【モバマス時代劇】向井拓海「美城忍法帖」 (90)

一応の区切り。
デレマス時代劇もしばらく休むと思う。

第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 
第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」
第5作【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」
第6作【モバマス時代劇】向井拓海「美城忍法帖」

読み切り 
【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」
【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」 
【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
【デレマス時代劇】三村かな子「食い意地将軍」
【デレマス時代劇】二宮飛鳥「阿呆の一生」
【デレマス時代劇】緒方智絵里「三村様の通り道」
【デレマス時代劇】大原みちる「麦餅の母」
【デレマス時代劇】キャシー・グラハム「亜墨利加女」
【デレマス時代劇】メアリー・コクラン「トゥルーレリジョン」
【デレマス時代劇】島村卯月「忍耐剣 櫛風」

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美城の名にふさわしい、豪奢な城郭。

その主は現将軍の長子、三村かな子に決まった。

彼女は特段優れた能はないが、

初代将軍に生き写しのようにそっくりで、

周りからの支持を集めていた。 

ゆくゆくは母を継ぎ、

天下の支配者になる、そう言われていた。

だが、それを快く思わない者達がいた。


「荒木の連中が…そうか」

かな子の家臣の1人が呟いた。

現在、美城に向けて出立の準備をしている最中だったが、

そこへ、荒木の忍達が差し向けられた、という知らせが届いた。

荒木家は将軍家の分家で、その長子の荒木比奈も

次期将軍候補として目されている。


無論三村側は対策が必要だったが、並の武士では忍に勝てぬ。

さらに三村の忍、浜口家はすでに断絶している。

かつての美城における、浜口あやめの死によって。

「どうされますか」

報告にやってきた部下はそう尋ねながらも、

どうすればよいかは理解していた。

荒木の忍に勝てるだけの、

腕の立つ剣客を雇い入れるほかあるまい。

「するってえと、

 アタシらはその“かな子様”とやらの
  
 子守をすればいいわけだ」

 向井家の屋敷に、4人の女が集まっていた。

 柳生新陰流、向井拓海。

 同じく新陰流、双葉杏。

 拳法、諸星きらり。
 
 我流捕縛術、安斎都。

 木村屋における、上位の実力者達である。

「お相手が少し可哀想ですね、

 向井さんと双葉さんがいるなんて!」

 安斎都は、底の知れない笑顔で言った。

 一同は、未だこの女の

 実力を把握しきれていないところがある。
 
 ただ、あの高垣楓を捕縛した、という事実を知るのみである。

「それにしたって、杏。

 お前が出張るなんて珍しいじゃないか」

 向井が双葉を指差して、尋ねた。

 放っておけば飯も食わないような不精者が、藩外で仕事をするとは。

「んー、給金がいいからねえ」

 双葉の言葉は事実であった。

 此度の護衛には、尋常でない報酬が支払われる。

 その出どころは複数あった。

「三村家、かな子様を支持する桐生屋…あと1つは、不明だったな」

 木村屋は仕事柄、客と顔を合わせずに剣客を派遣することもあった。

 暗殺や襲撃などの場合は、特にそのような傾向があったが、

 護衛で顔を伏せるとは珍しい。


「ひょっとしたら、荒木派の人かもしれないにぃ」

 諸星がそう言った。ありえる話だ。

 一家の長に対する忠誠と、

 将軍に対する畏怖が別々な人間は多い。

「杏は別に行きたくなかったんだけど…」

 双葉が面倒そうに答えた。

 一同がくすりと笑う。

「まあ、権力とお金以外に取り柄のない人達が、

 金に飽かして上位を引き抜いたわけですから、

 しょうがないですね!

 せめて未央さんがいれば、もっと楽ができたんでしょうけど!」

「そーだね」

 双葉が安斎の言葉に頷いた。

 しかし未央は別件で隠岐に向かっている。

 「いや、いなくてもよかったかも分からねえ。
 
  木村の野郎と財前屋のせいで、村上があっちにいるからな」
 
  向井の言葉に、一同はまた苦笑しながら頷いた。


村上巴は、財前屋の借り切った料理屋で

荒木の忍達3名と会うことになった。

しかし姿が見えるのは2人。

その2人もずいぶん奇妙であった。

安部菜々。本名かどうかは分からない。

人参のような髪の色をしていて、表情は穏やかに笑っている。

しかし目は笑っていない。

年は若く見えるが、奇妙な圧迫感を感じる。

服装は蘭国の給仕のような、洋服と前掛け。

そしてなぜか、頭に兎のような耳が生えている。

佐々木千枝。こちらも偽名かもしれぬ。

すりたての墨のよういに艶めいた、黒の短髪。

小さな子どものような丸顔で、背も低い。

こちらも薄く微笑んでいるが、

先ほどから一向に村上と目を合わせない。

服装は縁日のような、明るい水色に金魚模様の着物。

大きさがだぶだぶで、身体に全く合っていない。

手や足が外にでるのだろうか?

両者ともあまりに目立つ格好。

世俗離れ、あるいは、“忍者離れ”した風体である。

「服部さんとやらは…?」

沈黙と忍者達の異様さに耐えかねて、村上は尋ねた。

服部瞳子の姿は見えない。

「もう“お見えになって”いますよ! キャハっ!」

菜奈が馬鹿に陽気な声で言う。

村上はもう一度辺りを見回したが、服部の姿はない。

忍術か。

村上は、そんなものは信じていなかったが、

実際“目の当たり”にしているのだから、そう納得するほかない。

「そいじゃあ話を始めようかのう」

背中にひりりとした感触を覚えながらも、村上は会合を始めた。

「三村側についている護衛は、皆化け物じゃ」

彼女は端的にそう言った。

抽象的な表現であるが、事実である。

「戦い方がどう、と言うことはできん。
 
 それで勝てるような奴らじゃないからのう」

率直な感想と、仲間としての情を

うまく噛み合わせて、村上は説明した。

「それじゃあ村上さんは、どうして荒木に?」

千枝が、少女の声で村上に質問した。

なんとない一言であったが、

返答次第では殺す、そういう意味があるのやもしれぬ。

「財前屋から声がかかったのと、うちが戦いたかったから」

そう村上は答えた。

彼女は、平和な日々を仲間と楽しんだが、同時に退屈していた。

侠客として全国を流浪していて時のような、

じりじりと灼きつく緊張感がない。

片桐と戦った時のような、恐怖と興奮がないまぜになった、

複雑な悦楽に溺れる機会もない。

「うちは戦うのが好きで、好きで、しょうがないんじゃ!」

とても純真な、童女のような笑顔で村上は言った。

荒木の忍達よりも、あるいは彼女の方が

螺子が多めに外れているのかもしれない。

向井達は美城の外、三村家の本家に招かれた。

かな子に謁見するためである。

しかし一同が入室を許されたのは、

少々広い程度の茶室であった。

とても次期将軍にふさわしい部屋には思えぬ。

かな子自身の風体も、

まったく将軍家の後継とは見えなかった。

薄い鷲色の髪や、体格こそ立派だが、覇気がない。

向井達が入室したときも、畳に寝そべりながら、

片手に読本、片手に小倉饅頭という格好だった。

服は麻でできた質素なもので、涼しげだが侘しい。

町でせせっこましく三文そばなど食っていても、

将軍家の娘と気づかれないだろう。

「そちらが、護衛の者かえ?」

口調もなんだかだらしがなく、気が抜けている。

しかも口周りには、饅頭のかすがついている。

「…はい、左様で御座います」

なぜか急に静かになった双葉の代わりに、向井が答えた。

「家臣達が集めてきてくれた者達じゃ。期待しておるぞ」

本当にそう思っているのか、読本から目を外さずに、

かな子が言った。

「「「「は」」」」

向井一同が頭を下げた。

それから互いに言葉が続かず、

間の悪い沈黙が広がった。

だがそそくさと退出すれば、

任務ひいては、

次期将軍をおろそかにしていると判断されかねない。

向井達は、じわりと嫌な緊張感を覚えた。


かな子は気にせず読本をぺらぺら捲っていたが、

突然それを閉じて、双葉の前に立った。

「お前」

「はっ!」

双葉が恐縮したように縮こまった。

普段落ち着いた彼女にしては珍しい反応であった。


「随分貧相な身体をしておるのう。饅頭を食うか?」

「はっ! 殿の御好意、臓腑の隅まで染み渡りまする!」

饅頭を急いで食べながら、双葉が言う。

どうした…?

一同が、彼女を怪訝な目で見た。


茶室から退室し、

向井達は城下の旅館に泊まることになった。

そこで、安斎がにやにやしながら双葉に尋ねた。

「次期将軍にビビってました?
 
 杏さんらしくもないですね!!」

双葉の表情は、先ほどから青ざめている。

「杏ちゃん、本当にどうかしたのぉ…?」

きらりがとても心配そうに言った。

「いや、どうかしたっていうか…うーん…」

双葉はしどろもどろになりながら、答えた。

「かな子様の読んでた本、どろどろの女色ものだった……」

そこで、安斎も含めて、皆の顔もさあっと青ざめた。

2週間後、三村家と向井一同の旅路は、

美城へと続く山道にさしかかっていた。

荒木派からの襲撃は、

この山道において来ると予想されている。

さて、どう仕掛けてくるか。

向井はかな子の籠の横で考えた。

矢や手裏剣ぐらいなら、他の従者達が壁になって防げる。

また、向井達ならはたき落とすことが可能だ。

一番厄介なのは山道に火を放たれることだが、

その可能性については双葉が否定した。

確実に将軍を葬るのであれば、

死体の判別がつかなくなるような殺し方はしない。

そんなことをすれば、

「実は…」という形で、影武者なりが本物と入れ替わろうとも、

荒木側にはそれを確かめる術がない。

彼女達には、本物のかな子の首が必要なのだ。

忍術とやらが気にかかるが…。

向井がそう思った矢先、正面の茂みがごそごそ音を立てた。

一同が、そちらを注視する。

しかし、現れたのは鹿であった。

怯えたような顔をして、踵をかえし森へ隠れた。

驚かせやがって。

向井が振り返ると、籠の反対側で異変が起こっていた。

宙から刃が突き出し、諸星きらりに突き刺さっていた。

「きらり!!」

向井が叫ぶ。

諸星が宙に向かって拳を振るう。

すると、肉の鈍い音がした。

透明になる術か!?

向井がそう理解した時に、安斎は既に動いていた。

籠の真上に向かって、自身の小太刀を投擲する。

すると、それは宙に突き刺さり、籠を越え、

森へ消えた。

服部瞳子は、思いがけない反撃に驚いた。

まさか動きを見切って、透明になっていた

服部に攻撃を仕掛けてくるとは。


彼女は、安部菜々と佐々木千枝、村上巴の3人に合流した。

「派手にやられましたね!」

苦痛にあえぐ服部を気にせず、菜々は小太刀を

傷口から抜いた。

「だから言うたじゃろうが」

村上が肩をすくめた。表情は嬉しそうだった。

「ナナさん、治療を…」

服部は懇願した。

しかし、菜奈は人指し指を横に振った。

「治してもらえる、そう思っているから負傷するんですよ!

 キャハっ!!」

 千枝もにこにこ笑っている。

 “最年少の”服部は、何も言い返すことができない。

菜々さんの字がまちがっとるー!!!

 
「ところで……うちら、今日の夕餉はどうするんじゃ?」

 村上は尋ねた。
 
 忍者の社会構造よりも、夕食のことが気にかかる。

 村上はすでに顔が割れているから、付近の茶屋などで

 軽食を済ますこともできない。

 忍達の方は、どうなのだろうか。

「ナナ達は…蛇でも食べましょうか…金欠ですから…」

 菜々の表情が、一気に暗くなった。

「…忍者って、貧乏なんか?」

「まあ、目立った生活はできませんからね…

 今回の仕事も、別に報酬とかありませんし…

 荒木の家臣達は“忠義だ”、“大義だ”って…。

 それでお腹は膨れないのに…」

 非常に物悲しそうな表情で、菜々が言った。

 村上は、忍者生活の苦労を忍んだ。

向井が倒れた諸星に手を貸そうとすると、

かな子の従者達が止めた。

「諸星殿は、我らが運ぶであります!」

向井は困惑した。

たかが一介の護衛に、何故。

「かな子様の命ですっ! 押忍!」

向井と双葉は、はっとかな子の籠を見た。

そして、両者は深々と一礼した。

荒木比奈は、自身の書室で頭を悩ませていた。

将軍になどなる気はないのに、家臣達が勝手に動いた。

そして、親友のかな子を暗殺するという。

比奈は家臣達が、自分ではなく

“荒木という権力”に仕えていることに、

前々から気づいていた。

比奈の意見には、毎度「しかし」を付けて、

自分たちのいいように捻じ曲げる。

我らにお任せ下さい、と言って報告を怠る。

失態をすれば、身内で卑しく庇い合い、

罰する側の比奈が悪いように責める。


できることなら全員打ち首にしてやりたいが、

別に家臣達は比奈に悪意を持っているわけではない。

領民達への手前もあり、簡単には処罰できないのだ。

そして頼れる忍、安部菜々と佐々木千枝は

尖兵として出立してしまった。彼女達を使うことはできない。

比奈は、かつてない無力感に打ちひしがれた。

3日後。

三村一同は山道を抜け、美城領の一歩手前にたどり着いた。

物静かな郊外を好む、奇特な武士達が築いた屋敷群。


時刻は夕暮れ。

諸星きらりは離脱。どうやら、敵の刃に毒があったらしい。

かな子の医師が手を尽くしてくれているが、

未だ意識は戻っていない。

向井、安斎、双葉の3名で、かな子を守らねばならないのだ。

向井拓海、安斎都はかな子のいる屋敷の外に立った。

双葉は中で、かな子と諸星を守っている。

「透明になる忍者、どうやって倒しますか?」

安斎は向井に尋ねた。

術は単純明快、ゆえに厄介。

おおまかな場所をつかんで攻撃しても、

仕留めることができない。

急所がわからないからだ。

「掴んで死ぬまで殴る」

向井は獰猛な顔で言った。

完全に頭に血が上ってしまっている。

これじゃあ、双葉さんの方がかえって落ち着いてますね…。

安斎は肩をすくめた。

そんな2人の前に、刺客達は正面から現れた。

「一応聞いてやる。何者だ」

「ウサミン星からやってきました、

 安部菜々17歳です! キャハっ!!」

「はは、面白いやつだ」

向井の蹴りで、相手の頭が身体を残して、

どこかへすっ飛んでいった。

「安斎、餓鬼の方を頼む」

「了解です!!」

だぶだぶの着物を着た娘を、安斎が弾き飛ばした。

そして、彼女は向井から離れていった。


双葉杏は座敷で瞑目していた。

諸星が負傷、いまは生死をさまよっている。

さらに相手方には村上がいる。

三村側にとっては苦しい状況だ。

木村夏樹は多額の報酬を貰っておきながら、

なぜ護衛を4人に限定したのだろうか。

双葉らが腕利きなのは間違いがないが、

次期将軍をお守りするとなれば、

もう2人か3人欲しいところだ。

それだけでなく、情報を持った村上を荒木側に送るとは。

まるで、意図的に三村側が

不利になるように仕向けているようだ。

双葉にはそう感じられた。


金に目が眩んでいるのか、最近の木村は妙な采配が目立つ。

新城の材木集めにしても、一歩間違えば桐生屋と財前屋

両者を敵に回していた。

彼女の頭が切れることには間違いがないが、

『木村屋』はしょせんごろつきの集まりだ。

 背伸びはあまりしすぎない方がいい。面倒なことになる。

 双葉はざらついた畳を撫でた。

 武家社会からはぐれた自分達に、誇るべき功も名誉もありはしない。

 木村屋の仲間、互いを守ること。

 それだけが双葉達に残された、唯一の矜持だ。

「これで2人っきりだ、巴」

向井拓海は、村上巴を見た。

「お前を殺さないために、刀を持ってこなかったんだ。

 感謝しろよ!」

「そいつは有難いのう」

残された菜奈の身体を見ながら、村上が苦笑した。

「拓海さん、うちはな。
 
 木村屋の中で、アンタと一番戦いたかったんじゃ。

 仕事のことは正直どうでもええ」

村上が小太刀を抜いた。

その表情は、本気で向井を殺すつもりだった。


「アンタ、片桐さんより強いんか」

「あん?」

 久しぶりに出た名前に、向井は眉をひそめた。

 今は亡き片桐早苗。旧東郷派の中で、

 木場と並んで最高戦力と目された女。

 個としての破壊力は、美城内でも随一だった。

「わかんねーな」

 向井は、その片桐より強くなったかと

 言われると少々自信がない。

「まあでも、アタシはお前よりは強い。

 断言してやるし、証明してやるよ!!」

 向井が構えた。

 その表情も、仲間に向けるものではなかった。

 安斎は、相手を観察した。

 だぶついた着物は、間合いをごまかすための工夫。

 それによって、袖から伸びた刀の長さは分からない。

 しかし太刀筋さえ大きく避ければ、攻撃は当たらない。

 つまらないですね…。

 そう思い、安斎は勝負を決める算段をつけた。

 十手で武器を破壊し、その表情を楽しんでから、

 体術で首をへし折る。

 

 相手が、苦しげな顔で

 太刀を振り続け消耗している。

 頃合いか。

 安斎は、突きを十手で抑えた。

 それで刃が止まるかと思われた。

 しかし、刃はそこからさらに、にゅっと伸びて、

 安斎の喉を貫いた。

 彼女が驚いて相手を見ると、だぶついていた筈の着物から、

 手足が見えていた。

「千枝、ちょっと…背伸びしちゃいましたっ!」

 人外の忍、佐々木千枝は純真な笑顔で言った。
 

向井が振るった腕を、村上が片手で掴む。

関節を破壊するつもりであった。

しかし、向井は腕に村上をぶら下げ、

彼女を壁に叩きつけた。

「楽しいか、村上!!
 
 楽しいですって言ってみろよ!!」

「はははは!
 
 やっぱりアンタは面白いのう!」

向井は小太刀によって、身体中を切り刻まれている。

血も大量に失い、顔は青ざめている。

しかし表情は楽しくてしょうがない、

という風に笑っている。

村上は肋骨五本と右腕をへし折られ、

本当は立っていること自体が奇跡である。

彼女は顔を真っ白くしながらも

悪鬼のように口を大きく横に裂く。

「このまま死んだってええ!」

血のあぶくを吐きながら、村上が言う。

凄まじい充実感。望外の幸福。

平和な日常の中では味わえない、

苦痛と快楽の無間地獄。

本当は、このまま永遠に向井と戦い続けたい。

しかし、身体が限界だった。

脚ががっくりと、地面についた。

終いか。

そう思った時には、村上の顎に

向井の拳がめり込んでいた。


屋敷の壁の上にいた服部瞳子は、

向井拓海と村上巴の戦いを見ていた。

そして戦いの最後、自分の位置まで

飛ばされてくる村上と目が合った。

彼女は恐怖を覚えた。

村上は最後の最後まで、笑っていた。

ひゅるりと落ちていく彼女を、下で向井が受け止めた。

村上はすでに痛みで気を失っていた。

ここが頃合いか。

服部は弱った向井に攻撃すべく、

その背後に音もなく降り立った。

むろん身体は透明化している。

気づかれるはずがない。

ないはずだった。

「見物料払えよ、てめえ!!」

向井の回し蹴りが、服部のこめかみに衝撃を与えた。

頭蓋に罅が入り、視界が乱れる。

慌てて向井から離れながら、服部は自身の位置が

ばれた理由を探った。

隠し持っていた手鏡で自身の顔を見ると、

村上の血が顔にかかっていた。

先ほどは動揺のあまり、気づかなかったようだ。

向井は追ってこない。彼女も村上と同じく、限界のようだ。

服部は顔を拭って、ふらつき、嘔吐しながらも

かな子のいる屋敷に向かった。

安斎都は、かろうじて生きていた。

しかし声帯が潰され呼吸が苦しい。

「惨めで、無様で、本当に素敵なお姿ですね…尊敬しちゃいます!」

佐々木千枝はとどめを刺さず、安斎の方を嬉しそうにみた。

彼女は、安斎と同質の人間だった。

「ああ…でも千枝、一応お仕事の途中でした」

千枝はかなり長い間安斎を見つめていたが、

ふと思い出したように、かな子の屋敷に向かった。

杏さん!

安斎の叫びは、声にならなかった。

服部瞳子は、

佐々木千枝よりも先に屋敷に侵入していた。

先ほどの反省を生かし、透明化。

さらに天井の裏を移動した。

見張りには、まったく気づかれなかった。


そして、かな子のいる寝間の前までたどり着いた。

その部屋には双葉杏がいた。

なぜか五体を畳に投げ出して、脱力している。

さらに瞳も閉じていた。

まさか仲間が死力を尽くしている間、

眠っていたのだろうか。

服部は、諸星や向井から受けた傷の復讐のために、

そっと双葉のそばへ降りた。

すると、ふあっと何かが舞い上がった。

埃……いや、これは灰!!

気づいた時には、服部の両脚はぐにゃりとしていた。

まるで、酒に酔ってしまったように。

「あーあ…姿が見えないから、外しちゃった…」

双葉は刀を手に、立ち上がっていた。

彼女は服部の両脚の腱を、正確に斬っていた。

「どこが急所だかわかんないや」

刃を宙で振りながら、双葉は考えるふりをした。

灰で“くっきり浮かび上がる”服部を見つめながら。

「とりあえず、“脚から一寸ずつ”輪切りにしていこう。

 そうすれば、心臓なり首なり…どっかに当たるよね」

その表情は、笑っていた。

あまりにも、凄絶な笑みだった。

屋敷に踏み入った佐々木千枝は、

異様な光景を目にした。

一寸ほど薄さの、赤黒い肉が入り口に落ちている。

それがまた点々と、奥の部屋まで続いている。

辿っていくと、そこには双葉杏がいた。

「子どもがくるところじゃないよ」

「子どもって…あなたも」

そう言いかけた千枝の顔に、何かが被さった。

慌てて剥がすと、栗色の毛が生えた、血まみれの皮。

服部瞳子の頭皮だった。

「うわああああああっ!」

千枝は恐慌してそれを放り投げた。

べしゃり、と湿った音を立てて地面に落ちた。

「ねえ、杏と戦う?」

双葉が千枝に尋ねた。

まったく、面倒臭そうな顔をしていた。

「わ、私だって荒木の忍です!!」

千枝はそう叫んで、刃を振るった。

術も使った。

関節を自身で外し、さらに皮膚も伸ばして、

間合いを延長した。

それを双葉は初見で見切り、躱した。

千枝が、あきらかに離れた間合いから剣を振るったため

技の正体に気づかれてしまったのだ。

服部と同じく、動揺が仇になった。

「もう一度聞くよ…杏と戦う?」

まったくつまらなそうに、双葉が再び尋ねる。

千枝は手裏剣を五枚、投げた。

技を活かし、様々な角度から。

一枚目。回避。

二枚目と三枚目。切断。

五枚目と四枚目は、左手でつままれた。

「…悪い子だね」

双葉が刀を振るうと、千枝はがつんと転倒した。

両脚が切断されていた。

間合いの外なのに。

そう思って顔をあげた千枝が目にしたのは、

右腕の関節をはめ直す相手だった。

「身体があったまってきたから、そろそろ始めるよ」

すでに身動きがとれない千枝に、双葉はそう言った。

向井達は幕領地美城まで、

かな子を安全に送り届けた。

命がけで戦った彼女らに、

追加の恩賞が賜れることになり、

向井一同は城郭に招かれた。

 「此度の護衛、ご苦労であったぞ」

 かな子は相変わらず、小倉饅頭を食べ、

 読本を流し読みしていた。

 「いえ、こちらもかな子様の

 御厚意によって、諸星の命が助かりました。

 感謝の表しようも御座いません」

 双葉が深々と頭を下げた。

 形式ではなく、心からかな子に感謝していた。

「向井は、木村屋の仲間である村上と、

 死力を尽くして戦ってくれた」

「は…」

「いえ、ただの内輪揉めにございますゆえ、心遣いは無用にございます」

向井拓海の言葉を、双葉が遮った。

向井は苦笑した。まったく言い返す言葉もない。

「安斎も、よくやってくれた。

 治療代は追加で渡すゆえな、養生せい」

安斎都はうなずいた。

負傷によって声が出せなくなったせいか、

ずいぶんしおらしくなっていた。

「それで提案なのじゃが…」

かな子は饅頭と読本を置き、

向井達の方をまっすぐに見た。

「これからも、我が側にいてくれぬか」

その言葉に一同は、素直に頷けなかった。

“側”の意味を測りかねていた。

双葉は青ざめていた。

「遠慮は無用じゃぞ。

 村上とやらも処罰はせぬし。

 “島流しにあった罪人がいようと”、気にすることはない」

続くかな子の言葉に、向井達は顔を見合わせた。

どこかで、木村のからから笑う声が聞こえた。

荒木城。書室。

「おかえりなさいッス」

荒木比奈は、安部菜々と佐々木千枝を迎えた。

「服部サンは?」

「つまらないことにこだわって失敗したので、不合格です! 

 まあ、“荒木家からの”任務は、私も失敗したんですけど!! 

 キャハっ!!」

 安部菜々の首は元どおりになっていた。

 傷跡すらも残っていない。

「千枝チャンおつかれまッス」

 比奈は千枝をねぎらったが、口を開かなかった。

「かな子様の方に、ちょっと恐ろしい剣士がいまして!

 千枝さんの蘇生にちょっと手間取っちゃいました!

 キャハっ!!」

 「そりゃあ…ナナさんもおつかれさまッス」

 菜々は、荒木家の“初代当主の代から”仕えている。

 忍としての役割は、敵の陽動。

 したがっていつも、目立った格好をしていた。

「ナナさん達は、死んだことになってるッス」

「一応、荒木家への義理は立てたことになりますね!

 これでまた、比奈様のために働けます!!」

菜々と千枝は荒木家ではなく、

比奈個人に対して忠誠を誓っている。

服部は荒木家側の忍だったが、“まったく不運なことに”、

命を落としてしまった。

「私も落ち着いて、執筆を進めることができるッス」
 
「女色についてなら、ナナが手取り足取り教えてあげますよ!

 キャハっ!!」

安部菜々はそう言って笑った。

この1週間後、荒木家の家臣達は謎の死を遂げた。

一方その頃、本州から離れた孤島。

 島村卯月は家老殺害の罪で、
 
 もとは死罪となるはずであった。

 しかし、千川ちひろの度を越した享遊ぶり、

 そして派閥争いに腐心して

 領民を虐げたことなどが考慮され、

 流罪に留められた。

 現在卯月は、幽閉生活を送っている。

 その身体はやせ細っていた。

 しかも、もう何日も眠っていない。


 数日前、卯月が気まぐれで夕食を鼠に与えると、

 泡を吹いて死んだ。

 毒を盛られていたのである。

 その時、卯月は大笑いした。

 彼女は、千川ちひろの死に様を思い出していた。

 すぐに憎悪も湧き上がって、笑いはすぐに止まった。

 今の卯月に心理的な余裕はない。

 孤独な幽閉生活と、神経を擦り減らす旧千川派への警戒。

 加え、どうしようもない空腹感が、彼女の心を蝕んでいく。

 ここで自分は死ぬのか。

 卯月はそう思った。

 たとい旧千川派の手にかからなくとも、このままでは餓死する。

 牢を破るような力も、策も湧き上がってこない。


 「未央ちゃん…」

 卯月は、本田未央の名を呼んだ。

 彼女がここに現れれば、樫の格子など簡単に破壊して、

 卯月を助けてくれるかもしれない。

「呼んだ?」

 実際は、鍵を普通に開けて入ってきた。

「ええぇっ!?」

 卯月は仰天した。

 自分は幻覚を見ているのか。
 
 とにかく信じられなかった。

「ほっぺを抓ってください」

 卯月は、未央にそう頼んだ。

「いいよ。ていうか、私名前教えたっけ?」

未央は首をかしげながら、

卯月の両頬を思い切り引っ張った。

「凄く(ふごふ)痛い(いひゃい)です…」

「だろうね。離していい?」

「いえ、しばらくこのままでお願いします…このまま…」

卯月は、ぽろぽろと涙を流した。

一体、この島村卯月という女は何者なのか。

未央は不思議に思った。

腕に巻かれた編み紐が、卯月の涙で、しっとりと濡れた。
 

おしまい

皆さま有難うございます。

ただいま、まとめサイトを見に行ったところ

「退魔忍系のエロSSかと思った。時間損した」との好評の声をいただきました。

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