。

まったくもって穏やかじゃない空気が、鉄扉の隙間から漏れ出ていた。

だから私は思わず覗いてしまった。


整備工場の中、作業台のすぐそばに一人の妙齢の女性と、聖グロのパンツァージャケットを着た女生徒。

その妙齢の女性が、女生徒に対して声を荒げているようだった。


「……マチルダ会のOGとして認められないと言っています! クロムウェル巡航戦車を復帰させるなんて!」

「…………」

「さらにコメットの導入までしたい!? 馬鹿馬鹿しい!! 笑わせないでちょうだい!!」

「…………」ギリッ


妙齢の女性が、一方的に女生徒を責めている図式だった。


「由緒ある聖グロリアーナ女学院の戦車道には、マチルダⅡとそこそこのチャーチル、オマケ程度にクルセイダーがいれば充分です。
 その構成こそ最も気品に満ち溢れた隊列が組めると、聖グロリアーナ女学院の戦史が証明しています!」

「………ですが」

「そこに異物を加えるのはまったくもって優雅ではないわ。 貴女がそんなでは、来年不安しかないわね」


妙齢の女性が吐き捨てた。


しばらく言われるままの女生徒だったが、さすがに腹に据えかねたのか、静かに、しかし相手を睨み返すようにして言った。


「………マチルダⅡ、チャーチル、クルセイダーが、聖グロリアーナの戦車道を高い次元で支えてきたことは、重々承知しています」

「そのとおりです。 だからその構成を変える必要はありません」

「しかし、その高い次元というのは全国大会 準決勝止まりのことです。
 固定化した戦車構成では、採れる戦術も固定化しやすく、集中できる火力の上限も敵に見透かされてしまいます。
 だから先輩方も、準決勝止まりなのではありませんか?」

「……!」グッ

「歴史も由緒も大事ですわ。 長い時間をかけて選抜されて、それでも残ってきた、ということですもの。
 いろいろ試してきて、結果的に聖グロリアーナにとって最も効果的だった戦車が、マチルダⅡ、チャーチル、クルセイダーの3種だったと」

「そっ、そうよ! そのとおりよ!!」

「だから戦車についてはそうなのでしょう………しかし、戦車に乗る隊員達は時代とともに変化しています。 当然、用いる戦術もですわ」

「……それがなに?」

「戦車の構成が固定化されていれば、採れる戦術幅は限られてしまいますわ」

「…………!!」ギリッ


妙齢の女性は、今にも奥歯から音が聞こえてきそうだった。


「世界の戦史は今この瞬間にも更新されております。 そして作戦指揮を執る戦車道の隊員は、その最新の戦史まで取り込んで作戦に活かそうとする」
 日進月歩の戦術を繰り広げてくる相手に対して、聖グロリアーナは今後、歴史と由緒だけで勝ち進んでいけるのでしょうか?」

「………………!!」プルプル

妙齢の女性は、ついに赤い顔して押し黙ってしまった。

女生徒の言葉が畳みかけるように続いた。
 

「私達は、戦車という“ 試合道具 ”を使って戦車道をしていますが、元は“ 兵器 ”です。 戦争の道具です。
 現代の兵器は、そんな私達の試合道具の延長線上にあるのでしょう? 違いますか?」


鉄扉の隙間を覗きながら、私は女生徒の言葉を聞き入ってしまっていた。

考えたこともなかった。 自分がいつも乗っている戦車が、元は兵器だったなんて。

いや、知識としては当然知っていたが、ただただ楽しく戦車道訓練に明け暮れていたゆえに、実感が無かったのだ。


「だからこそ、現代の戦史が私達の戦車道に活きる部分が出てくる。
 ……そうして生れ出た新しい戦術に、凝り固まった頭で対抗できるでしょうか?」

「こ、凝り固まった頭ですって……!?」プルプル

「こんな言葉をご存知ですか?
 “ もしあなたが、過失を擁護する態度を取るだけならば、進歩の望みはないだろう” 」

「ウィンストン・チャーチル……なによ! 私を馬鹿にする気!?」

「……違いますわ。 私が言いたいのは、先に行われた高校戦車道の全国大会、その決勝戦です。
 そこでフラッグ車を犠牲にしてまで隊員の命を救った方が、これからの戦車道に自由な風を吹かせるかもしれないということ」


私は目を見開いた。

まさにその方の命を張った行動に感化されて、我々はここへ練習試合を申し込みにやって来たのだ。


「彼女の行動は、今までの黒森峰のドクトリンでは考えられないものでした。
 彼女を形作った西住流としても、おそらく間違いだったのでしょう」

「なによ……何が言いたいの!?」

「しかし、彼女の取った行動は、礼を尽くし、相手を思いやる心の体現。 それは戦車道を貴ぶ乙女の在り方として、間違っていなかった」

「……それがなによ!?」プルプル

「彼女はきっと……今の停滞した戦車道に、見たことのない華麗な花を咲かせますわ。
 そして、彼女の行動を間違いとさせないどこかの誰かが、あちらこちらに現れて、今の戦車道の常識とされているものを覆してしまうかもしれません」

「だから、それとクロムウェルと何の関係があるのかって……!」

「ただでさえ日々新しい戦術が生まれゆく中で、彼女が現れた。
 戦車道の歴史が、大きく変わるかもしれない。
 ………聖グロリアーナが時代の転換点から取り残されてしまうわけにはいきませんの」


なるほど。 そのための布石として新しい戦車を組み入れたいというのか、あの聖グロの女生徒は。
 
なんという先見性、なんという大局観だろう!

あの女生徒が誰だかは分からないが、私と同じ高校生とはとても思えない。 自分が矮小に思えてしまう。

……と同時に、彼女への憧れが沸騰する勢いであふれ出てきた。


「たかだか高校生の分際で偉そうに……!!」
 
「ご理解いただけないなら、もう一度ご説明しましょうか?」

「あなた、OGを……それもマチルダ会のOGを、敵に回すというのね……!」

「いえいえ、尊敬すべきお姉様方ですわ」

「このっ…馬鹿にするな!!」


妙齢の女性が手を振り上げた。 あれはいけない。


「すいませーん!」


私は鉄扉を勢いよく押し開いた。 整備工場内に外の空気が流れ込んだ。

二人とも、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
 
数拍して「……誰かしら?」と女生徒が聞いてきたので、私は努めて明るい調子で二人に近づいた。


「いやー! 知波単学園の者なんですが、隊長やアールグレイ殿とはぐれてしまいまして! お恥ずかしい限りです、ははは!」


怪訝な顔をする女生徒。

だが、知波単学園が今日、練習試合を申し込みに来ることをアールグレイ殿から聞いていたのだろう。

女生徒は 「……そう、じゃあ隊長室まで案内するわ」 と言ってくれた。

そして女生徒が妙齢の女性に背を向けて3歩進んだところで、妙齢の女性が激高した。


「勝手に……話を終わらしているんじゃない!!」



きっと“ ひすてりっく ”というのは、こういうことを言うのだろうなあ。

おそらくご本人も意識しての行動ではなかったのだろうが、作業台に置いていた紅茶の湯呑を勢いで投げつけてしまったようだった。

刹那、私は湯呑の軌道を読み、それが女生徒に直撃コースであることを理解すると、湯呑を掴み取……ろうとして、顔面で受けた。

その代わり、なるべく大きな声で痛がることにした。


「あいたーーーー!!」


床に湯呑が落ち、ガシャンと盛大に割れた。

投げつけた方も、標的にされた女生徒の方も、何が起こったのか分からない顔をしていた。


ほら、腹が立った時って、それ以上に周りが喧々囂々(けんけんごうごう)していると、逆に冷静になれたりする。

だから私は、そんな喧々囂々な第3者として騒ぎを起こし、このいがみ合いの雰囲気を壊そうと考えたんだが、


「あ……鼻血」


紅茶の湯呑が当たった場所が悪かった。

額で受けようと思ったら、鼻の根本に当たってしまったようだ。 うーん、私も修行が足りん。

妙齢の女性は顔面蒼白になって 「ちがう……私は違う……! 本当に投げようとしたんじゃ……!」とオロオロするばかり。

うん、結果はどうあれ、この人が戦意喪失してくれれば、これ以上いがみ合いにはならんだろうから目的達成か。


じゃあもう一方の女生徒の方はどうしたかな、と逆側を振り向くと、私の至近距離で固まっていたその女生徒とバッチリ目が合った。

そして、か細い声で「血ぃぃぃ……」と鳴きながら、その場に倒れて込んでしまった。


え? たかだか鼻血でそんな反応?

戦車道履修者なら掠り傷くらいしょっちゅうだから、血ぐらい見慣れているだろうに……と思って手を顔にやったら、手の平が真っ赤になった。

鼻血だけではなくて、額からも血が流れているらしい。

なんだ、ちゃんと額で受けられたじゃないか。 あ、いや、ちがう、そういう場合じゃないな。

この女生徒は、額からも鼻からも血を流している私を見て、きっとこの人の凄惨許容値を超えたしまったのだろう。 で、気を失ったと。

さすがお嬢様学校だなぁ、と感心しながら、とりあえずは手ぬぐいを額に巻いて血止めとし、チリ紙を鼻に詰めた。


そして、いまだオロオロしっぱなしの妙齢の女性に「彼女を保健室へ連れて行きますね」と告げ、ついでに保健室の場所を聞いて、私は彼女を横抱えにして走り出した。


幸運にも、保健室へは迷わずに着くことが出来た。

私はまだちょっと血が止まっていなかったが、すでに応急処置を施していたゆえに、抱きかかえた彼女を私の血で汚すことは避けられた。 よかった。


保健室の扉を叩き、自分の所属と訪問理由を告げるも、返答は返ってこない。

どうも保健室の先生殿は不在のようだった。

しかし鍵は開いていたので、彼女を横抱えにしたまま恐る恐る室内に入る。

そして、彼女をベッドに寝かせると、とりあえずは身体に異常が無いかを確かめた。

大丈夫。 気絶というか、今はただ寝ているだけのようだった。

私はベッドを離れ、自分の手当てを始めた。

といっても、医薬品棚は施錠されていたので、傷口を水で洗い、ついでに血で汚れた手ぬぐいも水でじゃかじゃか洗って、もう一回頭に巻きなおしただけだったが。

ちなみに鼻血はもう止まったので、鼻の孔からチリ紙は抜いてしまった。



ダージリン(……ど……どうしましょう……実はここに運ばれる途中で目が覚めたのだけど……まさかお姫様抱っこされてるとは思わなかったから、ちょっと……そう、ほんのちょっとの興味が湧いて、そのまま身を任せてしまいましたわ…)



自分の手当てが終わり、彼女が寝ているベッドの横に椅子を引いて、私はそこに座り込んだ。

彼女の顔を見やる。

ちょっとうなされたような彼女の表情。

私は彼女の額に掛かった髪を、なるべくやさしく払ってやった。


ダージリン(!!!)ドキドキドキ


彼女の寝顔を見ながら、私は彼女が発した言葉を思い出した。


――――我々の乗っている戦車は“ 試合道具 ” だが、その延長線上には現代の“ 兵器 ”がある。

――――戦車は変わらなくても、乗員は変わる。 当然、用いる戦術も。

――――生れ出た新しい戦術に、凝り固まった頭で対抗できるのか。


いずれも、考えたことすらなかったことだった。

戦車道に用いる戦車は、ただの道具だと思っていた。 いや、思い込もうとしていた。

しかし、そこに詰め込まれた可能性は、無限軌道の勢いをもって今日に至り、国防を担う兵器へと昇華されている。

そして、それら兵器は日々効果的な運用方法が模索され……その中で磨かれた戦術思想は、場合によっては戦車道に活かすことも出来るのだ。


月刊戦車道の技術特集ページで見たことがある。

光学技術の発展によって、ステルス迷彩の戦車が実用化しつつあると。

もちろんそんな戦車はレギュレーションに違反しているので、戦車道では使えない。


しかし、たとえば「周囲の風景に溶け込む戦車」ということだけなら、高校戦車道でも出来るだろう。

草木を戦車に括りつける、なんてありふれたものじゃなくて、例えば……


そう、戦車に市街地の絵を描いた看板を張り付けて、それを市街地内に配備して敵戦車を待ち構えるのだ。

あるいは遊園地のような試合会場だったら、戦車に着ぐるみを着せてしまうのはどうだろう。

それで、周囲の風景に溶け込んだ我々がいるとは知らず、やって来た敵戦車を……ズドン!だ。

欺瞞作戦は昔からある手法だが、そこまで馬鹿な方法を採る戦車道隊は、今までにいなかった。


しかし、果たして本当に馬鹿な方法だろうか?

確かに我が知波単でそんな作戦を提案した日には、「臆したか!!」と怒鳴られた上に、懲罰房に放り込まれるだろう。


でも、仮にそんな常識に捕らわれない戦車道隊が出てきたら?

もしそれで、弱小の戦車道隊が、強豪の戦車道隊を倒すことが出来たなら?


ベッドに眠る彼女は、最後にこうも言っていた。


――――西住みほ殿は、この停滞した戦車道に、見たことのない華やかな花を咲かせるだろう。


私の不出来な頭では、ベッドで眠る彼女の先見性を理解するのにまったくもって役立たずであったが、この最後の言葉だけは、直感で腹にストンと落ちるものがあった。

それが何かは、頭で理解できないし言葉にできない。

それでも無理矢理言葉にするならば……戦車道の心を体現した西住みほ殿なら、いつか、常識を吹き飛ばすような戦車道を見せてくれそうだから、だ。

そしてそれは、きっと、万人が楽しめる、そういう戦車道になるに違いないと思った。


私は思わず、ベッドに眠る彼女の右手を握っていた。

この方は……本当に凄い。

私がいま考えついたことの、遙か先、遙か深いところまでを見通しているのだと思う。

そうして組み上げた未来予測に基づいて、今から布石を用意し、すでに次代の聖グロの戦車道隊へと組み込もうとしている。


真に凄いと思うのは、そうした自分の行動を阻もうとする組織の体制すらも恐れない、突撃精神があることだ。

そして、西住みほ殿の行動を「戦車道を貴ぶ乙女の在り方として間違っていない」と断言した、その御心だ。


知波単魂の顕れとも言うべき、突撃精神。

辻先輩の目的とも合致する、西住みほ殿の心を救うための言動。

これでは、我々の同志ではないか。

さぞかし聖グロリアーナ女学院の中でも名のある方なのだろう。 お名前をうかがえないのが実に残念であった。


ダージリン(手っ……! にぎっ……!! ひゃぁぁぁぁぁぁ………!!)



手を握ったまま、うなされた表情の彼女を見る。

とても同じ高校生とは思えない彼女だったが、ああして大人とやり合うことには恐怖を感じただろう。

そのあたりはやはり高校生なのだ。 大人から怒鳴られれば、そりゃ恐怖を感じるはずだ。


なのに、この方は自身の考えを曲げず、ブレることもなく、ああして一歩も引かなかった。

聖グロの戦車道隊を強くしようと、人一倍の想いを持っていらっしゃればこそ、だと思った。

その高貴な心、私も見習わなければならないし、この先もああして危機に晒されるようなことがあるなら……



「私は……貴女の心を守りたい」ボソッ



そう思った。



ダージリン(!!!!!!!!!!!!!!!!)キュウウウウウウウン


考えに没頭していたからか、結構な時間が経っていた。

いけない。 辻先輩らが捜しているかもしれない。

私はベッドの彼女から手を離し、その場を離れようと立ち上がった。

そして背中を向けたところで、彼女が嗚咽を漏らし始めたことに気付いた。


「……ひっ……ひっくっ……ひうっ………」

「……ど、どうしました?」


彼女を起こしてしまった。 しかも泣いている。

どうやら最後に盛大なヘマをやらかしたようだ。


「……ひっく……今まで……私が聖グロリアーナ女学院を引っ張っていかなくちゃって……ずっとそう思ってて……
 周りの皆さんも……期待ばかりを寄せてきて……ひっく……」

「は、はあ」

「ずっと……ずっと、頑張らなくちゃ、って思ってきたから……ひっ……ひっく……
 OGの方と言い争いになっても……退きませんでしたけど……やっぱり怖くて……ひうっ……」

「…………」

「……でも貴方は……私の心を守りたいって……ひぐぅぅぅ……うぇぇぇぇん……」


なにやら思いの丈を吐露してくれた彼女。

目を覚まして喋れるようになってくれたのは良かったと思うのだが、
なにぶん嗚咽を堪えながらの会話だったので、えーっと……よくわからん……。


だから、よくわからないので、とりあえず頭を撫でた。



ダージリン(!!!!)トゥンク……


「あー……なんといいましょうか」ナデナデ

「はい……」ポー


「この西絹代、貴女のように心から尊敬できる方のためならば、どこにでも馳せ参じて、貴女の矛として敵を打ち倒し、または盾として貴女を守りましょうぞ」




ダージリン(プっ……プププっ……プロポーズきましたわぁぁぁぁぁぁ!!???)




「じゃあ私はこれで」

「待ってらして!!!」


なんだか盛大に呼び止められた。


そこからがちょっと大変だった。

辻先輩らが待っているから戻らなければならない、というのに、彼女は「待て」だの「なぜ帰るのだ」だのと私を呼び止め続けた。

いや、そりゃ帰りますよ。 だって知波単学園の生徒ですもの。

今頃、辻先輩は練習試合の詳細を詰め終えて、帰り支度をしているはずだ。 玉田も細見もだ。

その中で、私一人だけ隊列行動を乱すわけにはいかない。


なので、きっとこの先も聖グロとは練習試合を組むこともあるだろうと思って、こんなことを言った。


「ま、また聖グロの学園艦に来ますから」(← いつか練習試合を申し込みにいくつもりで)

「本当ですのね!? 」(← 私に会いにくるためだと思っている)

「もちろんです。 いわば我々はお隣さんですし、それに同志ならば、もはやそれは家族と同じこと」(← チームは家族、と言いたかった)

「家族ぐるみのお付き合い……」(← あ、もうこれ婚約だと思った)


そんなこんなで、ようやく解放してもえたのだが、最後に“ すまほ ”の電話番号を書いた紙を握らされた。


「わっ……私のスマホの番号を教えて差し上げますわ、西さん。
 次にこちらにいらっしゃるときは、必ず連絡してくださいな」

「はい。(ん? なんでだろう?)」

「きっと卒業後になるでしょうが……しっ……式の段取りとかっ……決めなきゃいけませんしっ」

「はい、了解しました。(指揮の段取り?……ああ、次の練習試合の日程か。卒業後ってことは、辻先輩が卒業した来年4月以降ってことか?)」

「いいですこと!? 必ず! 必ず連絡してくださいませね! ……わたくし待っていますからね」ゴニョゴニョ

「了解しました!」


「………ってことがあってだな」


場所は、まだヴェルニー公園だった。

護衛艦と潜水艦は、重苦しい空と海に挟まれながら、何も変わらぬ表情でそこに鎮座していた。


「今になって思えば……練習試合後に一部雑誌から叩かれたとき、聖グロのOGとウチのOGがアレコレ支援してくれたっていう件だ。
 ひょっとしたらあのマチルダ会のOGとやらが、現役の知波単隊員に手を挙げちゃったのが怖くなって、先んじてウチのOGと手を組んで支援行動に走ったのかもしれないな」

「うーん、西隊長殿が怪我されたと聞くと、結果良ければ……とは素直に頷けないのであります」


まあでも、額は表皮を浅く切っただけだったし、鼻血はすぐに止まったので、それで辻先輩の目的が達成できたと考えれば安いものだと思った。


「で、ベッドの彼女とはどうなったのでありますか?」

「ああ、練習試合を組む権限は隊長にあったし、当時の私は露ほども自分が隊長になるなんて思ってなかったからな。
 とりあえずは当時の隊長だった辻先輩に、彼女の番号をお伝えして、それで任務完了! 私から連絡する必要はないな! と思ったのだ。
 いやぁ、番号を受け取った時にちゃんと名前を聞いていれば、それがダージリン殿だったってことに後で気付けたんだろうがなぁ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ………であります……」

「だから今回、聖グロに練習試合を申し込むついでに、あの時教えてもらった番号に掛けたら、ダージリン殿が出ただろう?
 心底ビックリしたよ。 あの時の彼女が、まさかダージリン殿だったなんてなぁ」

「私は西隊長殿にビックリでありますよ……」


図らずも思い出話に花を咲かせてしまったら、結構な良い時間になってしまった。

うん、いまから久里浜港に向かえば、ちょうど約束した時間に、聖グロの学園艦へ着けるだろう。

我々はホテルへ戻ると、身支度を整え、ウラヌスを発進させた。

そして久里浜港で、聖グロリアーナ女学院行きの東京湾フェリーに乗ると、約束の時刻の5分前に聖グロ校舎の敷地内にある駐車場へ辿り着いた。


およそ1年ぶりに見る聖グロの校舎。 いやぁ、懐かしい。

そしてちょうど良く、アッサム殿が現れた。

去年のアールグレイ殿といい、今年のアッサム殿といい、実に良いタイミングで落ち合えるものだな。 どこかで見張っていたのだろうか?


私は福田の背嚢から、小田原土産のカマボコを取り出すと、

「ご無沙汰しております、アッサム殿! この度は練習試合を受けてくださり、誠にありがとうございます!」

そう言って、福田ともども頭を下げて、アッサム殿に土産を手渡した。


「ありがとうございます。 ダージリンは紅茶の園で待っていますので、これからご案内いたしますわ」


そう言ってアッサム殿は、私と福田を連れて歩き出した。

これから紅茶の園までご案内いただけるという。 あの、昨年私が辿り着けなかった紅茶の園に。


ふと、途中の廊下で外をのぞいたら、いよいよ雨が降すところだった。

そんな重苦しい天気でも、私の心は高鳴っていた。


あの噂に伝え聞いていた紅茶の園に、これから入れるのだという高翌揚感。

そして、大学選抜戦以来となるダージリン殿との再会だ。

私は胸をドキドキさせながら、その秘密の園に足を踏み入れた…………のだが。


そこには、ダージリン殿はいらっしゃらなかった。


その代わり、円卓の上には1枚の置手紙。


そして、その置手紙の前に




―――――――西住まほ殿がいらっしゃった。




※ 今回はここまで。 また書き溜めてきます。

 あと1回で終わりたい…!

 あとオチが決まってないんだけどどうしようという、この行き当たりばったり感がたまらねえ(現在右手に発泡酒



無論左手には干し芋を


横須賀は政令指定都市じゃなかったような?

今回も面白かった乙乙

>162
うひゃあ、そのとおりでした。
政令指定都市 → 中核市 の間違えだ…

いい。

乙乙
辻隊長はキャラが定まってない上元ネタの悪評のせいで登場するとだいたい貧乏くじの傾向があるような気がする
今作はチョイ役ながら良い役どころをもらえてるな

乙。

>>166
後知波単と黒森峰の試合が、うん。「山の上に陣取る黒森峰の布陣に一本道の山道正面から突っ込んでシューティングゲームされた」
で大体カタついてさらに「戦車の質的に勝ち目はほぼ無かったけどもうちょいマシな戦法あったろ(意訳」って解説から酷評されてるから……ww


※ みんな、ありがとう。

 たぶん明日…もう今日か、今日中には最後の投稿が出来ると思います。

 待っててくれる人がいたら嬉しい。

待ってる!

なんか最後の戦いに向かう人の言い残した言葉みたいでかっこいいぞ、その宣言


※ お待たせしました。

 最後の投稿を開始します。

 かなり文量が多くなっちゃって、ほぼここまでと同じ量くらいあるので、気長に付き合っていただけたら嬉しいです。


「西住……まほ……殿?」

「ずいぶんと早かったな。 横浜港から連絡船で来ると聞いていたから、あと1時間はかかると思っていたんだが」

「あ、いや、久里浜港から来たから……って、ええ?」


西住殿……と呼ぶと、大洗の西住みほ殿と混同してしまいそうなので、馴れ馴れしいとは思うが、以後「まほ殿」と呼ぶことにする。

そのまほ殿が、なぜか紅茶の園にいらっしゃった。

え? なんで? あれ? まほ殿って聖グロの人だったっけ? 黒森峰? あれ?

まほ殿の醸し出す雰囲気が、この非現実的な紅茶の園の空間に妙にマッチしていて、まほ殿が紅茶の園の主人だと言われても不思議じゃないと思ってしまった。


「えーと、当初は横浜港からここへ来るつもりだったんですが、わざわざそこまで行かなくても、久里浜港から聖グロの学園艦へ行けることを道中で思い出しまして。
 それで、福田の“ すまほ ”で簡単に宿の取り直しができたので、昨晩はそれで横須賀市内に泊まって、そしてここへ来ました」

ついでに、私が横須賀市に降り立ってみたかった、という理由もあった。

「そうか」

まほ殿は、簡単に返事をし……その後に言葉が続くのかと思ったら、続かなかった。


なんだろう。 まほ殿はさも当然のようにこの場所にいらっしゃるので、私が場違いな気がしてきた。

しょうがないので、素直に聞くことにする。


「ま……まほ殿は、なぜここに?」

「……ダージリンから聞いていないのか? 今日の打ち合わせに、私も来てほしいと言われたんだが」

「え?」


初耳だった。 ダージリン殿からは、今日はまほ殿も交えて話し合うなんて聞いていない。

どうして聖グロとウチの練習試合の打ち合わせに、まほ殿が入ってくるのだろう?


「えーっと……それはつまり、聖グロリアーナ女学院と知波単学院の練習試合に、黒森峰女学院も参戦する、ということですか?」


私は、ダージリン殿から練習試合の内諾を得るため、前もって電話していた。

その後にダージリン殿が、私に内緒でまほ殿に声をかけたということだろうか?

……と思ったら、そうではなかったらしい。


「ああ、すまん、説明不足だったな。 そうじゃないんだ。
 私がダージリンを訪ねに来た理由は、タンカスロンの大会企画を相談するためだ」

「えーっと、タンカスロンって……あの野良試合の?」

「ああ」


タンカスロン(強襲戦車競技)。


簡単に言えば、戦車道の野良試合のことだ。

全国大会のような公式戦、もしくはエキシビジョン戦のような非公式戦は、戦車道連盟が直接的、あるいは間接的に関わっているが、
タンカスロンは戦車道連盟とは一切関わりが無いため、相当に自由度が高い試合が出来る、らしい。

「らしい」というのは、雑誌等々で知っているだけで、実際に見たことが無いからだ。

確か、唯一の規定は 「戦車道で使用できる戦車のうち、10トン以下の車輛を使うこと」のみだったはずだ。

それゆえ、ある程度の暗黙のルールは存在しつつも、それは建前上。

裏切り上等当たり前、気付いたら多対一の試合になっていた……なんてこともあるらしい。

車外行動にも一切の制限なく、戦車の乗員が家々に放火しまくって、集落を丸々火の海に包むような作戦もあれば、
いつだか掲載していた月刊戦車道のタンカスロン特集では、「弓矢を使って試合に勝った」とかあった気もする。

なんだ? どうやって弓矢で戦車を倒したんだろう?


「私達は今度、タンカスロンの大掛かりな大会をやろうと企画しているんだ。
 ダージリン曰く“ 大鍋(カルドロン) ”という大会名にするそうだが、私はその大鍋の打ち合わせをするために聖グロへ来た」

「はぁ」

「ダージリンは、その打ち合わせに西さんも混じってもらおうって言っていたぞ」


またまた初耳だった。

なんだ? どうなっている? ダージリン殿に問わねばならないが、そのダージリン殿はどこにいるのだろう?

私が困惑していると、まほ殿は円卓に置かれていた手紙をつかんで、私に差し出した。


「そんなわけで聖グロの学園艦に来たんだが……当のダージリンは不在のようだ」

「えっ? でも、私も今日この時間に聖グロへ来ることを約束しておりました。 そんな複数人との約束を反故にするなど、ダージリン殿は……」


そう言って、差し出された手紙を受け取る。

手紙の内容を目で追うと、そこには、ダージリン殿がこれからしばらく不在になるということ、練習試合についてはオレンジペコ殿と打ち合わせて欲しいこと、大鍋についてはアッサム殿、まほ殿、私の3人で詰めて欲しいこと、などなどが書かれていた。


そして最後に 「迷惑をかけて ごめんなさい」 とも。


「これは……どういうことかな? アッサムさん」


まほ殿が、私の横で佇んでいたアッサム殿に、穏やかだけれどほんの少しの棘が含まれた声で聞いた。


「……騙すような真似をして、申し訳ありません」


アッサム殿は視線を落として、詫びるように言った。


「騙すような……ということは、何か理由があるのですか?」


私が訊ねると、アッサム殿は言おうかどうか迷うような顔をした後、静かに口を開いた。


「この紅茶の園ならば、ダージリンがいなくなった理由について、誰かに聞かれる心配は無いと思ったからです」


沈痛な面持ちのアッサム殿を見て、私はこれがただ事でないことを理解した。

でなければ、いつも冷静沈着なアッサム殿がこんな表情をするわけがない。

私が身構えるようにして言葉の続きを待っていると、アッサム殿は訳の分からないことを言った。



「ダージリンは、もう戦車道を辞めてしまうかもしれません」


「………………は?」


……なんだそれは。

……なんなんだそれは。


聖グロの戦車道を誰よりも愛し、誰よりも先を見通し、そして戦車道においては誰よりも清らかな御心を持ったダージリン殿。


そのダージリン殿が、どうして戦車道を辞めるというのだ?


「……もっ、もしや!? 何かお怪我をされたのですか!?」

「……いいえ」


否定するアッサム殿。 少しだけ胸を撫でおろす。

ではなんだというのだろう。


「ダージリンは、聖グロリアーナ女学院の戦車道のために……自分の人生を犠牲にしようとしています」


アッサム殿の説明を要約すると、こうだった。


聖グロリアーナ女学院の戦車道隊は、新隊長を含めた新しい体制を決めるにあたり、ちょっとだけ特殊な過程が存在する。

もうすぐ行われる引退式において、それまでの隊長が新隊長を任命する、というところまでは、多くの学校と同じ。


では、なにがちょっとだけ特殊なのかというと、その前に卒業生から承認を得なければならない、ということだ。

聖グロにはOG会が存在し、特にマチルダ会、チャーチル会、クルセイダー会の高級役員らによって構成された幹事会には、現役隊員の人事に口を出す力があるのだという。

だから現役の隊長職にある者は、引退式前にOGらによる幹事会へ顔を出し、新体制案の承認をもらわなければならない。

一方、幹事会の役員らも、いくら力があるとはいえ現役隊員の人事に卒業生が口を挟むのは野暮、聖グロ風に言えば 「優雅でない」 と分かっているので、まず反対することはないという。

情報科の一部署である“ じーあいしっくす ”によると、事実、今回もすでに根回しは済んでおり、幹事会で反対されることはないと見られている。

今回、それまで隊長職にある者というのはダージリン殿を指し、新隊長職に任命される者はオレンジペコ殿を指す。

聖グロの戦車道隊の新体制は、もうすぐオレンジペコ殿を筆頭として、何の問題もなく産声を上げるだろうと見込まれている。


問題なのは、ダージリン殿の方だった。


ダージリン殿は、聖グロの戦車道隊が採り得る戦術の幅を広げるべく、その策の一つとして、クロムウェル巡航戦車を隊列復帰させようとした。

それは、一部のOGらから反感を買い、幹事会でも良い顔をされなかったらしい。

それでもダージリン殿は、臆することなくOGらに立ち向かい、説き伏せ、クロムウェル巡航戦車の隊列復帰を認めさせた。


……そして、その上で敗けた。

今年の全国大会、準決勝戦。 相手は黒森峰女学園。

あの優勝常連校の黒森峰と、激戦の末、敗けてしまった。

このことについて、一部のOGはダージリン殿に責任を追及する姿勢を見せており、それが今度の幹事会で議題に上ることがわかった。

ダージリン殿も「全力で戦って敗けたのだから、その責は隊長である自分が全て負うべきだ」と、非を認めているらしい。


その責任の取らせ方が、問題だった。

幹事会がダージリン殿に要求するであろう、責任の取らせ方。

選択肢は二つあり、どちらかを選ばせるつもりらしい。


一つは、とある大学へ進学すること。

OGの一人に関係が深い大学らしく、そこの戦車道部へ入部しろと言う。


そして、もう一つ。

それは、ダージリン殿が戦車道を辞める、というものだった。


どちらも拒否すれば、OG会から聖グロの戦車道隊に寄せられている多額の寄付金が、減らされてしまうらしい。


寄付金を減らされたらどうなるか。

……いや、この場合、寄付金そのものの話じゃないだろう。

「戦車道の活動予算に困窮したらどうなるか」だ。


戦車道にはお金がかかる。

戦車の修繕費もそうだし、弾薬の補給代、燃料費、それに訓練場の維持費も高くつく。

特殊カーボンの整備費用は特に高額だ。

高額なのだが、乗員の身の安全を保障する物である以上、そこに手をかけない訳にはいかない。

特殊カーボンは、素材の段階から高価であるからして、今や世界中の研究機関が、もっと加工しやすく、もっと量産できるように研究しているほどだ。

あのサンダース大だって、きっとその内の一つなのだろう。


強豪校というのは、例外なくスポンサーが背後に付いている。

そして、潤沢な活動資金を提供してくれるから、良い戦車が導入できて火力は向上し、燃料や弾薬の消費を気にせずに済むから、満足な訓練が出来るようになる。

それは、勝利に繋がる。

勝利すれば、また寄付金が増える。


では、その逆は?


活動資金に困窮すれば、強い戦車の導入が望めないどころか、既存戦車の維持だって難しくなる。

燃料や弾薬をケチる必要があるので、満足に訓練することができず、結果、試合に勝てなくなる。

試合に勝てなくなれば、寄付金はさらに減る。

その負の連環は、すなわち、弱小校への仲間入りだ。


知波単学園も、アンツィオ高校ほどではないにしろ、金が無いからわかる。

金がないのは首がないのと同じことだ。 戦車道の場合は特に。


ダージリン殿は、戦車道が描く太い轍の中に自分の人生を置こうとしている、と、私は勝手に思っていた。

戦車道を「愛している」 とか、そういう概念的な、抽象的なものではない、と思う。

ダージリン殿の人生にとって、戦車道はおそらく「必要な何か」 なのだろう。


だから 「戦車道を辞める」 という選択肢は、本当に最後の最後まで追い詰められない限りは、選択しないはずだ。


となると、もう一つの選択肢である 「とある大学への進学」 という方を選ぶ……のか?


「その選択肢は、ダージリンをいずれ籠の中へ押し込むことになります」


アッサム殿は、そう答えた。


とある大学への進学。 そこの戦車道部への入部。


聖グロのOG会に名を連ねる者は、社会的に地位のある者が少なくない。

中には、大学の戦車道関係者や実業団リーグの関係者もおり、そんなOGにとっては、一人の高校生を息のかかった大学へ推薦入学させるなどワケない、らしい。

そんなロクでもないOGと関係を持ったらどうなるか。

ロクなことにならないのは目に見えている。


仮に、その大学を4年間を耐え忍んだとしても、OGに目を付けられた卒業生は、半ば強制的にある実業団へ送り込まれる。

その実業団の戦車道隊に入ってしまうと、ほぼ仕事と戦車道訓練だけが繰り返される日々を送ることになる。

人間関係的に、とても閉鎖された日々。

いつしか結婚適齢期を迎えるも、そんな生活の中では結婚相手が出来る可能性なんてほとんど無い。

そしていつしか、上司から「良いヒトがいるから」と、男性を紹介される。


そんなの断れば……とも思うが、断ってしまったら結婚のチャンスを失いかねない。 人生の伴侶を得る機会が、その先に巡ってくるとは思えない。

ただでさえ、仕事上でも隊内でも上下関係を強いられ、嫌なことが嫌とは言えない環境にある、らしいのだ。

なし崩し的に結婚へ至る女性が後を絶たない……という。


あくまで、可能性の話だ。

しかし「そういう人生を歩みかねない」という可能性だけで、夢見る女子高生を絶望させるには十分だろう。



嫌ならば。

その可能性に襲われたくないならば。


戦車道を、諦めなければならない。

戦車道の無い人生を、受け入れなければならない。


誰よりも戦車道に真摯なダージリン殿が、なぜ、そんな理不尽を被るのか?


私は、怒りで視界が真っ赤に染まりそうだった。

腹の腑あたりから湧き出た黒いモヤのような何かによって、理性が吹っ飛びそうだった。

今すぐその幹事会とやらに九七式中戦車で乗り込んでいって、一人残らず的にしてやろうと思った。


しかし、その前に我に戻ることが出来たのは、まほ殿の冷静な声が聞こえたからだった。

まほ殿の、やるせない表情。

クロムウェル巡航戦車を導入したダージリン殿を、知らなかったとはいえ打ち負かした罪悪感。

しかし、手を抜ける道理も無かったから、尚更やるせないのだろう、と思った。


「……タンカスロンの理由は、これだったのか?」


私は顔を上げた。

降ってきた雨が頬を濡らすが、神経の感度が底まで落ちた私には、冷たさを感じることが出来なかった。


まほ殿の声が、円卓の上に落ちる。


「ダージリンが、タンカスロンに介入しようとした理由だ」

「……どういう……こと……ですか?」


黒いモヤのような何かを一緒に吐き出しそうになるが、私はそれを無理やり喉元まで抑え込んだ。

まほ殿は、悪鬼のような顔をしているだろう私を見ても怯む様子なく、まっすぐに言ってくれた。


「強制された将来を選びたくはない。 だけど、戦車道は辞めたくない。 どちらの選択肢も選びたくはない。
 ……だから、自分で第3の選択肢を用意した、ということだ」

「それが……タンカスロン?」

「ああ。 私の想像の域を出ない話ではあるがな。
 ダージリンは、表向きは戦車道を辞めたことにして、見えないところでタンカスロンに救いを求めるつもりなのかもしれない。
 だから大鍋(カルドロン)を開いて、タンカスロンの認知度を上げ、その地位を押し上げて、そこに自分の居場所を確保しようと思ったのかもしれない」


雨足が強まってきた。

円卓の上には石組みの屋根が掛かっているが、その外にいる私と福田、そしてアッサム殿は、前髪から滴が垂れていた。


「お願いがあります」


アッサム殿の声。 悲痛な声だった。


「……ダージリンを、助けてください」


アッサム殿は頭を下げ、戻した後に、私と福田、そしてまほ殿の目を順に見た。


言葉が出ない我ら3人。

アッサム殿のそんな声音は、この優雅極まる紅茶の園にまったく似つかわしくなかった。


「こんなことを他校の皆さんにお願いするのは、全くもって筋違いだということを、重々承知しております。
 私達が引き起こした問題なのだから、私達が解決するべきだということも」

「……お聞きしたいのであります。 聖グロリアーナのみなさんは、このことをご存知で?」


それまで無言を貫いていた福田が口を開いた。

アッサム殿が答える。


「聖グロリアーナで現在、この状況を知っているのは私だけです。
 きっとペコ達に言えば、何を投げ売ってもダージリンを助けようとするでしょう。
 それで寄付金を減らされようとも、自分達が苦労しようとも」

「……そうでありましょうね」

「しかし、その事態こそを、ダージリンは恐れています。
 新体制がOG会と敵対してしまえば、寄付金減額の期間はおそらく延びてしまいます。
 そうなれば、力を失った聖グロリアーナ女学院は、もはや弱小校の枷から抜け出ることが難しくなります」

「……………」

「私達はアンツィオ高校のように、自分達で戦車道の活動費を稼ぎ出すほど、たくましくありません。
 それになにより、OG会から目を付けられるのが、ダージリン一人では済まなくなる可能性があります」

「……………」


何も言い返さずに、福田はただただアッサム殿を見ていた。


「私は……ダージリンの右腕として、この聖グロリアーナ女学院の戦車道を支えてきました。
 だから、ダージリンが危機に陥っているならば、私だって助けたい……!!」


アッサム殿が慟哭した。


「けれど、同じように聖グロリアーナの戦車道が危機に陥るならば、私はそれも助けなければならない!
 私にはもう、どうすればいいのか……!」



「……アッサム殿」



私はアッサム殿の両肩に手を添えて、視線をのぞき込むようにして言った。 笑顔で。 思い切りの笑顔で。


「我らと聖グロリアーナは、言わばお隣さんです。 ダージリン殿も、ダージリン殿が率いた隊員の皆さんも、我々にとっては同志のようなものです。
 水臭いことを言わないでください」


そして私は、大きく息を吸い込んで、紅茶の園全体に響き渡る声量で返事をした。




「 かしこまりでございます!!!!」


当たり前だ!

我こそは、知の波を単身で渡る、知波単学園 戦車道隊の隊長だ!!

ここで義によって立たないで、何が隊長だ!! 何が戦車道だ!!

この西絹代、恩人を救えぬほどに不出来者になった覚えはない!!!!



「ダージリン殿は、今どちらにいらっしゃるのですか!?」



私はアッサム殿に訊ねた。

なにはともあれ、ご本人に会わねばなるまい。

会って、話を聞いてもらうのだ。


「ダージリンから口止めされているのですが……お教えします」

「お願いします」



そして、アッサム殿の口から出た言葉に、私はまた頭を悩ませることになった。



「ダージリンがいる場所……それは、防衛大学校です」



防衛大学校。


神奈川県 横須賀市の、東京湾を見渡せる高台に本部が置かれている、防衛省所管の施設である。

幹部自衛官を養成するための教育、訓練施設であり、諸外国では士官学校に相当する。


アッサム殿は言った。


「元々、大鍋(カルドロン)を支援してもらうために、蝶野亜美一尉を通じて、防衛大学校へ行く用事があったのです。
 ……ですが、ダージリンは防大を……そこへの進学を、第4の選択肢として考えているフシがあります」


……戦車道の試合を開催する場合、膨大な事前準備をこなす必要がある。

例えば、発砲禁止区域の設定や、戦車道保険の適用範囲の確認など。

試合場内に住宅があれば、そこに住む住民に移動してもらう必要があるし、物損が発生した場合の補償内容について、予め同意してもらわなければならない。

広い範囲の住民を丸々移動させることもあるので、火事場泥棒を防いだり、それこそ本当に火事が起こった場合を想定して、警察や消防への事前届け出が必要になる。

日本戦車道連盟が関係する試合の場合は、こうした事務的な手続きは同連盟がほぼやってくれるので、試合当事者らはずいぶん楽が出来るのである。


その戦車道連盟からの協力依頼を受ける、という形で、陸上自衛隊が担う作業がある。

富士学校 富士教導団 戦車教導隊に所属する蝶野亜美一尉殿が、全国大会で審判長を務めた、というのはその最たるものだろう。


他にも、陸上自衛隊は戦車道の試合の影に日向に、いろいろな部分で関わっている。

命に関わる事故が発生した場合の救助活動や、砲弾が試合場外へ飛んでいかないようにするための特殊カーボンネットの敷設、
そして “ 試合道具である戦車 ”が悪用されないための抑止力として、“ 本物の兵器である戦車 ”を試合場外に配備しておくのも、陸上自衛隊の仕事である。


陸自としては、これらの協力対応は市民マラソン大会で給水支援したり、自治体の祭りで車両展示するのと同じような取り扱いらしい。

市民生活を応援することで、自衛隊の広報活動を展開する。

あわよくば、一人でも多くの入隊希望者を確保するためだ。


一方、日本戦車道連盟が関与しないタンカスロンの場合はというと、試合を行うにあたり、やはり事前準備が必要になる。

タンカスロンの試合は要するに野良試合であり、「怪我人を出さない」 「物損補償する」 「トラブルの際は試合当事者が責任を負う」 という点さえ守られれば、あとはどこで試合をしようと勝手ではある。

……が、住民避難もしていない街中で、いきなりドンパチを始めるワケにはいかない。

そのために事前準備が必要になるのだが、日本戦車道連盟をアテにできないので、試合当事者らが何とかしなくてはならない。


これから行おうとしている大鍋(カルドロン)も、きっと参加校が分担して事前準備をこなすのだろう。

しかし、陸上自衛隊に協力依頼するべき事柄については、さすがに自分達ではどうしようもない。


そこでダージリンは、防衛大学校に目を付けたのだという。

具体的に言えば、防衛大学校の中にある校友会に、だ。

校友会とはいわゆるクラブ活動であって、要するに防衛大学校所属の戦車道部というものが存在する。


陸上自衛隊としては、公的機関の色合いが強い日本戦車道連盟からの協力要請ならば、それを受けるのは可能だ。

しかし、タンカスロンは有志の集いゆえに、協力要請されても受けることは出来ない。 公平性の確保のためだ。

「イベントの開催のため」という理由で民間人から協力要請を受けてしまったら、誰彼構わず協力要請されて、際限なく対応しなくてはいけなくなる。

だから、タンカスロンの試合を開催するにあたり、陸上自衛隊そのものには協力要請は出来ない。 ならばどうするか。


小規模な試合ならば、陸自がいなくてもトラブルは起き難いだろう。

しかし、大鍋(カルドロン)は、相当大規模な試合が組まれるという。

そして、そこに大勢集まるのは、戦車の扱いに長けた女子高生だ。


だから、防衛大学校の校友会、その戦車道部、だった。

校友会ならば 「クラブ活動の一環」という理由で協力対応できるだろうと、そう踏んだのである。

なんといっても、未来の入隊希望(予定)者がワンサカ集まるのだ。 陸自として入隊募集活動を仕掛けない手はない。

「陸自としては公式に協力はできないけれども、非公式には手伝いたい」

ダージリン殿はそう考えて、前々から蝶野一尉殿に仲介を頼んで、校友会へ赴く手筈を整えていたのだそうだ。


そうこうしてたら、聖グロのOG会から難癖を付けられた。

行きたくもない大学に進学するか、戦車道を辞めろという。 嫌なら聖グロ戦車道隊への寄付金を減らすぞ、とも。

どちらも飲めないダージリン殿は 「戦車道を辞めたことにしてタンカスロンに生きる」 という第3の選択肢を選ぶのか、とも思えたが、
アッサム殿が言うには、「防衛大学校に進学する」という第4の選択肢も視野に入れているのではないか、という。


中学、高校、大学に関係なく、日本戦車道連盟に加入する戦車道隊は、所属する母体から支給される活動予算とは別に、同連盟から「戦車道振興費」という予算が交付される。

“ 乙女の嗜みである戦車道をさらに普及させ、以て健全な婦女子の育成に資する ”という目的で交付されてはいるが、つまりは活動補助金のようなものだ。

知波単学園の戦車道隊も、このお金で砲弾を買ったりしている。


この「戦車道振興費」の財源は、実は防衛費である。

詳しく言えば、防衛省の広告宣伝予算の一部であり、陸上自衛隊が市民マラソンで給水支援したりしながら、その横で入隊希望者を募る活動をする予算と同じ扱いである。


そしてこの「戦車道振興費」は、とある条件を満たすと増やすことが出来るのだ。


「試合道具の延長線上に、現代の兵器がある」 とは、いつぞやダージリン殿が言った台詞であるが、それは道具でなく、人であってもそうなのかもしれない。


戦車道の履修者は、培った技能、叩き込まれた礼節、そうした多くのことを陸上自衛隊で活かすことが出来る。

だから戦車道履修者の進路に陸上自衛隊が選ばれることは珍しくないし、陸自側としても、各校の戦車道隊員を未来の入隊者候補として有力視している。

「戦車道振興費」は、そんな戦車道履修者を増やす目的で支給されており、戦車道が盛んになればなるほど、陸上自衛隊は入隊希望者を得やすくなる、というわけだ。

そうしたカラクリがあるので、見事、陸上自衛隊に人員を送り込んだ学校の戦車道隊には、戦車道振興費が上乗せされる……という大人の世界があることを、私は辻先輩から聞いたことがあった。


アッサム殿は言う。

日本戦車道連盟が世界大会の誘致に大きく前進したことを受け、これから実業団リーグの人気が増々高まることが予想される。

戦車道履修者、特に高校生達の進路がそちらに流れていくことを、陸上自衛隊は恐れている。

ただでさえ近年、自衛隊の入隊員数が減ってきているのに、さらに入隊希望者が減る危機感を持った防衛省は、戦車道振興費に割り振る予算を来年度から増やそうとしているという。


だから、ダージリンは防衛大学校に入るつもりなのかもしれない、と。

防大に入ることで、聖グロに支給される戦車道振興費を増やそうとしているのかもしれない、と。

そのために、蝶野さんに進路相談することも兼ねて、いま、防衛大学校へ行っているのかもしれない、と。


蝶野一尉殿は、富士学校 富士教導団の所属であるが、校友会の戦車道部の教官として、定期的に防衛大学校へと訪れているらしい。


ダージリン殿は、校友会の戦車道部に対しては、タンカスロンの大鍋(カルドロン)開催に向けての協力要請をするため、
そして、そこにいる蝶野亜美一尉に対しては、ひょっとしたら進学相談をするために、今、防衛大学校にいるという。



「我々も行きましょう、防衛大学校に!」



他校の問題ゆえ、私が顔を突っ込むのは間違いなのかもしれない。

具体的な解決策だって思いついてやしない。


けれど、私は昨年、ダージリン殿と約束したのだ。

「貴女の矛となり敵を打ち倒し、盾となって貴女を守りましょう」 と。

だから私は、ダージリン殿の未来を……ダージリン殿の心を救うのだ。


そう決心して踵を返そうとした私に、福田が声を掛けた。


「お待ちください、西隊長殿!」

「なんだ?」

「あ、いや……」

「福田、いまは時間が惜しいのだ。 可能ならば後にしてくれないか」

「……了解であります」


聖グロの学園艦から防衛大学校のすぐ近くの港まで、アッサム殿が小型高速艇を用意してくれるという。

私はアッサム殿の背中を追って、紅茶の園から退出しようとした。

そこで、まほ殿から声が掛かった。


「もともと大鍋(カルドロン)の打ち合わせのために来たんだ。 それに防大が関係するというなら、私も行こう」


そう言って、まほ殿も付いてきてくれた。

さらにその後ろに福田も続く。


福田はまだ何かを言いたそうだったが、今は一刻も早くダージリン殿にお会いしなければならないし、会うまでに具体的な解決策を考えなければならない。

申し訳ないが、福田の用件は後回しにさせてもらおう。




福田(……なんでありましょう、この違和感……? 何かおかしい気がするのであります……)


雨が降りしきる東京湾上を、聖グロ印の小型高速艇が進む。

波は高くない。 諸々の問題がなければ、きっと楽しい海上散歩になっただろう。

しかし今は、空の灰色と暗い海色に挟まれていて、それがまるで自分の心を映しているようで、憂鬱な気持ちがいっそう強くなった。


さすがに事前連絡もせず突撃したら、防衛大学校の正門にて追い返されるだろうということで、船上でまほ殿に電話を掛けてもらった。

相手は当然、蝶野一尉殿である。

予想どおり、蝶野一尉殿は防衛大学校にいて、校友会の戦車道部で指導中らしかった。


「そこにダージリンはいますか?」 と、直球で聞くまほ殿。

『私からは何とも言えないわね。 ま、来てみれば分かるわ』 と、答える蝶野一尉殿。


これでは、ほぼ「いる」と言っているようなものだ。

私は電話向こうの蝶野一尉殿に感謝しながら、波の向こう、高台の上にそびえ立つ建物を眺めた。

隣では、福田が“ すまほ ”を操作して、なにやら熱心に調べものをしていた。

波は高くないとはいっても結構な揺れだ。 そこで読書まがいのことをして船酔いしなければいいが……。


いや、今は他のことを考えている余裕は無い。

ダージリン殿に出会う前に、具体的な解決策を考えなければならないのだ。


私の思考は、この上下に揺れる高速艇のようにまとまっていなかったが、それでも努めて思考の海に没頭しようとした。




福田(…… ありました! 「戦車道振興費の増額について」の記事!! ………えぇ!? この額は……!?)


防衛大学校がある高台の麓、走水(はしりみず)の港に小型高速艇が接岸した。

港にはすでにタクシーが1台待ち構えていた。

タクシーの助手席にはアッサム殿、私と福田とまほ殿が後部座席に座って、走ること5分。


タクシーが、防衛大学校の正門に到着した。

そして、そのタイミングとほぼ重なるようにして、


「まほさん、ご無沙汰ね! それにアッサムさんと西さん、福田さんも、ようこそ防衛大学校へ!」


にこやかな顔をした蝶野一尉殿が現れた。


蝶野一尉殿は、先の大学選抜戦で圧倒的不利な大洗女子学園に増援が認められるよう、審判長として粋なお取り計らいをしてくれた。

ああして増援が認められたから我々も参戦することが出来たし、そこで多くを学ぶことが出来た。

だから間接的ではあるが、蝶野一尉殿は我々知波単学園の恩人でもある、と思っている。


「大学選抜戦の際には、大変お世話になりました!」


私は深々と頭を下げた。 隣で同じように福田も頭を下げている。


「やあねえ、お世話なんかした覚えないわよ? 西隊長さん?」


蝶野一尉殿はヘラッっと笑った後、くるっと背中を向けて校門の中に入っていった。


「まあとにかく、せっかく来てくれたんですもの。 まずは防大の中を案内するわ。 付いていらっしゃい」


楽しげに私達を手招きして、ずんずん先へ進んで行ってしまった。


だから、私は思わず聞いてしまった。

まるで緊迫感が感じられない蝶野一尉殿の雰囲気に、ダージリン殿が本当にここにいるのか不安になったのだ。


「ダっ、ダージリン殿は、どちらにいらっしゃるのですか!?」


止まらない蝶野一尉殿の背中。 私はもう一度呼び掛ける。


「あ、あの……!」

「……そのうち向こうから姿を現すわ。 だから今は、社会見学だと思って楽しんでちょうだい」


含みのある笑顔で、一蹴されてしまった。



福田(……………………。)


ダージリン殿に会えないというわけではないらしい。 そのうち、向こうから姿を現すとも。

……ならば、今は焦ってもしょうがないということか。


確かに、蝶野一尉殿の仰るとおり、周りには好奇心を刺激する物がたくさんあった。

防衛大学校の中なんて、そうそう簡単には入れる場所ではない。

昨晩、我々が横須賀市内に宿を取ったのだって、軍港の雰囲気を味わいたかったからではあるが、出来ることなら防衛大学校の中にだって入ってみたかったのだ。

それがおいそれと入れないから、軍港部にある公園をちょっと歩いただけで、あとは観光もせずに聖グロの学園艦へ向かったのだ。


降って湧いた、せっかくのこの機会。

内心でダージリン殿に申し訳ないと謝りながら、私は抑え込んでいた好奇心を少しだけ解放させて、防衛大学校内を見学することにした。


我々とすれ違う、防大の女学生と思しき一行。

降りしきる雨をものともせず、きっちりと隊列を組んで、規則正しく目的地に向かって歩いていた。


「そうか、ここでは日常生活の移動ですら、隊列を組んで行進する必要があるのだな……」


集団行動に求められる水準が、我々とは比べ物にならないほど高いことを知る。


その水準に到達するまで、どれほど指導を受けたのだろう。

その水準に到達するまで、どれほど努力をしたのだろう。

その水準に到達したら、どんな世界が見えるのだろう。


戦慄と畏怖と尊敬の感情が、ごちゃ混ぜになって湧き起こった。

どの学生のお顔にも、清冽で真の通った力強い眼差しが見てとれた。

どこかで聞いた 「精強無比」 という単語が、脳内に思い浮かぶ。


「防衛大学校に入校した学生は、国家公務員に準じた扱いになるのね。 だから彼女らにとって、授業を受けることは業務扱いになるの。
 そして、業務をこなせば当然、給料が支給されるわ」

「学費を払うのではなく、お給料がもらえるのですか!?」

「そうよ。 彼ら、彼女らは、国民の税金で給料を貰って、それで“ 防衛大学校生という仕事 ”をしているのよ。
 努力してもらうのは当然で、その結果として、なにがなんでも高い水準に達してもらう必要があるわ」


それが、この学校全体から醸し出される、張り詰めた空気感の理由、なのか。

「厳しい世界だな……」 と、率直に思った。

そして、そんな厳しい世界に自ら望んで飛び込んでいく者がいるのだ。


私は……どうなのだろう?

私は将来……どうするのだろう?


深く深く、胸の奥底に沈み込もうとする私を心を遮るように、蝶野一尉殿の声が掛かった。


「じゃあ、まずはここから見ていきましょうか!」


そう言って蝶野一尉殿に案内されたのは 「防衛大学校資料館」 という建物だった。


「ここはまぁ要するに、防衛大学校がどんなところかをバーっと紹介しているところね!」


真新しい感じがするエントランスで、蝶野一尉殿が大雑把に説明して下さった。


「あなた達には2階から見てもらった方が面白いかもね」 と言って、そのまま正面の階段を昇っていく。

私達も後に続くが、その前にチラッとだけエントランス横のスペースをのぞくと、綺麗な作りのコーナーがあった。

「なんとか記念室」 という札と、お偉い感じの人物画が飾られていたので、雰囲気から「防大創設に関わった誰かを紹介しているのかな?」と思った。

時間があれば後でのぞいてみようと思った。


2階に着くと、広い一室に様々なパネルや模型などが展示されていた。

展示物には、付随するパネルにその内容が説明されていたが、今はさらに現役の自衛官が横にいて、ご自身の実体験を交えて説明してくださるので、それぞれの展示内容がとてもよく理解出来た。


展示順路を、ゆっくりした速度で歩む我々一行。

防衛大学校の創設から現在に至るまでの過程、学生の教育課程、訓練課程、生活内容、校友会活動などを説明するパネルや模型の前を通り、

制服の移り変わりなどを説明するマネキンを見上げ、そして、年間行事内容を説明するパネルの前に来た。


「ん? 蝶野一尉殿、これはなんですか?」

「ああ、それは、開校祭のときに使われる大隊旗ね」


ガラスの向こうに “ 第五大隊 ” という文字と、虎の絵が描かれた旗が飾られていた。


「防衛大学校と言えば棒倒し! 聞いたことない?」

「棒倒し……ですか?」


防衛大学校では、毎年11月に開校祭が催される。

その日は防衛大学校に多くの一般人が訪れ、今や、横須賀市きっての人気行事になっているそうだ。

きっと、一般大学で言うところの「学園祭」のようなものなのだろう。

アンツィオの学園艦祭で見たのと同じように多くの出店が立ち並び、それ以外にも様々な展示や体験行事が行われるという。


この開校祭には、目玉行事が3つある。

一つは、学生らによる「観閲行進」。

一つは、学生らによる「訓練展示」。

そしてもう一つが、学生らによる 「棒倒し」 ということらしい。


蝶野一尉殿の話によると、防衛大学校の学生らは日頃から、第一大隊から第四大隊までの4つに分けられており、開校祭においては「棒倒し」による大隊対抗戦が行われるのだそうだ。

その棒倒しは、園児が砂場で遊ぶようなチャチなものではない。


棒は、丸太を使う。

参加者は、各大隊それぞれ精鋭150人。

つまり“ 150人 VS 150人 ”で、しかもそれが、全員屈強な自衛官候補生。

力、技、知略、戦術を駆使した集団戦。

要するに……凄まじく見ごたえのある棒倒し、なのだそうだ。


「現在は、第一大隊から第四大隊までの4つしかないのだけど、かつてね、第五大隊が存在したのよ。 この旗は、その第五大隊の大隊旗だったってわけ」

「なるほど」


中学の頃の運動会で、各チームに応援団旗というものがあったのだけど、これはそういうものらしい。


「今年も11月に開校祭が行われるから、もしお暇だったら遊びに来たらいいわ。 楽しいわよぅ?」

「はっ。 ぜひとも勉強させていただきに参ります!」


楽しみが一つ増えた。


……が、それはダージリン殿の問題が解決出来てからだ。

まずは目下の悩みをなんとかしないと、遊びに行く心の余裕なんて取れそうにない。


防衛大学校資料館を出た我々は、蝶野一尉殿の案内に従って、陸上競技場、学生舎、学生会館、図書館、理工学館などを見て回った。

学生会館については、中にファミリーマートが設置されており、通常の生活雑貨や食料品、訓練等に使うであろう迷彩柄のあれこれ……の他に、
焼き菓子やTシャツなど、防衛大学校印の入った土産物が棚にたくさん並んでいたのが面白かった。

学校全体から感じられる張り詰めた空気に泡を食っていた私だったが、そんなところで変な親近感を感じたりして、
「自衛官も人間なのだなぁ」 と、なにか阿保らしい納得の仕方をしてしまった。


いずれにせよ、蝶野一尉殿の案内のおかげで、近い将来、国防を担うことになる幹部自衛官候補生らが、どのように学び、どのように修練を積んでいるのか、その一端をうかがい知ることが出来た。

蝶野一尉殿には、ますます感謝せねばなるまい。

私はまだ知波単学園の2学年であるゆえ、卒業後の進路を考える段には来ていないのだが、それでもいずれ考えなければいけない時が来る。

その時、今日のこの思い出は、間違いなく将来を考えるための材料になるだろう。



……しかし。

自分の手で将来を掴み取れない人物が、いま、身近にいるのだ。


「ダージリン殿の将来は……どうなってしまうのだろうか……」


私の呟きが、灰色の雨音に溶けていった。


蝶野一尉殿が最後に案内してくれた場所は、校友会の戦車道部が使用する訓練場だった。


それは、雨に煙る広大な敷地だった。

原野のようにも見える丘の連なりの向こうに、樹木に覆われた小高い山が見えた。

その右手には住宅街。 おそらく市街戦を想定した訓練が行われるのだろう。

敷地の向こうには東京湾を臨むことが出来た。

いま、訓練場には戦車はいない、が。


そんな無人の訓練場を眺める、傘を差した一人の少女の後ろ姿があった。


「ダージリン殿!!」


私は思わず叫んでいた。

ゆっくりと振り向く少女。

傘の下から現れたお顔は、まぎれもなくダージリン殿のものだった。


「あら、西さん、ごきげんよう」

「ダージリン殿……どうして……ここに?」


気を付けないと、声が震えてしまいそうになる。


「どうして…って? そこに西住まほさんがいらっしゃるということは、私がここにタンカスロンのイベント開催を相談しに来たことはご存知じゃなくて?」

「あ、いや、それは知っておるのですが……」


普段と変わらない、悠然とした面持ちで言葉を紡ぐダージリン殿。

私にはそれが、とても寂しそうに見えた。


「それとも、そこにいるアッサムから変なことを吹き込まれたのかしら? 例えば……私が戦車道を辞めるかもしれない、って」

「……っ!!」


胃の底が重く落ち込むような感覚があった。

私は、焦燥感に突き動かされる勢いのままに言葉を吐く。


「っ、そうです!! 私はだからっ、そのためにここへ来ました!」

「……そのため、とは?」

「ダージリン殿を、お救いするためです!!」


私は、はっきりと告げた。

数瞬のあと、ダージリン殿は表情を消し、背中を向けた。

ダージリン殿の持つ傘は、小刻みに震えていた。



アッサム(……………………)


私に背中を向けたまま、ダージリン殿は言った。


「仮に、アッサムの話が本当だったとして……西さんがどうして私達の揉め事に手を出すのかしら?」

「私は、ダージリン殿と約束しました……貴女の心を守ると」


そうだ。 その想いは本心だった。

約束を違えるつもりはこれっぽっちもない。


しかし。


「そうね、約束したわよね。 1年前のあの時、必ず連絡を頂戴と。 でも貴方はそれを守ってくれなかったわ。 なのに今更、何の約束を守るというの?」


そうなのだ。

私はすでに、ダージリン殿との約束を一つ、違えてしまっていた。


……正確には、あれからずっと練習試合が組まれず、結果として連絡する必要がなかっただけなので、約束を違えたことにはならないと思うのだが。

でも、素直に謝ることにする。


「それは……申し訳ありません」

「今さら謝られても遅いわ」

「私も、前回の練習試合から次の練習試合を組むまでに1年掛かるなんて、思いませんでした」

「……ん?」

「だからこそ、何の因果か私が知波単の新隊長になったので、1年前のお約束を果たすために、こうして直ぐに練習試合のお願いをしに参りました」

「……え?」

「本当はもう少し早くご連絡差し上げるつもりだったのですが、エキシビジョン戦と大学選抜戦が間に挟まってしまったので……」

「…………え?」

「辻先輩が現役のうちに、もう1回くらい練習試合が組まれるかなと安易に考えた私が浅はかでした。 申し訳ありませんでした!」

「………………え?」


私はこれでもか! というくらいに、深く頭を下げた。



福田(……………………。)


「……まあいいわ」


こちらに向き直ったダージリン殿。

言葉とは裏腹に、全然良くなさそうな顔をしていた。

今は会話を進めるために、いったん私の過ちを横に置いておくというのだろう。

やはり、ダージリン殿はお優しい方だ。


「それで、具体的にどう助けてくれるつもりなのかしら?」


ダージリン殿が問い掛けた。

そう、それなのだ。

終ぞ、ここに至るまでに、私は具体的な解決案が思い浮かばなかった。


といっても、何も思い浮かばなかった訳ではない。

案があるにはあるのだが、解決案というには程遠いシロモノだった。

それを口に出すべきかどうか躊躇していると、蝶野一尉殿がたしなめる口調で私に言った。


「よく考えた方がいいわね、西さん。 大洗女子学園を助けた時とは訳が違うわ。
 あの時は“ 勝てば廃校を免れる ”という単純な図式だったから、あなた達は助けに入ることが出来た」

「……はい」

「しかし今回は、ダージリンさんを助けたからといっても、お金の問題が残る。
 その問題を解決しない限りは、ダージリンさんを救ったことにはならないのよ?」

「くっ……」


正論を言われて、私はさらに言葉が詰まってしまった。


何らかの方法でもってダージリン殿が自ら将来を選択できるようになれた、としてもだ。

それでOG会から寄付金を減らされて、聖グロの戦車道隊の財布が火の車になっては意味がないのだ。


不意に、一昨日のアンツィオの学園艦祭を思い出す。

アンツィオ高校は、安斎殿のお人柄として、戦車道隊の気風として、アンツィオ高校の校風として、自ら資金を稼ぎ出す条件に恵まれていたから、P40の修繕費を賄えたのだ。

聖グロが同じ方法で資金を賄えるなんて、とてもじゃないが思えない。

試しに、屋台で“ じぇらーと ”を売るダージリン殿の姿を想像してみるが、あまりに現実離れしていて、まるで幻想小説の一部の様だと思った。


解決案がまったく思いつかなかった訳ではなかった。

ただそれは、私にとっても将来を左右するもので、効果のほども大きく期待は出来なかった。


……しかし、今はそれしかない。


私は覚悟を決める。

そうだ。 私はすでにダージリン殿を守ると約束したあの時に、覚悟なんて決まっていたはずなのだ。

なにをいまさら怖がる必要があるのだ。

ダージリン殿の心の在り方に深い感銘を受けたあの時から、私は彼女のようになりたいと……だから私は、彼女の心を守ろうと誓ったのだ。


ダージリン殿を真っ直ぐ見据える。

もう迷わない。

だから、私はこう叫んだのだった。



「私が、防衛大学校に入ります!!!」



ポカンとするダージリン殿。

唖然とするアッサム殿と福田。

無表情のまほ殿。


そうだろう。 私のような不出来者が、防衛大学校になんか入れるわけがない、そう思っているのだろう。

みんなの不安と疑いの眼差しを払拭せねばなるまい。

私は宣誓した。


「防大に入れるほどの学力が足りないことは十分承知しております! だから、私はこれから死ぬ気で勉強します!!」


そして、こう続けた。


「それで、私が防大に入ったら……知波単に支給される戦車道振興費の増額分を、聖グロへお渡しします!!」


私に考えつくことが出来たのは、これしかなかった。


そこまで言い切って、私はまほ殿に向かって土下座をした。

雨が背中を濡らす。

黒のロングパンツと地面の接地部分が、あっという間に濡れていくのが分かった。


「西住流の次期家元、西住まほ殿にお願い申し上げます!
 2年間……いえ、1年間だけで構いません! 聖グロの戦車道隊を支援してはいただけませんか!?」


まほ殿は無表情で、私の土下座姿を眺めていた。 まほ殿から声が掛かる。


「良いも悪いも言う前に、どうして私に助力を願うのか聞いても良いか?」

「はい。 来年、ダージリン殿が卒業されてから、私が卒業するまでに1年の間が開いてしまいます。
 私が卒業した後は、知波単に支給される戦車道振興費の増額分も、場合によっては防大から支給された給料も、聖グロの戦車道隊へお渡しすることが出来ます。 しかし、私は卒業するまでは何も出来ません」

「だから、聖グロへの寄付金が減らされる来年4月から、西さんが卒業する再来年の3月までの間、西住流に助けを求めたい、と」

「そうです」


眼前いっぱいに映る、舗装された地面。

視界の端には、私の黒髪が地に落ちて水たまりに広がっていくのが見えた。

今の私は、さぞかし無様なことだろう。


実は、知波単学園の戦車道隊と、聖グロリアーナ女学院の戦車道隊を、統合させてしまってはどうか、とも考えた。

それでも貧乏から脱することにはならないだろうが、知波単の戦車道隊の家計は火の車という程ではないので、両隊を統合して財布を一つにしてしまえば、幾分マシになるかと思ったのだ。

しかし、それでは今度は福田達の将来を捻じ曲げることになるし、両校がそれぞれ受け継いできた伝統を壊すことにもなる。

私の身勝手でそんなことが許されて良いわけがない。

だから、私一人の身で状況を少しでも打開できる策を……と考えた結果、これしか思い付かなかったのだ。


土下座の姿勢のまま、今度は福田に向き直る。


「福田、すまん! そういうことになった! 本来なら知波単学園の戦車道隊に支給される戦車道振興費の増額分……聖グロリアーナへ譲りたいのだ! 私の我儘を許してほしい!!」


まさか直属の隊長から土下座されるなんて思っていなかったのだろう。

福田は言葉を失ったように硬直した後、それでもなんとか喉から声を搾り出そうとした。


「……あ、いえ! あの!? 西隊長殿!? ちょっと待って欲しいであります!! やはり、何かがおかし……」

「勝手に話を進めないでもらえるかしら!?」


普段のダージリン殿には似つかわしくない大きな声で、福田の声は遮られた。



「どうして、私が貴方の言いなりになって助けられなければいけないの?」


睨むようにして、私に言葉をぶつけてくるダージリン殿。


「それに、大洗の時とは状況がまるで違います。 西住流が、たかだか内部問題で揺れる聖グロリアーナを助けてくれるとは思えませんわ」


私はまほ殿を見た。

相変わらず無表情を貫くまほ殿だったが、溜息を一つ吐いて、こう仰ってくれた。


「……家元である母と相談しないとわからないが、強豪校をわざわざ弱体化させる道理はない。
 直接資金を融通することは出来ないが、部品の斡旋や、戦車道保険の掛け金の一部負担ぐらいはできるだろう。
 ただし、部品の導入先や保険会社を西住系のものに乗り換える、という条件は付くがな」


それでも前向きに検討する、というまほ殿のお言葉だった。



福田(……西住流が、ありえない要求を飲んだ? ……ますますおかしいのであります……)


私もまさか受けてくれるとは思わなかったので、しばらく耳を疑ってしまった。
だから直後、吹き上がるようにして喜んだ。


「ありがとうございます!!」


私は額を地面に擦り付けた。

もう、髪から服から何からビショ濡れだったが、そんなこと気にならなくなるくらいに嬉しかった。


……が、その喜びに水を差したのは、当のまほ殿だった。


「しかし分かっているのか? たった1年間とはいえ、西住流と関わるんだ。
 “ 聖グロリアーナが西住流に降った ”と、周りはそう判断するだろうな」

「!!」

「それを聖グロのOG会が許すとは思えないし、なによりオレンジペコさんら次代を担う人達が許すとも思えない。 そこはどうするつもりなんだ?」

「くっ……!」


私は、いよいよ何も言い返せなくなってしまった。 



「そこは……私がなんとか説得してみせますから……!!」

「説得できると思っているのかしら? それこそ不可能よ」


ダージリン殿が否定した。


「貴方はペコの頑固さを甘く見ているわ」

「しかし、他に方法がないのです……!!」

「そもそも、どうして私が貴方に助けられなければならないの?」

「だって、約束しました!!」

「貴方は一度、約束を破っているわ! それで何を信用しろというのかしら!?」

「破ろうとして破ったわけではありませんし、破ったつもりもありません!! 信用してください!!」

「なんて勝手な言いぐさ……! そうやって、また私を期待させて裏切るのでしょう!?」

「は!? 私がいつ裏切ったというのですか!!」


だんだん言い争いの様相を呈してきた。

おかしい。 どうしてこうなった?


お互い言葉が止まらない。 止められない。

本格的にどうしよう……と思い始めたところで、キリッとした大人の女性の声が、雨の訓練場に響き渡った。


「はいはい、そこまでよ!」


私とダージリン殿の関係がこじれ切る前に、蝶野一尉殿が止めに入ってくれたのだ。


「うんうん、両者の言い分は良く分かったわ!」(← 蝶野殿)

「……蝶野さん?」(← ダージリン殿)

「二人とも、青春120%!って感じで、とっても素敵ね!!」(← 蝶野殿)

「……ちょっと、蝶野さん?」(← ダージリン殿)

「どちらが悪いってわけでもなさそうだし……うん、そうね! ここは勝負で決めたらどうかしら!?」(← 蝶野殿)

「……は?」(← 私)

「ちょっと!? 台本にそんな手順は無……(← 急に焦り出すダージリン殿)


ダージリン殿が何かを言いかけたが、蝶野一尉殿はなぜだがとても良い笑顔でこれを無視した。


そして、事態は予想の斜め上方向に動き出した。


――その動かした張本人である蝶野一尉殿は、こう言った。


「ここは防衛大学校よ! うってつけの勝負方法があるから、私にドーンとまかせときなさい!!」


※ 最後の投稿、ちょっと一旦休憩。

 最後まで書き溜めてあるので、ちょっとしたら投稿再開します。

西が気付いたらえらい怒るんじゃね、これ。


※ 再開しまっす。


それから2時間後の、午後4時。


まだ小雨がパラついているが、西の空が明るくなってきた。

これならもう少ししたら、雨は上がるかもしれない。


そんな、私が空を見上げた場所は、

―――防衛大学校の、だだっ広い陸上競技場の、ただ中だった。



視線を前に戻す。

そこには、見知った顔の者達が二列横隊に並んで、私の命令を待っていた。


「西隊長殿! 福田ほか、総員15名、準備完了したであります!!」

「うむ」


私は体操着姿の福田に返礼したあと、愛しの知波単学園の隊員らの前に立った。

そこにいたのは福田だけではなかった。 玉田も、細見も、名倉も、寺本も、浜田も、久保田もいた。

その他にも7名の良く見知った顔が、福田と同じ知波単学園の体操着を着て並んでいた。私も同じ体操着姿だった。


陸上競技場内、我々がいる位置の対角線上。

そこにはダージリン殿が、聖グロリアーナ女学院 戦車道隊の隊員らの前に立って、何かを伝えていた。

向こうの隊員らも、やはり体操着姿だった。

私が今立っているこの知波単陣地から、聖グロの陣地まで100m近く離れているので、ここに届くダージリン殿のお声はかすかに聞こえる程度だった。


ダージリン殿が隊員らに何を伝えているのかまではわからない……が。

「こんなはずでは……」 とか 「西さんの進路がわかったのでもういいのに……」 とかいう会話の一部が、風に乗って聞こえてきた。

あわせて、ダージリン殿が隊員らに、しきりに謝っているのが見えた。



「私の進路、つまり進撃路について、話し合っているのか……?」


なるほど、さすがダージリン殿だ。

私を食い止めるための作戦をすでに考えついて、それを隊員らに伝えているに違いない。

ならば、こちらもちゃんと作戦を練る必要があるな。


“ 安易な突撃はもうしない ”


それは、戦車道の試合であっても、この勝負であっても、同じことだ。

私は息を吸い込んで、目の前に並ぶ知波単学園 戦車道隊の精鋭らに、指示を下すことにした。



「これより “ 棒倒し ” に勝利するための作戦を伝える!!」






話は2時間前に戻る。


蝶野一尉殿が言った勝負方法とは、“ 防大名物 棒倒し ”だった。


「本当は戦車道で決着を付けるべきなんだろうけど、知波単と聖グロの練習試合って直ぐには出来ないんでしょ?」(← 蝶野殿)

「はい。 事前準備もありますので、早くても4週間後にはなるかと」(← 私)

「ダージリンさん、聖グロの“ 本当の ”引退式っていつ?」(← 蝶野殿)

「うっ、えーっと……3週間後、ですわね」(← 目線を背けるダージリン殿)

「ってことは、その前に“ OGの幹事会 ”ってのがあるから、それまでに勝負をつけなくちゃならないわけよね?」(← 蝶野殿)

「そうなりますね」(← 私)

「どっちかの学園艦で試合すれば早いんだろうけど、お互い将来を賭けているのに、どちらかの学園艦で試合するってのも不公平よね?」(← ニヤリとする蝶野殿)

「そうですね。 地の利の有る無しで、勝負の行方は大きく左右されますからね」(← 頷く私)

「……ちょっと?」(← ダージリン殿)

「そうなると、今この場所で、タンカスロンばりのサシの試合をやらしてあげたいんだけれど……」(← 思案顔の蝶野殿)

「おぉ……!」(← ひょっとして防大の戦車に乗れるのか? と期待する私)

「……ねえちょっと?」(← ひきつり顔のダージリン殿)

「さすがにここの戦車を部外者に使わせたら、私が後で大目玉喰らうからね!」(← よい笑顔の蝶野殿)

「ちぇっ」(← 残念顔の私)

「だからちょっと!? 蝶野さん!? わたくし、そんな勝負は頼んでな……」(← なんか焦っているダージリン殿)

「というわけで、棒倒しでいきましょう!! 場所と道具は貸してあげるわ!! それならオープンキャンパスの取り扱い範疇で処理できるから!!」(← 盛大に無視する蝶野殿)

「話を聞いて!?」(← 涙目のダージリン殿)

「さあさあ、お二人とも!! 急いで学校に電話して、隊員をここに呼び寄せるのよ!!」(← 面白くなってきたという顔の蝶野殿)



「………………。」(← 「あちゃー……」という顔のアッサム殿)

「………………。」(← 何かに気付いた顔の福田)


それで、棒倒しだった。


蝶野一尉殿から、その場でルールとハンデと、勝利条件が言い渡された。

その内容は以下のとおりだった。


・ 肉体的戦力差がありすぎるので、参戦者数は 知波単15人 VS 聖グロ20人 とする(ハンデ)

・ 各チームとも、オフェンス、ディフェンスに一定の人数を割り振ること。

・ といっても、聖グロのオフェンス人数は自由に決めて良し。 一方、知波単のオフェンス人数は4人まで(これもハンデ)

・ ディフェンスは、棒から半径7mの円の外に出ることは出来ない。

・ 殴る、蹴る、髪を引っ張る、服を脱がす等の、乙女に相応しくない行為は禁止。

・ ただし、棒の頂上で棒を守るディフェンス員(1人)だけは、よじ登ってくる敵チームのオフェンス員を蹴り落とすことが出来る。

・ それ以外の者は、ラグビーで言うところのタックルはOK。 柔道でいうところの抑え込みもOK。

・ 棒は、長さ3mの特殊カーボンで出来た丸太を使用する(特殊カーボン製なのでそれほど重くない)

・ 相手チームの丸太を、3秒間、30度以上傾けた方が勝ち。

・ 1回こっきりの勝負。

・ 知波単が勝てば西絹代の案で聖グロを支援する。 ダージリンが勝てば西絹代はもう聖グロに関わらないことを約束する。


私は、蝶野一尉殿から棒倒しのルール等を聞き終えると、知波単学園 戦車道隊の隊員詰所に電話した。

電話口には玉田が出た。

ちょうど授業が終わって、これから戦車道の訓練を始めるところだったらしい。

私は挨拶もそこそこに簡単に事情を説明すると、玉田含めて13名で防衛大学校へ来るように言いつけた。

二つ返事で請け負ってくれた玉田だったが、


「は? 棒倒し……でありますか? 防衛大学校? え? なんで?」


簡単な説明ではやはり足らなかったようだ。

玉田らがここに着いたら、あらためて説明する必要があるな。 なんて説明しよう……?



ちなみに、知波単の学園艦から防衛大学校までの移動手段は、アッサム殿が何とかしてくれた。

聖グロの学園艦から中型の高速艇を走らせ、知波単の学園艦を経由して防大に進路を取ってくれたらしいのだが、

船内で知波単の隊員と聖グロの隊員が鉢合わせになったとき、両隊とも「なんで棒倒し????」となったらしい。 そりゃそうだよなぁ。


それで現在。

私の目の前に、14名の知波単学園の隊員がいた。 私含めて15名だ。


「うぬぬ、聖グロのOGめ! なんという鬼畜な振る舞い! 我々でダージリン殿をお救いしましょうぞ!!」

「昨日の敵は今日の友! 炎のごとき知波単魂を込めた吶喊をもって、聖グロOGを粉砕しましょう!!」

「我々は西隊長の下に集いし若獅子の群れです! 彼奴らに勝つためのご采配をお願いします!!」

「体操着姿の西隊長も素敵です!」

「ブルマーを……ブルマーをはいてください西隊長!!」


「みんな……すまない!」(……最後の声はなんだったんだろう?)


私は隊員の皆に頭を下げた。

私と福田を除く13名の隊員達にこれまでの経緯を説明したら、皆ちゃんとわかってくれたのだった。

さすが、私の愛する知波単学園 戦車道隊の隊員達だ。

私の身勝手を責めるどころか、その想いに同調してくれた。



本当にありがとう、みんな。


一丸となった我々の強さを……ダージリン殿に思い知らせてやろうじゃないか!


「では、棒倒しのルールについては以上だ! これから各員の配置を説明する!」


私が考えた知波単学園の布陣内容は、以下のとおりだった。


・ オフェンス 4名(西・玉田・細見・寺本)

・ ディフェンス:棒の頂点 1名(福田)

・ ディフェンス:棒の支え役 6名(浜田・名倉・久保田・他3名)

・ ディフェンス:壁役 4名(円の境界線で相手のオフェンスを食い止める役)


ハンデとして、知波単のオフェンスは4人までと制限されてしまったので、このような構成にするしかなかった。

ディフェンスのうち、棒の支え役と壁役にどう人数を割り振るか悩んだが、棒支え役については、棒の前後左右に計4名配置し、その4名の肩の上に2名が上がって、登ってきた敵オフェンス員を引き剥がす、という態勢にした。

さらには、棒の頂上に福田を配置して、敵オフェンスを蹴り落としてもらう、という寸法だ。

できるだけ壁役の人数を増やしたかったが、ただでさえ 知波単15名 対 聖グロ20名 という人数差があった。

1秒でも長く敵の攻撃に耐えられる城構えを……と考えた結果、こうなった。

そうして敵の攻撃に耐えてもらっている間に、私を含めたオフェンス4人が相手の城へ突撃を敢行して、これを打破するのだ。


まぁ、知波単学園の生徒は、乙女らしい立ち振る舞いを身に付ける為、柔道、剣道、弓道、合気道、日本拳法などを嗜んでいる。

私ほどではないが、皆、十二分に強い乙女達だ。

敵に直接手をあげることは出来ないが、それでも各員、獅子奮迅の働きを見せてくれるに違いない。


「では、両チームのリーダー、副リーダーは、試合場中央へ!」


蝶野一尉殿が、戦車道の審判員さながらの凛とした声を上げた。


陸上競技場の中央に相対する二組。 私と福田、ダージリン殿とオレンジペコ殿。


てっきり聖グロ側の副リーダーはアッサム殿かと思ったのだが、アッサム殿はこの棒倒しに参加しないようだった。

陸上競技場の観客席で、優雅に紅茶を飲んでいた。


雨はほとんど上がって、西の空が明るさを取り戻しつつあった。

地面は濡れているが、この陸上競技場はしっかりと整備されているため、泥だらけになるということはなさそうだ。

それでも少なからず身体は汚れるとは思うが、勇猛果敢な知波単生徒が、土汚れ程度で臆することはない。

臆することがあるとするなら、それは、お嬢様学校である聖グロの方だと思った。


「ダージリン殿……図らずもこのようなことになってしまいましたが、私は貴女をお救いするため、今このときだけは鬼になりましょう。
 泥だらけになるのが御嫌ならば……まだ間に合います。 私の前に立ち塞がらずに、試合を放棄してください」

「あ、いや、西さん? あのね? 違くてね? 本当は貴方の進路をね? ちょっと探ろうと思ってね? 立ち塞がろうとかそんなね?」オロオロ

「なるほど、私の進撃路を正確に予測し、立ち塞がるまでもなく私を……そして知波単学園を打ち倒そうとおっしゃるか。 さすがダージリン殿……!!」ギリッ

「違っ、あのっ、あのね? 西さん? そうじゃなくてね?」オロオロオロ

「わかりました、ダージリン殿! そこまで仰るならば、我々も本気で挑ませていただきます!」ギリリッ


ザッ!! という効果音が聞こえてきそうな勢いで、私は踵を返した。


4歩ほど進んだその時、オレンジペコ殿が私の背中に声を掛けた。


「お待ちください、西さん」(← オレンジペコ殿)

「……なんでしょう?」(← 顔だけ振り向く私)

「え、ペコ? ……そ、そうよ、あなたも何か言ってあげて!!」(← 援軍来たれり! という顔のダージリン殿)



「本気の勝負です、西さん! 我々聖グロリアーナ女学院は、棒倒しでも優雅に勝ってごらんにいれますわ!」ビシィ! (← 私を指を差すオレンジペコ殿)



「ペコォォォぉぉぉ!!??」(← ペコォォォォォォ!!?? という顔のダージリン殿)


さすがはオレンジペコ殿。 次代の聖グロリアーナ女学院を背負って立つお方はやはり違うな。


しかし、こちらだって負けられないのだ。

私は口の端を少しだけ吊り上げて、知波単学園の陣地へと歩いていった。



福田(ダージリン殿は不器用でありますなぁ……)トオイメ…


私は体操着の半袖を、さらに腕の付け根あたりまで捲り上げた。

膝丈まである半ズボンの裾も、太腿の中程まで捲り上げる。

そして、さらに動きやすいように髪を後ろでまとめ、まるで馬の尾のような髪型になった私の頭に、裂帛の気合と共に赤色のハチマキを締めた。

玉田、細見ら、ここに集いし知波単の隊員らが、私の一挙手一投足を凝視している。


ああ、わかっているさ。

お前らの隊長は頼れる隊長なんだというところを、ちゃんと見せてやる。



「では皆の者、いくぞ!!」


「「「「 応っっ!!!!」」」」



知波単学園 戦車道隊………出撃だ!





玉田(西隊長の体操着姿……)キュンキュン

細見(なんと凛々しく……)キュンキュン

浜田(なんと愛くるしく……)キュンキュン

久保田(なんと乙女心をくすぐるのでしょう……)キュンキュン

名倉(食べてしまいたい……)キュンキュン

寺本(あとで写真撮りまくろう……)キュンキュン

その他の知波単隊員全員(((その写真、言い値で買います……)))キュンキュン


福田(ここ数日身近にいた私ですら腰砕けそうな西隊長殿のジゴロ波動……! 体操着姿でさらに倍……! これは大変なことになるかもしれないであります……!)キュンキュン



知波単学園の陣地。

特殊カーボンで出来た棒を垂直に立て、まずはそれを4人が中腰姿勢で支える。

その4人の肩の上に2人が上がり、さらに棒を支える。

最後に、この2段構造になった城構えをよじ登って、福田が棒の先端、頂上部にしがみ付いた。

さらには、棒から描かれた半径7mの円の上に、壁役の4人が聖グロのオフェンス陣を迎い撃つ形で立ち並ぶ。

私、玉田、細見、寺本のオフェンス4人は、棒の真横に待機した。


「試合開始、5秒前!」


蝶野一尉殿の声。

ゴクリと唾の飲み込む。


そして。


パァン! というスターターピストルの炸裂音が鳴り響いた。


「ディフェンスの皆! 頼んだぞ!!」

「オフェンスのみなさんもご武運を!!」


私はディフェンス役の皆に声を掛けて、玉田、細見、寺本と一緒に駆けだした。



私を含めた4人は、聖グロ陣地にそびえ立つ棒へと最短距離で駆けていく。

途中、試合場の真ん中で、聖グロ側のオフェンス陣とすれ違った。

聖グロ側のオフェンス役は……9人!

先頭をローズヒップ殿が走り、その後にルクリリ殿、ニルギリ殿、その他5名が鋒矢(ほうし)陣形、いわゆる「↑」という矢印形の陣形を組んで、知波単陣地に向かっていった。

鋒矢陣形の最後尾にいたのはオレンジペコ殿だ。


「ほーほっほっほっ! ダージリン様のお紅茶が冷めてしまう前に、このローズヒップが棒をぶち倒してご覧にいれますわー!!」(← ローズヒップ殿)

「こらぁ! おまっ、ヒップっ、お前っ! 速いっての!! みんなの速度に合わせろって!!」(← ルクリリ殿)

「ルクリリ様! ルクリリ様も早いですわー!」(← ニルギリ殿)


すれ違いざま、そんな声が聞こえてきたが、同時に今すれ違った者の誰かから、強者が放つ特有のオーラを感じた。

もともと人数差がある戦いではあるが、相手に猛者が混じっているようだ。 「厳しい戦いになる」と直感した。

早期に決着をつけるべく、私はさらに速度を上げて駆けたのだった。


間もなく、聖グロの壁役と接敵する。

相手の壁役の人数を見る。 4人だった。


そして。


棒の頂上には、ダージリン殿がしがみ付いているのが見えた。

となると、聖グロの棒支え役も6人か!


「玉田! 細見!!」

「はい!」

「了解です!」


私は少しだけ速度を下げて、玉田・細見の両名を先行させた。


「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」


玉田・細見は、聖グロの壁役にそのまま突撃した。

それぞれが壁役2人の腕をとって、勢いを使って上手く地面に引き倒した。 そして抑え込む。

玉田が2人の壁役を、細見も2人の壁役を道連れにして、地面に抑え込んでいる形だ。

両者とも私と同じ知波単学園の2学年。 1人で2人同時に抑え込むなんて芸当も可能なのだった。


「西隊長! 露払いは済みました!」

「我らの分まで駆け抜けてください!」

「すまない二人とも! お前達の犠牲は無駄にはせんぞ!」


これで聖グロにもう壁役はいない!


玉田、細見が開けてくれた進攻路を、私と寺本が進む。

聖グロの本丸は目の前だ。


聖グロの棒支え役も、知波単と同じように2段組みになっていた。

やはり4人が中腰姿勢で棒を支え、その4人の肩に2人が上がり、その上の、棒の頂上にはダージリン殿が鎮座する、という構えだった。


「寺本、頼む!」

「おまかせください!」


私はあと2~3mで聖グロの棒に辿り着く、という位置で急制動をかけ、背後を振り向いて、腹の前で両手を組み合わせた。


「準備良し!」

「はいっ!!」


私の背後に付いてきた寺本は、私の両手に片足を乗せると、私はそれを限界いっぱいに上方へ放り投げた。

寺本自身の跳躍力も加わり、果たして寺本は空中に躍り出た。


「大戦果、いただきであります!!」


空中から聖グロの棒支え役に襲い掛かる寺本。

2段目で棒を支える聖グロの隊員2人の首を同時に、それぞれ片腕で裸締めするような形で捕まえた。

それで2段目の棒支え役を棒から引き剥がすことは叶わなかったが、首を捕まえられた隊員らは振り落とされないよう棒にしがみ付くしかなく、寺本はそんな2人にぶら下がるようにして揺れていた。

1段目の棒支え役4人が、寺本を引きずり落とそうと一斉にあちこちを引っ張り出した。


「隊長! 早く!!」

「ああ! 2秒だけ我慢しろ!!」


私は跳躍。

寺本を引きずり落とそうとする1段目の棒支え役の背中に着地。

そこを1回目の踏み台にして、寺本の肩を掴み、一気に自分の身体を押し上げた。

そして寺本の肩を2回目の踏み台にして、さらに跳躍。


ついに、棒の頂上を守るダージリン殿を捉えることが出来た。


「ダージリン殿、お覚悟!!」

「ひゃぁ!?」


私は棒を素早くよじ登り、ダージリン殿の真正面まで来た。

棒を挟んで相対する二人。

お互いに棒をつかんでいないと下に落ちてしまうため、顔と顔の距離は吐息が感じられるほど近い。

さらにお互い、体のあちこちが触れ合っていた。


「ふん!!」

「あわわわっ」


私は、振り子の要領で、思い切り体重を外側へ傾けた。

傾けきったら、今度は同じ要領で、逆側へ思い切り体重を傾けた。

それを何回も繰り返す。

繰り返す度に、ダージリン殿の顔や胸や腕や脚が、私のあちこちにぶつかった。


ダージリン(ひゃわわわわ!……あ、西さん柔らか……あわわわわ!!……あ、西さん良い匂い……ひょわわわわ!!)


見た目にわかるほどに棒が傾いてきた。


「よし! この調子ならばもうすぐ……!!」


……と、期待をにじませたところで、1段目の棒支え役から足を掴まれた。

一気に下へと引っ張られる。


「ぐっ!!」


私はなんとか下に落とされまいと、棒の頂上を両手で掴んで、下へと引っ張られる力に抵抗した。

振り子のように揺れながら傾いてきていた聖グロの棒だったが、ここでピタッと止まってしまった。


「あっ……」(← 体の接触が無くなってちょっと寂しそうな顔のダージリン殿)

「ぐぐぐ……!!」(← 必死に抵抗する私)



まずい……!

人数差があるゆえ早期決戦しかない、と考えて、このような作戦に出たのだ。

知波単陣地が猛攻に晒され、棒が倒されてしまう前に、電撃戦を挑んで勝しかないと思ったのだ。

こうしている間にも、我々の棒はどんどん危うくなっているはずだ。

私は腕に力を込め、下から伸びる手に必死に抗いながら、チラッと自分の陣地にそびえ立つ棒を見た。


そして、そこでは……

信じられない出来事が起きていた。




後に聞いた話も統合すると、知波単の陣地ではこんなことが起きていたらしい。



まず、ローズヒップ殿が先行して、知波単学園の陣地に到着。

知波単の壁役がローズヒップ殿を捕まえようとして―――ローズヒップ殿は華麗な身のこなしで、その防御線を抜けたのだという。

その壁役の防御線に空いた穴へ、後続の敵オフェンス陣が殺到した。

乱戦の様相を呈し、結果として知波単の壁役は、敵オフェンス9人のうち5人を捕まえて地面に抑え込んだのだが、残り4人が棒がそびえ立つ本丸に辿り着いてしまった。

その残りの敵オフェンス4人は、すでに棒支え役へと襲い掛かっているローズヒップ殿と、一拍遅れてやって来たルクリリ殿、ニルギリ殿、そしてオレンジペコ殿だった。


「ローズヒップ、下がれ!!」(← ルクリリ殿)

「!! ……アレをやるんですのね!! 了解ですわ!」(← ローズヒップ殿)

「ニルギリ! 斬り込み役は私達だ! いくぞ!!」(← ルクリリ殿)

「わたくし、か弱いんですけどーーー!!」(← 涙目のニルギリ殿)


そうして、棒支え役 計6人 + 福田 が守る知波単陣地の棒に、ルクリリ殿とニルギリ殿が特攻した。


「私と刺し違えてもらうわ!!」(← ルクリリ殿)

「ぬぐっ!? 小癪な……!!」(← 知波単の棒支え役1段目にいた名倉)


「ごめんなさーい!?」(← 半ベソのニルギリ殿)

「なんとっ!? この力、どこから…!?」(← 知波単の棒支え役1段目にいた浜田)


ルクリリ殿とニルギリ殿が用いた特攻方法。

それは、ラグビータックルだった。

それぞれ、名倉と浜田の腰に抱き着いた二人は、全力で相手を棒の外側へと押し倒した。

名倉と浜田は、反撃しようにも殴る蹴るはルール違反だし、それに棒支え役として棒から手が離せなかったので、どうしたものかと一瞬の躊躇。

その隙に予想外の力を発揮され、名倉と浜田は棒から引き剥がされて、地面に抑え込まれてしまった。


それでも、知波単の棒支え役はまだ4人残っていた。


そして、ここで……


鬼神のごとき人物が現れることを、誰が予見できただろうか。



知波単の残った棒支え役は2段組みを解除し、全員が地に足を付けて、棒の前後左右で守りについた。

この時、聖グロ側のオフェンスで自由に動ける人員は2人。


一旦、後ろに下がったローズヒップ殿と……


「な!?」


いつの間にか、棒支え役の1人である久保田の懐にいた、オレンジペコ殿だった。


オレンジペコ殿は、いつものあのにこやかな笑顔で、久保田の胸に掌底を触れさせたかと思うと……


「ふぅん!!」


久保田が、綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいった。


私は、聖グロ陣地の棒から引きずり降ろされないよう必死に抵抗しながら、そのオレンジペコ殿のあり得ない強さに目をむいた。

直後、また知波単の棒支え役の1人が、オレンジペコ殿によって吹っ飛ばされる光景を見る。

知波単の棒支え役は、これで残り2人。 あと福田。



私は考える。

オレンジペコ殿のあれは、パンチや掌底打ちの挙動ではなかった。

あれは……おそらく……!


「……装填だ……!!」


人を砲弾に見立てて、全身のバネを余すところなく最大効率になるよう使って、弾を……じゃない、人を押し出しているのだ!!

オレンジペコ殿の戦車内での役どころを思い出す。


そう、装填手だ……!!


聖グロリアーナ女学院の隊長車を任される装填手であり、そして、次代の隊長となるお方だ。

あの小柄で可愛らしいお姿に騙されてはいけなかったのだ!

ダージリン殿を長らく支えた、あの逞しい力があったからこそ、次代の隊長候補足り得たのだ!!


オレンジペコ殿が3人目を吹っ飛ばそうとしたところで、久保田が起き上がって、オレンジペコ殿に抱き着いた。

オレンジペコ殿をなんとか食い止めようとする久保田。

棒の上から、福田がなにやらオレンジペコ殿に声を飛ばしたようだった。





福田(ペコ殿!? ちょっとペコ殿!? この茶番に気付いているんでありましょう!? どうして……!?)

ペコ(……ダージリン様が……どこぞの馬の骨と……くっつくなんて……見過ごせるわけ……ないじゃありませんかぁ)ニコォォ…

福田(ひいっ)ガタガタ


知波単陣地の棒を支える隊員は、残り2名 + 福田(棒の頂上にしがみついている) になってしまった。

棒支え役が2名では、棒を垂直に維持するだけで精一杯だ。

これでは、敵オフェンスに対する耐久力はほとんど無いといって良いだろう。

そんなボロボロの状態になってしまった知波単陣地の城構えに、ここぞとばかりにローズヒップ殿が飛び掛かった。


「もらいましたわーーーーーー!!!!」


棒支え役の2名を足蹴にして、福田へと迫るローズヒップ殿。

人間2人分(福田+ローズヒップ殿)の体重が掛かったことで、知波単の棒支え役は、棒を垂直に維持するのがさらに難しくなる。


「あわわわわわ!? 来るなでありますーーー!!?」


そのローズヒップ殿を足蹴にして、一生懸命 下へ叩き落そうとする福田。


久保田に組み付かれたオレンジペコ殿が、久保田を振りほどいて戦線に復帰するのは時間の問題だろうと思われた。


今のままでも相当危ないが、オレンジペコ殿が戦線復帰した時、知波単学園は負ける。


急がなければ不味い……!!!


「……ダージリン殿!!」


私は目の前にいるダージリン殿に、ぶつけるように言った。


「本当に……本当にいいのですか!?」

「な……なによ!?」


ダージリン殿の目に、ちょっとだけ戸惑いの揺らぎが発生する。


「あなたの戦車道は……あなたの人生は! こんなところで光を失ってしまうのですか!?」

「よっ、余計なお世話だわ! 私がどんな人生を選ぼうと、貴方に関係ないでしょう!?」

「関係なくなんかない!!」

「なんでよ!?」


私は、眼前で赤い顔して言い返してくる分からず屋の娘に、思いの丈をぶつけた。





「私は、貴女が必要だ!!」 (※ 戦車道の仲間として)




ダージリン(プロポォズゥゥゥ!!??)ズッキュウウウウウウウウンン




途端に目を伏せ、何かに耐えるように沈黙するダージリン殿。 肩が震えていた。


私は続ける。


「貴女のような凄い方が、そんなつまらない人生を送っていいはずないでしょう!! 貴女が良かろうと、私が嫌だ!!」


ダージリン殿が涙目で、キッと私を睨んで言い返した。


「なによ!! 貴方こそ防衛大学校に行くなんて言い出して!! 本当に行きたい進路はないの!?」


今度は私が黙る番だった。



自分の進路。 どんな未来を作りたいか。 どんな一生を送りたいのか。

恥ずかしながら、今日偶然にも防衛大学校へ来て、初めて自分の将来というものを意識した。

「防衛大学校へ行く」というのは、正直、売り言葉に買い言葉なところがあったので、実は心の中ではまだ揺れていた。



私は、どこに行きたいのか?

私は、どんな進路を選びたいのか?



わからない。

わからないけど。

1つだけわかったことがあった。



「私は……」

「なによ!?」



「私は、貴女のような、魂が綺麗な人のいるところへ、進みたいです!!」




ダージリン殿の眼前で、私は天に向かって吼えるようにして言った。

見上げた空は、もうすっかり雨が上がって、雲の隙間からオレンジ色の光が、幾条も差し込んでいた。

そのうちの光の帯の1本が、まるで私達を包み込むように天から降りそそいだ。


光に照らされるダージリン殿。

前髪から、滴がポタリと零れ落ちた。

同じく光に照らされているだろう、私。

ニカッっと笑いかけて、ダージリン殿に本心を伝えた。



「私も一緒に、ダージリン殿の重荷を背負います。 だから望むがままに、将来を掴み取ってください」





目を見開き、ついでに口も半開きのダージリン殿。


私は目をキランと光らせる。






―――― こ こ だ ! ―――――





私は、今が勝機と見るや、ダージリン殿の背後へと回り込んだ。

私と棒の間に、ダージリン殿が“ さんどいっち ”の具になっているような形だ。


「……へ?」

「ダージリン殿、御免!!」


自分の胸をダージリン殿の背中に押し当て、脚はダージリン殿を丸ごと挟み込むようにして、棒にしがみ付いた。


「えっ、ひゃっ、胸っ? えっ? お尻っ? えっ、胸がっ、背中にっ!? はぁん 」

「ぬりゃぁぁぁぁぁ!!!!」

「……ひゃわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」


私は、間に挟まれたダージリン殿ごと、先ほどの振り子運動を再開した。



先ほどまでは、私一人分の体重で棒を揺らして倒そうとした。

しかし、それでは倒れなかった。


ならば!!

ダージリン殿の体重も加えて、二人分の重しで棒を揺らせばいいのだ!!



「ふぬりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!……あ、背中に胸の感触が……きゃわぁぁぁぁぁぁ!?」

「ぬぅぁぁぁりゃぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!……あ、西さんの汗の匂い……きょわぁぁぁぁぁぁ!?」


どんどん傾いていく聖グロ陣地の棒。

ルールでは、30度以上の傾きで3秒間維持すれば勝ち、とあった。

今は何度だ!? 30度以上に達したか!?


早く……! 早く……!!


私がダージリン殿を巻き込んで(密着して)、もう一度体重をかけ直そうとしたところで、



パァン!! という、スターターピストルの音が鳴り響いた。



私とダージリン殿は、密着した体勢のまま、蝶野一尉殿のがいる方を見た。

棒を支えている隊員も、棒の外側で相手オフェンスを抑え込んでいる隊員も、相手ディフェンスに抑え込まれている隊員も、全員、蝶野一尉殿を見た。



蝶野一尉殿の手が、スッと上がった。




「勝者………聖グロリアーナ女学院!!!」



見れば、知波単陣地の棒は、すでに地面に転がっていた。


周りには知波単学園の棒支え役の隊員らが、全員吹っ飛ばされて横たわっていた。


その死屍累々の真ん中に立つオレンジペコ殿。


背中に「天」という文字が見えるような見えないような仁王立ち姿だった。



「……そん……な……」


腕の力が抜け落ち、脚に力が入らなくなり、私は落下、無様に着地した。

敗けてしまったという現実と、ダージリン殿の笑顔が失われるという確定した未来に、視界がどんどん暗くなっていく。

手をつき膝をつき、しかし隊長として無様な姿は見せられないと、なんとか身体を起こそうとする。

結果、両膝立ちの姿勢で固まってしまった。


背後で着地音。

ダージリン殿だった。

私は、何かを言おうとして口を開いたが、何だか大事なモノが身体から零れ落ちてしまったようで、言葉にならなかった。



「ダージリン殿……私は……貴女の未来が……これじゃあ……貴女が……」



ダージリン殿は、酷く狼狽えた様子だった。



「いや、西さん、あのね? だからこれはね? えーと、なんていうか、そのね? あの、悪気は無かったのだけど、その、違くてね? ええと…」



ダージリン殿の言葉が頭に入ってこない。



もう……だめだ………。



そんな私に、一人の人影が差し込んだ。



「待つであります!!!」



福田だった。


福田の体操着はそこかしこが汚れ、眼鏡の片側は割れていた。



「西隊長殿、ご心配には及ばないのであります」

「……は?」


福田は、その小さい体を精一杯大きく見せるようにして、ダージリン殿の真ん前に立った。




「……だって、すべて嘘なのでありますよね? ダージリン殿?」



ダージリン殿は言い当てられた顔をして、視線を落とした。

私は訳がわからなかった。


「……え? ……嘘……って……?」

「我々は、嘘をつかれていたのでありますよ。 ダージリン殿と、アッサム殿と、西住まほ殿と、それと蝶野一尉殿に」


……え……何で?


福田は、あたかもダージリン殿から私を守ろうとするような形で立ち塞がり、言葉を重ねていった。


「おかしいと思った点はいくつもありました」


そう言って、説明を始める福田。


最初の疑問点は、アッサム殿の説明だったという。


「アッサム殿は、この緊急事態をペコ殿らにお伝えしていないと仰いました。 伝えたら、聖グロの新体制がOG会と敵対することになるから、と」

「あ、ああ、そうだったな」

「私は思ったであります。 “ たかだかそれしきのことで、アッサム殿は秘密を抱え込むのか ” と」

「……え?」

「もし本当にダージリン殿が危機に陥ったとしたら、アッサム殿も含めて聖グロの皆さんは、例えOG会を敵に回したとしても……それで本当に全てを投げ売ったとしても、ダージリン殿をお救いなさろうとするはずです」

「…………」

「ただ、確証はありません。 私の思い込みかもしれないとも思ったのであります」

「…………」

「ですが、アッサム殿はこのようなことを仰っいました。 “ 寄付金減額の期間が延びれば、弱小校の枷から抜け出すことが難しくなる ” と」

「……そうだ。そのとおりだ」



「……西隊長殿、お聞きするであります。 此度のサンダース大付属高校、アンツィオ高校、聖グロリアーナ女学院に、練習試合を申し込む行脚をしようとした理由は、なんでありましたか?」

「それは……大学選抜戦で大洗女子学園が見せた多彩な戦法に感銘し、だから我々は、それから突撃一辺倒じゃない訓練を取り入れ、それで……力試しをしようと」



「その大洗女子学園は……弱小校の枷から抜け出せていないでありますか?」

「……!!!!」



私に電撃が落ちた。 落ちたような錯覚に見舞われた。



「もしアッサム殿の話が本当だったとしても、すでに我々は……戦車道を履修する高校生は全員、戦術・戦略・作戦次第で、弱小校から抜け出せる良い例を知っているはずであります」

「ああ……ああ……」

「大洗女子学園の場合はそれだけじゃなくて、あらゆる要素を自分達の力に取り込みそうな貪欲さもありますが」

「………あああ………」


そうだ……福田の言うとおりだ。

私は、弱小校どころか無名校だった大洗女子学園の、あの自由奔放で奇天烈で、実に楽しそうに戦われる姿に憧れて、だけども戦神のような強さを振るうところに恋い焦がれて、ことここに至ったのだ。

私自身がなにより、火力に頼らずとも、金に頼らずとも、弱小校から抜け出せることを信じていたのだった。


「次の疑問点であります。 “ ダージリン殿は「戦車道振興費」を増額させるために、防衛大学校へ進学するかもしれない ”という点」

「あ、ああ」

「紅茶の園から防大に向かう小型高速艇の中で、“ すまほ ”を使って調べたであります。
 確かに、陸上自衛隊に隊員を送り出した高校には「戦車道振興費」が増額されるようでありますが……その増額分は、とてもじゃありませんが戦車の砲弾や燃料などを、何か月も賄えるほどの額ではなかったであります」

「なっ……!?」

「そりゃそうでありますよね。 原資は国民の税金です。 こんな賄賂じみたお金の使い方、易々と増額なんかできないでありましょう? 蝶野一尉殿?」


私は蝶野一尉殿を見た。


「お見事!」という感じで口笛を鳴らす蝶野一尉殿だった。


「三つ目の疑問点であります。 西隊長殿は “ 西住流として聖グロを支援して欲しい ” と、まほ殿にお願いしたでありますね」

「……そうだ」

「西隊長殿も“ まさか ”とは思っていらしたようでありましたが、その“ まさか ”を、西住流が飲んだのであります」

「あ、ああ、そうだったな」

「ありえないであります。 あの厳格な西住流が“ 強豪校が弱小校になりそうだから ”という理由で、支援に乗り出すなど」


私は思わず、まほ殿を見た。

まほ殿は決まりの悪そうな顔をしていらした。


「強豪校が弱小校になるのを防いでくれるなら、弱小校のままの知波単学園やアンツィオ高校は、頼めばもっと前から支援してくれたんでありますかね?」

「それはないな」


まほ殿が眉を八の字にしながら、笑って答えた。


「まだあるであります。四つ目の疑問点です」

「……まだあるのか」

「あるといっても、これは本当に推測の域を出ないのでありますがね」

「それはなんなんだ? 福田」

「もし、オレンジペコ殿ら、聖グロの新体制が、ダージリン殿を救うべくOG会と敵対関係になってしまい、ペコ殿らがOG会に目を付けられてしまった、とするであります」

「そうだな、アッサム殿はそこを気にしておられた。 寄付金が長期に渡り減らされるかも、ということと、第2のダージリン殿が出てしまわないか、ということを」

「そう、正にそこであります。 もしそんなことになった場合、聖グロリアーナ女学院は長いこと冬の時代を迎えるでありましょう」

「……それの何が疑問なのだ?」

「OG会に入っているような方々が、そもそも、応援すべき現役隊員らの弱体化を招くような、そんな矛盾した馬鹿な真似をするでありましょうか?」

「!!!」


またもや私に電撃が落ちた。


「まあ、もし本当にそんなことが起こり得るなら、聖グロのOG会とやらは、本当に腐った紅茶葉の集まりだということであります。
 その時はペコ殿らと協力して、OG会を火砲の的にしてやりましょうぞ」


「最後の疑問点であります……蝶野一尉殿?」

「ああ、そのへんからは私が説明するわ」


そうして、蝶野一尉殿が前に出てきた。

なぜ蝶野一尉殿が出てくるのだ?


「まぁ、要するに、ダージリンさんから頼まれたのよ。 “ 西さんにハッパをかけて欲しい ”ってね」

「へ?」


ハッパ?


「もっとダージリンさんを意識するよう、仕組んで欲しいってことよ」

「?????」


話が見えてこない。


ここで、初めてダージリン殿が口を開いた。


「……本当は……最初、西さんを知波単学園の戦車道隊から、引き抜こうと考えてたのよ……」

「引き抜き……へ!?」

「でも思い直したの。アッサムに怒られたっていうのもあったけど…… 西さんは知波単学園にいるからこそ輝くのね、って」

「は、はあ、ありがとう……ございます?」

「でね、考えたのよ。 ならばせめて、進路先は一緒になりたいって」

「………は?」

「でもきっと、西さんはまだ2年生だから進路なんか決まってないだろうし、でも私は3年生だから、もう進路を決めないといけないし……」

「は、はい?」

「だからね、西さんが選ぶ進路を、ちょっと誘導しようかな、って思って」



福田(うわぁ……)ドンビキ…


それでダージリン殿はアッサム殿に相談し、さらに蝶野一尉殿に一枚噛んでもらうことを思いついたのだという。

アッサム殿は嫌々ながらも一部加担することを了承し、だけど棒倒しなんてことになるとは思っていなかったので、今は静観に徹しているんだそうだ。


蝶野一尉殿は、あっけらかんと笑って言った。


「いやー、ダージリンさんからね? 西さんが進路の選択肢の一つとして防大を意識するように、アピールしてくれって言われたんだけどね?」


ギロリと恨めしそうに蝶野一尉殿を見るダージリン殿と、それを見事に無視する蝶野一尉殿。


「自衛隊としても隊員募集は至上命題だからね!! ちょーっとだけ、勧誘活動に力を入れすぎちゃったみたい!!」ウフフッ

「誰がここまでしてくれって頼んだのかしら」ギロリ 


ダージリン殿が恨みを込めた視線を、蝶野一尉殿に送っていた。

まるで意に介した様子の無い蝶野一尉殿。

福田が焦って、場を和ませるようにして言った。


「あ、あー、そうなんであります。 我々が防衛大学校に着いた時、そして着いてから今に至るまで、あまりに蝶野一尉殿の進行の手際が良かった気がするのであります。
 まるで、初めから我々が訪れることを予見していたかのように、です」

「福田さん、あなたやるわね! 正解率120%よ!」


正解率って100%を超えることがあるのか……。



西住まほ殿が私の前に立った。

そして腰を折り、深々と謝罪する。


「西さん、騙すような真似をしてすまなかった。 謝罪する」


こちらに向いたまほ殿の頭頂部を、呆然と見つめる私。


「ダージリンには貸しがあるんだ。
 これから開催するタンカスロンの大鍋(カルドロン)でな、ムカデ姫と一騎打ちを果たせるよう仕組んでもらう必要があるし……。
 それに、大学選抜戦では妹を助けるために、ダージリンが中心になって皆を集めてくれた」


だからダージリンには恩義を感じているんだが、それで西さんを騙して良い理由にはならなかった、だから謝罪する、というまほ殿。

まほ殿の、几帳面で紳士的な性格が、そのピシッとした謝罪の態度に表れていた。

「借り」やろ、お姉ちゃん


「……嘘……ぜんぶ……嘘、だったんですか?」

「ごっ、ごめんなさいね! 西さん!! 私もまさかこんなことになるなんて……」アワアワ


ダージリン殿が私の前に来て、アワアワと頭を下げた。


「お、怒ったわよね? わたくしがいけないのだもの。 怒るならわたくし一人を怒ってくださいな」ブルブル


私は無音で立ち上がり、無言でダージリン殿に近づく。


「他の皆さんは……あ、蝶野さんは除いて……悪くないの! だから、怒るなら私を……え?」


ダージリン殿の目と鼻の先で、私は俯いたまま立ち止まり、そしてダージリン殿の両肩をつかんだ。

ダージリン殿は「怒られる!?」とでも思ったのか、目をぎゅっと瞑っている。





そして私は――――――


ダージリン殿を抱き寄せた。



状況がわからず、目を白黒させるダージリン殿。


「ごっ、ごめんなさ……!?」

「……ふっ……うくっ」


「………え?」


「………ふぐっ……うえぇ……」


「……あの? ……西さん?」




「……びえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」




なんか、いろいろ決壊した。



「え!? なんで泣いてらっしゃるの!!?」


「びぇぇぇぇぇぇぇん!!!」


「ちょっと!? なんで!?」


「びぇぇぇぇぇん!! ……だって……だっで……びぇぇぇぇぇん!!」


「えぇぇぇ!? どうしてぇぇ!?」




「……ひぐっ……うぇっ……だっで、ダージリン殿が、無事、だっだがら゛……びえぇぇぇぇぇん!!」




「!!!!!!!!!」





頭の中がぐしゃぐしゃだった。

ぐしゃぐしゃのまま、嗚咽と共に口から流れ出ていった。

ダージリン殿の瞳にもみるみる涙が溜まり、前髪から零れた滴と一緒になって頬を流れ落ちていった。



「びえぇぇぇぇぇぇぇん!!」


「わたっ、私こそごめっ……ごめんなさい!! ……ごめんな゛ざい゛ぃぃぃ……う゛えぇぇぇぇん!!」


「びえぇぇぇぇぇぇん!!」


「うぇぇぇぇぇぇぇん!!」




気が付けば、オレンジ色の光の束が陸上競技場の至るところに差し込んでいた。

重く垂れこめた雲はすっかり姿を消し、茜色に変わりつつある空が広がっていた。

夕日を見れば、遙か遠く富士山の影を浮かび上がらせるように、燦々と、しかし儚くきらめいていた。

穏やかな暖色のその光は、あまねく周りを包み込み、そして……



大泣きする二人の少女の影を、長く長く、陸上競技場の地面に描き出していた。





…………………………………


………………………


……………





『 知波単学園 戦車道隊 復命書 』  記入者:福田



わたくし、知波単学園 戦車道隊 1学年隊員 福田は、命により出張いたしましたので、その内容をここに書き記します。



……西隊長殿との練習試合申し込み行脚。


サンダース大付属高校、アンツィオ高校を巡り、まぁなんやかんや色々あったのでありますが、

最後に聖グロリアーナ女学院に立ち寄った際、更になんやかんや色々ありました。

その内容については別記をご覧いただくとして、ここでは、棒倒しが終わったところから書こうと思うのであります。


まさか、あの西隊長殿が感情も露わに大泣きするとは……。

そんなことをまるで想像していなかった周り一同は、固まったまま動けず、お二人が泣き止まれるのを待つしかなかったのであります。


というか、なんというかその……。

凛々しさに手足が生えて歩いているような格好良い西隊長殿が……
体操着のポニテ姿でいつもより天然ジゴロ力8割増しの西隊長殿が……
まさか、あの様にしおらしく、純真可憐な乙女のように泣きじゃくるなんて……


正直……胸が熱くなったなんてものじゃなかったであります。


あまりの強いトキメキに突き動かされて、不肖この福田、腰が砕けそうになったであります。
(事実、余波にあてられて昏倒する隊員が、知波単・聖グロ問わず続出したであります)


仮に、あの時の昏倒理由を説明付けるとするなれば……「急性母性中毒」でありましょう。

西隊長殿の、あの “ 益荒男のように凛々しいんだけど、手弱女のように乙女らしい ” という姿に、母性をくすぐられる者が多数。

その母性が、あまりに急に、しかも大量に分泌されたものだから、きっと多くの隊員にとっては、体がついていかなかったのでありましょうなぁ。


しかし、そんな中でも、流石としか言いようがなかったのが、ダージリン殿でありました。


直近で、あの西隊長殿が発する “ 母性くすぐり波 ” の直撃を受けたはずなのに、それでも持ちこたえておりました。

ご自身も感情を露わに泣いておられた、ということがあるかもしれませんが、結構早い段階で、


「……ぐすっ……西さんの体温……うへへへへ……ふぐっ……西さん暖かい……うへへへへ……ぐすっ」


とか言いながら、西隊長殿の脇腹あたりをまさぐっておられたので、あまり本気泣きじゃなかったんじゃないかな……とも思うのでありますが、
ともあれ、ダージリン殿はたぶんギリギリのところで、西隊長殿の “ 母性くすぐり波 ” に拮抗しておられました。




しかし!

かの女傑、ダージリン殿も、天然ジゴロ力が天元突破したお二人に挟まれたら、ただでは済まなかったのでありました。


「ダージリン、大丈夫か?」


そう言って現れたのは、西住まほ殿。

どうもダージリン殿の膝小僧が擦りむけていることに気付いたから、ということのようでした。

ダージリン殿はきっと、棒から着地する際、上手く着地できずに膝を打ってしまったのでしょう。 そういえば顔も体操着も汚れておりました。



この段になって、ようやく泣き止まれた西隊長殿。

ダージリン殿のお怪我に気が付きます。


「ぐすっ……ダージリン殿……怪我しておられるのですか……」

「あっ」


そう言って、ダージリン殿との抱擁を解いて、体の密着度はそのままに、ダージリン殿の脚を検分し始める西隊長殿。

ダージリン殿の膝の裏側や、太腿の内側などの柔らかい部分を、無造作につかんでは凝視していきます。


「他にお怪我は……」

「あっあっ」

「私も診よう」


そうして、まほ殿は、なぜか西隊長と同じくらいの密着度でダージリン殿に引っ付き、体のあちこちに異常がないか検め始めます。

あの人も大概、人との距離感がわかっていない感じがするであります。


「ふむ、怪我は膝だけかな」グイッ

「……そうですね」グイッ

「あっあっあっ」



仮に、天然ジゴロ界における東の雄が西隊長殿だとしたら、西の雄は間違いなく西住まほ殿であります。(西隊長殿は千葉県、まほ殿は熊本県でありますし)

天然ジゴロ界の青龍 西絹代殿に、天然ジゴロ界の白虎 西住まほ殿。(まほ殿はティーガー乗りでありますし)


そんなお二人に身体を密着され、時折、甘い言葉を囁かれるのです。


「綺麗な顔に傷が付かないで良かった」グイッ

「本当にそうですね……責任をとらねばならないところでした」グイッ

「あっあっあっあっ」



もうお分かりでありますね?

ダージリン殿は、ただでさえ強力な “ 母性くすぐり波 ” を浴びていたところへ、日本最大級の天然ジゴロ波動、それを二人分の天然ジゴロ波動を、一気に浴びてしまったワケであります。


そう、致死量であります。

天然ジゴロ波動のオーバードーズ(過剰摂取)であります。



「あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあーーーーーーーーーーーーーー」



ダージリン殿は、最終的に身体を大きく一度ビクつかせて、大変良い笑顔で逝かれたのでありました。

黄昏の空の向こうに、鼻血を出した笑顔のダージリン殿が、一番星と共に瞬いていたのでありました。




~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



一応、あとで西隊長殿にご注意申し上げたのでありますよ?


「あのような危ないことを、幼気な少女にしたらダメであります」

「なにが危なかったんだ?」

「思わず子を成すところでありましたよ?」

「……えぇぇぇ……??」


【追記】   記入者:福田



ついでに、後日談も書き記しておくのであります。



あの後(ダージリン殿が鼻血を出した後)、とりあえずは当初の目的のとおり、西隊長殿は聖グロリアーナ女学院に対し、正式に練習試合を申し込んだのであります。

ダージリン殿にも、若干剣呑な目つきのオレンジペコ殿にも、快諾いただいたのでありますが、

さらにその後に話し合われたタンカスロンの大鍋(カルドロン)打ち合わせにおいて、なぜだが我ら知波単学園も参戦することが決まり、

そのことも含めて練習試合の日程を組み直した結果………

4週間後の週末に対聖グロリアーナ戦、5週間後の週末に対サンダース大付属戦、6週間後の週末に対アンツィオ戦、という練習試合日程となったのであります。




先に、結果だけ書いておきましょう。


我々、知波単学園の戦車道隊は、練習試合が出来ませんでした。



あ、いや、訓練した力を試そうと我々は喜び勇んで試合当日を迎えし、ちゃんと試合会場には到着したのでありますが……


そこは、なんというか 「修羅場」 という言葉がピッタリの戦場と化したのでありました。



事の始まりは、聖グロとの練習試合当日、両隊が最初の礼をした際に、ダージリン殿が放った一言からでした。


「ねえ、西さん、こんな格言をご存知?」

「はあ」

「“ 君がよい妻を持てば幸福になるだろうし、悪い妻を持てば哲学者になれる ”」

「……ソクラテス」ギリィ (← 剣呑な目つきのペコ殿)

「私は、それはもう良い妻になるわよ?」(← 頬を赤らめてウィンクするダージリン殿)

「そ、そうですか(何の話だ?)」(← まるでわかっていない西隊長殿)



それで、両隊それぞれ陣地に戻って、さあこれから試合開始だ!

……ってところで、急に聖グロの戦車の一両が火柱に包まれ、白旗が上がりました。

砲撃した相手は――――サンダース大付属のケイ殿でありました。


「ホーリィィィシィーーット!! ナオミ!! 次弾よ!!」

「イエス・マム!!」


なんでも、サンダース大付属の情報科の力を総動員した結果だったそうであります。

「聖グロのダージリンがこの試合で西絹代に急接近を図る」という事前情報を掴んだケイ殿が、前もってこの試合会場に部隊を展開。

先程の礼のときに放ったダージリン殿の言葉を盗聴器で盗み聞きし(by アリサ殿)、それを決定的証拠と判断したケイ殿は、聖グロの戦車隊に対し殲滅戦を仕掛けたのであります。


そうして、我々の与り知らぬところで戦いが始まってしまった試合会場に、ほどなくアッサム殿が余計な爆弾をブッコミやがりました。


「ねえ、そういえばダージリン、ご存知かしら?」

「なに!? アッサム!! いま忙しいのだけど!?」

「昨晩、西さんの学生寮に、アンツィオ高校の安斎さんが遊びに来たそうよ。 雨の中、ずぶ濡れ姿で 『来ちゃった(ハート)』って」


ガシャーン!(← ダージリン殿が紅茶のカップを落とした音)


「そうよね? 西さん?」(無線通信)

「え? あ、はい。 よくご存知ですね」(無線通信)

「GI6の力を使えば造作もないわ。 それでどこまでいったのかしら?」(無線通信)

「(どこまで? 場所?) え、えーと、濡れてらしたので、風呂場へ……」(無線通信)


ガシャーン!!(← ダージリン殿が二個目の紅茶のカップを握り潰した音)


「そう、お風呂 “ で ” 行き着くところまでイっちゃったのね?」(無線通信)

「ええ、風呂 “ に ” 行きました。 (皆で公共露天風呂に行ったの、何かおかしかっただろうか?)」(無線通信)


ガシャーン!!!(← ダージリン殿が三個目の紅茶カップを叩き割った音)



無線通信に流れた爆弾発言に、聖グロ、サンダース大付属は一旦停止。


「隊を半分に分けるわ。 ペコの隊はサンダース大付属の尻軽女を血祭りに上げなさい。 私の隊はあのツインドリルの首をへし折りに行くわ」


「隊を半分に分ける。アリサの隊は聖グロの紅茶ババアをミンチにしろ。 アタシの隊はあのウィッグ娘の息の根を止めに行くよ」




安斎殿、逃げて。 超逃げて。


そうして我々、知波単学園を置き去りにして、聖グロ VS サンダース大付属 の無差別試合が続行されつつ、アンツィオ刈りが始まりましたが、安斎殿も大したお方でありました。

ちょうど聖グロ、サンダース大付属がお互い消耗し合ってヘバり始めたところに、P40に乗った安斎殿が登場。

アンツィオ高校の面々は、源平合戦における鵯越(ひよどりごえ)よろしく、急な斜面を戦車で駆け下りて、両軍のどてっ腹に横槍を突き付ける形となりました。


「はーっはっはっ! ドゥーチェ参上だ!! ピザの上でとろけるチーズのように、西さんと熱々の(粘着質な)夜を過ごすのは、この私だ!!」



そこから始まる三つ巴の戦い。

我ら、知波単学園の戦車道隊はどうしてよいかわからず、ただただ呆然とするのみ。


………それは、裏切り上等、横槍当たり前の、まるでタンカスロンの野良試合のようであった……と、

その後の私は気付くのでありました。




あとまあ、これは余談になるのでありますが、

ダージリン殿と西隊長殿が大泣きしたあの日の情報が、どういう経路を辿ったのか、黒森峰女学園にまで届いたらしく、


「西住まほ隊長が、ダージリンさんをそそのかしたらしい」

「知波単の西絹代と三角関係らしい」

「むしろ西絹代と付き合っているらしい」


などなどの誤情報が出回り、お前ら西住流の情報網を持っているのになんでそんなところだけ阿保なの? と言いたくもなりましたが、

当の西住まほ殿が、火消しをしようとしたのかなんなのか、


「西さんには悪いことをした。 彼女の将来を捻じ曲げてしまったかもしれない」


という、相変わらずコミュ症気味な発言をして、それで逸見エリカ殿が大ショック & 大激怒。

怒りの矛先は当然、知波単学園に向けられ、あれからずっと電話が鳴り止まないのであります。

電話を取るたび、逸見エリカ殿から 「練習試合を受けろ。 消し炭にしてやる」 と言われるのは、精神衛生上、大変好ましくないと思うのであります。



また、その誤情報が、何の因果か大洗女子学園に飛び火したようで、


「お姉ちゃん……そうなんだ……わ、私は応援しているよ!?」


と、引きつった声で実の妹から励まされた西住まほ殿は、黒森峰女学園でも間もなく引退式が行われるでありましょうに、仕事そっちのけでご実家に引き籠られているそうであります。



また、止せばいいのに、そんな傷心なまほ殿を気遣うためか、はたまた、同じ3学年で引退を控える隊長職の身として同情したためか、プラウダ高校のカチューシャ殿が珍しく励ましの電話を送ったらしいのでありますが、


「なるほど、みほ(大洗女子)に負けた者同志、励まし合おうという訳だな」


という、まほ殿の自虐めいたお言葉を、カチューシャ殿は皮肉と判断。

終いにはカチューシャ殿が泣き出してしまい、電話口の横にいたノンナ殿が 「よろしい、ならば殲滅戦だ」 とかブチ切れて、
黒森峰は我々と練習試合をする前に、プラウダ高校と血で血を争う総力戦に発展しそうな勢いであります。



……と、まあ、いろいろ余計なことを書いてしまいましたが、いずれもが余談ということで、ここでは詳しく触れないでおくであります。



こうして、この一連の騒動を書き記してまいりましたが……


最後に一つ、わかったであります。




☆ 西隊長殿は、知波単学園の隊員が総力を上げて封じ込めておかないとダメだってことでありますね ☆




まったくもう。

不肖、この福田、西隊長殿をいつまでもいつまでも支え続ける所存でありますよ。






   終わり



※ ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。


 よろしければ、過去に作成した私のガルパンSSもご覧ください。



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※ なお、続編の予定はありません。


 なんで俺のダージリン殿は変態チックになってしまったん……?


>286 >287
「貸し」→「借り」でした

誤字多くてごめんよ

おちゅ

おつでしたー!

コメントくれたみんな

ありがとう!

最終章で会おうぜ!!

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