黒川千秋「フロッケンザーネトルテ」 (21)

千秋「ふぅ……」

P「お疲れ様でした千秋さん」

千秋「どうだったかしら、今日のバラエティ収録は」

P「バッチリでしたよ」

千秋「そう……」

P「何か気になることが?」

千秋「いえ……他のアイドルより目立てていたかと不安になって……」

P「……バラドルと本気で対抗されてしまうと、こちらのプロデュース方針に支障が……」

千秋「みくちゃんや笑美ちゃんはとても体を張っていたのに、私はひな壇で笑っているばかりでいいのかしら……」

P「大丈夫です、張り合わなくて」

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千秋「ふふふ、冗談よ」

P「……千秋さんの冗談は本当に聞こえてしまうから心臓に悪いですよ」

千秋「冗談を言えるくらいには今の生活が楽しいの。あなたのおかげね」

P「そう言っていただけると……以前は他愛のない会話さえ中々できませんでしたから」

千秋「そ、そのことは忘れてちょうだい。あの時は自分のことで精一杯だったから……」

P「ふふふ、わかってますよ」

千秋「もう、意地悪な人」

P「いやー、それでもあの時の千秋さんは……」

…………


P「千秋さん」

千秋「……」チラッ

P「すいませんでした」

千秋「ふん」

P「千秋さーん」

千秋「……」ムッスー

P(しまった、少しからかい過ぎたか……)

千秋「……」チラッ

P(でも、チラチラこっちを見てきているから、そこまで不機嫌というわけではなさそうかな)

P(折角いい仕事をした後なんだから、今日は笑顔で終わらせたいんだけど……うーん……)

P「!」ティン!

P「千秋さん、フロッケンザーネトルテって知ってますか?」

千秋「…………ドイツの銘菓ね、当然知ってるわよ」

P(当然知ってるようなものではないと思うんだけど……)

P「あれ美味しいですよね」

千秋「ええ、そうね」

P「食べに行きましょうか」

千秋「…………え?」

千秋「……ふ、フロッケンザーネトルテを?」

P「ええ、フロッケンザーネトルテを」

千秋「………………今パスポートは持ってないわよ」

P「フロッケンザーネトルテを食べるためだけにドイツに行く時間はありませんよ」

千秋「でも、フロッケンザーネトルテよ? フロッケンザーネトルテがそんな簡単に見つかるはずは……」

P「ありますとも。東京どころか全国に、フロッケンザーネトルテを食べられる有名店はね」

千秋「嘘……あのフロッケンザーネトルテが……?」

P「……ちょっと語感だけで喋ってません?」

千秋「貴方こそ」

……喫茶店……


千秋「……本当に有名店じゃない、北海道にもあるわよこのお店……。喫茶店としてくるのは初めてだけど」

P「確かに、ここのお店はデパ地下でバウムクーヘン売ってるようなイメージが強いですからね。喫茶店があると知らない人は多いみたいですよ。ただ……」

千秋「ただ?」

P「保奈美さんや桃華さんは当然のように知ってましたね。どうやら地域によってはかなり有名だそうで……」

千秋「西川さんに櫻井さん……? と言うと、兵庫県かしら?」

P「はい。どうやらこのお店の本店は神戸にあるそうで……神戸スイーツ、として紹介している人もいるとか」

千秋「……ドイツ銘菓なのだけど」

P「神戸スイーツのドイツ銘菓という……」

千秋「それはまた奇妙な矛盾ね……」

P「飲み物は何にしますか?」

千秋「えーと……そうね、ダージリンを頂こうかしら」

P「分かりました。すいませーん」

店員「はーい」

P「フロッケンザーネトルテを二つ。それとダージリンとアールグレイを」

店員「かしこまりました。少々お待ちください」

千秋「……手慣れているわね。よく来るの?」

P「たまにですよ。自分へのご褒美、というくらいで」

千秋「……貴方、最近流行りのスイーツ男子?」

P「流行りに乗っているつもりはありませんが、スイーツ目当てに喫茶店に行くことはありますよ。まあ趣味とは公言できない程度のものですけど」

千秋「そう……」

千秋(甘党だとは思っていたけど、そんなことをしているとは知らなかったわね)

千秋「……結構長い付き合いなのに」ボソッ

P「?」

店員「お待たせいたしました。こちらフロッケンザーネトルテ、ダージリンとアールグレイでございます」コトッ

※参考画像
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira139390.jpg

P「来ましたね。さあ食べましょう」ウキウキ

千秋「……私より浮ついてどうするのよ。一応、これは私の機嫌取りなんでしょう?」

P「えっ」ギクッ

千秋「……あのね、流れからして当然の帰結よ? それとも……あくまでそれは口実で、本当は自分が食べに来たかっただけだとか……」

P「そ、そんなことはありませんよ。ただ、私もこうしてゆっくりするのは久しぶりでしたから」アタフタ

千秋「…………」ジトーッ

P「ほ、本当ですよ? 何ならここ最近のスケジュールを見せて証明を……」アセアセ

千秋「……ふふっ、変な焦り方。怒ってないから安心して」

千秋「じゃあ、いただきましょうか」

P「そ、そうですね」

千秋(フロッケンザーネトルテ……。食べるのは何時ぶりかしら……レジデンツ宮殿にクラシックコンサートを聴きにいって以来かもしれないわね……)

千秋(あの時食べたフロッケンザーネトルテはチェリーがゴロッと入っていたけれど、どうやらここのフロッケンザーネトルテにはクリームだけ。とてもシンプルだけど、それがいい)

千秋(フロッケンザーネトルテの「フロッケン」はドイツ語で「雪」という意味だから、チェリーの赤みが無い分こちらの方がより名を表現できている。あまりにも美しい白さがあるから、崩してしまうのが少し勿体ない……けれど、このケーキは鑑賞するものではなく食べるもの。有難くいただきましょう)パクッ

千秋「……うん、美味しい」

千秋(ケーキとは言ったけど、フロッケンザーネトルテにはスポンジケーキは使用されていない。この層になっている部分にはシュー生地が使われていて、底にはシュクレ生地が敷かれている。ミルフィーユとショートケーキの間のような見た目だけど、その二つとは完全に別物の味)モグモグ

千秋(ミルフィーユにしろショートケーキにしろ、あれらはスポンジと生クリームに親和性がある。でも、フロッケンザーネトルテのシュー生地は生クリームに対抗してくるわ)

千秋(シュー生地と生クリームが互いに主張しているから味わいはとても複雑。生地の塩気も感じられるし、クリーム濃厚な甘味も負けてない。普通のケーキにおける生地とクリームの関係性が仲間同士だとすれば、フロッケンザーネトルテのそれはライバル関係と言えるかもしれない)パクッ

千秋(生地に負けてたまるかという意気込みが出ているからか、フロッケンザーネトルテのクリームはただの生クリームより幾らか濃い味をしているわ。ショートケーキに塗られているようなふわふわの生クリームをギュッ、と押さえつけて密度を高くしたようなもの。ホワイトチョコのような甘さがあるという人もいるけど、この甘さを一度味わってしまうとその例えを否定しきれない)モグモグ

千秋(舌触りからして、ふんわりという感想は似つかわしくないわね。それこそ生チョコのように舌先の温度でとろり、と溶ける感覚がある。この絶妙な滑らかさの虜になってしまいそう)

千秋「……」パクッ

千秋(それでいて、このフロッケンザーネトルテが一つのケーキとして成り立っているのは、隠れた敏腕の仲介屋がいるからね)

千秋(底に敷かれたシュクレ生地にそっと塗られているベリー系のソースや、ふわっと香る洋酒の芳ばしさがその役割を果たしている。純白のケーキの外観を崩すことなく、大人の酸味と風味を忍ばせて……まさに職人技だわ)

千秋「……」コクッ

千秋(このダージリンの強い香りにも負けないフロッケンザーネトルテの風味……懐かしいわ。ロマンチック街道を鉄道で南下して、途中で乗り換えて辿り着いたあのミュンヘン。初めてフロッケンザーネトルテを食べた時の景色が思い出せる)

千秋「ふぅ……」

千秋(こんないいお店を知っていたのなら、もっと早く教えてくれても良かったのに……いや、私が貴方の趣味に気づけなかったのが問題ね。向こうは私のことをよく知ってくれているのに)

千秋(これからはこうやって、何の変哲もない休日に顔を合わせて、貴方のスイーツタイムに寄り添えたら……なんて、洋酒に浮かされちゃったのかしら)クスッ

P(妙に色っぽいなぁ……)パクパク

…………


P「お気に召しましていただけましたか?」

千秋「ええ。なぜ黙っていたのかと怒れちゃうくらい」

P「べ、別に黙っていたわけでは……」

千秋「わかっているわ。こうやってちょっと悪態をつきたくなるくらい満足してる、ということよ」

P「そ、それなら良かったです」フゥ…

千秋「フロッケンザーネトルテ……また食べに来たいわ」

P「そうですね」

千秋「貴方のおごりで、ね」クスッ

P「……そうですね」

千秋「それにしても、よくフロッケンザーネトルテなんて知っていたわね」

P「え?」

千秋「ドイツ銘菓……いや、日本じゃ神戸スイーツと言われることもあるそうだけど……貴方、神戸どころか兵庫県の出じゃないでしょう?」

P「あー、実は帰省するときに使う駅の中に同じ喫茶店がありまして。たまにフロッケンザーネトルテを買って、家族と一緒に食べるんです」

千秋「なるほど、納得が行ったわ」

P「僕もそこでしか買ったことがなかったので、こっちで見つけた時は嬉しかったですね。何せ、行くとこ行くとこバームクーヘンばかりですから」

千秋「私もそのイメージしかなかったわ。バームクーヘンの切り売りしてるのが印象的で……」

P「折角ですし、事務所のみんなにお土産としてそのバームクーヘンを買っていきましょうか」

千秋「そうね、そうしましょう」

P「人数分より少し多めにしておきましょうか。みんな食べ盛りですから」

千秋「アイドルに沢山カロリーを取らせようとしてどうするのよ」

P「大丈夫ですよ、仮にもし多かったら僕が食べますから」

千秋「あら、本当はそれが目的?」

P「これに関しては否定しません」

千秋「素直に自分の分も買うと言えばいいじゃない……」

……翌日……


千秋「ということがあったの」

翠「この大量のバームクーヘンはそういうことでしたか……」パクパク

雪美「…………千秋、ずるい……」モグモグ

美由紀「みゆきも行きたかったなー」モグモグ

P(視線が突き刺さるなぁ……)カタカタッターン

雪美「……次は、私も……」

美由紀「みゆきもー♪」

翠「そ、それでは私も……」オズオズ

千秋「そうね、今度はみんなで連れて行ってもらいましょう」

P(不穏な会話が聞こえる……また出費が……)チラッ

千秋「……よろしくね?」フフッ

P(……こんな良い笑顔を向けられると、出費がかさんでもいいやと思っちゃうなぁ……)

P「……時間が合ったらですからね?」

千秋「ええ、楽しみにしてるわ」

P「……ところで、僕の分のバームクーヘンは……?」

千秋「あら?」

雪美「…………翠……たくさん、食べてた……」

翠「えっ」ビクッ

P「食べちゃいましたかー」

美由紀「食べちゃったかー」

翠「その「私ならやりかねない」という言い様はあんまりではありませんか!?」

P「……翠さんには少しきつめのレッスンを用意しておきますね」

翠「そ、その……怒ってますか……?」

P「怒っていませんよ? この書類が一区切りついたら食べようと思っていたとか、そういうことは決してありません」

翠「怒ってるじゃないですか!」

P「私怨は一切ありませんよ? ええ、これっぽっちも」フフフフフ

翠「ご、ごめんなさいー!」

千秋「……やっぱり貴方、まごうことなきスイーツ男子よ」

終わりです。

千秋さんと外国銘菓を目的に喫茶店めぐりしたいだけの人生でした。

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