ブラック・ジャック「こいつは厨二病ですな」患者「我は闇の支配者なり!」 (24)

母「お願いします、うちの息子を助けて下さい!」

ブラック・ジャック「わたしの治療費は高くつきますぜ」

母「お金はいくらかかってもかまいません! お願いします!」

ブラック・ジャック「とにかく息子さんを診せてもらいましょう」

ブラック・ジャック「わたしにもできることとできないことってもんがあるんでね」

母「は、はい……」

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患者「フハハハハ……我は闇の支配者なり!」

患者「我が闇の炎で、全ての人類をひれ伏させ、世界をも支配するのだ!」



母「もう何ヶ月もずっとこんな調子でして……」

ブラック・ジャック「こいつは厨二病ですな」

母「厨二病というのは?」

ブラック・ジャック「元々は“中二病”という名前でしてね」

ブラック・ジャック「いわゆる思春期の少年少女にありがちな行動全般を指す言葉だったんですが――」

ブラック・ジャック「だんだんと意味が変わったり付け足されたりしていって」

ブラック・ジャック「今では“厨二病”と呼ぶことが多くなり」

ブラック・ジャック「お子さんのような自分は特別な力を持っていると思い込むようなケースも」

ブラック・ジャック「含まれるようになりました」

母「それで……治せるんでしょうか?」

ブラック・ジャック「治す? ご冗談を」

ブラック・ジャック「はっきりいってしまえば、これは病気でもなんでもない」

ブラック・ジャック「このぐらいの年齢のお子さんなら誰でも通る道ですよ。無理に矯正させることはない」

ブラック・ジャック「そもそもわたしは外科医であって、青少年のカウンセラーじゃないんでね」

ブラック・ジャック「まァ、自然に治るのを待つんですな」

母「ところが、そうもいかないんです……」

ブラック・ジャック「どういうことです?」

ピノコ「ねーねー」

患者「なんだ? 幼女よ」

ピノコ「まー失礼しちゃう! ピノコあんたより年上なんやかやね!」

患者「これは失礼した。君も我と同じ“選ばれし者”ということか」

ピノコ「選ばれち者ってなんなのよさ」

患者「選ばれし者というのはだね……」



ブラック・ジャック(あの二人、妙に話が弾んでるな……)

ピノコ「そこまれいうなら、闇の炎ってのを出ちてちょーらいよ」

患者「よかろう」

患者「闇の炎よ、ほんの少しその力を示したまえ」ブオッ

ボワァッ!

ピノコ「アッチョンブリケ!」



ブラック・ジャック「これは……!」

母「そうなんです。あの通り、本当に炎を出せるようになってしまって」

母「一週間前にはボヤ騒ぎを起こして……」シクシク

ブラック・ジャック「こいつは重症だ……」

ブラック・ジャック「分かりました。お子さんの治療をしましょう」

母「本当ですか!? ありがとうございます!」

母「やはり、脳の手術を……?」

ブラック・ジャック「手術? そんなもの必要ありませんよ」

患者「こんな部屋に我を呼び出して、なんの用だね?」

ブラック・ジャック「お前さんの治療を始める」

患者「治療? ふっふっふ、あの我の母を名乗る女にそそのかされたか」

患者「もし我に指一本でも触れてみろ。君の体はたちまち闇の炎で焼き尽くされることだろう」

ブラック・ジャック「安心しな。お前さんには指一本触れるつもりはないよ」

患者「なるほど、君も“能力者”というわけか……」

ブラック・ジャック「…………」

ブラック・ジャック「闇の支配者とやら、あんたの“設定”について教えていただこうか」

患者「設定という言葉は気に食わないが、まァよかろう」

患者「我は暗黒よりも深い闇に住まう、闇の化身……この人間の姿は仮の姿だ。
   手を振るえば、あらゆるものを焼き尽くす闇の炎を出すことができる。
   ひとたび我が力を示せば男は下僕となり、女は愛人となる。
   ゆえに人々は我を畏れ、こう呼ぶのだ。“闇の支配者”とな」

ブラック・ジャック「……それだけか?」

患者「え?」

ブラック・ジャック「なんというか、ずいぶん浅いねえ」

患者「な、なんだと!? ……貴様、焼き尽くしてくれる!」ボォッ

ブラック・ジャック「焼き尽くす前に、今度はおれの自己紹介を聞いてもらおうか」

ブラック・ジャック「おれの本名は間黒男……だが今は≪ブラック・ジャック≫を名乗っている。
          私生活ではいつも黒いコートとスーツを身につけている。
          免許を持っていないモグリの医者だが、手術の腕は世界一といってもいい。
          医学界の重鎮が治せなかった難病を治したことも多々ある。
          それどころか、コンピュータや幽霊、果ては宇宙人の手術をしたこともある。
          ちなみにさっきお前さんと話してた女の子はピノコといっておれの大切な助手だ。
          元々はある女性の腫瘍の中に入ってた脳や内臓だったんだが、おれが人として組み立てた。
          モグリだけあって手術代は決して安くない。数千万円が相場ってとこだ。
          だが、相手の事情によってはタダ同然で手術してやることも多い。
          医者とはいえケンカも結構強く、チンピラ数人ぐらいならわけもなく倒せる。
          ピストルを持った相手をメス投げでやっつけたこともある。
          さて、そんなおれだが決して順風満帆だったわけではなく悲惨な過去を持っている。
          おれは幼い頃、不発弾の事故で死にかけ、その手術跡は今でも全身に残っている。
          その事故のせいで母親は死に、おれは今でも原因となった者たちへの復讐を企んでいる。
          顔の色が違う部分は友達の皮膚を移植してもらったもので、その友達は既に亡くなった。
          手術をしてくれた大恩人の本間先生も、残念ながら老衰で亡くなった。
          その時、おれは医学の限界というものをまざまざと思い知らされたものだ。
          こんなおれだが恋愛話がないわけじゃない。惚れたことも惚れられたこともあるし、
          心が通じ合った相手もいた。しかし、だいたい悲恋で終わってしまっている。
          助からない患者は安楽死させるというのが信条のドクター・キリコとはしばしば対立……」

患者「…………!」

患者(なんなのだこの男は……! それに比べて我の“設定”のなんとちっぽけなことか……!)

患者(うおおぉぉぉぉぉぉぉ……!!!)

患者「…………」スーッ

患者「……あれ?」

患者「先生の話を聞いてるうちに……頭に宿ってた熱が冷めたみたいで……」

ブラック・ジャック「どうやら元に戻ったようだな」

患者「はぁ……。なんだかよく分からないけど、ありがとうございました」

母「息子がすっかり元の息子に戻りましたわ!」

ブラック・ジャック「これでもう、お子さんが炎を出すことはないでしょうな」

母「これで一安心ですわ」

母「ところで、代金はいかほど……」

ブラック・ジャック「代金? ああ、いくらか診察料を置いてってくれれば結構です」

母「そ、そうですか! 本当にありがとうございました!」

ブラック・ジャック「…………」

ピノコ「ねーねー、先生」

ブラック・ジャック「ん?」

ピノコ「どうちて、先生の話を聞いたや、あの人治ったの?」

ブラック・ジャック「たとえ炎を出せるようになっても、思い込みはしょせん思い込みってことだ」

ブラック・ジャック「自分よりもっとぶっ飛んだ人間の話を聞いたら、その仮面もあっさりはげる」

ブラック・ジャック「人のフリ見て我がフリが直る……ってとこさ」

ピノコ「れも先生のいってたことはあの人とちがって思い込みじゃなく、事実なのよさ」

ブラック・ジャック「そうだな」

ピノコ「なんれ先生の人生って、こんなにぶっ飛んでゆの?」

ブラック・ジャック「……手塚治虫に聞いてくれ」







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