高垣楓「マイスタイル」 (20)

・モバマス・高垣楓さんのSS
・超短い
・ハピバ間に合った

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「あーたーらしい あーさがきたー」

 今日も、同じように朝が来る。私はモソモソと起きだして独り言ちる。
 未だ梅雨は到来していないらしい。あまりすっきりしない天気。

「腕を前から上に上げてー大きく背伸びの運動からー」

 そう言って私はひとつ伸びをした。で。
 それだけ。
 もうすっかりラジオ体操の振りは、忘れている。


 鏡に向かう。そろそろプロデューサーが迎えに来る時間。
 彼とは気が置けない関係だからと言っても、そこはそれ。
 やはりきちんと整える必要はあるのだ。
 ふむ。
 昨日のお酒が残っていないことを確認。よし。

 二十五歳と二十六歳の間には、大きな壁が存在するという。
 それはお肌の壁というものらしい。
 そして私は今日、無事にひとつ歳を重ねた。

 鏡の中の自分に向かい「お嬢さん、気にしてる?」などと声をかける。
 とは言え。
 今まで気にしたことはないし、これからもたぶん気にしないだろう。
 ちょっとヤバそうならアルビオンのスキコンでも叩いておけばいいのだ。
 いつもの自分にニンマリしつつ、私は身支度を整える。


 私は、シンデレラガールに選ばれた。
 いや、選んでいただいたという方が正しい。

 確かに、選ばれて以降私の仕事は加速して増していった。
 事務所とプロデューサーの努力の結晶が今や、こちらから声を掛けずともやってくる。
 その違いは大きい。
 その分私に向けられる期待が遥かに大きいことは、自覚しているつもり。それでも。

 私は、私。

「おはようございます」
「おはようございます楓さん」


 今日もまた、プロデューサーが車で迎えに来てくれた。早速車で、現場へと向かう。
 今までなら、変装して電車に乗るなどということも、多少は目こぼしされてきた。
 モデル時代の癖が染みついて、送迎付きなどというお大尽に慣れないのだ。
 今はさすがにそうはいかない。
 おそらく電車の中はパニックになるだろう。

「今日のスケジュールは?」
「新曲の打ち合わせと雑誌のインタビュー。午後からはレッスンですね」

 プロデューサーは今日のスケジュールをそらんずる。
 お決まりの朝の会話。
 今こうしてお大尽な送迎に身を任せられるのは、プロデューサー自らが申し出てくれたからだ。
 彼がいるから、私は私のままでいられる。

 この時間が、私たちのスタート。
 たとえどんなに忙しくても、互いに顔を合わせ、互いの心遣いを感じて、一日を過ごす。
 なににも代えがたいものだと、私は知っている。


 本来こうしてプロデューサーがアイドルにかかりきりになることは、ほとんどない。
 もちろん彼も、一日ずっと一緒にいるわけじゃない。
 ただ何が私に必要なのか、何が彼に必要なのか、それを分かっているから。
 朝の短い移動は私たち二人に、モチベーションを運んでくれる。
 それが戦友というものなのだろうと、漠然と考える。

「わかりました。なら、今晩はお付き合いいただけますよ、ね?」
「……昨日は遅い仕事でお付き合いできなかったので、ね。善処します」

 私の飲みの誘いに、今日は前向きに応えてくれた。
 今日が何の日なのか、彼は知っててそう応えてくれたのだろう、たぶん。
 それが戦友というものだ。

 そして常在戦場であればこそ、互いのエントロピーを下げる必要があるのだ。
 命の水とともに。
 なーんて。


 新曲の打ち合わせと、インタビュー。
 珍しく午前中いっぱいは、プロデューサーと一緒にいる。
 彼のスタイルなのか、私は製作現場に最初から関わっていることが多い。
「楓さん、こういうの好きでしょう?」と事も無げに言って、デビューシングルの時からこのスタイルを貫いている。

 実際、私も好きなのだ。
 クリエイターの集団が持ち味をぶつける現場の、なんと新鮮なことか。
 作品を、ステージを、ファンの皆さんへ届けた時の歓声を思い浮かべ、今日も私たちはアイディアを持ち寄る。
 本当に、私は変わったなあ、と。
 改めて思う。

 あまり表情を崩さず、自分の想いをひけらかさない、そんな受け身であった自分は、もういない。
 こんな面白き世界を示してくれたプロデューサーには、感謝しかない。

「ん? どうしました楓さん?」
「なにか、ありました?」


 答える私の表情を見て、プロデューサーは苦笑を浮かべ。

「いや、なんかにやけてるので、またすべるダジャレ思いついたのかなあ、って」

 あの。
 別にすべるためにダジャレ考えてるわけじゃないですし。あれは瞬発力ですし。
 そもそも今は、ダジャレ考えてませんし。

 これもまた、彼なりの配慮。
 だから私は気安く、気分良くいられる。

 そうした善き感情を抱いたまま、インタビューを受ける。
 ひょっとしたらプロデューサーは、この流れを全て計算ずくでやっているのかしら。
 そうであってもそうでなくても、彼は私にとってできた人であることには違いない。
 心の中で拝むことにしましょう。
 なむなむ。


 午後。
 レッスンルームへとお届けされ、プロデューサーは事務所へと戻る。
 書類仕事などなど。事務所に帰れば帰ったで、仕事は山ほどあるそうな。
 ご愁傷さまと思いつつ、レッスン着に着替える。

 ひょっとして、私が普通に就職して普通に事務員をやっていたりしたら、プロデューサーのようにひいひいと書類まみれになっていただろうか。
 ないだろうなあ。
 そんな自分が想像できない。
 今の自分が本当に、すっぽりとピースにはまっている気がして、元々普通じゃなかったのかもなどと少し可笑しくなった。

 だからだろうか。
 シンデレラガールになった今であっても、私はなにか変わった気がしない。
 私はこれがたぶん、性に合っているのだ。ちひろさんにはなれない。

「高垣さーん、準備はいいですか?」
「はい、大丈夫です」

 トレーナーさんに呼ばれる。
 そう、こうして私は適所にいるのだから。楽しく真剣に今をこなせばよろしい。
 ある可能性の薄かった想像を片隅に追いやって、私はレッスンへと向かった。
 アイドルである私が、私。


「それでは」

 夜。
 どうにか仕事をやっつけたプロデューサーと連れ立って、飲みニケーション。

「楓さんの二十六歳が前途洋々であることを祈念して」
「乾杯」
「乾杯」

 かちん。
 プロデューサーはビール。私は焼酎ロック。じりりと焼けるのど越しがまた、いい。

「……はあ。いいですね。ビール、日本酒、焼酎にウイスキー」
「……」
「みんな違って、みんないい」
「金子みすゞが台無しですよ楓さん」


 いつの頃からだろう。
 こうしてお酒がおいしいと感じるようになったのは。
 ほろ苦いような、焼けるような。それでいてどこか甘ったるさがあるような。
 そんな味とも言えない味を、今の私はおいしいと感じる。
 決して、最初はおいしいなどと思わなかっただろう、と考えるのだけれど、どうにも思い出せない。

「国民の酒焼酎はー 安くてまわりが早いー」
「……それは二十六歳の歌う歌じゃないです」
「あら、そうです?」
「無駄にうまいところが、腹立つなー」

 仕事モードではお互いに真剣で妥協を許さず、日々研鑽の毎日だからこそ。
 こうしてくだける必要があるのだと、思う。
 心のエントロピーを下げる必要が。


「今日、ふと思ったんです」

 私はプロデューサーに打ち明ける。

「私がもし普通に就職して、ちひろさんのように事務の仕事をやっていたら、って」
「ほうほう、それで」
「恥ずかしながら、想像できなかったんです。事務員の私」

 いくばくかほろ酔いになった私は、くすりと笑った。

「今こうしてプロデューサーと二人、仕事をさせていただいて、それが楽しくて……今の私以外が、思いつかなかったんです」
「……そりゃ光栄ですね」


 スカウトされたころの私を、思い浮かべる。

「最初はあまりに別世界で、不安ばかりで。自分を出すことなんて無理だって、ずっと思ってました」
「でも今は、こうしてアイドルをやっている自分以外の自分が、本当に想像できなくて」

 プロデューサーは、自分語りを静かに聞いてくれる。

「本当に感謝しています。私らしい私に、していただいて」

 二十六歳の私は、感謝の言葉を捧げた。
 シンデレラガールという大冠を戴き、仕事もますます順調で勢いも高く。
 もちろんプレッシャーも大きいけれど。
 それでも本当に、楽しいと思える日々。

「アイドル以外の可能性だってあったはずなのに、それがまったく想像できないなんて。本当に」

 私は焼酎をあおった。


「プロデューサーにしてやられたな、って。まったくひどい人ですね、プロデューサーは」

 プロデューサーもつられて、ジョッキを開ける。

「プロデューサー冥利に尽きるってもんですよ。僕こそ、楓さんには感謝しかありません」
「責任重大ですよ? 分かってます?」
「はいはい、分かってますって。だからこうして、飲みニケーションを」
「プロデューサーだって十分、オヤジ風味じゃないですか」
「いいんですどうせ、ここには楓さんしかいませんし。僕らしいでしょう?」
「ですね」

 そう言ってお互いに笑いあう。


 きっと。
 こうして楽しく日々を過ごせるのは、プロデューサーのおかげでもあり、私を応援してくれる沢山のファンのおかげでもあり。
 事務所のみんなや、支えてくれるスタッフのおかげでもあり。
 なにより、私自身のおかげ。

「私は私、って。そう断言できちゃう自分が、恥ずかしいけど、誇らしいです」
「私は私、ですか。うん。それがいいんだと思いますよ」
「そうですね、ふふっ」

 シンデレラガールとしての新たなステージに上ったとしても私は。
 私だ、と。やっぱり断言できるだろう。
 それはいつだって、どこだって。

「ですから、プロデューサー」
「はい?」
「来年もこうしていましょうね、じゃなくて……」

 来年もきっと、こうしているはずです、って。
 断言しよう。


 ひとつ年を経ても、私は、私。
 いつものスタイルで、私はファンの皆さんに私自身を、届ける。
 それが、私らしさ。

「あ、でもシンデレラガールになったことですし」
「ん?」
「どうも、シンデレラガールの『かたがきがええでー』です、って」
「……はあ、最後で台無しですわほんと」

 二十六歳の初日が暮れていく。
 明日もきっと、私は、私。

 それが私の、スタイル。






(おわり)



これで終わりです。お疲れさまでした。
楓さんはたぶん、いつも変わらない。そんな気がします。

皆さんの琴線に触れれば幸いです。
では ノシ

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