【モバマス】凛「迷子と森には要注意」 (22)



ーー旅館の部屋ーー



卯月「ん~、やっぱり田舎の雰囲気って落ち着きますね!」

未央「そうだね~。空気も美味しいし!」

凛「空気に味なんてある?」

未央「ちょっとしぶりん!そのツッコミはさすがに野暮だよ!!」

凛「ふふっ、冗談だって」



卯月「それにしても、こんなところでロケなんて久し振りでしたね!」

未央「最近はずーっと都内で仕事だったもんね~。なんだか新鮮で楽しかったよ!」

凛「まぁ、たまにはこういうのも悪くないかな」

卯月「明日帰るのがちょっと寂しいです…」

未央「だからこそ!今日はゆっくり温泉に入って美味しいご飯食べてみんなでお喋りして楽しみまくるのだー!!」

凛「もう完全にただの旅行気分だね…」

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コンコンッ スーッ


P「ちょっといいかー?」

卯月「プロデューサーさん!どうしたんですか?」

未央「今日やったロケの反省会かな?」

P「いやいや、そんなんじゃないんだが……うーん、こっちにも来てないか…」

凛「どうかしたの?」

P「それがなぁ…一緒にロケに来てた小学生組がまだ部屋に帰ってきてないみたいなんだよ」

未央「小学生組って、みりあちゃんとか薫ちゃんたち?」

P「あぁ。撮影が終わってみんなでちょっと近くを探検したいって言うから、暗くなる前には帰ってくるって条件でOKしたんだが…」

卯月「もうすぐ日も落ちちゃいますね…」

P「そうなんだよ。だから実はもう帰ってきてるんじゃないかと思って旅館中を探してたんだが…」

凛「どこにもいない…と」



P「むーん……よし、ちょっと外に探しに行ってくるわ」

未央「あ、そしたら私たちも行くよ!」

P「えっ?」

未央「だって心配だもん!ね、二人とも!」

卯月「はい!」

凛「そうだね。何か起きてからじゃ遅いし」

P「すまんな…せっかくゆっくりしてたところなのに」

未央「いいっていいって!田舎の自然の中を散歩がてらさっ!」




P「そんなに遠くまでは行ってないはずだ。お前たちは三人で探してくれ。俺は一人で探すよ」

P「見つけたら俺のケータイに連絡してくれ。こっちも見つけたら連絡する」

卯月「わかりました!」

P「よろしく頼むぞー。迷子になるなよ?」

凛「ちょっとプロデューサー、私たちもう高校生なんだけど。馬鹿にしすぎ」

P「すまんすまん。でも田舎をナメちゃいかんぞ、変な人についてっちゃダメだぞ」

凛「だから大丈夫だってば」



未央「よーっし、それじゃあ出発!!」

卯月「おーっ!!」

凛「テンション高っ…」

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ーー数十分後ーー



卯月「うーん、見つかりませんね…どこに行っちゃったんだろう」

凛「もう辺りも暗くなってきちゃってる…」

未央「プロデューサーからも何も連絡ないし…これは結構ヤバいかも…!!」

卯月「まさか…誘拐っ!?」

凛「そんなまさか…ただの迷子だと思いたいけど…」

未央「んー、でも目に付くところは大方探したはずだけどねぇ」

卯月「そうですよね……あっ!」

未央「しまむー見つけた!?」

卯月「い、いえ……でもあそこ!」



凛「アレは…森?」

卯月「もしかしたら、あの森の中に入って迷っちゃったのかも!」

未央「結構大きな森だし、たしかにあり得るね!」

凛「じゃあ入ってみよっか。早く見つけてあげないと」

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あそこであの森に入ってしまったのが、私たちの運の尽き。
……でも、あんなことが起こるなんて誰が想像できただろうか。



特になんの変哲もない森だった。
軽装でも問題なく歩けるようなところだったし。
ただ、鳥や虫の声が全くしなくて不気味な静寂が森全体を包んでいた。
加えて木々が完全に空を覆っているせいで中は真っ暗だったから、スマホのライトを懐中電灯代わりにして進んだ。


卯月「真っ暗ですね…うぅ、ちょっと怖くなってきちゃいました…」

凛「たしかにちょっと気味が悪いね…」

未央「らんらんなら泣いちゃうかもね~」

卯月「今は三人だから大丈夫ですけど、私も一人だったら…」

凛「もう…卯月は年長者なんだから、もっとしっかりしてよね……あれ?」

卯月「ど、どうしたんですか凛ちゃん!?」

未央「まさかの幽霊発見!?」

凛「そんなわけないでしょ。二人ともちょっと耳をすませてみて」

未央「んー?……あっ!」

卯月「何か音が聞こえますね。遠くからホントに微かにですけど…足音でしょうか?」

凛「みたいだね。もしかしたらみりあちゃんたちかも」

未央「おお!よしっ、そうと決まれば急げ~!!」タタタッ

凛「ちょ、ちょっと未央!!」

卯月「待ってください~!!」




未央「おーい!!みりあちゃーん!!薫ちゃーん!!仁奈ちゃーん!!」

卯月「うーん…返事ないですね…」

凛「違う人だったのかな…」

未央「そうかもねぇ。聞こえなかったってことはないと思うけど…」

卯月「違う人だったとして…こんなところで何してるんでしょうか?」

未央「キノコ狩りでもしてるんじゃない?」

卯月「き、キノコ…?」



凛「まぁでも、もうちょっと進んでみよっか。もっと奥の方にいるかもしれないし」

未央「だね!」

卯月「うぅ…怖いですけど、がんばります!!」



ーー数分後ーー



未央「ふぅ、さすがの未央ちゃんもちょっと疲れてきたよ…」

卯月「私もです……でもプロデューサーさんからは一向に連絡はないですし…」

未央「これってもう警察とかに通報した方がいいんじゃ…」

卯月「け、警察ですか!?」



凛「……ねぇ…」

卯月「凛ちゃん?どうしました?」

凛「…ちょっとさ、卯月一人だけで少し歩いてみてくれない?」

卯月「?は、はい…」スタスタスタ



凛「……」

未央「しぶりん、急にどうしたの?」

卯月「わ、私なにか変ですか?もしかして幽霊が背中に!?」

凛「ちょっと落ち着いて卯月。今度は私が歩いてみるから、静かにしてよく音を聞いてて」

未央「う、うん…」


スタスタスタ…


未央「これって…」

凛「…気づいた?」

卯月「は、はい…私も……」


さっきからずっと遠くの方から聞こえてきていた音は、私たちの動きに合わせていた。
私たちが歩き出せばその音も歩き出し、止まればその音も止まった。
まるでこっちの動きが分かっているかのようだった。
もう辺りは真っ暗で、お互いの顔も目を凝らさないと見えないくらいだったのに。

何か嫌な予感というか、そんな空気を感じた。




凛「…どうする?引き返す…?」

卯月「うぅ…」

未央「そうしたいのはやまやまだけど…もし本当にこの奥でみりあちゃんたちが迷子になってるんだとしたら、こんなところで引き返せないよ…」

凛「そうだよね…」

未央「だ、大丈夫だよ!気のせい気のせい!だってこんなに暗いのに私たちの動きが見えるわけないもん!!」

卯月「てことはやっぱり幽霊ですか!?」

未央「い、いや~……ゆ、幽霊に足はないから足音はしないよしまむー!!」

卯月「本当ですか…?」

未央「ホントホント!だからもうちょっとだけ頑張ろう!!」

卯月「はいぃ…」

凛「……」



ということで私たちはまた歩き出した。
本当は怖いのになんとか明るく努める未央の気遣いがありがたかった。

もちろんあの音はずっと聞こえ続けていた。
意識しないように他のことを考えようとしたけど、そうすればするほど頭の中にあの音が響いた。

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いつからか、ずっと無言で歩いていた。
森に入ってから数十分程度しか経ってなかっただろうけど、あのときの私たちにはそれが数時間にも感じられた。

そしてその沈黙は、急に破られた。



未央「なに……これ…」



目の前に現れたのは、大きな柵だった。
二メートル近くの高さがあって、左右を見渡す限り結構な長さだった。
たぶん円を描くように配置されてたんだと思う。


でもそれだけじゃなかった。


柵には太い網と有刺鉄線、全体には連なった白い紙が絡まっていて、さらに大小さまざまな鈴が無数に結ばれていた。



尋常じゃなかった。



そこで初めて自分たちは今いてはいけない場所にいるということに気づいた。


未央「ねぇ…誰がどう見てもヤバイよ、コレ…」

卯月「……はい」

凛「……どうする?」

未央「どうするって……いや、さすがに引き返すでしょ、普通…」

卯月「でも……もしかしたらみりあちゃんたち、この中に入っちゃったなんてことは…」

未央「えっ…?」

凛「…小学生って好奇心旺盛だし、あり得るかもね」

未央「じゃあ……乗り越えてみる…?」

凛「……」

卯月「……」

未央「……」


卯月「…プロデューサーさんに連絡してみませんか?とりあえずこっちに来てもらうように…」

未央「そだね…」スッ ポチポチ



未央「あ、あれ?」

凛「どうしたの?」



未央「ここ…電波が届かない……圏外だって…」

凛「そんな……なんで…」


私たちはその場で完全に立往生していた。
もちろんできることなら柵を越えて探しに行きたかったけど、なにより怖かった。
数分間、その場はまた沈黙に包まれた。
でも……


凛「…行こう」

未央「えっ?」

凛「ずっとここにいても仕方ないよ。さっさと探してさっさと帰ろう。こんな場所にいつまでもいたくないし」

未央「…そうだね。しまむーもそれでいい?」

卯月「はい、がんばります…」

凛「よし、じゃあ行こう」





柵を超えるのはそこまで難しくなかった。
ただ柵に触れるたびに鳴り響く無数の鈴の音が怖かった。
有刺鉄線に引っかからないように気をつけながら、網をよじ登っていった。

そして向こう側に降りた瞬間、強烈な違和感を覚えた。

なんだか苦しい。
檻の中に閉じ込められているような閉塞感、息苦しさ。

卯月と未央も同じように感じていたようで、足を踏み出すのを躊躇した。
でも柵を越えてしまったからには、もう行くしかなかった。


凛「……進もう」

未央「うん…」

卯月「はい…」


とにかく早く探して早く帰りたかった。



また無言のまま歩いた。
しばらくして、あることに気がついた。


ずっと私たちにつきまとっていたあの音が聞こえなくなっていた。


未央「音……聞こえないね…」

凛「そう…だね……柵を越えてからかな…」

卯月「……もしかして」

凛「…何?」

卯月「その人…ずっとここにいたんじゃないですか?ここから私たちのことをずっと見てて…」

未央「そ、そんなわけないよ!私たちが音に気づいたところなんて、ここからじゃ全く見えないんだから…」

凛「そうだよ……もう、あんまり怖がらせないでよ、卯月」

卯月「そ、そうですよね…あはは……」

凛「……」


普通に考えれば、未央の言ったことが正しかった。
でも……


凛(その『人』……ね)

凛(……ホントに『人』なの…?)

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柵を越えてから二、三十分後、うっすらと反対側の柵が見え始めた。
と同時に、不思議なものを見つけた。



特定の六本の木にしめ縄が張られ、さらにその上から六本の縄が括られていて六角形の空間が作られていた。
そしてその中央には、小さな賽銭箱のようなものがポツンと置かれていた。
ずっと野晒しにされていたせいか箱はサビだらけで、箱の全面には奇妙な模様がびっしり書き込まれてあった。

明らかにそれは私たちが見ていいものではなかった。



もう限界だった。



未央「も、もう無理!!帰ろう!!みりあちゃんたちもここにはいないよ!!」

凛「そ、そうだね。早く戻ろーーー」



チリンチリリン!!チリンチリン!!

私たちが来た方とは反対の、六角形の地点の向こうにうっすらと見える柵の方から、物凄い勢いで鈴が鳴った。

もうパニックだった。


未央「な、何!!?」

凛「とにかくもうここにはいられない!走るよ!早く!!」


何が起きているかは分からなかった。
でもその場にいることがマズイということだけは分かった。

私たち三人は来た方の柵に向かって一斉に走り出した。


はずだった。



凛「卯月!!何してるの!?」

未央「しまむー早く!!」


卯月は六角形の地点の方を向いて立ち止まって、前方にライトを向けていた。
体は小刻みに震えていた。


卯月「あ……あぁ………」

凛「卯月!!なにし……て…」


卯月がライトを向けていた先を見た。
立ち並ぶ木々の一本、その根元辺りを照らしていた。
その陰から、女の顔がこちらを覗いていた。
顔を半分だけ出して、ライトを眩しがる様子もなく私たちを眺めていた。
上下の歯を剥き出しにするように口を開けていて、目は据わっていた。


凛「っ……!!?」


本当に怖いとき、人は声を出せないらしい。
無我夢中で完全に固まっていた卯月の手を引いて、全速力で柵へ向かって逃げた。

柵が見えた瞬間一気に飛び掛かってよじ登った。
上まで来たら飛び降りて、森の入り口までまた走ろうとした。
私と未央はすぐに超えられたが、混乱していたのか卯月が上手く超えられない。


凛「う、卯月!早く!!」

卯月「ふ、服が有刺鉄線に引っかかって…!!」

未央「アイツが来ちゃうよぉ!!」



チリリン!!チリンチリン!!

また凄まじい音量で鈴が鳴り、同時に柵が揺れ出した。
私たちが走ってきた方から鈴は鳴り響いていて、こっちに近づいてくるのが分かった。
鈴の音も柵の揺れもどんどん激しくなっていった。


未央「やばいやばい!!」

凛「卯月がんばって!早く!!………ぁ」


卯月がようやく柵を登り終えたとき、私と未央の視線はそこにはなかった。
体が震え、また声が出せなくなった。
それに気づいた卯月も、私たちが見ている方向を見た。



遥か遠くまで続く柵の、しかも外側にアイツが張り付いていた。
顔だけかと思ったソレは、裸で上半身のみ、腕が左右三本ずつあった。
器用に網と有刺鉄線を掴み、いーっと口を開けたまま、蜘蛛のようにこちらに近づいてきていた。

恐怖で頭の中が真っ白になった。


卯月がとっさに柵から飛び降り、私と未央に倒れ込んできた。
それでハッとした私たちはすぐに卯月を起こして、一気に森の入り口まで走っていった。

アイツが追ってきているのかは分からなかった。
後ろなんて見れるわけがなかったから。
ただひたすら前だけを見て走った。

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私たちは完全に憔悴しきった状態で旅館に辿り着いた。
三人とも涙目、というより完全に泣いていた。
旅館のロビーにはプロデューサーとみりあちゃんたちがいて、私たちを見るなりすごく驚いてた。
そりゃそうだよね、多分あのときの私たち、アイドルがしちゃいけないような顔してただろうし。


プロデューサーによると、みりあちゃんたちは私たちが探しに出かけたのと入れ違いで、別のルートから普通に帰ってきてたらしい。
笑っちゃうよね。
それでプロデューサーが一旦旅館に帰ってきたときにそれに気づいて私たちに連絡しようとしたらしいんだけど、そのときには既に私たちはあの森の中に入っていて、電波が通じずどうしようもなかったってわけ。

私たちがいつまで経っても帰ってこないから、プロデューサーが今度は私たちを探しに行こうとしてたところだったんだって。
結局プロデューサーが最初に言った通り、迷子になっちゃったのは私たちの方だったってことだね。
……ホント、笑っちゃうよ。


アレのことはプロデューサーに全部話した。
信じてくれないと思ったけど、ちゃんと話を聞いてくれて、信じてくれた。
何か悪いことが起こるといけないからと、後日神社でお祓いをしてもらった。
その後も特に何か起こるってことはなかったから、そこは不幸中の幸いかな。

何はともあれ、あんな経験はもう二度と御免だよ。
立ち入り禁止の場所にはどんな理由があっても勝手に入らない方がいいね……なんて当たり前のことだけど。





……あの日の夜、三人だけで寝るのが怖くて、プロデューサーとみりあちゃんたちと一緒に一つの部屋でギュウギュウになりながら寝たのは、恥ずかしいからここだけの話。



おわりん

元ネタ

「姦姦蛇螺」

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