エミリア「小さなところから、一つずつ」 (16)

「黒騎さんって、休日はどうしてるんですか?」

小さなところから一歩一歩進めばいい。それがいつかは大きな歩みになる。
そんなことを、あの人は言ってくれた。

あの日からずっと、私の心の中に残り続けるアドバイス。

いろいろなことが落ち着いて、余裕ができた私はさっそくその通りに行動することにした。

彼にほんの少しでも、近付くために。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1496922274






私の名前はエミリア・エデルマン。

警視庁警備局第五特別公安課第三機動強襲室第八係――通称ダイハチと呼ばれる、ウィルウェアというパワードスーツの関わる犯罪を専門に取り扱う部署に所属する警察官である。

そして今私がいるここは、東京都は吉祥寺駅地下に存在するダイハチの拠点。私の職場だ。

私と彼――黒騎猛警部補しかいない平日のオフィスには、世間が平和なおかげで弛緩した空気が漂っていた。

今日は私と黒騎さん以外では、民間からの出向ということでこのダイハチに所属している瀬名さんしか出勤していないから、広いオフィスは余計に静かに感じられる気がした。

私のいるこのダイハチという部署はあまり人手が足りていない。仕事の成立するギリギリの人数しかいないのだ。
とはいえ、警察官だって人間なわけで。休日は必要となる。

そこで、比較的ウィルウェア犯罪が起こる可能性が高いと目される土日祝日を除き、私たちは平日にローテーションで出勤することで休日を回し合っている。
もちろん、事件が起きれば休日を返上して全員集合しなくてはならないから、休日といっても、大して遠くに出て行動することはできないのだけれど。

とにかく、そんなわけで今日はいつものメンツは休日に入っていて、私と黒騎さんと瀬名さんだけが出勤していたのだ。

朝から昼の現在まで、とりあえず大した事件は起きていない。

お昼休憩のためにと、さっき瀬名さんは黒騎さんとのじゃんけんに負けて、お弁当の買出しに行ってしまった。

最初は、一番後輩の私がお使いを買って出ようかと思っていたけれど、いつの間にやら黒騎さんと瀬名さんが言い争いを始めて、その流れで勝負して負けた方が買出しに行く、ということになったのだ。

私は自分の事務机の書類に向けていた目を離して、顔を上げると、そっと黒騎さんの様子を窺う。

よほど瀬名さんに勝てたのが嬉しいのか、黒騎さんが気楽に鼻歌を歌いながら、椅子の背もたれに重心を傾けているのが見える。

「ずいぶん嬉しそうですね」

いい機会だ、と思って話しかける。

よくよく思い返してみると、あの例の稲城元都知事の一件以来、ここ最近まともに黒騎さんと会話することがなかった。
事件の後始末でついこの間までは忙しかったし、それに黒騎さんはさらなるダイハチの広報のためにあちこちテレビやらイベントやらでこのダイハチのオフィスにいなかったのだ。

今日は黒騎さんが通常の出勤に戻ってきて二日目の、私にとっては久しぶりの再会となるわけで。
ようやくながら普段の日常が少しずつ戻ってきている今、私は前から考えていたことを実行に移すことにした。

私の声に、黒騎さんはにんまりと笑みを浮かべながら、顔をこちらに向けた。

「へへ、まぁな。瀬名のやつ、すっげえ悔しそうだったし」

「瀬名さん、結構負けず嫌いなんですね」

買出しに向かうときの瀬名さんの表情を思い出す。
得意げな黒騎さんの顔を見て、瀬名さんはずいぶんと苦虫を噛み潰すような顔をしていた気がする。

そう回想していると、私の言葉に黒騎さんは含み笑いで答えた。

「いや? 単純に俺に負けたってのがやなだけだろ」

ああ、と黒騎さんの否定に納得する。

ダイハチに配属されてからそれなりに時間が経って、何となく私なりに黒騎さんと瀬名さんの関係は理解していた。
お互いにいがみあって、というよりはまるで子供のケンカみたいに突っかかりあうようなことを時々しているけれど、瀬名さんは黒騎さん以外の人とはそんなことはしていない。
ケンカ友達、というと少し語弊があるけれど、そんなところだろうと私は思う。認めてはいるけれど、お互いに、自分の相手にだけは絶対負けたくないらしい。

さて、その流れのまま、私たちはいろいろと話をした。

黒騎さんは最近の弟(仮)の次郎くんのこと。
私はポーランドにいたときのことだったり、最近気になっている日本の観光地のこと。

お互いに何となく思いついたことを喋り合うだけの、取り留めもない世間話だった。

そうしてそれを弾ませ続けて、もうその前後の会話の内容は覚えていないけれど、最初の私の言葉に全ては戻ってくる。

「あん? 休日?」

「はい」

私の質問に、黒騎さんは目を丸くして、不思議そうな顔をしていた。

「別にフツーに過ごしてっけど…んなこと知ってどうすんだ?」

まさしくその通りだった。
ただの同僚のプライベートなんて、それほど探るようなものじゃない。

でも、私は知りたかった。目の前のこの人のことを、ほんの些細なことでももっともっと知りたい。

このテキトウで粗野で乱暴で、だけど、優しくて強い、私の憧れるこの先輩のような存在に、一歩でも近付きたいと思っているから。

というのはきっと建前で。単に糸口を掴みたかっただけだ。少しでも、黒騎さん個人に近付くための。

それがどういった感情から起こる考えか、それくらい子供じゃないから理解している。
だけど、それを彼に直接伝えるような勇気はまだない。
だから、小さなことから一つずつ、だ。いずれ来る、大きな一歩のために。

「いえ、何となく気になって。黒騎さんって、何だか休日のイメージがつかなくて。瀬名さんとかはすごく想像できるんですけど」

言いながら、普段から几帳面な姿を見せるもう一人の頼れる先輩の姿を思い浮かべる。
プライベートでも瀬名さんは、きっときっちりしているに違いない。
私の言葉に、黒騎さんも同じような画を思ったのか、少しだけ嫌そうな顔をした。

「あー。どーせあいつのことだから掃除とかで終わってるんじゃねーの? あとはよく分かんねー限定スイーツとか」

「ボスだったらお酒ですか?」

「はるかだったら電車とかバスとかな。エミリアは休日どうしてんだ?」

「そうですね、普段なら以前黒騎さんにもお見せしたあの琴を弾いてみたり、有名な観光地の辺りをうろついてみたり…」

いろいろと映像が想像できるような言葉がお互いに出てくる中で、私ははたと気付いて、その連想ゲームを一度止めた。

「って、そうじゃないですよ。黒騎さんの話です」

いけない、もう少しで流れを逸らされてしまうところだった。

「おっと、帰ってきちまったか」

黒騎さんはさほど残念でもなさそうに両手を挙げる。

…そんなに答えづらいようなことなのだろうか。ちょっとした世間話だというのに。

そう思っていると、黒騎さんは私の考えを見透かしたかのように、軽い調子で答えた。

「…ホント、んな大したもんでもねーぞ? 普通に身体動かして、テキトウにうまいもん食いに行って。たまに勉強したりとか?」

そう答えたその表情は笑んでいたけれど、どこか雰囲気は釘を刺すようで、これ以上は聞かないでくれと言外に伝えていた。

「…そうですか」

曖昧な言葉の締め方からして、テキトウなことを言ってるんだろうな、と思いつつも、私は相槌を打った。
まだまだ、今の私では知ることはできない、ということははっきりと認識できたのでそれ以上は何も言わないことにする。
教えてもらえるくらい、もっと彼との距離を縮めるまでは。

「そうだよ」

柔らかい口調でそれだけ返すと、黒騎さんはイスの背もたれに重心を傾ける。
ぎし、と私たち二人だけしかいない広いオフィスに、まるで話は終わりというように軋んだ音が響いて、私はそれきり黙ってしまった。

「――おい、戻ったぞ」

それによる静寂もつかの間、自動ドアの排気音と共に、瀬名さんが戻ってきて空気が変わった。

「おー、待ってました待ってました! へへ、ごくろーさん」

すっかりまたさっきみたいな上機嫌そうな顔をして、黒騎さんが瀬名さんを、というよりも、お弁当を出迎える。

今日はもうここまでかな。

自分が頼んだお弁当をレジ袋から引っ張り出す黒騎さんを眺めながら、私は頭の中を切り替えて、黒騎さんと同じように立ち上がって自分の分を受け取りに向かう。

それからは、もう私もすっかりさっきまでの話のことは忘れて、瀬名さんも入れた三人でお昼の休憩時間を気楽に談笑しながら過ごして、私はまた仕事に打ち込んだ。

その日は結局黒騎さんに近付くことはあまりできなかったけれど、私にとって、これはまだ一歩目に過ぎなかった。

この日を境に、私にとっての小さなところから一つずつ、言うなれば外堀を埋める行為は始まっていく。

いったんこんなもので
三ヶ月くらいほうっておいたものに合わせて地の文で書きましたが、次からは台本に戻ると思います
ではまた もっとアクティヴレイドss増えてほしい

アクティヴレイドssってだけでありがたい
続編も楽しみ

吉祥寺駅

瀬名「…あー、エミリアくん。よく聞き取れなかったからもう一度言ってもらえないだろうか」

エミリア「あ、はい。黒騎さんと三人で仕事が終わってからお食事しませんか?」

瀬名「……なんで私を? その、あまり人のプライベートなことに言及するつもりはないが、君は、つまり、あー、あの粗忽者を…」

エミリア「黒騎さんのことは気になってますし、その、踏み込みたいとは思うんですけど、まだまだその段階ではないと思いまして。それで、少しずつ近付くためには、やっぱり一歩ずつ歩み寄るのがいいかな、と」

瀬名「で、一人であれを誘うにはまだそれほどに段階を踏んでいないし、断られるかもしれないから、君のもう一人の教育担当の私を巻き込もうと?」

エミリア「ええと、ご迷惑なのは分かってます。瀬名さんだってプライベートの問題がまだ…」

瀬名「それは言わないでくれお願いだから」

エミリア「そんな早口でまくしたてなくても…」

瀬名「……まぁ、別に私個人に何か大きな問題や障害は、いいかい、まったくないから。そう、まったくないから!」

エミリア(そんなに強調しなくても…)

瀬名「だから、まぁ、多少は付き合っても問題ないよ。多少はね」

エミリア「ありがとうございます!」

瀬名「……あの粗忽者のことはまったく、本当に少しも気にならないし、どうでもいいが。…ただ、ああいう馬鹿には君のような理解者が傍にいたほうが何かといいだろう。まぁ、がんばってくれ」

エミリア「はい! 私、がんばります!」




吉祥寺駅――機動強襲室第八係

黒騎「ふわ…あーあっと。今日も大して事件は起きず、かー」ノビー

舩坂「はは、平和なのはいいことですよ、黒騎くん」

黒騎「そりゃそーなんすけど…ま、いいや。待機組、まだ来ないっすね」

舩坂「そうですねぇ…。そうだ、最近ずっと忙しいし、疲れたでしょう。私が引き継ぎだけやっておきますから、黒騎くんは帰宅していいですよ」

黒騎「お、マジすか。んじゃ、舩坂さん、あとはお願いします」

舩坂「はい。お疲れさま、黒騎くん」




黒騎「……」スタスタ

黒騎(家帰るのも久しぶりだな…。次郎のやつ、どうしてっかな。林田さんとこでずっと調べ物してるっつってたし、いねぇかもな)

黒騎(……このまま帰ってもつまんねーな。どっか寄り道でもしてくか。…そうだ、今度稲城さんに差し入れする本でも探しに――)

エミリア「あ、黒騎さーん!」

黒騎「んあ? エミリア? 何で…ってそうか、ウチのオフィスのすぐ近くだったな、住んでるの」

エミリア「今日の仕事は終わりですか?」

黒騎「おう。まぁな。久しぶりに家に帰れるぜ。ま、どっか寄り道でもしようか悩んでたけどよ」

エミリア「そうなんですか? …あの、でしたらよければ、この後いいですか?」

黒騎「? 何か用か?」

エミリア「いえ、いつもいつも黒騎さんたちにはお世話になってますから。よければ日ごろの感謝を兼ねてお食事でも、と」

黒騎「あ? いいっていいってそんなの。お前の教育係も俺の仕事だし。…っつか、俺たち?」

エミリア「はい。瀬名さんもお誘いしたんです」

黒騎「……げっ、瀬名ぁ?」

エミリア「そんな嫌そうな顔しなくても…ダメですか?」

黒騎「いや、そういうわけじゃねーけど。うーん…」

エミリア「まぁまぁ。とにかく、よければ行きましょうよ。私、お二人にはいろいろとお聞きしたいこと、いっぱいあるんです!」

黒騎「…分かったよ。んじゃ、行くわ。店は?」

エミリア「もう瀬名さんが予約してくれてますよ。さっそく行きましょう」

黒騎「お、おう。…ずいぶんと用意がいいんだな?」

無茶苦茶少ないですがいったんここまで いかんせん時間がとれずあんまり書けなくて申し訳ない

アクティヴレイドもそうですが、同じ谷口監督のID-0もよろしく! もう最終回近いですが
それではまた

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom