フロック「悪魔の眷属」 (16)


フロック (体格。顔。性格。――全てにおいて、平凡。
      訓練成績、真ん中ぐらい。統率力もなけりゃ、作戦立案もできない)

フロック (一人で一兵士分の実力。巨人になれるわけでも、巨人を操れるわけでもない)

フロック (壁内人類存亡の危機という舞台で、絶対に主役たりえない人間。
      それが、俺だ)


◆◆◆◆


フロック (……の、はずが)

フロック (どうして俺は、この人と出会ってしまったのか)


ヒュゥゥ…

エルヴィン「……う……」ビクッ

フロック 「!……生き、てる……のか?」

てっきり死んでいると思った団長が、人の近づく気配に身じろいだ。

フロック 「……」スッ…

エルヴィン「……ィ……」ピクッ

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フロック 「団長?」

エルヴィン「マリー……」ツーッ

呟かれた名前に、俺はゆっくりとブレードを下ろした。
とどめを刺してやるのは、やめだ。それは団長にとっての救いにはならない。

フロック 「エルヴィンにはまだ、地獄が必要だ」

フロック 「巨人を滅ぼすことができるのは、悪魔だ」

死臭のたちこめる、血で汚れた果てしない荒野。

生きているのは俺と団長だけ。

フロック 「悪魔を再び蘇らせるのが、生き残った自分の使命だ」

俺はブレードをしまって、団長を担ぎ上げようとした。

フロック 「……」ハッ

フロック 「そうだ、止血……こんな汚い布しかないけど」スルッ

左のわき腹がひどくえぐれている。しっかり止血すると、団長の表情が少しだけ楽そうになった。
団長はがっしりしていて、大きい。担ぐのも一苦労だ。
それでも落ちないように固定して、俺は一歩踏み出した。

◆◆◆◆

ヒュゥゥ…

エルヴィン(……暗い)

エルヴィン(何も見えない。ここからは、何も……)

体から、少しずつ体温がなくなっていく。指先がずっしりと重い。

エルヴィン(このままだと、死ぬな……)

まるで他人事のように考える。そんなに恐ろしくはない。死にたくないとは思うのだが、
同時に「しかたがない」と思えてしまうのが不思議だ。

ザリッ…

エルヴィン(……ん?)

砂利のこすれる音。まだ生き残った兵士がいたのか。

エルヴィン「……うっ……」ピクッ

フロック 「!……生き、てる……のか?」

その声は聞き覚えがあった。獣の巨人への特攻作戦を告げた時、涙を浮かべていた彼だ。
ああ、君はあの猛攻撃を生き残ったのか。偉いぞ。せめて頭でも撫でてやりたいが、手が動かない。

スッ…

ブレードが引き抜かれる音。そうか、とどめを刺してくれるのか。
私は覚悟を決めて、うっすら開けていたまぶたを閉じる。

エルヴィン(……いい人生だった)

閉じたまぶたの裏に、次々に顔が浮かんでは消える。

『……エルヴィン』

ふと、懐かしい声がした。私が生涯でただ一人、愛した女。

マリー  『いいのよ、もう。あなたは十分戦った。そろそろ羽を休めたって、許してもらえるわ』

エルヴィン(……そうか?)

マリー  『ええ。私はちゃんと知っているから』

光の中から差し伸べられた手。分かっているよ。君は今ごろマリアの家で子供たちと眠っているんだろう。
夫の友人でしかない私のことなんか、思い出すこともないはずだ。
なのに、最期に見る幻の君は、こんなにも優しい。

エルヴィン(ああ……結局、想いは告げられなかったが)

エルヴィン(俺は君を……)

エルヴィン「マリー……」ツーッ

「エルヴィンにはまだ、地獄が必要だ」

エルヴィン「!」

瞬間、幻のマリーも、神々しい光も消え失せる。首筋に当たっていたブレードが離れた。

フロック 「巨人を滅ぼすことができるのは、悪魔だ」

フロック 「悪魔を再び蘇らせるのが、生き残った自分の使命だ」

彼の手が、私の腹のあたりをまさぐっている。傷口に布が巻かれて、呼吸が少しだけ楽になった。

エルヴィン(……あたたかい)

顔を押しつけた背中はまだやわらかいが、たるんではいない。駐屯兵団からの補充兵だな。
私の命を繋ぎ止めているのは、この背中だ。

エルヴィン「……みの、なま……」

フロック 「フロックです。苗字はいいでしょう、別に」

とぎれとぎれの発語を、彼――フロックはしっかり聞きとった。

エルヴィン「そ、か……?」

フロック 「不満だったら、団長が思い浮かんだ苗字ってことでいいですよ」

エルヴィン「み、……こ、に……れて、く」

フロック 「あなたが、生き返る場所です」

ぎりっと奥歯を食いしばって、フロックは歩く。
私が首に回した手は、拒まれなかった。

◆◆◆◆

やっと辿りついたそこでは、一本の注射器を巡って争っていた。

エレンは海だの夢だの、そんなん知るかってことをほざいてやがるし。
ミカサは論外だ。なんで巨人殺しの武器を人間に向けてんだ。
兵長も兵長だ。いつもの即断即決はどこへ行ったんだ。

アルミン.アルレルト。

バカみたいな名前で、主席と死に急ぎ野郎の幼なじみで、卒業戦闘模擬試験も
運よく合格したような奴。あいつの褒められる所なんて、座学と根性ぐらいしかないと思う。

俺のこの評価は、団長を犠牲にした時点で決して覆らないことが決まった。

ふざけんじゃねえぞ、エレン。

お前なんて、エルヴィン団長がいなけりゃ憲兵団にバラされてただろ。お前も、ミカサも、
団長に受けた恩も、ベルトルトと暮らした日々も、綺麗さっぱり忘れてやがる。

なあ、お前ら。

アルミンが、ベルトルトを食ってでも生きたかったと、本気で思ってんのか。

幼なじみを悪魔にしても、自分たちのエゴの方が大事なのか。

エルヴィン団長なしでこれから、どうやっていくつもりなんだよ?

フロック 「……いてえな」

トリガーを握っていた手のひらの皮が剥けていた。

背中にはまだ、団長の温もりが残っている。

俺はこれから一生、この体温を背負って生きていく。

あの悪魔の、最後の侍従として。

今日はここまで

もうちょっとだけ続きます


◆◆◆◆


リヴァイ 「……こいつを、許してやってくれないか?」


そう言われた時、俺は一瞬兵長が何を言っているのか分からなかった。


フロック (許す?誰を?……エルヴィン団長を?何に対しての許しなんだ?)

フロック (マルロやサンドラ……皆を切り捨てたことをか?
      それとも、獣の巨人を仕留められなかったことか?)

フロック (俺は団長を罰したかった?団長をさらに苦しめるために、ここへ運んできた?)

フロック (……違う。それだけじゃない)

フロック (俺の復讐心なんて、ちっぽけなものだ。あるかないかすら、自分では分からない)


サンドラも、マルロも、俺も。みんな、自分で選んであそこに立っていた。
自ら望んで、悪魔の矢となった。


フロック (きっと、俺は……)


脳裏に蘇るのは、新兵の背中に死にかけで縋っていた団長じゃなく。
堂々と胸を張って演説していた団長だ。


フロック 「俺は……」

リヴァイ 「ん」

フロック 「いえ、"私"は……私にできることは、自分の選択と、行動に責任を持ち……
      兵士として、団長を生き残らせることであると、そう、考えました」

フロック 「団長を罰したかったのなら……きっと、ここに団長はいません」

リヴァイ 「……そう、か。そう、だったか」

兵長は立ち上がると、ハンジ分隊長が祈りを捧げている横に膝をついた。

リヴァイ 「そういえば、こいつを担いできた褒美がまだだったな」


指を組ませた団長の遺体の、胸のあたりを探る。

シュルッ


兵長が差し出したのは、団長のループタイだった。
埋めこまれた青い石が、陽ざしを浴びて輝いている。


リヴァイ 「……お前だけは覚えていてくれるか。
      エルヴィン.スミスという名の――悪魔を」


◆◆◆◆


サシャ  「あははっ、冷たい!」バシャッ

コニー  「うおっ、マジでしょっぺぇ!!すっげえ!!」ペッペッ

キャハハ…ワイワイ

ブーツを脱いで海に入る仲間たちを、俺は冷めた目で見ていた。


チャプン…

フロック 「……冷てえ」


指先だけ海水につけて、水平線の向こうを眺める俺に、アルミンが近づいてきた。


アルミン 「……やあ」ニコッ

フロック 「それ、貝か?」

アルミン 「う、うん。さっき拾ったんだ」

フロック 「そうか。まあ、綺麗だな」チラッ


横目で見たエレンとミカサは、大きな目に憎しみを浮かべていた。
逆恨みもいいところだ。しっかりしてくれよ、エレン。そんなガキみてえな調子じゃ期待できねえぞ。


アルミン 「でも、君が来てくれるとは思わなかった。ほら、君はこうやって遊ぶのも
      下らないとか、言いそうだから」

フロック 「……哨戒任務に選ばれただけだ」

アルミン 「そっか。……でも、装置ぐらいは外してもいいんじゃないかな。
      この辺にはもう、巨人はいないし」

フロック 「リヴァイ兵長だって外してないだろ?」

アルミン 「あの人は……その、潔癖症だし、特別だから」

フロック 「どうだろうな」


え?と返されたのを、聞こえなかったふりをする。

フロック (俺は、兵長ほど人間くさい人はいないと思うけどな)


俺はアルミンに背を向けて、やわらかい砂を手でまさぐった。
遊びに来たわけじゃねえが、土産の一つもねえのはさすがにあれだ。

フロック 「特別っていうなら、お前の幼なじみ二人の方が特別だ」

アルミン 「そう?嬉しいな」

フロック 「ここ、一応怒るとこだぞ」

アルミン 「そういうつもりだったのかい?……あ、それ」

フロック 「ん?」


指さされたのは、胸元。俺は貝殻を拾ってポケットに入れると、
自分の胸に視線を落とす。


アルミン 「ずっと気になっていたんだ。それ……エルヴィン団長の、形見だよね」

フロック 「ああ……」ギュッ


真ん中に埋めこまれた青い宝石を握りしめる。新兵の給料じゃとても買えない奴だ。
なにせ団長就任式で王様からもらったやつらしいからな。俺なんかが持っていいのやら。


アルミン 「君は、やっぱり……団長を死なせた僕が憎い?だから、それを受け継ごうというの?」

フロック 「いや。あそこで言ったのが、俺の全部だ。お前個人に言いたいことはたぶん違う」

視線を合わせると、アルミンは決心したみたいに隣に座った。

フロック 「お前、ベルトルトが生きていた時のことを考えてるだろ」

アルミン 「……!!」

フロック 「口に入れた一欠片の肉が、一頭の豚だった時のことを思い出すみたいに。
      だからこそ、お前は怖れているんだ――エレンを介して、自分の手を汚さずに
      "それ"を得たことをな」

アルミン 「君は、何を」

フロック 「俺はきっと……エレンやミカサの知らないお前を理解できる。
      お前はあいつらを憎んでいない。いや、全てが明らかになった今、
      あいつらを一瞬でも憎んだ自分を悔いている」

アルミン 「なんで、どうして」フラッ

ふらふらと後退したアルミンはやがて、やわらかい砂に尻もちをついた。

フロック 「そうなんだろ?」

アルミン 「……ああ」グシャッ

アルミン 「なんで君はそうやって、僕が目を背けたい所に触れてくるんだ」

フロック 「お前はもう、色々なものを捨てすぎてんだよ。せめて中身は人間のままでいろ」ポンッ

アルミン 「……」

フロック 「ずっと、これだけは言いたかった。エレンが邪魔でなかなか機会がなかったんだけどな」

アルミン 「そっか……そういえば、僕も気にかかっていることがあったんだ。
      君は、団長を背負っている間、何を考えていたの?」

フロック 「……」


◆◆◆◆



ヒュォォォ…


フロック (ちくしょう、寒いな。体が冷えてきやがった)

ザッ、ザッ、ザッ

フロック (団長の呼吸がさっきよりしっかりしてきた。止血したのがよかったんだな)

背中の団長が生きていることにホッとするなんて、
ついさっきとどめを刺そうとした人間の、なんたる矛盾。

そこかしこに臓物と血をぶちまけて転がっている肉。
ゴードンとか、マルロとかいう名前だったような気もするが、原形をとどめていない今は分からない。

フロック 「……」

フロック 「……」ぶちゅっ

足の下で、やわらかいものが潰れた。そういえばさっき、巨人から逃げるのにボンベのガスを
ほとんど使いきっちまった。

フロック 「しょうがねえな…」ガチャガチャ

しゃがみこんだ俺の背中で、団長が苦しそうに息を吐く。


エルヴィン「……み、にを……して、」

フロック 「すいません、体勢がきつかったですか?」

エルヴィン「……がう、……ス、ぬすん……だ、……か」

フロック 「仕方ないことです。ガス欠ではマリアの壁を越えられません」


また立ち上がって、歩きながらベルトを留め直す。

いつの間に俺は、死体を踏んづけて歩いて、そいつからガスボンベを盗める人間になっていたのか。


エルヴィン「……な、リア……あと、どれ」

フロック 「マリアならもう目の前ですよ」

トリガーに指をかけて、高くそびえ立つ壁を見上げる。

フロック 「……」パシュッ

背中の団長が、空気圧に「ぐっ」と息をつめた。

フロック 「あ、……っ、ああっ!」グルンッ

フロック 「くそっ」パシュッ、ヒュゥッ

団長の体重分、バランスを崩した体が空中で半回転する。あわててワイヤーを射出して、止めた。
壁に片足をかけてなんとか呼吸を整える。

フロック 「……はあっ、はあ、はあ……」

人を抱えて立体起動って、意外と大変なんだな。くそっ、訓練もっと頑張っときゃよかった。


エルヴィン「……すまない」

初めて、背中から謝られた。

エルヴィン「……たし……を、たすけ、から……こんな……」ゼエッ、ゼエッ

フロック 「……喋らないで。舌を噛みます」パシュッ

なんとか壁の上まで行くと、ずっと遠くに人が集まっているのが見えた。

フロック 「兵長だ。…もうちょっと、こらえてください。必ずあそこまで連れて行きますから」

エルヴィン「……ほん、……に、すまない……」

フロック 「……」

エルヴィン「……あ、ちが、たな……こういう、時は」

エルヴィン「ありがとう……」フッ

その時、団長がそんな表情をしていたのかは知らない。

ただ、それまで背中ごしに伝わるほどこわばっていた体から、
安心したみたいに力が抜けたのが分かった。

エルヴィン「……りが、とう……」

それが、俺と団長の交わした最後の言葉だった。


◆◆◆◆


アルミン 「……」

フロック 「この話は誰にもしないつもりだったんだけどな…」

怖かったんだ。

団長が死んでしまったら、
あそこで死んだ仲間たちの命が、無駄に消費されちまうみたいな気がして。

腹立たしかったんだ。

使い捨てられる命があったことを、あいつはまるで気にしていないように見えて。

アルミン 「……ありがとう。僕に、教えてくれて」

俺が立ち上がると、アルミンも顔を上げて続く。


アルミン 「ねえ、一つだけ……いいかな」

フロック 「なんだよ」

アルミン 「それを受け継いだということは、そういうことだと思ったから言うんだけど……
      これから先、僕たちが壁内人類にとって害だと判断されることがあるとしたら。
      その時は、容赦しないでくれるかい」

フロック 「それがお前でもか?」

アルミン 「なおさらだよ」スッ

立ち上がったアルミンは、ポケットに入れていた貝殻をくれた。

アルミン 「本当に、今日はありがとう。君にも、この景色を見せられてよかった」

エレンたちの所へ帰っていったアルミンは、「なんか変なこと言われなかったか」と
聞かれるのに「ううん」と首を横に振っていた。


フロック 「……俺はそろそろ帰るか」


ヒヒーン…パカラッパカラッパカラッ…


野営地へ向けて馬を走らせる背中に、冷たいものが当たる。
重くなった背中にため息をつく。またこれか。ここ数日ないから完全に油断していた。

フロック 「……アルミンは多分、団長とは違う道を行くと思いますよ」

フロック 「何かを捨てないと変えられないような世界に先があるとも思えませんし」

ペタッ

フロック 「せめてアルミンはこれ以上、あなたの影に苦しまないで欲しいですね」

ペタッ

フロック 「俺じゃアルミンの代わりにはならないでしょうけど。
      一生団長を背負っていく覚悟ぐらいは、してますから」

ズルッ

視界の端に、血のついた金髪がちらつく。

フロック 「せめて俺は雑魚なりに、しぶとく生き延びてやりますから」

フロック 「そろそろ何か言ってくださいよ、団長」

エルヴィン『……』

フロック 「俺はどうすればいいんですか。一生バカか気狂いみたいに独り言してればいいんですか。
      それとも人類最強を夢見て戦えばいいんですか。どうやって死ねばいいんですか」

フロック 「また、あの時みたいに道を示してくださいよ、エルヴィン団長……」

なぜかある質量で、背中がまた重くなる。

俺は空を見上げて、この悪魔の幻がいつか俺に飽いてくれることを願った。


【終】

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年09月18日 (月) 11:19:18   ID: s8bOJVSC

エルヴィンのループタイとフロックたちがもらったループタイは同じものだろ

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