白菊ほたる「貴女の幸せ」 (46)

ほたる(可愛い女の子が好き。女の子の柔らかい部分が好き)

ほたる(初対面で人の胸を揉もうとする女の子)

ほたる(そんな貴女と出会ったのは、間違いなく不幸だったに違いない)

ほたる(それなのに、じゃあ会わなければよかったと)

ほたる(そういうことは考えられない今の私は、きっと幸せなんだと思う)

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×月×日
・セットした目覚ましの電池が今朝切れていた
・移籍した事務所での初日なのに、電車が遅れて遅刻した
・自分へのお祝いのため帰りによったケーキ屋さんが突然の休業日だった

ほたる(夜、自室。今日も日記を書いていく)

ほたる(元々は初めてアイドルになった日に、これからは素敵な日常が始まると信じて書き始めたもの)

ほたる(でも、いつからかその日の不幸を書き連ねるだけになっていった私の不幸日記)

ほたる(今日は移籍した事務所のアイドル達と顔合わせをする日でした。つまり新事務所での第一歩だったのだけれど、日記に残す不幸には事欠かないようで)

ほたる(新しい事務所でもこの不幸日記にはお世話になるみたいです)

ほたる「あと何か書くことは……あ、そうだ。アレも書かなきゃ」

・同期でアイドルになった棟方愛海さんに胸を揉まれた

ほたる(人に嫌なことをされたのを不幸に数えてたらきりがないけれど、今回のは不幸に入れていいと思う)

ほたる(それは新しい事務所での顔合わせの時でした)

「じゃあ順番に自己紹介いってみよう!」

ほたる(先輩が新人の私たちに自己紹介を促します。事務所を移籍するたびにやってきたことだけど、まだ慣れません)

「掘裕子!私超能力があるんだ!」

ほたる(というか、私ここにいていいのかな。私の同期になったせいで、今一緒に自己紹介してるこの人たちにも迷惑がかかるんじゃ)

「アナスタシア。パパがロシア人なの」

ほたる(後々、初登場の時とキャラ違くない?って言われたりしちゃうかも……。って、もう私の自己紹介の番!?え、えっと)

ほたる「白菊ほたるです…すみませんすみま」

ほたる(自己紹介のつもりが、思わず癖で謝ってしまった時)

ふにゃ

ほたる「ふあ……!?」

ほたる(誰かに胸を揉まれた。その誰かというのが)

愛海「棟方愛海!かわいい女の子がだいすきっ!」

ほたる(棟方さんでした)

ほたる(棟方愛海さん。私より1つ上の14歳。年上だけど、なんというか可愛い人です)

ほたる(見た目も美少女だけど、それ以上に私と違って人に甘えるのが上手な人みたいでした)

ほたる(実際、胸を揉まれた後にも)

愛海「いきなりゴメンね。一緒にアイドルになったほたるちゃんと仲良くなりたくて」

ほたる(と言われて、許してしまったから。あの顔と仕草の前では、大抵のことなら許してしまいそうになります)

ほたる(胸を揉まれたことを大抵のことで済ましていいのかは、よくわからないけれど)

ほたる(ともかく、そんなこんなで私のアイドルとしての第一歩は同期の女の子に胸を揉まれるという、なかなか衝撃的なスタートとなってしまった)

ほたる(事務所が変わっても不幸なのは変わらないみたいです)

ほたる「……でも、仲良くなりたいって言ってもらえたのは、嬉しかったな」

ほたる(スキンシップが過剰で困ったけれど、でも仲良くなりたいと言ってもらえたことは事実です)

ほたる(まだ知らないからかもしれないけど、私のウワサを知っている人からは初対面でも避けられることは珍しくないです)

ほたる「仲良くなりたいな」

ほたる(仲良くなれたらいいのに。棟方さんだけじゃない、堀さんともアナスタシアさんとも、事務所の他のアイドルとも仲良くなりたい。そんなアイドル生活を送りたい)

ほたる「……無理だけど」

ほたる(首を振って淡い望みを打ち消します)

ほたる(だって私は不幸だから。誰かと仲良くなると、きっとその人にも迷惑をかける)

ほたる(もし明日以降も棟方さんがスキンシップを求めてきたら、私の過去を話して断ろう)

ほたる(そうすればきっともう、私に近付くことはないはずだから)

×月△日
・棟方さんに胸を揉まれた

ほたる「うーん?」

ほたる(おかしい。ちゃんと私の不幸体質を説明したのに、棟方さんの自称山登りという過剰スキンシップが止まる気がしない)

ほたる(今まで会ってきた人は、私といると不幸になるってウワサを聞いただけで私には近付かないようにしてたのに)

ほたる(なのに……)

愛海「不幸?」

ほたる「は、はい。私はなぜか昔から不幸なんです。物が落ちてきたりは日常茶飯事で、今ここにいるのも前にいた事務所が潰れたからで」

愛海「そうなんだ。大変だったんだね。あたしでよければ癒してあげ」

ほたる「いいです!あ、じゃなくて、だから棟方さんも私のそばにいたら不幸な目にあうかもしれないんです。だから」

愛海「えいっ」

ふにゃ

ほたる「ひゃっ……!む、棟方さん!?私の話聞いてました?」

愛海「え、うん聞いてたよ。ほたるちゃんのそばにいると不幸になるかもしれないんでしょ」

ほたる「そ、そうです。だから」

愛海「だから試そうと思って。うーん、一回登っただけじゃわからないね!もうちょっと揉ませてよ」

ほたる「ええっ!?」

愛海「本当に不幸になるか試さないと。ね?」

ほたる「いや、あの……」

「あ、コラ愛海!アイドルのお山に登るのは禁止だって言っただろ!」

愛海「げ、プロデューサー!?ここは逃げるか。じゃあね、ほたるちゃん。また登らせてね!」

ほたる「え、あ、あの……」

ほたる「嫌です……」

△月×日
・買い物中、急な雨が降った
・愛海さんに胸を揉まれた

愛海「うひゃー、すごい雨だね。朝の天気予報では一日中快晴って言ってたのに」

ほたる「はい……」

ほたる(仕事の帰り、時間があるから一緒に遊ぼうと愛海さんに誘われた)

ほたる(人に遊びに誘われるのが久しぶりで嬉しくて、着いていってしまった結果がこれだ)

ほたる(急な土砂降り。今回ばかりは愛海さんに申し訳ない気持ちになってくる)

愛海「服も濡れちゃった。しばらくはこの軒下で雨宿りだね」

ほたる「あの、ごめんなさい」

愛海「え、どうしたのほたるちゃん?」

愛海「ふーん、そうなんだ。そんなことより、ほたるちゃんバンザイして。拭いてあげる」

ほたる「バンザイ?」

ほたる(私の謝罪は軽く流し、愛海さんは鞄からタオルを取り出していた)

ほたる「……あの、愛海さん。なんで大きなタオル持ってるんですか?今日レッスンなかったですよね?」

ほたる(今日の仕事は雑誌のインタビューだったので、タオルは必要なかったはずだけど)

ほたる(少なくとも、今愛海さんが取り出した、レッスン時に使うようなサイズのタオルは)

愛海「こういう急な雨の時、誰かのお山を拭いてあげるためにタオルは持ち歩いてるんだ」

ほたる「ええー」

ほたる(そんなものより折り畳み傘を持ち歩けばいいのに)

愛海「ほら、早く。風邪引いちゃうよ」

ほたる「あ、あの、自分で拭けま」

愛海「……」

ほたる「そんな悲しい子犬のような顔しないでください!……うう、お願いします……」

愛海「うん!ありがとう!」

ほたる(なんで拭く方がお礼言ってるんですかぁ……)

ふにゃ

ほたる「んっ……」

ほたる(うう……下心があからさまだけど、濡れた服を拭いてくれる善意でもあるから断れない……)

愛海「ねえ、ほたるちゃん」

ほたる「は、はい」

愛海「ほたるちゃんは不幸だっていうけど、あたしは雨が降ったことを不幸だなんて思ってないよ」

ほたる「え?」

愛海「雨は雨だよ。そりゃあ、今歩いてる人達は嫌な気持ちになるかもしれないけど、逆にこの雨で喜んでる人だっているよ」

ほたる「そうでしょうか」

愛海「うん。例えばほら、そこであたし達と同じように雨宿りしているお姉さんを見てみて」

ほたる「……雨で服が濡れて困ってます。とても幸福なようには」

愛海「もっとよく見て。濡れて服が張り付いて、お山の形がよくわかる様になってるでしょ」

ほたる「え、あ、はい」

愛海「ね?」

ほたる「ね、じゃないですよ!?それ幸せなの愛海さんじゃないですか!」

愛海「そうだけど?ほたるちゃんのお山も登れたし、こんな雨なら大歓迎だよ」

ほたる「大きな声で言わないでください……」

ほたる(愛海さんと出会ってからもうそれなりにたったけれど、まだ愛海さんがわからない)

愛海「急な雨っていいよね!」

ほたる(どうしてこの人は私の不幸に巻き込まれても、こんなに笑顔なの?)

愛海「じゃあちょっと待っててね、ほたるちゃん」

ほたる「え?愛海さん、どこへ?」

ほたる(愛海さんがタオルを持って向かったのは、先ほどのお姉さんのところ)

愛海「お姉さん、服大丈夫?あたしタオル持ってるから拭いてあげる!」

「あらお嬢ちゃん、いいの?助かるわ」

愛海「じゃあ遠慮なく」

「ええ、お願いね」

愛海「ちゃんと拭かなきゃね。ここもここも」

「あ、こーら。オイタはだめよ」

愛海「うひひ。ごめんなさーい」

「うふふ、しょうがない子ねえ」

ほたる「……」

ほたる(その後、雨が止むのを待って私達は帰った)

ほたる(日記を前にして脳裏に浮かぶのは、愛海さんとお姉さんの笑顔)

ほたる(突然雨が降っても、それを楽しむ愛海さんの笑顔)

ほたる(今日、雨が降らなければ見ることができなかったであろうお姉さんの笑顔)

ほたる(急な土砂降りで雨宿りするはめになっても、最後は笑顔でお別れをした彼女達の姿はとても眩しかった)

愛海「雨のおかげで今日は楽しかったね」

ほたる(笑って言った愛海さんに、私はただ頷くしかなかった)

ほたる(不幸で始まり、笑顔で終わった一日。なんだか不思議な気持ちになりました)

△月◯日
・愛海ちゃんが

ほたる(私は忘れていました)

ほたる(あんまりに事務所の皆と過ごす時間が楽しくて、愛海ちゃんが仲良くしてくれるのが嬉しくて)

ほたる(白菊ほたるは誰かと一緒にいてはいけない子だというのを忘れていたんです)

ほたる(まさか愛海ちゃんに、私の友達にあんな不幸が訪れるなんて)

愛海「ほたるちゃん、匿って!」

ほたる「え?」

ほたる(私が休憩室で一人休んでいた時、愛海ちゃんが駆け込んできました)

ほたる(ただならぬ様子に身を固くする私の横を通って、愛海ちゃんはソファの陰に身を隠します)

ほたる「愛海ちゃん?いったい何が」

愛海「しっ!静かに」

ほたる(少しすると、慌ただしい足音とともに、ベテラントレーナーさんが入ってきました)

「棟方がこっちに来なかったか!」

ほたる「え、あの、愛海ちゃんがどうしたんですか?」

「棟方のやつ、またレッスン中に他のアイドルの胸を揉んでな。今日という今日はきっちり躾けてやろうと探してるんだ」

ほたる「愛海ちゃんならそこです」

愛海「ほたるちゃん!?」

「やはりここにいたか!来い!邪な考えを抱く余裕がないくらいハードなトレーニングを課してやる」

愛海「た、助けてほたるちゃん」

ほたる「頑張ってね」

愛海「ほたるちゃーん!」

・愛海ちゃんが胸を揉んだせいでお説教された

ほたる「……あれ?これ不幸じゃなくて、自業自得だよね?」

ほたる「消そう」

けしけし

◯がつ×日
・ライブ前、愛海ちゃんに胸を揉まれた

ほたる「…………」

ほたる(今日は今の事務所での初ライブがあった)

ほたる(そして事件が起きたのはライブが始まる少し前のこと)

ほたる(あと少しでライブが始まる。なのに……)

愛海「ほたるちゃん?」

ほたる(どうしよう。せっかくプロデューサーさんやスタッフさんが準備してくれたのに。私のせいで)

愛海「ほたるちゃん!」

ほたる「は、はい!」

愛海「ねえ、大丈夫?明らかに大丈夫じゃなさそうだけど。経験あってもやっぱりライブ前は緊張するものなんだ?」

ほたる「あ、はい。緊張はしてます。でも今心配なのはそっちじゃなくて」

愛海「どうかしたの?」

ほたる「その、今日はまだ何も不幸が起きてないんです」
愛海「いいことじゃん」

ほたる「よくないです!きっとこれから不幸なことが起きるんです!」

愛海「う、うん?」

ほたる「そうに決まってます。うう、マイクが壊れるのかな?それとも照明が落ちてきたり、もしかしてステージに穴が空くなんてことも」

愛海「あの、ほたるちゃん?」

ほたる「観客席に被害がでる可能性も。ううん、私だから最悪なことが起きるはず。大変!今からでもプロデューサーさんに言ってライブを中止に」

愛海「ほーたーるーちゃんっ」

ずぼっ

ほたる「え?え?えええ!?」

ほたる(ふ、服の中に手が!?私今、直に登られて!?)

愛海「ライブの衣装にシワができたらいけないからね」

ほたる「なんですかその配慮!?あ、あの!愛海ちゃん!?これはさすがにやりすぎ!」

愛海「うひひ」

ほたる「あ、愛海ちゃ」

「ほたる?どうかしたのか?」

愛海「げ、プロデューサー。ほたるちゃん、あたし逃げるね!」

「愛海!?お前またほたるの山に登ったのか!ライブ前に邪魔はするなとあれほど」

愛海「これでライブは心配ないよ!だから頑張ってね!じゃあね!」

「あ、こら愛海!まったくあいつは」

ほたる(ライブは心配ない?)

「大丈夫かほたる?ライブ前に災難だったな。騒がしくしてすまないが、今はライブに集中してくれ」

ほたる「あ、はい」

「と言ってもほたるなら大丈夫か。ライブの経験もあるし、それに見たところ緊張もなさそうだ」

ほたる「え?……あ」

ほたる(災難、不幸。そうか、今の私は急に胸を揉まれて不幸だったんだ)

ほたる(嵐のような出来事だったので、まだ感覚が追い付いていないのかもしれない。でも、もしこれが不幸だったのなら)

ほたる(愛海ちゃん。もしかして、私の不安を取り除くために)

「しかし愛海には困ったものだ。こんどきつく叱っておかないと」

ほたる「あ、あの、いいですプロデューサーさん。愛海ちゃんは叱らないであげてください」

「へ?」

ほたる「愛海ちゃんは私のためにやってくれたんです。おかげで私もライブに集中できそうですから」

「な……!?そ、そうなのか?」

ほたる「はい!」

「そ、そうか。……二人のことだ。止めはしないけど、ほどほどにな」

ほたる「はい?」

ほたる(ライブは何事もなく成功した)

ほたる(アイドルの皆もトレーナーさんもスタッフさんもおめでとうと言ってくれた大成功)

ほたる(愛海ちゃんもライブ前のことには一切触れずに祝ってくれた)

ほたる(プロデューサーが私と愛海ちゃんを何か言いたそうな顔で見ていたのは、よくわからないけど)

ほたる(そして今、こうして家で日記を書くまで不幸は起きずに今日を過ごすことができた)

ほたる(たった一つ、愛海ちゃんに胸を揉まれたことを除けば)

・ライブ前、愛海ちゃんに胸を揉まれた

ほたる「……」

けしけし かきかき

・今日は不幸なことのない1日でした

ほたる「……うん」

◯月△日
・愛海ちゃんに胸を揉まれなかった

ほたる「って違う!これは良いこと!」

けしけし

ほたる(最近日記に愛海ちゃんのことを書きすぎて、何もなかったことを書いてしまった)

ほたる「これじゃあ、揉まれなかったのが不幸みたい……」

ほたる(私、そんなヘンタイさんじゃないです)

ほたる「他のこと書かなきゃ。なにか書ける不幸は」

ほたる(不幸日記のネタを考えるけど、筆は進まない)

ほたる(不幸なことがなかったわけじゃない)

ほたる(買いたかった種類のクレープが目の前で売り切れた。セットが傾いて私に向かって倒れてきた。バッグにつけていたキーホルダーを無くした)

ほたる(私の不幸は絶賛発動中だ)

ほたる(でもクレープは、代わりに未央さんがオススメしてくれたのを食べたらとても美味しかったし)

ほたる(セットは裕子さんがサイキックハンドパワー?で支えてくれたおかげで無事だったし)

ほたる(キーホルダーはアーニャさんが一緒に探してくれて見つかった)

ほたる(不幸はあった。でも、最後はどれも不幸なままで終わらなかった)

ほたる「よしっ。決めた」

ほたる(どっちも書こう。嬉しかったことも悪いことも)

ほたる(これからは不幸日記じゃなくて、普通の日記を書いていこう)

ほたる(そう決めたら、なんだかこれから日記を書くのが楽しみになってきた)

・目の前で欲しかった種類のクレープが売り切れたけど、未央さんのオススメクレープが美味しかった
・セットが倒れてきたけど、裕子さんが支えてくれた
・キーホルダーを失くして、アーニャさんが一緒に探してくれた

ほたる「うーん。じゃあ、これも」

・愛海ちゃんに胸を揉まれなかった

ほたる「う、嬉しかったことだから。別に変じゃないよね」

ほたる(明日は何が書けるかな)

◯月◯日


ほたる「どうしよう」

ほたる(書くか、書かないか。私は選択を迫られている)

ほたる(書いたらもう戻れない。わかっていても、手はペンを離さない)

ほたる(さて、どうしよう)

ほたる(それはオフだけど特にやることもないので事務所に行こうとしていた時のこと)

ほたる(道端で愛海ちゃんが女性と話しているのを見かけた)

ほたる(また愛海ちゃんがお山に登ろうとしていると思い、止めよう近付いていたら会話が聞こえてきた)

「愛海ちゃん。貴女、白菊ほたるから離れた方がいいわよ」

ほたる(え?)

ほたる(咄嗟に隠れて様子をうかがうと、相手の女性は私が以前いた事務所の先輩アイドルだった)

ほたる(私のせいで事務所が潰れて、私を恨んでいる人の一人。そんな人が愛海ちゃんと話しているところを見ることになるなんて)

「貴女も知っているでしょう?あの子、不幸なのよ。あの子に悪気がなくても巻き込まれる側はたまったものじゃないわ」

ほたる(女性の言葉を私は黙って聞いているだけで、止めることも耳を塞ぐこともできない)

ほたる(彼女の言うことは正しいと、そう思うから。彼女の反応が普通だと、わかっているから。でも)

「あの子から離れた方が貴女のためよ」

ほたる(でも、そんな話を愛海ちゃんにしないで!)

「貴女もあの子といて不幸な目にあったこと、あるでしょ?」

愛海「ないよ」

ほたる(え?)

ほたる(あまりに普通に愛海ちゃんが答えたので、私は聞き間違えたかと思いました)

ほたる(私と一緒にいて、愛海ちゃんが不幸に巻き込まれた回数は一度や二度ではないのだけれど)

「……そうなの?急な雨に降られたり、仕事が急にキャンセルになったりしなかった?」

愛海「ああ、うん。そういうのはあったよ。他にも機材が不調になったり、目の前で頼もうと思ってた商品が売り切れたり」

「……?」

ほたる(女性は反応に困っています。私も混乱しています。それを普通は不幸と呼ぶんじゃないでしょうか?)

ほたる(しかしそんな疑問を吹き飛ばすように、愛海ちゃんは笑いました)

愛海「嫌なことはあったよ。でも、そんな時はほたるちゃんがそばにいてくれた」

愛海「雨が降っても一緒に雨宿りすればいいし」

愛海「お仕事が中断したら、一緒にお喋りして時間を潰せるでしょ」

愛海「欲しいものが売り切れても、一緒なら別のお店まで歩けるよね」

ほたる(それは私がこれまで愛海ちゃんと過ごした時間そのもの)

ほたる(当たり前のようにそこにいたから忘れていたけれど)

ほたる(そういえば、愛海ちゃんは私が不幸な時、一緒にいてくれた)

愛海「そうして一緒にいれば、不幸なんかにならないよ」

愛海「あたしは雨が降ったぐらいで一人になる方が嫌だな」

「……」

ほたる(女性はぽかんとしています。当然です。私の不幸に巻き込まれたなら、普通は離れようとするもの)

ほたる(そもそも、順番が逆じゃないですか)

ほたる(私といると不幸になるのに、不幸になっても私といればいい、なんて)

ほたる(ああ、でも愛海ちゃんは)

愛海「あたし、アイドルは好きだよ。でもね、可愛い女の子も大好きだから。ほたるちゃんと一緒だとそれだけで嬉しいんだ」

ほたる(どこまでも愛海ちゃんなのでした)

愛海「知ってる?ほたるちゃんって可愛いんだよ」

「それは知ってるけど……」

愛海「あとほたるちゃんって柔らかいんだよ。触ったらすこしひんやりして、でもすべすべで気持ちいいんだ」

愛海「あと優しくてね。誰かが困ってる顔してたら真っ先に気付くし」

愛海「それに細かいことよく覚えてるんだよ。人に親切にされたことをずっと忘れないの」

「……」

ほたる(愛海ちゃんの、さっきとは違う意味で止めたい私の話の前に、女性は黙ってしまった)

ほたる(愛海ちゃんが言うことごとくを、女性は知らない)

ほたる(手を繋いだことさえなかったと思う)

愛海「そうだ、これは知ってる?ほたるちゃんは可愛いけど、笑ったらもっと可愛いんだよ」

「……知っているわ」

ほたる(ずっと愛海ちゃんの話を黙って聞いていた女性は、口を開きました)

「あの子の笑顔なら知ってるわ。知ったのは、つい最近だけど」

「この前テレビであの子が笑っているのを見たの。同じ事務所のアイドル達と一緒にいて、幸せそうに笑ってた」

「あの子はあんなふうに笑うんだって初めて知って、そして無性に腹が立ったわ」

「私たちといた時はあんな顔一度たりとも見せなかったのに、ってね」

「だから、たまたま見かけたあの子と同じ事務所の貴女に声をかけたんだけど」

ほたる(女性はフッと力なく笑って)

「貴女の話を聞いていて、なんとなくわかった気がする。どうして私たちが失敗したのか」

「考えてみれば当然よね。私たちは誰一人としてあの子に触れようとしなかったんだもの」

「笑顔になれっていう方が無理な話よね」

愛海「ほたるちゃんと触れ合わなかったの?もったいない」

「ええ、そうね。私たちの中にたった一人でもあの子と触れ合おうとする人がいれば」

「貴女ぐらい、あの子を知ろうとする人がいたなら」

「きっと私たちは、違う結末を迎えていたかもしれないわね」

ほたる(……)

「ねえ、あの子、白菊さんのことを聞いていいかしら。今の事務所に移ってからの彼女の話を」

愛海「いいよ。あたしとほたるちゃんは一緒に事務所に入ったんだけど」


ほたる(私はそっとその場を離れました)

ほたる(その後、二人がどんな会話をしたかが気になったけれど、これ以上聞いていたら涙が出てしまいそうだったから)

ほたる(前の事務所。今の事務所。これまでの事務所のアイドルたち。今いる事務所のみんな)

ほたる(愛海ちゃん)

ほたる(胸の奥で熱をおびた思いが溢れそうになるのを我慢しながら、帰りました)

ほたる(そして夜。日記を前にして私は悩んでいる)

ほたる(書くか。書かないか。書いてしまったら、もう認めざるをえないとわかっているから。でも)

ほたる(今日の会話を聞いて、愛海ちゃんとこれからも一緒にいたいと思った)

ほたる(これまでもぼんやりと思っていたことだけど、今回はっきりと気付いてしまった)

ほたる(私は……)

かきかき

・愛海ちゃんを好きになってしまったかもしれない

ほたる「……そうじゃないよね」

ほたる(認めよう。あの人と一緒にいたいと思うこの気持ちを、正直に)

けしけし

・愛海ちゃんを好きになってしまった

ほたる(これが幸福なのか不幸なのかはわからない)

ほたる(でもたぶんそんなの、どっちでもいい)

ほたる(幸福なら一緒に分け合えばいい)

ほたる(不幸でも一緒に過ごしていればきっと楽しい)

ほたる(ああ、でももしこれが不幸だというのなら)

ほたる「愛海ちゃんにも半分責任を取ってもらおうかな」

ほたる「……なんてね」

おしまい!

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