【ミリマス】志保「進め、たまに逃げても」 (15)

 その日、珍しく郵便受けを覗いた。
 理由はなんだったか。新しいCMの資料が届くとか、そんなことだったと思う。
 今となってはそんなことはささいな話だ。積み重なったDMの中に、俺はそれを発見してしまった。
 北沢志保……かつての担当アイドルからの結婚式の招待状ってやつを。

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 「なんでお前振袖なの」

 披露宴参加者用の控え室を探しながら、隣を歩く妻に何気なく尋ねる。
 鮮やかに結い上げた茶色の髪に、黒の振袖が恐ろしく似合う俺の妻。
 彼女の名前は所恵美。
 元々彼女は俺の担当アイドルで、諸事情でアイドルを引退した後に偶然再開し……様々な紆余曲折を経て今に至っている。

 「え? いやだって、アタシがドレス着たら志保を食っちゃうでしょ」

 不敵な笑みでそんなことを恵美がいう。
 この感じ、アイドルだった頃と何も変わってない。むしろアイドル活動で自信が増えてさらにグイグイ行くようになっているような気がする。

 「は? 誰が?」
 「アタシが」
 「誰を?」
 「志保を」
 「ワロス」
 「はあ!?」

 なのでこうやって牽制しておく。出ないといつまでもこんな調子だからだ。まあそんなところも可愛いんだけど。

 「式場でなにやってるんですか。2人とも」

 俺が恵美を弄っていると、背中からふいにそんな咎めの言葉を投げかけられた。
 2人して振り返る。そこにいたのは。

 「控え室はこっちですよ……もう。この格好で出歩くの、本当はあまり良くないんですからね」

 純白のウエディングドレスに身を包む、北沢志保その人だった。

 「志……保……?」

 あまりにも唐突なことに、恵美の口から驚きの声が漏れる。
 俺?
 俺は恵美より驚いてた。俗に言う開いた口が塞がらないというやつだ。
 志保は。ウエディングドレスを着た北沢志保は、それくらい美しかった。

 「いやー……これは無理。勝てないね
  志保、あんた……綺麗になったねえ……」

 鼻声になる恵美にハンカチをそっと渡す。
 志保はこんなに美人になったのに、こいつの涙腺の脆さは変わらない。それが、恵美の美点でもあるんだけどな。

 「あ、ありがとうございます……ほら2人とも。行きますよ。あ、プロデューサーさん。お願いしてた話、よろしくお願いしますね」

 志保の案内で控え室に着いた俺達。
 飲み物を買ってくると恵美に伝えた俺は、先程目星を付けていた喫煙室にやって来ていた。
 昔から、考えを纏めるのにタバコは欠かせなかった。
 最近は本数を減らすようにしているが、今回は状況が状況だ。

 なぜなら俺は志保の父の代わりとして、彼女と共にバージンロードを歩き、スピーチまでするののだから。

 喫煙室に入って15分ほど。
 おおよそのアイデアが纏まってきたところで、見慣れた人影が入ってきた。
 スキニーデニムとスニーカー。Vネックのニットセーターというシンプルな服装が、彼女の素材を引き立たせている。
 
 「プロデューサーさん。禁煙してなかったんですね」

 その女性は、先程俺達を驚愕させた北沢志保その人であった。
 
 「……今日は特別だよ。特別。というか、志保、着替えちゃったんだな」
 「さっきのはサイズ合わせに着ただけですからね。まだ時間はありますし……打ち合わせのことを考えるとそろそろプロデューサーさんと合流しておかないとまずかったのであのまま探しに行きましたけど」

 言いながらポケットに手を入れる。
 その姿を見過ごす俺ではない。

 「……志保は? 飲み物買いに来ただけとか?」
 「……夫から、30分だけ吸ってきていいよ。志保が戻ってきたら俺も行くからって言われたので」

 取り出した女性向けのパステルピンクのケースから一本だけ取り出し、慣れた手つきで火をつける志保。
 その仕草は、否応なしに月日の流れを俺に感じさせた。
 というか、旦那さんが許してくれてるのがすごいよな。

 「……もう10年だっけか。志保と知り合って」
 「そうですね……今思えば、余裕がなかったなって思います。プロデューサーさんにもみんな……特に静香と可奈に迷惑をかけて。本当にあの時はごめんなさい」
 「……誰にだってそういうことはあるよ。今更気にすんな。というさ。本当に俺で良かったのか。あれ。というか、10年立ってたらタバコくらい吸うよなあ」

 志保の綺麗な唇から紫煙が揺らめく。
 その色気に、ぞくっと来たのは否定できない。
 お前をViに抜擢したのは間違いじゃなかったと今なら確信できる。

 「……プロデューサーさんにしか頼めませんよ。こんなこと。中学の参観日も卒業式も。高校の入学式も参観日も卒業式も……とにかく忙し母に変わって行事事に参加してくれたのは全部プロデューサーさんじゃないですか」
 「よく覚えてんな。そんなこと」

 そういえばそんなことあった気もする。

 「当たり前です。一生忘れません。あんなに嬉しかったんです」

 忘れてもらっては困りますと柔らかく微笑む志保。
 本当に志保は変わった。
 協調性も増したし、何よりもよく笑うようになった。
 本当に……本当に、大きくなった。

 志保が控え室に戻るのを見送って、スーツのポケットからメモ帳を取り出す。
 待ってろよ志保。最高のスピーチを考えてやるからな。

 ご紹介に預かりました。北沢志保のプロデューサーです。
 私と志保は彼女が中学生の頃からの付き合いで……本人も言っていましたが、私は彼女の父親のような存在でした。
 今振り返ると、私自身もそんな気がしてなりません。当時の志保……志保さんは本当に繊細で、だからこそ自分が守ってやらないと思わせる部分が多々ありました。
 大人になるにつれて志保さんは成長しました。先程2人きりで話す機会がありましたが、人を思いやることができる優しくて素敵な女性に成長したなと心から思いました。
 志保さんが私を父だと思ってくれているように、私にとっても……志保さんは、自慢の、そして最愛の娘です。
 志保さんと、その志保さんが選んだ相手なら、きっとどんな壁も乗り越えられると思います。2人の人生はまだまだ長いです。辛いこともあるかもしれません。
 真面目な志保さんは真っ向から立ち向かってしまうでしょうね。
 その時は、逃げても構いませんよ。そうなるまでに、志保さんはきっと人1倍頑張ってきたんだと思います。志保さんが逃げるということを考えるというは、きっとそうなんだと僕は思います。
 志保さんの性格上、逃げられないこともあるかもしれません。
 そんな時は、周りに頼ってください。
 私はどんなに遠く離れても志保さんのことを想っています。
 恵美……私の妻だっています。
 志保さんにとって義理のお父さんとお母さんになる方々だっています。
 周りの人達の助けを借りて、2人の歩幅で長い人生を歩いていってください。
 ……志保。結婚おめでとう。どうか、幸せに。

終わりです
志保さんが素敵なお嫁さんになれますように

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