【モバマス】茜「元気、笑顔、たまーに涙!」 (18)


「はっ、はっ、はっ」
ランニング。
それが彼女ー日野茜ーの日課だった。

走っているといろいろな景色が飛び込んでくる。
通行人。散歩中の犬。ガーデニングされた花々。
雨が降れば水滴。傘。水溜まり。
毎日いろいろなものを見ているが、彼女は今後忘れることはできないだろう光景を目の当たりにした。

交通事故現場

決して日常的に見るものではないものと遭遇し、自然と足が止まった。
乗用車とぶつかった少年は地面に倒れ、運転手は呆然とハンドルを握り続けていた。
彼女はそんな光景から目が話せなかった。


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キャー

誰かの悲鳴が聞こえ、ようやくはっと意識を取り戻し、

「……大丈夫ですかっ!?」

彼女は慌てて駆け寄った。
少年の身体に手を添え、すぐに遠ざける。
このような時はどう対処すれば良いのか判断ができない。

(身体は動かしちゃ駄目ですよね。まずは救急車? 傷の確認?)

何が正解かわからなくなった状態だが、携帯を取り出す前に誰かが救急車を読んだのが聞こえた。

(次は……)

そこで少年の容態を見ようと身体を眺めまわす。
苦悶の表情。力の抜けた腕。足からは地面で切ったのか少なくない血が流れ出していた。


「大丈夫ですか! この声が聞こえますか?」

彼女は無意識に少年へ語りかけた。
数秒後、しっかりとその声が届いたのか少年は顔をさらに苦々しく歪め、うめき声を漏らす。

「うっ……いっ……」

尋常ではない痛みが襲っているのか、少年の表情はどんどん歪んでいく。

ー大丈夫ですか。すぐ救急車が来ますからね。もう少しの辛抱です。

そのそばで彼女は必死に語りかけ、自身もその痛みを共有しているかのように泣きそうな表情を浮かべていた。
数分後、救急車が到着し、少年は搬送されていった。

その後少年がどうなったか彼女は知らない。


ーーーーーーーー

数時間後。

茜は事務所についていた。
どうやってついたのかも覚えていない。
少年の事故の衝撃が強すぎて些細なことは記憶にも残っていないのだった。

「……? おはよう、茜?」

彼女のプロデューサーはパソコンから顔をあげて茜をみた。
いつも通りなら彼女から大音量の挨拶が発せられるのに今日は不気味なほど静かだった。

「……あっ、おはようございます。プロデューサー」

じっと見つめること数秒、視線に気づいたのか茜が挨拶をする。
いたって普通の大きさの声だったが、普段の彼女と比べて異常なほど小さな声。
彼女から読み取れる全てが異常だと訴えていた。

「何か、あったのか? いつもよりかなり元気がないけど」

彼女にこれほど元気がないのは初めての経験だったため、彼も対応に戸惑う。

「……はい」

どう話そうかと彼女は迷った。
目に焼き付いた光景を言えばいいのか、事故のあらましを伝えるべきか。
結局答えは出ず、思いつくままに説明することを選んだ。

「ランニング中に交通事故を目撃したんです。まだ小学生くらいの男の子と軽自動車の衝突事故でした」

「……そうだったのか」

ここで彼はようやく彼女の悩みを知る。
いつものような元気がない原因もはっきりとそこにあった。

「足がひどい怪我でしたけど、あの男の子は意識がありました。たぶん命に別状はないと思います」

それならば彼女はなぜこんなに落ち込んでいるのか。
目の前で起きた事故とはいえ、他人のことでなぜこうも悲しい顔をしているのか。

「私、語りかけることしかできませんでした。部活のマネージャーをやってて応急処置だったり、非常時の講習だって受けたことがあるんです。
 ……でも頭が真っ白になって何もできませんでした」


それで誰が彼女のことを責めるだろうか。
交通事故を目の当たりにして即座に冷静な対応ができる人のほうが圧倒的に少ない。
誰も彼女を責めなくても、彼女が許せないのはたった一人だった。

「……茜は何も悪くないだろ。茜がその時にできることをしただけだ」

冷たくも思える言葉。
けれどそうではない。

「ですが……」

「茜は語りかけることしかできないって言ったけど、何も出来なかったよりは100倍マシだと思うぞ」

それでも彼女は納得しない。
その程度では納得できないのだ。

「それに、その子に意識があるのがわかってて、どうして語り続けたんだ?」

「……どうして?」

そんなことを彼女は考えてもいなかった。
あの場では語りかけることが正解で、それしか彼女はできなかったのだから。


「意識があるのがわかったら、普通他の対処をするだろ。救急車を呼んだり、警察に連絡するとか」

確かにそうだった。
ただ誰かが救急車を呼んでいたのは覚えている。
では警察は?
誰か呼んだか記憶にない。けれど事情聴取をされた覚えがあるから誰かが呼んだのだろう。

「………………」

でもそれをしなかった。
できなかったし、やろうとも思いつかなかった。
ただただ少年に語り続けていた。
それはなぜか。

「……語りかけ続けることで、あの子に気力を保ってほしかったんです」

なぜそれが正解だと思ったのかはわからない。
それしかできなかったのかもしれないし、無意識の部分で何かが導き出されたのかもしれない。

「うん。あくまでも俺の意見だが、茜の行動はそれが最適だったと思う」

「……プロデューサー」

それに救われたのか、少しだけ彼女は心が軽くなった気がした。
決して何かが変わったわけではないが、少しだけ自分に自信が持てたのだろう。


ーーーーーーーー

数週間後。

それから彼女の悩みは時間が解決してくれた。
落ち込んだ心は、時間と共に普段通りに戻っていき、数日も経てばもとの日野茜に戻っていた。

「おはようございます!!!」

その日も彼女は事務所内だけではなく、建物中に聞こえているのではないかと疑うほどの声量を発して、事務所へ入ってきた。

「おはよう、茜。そんな大きな声出さなくても聞こえてるから。もう少し静かに入ってきて」

出迎えた彼女のプロデューサーは、苦笑しつつ定型文になった文言を告げた。
普段通りの彼女はずっとこうだった。声量を抑えてと言っても変わらず、逆に周囲が諦めるしかない。

「はい! 気をつけますね!!」

何も気をつけることができていないのだが、そこも彼女の魅力なのだろう。
逆に彼女が元気なく登場したあの日が異常すぎただけで、今が普通の日々でしかない。


「そうだ、茜。ファンレターが届いてるぞ」

プロデューサーはデスク上から1枚の便箋を掴み彼女が見えるように手を少しあげた。

「ん? ファンレターですか? つい先日仕分けされたのをもらったばかりですよ?」

彼女は顎に手を当て、顔を傾ける。
いかにも頭上にクエスチョンマークが浮かんでいそうな仕草だった。

「それとは別。何て言ったって茜にとっては特別なファンレターになるだろうからな」

通常なら中身をチェックして、悪質なものを取り除いたファンレターをある程度まとめてアイドルに渡すものだが、どうやら違うらしい。

「ここで読んでもいいんでしょうか?」

ファンレターを受け取ると裏返したり蛍光灯に透かしてみせたりさまざまなことをしている。

「もちろん」

「そうですか、では!」

彼女は近くのソファーに座って便箋を開封した。シンプルな白い便箋には想いがたくさん込められていた。

『日野茜さんへ

初めまして。テレビでいっつも見ています。
日野さんの元気に動き回る姿を見ていると、僕も元気をもらえてやってやるぞ!って気持ちになります。
クイズ番組のばつゲームとか、いろんなことにチャレンジしていつも笑顔でいるのはすごいなって思いました。
けど、最近はイメージが変わりました。

僕はこの前事故にあったんです。車とぶつかって足をけがして、すっごく痛いけどずっと声が聞こえたんです。

『大丈夫ですか? 聞こえますか?』

誰が言ってるのかわからなかったけど、力強い声でした。
後でナースさんに聞いたんですけど、アイドルの日野さんが泣きながら必死に語りかけてたって言ってました。
あのときずっと声をかけてくれてありがとうございました。

日野さんがいなかったら僕は精神的にふさぎこんでたと思います。
直接お礼を言えなかったので手紙になっちゃいましたが、ありがとうございました!
これからも日野さんのこと、応援します!』


そこには何度も書き直した跡があった。
決して上手な文章ではないけど、とても素敵な文章だった。

「これって……」

彼女は便箋から顔をあげた。
嬉しそうにも見えるし、泣きそうにも見える。想いを噛み締めているようにも見えるし、驚いているようにも見える。
どんな感情が彼女によぎっているのだろう。
どんな感情もが彼女によぎっているのだろう。

「茜、この前話してたよな? 交通事故の現場に居合わせて怪我した少年がいたって。それって絶対この子だよな」

果たして本当にあの日の少年なのか。
どう考えてもそうだろう。
交通事故に遭い、足を怪我し、茜が語り続けた少年など一人しか該当者がいない。

「……そう、ですね!」

少年は元気だった。
事故のショックに負けず、ポジティブに前を向いていた。
それが出来たのは彼女のお陰。そう書いてある。

「それを読んでさ、俺は改めて思ったんだよ。茜の行動には間違いがなかったって。語り続けることが正解だったんだって」

本当にそうであるなら彼女にとって喜ばしいことはない。
もちろん、他の対処ができなかったという悔いは残るが、当の少年が感謝をしている。
ならばそれで良いではないか。

「あのさ、茜。茜は自分をどんなアイドルだと思う?」

唐突に彼は質問をする。
自分がどんなアイドルか。彼女にはそれはわからない。
ただわかるのは、

「いつも元気でいるアイドル。でしょうか?」

そんな抽象的なことだけだった。

「まあ正解だ。何て言ってもそこが最大の魅力だからな」

平然と彼は告げる。
なんとなく、こそばゆい言葉。
彼女は自然と口角が上がっていくのを自覚した。


「ただそれだけじゃなくてさ、茜は他人の痛みをしっかりとわかるアイドルなんだよ」

それにはどういう意味があるのだろう。

「……他人の、痛み? 私はどこも痛くなったりしないですよ?」

意味がわからず、彼女は変なことを口走っていた。

「そういうことじゃなくて。単に元気を振り撒く。…例えば、落ち込んでいる人に元気を出しましょうって言うと、中には鬱陶しいって思う人がいるんだよ」

「そうでしょうか?」

「そうなの。でも茜はそうじゃない。親身になってくれる、痛みを共有してくれるからこそ、鬱陶しいって思われないんだ」

「そんなこと……」

彼女は彼が語ったことをいまいち理解できていない。
それもそのはずで、そんなことを考えてやっているのではないから。

「ないって否定するなよ? 茜が無意識でやってることなんだ。そしてそれは良いことだから」

無意識。
意識をしないでした行動。
常に彼女は無意識で行動していた。

「それで話を戻すけど、あの子からもらったファンレターにはこう書いてある。『泣きながら必死に語りかけてた』。茜はなんで泣いてた?」

「…それは、あの子が痛くて辛そうだったからです」

彼女はそう言ってから理解した。

「それが他人の痛みをわかるってことだよ」

彼の言うとおりなんだろう。
誰かの落ち込んでいる顔は見たくない。
だから一生懸命励まそうとする。

「そうだったら、嬉しいです…!」

彼女はゆっくりと微笑んだ。
いつもの快活な笑みとは違う、心から喜んでいるとわかる笑顔。

「ふふっ。そうなんだよ」

見る人を笑顔に、元気にしてくれる。


彼女は、日野茜は、そんなアイドルだった。


「じゃあ仕事を再開しようかな。茜はこのあとレッスンだな」

話も終わったとみて、彼はデスクに向き直る。
仕事はまだたくさん残っているが、今日だけはどれだけでもできる気がした。

「そうですね! まずはレッスンの前に軽く走ってきます!!」

「ほどほどにな」

どれだけエネルギーが有り余っているのか、それには毎度苦労させられる。

「はい! それでは行ってきます!!!」

事務所の中でも外でも関係なく彼女は走っていく。

道が悪くても、障害があっても足は止まらないだろう。

たとえ走っていなくても、彼女はずっと前を向いている。

一つも見落としがないように、ずっと前を。


終わり


読んでくださりありがとうございました。

茜ちんって怪我した子のそばで一緒に泣いてそうだなって考えてたらこうなりました。

書いてて思ったんですが、落ち込んでる茜ちんは違和感がすごいですね。

今後は違和感なく頑張りたいです。

よろしければ前作も一緒に読んでくれると喜びます。

【モバマスSS】高森藍子「時間をください」
【モバマスSS】高森藍子「時間をください」 - SSまとめ速報
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