工藤忍「駆け出し娘と二つ山への挑戦者」 (25)

忍(夢を見た。何度も見た夢だ)

『アイドルなんてなれっこないよ』

忍(青森にいたころ、アイドルになりたいと言ったアタシを引き止めようとした声達が聞こえる)

『あの子ならまだしも、忍には無理だって』

忍(以前のアタシなら煩わしさを感じていたけれど、これからはもう気にならないだろう)

『いつまでも夢見がちなこと言ってないで』

忍(アタシはもう夢を掴んだんだから)

『諦めも肝心だよ』

忍(諦めないよ!アタシはもうアイドルになったんだから!)

忍(夢の中で叫んだら、アタシを否定する声は止まり、代わって一人の少女の声がした)

『あたしは忍ちゃんならアイドルになれるって信じてるよ』

忍(……この声は)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1498251099

以前書いた
工藤忍「飛び出し娘と一人の異星人」
工藤忍「飛び出し娘と一人の異星人」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1477807410/)
の続きです。

ピピピピ、ピッ

忍「……朝だ」

忍「えっと今日の予定は、まず菜々さんと待ち合わせして、アレを買って」

忍「それからはショッピングを……よし」

忍「今日も頑張ろう!」

駅前

菜々「あ、忍ちゃんこっちですよ。こっち」

忍「おはよう菜々さん。今日は付き合ってもらってごめんね」

菜々「いいんですよ。ナナも楽しみにしてるんですから。じゃあ本屋さんに案内しますね」

忍「うん!」

忍(先日、とある雑誌のために写真を撮った)

忍(大きな本屋さんの片隅にしかないような、全然マイナーな雑誌だけれど)

忍(アタシの写真が載った初めての雑誌。今日はそれの発売日)

忍(まだ土地勘がないから菜々さんに道案内をお願いした。そして今アタシの目の前には)

菜々「……ありましたね」

忍「……うん」

忍(もちろん表紙を飾ったわけではないので、まだ確認はできないけど、目的の雑誌があった)

菜々「じゃあ、ナナ買ってきます」

忍「え、そんな悪いよ。アタシが買うから」

菜々「買わせてください。ナナだって忍ちゃんのファンなんですから。今日だってそのために来たんですよ」

忍「菜々さん……!」

菜々「よしよし。レジ行くのでちょっと待っててくださいね」

ファミレス

忍「じゃあ、開けるね」

菜々「はい」

忍「……!」

菜々「あ。ほら、載ってますよ忍ちゃん。ねえ、しの」

忍「……」

菜々「……」

忍「……アタシ、本当にアイドルになったんだね」

菜々「……はい」

忍「雑誌の1ページに写真が載ってるだけだけど、でも」

菜々「はい。今の忍ちゃんは誰がなんと言おうと立派なアイドルです」

忍「……グスッ、アタシ本当に、アイドルに」

菜々「はい」

忍「……グスッ」

菜々「……」ナデナデ

忍「ごめん、カッコ悪いとこ見せた」

菜々「そんなことないですよ。ナナの時はもっと酷かったですから」

忍「そうなの?」

菜々「ええ。プロ、ついてきてくれた人もナナと一緒に号泣しちゃって、大変でした」

忍「それは収拾つかないね」

菜々「大の大人が二人で抱き合って大泣きしてる様にまわりは引いてましたね」

忍「大人が二人?あ、もしかして着いてきたのってプロデューサーさんとちひろさん?」

菜々「え!?あ、はい。そ、ソウデス」

忍「へえ、プロデューサーさんはともかく、ちひろさんも大泣きするんだ。ちょっと意外かも」

菜々「あ、あはは」

菜々「それで、どうです?改めて感想は」

忍「すっごくすっごく嬉しい。アタシにアイドルを諦めるよう言ってた人達に自慢したいくらい」

菜々「なら電話します?お母さんに報告とかしますよね?」

忍「うーん、どうしよう。また喧嘩になるかもだし」

菜々「絶対電話した方がいいですよ。きっと喜んでもらえます」

忍「どうだろ?まわりの誰よりもアタシがアイドルになるの反対してた人だから……あ」

菜々「どうしました?」

忍「一人だけ、報告しようかな。あの子には言っておいた方がいいかも」

菜々「お友達ですか?」

忍「うん、幼馴染。あとたぶんアタシのアイドルになるって夢を応援してくれてた子」

菜々「たぶん?」

忍「その子は『忍ちゃんならアイドルになれるよ』って言ってくれてたんだよ。でも当時のアタシはそれを言葉通りに受け取れなかった。皮肉を言われてると思っちゃって」

忍「だから家を出る時はその子にも何も言わないままでさ」

菜々「忍ちゃん、その子はきっと」

忍「うん。今ならわかるよ。あの子の言葉に裏なんかなくて、本当にアタシが夢を叶えられると思ってくれてた」

忍「相手を信じられなかったのはアタシの方。だから謝罪もこめて電話しようかな」

菜々「そうですね。じゃあどうぞ」

忍「え?今するの!?」

菜々「そういう電話は後になるだけかけづらくなるんですよ。善は急げ、です」

忍「んー、わかった。今かけるよ。ちょっと席外すね」

菜々「はーい。ナナはここで待ってますね」

菜々(……と言いつつ、こっそり聞こえる場所まで移動するナナなのでした)

忍「……よし。……いや、まだ心の準備が」

菜々(これは長引きそうですねぇ)

少女「お姉ちゃん!」ギュッ

菜々「へ?」

少女「もう、お姉ちゃんったらどこ行ってたの?探したんだよ!」ギュー

菜々「え?あ、あのお姉ちゃんってナナのことですか?」

少女「あつみ、寂しかった」モミモミ

菜々「あ、あの!ナナはあなたのお姉さんじゃありませんよ!?」

少女「……え?あ、本当だ。ごめんなさい、お姉ちゃんに雰囲気が似てたから」

菜々「いえいえ。それよりお姉さんとはぐれちゃったんですか?」

少女「うん。気付いたらお姉ちゃんがいなくて、探してたの。それで疲れたからここで休憩してたら、お姉ちゃんみたいな人がいたから……。ごめんなさい」

菜々「そうですか。あ、だったらナナもお手伝いしますよ?今はナナのお友達もいて、その子もきっと手伝ってくれます」

少女「ありがとう。でもいいよ。今会ったばかりの人にそんな迷惑かけるわけには」

ピリリリ

菜々「あ、携帯が鳴ってますよ。お姉さんかも」

少女「え?いや、そんなはずは……こ、この番号は!」

菜々「出ないんですか?お姉さんじゃなかったですか?」

少女「え、えーっと」

忍「出ないの?お姉さんからかもよ」

少女「ええっ!?し、忍ちゃん!?なぜここに!?」

忍「愛海ちゃんにお姉さんがいたなんて初耳だけど」

愛海「いや、そのこれは……」

忍「で、なにやってるの」

愛海「ご、ごめんなさいー」

菜々「え?え?お知り合いですか?」

愛海「棟方愛海です!可愛い女の子と柔らかいお山が大好き!」

菜々「ウサミン星からやってきた永遠の17歳、安部菜々ですっ!」

忍(濃いなぁ)

菜々「それで忍ちゃん?この子は」

忍「……アタシの幼馴染。残念ながら」

愛海「残念て」

菜々「幼馴染?もしかしてさっき言ってた忍ちゃんの夢を」

忍「待って。そうだけどそれは言わないで」

菜々「あ、はい」

愛海「よくわからないけど、久しぶり忍ちゃん。元気だった?」

忍「……はぁ」

愛海「ため息やめようよ。そうだ、元気がないならお山のマッサージしてあげようか」

忍「……はぁぁ」ワシャワシャ

愛海「あ、やめて!お団子ヘアーを潰しにかかるのやめて!」

忍「菜々さん。こういう子だよ」

菜々「あ、はい。なんとなくわかりました。忍ちゃんの心労も」

菜々「ところで愛海ちゃんはどうしてこっちに?お家は青森ですよね?」

愛海「ああ、それは」

忍「言っておくけど、アタシは帰らないから」

菜々「忍ちゃん?」

忍「どうせアタシのお母さんに言われて連れ戻しに来たんでしょ。でもアタシは帰らないよ。もうアタシはアイドルになったんだから。何と言われようと帰らない」

菜々「忍ちゃん……」

愛海「うん、知ってる」

忍「あ、あれ?」

愛海「忍ちゃんが何と言われようと帰るつもりないのも、忍ちゃんがアイドルになったのも知ってるよ。ほら」

菜々「あ、それ今日発売の雑誌」

忍「買ってくれたの……?」

愛海「もちろん。これ、いい写真だよね。こう、お山のカーブが」

忍「本人を前にしてそういうこと言うのやめて」

愛海「おめでとう忍ちゃん。あたしは忍ちゃんならアイドルになれると信じてたよ」

忍「あ、ありがとう愛海ちゃん。あとその、ごめん」

愛海「何が?」

忍「愛海ちゃんに何も言わずに出ていったこと、とか」

菜々(よく言えましたね忍ちゃん)

忍(う……菜々さんの視線が生暖かい)

愛海「べつに気にすることじゃないって。それよりどう?アイドル楽しい?」

忍「うん、楽しいよ!とっても毎日が充実してる!」

愛海「……」

忍「どうしたの、ぽかんとして」

愛海「あ、うん、なんでもない。そっか、そんなに楽しいんだアイドル」

忍「うん!」

忍(あの後、愛海ちゃんも交えて三人で遊んだ)

忍(通りすがる女性に向かおうとする愛海ちゃんを菜々さんと止めたり)

忍(ちょいちょい菜々さんに手を出そうとする愛海ちゃんに釘を刺したり)

忍(ナンパしてきた男性とお山の話で意気投合する愛海ちゃんをひっぺがしたり)

忍(……やっぱりあの子といると疲れるね、うん)

忍(『都会は人がいっぱいでいいね!あたしもこっちに住もうかな』と言っていたが勘弁してほしい)

忍(そんな愛海ちゃんはすでに親と交渉して、数日は学校も休んでこっちに泊まることに決めていたらしい。愛海ちゃんのお母さんはそのへん自由でいいなあ)

忍(ウチに泊まるか聞いたけど、ホテルに泊まってるから大丈夫と言っていた)

忍「まあ、色々大変だったけど。でも、話せてよかったよね。うん」

忍「……」

ポパピプペ

忍「……もしもし、お母さん?アタシ。あのね実は今日」

翌日

忍「あ、菜々さん。おはよう」

菜々「おはようございます、忍ちゃん。忍ちゃんも今事務所についたところですか?」

忍「うん。なんだかじっとしてられなくて学校から急いできちゃった」

菜々「ふふっ、元気いっぱいですね。昨日同郷の愛海ちゃんに会ったからでしょうか」

忍「う、うん。まあね。でも菜々さんも早いね。学校終わるの早かったの?」

菜々「うぇ!?ま、まあそんなところですよ」

忍「……?とにかく事務所入ろうか」

菜々「それにしても愛海ちゃんは変わっ、個性的な子でしたね」

忍「変わった子だよ。地元でも『黙ってれば美少女』って言われるぐらいに」

菜々「確かにすごい可愛い子でしたね」

忍「黙ってる時がないのが難点だけどね」

菜々「あ、あはは。……あれ?あそこでプロデューサーさんと話してるのって」

モバP「おはよう二人とも。早かったな」

忍「……どうして」

モバP「ん?」

忍「どうして愛海ちゃんがここにいるの?」

愛海「あれ、忍ちゃん?ここって忍ちゃんのいる事務所だったの?うわ、すごい偶然!」

モバP「なんだ、お前達知り合いだったのか。実はな」

愛海「忍ちゃん!あたしもアイドルやることにするよ!」

忍「え……」

モバP「さっき街中でスカウトしてな。ちょっと話したら意気投合しちゃってさ」

菜々「愛海ちゃんと意気投合って、なんの話題でですか!?」

モバP「あ……や、山の美しさ?」

菜々「……プロデューサーさん」

モバP「ごめんなさい!」

愛海「それでアイドルになったらたくさんの女の子と友達になれる、って話になってじゃあアイドルになろう!って。でもまさか忍ちゃんのプロデューサーだったなんて!」

忍「……」

愛海「アイドルの話は魅力的だけど、まだ悩んでたんだ。でも忍ちゃんも一緒ならアイドルに」

忍「……ふざけないで」

愛海「え」

モバP「忍?」

菜々「し、忍ちゃん?」

忍「ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」ガチャッ

愛海「あ……」

菜々「お、追いかけます!」

モバP「いえ、俺が追います。愛海のことお願いします」

菜々「は、はい」

愛海「……」

忍「……っ!」

モバP「待て、忍!」

忍「追いかけて来ないでっ!」

モバP「話を聞いてくれ!」

忍「聞くことなんてないよ!アタシが間違ってるのはわかってるもん!プロデューサーさんも愛海ちゃんも悪くないのはわかってる!」

モバP「忍!」

忍「だからアタシのことなんて放っといてよ!」

モバP「しの、ゴホッ……ごめん、マジで待って……もう無理、オエッ」

忍「息切れ早いねっ!?」

忍「はい、水」

モバP「あ、ありがゴホッ、とう」

忍「追いかけた相手に介抱されてどうするの。プロデューサーさん体力なさすぎ」

モバP「スーツだからは、走りにくいんだよ……ジャージだったら余裕で追い抜いてる……」

忍「追い抜いちゃダメでしょ。まったくもう」

モバP「はは、は……」

モバP「なあ、忍」

忍「わかってるよ。こんなのアタシの我が儘だってことは」

モバP「……」

忍「アタシが家を飛び出して色んな事務所のオーディションに行ってようやくなれたアイドルに、愛海ちゃんが街を歩いただけでなれちゃうのも」

忍「アイドルに憧れてないけどアイドルになろうと思うのも」

忍「何もおかしくないし、愛海ちゃんは悪くない。悪いのはそれに納得できないアタシだって、ちゃんとわかってる」

忍「ちゃんと、わかってるんだよ……!」

忍「ずっとまわりに言われてきたよ。アイドルはアタシより愛海ちゃんの方が向いてるって」

忍「でも、気にしてなかった。アイドルになりたいのはアタシなんだから。アイドルに向いてなくても、アイドルに向かいたいのはアタシなんだから、他の人なんて関係ない。そう思ってたのに」

忍「なのに……なんで愛海ちゃんがアイドルになっちゃうの!あの子にアイドルになる理由なんてないのに!どうして!」

モバP「……」

忍「ごめん。今のアタシ、嫌な子だ」

モバP「そんなことないさ」

モバP「人間なんだから、嫌な気持ちになることが1つや2つあって当然なんだよ。好きだったり真剣だったりするものについてなら、尚更な」

モバP「さっき言ったのだって、それだけ忍がアイドルに本気だってことだろ」

忍「……」

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