裕美「火曜シンデレラサスペンス劇場?」 (132)

――昼、商店街(ワカンセ通り)

店長「はい、補助券10枚ね。ふくびき1回分だから頑張って!」

裕美「……」ガラガラガラッ!!


カランッ!


店長「大当たりぃ~!!」チリンチリーン!!

裕美「え?」

店長「大当たりだよ嬢ちゃん! 2等の43インチ薄型テレビ、これ1本しか入ってないからね!」

裕美「……」

店長「今日はお母さんと一緒かい? これ、家のテレビも新しくなってお父さんも喜ぶんじゃないのかい?」

裕美「あの……私、寮に住んでるんですけど……」


……
…………


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――夜、女子寮(裕美の部屋)

裕美「はぁー……疲れた」

裕美「ようやくテレビの設置も終わったし……みんなに手伝ってもらちゃったけど……」

ピッ!

『さあそれでは次に登場するチャレンジャーは……!』

裕美「テレビ……大きい。部屋の中がちょっと狭くなったような」

『おおっと智絵里選手、そのまま船から落下して海に飲み込まれたー!!』

裕美「えっと、チャンネル……あ、このボタンが番組表……」ピッ

裕美「……ふうん、寮では居間でテレビ見てたから、大人の人たちが見るニュースとか、小さい子たちが見るアニメばかり流れてたけど」

裕美(色々あるんだ……野球、食レポ……どれか見ようかな……)

裕美「あっ」


『火曜シンデレラサスペンス劇場』


裕美「火曜サスペンス劇場……ドラマだよね。そういえば昨日、ユッコちゃんが……」


……
…………




裕子『聞いてください裕美ちゃん! この前ユッコたちが撮影を終わらせたドラマが明日放送するんですよ!』

裕子『サイキック美少女ユッコがなぜか主役に選ばれてしまった2時間ドラマ、是非ぜひ見てください!』

裕子『いえ、むしろユッコのサイコキネシスで裕美ちゃんがドラマを見るように明日しっかりと誘導しておきますから!』


……
…………



裕美「そんなこと言ってたような……も、もしかして今日行った商店街の福引でこのテレビが当たったのもユッコちゃんの……!」

裕美「……なーんて、でもせっかく大きなテレビが部屋に入ったし、ユッコちゃんにも見てねって言われたし……今日は、ドラマ見ようかな」

裕美「20時59分……そろそろ始まるし、チャンネル切り替えてっと……」

ピッ!


――
――――



『火曜シンデレラサスペンス劇場』



『サイキックアイドル堀裕子シリーズ 熱海温泉旅館殺人事件』




※この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません


……
…………
………………
……………………





――必ず……貴方を殺します。私は……貴方を……。





……
…………

――2016年8月4日 15時36分、愛知県名古屋市中区、中警察署

「おーい早苗、連休中の引継ぎ、済ませてんのか?」

早苗「はいはい今やってますよーって……んっとに、この前の事件も終わったばかりなんですから、少しくらいゆっくりさせてくださいよ」

「つってもお前、明日から熱海行くんだろ? 前の事件の書類の後始末と、持ってる案件の引継ぎ忘れんなよ」

早苗「分かってますって。アタシは大丈夫ですけど……ま、旅行中にまた事件が起きて戻ることがないといいけど……」

「こればっかりは分かんねぇからなぁ。ま、ゆっくり休んどけよ」

早苗「了解。あ、そういえばボスは?」

「ボスなら午前中に本部に行ったよ。事件の話でちょっとあってな……んで、終わったらそのまま東京まで行くってよ」

早苗「ふーん……ま、それじゃあ休暇終わってからでいっか。焼肉連れてってくれるって話だったんですよね」

「そりゃ来週末の話だろ……ほら、いいからお前はさっさとやることやっとけ」

早苗「んっとに……ボス、アタシがオススメした店の場所、ちゃんと覚えてるのかしら……」


……
…………

――18時04分 東京都渋谷区、CGプロダクション事務所(事務室)

『愛知県名古屋市で発生した連続強盗殺人事件、先月7月18日に犯人が逮捕されてから2週間が経過し、被害者遺族の声は――』

裕子「……」

藍子「……」


P「……」カタカタカタカタッ!

prrrr!

P「はいCGプロダクションです……お世話になっております、はい、Pです」


美優「……裕子ちゃん、藍子ちゃん、コーヒー……飲みますか? 今用意していますけど」

裕子「いただきます!」

藍子「すみません、ありがとうございます」

智絵里「あ……わ、私も文香さんも……いい、ですか?」

文香「……」

美優「それじゃあ……ええと、とりあえずみんなの分、ね?」

楓「自由行動1日目のユッコちゃんたちの行き先はここ……私と美優さんの行き先は……」

裕子「むむ? 楓さん、何やってるんですか?」

楓「明日からの旅行、自由行動の日にみんなが行く予定の場所をまとめておかないと……何かあったら大変じゃないですか?」

藍子「そうですね。花火大会の時期で、私たち以外の花火を見に来るお客さんもたくさんいると思いますし」

楓「大丈夫ですよ。親水公園、結構大きいとこみたいですし混んでても花火は見えますよ、きっと」

裕子「へー……」


文香「……」

P「はい……いえ、こちらこそ申し訳リません。また次回、よろしくお願いします。はい……では、失礼します」


智絵里「……文香さん、ど、どうしたんですか?」

文香「……いえ」

智絵里「あ、あの……あ、あんまり、気にしてたら、ダメだって思って……私も、前は……」

文香「はい……私自身、理解は……しておりますので」


『魔法少女マジカルガールズが今度は映画で大暴れ! 前売り券を買うとゲームで使える劇場限定カードが1枚もらえちゃう!』


裕子「むむっ! 映画ですか……前売り券、買っておかないと!」

藍子「もらえるカード、ランダムなんですね……」



P「……こんなもんかな。そういえば、みんな明日の準備は出来てるのか?」

裕子「当然バッチリです! プロデューサー、ユッコを舐めてもらっては困りますね!」

藍子「ユッコちゃん、旅行が決まってから毎日仕事が終わったあとに買い物に行ってるんですよ? あれも必要これも必要って」

智絵里「わ、私も……昨日のうちに、バッグに着替えとか、用意しておきましたから……」

楓「私も用意してますよ。鞄に入りきらなかったお酒はどうしようかと思ってますけど……」

P「それは置いてってください」

美優「そ、そうですよ……旅館についたら、たくさんお酒も出ますし……どうぞPさん、コーヒーです」

P「ああ、すみません美優さん。いただきます」

楓「旅館で飲むのもいいですけど……せっかくの熱海の花火大会ですし、花火を見ながら外でグイッと……」

文香「……」

裕子「あははは……ま、まあ楓さんなら今さら、ですよねぇ……」

P「程々にしてくださいよ……さてと、メールも転送して……よし終わり! みんな、そろそろ事務所閉めるぞー」

藍子「もう大丈夫なんですか?」

P「休み中に仕事は入れてないし、他所への連絡も全部送ってるし大丈夫だよ。ほらほら、テレビ消して戸締り確認して帰るぞ」

裕子「ちょ、ちょっと待ってください! まだコーヒーを飲み終わってなくて……うわぁっつぁ!?」

美優「ゆ、裕子ちゃん、そんなに慌てて飲まなくても……」


……
…………

――23時45分 東京都渋谷区、CGプロダクション事務所(事務室)


P「……ええ、はい。あれから事務所に引き返して少し」

P「大丈夫です。そろそろ俺も引き上げますよ……はい、それじゃあ当日は」

P「まあ……もう決めましたからね。後は……俺次第なのか、彼女次第なのか……」


P「それじゃあ、遅い時間に電話してすみませんでした。失礼します」ピッ!


……
…………

――8月5日 13時21分 愛知県名古屋市中村区、名古屋駅(改札前)

早苗「ふわぁ……ねむ、昨日飲み過ぎたかしら……」

ピーッ! ピーッ!

早苗「んん!? 何よこの改札……あ、違った。TOICAじゃなくて乗車券だったわね……買ってたんだった。えーと、券、券……」

早苗「あった。ほれ改札君、ご所望のブツよ」ピッ!

早苗「ふぃー……えーと、熱海に着くのは……15時30分頃ね。新幹線乗ったら、ちょっと寝てようかしら」



早苗「それにしても……旅行行くなら誰か誘えばよかったわねぇ……」



……
…………

――15時18分 静岡県熱海市田原本町、熱海駅前

裕子「熱海だー! ユッコ、熱海の地に立つ!」

文香「予定通り……着きましたね。次は、旅館までの移動ですが……」

智絵里「ちょっと涼しいかも……」

藍子「海が近いですからね。ふふっ、晴れてよかったです」

P「んーと、バス停はどっちだ?」

美優「駅の案内板、どこに立ってるんでしょうか……」

裕子「探してきますか?」

楓「あ、大丈夫ですよ。さっき改札出たとき、駅の窓口脇に置いてあった旅行会社のパンフレット貰ってきちゃいましたから」

裕子「さすが楓さんですね。えーっと『熱海観光グループ ふるーる熱海バス』パンフレットにバスの停留所も書いてますね」

P「えーっと、駅から出て……商店街とは反対方向か。よし、移動するか」

裕子「海辺のあたみマルシェ、親水公園あたみビール祭りのご案内……はぁはぁなるほど、楓さんがパンフレットを取った理由はこれですか」

楓「ふふふっ……夜の花火大会、楽しみですね」

美優「ほ、程々にしてくださいね……」

……
…………

――16時02分 熱海市和田浜南町、温泉旅館『花月 花の湯』、花影館1階(受付)

裕子「ほえええええ広い……あ! 藍子ちゃん智絵里ちゃん見てください、お土産コーナーですよ!」

藍子「ゆ、ユッコちゃん待ってください……」

智絵里「お、おみやげっ! か、帰るときじゃないと荷物になっちゃう……」


楓「みんなあまり騒がないで、他のお客さんのご迷惑にならないようにしないと」

美優「海……思っていたより、近いですね……」

文香「そうですね……目の前、少し歩けばすぐのところで……」


P「はいそうです。7人で予約しているPです、二部屋続きの部屋で予約しているはずですが……」

受付「P様……はい、確認が取れました。花月館6階、605室でご予約を頂いております。お部屋までの移動についてですが……」

裕子「んー……」

智絵里「へー……」

藍子「へぇ」

楓「どうしたの? 3人揃って……あ、旅館の見取り図かしら?」

裕子「いまユッコたちのいるロビーが花影館、予約したお部屋のある場所が……」

藍子「隣の花月館の6階ですね。花影館の2階はラウンジに、3階から5階までが客室で、6階が温泉ですね。3階より上ならエレベーターでどこからでも花月館にいけるみたいです」

智絵里「花月館は、1階と2階がなくて、3階が宴会場になってて……4、5、6階が客室、6階の一部が露天風呂って書いてます」

楓「温泉も……2箇所あるのね。花湯と月湯、それぞれ入れる時間が決まってるみたいね」

藍子「男女交互にチェックインの時間が変わるみたいですね。夜に私たちが入るなら……えっと、月湯が夜中の1時まで入れるみたいですね」

智絵里「わ、忘れないようにしないと……」

裕子「なあに大丈夫ですよ! 智絵里ちゃんが忘れてもユッコのサイキックパワーで思い出させてあげますから!」

智絵里「そ、そう……」


P「おーいお前らー、受付済んだから部屋まで行くぞー」

裕子「あ、はーい!」

……
…………

――16時12分 『花月 花の湯』、花月館6階(605室)

裕子「二部屋! ふすま! 和室もいいですねぇ~」ガラッ! ガラッ!

藍子「そんなに襖動かさなくても……」

楓「テレビテレビ……」ピッ!

『8月2日に熱海市春日町で発生した殺人事件、犯人は未だ見つかっておらず……』

楓「あら……」

『被害者を刺した凶器となるナイフのみが、事件現場から500メートル先、国道135号線を越えた熱海海岸自動車道で発見されました』

藍子「怖いニュースですね……」

裕子「昨日も名古屋の事件、ニュースで流れてましたからね」

楓「そうね……さてと、私たちの荷物は置くの部屋にまとめて置いておきましょうか」



P「すみません、俺が1部屋丸ごと使っちゃって……1人だけ個室で全然良かったんですけど……」

美優「いいんですよ。事務所のお金で旅行行くんですから……みんなで楽しみませんと」

文香「……その……就寝のときには、襖も閉めますし……内風呂を使うときだけ、私たちのほうで……気に留めておきますので」

P「それはそれで気を遣ってもらって何だかな……」

智絵里「わぁ……ベランダから見える海、凄く……キレイですね」

P「ん? ああそうだなぁ……歩いてすぐのところに海があるのも、いいなぁ……」

美優「……ええと、親水公園は向こう側ですよね。旅館を出て左手側に歩いた先で」

智絵里「観光協会があるんですよね……ここからなら、歩いて10分くらいで行けそうです」

P「まあでも、ここにいる間はバスも使ったりするだろ?」

美優「自由行動の日は、買っておいたほうがよさそうですね……観光もしますし」

文香「……あれは、なんでしょうか?」

智絵里「あれ……?」

美優「空に……飛行船が飛んでますね」

P「あー、なんだっけ……そうそう、屋外用の飛行船広告だよ。夏の時期で花火大会だし力入れて宣伝もするよなぁ」

美優「海と……静かに空を移動する飛行船……絵になりますね」

藍子「あれ、みなさんベランダで何見てるんですか?」

智絵里「い、いまね、飛行船が飛んでて……白くて大きい風船みたいな……」

藍子「そうだったんですか? いいなぁ……私も見てみたかったです」

裕子「もー! みんな自分の荷物は自分で片付けてくださいよー」

智絵里「あ、ご、ゴメンねユッコちゃん……」

P「ま、そのうちまた飛ぶんじゃないか? 確か1日に2回くらい飛ばしてるって話だし」


裕子「プロデューサー! 私たちの荷物、とりあえず整理しておきましたよ!」

楓「奥の部屋の脇に寄せただけですけどね」

美優「これから、夜までどうしましょうか?」

裕子「温泉ですか! 観光ですか! それともサイキックパワーの訓練ですか!?」

P「んな訓練するかっ! っとに、プロフェスの打ち上げ旅行に来てまで何をやろうとするんだお前は……」

藍子「6月のプロダクションマッチフェスティバル、今までで一番いい順位でしたからね」

楓「みんなが頑張った結果、ですね。今回の旅行は、そのお祝いも兼ねてますから」

P「今回の旅行でしっかり疲れも取って、次の仕事も頑張らないとな」

文香「……」

裕子「というわけで、それで夜になるまではどうしますか?」

楓「夕食は夜の6時頃みたいですし……先に温泉、行っちゃいますか?」

藍子「そうですね。花火大会も20時過ぎから始まるみたいですし」

P「それじゃあみんなで風呂行くかぁ」

裕子「……覗くのはダメですよ!? サイキックガードは張っておきますけど!」

P「そんなことしたら俺のプロデューサー人生が終わるわ!」

美優「……」

智絵里「あ、あはは……そ、それじゃあ、いきますか? ふ、文香さんも……」

文香「……はい」

楓「温泉、温泉ー……♪」


美優「……プロデューサー人生、ですか」


裕子「美優さーん、早くいきましょう!」

美優「あ……は、はいっ」


……
…………

――19時13分 『花月 花の湯』、花影館1階(受付)

早苗「んー……花火、20時20分だっけ……出るの遅くなったけど、公園入れるかしら」

早苗「ま、出店でビールは買うとして……出店のほうは混んでそうだし、おつまみは先に売店で買っとこうかしら」


<ユ、ユッコチャーン……


早苗「うん?」


裕子「見てください! このお土産用の、旅館の名前が彫られている箸!」

裕子「和風ならではということでサイキックスプーン曲げではなくサイキック箸曲げをやってみせたほうが明日の宴会芸も……」

智絵里「だ、ダメですよ……ちゃ、ちゃんと買ってから曲げないと……」

藍子「そもそもお箸って木やプラスチックで出来てるから、曲がらないで割れちゃうんじゃ……」

裕子「いやいや! 割れたら割れたでサイキックパワーの証明になるのではないかと……」



早苗「……」

早苗(アホだ……アホの子がいるわ。アホの子が売店でアホみたいなことを言ってる……)

早苗「……おつまみも出店で買うかぁ」

……
…………

――20時16分 熱海市渚町『親水公園』(スカイデッキ)

裕子「も、物凄く混んでますね……」

藍子「花火を見に来るお客さん、こんなにたくさんいるんですね……人で埋まっていますし」

楓「……」ズーン……

美優「か、楓さん……元気だしてください、ね?」

智絵里「ど、どうしたんですか、楓さん……?」

文香「……ここでは、あたみビール祭りが開催されていたみたいですが……どうやら、8月1日から4日までだったようで」

裕子「あっ……」

P「ここに来る途中で買ってきたビール、もう全部飲んだからな……」

楓「ビール……ビール……うううう……」

裕子「そんな世界の終わりに立ち会ったような顔しなくてもいいと思いますけど」


P「仕方ないな……そろそろ花火始まるけど、出店まで行って買ってくるか」

美優「お、お1人で、大丈夫ですか? たくさん買うことになると思いますし……わ、私も、付いていきます」

P「まあ1杯2杯じゃ足りないか……それじゃあ行きましょうか。文香、悪いけど戻ってくるまでみんなのこと見ておいてくれ」

文香「はい……」


……
…………

――20時21分 『親水公園』(スカイデッキ)

智絵里「あっ……花火」

藍子「わぁ……」

楓「お酒……ビール……」

裕子「楓さん楓さん、花火始まりましたよ」

楓「えっ?」

藍子「綺麗ですね。やっぱり間近で見ると凄いです」

裕子「いやぁ、夏って感じしますね! ここはいつも花火大会やってるみたいですけど」

文香「……プロデューサーさんと、美優さん、花火までに戻ってきませんでしたね」

楓「え?」

智絵里「プ、プロデューサーさんたち、来る途中にあった出店に行ってビール買ってくるって……」

楓「……」

裕子「あー、ユッコたちの分のジュースもお願いすればよかったでしょうか?」

藍子「ま、まあ花火大会は21時で終わりみたいですから」

楓「……私、ちょっと様子見てこようかしら」

裕子「え?」

楓「ほら……ビール飲みたいの、私だから……Pさんたちのところに行って、荷物持ちくらいはしないとバチが当たっちゃいますし」

藍子「1人で大丈夫ですか?」

楓「出店の場所なら、さっき通ったし大丈夫。文香ちゃん、私もちょっと行って来ますね」

文香「……分かりました」

智絵里「あっ、また花火上がりましたよ」

裕子「サイキックたーまやー!」

……
…………

――20時27分 『親水公園』

楓「えっと、確か出店はこっち側に……」

楓「あ……」



P「ようやく買えそうですね……随分並んだなぁ……」

美優「そう、ですね……思っていた以上に、混んでますね」

P「行けるならムーンテラスで花火見たかったんですけどね。仕方がないか」

美優「……私も、行きたかったです。Pさんと2人で」

P「な、なんですかその言い方は……」

美優「ふふっ……何でもありません。少し、そう思っただけで……Pさんも、本当は2人きりで……ここに来たかった……とか」

P「……んぅ」

美優「す、すみません、困らせちゃいましたね……私」

P「いや、まあ……正直なことを言うと、そうですから」

美優「……花火、始まりましたね」

P「そうですね。買う物買って、早くみんなのところに戻らないと」



楓「……」


……
…………

――20時31分 『親水公園』(スカイデッキ)

P「おーい、買ってきたぞー」

裕子「おかえりなさーい」

美優「ごめんなさい、出店も凄く混んでて……」

楓「買えたからオッケーです」ゴクゴクッ!

文香「楓さんも……一緒に戻ってきたのですね」

P「店の列に並んでたら楓さんが追いかけてきたから、そのまま一緒に並んで戻ってきたよ」

智絵里「プロデューサーさん。花火、まだ続いてますよ」

P「おう。みんなの飲み物もついでに買ってきたから、後はゆっくり見てようか」

藍子「わぁ、ありがとうございます」

裕子「さすがプロデューサー! それじゃユッコはコーラで……」

文香「あ――」

美優「……あ、また花火あがりましたよ」

P「ん、そうですね。久しぶりにのんびりして花火見て観光……たまにはいいなぁ。明後日は熱海城にも行ってみたいな」

美優「ふふっ、そうですね」

楓「今日からたくさん、羽を伸ばしましょう。せっかく熱海まで来たんですから」

文香「……」

裕子「でもムーンテラスに行けなかったのは残念ですね……これだけ混んでたら仕方がないですけど、きっとあっちのほうが眺めよかったですよねぇ」

藍子「明日、私たちはサンビーチに行く予定ですし、終わって時間が余ったらムーンテラスに寄りましょうか?」

智絵里「う、うん。あ、でも帰りにみんなで行くのも……私たちだけじゃなくて、プロデューサーさんや美優さん、楓さん、文香さんも、みんなで……」

裕子「まっ、それもそうですね」

智絵里「プ、プロデューサーさん、みんなで一緒に、ムーンテラス行ってみましょうね」

P「いいぞ。イベントやってなければ空いてるみたいだしな」


――
――――

――女子寮(裕美の部屋)

裕美「あ、CM入った……」

裕美「うーん、これ絶対Pさん死ぬよね。痴情のもつれ、っていうやつ……」

裕美「犯人になりそうな人……美優さんか、楓さんか、文香さん……藍子ちゃんと智絵里ちゃんは関係なさそう」

裕美「それかPさんが誰かを殺しちゃうか……どうなるんだろ」

裕美「……でも主役はユッコちゃんだし、ユッコちゃんの活躍を楽しみにしてようかな」

裕美「そうだ」ポパピプペ

prrrr!!

裕子『はい! サイキックユッコのテレパシーにお繋ぎされた裕美ちゃん、どうしましたか!』

裕美「あ、ご、ゴメンねユッコちゃん、こんな時間に電話しちゃって」

裕子『いえいえ、今テレビ見てましたから!』

裕美「それ、もしかしてシンデレラサスペンス劇場……?」

裕子『そうです! みんなで寮の居間に集まって撮影のときの話をしながら……ハッ! もしかして裕美ちゃんも!?』

裕美「うん、新しいテレビの初仕事……昨日ユッコちゃんが話してくれたの、覚えてたから」

裕子『さすがです裕美ちゃん……! そうだ、それなら裕美ちゃんも居間で一緒に見ませんか?』

裕美「うーん……ユッコちゃんたちと一緒に見ると、犯人のネタバレとか聞いちゃいそうだし……今回は1人で見ようかなって」

裕子『そうですか! では見終わった後に感想聞かせてくださいね!』

裕美「うん。あ、そろそろCM終わりそうだから電話切るね」

裕子『はーい』

ピッ!

裕美「……うん、誰が死ぬかとか、犯人が誰か予想しながら見ようかな」


――
――――

――8月6日 7時31分 『花月 花の湯』、花月館6階(605室)

ガラッ!

裕子「おあよーございまー……ふわぁ……」

藍子「おはようございます、ユッコちゃん。髪の毛、ボサボサですよ?」

裕子「うーん……昨日は遅くまで起きてたから眠いです」

楓「内風呂か、温泉に入ってサッパリするのもいいですよ。美優さんと文香ちゃんは、今温泉のほうに行ってますけど……」

裕子「それじゃユッコも……ふわぁああああ……温泉入ってきます」

P「智絵里もまだ寝てるのか……今日はみんな自由行動だろ? ユッコ、ついでに智絵里起こして一緒に連れてってやれよ」

裕子「ふわぁぁぁはぁい……あれ、プロデューサーどうしたんですか? スーツ着てネクタイなんて締めちゃって」

P「ん? ああ、ちょっと熱海に仕事先があってな。挨拶するのに顔出しに行こうかと思って」

裕子「旅行中でもお仕事ですか……」

P「まあ挨拶も大事な仕事だよ。9時に会う約束だから俺は別で朝飯食べるけど……みんなはゆっくりしててくれ」

楓「食事処、8時30分からですしね」

藍子「プロデューサーさん、お仕事気をつけて行ってきてくださいね」

P「大丈夫だよ、昼には終わるから……戻ってくるのは午後の2時頃かな。帰ったら昼寝でもしてみんな戻ってくるの待ってるよ」

裕子「はぁーい……智絵里ちゃーん、温泉行きましょ、温泉……」

智絵里「うー……ん……」

……
…………

――11時02分 熱海市和田浜南町『サンレモ公園』公園前(バス停)

藍子「えっと、私と、ユッコちゃんと智絵里ちゃんの3人で行くのが……」

裕子「サンビーチで夏の期間中にやってるウォーターパークで遊んで、仲見世通りの商店街でご飯です!」

智絵里「朝ご飯と晩ご飯は海鮮料理だから……お昼は他の物、食べたいね」

美優「私たちはサンビーチの先にある、新しい水族館に行きますから……」

楓「熱海アクアパラダイス水族館ですね。毎週日曜日にやってるショーを見た後、ゆずの木っていう温泉宿の温泉に入りにいってきますから」

裕子「あー、今年の春に出来た水族館ですよね」

藍子「文香さん、私たちと一緒に行きませんか?」

文香「いえ……私は、やはり今日は、1人で……思うところが、まだ残っておりますから……」

裕子「そうですか……それじゃ明日は、みんなで熱海城に行きましょうね!」

文香「はい……では私は、ここの公園を少し散策してきますので……失礼します」

藍子「……文香さん、行っちゃいましたね」

美優「そうですね……でも、今は仕方がないのかしら……」

裕子「2週間前にダイバーシティでやったミニライブで失敗したの、まだ気にしてるんでしょうか……」

智絵里「文香さん……」

楓「文香ちゃんなら、きっと大丈夫……私たちが気にしてばかりいても、仕方がないと思うわ」

楓「だから、文香ちゃんがしっかり元気になるまで、私たちは待ってましょう?」

裕子「……はい」

……
…………

――11時27分 熱海市東海岸町『サンビーチ』(バス停)

楓「それじゃあみんな、17時頃にサンレモ公園で待ち合わせしましょうか」

裕子「はいっ! お2人も楽しんできてください!」

美優「水族館、ショーまではまだ時間ありますし……これなら水族館もゆっくり見学できそう」

智絵里「す、水族館のショー、何時からなんですか?」

楓「13時30分開始だから……2時間待ってなきゃダメね。私たち、ユッコちゃんたちよりも先に商店街見に行きますか?」

美優「そうですね」

藍子「あ、私たちのほうは12時ですね。水上アスレチックのウォーターパーク、10時から1時間ごとに入れるみたいですから」

裕子「ユッコたちは30分後ですか……早めに水着に着替えましょうか」

楓「それじゃあみんな、また後でね」

裕子「はーい!」

……
…………

――12時10分 『サンビーチ』(浜辺)

裕子「ぶー……」

藍子「ま、まあ仕方がないですよ」

智絵里「ウォーターパーク、結構混んでたもんね……もうちょっと早く来てれば、12時の回で遊べたと思うけど……」

裕子「ユッコのサイキックテレパシーでは11時半までに着けば大丈夫だと知らせてくれていたんですけど……むむむ……」

藍子「13時の回もありますから、それまでは普通に泳いで遊んでましょう?」

裕子「んー、それもそうですね。よし! それじゃあみんなで泳ぎましょうか」

裕子「藍子ちゃんも上着を脱いで、智絵里ちゃんも、ほらっ」

智絵里「せっかく海に来たんだもんね、お、泳がないと……」

藍子「はいっ、私も今日はたくさん遊んじゃいますっ! あ、丁度いいかも……ユッコちゃんと智絵里ちゃん、ちょっとそこに並んでくれますか?」

裕子「ここですか?」

藍子「はい。えへへっ、2人並んで……はい」

智絵里「あ、カメラ……」

藍子「チーズ♪」

カシャッ!

裕子「ブイッ! そういえば藍子ちゃん、いつものカメラ持ってきたんですね」

藍子「泳ぐときは置いておかなきゃダメですけど、海の思い出も大切ですからね。歩いてるときはストラップで首に掛けておけば無くさないですし」

智絵里「あとで、写真見せてくださいねっ」

藍子「上手く撮れてるといいなぁ……」

裕子「よーし、それじゃ海にいきましょー!!」


……
…………

――12時50分 熱海市東海岸町『熱海アクアパラダイス水族館』(受付)

受付「入場券をお願いします」

美優「はい……お願いします」

受付「ありがとうございます」ガチャッ!

楓「お願いします」

受付「ありがとうございます」ガチャッ!



美優「……思ってた以上に混んでますね」

楓「受付通るの、ちょっと時間掛かっちゃいましたからね」

美優「ショーも混んでるのかしら……」

楓「そういえばこれ、入場券の半券、可愛いですね」

美優「そうですね。温泉に入ってるお魚の絵と……でも、入場の時に押してもらったスタンプで絵がつぶれちゃいましたね」

楓「売店でキーホルダーとか、売ってないかしら?」

美優「売店、中を歩きながら……探しましょうか?」

楓「そうしましょうか。あっ、あそこ、さっそく水槽がありますよ」

美優「海の中を再現した水槽……中を静かに泳いでいるお魚、なんて名前なんでしょうか……?」

楓「海の中だから、シーっと静かに泳いでるんですね」

美優「……」

……
…………

――12時55分 『サンビーチ』(浜辺)

智絵里「だ、大丈夫、藍子ちゃん?」

藍子「はぁ……久しぶりに思いっきり泳いで……つ、疲れちゃいました」

裕子「大丈夫ですか? ウォーターパークに行くの、やめておきますか?」

藍子「ううん、私、休んでますから……ユッコちゃんと智絵里ちゃんは遊びに行っててください。入場料も払ってますし」

智絵里「でも……」

藍子「そこに喫茶店がありますし……私は休んでますから2人で楽しんできてください。後で浜辺から見に行きますから」

裕子「そうですか……分かりました、それじゃあ智絵里ちゃん、行きましょうか」

智絵里「うん……」

裕子「藍子ちゃんの分まで、2人で一杯遊びましょう! で、遊んだ後は商店街に行って藍子ちゃんの好きな食べ物でお昼ご飯にしましょうか」

藍子「いいんですか?」

智絵里「わ、私も大丈夫……藍子ちゃん、食べたい物、考えておいてね」

藍子「それじゃあお言葉に甘えて……お店で休んでる間、色々調べておきますね」

裕子「はい! それじゃ智絵里ちゃん、そろそろ時間ですし行きましょうか」

智絵里「は、はいっ……きゃっ! ゆ、ユッコちゃん引っ張らないで……」

藍子「楽しんできてくださいねー」



藍子「……」


……
…………

――13時25分 『熱海アクアパラダイス水族館』大ホール(入り口)

係員「ゲートを通る際には入場時の半券をお出し願いまーす! 本日は大変混み合っておりますので、押さないでくださーい!」

楓「み、美優さん……あっ、あああああっ……」

美優「ああっ、ひ、人の波に流されて……も、もしかして私が流されて……」

係員「1階が満席になりましたら2階席のみの誘導となりまーす! 1階席に入場されたお客様は、座席のレインコートをご着用して席にお座りくださーい!」

楓「み、美優さーん! 混んでますし、ショーが終わったら入り口で待ち合わせにしましょうー……」

美優「は、はいいいい……」

……
…………

――13時30分 『サンレモ公園』



文香「……」




……
…………

――14時30分 『サンビーチ』(浜辺)

裕子「藍子ちゃーん!」


藍子「はーいっ」


智絵里「ご、ごめんね、遅くなって……14時過ぎに終わってたけど、そろそろ商店街に行く時間になっちゃったから、着替えに行ってて……」

藍子「大丈夫ですよ。私ももう着替えちゃってますから」

裕子「いやー、水上アスレチックっていうのも面白いですね。滑り台も結構な高さでしたし!」

智絵里「写真で見るより、すごく大きかったもんね」

裕子「まー入場料取って1時間コースですからね。たくさん遊べないと詐欺になっちゃいますからね」

藍子「あははは……そろそろ商店街まで行きますか?」

裕子「そうですね、もうお腹も空いちゃいましたし早く行きましょうか」

……
…………

――15時14分 熱海市東海岸町、温泉宿『ゆずの木』(受付)

美優「ショー、イルカのジャンプ凄かったですね」

楓「そうですね。美優さん、水掛かって大変だったんじゃないですか?」

美優「まあ……でも、間近で見れたから凄い迫力でしたよ」

楓「受付で流されなかったら私も1階席に行けそうだったんですけど……はぁ」

美優「ま、まあ……」


早苗「はい無料券」

受付「花の湯にご宿泊頂いてるお客様ですね。ありがとうございます、ごゆっくりお楽しみください」


早苗「ん? こんにちは」

楓「どうも、こんにちは」

早苗「ご丁寧にどうも、ここで泊まってるお客さん?」

美優「いえ……私たち、ここの姉妹間の花の湯に泊まっていて……」

早苗「あっ、じゃあアタシと同じだ。こっちの温泉の無料券貰ったから行かないと勿体無いかなーって思ってね」

楓「私たちもなんですよ。無料券出してるの見て……あ、もしかしたらこの人も花の湯に泊まってるのかなって思って」

早苗「そうそう。仕事の休みで来たんだけどねー。でも1人だから暇でヒマで」

楓「そうなんですか? 私たちは……職場の同僚と来ているんですけれど……」

早苗「いいわねぇ、アタシ1人だから夜も宴会場でご飯食べれないし、部屋で1人寂しーく酒飲みながらご飯食べて寝るだけってねぇ……」

美優「……それなら、今日のお夕食、私たちと一緒に食べませんか?」

楓「出来るんでしょうか?」

美優「宿の人にお話して、部屋に料理を持ってきてもらえるか聞いてみる……とか」

早苗「あら、いいの?」

美優「ええ……他の子たちも、特に大丈夫だと思います。あ、でも一応Pさんには……」

楓「ちょっと連絡してみますか?」

早苗「Pさん?」

美優「私たちの……えっと、職場の方、なんですけど……」


prrrr! prrrr! prrrr! prrrr! prrrr! prrrr!


楓「……繋がりませんね。まだ、お仕事でしょうか」

美優「あら……でも、Pさんならきっと、大丈夫って言ってくれますよね……?」

早苗「いいの? アタシがいきなり飛び入り参加しちゃって」

楓「多分大丈夫です。Pさん、あまりそういうの気にしませんし」

早苗「あら~、悪いわね。それじゃお言葉に甘えちゃおうかしら? 夜中に部屋で飲むビール代くらいならアタシのほうで出すわ」

楓「ふふっ、ありがとうございます」

……
…………

――16時57分 『サンレモ公園』(バス停)

裕子「あ、楓さんと美優さん来ましたよ」


楓「みんなー」

美優「お待たせしました」


藍子「私たちもさっき来たところですよ。文香さんが一番乗りでしたけど」

文香「お疲れ様です……今日は、楽しかったですか?」

美優「ええ、とっても……明日は、みんなで観光しましょう」

智絵里「……あの、そちらの方は」

早苗「こんにちは」

裕子「どなたですか?」

早苗「ん? あなた……」

裕子「はい?」

早苗(このまん丸の目、半開きの口、全体的に気の抜けたような表情……このアホ面、どこかで……)


裕子『和風ならではということでサイキックスプーン曲げではなくサイキック箸曲げをやってみせたほうが明日の宴会芸も……』


早苗(き、昨日売店で見たアホの子……)

裕子「?」

楓「えっと、片桐早苗さん……私たちと同じ旅館に泊まっていたみたいで、今日は一緒にご飯を食べようかと思って……」

藍子「いいですね。みんなで食べたほうが楽しいですし」

早苗「いいの? ありがと」

智絵里「い、いえ、せっかくの旅行ですから……一緒に、楽しみましょう」

裕子「ふっ、ふっふっふ……ユッコのサイキック宴会芸のギャラリーがまた1人増えましたね!」

早苗「よ、よろしく……」

裕子「はい! サイキック美少女、堀裕子です!」

藍子「高森藍子です。よろしくお願いします」

智絵里「お、緒方智絵里、です……」

早苗「片桐早苗よ。旅先で会ったのも何かの縁ってことで、よろしくね」

文香「私は……鷺沢文香と、申します」

早苗「ん? 何か元気ないわね。はしゃぎすぎて疲れちゃったの?」

文香「いえ、そういうわけでは……」

早苗「まあまあ、旅行に来るとテンション上がるし仕方が無いわよ。アタシみたいに寂しーく1人旅してるわけじゃないんだしね」

文香「はぁ……では、戻りましょうか。プロデューサーさんも、この時間であれば……お仕事も終わっているかと……」


……
…………

――17時07分 『花月 花の湯』、花月館6階(605室)

早苗「6階なんていいトコ泊まってるのねー、アタシ1人部屋よ?」

楓「私たち、一応団体予約で取ってもらえましたから」

文香「食事も……昨日の夕食は宴会場で出して頂けましたので……」

裕子「それにしても、今日は疲れましたねー」

藍子「海で泳いで、商店街も歩き回りましたからね」

智絵里「帰りはバスに乗っちゃったけど……バスの1日フリーパス券、あんまり使わなかったね」

美優「Pさん、いま帰りま――」

ガラッ!

美優「し……」

文香「え――」

裕子(そこで……ユッコたちは目の当たりにしました)

裕子(開け放たれた窓の先、ベランダで……糸の切れた人形のように崩れ落ちているプロデューサーの姿……)

裕子(プロデューサーの白いワイシャツと、ベランダを赤黒く染めている血が……)

裕子(既にプロデューサーが死んでしまっている現実として、ユッコたちの目の前に突きつけられていて……)


楓「P……さ……」

智絵里「あ、あ……」

美優「きゃあああああああああっ!!」


裕子(美優さんの叫び声が、部屋中に響き渡りました……)


――
――――

――女子寮(裕美の部屋)

裕美「ほらやっぱり、Pさん死んじゃった」

裕美「誰が殺したんだろ……えっと、みんなが自由行動しているときは……」

prrrr! prrrr!

裕美「はい、もしもし?」

早苗『あ、裕美ちゃんテレビ見てた? アタシ番組の中だと刑事やってるでしょ? 出世してて笑っちゃうわよねぇ』

裕美「う、うん……あ、さっき、ユッコちゃんとも電話でドラマの話してて……」

早苗『P君死んじゃったでしょー? 美優ちゃんがきゃああああっ♪ って叫んでるの!』

裕美「最初に死ぬの、Pさんかなーって私も予想してたから……」

早苗『おっ、いいじゃない。まあでも、見る限りP君死にそうだったしねー』

裕美「CM終わったら、ユッコちゃんたちの犯人探しが始まるのかなぁって……」

早苗『そうねー……っと、ユッコちゃんからはネタバレ厳禁って言われてたんだった。それじゃ裕美ちゃん、ドラマの続きもよろしくね♪ それじゃっ!』ピッ!

裕美「次は……うん、ユッコちゃんたちの捜査とか、もうちょっと見てから予想しよう……」


――
――――

――17時08分 『花月 花の湯』、花月館6階(605室)

楓「Pさ――」

早苗「全員動かないで!!」

楓「っ!?」ビクッ!

裕子「えっ……!」ビクッ!

早苗「みんな、部屋の物に触れちゃダメよ! 全員そのまま入り口に固まって、誰も動いていないかお互いに確認し合って!」

藍子「でっ、でもっ……プロデューサー、さん……」

早苗「いいから言われた通りにしなさい! 美優ちゃん楓ちゃん、子供たちを連れて早く!」

美優「……み、みんな……こっち、に」


早苗「チッ……せっかくの休暇だってのに……」キョロキョロ

早苗(現在時刻17時08分、パッと見て部屋は荒らされた形跡無し……手袋持ってきといて助かったわ)

早苗(被害者の状況……出血は左胸……いや、ほぼ中心、心臓付近から、恐らく刃物で一突き……失血死ね)

早苗(死体の様子は……スーツ姿ってことは仕事から帰って着替える間も無く殺されたか……着衣も乱れてる……)

早苗「……ん?」ピクッ

楓「……あの、早苗さ――」

早苗「美優ちゃん、楓ちゃん」

楓「は、はいっ……」ビクッ!

早苗「どっちか1人、急いで受付に行って警察を呼んでもらって。後、ちゃんと説明できるように誰か1人連れて、2人で行って」

楓「……わ、分かり、ました。じ、じゃあ……文香、ちゃん……」

文香「は、は……い……」

ガラッ!


早苗(背広は着ているけど、外は暑いし、仕事が終わった後ってことでネクタイは外したラフな格好、ただ……)

裕子「……あっ」

早苗「ん、何?」

裕子「そ、その……プロデューサーが、ナイフで……その、刺されて……昨日、ニュースで、熱海で人がナイフで刺された事件が……」

早苗「事件? テレビ……はダメね。スマホでいっか……」

早苗(……あった、8月2日、春日町で殺人事件。凶器のナイフは現場から500メートル先の海岸で発見された)

早苗「……」チラッ

楓「……」

智絵里「プ、プロデューサーさん……う、ううっ……」

藍子「そんな、どうし、て……」

裕子「……」


早苗「……とりあえずこのままにしておくのもダメね」

裕子「あの……?」

早苗「みんな、ここは現場保存のため立ち入り禁止にするわ。みんなの知り合い……が、こんなことになって悪いけど、ひとまず部屋から出て廊下で待機して」

楓「……早苗さん、は?」

早苗「……愛知県警察中警察署の片桐早苗よ。静岡は管轄外だからこっちでは深いことはできないけど……とりあえずその話は後」

藍子「け、警察の方だったんですか……?」

早苗「とりあえずみんな、部屋から出て頂戴。熱海署から警察が来るまでは旅館の人に話して別室で待機してもらうのと……旅館の人への細かい話はアタシがやるから」

楓「は、はい……」

……
…………

――17時52分 『花月 花の湯』、花影館2階(ラウンジ)

刑事「片桐刑事がガイシャを確認したのが17時08分、死亡確認も同時刻としてよろしいですか?」

早苗「ええ、それでお願いします。室内については一度、あそこの人たち立ち入ったけど……誰もガイシャには触れてないわ」

刑事「了解……では鑑識が到着するまでの間になるとは思いますが、念のため片桐刑事には引き続きこちらのほうで待機していただくということで……」

早苗「構わないわ、状況的に仕方が無いもの。中署には私のほうからも連絡入れておきますけど、そちらからも一報お願いします」

刑事「ありがとうございます。それじゃ私は、鑑識が到着するまでの間に旅館の従業員に聞き込みをしてきますので一旦これで」


早苗「……ふぅ、どうしたものしかしらね……ん?」



美優「うっ、うう……Pさん……」

楓「どうして……Pさんが、こんなことに……」

藍子「み、みなさん、その……確かに、とっても悲しいですけど……」

文香「ですが、昨日まで……私たちは、一緒……に……」

智絵里「みんなで、花火……プロデューサーさんとも、一緒に、見てたのに……それなのに……」

裕子「ち、智絵里ちゃん……」


早苗(まあ、悲しむのも仕方が無いわね……)

智絵里「うう……プロデューサーさん……うっ、うう……」

裕子「……」

裕子(みんな……こんなに、悲しんで……プロデューサーも……)

藍子「プロデューサーさんを殺した人……もしかしたら、昨日テレビで見た事件の……」

裕子「……」


『被害者を刺した凶器となるナイフのみが、事件現場から500メートル先、国道135号線を越えた熱海海岸自動車道で発見されました』


裕子(ナイフ……海岸……)

裕子「……!」タタタタタッ!

藍子「ゆ、ユッコちゃん!?」

早苗「えっ!? ちょっと、ドコ行くの!?」

裕子「ちょっと出かけてきます! そこの海岸まで!」

早苗「ダメよ! 旅館から出ないで……ちょ、ちょっと待ちなさい!!」タタタタタッ!

裕子(絶対……絶対、ユッコが……!!)


……
…………

――18時06分 熱海市和田浜南町『熱海釣り公園』

裕子「……」ハァッ、ハァッ、ハァッ!

早苗「ちょっとあなた! なんだっけ、堀! 堀ちゃん! 早く旅館に戻りなさい!」

裕子(旅館から出て、海に向かってまっすぐ走った先……きっと、きっとここなら……)

ガサッ、ガサガサッ!

早苗「人の話聞いてる!? いい加減にしないと――」

裕子「いいんです!!」

早苗「っ!?」ビクッ!

裕子「ユッコは……ユッコは……」ガサッ、ガサッ……

ガサッ……

裕子「っ!? あった……茂みの中に……」

早苗「これは……血痕の付いたナイフ……最近熱海で起きてる殺人事件と同じ状況……」

裕子「……」ハァー、ハァー……

ドクンッ、ドクンッ……

早苗「偶然来た旅行者が、事件の犯人と関係のある可能性は低い……であれば、犯人は無差別に殺人を? いえ、でも旅館に宿泊している客を狙うのもリスクが……」

裕子「……」スッ……

早苗「……何?」

裕子「……」キィィィン!



――堀裕子は本物のエスパーである。物体に触れることで、それに触れていた人の思いや強い思念を読み取ることが出来るのだ。



裕子(目の前には、動かなくなったプロデューサー……犯人の、視点……もう、プロデューサーは死んでる……?)

裕子(死んだプロデューサーは、ベランダで仰向けに倒れて……倒れて……)

『……うああああっ!!』

ザシュッ!!

裕子(もう死んでいるプロデューサーに……このナイフを……)

裕子「!?」ビクッ!

早苗「ん?」

裕子「……プ、プロデューサーの、死体」

早苗「どうしたの?」

裕子「もう、死んでた……ナイフで、刺される前に」

早苗「は?」

裕子「死んでたんです。プロデューサー、死んだ後にこのナイフで刺されたんです」



早苗『死体はまだ温かい……スーツ姿ってことは仕事から帰って着替える間も無く殺されたか……着衣も乱れてる……』



早苗「もしかして、あのとき感じた違和感……」

裕子「プロデューサー……!」タタタタッ!

早苗「あっ、ちょっと! もうっ!」


……
…………

――18時18分 『花月 花の湯』、花月館6階(605室)

裕子「ちょっと! すみません、サイキック美少女が通ります!」

刑事「おわっ!? ちょっとキミ! ここは立ち入り禁止だよ!」

早苗「ちょっと堀ちゃん! すみません、アタシが許可してますから!」タタタタッ!

刑事「片桐刑事!? あんたら何を……」

早苗「ちょっと事件発覚当時の確認するだけだから! あ、中署に連絡行ってるか確認してもらえます?」


裕子「……」ハァ、ハァ、ハァ……

P「……」

裕子「うっ……プロ、デューサー……」

早苗「まったく……暴走しすぎ、ちょっと止まりなさい。後、あなたは死体に触っちゃダメよ。あ、血踏んじゃダメよ」

裕子「は、はい……」

早苗「で、なんだっけ? 死んだ後にナイフで刺されたって?」キュッ!

裕子「そっ、そうです。ナイフが刺される前には、もう動かなくなってて……」

早苗「……であれば」スッ……

P「……」

早苗(着衣の乱れはあるけど、部屋の中で争った形跡はない……)

早苗(ということは、犯人がこの部屋で殺人を行う直前まで、ガイシャは犯人に対して無抵抗だった可能性が高い)

早苗(考えられる状況はいくつか……1つは、ガイシャは旅館の外で殺されて、死体は後でこの部屋に運ばれた場合)

早苗(まあそれは無いか。死体を担いでエレベーターで6階まで上がる必要があるし、隠そうにも大荷物になるだろうから受付が気にするだろうし)

早苗(それに、ベランダの血を見る限りナイフでガイシャを刺したのは間違いなくこの場所。ここまで運び込んで最後にナイフを刺す必要が分からない)

早苗(もう1つは、ガイシャは部屋で殺されるまで、意識が無かった場合)

早苗(彼女たちの話によると、ガイシャは午後まで仕事に出てたみたいだし、部屋に戻って疲れて一眠り、なんていうのは十分に考えられる……)

早苗(これならアリっちゃアリか……でも、そうなるとガイシャは部屋で殺されてないとおかしいわね。スーツ姿でベランダで一眠りってのもちょっとおかしいわ)

早苗(それに、部屋で寝ていたガイシャを殺したなら、犯人はその後ガイシャをベランダまでわざわざ運んだことになる……いつ誰が戻ってくるか分からない旅館の一室で、そんなことする?)

早苗(……あと、考えられることは1つ)

早苗(ガイシャを殺した犯人が……ガイシャの知り合い、それもこの部屋にいても問題の無い……部屋に泊まってる人間の誰かの場合)

早苗(それなら、たまたまベランダにいたガイシャに警戒されず接近することも、その後に殺すことも可能)

早苗(そして、ガイシャが身内に殺されたとなれば……)ピクッ!

早苗「……あったわ」

裕子「な、何がですか?」

早苗「……」チラッ

裕子「なんでしょうか……?」


裕子『死んでたんです。プロデューサー、死んだ後にこのナイフで刺されたんです』


早苗(この子はガイシャに触っていない。触ってないのにあんなことを言った。自分が犯人だとしたら、わざわざアタシにヒントを与えるようなことを発言したことになる……)

早苗「……ちょっと、ついてきて」

裕子「へ?」

早苗「刑事さん、ちょっとアタシ旅館の外に出るから、鑑識が来たら対応お願いしますね。あ、あと袋あります?」

裕子「あのー……」

……
…………

――18時39分 熱海市和田浜南町『熱海釣り公園』

裕子「ええっ!? プ、プロデューサーを殺したのは私たちの事務所の誰か!?」

早苗「シッ! 声が大きい!」

裕子「むぐっ……す、すみません……」

早苗「まったく……とりあえず凶器になったナイフ、回収できてよかったわ。まあ、犯人は回収しにはこないだろうけど」

裕子「あの、それで……なんでユッコにそんなお話を? ユッコも事務所のメンバーなんですけど」

早苗「……その話の前に、1つ確認。あなた、さっきこのナイフで何やったの?」

裕子「へ? ええ、サイキックパワーでナイフに残ってる思念をちょちょいっと読み取ってました」

早苗「……ゴメン、もう1回言って」

裕子「サイキックパワー!!」

早苗「ゴメン、分かったわ。ちょっと信じたくないけど、あんなこと言われた後に確認したらビンゴだったもの、偶然っていうのもあるかもしれないけど」

裕子「偶然じゃありませんよ! ユッコはサイキック美少女アイドルなんですから!」

早苗「……ま、とりあえず信じるわ。超能力ねえ……で、さっきのガイシャ……あなたたちのプロデューサーのことなんだけど」キョロキョロ

裕子「は、はいっ」

早苗「堀ちゃんの発言を聞いて、彼の様子をもう少し確認したら――」

裕子「あ、ユッコでいいですよ」

早苗「……ユッコちゃんの発言を聞いて彼の様子を確認したら、あったわよ。首のところに引っ掻き傷」

裕子「首……ということは!?」

早苗「何かで絞殺されてからナイフで刺したってこと。傷跡と、彼の右手の爪に血が付いていたわ。絞められたときに抵抗して、首を掻いたんでしょうね」

裕子「でも、それじゃあ何でナイフで……」

早苗「それについては……恐らく身内の犯行と思われたくなかったのよ。今熱海で起きてる殺人事件、犯人は凶器のナイフを事件現場から離れた場所で捨てている」

早苗「同じ手口を再現して、外部の犯行に思わせたかったんでしょうね。まあ、詳しく調べたら死因は特定できるし、絞殺の件もそのうち分かることだったと思うけど」

裕子「そ、そんな……事務所の誰かが、プロデューサーを殺したなんて……」

早苗「そ、れ、で! ユッコちゃんにはちょっとお願いがあるんだけど」

裕子「な、なんでしょうか?」

早苗「1つは、この件については誰にも話しちゃダメ。事務所のみんなにも、熱海署の警察にもよ」

裕子「ええっ!? け、警察にも、ですか?」

早苗「アタシから話しておくわ。下手にユッコちゃんが話しているところを犯人に聞かれたらマズイし……何かしら行動される可能性があるもの」

裕子「そ、それもそうですね。他にもユッコと同じく、実はサイキッカーだったっていうオチがあるかもしれませんし……」

早苗「それと、もう1つ……この際ユッコちゃんがサイキッカーだっていうこと、信じてあげる。その代わり……アタシの捜査に協力して」

裕子「はい?」

早苗「そこでアホ面しないでよ。アタシね、一応愛知県警だからこっちは管轄外で、あまり目立ったこと出来ないのよ。ボスなら融通利かせてくれるだろうけど……」

裕子「はぁ」

早苗「とはいえ、短い間とはいえ知った顔だし、アタシも見過ごす気にはなれない……てことで、身内が犯人かもしれないってときに悪いとは思うけど」

裕子「……分かりました。ユッコも、プロデューサーが殺されて……ただ黙って見てることはできませんし、それに」

裕子「智絵里ちゃんや藍子ちゃんの、悲しんでる顔なんて……誰がプロデューサーを殺したのかはわかりませんけど、ユッコのサイキックパワーでドコまでお手伝いできるかは分かりませんけど、喜んで!」

早苗「よし、それじゃあ……短い間だけど、コンビ結成ってことで。よろしく、ユッコちゃん」

裕子「よろしくお願いします!」


……
…………

――19時16分 『花月 花の湯』、花影館2階(ラウンジ)

藍子「ゆ、ユッコちゃん、どこ行ってたんですか?」

楓「Pさんがあんなことになって……その、落ち着かないって気持ちは分かるけど……警察の人たちを困らせたらダメですよ」

裕子「す、すみませーん……」

文香「……」

智絵里「プロデューサーさん……プロデューサーさん……」

早苗「追いかけて捕まえるの、大変だったわ……まあ、ユッコちゃんのことは置いといて、みんな、とりあえず現場のほうは熱海署のほうで調査しているわ」

早苗「現場の状況と釣り公園で見つかった凶器と思われるナイフから、犯人はここ最近春日町で起きた殺人事件の犯人と同一人物である可能性が高いわ」

早苗「熱海署のほうでも、その線で調査を進めていくらしいけど……そこでちょっとみんなにお願いがあるの」

美優「お願い……ですか?」

裕子「……」

早苗「……被害者を殺した犯人は、被害者があの部屋で1人でいるところを見計らって殺害した。被害者が1人でいた時間を正確に知りたいの」

早苗「被害者が直前まで行ってた仕事先については熱海署のほうで聞き込みを行うわ」

早苗「後はみんなと別行動を取っていた正確な時間を知りたいから、それぞれの1日の行動を詳しく話して」

藍子「そ、そう、ですか……分かりました」

楓「はい……」

早苗(とりあえず何となく暈したけど、顔を見た限りだとみんな納得したみたいね。事件発生の詳細な時刻はまだ出ていないけど、今のうちに証言を集めておけば……)

早苗「ありがとう。それじゃあ……まずはユッコちゃんからお願い。今日1日の行動と、なるべく正確な時間を教えて頂戴」

裕子「分かりました!」

裕子「えっと、ユッコたちは11時頃にみんなでサンレモ公園のバス停に行きました」

裕子「その後、ユッコと藍子ちゃん、智絵里ちゃん、楓さんと美優さんの5人で歩いてサンビーチまで行きました!」

早苗「……5人、ね。文香ちゃんは?」

文香「……」ピクッ!

裕子「文香さんは……その、気分が優れなくて、今日は遊びには行かないで休憩しているって……」

早苗「……分かったわ。彼女の話は後で聞くとして、とりあえず続けて」

裕子「は、はい。えっと、サンビーチに付いたのは11時30分頃です。サンビーチのバス停で楓さんと美優さんとは別れて、ユッコと藍子ちゃんと智絵里ちゃんの3人で海で遊びました」

裕子「サンビーチは夏の時期は水上アスレチックのサンビーチウォーターパークが1時間1000円で解放されているんです。なので、アスレチックでも遊んで……その後は商店街に行きました」

早苗「時間は?」

裕子「14時30分頃ですね。アスレチックには13時の回で入ったので、そこから1時間ですし……商店街に着いたのは15時前くらいだったような……その後、ご飯も食べて……」

早苗「その時間は?」

裕子「う、うーん……」

藍子「あっ、わ、私……お店のレシート持ってます。お会計のとき、みんなでお金集めてまとめて払ったので……これ……」

早苗「仲見世通りの商店街にあるカフェ、ね。会計時間は15時42分か」

裕子「その後は平和通りの商店街まで歩いて、食べ歩きしたり買い物をしたりで……16時10分頃にはそろそろ帰ろうねって話になって、サンレモ公園まで戻りました」

早苗「アタシと顔合わせたときか……17時前だったわね。他の2人……藍子ちゃんも智絵里ちゃん、今のユッコちゃんの話で間違っているところはない?」

藍子「な、ないと思います……私たち、ずっと3人で歩いてましたから」

智絵里「……」コクリ

早苗(……てことは3人のアリバイはあるわけね)

早苗「次……美優ちゃんと楓ちゃん。2人は……そうね、ユッコちゃんたちと別れてから、アタシと温泉入るところまででいいわ」

美優「……」

楓「……」

美優「……その、私たちは……ユッコちゃんたちと別れてから、熱海アクアパラダイス水族館に行く予定だったんです」

美優「だけど、少し時間が余っていたので……楓さんが先に商店街のほうに行ってみようってお話をしたので、まずは商店街に……」

早苗「商店街ね。何時ごろ?」

美優「確か……12時前だったと思います。少し中を歩いて、お店の外で売ってるお饅頭を食べて……あまり長居しないで水族館に向かいました」

早苗「水族館……サンビーチの近くにある水族館のことよね。それで、何時頃?」

美優「えっと、何時だったかしら……あ、そういえば……入場の時の半券に、タイムスタンプが押されてるはずです……」

早苗「ちょっと2人とも、それ見せて」

美優「えっと……ど、どうぞ」

楓「これ……です」

早苗「『12:50 アクアパラダイスへようこそ!』か……なるほどね。続けて」

美優「13時30分のショーが始まるまでは水族館の中を2人で歩いて……13時20分過ぎにはショーのホールに入りました」

早苗「ショーも2人で見たのかしら?」

美優「い、いえ……その、入場口が凄く混んでて、人の波に押されて私と楓さんと、2人で離れて見ることになって……」

早苗「……続けて」

美優「ショーが終わったのが14時30分過ぎで、その後は楓さんとはホールの外で合流して……もう少し水族館の中を歩いた後にゆずの木に向かいました」

美優「ゆずの木に着いたのは……15時過ぎだと思います」

早苗「アタシがゆずの木についたのもそれくらいだから、まあ時間は大体合ってるわね」

早苗(13時30分のショーは2人別々の場所で見たってことは、終了の14時30分まではある意味別行動を取ってたってことになるわね)

早苗(とはいえ、ここで詳しい話を聞き始めるのはダメね。後で調べておくとして……)

早苗「アタシと温泉入った後は旅館の中のマッサージ機使ったりとか色々やって、結局宿を出たのも16時20分頃だったわね」

楓「はい……それくらいのはずです」

早苗「了解……それじゃ後は……文香ちゃんね」

文香「……」ビクッ!

早苗「確かユッコちゃんの話だと、11時にサンレモ公園でみんなと別れたみたいね。その後はどこに?」

文香「……サンレモ公園に、いました」

早苗「それは何時まで?」

文香「……13時半、頃まで……恐らく、いたかと」

早苗(に、2時間半いたってこと? 公園に?)

早苗「……その後は?」

文香「バスで熱海駅まで移動して、MOA美術館に向かいました……時間は、14時を過ぎていたはずです……ですが、休館しておりまして……」

早苗「休館?」

文香「はい……バスに乗ろうと、駅で確認をしたのですが……どうやら、2017年に……内装をリニューアルするらしく……」

早苗「……その後は?」

文香「そのままバスに乗って……ムーンテラスまで行きました。14時半過ぎに到着して、16時頃まで……そこで休憩をしていました」

文香「その後に、サンレモ公園に戻り……みなさんと合流しました」

早苗(……確かに、あまり活発そうな子には見えないけど、公園に2時間半、ムーンテラスに1時間半……ちょっと動かなさ過ぎな気がしないでもないわ)

早苗(後は、1人で行動しているからアリバイが無いわね。どこかで確認が取れればいいけど……)

藍子「……あの、早苗、さん? 私たち……」

早苗「ん? ああ、一通り全員の行動時間は確認できたから大丈夫よ。全員朝以外は1日中被害者を見ていないのと……あとは、被害者が行ったっていう仕事先の確認ね」

早苗「それも確認して、最終的に被害者が1人でいた時間を特定して、後は犯人と思われる人物の目撃証言がどこかにあればいいんだけど……」

裕子「そっ、その! 前に起きた殺人事件の犯人ですか!」

早苗「そうね。これまでの調査資料もあるだろうから、それも参考に熱海署のほうで動くことになるわ。とりあえず、みんなは今日のところは旅館で休んでて」

文香「ですが……私たちの、部屋は……」

早苗「ああそれ、女将さんに話して空いてる部屋割り当ててもらったから。急な話で、部屋も2部屋じゃなくて1部屋に6人泊まってもらうことになるけど、そこは我慢して」

美優「そう、ですか……」

早苗「今日1日は警察のほうであの部屋は調べることになるし、うるさくなると思うけど……何かあったらアタシのほうから連絡するわ」

早苗「それで、悪いけど全員分の連絡先を教えてもらえるかしら? 滅多なことは無いと思うけど、こっちで何か分かって連絡するときに、誰にも繋がらないって可能性もあるし」

早苗「調査や確認の時以外には使わないから、全員分の連絡先お願い」

裕子「あ、それならユッコのスマホの電話帳にみんなの連絡先入ってますから、それでいいですか?」

早苗「ええ、それでいいわ、アリガト。電話帳にっと……」

裕子「おや? 早苗さん、携帯2台持ってるんですか?」

早苗「ガラケーは仕事用よ。自分のスマホなんてこの仕事で使えないもの」

美優「Pさん……」


……
…………

――23時13分 『花月 花の湯』、花月館6階(605室)

ボス『それにしても早苗、お前もとんだ災難だったな。一応、中署のほうからこっちにも連絡が回ってきて、ある程度の話は聞いていたが』

早苗「ホントですよ。せっかくの休暇なのに……ボスはいまどちらに?」

ボス『ホテルに戻ってる。警察庁のほうは相変わらず堅苦しくてな、今日はオレのほうも疲れた』

早苗「そりゃそうですよ……で、話の続きなんですけど」

ボス『ああ、GCプロダクションについてだな?』

早苗「はい。所属アイドルの三船美優、高垣楓、鷺沢文香、高森藍子、緒方智絵里、あとついでに堀裕子の6人の最近の業務内容、身辺調査をお願いします」

ボス『警視庁のほうに伝手があるから頼んでおく。今回の件、ガイシャが事務所のプロデューサーなら身辺調査よりも業務内容の調査を優先したほうがいいだろうな』

早苗「それでお願いします」

ボス『明日の午後までにはなるべく一報入れるようにするが……管轄外だ、あまり深く首を突っ込むなよ。静岡県警に協力する件については承認しておくが、お前はあくまでサポートだ』

早苗「分かってますよ。そこら辺は弁えてますから」

ボス『ならいいが……で、ついでに調べて欲しい堀裕子君は誰なんだ?』

早苗「へ?」

ボス『事務所所属のアイドルで容疑者の1人、ということならついでも何もないだろう? まさかお前……』

早苗「……ま、まあ、現場のほうで色々あって」

ボス『……間違えんように頼むぞ』

早苗「ラジャー。それじゃ失礼します」ピッ!

早苗「ふぃー……とりあえず明日以降の捜査のネタは確保できそうね。後は現場検証か……」

鑑識「片桐刑事、今よろしいですか?」

早苗「ん? あぁはい、丁度電話も終わったからオッケーですよ」

鑑識「片桐刑事が旅館の外で発見された凶器と思われるナイフですが、指紋は検出されませんでした」

鑑識「あと、殺害現場はベランダとのことで、部屋の中で他に血痕が無いか調査をしていますが、やはり見つからずで……」

早苗「となると、やっぱり犯人は……」

刑事「まあ、片桐刑事の読み通りでしょうな……ただそうなると、2度目の殺人の可能性は無いというわけだ」

早苗「そう、ね……」

鑑識「そうなんですか?」

刑事「今俺たちで追っかけてる春日町の殺人犯の犯行だとしても、わざわざ旅館に宿泊している客を殺すには人目にもつきやすいしリスクが高い」

刑事「となると身内の犯行によるもの、と考えたとして……絞殺を偽装するためにホシはナイフでガイシャを刺し、これにより外部犯……春日町の事件の犯人による犯行に見せかけようとしている」

早苗「もしそうであれば、事務所の6人……正確にはホシを除いて5人のうちもう1人でも殺してしまうと……」

鑑識「外部犯である可能性は格段に薄れる、というわけですか」

早苗「そうね。熱海署のほうでも、事務所のアイドルたちの調査を?」

刑事「そっちについては、一旦上へ話を上げてもらって調査を進めさせてます」

早苗「こっちも一応、うちのボスが東京に出張してたから伝手を使って調べてもらっているわ。何かあったら共有しますけど……」

刑事「となれば、ホシが下手な行動を起こさないよう、調査の結果が出るまで一旦は話を伏せておいたほうがよろしいですな」

鑑識「こちらの調査も急いで進めます。現場についてはひとまず必要になりそうな物は回収したので、明日中には鑑識の結果を出しますので」

早苗「ええ、お願いします」


――
――――

――女子寮(裕美の部屋)

裕美「一気に暗い話になっちゃった……」

裕美「でもPさん死んじゃったもん、仕方が無いよね。ユッコちゃん、いきなりサイキック能力使い始めたけど……」

prrrr! prrrr!

裕美「あ、電話……もしもし?」

智絵里『ひ、裕美ちゃん。どう? いま、テレビ見てるって……』

裕美「うん。最初から見てるけど……誰が犯人なのかなぁって考えてたところなんだけど……」

智絵里『わ、私、あ……あ、これ言っちゃうとダメ、かな』

裕美「ネタバレにならないお話ならいいんだけど……」

智絵里『う、ううっ……な、なんのお話しても、ネタバレになっちゃいそう……さ、最後まで、見てくれたら嬉しいなっ……』

裕美「うん、最後まで見るよ。智絵里ちゃんの活躍、ちゃんと見てるね」

智絵里『あ、ありがとう……! そろそろCM終わる頃だと思うから、もう切るね。また後でね』

ピッ!

裕美「うーん……智絵里ちゃん、犯人だったりするのかな……?」


――
――――

――8月7日 7時12分 『花月 花の湯』、花影館4階(401室)

裕子「ぁふ……」

藍子「……朝になっちゃいましたね」

裕子「智絵里ちゃん、ようやく寝てくれましたね」

智絵里「……」

藍子「寝るときも、ずっと泣いてばかりでしたからね……」

文香「無理も……ありません。私も、昨日は……」

美優「どうして、こんなことに……」

楓「……温泉、入りましょうか」

裕子「楓さん?」

楓「汗も流さないと、ずっと気分も悪いままだと思いますし……」

裕子「そうですね」

藍子「智絵里ちゃんも、起こしましょうか。あまり眠れていないと思うけど……」

裕子(みんな、落ち込んで、悲しんで……本当に、この中の誰かが、プロデューサーを殺した犯人なんでしょうか……?)


……
…………

――11時33分 『サンビーチ』(バス停)

裕子「……で、ユッコはこれから何をすればいいんですか?」

早苗「とりあえずユッコちゃん全員のアリバイがちゃんと成立するかの確認と、あともう1つ」

早苗「ユッコちゃんのサイキックパワーがどんなときに使えるのか、よく分からないから手当たり次第試してもらおうと思って」

裕子「ええええ~!? あのサイキックパワー、物に触らないと効果が発動しないんですけど……」

早苗「それじゃあいつでも使える?」

裕子「うっ、そう言われると……使えるときと使えないときもあったり……」

早苗「だろうと思った。だからアリバイ確認ついでに、みんなが立ち寄った場所の色んなものに触ってもらうわよ」

裕子「うええええっ!?」

早苗「うええええっ!? じゃないの。ほら、手伝ってくれるんでしょ? 早速行動開始よ♪」

裕子「はぁい……で、最初はどうするんですか?」

早苗「とりあえず、先に気になった美優ちゃんと楓ちゃんのトコかしらね。水族館行くわよ」

……
…………

――11時55分 『熱海アクアパラダイス水族館』(受付)

受付「はい、この写真のお2人なら確かに昨日来場していましたね」

裕子「本当ですか!?」

早苗「人違いとか、そういうのは無いかしら? 行楽シーズンだし、お客さんの入りも多いと思うけど」

受付「いえ、だってこの人、高垣楓さんですよね?」

早苗「……まあ、ね」

裕子「知ってるんですか?」

受付「あはは……一応、ファンですから。もう1人の画像の人、同じ事務所の三船美優さんですよね。昨日昼頃に受付に来たの見て、ドキッとしちゃいましたよ」

裕子「あの~? それじゃあ、ユッコのことはどうですか?」チョイチョイッ

受付「ん? キミは……ええと……」

裕子「がくっ……」

早苗「今はそんなことどうでもいいでしょ。それで、時間は12時50分頃で間違いないかしら?」

受付「昨日は私が午前の受付担当で、交代する前に2人がやってきたので……そうですね。間違いないと思います」

早苗「それともう1つ、水族館に入場した後に一度外に出たらまた入りなおせるかしら?」

受付「用事のあるお客様でしたら対応していますよ。再入場の際には半券にもう一度スタンプを押させてもらっています」

早苗「タイムスタンプ付きのヤツね」

裕子「昨日お2人が見せてくれた半券、どうでしたか?」

早苗「半券にはタイムスタンプが1つしか押されてなかったから、ショーの最中に2人のうち片方が抜け出して外に出たってことはないわね」

裕子「そうですか。よかったぁ……」

早苗「とりあえず、お話は分かりました。ご協力ありがとう」

受付「いえ、ご丁寧にありがとうございます」

……
…………

――12時31分 東海岸町『大学病院』(バス停)

裕子「つ、疲れた……」ハァ、ハァ、ハァ……

早苗「受付の聞き込みの後、水族館の中に入ってユッコちゃんに色々触ってもらったけど効果なし、か」

裕子「た、多分水族館はたくさん人がくるから……お客さんみんなが色んなものに触るからユッコのサイキックパワーじゃ何も読み取れないんですよぉ」

早苗「まあ、100人や1000人が触った水槽のガラスを触って、楓ちゃんたちの記憶だけ読み取るのは難しいってことね」

裕子「そうです……そうです……」ハァ、ハァ……

早苗「それじゃあ次は文香ちゃんの確認ね。駅前行くわよ」

裕子「は、はあーい……あ、ち、ちょっと疲れたのでバス乗りましょ……バス……」

早苗「何言ってんの、ここから駅なんて10分も歩かないで着けるんだから歩くわよ!」

裕子「ひぃぃぃ……サイキックパワーの使いすぎでユッコの体力が……」

……
…………

――12時36分 『熱海駅』(窓口)

受付「この方……ですか。ええ、確かに昨日、MOA美術館行きのバス乗り場を訪ねに来た方ですけど」

裕子「やっぱり文香さんも、ちゃんと来てたんですね」

早苗「時間は? あと、この子で本当に間違いないかしら?」

受付「そうですねぇ……お昼過ぎ、確か2時頃だったかしら……美術館も改装中で、事前に調べてから来るお客様のほうが多いので、直接ここにバス乗り場を訪ねる方もあまり多くありませんので」

早苗「そう……」

早苗(14時……曖昧なのは気になるけど、確かに文香ちゃんの証言と一致してる。これで全員が、今日1日の行動を誰かしらに見られていることになる)

早苗(後は、死亡推定時刻が出たときに、目撃証言の無い子が――)

prrrr! prrrr!

早苗「っと、ちょっと失礼」

裕子「あ、はい」

早苗「はい、片桐です」

刑事『おお、片桐刑事ですか。今、どちらに?』

早苗「少し町のほうに……何かありましたか?」

刑事『ガイシャの凡その死亡推定時刻がこちらに回ってきましたが、どうやら8月6日の14時頃とのことで―ー』

早苗「えええっ!?」

刑事『ん、何かあったんですか?』

早苗「い、いえ……分かりました。今の時点での詳しい話も聞きたいから一度戻ります。後でまた連絡します」ピッ!

早苗「……」

裕子「早苗さん? どうしたんですか?」

早苗「……困ったわね」

裕子「何の電話だったんです?」

早苗「……ちょっとこっち来て」

裕子「は、はい」

……
…………

――12時40分 熱海市田原本町『田原温泉』(施設前)

早苗「……ガイシャ……ユッコちゃんのプロデューサーが殺された時間、どうやら14時頃らしいのよ」

裕子「へー……そうなんですか」

早苗「……」

裕子「……あれ、14時?」

早苗「そう、ユッコちゃんたちは11時から14時30分頃までサンビーチに、楓ちゃんたちは12時50分から14時30分頃まで水族館に」

早苗「そして文香ちゃんは……14時には駅前にいた」

裕子「……おかしくないですか? それじゃあ、プロデューサーが殺されたとき、みんな旅館にいないじゃないですか」

早苗「そうなのよ。前後の行動がまだよく見えていない文香ちゃんにしても、花の湯から駅前なんて歩いて30分、バスで移動したとしてもどんなに早くても10分以上は掛かるわ」

早苗「証言内容に多少の誤差はあれど、誰も犯行の時間には旅館にいないことになるのよ」

裕子「そ、それじゃあ他の移動手段があったとか……?」

早苗「バスやタクシーの移動時間を考えたら、ある程度は誤魔化しが効くかもしれないけれど……それは無理ね。多分、人目を避けて旅館から出るのにそれなりに時間も掛かるだろうし」

裕子「てことは、プロデューサーを殺した人は、やっぱり春日町の殺人犯ってことに……」

早苗「それだと腑に落ちないのよ。仮に外部犯の仕業だとしても、どうしてわざわざ旅館の中に入って殺人するわけ?」

早苗「春日町の殺人犯の犯行だとして、どうして彼を絞殺した後にわざわざナイフを突き立てて、そのナイフを捨てにいったの?」

早苗「衝動的な殺人って言ってしまえばそれまでかもしれないけど、そうだとしても犯行の対象が旅館の宿泊客なんて――」

prrrr! prrrr!

早苗「ん……」ピクッ!

裕子「あ、すみませんユッコの携帯です。藍子ちゃん……うげっ、着信結構来てた。はいもしもし、サイキック美少女ユッコですけど」

藍子『ゆ、ユッコちゃん! やっと繋がった……いまドコにいますか!?』

裕子「へ? ああえっとですね、ちょっと早苗さんに色々確認してほしいことがあるって言われまして……すみません、電話気付かなくて……」

藍子『大変なんです! ち、智絵里ちゃん……智絵里ちゃんが旅館から出ていっちゃったんです!』

裕子「えええええっ!? な、何かあったんですか?」

藍子『そ、それが……ユッコちゃんがいなくなってから智絵里ちゃん、何度か泣いたり、落ち着かなくなったりして……』

藍子『部屋にはみんないたんですけど、少し目を離していたらいつの間にか智絵里ちゃんがいなくなってて……』

裕子「携帯は? 携帯は繋がらないんですか?」

藍子『それが、智絵里ちゃん鞄も置いたままで、携帯も一緒に……だから、今みんなで手分けして智絵里ちゃんを探そうって……』

裕子「分かりました! ユッコも智絵里ちゃんが行きそうな場所、いくつか探してみます!」

藍子『お願いします、何かあったら連絡しますから』

ピッ!

早苗「どうしたの? 智絵里ちゃん、なんだって?」

裕子「それが、突然旅館から出ていなくなったみたいで……藍子ちゃんのお話を聞いた限りだと、多分プロデューサーが殺されて、そのショックで……」

早苗「マジ……ちょっと困ったわね……」

裕子「さ、早苗さん! あの、智絵里ちゃんのこと……」

早苗「分かってるわ。さすがにそのままにしておけないし、こっちは中断して智絵里ちゃんを探しましょう。ユッコちゃん、智絵里ちゃんが行きそうな場所分かる?」

裕子「う……うううん……サイキックパワーを使うにしても智絵里ちゃんの持ち物なんて持ってないし」

早苗「昨日、智絵里ちゃんと藍子ちゃんの3人で行った場所を辿るか、後は……」

裕子「辿る……」ピクッ

裕子(熱海に来て、智絵里ちゃん……いえ、ユッコたちが来た場所は……)

早苗「ねえユッコちゃん、智絵里ちゃんたちと出掛ける予定だった場所、他に無い?」

裕子「……」



藍子『明日、私たちはサンビーチに行く予定ですし、終わって時間が余ったらムーンテラスに寄りましょうか?』

智絵里『う、うん。あ、でも帰りにみんなで行くのも……私たちだけじゃなくて、プロデューサーさんや美優さん、楓さん、文香さんも、みんなで……』



裕子「……ムーンテラス、昨日行かなかったけど、智絵里ちゃんはみんなで行きたいって」

早苗「よっし、ムーンテラスね。行ってみましょうか」


……
…………

――13時03分 『親水公園』(ムーンテラス)

早苗「あまり広くないから、いるならすぐ見つかると思うけど……」

裕子「あっ……!」



智絵里「……」



裕子「智絵里ちゃん!」タタタタッ!

智絵里「ユッコ……ちゃん……」

裕子「……だ、ダメじゃないですか、みんなに黙って、1人で出て行くなんて」

智絵里「……」

裕子「みんな、心配してますし……早く、帰らないと――」

智絵里「……プロデューサーさん、いない、のに」

裕子「……」

智絵里「一緒に……ここに来るって、約束……花火、見てたとき……なのに……」

裕子「ちえり、ちゃん……そんなこと、言わないで……」

智絵里「うっ、うう……プロデューサーさん……」


……
…………

――『   』


藍子「智絵里ちゃーん、智絵里ちゃーん!! いませんかー?」

藍子「うーん、こっちにはいないですね。智絵里ちゃん、プロデューサーさんのこと考えていたなら、もしかしてって思ったのに」

藍子「さっきユッコちゃんに連絡が繋がったから、そっちで智絵里ちゃんが見つかってくれていればいいんですけど……」


藍子「他の場所、まだありましたっけ? プロデューサーさんが行きたがって――」




ドスッ!!



……
…………

――13時46分 『親水公園』(ムーンテラス)

裕子「智絵里ちゃん、落ち着きましたか?」

智絵里「……まだ、自分でも……納得、できなくて……プロデューサーさんが……」

裕子「智絵里ちゃん……」

早苗「……」

早苗(この様子……アイドルらしく演技、とは思えないわね。殺人を通して情緒が不安定になっている、可能性も無くはないだろうけど……)

prrrr! prrrr!

早苗「ん、仕事用の電話……2人とも、ちょっとアタシ離れるけど、そこから動いちゃダメよ」

裕子「は、はい」

早苗「はい、片桐です」

ボス『早苗か。少し遅くなったが昨日の話、ある程度CGプロダクションの所属アイドルの業務履歴が出た。急ぎだろうから口頭で話そうかと思っていたが……』

早苗「さすがボス! うちの会社はみんな揃って動き早いですからね」

ボス『ん、外にいるのか。掛け直すか?』

早苗「いえ、今ひと段落ついたところなので大丈夫です。あまり人目も多くない場所にいますし」

ボス『分かった。ならひとまずは目立った内容だけ話す。まずは三船美優からだ』

ボス『三船美優、26歳、事務所所属2年目のアイドルだ。直近の彼女の仕事は3件あるが、そのうちの1件の仕事、女性向けファッション誌MiuMiuの特集記事だ』

ボス『特集記事の為に彼女の写真を数枚撮ったらしいが、一部の内容が彼女として不本意な……まあ言ってしまえば肌の露出が極端に多い水着姿での撮影があったらしい』

ボス『E-MODEというメーカーから提供された新商品らしいが、まあオレも調べてみたら……むぅ』

早苗「ちょっと、その長い鼻が更に伸びてるのが電話越しからでも分かるんですけど!」

ボス『おっと、すまんすまん。まあその撮影をするか、しないかでスタッフと被害者を交えて相当揉めたらしい』

ボス『被害者のほうもどうやらスタッフ側の意見だったようで、彼女も最後まで拒否はしていたみたいだが、まあ撮影はしたらしい』

ボス『三船美優についてはこれくらいだ。芸能界は詳しくないが、これくらいの話ならありがちだとは思うがな』

早苗「そうですね……まあ、そのときは怒ったりするとは思うけど、後まで引きずるほどかと言われると……」

ボス『まあ、一応な。次、高垣楓、25歳。所属4年目のアイドル。彼女についてだが、ここ最近事務所側で一度受けた仕事は6件あったらしい』

早苗「一度受けた仕事?」

ボス『その後、6件中4件は事務所側からのキャンセル、または中止になっている。いくつか業務先に確認してみたが、本人の体調不良や、仕事の出来が良くなかったらしい』

ボス『彼女は事務所の中でも稼ぎ頭のようで人気も中々、現場での評判も良いようだが最近の実績とはあまり紐付かない内容で気になったものでな』

ボス『あと、ほんの数日だが、仕事の日に事務所に来なかったときもあったらしい』

早苗「ボイコットですか?」

ボス『結果的にそうなったらしく、その日受けていた仕事はナシになっているそうだ。この部分に関しては詳細な調査はまだ済んでいない』

早苗「最近の実績が評判に伴ってない……まあアイドルだって人間ですし、スランプくらいはありそうですけど」

ボス『そうだな。オレたちも似たようなものだし……次、鷺沢文香、所属2年目のアイドルだ』

ボス『彼女に関しては直近1件、7月23日にお台場のダイバーシティでミニライブを行ったらしい』

ボス『ダイバーシティのフェスティバル広場を借りて行ったみたいだが……スタッフに確認したところ、どうやら失敗があったとのことだ』

早苗「失敗?」

ボス『広場の中に、施設へと続く踊り場のある広い階段があるんだ。そこがステージになっていたみたいなんだが、まあステージ中に一般客の児童が数名が入ってきたらしくてな』

ボス『現場にいた被害者やスタッフも何人かは抑えたらしいんだが、すり抜けてステージまで行ったのが数名いたらしく、彼女は子どもたちに気を取られて足を滑らせたらしい』

早苗「あー……7月23日って土曜日ですね。ガキんちょは夏休みに入ったばかりの時期だし、学校のみんなで出かけて……なんてありますね」

早苗(あった、スマホのエンタメニュースサイトの過去ログ……CGプロ鷺沢文香、ダイバーシティでミニライブを開催するも一般客の立ち入りにより中断……)

ボス『で、そのミニライブなんだが被害者のほうで急遽入れた仕事らしい。ダイバーシティ側に確認したところ、6月頃に突然話があったとのことだ』

早苗「突然入れた仕事……1ヶ月前か。絵描いた話になりますけど、短い期間で段取り組んだ仕事が調整不足で、それが原因でミスになったとしたら……」

ボス『まあ、多少なれどステージに立った本人も思うところはあるだろうな。当時の詳しい状況に付いては何とも言えないが』

早苗「なるほど……ボス、後の2人は?」

ボス『緒方智絵里と高森藍子でいいか? 2人については特に目立つネタが出ていない。堀裕子についても同様だが……』

早苗「あー、堀裕子ちゃんはいいです。あと、緒方智絵里ちゃんもいいかな……とりあえず、分かりました」

ボス『数名、容疑者から外れそうか?』

早苗「智絵里ちゃん、今回の事件でちょっと参ってるみたいで……まあ、今はそう見えるってだけです。確証が取れたらお話しますよ」

ボス『分かった。オレのほうも、先日の強盗殺人の報告と残処理が済んだら急いで熱海に行く。あまり無茶はするなよ』

早苗「了解。それじゃ失礼します」ピッ!

早苗「ふぅ……」

裕子「あ、終わりました?」

早苗「ええ、一応ね」

智絵里「……」

早苗「ゴメンね待たせちゃって。とりあえず旅館のほうに――」

prrrr! prrrr!

早苗「また? ゴメン、また電話掛かって……」ピクッ!

早苗(刑事さんから……)

ピッ!

早苗「はい、片桐です」

刑事『片桐刑事……』

早苗「はい、智絵里ちゃんの件なら、親水公園のムーンテラスに――」

刑事『……やられました』

早苗「え?」

裕子「……?」

刑事『観光客から熱海署に、熱海城付近の道路脇の森のそばで人が倒れていると通報がありました。花の湯の裏なので、現場に人を置いてこちらのほうで向かいましたが……』


刑事『……高森藍子ちゃんを、死体の状態で発見しました』


――
――――

――女子寮(裕美の部屋)

裕美「あーあ、藍子ちゃんも死んじゃった」

裕美「藍子ちゃんを殺した犯人、誰なのかな……一緒に智絵里ちゃんを探してたみたいだけど」

prrrr! prrrr!

裕美「電話……もしもし、藍子ちゃん?」

藍子『はい、藍子ですっ♪ えへへ、私死んじゃいました』

裕美「死んじゃったね。まだ藍子ちゃんの死体、映ってないけど……」

藍子『頑張って死体の演技したんですよ。ちゃんと死んでるように見えるといいなぁって』

裕美「そ、そうだね……私、藍子ちゃんは死なないかなって思ってたんだけどなぁ。ユッコちゃんと一緒にいたから」

藍子『私も台本見たとき、ビックリしちゃいました。ユッコちゃんがサイキックパワーで活躍する場面、一緒に出たかったんですけどね。ちなみに、誰が犯人だと思いますか?』

裕美「うーん……ま、まだ考え中……」

藍子『番組の後半のCMで、Sボタンのシグナル連動機能で犯人を予想して当てようってキャンペーンが出てくると思いますから、それまでに予想しておいてくださいね♪』

裕美「Sボタン連動……あ、リモコンのこのボタンかな?」

藍子『当たったら抽選でプレゼントがもらえるみたいですから、頑張って予想してくださいねっ! そろそろCM終わりますし、電話切りますね』

ピッ!

裕美「Sボタン連動、ちゃんと予想できるかな……」


――
――――

――14時11分 熱海市曽我山『熱海城』(道路脇)


藍子「……」


智絵里「藍子ちゃん! 藍子ちゃん!! あいこちゃ……あ……ああああああ……」

楓「智絵里ちゃん、落ち着いて……智絵里、ちゃん……」ギュッ……

美優「そんな……どうして、こんな……」

文香「何故……Pさんに続いて、この……ような……」

裕子「あいこ……ちゃん……」


刑事「ガイシャは刃物で胸部を数回刺されています。恐らく、一度刺された後にホシに抵抗したのかもしれませんが……」

早苗「……」

刑事「遺留品を確認しましたが、財布の中身は無事、首に掛けられているカメラは壊れていますね」

刑事「ホシがガイシャを刃物で数回刺した際に、カメラに刃物が当たったか……」

早苗「もしくは、狙って壊したか」

刑事「……であれば、ホシはガイシャが所持していたカメラに、自分の姿が写っているのを知っていた、ということになりますが」

早苗「いえ……」チラッ




智絵里「えぐっ……うっ、うううう……」

文香「藍子さん……」

楓「……」

美優「誰か、こんなことを……」



早苗(もし藍子ちゃんのカメラに犯人が写っているなら、その内容はあの4人のうちの誰かがプロデューサーを殺している現場が直接撮影されてなきゃおかしい)

早苗(犯人が藍子ちゃんを殺した上でカメラも壊したということなら、犯人は犯行の現場を写真に収められたと思っているはず)

早苗(だけど、藍子ちゃんからそんな話は無かった。殺人現場をカメラに収めているなら、藍子ちゃんからその話が出ていないのはおかしいもの)

早苗(つまり藍子ちゃんは気付かずに犯行現場に気付かずにシャッターを切ったか、もしくは犯人の勘違いか……)

早苗「……でも、カメラのこの壊れよう……中の基盤まで割れているわ」

刑事「ええ、データの取り出しは出来ないでしょうな……」

早苗「……」スッ……

裕子「……」ピクッ!

早苗「……」コクリ

刑事「そろそろ鑑識が到着しますし、それまで現場は――」

早苗「そうねー! 鑑識が到着するなら現場検証でここら辺調べることになるから、ひとまずみんなは旅館に戻ってもらおうかしらねー!」

楓「えっ?」ピクッ

早苗「刑事さん、悪いけど他の人の車使わせてもらってもいいかしら? みんな智絵里ちゃんを探してた流れでこっちに来たみたいだし、みんな一緒に戻ってもらいましょう?」

刑事「え、ええ……連れてきたうちの者に送らせますが……」

早苗「ユッコちゃんはさっきお願いしてたアレ、まだ終わってないから、アレが終わってからアタシが旅館まで送ってあげるからちょっと待っててねー」

裕子「わ、わかりました」

美優「ユッコちゃん……?」

文香「あの……一体、何のお話を……」

裕子「ゆ、ユッコはですね! 早苗さんに連れられて何だか確認とか道案内とか色々あったんですけどね、今日一日、はい!」

美優「え、えええ……?」

早苗「まあまあまあ、ユッコちゃん暇そうにしてたから、春日町の事件調べるついでに連れてったのよ。ほらほら、他のみんなは鑑識の邪魔になるから早く旅館戻って頂戴」

裕子(ご、誤魔化すのが無理やりすぎる……)


……
…………

――14時19分 『熱海城』(道路脇)

刑事「では現場検証のほうはよろしく……何かあれば、俺たちのほうも作業に入る」

鑑識「分かりました。では作業開始します」


早苗「……しくじったわ」

刑事「ええ、まさか2度目が起きてしまうとは……大変申し訳ない、こちらのほうで厳重に監視しておくべきでした」

早苗「それを言うなら油断してたアタシも同じ……いえ、過ぎた話はひとまず置いときましょう。ガイシャの遺留品ですけど、鑑識が纏めた後の物、少し確認してもいいですか?」

刑事「構いませんが……私のほうでも見ましたが、遺留品は財布と携帯電話、カメラ、パスケースくらいしか……他の荷物は旅館でしょうな」

早苗「それでいいわ。ユッコちゃん!」

裕子「は、はい!」


早苗「すみません鑑識さん、遺留品纏めた物、確認してもいいですか?」

鑑識「はい。刑事さんが見つけた物であればビニールに入れてそこのカゴに纏めていますので……」

早苗「このカゴね……」

裕子「……早苗さん、これですか」

早苗「ええ、藍子ちゃんのトイデジ。さっき刑事さんと話して、犯人がこれを故意に壊したどうか……」

裕子「藍子ちゃんが、犯人を写真に収めていたってことですか?」

早苗「ちょっと望み薄だけど、その可能性もあるわ……できる?」

裕子「……はい」グッ!

早苗「それじゃあお願い。ビニール越しだけど、この状態で触って頂戴」

裕子「……」スッ……

ドクンッ、ドクンッ……

裕子(藍子ちゃん……藍子ちゃんが、どうして殺されなきゃならないのか……お願いします、ユッコに、藍子ちゃんが見たものを……)

裕子「……」キィィィン!



――堀裕子は本物のエスパーである。物体に触れることで、それに触れていた人の思いや強い思念を読み取ることが出来るのだ。



藍子『えっと、いまの時間は……間に合いそうっ!』

裕子(藍子ちゃんが走ってる……ここは、旅館の外……?)

藍子『はぁっ、はぁっ……間に合いました! 丁度良いタイミング……』

裕子(藍子ちゃんが、カメラを構えた……構えた先に映っている景色……旅館と、空と……真っ白な……)

藍子『はい、チーズ♪ 今日も1日、頑張ってくださーい』

裕子(藍子ちゃんは、嬉しそうに手を振って……)


裕子「!?」ビクッ!

早苗「……何が見えたの?」

裕子「藍子ちゃんが旅館の近くでカメラを構えて……見えた景色は、旅館と、空と、真っ白な……飛行船」

早苗「旅館と飛行船?」

裕子「でも、藍子ちゃん……ずっとユッコたちと一緒にいたのに、どこで……」

早苗「……そうか、飛行船」

裕子「え?」

早苗「ちょっと待って。えっと、確か念のため登録していたはず……」

prrrr! prrrr!

早苗「あ、もしもし? 熱海観光協会ですか? すみません、お聞きしたいことがあるんですけど……」

裕子「早苗さん?」

早苗「はい……はい、そうでしたか。ありがとうございます。失礼します」

ピッ!

早苗「ユッコちゃんが今見た内容……多分、昨日の14時頃の藍子ちゃんの行動よ」

裕子「昨日、ですか? でも昨日ユッコたちは海に……」

裕子「違う、ユッコと智絵里ちゃんはウォーターパークで遊んでたけど、藍子ちゃんは1人で喫茶店に……もしかして……」

早苗「やっぱり。藍子ちゃんは何の目的か知らないけど、ユッコちゃんたちが海で遊んでる間に1人旅館に戻っていた」

早苗「そこでカメラを構えていた藍子ちゃんの姿を、ベランダでプロデューサーを殺した直後の犯人が偶然見つけた、か……」



藍子『あれ、みなさんベランダで何見てるんですか?』

智絵里『い、いまね、飛行船が飛んでて……白くて大きい風船みたいな……』

藍子『そうだったんですか? いいなぁ……私も見てみたかったです』



裕子「……そういえば藍子ちゃん、見たがっていました。広告の飛行船が空を飛んでるところ」

裕子「藍子ちゃんは見逃して、残念そうにして……」

早苗「何時頃?」

裕子「ユッコたちが旅館に来てすぐだったから……夕方の4時過ぎ、だったはず……」

早苗「ビンゴね。観光協会に電話したら、広告飛行船は1日に4回、姫の沢公園から飛ばしてるみたい」

早苗「姫の沢公園から朝日山公園近くまで飛ばして一巡りするのに1時間。午前は10時と12時に、午後は14時と16時に飛ばしてるみたいね」

早苗「多分、飛行船が飛ぶ時間は喫茶店の人にでも聞いたんでしょうね。旅館に戻ったのは、旅館と一緒に写真に撮りたかった……てとこかしら」

裕子「でも藍子ちゃんはそんなお話、一言も……」

早苗「つまり藍子ちゃんにとって、写真を撮ったこと以上の事が無かったのよ。少なくともその時点では」

早苗「だから、もし藍子ちゃんが後でトイデジの画像データを確認したときに、プロデューサーを殺している犯人の姿が写っていたとしたら……」

裕子「そんな……」

早苗「だから殺したんでしょうね。実際に写真に写っていなくても、後で藍子ちゃんが思い出したときのことを考えて」

裕子「……おかしくないですか?」

早苗「え?」

裕子「だって! こんな短い間にプロデューサーも殺して、藍子ちゃんまで殺すなんて……もう、犯人はユッコたちの中の誰かに決まってるじゃないですか!」

裕子「もし、もしユッコが犯人だとしたら、藍子ちゃんが気付いていないなら、どこかでカメラだけ壊して、藍子ちゃんは殺さないのに……」

早苗「……そう、そうね。そうするわよね」

早苗「おかしいのよ。最初の犯行はアリバイの確認が取れている……つまり、犯人はある程度犯行時刻を計算した上で行動してプロデューサーを殺害している」

早苗「だけど絞殺を偽装しようとした刺殺の手順が、つい最近起きた別の殺人事件の手順を踏んでいる」

早苗「そして2回目の犯行。これは2回目の殺人を行った時点でアウト。容疑者は大幅に絞られて外部犯の可能性は限りなく低くなる」

早苗「アタシの傍にいたユッコちゃんと、時間的に見ても智絵里ちゃんに犯行は無理。となれば、残りの3人のうちの誰かになる……」

早苗「トイデジの壊し方もお粗末ね。ストラップで首からぶら下げているトイデジに器用にナイフを突き立てるなんて難しい」

早苗「藍子ちゃんを殺した後に別に壊したのは明らか……最初の殺人以外、やることが行き当たりばったりすぎるわ」

裕子「行き当たりばったり……?」

早苗「ええ、途中から計画性ある犯行だとは思えないもの」

早苗「少なくとも、アタシはユッコちゃんと今日1日みんなのアリバイ確認をしていたときは、犯行自体は計画されているものかと思っていたわ」

裕子「そ、それなら……途中から計画が無くなったんじゃないですか?」

早苗「は?」

裕子「だ、だって、ユッコだってお仕事のときに台本が頭から抜けちゃったときとか、アドリブで何とかしようとしますし……」

裕子「学校のテストも、途中までは頑張ってテスト勉強して内容覚えても、あとのほうは飽きちゃって適当になったり……」

早苗「……であれば、犯人がプロデューサーを殺害した以降の行動に、何かしら穴があるはず」

裕子「そうなんですか?」

早苗「プロデューサーを殺害するまで……もしくは殺害した後の行動まで計画していたとしても、犯行手順……特に犯行内容の偽装がお粗末過ぎるわ」

早苗「藍子ちゃんの件もあるし、犯人はプロデューサーを殺害した直後は冷静でいられないはず……その後の行動に何かしらの穴があってもおかしくないわ」

裕子「どうしますか? もう一回確認してみます?」

早苗「そうね。とりあえず……もう一度みんなのアリバイを確認しなおしてみましょう。まずは……駅員の記憶が曖昧だった文香ちゃんからね」

……
…………

――14時59分 『サンレモ公園』(バス停)

裕子「なんでタクシー降りてバスに乗るんですか?」

早苗「駅員の証言が曖昧だったもの。文香ちゃんはバスで移動していたっていうし、とりあえずバスでの移動時間を1つずつ確認して行こうかと思って」

裕子「なるほど……バスは移動する場所や時間が決まっていますし、そこで文香さんや駅員の人のお話とズレていればおかしいですからね」

早苗「ま、そういう事。おっと、バスが着たわね」


……
…………

――15時 『サンレモ公園』(バス内)

裕子「お願いしまーす」スッ

早苗「……」スッ

ピーッ! ピーッ!

早苗「あら?」

運転手「あーお客さん、すみませんけどもう一度タッチしてくれませんか?」

早苗「よっと」スッ

ピーッ! ピーッ!

早苗「うっそなんで?」

裕子「もー、何やってるんですか早苗さーん」

早苗「タッチが反応してくれないのよ……もうっ!」

運転手「あっ、お客さんそれダメですよ! こっちじゃ使えませんって」

早苗「え? あっ! あーそっか、TOICAってこっちじゃ使えないんだ……めんどくさ」

裕子「何ですかそれ?」

早苗「名古屋のICカードよ。東京はSuicaでしょ? もう……ユッコちゃん、熱海駅までいくら?」

裕子「えええ……」

運転手「熱海駅はですねぇ……」

早苗「んっとに……小銭あったかしら」

裕子「んーと、えーっと……あっ! これなら――」カサッ……


裕子「……」


早苗「はい、どうもごめんなさいね。こっちあんまり来たこと無かったから……」ピッ!

裕子「……早苗さん」

早苗「ん? なにユッコちゃん?」


裕子「ユッコ……犯人、分かっ……た……」


――
――――

――女子寮(裕美の部屋)

裕美「ユッコちゃん、犯人分かったんだ」

裕美「えーっと、確かあの時見た内容だと……こうなってたから……」

裕美「あ」


『Sボタン連動キャンペーン! 裕子ちゃんと一緒に犯人を当てよう! 正解者の中から抽選で素敵な商品をプレゼント!』


裕美「あっ、あっ……Sボタン連動の画面が出ちゃった」


『熱海で起きた殺人事件、犯人は次のうち誰? 対応するリモコンのボタンを押して答えてね!』

『S.美優 E.楓 K.文香 I.智絵里』


裕美「S、E、K、Iのボタンから選ぶんだ……うーん……選択肢、この中だとたぶん犯人は……この人かな?」ピッ!


『回答しました』


裕美「正解してるかな……? プレゼント、何もらえるんだろう?」


――
――――

――15時22分 『熱海駅』

裕子「やっぱり……」

早苗「そうね。ユッコちゃんの話の通りなら……これでホシは決まりね」

早苗「もし捨てていたら……いえ、多分大丈夫ね。本人も気付いていないはず」

裕子「でも、どうしてこんなこと……」

早苗「分からないわ。アタシのほうも、ボスに色々確認してもらっているけど……まあ、後は本人に直接聞きましょう」

裕子「……はい」

早苗(あとは、本人が素直に認めてくれるか……)

……
…………

――16時08分 『花月 花の湯』、花影館4階(401室)

美優「えええっ……?」

楓「犯人が……」

文香「分かった……のですか?」

智絵里「……」

早苗「ええ」

裕子「そ、その、ユッコと早苗さんで色々調べていたので……」

刑事「ちょ、ちょっと待ってください片桐刑事、そのお話は――」

早苗「ごめんなさい。まだここではって話だったけど、どの道2人目の被害者が出た時点で言うべきだったとも思いますし……」

美優「な、何の……お話ですか?」

裕子「プロデューサーと、藍子ちゃんが殺されて……偶然、旅行にきていたユッコたちの中で2人も殺されるの、おかしいじゃないですか」

裕子「だから、春日町で起きていた殺人事件の犯人じゃなくて……他に、2人を殺した犯人がいる……」

文香「ですが……どうして、外部犯ではないと……」

早苗「プロデューサーの首に引っ掻き傷と、右手の爪先に比較的新しい血が付着していたの。胸を刺された人間が自分の首を引っ掻いてるのっておかしくないかしら?」

早苗「つまり……プロデューサーは絞殺された後、ナイフで胸を刺されていた。春日町で起きた殺人事件と同じように見せるために、ね」

美優「どうして、そんなことを……」

早苗「そう。外部犯の犯行だと思わせ、プロデューサーと藍子ちゃんが1人でいるところを狙って殺した」





早苗「詳しく聞かせてもらえないかしら? 高垣楓……ちゃん」


楓「……っ!?」



文香「か、楓さんが……」

美優「Pさんと、藍子ちゃんを……」

智絵里「う、うそ……」

楓「……わ、私なんですか? どうして、私が?」

早苗「細かい話の前に、今回の殺人……楓ちゃんがどうして、プロデューサーと藍子ちゃんを殺害したのか」

早苗「プロデューサーはある程度計画した殺人、藍子ちゃんは口封じのため」

刑事「計画殺人と、口封じ……ですか?」

早苗「ええ、順番に説明するわ。まずプロデューサー殺害の件から」

早苗「8月6日、楓ちゃんはユッコちゃんたちと11時にサンレモ公園から徒歩で移動。途中で美優ちゃんと商店街に行ったけど12時50分には水族館のアクアパラダイスに入場した」

早苗「それから13時20分、ショーの会場時間に合わせて二人は入場」

早苗「楓ちゃんはそのとき、美優ちゃんと別れたタイミングで引き返して花の湯に戻ったの。そこで仕事から戻ってきて、部屋のベランダで休んでいるプロデューサーを14時頃に殺害」

早苗「あとは14時30分のショー終了時間までにアクアパラダイスに戻って、ホールの外で美優ちゃんと合流したのよ」

美優「ちょっ……ちょっと待ってください」

早苗「ん?」

刑事「片桐刑事、今の話は……」

早苗「簡単でしょ?」

刑事「いえ、簡単……まあ、簡単に話してくれましたが……」

楓「そ、そんなこと……できません。私、ちゃんとショーを見ていましたから……」

早苗「本当? ショーを見る前に抜け出して旅館に戻ったんじゃなくて?」

楓「だって……水族館から出て、もう一度入るときは受付の人に話て、券にスタンプを押してもらわないとダメなんですよ?」

楓「ほら、私の半券……スタンプも、美優ちゃんと同じ時間に押してもらってるだけで……」

早苗「へぇー……」



早苗「なんで再入場のやり方、知ってるの?」

楓「っ!?」



裕子「楓さんも美優さんも、水族館に入ってからは一度も外に出てないんですよね?」

美優「そ、そう、ね……」

裕子「それならどうして、再入場のやり方を知ってるんですか? 早苗さん、一度も再入場のお話してませんでしたよ!」

楓「そ、それは……ほ、他の人が、受付で再入場をしていたときの話が、たまたま聞こえて……」

早苗「まぁそれもあるかもしれないわね。でも今は行楽シーズン、ショーのホール入場で2人が人の波に飲まれるくらい混雑している水族館よ?」

早苗「水族館の入り口なんて、人の出入りも多いだろうし、受付したらすぐ移動しないと邪魔になるし……のんびり他の人の会話なんて聞いてるタイミング、ある?」

文香「ですが……偶然耳に入った、ということも……それに、楓さんの持っている半券には、スタンプが……」

早苗「そう、そのスタンプ……楓ちゃん、以前もあの水族館に来たことあるでしょ? しかも……同じ時間に」

刑事「お、同じ時間!?」

楓「……」

早苗「そう。プロデューサーの殺害は、以前から楓ちゃんが計画していたこと……今回のアリバイ作りのために、事前に一度、熱海に来てたんでしょ?」

早苗「別の日の同じ時間に水族館の受付で、半券に12時50分のタイムスタンプを押してもらう。スタンプは時間だけで日付は押されていないもの、これで誤魔化すことができるわ」

早苗「これに関して言えば、水族館側の管理が甘いというか……何日に来たか分からないと、それはそれで困ると思うんだけどね」

文香「つまり……楓さんは、水族館に入場した時点で……12時50分のスタンプが押されている半券を2枚……持っていたということですか?」

早苗「そう。プロデューサーを殺害してから、水族館に戻って、再入場したときは古い半券にスタンプを押してもらって再入場した」

早苗「あとは、まあ半券なんて小さい紙だし? 細かく千切って捨てればまず分からないわね」

楓「……どうして」

早苗「ん?」

楓「どうして、私が……水族館に一度来たことがあるって、言えるんですか……」

楓「私は、今回の旅行で……初めて、熱海に遊びに来たんです。それなのに」

裕子「……」ビクッ!

早苗「……その台詞、聞きたくなかったわ」

楓「え……?」

早苗「……ユッコちゃん」

裕子「楓さん……花火大会の日、ビール祭り楽しみにしてましたよね?」

楓「そう、ね……だって、ビールがたくさん飲めるなんて……」

裕子「そうですよね。ユッコ、今日は早苗さんと駅前にも行って、パンフレットも見たんですよ」

裕子「熱海に来たとき、楓さんがユッコにパンフレット見せてくれたの思い出して1枚貰ってきました」ゴソゴソ

裕子「これ、熱海の観光マップと一緒にビール祭りと花火大会のお知らせが載ってて……楓さんも、まだパンフレット持ってますよね?」

楓「そうそう、私もこれを見てビール祭りが凄く楽しみになって……」ゴソゴソ

楓「みんなでビールを飲みながら、花火を見れたらなぁって――」



裕子「……楓さん、楓さんが持っているパンフレットに書かれてる……海辺のあたみマルシェって、なんですか?」

楓「え……?」

美優「あたみマルシェ……確かに、楓さんの持っているパンフレット、ユッコちゃんと同じページを開いているけど……」

早苗「ユッコちゃんのパンフのページには、花火大会とビール祭りのお知らせ。楓ちゃんのパンフには、あたみマルシェとビール祭りのお知らせ……」

文香「何故……パンフレットの内容が……」

刑事「……あぁっ!? あたみマルシェの時期っていえば……!」

楓「あ……ぁ……」

早苗「そう。このパンフレットに記載されているあたみマルシェの時期は5月29日、ビール祭り……春のビール祭りは5月13日」

刑事「そうだ、親水公園のビール祭りは毎年、春と夏でそれぞれ開催されていたか……!」

早苗「近い時期だから、楓ちゃんのパンフレットには一緒にお知らせが載ってるのね。観光協会に確認したら、あたみマルシェも花火大会も、年間行事で何度かあるみたいだけど」

早苗「花火大会は夏が一番人気があるから夏のパフレットには大々的に載せるみたいだけど、その時期以外は他のイベントのお知らせをピックアップするみたいね」

刑事「た、確かに、マルシェも花火大会も定期的に開催されるイベント、観光客は花火大会の日程は事前に調べてから旅行に来るだろうから……」

早苗「そう、夏以外は他のイベントをピックアップしたほうがいいってことね」

楓「そんな……」

裕子「……楓さん、熱海に来たのは今回が初めてだって……それなのに、どうして春のパンフレットを持ってるんですか?」

楓「う……」

早苗「プロデューサーの殺害計画を立てるために……一度熱海に来たって事ね」

楓「……」

美優「……ち、違い、ます」

早苗「ん?」

美優「楓さんは……Pさんを、殺して……いません」

裕子「えっ!?」

美優「だって……楓さんは、Pさんのこと……好き、なんですから……殺すはず、ないです……!」

早苗「は……?」

美優「そう、ですよね……楓さん? 楓さん、ずっと……Pさんのこと……」


楓「……美優さんが、私に……そんなこと言うんですか?」

美優「え……?」



楓「……もう、前にここに来たことがバレちゃったら、どうしようもないですよね」ゴソッ

パサッ……

文香「それは……」

裕子「あっ、プロデューサーのネクタイ……」

楓「私が、以前あの人にプレゼントしたんです。去年の……あの人の誕生日、だったかしら」

早苗「……ソレを使って、首を絞めたってことね」

楓「ええ、丁度良かったんです。昨日あの人が身につけていたネクタイが、私がプレゼントしたものだったなんて……最後まで、私の手で殺すことが出来たんですから」

裕子「……どうして、プロデューサーを殺したんですか」

楓「知ってました? ユッコちゃんも、文香ちゃんも、智絵里ちゃんも……あの人、再来月には私たちのプロデューサーじゃなくなるんですよ。海外に行って別のお仕事をするってお話しで」

智絵里「え……?」

文香「……知りませんでした」

楓「私は……あの人のことが、ずっと好きで……初めてのお仕事から、ずっと……今まで……」

楓「あの人は私がお仕事で成功すると喜んでくれる、一緒に笑ってくれる……だから、私はずっと頑張ってきました。あの人の傍で……ちょっと嫌なお仕事でも、あの人のためならって」

楓「だけど、突然私の担当から外れることになったって言うんです。俺がいなくなっても楓さんなら大丈夫ですって……おかしいですよね、私……あの人のためにずっと頑張ってきたのに」

楓「私は、Pさんとずっと一緒にいたかった。一緒だから、ずっと仕事だって頑張れた……いなくなってほしくなかった」

早苗「だから、最近の楓ちゃんの仕事は……」

楓「失敗したり、サボっちゃえば、あの人も私のことを心配して……まだ一緒にいてくれるかと思って」

楓「だけど、あの人は私を見捨てようとして……あの人のために、ずっと頑張ってきたのに……だから、私は……」

智絵里「……藍子ちゃんは」

裕子「智絵里ちゃん……」

智絵里「藍子ちゃんは、どうして殺したんですか……! 藍子ちゃん、何も、悪いことなんて、してないのに……」

楓「……見られたから」

文香「見られた……?」

楓「私が、ベランダであの人を殺して、ナイフで刺したとき……たまたま、見つけたんです」


藍子『早く戻らないと……!』


楓「カメラを手に持って、走っていった藍子ちゃんの姿……藍子ちゃんのカメラに、私があの人を殺している姿を撮られて……」

楓「だから智絵里ちゃんがいなくなったとき、みんなで探しに外に出たとき、藍子ちゃんを殺して、カメラも……一度Pさんを刺したから、もういいかなって思って」

裕子「……違うんです、楓さん」

楓「違う?」

裕子「藍子ちゃんは……楓さんとプロデューサーを写真に撮ったわけじゃないんです。旅館と……飛行船を撮りに来ていたんです」

刑事「旅館と飛行船? 飛行船……広告のヤツですか」

裕子「最初に旅館にきたとき、プロデューサーたちがベランダから飛行船を見てたみたいなんです。そうですよね、智絵里ちゃん?」

智絵里「う、うん……」

裕子「ただ、藍子ちゃんは偶然見逃して……残念そうにしていました。後で早苗さんと一緒に、サンビーチの喫茶店の人に聞いたんですけど」

裕子「藍子ちゃんは、ユッコと智絵里ちゃんが水上アスレチックで遊んでいる間に、店員に飛行船が飛んでくる時間を聞いて……14時頃に1人で旅館に戻っていったんです」

裕子「あの飛行船、午後は14時と16時に飛んでるみたいなんです。14時は楓さんがプロデューサーを殺した時間……」

裕子「旅館と飛行船を一緒に撮ったのは……多分、みんなで泊まっている旅館と一緒に、思い出に残したかったからだと思います」

楓「そんな……」

早苗「そうね……もうカメラは壊れて、データも確認できないけど……楓ちゃんがカメラに写ってる可能性は、低いわね」

楓「じゃあ、私は……」

文香「藍子さんを、殺す必要は……なかった、と……?」

早苗「ええ、恨みがあるのなら、プロデューサーだけで……」

美優「違います!」

早苗「え、また?」ピクッ

美優「Pさんを殺す必要だって……無かったんです。楓さんは、Pさんのことが好きで……Pさんも、楓さんのことが、好きだったんですから……!」

裕子「うぇっ!?」

楓「……嘘、ですね。私、知ってるんですよ? Pさんと美優さんが、お互いのことを好きで……隠れて、2人で会っていたことも」

美優「私は……ずっと前に、Pさんに振られていますから」

楓「え……」

美優「しばらく前から、Pさんに相談されていたんです。自分が担当から外れる前に、楓さんの喜んでくれる仕事を取りたいって」

美優「それで、2人で色々調べて……熱海の、別の温泉旅館の宣伝のお仕事をって……Pさんが昨日お仕事に行ったのも、そのお話があって……」


美優『明日の熱海……お仕事の打ち合わせ、花火大会の次の日ですよね?』

P『先方にはその日に約束していますからね。1日はみんなで楽しんでください』

美優『そうですか……でもやっぱり、せっかくの旅行なのにお仕事は……』

P『楓さんには、長いこと随分と頑張ってもらいましたから。大変な仕事も、嫌な仕事も……だから、俺がここを離れる前に、せめてお礼にと思って』

P『海外のプロデューサー研修、期間も長いですし……だけど、俺もしっかり勉強してこないと』

P『最近は楓さんの成長に、俺が追いつかなくなってきてると思う場面が多い……これからも、楓さんの力になれるように、俺自身が成長しないとダメですから』



美優「自分が海外に行く前に、最後に楓さんに喜んでもらいたい……それで、海外のお仕事が終わって戻ってきたら、また一緒にお仕事をしたい……そう言ってて」

楓「そんな……P、さん……」

裕子「……多分、プロデューサーが昨日、楓さんがプレゼントしたネクタイを締めていたのも……きっと、楓さんのためのお仕事のお話だったから……」

楓「あ……あああ……私、Pさん……藍子ちゃんに……なんて、ことを……」

楓「私、は……ただ、Pさんに……う、あ……あああああ……」

早苗「そう……だから、最後まで悩んでいたのね、楓ちゃんは」

裕子「悩んでいた?」

早苗「今回の殺人……プロデューサーを殺害するところまでは、アリバイのための準備もされていた」

早苗「だけど、殺害後の行動、偶然起きていた別の殺人事件に合わせて外部犯に見せかけようとする行動をしたり」

早苗「それなのに藍子ちゃんも殺して、容疑者の幅を狭めるようなことをしたり……後のほうになればなるほど見えてくる、無計画な行動」

早苗「だから……楓ちゃんは最後まで躊躇っていたのね。プロデューサーを殺すか、殺さないか……好きな人だったから」

楓「Pさん……P、さん……」

早苗「……細かい話は、署のほうで聞かせてもらいましょうか。刑事さん、悪いけど……お願いできるかしら」

刑事「はい。高垣楓さん……よろしいですね?」

楓「うっ、うううう……はい……」

裕子「楓さん……」


……
…………

――8月8日 10時31分 『熱海駅』(改札前)

美優「みんな……忘れ物、無いわよね?」

智絵里「はい……」

文香「藍子さんの、荷物は……」

早苗「藍子ちゃんの荷物は、熱海署のほうにご両親が来てるからそのまま引き取ってもらうことになってるわ」

裕子「そうですか……あの、早苗さん」

早苗「ん、なに?」

裕子「その、今回のこと……ユッコ……」

早苗「なーに言ってんのよ。ユッコちゃんが色々頑張ってくれたおかげで助かったところもあるんだから」

裕子「……楓さん、どうなるんでしょうか」

早苗「そうね……しばらくは静岡県警のほうで身柄は預かるけど、そのうちに警視庁のほうに引き渡されると思うわ」

早苗「その後については……まあ、裁判もあるし、なるようにしかならないけど……みんなのほうも大変ね」

美優「私たちのお仕事もそうですし、事務所のほうも……どうなってしまうんでしょうか……」

早苗「事務所の社長と相談ね……まあ、今までと同じようにはならないだろうけど――」



ボス「おーい、早苗ー!」


早苗「あっ、ボス! 遅いですよ!」

ボス「いやあすまん、夜中には熱海署のほうに到着していたが、色々事件の話を聞かせてもらっていてな……」

早苗「もうっ……アタシが熱海署から旅館に戻った後に来るんだから……」

文香「ボス……?」

早苗「この人のあだ名よ。中署では部署が違えどみんなからそう言われている人でね。その昔は地獄のなんたらって異名で恐れられてたのよ」

ボス「みなさんが今回の事件の……早苗から話は聞いています。大変な思いをされたようで……」

智絵里「藍子ちゃん……」

文香「……」

ボス「今後の事務所については、一度警察側からもお話があると思いますので、事務所の代表の方とはその後ということで……」

早苗「まあ、仕方が無いわね……こればっかりは、アタシたちのほうじゃどうしようもないし」

ボス「ところで……堀裕子君、だったかな?」チラッ

裕子「は、はいっ! サイキック美少女アイドルユッコです!」ビシッ!

ボス「今回の事件、キミの証言から事件の真相に辿り着いたと聞いている。オレの立場としては、早苗が一般人に付きっ切りで協力を依頼していたのは感心出来ないが……大したものだな」

早苗「うげっ、それはまあ……見逃してほしいんですけど」

裕子「いえ! これもすべてサイキックパワーのおかげです!」

ボス「ふむ……推理力がずば抜けているのか……良さそうな人材じゃないか。将来、刑事という仕事に興味は?」

裕子「へっ?」

早苗「ちょっとボス! アタシの旅行先だからって珍しく現場に来たなーって思ってましたけど、ユッコちゃんをヘッドハンティングしないでくださいよ!」

ボス「はははっ、いいと思ったんだがな」

裕子「あ、あの! ユッコはサイキック美少女アイドルなので、そこに刑事も付くのは少々大変かなと……」

文香「サイキック美少女、アイドル刑事……」

裕子(まあ、推理力じゃなくて本当にサイキックパワーなんですけどね……)

早苗(ユッコちゃんのサイキックパワー、ボスに話しても信じてもらえないかしらねぇ……)

智絵里「ゆ、ユッコちゃんも、私たちと同じ、あ、アイドルですから……!」

早苗「もうっ! ホント、ボスは変なところで嗅覚が鋭いんですから」

ボス「ま、冗談はこれくらいにしておこう。今後については進展次第、追ってこちらから連絡する。早苗、オレたちはみなさんの見送りが済んだら、一度熱海署に戻るぞ」

早苗「ラジャー……はぁ、結局アタシの休暇、丸潰れなんですけど」

ボス「全部は無理だが、今月中にまた調整してやる。もう少し我慢してくれ」

早苗「まあいいですけど……今度の打ち上げとは別に、焼肉でも奢ってくださいよ?」

ボス「分かったわかった」

美優「それじゃあ……私たちは、これで……」

早苗「ええ、みんなも大変だったと思うけど……そのうちアタシのほうから様子、聞かせてもらうから」

文香「はい……短い間、でしたが」

智絵里「お世話に……なりました……」


裕子「早苗さん……」

早苗「ユッコちゃん……まあ、正直に言うとね、アタシ最初はユッコちゃんのこと、ただのアホの子だと思ってたのよね」

裕子「えっ、ひどくないですか?」

早苗「あははっ! まあ、何だかんだ短い間に組んだコンビだったけど……結構悪くなかったわよ」

裕子「そうですか……いえ、ユッコとしては喜んでいいのかよく分からないんですけど……」

早苗「ま、いいじゃない。これからも色々あるだろうけど……頑張ってね。サイキックアイドルさん」


裕子「そこはサイキック美少女アイドルって言ってください!!」


……
…………

――その後、愛知県名古屋市中区、中警察署

「ダメだな……地図で並べてみても、ホシの移動ルートが特定できん。押収した証拠品の中だけでは、手がかりも掴めん」

「もう一度駅前に行って聞き込みをしますか?」

「いや、前回の電話で、ホシは何かしらの手段を使って警察の動きを把握しているのは明らかだ」

「ここで下手に動けばこちらの動きが察知される可能性のほうが高い。ホシが誘拐した子どもたちの身代金を要求している期日までは日があるが……」

早苗「どうにも手詰まりね……あ、そうだ」

「どうした早苗?」

早苗「ちょっと電話してきます! すぐ戻ってきますから!」


……
…………

――東京都港区赤坂、事務所(事務室)

裕子「えええええ~!! またユッコは名古屋に行かなきゃならないんですかぁ!?」

早苗『ゴメーン、犯人の自宅から押収した証拠物品いくつかあるから、またサイキックパワーでちょちょいっとお願いできる? いま手詰まりしてるのよね』

裕子「いえいえいえ、ようやくユッコも新しい事務所に移ってさあこれから! ってときなんですけど!?」

早苗『まだ仕事ないんでしょ? ならいまのうちに……ダメ?』

裕子「このままじゃユッコはサイキック美少女アイドル刑事どころか、サイキック美少女シャチホコアイドル刑事になりそうなんですけど……」

早苗『いや名古屋だからってシャチホコはちょっと……これも人助けのためだと思って、ね?』

裕子「はぁ……分かりました。それじゃあ夕方から新幹線で向かいます」

早苗『やった! ありがとうユッコちゃん大好きっ♪ 夕方来るなら夜中になるだろうし、ホテルこっちで取っておくから!』

裕子「もう……ひつまぶしもお願いしますよ」

早苗『分かった分かった。頼りにしてるわよー? サイキックアイドルさん♪』

裕子「だからサイキック美少女アイドルですって! 美少女足りないですから、美少女!」



――
――――

――女子寮(裕美の部屋)

裕美「終わった……犯人、楓さんかぁ」

prrrr! prrrr!

裕美「あ、電話……もしもし?」

楓『もしもし、凶悪殺人犯です。今はみんなでテレビ見ながらビール飲んでます』

裕美「あはは……」

楓『楽しんでくれましたか? 私は……犯人の役ってやったことなかったので、お仕事は楽しかったんですけど……』

裕美「う、うん、面白かった……私も、誰が犯人かなーって、予想しながら見てて……」

裕子『あ、楓さん! 裕美ちゃんなら代わってください……あ、裕美ちゃんですか! ユッコの活躍見てくれましたか!?』

裕美「ユッコちゃんに代わった……み、見てたよ。なんだか、早苗さんのほうが活躍してたように見えたけど……」

裕子『そうなんですよねぇー……番組タイトルがユッコの名前なのにこれじゃ詐欺ですよ詐欺!』

裕美「そ、そうだね……」

裕子『そうそう、今みんなでドラマが終わった後の反省会やってるんですよ、裕美ちゃんもどうですか?』

裕美「え、私? ドラマ、出てないけど……」

裕子『いいじゃないですか。こういうのはみんなで話して一緒に盛り上がりましょうよ!』

裕美「それじゃあ、いまから居間に行こうかな……ちょっと待っててね」

裕子『はーい、待ってまーす!』

ピッ!

裕子「……ユッコちゃんたち、楽しそう……私も、何かドラマのお仕事こないかなぁ」


……
…………

――翌日、東京都某所、収録スタジオ(通路)

「それじゃあ昼食の後で、インタビューの続きお願いしまーす!」

裕子「はーい」

楓「お昼が終わったら、ここに戻ってきますので」

文香「お昼ご飯……どこで、食べましょうか……?」

智絵里「ち、近くのお店……喫茶店とか、あったかな……」

藍子「確か来る途中に、1件見かけましたよ」

裕子「いやぁ、サイキックアイドル堀裕子シリーズ、次の話も決まって雑誌のインタビューも入ってと調子良くてユッコも大満足ですよ!」

智絵里「そ、そうだね……次のお話、ユッコちゃん……どこで収録なのかなぁ」

文香「次のお話も……頑張ってださいね」

裕子「もちろんですよ!」


楓「あら……Pさんと、美優さんは……」キョロキョロ

楓「……」



P「どうでしたか今回の仕事、インタビューも終わって」

美優「はい……とっても、良い経験になりました……」

P「それならよかったです。今回の美優さんの役、俺もぴったりだと思っていましたし」

美優「ありがとうございます。あ、そうだ……」

P「なんですか?」

美優「その、今回は撮影で……みんなと熱海まで行きましたけど……今度、お仕事じゃなくて……熱海、行きたいなあって……」

P「……そ、そうですか。それなら……どこか、旅館でも予約しますか」

美優「いいんですか? それじゃあ……お願いします。ふふっ♪」

楓「……」

裕子「楓さーん、何やってるんですかー? 早くご飯食べに行きましょうよー」

楓「……」

藍子「楓さん?」

楓「あ、はい。いきましょうか、お昼ごはん」

文香「Pさんと、美優さん……撮影のほうは、まだ終わっていないのでしょうね」

智絵里「わ、私たちの撮影、時間掛かっちゃったもんね……」

裕子「待ってたらお昼終わっちゃいますし、ユッコたちは先に食べちゃいましょうか」




楓「……」ギリッ……



……
…………
………………
……………………

おわり


釣り公園までダッシュするのが一番疲れます。
HTML化依頼出して終了。

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