美嘉「どうしてアタシなんだろう」 (8)

「アタシは、どうしてアタシなんだろう」

シェイクスピアの本にしおりを挟んだ美嘉は、足を組んで物思いに耽る。

突然何を言い出すかと思えば。

「プロデューサーはどう思う?」

独り言から相談へ。なんと難しい質問だ。

「と言われましても……それ、文香から貸りたのか」

「そう」

「珍しいな。普段は雑誌や漫画なのに」

「カリスマギャルにもバイブルがあるってなんか憧れない?ギャップってヤツ」

「熱心だな」

「それほどでも~って、話反らそうとしてない?」

「いや……」

バレてる。ギャルには何でもお見通しか。

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「哲学は専攻してなかったからなぁ。うーん、人は誰しも生まれる場所を選べないだろう?まぁ人に限らず、動物や虫だって」

「虫?……アタシが言ってるのは、何でアタシは自分のことを『アタシ』って呼ぶようになったのかって」

素でこけそうになった。自分が芸人だったら雛壇から勢いよく降りていただろう。

変なこと言った?と美嘉。

シェイクスピアの、ジュリエットの問いとは随分解釈が違った。

ちょっと考えてみる。

「そういうことか……それは美嘉の育った環境によるから、どうとも言えん」

「一人称って環境なの?」

「周りに自然と合わせるもんさ。現に莉嘉がそうだろう」

「……アタシが『アタシ』だから?」

足を組み替えて、もう一度本を手に取る美嘉。古い本だが、逆にそのシミが古書として良い味を出している。紙を捲る音にも品がある。
文香の手入れがなければ、ただの古ぼけた本だったろう。

「私、ボク、オレ……もしかしたら出身地で違うのかも★」

笑顔と冗談を同時にこぼすカリスマJKにつられ、

「方言と同じだな」

こっちも笑顔になる。美嘉のこういう部分、見習いたい。

「一人称なんて統一しちゃえばいいのに。仕事場ではこれ、友達間ではこれとか、使い分けなくて済むし」

同感だ。

「確かに、口を滑らすこともないしな。でも一人称が全部同じだったら大変なこともある」

「たとえば?」

右手のネイルを気にしながら美嘉は聞く。

「小説が全部『私』になったら区別が大変だぞ」

「そっか。誰かわかんなくなっちゃうね」

「主人公が同性二人の小説なんて最悪だ。どっちが何を話してるかすぐ理解できん」

「考えながら読むって大変だよね」

「それを鍛えるのが本だから余計にな」

そういった小説はハッキリ言って苦手だ。勘違いが多い。

「ねぇ、拓海ちゃんはどう思う?」

美嘉はソファーでくつろいでる『アタシ』に聞いた。

盗み聞きしてるのがバレたか。


「アタシも、区別が付かない小説は嫌いだ」

おしまい

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