モバP「志希にゃん印の陰毛しらす丼」 (13)


ガレージがある。

車があるわけではない。

そこにミニバンでも停めてあれば、俺は幾分か、気が休まるのかもしれない。

そのガレージにあるものといえば、よく分からん薬品の壜、無水エタノールの缶、その空き缶に詰められたレモンの種、よく分からん木、飲みさしのコカコーラ、ピザの空き箱、タバスコソースの空き壜、ミルク石鹸、ベット・ミドラーのアルバム……。

ゴミなのかどうか、判断の覚束ないものばかりだ。

それは、それらの所有者である一ノ瀬志希本人ですら判断できない。

彼女の対象への興味は、まるでザッピングをするかのように転々とし、放浪、漂流、しばしば行方知れずとなるのが常である。

そんなもんだから、彼女の所有物のいる、いらないの区別は、俺の担当業務となっている。

お片付け担当。なんと小学校のクラス当番然とした肩書き。

しかしながら、その業務は小学校のそれとはワケが違う。

初めのころは、必要なさそうなものを適当に選んで捨てていた。

後日、メモ用紙に書いた捨てたもののリストを志希に渡したところ、大層しょげた顔をしながら、



「そっか……あれ、捨てちゃったのか……」



などと口漏らし、



「海を見てくる」



と言ったきり、二日も帰ってこなかった。

今でも覚えている。及川牧場から持ってきた牛の糞。あれを捨てたのがまずかったらしい。

牛の糞からバニリンとかいう香料が抽出でき、及川牧場のソレは他のアレとは段違いの香りらしい。

分かるか、そんなもん。


ガレージの掃除を行う曜日は、特に決めていない。暇があればやる。

ここ数週間はイベントの準備で忙しく、まったく掃除ができなかった。

今日はそのツケを清算するために、郊外にある志希の家まで車を飛ばしてきたのだ。

アイツのことだ、さぞかし散らかしていることだろう。

西日に火照らされた薄橙のガレージ。

朴の木の横にそれは佇んでいる。

おそらく、ガレージに志希はいないだろう。

眩い西日が志希の朝を告げるのだ。たいてい、この時間帯は外出している。

さっき、交差点でアジサイが咲いているのを見かけた。その匂いでも嗅ぎにでもいってるんじゃないかな。

はたまた、検討もつかない見知らぬ土地の、なんてことのない花の香り――――。


――――ガレージ前に車を停め、コンビニで夕食用にと買ってきた白飯とチーズコロッケを手に、ガレージ横にある通用口のノブを回した。

案の定、鍵がかかっている。小窓から覗き込んでみる。志希がいる様子はない。

通用口を開くと、凝縮された薔薇の匂いが、むわあっ、と襲い掛かってきた。

堪らず咽ぶ。吐き気を催す。頭痛がする。死ね。

咳き込みながら急いでガレージの扉を開け放った俺の視界の端には、茶色い壜の破片が散らばっていた。

最近、地震は起きてはいなかったので、おそらく志希が落として割ったのだろう。

ああ、ダメだ。換気が間に合わない……。

俺は打ちっぱなしの床に、胃の中身をそのまんまぶち撒けた。

薔薇のオーバードーズだなんて、聞こえは大変よろしいが、その実態はこんなにもマヌケである。

思わず手を伸ばした先に照明のスイッチがあったらしく、じじり、ぶぅーん……裸電球が低く唸る。




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――――――


思っていたよりも、ガレージ内は綺麗なものだった。

片付けるものといえば、それこそ先ほどの破片と、俺の吐瀉物と、あとはピザの空き箱と、くしゃくしゃに丸めてあったキムワイプくらいのものだ。

あとは、適当に箒で床の埃でも掃き撫でてやれば良い。

拍子抜け。同時に肩の力がすっと抜けた。ぐぅ。腹も鳴る。

しからば、夕飯にでもと、チーズコロッケを電子レンジで温めようとしたら手を滑らせ落としてしまった。

裸電球に照らされたチーズコロッケの茶の衣。

汚れっちまった悲しみに、だなんて……や、しからば。ゴミ箱へ。

白飯は上手く電子レンジの中で回ってくれた。


換気を始めて随分と経つが、今だ鼻腔の奥には薔薇の香りが微かに咲いていて、それをオカズに白飯を食べなくてはいけないのかと、ガラスに映りこんだ嫌忌の瞳から視線を逸らす。

棚に並んだ香料。様々な色、形、大きさ、言わずもがな、匂い。

あれは龍の涎。

あれはカビた木。

あれは猫の尻から漏れた汁。

なんだよ、なんだったらさっきの俺のゲロだって取っておいても良かったんじゃないか?

棚の横のガスボンベをぺろりと撫でる。埃っぽい。これも後で拭いてやろう。

床を見やる。木屑、パン屑、紙屑、埃。

そこに俺は、ひとつ見つけた。

拾い上げると、それはうねうねと捩れ、縮れている一本の毛であった。

志希の陰毛だ。



「うねうねしていやがる。まるで、しらすみてぇだな」



そうか、このガレージの床一面に、志希の陰毛しらすが泳いでいやがる。

すると、電子レンジがチーン、と音を上げた。

それは、ひらめきに似ていた。


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――――――


床に落ちていた志希の陰毛を拾い集めると、ざっと八十三本あった。

志希のバストサイズと同じ数。収まりの良い数字に収まった。収まりきらずに抜け落ちたものなのにな。

軽く水洗いをして、纏めてみると、饅頭ほどの玉になった。

ところどころに隙間があって、それを手のひらに乗せて軽く握ると、すかすか、と重みのない感触がして、面白い。

これが今からどうなるのかと言うと、俺の腹の中に収まる。

温めた白飯の上にそれを乗せ、散らばらないように箸で丁寧に解してやり、仕上げにチーズコロッケにかけ損ねたウスターソース小袋ひとつ分を撒いてやる。

志希にゃん印の陰毛しらす丼の完成だ。

湧き上がる歓声。ひゅうひゅう。


「んなわけねぇって」




箸でしらす丼を口に放りこんでみると、案の定、毛の歯触りがとても不快で、噛み切れない。

しらす丼なんだから、かけるのもウスターソースじゃなくて、醤油が良かった。海苔があるとなお良い。

咀嚼。

不思議なことに、口の中には薔薇の香りが広がっていた。

鼻腔の奥の薔薇のせいかもしれない。

いや、もしかしたら、志希の匂いが薔薇なのかも。それが陰毛にまで染み渡っているのかもしれない。

五月生まれだしな。五月から六月の薔薇が一番良い。

志希は薔薇なのかもしれない。



「もしかして、志希は薔薇なのか?」



「ぶっぶー!ざんね~ん、志希ちゃんは志希ちゃんなのでした~」



心臓が止まるかと思った。

それは、突然背中に軟らかな重みを感じたからだし、首の後ろの付け根辺りから響く志希の声が鼓膜を揺らしたからだ。

ドアの開閉音はしなかった。聞こえなかっただけか?

「ご飯中?」

「うん」

「なにを食べてるのかな~?」

「しらす丼」

「くんくん……薔薇、白米、ウスターソース……魚の匂いは行方不明?」

「死んだ」


背中に伝わる肺呼吸運動は大変穏やかなもので、怒っている、なんてことはなさそうだ。

まあ、怒られる筋合いもない。

俺はお片付け当番。抜け落ちた毛の片付けをしているだけなのだ。

しらす丼を口に放る。咀嚼。


「…………」

「…………」

しばらく、二人して黙りこけていた。

すると、志希が俺の目の前に香水を一壜置いた。


「……なんだよこれ」

「シャネルの五番。うがい用~」

「うがい?」

「そーそー。パジャマにもなる優れもの」


口をもごもごと動かせば、相変わらずの不快感、しかし、脈拍は音を高める。


「問題です、くえすちょんわん」

「難しいのはナシだぜ」

「丸罰問題にしてあげる。志希ちゃんってば優しいんだ~」


咀嚼。


「私、一ノ瀬志希は海外帰りの帰国子女なんだけど~……」


咀嚼。


「欧米では清潔を保つ目的や、エチケットを理由に陰毛を剃っちゃう人が多いんだよね。特に女性」


咀嚼。


「まあ、志希ちゃんも向こうの生活が長かったからね。剃っちゃうんだ~、邪魔だし」


咀嚼。


「シャワー浴びながらスパッ!ツルーン!みたいなカンジ。にゃはは~♪」


咀…。


「で。このガレージに立ち入ることが許されているのは、私とプロデューサーだけだよね」


……。


「さて、問題です。その陰毛は志希ちゃんのものである。丸か罰か?」




薔薇のオーバードーズだなんて、聞こえは大変よろしいが……。


じじり、ぶぅーん、裸電球が低く唸った。



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