炎の四天王「魔王様が死んだ」 (57)

 魔王が勇者に討ち滅ぼされた。その凶報は、近いところは半日、遠いところでは5日。遅かれ早かれ魔国全域に知れ渡ることとなる。

 もちろんそれは、忠臣であった彼の下にも……

 炎の四天王「事実か?」

 部下(女)「……はい。既に魔都への出立の準備を進めさせています。炎王様の馬の準備もできておりますが」

 炎王「いや、待て」

 部下「……?」

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 炎王(わたしの都市から魔都へは急いでも二日はかかる。土王の都市の方が早い、既に動いているはず)

 炎王(その前に人間たちへの対処だ……。前線はどうなっている?そもそも勇者はどうやって魔王城に侵入した?魔王様を守っていた水王は?くそ、情報が足りん……)

 部下「炎王様?」

 炎王「魔都へは少数の部隊だけ向かわせろ。情報を集める。前線にも偵察を送って、様子を見に行かせろ」

 部下「それだけ……でよろしいのですか?」

 炎王「魔都へは恐らく土王が向かっている。一応使者は送っておけ」

 部下「我々は……」

 炎王「戦闘準備を進めつつ、待機だ。領民の混乱を最小限に抑えろ」

 部下「……はっ」 

 魔族が暮らす魔国と、人間が暮らす王国は戦争の渦中にあった。

 戦争自体は僅かに魔国の有利であったが、王国側は絶大な力を持つ勇者を魔国へ送り込む。

 勇者へ戦闘部隊を送ろうにも、王国側が総力をあげて魔国へと攻撃を仕掛ける。

 勇者の進撃をより早めるべく、王国側が奮起したのだ。

 こうなっては勇者へ満足の行く部隊もそうそう送れない。特に前線には余裕が失われていった。

 前線で指揮を執るは、強力無比である風の四天王。

 彼が魔王崩御の知らせを受け取ったとき、これまでにはないほど激昂した。

 風王「手勢を纏めろ!魔王様の仇だ!魔都に向かうぞ!」

 魔将「し、しかし……」

 風王「なんだ!?」

 魔将「土王様から、使者が来ております。『魔都には我が向かう故、風王殿は魔国への人間軍侵攻を防ぐように』……と」

 風王「土王め……。クソッ!」

 風王「……チッ、わかった。だが代わりに、次の人間共との戦闘には俺が前に出る」

 魔将「なっ……!」

 風王「憎き人間共……、貴様らにはこの怒りの捌け口となってもらうぞ!」

 三日後、炎王が統べる都市。

 魔族兵士「なぜ炎王様は出撃の指示をくださらない!?」

 部下「聡明な方です。炎王様には何か考えがあるのでしょう」

 魔族兵士「悔しくはないのか!まさか勇者の力に怯え……」ス…

 部下「控えてください。私のナイフは炎王様の侮辱を許しません」ギロリ

 魔族兵士「うっ……」

 部下「それに……、いや、なんでもありません。くれぐれも命令違反は避けるよう、お願いします」ヒュン

キィィ… パタン…

 部下「ふぅ……」

 部下(それに……、魔王様をあれだけ尊敬しておいでだった炎王様が悔しくないはずがない。平静を装っていたけれど、本当は誰よりも怒りを吐露したいはず……)

 部下(将の動揺は一兵卒にまで伝わる。四天王というのも、大変ね……)

 部下「……やはり、兵士の中には炎王様のご指示に疑問を抱く者が多いようです。務めて抑えてはいますが……」

 炎王「だろうな。わたしが彼らの立場であっても、疑問を抱かかずにはいられないだろう。……すまない、迷惑をかける」

 部下「いえ、もったいなきお言葉。お気にかけるほどのことではございません」

 炎王「ところで、偵察はいつ頃戻る?」

 部下「明日の朝には戻るかと……」

 炎王「そうか……それまでは我慢だな」

 部下「……」

 部下「……一つ、宜しいでしょうか」

 炎王「……なんだ?」

 部下「なぜ、炎王様は動かないのです?」

 部下「風王様は前線で指揮を執り、土王様は魔都に向かっておいでです」

 部下「魔王様が崩御された今、魔国の最高権力を持つのは、炎王様、風王様、土王様、生存されているのならば水王様、の四方です」

 部下「局面だけを見れば、炎王様だけが何もしていない状態……」

 部下「このままでは今後、炎王様の立場が危うくなってしまうかと……」

 炎王「この都市が、一番良い布陣となっているからだ」

 炎王「まだ魔国までしか魔王様の崩御は知られていないが、いずれ王国にも知られる。そのときに、奴ら人間は必ず動き出すだろう」

 炎王「言ってしまえば、勇者の救出だ」

 炎王「『あの』魔王様と戦ったのだ。勝ったとは言え、勇者やその仲間は相当損耗しているだろう」

 炎王「魔都の混乱に乗じてどこかに身を隠しているのだろうが、薬で傷を癒しても、敵地のど真ん中にいることには変わりない」

 炎王「奇襲という攻撃方法を取った以上、魔国の強者も健在な者が多い」

 炎王「魔国の戦士たちが魔王様の崩御に怒り狂っているなか、勇者だけでそれらを突破し、王国へ帰ることは難しいはずだ」

 炎王「王国は、なにがなんでも国境を突破し、勇者を助けにくるだろう」

 炎王「我が都市は、前線と魔都の中間にある。……まぁ少し東にはずれているが」

 炎王「もし風王の軍が突破されれば、我らは侵攻してくる人間軍に早急に対処できる。勇者を見つけるための網を張るのにも、丁度いい」

 炎王「我ら魔国はまだ負けていない」

 炎王「勇者を仕留めることができれば、我々の勝利だ。現状でさえ、王国側には損耗が大きい。だからこそ奴らも勇者の奇襲に頼った」

 炎王「しかし勇者が王国に戻ってしまえば、覚悟しなければならない」

 炎王「勇者は必ず仕留める。それが魔王様の意思が宿ったこの国を護ることになるのだ」

 部下「……出過ぎたことを、申し訳ありません」

 炎王「いや、いい。お前に言っていなかった、わたしもわたしだ」

 炎王「それはそうと、都市を行き来する隊商の取り締まりを一層強化してくれ。もし人間が引っかかれば、殺せ」

 部下「……御意。それでは」

 キィィ…  パタン

 炎王(一番恐れるべきは、勇者が軍を率いること)

 炎王(そして……)

 炎王(わたしが仕留められなかったときのことだ)
 

 翌日。

 部下「炎王様、偵察が戻って参りました」

 炎王「ご苦労。して、内容は?」

 部下「はっ。まずは、前線です」

 部下「前線にもやはり魔王様崩御の知らせは届いておりました。が、兵士の混乱は当初予想していたよりも大きくはなかったそうです」

 炎王「風王の手腕か」

 部下「その様でございます。そしてどうやら、風王様自身が戦っているご様子。敵には恐れられ、味方の士気は際限なく上がっております」

 炎王(……彼の性格らしい。だが、少し早い……いや、仕方ないことか)

 部下「続いて、魔都に向かわせた偵察からの報告です」

 部下「魔都にはやはり炎王様が予想なされた通り、土王様が向かっていました。偵察が到着する頃には、土王様の手勢は魔都に常駐していたらしいです」

 部下「魔都は混乱が激しかったようですが、土王様により鎮静化させられたと……。以前、強奪など個人単位の犯罪は多くなっていますが、このままいけばそれもなくなるかと」

 炎王「水王はどうなった?」

 部下「偵察が見た訳ではないので確実ではありません。しかし、どうやら一命は取り留めたようです。今は負傷により、魔王城でお休みされているそうです」

 炎王「そうか……」

 部下「報告は以上になります」

 炎王「ありがとう。引き続き、各方面の偵察は怠るな」

 部下「はっ、既にそのように手配しております」

 炎王「なら良い。よろしく頼む」

 部下「それと……」

 炎王「まだ何かあるのか?」

 部下「あとで、リラックス効果のある紅茶と軽食をお持ちします」

 炎王「……この紙の束が見えないか?まだ休むには……」

 部下「だからこそ、でございます。昨日の夕食と今日の朝食をお抜きになられたとか。専属の料理人が炎王様を心配して嘆いておりましたよ」

 炎王「だが……」

 部下「お仕事も大切ですが、それもすべて炎王様が健在であってこそ。いざという時に倒れられては困ります」

 炎王「……わかった、お前の言うとおりにしよう。その代わり、軽食と言わずしっかりしたものを持ってきてくれ。実は空腹で穴が空きそうだ」

 部下「はい。ではそのように、料理人に伝えておきます」クスリ…

 炎王「ああ、頼んだ」

 時は少し遡る。

 誰よりも早く魔都へと到着した土の四天王は、魔王城の玉座の前で悲哀を滲ませていた。

 土王(かつて、我が主が君臨していた玉座だ……)

 土王(我が主よ、貴方はこの国の太陽だった。すべてを呑み込み、なお底を見せない、漆黒の太陽)

 土王(そんな貴方が……)

 土王「……弱いな、私は。四天王たる者、これでは……」


       「その、声……は、土王……か……?」

 土王「……!?」

 水王「やはり、土王……か」

 土王「水王……!生きていたのか!」

 水王「なんとか……な」

 水王「すまない……。俺は、魔王様を……」

 土王「……いや、お前のその傷を見ればわかる。悔やむのはあとにしよう。今はこれからのことを考えるべきだ」

 水王「すま、ない」

 土王「今は身体の傷を癒せ。治れば、協力してもらうぞ」

 水王「ああ、では、言葉に甘えるよ」

 土王「誰か!水王を支えてやれ!水王は生きているぞ!」

 コツ・・・ コツ…

 土王(そうか……水王は生きていたか。喜ぶべきなのだろうが……)

 土王(しかし水王はなぜ魔翌力で身体を覆っていたのだろう……?防御は……必要ない。ならば、回復か……)

 土王(いや、考えるべきはそこではないな。水王が生きていたのだ。まだ勝機はある)

 時は戻り、最前線。

 風王「【荒れよ暴風、引き裂け疾風】!!」

  ドオオオオオオオオォォォォォォッッ

 魔将「風王様が道を開かれた!雪崩こめ!」

  ワァァァァァァァァ……

 人間兵士1「まずいぞ!?魔族がどんどん攻め寄せてくる!」

 隊長「退くな!弾き返せ!」

 風王「【風刃】!」

 人間兵士2,3,4,5,…「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 隊長「なっ!?奴を止めろ!」

 人間兵士1「無理です!後ろからくる魔族共に手一杯です!」

 隊長「~~~~ッ!撤退だ!退け!」

 ワァァァァァァァ……

 魔将「見ろ!敵が撤退していく!攻勢を強めよ、憎き人間共に悪夢を見せてやれ!」

 魔族兵士たち「応!」

 風王「……」

 魔将「風王様、勝敗は決まりました。そろそろお休みになって下さい」

 風王「……ああ」


  ドオオオオオオオオオオ


 風王・魔将「……!?」

 風王と魔将が響き渡った轟音に振り向いた。

 彼らの目に映ったのは、煙をあげて倒れる味方と、馬に乗って人間の軍の撤退を援護する騎士たちだった。

 騎士たちは馬に乗って魔法を放出し、追撃に移っていた魔族を焼き尽くす。

 魔将「魔導騎兵だと!?」

 魔将(馬鹿な、あれは西方戦線に投入されていたはず……!まずいぞ、このままでは追撃隊が……)

 風王「クソッ……」ヒュンッ

 魔将「風王様!?」

 魔導騎兵1「一人こっちに向かってきてるぞ!速い!」

 魔導騎兵2「複数で狙い打て!」コォォ… ギュンッ

 風王「それが俺に通用すると思ったか!」バチッ

 魔導騎兵2「弾き返しやがった!?」

 魔導騎兵1「化け物が!接敵するぞ!戦闘用意!」

 風王「我が同胞を灼いた罪、貴様らの血で償ってもらうぞ!」ゴゥッ

 怒りを燃やした風王が暴れ狂う。

 ある者は竜巻に、ある者は風の刃に。

 死因はどうであれ、風王は精鋭を誇る魔導騎兵相手にたった一人で一方的な戦いを繰り広げた。

 騎兵たちも風王を囲んで一斉に魔法を放つが、何重にも張り巡らされた風の壁によって阻まれる。

 血に酔う、という言葉通り、全身を返り血で濡らしながら風王は騎兵の海を突き進んだ。

 しかし、彼の進撃を止める者が現れる。

 風王「む……!」

 騎兵長「甘く見過ぎだ、魔族」

 風王「邪魔だ!」ゴォッッ

 騎兵長「ふん」ヒュン

 風王が繰り出す暴風を、騎兵長が魔翌力を宿した長剣で切り裂く。

 疲労が募っていたのだろう、風王の魔法はここにきて威力が落ち始めていた。

 騎兵長「【我が剣は雷光の如し】」

 風王「なにっ……!?」

 騎兵長の振るった斬撃が、風王の風の壁を切り裂く。

 さらに、守るものがなくなった風王に幾つもの魔法が降りかかった。

 風王「ぐっ、がぁ!?」

 騎兵長「そうら、もう一撃!」ザンッ

 風王「が、はっ……!」ゴボッ

 風王「ぐ……!」ギロリ

 騎兵長「これだけの攻撃を加えて生きているだけか、睨む余力まであるとはな……」

 騎兵長(俺だけでは危なかった……)ゾクッ

 騎兵長「だが、これで止めだ。[ピーーー]」


ヒュンッ


 騎兵長「なにっ!?矢!?」カキンッ

 魔導騎兵3「騎兵長、敵の本隊が迫っています!」

 騎兵長(こいつが陣形を乱したせいで迎撃が追い付かないのか……、やってくれたな)

 騎兵長「せめてこいつだけでも……!」

 風王「おぉっ!」ゴォッ

 騎兵長「ぐっ、こいつ、まだ……!」

 騎兵長「チッ、味方の撤退は完了した!我らも退くぞ!」

 騎兵長(覚えておけ……!)

 パカラッ、パカラッ…

申し訳ありません。

 ピー―― の部分は 氏ね です

 魔将「地竜騎士団は弓手騎兵隊と協力して魔導騎兵に圧力をかけろ!ただし深追いはするな!それ以外はあたりを警戒しながら負傷者の回収だ!」

 魔将「風王様!」

 風王「……」

 魔将「気絶しておられるのか……。しかし、こんなになるまで……」

 魔将「……風王様は奪還した!撤退するぞ、伝令は先行して治療班を用意させよ!」

 

 炎王が統べる都市。


 炎王「風王が負傷……。敵は大きく削れたとは言え、重いな」

 部下「……はい。一時戦線を離れなければいけないほどの負傷を負ったと……。未だ、意識は戻られていないそうです」

 炎王「前線の指揮は今誰が執っている?」

 部下「風王様の腹心、魔将殿との報告があがっております」

 炎王「そうか」

ありがとうございます

 部下「両国とも大きく損耗しました。しばらく戦闘はないと思われますが……」

 炎王「いや、向こうは近いうちにまた進軍してくる」

 部下「え……?」

 炎王「魔導騎兵が動いたんだろう?奴ら、戦力を集めて勇者の奪還を企んでいると見える。王国側にも魔王様の崩御が知れ渡ったのか」

 炎王「風王はいつ目を覚ます?」

 部下「なにぶん深い傷ですので。医者ですらわからない、と」

 炎王「……そうか」

 炎王「戦闘準備を徹底させておけ。勇者が潜んでいる可能性がある以上ここを離れるのは難しいが、いざとなれば、動くぞ」

 部下「……はっ。物資を集めておきます」

 魔都、魔王城内部。


 水王「風王が負傷したそうだな」

 土王「ああ、参った。お前が生きていることが救いだよ」

 水王「……買いかぶりすぎだ。炎王は、様子見か」

 土王「慎重な奴らしい選択だ。だが、近いうちに人間共も動く。炎王もそろそろ腰をあげるだろう」

 水王「人間が攻めてきた際には、我らはどうする?」

 土王「……そこが問題だ」

 水王「魔都は未だ油断をゆるされない状況だしな」

 土王「お前に部隊を預ける、有事の際には動いてほしい」

 水王「……いいのか?俺の軍は全滅だ。いきなり、俺が今から上官だ、と言っても兵士が納得するとは思えんがな」

 水王「俺がここに残った方がいいんじゃないのか」

 土王「……?意外だな。お前は統治の仕事が大嫌いだったろう。そして戦いを好む」

 土王「魔王様の仇と、喜ぶかと思ったんだが……」

 土王「会わないうちに、変わったか」

 水王「……」

 水王「……ああ、そうだ。変わったんだよ」

 土王「まぁ、嫌いなものが好きになることは良いことだ」

 土王「それはそうと、一つ聞きたいことがあるんだが」

 水王「……なんだ」

 土王「ただの好奇心なんだが……」



 土王「傷は、癒えただろう?どうして、お前はまだ魔力で身体を覆っているんだ?」

 水王「……」

 土王「……」


 水王「……お前を、そう騙すことができたなら上々か」

 土王「なにを騙したんだ?」

 水王「傷が癒えたと言っていただろ。実は、まだ治っちゃいない」

 水王「表面上は万全を装っているがな。身体の中はまだズタズタだ……」

 水王「さっき、城に残ろうとしたのもそういう訳さ」

 土王「……そうか。それは、すまなかったな」

 土王「さっきの話は忘れてくれ。私が部隊を率いよう」

 水王「ああ。そうしてくれると、助かる」

 土王「私はそろそろ仕事に戻るよ」

 水王「何か手伝おうか?」

 土王「怪我人は寝ておけ」

 水王「世話を、かけるな」

 土王「お互い様だ。それじゃ」

 土王「……ああ、それじゃ」

 それは一瞬の出来事だった。

 土王が部屋を出て行こうとした瞬間。

 彼の胸を、氷の刃が貫いた。

 土王「水……王……」ゴハッ

   「もう少しここに居座る予定だったが。驚いたよ。まさかあんな微弱な魔力にまで反応するとはな……。気づいたんだろう?部屋を出って行って、俺を奇襲する手筈だったか?とにかく、もうお前は生かしておけない」ズブブ…

 土王「貴様……!」

 土王(こいつは……水王ではない!水王は、やはり、勇者の奇襲で死んでいたッ……!こいつは……!)

 土王「……嘗め、るなっ!」ズドォッ!


 石の床が突如としてめくり上がり、礫となって水王の姿をした何かへと襲い掛かる。


   「チィッ……!」 

 賢者「さすがは四天王。一回刺されたくらいでは死なないか」

 土王「貴様……、勇者の一行の……!」

 土王(そうか……、覆っていた魔力は幻覚魔法を自分に纏わせていたということか!!)

 土王「【弾丸よ、撃ち抜け】!」ドゥゥッ

 賢者「【祖竜の鱗よ、我を守護せよ】」キィィ…

 
 土王の魔力によって撃ち出された石榑が、賢者を守るようにして現れた緑光の障壁に防がれる。
 土王はその光景に歯噛みした。

 
 賢者「暗殺という手段を選んだ以上……正面から戦うのはお前に分があると思ったか?どうやら土の四天王は意外と浅知恵らしいな」

 土王「貴様ァ!」ドッ
 

 土王が賢者の言葉に激昂し、拳に魔力を纏わせて賢者へと襲い掛かる。
 賢者はそれに口の端を歪めた。


 賢者「おまけに、血の気が多いときたか」


 賢者は愉快そうに笑い、ふわりと浮遊して拳を躱す。


 賢者「ハッ!上を取ったぞ、終わりだ!」


 憤怒を浮かべる土王に、賢者が手をかざした。しかし次の瞬間、賢者の整った顔は驚愕に染まる。
 口の端を歪めたのは、今度は土王だった。


 土王「どうやら貴様も浅知恵だったらしいな。【地の神よ、我が怨敵を封ぜよ】!」

 賢者「ぐっ、しまっ……!?」


 宙に浮かぶ賢者を囲むように、四方八方から魔法によって生み出された岩石が迫る。
 賢者が障壁で身を守る時間もなく、岩石は彼に張り付き、押しつぶし、やがて岩石どうしを継ぎ合わせたような巨大な岩となった。
 

 土王「ぐっ……」


 土王が静かに呻いた。
 原因は、賢者によって貫かれた胸の傷。
 早く治療をしなければ、と考える土王に、ピシリ、と。
 音が聞こえた瞬間、土王はそこから飛び退いた。一秒遅れて、巨大な岩は内部から弾けるように爆散する。
 土煙の中、姿を現したのは、額から血を流した賢者だった。


 賢者「……」

 土王(これで生きているだと!?……いや、奴も既に虫の息。魔王様と水王の仇だ!)

 土王「【弾丸よ、撃ち抜け】!」

 賢者「……【滅せよ】」


 止めとして放たれた岩弾が、賢者の唱えた魔法一つですべて爆散する。

 賢者「……」

 土王(こいつ……、なんだ?保有魔翌力が跳ね上がっている……。いや、既に個人が持てる魔翌力ではない!)

 賢者「……【我、神域を侵す者なり」


 賢者の機械的な声を聴いた土王は、全身が総毛立つのを確かに感じた。
 瞬時の内に危険を感じた土王は、賢者に向けて岩弾を放つ。が、どれもこれもが爆散して賢者の身体に届くことはない。


 賢者「神罰が下る。大罪を犯したこの身を印に、神の怒りは無慈悲に降り降ろされる」

 賢者「……すべては神のご意思のままに】」

 土王「まずいッ!【大結界】!!」


 土王が魔法を発動した次の瞬間、賢者の身体が発光し、轟音とともに閃光が魔都を覆った。

 魔王城の半壊、水の四天王の死亡事実、さらには魔王城を半壊させた爆発による、土の四天王の生死不明。

 幾つもの凶報は、炎王に当然の如く知らされた。

 これに対し炎王は原因究明よりも混乱の鎮静化に向けていち早く動き出す。
 己の配下の部隊をいくつか魔都に向けて進軍させ、混乱の渦中にある魔都をどうにか抑え込む。

 続いて炎王は有力な魔族武家に使者を送り、魔都への集合を促す。

 幸いと言っていいのか、魔都に常駐していた土王の軍にはほとんど被害が出ておらず、現在指揮権があるのは土王の副官であった。
 彼の下に魔族を集結させ、急造ではあるが軍勢を作る。
 土王が目覚めれば、統率が戻るはずであった。

 さらに炎王は、自身と自分の軍を東部前線に向けて進軍させる。
 この機を逃すまいとするであろう王国軍を牽制するためであった。

 しかし悪いことは連続して起こるものらしい。

 炎王が出立してすぐ、彼の下に一報が入る。

 王国軍、戦力を集結させて進軍。既に前線では戦闘状態にある模様。

 炎王は一歩、遅かったのだ。

 前線。


 地竜騎士団長「偵察によれば、迫ってきている王国軍は先の戦いと同程度だと。また、魔導騎兵の姿は見受けられず、とのことです」

 魔将「ありがとう。偵察は休ませておいてやれ」

 団長「それで、我々は、うって出ますか?」

 ザワ… ザワ…

 「風王様がいない中、十分な戦果を出せるのか?」

 「この前みたいに、いきなり魔導騎兵が現れるかも知れんぞ!」

 「土王様も危険な状態だと言うし……」

 「やはりここは援軍を待った方がいいのでは……?」

 団長「……」

 団長(兵らが同様するのは仕方がない。我々は風王様の圧倒的な実力で纏められていたのだから)ハァ…

 団長(魔将殿も実力がない訳ではない。なければ、風王様の右腕が務まるものか。だが……)

 団長(まだ、若い)

 魔将「……」

 魔将「我々は、何だ?」

 団長「……!」

 魔将「国境を守り、人間共の侵入を防ぐ我が軍の特筆すべき点は、それは風王様だろう」

 魔将「では我々はなんだ?ただの風王様の『オマケ』か?」

 魔将「違うだろう!我々一人一人が誇り高き魔国の兵士であり、魔国を守る盾であろう!」

 魔将「奴らは嘗めているのだ。風王様がいない今ならば勝てると、勘違いをしているのだ!」

 魔将「愚かな人間共に、教えてやれ!風王様だけではない、と!」

 魔将「奴らに死をもって、奴ら自身の愚かさを教えてやろうじゃないか!!」

 「そうだ……俺たちは兵士だ……」

 「風王様だけじゃない……!」

 「人間に思い知らせてやるんだ!」

 ……

 団長(数年前は、ああやって兵を鼓舞することはなかった。どちらかと言えば、風王様の命に忠実に従っていた印象が強い……)

 団長(成長、か……)フッ…

 団長「同志諸君!魔将殿の言う通りだ!愚かな人間共に、目に物見せてくれようぞ!」


      「「「「「「応!!」」」」」」

 こうして魔国軍と王国軍は、何度目かの戦いに入る。

 王国側が歩兵中心に軍を編成するのに対して、魔国側は騎馬兵中心の軍をもって後方に余力を残したまま、王国軍とあたる。
 にらみ合う形の中、魔将の声があたりに響いた。


 魔将「弓手騎士隊、前進!敵の戦列を乱せ!」


 魔将の指示に従って弓手騎士隊が人間たちに向かって駆ける。
 馬を操って敵の歩兵とは接触せず、通りぎわに次々と矢を放っていく。一度の攻撃で仕留められる数は少ないが、何度も続けられるとそうそう無視もできない。
 そんな弓手騎士たちをなんとかしようと王国軍は絶えず弓手騎士隊を負おうとするが、そこは人と馬。歩兵が追い付くことはなかった。
 王国側が弓手隊を使って対応しようとするが、弓手が移動を完了したときには既に騎士隊の姿はなく、別の地点で人間が悲鳴をあげている。

 そうしていく間に、王国軍の戦列は乱れ、陣形は崩れていった。

 魔将「よし、そろそろか……」

 魔将「地竜騎士団、突撃!敵陣を食い破れ!」

 地竜騎士団「「「応!」」」


 魔将の号令と共に、地竜騎士団が土煙をあげて崩れる敵に突撃していった。
 

 その光景は、人間たちにどう映ったのか、魔族たちにはわからない。
 見るからに凶暴なモンスターに跨った、魔族の兵士。それが、土煙をあげて自分達の下に迫っている。
 魔族らは体感することはできないが……。

 よほど恐ろしく映ったのだろうと、想像できた。


 人間兵士たち「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 地竜『グルオオォォオォォォォォオオォオォッッ!!』


 地竜とは、魔国だけに住む魔獣であり、地竜騎士は、王国軍だけしか魔導騎兵を持たぬのと同じく、魔国しか持たぬ兵種である。

 地竜はその見た目の通り獰猛であり、凶暴であり、強靭であった。

 振るわれる尾は暴風の如く、食い千切る牙は金剛石の如く、覆う鱗は岩石の如く。

 地竜が敵兵の頭をヘルムごとかみ砕き、後ろから攻撃しようとする敵兵を尾の一撃で吹き飛ばす。
 腰を抜かした者は巨大な足で踏みつぶされ、バリケード代わりに並べた盾は簡単に突破された。

 さらに上から跨る魔族騎士が手にした斧槍を振るえば、流れる血はさらに多くなる。


 王国騎士「奴らをこれ以上進ませるな!」

 団長「邪魔だ!引っ込んでいろ!」ブンッ


 果敢に立ち向かった王国騎士も、地竜騎士団長の斧槍に叩き落される。

 王国側の少ない騎士隊も、地竜騎士団を相手に瞬く間に蹂躙されてしまった。

 王国側の敗色が, 濃厚になった瞬間であった。
 

 魔将「まだだ!攻勢を緩めるな!」

 魔将「弓手騎士隊、敵両翼を削り取れ!」


 魔将の号令で、弓手騎士隊は二つに分かれる。そうして敵陣の両翼に張り付くと、次々と矢を射かけていった。


 魔将「魔術師隊、孤立した敵部隊を仕留めよ!」


 魔将の言葉通り、魔術師たちが魔法を放って敵兵を倒していく。


 魔将「よし。歩兵部隊、突撃せよ!」


 そうして、戦いの終止符を打つのは一見目立たない彼らであった。
 同じ歩兵どうし。ならば、混乱し士気も下がっている王国軍相手に負ける道理はない。

 この戦いは、魔国側の勝利で終わった。








 その筈であった。

 魔族兵士「魔将様、あれを!」


 一人の魔族兵士が荒い声を上げてある方角を指さした。

 戦いの勝利に安心していた魔将に、一抹の不安が宿る。


 魔将「あれは……」


 魔族兵士の指の先、はるか遠い場所にうっすらとした影が見えた。
 
 例えるならば、異様に低い山の影、だろうか。

 だがおかしなことに、その影は僅かにゆっくりと動いている。


 魔将「……!」


 その瞬間,魔将は影の正体を理解した。

 断じてあれは山などではない。

 あれは、あれは……


 魔将「王国軍ッ!?」


 魔将の叫ぶ声に応じて、周りでも動揺の声が上がる。

 仮にあれが本当に王国軍だとすれば、今戦った数の三倍を軽く数えるだろう。

 いや、三倍どころではすまない。影はまだ、その全貌を表していないのだから。


 魔将(今戦っていたのは、奴らの先遣部隊か……!?)

 魔将「撤退する!全軍、撤退!!」


 軍が慌ただしく撤退の準備を進める。

 魔将は,槍を握る手に一層の力を込めた。

 そして、喉が張り裂けんばかりに声を上げる。


 魔将「急げ、急げ、急げ・・・…!」

 数時間後、前線砦。


 団長「やはりあれは、王国軍だったようです」

 魔将「……そうかい」

 団長「あれが敵の本命でしょう。歩兵が多く、進軍速度が亀並み……というのが唯一の救いでしょうか」

 団長「敵は大軍勢です。どう致しますか、魔将殿」

 魔将「……え?」

 団長「風王様が居ない今、この軍の指揮権は魔将殿にあります。魔将殿が、決めるのです」

 団長「抗戦か、撤退か」

 魔将「そ、そんなもの……」

 魔将(撤退に決まって……)

 魔将(いや、ここで退けば)

 魔将(風王様が……)

 

 魔将『……私が、副将に? 風王様の?』

 風王『あァ、そうだ』

 魔将『……聞いていませんよ』

 風王『今初めて言ったからな。当たり前だろ』

 魔将『わ、私には荷が重すぎます。そんな大役、とても……』

 風王『……』

 魔将『どうか、他の方に……』

 風王『ハァ~』

 魔将『!』ビクッ

 風王『相変わらずの自己評価の低さだな。悪い癖だ』

 魔将『し、しかし……』

 風王『そんなもんさ、役割を与えられるときの気分ってのは』

 風王『昔話になるが……。俺も四天王の位を預かったとき、そりゃあ複雑な気持ちになったもんだ』

 風王『魔王様直々に任命して下さったんだ。もちろん嬉しかった。けどな……』

 風王『不思議なモンだよ。嬉しい反面、頭に浮かぶのは、失敗したときのこととか、期待に応えられなかったときとか、悪いことばかりだ』

 魔将『風王様が……ですか?』

 風王『そうとも』

 風王『つまり、誰でも新しい段階に足を踏み入れるのは怖いんだよ。ソイツにとって、未知の領域だからな。何が起こるかわかったもんじゃねぇ』

 風王『その恐さは、誰にでも等しく訪れる。炎王でも、水王でも、土王でも、俺でも。……もちろん、お前でもな』

 風王『だから平気……だとは言わねぇけどな。お前の力を認ていて、信用もしているから、任せようと思ってんだ』

 魔将『で、ですが……。将というのはどうにも……』

 風王『渋るな、お前も』コンダケイッテンノニ…

 風王『仕方ない。特別に、将をやる上でのコツを教えてやろう』

 魔将『コツ……?』

 風王『将って言っても、いろいろなタイプがある。力が強いやつ、統率に優れてるやつ、人望が多いやつ……。まぁお前は、統率タイプだな』

 風王『でも、どんなやつであるにせよ、将をやるには気迫が必要さ』

 魔将『気迫……ですか』

 風王『そう。お前は四天王全員に会ったことがあるよな?』

 風王『どうだった?』

 魔将『どうだったって……。なにか、圧力みたいなものが……』

 風王『その圧力が必要なんだよ』

 風王『端から見れば圧力にしか思えないだろうが、近しい者だったらそれは、頼もしさに変わるんだ。気迫が伴ってなけりゃ、将に対し不安を感じる。圧力が足りなけりゃ、頼りなく感じる。そういうことだよ』

 魔将『気迫……。私に、出せるのでしょうか?』

 風王『最初からできる奴なんていなぇよ。何事も、経験だ』

 風王『慣れない内は、虚勢でもいい。ポーズでもいい。一言だけでもいい』

 風王『胸を張って、まっすぐ正面を見て、そして率いる兵らに堂々と言ってやるんだ』

 風王『戦うぞ、ってな』

 風王『そうすれば、自ずと兵はついてくるもんさ』

 風王『そうだな……、試しに言ってみろ』

 魔将『え、ええ……?』

 風王『ほら、早く』

 魔将『た、戦うぞ』

 風王『頼りないぞ。もう一度』

 魔将『た……、たた───』

 魔将「……決まっている。我々は、誇り高き魔族の兵士」


 魔将は胸を張り、まっすぐ兵らを見据えた。
 堂々としたその姿は、将と呼ぶに相応しい。
 兵士の視線が、魔将に集まる。

 果たして彼は、迷いなく言ってのけた。

       
 魔将「──戦うぞ」

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