日野茜「文香ちゃんから別れたいと言われました」 (23)

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文香は畏まったように姿勢を正した。

文香と茜で、もう何度も来ていて常連となった茶壮。

いつものお気に入りのお茶を飲みながら談笑していた。

二人が付き合い始めて半年。

まだ手探り感は否めないが、茜にとっては毎日が新しい刺激に満ち溢れていた。

それなのに。

文香としては珍しく、顔を上げて真っ直ぐ相手を見つめていた。

茜もただならぬ雰囲気を感じ、居住まいを正す。

「……別れたいと、思います」

そして、文香から破局の言葉を告げられた。

血色の良い唇と、透き通るような声と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

すべてが現実離れしているように感じられて、茜は言葉への理解が及ばなかった。

「別れる、ですか……?」

なんとなく、言われる直前にそんな予感はしたが、それでも何を言われているのか一瞬わからなかった。

「文香ちゃん! 私は、続けたいと思っています!」

嘘偽りのない気持ち。

まずはそれを表明すべきだと思った。

「ごめんなさい……茜さん。でも、私は中途半端な気持ちでいたくありません」

「大丈夫です! 私は文香ちゃんのこと、大好きです!」

「いえ……そういう、ことではなくて……」

文香は短く息を吐くと、真剣な面持ちで訥々と話し始めた。

「最近、大学とアイドルの両立が忙しくなってきまして……」

「はい」

「茜さんとお付き合いすることにも、しっかりと向き合いたかったのですが……なかなかそれも難しく……今の状態に、私が、納得できないのです」

「納得?」

「こんな中途半端な気持ちで、お付き合いするのは、私が私自身を許せないのです」

「……」

茜が絶句するなんてことはあまりに珍しく、文香はその事実を前に視線の行く先を探して顔を下げ、その表情は前髪に覆われていた。

「……我が儘ですみません」

「いえ! そんなことありません! 文香ちゃんのそういうところ、大好きですから!」

茜は、文香が自分の意思をしっかりと持っていて、ゆっくりでも口にしてくれるところが、大好きだった。

それでも。
もうすでに事象は確定事項だと、文香の根が頑固なところを分かっていても、この後に及んで解決の方法はないかと、女々しくも、浅はかにも考えていた。

相手は何を求めている?
どう答える?
何が正しいのか?
何か正しいのか?

そして、こうなった文香は止められないことも、知っていた。

だったら、せめて出来ることは。

「私は、この半年間、楽しかったです!」

「すみません……私は、誰かとお付き合いするということをよくわかっていなくて……」

「どうして文香ちゃんが泣くんですか!?」

「……頑固者ですみません」

「はい! 知ってます!」

茜は、文香が自身の感じたことを言ってくれるのが大好きで、その決意を尊いと感じるから、笑顔で送り出したかった。

一緒に居てくれたことに、いつも寄り添ってくれたことに、最大限の感謝と賛辞を送りたかった。

同時に、こんなはずじゃなかった、納得できるわけないと、心臓が早鐘を打って理性を薙ぎ倒そうとしている。

冷めきったお茶を飲み干し、今を終わりにすべく、二人はゆるやかに席を立って会計へと向かった。

文香は申し訳ないと感じているのか、こちらを見ようともせず、複雑な表情をしていた。

茜は頭に霞がかかったような感覚のままレジで伝票を渡して、割り勘の分の会計を告げられてもまるで頭に入って来ず、数字が認識できない。

とりあえず大きい金額を用意しようと、もたつく手で五千円札を出し、沢山のお釣を受け取った。

※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

日が傾き始めた中、二人は大通りを駅に向かって並んで歩く。

いつもなら繋いでいた手は、人ひとりぶん空いていた。

好きでいてくれてありがとう。

楽しかった。

嬉しかった。

文香が見せてくれる新しい世界は、いつも素晴らしいものだった。

茜は何度も何度も、感謝の言葉をかける。

最後まで、『日野茜』でありたかった。

いつもより茜の歩は遅く、文香の歩は速く、駅の改札口に到着した。

家への電車は逆方向なので、ここで別れたら、それで終わり。

「茜さん……本当にごめんなさい、自分一人で考えてしまって」

「いえ、私こそ文香ちゃんの気持ちに気付くことができませんでした! すみません!」

「いえ、こちらこそ……。またお仕事が一緒になったときは、よろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いします!」

最後まで、『日野茜』でありたかった。

ポジティブで、思い切りがよく、迷いなく、周りを明るく照らす人に。

だけど。

だから。

でも。

「文香ちゃん……!」

茜は手を差し出す。

文香の体は改札機の方を向いたまま。

いつも握っていたはずの文香の手は、すぐそこにあるのに、世界が隔絶されたように遠い。

本当に、好きでいてくれてた?

本当に、楽しかった?

自分のものにしてしまいたいと言う衝動は、不純だろうか。

共に笑顔で歩み続けたいという感情は、エゴだろうか。

「文香ちゃん、私は、このままでは未練が残ってしまいそうです……!」

恥もプライドも外見も今までの積み重ねも全て投げ捨てて。

「だからせめてもう一度だけ……!」

茜が文香の白い手を取る。

それは無言で振りほどかれた。

明確な拒絶。

文香の横顔と碧い瞳は、見たことがないほどに鋭かった。

茜は声を発することも出来なかった。

こんな知らない一面もあったのか。

全然、この人のことを見ていなかったのか。

何もかもを話せる相手だと、思ってもらうことができなかったのか。

「私は偏屈で、頑固ですから……。茜さんは、もっと、素直な人を見つけてください」

茜の手は宙に浮いたまま。

文香は振り返りもせず去っていった。

文香の通過した改札が、来るものを拒む壁のような、可視化された無機質な境界線のようなものに感じられた。

文香が視界からいなくなってからしばらくして、茜は息を吐き、行き場を失った腕を下ろす。

重力に敗北したように体は後ろに傾き、ひんやりとしたコンクリートの壁に背中がぶつかった。

背筋は冷たいのに、心臓は燃えるように熱い。

心臓を鷲掴みにされ、鋭利な爪を立てられたように、今にも鮮血が吹き出しそうだった。

痛い。

心臓が痛い。

ここが駅でなければうずくまってしまいそうなくらい痛い。

手が震える。

足が震える。

息が震える。

その場から離れたくなって、ふわふわとした頭で、亡霊のような足どりで電車に乗った。

走ることもできなかった。

いつの間にか家に着いていたのは、もう何度も茶壮に行って、体が勝手に覚えている証拠だった。

親がいない時間だったのは幸いだったかもしれない。

階段を上る動作は緩慢で、浮き足だっていたはずの足取りは鉛のように重い。

部屋に入るなり文香と一緒に選んで買ったショルダーバックを床に放り出し、吸い込まれるようにベッドへ。

ぼふん、と乾いた音がマットと枕から鳴る。

そして、一瞬の静寂。

「……あああああああああっ!!!!」

言葉にならない叫びが一人きりの部屋に響く。

「ああああっ! あああああっ! あああああっ!」

何度も平手で枕を叩き、埃を舞い上がらせる。

長い髪が夕日に煌めきながら、踊るように、足掻くように、もがくように乱れた。

「あ……あ……」

腹筋が痙攣を起こしたように、不随意的に体が丸まり、縮こまる。

喉からは、絞り出すような声にならない声。

「ぁ……ぁ……ひぐっ……ぅぐっ……」

声は引きつった嗚咽に変わっていき、目の端からは熱を持った涙が漏れ出す。

崩壊した激情は止められず、感情の奔流は重力には抗えず、枕に染みを広げていった。

苦しい。

苦しい。

助けて。

誰か。

助けて……。

※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

走っていても、アイドルをしていても、もやもやが晴れない。

しかしながら、そこはプロである。

普段の様子からは、そのもやもやは伺えない。

しかし、最近は自分の部屋に帰るとどっと疲れるようになり、ぐるぐると思考を回すことが多くなった。

ベッドに寝そべると、視界の先の本棚に文香から贈られた本があった。

もう、捨ててしまおうか。

思い出も、何もかも。

こんなとき、文香ならどうしているのだろう。

二人でいた日々の記憶を辿る。

強く残っているのは、いつもの茶壮。

ゆったりとした時の流れる場所と、華やかで優しい香りのするお茶。

正反対の二人を繋ぐ大切な場所。

その店で、文香が日記を書いていたのを思い出した。

『日々の自分を振り返り、文字にして綴り、整理し、明日への糧とする』

『例え失敗したとしても、それを次に活かすことが大事だと、私は思います』

茜は、がばりと体を起こした。

文香と一緒にいて見えた世界は、とても素敵で、新鮮で、輝きに満ちていた。

この感情を、否定したくはなかった。

この経験を、無駄にはしたくはなかった。

だから、今のこの気持ちを、文章にすることにした。

その行為は。

縋るような。

祈るような。

当て付けのような。

幻想を追いかけるような。

あるいは、文章に関わることをしていれば、少しでも文香の気持ちがわかるかもしれない。

あるいは、文香の目に留まるかもしれない。

そんな打算が、自慰行為的な発想が、なかったと言えば嘘になる。

文香の影響で様々な知識はついたつもりであったが、語彙力不足は否めず、また、気持ちを文章でアウトプットするというのは喋るのとは別の難しさがあり、最初はペンを片手にノートの前で唸っていた。

それでも、しばらくしてから茜はプロデューサーの許可の下、ブログを始めた。

当初はポジティブパッションやチアフルボンバーズでの仕事やプライベートのこと等、明るい話題が多かったが、時折独特な語彙センスで普段感じていることを文章にすることが増えてきて、いつもの明るさや瑞々しさの中に、思慮深さや人間臭さを感じさせる文章は多くのファンを感心させた。

※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

「文香ちゃん! お仕事で一緒になるのは久しぶりですね! 今日の『マッスルキャッスル』頑張りましょう!」

「はい。茜さんも、お久しぶりです。ブログが話題になっていると、お伺いしました」

「ええ! 文字の世界への挑戦は、なんとも奥深いですね! 自分の世界にいるだけじゃ、本当の自分に出会えないと思いながらやっています!」

「……それは、まるで私の歌みたいですね」

「はい! ……文香ちゃんが、いてくれたからです。だから私も、新しい世界への一歩を踏み出すことができました」

「……あれから、私も走り込みの自主トレーニングは続けています」

「そうなんですか! では体力面もバッチリですね! 文香ちゃんも珍しいですね、こういう番組に出るのは」

「私も……『熱血乙女』に憧れて……思い切って、新しいコトを始めたくなったんです」

「文香ちゃん……」

決して、無駄ではなかった。

上手くいかなかったかもしれないけど。

二人の関係は、もう元には戻らないけど。

二人で過ごした時間には、確かに意味があった。

茜は太陽のように目を輝かせ、ビッ、と腕を突き出し親指をたてる。

「You can do it! 元気があれば、何でも出来るんです!」

番組の内容は、体を張ってゲームに奮闘する文香と要所要所でキレのあるコメントをする茜という、今まで二人のイメージを覆した回となり、視聴者から大反響を呼ぶ結果となった。





おわり

読んでいただきありがとうございました。

過去には

新田美波「ミーナミン! キャハっ☆」
新田美波「だから私は、志希ちゃんが嫌い」

などを書いています。

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